知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10260号 判決 2012年5月28日
原告
ザジェネラルホスピタルコーポレイション
訴訟代理人弁理士
渡邊隆
村山靖彦
木内敬二
野村進
被告
特許庁長官
指定代理人
岡田孝博
田部元史
小野寺麻美子
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
特許庁が不服2010-8154号事件について平成23年3月28日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,拒絶審決の取消訴訟であり,争点は,本願発明の容易想到性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「スペクトル帯域の並列検出による測距並びに低コヒーレンス干渉法(LCI)及び光学コヒーレンス断層撮影法(OCT)信号の雑音低減のための装置及び方法」とする発明について,平成15年1月24日を国際出願日とする特許出願(特願2003-562617,パリ条約による優先権主張日 平成14年1月24日,平成14年4月30日,米国,甲5)をし,平成21年6月9日付けで本件手続補正書(甲6)を提出したが,平成21年12月11日付けで拒絶査定を受け,これに対し,平成22年4月16日付けで,不服の審判(不服2010-8154号)を請求した。特許庁は,平成23年3月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月12日,原告に送達された。
2 本願発明の要旨
本件手続補正書(甲6)の特許請求の範囲の請求項1に記載された本願発明は以下のとおりである。
「光学的画像形成のための装置であって,サンプルからの少なくとも1つの第1電磁気放射及び非反射性参照体からの少なくとも1つの第2電磁気放射を受信する装置と,前記第1電磁気放射,前記第2電磁気放射,並びに前記第1及び第2電磁気放射の組み合わせの少なくとも1つのスペクトラムを周波数成分に分離する少なくとも1つのスペクトル分離ユニットと,複数の検出器を含む少なくとも1つの検出構成であって,各検出器が,前記周波数成分の少なくとも1つの少なくとも一部を検出可能な前記検出構成と,を含み,a)前記第1及び第2電磁気放射が互いに干渉する,及びb)前記第1及び第2電磁気放射の前記周波数成分が互いに干渉する,の内少なくとも1つである装置。」
3 審決の理由の要点
(1) 審決は,「本願発明は,引用発明および周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」と判断した。
(2) 上記判断に際し,審決が認定した引用例(特開2001-174404号公報,甲1)記載の引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点,周知例1(特開2001-264246号公報,甲2),周知例2(特開平1-145545号公報,甲3)及び周知例3(国際公開第00/16034号,甲4)の各記載事項,並びに,相違点についての判断は,以下のとおりである。(下線は審決による。)
ア 引用発明の内容
生体の内部断層像を得るための光断層像計測装置13であって,参照側集光レンズ6の光路上に設けられた参照光反射鏡14と,前記参照光反射鏡14の反射面の裏面に設けられた遅延素子15であって,前記参照光反射鏡14を変位させることにより参照光ER(t)をその伝搬時間および位相を変化させて反射させるための前記遅延素子15と,半透過板5であって,前記参照光反射鏡14によって反射された参照光ER(t)と,被計測物9の計測部位に照射されて反射された信号光EBS(t)とが前記半透過板5の位置で干渉されるようになっている前記半透過板5と,前記干渉光ER(t)+EBS(t)を波長毎に分解するための波長分散手段としての回折格子16と,前記回折格子16により分光された干渉光ER(t)+EBS(t)の波長スペクトルのデータを光の強度として光電流に変換して検出するためのリニアイメージセンサ17であって,波長分散された前記干渉光ER(t)+EBS(t)の検出素子である複数個のリニアイメージセンサ素子が整列配置されている前記リニアイメージセンサ17と,前記リニアイメージセンサ17が検出した光電流に基づいて前記被計測物9の反射率を演算するための反射率演算部19と,前記反射率演算部19に接続され,演算された反射率分布を画像情報として処理するための画像処理部20であって,処理した画像情報をモニタ上に前記被計測物9の断層像として画像表示させるようになっている前記画像処理部20と,を備えた光断層像計測装置13。」
イ 本願発明と引用発明との対比
(ア) 一致点
「光学的画像形成のための装置であって,サンプルからの少なくとも1つの第1電磁気放射及び参照体からの少なくとも1つの第2電磁気放射を受信する装置と,前記第1電磁気放射,前記第2電磁気放射,並びに前記第1及び第2電磁気放射の組み合わせの少なくとも1つのスペクトラムを周波数成分に分離する少なくとも1つのスペクトル分離ユニットと,複数の検出器を含む少なくとも1つの検出構成であって,各検出器が,前記周波数成分の少なくとも1つの少なくとも一部を検出可能な前記検出構成と,を含み,a)前記第1及び第2電磁気放射が互いに干渉する,及びb)前記第1及び第2電磁気放射の前記周波数成分が互いに干渉する,の内少なくとも1つである装置。」の点。
