知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10207号 判決 2011年12月15日
原告
アップル インコーポレイテッド
訴訟代理人弁護士
林いづみ
弁理士
大島厚
柴田泰子
被告
特許庁長官
指定代理人
末武久佳
関根文昭
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2009-21923号事件について平成23年2月22日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 原告は,本願商標について商標登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた。争点は,本願商標が商標法3条1項3号,4条1項16号に該当するかどうかである。
2 特許庁における手続の経緯
原告は,平成19年(2007年)1月2日の優先権(トリニダード・トバゴ)を主張して,同年6月29日,下記本願商標につき,商標登録出願(商願2007-71092号)をしたが,平成21年8月11日に拒絶査定を受けたので,同年11月11日,これに対する不服の審判請求をした(不服2009-21923号)。
【本願商標】
MULTI-TOUCH(標準文字)
・ 指定商品 第9類 写真機械器具,MP3プレーヤー,デジタルオーディオプレーヤー,電話(ただし,平成20年1月22日付け補正により「電話機」に補正された。),携帯電話,テレビ電話,テレビジョン受信機,電話・ファクシミリ・電子メールその他の電子データの送受信機能を有する携帯電子機器,電気通信機械器具,未記録の磁気記録媒体,コンピュータ,コンピュータソフトウェア,コンピュータ周辺機器,携帯情報端末,電子手帳,その他の電子応用機械器具及びその部品
特許庁は,平成23年2月22日,前記請求につき「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年3月4日,原告に送達された。
3 審決の理由の要点
本願商標を構成する文字とつづりを同じくする「multi-touch」の文字及びその構成文字に相応して生ずる読みを片仮名で表した「マルチタッチ」の文字は,「日経パソコン用語事典2009年版」(甲7)等の証拠の記載からして,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」を表すものと認められる。
そして,「マルチタッチ」の文字は,富士通コンポーネント,シャープ,その他各社の抵抗膜方式タッチパネル,ノートパソコン等に係る宣伝・広告において使用されているほか,各社が製造するパーソナルコンピュータ,液晶ディスプレイ等を紹介する他人のウェブページにおいても,上記の入力方式の意味をもって使用されている。
そうすると,「マルチタッチ」の文字は,抵抗膜方式タッチパネル,パーソナルコンピュータ,液晶ディスプレイ等について,上記の入力方式を意味するものとして取引上普通に使用されているというべきであり,かかる意味を有する「マルチタッチ」を欧文字で表記した本願商標も,これに接する取引者,需要者が上記の入力方式を意味するものと理解,把握するものであって,自他商品の識別標識としての機能を果たしている商標とは認識しないというべきである。
したがって,本願商標は,これを指定商品中,上記の入力方式を採用したコンピュータ等に使用するときは,商品の品質,機能を表示するにとどまるものとみるのが相当であり,上記商品の取引に際し,必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであって,特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でなく,商標法3条1項3号に該当する。
また,本願商標を,指定商品中,上記の入力方式を採用しないコンピュータ等に使用するときは,あたかもこれらの商品が上記の入力方式を採用したものであるかのように,商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるから,商標法4条1項16号に該当する。
第3原告主張の審決取消事由(商標法3条1項3号,4条1項16号の解釈適用の違法性)
1 審決は,「マルチタッチ」の文字について,原告及びその製品とは無関係な,品質を表示する普通名称であるかのように,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」を表すと認定したが,次のとおり,誤りである。
