大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10261号 判決 2012年9月27日

原告

ヤマハ発動機株式会社

訴訟代理人弁護士

塚原朋一

小松陽一郎

福田あやこ

辻村和彦

山崎道雄

藤野睦子

同弁理士

小谷悦司

小谷昌崇

大月伸介

佐藤興

被告

株式会社アイエイアイ

訴訟代理人弁護士

椙山敬士

大澤恒夫

同弁理士

牛久健司

島野美伊智

同弁護士

市川穣

曽根翼

片山史英

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2010-800036号事件について平成23年7月5日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「リニアモータ式単軸ロボット」とする特許第4105586号(請求項の数は2。以下「本件特許」という。)の特許権者である。

本件特許は,平成15年5月14日に出願され(特願2003-136334号),平成20年4月4日に設定登録された。

被告は,平成22年3月4日付けで本件特許の請求項1,2に係る発明の特許につき無効審判を請求し(無効2010-800036号。以下「本件無効審判」という。),同年10月20日「特許第4105586号の請求項1,2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「第 1 次審決」という。)がされた。

原告は,平成22年11月19日,第 1 次審決に対し審決取消訴訟を提起し(当庁平成22年(行ケ)第10360号),平成23年2月10日付け訂正審判を請求した(訂正2011-390015号)ところ,同年3月2日に第1次審決を取り消す決定がされた。

差戻し後の本件無効審判の手続において,上記訂正審判の請求は,同年3月22日,訂正の請求がされたものとみなされた(以下,同訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)が,特許庁は,同年7月5日,本件訂正を認めないとした上,「特許第4105586号の請求項1,2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年7月14日,原告に審決謄本が送達された。

2  特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲請求項1,2の記載は,次のとおりである(A~G2の符号は審決において付加。以下,下記項分けに従って,各構成要件を「構成要件A」~「構成要件G2」といい,本件特許の明細書及び図面を総称して「本件特許明細書等」という。)。

【請求項1】

A ロボット本体と,該ロボット本体に対して一定方向に直線的に移動可能な可動部材とを備え,

B 上記ロボット本体には,永久磁石を軸方向に配列したシャフト状のステータ部と,このステータ部と平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,

C 上記可動部材には,ステータ部を囲繞するコイルを装備して,上記リニアガイドに摺動可能に支持された可動ブロックと,この可動ブロックに連結された作業部材取付用のテーブルとが設けられているリニアモータ式単軸ロボットであって,

D 上記テーブルが上記可動ブロックに対し,両者間に断熱材からなる断熱プレートを介在させた状態で連結されており,

E 上記可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている

G1 ことを特徴とするリニアモータ式単軸ロボット。

(以下「本件特許発明1」という。)

【請求項2】

F 上記テーブル及び断熱プレートが一括に締結部材により上記可動ブロックに連結され,その締結部材と上記テーブルとの間に断熱材からなる断熱ワッシャーが介装されている

G2 ことを特徴とする請求項1記載のリニアモータ式単軸ロボット。

(以下「本件特許発明2」といい,これらの発明を総称して,「本件特許発明」という。)

3  本件訂正

(1)  訂正事項の内容

ア 訂正事項1

請求項1において,

「上記ロボット本体には,永久磁石を軸方向に配列したシャフト状のステータ部と,このステータ部と平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,」とあるのを,

「上記ロボット本体には,一軸方向に延びるベース部と,このベース部の両側部から上方に突出して該ロボット本体の側壁部を構成する一対のカバー部材と,これらの一対のカバー部材間において上記一軸方向に延び,永久磁石を当該軸方向に配列したシャフト状のステータ部と,上記ベース部上であって上記ステータ部と平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,」と訂正する。

イ 訂正事項2

請求項1において,

「上記可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」とあるのを,

「上記可動ブロックには,その一側部であって,上記カバー部材との間に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ多数の放熱フィンが形成されている」と訂正する。

ウ 訂正事項3

特許明細書の段落番号0007において,

「上記ロボット本体には,永久磁石を軸方向に配列したシャフト状のステータ部と,このステータ部と平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,」とあるのを,

「上記ロボット本体には,一軸方向に延びるベース部と,このベース部の両側部から上方に突出して該ロボット本体の側壁部を構成する一対のカバー部材と,これらの一対のカバー部材間において上記一軸方向に延び,永久磁石を当該軸方向に配列したシャフト状のステータ部と,上記ベース部上であって上記ステータ部と平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,」と訂正する。

エ 訂正事項4

特許明細書の段落番号0007において,

「上記可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」とあるのを,

「上記可動ブロックには,その一側部であって,上記カバー部材との間に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ多数の放熱フィンが形成されている」と訂正する。

(2)  本件訂正後の特許請求の範囲

【請求項1】

ロボット本体と,該ロボット本体に対して一定方向に直線的に移動可能な可動部材とを備え,

上記ロボット本体には,一軸方向に延びるベース部と,このベース部の両側部から上方に突出して該ロボット本体の側壁部を構成する一対のカバー部材と,これらの一対のカバー部材間において上記一軸方向に延び,永久磁石を当該軸方向に配列したシャフト状のステータ部と,上記ベース部上であって上記ステータ部と平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,