(イ) 相違点
第2電磁気放射が,本願発明では,「非反射性参照体からの少なくとも1つの第2電磁気放射」であるのに対し,引用発明では,前記参照光反射鏡14によって反射された参照光ER(t)である点。
ウ 周知例1の記載事項
(ア) 摘記事項(2-ア)
「【特許請求の範囲】【請求項1】 被検体に低コヒーレンス光を照射し,前記被検体において散乱した光の情報から前記被検体の断層像を構築する光イメージング装置において,前記低コヒーレンス光を被検体に照射し,前記被検体よりの反射光を受光する光照射受光手段と,前記光照射受光手段と接続し,前記被検体から戻ってきた前記低コヒーレンス光と基準光とを干渉させるとともに,干渉位置を光軸に対し軸方向に走査するため,その走査範囲に対応した伝搬時間を変化させる伝搬時間変化手段と,干渉光強度を干渉信号として検出する光検出器とを有し,前記光照射受光手段がマッハツエンダー干渉系の光路の片側に,前記伝搬時間変化手段が前記マッハツエンダー干渉系のもう一方の光路に設けられ,前記伝搬時間変化手段が透過光学素子による光走査を用いて伝播時間を変化させることを特徴とする光イメージング装置。」
(イ) 摘記事項(2-イ)
「【発明の詳細な説明】
【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は,被検体に低干渉性光を照射し,被検体において散乱した光の情報から被検体の断層像を構築する光イメージング装置に関する。」
(ウ) 摘記事項(2-ウ)
「【0002】【従来の技術】・・・【0003】上記特表平6-511312号では,生体組織の特定の深さから散乱・反射光を検出するため,リファレンスミラーを進退することにより得ている。・・・さらに,生体組織内部の断層画像を構築するため,生体組織に照射する光ビームを走査し,前記リファレンスミラーの進退とを同期させることで断層像を構築している。
・・・【0006】しかし,マイケルソン干渉系を用いた場合,・・・検出器に戻る光量に対し,信号が圧倒的に小さくなり,SN比を向上させることが困難である。また,生体からの微弱な反射光のうち75%を捨てていることになり,これもSN比を減衰する原因となる。
・・・【0010】さらに,反射型の高速デイレイラインでは,可動ミラー以外のファイバ端や光学素子表面の反射も戻り光となるため,得たい信号光以外のノイズ光が発生し,SN比を劣化させる原因となる。」
(エ) 摘記事項(2-エ)
「【0011】本発明は,上記事情に鑑みてなされたものであり,高SNで高速なリファレンス走査手段を有すると共に,干渉系を安価に構成することのできる光イメージング装置を提供することを目的としている。」
(オ) 摘記事項(2-オ)
「【0149】第9の実施の形態:図30及び図31は本発明の第9の実施の形態に係わり,図30は透過型ディレイラインの構成を示す図,図31は図30の光学ブロックを4枚張り合わせた合成ブロックを示す図である。
【0150】第9の実施の形態は,第1の実施の形態とほとんど同じであるので,異なる点のみ説明し,同一の構成には同じ符号をつけ説明は省略する。
【0151】(構成・作用)透過型ディレイライン9が第1の実施の形態と異なり,本実施の形態の透過型ディレイライン9では,図30に示すように,入射SMF8から出射した光は,コリメータレンズ29により入射ビーム190として,階段状ブロック196に入射する。階段状ブロックは,光学ガラスまたは光学プラスチックなどの光透過性の材質でできており,中心197に上下対称に,段差Δd198を持つ多数の段が設けられている。それぞれの段は底面259に対して平行に研磨されている。階段状ブロック196を透過した光260は,コリメータレンズ36により出射SMF10に導光される。階段状ブロック196は入射ビーム190に対して平行に1199離れた軸200を中心に回転する。回転により入射ビーム190は階段状ブロックの各段198を一段づつ移動しながら透過する。階段状ブロックの屈折率をn,周囲が空気であるとすると,一段移動するごとに(n-1)Δdごとに,入射SMF8から出射SMF10までの光路長が変化する。階段状ブロック196を一回転するごとに光路長が短→長→短→長と変化し,深さ方向に4回(2往復)走査されることになる。」
(カ) 摘記事項(2-カ)
図1には,基準光すなわち参照光の伝送路に透過型ディレイライン9が設置されている様子が描かれている。
エ 周知例2の記載事項
(ア) 摘記事項(3-ア)
「[産業上の利用分野]本発明は,被測定物からの反射光あるいは後方散乱光をヘテロダイン法により検出し,被試験物の特性を測定する反射試験方法および装置に関するものである。」
(2頁右上欄2~6行)
(イ) 摘記事項(3-イ)
「光遅延回路9は,第2図~第4図に示すように各種の方法で実現できる。すなわち,第2図においてはプリズム10を,第3図においてはハーフミラ-11と対向するミラー12を,また第4図においては光ファイバ13,レンズ14およびレンズ15,光ファイバ16からなる平行ビーム系におけるコリメート用レンズ15と光ファイバ16を,それぞれ各図における破線の位置(Z=0)から実線の位置(Z=Z0)まで動かし,光路長を変化させることにより実現できる。」(3頁右下欄15行~4頁左上欄4行)
(ウ) 摘記事項(3-ウ)
第3図には,ミラー12を移動させることで光路長を変化させる光遅延回路,すなわち,反射性の遅延回路が記載されている。
