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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10195号 判決 2012年2月15日

原告

同訴訟代理人弁理士

安形雄三

加藤智恵

被告

特許庁長官 Y

同指定代理人

大久保元浩<他3名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

特許庁が不服二〇〇七―二七〇四六号事件について平成二三年五月九日にした審決を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、下記一のとおりの手続において、特許請求の範囲の記載を下記二とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について、特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記三のとおり)には、下記四の取消事由があると主張して、その取消しを求める事案である。

一  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は、平成一六年二月二五日、発明の名称を「竹エキスを主成分とした飲料及び医薬」とする特許を国際出願した(PCT/JP二〇〇四/〇〇二一六一(特願二〇〇六―五一〇一四三)。請求項の数六)。本件の出願当初の明細書を、以下「当初明細書」という。

原告は、平成一九年八月六日、手続補正をした(以下「本件第一次補正」という。請求項の数八)。同補正に係る明細書を、以下「本件第一次補正明細書」という。

原告は、平成一九年八月三〇日付けで拒絶査定を受け、同年一〇月三日、これに対する不服の審判を請求し、平成二三年三月一六日、手続補正をした(以下「本件第二次補正」という。請求項の数四)。同補正に係る明細書を、以下「本件第二次補正明細書」という。

(2)  特許庁は、これを不服二〇〇七―二七〇四六号事件として審理し、平成二三年五月九日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との本件審決をし、その審決謄本は、同月二四日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

本件における出願当初の特許請求の範囲の請求項一ないし六の記載は、別紙一記載のとおりである。

また、本件第一次補正後の特許請求の範囲の請求項一ないし八の記載(以下、総称して、「本件第一次補正発明」という。)は、別紙二記載のとおりである。

さらに、本件審決が、実施可能要件及び進歩性についての判断の対象とした本件第二次補正後の特許請求の範囲の請求項一及び四の記載(以下、それぞれ、「本件第二次補正発明一」及び「本件第二次補正発明四」といい、これらを併せて「本件第二次補正発明」という。)は、別紙三記載のとおりである。

三  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は、要するに、①本件第一次補正のうち、ジベレリン及びアブシジン酸に関する本件第一次補正明細書【〇〇二七】【〇〇四〇】に係る部分が、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないから、特許法一七条の二第三項に違反するので、本件出願は拒絶する、仮に、新規事項の追加に当たらないとしても、②本件第二次補正発明四について、本件第二次補正明細書の特許請求の範囲の記載がいわゆる実施可能要件に違反し、さらに、③本件第二次補正発明一は、特開二〇〇一―九五五二一号公報に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない、というものである。

(2)  なお、本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本件第二次補正発明一と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

ア 引用発明:縦割りした孟宗竹を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分ないし三時間一五分前記温度を保持することにより、前記孟宗竹から抽出して得られる竹エキス

イ 一致点:縦割りした孟宗竹を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分ないし三時間一五分前記温度を保持することにより、前記孟宗竹から抽出して得られる竹エキス

ウ 相違点一:竹エキスにつき、本件第二次補正発明一では竹エキスが成長ホルモンを含有するのに対して、引用発明ではその特定がない点

エ 相違点二:本件第二次補正発明一は竹エキスを主成分として含有する「飲料」であるのに対して、引用発明は「竹エキス」自体である点

四  取消事由

(1)  新規事項の追加禁止要件に係る判断の誤り(取消事由一)

(2)  本件第二次補正発明四の実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由二)

(3)  本件第二次補正発明一の進歩性に係る判断の誤り(取消事由三)

第三当事者の主張

一  取消事由一(新規事項の追加禁止要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は、本件第一次補正において追加された【〇〇二七】【〇〇四〇】の記載は、新規事項の追加を含むので、特許法一七条の二第三項の規定に違反するとする。

(2) しかしながら、本件審決が問題とするジベレリンについては、例えば特開二〇〇二―四七一六九号公報(甲一八。以下「甲一八文献」という。)に開示されているとおり、オーキシン、サイトカイニン、アブシジン酸等とともに、広義には植物成長ホルモンにおける同一のグループに属するものであり、当初明細書にジベレリンなる用語が記載されていないからといって、直ちに新規事項の追加となるものではない。ジベレリン自体は本願の国際出願日(以下「本件出願日」という。)当時、公知の物質であり、【〇〇二七】のジベレリンに関する追加事項は、アブシジン酸と同一グループに属するジベレリンの効能を確認的に記載したにすぎない。

また、アブシジン酸の細胞の若返り効果(【〇〇二七】)についても、例えば甲一八文献には、アブシジン酸を含む植物成長ホルモンは皮膚の若返り効果を奏することが開示されており、特開二〇〇四―二二五八号公報(甲一九。以下「甲一九文献」という。)には、生理活性を示すアブシジン酸、ジベレリン等が創傷治癒や血管新生誘導効果等を有することが開示されている。さらに、原告提出に係る平成二三年三月一六日付け意見書の参考図面1からも、アブシジン酸による細胞の若返り効果がうかがわれるものである。したがって、アブシジン酸が細胞の若返り効果を有することは、本件出願日当時、公知の技術的事項であり、【〇〇二七】のアブシジン酸に関する追加事項は、アブシジン酸の効能を確認的に記述したものにすぎず、何ら新規事項に相当するものではない。