上記可動部材には,ステータ部を囲繞するコイルを装備して,上記リニアガイドに摺動可能に支持された可動ブロックと,この可動ブロックに連結された作業部材取付用のテーブルとが設けられているリニアモータ式単軸ロボットであって,

上記テーブルが上記可動ブロックに対し,両者間に断熱材からなる断熱プレートを介在させた状態で連結されており,

上記可動ブロックには,その一側部であって,上記カバー部材との間に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ多数の放熱フィンが形成されていることを特徴とするリニアモータ式単軸ロボット。

【請求項2】

上記テーブル及び断熱プレートが一括に締結部材により上記可動ブロックに連結され,その締結部材と上記テーブルとの間に断熱材からなる断熱ワッシャーが介装されていることを特徴とする請求項1記載のリニアモータ式単軸ロボット。

(以下,この請求項1に係る発明を「本件訂正発明1」,この請求項2に係る発明を「本件訂正発明2」といい,総称して「本件訂正発明」という。)

4  本件審決の理由

別添審決書写しのとおりであり,その要旨は,次のとおりである。

(1)  本件訂正について

放熱フィンの配置に関して,本件特許明細書等の記載から,「このヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ多数の放熱フィンが形成されている」という事項が,明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものと解されないということはできず,当該放熱フィンの配置に関する発明特定事項が,本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものであるということはできない。本件訂正は,(判決注:平成23年法律第63号による改正前の)特許法134条の2第5項の規定によって準用する同法126条3項の規定に適合しないので,訂正を認めない。

(2)  無効理由1について

本件特許発明1は,甲2の別紙2~4(以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用例1発明」という。)及び甲5に記載された発明(以下「甲5発明」という。)から容易想到であるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(3)  無効理由3について

本件特許発明2は,引用例1発明,甲5発明及び甲1の12に記載された発明(以下「甲1の12発明」という。)から容易想到であるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(4)  本件審決が,上記(2),(3)の判断を導く過程において認定した引用例1発明,甲5発明,本件特許発明1,2と引用例1発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 引用例1発明

「本体と,スラストブロックとを備えるスラストチューブモジュールであって,

上記本体は,永久磁石を軸方向に配列した円柱状の永久磁石ロッドと,この永久磁石ロッドの端部を支持する端部支持部と,この永久磁石ロッドと平行に配置されたリニアガイドとが設けられるベース部からなり,

上記スラストブロックは,上記リニアガイドに摺動可能に支持されて上記本体に対して一定方向に直線的に移動可能であり,上記永久磁石ロッドを取り囲む密閉コイルを装備し,機器支持面が設けられており,

さらに,上記スラストブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのリニアエンコーダーが配置されるとともに,このリニアエンコーダー配置側,及び,その反対側の側面部に,一体冷却フィンが形成されているスラストチューブモジュール。」

イ 甲5発明

「リニアモータにより駆動されるコイル28を備えた移動体であって,コイル28の発した熱が支持部材29から機器などを搭載する作業用保持部材25に伝達されるのを防止するため,断熱材からなるスペーサ31,又は,断熱シート200を支持部材29の上面と作業用保持部材25の下面との間に介在させ,ボルト30で一体に締結した移動体。」

ウ 本件特許発明1と引用例1発明との一致点

「ロボット本体と,該ロボット本体に対して一定方向に直線的に移動可能な可動部材とを備え,

上記ロボット本体には,永久磁石を軸方向に配列したシャフト状のステータ部と,このステータ部と平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,

上記可動部材には,ステータ部を囲繞するコイルを装備して,上記リニアガイドに摺動可能に支持された可動ブロックとが設けられているリニアモータ式単軸ロボットであって,

上記可動ブロックには,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,放熱フィンが形成されているリニアモータ式単軸ロボット。」

エ 本件特許発明1と引用例1発明との相違点

(ア) 相違点1

本件特許発明1は,可動ブロックに連結された「作業部材取付用のテーブルが設けられ」,「上記テーブルが上記可動ブロックに対し,両者間に断熱材からなる断熱プレートを介在させた状態で連結されて」いるのに対して,引用例1発明はスラストブロックに直接,「機器支持面」を形成している点。

(イ) 相違点2

本件特許発明1は,「可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」のに対し,引用例1発明はスラストブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのリニアエンコーダーが配置されるとともに,このリニアエンコーダー配置側,及び,その反対側の側面部に,一体冷却フィンが形成されている点。

オ 本件特許発明2と引用例1発明との相違点

上記相違点1,2に加えて,以下の点で相違している。

(ア) 相違点3

本件特許発明2は,「上記テーブル及び断熱プレートが一括に締結部材により上記可動ブロックに連結」されるのに対して,引用例1発明はそうではない点。

(イ) 相違点4

本件特許発明2は,「その締結部材と上記テーブルとの間に断熱材からなる断熱ワッシャーが介装」されているのに対して,引用例1発明はそうではない点。

第3当事者の主張

1  取消事由に関する原告の主張

本件審決は,本件特許発明1の要旨認定及び引用例1発明の認定を誤ったことに伴い相違点2についての判断を誤り(取消事由1),本件訂正について訂正要件の判断を誤り(取消事由2),相違点1の容易想到性についての判断を誤り(取消事由3),相違点4の容易想到性についての判断を誤り(取消事由4),引用例1の公知性についての判断を誤り(取消事由5),引用例1の公知性,開示事項及び本件訂正の訂正要件について原告に反論の機会を与えなかった手続的瑕疵があり(取消事由6),本件審決の結論に影響を及ぼすから,違法として取り消されるべきである。