(1) 本願商標は,原告が原告の製品のために採用した,「MULTI」及び「TOUCH」の2つの英単語をハイフン「-」で結合させた一体不可分の造語であり,広辞苑や一般の英和辞典に掲載されているような既製語ではない。「MULTI」は,「多い,多数の,1以上の数の,3以上の数の」を意味し,「TOUCH」は,「触れること,接触,(芸術的)手法,特質,連絡,交渉」といった意味を有するが,これらをハイフン「-」で結合させた「MULTI-TOUCH」の文字は造語であって,特定の意味を持たず,せいぜい,「多数の接触」「多くの連絡」等の観念が一応生じ得るだけで,それ以上に商品の品質等を具体的に表示するような特定の意味は生じない。したがって,「マルチタッチ」の文字それ自体から「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」という具体的な意味を直接的に導き出すことはできない。
(2) 「マルチタッチ」の文字は,「複数の指での」,「(ジェスチャー)操作による」などといった操作に関する説明と共に使用されており,このような説明がなければ,「マルチタッチ」の意味は審決が認定するようには理解され得ない。例外的に,「マルチタッチ」の文字が説明なしに用いられているのは,第三者が,極めて短い文章において機能を紹介するために,著名な本願商標を,便宜的に借用ないし誤用した場合に限られている。つまり,「マルチタッチ」の文字は,これ単独では特定の意味を表示できないものであって,本願商標は,何らかの品質を記述する用語ではない。
(3) 「マルチタッチ」の文字は,原告が平成19年(2007年)に発売した「iPod touch」及び平成20年(2008年)に発売した「iPhone」(米国での発売は平成19年(2007年))に,その当時は一般に知られていなかった,複数の指を使って画面の操作を行うことができる機能を有するタッチパネルを採用し,そのような機能の名称あるいはタッチパネルの名称として本願商標を採用し,上記製品の販売・広告を通じて本願商標を大々的に使用したことにより初めて,一般に知られるようになったものである。したがって,本願商標は,原告ないしその製品と極めて密接な連想関係があり,出所表示機能を有する。
例えば,審決が認定に用いた証拠である「日経パソコン用語事典2009年版」(甲7)には,マルチタッチの用語について,「米アップルが2007年6月に発売した携帯電話機iPhoneに採用したことで注目された。」と明記している。また,この用語事典の2008年版にマルチタッチの用語が収録されていないことからしても,原告が平成19年(2007年)に本願商標を使用するまでは,マルチタッチの用語は知られていなかったといえる。
2 審決は,「マルチタッチ」の文字が,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」の意味をもって,取引上普通に使用されていると認定した。
しかしながら,審決が上記認定に用いた証拠は,いずれも「iPod touch」及び「iPhone」が発売され,著名となった後に作成・掲載されたウェブサイト記事である。すわなち,原告が,最初に,「MULTI-TOUCH(マルチタッチ)」の文字を,本願指定商品について業として大々的に使用し,これを世間に広告・宣伝する以前においては,かかる使用態様が一般化していたと認めるに足る証拠は一切ない。むしろ,本願商標と原告の間には強い連想関係が存する。このような事情を考慮することなく,本願商標の識別力を否定した審決の認定判断は誤っている。
仮に,一般消費者が,本願商標をタッチパネル方式の一技術名と誤解することがあったとしても,造語商標について,一般人の認識をもって,その言葉を普通名称と認定することは許されない。商標は,それが付された商品が大ヒットしたり,語呂がよく呼びやすい名称であったりすると,一般消費者がそれを普通名称と誤解し,本来の普通名称以上に日常一般的に誤用されることが,しばしば起こり得る。しかしながら,業界関係者間においては,それが普通名称でなく,その商標権者が最初にそのネーミングを採用し,使い始めたことが認識されている以上,一般消費者が普通名称であるかのように誤解しているとしても,当該商標は未だ普通名称化したとはいえない。したがって,仮に,一般消費者が「マルチタッチ」の文字を技術の一般名称であると誤解することがあったとしても,業界関係者(当業者)が「マルチタッチ」の文字は「iPod touch」や「iPhone」のタッチパネルの名称として採用され,使用されてきたことを十分に認識している以上,本願商標はいまだ一定の出所(原告)と連想関係をもって認識される商標である。