(エ) 摘記事項(3-エ)
第4図には,コリメート用レンズ15(当審注:第4図中では,コリメート用レンズの図番は14となっているが,上記摘記事項(3-イ)の記載からみて,当該図番「14」は,「15」の誤記であることが明らかである。)および光ファイバ16(当審注:第4図中では,光ファイバの図番は15となっているが,上記摘記事項(3-イ)の記載からみて,当該図番「15」は,「16」の誤記であることが明らかである。)を移動させることで光路長を変化させる光遅延回路,すなわち,非反射性の遅延回路が記載されている。
オ 周知例3の記載事項
(ア) 摘記事項(4-ア)
「The interferometer 130 illustrated in FIG.7 is similar to that illustrated in FIG.6 , except that the expense of one of the optical circulators is avoided by use of a transmissive delay element 132 rather than a reflective reference arm delay.」(15頁下から5行~下から3行),
(イ) 上記仮訳(対応日本公報である特表2003-524758号公報の段落【0035】,甲4)
「図7に示す干渉計130は,一方の光サーキュレータのコストが,反射性基準アーム遅延ではなく伝達遅延素子132の使用によって回避される点以外は,図6に示すものに類似する。」
カ 相違点についての判断
引用例の摘記事項(1-ウ)における「【0023】この光断層像計測装置13は,前記可変遅延装置7の代わりに,参照側集光レンズ6の光路上に参照光反射鏡14を有しており,この参照光反射鏡14の反射面の裏面には,前記参照光反射鏡14を変位させることにより参照光ER(t)をその伝搬時間および位相を変化させて反射させるための,例えば,ピエゾ素子(PZT)等の遅延素子15が配設されている。・・・」の記載からみて,引用発明では,参照光反射鏡14および遅延素子15からなる可変遅延装置を用いているといえる。
ところで,可変遅延装置の構成として,非反射性の遅延装置が,例えば,周知例1(摘記事項(2-ア),(2-オ)および(2-カ)),周知例2(摘記事項(3-イ)および(3-エ)),および,周知例3(摘記事項(4-ア))に記載されているように,本件優先日前に周知である。
そして,(ア)引用発明も上記周知技術も,被測定物からの反射光と参照光との干渉により被測定物を分析する装置である点において共通していること,(イ)可変遅延は,各種の手法で実現でき,どのような手法を採用するかは,当業者が適宜選択し得る事項であるといえること(摘記事項(3-イ)),および,(ウ)反射型の遅延装置では,可動ミラー以外のファイバ端や光学素子表面の反射も戻り光となるため,得たい信号光以外のノイズ光が発生するという問題が知られていたこと(摘記事項(2-ウ)),を総合的に考慮すれば,引用発明に,上記周知技術を適用し,参照光の光路に設ける可変遅延装置を,非反射性の遅延装置すなわち非反射性の参照体とすること,すなわち,上記相違点における本願発明のようにすることは,当業者であれば,何ら困難性はなく,容易に想到し得る事項であるといえる。
そして,本願明細書に記載された本願発明によってもたらされる効果は,引用例に記載の事項および周知技術から,当業者であれば予測することができる程度のものであり,格別顕著なものとはいえない。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(容易想到性判断の誤り)
(1) 周知例1について
ア 本願発明の「非反射性参照体」は,スペクトル分離ユニットと共に使用される点で,スペクトル分離ユニットと共に使用される旨の記載及び示唆がない周知例1の「透過型ディレイライン(透過型の光学素子)」とは顕著に相違する。
すなわち,周知例1では,反射型の高速ディレイラインによって発生するノイズを低減する技術のみが記載されており,「スペクトル分離ユニット」によってショット雑音を低減する技術が記載されておらず,示唆もされていない。反射型の高速ディレイラインによって発生するノイズは,特定の周波数に偏在するノイズである。
一方,本願発明の「スペクトル分離ユニット」によって低減されるノイズは,レベル的には微小であるが,全ての周波数に存在するノイズであるショット雑音である。
よって,本願発明と甲2発明とは,低減される対象となるノイズの種類が異なる。
本願明細書(甲5)の段落【0006】ないし【0010】の記載が,その根拠である。
また,本願発明は,「非反射性参照体」と「スペクトル分離ユニット」とを同時に使用するので,反射性参照体から生ずる特定周波数のノイズを無くし,さらに,全ての周波数に存在するノイズであるショット雑音を低減することができるものであるが,「非反射性参照体」と「スペクトル分離ユニット」とを同時に使用する装置および技術思想は,引用例,周知例1~3及び被告が本訴で追加提出した乙1(特開平10-267631号公報)に開示も示唆もされていない。
周知例1では,「透過型ディレイライン(透過型の光学素子)」によって反射性参照体から生ずる特定周波数のノイズを無くすことはできるが,「スペクトル分離ユニット」がないので,全ての周波数に存在するノイズであるショット雑音を低減することができない。