(1)  本件特許発明1の要旨認定及び引用例1発明の認定を誤ったことに伴う相違点2についての判断の誤り(取消事由1)

ア 本件審決の判断

本件審決は,本件特許発明1は,リニアエンコーダ配置側及びその反対側のいずれの側面部にも多数の冷却フィンが形成されている構成(両側フィン)を含むとし,また,引用例1発明は,両側多数フィン構成を開示しているということができるとして,相違点2(ヘッド配置側の側面部における放熱フィンの有無,数)は,実質的な相違点ではないと判断した。

しかしながら,クレームの構文解釈あるいは図面に照らせば,本件特許発明1の構成要件Eは,ヘッド配置側の側面部において多数の放熱フィンが存在していないことを示していると当業者であれば極めて自然に理解できるから,本件審決の判断には明白な誤りがある。

イ 本件特許発明の要旨認定の誤り

(ア) 本件特許の図面は,片側多数フィン構成を開示している。その根拠は,以下のとおりである。

① 断面位置の問題

図2は,可動部中央を断面した横断面図であり,この点は,当事者間に争いはない。

② 断面奥側の問題

図2では,その断面奥(図1の右側)が片側多数フィン構成となっている。これは,断面部分のみならずその奥部分まで描かれるという断面図の性質から導かれる帰結である。

③ 断面手前側の問題

図2の断面手前側(図1の左側)も,片側多数フィン構成であるとみるほかない。これは,製図法における全断面図の性質(全断面図は,当該製品の基本的な形状を表わす性質のものである。),可動部2は,長手方向に対称に構成されているから(図1参照),可動部2の実に半分を明記している図2の断面構造は,可動部2全体に共通の構成であると理解できること,仮に断面奥側と異なり,断面手前側に放熱フィンが形成されているといった特異な構成であれば,通常は,二点鎖線等でその旨明示されるはずであるが,そのような記載はないこと等から明らかである。

④ 具体例

本件特許の図1及び図2について,両側フィン構成もあり得るといった解釈は,不自然不合理であり,当業者はもとより一般的な解釈からもあり得ない。これは,JISの図33の断面図を見て,断面手前において,図示されているものとは異なる部材が存在するかもしれないといった理解をする者はいないことと同じ論理である。

(イ) 構成要件E「上記可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」は,そのクレームの構文からして,ヘッド配置側の側面部において,放熱フィンが存在しないか又は形成される放熱フィンが多数ではないことを要求している。

要するに,構成要件Eは,対象を特定する助詞である「に」が付されていることに加え,手続補正によって,可動ブロックの側面部をわざわざ「一側部(ヘッド配置側)」と「ヘッド配置側とは反対側の側面部」の2つに分けた上で,それぞれの構成に言及している。しかも,フィン側については,わざわざ「ヘッド配置側とは反対側の側面部」として,「ヘッド配置側」と明確に区別する助詞が使用されているし,相対する「一側部(ヘッド配置側)」と「ヘッド配置側とは反対側の側面部」は,「ともに」という言葉で接続されている。この一連の文章を読めば,一方で特定した部材が他方には存在しない,すなわち片側多数フィン構成を採用しているといった理解になるはずである。

ウ 引用例1発明の認定の誤り

(ア) 引用例1には,エンコーダの存在及び位置が開示されていない。

甲2の別紙2には,どこにもエンコーダ(ヘッドに相当)の記載がない。仮にエンコーダスケールに対向する形でエンコーダが設けられることを前提にしたとしても,同別紙2の図面のみでは,エンコーダの位置を正確には特定できない。

甲2の別紙3,4の寸法断面図(左の図)の右下には,「Linear Encoder」なる記載があるが,同図を見ても,エンコーダの位置を特定できず,むしろ,スラストブロック正面,背面又は下方のいずれかに配置されていると見るほかない。

(イ) 甲2の各別紙の寸法断面図では,ケーブルカバー内にも放熱フィンが形成されており,スラストブロックの両側面に多数の放熱フィンが形成されているのが明確に読み取れる。このような理解は,甲2の別紙2の1枚目において,スラストチューブが「symmetrical design」であるとされていることとも整合的である。

甲2のうち特に別紙3,4の寸法断面図(いずれも左側の図)は,側面図(右下の図)におけるA-Aの断面図であり,ケーブルカバー部分も含めた断面図であることから,当該カバー内の構造も示されているところ,そこには,カバー内にも放熱フィンが形成されている状況が記載されている。