3 本願商標は,本来的に自他商品識別力を有する造語であり,具体的な商品の品質を表すものではない。そもそも,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」について,あえて造語である「マルチタッチ」を使わなければならない必要性は認められない。「iPod touch」や「iPhone」のタッチパネルの機能を表す言葉としては,もっと記述的な表現,たとえば「複数指操作」「二本指入力」のように表現した方が,その意味が具体的であるし(ちなみに,英語による一般的な表現は「Two finger input」である。),商品の品質表示として的確かつ自然である。したがって,本願商標は機能の記述のために不可欠な文字ではない。
実際に,指定商品について「MULTI-TOUCH」の標章を使用して販売しているのは原告のみである。複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式を包含するタッチパネルの機能の名称として,マイクロソフトは「Windows Touch」との名称を,NTTドコモやサムスン電子は「TouchWiz」を使用しており,本願商標は,コンピュータ等の取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものではない。
4 本願商標は,既に,カナダや,英国を含む欧州共同体において識別性を有するものとして登録されており,ドイツ・フランスを含む24カ国を指定国として国際登録もされている。「iPod touch」や「iPhone」のように,全世界でほぼ同時に発売され,その発売の都度,熱狂的な反響を持って迎えられた製品は比類がない。特に,上記製品におけるマルチタッチの採用は,コマンドラインからマウスへの変革以来の大変革といってよい,画期的なユーザインターフェースの変革である。かかる地球規模の上記製品に関して,本願商標が各国において識別性を認められて商標登録されているとの事実は,わが国の商標登録においても,本願商標の原告との強い関連性(出所・識別性)を認める方向で十分に斟酌されてしかるべきである。
第4被告の反論
1 本願商標を小文字で表した「multi-touch」の文字及び本願商標から生ずる読みを片仮名で表した「マルチタッチ」の文字は,多数の書籍,ウェブサイト,雑誌及び新聞において,多数の事業者の携帯情報端末,コンピュータ等の広告・宣伝として,あるいは他人の商品を紹介する記事として,例えば「タブレットやタッチパネル付きディスプレイで,2本以上の指を用いて操作すること。例えば,2本の指で幅を広げたり狭めたりすることで,表示されている画像を拡大/縮小するといった,直感的な操作が可能になる。」などと記載されるように,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」の意味合いを表すものとして使用されている。
そうすると,本願商標の指定商品中,コンピュータ,携帯情報端末等の取引者,需要者は,本願商標から,前記「マルチタッチ」の文字と同義の「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」の意味合いを容易に認識,把握するとみるのが自然である。
したがって,本願商標は,これを指定商品中「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式を採用した」コンピュータ等に使用した場合,商品の品質(機能)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標というべきであり,自他商品の出所識別標識としての機能を果たし得ないのであって,商標法3条1項3号に該当する。
また,本願商標は,これを指定商品中「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式を採用していない」コンピュータ等に使用した場合には,その取引者,需要者は,あたかもこれらの商品が「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式を採用したもの」であるかのように,商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるから,商標法4条1項16号に該当する。
2 原告の主張に対して
(1) 原告の主張1(1)に対し
商標法3条1項3号該当性を判断するにあたっては,必ずしも辞書類への掲載を参酌しなければならないものではない。登録出願された商標が,その出願時において,成語であるか否かにかかわらず,本件では審決時に,その指定商品の取引者,需要者が商品の品質を表したものと認識するのであれば,その商標は,商標法3条1項3号に該当するといえる。そして,取引者,需要者の認識については上記1で主張したとおりである。