(3) さらに、ジベレリンが細胞修復効果を奏することは、特表平一一―五〇四八九九号公報(甲二〇。以下「甲二〇文献」という。)に開示され、アブシジン酸が細胞の若返り効果を奏することは、甲一八文献に開示されているから、これらの効果(【〇〇二七】【〇〇四〇】)についても当業者において本件出願日前に周知の技術的事項であったということができる。アブシジン酸、サイトカイニン等の植物ホルモンの効能等については、そのほかの文献においても開示されている。

(4) よって、本件審決は、新規事項に関する本件第一次補正についての判断を誤るものである。

〔被告の主張〕

(1) 本件第一次補正は、ジベレリンにつき、①ジベレリンが、サイトカイニンやアブシジン酸と同様、本件第一次補正発明に規定される「竹エキス」中に「成長ホルモン」として含まれること、②当該「竹エキス」中のジベンリンが「細胞修復効果」を有すること、③当該ジベレリンの「細胞修復効果」が、ジベレリンを含む「竹エキス」を主成分とする飲料又は医薬による、糖尿病の改善あるいは癌の改善のために寄与することを追加するものである(【〇〇二七】【〇〇四〇】)。

しかしながら、当初明細書には、ジベレリンが動物であるヒトの細胞に対して修復効果を有することはおろか、ジベレリンなる技術用語自体、何ら記載されていない。原告の主張は、ジベレリンが他の植物ホルモンであるサイトカイニンやアブシジン酸等とともに、本件第二次補正発明に規定される「成長ホルモン」に属するものであることを主たる根拠とするようであるが、当初明細書には、サイトカイニンが植物のみに存在する成長ホルモンの一種であることを説明する記載があるにすぎず、サイトカイニンとは化学構造や機能において異なる植物ホルモンである「ジベレリン」自体に係る技術事項はもとより、ジベレリンがサイトカイニンやアブシジン酸とともに本件第二次補正発明に規定される「成長ホルモン」として「竹エキス」中に含まれる成分であるということまでは、当初明細書の記載から自明な事項として読み取ることはできない。「竹エキス」中に含まれるジベレリンが「細胞修復効果」を示し、同「細胞修復効果」により「竹エキス」を主成分とする飲料又は医薬による糖尿病あるいは癌の改善に寄与する薬効成分であることもまた、同様である。

(2) また、本件第一次補正は、アブシジン酸につき、①「竹エキス」中に含まれるアブシジン酸が「細胞の若返り効果」を有すること、②当該アブシジン酸による「細胞の若返り効果」が、当該アブシジン酸を含む「竹エキス」を主成分とする飲料又は医薬による、糖尿病の改善あるいは癌の改善のために寄与することを追加するものである(【〇〇二七】【〇〇四〇】)。

しかしながら、当初明細書には、アブシジン酸が本件第一次補正発明の「竹エキス」中に含まれることについて一応の記載があるものの、同明細書におけるアブシジン酸の「還元力」及びそれによる癌細胞による臓器機能低下の回復と、本件第一次補正における【〇〇二七】【〇〇四〇】の追記に係るアブシジン酸の「細胞の若返り効果」とが、実質的に同一の作用であるとは解されないし、そのように解すべきことが本件出願日当時の技術常識であったということもできない。

(3) 以上からすると、本件第一次補正において、ジベレリンとアブシジン酸に係る前記各事項は、いずれも新規事項に該当するものである。

二  取消事由二(本件第二次補正発明四の実施可能要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は、竹を熱水等で抽出して得られるような竹エキスにサイトカイニン及びアブシジン酸が含まれることが、本件出願日前に知られていたという事実は認められないから、本件第二次補正明細書の発明の詳細な説明には、サイトカイニンやアブシジン酸を含む竹エキスを当業者が得ることができるように、明確かつ十分に記載がされておらず、このような成分を含有する孟宗竹の竹エキスを抽出して得られる竹エキスを主成分としたことを特徴とする抗癌剤である本件第二次補正発明四についても、同様に明確かつ十分に記載されていないものであるとする。

しかしながら、本件第二次補正発明四は、種々の化学物質ないし化学成分を化学的に合成して製造するものではなく、そもそも孟宗竹を熱水等で抽出して得られる孟宗竹エキスにサイトカイニン及びアブシジン酸が含まれていることを発見したことに基づく発明であり、竹を熱水等で抽出して得られた竹エキスにサイトカイニン及びアブシジン酸が含まれていることが、本件出願日前に知られていた事実などあり得ない。本件第二次補正発明四に係る竹エキスがサイトカイニン及びアブシジン酸を含有することは、分析結果証明書からも明らかである。

また、本件第二次補正発明四の効果については、本件第一次補正明細書【〇〇二九】ないし【〇〇三九】において抗癌作用が説明されており、具体例として実施例二が挙げられているのみならず、他にも多くの治癒例が存在する(甲二四の一~三。以下「甲二四文献」という。)。なお、甲二四文献は、本件出願日後のデータだが、本件第二次補正明細書に記載されている抗癌効果を拡充的に確認するものである。

(2) 当初明細書には、「竹を容器のサイズに合わせた長さに切り揃え、更に三~五cmの幅に縦割りする。このようにして、縦割りされた竹片を二〇~三〇本ずつ束ね、水を容器に入れ、竹を浸漬させる。次に、竹を浸漬させた水を九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分間九五℃以上の温度で保持する。その後、九五℃以上の温度で保持したまま竹を容器から抜き取ることにより、竹エキスを主成分とした飲料を得ることができる。」と記載されており、説明に不明確な点はなく、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものである。

