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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10201号 判決 2012年9月27日

原告

アイ・ピー・ジー・

フォトニクス・コーポレーション

訴訟代理人弁理士

渡邊隆

阿部達彦

黒田晋平

崔允辰

被告

イムラアメリカインコーポレイテッド

訴訟代理人弁護士

長沢幸男

笹本摂

訴訟復代理人弁護士

向多美子

訴訟代理人弁理士

岡部讓

吉澤弘司

濱口岳久

主文

1  特許庁が無効2010-800095号事件について平成23年2月18日にした審決のうち,「特許第3990034号の請求項1ないし49に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「光学増幅装置」とする特許第3990034号(請求項の数52。以下「本件特許」といい,本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。)の特許権者である(甲18,19)。

被告は,平成10年6月23日,本件特許につき出願し(パリ条約による優先権主張 平成9年6月25日,アメリカ合衆国),平成19年7月27日,設定登録された(甲18,19)。

原告は,平成22年5月21日,本件特許の請求項1ないし52に係る発明につき,特許無効審判(無効2010-800095号事件)を請求し(甲20),特許庁は,平成23年2月18日,「特許第3990034号の請求項50ないし52に係る発明についての特許を無効とする。特許第3990034号の請求項1ないし49に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決(以下,上記審決のうち請求項1ないし49に係る発明に関する審決部分を「本件審決」という。)をし,その謄本は同月28日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件特許における特許請求の範囲の請求項1ないし49(以下,請求項1ないし49に係る発明を「本件発明1」などといい,上記発明を併せて単に「本件発明」という。)は,以下のとおりである。

「【請求項1】回折限界に近いモードを持つ入力ビ-ムを発生させるレーザー源と,

多重モード・ファイバー増幅器と,

該入力ビームを受け,該多重モード・ファイバー増幅器の基本モードに整合するように該入力ビームのモードを変換し,該多重モードファイバー増幅器に入力するモード変換された入力ビームを作り出すモード変換器と,

該多重モード・ファイバー増幅器に結合され,該多重モード・ファイバー増幅器を光学的にポンピングして本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成するポンプ源と,

を有することを特徴とする光学増幅装置。

【請求項2】前記基本モードが利得ガイドにより実質的に誘導される,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項3】前記基本モードから任意の高次モードへの内部モードの散乱が,該基本モードの利得ガイドにより実質的に低減される,

請求項2記載の光学増幅装置。

【請求項4】前記利得ガイドの実質的な結果として,前記多重モード・ファイバー増幅器の前記基本モードの大きさが,ファイバー長さに沿って変化する,

請求項2記載の光学増幅装置。

【請求項5】前記多重モード・ファイバー増幅器は,ファイバー・コアをもち,ドーパントが全ファイバー・コア領域より小さい中心部の断面に局在している,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項6】前記多重モード・ファイバー増幅器は,ファイバー・コアをもち,ドーパントが全ファイバー・コア領域より小さい中心部の断面に局在し,高次モードへのモード結合が利得ガイドにより低減されている,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項7】前記基本モードの利得は,前記多重モードファイバー増幅器に存在するいずれの他のモードの利得より本質的に大きい,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項8】前記多重モード・ファイバーの長さに沿って,ファイバー直径が変化し,該変化に伴って該多重モード・ファイバー増幅器の前記基本モードの大きさが変化する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項9】前記多重モード・ファイバーの長さに沿って,コアまたはドープされたコアの直径が変化し,該変化に伴い該多重モード・ファイバー増幅器の前記基本モードの大きさが変化する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項10】前記多重モード・ファイバー増幅器は,希土類イオンをドープされている,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項11】前記多重モード・ファイバー増幅器は,Er,Er/Yb,Yb,Nd,Tm,PrまたはHoのイオンのうち少なくとも一つによってドープされている,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項12】前記多重モード・ファイバー増幅器は,二重クラッディング構造を持つ,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項13】前記多重モード・ファイバー増幅器は,偏光保存性をもつ,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項14】前記増幅されたビームは,前記多重モード・ファイバー増幅器を少なくとも2回通過する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項15】前記モード変換された入力ビームは,光パルスからなり,該光パルスのスペクトルは,前記多重モードファイバー増幅器内の非線形効果により拡げられる,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項16】前記モード変換された入力ビームは,光パルスからなり,前記多重モードファイバー増幅器からの光パルス出力を圧縮する圧縮器をさらに有する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項17】前記モード変換器は,バルク光学イメージング・システムをもつ,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項18】前記モード変換器は,テーパーした単一モード・ファイバーをもつ,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項19】前記モード変換器は,バルク光学イメージング・システムとテーパーしたファイバーとの組み合わせを有する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項20】前記増幅されたビームを軸に沿って反射してレーザーキャビティーを形成する反射器と,

該レーザーキャビティーから出力される増幅されたビームの反射されたエネルギーを結合する結合手段とをさらに有する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項21】前記反射器は,鏡,ファイバー・ブラッグ格子およびバルク格子のうち少なくとも一つをもつ,

請求項20記載の光学増幅装置。

【請求項22】前記レーザーキャビティー内に置かれ,該レーザーキャビティーのQスイッチングを可能にする光学スイッチをさらに有する,

請求項20記載の光学増幅装置。

【請求項23】前記レーザーキャビティー内に置かれ,該レーザーキャビティーの再生増幅器としての作動を可能にする光学スイッチをさらに有する,

請求項20記載の光学増幅装置。

【請求項24】前記増幅されたビームを受けてモードフィルターされたビームとするモード・フィルターをさらに有する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項25】前記モード・フィルターは,単一モード・フィルターである,

請求項24記載の光学増幅装置。

【請求項26】前記モード・フィルターは,空間フィルターである,

請求項24記載の光学増幅装置。

【請求項27】前記多重モード・ファイバー増幅器内の伝播モード数は,3ないし3000である,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項28】前記多重モード・ファイバー増幅器内の伝播モード数は,3ないし1000である,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項29】前記増幅されたビームの波長は,1.100μmより長い,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項30】前記多重モード・ファイバーは,直線に沿って置かれて長さ方向に張力がかけられている,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項31】前記多重モード・ファイバーは,ステップ状に変化する屈折率プロファイルを持つ,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項32】前記多重モード・ファイバー増幅器は,MCVD,OVD,VADおよびPCVDの製法技術のうち一つによって作られている,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項33】前記多重モード・ファイバー増幅器における伝播モード数が4より大きく,ファイバー・ブラッグ格子が該多重モード・ファイバー増幅器に書き込まれている,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項34】前記多重モード・ファイバー増幅器には,チャープ・ファイバー・ブラッグ格子が書き込まれている,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項35】前記レーザー源は,単一モード・ファイバー発振器をもつ,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項36】前記レーザー源と前記多重モード・ファイバー増幅器との間に,少なくとも一つの前置増幅器が挿入されている,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項37】前記前置増幅器のうち少なくとも一つは,第二の多重モード・ファイバー増幅器であり,