(2) 原告の主張1(3)に対し
商標法3条1項3号該当性は,本件では審決時が基準となるのであって,平成19年(2007年)ころに原告が本願商標を使用した結果,これが一般に知られるようになったか否かは,同号該当性の判断に影響を与えるものではない。また,ウェブサイト等において,マルチタッチが「iPhone」等に採用された旨の紹介がされているとしても,それらは,あくまで「マルチタッチ」と称する技術が注目されたことを紹介するにとどまるもので,「マルチタッチ」の文字が原告の製品に使用される商標であることはもとより,「マルチタッチ」の文字が商標として注目された旨の記載はない。さらに,「マルチタッチ」の文字は,例えば,平成8年(1996年)11月18日出願の特表2000-501526号公報等の文献において,複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式を示すものとして使用されており,原告が平成19年(2007年)から販売した商品の説明などに使用する前から他人によって使用されていた。したがって,「MULTI-TOUCH(マルチタッチ)」が原告ないし原告の製品と強い連想関係を有しているとはいえない。
(3) 原告の主張2に対し
「マルチタッチ」の文字は,多数の事業者によって使用されており,取引者,需要者が,本願商標と原告とを結びつけて考えているとはいえない。
(4) 原告の主張3に対し
上記のとおり,「マルチタッチ」の文字は,多数の事業者によって使用され,多数の雑誌,新聞記事でも用いられているのであるから,本願商標でなくても他の用語をもって代替できるからといって,商品の品質を表示するものと認識される商標を一私人に独占させることが妥当でないことに変わりはない。
原告以外の使用状況についても,マイクロソフトは,「Windows Touch」の文字を使用しているが,その一方で,「…Windows 7では初めてマルチタッチテクノロジーを搭載…」などとして,マルチタッチの文字も使用しているのであって,マルチタッチの文字に代えて「Windows Touch」の文字を使用しているものではない。かえって,上記のようにマルチタッチの文字が使用されていることからすると,マルチタッチの文字は,一定の技術を表すものとみるのが自然である。NTTドコモ等の「TouchWiz」についても同様である。
(5) 原告の主張4に対し
原告の主張する製品は「iPhone」の名称をもって知られているのであり,本願商標の使用をもって知られているのではない。また,我が国において,商品に使用される商標が外国で登録されているか否かに留意して商取引に当たることが一般的であるとは到底いえず,本願商標の外国における登録状況も取引の実情として考慮すべきであるとはいえない。
第5当裁判所の判断
1 認定事実
証拠及び弁論の全趣旨によれば,「マルチタッチ」の文字の使用状況等について,次の事実が認められる。
(1) 平成19年(2007年)より前の状況
米国カリフォルニア州に住所を有するAは,平成8年(1996年)11月18日,平成7年(1995年)11月16日等の優先権(米国)を主張して,発明の名称を「メモリの必要を最小限にするマルチタッチ入力装置,方法およびシステム」とする特許出願(特願平9-519151)をした。この出願に係る公表特許公報の要約欄には,出願に係る発明は,ユーザの複数の指により同時に生じたタッチを区別するパッドを使用した電子装置に関する発明である旨の記載がある(乙20)。
米国ミズーリ州に住所を有するBは,平成11年(1999年)1月25日,平成10年(1998年)1月26日等の優先権(米国)を主張して,発明の名称を「手操作入力を統合する方法および装置」とする国際特許出願(我が国における出願番号は特願2000-528974)をした。この出願に係る公表特許公報には,請求項の1つとして,表面付近における1つ以上の手の指又は手のひらの行動等を検出して,1つの電子装置等への統合手操作入力を生成するマルチタッチ表面装置に関する発明が記載されている(乙21)。
富士通テン株式会社は,平成15年(2003年)9月10日,発明の名称を「情報端末における入力装置」とする特許出願(特願2003-318617)をした。この出願に係る公開特許公報には,請求項の1つとして,タッチパネルの任意の部分における複数の同時タッチによるマルチタッチを含み,その同時タッチの組み合わせにより指示内容を識別することを特徴とする入力装置に関する発明が記載されている(乙22)。
(2) 「iPod touch」及び「iPhone」の発売