(ウ) ケーブルカバー内の放熱フィンのみ切除する構成は,本件特許発明における片側多数フィンと同視することはできない。

仮に,被告が主張するとおり,甲2の別紙2~4における図面においてケーブルカバー内の放熱フィンが切除されている構成が開示されているとみる余地があるとしても,ケーブルカバー部分以外の露出領域では放熱フィンが形成されており,切除部分は,甲2の別紙2~4所定のスラストチューブの一側面の半分にも満たない。このような構成では,放熱フィンを形成することによる雰囲気温度の変化がヘッドに与える悪影響を回避するという本件特許発明の効果を奏さないのであり,そのため,本件特許発明所定の片側多数フィンとは同視できない。

したがって,被告が主張するようなケーブルカバー内の放熱フィンを切除する構成は,本件特許発明における片側多数フィンと同視できることはできず,甲2において,構成要件Eが開示されているとはいえない。

エ 本件特許発明1の顕著な作用効果

(ア) 定性的な証明

本件特許発明1は,テーブルと可動ブロックとの間に断熱材からなる断熱プレートを介在させてテーブルへの伝熱を抑制する(第1の課題の解決 構成要件D)とともに,この断熱によって放熱効率が悪化した可動ブロックにおいて放熱フィンを形成した上で放熱フィンとヘッドの配置を工夫することにより,可動ブロックに蓄積される熱の発散を担保しつつも,ヘッド付近の放熱量の変動やヘッド取付部分における剛性の低下によるヘッド検出精度への悪影響を回避(第2の課題の解決 構成要件E)しており,このような2つの課題を同時にかつ効果的に解決したものである。

このように,本件特許発明1について顕著な作用効果を奏することは,定性的証明がなされている。

(イ) 定量的な証明

雰囲気温度の変化によるヘッドへの熱的影響に関しては,甲27の実験結果(以下「原告実験」という。)により定量的にも証明されている。原告実験では,運転条件Aにおいてヘッド配置側と放熱フィン側とで1.2℃から2.5℃,運転条件Bの場合において3.1℃から6.9℃という温度差が検出されており,本件特許発明が顕著な効果を備えることを十分に示している。そして,原告,被告の各実験結果をもって,顕著な作用効果ありと評価できることについては,次のa,bの2つの視点から基礎づけられる。

a 片側フィン構成は,ヘッドの温度が「使用可能範囲温度」を超えないようにする効果がある。

ヘッド(MRセンサ)は,その温度が上昇すると出力が変化するという温度特性を有するものであり,使用可能な温度範囲を1℃でも超えると,位置検出の精度に問題が生じる可能性が高い状態となってしまう(甲10等)。また,甲10の3頁「5.設計思想」にもあるように,ヘッドの温度上昇を可及的に抑制すれば,使用周囲温度の範囲が拡がることになる。そのため,ミクロン単位の高度の正確性が要求され,様々な環境で使用されるリニアモータ式単軸ロボットでは,ヘッド雰囲気の温度の変化は,たとえ僅かであっても抑制されるべきである。この点,甲10によれば,被告が特定したMRセンサにおいてでさえ,「MRセンサの使用可能範囲」(以下「使用可能範囲温度」という)=「0℃~60℃」,「使用周囲温度」=「0℃~40℃」とされている(3頁)。そして,甲21において,室温23℃に保った環境下でリニアモータ単軸ロボットを駆動させると,フィン側の温度は,運転条件Aで31.5℃から34.5℃となっている。また,運転条件Bでは,43.5℃から52.1℃となっている。他方,ヘッド(フィンなし)側の温度は,運転条件Aで30.3℃から32.0℃,運転条件Bで40.4℃から45.2℃となっている。このように,運転条件Aにおいて,フィン側の温度は,34.5℃になったが,ヘッド側は,ここから2.5℃(フィン側温度の7.2%)も温度上昇を抑制することができた(32.0℃)。また,運転条件Bにおいて,フィン側の温度は,「使用可能範囲温度」の上限60℃に近い数値となったが(52.1℃),ヘッド側は,ここから6.9℃(フィン側温度の13.2%)も温度上昇を抑制することができた(45.2℃)。したがって,片側多数フィン構成にヘッドの温度上昇を抑制する効果があるといえる。

室温,搬送質量,移動速度,加速度,移動ストローク等の条件次第では,運転条件A,運転条件Bの数値よりも温度が上昇し,被告の陳述書で特定された「使用可能範囲温度」を超えてしまうこともあり得る。また,ヘッドには,被告が挙げる以外にも様々な種類があり,それぞれ使用可能範囲温度等も異なるから,これら条件の変更がなくても,「使用可能範囲温度」を超えてしまうこともあり得るため,ヘッドの温度上昇は,可及的に抑制されるべきである。このように,運転条件やヘッドの種類によっては,ヘッドの温度が「使用可能範囲温度」等を超え得ることも容易に想定できるのであり,ヘッドの温度がなるべく「使用可能範囲温度」等を超えないようにするべく,片側多数フィンとすることは,定量的にも重要となってくるのである。したがって,片側多数フィンにつき,ヘッドが「使用可能範囲温度」を超えることを抑制する効果があることは明白であり,また,運転条件Aで温度上昇を7.2%,運転条件Bで温度上昇を13.2%も抑えられたことに照らせば,これは,顕著な作用効果といえる。

b たとえ「使用可能範囲温度」内でも温度変化は,抑制されるべきである。

ミクロン単位の正確性が要求されるリニアモータにおいて,ヘッドは,たとえ温度上昇が「使用可能範囲温度」内であったとしても,十分な検出精度を保てると評価できない場合があり,その温度上昇はなるべく抑制されるべきである。