前記多重モード・ファイバー増幅器に,単一モード光が入力される,

請求項36記載の光学増幅装置。

【請求項38】前記前置増幅器のうち少なくとも一つは,単一モード増幅ファイバーである,

請求項36記載の光学増幅装置。

【請求項39】前記多重モード・ファイバー増幅器は,1kW以上のピーク強度を持つパルスを発生する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項40】前記多重モード・ファイバー増幅器は,該増幅器の単位長さ当たり1kWより大きいピーク強度を発生する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項41】前記多重モード・ファイバー増幅器内で10nsecより短い幅の光パルスが増幅される,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項42】前記多重モード・ファイバー増幅器の下流に配置され,前記増幅されたビームを周波数変換する非線形光学素子をさらに有する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項43】前記多重モード・ファイバー増幅器の下流に配置され,前記増幅されたビームの周波数を二倍にする該非線形結晶をさらに有する,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項44】前記非線形結晶は,周期的に極性を持つLiNbO3(PPL)結晶である,

請求項43記載の光学増幅装置。

【請求項45】前記非線形結晶は,非周期的な極性をもつLiNbO3(APL)結晶である,

請求項43記載の光学増幅装置。

【請求項46】前記多重モード・ファイバー増幅器のM2値は,10より小さい,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項47】前記多重モード・ファイバー増幅器のM2値は,4より小さい,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項48】前記多重モード・ファイバー増幅器のM2値は,2より小さい,

請求項1記載の光学増幅装置。

【請求項49】前記多重モード・ファイバー増幅器は,125μmより大きい外径のクラッディングをもつ,

請求項1記載の光学増幅装置。」

3  本件審決の理由

本件審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである(注 判決では,新規性・進歩性の判断部分を先に要約して記載した。)

(1)  新規性・進歩性の有無について

本件発明と対比されるべき発明が刊行物に記載されているというには,当該刊行物を見た当業者が,本件発明の内容との対比に必要な限度において,その発明を実施し得るものと理解することが可能な程度に発明の内容が当該刊行物に開示されていることが必要である。本件特許の優先日前に頒布された刊行物であると認められる「PASSIVE AND ACTIVE FIBER OPTIC COMPONENTS(受動及び能動光ファイバー要素)」なる表題の博士論文(甲1の2。以下「甲1文献」という。)には,多重モード・ファイバー増幅器を有する光学増幅器についての課題が指摘されるにとどまり,本件発明と対比されるべき発明が記載されていると認めることはできず,本件発明が,甲1文献により新規性を欠如する,又は,甲1文献を主引用例として進歩性を欠如するということはできないから,平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項3号(以下「特許法29条1項3号」という。)又は同条2項(以下「特許法29条2項」という。)に該当するといえない。

(2)  記載要件の充足性について

本件発明は,明確ではないということはできないから,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項2号(以下「特許法36条6項2号」という。)に違反しておらず,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明について,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないとすることはできないから,同改正前の特許法36条4項(以下「特許法36条4項」という。)に違反しない。

第3取消事由に関する当事者の主張

1  原告の主張

本件審決には,特許法29条1項3号又は同条2項違反についての判断の誤り(取消事由1),同法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由2),同法36条6項2号違反についての判断の誤り(取消事由3)があり,その結論に影響を及ぼすから,本件審決は違法であるとして取り消されるべきである。

(1)  特許法29条1項3号又は同条2項違反についての判断の誤り(取消事由1)

ア 甲1文献の引用例適格性についての判断の誤り

(ア) 発明の新規性や進歩性を判断するに当たり,当該発明と対比されるべき発明が特許法29条1項3号所定の「刊行物に記載された発明」に該当すると判断するためには,当該刊行物の記載を見た当業者が,対比に必要な限度において,その発明を実施し得るものと理解することが可能な程度に発明の内容が当該刊行物に開示されていることが必要であることを前提とした本件審決の判断には,誤りがある。

本件特許の「光学増幅装置」のような技術分野においては,仮に当該刊行物自体には当該発明を実施し得るものと当業者が理解することが可能な程度に発明の内容が開示されていないとしても,当該発明と対比可能な「技術的思想」が開示されていれば,特許法29条1項3号に規定する「刊行物に記載された発明」に該当すると解すべきである。したがって,甲1文献に実施可能な程度に発明の内容が開示されていないとしても,甲1文献に記載された発明は「刊行物に記載された発明」に該当する。

(イ) また,本件審決には,甲1文献の開示事項の認定,甲1文献に記載された発明の実施可能性の判断に誤りがある。甲1文献には,別紙「甲1文献の記載内容」記載の内容が記載されており(以下,同別紙に記載された内容を,冒頭の符号に従って〔記載a1)〕などという。),以下のとおり,本件発明と対比可能でかつ実施可能な発明が開示されている。

a 甲1文献における「多重モード増幅器ファイバーから出力される信号エネルギー」とは,多重モード・ファイバー増幅器によって増幅されている信号エネルギーのことである。〔記載a3)〕には,増幅された信号エネルギーが「ファイバーを通してその出力ポートまで」基本モードで「保存される」ことが,記載されており,また,〔記載a3)〕における「入力ポートでファイバーの基本モードを励起する」とは,信号が最初に入力ポートでファイバーに導入されるときに,多重モード・ファイバーの基本モードのみが信号エネルギーをもつことを意味する。