また、糖度と成長ホルモン、サイトカイニン及びアブシジン酸の含有量とが相関関係を有していること、糖度計で測定された糖度の数値は、アブシジン酸、たんぱく質等の全てを含んだものとなること、孟宗竹エキスが、他の竹のエキスよりも成長ホルモンないしアブシジン酸及びサイトカイニンの量をより多く含有している、すなわち糖度が最も高いことからすると、本件第二次補正発明四は、糖度測定の値がサイトカイニンやアブシジン酸の量と相関するという前提があった上で初めて成立するところ、そのような前提が存在するという事実や根拠は全く見出せないとした本件審決の判断は誤りである。

(3) 小括

以上からすると、本件第二次補正発明四について、本件第二次補正明細書の記載が実施可能要件を欠くものであるとした本件審決の判断は誤りであって、取消しを免れない。

〔被告の主張〕

(1) 本件第二次補正明細書の発明の詳細な説明において、本件第二次補正発明四の竹エキスに含まれる「サイトカイニン及びアブシジン酸」について、①「竹エキス」が「サイトカイニン及びアブシジン酸」を含有すること、②それら「サイトカイニン及びアブシジン酸」が、本件第二次補正発明四に係る抗癌剤としての効能を発揮する成分であることについて、一応記載されているものということはできる。

しかしながら、本件第二次補正明細書には、上記①の技術事項を具体的に裏付ける分析データや試験データ等の客観的根拠に関する記載すら、見出すことはできないし、当該事項が本件出願日当時の技術常識によって既に裏付けられていたものでもない。上記②の事項についても同様である。

また、本件第二次補正明細書の実施例二の記載は、本件第二次補正発明四に規定される「竹エキス」を主成分とする抗癌剤それ自体の癌改善効果について示すものではあっても、当該「竹エキス」が「サイトカイニン及びアブシジン酸」を有効量含み、かつ、それらが抗癌作用を及ぼした薬効成分の実体であることを何ら具体的に裏付けるものではない。甲二四文献のデータは、いずれも本件出願日後に取得されたデータであるし、各患者に対してどのような濃度及び用量の「竹エキス」を服用させたものであるかすら明らかではない。したがって、上記実施例二及び甲二四文献の記載をふまえても、本件第二次補正発明四の効果を十分認識することができるとする原告の主張は失当である。

(2) 原告が指摘する製造方法に係る記載は、本件第二次補正発明四の抗癌剤の主成分である「竹エキス」それ自体の製造方法について一通り説明するものにすぎず、①「竹エキス」が「サイトカイニン及びアブシジン酸」を含有すること、②それら「サイトカイニン及びアブシジン酸」が、本件第二次補正発明四に係る抗癌剤としての効能を発揮する成分であることについて、客観的に裏付けるものとはいえないことは明らかである。原告が指摘する各文献の記載を全て参酌しても、上記①及び②の技術事項が本件第二次補正明細書の発明の詳細な説明及び本件出願日当時の技術常識に基づく客観的根拠により理解できるものではない。

(3) 以上からすると、本件第二次補正発明四について、本件第二次補正明細書の記載は実施可能要件を欠くものであるとした本件審決の判断に誤りはない。

三  取消事由三(本件第二次補正発明一の進歩性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 引用発明の認定の誤りについて

ア 本件審決は、引用例の【〇〇一〇】も竹エキスの製造方法を説明したものであることを前提として、引用発明を認定しているが、その前提自体が誤りである。

引用例の【〇〇一〇】は、竹エキスの製造方法を説明するものではなく、あくまで発明の前提として、竹の主成分が液体に溶出された状態を単に維持することを説明しているだけであり、続く【〇〇一二】【〇〇一三】において、初めて竹エキスの製造方法が説明されているものである。

イ 引用例に記載された発明において、五〇℃以下に冷却する工程と、布等でろ過する工程を行う理由は、竹エキス中に不純物として混合しているたんぱく質成分と脂肪分とを除去するためである。本件第二次補正発明一でこのような冷却とろ過を行うと、竹エキス中のたんぱく質成分と脂肪分に付着して成長ホルモン、サイトカイニン及びアブシジン酸も除去されてしまうから、本件第二次補正発明一では冷却やろ過を行うことは効果を減退させることに等しく、絶対に避けなければならないものである。引用例に記載された発明は、竹エキスの抽出及び調味液に関するものであり、竹エキスにサイトカイニン及びアブシジン酸が含有されていることを知見しているものでもない。

ウ 以上からすると、本件審決の引用発明の認定は、誤りである。

(2) 一致点及び相違点の認定の誤りについて

前記(1)イのとおり、本件第二次補正発明一では冷却やろ過を行うことは効果を減退させることに等しく、絶対に避けなければならない工程であるから、これらの工程を含め、本件第二次補正発明一と引用発明とが一致するものとした本件審決の一致点の認定は、誤りである。一致点の認定が誤りである以上、相違点一及び二の認定もまた、誤りであることは明らかである。

(3) 容易想到性に係る判断の誤りについて

ア 相違点一について

(ア) 本件審決は、本件第二次補正発明一に係る竹エキスがサイトカイニン及びアブシジン酸のような植物における成長ホルモンを含有するものであることの技術的な根拠は全く見当たらないとするが、当初明細書には、複数の治癒効果や現象が記載されており、その他の資料からしても、本件第二次補正発明一に係る竹エキスがサイトカイニン及びアブシジン酸という成長ホルモンを含有することは明らかである。

(イ) 本件第二次補正発明一は孟宗竹エキスに成長ホルモンが含有されていることの知見に基づく発明であり、出願人である原告は、孟宗竹エキスに成長ホルモンが含有されている、もしくは含有されている蓋然性が非常に高いと主張しているのであるから、本件第二次補正発明一について拒絶査定を正当化するためには、被告が孟宗竹エキスに成長ホルモンが含有されていない、もしくは含有されることはないとする根拠を示すべきである。

