知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10241号 判決 2012年2月28日
原告
VPEC株式会社
訴訟代理人弁護士
北村行夫
同
大井法子
同
杉浦尚子
同
雪丸真吾
同
芹澤繁
同
亀井弘泰
同
大藏隆子
同
政岡史郎
同
海老沼英次
同
井上乾介
同
山本夕子
同
岩田裕介
同
吉田朋
同
石新智規
同
杉田禎浩
補佐人弁理士
黒瀧眞輔
同
樋口盛之助
被告
特許庁長官
指定代理人
槙原進
同
堀川一郎
同
田部元史
同
芦葉松美
主文
1 特許庁が不服2010-8780号事件について平成23年6月16日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨。
第2事案の概要
1 前提事実
原告は,発明の名称を「電力システム」とする発明について,平成16年2月13日に特許出願(特願2005-505005,優先権主張平成15年2月13日,日本国。以下「本願」という。)をしたが,平成20年4月16日付けで拒絶理由通知を受け,同年6月25日付けで意見書を提出したが,平成21年6月10日付けで拒絶理由通知を受け,更に同年8月12日付けで意見書及び手続補正書を提出したが,平成22年1月22日付けで拒絶査定を受けたので,同年4月26日,これに対する不服の審判を請求するとともに(不服2010-8780号事件),手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)。
特許庁は,本件補正を却下した上,平成23年6月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月28日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲
(1) 本件補正前(平成21年8月12日付け手続補正書の記載による。)の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は以下のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
【請求項1】 1つまたは複数の発電機器,1つまたは複数の蓄電機器および1つまたは複数の電力消費機器のうちから選ばれた少なくとも1つの機器と,電力需給制御機器とを備えた電力需給家の複数が電力需給線路により相互接続されてなる電力システムにおいて,
前記電力需給制御機器は,
当該電力需給制御機器が備えられた前記電力需給家において電力不足が生じるか否か,または電力余剰が生じるか否かを判断し,
当該電力需給家において電力不足が生じる場合には,前記発電機器および/または前記蓄電機器を備えた他の電力需給家から電力需給線路を介して電力を受け取り,
当該電力需給家において電力余剰が生じる場合には,他の電力需給家に電力需給線路を介して電力を渡す,
ことを特徴とする電力システム。
(2) 本件補正後の本願の特許請求の範囲(甲2。本件補正後の特許請求の範囲,明細書及び図面を総称して,「補正明細書」という場合がある。)の請求項1の記載は以下のとおりである(以下,この発明を「本願補正発明」という。)。
【請求項1】 少なくとも1つの発電機器,少なくとも1つの蓄電機器および少なくとも1つの電力消費機器と,電力需給制御機器とを備えた電力需給家の複数が夫々の電力需給制御機器において電力需給線路により相互接続されてなる電力システムにおいて,
前記電力需給制御機器は,
当該電力需給制御機器が備えられた前記電力需給家において電力不足を生じるか否か,または電力余剰が生じるか否かを判断し,
当該電力需給家において電力不足が生じる場合には,前記発電機器および/または前記蓄電機器を備えた他の電力需給家から電力需給線路を介して電力を受け取り,
当該電力需給家において電力余剰が生じる場合には,他の電力需給家に電力需給線路を介して電力を渡す,
ことを特徴とする電力システム。
3 審決の理由
(1) 別紙審決写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,特願2002-125290号(特開2003-324850号。以下「先願」という。)の願書の最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(甲3。以下「引用例」という。)記載の発明(以下「先願発明」という。)と同一であり,しかも,本願の発明者が先願発明を発明した者と同一ではなく,本願の出願時において,その出願人が先願の出願人と同一でもないので,特許法29条の2の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであり,本件補正は却下すべきである,また,本願発明の構成要件を全て含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明は,先願発明と一致し相違点は認められないから,本願発明も,同様の理由により,先願発明と同一であり,しかも,本願の発明者が先願発明を発明した者と同一ではなく,本願の出願時において,その出願人が先願の出願人と同一でもないので,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないというものである。