以上によると,甲1文献は,「増幅された信号が多重モード・ファイバー増幅器の出力まで基本モードで保存される」ことを開示している。増幅された信号は基本モードで保存されるので,増幅された信号がより高次の導波モードに結合されることはほとんど又は全くなく,〔記載a3)〕に記載されている,多重モード・ファイバー増幅器の出力からの増幅されたビームは,「本質的に基本モード」である。

b 〔記載a3)〕及び〔記載a4)〕には,「ファイバーモードを整合し」,「ファイバーの基本モードを入力ポートで励起する」ためのモード変換器(「バルク光学部品」のような「インターフェース光学部品」,すなわち「モード整合光学部品」に相当するもの)が,明示されている。

c ポンプ源は,あらゆるファイバー増幅器に必須のものであり,当業者であれば,甲1文献にポンプ源も開示されていることが理解できる。実際,〔記載a8)〕及び第9.2図には,ポンプ源についての説明がある。また,〔記載a5)〕及び第9.4図には,ポンプ源が多重モード・ファイバー増幅器に結合され,多重モード・ファイバー増幅器を光学的にポンピングして,その出力に増幅されたビームを生じさせていることが,開示されている。

d 当業者であれば,あらゆるファイバー増幅器において入力信号源が存在しなければならないと理解している。〔記載a3)〕及び〔記載a4)〕に明示された単一モードの入力キャリアーファイバーは,モード整合光学部品への「回折限界に近い」入力信号の信号源となっている。

入力信号源をレーザー源とすることができることも,本件特許の優先日において,当業者の技術常識であり,甲1文献の〔記載a1)〕,〔記載a5)〕,第9.4図にも,ファイバー増幅器によって増幅される入力信号の信号源であるレーザー源が記載されている。

(ウ) 本件審決には,甲1文献が発行されてから本件特許の優先日までの期間における当該技術の進歩を考慮しなかったことによる,甲1文献に開示された事項及びその実施可能性の判断についての誤りがある。

本件特許の優先日前である平成7年(1995年)に発行された国際公開95/20831号パンフレット(甲3。以下「甲3文献」という。)には,甲1文献に記載されている「多重モード・ファイバーにおける基本モードの増幅された光を保存する」ことが,本件特許の優先日前に実現可能であったこと,希土類イオンでドープされた多重モード・ファイバーが,基本モード(単一モード)を出力することが明らかにされており,「高性能光ファイバに関する技術動向調査」(甲26)によると,1980年代後半から1990年代前半及び平成7年(1995年)から本件特許の優先日までの間に,光増幅技術に関する多くの重要な特許出願がされている。

多重モード・ファイバー増幅器に付随する問題点である,「ファイバーモードを整合し」,「ファイバーの基本モードを入力ポートで励起する」ための「モード変換器」については,本件特許の優先日時点で解決済みであったことは,当業者であれば認識している。

また,多重モード・ファイバー増幅器には,導波路の品質を改善して,モード結合を誘発するファイバーの不完全性を低減し,これにより(基本)モードの(増幅された)信号エネルギーをファイバー全体を通してその出力ポートまで保存するという要求事項があるが,ドープされたファイバーの製造技術が甲1文献の発表から本件特許の優先日までの間に著しく改良されていることに鑑みれば,本件特許の優先日時点で上記「導波路の品質の改善」も実現されていたと,当業者であれば認識している。

(エ) 以上によると,甲1文献には,ファイバーモードを整合するためのインターフェース光学部品,すなわちモード整合光学部品に相当するものを用いて,多重モード・ファイバー増幅器の基本モードを入力ポートで励起(入射)し,導波路の品質を改善して,高次モードへの基本モードの結合を誘発するファイバーの不完全性を低減し,これにより基本モードの増幅された信号エネルギーをファイバー全体を通してその出力ポートまで保存し,本質的に基本モードでの増幅された出力を得るという構成が開示されており,本件発明と対比可能でかつ実施可能な発明が開示されているといえる。したがって,甲1文献に記載された発明は,特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」に該当する。

イ 本件発明1と甲1文献に記載された発明との対比

(ア) 本件発明1の「回折限界に近いモードを持つ入力ビームを発生させるレーザー源」の構成に関しては,甲1文献の〔記載a2)〕~〔記載a10)〕中に,ファイバー増幅器が〔記載a1)〕の小型レーザー又はNd:YAGレーザー源を具備することができ,レーザー源は本件発明1の「レーザー源」に対応することが開示されている。また,〔記載a1)〕には「単一モード・ファイバーループに挿入するための,・・・」及び「また,円形の光ファイバ(原告注:単一モード・ファイバー)に適合可能な小型レーザーも強く要請されている。」との記載があり,さらに,〔記載a3)〕には,ファイバー増幅器の場合,単一モード・ファイバーと調和させるため,単一モードの入力及び出力が望ましいという趣旨の記載があることから,〔記載a1)〕の「小型レーザー」とは,単一モード・ファイバーに入力されて回折限界に近いモードを持つ入力ビ-ムを発生させるためのものであるといえる。

(イ) 本件発明1の「多重モード・ファイバー増幅器」の構成については,甲1文献の〔記載a1)〕~〔記載a10)〕において,随所で「多重モード増幅器ファイバー」に言及されている。

(ウ) 本件発明1の「該入力ビームを受け,該多重モード・ファイバー増幅器の基本モードに整合するように該入力ビームのモードを変換し,該多重モードファイバー増幅器に入力するモード変換された入力ビームを作り出すモード変換器」の構成については,甲1文献の〔記載a3)〕の「多重モード化された増幅器ファイバーの場合,ファイバーモードを整合するために何らかのインターフェース光学部品が必要になる」における「インターフェース光学部品」が,本件発明1の「モード変換器」に対応する。

(エ) 本件発明1の「本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成する」の構成は,甲1文献の〔記載a3)〕中の,多重モード・ファイバー増幅器によって増幅された基本モードを,ファイバー全体を通してその出力ポートまで保存する旨の記載に開示されている。

本件発明1の「多重モード・ファイバー増幅器に結合され,該多重モード・ファイバー増幅器を光学的にポンピングして本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成するポンプ源」の構成については,甲1文献中の第9.2図に,多重モード・ファイバー増幅器に結合されたポンプ源からのポンプ光が,多重モード・ファイバー増幅器を通過して「入力信号(基本モードの入力信号)」を増幅し,基本モードの増幅された信号が出力されることが示されており,このポンプ源が発明1の「ポンプ源」に対応する。

(オ) 上記を前提に,甲1文献に記載されている発明の内容を整理すると,以下のとおりとなる。

「(ⅰ) 回折限界に近いモード(ファイバーの基本モード)を持つ入力ビ-ムを発生させ,任意的に単一モードのキャリアーファイバーに結合されるNd:YAGレーザー源と(〔記載a1)〕,〔記載a3)〕等),

(ⅱ) 多重モード・ファイバー増幅器と(〔記載a3)〕等),

(ⅲ) 該入力ビームを受け,該多重モード・ファイバー増幅器の基本モードに整合するように該入力ビームのモードを変換し,該多重モード・ファイバー増幅器に入力するモード変換された入力ビームを作り出すモード変換器としてのインターフェース光学部品と(〔記載a3)〕),

