知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10219号 判決 2012年3月22日
原告
日本ビスカ株式会社
訴訟代理人弁理士
前田均
同
鈴木亨
同
橋村一誠
同
堀江一基
同
船本康伸
同
渡部早苗
被告
特許庁長官
指定代理人
菅野芳男
同
長島和子
同
須藤康洋
同
芦葉松美
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2010-23128号事件について平成23年6月6日にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「見出しカード,カルテフォルダーおよびカルテ管理システムの提供方法」とする発明について,平成18年3月16日に特許出願をし(以下,「本願」という。)(甲2),平成22年6月11日,発明の名称を「見出しカードおよびカルテフォルダー」に変更すると共に特許請求の範囲を変更する旨の手続補正(以下「本件補正」という。)を行い(甲3),同年7月9日付けで拒絶査定を受け,同年10月13日付けで拒絶査定不服審判(2010-23128号事件)を請求した。特許庁は,平成23年6月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月21日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)は,以下のとおりである(甲3)。
「カルテ等が収納されるフォルダーに装着されカルテ等の検索に必要な文字が印刷されてなる見出しカードであって,
略矩形で縦長の基材の一方の表面に,長さ方向に沿って4段以上の文字表示領域を有し,少なくとも4つの各文字表示領域には,該文字表示領域の幅方向両端部の少なくとも一方にカルテ等の検索に必要な文字が印刷され,また該文字表示領域に印字された文字の情報に対応した着色部が印刷されてなり,かつ
基材が,インクジェットプリンター用合成紙であり,文字および着色部がインクジェットプリントにより形成されてなる見出しカード。」
3 審決の理由
ア 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであり,その要旨は,以下のとおりである。
本願発明における相違点1に係る構成は,本願前に頒布された刊行物である特開2004-17405号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載されている発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に想到できたものであり,相違点2に係る構成は,当業者が,特開2002-103593号公報(甲4。以下「甲4文献」という。)及び特開2004-114380号公報(甲5。以下「甲5文献」という。)に記載された周知技術に基づいて適宜なし得た設計上のことであるから,本願発明は,特許法29条2項により特許を受けることができない。
イ 審決が上記判断に至るに当たって認定した引用発明の内容並びに本願発明と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(ア) 引用発明の内容
「病院等の医療機関における患者のカルテを保管するフォルダーに備えられたポケットに挿入され,患者毎に割り当てられるカルテ番号を示すことで,カルテを必要とするときの検索を容易なものとする見出しカードであって,
前記見出しカードは,縦長の長方形状であるシートを用いて構成され,該シートの片面は,罫線で区分された上下方向四桁の表示領域20と,この表示領域の上部に位置する西暦表示領域21とからなり,
前記シートは,左右方向幅の略中央部に上下方向に延びる折り曲げ部が筋状に設けられており,これにより,折り曲げ部を挟んで前記表示領域20,21が左右対称配置の関係となっており,
前記表示領域20の下二桁を印刷領域20Aとして,数字毎に色違いとなるインキを背景色として該数字が左右二列に印刷されており,
前記印刷領域20Aを除く残りの表示領域20,すなわち,印刷領域20Aを下二桁としたときの上位桁となる下三桁,下四桁に相当する表示領域20は,空欄とされて原紙の地色のままとなっており,
前記印刷領域20Aが色によって特定されて数字が印刷されているため,ラベル貼り付け作業を全く必要とすることがなく,下二桁までの扱いに際しては,人為的な作業ミスを完全に排除できる見出しカード。」
(イ) 一致点
「カルテ等が収納されるフォルダーに装着されカルテ等の検索に必要な文字が印刷されてなる見出しカードであって,