(2) 上記判断に際し,審決が認定,判断した「先願発明の内容」,「本願補正発明と先願発明との一致点及び相違点」,「本願補正発明と先願発明との対比・判断」は,以下のとおりである。
ア 先願発明の内容
自家発電装置,エネルギー蓄積装置および少なくとも1つの電力消費機器と,制御装置を備えた電力需要家の複数が制御装置において送配電線網により相互接続されてなる電力需給調整システムにおいて,
前記制御装置は,
当該制御装置が備えられた前記電力需要家において電力が不足するか,または電力が余剰しているかを判定し,
当該電力需要家において電力が不足すると判定した場合には,前記自家発電装置および前記エネルギー蓄積装置を備えた他の電力需要家から送配電線網を介して受電し,
当該電力需要家において電力の余剰と判定した場合には,他の電力需要家に送配電線網を介して送電する,
電力需給調整システム。
イ 一致点及び相違点
(ア) 一致点
少なくとも1つの発電機器,少なくとも1つの蓄電機器および少なくとも1つの電力消費機器と,電力需給制御機器とを備えた電力需給家の複数が夫々の電力需給制御機器において電力需給線路により相互接続されてなる電力システムにおいて,
前記電力需給制御機器は,
当該電力需給制御機器が備えられた前記電力需給家において電力不足が生じるか否か,または電力余剰が生じるか否かを判断し,
当該電力需給家において電力不足が生じる場合には,前記発電機器および/または前記蓄電機器を備えた他の電力需給家から電力需給線路を介して電力を受け取り,
当該電力需給家において電力余剰が生じる場合には,他の電力需給家に電力需給線路を介して電力を渡す,
電力システム。
(イ) 相違点は認められない。
ウ 本願補正発明と先願発明との対比・判断
本願補正発明における「電力需給線路」について,本願明細書及び図面に「何等定義が無く,また,広辞苑によれば,本願補正発明の『電力需給線路』のうち,『需給』とは『需要と供給』のことであり,『線路』とは『電力輸送・通信用など,有線式電気回路の総称』のことであるから,・・・『電力需給線路』が『送配電網』と概念的に異なるとは認められず,『電力需給線路』の概念に『送配電線網』が含まれる・・・。」(判決注 審決は,「概念的に異なる」あるいは「電力需給線路の概念」等,「概念」との語を用いているが,必ずしも適切でないので,本判決では,審決を引用する外,「概念」の語を用いない。)
第3当事者の主張
1 原告の主張
審決は,本願補正発明が,特許法29条の2の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないと判断した誤り(取消事由1),本願発明が先願発明と一致し相違点は認められないと認定した誤り(取消事由2)があり,これらの誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
(1) 本願補正発明が,特許法29条の2の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないと判断した誤り(取消事由1)
前記のとおり,審決は,本願補正発明における「電力需給線路」について,本願明細書及び図面に「何等定義が無く,また,広辞苑によれば,本願補正発明の『電力需給線路』のうち,『需給』とは『需要と供給』のことであり,『線路』とは『電力輸送・通信用など,有線式電気回路の総称』であるから,・・・『電力需給線路』が『送配電網』と概念的に異なるとは認められず,『電力需給線路』の概念に『送配電線網』が含まれる・・・。」と判断した。
しかし,以下のとおり,本願補正発明における「電力需給線路」には,先願発明の「送配電線網」を含むものではないから,審決の認定,判断は誤りである。
ア 本願補正発明の「電力需給線路」に,「送電線,配電線,変電所および変圧器などの多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群」である先願発明の「送配電線網」を含むものではなく,両者は異なる。
すなわち,補正明細書の段落【0006】には「本発明の目的は,複数の電力需給家が,電力需給制御機器により相互接続されて構成された,従来の電力系統に拠らない電力システムを提供すること」,段落【0009】には「本発明では,従来の電力系統を持たずに,基本的には各電力需給家は自立している電力システムである。すなわち,各電力需給家は,電力不足・電力余剰が生じたときは,他の電力需給家との間で電力の需給を行い,またこれによりシステム全体での自立を目的とする。」,段落【0013】には「各電力需給家11~15は,電力需給線路Wを介して相互に接続されている」とそれぞれ記載され,図1,図2などの図面には,「電力需給線路」として,「電力需給線路W」が「1本の線」で示されている。以上のことから,「電力需給線路W」は,複数の電力需給家の間において電力の需要と供給のために電力をやり取りするための電線路であることがわかる。