(ⅳ) 該多重モード・ファイバー増幅器に結合され,該多重モード・ファイバー増幅器を光学的にポンピングして本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成するポンプ源と(〔記載a3)〕及び第9.2図),

(ⅴ) を有する光学増幅装置(〔記載a3)〕)。」

(カ) 以上のとおりであり,本件発明1の構成は,全て甲1文献に開示されており,本件発明1は新規性を欠如している。

仮に,本件発明1に新規性があるとしても,甲3文献等の資料,本件特許の優先日時点における当業者の技術常識に鑑みれば,本件発明1は甲1文献に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到し得たものである。

本件発明2ないし49も,甲1文献により新規性を欠如しているか,仮に新規性があるとしても,甲1文献に記載された発明及び甲2ないし4に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到し得たものである。

ウ 小括

以上のとおり,本件発明に係る特許は,特許法29条1項3号,又は少なくとも同条2項の規定に違反してなされたものである。

(2)  特許法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由2)

本件審決には,以下のとおり,本件特許の優先日前に頒布された刊行物である「LASER FOCUS WORLD(レーザー・フォーカス・ワールド)」という書籍の173頁から183頁に掲載されている「M2concept characterizes beam quality(M2の概念がビームの性質を特徴付ける)」なる表題の記事(甲5。以下「甲5文献」という。)の記載事項の認定を誤った結果,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明に関し,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないとすることはできないと判断した誤りがある。

ア 甲5文献の記載事項の認定の誤り

甲5文献の記載からは「本件特許の優先日当時の当業者が,実質的に基本モードであるビームのM2は1.2未満であると理解していたとまでは認められない。」とした審決の判断には誤りがある。

甲5文献の記載から,当業者であれば,M2の値を極力1.00に近づけることが望ましいが,入念かつ慎重なクリーニングや位置合せを行っても,1.05~1.08,あるいは1.02~1.04といった値を得ることしかできず,このようなクリーニングや位置合せを行うことができない量産レベルでは,更に0.02~0.04の公差を考慮せざるを得ないということを理解するはずである。すなわち,本件特許の優先日当時の当業者は,実質的に基本モードであるビームのM2値は1.2未満であると理解していたといえる。

さらに,平成18年に被告が発表した論文(甲27)によると,平成18年当時も,被告は,M2値1.2が,本質的に基本モードを意味する代表的な値であると確信していたといえる。

イ 本件明細書の発明の詳細な説明の認定の誤り

本件発明1においては,「本質的に基本モード」の用語がいかなる意味を有するかについて,具体的に特定されておらず,本件発明46では,M2値が「10より小さい」,本件発明47ではM2値が「4より小さい」,本件発明48ではM2値が「2より小さい」と特定されている。本件発明46ないし48は本件発明1を引用するものであるから,本件発明1及び46ないし48は1.2を超える「M2値」を権利範囲に包含している。

しかし,上記のとおり,甲5文献の記載によると,本件特許の優先日当時,当業者は,実質的に基本モードであるビームのM2値は1.2未満であると理解していたのであり,1.2を超えるM2値を有するビームを基本モードとして取り扱うことができる根拠について,本件明細書の発明の詳細な説明には何らの記載もなく,当業者にとって自明なことではない。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明に関し,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。

ウ 小括

以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項に違反している。

(3)  特許法36条6項2号違反についての判断の誤り(取消事由3)

ア 本件発明1について

本件発明1における「本質的に基本モード」にはどの範囲まで含まれるのかについて,本件明細書の記載には明確に示されていない。

前記のとおり,本件特許の優先日当時,当業者は,実質的に基本モードであるビームのM2値は1.2未満であると理解していたにもかかわらず,本件発明1は1.2を超える任意のM2値を有するものも権利範囲に包含している。この点からも,当業者は,本件発明1の「本質的に基本モードでの増幅したビーム」の権利範囲が理解できない。

イ 本件発明2ないし49について

本件発明1の記載が明確ではないことから,本件発明2ないし49に関する記載も明確ではない。また,本件発明2ないし49で追加されている構成も不明確であるか,得ようとしている結果を述べているにすぎない。

ウ 小括

以上のとおり,本件発明に係る特許請求の範囲の記載はいずれも不明確であり,特許法36条6項2号の要件を満たしていない。

2  被告の反論

(1)  特許法29条1項3号又は同条2項違反についての判断の誤り(取消事由1)に対して

ア 甲1文献の引用例適格性についての判断の誤りに対して

(ア) 新規性,進歩性の判断において対比されるべき事項は,本件発明の具体的構成と,刊行物に記載された発明の具体的構成である。そして,「刊行物に記載された発明」は,当業者が実施できる程度に,刊行物に発明の内容(具体的構成)が開示されていることを要する。

(イ) 以下のとおり,甲1文献は,多重モード・ファイバー増幅器についての課題を示すのみであって,当業者が実施可能な程度に,多重モード・ファイバー増幅器を有する光学増幅器の具体的構成を開示していない。

a 甲1文献は,当業者が読んでも,多重モード・ファイバー増幅器と単一モード・ファイバー増幅器のいずれを記載したものか,理解不能である。甲1文献は,記載内容が不明瞭であり,本件発明1と対比可能な具体的構成を開示していない。

b 甲1文献は,ファイバーの基本モードを入力ポートで励起することと,このモードの信号エネルギーをファイバー全体を通してその出力ポートまで保存することが必須であること等の課題を指摘するにとどまり,具体的な構成を開示又は示唆していない。

c 当業者は,甲1文献で用いられた多重モード・ファイバーが低次のモードのみをガイド可能であるとは想到し得ない。甲1文献は,強力なガイドを用いた単一モード・ファイバーを示唆しているにすぎない。

d 甲1文献の〔記載a3)〕は,基本モードにおける増幅について説明しているのではなく,モード結合の問題を指摘しているにすぎない。

(ウ) 原告は,甲1文献の発行以後の文献として,甲3文献及び甲26を示して,本件審決には,甲1文献の発行から本件特許の優先日までの間における当該技術分野の進歩を考慮しなかった誤りがあると主張するが,原告の主張は,失当である。

甲3文献や甲26は,以下のとおり,いずれも甲1文献の記載内容の具体的構成を開示,示唆するものではない。したがって,本件特許の優先日当時の技術水準を考慮したとしても,甲1文献の記載に基づき,原告主張の発明に想到することは不可能である。

a 甲3文献について

甲3文献は,モード結合の問題に触れているにすぎず,具体的構成を開示及び示唆するものではない。また,甲3文献には,多重モード・ファイバーがドープされていることは記載されておらず,増幅器として動作することの記載もない。