略矩形で縦長の基材の一方の表面に,長さ方向に沿って4段以上の文字表示領域を有し,少なくとも2つの各文字表示領域には,該文字表示領域の幅方向両端部の少なくとも一方にカルテ等の検索に必要な文字が印刷され,また該文字表示領域に印字された文字の情報に対応した着色部が印刷されてなり,かつ
基材が,紙であり,文字および着色部が印刷により形成されてなる見出しカード。」である点。
(ウ) 相違点
a 相違点1
前記文字が印刷される前記少なくとも2つの文字表示領域が,本願発明では,「少なくとも4つ」であるのに対して,引用発明では,表示領域20の下二桁の2つである点。
b 相違点2
本願発明では,前記基材が「インクジェットプリンター用合成紙」であり,前記印刷が「インクジェットプリント」であるのに対して,引用発明では,前記基材が原紙であり,前記印刷が何であるのか明らかでない点。
第3当事者の主張
1 取消事由に関する原告の主張
審決は,相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1),相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2),効果についての認定の誤り(取消事由3)があり,その結論に影響を及ぼすから,違法であるとして取り消されるべきである。
(1) 相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)
審決では,引用例の段落【0024】及び【0025】の記載内容を引用の上,引用発明における下二桁の印刷領域を少なくとも下四桁とすることは容易になし得た程度のことであると判断しているが,以下のとおり誤りである。
引用例の段落【0024】には,下二桁の印刷領域を下一桁としてもよいが,印刷領域が下一桁であると,カルテ数が増大したときに同一色のフォルダー数が多くなるため,当初から下二桁を印刷領域とすることが推奨されているが,カルテ数が増大した場合に,下二桁の印刷領域を少なくとも下四桁とすることや,下四桁までを着色部とすることについては,記載も示唆もない。引用例が提案しているターミナルデジットと呼ばれるカルテの管理方式では,下二桁での管理方式を下四桁での管理方式に移行することは,見出しカードの購入,見出しカードへの手書き又はシール貼付,カードの入れ替え,フォルダーの再配列といった煩雑な作業を行う必要が生じるなど,デメリットが多く非現実的であり,カルテ数が増大したとしても,印刷領域の桁数を増加することは,当業者が当然に選択すべき手段ではない。
また,引用例の段落【0025】には,文字領域(文字表示領域)の桁数を,病院の規模に応じて増加,減少させることが記載されているにすぎず,印刷領域の桁数を増加,減少させることは記載されていない。そして,引用例には,表示領域への文字数を増やす手段としては,手書きやスタンプを使用することしか記載されておらず,下四桁までを着色部とする旨の記載はない。
引用例には,印刷された桁数の少ない見出しカードを使用する際の煩雑さという課題が何ら認識されていないのであるから,引用例に接した当業者がカードに予め印刷しておく桁数を増加させるという構成を採用する動機づけがない。
さらに,見出しカードの提供者側においては,印刷すべき桁数が一つ増えるごとに,準備すべきカード枚数が指数関数的に増大するため,四桁目までの数を予め印刷しておくことは,現実的ではない。
以上のとおり,相違点1について容易想到であるとした審決の判断は誤りである。
(2) 相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
相違点2について,当業者が甲4文献及び甲5文献に記載された周知技術に基づいて適宜なし得た設計上のことであるとした審決の判断には,以下のとおり,誤りがある。
甲4文献及び甲5文献には,これらの文献に開示された技術を,カルテフォルダー用の見出しカードに適用する旨の記載はない。
従来,見出しカードは,コストや印刷の質などを考慮して,グラビア印刷やスクリーン印刷などの大量印刷法により製造しており,印刷単価の高いインクジェットプリンターを使って生成することはあり得ない。引用発明のように,下一桁又は下二桁が印刷された見出しカードを製造する場合多くても百種類にすぎず,むしろ大量印刷法が適当であり,インクジェットプリンターを採用すべき理由はない。本願発明は,カルテ数の増大にともなって手書きやシール貼付などによりカードの番号を補完するという,カード使用者における煩雑な手間を解消し,多種類のカードを少量でも製造するのに適した方法として,敢えてインクジェットプリンターを使用することとしたものである。引用発明では,上記のような,本願発明における解決課題を見出すことはできず,当業者がその解決手段として相違点2に係る構成を採用する動機づけがない。