オ 以上のとおり,クレームの構文及び本件特許の図面のいずれをみても,訂正前構成要件Eは,ヘッド配置側とは反対側の側面部においては,多数の放熱フィンが形成されており,かつ,ヘッド配置側の側面部においては,多数の放熱フィンが存在しないことを意味することは明らかである。

他方,引用例1には,エンコーダの有無及び位置の開示がなく,また,そこに開示のスラストチューブの両側面には多数の放熱フィンが形成されている。そして,本件特許発明1には,顕著な作用効果が認められる。したがって,本件特許発明1と引用例1は,ヘッド配置側における放熱フィンの有無ないし数といった点で相違しており(相違点2),かかる相違点2は,当業者にとって容易想到な構成とはいえない。

よって,本件審決は,相違点2に関する判断に誤りがあり,本件特許に進歩性欠如による無効理由は存在しないから,取り消されるべきである。

(2)  本件訂正について訂正要件の判断の誤り(取消事由2)

ア 新規事項の追加に関する判断の誤り

本件訂正について,本件審決は,本件特許明細書等において「ヘッド配置側とは反対側の側面部のみ多数の放熱フィンが形成されている」といった構成は読み取れないとし,訂正事項2の「ヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ多数の放熱フィンが形成されている」は,新規事項の追加に当たる旨判断した(本件審決4頁9行~10頁32行)。

しかしながら,上記(1)のとおり,本件特許明細書等の図2には,可動ブロックのヘッド配置側の側面部に多数の放熱フィンが形成されていない構成が示されており(少なくとも自明である。),訂正事項2は,願書に添付した図面に記載した事項の範囲内の訂正(特許法126条3項)といえ,新規事項の追加には当たらない。

イ 独立特許要件に関する判断の誤り

本件審決は,本件訂正が認められるものであるとしても,本件訂正発明1,2は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとするが,かかる判断も誤りである。

(ア) ヘッド配置側の側面部の構成がより一層明確になったこと

本件訂正で構成要件Eに「のみ」との文言が追加されたことによって,ヘッド配置側の側面部においては,放熱フィンが存在しないか又は形成される放熱フィンが多数ではないことを要求していることがより一層明らかとなった。

そして,各引用例において,ヘッド配置側の側面部において,放熱フィンが存在しないか又は形成される放熱フィンが多数ではないといった構成は,開示も示唆もされていない。

(イ) カバー部材を要求することで従来技術との相違がより顕著となったこと

本件訂正発明1においては,「ベース部の両側部から上方に突出して該ロボット本体の側壁部を構成する一対のカバー部材」を具備することが要求され(訂正後構成要件B),また,ヘッド配置位置を「カバー部材との間」に限定している(訂正後構成要件E)。「カバー部材」は,各引用例には開示されておらず,また,ヘッド配置位置を「カバー部材との間」に限定する構成は各引用例のどこにも開示されていない。

したがって,本件訂正により,本件訂正発明と従来技術の相違がより顕著となった。

(ウ) 本件訂正発明の作用効果

本件訂正発明では,新たに「ベース部」及び「カバー部材」を設けることとなっており(訂正事項1),ベース部,カバー部材及び断熱プレートを介してテーブル部により囲まれた閉鎖的な空間内を可動ブロックが移動することとなっているから,該空間内に熱がこもり易く,放熱フィンの放熱量の変動による雰囲気温度の変化がより大きくなることが念頭に置かれている。このような構成を採用し,ヘッドを上記可動ブロックの一側部であって,カバー部材との間に配置すると,ヘッドがベース部材内に配置される引用例1の場合と比較してヘッド位置の調整等のためのヘッドユニットへのアクセスが容易であるというメリットがあるが,その上でこのヘッド配置側に多数の放熱フィンを形成すると,放熱フィンから放熱された熱がカバー部材との間にこもり,このこもった熱の影響をヘッドが直接的に受け易くなって,ヘッド検出精度に悪影響を及ぼす。そこで,本件訂正発明では,可動ブロックの一側部であって,カバー部材との間にヘッドが配置されることを前提としつつも,ヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ,多数の放熱フィンが形成することとした(上記構成要件E)。これにより,ヘッドが配置されている,カバー部材との間の空間への放熱が抑制され,ヘッド検出精度への悪影響は回避される。

このように,本件訂正発明においては,従前よりも「ヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ多数の放熱フィンが形成する」ことの技術的意義・作用効果(雰囲気温度の変化がヘッドの検出精度に悪影響を及ぼすことを回避する)がより一層明確となった。

ウ 本件訂正は,新規事項の追加には当たらず特許法126条3項の要件を満たし,また,本件訂正により本件訂正発明に進歩性が認められることはより明確となるのであって,本件審決の判断には誤りがある。

(3)  相違点1の容易想到性についての判断の誤り(取消事由3)

ア 本件審決の判断

本件審決は,本件特許発明1と引用例1発明との相違点1について,甲5を適用することによって容易に想到可能と判断した。しかしながら,本件審決の判断は,以下のとおり誤りである。