よって,周知例1の「透過型ディレイライン(透過型の光学素子)」は,本願発明の「非反射性参照体」ほどにはノイズ全般の低減に対して寄与することができず,本願発明の「非反射性参照体」とは,技術意義及び構成上,全く相違する。
イ 引用発明の効果に関する記載(段落【0035】,【0039】,【0078】,【0080】,【0094】,【0100】)は,引用発明がショット雑音を低減する効果があることを主張している。
しかし,引用例には,参考側光路に設けた反射型の光学素子がノイズ光を発生させる旨の記載がなく,反射型の光学素子がノイズ光を発生させる旨を示唆する記載もない。
また,引用発明では,バンドパスフィルタ45によってショット雑音を低減することができたとしても,バンドパスフィルタ45の周波数特性を反射型の光学素子が反射する戻り光から発生するノイズ光の周波数特性に適合させることが設計製造技術として極めて困難であるとともに,バンドパスフィルタ45の周波数特性を反射型の光学素子が反射する戻り光から発生するノイズ光の周波数特性に適合させた場合は該バンドパスフィルタ45におけるショット雑音の低減効果が大幅に減少することになり,信号対雑音比(SN比)を向上させることが困難となる。
よって,引用発明では,「参考側光路に設けた反射型の光学素子が反射する戻り光から発生するノイズ光により劣化するSN比を向上させる」という課題が存在しないことは明らかである。このことは,引用発明において,周知例1の周知技術を適用して,その「参照光反射鏡14および遅延素子15からなる可変遅延装置」を「透過型ディレイライン」に置換することの阻害要因になる。
したがって,引用発明において,周知例1の周知技術を適用して,その「参照光反射鏡14および遅延素子15からなる可変遅延装置」を「透過型ディレイライン」に置換する動機付けはなく,阻害要因もある。
ウ 周知例1の公開日は平成13年9月26日であり,本願発明の優先日は平成14年4月30日である。したがって,スペクトラムを周波数成分に分離する技術が開示されていない1つの公開特許出願公報である周知例1によって「非反射型のデイレイライン」が開示されただけで,光学的画像形成のための装置であって第1及び第2電磁波放射の組み合わせのスペクトラムを周波数成分に分離する技術分野において,前記「非反射型のデイレイライン」が短時間に周知になる,と断定することは,他に周知であることを具体的に示す特段の証拠がない限り,誤りである。
被告が主張するように,医療関連技術は通常の技術よりも早く当業者間において共通化されるとは,考えられない。医師などは,病状の治癒および予防について研究するが,OCTなどの医療装置について研究開発する者は少ない。特に,OCTなどの高額医療装置は,家電製品などと比較して当業者が少数であり,開発費も高額になることから,技術ノウハウの秘匿化が図られ,他の技術よりも早く当業者間において共通化される要因が少ないと考えるのが相当である。
さらに,周知例1では,反射型の高速ディレイラインの代わりに透過型のディレイラインを用いる技術について特許化を図っているので,係る技術について出願公開前に周知例1の出願人側が周知化を図ることはなく,出願公開後もなるべく秘匿化を図ると考えるのが相当である。
よって,審決において,周知例1の内容に基づいて「非反射参照体が周知技術である」と認定したことは誤りである。
エ 周知例1の特許請求の範囲の請求項1,及び明細書の段落【0010】,【0011】の記載には,「反射型の高速デイレイラインでは,可動ミラー以外のファイバ端や光学素子表面の反射も戻り光となるため,得たい信号光以外のノイズ光が発生し,SN比を劣化させる原因となる。」ので,そこでは,前記反射型の高速デイレイラインの代わりに透過型のデイレイラインを用いることを主要構成としていることが示されている。
上記の記載は,周知例1の発明者が「非反射参照体」は周知技術ではないと認識していたことを示している。すなわち,周知例1の発明者は,反射型の高速デイレイラインによって生じるノイズは解決することが困難な問題であるとともに,反射型の高速デイレイラインを非反射型の伝搬時間変化手段に置換することは当業者であっても容易に考え出せないと認識していたので,透過性光学素子を有する伝搬時間変化手段を備える発明を完成させて特許出願するに至ったと考えるのが自然である。
よって,周知例1に開示された内容に基づいて,非反射参照体が本願発明の構成要素として周知技術であると認定することは誤りである。
オ 周知例1の内容が周知ではないということは,引用発明において,周知例1記載の発明を適用することについて,動機付けがないことを示すとともに,阻害要因となる。
(2) 周知例2について
ア 周知例2の記載(2頁右上欄2~18行,右下欄5~7行,3頁左下欄の下2~下1行)によれば,周知例2発明の技術分野は,「光ファイバ中の障害点探索を行う装置」である。
一方,本願発明の技術分野は,請求項1に記載されているように,「画像形成のための装置」である。
また,本願発明は「スペクトラム分離ユニット」を使用してノイズをさらに低減しているが,周知例2発明は「光ファイバ中の障害点探索を行う装置」であるので,「スペクトラム分離ユニット」を使用してノイズを低減することで得られる効果は少ない。
周知例2発明の技術分野が本願発明の技術分野と顕著に異なるので,同発明の技術は本願発明についての当業者にとって周知技術ではない。
イ 周知例2では,「反射性参照体」からはノイズ光が発生して,「非反射性参照体」からはノイズ光が発生しない旨の記載がなく,示唆もない。