甲3文献におけるレーザーは発振器であって,反射器の間において光を膨大な回数,往復させることにより動作するものであり,このような反射の繰り返しによって,高次のモードの発振が抑えられるのである。

レーザーが増幅器を含むとしても,甲3文献に記載されている構成は本件発明1の構成と基本的に異なる。甲3文献におけるレーザーの動作は,基本モードにおける発振及び高次モードに対する弁別作用を強化するためのフィードバック及び部分反射に依存するものであり,甲3文献には,レーザーをポンプ源として使用することが記載されているだけであり,多重モード・ファイバー増幅器としての動作を示唆するものはない。

この点,原告は,米国特許第5121460号明細書(甲15)は,甲3文献のMMファイバーレーザが本件発明1の多重モード・ファイバー増幅器を必然的に含むことを実証していると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。原告が主張の根拠とする「図1に示されるデバイスは,単にミラー18及び20を除去することによって,光ファイバー増幅器に容易に変換されてもよい。」(甲15の第3コラム39行目ないし41行目)の記述は,発振器に関するものである。

b 甲26について

甲26は,単に光ファイバーの技術動向を説明したものにすぎず,本件発明1を示唆するものではない。

イ 本件発明1と甲1文献に記載された発明との対比に対して

前記のとおり,甲1文献には,具体的な全体構造は記載されていない。このように,甲1文献には本件発明1と対比しうる発明が記載されておらず,甲1文献の記載内容と本件発明1との対比はできない。具体的には,以下のとおりである。

(ア) 原告は,本件発明1の構成である「該多重モード・ファイバー増幅器に結合され,該多重モード・ファイバー増幅器を光学的にポンピングして本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成するポンプ源」の中の「本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成する」の部分だけを抜き出して,甲1文献の記載と対比している。しかし,たとえ,甲1文献に断片的な構成が開示されていたとしても,他の構成との結びつきが明らかにされていなければ,「本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成する」の構成が記載されているとはいえない。仮に,甲1文献に,「本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成する」ことが示唆されていたとしても,当該示唆は,「このモードの信号エネルギーをファイバー全体を通してその出力ポートまで保存することが必須であること等の課題」を指摘するにすぎず,その構成までも開示するものではない。

(イ) 原告は,前記の構成中の「ポンプ源」のみを,甲1文献の記載と対比しているが,甲1文献には,「ポンプ源」が「本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成する」との構成は記載されていない。

原告は,甲1文献の第9.2図が本件発明1の前記構成における「ポンプ源」であると主張する。しかし,甲1文献の第9.2図は,サイド・ポンピングの構造を図示しているものの,当該構造が「多重モード・ファイバー増幅器に結合され」ていること,及び「本質的に基本モードでの増幅されたビームを生成する」ことは開示も示唆もされていない。

(ウ) 甲1文献の〔記載a1)ないしa10)〕のいずれにも,「回折限界に近いモードを持つ入力ビームを発生させるレーザー源」は明示されていない。甲1文献の第9.4図にはYAGレーザーが開示されているが,このレーザーは多重モード・レーザーであると解され,このレーザーが回折限界に近いモードを持つ入力ビームを発生させることは明示されていない。

(エ) 原告は,甲1文献には,「該入力ビームを受け,該多重モード・ファイバー増幅器の基本モードに整合するように該入力ビームのモードを変換し,該多重モードファイバー増幅器に入力するモード変換された入力ビームを作り出すモード変換器」が記載されていると主張する。しかし,原告が根拠とする甲1文献の「多重モード化された増幅器ファイバーの場合,ファイバーモードを整合するための何等かのインターフェース光学部品が必要になる」との記載からは,何のファイバーモードを何に整合するのかは不明である。また,本件発明1における「モード変換器」は,①回折限界に近いモードを持つ入力ビームを受け,②該多重モード・ファイバー増幅器の基本モードに整合するように該入力ビームのモードを変換し,③該多重モード・ファイバー増幅器に入力するものであるが,上記記載には,①ないし③のいずれの構成も開示されていない。

ウ 小括

以上のとおり,甲1文献には,当業者が実施可能な程度に発明の内容が開示されているとはいえず,本件発明は新規性を有する。また,本件特許の優先日における当業者の技術水準を考慮したとしても,甲1文献には当業者が実施可能な程度に発明の内容が開示されていない以上,本件発明は甲1文献に基づき当業者が容易になし得たものではない。

(2)  特許法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由2)に対して

ア 甲5文献の記載事項の認定の誤りに対して

甲5文献は,M2値を1.2未満と定義づける可能性があることを示唆するにとどまり,本件特許の優先日当時の当業者が,M2値は1.2未満であると理解していたとまで示すものではない。また,甲5文献は,雑誌の一記事であって,著者個人の見解を示すにすぎず,当時の当業者の認識まで示すものではない。

イ 本件明細書の発明の詳細な説明の認定の誤りに対して

原告は,本件特許の優先日当時,当業者が実質的に基本モードであるビームのM2値は1.2未満であると理解していたことを前提として,本件発明にはM2値が1.2を超える構成も含まれているのに,本件明細書の発明の詳細な説明には,1.2を超えるM2値を有するビームを基本モードとして扱うことについての記載がなく,当業者が発明を実施できる程度の記載がないと主張する。

しかし,前記のとおり,原告の主張は,前提において誤っており,採用できない。本件発明は,M2値が特定の値以上であるものに特定されていない。したがって,この点について,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとすることはできないとした審決の判断に誤りはない。

(3)  特許法36条6項2号違反についての判断の誤り(取消事由3)に対して

原告は,本件発明1における「本質的に基本モード」は,どの範囲までが「基本モード」に含まれるのかが不明確であると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり,理由がない。

本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から,「本質的に基本モード」の定義は明確である。また,前記のとおり,本件特許の優先日当時,当業者が,実質的に基本モードであるビームのM2値は1.2未満であると理解していたとはいえない。

したがって,本件発明1に関し,本件明細書は特許法36条6項2号に反しておらず,本件発明2ないし49に関しても,同規定に反していない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,甲1文献には,本件発明に係る技術事項について,本件発明と対比するに十分な程度に開示がされており,したがって,甲1文献に記載された発明をもって,特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」に該当すると判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  特許法29条1項3号又は同条2項違反についての判断の誤り(取消事由1)について