(3) 効果についての認定の誤り(取消事由3)
本願発明の効果は,当業者が引用発明及び周知技術等から予測することができたものであるとする審決の認定には,誤りがある。
本願発明に係る見出しカードは,インクジェットプリントにより生成するため,多品種,少量生産に対応できる。
引用例,甲4文献及び甲5文献では,多品種,少量生産が全く意図されておらず,本願発明に係る効果は,引用例,甲4文献及び甲5文献からは,予測することができない。
また,本願発明に係る見出しカードを用いると,フォルダーを単純に順次昇番順に整列させるだけで,カラーデジットの利便性を享受できるが,引用例,甲4文献及び甲5文献には,このような独特の使用方法は何ら記載がなく,示唆もない。
2 被告の反論
(1) 相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)に対して
引用発明において,四桁の表示領域20のうち下二桁の「印刷領域20A」は,「色によって特定されて数字が印刷されているため,ラベル貼り付け作業を全く必要とすることがなく,下二桁までの扱いに際しては,人為的な作業ミスを完全に排除できる」(段落【0023】)という課題解決を図るものであり,また,引用例には,「印刷領域20A」について,その桁数が大きければ大きいほど,多数の受付患者に対応できる旨の技術的示唆があるといえる。
そうすると,引用例には,病院の規模に応じて,引用発明における「表示領域20」の桁数を四桁から更に増加させるに当たり,上記課題解決を図るため,「印刷領域20A」の桁数についても,二桁から更に増加させることができる旨の示唆があるといえる。引用発明における「印刷領域20A」の桁数を二桁から更に増加させるに当たり,特に四桁以上とすることは,単なる設計事項にすぎない。
また,引用発明や本願発明は,原告が主張するように,カルテフォルダーの配列・管理方法を限定するものではない。
(2) 相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)に対して
本願に係る本件補正後の明細書(以下「本願明細書」という。)の記載によれば,本願発明は,文字及び着色部が「インクジェットプリント」により形成されてなることで,グラビア印刷などの従来の大量印刷法では対応しきれなかった多品種,少量生産への対応を可能にし,ひいては使用者及び提供者の在庫の低減を図ったものであると解することができる。
しかし,インクジェットプリントによる印刷が,多品種,少量生産に適した印刷手段であることは,本願前に周知の技術事項である。そうすると,引用発明における見出しカードの数字や背景色を,多品種,少量生産に対応できるよう,周知の技術であるインクジェットプリントにより印刷することは,当業者は容易に想到し得る。
(3) 効果についての認定の誤り(取消事由3)に対して
インクジェットプリントが多品種,少量生産に適した印刷手段であることは,本願時に周知の技術事項である。したがって,原告が主張する本願発明の効果は,引用例に明示的な記載がなくても,当業者であれば,周知技術から予測し得る程度のことであり,審決の認定に誤りはない。
なお,本願発明は,カルテ等が収納されるフォルダーの配列・管理方法を限定するものではない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)について
(1) 事実認定
ア 本願発明
本願発明に係る特許請求の範囲は,第2の2記載のとおりであり,本願明細書の図1は,別紙本願明細書【図1】のとおりである(甲2)。本願発明は,カルテ等が収納されるフォルダーに使用される見出しカードに関するものであり,見出しカードは,4段以上の文字表示領域を有し,少なくとも4つの各文字表示領域に文字が印刷され,印字された文字の情報に対応した着色部が印刷されているという構成を有する。
イ 引用発明
引用発明の内容は,第2の3イ(ア)記載のとおりであり,引用例の図2は,別紙引用例【図2】のとおりである(甲1)。
引用例には,以下の記載がある(甲1)。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 一枚のシートに所定の表示領域を設けた見出しカードにおいて,前記表示領域の少なくとも一部を印刷領域として文字が印刷されるとともに,当該文字毎に特定された色で印刷され,前記印刷領域を除く残りの表示領域は空欄とされていることを特徴とする見出しカード。」