これに対し,先願発明の「送配電線網」については,「送配電線網1は,送電線,配電線,変電所および変圧器など多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群である。」と明示され,電力需要家3と同4が,太い線の横長楕円形に囲まれた「送配電線網1」を介して「太い直線」で接続された図が示されている(甲3の段落【0021】,図3,図5,図7)。
したがって,補正明細書記載の「電力需給線路W」は,先願発明の「送配電線網1」と「電力需要家3」,「電力需要家4」を接続した「太い直線」を指す。本願補正発明の「電力需給線路」は,「送電線,配電線,変電所および変圧器などの多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群」である先願発明の「送配電線網」を含むものではなく,両者は異なる。
イ 本願補正発明は,先願発明の「送配電線網」を要しないものである。すなわち,
本願補正発明は,補正明細書に,「図2における電力需給家11aの電力需給制御機器51は,制御装置511と,双方向AC/DC変換器512とを備えている。」,「電力需給家15aの電力需給制御機器61は,制御装置611と,双方向AC/DCまたはDC/AC変換器612とを備えている。電力需給家間でAC電力の供給が行われるときには,両者の間で電圧・電流・周波数・位相の整合を取らなければならない。この整合は,電力需給制御機器51,61が行う。」(段落【0025】,【0026】)と記載されているとおり,従来の「変電所および変圧器など」の電力設備群を要することなく,各電力需給家内にある電力需給制御機器によって電圧・電流・周波数・位相の整合をとるものであり,「従来の電力系統に拠らない」,「各電力需給家は自立している電力システム」である。
これに対し,先願発明については,甲3の段落【0022】に,「電力需要家3」にある「電力需要家制御装置32」は「通信網2に接続する制御装置」であって,「需給計測手段321,要求制御手段322,応答制御手段323および電力送受制御手段324が設けられている。」と記載され,各電力需要家内にある制御装置がAC/DC変換や電圧・電力・周波数等の整合を行うことは記載されていないから,各電力需要家間の電力のやり取りは,「送配電線網」,すなわち「送電線,配電線,変電所および変圧器などの多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群」に拠ることを前提としている。
したがって,本願補正発明における「電力需給線路」は,従来存在する電力設備群を要することなく電力をやり取りするための電線路であり,先願発明の「送配電線網」,すなわち「送電線,配電線,変電所および変圧器などの多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群」のように多くの設備を含むものと理解することはできない。
ウ 補正明細書の図5は,各電力需給家群に属する電力需給制御機器において電力需給線路を介して電力の受け渡しを行う実施例であって,先願発明の「送配電線網」と同じものではない。
すなわち,補正明細書の請求項2には「各群に属する電力需給制御機器は,当該群に電力不足が生じるか否か,または電力余剰が生じるか否かを判断し,当該群において電力不足が生じる場合には,前記発電機器および/または前記蓄電機器を備えた電力需給家が属する他の群から電力需給線路を介して電力を受け取り,当該群において電力余剰が生じる場合には,他の群に電力需給線路を介して電力を渡す」,段落【0035】には「図5では,電力需給家群G11,G12,・・・同士は,電力需給制御機器S1を介して相互に接続されている」とそれぞれ記載され,図5には,各電力需給家の電力需給制御機器S1が符号の無い1本の線で接続された状態で示されている。
したがって,補正明細書の図5は,各電力需給家群に属する電力需給制御機器において電力需給線路を介して電力の受け渡しを行う実施例であり,先願発明の「送配電線網」とは異なる。
エ 以上のとおり,本願補正発明における「電力需給線路」に,「送配電線網」が含まれると認定し,本願補正発明と先願発明には相違点が認められないとして,本願補正発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることができないと判断した審決は誤りである。
(2) 本願発明が先願発明と一致し相違点は認められないと認定した誤り(取消事由2)
上記(1)と同様,本願発明の「電力需給線路」は,先願発明の「送配電線網」を含むものではなく,両者は異なるから,本願発明と先願発明について,「両者は一致し,相違点は認められない」とした審決の判断は誤りである。
2 被告の反論
原告の主張する取消事由は,以下のとおり,いずれも理由がなく,審決に取り消されるべき違法はない。
(1) 取消事由1(本願補正発明が,特許法29条の2の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないと判断した誤り)に対し