イ 技術分野等の共通性の欠如

相違点に係る組み合わせ容易性を認定するには,主引用例から出発し,当業者がこれに副引用例を適用することで,発明に到達するだけの(積極的な)動機づけが必要である。本件審決は,技術分野や課題の共通性といった組合せ容易性についての評価根拠事実については一切言及せず,相違点に関する構成が先行技術に開示されていれば直ちに進歩性なしとするものであって,その判断は誤りである。以下で確認するとおり,引用例1発明と甲5発明は,その構成が異なっており,そのために,発熱・伝熱・放熱等に関する具体的課題等も相違しているのであって,組合せについての積極的な動機づけは存在しない。

(ア) 技術分野の共通性の欠如について

引用例1はいわゆるシャフト型,甲5はいわゆるフラット型といわれるものであり,駆動源となる磁界発生機構が全く異なっている。これら磁界発生機構の根本的な相違に起因して,引用例1と甲5とは,具体的構成(コイルハウジング部分の構成,コイルとコイルハウジング部分の位置関係,軌道など)をかなり異にしている。フラット型は,磁界発生機構として,「コア」があり,少ない電力でも十分な推力を得ることができた。これに対し,シャフト型は,軽量コンパクトに構成できるという利点がある反面,コアがなく,推力を得るには電流量を増やす必要があった。そのため,フラット型は,質量の重い物品の搬送,シャフト型は軽い物品の搬送が念頭に置かれており,想定される用途を異にしていた。

以上のとおり,同じくリニアモータ方式といっても,シャフト型とフラット型では,具体的な構成,熱問題への処理の基本思想の相違,用途等に相違があるのであり,抽象的な技術分野,作用・機能の共通性のみをもって,引用例1と甲5の組合せ容易性を導くことはできない。

(イ) 課題の共通性の欠如について

また,引用例1と甲5は,以下のとおり,その課題についても共通性を見いだせない。

甲5は,あくまでフラット型の移動体システムにおける熱伝導を問題とするものであり,その余の構成の移動体システムにおいて熱伝導の問題が生じ得るのか否か,生じ得るとしてどのような具体的問題なのか,例えば,シャフト型では多数の放熱フィンによって放熱する構成であるが,それとの関係で断熱プレートの適用の射程があるのか等については,何ら具体的に示されていない。甲5所定のフラット型の移動体システムにおける「支持部材」は,断面T字状であり,2組のコイルに挟まれていて,放熱フィンを形成する余地がないことから,テーブルへの熱問題は,断熱部材による断熱によって解決せざるを得ず,また,そうすることが極めて自然な発想であった。

引用例1は,単に図面が掲載されているだけであるし,テーブルが記載されておらず,どのような部材が載置されるのか,熱に弱い精密機械が載置されるのか全く判然としない。また,引用例1において,スラストチューブには両側面部に多数の放熱フィンが形成されており,これによって,上部への熱伝導が十分に抑制されている。そのため,引用例1をみても,そもそもスラストチューブ上部への熱伝導を更に抑制する必要があるのかどうかは全く不明であって,断熱シートを適用することについての教示・示唆は全くないといえる。引用例1所定のシャフト型の移動体システムにおけるスラストブロックは,両面に多数の放熱フィンを形成することで放熱が可能であり,また,軽量の物品の搬送を念頭においており,電流量も少なかったので,従前より,放熱フィンに頼って種々の熱問題を解消してきたのであって,断熱材による断熱は想定されていなかった。

シャフト型の熱問題については,温度上昇を抑制するべくフィンをできるだけ多く形成した方がよい,そのため両側フィンにすべきでありそれで十分というのが従前の当業者の技術常識であった。本件特許発明は,シャフト型でも十分な推力を得るため電流を増やしたところ,ヘッド配置側の放熱フィンの存在によりヘッドの検出精度が落ち,ヘッドの検出精度への悪影響が生じたため,あえて片側多数フィンを採用した(構成要件E,図1,2)。同時に,本件特許発明は,テーブルへの伝熱を十分に抑制できないという課題に直面したので(【0005】,【0006】等),テーブルと可動ブロックの間に断熱プレートを介在させた(構成要件D)。このテーブル部への伝熱が顕著となったのは,片側多数フィンを採用したことによって放熱フィンからの放熱量が減少したことを理由として挙げることができる。

本件特許発明は,ヘッドの検出精度の確保とテーブル部への伝熱防止という2つの課題を解決するべく,構成要件Eと同時に構成要件Dを採用したのであり,このような思想は,被告の提出する引用例には開示も示唆もされていない。両側フィンを前提とする引用例1では,断熱プレートを介在させる構成が想到できないし,フラット型を採用する甲5では,片側多数フィンを採用する構成が想到できないのである。

(ウ) 以上からすれば,引用例1の検討に当たり,スラストチューブ上部への熱放出の抑制といった本件特許発明1と同様の具体的課題に直面するであろうと推認すること,及び,そのような課題に直面した当業者において,甲5の適用を試みるであろうと推認することは,解決手段の先読みであって,許されざる事後分析(いわゆる後知恵)の典型というほかない。したがって,引用例1及び甲5に接した当業者は,引用例1のような構成を検討するに当たって,コイルにより発生した熱の伝導及びその不都合性といった課題に直面することはなく,また,甲5の適用を試みることもない。