原告は,平成19年(2007年)1月,米国で,スマートフォンである「iPhone」を新製品として発表し,同年6月ころに同国で,平成20年(2008年)に我が国で発売した。また,原告は,平成19年(2007年)9月,携帯情報端末である「iPod touch」を発売した。これらの製品には,指で直接画面に触れて操作するマルチタッチスクリーンが採用されていた(甲1~3,7,30,34)。原告は,上記製品に関連する報道発表を行ったが,平成19年(2007年)の発表資料(甲30,34)では,「大型のマルチタッチディスプレイと先駆的な新しいソフトウェアをベースとする全く新しいユーザインターフェイスを実現」,「マルチタッチディスプレイを指で軽く叩くだけでどの部分でも簡単に拡大することができます。」,「マルチタッチインターフェース」などとして,製品の装備や操作の説明として「マルチタッチ」を含む語を使用していたが,平成20年(2008年)以降の発表資料(甲31~33,35~39)で,同様の説明をする際に,「Multi-Touch」の部分に商標を示す「TM」を表示をするようになった。
(3) 「iPhone」等の発売後の状況
ア 平成20年(2008年)10月20日発行の日経パソコン用語事典2009年版には,「マルチタッチ」(「multi touch」)の語が収録され,「タブレットやタッチパネル付きディスプレイで,2本以上の指を用いて操作すること。」と説明されており(甲7),「iPod touch」の発売後に作成されたものも含まれるウェブサイト上のIT用語辞典(甲1,8),パソコン用語集(甲9)及び一般の雑誌におけるスマートフォンの紹介記事(乙2,3)においても,同様の説明がされている。なお,平成19年(2007年)10月17日発行の日経パソコン用語事典2008年版には,「マルチタッチ」の語は収録されていなかった(甲23)。
イ 「マルチタッチ」の語は,上記日経パソコン用語事典(甲7)やウェブサイトのIT用語辞典(甲1)において,「iPhone」等に採用されたことにより注目された旨説明されている。他方で,ウェブ版の日経サイエンス平成20年(2008年)10月号(甲10)には,マルチタッチインターフェースの研究は1980年代初めに遡ること,平成12年(2000年)ころに研究者がマルチタッチインターフェースの技術上の障壁に関する研究を開始したこと,「iPhone」の発売当時,既に,マルチタッチスクリーンは世界中の研究所で2本指操作を大きく超えて進化していたことを指摘する記事が掲載されている。
ウ 富士通コンポーネント,シャープ,マイクロソフト,KDDI,NTTドコモ等の各社は,それぞれのウェブサイトにおいて,自社製品や関係会社の製品等である「Windows Touch」用の抵抗膜方式タッチパネル,ノートパソコンの液晶パッド,Windows 7に含まれるWindowsタッチの機能,スマートフォンの機能等について紹介する際に,「マルチタッチ可能な」,「複数の指でのマルチタッチ(ジェスチャー)操作…が可能」,「マルチタッチテクノロジー」,「マルチタッチ対応」などの表現で説明している(甲13,14,20~22,24)。
平成22年(2010年)以降に発売されたパソコン雑誌では,パソコンの紹介記事として,「マルチタッチ操作…が可能なタッチパネル機能を備える」,「タッチパッドはマルチタッチに対応」,「マルチタッチ対応ディスプレイを搭載」などと記載している(乙4~6)
日刊工業新聞,日経産業新聞等の新聞や,毎日コミュニケーションズその他複数の会社のウェブサイトでも,平成20年(2008年)以降において,ASUSTeKComputer,エムエスアイコンピュータジャパン,パナソニック,ナナオ等の各社が発表・開発した,パソコン,液晶パネル,液晶ディスプレイ等の製品を紹介する際に,「Windows 7のマルチタッチ機能により,指2本のジェスチャーで…」,「マルチタッチ3D液晶デスクトップ」,「マルチタッチ機能を搭載したタブレットPC」,「マルチタッチ対応の…ディスプレイ」などと説明している(甲15~18,乙7~16)。
2 商標法3条1項3号該当性について
本願商標は「MULTI-TOUCH」の欧文字からなるところ,上記認定事実によれば,本願商標と読みを同じくする「マルチタッチ」又は綴りを同じくする「Multi-Touch」の文字は,遅くとも平成15年(2003年)までには,我が国と米国の複数のタッチパネル等の開発者によって,複数の指でタッチパネル等の機器に触れることによる入力・操作方式を示すものとして使用されていたのであり,そのような入力方式に対応するタッチパネルが原告の「iPhone」等に採用されたことにより一般にも注目され,本件審決時までには,上記の入力方式を示す用語として用語辞典等にも収録され,かつ,パソコン,タッチパネル,スマートフォン等の各種商品について,これらの商品を製造する会社はもとより,出版社や新聞社等においても,上記の入力方式を示す用語としての使用が広がったことが認められる。そうであれば,「マルチタッチ」を欧文字で表記した本願商標に接した上記商品の取引者,需要者は,上記の入力方式を意味するものとして理解するのであって,自他商品の識別機能を有しないものと認めざるを得ない。