(ウ) 本件審決は、仮に、本件第二次補正発明一の竹エキスが成長ホルモンを含む場合、引用例に記載された発明と同様の冷却及びろ過の工程により、サイトカイニン及びアブシジン酸のような植物における成長ホルモンの除去をもたらすとは認められないとするが、引用例に記載された発明における抽出処理と本件第二次補正発明一に係る竹エキスの抽出処理とは全く同じではなく、抽出されたエキスの含有成分の認識において相違するところ、本件第二次補正発明一でこのような工程を行うと、たんぱく質成分や脂肪分に付着して成長ホルモン、サイトカイニン、アブシジン酸等も除去されてしまうことは先に述べたとおりである。引用例の【〇〇一〇】の段階では、竹エキスは抽出されていないし、当該記載は、この段階において竹エキス中に成長ホルモンが含有されていることを前提としたものであるということもできない。

なお、原告は、冷却とろ過により、サイトカイニン、アブシジン酸等も全て除去されてしまうと主張するものではなく、微量しか含有されていないサイトカイニンやアブシジン酸が更に減少してしまうという不都合が生じることから、本件第二次補正発明一の効果を発揮するためには、引用例に記載された発明と同様の冷却とろ過の工程を実施してはならないと主張するものである。

(エ) したがって、本件審決の相違点一に係る判断は誤りである。

イ 相違点二について

(ア) 引用例に記載された発明は、消臭や鮮度保持という効果を奏する調味液に関するものであり、引用例には、生活習慣病や癌等の改善に役立つ飲料に添加することに関する記載は全くないのみならず、何らの示唆も認められない。調味液を飲料に添加することが当該分野において慣用化されているとも認められないことからすると、引用例に記載された発明に係る調味液を本件第二次補正発明一のような飲料とすることは、当業者において容易に想到し得るものではない。被告が指摘する各文献は、いずれも本件第二次補正発明一とは目的及び効果が異なるものであるから、これらの各文献を容易想到性の根拠とすることは不当である。

(イ) したがって、本件審決の相違点二に係る判断は誤りである。

ウ 小括

以上からすると、本件第二次補正発明一は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができるものということはできない。

(4) 本件審決は、以上のとおり、引用例に記載された発明の認定ないし本件第二次補正発明一との一致点及び相違点の認定を誤り、相違点についての判断を誤った結果、本件第二次補正発明一の進歩性を否定したものであって、取消しを免れない。

〔被告の主張〕

(1) 引用発明の認定の誤りについて

ア 引用例【〇〇一〇】の記載によると、「縦割りした孟宗竹を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持することにより、前記孟宗竹から抽出して得られる竹エキス」は、「竹の主成分が液体に溶出された状態」、すなわち、竹エキスが液体に溶出された状態となっているのであるから、同段落では竹エキスを取得することができないとする原告の主張は誤りである。

また、本件第二次補正発明一では、孟宗竹からの「竹エキス」の抽出時の条件について規定するのみで、「飲料」に含有させる際において、抽出後の「竹エキス」の温度や不溶残渣の有無等について特段の限定はない。ましてや、「九五℃以上に加熱して二時間四五分~三時間一五分間保持」し、その後、当該温度を保持したまま竹片をプールから引き上げ、「五〇℃以下に冷却してから目の細かい布等でろ過して得られるもの」は含まれない、との特段の規定もない。

また、一般に「エキス」とは、植物等の有効成分を水等に溶かし出して濃縮したものをいうから、本件第二次補正発明一における「竹エキス」としては、孟宗竹を規定条件下で抽出して得られた直後の九五℃以上の抽出液それ自体のみならず、濃縮工程を経たものや、「飲料」中の構成成分の一部として水や他の原料と併せて「飲料」に含有させる準備として、適切な温度に冷まされてなるものも当然に包含されると解するのが自然である。

本件第二次補正発明一における竹エキスには、冷却やろ過の工程を経たものは含まれないとする原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって、失当である。

イ サイトカイニン、アブシジン酸等の植物ホルモンは細胞質中の水に溶解した状態で存在しているものであることは技術常識であり、実際、水又は熱水が抽出溶媒として最適か否かはともかく、サイトカイニンやアブシジン酸を水又は熱水中に溶解させて抽出し得ることも、本件出願日当時、よく知られていたから、このような水抽出又は熱水抽出でサイトカイニンやアブシジン酸がある程度水中に溶解して存在することも広く知られたものであったということができる。

したがって、仮に、本件第二次補正発明一の規定に基づく熱水抽出を行って得られたエキス分を五〇℃以下に冷却したとしても、そのことにより同エキス分中に含まれる(含まれるものと仮定する)サイトカイニンやアブシジン酸の全てが、水不溶化したたんぱく質や脂肪分に付着した形態で存在するようになるとはおよそ考えられず、引用例【〇〇一〇】の抽出処理により得られた竹エキスを、同【〇〇一二】の記載のとおり五〇℃以下に冷却し布等でろ過しても、少なくともある程度は水に溶け込んでいるサイトカイニンやアブシジン酸が布に捕捉されず網目を通過して抽出「エキス」中に維持されることは、当業者において当然に推認されることである。原告は、冷却及びろ過によって、成長ホルモン、サイトカイニン及びアブシジン酸も除去されてしまうことや、それに伴い本件第二次補正発明一の飲料の効能が減退することについて、客観的な試験データにより実証するものでもない。