ウ 阻害要因の存在

引用例1に甲5の断熱プレートを適用した場合,スラストチューブの上部への伝熱は遮断され,軌道への熱伝導が増大してしまう。甲5においては,コイルにより発生された熱が軌道に伝達することが従来技術の課題として挙げられているが(【0010】),仮に引用例1に甲5を適用すると,軌道への熱伝導を増大させ,上記従来技術の課題に直面するばかりか,当該課題で示された問題点をより深刻化させてしまうのである。また,引用例1では,放熱フィンが形成されており,軌道への熱伝導の影響を克服できているとの考えもあり得るが,これはヘッド配置側も含めた両側面に多数の放熱フィンが形成されているためであって,甲5を適用し上部への放熱を遮断すると,今度は,放熱フィンからの放熱による雰囲気温度の変化が温度特性を有するヘッドの検出精度に悪影響を与えるといった弊害が生じる。そのため,引用例1と甲5を組み合わせることについては,阻害要因が存在する。

エ 以上のとおり,引用例1と甲5を組み合わせることについては,その動機づけが存在せず,また,反対に阻害要因が存在する。

本件審決は,主引用例(引用例1)と副引用例(甲5)との具体的技術分野や課題,具体的構成の違い等を捨象してしまい,引用例の中に具体的な示唆があるか否かの検討を怠るものであって,誤りであるといわざるを得ない。したがって,引用例1に甲5を適用して相違点1に想到することが容易であるとした本件審決の判断は誤りである。

(4)  相違点4の容易想到性についての判断の誤り(取消事由4)

本件審決は,相違点4に係る本件特許発明2の構成は甲1の12に示されているということができ,リニアモータなどのモータ技術においては,熱の発生に対応して手当することは通常行われることであるから,引用例1発明に甲1の12発明を組み合わせることは当業者が容易に想到し得たものであり,また,これらを組み合わせるに当たっての阻害要因があるとすることもできないとして,本件特許発明2と引用例1発明との相違点4につき,甲1の12発明との組合せによる容易想到性を肯定した。

しかしながら,甲1の12は,高温と低温の差が非常に大きい過酷な環境に晒される宇宙航行体に使用される断熱構造に関する発明であり(【0001】),リニアモータ式単軸ロボットを技術分野とする本件特許発明2とは,全く異なっている。また,甲1の12に記載のワッシャは,ラジエイタパネル2を固定する場合に介装されるものであって,ラジエイタパネル2と役割も性能も異なるテーブルを固定する場合に介装される断熱ワッシャの動機づけとなることはあり得ない。

したがって,引用例1発明に甲1の12発明を適用して相違点4に想到することが容易であるとした審決の判断は誤りである。

(5)  引用例1の公知性についての判断の誤り(取消事由5)

ア 本件審決の判断

本件審決は,進歩性欠如を認定する前提として引用例1が本件特許出願当時(平成15年5月14日)に公に閲覧可能であったと認定した。本件審決は,A(以下「A」という。)の宣誓供述書(甲19。以下「甲19供述書」という。)は,反対尋問を経ていない供述証拠である上,その信用性には大いに問題があるのにもかかわらず,これを唯一の証拠として,重要な争点の主要な事実を認定しており,明らかに採証法則・経験則に違反している。

イ 甲19供述書以外の証拠で引用例1の公知性を認定できない理由は,以下のとおりである。

(ア) 引用例1には公開日を示す記載がない。引用例1には,それぞれ「Copyright Copley Motion Systems LLC 2002」(別紙2),「IssueL(20.01.03)」(別紙3)及び「IssueK(20.01.03)」(別紙4)という記載があるが,特に別紙3,4の記載は,その意味するところが明らかでない。図面を管理するための番号ないし記号等を示すものとみることも可能であって,かかる記載は,およそ公知時期の判断資料たり得ない。

(イ) PDFファイルのプロパティ情報は公開日の資料たり得ない。別紙2(QM0007.pdf),別紙3(DR00001.pdf)及び別紙4(DR00002.pdf)と同内容のPDFファイルのプロパティ情報には,作成日として本件特許の出願日前の日時が示されているが(甲11),文書の作成日と公開日は別のものであり,このことは,引用例1の公知性を導く事情たり得ない。

(ウ) 被告は,別紙3,4の公知性の根拠として,甲11のプルダウンメニューの表示(「M25 Module Dimensions/DR0001」,「M38 Module Dimensions/DR0002」)を挙げているが,これらプルダウンメニューで表示されたファイル名は,いずれも別紙3を内容とするPDFファイル「DR00001.pdf」,別紙4を内容とするPDFファイル「DR00002.pdf」と異なっているから,これらは異なるデータが保存されているとみるほかない。

ウ 本件審決が公知時期の根拠として挙げる甲19供述書は,以下のとおり,信用できない。

(ア) 宣誓供述書(AFFIDAVIT)は,宣誓供述管理官ないし相手方当事者の反対尋問を経て作成されるものではなく,争いある事実を確定し得るほどに真実性の担保が図られているものではない。