「【0001】
【発明の属する技術分野】 本発明は見出しカードに係り,特に,病院等の医療機関における患者のカルテを保管するフォルダー,バインダー等に利用することに適した見出しカードに関する。」
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】 しかしながら,従来の見出しカードCは,ラベルシートLSからラベルLを剥離して貼り付けるものであるため,見出しカードCの領域内に綺麗に貼り付けることが困難になるという不都合がある。しかも,見出しカードCのラベルLを貼付した領域以外の表示領域には,表裏各面に文字を記入するものであるため,表面と裏面に記入された文字の一致が取れない人為的ミスを生ずるリスクがあり,近時問題となっている患者取り違え事故を誘発しかねない。
【0006】 しかも,ラベルLを二つ折りして貼り付けるものであるため,貼り付け精度が悪い場合にはポケット52に収納するときに,ラベルLの折り曲げ端部がポケットの開口縁に引っ掛かってしまう場合もある。加えて,従来方式では,文字毎にラベルシートLSが必要となって管理が煩雑になる他,コスト的にも負担を伴う不都合がある。
【0007】
【発明の目的】 本発明は,このような不都合に着目して案出されたものであり,その目的は,ラベルを用いた見出しの色分けの必要性を一掃し,見出しカードが適用されるフォルダー等の検索ミスや,その保管位置の誤り等を生ずることのない見出しカードを提供することにある。
【0008】 また,本発明は,見出しカードの表裏各面を見出し面として使用する場合であっても,各面における上位桁に文字を記入する場合の当該文字の一致関係を確実に保つことのできる見出しカードを提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】 前記目的を達成するため,本発明は,一枚のシートに所定の表示領域を設けた見出しカードにおいて,
前記表示領域の少なくとも一部を印刷領域として文字が印刷されるとともに,当該文字毎に特定された色で印刷され,前記印刷領域を除く残りの表示領域は空欄とされる,という構成を採っている。このような構成とすることで,見出しカードの印刷領域に数字等の文字が印刷されるとともに,当該文字を印刷している領域が特定された色で表されることになるため,従来のような,ラベルを必要とすることがなく,誤った文字のラベルを貼り付けるリスクを回避可能となる。しかも,見出しカードには,ラベルを貼り付けた場合のずれや,段差が生じないため,フォルダー等のポケットへの抜き差しもスムースに行うことができる。なお,印刷領域を除く他の表示領域には,手書き又はスタンプ等を用いて文字を記入すればよく,例えば,表示領域を「0」から始まる追い番で四桁と設定した場合には,「9999」までのカルテ番号を見出しカードに付すことができる。」
「【0016】 前記印刷領域20Aを除く残りの表示領域20,すなわち,印刷領域20Aを下二桁としたときの上位桁となる下三桁,下四桁に相当する表示領域20は空欄とされて原紙の地色(例えば,白色)のままとなっている。この下三桁,下四桁には,患者数の増加に応じて追い番となる数字が手書き又はスタンプ等を用いて表示される。従って,受付患者の第1番目を「00」とした場合に,例えば,101人目の患者を受け付けたときには,「00」と印刷されているシートS1の下三桁表示領域20に数字の「1」を手書き又はスタンプ等を用いて左右二列の表示領域20にそれぞれ表示することとなり,同様に1001人目の患者を受け付けたときには,「00」と印刷されているカードCの下三桁表示領域20に「0」を,下四桁表示領域20に「1」を記入すれば良いことになる。従って,シートSにおいて,「99」まで印刷されているものを用いた場合には,最大9999番までのカルテ番号を付すことが可能となる。なお,前記西暦表示領域21には,西暦の末尾二桁の数字が記入される。」
「【0024】 なお,前記実施例では,下二桁を印刷領域20Aとして色を印刷するものとしたが,下一桁を印刷領域20Aとして色を印刷したものであってもよい。但し,下一桁のみの印刷とした場合には,受付患者数が増大したときに,同様の色を持つ一単位のフォルダー数が多くなりすぎる傾向となるため,実施する上では,下二桁を印刷領域20Aとして色を印刷することが好ましい。
【0025】 また,前記実施例では,文字として数字を用いた場合を示したが,数字以外の文字を併用してもよい。例えば,下四桁目の表示領域には,診療科目等を示す文字を記入すること等が考えられる。更に,表示領域の桁数も限定されるものではなく,本システムの導入対象となる病院の規模に応じて増加,減少させることができる。」