ウ 本件第二次補正発明一では、「竹エキス」中の「サイトカイニン及びアブシジン酸」の含有濃度について特段の規定はないから、仮に、引用発明の抽出物に対して冷却及びろ過工程を行うことにより、不溶物に付着していたサイトカイニン及びアブシジン酸がある程度除去されるとしても、ろ過後の「竹エキス」中にはサイトカイニン及びアブシジン酸がある程度残存している蓋然性が高いから、同発明の「竹エキス」は、結局、本件第二次補正発明一の「竹エキス」と区別することはできない。

エ 以上からすると、本件審決における引用発明の認定に誤りはない。

(2) 一致点及び相違点の認定の誤りについて

前記(1)のとおり、本件審決における引用発明の認定に誤りはない以上、同発明の認定が誤りであることを前提とする一致点及び相違点の誤りに係る原告主張は失当である。本件審決の一致点及び相違点の認定にも、誤りはない。

(3) 容易想到性に係る判断の誤りについて

ア 相違点一について

本件第二次補正発明一の竹エキスがサイトカイニン及びアブシジン酸のような植物における成長ホルモンを含有するか否かはさておき、本件審決は、仮に、成長ホルモンを含むものであるならば、引用発明の竹エキスも本件第二次補正発明一に係る竹エキスと全く同じ抽出処理により得られるものであるから、同様に成長ホルモンが含まれることは明らかであると判断したものである。本件審決の相違点一に係る判断に誤りはない。

イ 相違点二について

(ア) 引用発明のような「調味液」とは、液状の調味料を意味するものと解されるが、一般的に、そのような調味料による「調味」の対象として、「食べる」タイプの固形食品のみではなく、液状の「飲む」タイプのものも候補となることは、当業者ならずとも常識的に理解し得たことである。

(イ) 引用例には、引用発明の効果として、「良好な香味を添えることのできる調味液を提供し、かかる調味料の製造方法を提供する」という、「調味」料としての本来の役割を当然に果たし得る「調味液」の提供をも目的とするものであることが記載されており、かつ、好ましくない臭いを消すことや鮮度を保持する等との効果は、固形食品のみならず飲料形態の食品においても当然の技術課題であるから、引用発明の竹エキス入り調味液を飲料に添加することで、当該飲料に対する調味効果のほか、消臭や鮮度保持といった効果をも見込むことは、当業者にとって十分に動機付けられていたことであり、困難性はない。

(ウ) 特開昭五七―三九七五三号公報(甲六の五。以下「甲六の五文献」という。)、特開二〇〇三―一九九五三〇号公報(甲一三の二。以下「甲一三の二文献」という。)、特開平七―二九八八五二号公報(乙一〇。以下「乙一〇文献」という。)、特開平四―五三四六二号公報(乙一一。以下「乙一一文献」という。)によると、竹の稈材由来の様々なエキスが、竹特有の香味の付与、すなわち調味性や防臭性・防腐性等をも有し、かつ、固形状食品又は医薬における主成分としてのみならず飲料形態の食品又は医薬における主成分としても採用し得ることが、本件出願日前に当業者にとって広く知られていた技術事項であったものということができる。

(エ) したがって、引用例の竹エキス入り「調味液」についても、飲料水、ジュースあるいはその他の清涼飲料水、お茶等といった様々な「飲料」に対し、「調味」あるいは防臭性・防腐性付与等のための主成分として添加することは、特に「飲料」に添加する旨の具体的な示唆が引用例になくても、当業者にとって容易に想到し得たものである。

さらに、引用例の竹エキス入り「調味液」を、孟宗竹由来の有効成分の濃度やそれに伴う香味の程度等に応じ、直接そのままの状態で、あるいは、適宜希釈したり若干の補助成分を添加したのみの状態で飲料とすることもまた、当業者にとって適宜考慮し、行い得た程度のことである。

そして、本件第二次補正明細書の記載全体からしても、可食物、すなわち、経口摂取可能な物として調味液に使用できるとされている引用発明の竹エキスを、調味液や竹エキス自体としてではなく、特に飲料の主成分として含有させて提供したことにより、調味液等の他の可食物として提供する場合には予期し得なかった格別の効果が奏されるものとも解することはできない。

(オ) したがって、本件審決の相違点二に係る判断に誤りはない。

ウ 小括

以上からすると、本件第二次補正発明一は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4) 本件第二次補正発明一の進歩性を否定した本件審決の判断には、以上のとおり、何ら誤りはない。

第四当裁判所の判断

一  取消事由一(新規事項の追加禁止要件に係る判断の誤り)について

(1)  本件第一次補正について

特許法一七条の二第三項は、「第一項の規定により明細書、特許請求の範囲又は図面について補正するときは、誤訳訂正書を提出してする場合を除き、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ、ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

そして、本件審決は、本件第一次補正において追加された本件第一次補正明細書【〇〇二七】の「トリプトファンを摂取し、人が太陽光に当たることによりセロトニンに変わるが、このセロトニンによる精神の安定効果、ジベレリンの細胞修復効果、アブシジン酸による細胞の若返り効果によると考えられる。」との記載及び【〇〇四〇】の「免疫グロブリンが恒常的に分泌可能にするには、Tリンパ球の分泌が充分に回復されなければならない。しかし、ジベレリンの細胞修復効果、アブシジン酸による細胞の若返り効果等により根本からの回復を可能にしたものである。」との記載が新規事項の追加を含むので、本件第一次補正が当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないと判断している。