(1)  甲1文献の引用例適格性についての判断の誤りについて

ア 特許法29条1項3号は,「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明」は特許を受けることができないと規定する。ところで,同号所定の「刊行物に記載された発明」というためには,刊行物記載の技術事項が,特許出願当時の技術水準を前提にして,当業者に認識,理解され,特許発明と対比するに十分な程度に開示されていることを要するが,「刊行物に記載された発明」が,特許法所定の特許適格性を有することまでを要するものではない。

そこで,上記の観点から,甲1文献に記載された技術事項が,特許法29条1項3号所定の「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明」に該当するか否かについて検討する。

イ 甲1文献の記載

甲1文献は,昭和60年には公表がされた「受動及び能動光ファイバー要素」との表題の論文であり,別紙「甲1文献の記載内容」のとおりの記述(同別紙は,その訳文である。)及び図面(図面の説明は,訳文である。)が掲載されている(甲1の1,1の2)。なお,〔記載a3)〕の冒頭部分は「補完のため,ここに,この研究の最終目標である,(多重モード)ファイバー増幅器を単一モード・ファイバーに調和させるという重要な課題について言及するものとする。」と翻訳されているが,「a fiber amplifier」については,「(多重モード)ファイバー増幅器」ではなく,「ファイバー増幅器」と翻訳されるのが適切である。

論文の概要は,以下のとおりである。

(ア) 〔記載a1)〕には,甲1文献は,単一モード・ファイバーシステムにファイバー増幅器(能動光ファイバー)を適用して,従来の受動システムの改善を図ることをテーマとする旨が述べられている。また,「第9章 Nd:YAGファイバー増幅器の実験的作動」の冒頭には,「本章では,特に単一モード・ファイバーシステムにおいて適用するためのファイバーの形態の光学増幅器の設計及び試験を取り上げる。」〔記載a2)〕旨が述べられている。

(イ) 〔記載a3)〕の「多重モード化された増幅器ファイバーの場合,ファイバーモードを整合するために何らかのインターフェース光学部品が必要になる。」及び〔記載a4)〕の「キャリアー及び増幅器ファイバーを光学的に調和させる適切なモード整合光学部品を設計する必要がある」との各記載部分には,ファイバー増幅器として多重モード・ファイバー増幅器を使用する場合には,単一モード・ファイバーと多重モード・ファイバー増幅器をそのまま結合してもファイバーモードが適合しないため,単一モード・ファイバーのファイバーモードと多重モード・ファイバー増幅器のファイバーモードとを調整・整合するために,単一モード・ファイバーと多重モード・ファイバー増幅器との間に,インターフェース光学部品(モード整合光学部品)を設置する旨の説明がされていると認められる。

以上によると,甲1文献に接した当業者は,単一モード・ファイバーと多重モード・ファイバー増幅器との間に,ファイバーモードを整合するためのインターフェース光学部品を設置する構成を有する装置が示されていると認識,理解する。

(ウ) 第9章の第9.4図は「アルゴンイオンレーザーでエンドポンピングされたNd:YAGファイバー増幅器におけるパルス作動利得測定計算の用の実験装置の一般的な構成図」であり,Nd:YAGファイバー増幅器の信号源となる「YAGレーザー」と,同ファイバー増幅器のポンプ源となる「アルゴンレーザー」が記載されている。また,第9.1図,第9.2図及び第9.3図もファイバー増幅器(能動ファイバー)の構成が示された図面であるが,いずれも,ファイバー増幅器に入力信号とポンプ光が入力される旨記載され,ファイバー増幅器が伝送する信号を入力する入力信号源と,ファイバー増幅器にドープされた不純物を励起するためのポンプ光を入力するポンプ源が設置されていると解される。

以上によると,甲1文献に接した当業者は,ファイバー増幅器に,入力信号を入力する入力信号源とポンプ光を入力するポンプ源を接続する構成を有する装置が示されていると認識,理解する。

(エ) 〔記載a3)〕の「この第2の損失メカニズムが示すのは,多重モード・ファイバー増幅器では,第一に,ファイバーの基本モードを入力ポートで励起することと,第二に,このモードの信号エネルギーをファイバー全体を通してその出力ポートまで保存することが必須であるという点である。」との記載部分には,単一モード・ファイバーに多重モード・ファイバー増幅器を適用する場合には,①多重モード・ファイバー増幅器の入力ポートに当該多重モード・ファイバー増幅器の基本モードの信号を入力(入射)すること,②多重モード・ファイバー増幅器に入力された基本モードの信号エネルギーを,当該多重モード・ファイバー増幅器全体を通して,当該多重モード・ファイバー増幅器の入力ポートから出力ポートまで保存することが必要である旨の説明がされていると認められる。なお,〔記載a3)〕中の「励起すること」とは,前後の文章から「入力(入射)すること」の意味であると解される。そして,〔記載a4)〕には,市販の長さ10~30cmのガラス製の多重モード・ファイバーを使用した実験的シミュレーションでは,基本モードの信号を入射すること,及び基本モードの信号をその出力ポートまで保存することが可能であることが記述されており,さらに,〔記載a4)〕の「これらの考慮点はやはり,導波路の品質が重要であることと,キャリアー及び増幅器ファイバーを光学的に調和させる適切なモード整合光学部品を設計する必要があることとを強調している。」との記載部分には,上記①及び②を実現するためには,導波路の品質を高めること,適切なモード整合光学部品(インターフェース光学部品)を製作することが必要である旨の説明がされていると認められる。

(オ) 以上によると,甲1文献には,単一モード・ファイバーに多重モード・ファイバー増幅器を適用する光学増幅器において,単一モード・ファイバーと多重モード・ファイバー増幅器との間に,ファイバーモードを整合するためのインターフェース光学部品が設置され,多重モード・ファイバー増幅器に,入力信号を入力する入力信号源とポンプ光を入力するポンプ源が接続されていること,高品質の導波路及び適切なモード整合光学部品を使用して,多重モード・ファイバー増幅器の入力ポートにその基本モードの信号を入力し,多重モード・ファイバー増幅器によって増幅されたこの基本モードの信号エネルギーを,当該多重モード・ファイバー増幅器の全体を通して,その出力ポートまで保存することが開示されているといえる。

ウ 本件特許の優先日当時における技術水準

甲1文献に記載された技術内容の概要は,上記のとおりである。ところで,同文献に示された「単一モード・ファイバーに多重モード・ファイバー増幅器を適用した光学増幅器」が,本件特許の優先日当時,当業者によって,どのような技術であると理解されていたかを判断する前提として,以下,本件特許の優先日当時の技術水準(当業者の知見)がどのようなものであったかを検討する。