(2) 判断
上記各記載によれば,引用発明は,病院等の医療機関におけるカルテを保管するフォルダーに利用する見出しカードに関するものであり,従来,見出しカードにラベルを貼り付けていたが,貼り付け精度が悪い場合に生じる問題やラベルシートの管理等の問題を解決するため,見出しカードに上下方向四桁の表示領域を設け,表示領域の下二桁を印刷領域として数字を印刷すると共に,数字毎に色違いとなる背景色を印刷し,残りの表示領域は空欄とするものである。
引用例の段落【0025】には,導入対象となる病院の規模に応じて,表示領域の桁数を増加,減少させることができる旨記載されており,同記載によれば,見出しカード使用の対象となる患者数の状況等に応じて,表示領域の桁数を変更することができるものと解される。また,引用例の段落【0024】には,下一桁を印刷領域としても良いが,下一桁のみを印刷した場合には,受付患者数が増大したときに,同様の色を持つ一単位のフォルダー数が多くなりすぎるため,下二桁を印刷領域とすることが好ましい旨記載されており,同記載によれば,印刷領域の桁数が大きいほど,多くの受付患者に対応できることが示されている。
以上によると,引用例に接した当業者は,引用発明における見出しカードは,これを使用する病院の規模等に応じて,表示領域や印刷領域の桁数を増加させることができると当然に考えるものといえるから,相違点1に係る構成に容易に想到し得たといえる。
(3) 原告の主張に対して
ア 原告は,引用例はターミナルデジットと呼ばれるカルテの管理方式を提案しており,この方式では,下二桁での管理方式を下四桁での管理方式に移行することは,見出しカードの購入,フォルダーの再配列等煩雑な作業を行う必要が生じ,デメリットが多く非現実的であり,カルテ数が増大したとしても,印刷領域の桁数を増加することは,当業者が当然に選択すべき手段ではないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
すなわち,引用発明は,カルテの管理方法に関する発明ではなく,引用発明に係る見出しカードによりターミナルデジットによる管理が可能であるとしても,上記見出しカードが,当該管理方法のみに利用されるとの限定があるわけではない。したがって,引用例がターミナルデジットによるカルテの管理方式を提案していることを前提した原告の主張は,採用の限りでない。
また,見出しカードを利用する医療機関は,その導入時に,それまでの患者数等を基礎として,将来の患者数等を予測して,適宜,印刷領域の桁数を選択するものと考えられる。したがって,下二桁から下四桁への印刷領域の移行は,しばしば生じるものではないといえる。移行過程での煩雑さがあったとしても,そのような煩雑さの故に,下四桁による管理を想到することが困難であるともいえない。この点の原告の主張は,採用できない。
イ 原告は,引用例では,印刷された桁数の少ない見出しカードを使用する際の煩雑さという課題が認識されていないのであるから,引用例に接した当業者がカードに予め印刷しておく桁数を増加させるという構成を採用する動機づけがない,見出しカードの提供者側においても,印刷すべき桁数が一つ増える毎に,準備すべきカード枚数が指数関数的に増大するため,四桁目までの数を予め印刷しておくことは,現実的ではないと主張する。
しかし,原告の上記主張も,理由がない。
すなわち,前記のとおり,引用例には,見出しカードにラベルを貼り付けるという従来方法の問題点を解決するために,表示領域の少なくとも一部を印刷領域とした旨の記載があり,また,印刷領域の桁数が大きいほど,多くの受付患者に対応できるとの示唆があると解されるから,引用例に接した当業者が,受付患者の多い医療機関の使用に対応するため,見出しカードの印刷領域の桁数を増やすことは容易であるといえる。
(4) 小括
以上のとおり,引用例に接した当業者が本願発明のうち相違点1に係る構成に至ることは容易であったといえる。
2 相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について
(1) 事実認定
ア 本願発明
本願明細書には,以下の記載がある(甲2)。
「【技術分野】
【0001】 本発明は見出しカードに係り,特に,病院等の医療機関における患者のカルテを保管するフォルダー,バインダー等に利用することに適した見出しカードに関する。」