原告は,本願補正発明における「電力需給線路」に「送配電線網」が含まれると認定し,本願補正発明と先願発明には相違点が認められないとして,本願補正発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることができないと判断した審決は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
ア 本願補正発明の「電力需給線路」は,「送電線,配電線,変電所および変圧器などの多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群」である先願発明の「送配電線網」を含むものではなく,両者は異なると主張する。
しかし,原告の主張は誤りである。
補正明細書(甲2)には,本願補正発明の「電力需給線路」について何ら定義を示す記載がなく,広辞苑によれば,本願補正発明の「電力需給線路」のうち,「需給」とは「需要と供給」のことであり,「線路」とは「電力輸送・通信用など,有線式電気回路の総称」のことであるとされる。特開平10-332749号公報(乙1)の段落【0001】の「高圧配電線路の変圧器や電線など」,特開2002-48831号公報(乙2)の段落【0003】の「例えば配電線路の変圧器あるいは区分開閉器の地絡故障など」,段落【0035】の「例えば配電線路の変圧器等の機器の地絡故障など」との各記載からすれば,「線路」に変圧器等の機器が含まれることは技術常識である。変電所や変圧器などの電力設備が含まれないのであれば,「電力需給線」と称するはずであり,「線路」と記載される以上,変圧器等の機器が含まれると解すべきである。
また,補正明細書に,「電力需給線路W」として「送電線,配電線,変電所および変圧器などの多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群」である「送配電線網」を用いないことを示す記載はなく,「電力需給線路W」として「送配電線網」を用いて本願補正発明の電力システムを構築することは,後記イのとおり,当業者が通常行い得る程度の技術であるから,本願補正発明の「電力需給線路」から「送配電線網」を除外すべき理由はない。
さらに,補正明細書の図1や図2などの図面に,「電力需給線路W」が「1本の線」で示されているとしても,それらは発明を理解するための説明図であって,「1本の線」が電線を示す回路図のような図面でもなく,「電力需給線路W」について定義を示したものではないから,「電力需給線路W」として「送配電線網」が用いられていないことを示すものではない。
したがって,本願補正発明の「電力需給線路」に,先願発明の「送配電線網」が含まれるから,「電力需給線路」と「送配電線網」とは,相違するものではない。
イ 原告は,補正明細書の段落【0025】,【0026】の記載に基づき,本願補正発明は「従来の電力系統に拠らない」,「各電力需給家は自立している電力システム」といえると主張する。
しかし,原告の主張は誤りである。
補正明細書の段落【0025】,【0026】の記載は,「電力需給家間での電圧・電流・周波数・位相の整合を電力需給制御機器51,61が行う。」というにとどまり,電力需給家間をどのような電圧・電流・周波数・位相で送電することまでを言及したものではなく,「電力需給線路」がどのようなものであるかを示すものではない。また,本願補正発明の電力需給制御機器は,「当該電力需給制御機器が備えられた前記電力需給家において電力不足が生じるか否か,または電力余剰が生じるか否かを判断し,当該電力需給家において電力不足が生じる場合には,前記発電機器および/または前記蓄電機器を備えた他の電力需給家から電力需給線路を介して電力を受け取り,当該電力需給家において電力余剰が生じる場合には,他の電力需給家に電力需給線路を介して電力を渡す」(請求項1)ものであって,図2の電圧・電流・周波数・位相の整合をとるものに限定されないから,原告の主張は,請求項1の記載に基づかないものであり,失当である。
ウ 原告は,補正明細書の図5は,各電力需給家群に属する電力需給制御機器において電力需給線路を介して電力の受け渡しを行う実施例であって,先願発明の「送配電線網」と同じものではない旨主張する。
しかし,原告の主張は誤りである。
原告は,本願の請求項2の記載を根拠として挙げるが,審決は,本願の請求項2記載の発明については判断をしていないから,請求項2の記載に基づく原告の主張は失当である。
補正明細書の段落【0034】には「ところで,図1の電力システムでは,電力需給家の適宜数を集めた群を,一つの電力需給家として扱うことができる。図5に示すように,電力需給家群G11,G12,・・・は,このときの群(たとえば,数十~1万戸程度)を示している。」と記載されるから,電力需給家の適宜数を集めた群を,一つの電力需給家として扱った図5は,本願補正発明の実施例でもあると解される。そして,図5において,町単位,市単位,又は,県単位で定めた電力需給家群同士を電力需給制御機器を介して相互に接続しているところ(補正明細書の段落【0035】),このような広域間での送電は長距離の送電となり,損失が大きいことから,一般に,送電効率を高く(送電損失を少なく)するため,変電所や変圧器を用いて,昇圧して送電することは技術常識(乙3,乙4)である。