(ア) 「インターフェース光学部品」について

a 本件特許の優先日前に頒布された公刊物である甲3文献には,以下の記載がある(なお,対応国内公表特許公報である特表平9-508239号公報に基づいて,訳文を記載する。以下,同様とする。)。

「この発明の第1の特徴によると,次の構成のレーザが提供される。すなわち,波長λ1でポンプ信号を送出する光源と;波長λ1で光学的にポンプされているときは波長λ2で放出するレーザ作用を呈することができ,かつ波長λ2では多モード性質を示す第1の導波路部分と;波長λ2では実質的に単一モードを示し,第1の導波路部分とは光学的に一体に結合されている第2の導波路部分と;帰還手段によって定義され,かつ第1及び第2の導波路部分を含む光学的空洞とで成るレーザが提供される。」(2頁29行目ないし3頁2行目)

「2つのファイバのコア寸法は多モードファイバの基本モードスポット寸法が実質的に単一モードファイバのそれと整合し,ファイバの基本モードの効率的な結合がファイバの接続端間で達成されるように選ばれる。」(9頁23行目ないし27行目)

上記記載によると,光学的にポンプされている多重モード・ファイバー増幅器(第1の導波路部分)と,これに光学的に一体に結合されている単一モード・ファイバー(第2の導波路部分)からなるレーザーが開示されており,多重モード・ファイバー増幅器の基本モードスポット寸法が,実質的に単一モード・ファイバーの基本モードスポット寸法と整合するように結合されることが示されている。

b 本件特許の優先日前に頒布された公刊物である「Applied Physics Letters 63:586-588 (1993)」との題名の論文集中の「111 kW (0.5 mJ) pulse amplification at 1.5µm using a gated cascade of three erbium-doped fiber amplifiers(3段のエルビウムドープファイバー増幅器を用いた1.5μmにおける111kW(0.5 mJ)のパルスの増幅)」との題名の論文(甲4)の図1は,別紙「甲4の図1」に記載のとおりである(図面の説明は訳文である。)。図1には,3段構成のエルビウムファイバー増幅器(EDFA)システムにおいて,2つの単一モードEDFと多重モードEDFとの間に2個のレンズを使用した音響光学変調器が設置されており,これによって,単一モードEDFから出力されるモードを多重モードEDFに整合するようにモード変換を行っていると認められる。

c 以上によると,本件特許の優先日当時,単一モード・ファイバーのファイバーモードを多重モード・ファイバー増幅器に適合するように調整・整合するためのインターフェース光学部品(モード整合光学部品)の具体例が複数公知となっており,当業者の技術水準によれば,上記インターフェース光学部品は,当業者が理解し得る程度にその構造は具体化していたといえる。

そして,適切なインターフェース光学部品を使用することにより,多重モード・ファイバー増幅器の基本モードスポット寸法が単一モード・ファイバーの基本モードスポットと整合するように結合され,多重モード・ファイバー増幅器の入力ポートでその基本モードの信号を入力することができると理解し得るものであったと認められる。

(イ) 「基本モードの信号エネルギーを多重モード・ファイバー増幅器の出力ポートまで保存すること」について

a 本件特許の優先日前に頒布された刊行物である米国特許第5187759号明細書(甲2)には,以下の記載がある(訳文を記載する。)。

「利用可能なモードのうち限定されたもののみのポンピングによる選択的励起が生じる,光ファイバー増幅器設計」(第1列60行目ないし62行目)

「いくつかの代替のコアドーピングスキームが採用されてもよい。図3に示される第1のスキームでは,コアドーピングは,多重モードファイバーコアのコア区画全体にわたって均一な濃度にされる。均一にドープされたコアは,ポンプ光の入射を限定することによって,多重モード・ファイバーの励起モードを選択的に限定するのに役立つようになる。選択的なモード励起は図1及び2に既に記載している。ただし,均一にドープされたファイバーはそれ自体がモードを限定するものではない。入射条件のみが,均一にドープされたファイバーにおける励起モードの数を限定することを理解すべきである。

さらなる実施形態では,図4に示されるように,多重モードファイバーコアはその中心領域のみがドープされる。多重モード・ファイバーの活性領域をコアの小区画に限定することによって,伝播モードの数が,低減された能動コア内を伝播するモードに限定される。」(第4列19行目ないし37行目)

b また,甲3文献には,以下の記載がある。

「一般に,多モード光ファイバは数多くの伝搬モード,すなわち導波モードを有しており,このモードで光エネルギーがファイバ内を伝わる。導波モードで伝搬するとともに,あるモードの光信号はファイバ中を移動する間に他のモードに結合するから,ある時刻にある1つのモードで存在している光エネルギーの量を制御することは難しい。

もしファイバが名目上の直線状態であるときは,高次のモードに大きくパワーを結合させずに,多モードファイバの基本モードが最大1mの距離多モードファイバ中を伝搬することができることを発明者は発見した。」(11頁32行目ないし12頁6行目)

「発明者は波長1.02μmでの効率的な単一モードレーザ発振が,ポンプ及びレーザ発振波長で多モード性質を示す多モードファイバに対して,ドーピングを施すことによって可能となることを発見した。」(12頁37行目ないし13頁3行目)

「すでに述べたように,発明者は多モードファイバの基本モードは1mまでの長さにわたって高次モードと著しく結合することなく伝搬することができることを発見した。しかしこの距離はファイバの性質に大きく依存し重大な不完全性がモード間結合を生じさせる。そこで基本モードが高次モードと結合することなく伝搬できる距離は,たくさんの不完全性を備えた実用的なファイバよりも,非現実的な完全なファイバの方がはるかに長いことになる。」(13頁17行目ないし25行目)

c 本件特許の優先日前に頒布された刊行物である「Electronics Letters(エレクトロニクス レターズ)」との題名の書籍中の「Mode excitation in a multimode optical-fibre waveguide(多重モード光学ファイバー導波路におけるモード励起)」(甲28)には,以下の記載がある(訳文を記載する)。