「【0014】 ・・・通常は,見出しカードに文字,背景色を,グラビア印刷,カレンダー印刷あるいはスクリーン印刷などの公知の大量印刷法で印刷した後,表面に保護コートを付したり,あるいはポリプロピレンやポリエチレンテレフタレート製の保護フィルムを貼付し,カラーパターンの耐久性を向上させている。グラビア印刷等の大量印刷法や保護コートの付与,保護フィルムの貼付には,大きな装置や熟練が必要となり,カルテフォルダーの使用者において,所望の見出しカードを作成することは困難である。また,商品単価を下げるためには,少品種,大量印刷を行うことが必要になるため,見出しカードの商品バリエーションは,必ずしも豊富とはいえない。
【0015】 したがって,現在,実際に流通しているカラーデジット方式の見出しカードは,2桁あるいは最高でも3桁の数字が連番で予め印字されたものである。」
「【0022】 本発明の第2の目的は,多品種,少量生産に対応できる見出しカードを提供することを目的としている。
多品種化により,たとえば生年月日や氏名によるカルテ管理を可能にし,カルテフォルダー使用者の選択枝が広がる。また,少量生産に対応できれば,使用者の要望に応じて必要量のカードを適時に供給できることになり,使用者および提供者の双方において在庫の低減が図られる。
【0023】 第2の目的を達成すべく鋭意検討の結果は,本発明者はインクジェットプリンターの使用を着想するに至った。コンピュータにより制御されるインクジェットプリンターによれば,多様なデザインの見出しカードを提供でき,使用者の選択の幅は飛躍的に拡大する。また,個々の使用者の要望に応じた見出しカードを設計することもできる。さらに,インクジェットプリンターによれば,個別化した少量生産にも柔軟に対応できる。」
「【発明の効果】
【0029】 ・・・また,本発明に係る見出しカードによれば,多品種,少量生産に対応できる。多品種化により,たとえば生年月日や氏名によるカルテ管理を可能にし,カルテフォルダー使用者の選択枝が広がる。また,少量生産に対応できるため,使用者の要望に応じて必要量のカードを適時に供給でき,使用者および提供者の双方において在庫の低減が図られる。」
「【0034】 文字表示領域Aに表示される文字14は,数字であっても,カナ,アルファベット,さらに漢字であってもよい。・・・カルテ番号や生年月日でカルテ検索を行う場合には,数字が表示され,氏名で検索する場合には,カナ,アルファベットが表示される。」
「【0038】本発明の見出しカード10においては,上記文字14および着色部15は,インクジェットプリンターを用いて印刷されてなることが特に好ましい。従来の見出しカードにおいては,グラビア印刷などの大量印刷法が採用されているため,多品種,少量生産には対応できなかったが,インクジェットプリンターの使用により,多品種,少量生産への対応が可能になる。多品種化により,たとえば生年月日や氏名によるカルテ管理を可能にし,カルテフォルダー使用者の選択枝が広がる。またカルテフォルダー使用者独自のデザインによる見出しカードも提供できるようになる。さらに,少量生産に対応できるため,使用者の要望に応じて必要量のカードを適時に供給でき,使用者および提供者の双方において在庫の低減が図られる。このため,たとえば4桁以上の文字が印刷された見出しカード10でも容易に生成できる。従来の見出しカード(3桁の数字のみが予め印刷されていたもの)では1000以上の番号を付与するためには別途シール貼付により4桁とする作業をおこなっていたが,このような作業は不要となり,さらに在庫管理の煩雑さも大幅に低減される。」
「【0044】 次に,本発明の見出しカード10の使用態様について,カルテ番号に基づくカルテ管理を例にとり説明する。
来院者が提示する診察券にはカルテ番号と同じ番号が記載されている。したがって,診察券番号と同じ番号のカルテを検索する。ここで,カルテ番号を4桁の数字,すなわち0001~9999で管理している場合を例とする。
【0045】 図1,図2,図4,図5に示すように,見出しカード10の文字表示領域Aにはフォルダー20に収納されるカルテと同じ番号が印字されている。また各数字には,数字毎に予め特定された色が決められている。たとえば0は白,1は黒,2は茶,3は赤のように予め色彩を決めておき,この色彩に対応する着色部15を文字表示領域Aに形成する。文字14自体の色は特に限定はされず,上記のように各文字毎に特定されている色で印刷してあってもよく,また黒色であってもよく,その他の視認性の高い色彩であれば特に問題はない。図1,図2,図4,図5では「1321番」の番号を割り振られた見出しカード10およびその使用態様を示している。」
イ 甲4文献の記載