したがって,図5の実施例において,「電力需給線路」を変電所や変圧器などの電力設備を備えた「送配電線網」とすることは当業者が当然に行うことであり,先願発明の「送配電線網」と同じものといえる。
エ 以上のとおり,審決の認定,判断に誤りはない。
(2) 取消事由2(本願発明が先願発明と一致し相違点は認められないと認定した誤り)に対し
原告は,本願発明の「電力需給線路」は,先願発明の「送配電線網」を含むものではなく,両者は異なるから,本願発明と先願発明について,「両者は一致し,相違点は認められない」とした審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,上記(1)と同様,本願発明の「電力需給線路」には先願発明の「送配電線網」が含まれると解すべきであるから,原告の主張は失当である。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由にはいずれも理由があると判断する。すなわち,
1 取消事由1(本願補正発明が,特許法29条の2の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないと判断した誤り)について
(1) 審決は,本願補正発明における「電力需給線路」に,先願発明の「送配電線網」は含まれるものと認定し,本願補正発明と先願発明に相違点は認められず,本願補正発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることができないと判断して,本件補正を却下した。
しかし,以下のとおり,審決の認定,判断は誤りである。
ア 認定事実
(ア) 補正明細書(甲2)には次の記載がある。
【請求項1】の記載は,上記第2の2の(2)のとおりである。
【技術分野】【0001】 本発明は,複数の電力需給家が,電力需給制御機器により相互接続されてなる電力システムに関する。
【背景の技術】【0002】 従来の電力系統は,図8(判決注 別紙図面の「図8」のとおりである。)に示すように,大規模発電所91を頂点とし需要家92を裾野とする「放射状系統」が基本である。・・・この種の電力系統は,広域(たとえば数万km2)であり,かつ大規模(数十GW)に,単一システムとして構成されている。
【0003】 一方,近年,ソラー発電,燃料電池による系統連系型分散発電システム・・・が注目されている。系統連系型分散発電システムは,通常,従来の放射状の電力系統の末端領域あるいは末端に近い局所領域に構築されるもので,当該電力系統との連系を前提としている。
【発明が解決しようとする課題】【0005】 図8に示した従来の電力系統構造では,電力の移送が大量に長距離に行われるため損失が多く,また太陽エネルギー・風力エネルギー等の再生可能なエネルギー由来の発電ではその再生可能エネルギーが遍在しているため,これらのエネルギーを利用した大規模発電所を構築しにくい。
【0006】 本発明の目的は,複数の電力需給家が,電力需給制御機器により相互接続されて構成された,従来の電力系統に拠らない電力システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】【0007】 本発明の電力システムは,少なくとも1つの発電機器,少なくとも1つの蓄電機器および少なくとも1つの電力消費機器と,電力需給制御機器とを備えた電力需給家の複数が夫々の電力需給制御機器において電力需給線路により相互接続されてなる電力システムにおいて,前記電力需給制御機器は,当該電力需給制御機器が備えられた前記電力需給家において電力不足が生じるか否か,または電力余剰が生じるか否かを判断し,当該電力需給家において電力不足が生じる場合には,前記発電機器および/または前記蓄電機器を備えた他の電力需給家から電力需給線路を介して電力を受け取り,当該電力需給家において電力余剰が生じる場合には,他の電力需給家に電力需給線路を介して電力を渡すことを特徴とする。
【0009】 本発明では,従来の電力系統を持たずに,基本的には各電力需給家は自立している電力システムである。すなわち,各電力需給家は,電力不足・電力余剰が生じたときは,他の電力需給家との間で電力の需給を行い,またこれによりシステム全体での自立を目的とする。
【発明の実施の形態】【0013】 ・・・図1(判決注 別紙図面の「図1」のとおりである。)の電力システム1は,複数の電力需給家11~15の電力需給家のみを示す。各電力需給家11~15は,電力需給線路Wを介して相互に接続されている。
【0014】 電力需給家11は,発電機器101と,蓄電機器102と,複数の負荷(電気機器)103と,電力需給制御機器104を備えている。なお,複数の電気機器103は,A1,A2,・・・,Anで示してある。また,図1では,他の電力需給家12,13,14および図示しない他の電力需給家も電力需給家11と同様,発電機器と,蓄電機器と,複数の負荷(電気機器)と,電力需給制御機器とを備えており,各機器は枝状の屋内配線に接続されているものとする。