したがって,審決における相違点の判断は,光学要素としても「参照体」を「反射性」のものから「非反射性」のものに置換することが容易か否かを問題にしているので,周知例2の記載では,「反射性」のものから「非反射性」のものに置換する動機づけがなく,審決における周知技術認定の根拠にならない。また,周知例2の技術は,OCT全体と比較して,機能・構成上,顕著に相違し,OCT全体におけるSN比を向上させるという技術課題がない。
したがって,周知例2に関する被告の主張は,あたらない。
(3) 周知例3について
周知例3の記載(13頁8行~11行(翻訳文22頁6行~10行),15頁11行~13行(翻訳文24頁下2行~25頁4行),参考図5(翻訳文の図6),15頁11行~17行(翻訳文24頁下2行~25頁9行),16頁3行~6行(翻訳文25頁下5行~下3行),参考図6(翻訳文の図7))によれば,周知例3において,実施形態#1では反射型の基準遅延素子118を有する反射性基準アーム遅延を使用しており,実施形態#2では透過遅延線132を使用しているが,実施形態#1と実施形態#2とはSN比の利点が同一であること,言い換えればノイズ低減効果が全くないことを示している。すなわち,周知例3では,ノイズを低減するための手段としての透過遅延線132を開示しておらず,「反射性遅延素子」を「透過性遅延線」に置換してもSN比が向上しないことが積極的に記載されている。
一方,本願明細書の段落【0006】,【0032】などの記載によれば,本願発明では,非反射性参照体及びスペクトル分離ユニットを使用することで,ノイズを大幅に低減することができる。
よって,周知例3の記載は,ノイズ低減を図る本願発明についての当業者にとって周知技術ではないばかりでなく,引用発明に周知例1~3の技術を適用することを阻害している。
(4) 乙1について
被告が本訴で提出した乙1の段落【0078】の記載は,「反射型参照光変調機構」を「透過性(非反射性)参照光変調機構」に置換しても光学測定装置全体の機能が変わらないことを積極的に示している。
さらに,乙1では,「反射型参照光変調機構」を「透過性(非反射性)参照光変調機構」に置換することでコスト低減あるいは構造の簡単化等の効果が生ずる旨の記載はない。
乙1において,図10に示された第2実施形態の参照光変調機構71と,図12に示された第4実施形態の参照光変調機構71”とを比較しても,第4実施形態の参照光変調機構71”(透過性(非反射性)参照光変調機構)の方が,構造が簡単化してコストが低減するようになる機能を有する構成がない。
したがって,乙1には,「反射型参照光変調機構」を「透過性(非反射性)参照光変調機構」に置換する動機付けがなく,雑音低減効果が第4実施形態の参照光変調機構71”(透過性(非反射性)参照光変調機構)の方がよい旨の記載もないので,該置換についての阻害要因もある。
よって,乙1に関する被告の主張は,あたらない。
(5) 小括
上記のとおり,周知例1~3の記載には,そこに記載の各発明を引用発明に適用することを阻害する事由が明確に示されているので,引用発明に周知例1~3記載の技術を適用し,参照光の光路に設ける可変遅延装置を非反射性の遅延装置とすることは,本願発明に関する当業者であっても,容易に想到し得る事項であるとはいえない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)
引用発明及び周知例1~3記載の技術と本願発明との間には,以下のとおり顕著な効果の相違がある。
すなわち,本願発明は,本願明細書(甲5)の段落【0006】,【0032】に記載されているとおり,「スペクトル分離ユニット」によってスペクトラムを周波数成分に分離するので,SN比を大きくすることが可能である。
ここで,「スペクトル分離ユニット」によってショット雑音の影響を低減することはできるが,反射性参照体から生じる雑音の影響は,「スペクトル分離ユニット」で低減することは難しい。すなわち,本願明細書の段落【0009】に記載されているとおり,「スペクトル分離ユニット」によって,検出器当たりの光帯域幅を狭めることが可能であり,その結果,各周波数におけるショット雑音の影響は,低減できる一方で,信号成分は,同じままである。
前記信号成分には,ホワイト雑音スペクトラムを有さない「反射性参照体から生じる雑音」が含まれ得る。
本願発明は,サンプルからの第1電磁気放射に干渉する第2電磁気放射を,「非反射性参照体」を使用して生成しているので,「反射性参照体から生じる雑音」を無くすことができ,さらに,「スペクトル分離ユニット」によってショット雑音の影響を低減できるので,SN比を極めて大きくすることが可能である。本願発明の効果は,「スペクトル分離ユニット」単体の効果と,「非反射性参照体」単体の効果との総和を超える効果である。
一方,引用発明では,「反射性参照体」を使用しているので,前記反射性参照体から生じる雑音の影響を低減することが困難である。したがって,引用発明では,本願発明ほどSN比を大きくすることができないのみならず,ショット雑音の影響が低減するほど,反射性参照体から生じる雑音の影響が大きくなり,本願発明と比較して総合的な雑音低減の効果が小さい。
周知例1~3記載の技術では,「反射性参照体」からの雑音の影響がない,と仮定した場合でも,「スペクトル分離ユニット」を使用していないので,ショット雑音の影響を低減できず,本願発明と比較して雑音低減の効果が小さい。