したがって、本件第一次補正の適否は、上記各記載が、当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるか否かにより判断されることになる。

(2)  本件第一次補正の適否

ア 当初明細書には、発明に係る竹エキスの有効成分として、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、カリウム等が含まれること、サイトカイニンという植物のみに存在する成長ホルモンが含まれること、強い還元力を有するアブシジン酸が含まれることが、それぞれ記載されているものである。

そして、本件第一次補正明細書【〇〇二七】の記載が追加されることにより、竹エキスは、「ジベレリン」を含有するものであることが明記されることになる。

しかしながら、当初明細書には、竹エキスに有効成分として「ジベレリン」が含有されていることは何ら記載されていない。

また、本件出願日当時、竹エキスに「ジベレリン」が含有されていることが自明であるとも認められない。

したがって、本件第一次補正によって前記【〇〇二七】の「ジベレリン」に関する記載を追加することは、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものではない。

イ この点について、原告は、甲一八文献からすると、本件出願日当時、ジベレリンはアブシジン酸やサイトカイニンと同一のグループに属する植物成長ホルモンとして公知の物質であり、【〇〇二七】の追加事項は、ジベレリンの効能を確認的に記載したものにすぎない、ジベレリンが細胞修復効果、創傷治癒や血管新生誘導効果等を有することは、甲一九文献及び甲二〇文献により開示されていることなどから、当初明細書にジベレリンなる用語が記載されていないからといって、直ちに新規事項の追加となるものではないなどと主張する。

しかしながら、上記各文献に、原告指摘の事項が記載されており、ジベレリンが植物成長ホルモンとして周知であるとしても、本件出願日当時、竹エキスに有効成分として「ジベレリン」が含有されていることが自明であると認めることはできない。先に指摘したとおり、当初明細書には竹エキスにサイトカイニンとアブシジン酸が含まれること、サイトカイニンが植物成長ホルモンであることが記載されているにすぎないものであって、竹エキスにジベレリンが含まれていることが記載されているものではない。したがって、ジベレリンがサイトカイニンと同じく植物成長ホルモンであることをもって、当初明細書のサイトカイニンやアブシジン酸に関する記載から、ジベレリンも竹エキスに含有されるものとして自明であるということができないことは明らかである。原告の主張は採用できない。

(3)  小括

以上からすると、本件第一次補正において、少なくとも本件第一次補正明細書【〇〇二七】に係る記載は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものではないから、本件第一次補正が、特許法一七条の二第三項に規定する要件を満たしておらず、本件出願は拒絶すべきであるとした本件審決の判断に誤りはない。

二  取消事由二(本件第二次補正発明四の実施可能要件に係る判断の誤り)について

前記一のとおり、本件第一次補正は、新規事項の追加に該当するものであり、本件出願は、そのことのみをもって、拒絶されるべきものである。

もっとも、本件審決は、本件第二次補正発明四に係る実施可能要件及び本件第二次補正発明一に係る進歩性についても進んで検討しており、原告も、本件審決のこれらの判断についても、それぞれ取消事由として主張する。

そこで、本件では、事案に鑑み、取消事由二についても検討することとする。

(1)  本件第二次補正発明四について

ア 本件第二次補正発明四の特許請求の範囲は、前記第二の二に記載のとおりである。

同発明は、「縦割りした孟宗竹を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持する」という竹エキスの抽出方法を用いることと、竹エキスに「サイトカイニン及びアブシジン酸」という成分が含有されていることが、発明特定事項とされているものである。もっとも、同発明は、あくまでも「竹エキスを主成分とした抗癌剤」に関するものであって、竹エキスに含有されている「サイトカイニン及びアブシジン酸」という成分それ自体が抗癌剤の有効成分であるとまで特定するものではないことは、請求項四の記載から明らかである。

イ 本件第二次補正明細書には、本件第二次補正発明四に係る抗癌剤に、サイトカイニンという植物のみに存在する成長ホルモンが含まれること、サイトカイニンが癌患者の体内に入ると、インターロイキン1ないし2の役割を果たすことなどにより、結果として白血球が癌細胞に侵入することが可能となり、癌細胞を消滅させることができることが記載されている。

また、本件第二次補正明細書には、本件第二次補正発明四に係る抗癌剤には、強い還元力を有するアブシジン酸が含まれており、アブシジン酸が、癌細胞の存在により機能が低下していた臓器を回復させることが記載されている。

さらに、本件第二次補正の実施例二には、本件第二次補正発明四に係る主成分が竹エキスの抗癌剤を癌患者に飲用させることにより、余命一か月ないし四か月と医師から宣告されていた癌患者が回復したことなどから、このような抗癌剤については、癌に対する臨床的意義を有することが確認されたことが記載されている。

ウ したがって、本件第二次補正明細書には、「主成分が竹エキスである抗癌剤」についての治療効果が記載されているということができる。

(2)  検討

ア 本件審決は、原告が指摘する製造方法に係る記載について、本件第二次補正発明四の抗癌剤の主成分である「竹エキス」それ自体の製造方法について一通り説明するものにすぎず、①「竹エキス」が「サイトカイニン及びアブシジン酸」を含有すること、②それら「サイトカイニン及びアブシジン酸」が本件第二次補正発明四に係る抗癌剤としての効能を発揮する成分であることについて、客観的に裏付けるものとはいえないから、本件第二次補正発明四について、本件第二次補正明細書の記載は実施可能要件を欠くものであるとし、被告も、同旨の主張をする。