【0015】 本発明では,各電力需給家間は疎結合している。すなわち,各電力需給家は,基本的には自立型であり,電力不足が生じたときに他の電力需給家から電力の供給を受け,電力余剰が生じたときに他の電力需給家に電力を供給することができる。
【0018】 電力需給制御機器104は,電力需給家11において電力余剰が生じたとき,たとえば負荷103の電力使用量が低減しかつ蓄電機器102が満充電あるいは満充電に近くなったときに,発電機器101が生成する電力を,電力需給線路Wに接続された他の電力需給家,あるいは電力需給家15に供給することができる。また,電力需給制御機器104は,電力需給家11において電力不足が生じたとき,たとえば負荷103の電力使用量が急増したときに,電力需給線路Wに接続された電力余剰が生じている他の電力需給家12,13,14の電力需給制御機器,あるいは電力需給家15の後述する電力需給制御機器153を介して電力の供給を受け,負荷103を駆動し,あるいは蓄電機器102に蓄電することができる。
【0021】 図1に示した電力システムでは,電力需給制御機器104は,他の電力需給家12~15と電力の需給を行う場合には,当該電力需給制御機器104が,当該他の電力需給家の電力需給制御機器と情報交換をして需給条件等を決定する。
【0022】 図1に示した電力システムでは,電力需給家間の電力の需給をACで行うこともできるし,DCで行うこともできるが,何れにしても,局所的な電力システムとして構築することもできるし,これらの電力システムが組み合わされた大きな電力システムとして構築することもできる。
【0023】 図1に示した電力システムでは,・・・負荷のみからなる電力需給家が電力需給線路Wに接続されることもある。また,図1の電力システムでは,多数かつ多様な電力需給家を相互接続することで,需給電力の平準化が行われる。
【0025】 図2(別紙図面の「図2」のとおりである。)は,電力需給家の電力需給制御機器が,他の電力需給家とAC電力の需給を行う電力システムを示す説明図である。
図2の電力需給家11a,12a,13a,14aおよび15aは,図1の電力需給家11,12,13,14および15に対応している。図2における電力需給家11aの電力需給制御機器51は,制御装置511と,双方向AC/DC変換器512とを備えている。
【0026】 各電力需給家の制御装置同士は通信ラインCLによりデータ通信が可能に構成されており,電力需給に際して需給情報の交換を行うことができる。
また,電力需給家15aの電力需給制御機器61は,制御装置611と,双方向AC/ACまたはDC/AC変換器612とを備えている。電力需給家間でAC電力の需給が行われるときには,両者の間で電圧・電流・周波数・位相の整合をとらなければならない。この整合は,電力需給制御機器51,61が行う。なお,図2には図示していないが,電力需給制御機器51,61には限流器,積算電力計等をさらに備えることができる。
【0034】 ところで,図1の電力システムでは,電力需給家の適宜数を集めた群を,一つの電力需給家として扱うことができる。図5(判決注 別紙図面の「図5」のとおりである。)に示すように,電力需給家群G11,G12,・・・は,このときの群(たとえば,数十~1万戸程度)を示している。
【0035】 図5では,電力需給家群G11,G12,・・・同士は,電力需給制御機器S1を介して相互に接続されている。また,電力需給家群G11,G12,・・・の上位階層は,G21,G22,・・・で示され,更に上位階層はG31,G32,G33,・・・で示されている。ここでは,図示はされていないが,G31,G32,G33,・・・より更に上位の階層が形成される。
たとえば,電力需給家群G11,G12,・・・は「町」単位,G21,G22,・・・は「市」単位,G31,G32,G33,・・・は,「県」単位とされる。
【0036】 図5では,電力需給家群G11,G12,・・・は,電力需給制御機器S1により他の電力需給家と相互接続されているが,各上位階層と下位階層とは,電力需給制御機器S2,S3,S4・・・を介して相互に階層接続されている。
【発明の効果】【0039】 本発明によれば,複数の電力需給家が,電力需給制御機器により相互接続されて構成された,従来の電力系統に拠らない電力システムを提供することができる
(イ) 一方,先願発明の「送配電線網」について,審決は,「審判請求人は,・・・『・・・モノや設備の集合体としての設備群である引例(判決注 引用例である。)の「送配電線網」が,単に電線路でしかない本願の『電力需給線路』と何ら相違するものではない,とする原審認定は,引例出願時の技術常識を参酌するまでもなく到底首肯できるものではなく,・・・』と主張するが,本件補正後も図5は実施例であり,当該実施例は,電力需給家群を町単位,市単位,県単位で定めており,この様な広域の電力需要家に電力を供給するには,通常送配電線網を用いるから,審判請求人の主張は採用できない。」と認定しており,先願発明の「送配電線網」がモノや設備の集合体としての設備群をいうものとしている。