したがって,引用発明及び周知例1~3記載の技術は,本願発明と比較して,総合的な雑音低減の効果が極めて低い。
以上の説明によれば,本願発明は,引用発明及び周知例1~3の記載と比較して,構成が相違し,効果も顕著に相違することが明確である。
よって,本願発明は,引用発明及び周知例1~3記載の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
第4被告の反論
1 取消事由1(容易想到性判断の誤り)に対して
(1) 周知例1について
周知例1の,従来技術に関する記載(段落【0002】,【0003】,【0004】),目的及び課題解決手段に関する記載(段落【0010】,【0011】,【0012】)からみて,周知例1には,従来,参照側光路に設けたリファレンスミラーあるいは反射型の高速デイレイライン,すなわち,反射型の光学素子を,反射する戻り光から発生するノイズ光をなくしてSN比を向上させるために,非反射性である透過型ディレイライン(透過型の光学素子)に置換することが記載されているといえ,該「透過型ディレイライン(透過型の光学素子)」は,参照側光路上の光学素子である本願発明の「非反射性参照体」に相当することは明らかである。
そうすると,周知例1に記載されたものは「低干渉性光を用いたOCT」であって,「スペクトル分離ユニット」を備えたものではないものの,両者は,「OCT」として同一の技術分野に属するものであり,周知例1の「透過型ディレイライン(透過型の光学素子)」と本願発明の「非反射性参照体」については,干渉系(計)の基準光(参照光)の光路長を変化させる伝搬時間変化手段であることにおいて,技術意義および構成上,差異がない。
そして,引用発明においても,「参考側光路に設けた反射型の光学素子が反射する戻り光から発生するノイズ光により劣化するSN比を向上させる」という課題が存在することは明らかであり,引用発明において,周知例1の周知技術を適用して,その「参照光反射鏡14および遅延素子15からなる可変遅延装置」を「透過型ディレイライン」に置換する動機付けは十分あり,阻害要因もないことは明らかである。
周知例1が公開されたのは本件優先日の約半年前であるが,医療関連技術であることからみて,通常の技術よりも早く当業者間において共通化されたと考えるのが相当であるから,審決が,周知例1の内容に基づいて「非反射参照体が周知技術である」と認定したことに誤りはなく,原告の主張には理由がない。
仮に,原告が主張するように,周知例1の内容が周知ではないとしても,周知例1は本件優先日前に頒布された刊行物であるから,本願発明は,引用発明と周知例1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたといえるから,審決の結論に誤りはない。
したがって,原告の主張は,審決の結論に影響を与えるものではないから,失当である。
(2) 周知例2について
周知例2は,「OCT」に関するものではないが,「OCT」とは近接した「光干渉」を利用した測定技術分野に属するものであって,使用する光学要素は「OCT」のそれと大部分が共通している。
すなわち,光学要素の観点からみれば,参照光の経路上に備えられる「参照体」は,両分野において何ら,機能・構成上,相違するものではなく,技術課題も共通している。このことは,周知例2の第2~4図に各種の「反射性参照体」と「非反射性参照体」が併記されていることから明らかである。
審決における相違点の判断は,光学要素としての「参照体」を「反射性」のものから「非反射性」のものに置換することが容易か否かを問題にしているのであるから,周知例2が「OCT」に関するものではないということをもって,審決の周知技術認定の根拠にならないとすることは,技術常識に反する。
したがって,原告の主張には理由がない。
(3) 周知例3について
周知例3訳文の段落【0035】~【0037】の記載によれば,周知例3には,「反射性遅延素子」と「透過性(非反射性)遅延線」とは,当業者ならば,一般的な課題であるコスト等を考慮して,適宜選択できるように記載されていることは明らかであり,該「基準遅延素子」は,「OLCR(光学低コヒーレンス反射率計測)/OCT(光コヒーレンス断層撮影法)」において,参照光経路上に設けられ,参照光の伝送時間を変化させ,その位相を遅延させるものであり,本願発明の「非反射性参照体」に相当することは明らかである。
「反射性遅延素子」を「透過性遅延線」に置換することによりSN比が向上しないとしても,当業者ならば,コスト低減の効果を考慮して選択することは通常の技術的行為であって,SN比が同等であったとしても,該置換を阻害するものとはいえない。
(4) 追加周知例
「OCT」において,「反射型参照光変調機構」と「透過型参照光変調機構」とが併記され,当業者ならば,適宜選択できるように記載されている周知例として,特開平10-267631号公報(乙1)を追加する。
乙1の段落【0067】,【0068】,【0074】,【0075】,【0076】,【0077】,【0078】,【0079】の記載からみて,乙1には,「反射性参照光変調機構(図10)」と「透過性(非反射性)参照光変調機構(図12)」とは,当業者ならば,一般的な課題であるコスト等を考慮して,適宜選択できるように記載されている。該「透過性(非反射性)参照光変調機構(図12)」は,「OCT」において,参照光経路上に設けられ,参照光の伝送時間を変化させ,その位相を遅延させるものであり,本願発明の「非反射性参照体」に相当する。