したがって,そのような本願商標を,その指定商品中,上記の入力方式を採用したパソコン等に使用するときは,商品の品質,機能を表示するものであるから,商標法3条1項3号に該当する。また,本願商標を,その指定商品中,上記の入力方式を採用しないパソコン等に使用するときは,これらの商品が上記の入力方式を採用したものであるように品質について誤認を生ずるおそれがあるから,商標法4条1項16号に該当する。
3 原告の主張について
(1) 原告は,本願商標について,「iPhone」等の製品のために原告が採用した造語であって,特定の意味を持たず,原告ないしその製品との密接な連想関係があり,一般人がタッチパネル方式の一技術名と認識しているとしても,原告の採用した造語を普通名称と誤解したのであって,当業者は原告との連想関係を認識しているなどと主張し,また,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」については,「マルチタッチ」の語を使用する必然性はなく,他社は他の語を使用しているなどと主張する。
しかしながら,表記は別として「マルチタッチ」の語が一般に広まったことについて,原告による「iPhone」や「iPod touch」の発表・発売が引き金になっていることは否めないにしても,そもそも,パソコンやそのディスプレイ等の商品分野において,「タッチパネル」や「タッチペン」等の語が用いられてきたように,「タッチ」の文字は,画面に接触することによる入力方式やそのような入力方式を採用した機器を意味するものとして使用されてきたのであって,このような「タッチ」と多数を意味する「マルチ」の文字を組み合わせた「マルチタッチ」が,通常の認識として,画面に数回又は複数接触することによる入力方式等を意味するものと把握される可能性があることは否定できない。加えて,上記認定のとおり,「iPhone」等の発表・発売の数年以上前から既に,複数のタッチパネル等の開発者により,公的に用いられる特許出願に係る公報において,「マルチタッチ」の文字が,複数の指でタッチパネル等の機器に触れることによる入力・操作方式を示すものとして使用されていて,特段の定義付けがなく理解されているのであるから,原告の上記主張は,採用することができない。
なお,上記の入力方式に関する技術の名称として,マイクロソフトが「Windowsタッチ」の文字を使用し(甲24),サムスン電子等の会社が「TouchWiz」の文字を使用している事実は認められるが(甲28,29),上記1(3)で認定したとおり,多くの会社が上記の入力方式を示すものとして「マルチタッチ」の文字を使用している以上,これと異なる文字を使用する会社が存在することは,上記判断に影響を及ぼすものではない。
(2) 原告は,証拠上,「マルチタッチ」の文字は,操作に関する説明と共に使用されているので,そのような説明がなければ,「複数の指を用いて画面の操作を行うことができる入力方式」とは認識し得ないと主張する。
しかしながら,「マルチタッチ」の文字は,操作に関する説明がない状態で用いられ(甲16,乙4~7),あるいは,操作に関する説明のない見出しにおいても使用されており(甲15~17など),また,操作に関する説明も,その文脈に照らし,「マルチタッチ」の文字自体の意味を説明するというよりは,機器の機能を説明するものと認められるものも含まれており(甲18など),原告の上記主張は採用することができない。
(3) 原告の出願に係る「MULTI-TOUCH」が,カナダ,欧州共同体等で登録されている事実は認められるが(甲4~6),商標登録の可否は,各国の法律や商標に係る文字等の状況等によって異なり得るのであって,上記事実によっても,上記判断は左右されない。なお,原告は,地球規模の製品であることが斟酌されるべきであると主張するが,原告の製品は「iPhone」等であって,それに限られない指定商品に係る本願商標については当てはまらない。
第6結論
以上のとおり,本願商標が商標法3条1項3号,4条1項16号に該当するとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 古谷健二郎 裁判官 田邉実)