「wo/rの比が0.68では,HE11モードは97%の効率で優先的に入射され,高次モードには非常に小さなエネルギーしか入らなかった。この条件下でファイバー端におけるガウスビームが偶発的であるならば,インターフェースの不完全性,ファイバーの曲げ,またはコアにおける本質的なレイリー散乱若しくは全体の不均質性に伴う散乱によって,ファイバーに沿って観察される何らかの高次モードが,モード変換から生じなければならない。」(413頁左欄3行目ないし11行目)

d 以上によると,本件特許の優先日当時,当業者は,多重モード・ファイバー増幅器では,入射条件やコアの活性領域を限定することによって,入射されるモードの数を限定することができ,ファイバーの品質改善により,基本モードは,高次モードと著しく結合することなく,多重モード・ファイバーを伝搬することができるとの認識を有していたと認められる。したがって,本件特許の優先日当時において,基本モードの信号エネルギーを,モード結合を抑制して,多重モード・ファイバー増幅器を伝搬させるための構成は,十分に明確なものとして理解できたものということができ,当業者は,甲1文献に記載された「基本モードの信号エネルギーを多重モード・ファイバー増幅器の出力ポートまで保存すること」の具体的方法を理解することができたといえる。

エ 以上のとおり,甲1文献には,単一モード・ファイバーに多重モード・ファイバー増幅器を適用する光学増幅器において,単一モード・ファイバーと多重モード・ファイバー増幅器との間に,ファイバーモードを整合するためのインターフェース光学部品が設置され,多重モード・ファイバー増幅器に,入力信号を入力する入力信号源とポンプ光を入力するポンプ源が接続されていること,高品質の導波路及び適切なモード整合光学部品を使用して,多重モード・ファイバー増幅器の入力ポートにその基本モードの信号を入力し,多重モード・ファイバー増幅器によって増幅されたこの基本モードの信号エネルギーを,当該多重モード・ファイバー増幅器の全体を通して,その出力ポートまで保存することが開示されており,本件特許の優先日当時の当業者の技術水準によれば,その当時,インターフェース光学部品の構成や,基本モードの入射・保存のための方法などを含め,上記光学増幅器の構成は,当業者が理解可能な程度に明らかになっていたといえる。したがって,甲1文献には,本件発明と対比可能な程度に技術事項が開示されており,甲1文献に記載された発明は,特許法29条1項3号に規定する「刊行物に記載された発明」に該当するというべきである。

オ 被告の主張に対して

(ア) 被告は,甲1文献は,①多重モード・ファイバー増幅器と単一モード・ファイバー増幅器のいずれを説明したものであるか,説明内容が不明瞭であり,当業者において理解することができない,②甲1文献は,ファイバーの基本モードを入力ポートで励起すること,及び基本モードの信号エネルギーをファイバー全体を通してその出力ポートまで保存することが必須であること等についての指摘はあるが,課題解決の具体的構成が示されていない,と主張する。

しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。

甲1文献の〔記載a3)〕と〔記載a4)〕は,ファイバー増幅器と単一モード・ファイバーとの調和について説明をしたものであるが,①単一モード・ファイバー増幅器を使用することによって,ほとんど結合損失することなく,単一モード・ファイバーと直接結合でき,②単一モード・ファイバー増幅器(能動単一モード・ファイバー)の開発が,将来の増幅研究において必要である旨,単一モード・ファイバーに単一モード・ファイバー増幅器を利用することに関連した説明がされている。また,〔記載a3)〕及び〔記載a4)〕には,①単一モード・ファイバーに多重モード・ファイバー増幅器を使用する場合には,ファイバーモードを整合するために,何らかのインターフェース光学部品が必要となり,②多重モード・ファイバー増幅器では,導波路の不完全性等によるモード結合を防ぐため,多重モード・ファイバーの基本モードを入力ポートで励起(入力)することと,この基本モードの信号エネルギーを多重モード・ファイバー全体を通してその出力ポートまで保存することが必要であり,③導波路の品質が重要であり,適切なモード整合光学部品が必要である旨,単一モード・ファイバーに多重モード・ファイバー増幅器を利用することに関連した説明もされている。そして,上記各記載は,単一モード・ファイバー増幅器と多重モード・ファイバー増幅器のどちらか一方だけの利用を推奨するものではないと理解される。以上によれば,甲1文献の記載が,当業者において,その技術内容を理解することができない,又は不明確であるとはいえない。

なお,〔記載a3)〕には「残念ながら,多重モード化された増幅器ファイバーの場合,ファイバーモードを整合するために何らかのインターフェース光学部品が必要になる。バルク光学部品は,安定性の理由から一部の光ファイバーシステムでは望ましくないので,能動単一モード・ファイバーの開発は,将来の増幅研究において必要なステップであると思われる。」と,多重モード・ファイバー増幅器を否定するかのような表現がある。しかし,上記記述に続いて,多重モード・ファイバー増幅器におけるモード結合を防止する上で必須な事項等についての記述があることに照らすならば,上記記述は,多重モード・ファイバー増幅器において生じる問題点を指摘したものにすぎず,これによって単一モード・ファイバーに多重モード・ファイバー増幅器を適用することができないとするものではないと解すべきである。

さらに,甲1文献の記載のみでは,必ずしもその具体的構成等が明らかではない部分が存在するものの,その点については,前記のとおり,本件特許の優先日当時の技術水準も斟酌すると,本件特許の優先日において,甲1文献には,当業者が理解可能な程度に増幅器についての構成が開示されているということできる。以上のとおりであって,甲1文献に開示された技術事項は,解決課題を単に指摘したにすぎないものとはいえない。

(イ) また,被告は,甲3文献におけるレーザーは発振器であって,多重モード・ファイバー増幅器としての動作を示唆するものではないと主張する。

しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。

確かに,甲3文献にはレーザーの構成について記載されており,これが発振器であるとしても,甲3文献には,多重モード・ファイバー増幅器の基本モードと単一モード・ファイバーの基本モードとの整合について記載されているのであり,当業者であれば,上記記載から,単一モード・ファイバーのファイバーモードを多重モード・ファイバー増幅器に適合するように調整・整合するための構成が開示されたものと理解し得ると認められる。

(2)  上記のとおり,甲1文献には,当業者が理解可能な程度にその構成が示され,かつ,本件発明と対比可能な程度にその技術事項が開示されているといえるのであって,甲1文献に記載された発明は,特許法29条1項3号に規定する「刊行物に記載された発明」に該当すると認められる。したがって,甲1文献には,本件発明と対比されるべき発明が記載されているとは認められないとした本件審決の判断には,その結論に影響を及ぼす誤りがある。

2  結論

以上のとおり,本件審決には,結論に影響を及ぼす誤りがある。

よって,その余の点を判断するまでもなく,審決は,違法であるとして取り消すべきであるから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)

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