しかしながら、前記(1)アのとおり、本件第二次補正発明四は、「主成分が竹エキスである抗癌剤」に係る発明であって、「有効成分がサイトカイニン及びアブシジン酸である抗癌剤」に係る発明ではないから、本件第二次補正発明四に係る「竹エキス」が現実に「サイトカイニン及びアブシジン酸」を有効量含み、かつ、それら「サイトカイニン及びアブシジン酸」が抗癌作用を及ぼした薬効成分の実体であることまで本件第二次補正明細書に記載されていなくても、抗癌作用がある竹エキスそれ自体の製造が実施可能な程度に記載されていれば足りるというべきであるから、竹エキスに含有されていると記載されているサイトカイニン及びアブシジン酸に抗癌作用があることが記載されてないことを理由に、実施可能要件を充足しないとした本件審決の判断は、その前提に誤りがあるといわなければならない。

イ そこで、抗癌作用がある竹エキスそれ自体の製造が本件第二次補正明細書に実施可能な程度に記載されているかというと、この点について、原告は、当初明細書には、竹エキスの製造方法について明確かつ十分に記載されているものであるし、本件第二次補正発明四の効果も、本件第一次補正明細書【〇〇二九】ないし【〇〇三九】において抗癌作用が説明されており、具体例として実施例二が挙げられているのみならず、他にも多くの治癒例が存在するなどと主張する。

確かに、当初明細書には、「竹を容器のサイズに合わせた長さに切り揃え、更に三~五cmの幅に縦割りする。このようにして、縦割りされた竹片を二〇~三〇本ずつ束ね、水を容器に入れ、竹を浸漬させる。次に、竹を浸漬させた水を九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分間九五℃以上の温度で保持する。その後、九五℃以上の温度で保持したまま竹を容器から抜き取ることにより、竹エキスを主成分とした飲料を得ることができる。」と記載されており、竹エキスの製造方法については、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものということができる。

ウ しかしながら、本件第二次補正明細書の前記実施例二についてみても、同表二は、四名の末期癌患者について、本件第二次補正発明四の竹エキスを主成分とした医薬の飲用前の健康状態、飲用を開始してから二週間後の健康状況について記載したものであるところ、その記載事項は、以下の(ア)ないし(エ)のとおりである(左から「患者名」「性別」「年齢」「飲用前の患者の健康状態」「飲用後の患者の健康状態」の順に記載する。なお、飲用状況については、いずれの症例においても「空腹時に一日三回二〇〇ml飲料」である。)にすぎない。

(ア) 患者6 男 六四歳 末期胃癌余命三月 一月後手術ができる状態まで回復

(イ) 患者7 男 六七歳 大腸癌余命四月 一月後退院し、農作業ができるまで回復

(ウ) 患者8 男 六五歳 肝臓癌余命一月 二週間後に黄疸が取れ、退院

(エ) 患者9 女 五一歳 子宮癌全身転移 癌の進行が停止

エ 以上の記載によれば、本件第二次補正明細書の実施例二は、本件第二次補正発明四に規定される「竹エキス」を主成分とする抗癌剤それ自体の癌改善効果に関する記載であることは否定できないし、被告も、それ自体については、特に争っているわけではない。

しかしながら、実施例二の記載内容は、いずれも末期癌又は全身転移が見られる重篤な癌患者に対し、本件第二次補正発明四に係る竹エキスを主成分とした医薬を飲用させたところ、症状の改善が認められたことから、直ちに臨床的意義が確認されたものとするにとどまるものであって、各臨床実験に係るその余の条件(飲用開始前の具体的症状、投薬等の他の治療を併用したか否か、食事条件、生活状況、飲用中における症状の推移、飲用後の具体的症状、症状の改善に関する客観的判定方法等)については不明である。そうすると、上記実施例は、臨床実験の条件や効果の評価方法に関する開示が具体的ではなく、主として被験者の主観的な感想に基づくものであるとの疑念が生じざるを得ないものであって、上記各具体的条件の開示をふまえ、本件第二次補正発明四の抗癌剤の効果について客観的に明らかにされなければ、抗癌作用がある竹エキスそれ自体の製造が実施可能な程度に記載されているということはできない。

オ しかも、甲六の五文献は、竹エキス含有保健食品に関する文献、甲一三の二文献は、健康食品及び抗腫瘍剤に関する文献、特開平九―二七八六六二号(甲一三の三)は、抗アレルギー剤に関する文献、乙一〇文献は、竹エキス入り食品添加剤並びにその製造方法に関する文献、乙一一文献は、竹類よりエキスを採取する方法に関する文献であるところ、これらの文献には、それぞれ竹エキスを食品や医薬の成分として経口摂取すること、竹の葉や竹エキスの摂取により、鎮静、解熱、鎮咳、止血、喘息、高熱、便通解消、血色がよくなる、心身が爽快となる、抗癌作用、アレルギー性鼻炎(花粉症)又はアレルギー症状の予防及び改善、健康維持、防臭、防腐、風味付けなどの効果が生じることが記載されているものである。したがって、竹エキスの上記の程度にとどまる効果は、本件出願日前に当業者にとって周知事項であったというべきところ、原告の主張する本件第二次補正発明四の前記効果は、上記周知事項から当業者が予期できるもの以上の効果であるから、本件第二次補正発明四に独自の当該効果が奏されたことが確認できなければ、本件第二次補正発明四の進歩性も認めることはできないものである。