また,被告は,先願発明の「送配電線網」は,「送電線,配電線,変電所および変圧器などの多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群」であることを前提として主張し,原告も,先願発明における「送配電線網」の意義については争っていない。
イ 判断
上記ア認定の事実に基づき判断する。
本願補正発明における「電力需給線路」は,同発明の特許請求の範囲の請求項1の記載によれば,複数の電力需給家の電力需給制御機器を相互接続するものであり,電力需給家において電力不足又は電力余剰が生じた場合に,これを介して電力を「受け取り」又は「渡す」ものであることが認められるが,請求項1の記載のみでは,その技術的意義が明確ではないから,発明の詳細な説明の記載を参酌することとする。
補正明細書の記載によれば,「従来の電力系統」とは,図8が示すような,大規模発電所を頂点とし需要家を裾野とする「放射状系統」を基本とする広域かつ大規模な単一システムをいうこと,従来の電力系統では,大量かつ長距離の電力移送による損失が多く,また,従来の電力系統との連係を前提とした系統連系型分散発電システムは,再生可能エネルギーの遍在により大規模発電所を構築しにくいとの課題があり,これを解決するため,本願補正発明は,従来の電力系統に拠らない電力システムの提供を目的としていること(【0002】,【0003】,【0005】,【0006】),本願補正発明は,自立し,疎結合した各電力需給家が,少なくとも各1つの発電機器,蓄電機器及び電力消費機器と,電力需給制御機器とを備え,それぞれの電力需給制御機器において電力需給線路により相互接続されてなる電力システムであること,電力需給制御機器は,当該機器が備えられた電力需給家において電力不足が生じるか否か,又は,電力余剰が生じるか否かを判断し,電力不足が生じる場合には他の電力需給家から電力需給線路を介して電力を受け取り,電力余剰が生じる場合には他の電力需給家に電力需給線路を介して電力を渡すことを特徴とすること(【0009】,【0014】,【0015】,【0018】),電力需給者間で電力の需給を行う場合,電圧・電流・周波数・位相の整合を電力需給制御機器が行うこと(【0025】,【0026】等)が認められる。
以上によれば,特許請求の範囲の請求項1記載の「電力需給線路」は,従来の電力系統に拠らない電力システムを構成し,各「電力需給家」が備える「電力需給制御機器」を接続するものであり,各「電力需給家」において,電力の不足,余剰が生じた場合には,「電力需給制御機器」がこれを判断して電力を「受け取り」又は「渡し」,電流・電圧等の整合を行うが,「電力需給線路」を介して電力の移動が行われるものであることが認められる。
すなわち,本願補正発明における「電力需給線路」は,「従来の電力系統に拠らない」【0006】ことを目的とするものであって,図8(従来の電力系統)が示すような,大規模発電所を頂点とし需要家を裾野とする「放射状系統」を基本とする広域かつ大規模な単一システムを前提とする電力設備は含まず,各「電力需給家」が備える「電力需給制御機器」を接続するものであるから,「電力需給線路」は,「従来の電力系統」とは異なるとともに,電圧等の整合を行うための構成を含んでいないと解するのが相当である。
そうすると,本願補正発明における,電力需給家の複数が夫々の電力需給制御機器を相互接続するための「電力需給線路」は,「従来の電力系統」(図8が示すような,大規模発電所を頂点とし需要家を裾野とする「放射状系統」を基本とする広域かつ大規模な単一システムを前提とする電力設備)を排除しているものと解すべきである。
他方,先願発明の「送配電線網」については,上記ア(イ)のとおり,モノや設備の集合体としての設備群ないし「送電線,配電線,変電所および変圧器などの多くの設備から構成され,電気エネルギーを流通するための電力設備群」であることについて,当事者間に争いはない(引用例の段落【0003】,【0021】,【0022】,【0025】の記載からも,このように理解できる。)。また,引用例によれば,「電力送受制御手段324では,要求制御手段322が待ち受けた受電に応じる受電応答情報Cまたは送電に応じる旨の送電応答情報D,あるいは応答制御手段323が送信した受電に応じる旨の受電応答情報Cまたは送電に応じる旨の送電応答情報Dをもとに,受電または送電を行う電力を制御する。」等の記載(【0024】,【0030】,【0034】参照)があるものの,電力需要家間での電力を送電し受電する際の具体的な制御や必要となる電圧等の整合に係る制御についての具体的な記載はない。引用例の図5(別紙図面の「引用例の図5」のとおり。)には,先願発明の「制御装置」(本願補正発明の「電力需給制御装置」に相当する。)は,「通信網」とは接続されているが,「送配電線網」とは接続されていない様子が明確に示されている。したがって,先願発明では,「既存の系統を利用することなく,別個に送電及び受電を行うための技術的構成」は示されていないというべきである。