また,乙1には,「反射性参照光変調機構」を「透過性(非反射性)参照光変調機構」に置換することについて,効果の差異は記載されていないものの,「反射性参照光変調機構」を「透過性(非反射性)参照光変調機構」に置換することは,当業者ならば,一般的な課題であるコスト低減あるいは構造の簡単化等の効果を考慮して適宜選択する通常の技術的行為であり,引用発明において該置換を阻害するものではない。
(5) 小括
以上のとおり,引用発明において,周知例1~3及び乙1で示される周知技術を適用して,その「参照光反射鏡14および遅延素子15からなる可変遅延装置」を「非反射性の遅延装置すなわち非反射性の参照体」に置換する動機付けは十分あり,阻害要因もないことは明らかであり,相違点について,審決の認定・判断に誤りはない。
したがって,原告が主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)に対して
本願明細書の「雑音低減の効果」についての記載(段落【0006】,【0009】,【0031】,【0101】,【0102】,【0106】)は,「時間ドメインOCT」を「スペクトルドメインOCT」とした,すなわち,「スペクトル分離ユニット」を備えたことにより,SN比改善を達成したことを示している。「非反射型参照体」を採用したことによる効果は全く記載されていない。
「非反射性参照体」については,本願明細書の段落【0036】に「・・・・・また,参照アームは,反射の無い透過性であってもよい。」と記載されているのみであって,図16~21に記載されたデータも,「非反射性参照体」と「反射性参照体」との効果上の差異を示すものではない。
一方,周知例1には,従来,参照側光路に設けたリファレンスミラーあるいは反射型の高速デイレイライン,すなわち,反射型の光学素子を,SN比を向上させるために,非反射性である透過型ディレイライン(透過型の光学素子)に置換することが記載されているのであり,非反射性である透過型ディレイライン(透過型の光学素子)に置換することにより,SN比が向上することが記載されているが,他方において周知例3のように「透過性(非反射性)遅延線」を用いてもSN比に変わりが無い場合もあることが,本件優先日前において周知の技術事項であったことがうかがわれる。そして,この「参照側光路に設けた反射型の光学素子が反射する戻り光から発生するノイズ光により劣化するSN比を向上されるという」効果は,たとえ生じたとしても「スペクトル分解ユニット」の有無に関係なく,全く独立して生じるものである。
そうすると,本願発明の効果は,「スペクトル分解ユニット」に相当する「波長分散手段」を備える引用発明が奏する「雑音低減」の効果と,たとえあったとしても,「非反射性参照体」による「雑音低減」の効果との総和以上のものとはいえない。
したがって,審決における,「本願明細書に記載された本願発明によってもたらされる効果は,引用例に記載の事項および周知技術から,当業者であれば予測することができる程度のものであり,格別顕著なものとはいえない。」との認定・判断には誤りがなく,原告が主張する取消事由2は理由がない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(容易想到性判断の誤り)について
(1) 周知技術について
ア 周知例1(甲2)には,審決が認定した摘記事項の記載があり,その前提として,「【0002】【従来の技術】近年,生体組織を診断する場合,組織内部の光学的情報を得ることのできる装置として,低干渉性光を用いて被検体に対する断層像を得る干渉型のOCT(オプティカル・コヒーレンス・トモグラフィ)が例えば特表平6-511312号に開示されている。」との記載がある。
上記記載によれば,周知例1には,OCTにおいて「反射型のディレイライン」を用いた従来例では「低干渉出力」「SN比の劣化」があったところを「透過型のディレイライン」を用いることによりこれを解消したことが記載されていることが理解できる。
イ 周知例2(甲3)には,審決認定の摘記事項のほか,以下の記載がある。
「第1図において,まず,被測定光ファイバ中のある1点(A点とする)からの反射光信号と参照光信号が干渉するように,・・・光遅延回路9を調整し,次に,同様に被測定光ファイバ中の他の1点(B点とする)からの反射光信号と参照光信号が干渉するように光遅延回路9を再調整すると,第6図に示したようなビート電気信号の振幅と遅延時間との関係が得られる。このとき,A点およびB点を測定したときの光遅延回路の遅延時間をτAおよびτBとしたとし,その差をΔT(=τB-τA)とすると,A点とB点の距離は,V・ΔT/2より求めることができる。ここでVは被測定光ファイバ内での光速である。」(4頁左上欄19行~右上欄12行)
「第1図は本発明の一実施例を示す。・・・9は探査光が光源1から出射してから,被測定光ファイバ5で反射あるいは散乱を受け,光検出器7により受光されるまでの遅延時間と,参照光が光源1から出射してから,光検出器7により受光されるまでの遅延との差を零またはそれに近い値に調整可能な光遅延回路である。光遅延回路9は,第2図~第4図に示すように各種の方法で実現できる。すなわち,第2図においてはプリズム10を,第3図においてはハーフミラ-11と対向するミラー12を,また第4図においては光ファイバ13,レンズ14およびレンズ15,光ファイバ16からなる平行ビーム系におけるコリメート用レンズ15と光ファイバ16を,それぞれ各図における破線の位置(Z=0)から実線の位置(Z=Z0)まで動かし,光路長を変化させることにより実現できる。」(3頁左下欄12行~4頁左上欄4行)