カ その見地からみると、前記のとおり、竹エキスに含有されると記載されている「サイトカイニン及びアブシジン酸」それ自体に抗癌作用があるとの記載がないとして本件第二次補正発明四の実施可能要件を否定した本件審決の判断は、その前提を誤るものであったとしても、本件第二次補正発明四に係る実施可能要件について、本件審決によって否定されている以上、竹エキスそれ自体の抗癌作用を主張立証して、本件審決の判断とは異なって、本件第二次補正発明四の実施可能要件を肯定し得る場合であることを明らかにすべきものであったのに、原告は、本件第二次補正発明四の実施可能要件に係る本件第二次補正明細書の記載について、抽象的かつ主観的な主張を繰り返すにすぎず、本件第二次補正発明四として独自の効果が具体的に生じているか否かはなお不明である。

以上からすると、本件第二次補正明細書の実施例二をもってしても、癌改善効果に関する前記認定程度の記載では、本件第二次補正発明四の竹エキスを主成分とする抗癌剤について、そのような抗癌効果が存在する竹エキスの製造が実施可能な程度に記載されているということはできず、実施可能要件を充足するものと認めることはできない。

なお、原告は、抗癌効果が認められることは、甲二四文献によっても明らかであるなどと主張するが、同文献は、六三歳男性の検査結果報告書にすぎず、当該患者の検査結果の推移について読み取ることは可能であるが、本件第二次補正発明四の抗癌剤の飲用開始前の具体的症状、投薬等の他の治療を併用したか否か、食事条件、生活状況、飲用中における症状の推移、飲用後の具体的症状等について不明であることは、本件第二次補正明細書の実施例二と同様である。しかも、同文献には、「担当医より昨日、骨に移転しているため、それを小さく集めてからでないとホルモン治療できない。二週間、抗癌剤を必ず服用するように言われたようである。薬と治療をしながらバンブリアン(判決注・本件第二次補正発明四の実施品と推測される。)を飲用しようか悩んでいるようです。」という趣旨の記載があり、他の治療が併用されていたことがうかがわれるものである。原告の主張は採用できない。

(3)  小括

以上からすると、本件第二次補正明細書の記載は実施可能要件を欠くものであるとした本件審決の判断は、抗癌作用がある竹エキスそれ自体の製造が実施可能な程度に記載されていないという結論においては、誤りがなく、これを取り消すまでの違法があるということはできない。

三  結論

以上の次第であるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、本件審決は結論において正当であるから、原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 荒井章光)

別紙一

【請求項一】竹を水に浸す工程と、九五℃以上に前記水を加熱して二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して抽出する工程とによって得られる竹エキスを主成分とすることを特徴とする飲料

【請求項二】前記竹は、孟宗竹である請求項一に記載の飲料

【請求項三】竹を水に浸す工程と、九五℃以上に前記水を加熱して二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して抽出する工程とによって得られる竹エキスに、ハーブとスパイスのいずれか一方または両方を配合した飲料であって、前記竹エキスは主成分であることを特徴とする飲料

【請求項四】前記竹は、孟宗竹である請求項三に記載の飲料

【請求項五】竹を水に浸す工程と、九五℃以上に前記水を加熱して二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して抽出する工程とによって得られる竹エキスと、ヒアルロン酸ナトリウムとを配合させたことを特徴とする医薬

【請求項六】前記竹は、孟宗竹である請求項五に記載の医薬

別紙二

【請求項一】縦割りした竹片を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して得られる竹エキスを主成分とすることを特徴とする飲料

【請求項二】縦割りした竹片とハーブを水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して前記ハーブ入りの竹エキスを抽出し、前記ハーブ入りの竹エキスを主成分とする飲料に二%程度の前記ハーブが配合されていることを特徴とする竹エキスを主成分とした飲料

【請求項三】縦割りした竹片とスパイスを水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して前記スパイス入りの竹エキスを抽出し、前記スパイス入りの竹エキスを主成分とする飲料に一〇%程度のスパイスが配合されていることを特徴とする竹エキスを主成分とした飲料

【請求項四】縦割りした竹片とハーブ及びスパイスを水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して前記ハーブ及びスパイス入りの竹エキスを抽出し、前記ハーブ及びスパイス入りの竹エキスを主成分とする飲料に二%程度の前記ハーブが配合されると共に、一〇%程度のスパイスが配合されていることを特徴とする竹エキスを主成分とした飲料

【請求項五】縦割りした竹片を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して竹エキスを抽出し、前記竹エキスを全体の一五~二五%として、ヒアルロン酸ナトリウムを全体で〇・二~二%配合させたことを特徴とする医薬

【請求項六】縦割りした竹片を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持し、マグネシウム及び亜鉛を含有する竹エキスを抽出し、前記竹エキスを主成分としたことを特徴とする糖尿病医薬

【請求項七】縦割りした竹片を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持し、サイトカイニン及びアブシジン酸を含有する竹エキスを抽出し、前記竹エキスを主成分としたことを特徴とする抗癌剤

【請求項八】縦割りした竹片を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持して竹エキスを抽出し、前記竹エキスにアロエとカプサイシンを配合させたことを特徴とする育毛剤

別紙三

【請求項一】縦割りした孟宗竹を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持することにより、成長ホルモンを含有する前記孟宗竹の竹エキスを抽出し、得られた前記竹エキスを飲料に含有させたことを特徴とする竹エキスを主成分とした飲料

【請求項四】縦割りした孟宗竹を水に浸して九五℃以上に加熱し、二時間四五分~三時間一五分前記温度を保持することによりサイトカイニン及びアブシジン酸を含有する前記孟宗竹の竹エキスを抽出して得られる竹エキスを主成分としたことを特徴とする抗癌剤

別紙 審決書の写し<省略>

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