甲4文献には,以下の記載がある(甲4)。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 透過媒体に,インクジェット方式で医療に用いる被写体の画像情報を記録する画像記録装置において,前記透過媒体における前記画像情報を記録する第1の領域以外の第2の領域に,前記画像情報に対応する被写体のカルテ情報を記録したときに,記録された前記カルテ情報を反射状態で視認可能なように前記第2の領域の表面状態を改変することを特徴とする画像記録装置。」
「【0026】 さらに,前記カルテ情報は,患者名,患者性別,患者識別符号,患者生年月日,患者年齢,診療科の識別情報,画像診断機器,診察日,ページ情報の少なくとも一つを含むと好ましい。」
「【0032】 又,前記画像はモノクロ画像であり,前記カルテ情報は文字情報を含み,前記文字情報の少なくとも一部は黒色以外の色で記録されると,前記一部の文字情報の視認性を高めることができるので好ましい。尚,文字情報には,数字,記号,符号などの情報も含まれる。」
「【0039】 第4の本発明の画像記録装置は,インクジェット方式で医療に用いる被写体の画像情報を記録する画像記録装置において,同一の媒体に,被写体の画像をモノクロで記録し,文字情報の少なくとも一部をカラーで記録するので,記録された画像に対して,一部の文字情報の視認性を高めることができ,医者の診断をより容易にすることができる。」
ウ 甲5文献の記載
甲5文献には,以下の記載がある(甲5)。
「【0001】
【発明の属する技術分野】 本発明は,医療用の被写体画像に対応する画像信号に基づいて,記録媒体に記録を行う溶液吐出式医用画像記録方法及び溶液吐出式医用画像記録装置に関する。」
「【0010】
【発明が解決しようとする課題】 しかし,従来のインクジェット記録方式では,・・・銀塩記録方式に匹敵するほどの,実質診断可能な画像を形成できるものはなかった。また,・・・その色調についても微妙な要求がある。」
「【0013】 本発明の第一の課題は,溶液の微細液滴の吐出により,記録媒体に高解像度及び多階調で医用画像を記録することが可能な医用画像記録方法及び医用画像記録装置を提供することである。」
「【0034】 請求項15記載の発明は,請求項14記載の発明において,前記医用画像情報は,前記被写体画像に対応する被写体のカルテ情報と前記被写体画像のマーキング情報とのいずれか一方又は両方を含み,・・・」
「【0042】 請求項19記載の発明は,請求項15から18のいずれか一項に記載の発明において,
前記カルテ情報は,前記医用画像に対応する患者名,患者性別,患者識別符号,患者生年月日,患者年齢,撮影日時,診療科の識別情報,医用画像入力装置情報,診察日時,カルテのページ情報及び加筆領域情報のうちの少なくとも一つの情報を含むことを特徴とする。」
エ 乙1の記載
特開2003-170573号公報(乙1。以下「乙1文献」という。)には,以下の記載がある。
「【0002】
【従来の技術】 ・・・インクジェット式印刷は,パソコンのプリンター等,家庭用のものがよく知られているが,産業用のインクジェット式印刷機械も実は多く使用されるようになってきている。従来の版下を利用した印刷機械の場合,印刷すべき内容がちょっとでも変わると,新しく版を作り直さなければならず,面倒である。インクジェット式印刷機械の場合,デジタル化された信号に従ってインクを噴射することで印刷を行うので,版は必要がない。従って,内容が少しずつ変わるような印刷(例えばダイレクトメールにおける宛名書きの印刷等)の場合には,インクジェット式印刷機械は非常に便利であり,コスト的にも優れている。」
「【0005】 一方,多品種少量生産に適したインクジェット式印刷機械では,印刷対象物の走行速度が変わったり,乾燥させるインクの量や種類が変わったりすることが比較的多い。」
オ 乙2の記載
特開2002-127389号公報(乙2。以下「乙2文献」という。)には,以下の記載がある。
「【0003】 インクジェットプリンタは顧客ニーズの多様化に伴う多品種少ロット生産に適している。インクジェットプリンタを使えば,版下作成やインク調色等の準備作業がほとんど不要なため,受注から納品までの納期短縮が可能となり,また図柄の変更等の顧客の要求に速やかに対処できる。」
(2) 判断
ア 本願発明では,見出しカードの基材が「インクジェットプリンター用合成紙」であり,「文字および着色部がインクジェットプリントにより形成され」ている。そして,本願明細書によると,見出しカードを,グラビア印刷などの大量印刷法によるのではなく,インクジェットプリンターを使用するものとしたのは,見出しカードの多品種,少量生産への対応を可能にするためであると認められる。