以上によれば,本願補正発明の「電力需給線路」は,従来の電力系統でないとともに「電力需給制御装置」とも区別されているのであって,電圧等の整合を行うための構成を含んでいないのに対して,先願発明における「送配電線網」は,従来の電力系統として変電所等の電圧等の整合を行うための構成を示すにとどまり,これを超える構成を示すものではないから,両者が相当するということはできない。
そうすると,本願補正発明における「電力需給線路」は,「従来の電力系統」を含まない点において,先願発明の「送配電線網」と相違する。本願補正発明と先願発明に相違点は認められないとした審決には誤りがあるというべきである。
ウ これに対し,被告は,①乙1の段落【0001】,乙2の段落【0003】,【0035】の各記載からすれば,「線路」に変圧器等の機器が含まれることは技術常識である,②補正明細書に,「電力需給線路W」として「送配電線網」を用いないことを示す記載はなく,本願補正発明の「電力需給線路」から「送配電線網」を除外すべき理由はない,③本願補正発明が「従来の電力系統に拠らない」,「各電力需給家は自立している電力システム」であるとすることは,特許請求の範囲の請求項1,補正明細書の段落【0025】,【0026】の各記載に基づくものではない,④補正明細書の図5の実施例のような広域間での送電では,送電効率を高くするため,変電所や変圧器を用いて,昇圧して送電することは技術常識(乙3,乙4)であり,「電力需給線路」を変電所や変圧器などの電力設備を備えた「送配電線網」とすることは当業者が当然に行うことであると主張する。
しかし,被告の主張はいずれも失当である。
上記イのとおり,本願補正発明は,従来の電力系統に拠らない電力システムの提供を目的とするものであるから,仮に,「線路」に変圧器等が含まれることや,変電所,変圧器を用いて昇圧して送電することが技術常識であり,補正明細書の記載に,「電力需給線路W」として「送配電線網」を用いないことが明示されていないとしても,少なくとも「従来の電力系統」を前提とする電力設備が本願補正発明における「電力需給線路」に含まれると理解する根拠はない(なお,本願補正発明における「従来の電力系統」を前提とする電力設備の範囲の明確性や,そのような電力設備を含まない「電力需給線路」の構成の容易想到性は,本件の争点ではない。)。また,上記イのとおり,先願発明の「送配電線網」は,従来の電力系統として変電所等の電圧等の整合を行うための構成を示すにとどまるものと解される。したがって,「電力需給線路」に「送配電線網」が含まれるとはいえず,上記①,②及び④の被告の主張は失当である。
また,本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1には「当該電力需給制御機器が備えられた前記電力需給家において電力不足を生じるか否か,または電力余剰が生じるか否かを判断し,当該電力需給家において電力不足が生じる場合には,前記発電機機および/または前記蓄電機器を備えた他の電力需給家から電力需給線路を介して電力を受け取り,当該電力需給家において電力余剰が生じる場合には,他の電力需給家に電力需給線路を介して電力を渡す」と記載され,補正明細書の段落【0025】,【0026】等には,電力需給者間で電力の需給を行う場合,電圧・電流・周波数・位相の整合を電力需給制御機器が行うことが示されている。これらの記載からすると,本願補正発明において,電力需給者間で電力の需給を行う場合,電圧・電流・周波数・位相の整合を電力需給制御機器が行うものであり,「電力需給線路」が「従来の電力系統に拠らない」,「各電力需給家は自立している電力システム」であるといえる。したがって,上記③の被告の主張も採用できない。
(2) 以上のとおり,本願補正発明における「電力需給線路」に,先願発明の「送配電線網」は含まれるものと認定し,本願補正発明と先願発明に相違点は認められず,本願補正発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることができないと判断して,本件補正を却下した審決には誤りがある。
2 取消事由2(本願発明が先願発明と一致し相違点は認められないと認定した誤り)について
審決は,本願発明の「電力需給線路」に,先願発明の「送配電線網」が含まれるものとして,本願発明と先願発明に相違点は認められないとしたが,上記1と同様の理由により,審決の認定には誤りがある。
3 小括
以上によれば,原告主張の取消事由にはいずれも理由があり,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきものと判断する。これに対し,被告は他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りではない。
第5結論
よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 池下朗 裁判官 武宮英子)
file_2.jpg別紙