上記記載によれば,周知例2には,被測定物の特性を測定する反射試験装置において,干渉光と参照光との間の遅延を調節することによってA点とB点との距離を計測することが可能である旨とともに,このような遅延を実現するための「光遅延回路」の構成としてミラーを用いた例(図3)の他にプリズムを用いた例(図2)やレンズを用いた例(図4)が開示され,これらにより「光路長を変化させる」旨が記載されている。このことから,周知例2には,光学的に距離を測定するにあたって,信号光と干渉光の位相を可変させるための構成として,反射型のものと非反射型のものが選択可能なものである旨が示されていることが理解できる。
ウ 周知例3の訳文には,審決認定の摘記事項が記載されているところ,この記載によれば,周知例3には,OCTにおいてSN比改善のためにスプリッタを用いず「光サーキュレータ」を用いるにあたって,基準遅延素子及び基準アーム(参照アーム)につき図6の実施形態では「反射性基準アーム遅延」を用いたのに対し図7の実施形態では「伝達遅延素子」を用いる旨が記載されていることが理解できる。
エ 乙1(特開平10-267631号公報)によれば,OCTにおいて,被告主張のとおり,「反射性参照光変調機構(図10)」と「透過性(非反射性)参照光変調機構(図12)」とが,当業者にとって,一般的な課題であるコスト等を考慮して,適宜選択できることが認められる。
(2) 引用発明への周知技術の適用について
OCT等を含む光学測定分野において,信号光と干渉させるべく位相が変化し得る参照光を得る手段として「非反射性の遅延装置」は周知技術であること,また「非反射性の遅延装置」と「反射性の遅延装置」のいずれを採用するかが選択事項であることは,(1)でみた周知例1~3及び乙1の記載から明らかである。
引用例には,光断層像計測装置の従来技術として図4及び図5に関連する二つの例が記載されており,前者の図4は,信号光と干渉させるべく位相が変化し得る参照光を得る手段として,光路上を移動して参照光を反射する「可変遅延装置」(【0005】,【0015】)であり,後者の図5は,「可変遅延装置」に代わる,「遅延素子15」を裏面に配設する「反射鏡14」(【0023】)を含む光断層像計測装置である。審決は,後者の図5についての光断層像計測装置をもって引用発明として認定したものである。
そして,これらの記載が「反射鏡14」を限定列挙する趣旨とは解されず,引用発明の参照光を得る手段を上記の周知技術を用いて実現することを阻害する記載も見当たらない。そうすると,引用発明における,信号光が反射される部位からセンサーまでの距離に応じた様々な位相の参照光を得る手段として,図5の「遅延素子15」が裏面に配設された「反射鏡14」を用いた構成に換えて,周知技術である非反射性の遅延装置を採用して参照光となる第2電磁気放射を非反射性参照体からのものとすることは,機能的に等価な周知技術の選択であって,当業者が容易に為し得たことである。
したがって,これと同旨の審決の容易想到性判断に誤りはない。
原告は,周知例1~3は,本願発明の「スペクトル分離ユニット」に相当する構成について開示,示唆がないから,これらを周知例として引用発明に適用する動機付けがないと主張するが,「スペクトル分離ユニット」に相当する構成については,本願発明と引用発明とにおいて一致する構成であるから(審決の認定であり,原告もこの認定を争っていない。),周知例として示された文献に「スペクトル分離ユニット」に相当する構成が開示されているか否かは,容易想到性判断には影響がない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について
原告は,本願発明は,サンプルからの第1電磁気放射に干渉する第2電磁気放射を,「非反射性参照体」を使用して生成しているので,「反射性参照体から生じる雑音」を無くすことができ,さらに,「スペクトル分離ユニット」によってショット雑音の影響を低減できるので,両者単体の効果の総和を超える効果によりSN比を極めて大きくすることが可能であるのに対し,甲2~甲4は,「反射性参照体」からの雑音の影響がないと仮定した場合でも,「スペクトル分離ユニット」を使用していないのでショット雑音の影響が低減できず,総合的な雑音低減の効果が極めて低い等と主張している。
しかし,光路上の参照光を得るための構成に係るノイズやノイズ低減の効果は,光路上の干渉光の検出のための構成に係るノイズやノイズ低減の効果と無関係に生ずるのであり,本願明細書の図16~図21に示された実験結果も,本願発明によってショット雑音の低減が図れる旨は示されているということができるものの,これに止まり,光路上の参照光を得るための構成に係るノイズやノイズ低減の効果が光路上の干渉光の検出のための構成に係るノイズやノイズ低減の効果と関係があることを立証するに足るものということはできない。
よって,本願発明の効果が,「スペクトル分離ユニット」に相当する構成を有する引用発明において「非反射性の参照体」に相当する構成を有する周知技術を適用した場合の効果の総和を上回るものであるとは認められない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)