イ 甲4文献には,個々の患者ごとに作成する記録媒体をインクジェット方式で記録すること,記録媒体には医療に用いる被写体の画像情報と被写体のカルテ情報が記録されていること,カルテ情報には,患者名,患者性別,患者識別符号,患者生年月日,患者年齢,診療科の識別情報,画像診断機器,診察日,ページ情報の文字情報が含まれること,文字情報の一部を黒色以外の色で記録することが記載されている。
また,甲5文献には,個々の患者ごとに作成する記録媒体をインクジェット方式で記録することは従来から行われていたが,記録された画像の解像度等に問題があったことから,高解像度及び多階調で医用画像を記録することを可能とする医用画像記録方法及び医用画像記録装置に関する発明がされたこと,医用画像情報には被写体のカルテ情報と被写体画像のマーキング情報のいずれか一方又は両方を含むことが記載されている。甲5文献には,患者ごとに個別に作成される記録媒体への記録方法として,従来からインクジェット方式が行われてきたことが記載されているといえる。
さらに,乙1文献及び乙2文献には,インクジェット式印刷は,多品種,少量生産に適していることが記載されている。
以上によると,インクジェット方式は,印刷方法の一つであるが,個々に内容の異なる情報を記録媒体に記録するのに適した記録方法であり,多品種,少量生産に適した印刷方法であると認められ,このことは,本願当時,当業者の技術常識であったと認められる。
ウ 前記のとおり,引用例には,印刷領域の桁数が大きいほど,多くの受付患者に対応できることが示されている。また,引用例の特許請求の範囲の請求項1には「印刷領域として文字が印刷されるとともに」と,段落【0009】には「印刷領域に数字等の文字が印刷されるとともに」と,段落【0025】には,「前記実施例では,文字として数字を用いた場合を示したが,数字以外の文字を併用してもよい。」と記載されており,引用例には,印刷領域に漢字,ひらがな,片仮名など数字以外の文字を印刷することも示されている。そして,印刷領域の桁数が増えたり,印刷領域に数字以外の文字が印刷される場合には,見出しカードの種類は大幅に増えることとなる。
そうすると,引用例に接した当業者が,使用者の要望に応じて,上記のような多品種の見出しカードを製造するため,多品種,少量生産に適した印刷方法であるインクジェット方式を採用し,当該方式に好適な紙葉を採用することは容易に想到できたといえる。
(3) 原告の主張に対して
原告は,甲4文献及び甲5文献には,これらの文献に開示された技術を,カルテフォルダー用の見出しカードの製造に適用する旨の記載はない,引用発明には,カルテ数の増大にともなって手書きやシール貼付などによりカードの番号を補完するという,カード使用者における煩雑な手間を解消し,多品種のカードを少量でも製造するという課題がなく,当業者に相違点2に係る構成を採用する動機づけがないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
すなわち,前記のとおり,甲4文献,甲5文献,乙1文献及び乙2文献から,インクジェット方式が個々に内容の異なる情報を記録媒体に記録するのに適した記録方法であり,多品種,少量生産に適した印刷方法であるということは,当業者の技術常識であったと認められ,さらに,引用例には,多品種の見出しカードの製造についての示唆があると認められるのであって,引用例に接した当業者が相違点2に係る構成を採用することは容易であるといえる。
(4) 小括
以上のとおり,引用例に接した当業者が本願発明のうち相違点2に係る構成を発明するのは容易であったといえる。
3 効果についての認定の誤り(取消事由3)について
本願発明に係る見出しカードは,インクジェットプリンターにより生成するため,多品種,少量生産に対応できるが,前記のとおり,インクジェット方式が多品種,少量生産に適した記録方法であるということは当業者の技術常識であることからすると,本願発明に係る効果は,引用例,甲4文献,甲5文献,乙1文献及び乙2文献から,予測することができる。
なお,原告は,本願発明に係る見出しカードを用いると,フォルダーを単純に順次昇番順に整列させるだけで,カラーデジットの利便性を享受できるが,引用例,甲4文献及び甲5文献には,このような独特の使用方法については,記載及び示唆がないと主張する。しかし,本願発明はフォルダーの管理方法に関する発明ではなく,原告の主張はその前提において,採用できない。
4 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にはこれを取り消すべき違法はない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 知野明)
file_2.jpg別紙