(イ) 宣誓供述書においては,Aがスラストチューブリニアサーボモータを含む多くの商品の設計も担当していたとされているが,Copley社の代表取締役の地位にあったAが具体的にいかなる商品について,どの程度の関与をしたのか甚だ疑問であるし,個々の商品の細かな構造,取扱説明書の内容,発行時期を正確に記憶しているとは考えられない。

(ウ) 甲2の別紙3,4が,2003年1月20日に発行されたとする部分については,AがもはやCopley社を退職した後のことであるから,全く信用性がない。

(エ) Aは,「1991年3月から1998年9月にかけて,私は自分が共同で創立したLinear Drives社の運営責任者をしており」(甲19訳文1頁1項)と供述しているが,Linear Drives Limited社(以下「ドライブス社」という。)の前身であるPortsfield Limited社が設立されたのは1992年4月13日(甲68に「Date of Incorporation:13/04/1992」と記載されている。),同社が「Linear Drives Limited」に社名変更したのが1992年5月26日(甲68に「Previous Names:Date of Change 26/05/1992」と記載されている。)であり,いずれにせよAのドライブス社設立時期に関する証言は,明らかに誤っている。

(オ) B(以下「B」という。)の平成23年6月24日付け宣誓供述書(甲62。以下「甲62供述書」という。)には,Bこそがドライブス社の実質的な創設者であったこと,Aがドライブス社における唯一の設計者ではなかったこと,Aがリニアサーボモータの設計を担当していなかったこと等が記載されている。甲62供述書によれば,甲19供述書の信用性が大きく弾劾される。

エ 引用例1については,以下のとおり,本件特許出願時の公知性を弾劾する資料が複数存在する。

(ア) インターネットアーカイブでの検索結果

インターネットアーカイブにより過去のCopley社のホームページを確認したところ,甲2の別紙1~5につき,過去の履歴は「該当なし」であり(甲25),同別紙1~3につき,過去の履歴はその最も古いものでも平成20年6月19日であった(甲26)。

(イ) ディレクトリー情報

甲2の別紙3,4についていえば,PDFファイル「DR00001.pdf」,PDFファイル「DR00002.pdf」が一般に公開されていた日時が記載されているhttp://www.copleycontrols.com/Motion/pdf/DR-pdf/(ディレクトリーのインデックス情報を閲覧できる)にアクセスしたところ,甲67のとおり,「15-Feb-2006 18:44」と記載されており,これらのファイルが公に閲覧可能になったのが平成18年2月15日であることを確認できた。

(ウ) テクノリサーチ社の調査結果

文献調査の専門家であるテクノリサーチ社によって,種々のデータベースを用いて文献検索を行ったところ,Copley社に関する文献や広告を数多く発見できたものの,引用例1記載のスラストチューブモジュールを記載したものは皆無であった(甲53,甲73)。

(エ) Bの供述

Bは,「顧客に提供していたものは本来概略図であり,製造上の秘密を保護するため実際の詳細な設計は特に除かれていました。このため,図面DR00001及びDR00002のように非常に詳細な図面がウェブサイトから一般に入手可能とされていたとは考えにくいのです。」(甲74訳文1頁21行~24行)と供述している。

(6)  引用例1の公知性,開示事項及び本件訂正の訂正要件について原告に反論の機会を与えなかった手続的瑕疵(取消事由6)

ア 本件無効審判の手続経過

平成22年10月20日になされた第1次審決につき,引用例1の公知性(特に甲19供述書の信用性)及び引用例1の開示事項について主張・反論の機会を与えていないといった手続的瑕疵があることは,第1次審決の取消訴訟における原告第1準備書面(甲44)に記載のとおりである。

その後,原告は,平成23年2月10日付けで訂正審判請求を行ったことから(甲51),平成23年3月2日,第1次審決は,特許法181条2項により取り消され,本件無効審判は,改めて特許庁において審理されることとなり,上記訂正審判の請求は,平成23年3月22日,本件無効審判における「訂正の請求」とみなされた。その後,特許庁からは,原告に対し,一切主張の補充の機会が与えられることがないまま,平成23年6月8日,訂正請求に対する弁駁書と共に審理終結通知書が送達されてきた(甲58,59)。

原告は,本件無効審判の審理を再開するよう申し立てたが(甲60),これは認められず,平成23年7月5日,本件審決がなされた。

イ 引用例1の公知性及び記載事項等について,原告に反論の機会を与えていない。

(ア) 本件審決には,原告の審理再開の申立てを認めず,引用例1の公知性及び開示事項等について,原告に反論の機会を与えていない手続的瑕疵がある。すなわち,上記アのとおり,第1次審決において,引用例1の公知性及び開示事項について反論の機会を与えていないといった手続的瑕疵があったのであるが,その後の審判においても,これらについて原告に主張立証の機会は一度も与えず,また,審理再開の申立てを行ったにもかかわらずこれも認めなかったのであり,手続的瑕疵は全く治癒されなかった。

(イ) この点,原告は,審理再開の申立てに当たり,その理由として,引用例1の公知時期に関する資料として甲62供述書の取調べ,同供述書及びこれに付随する事項に基づく主張の機会の確保を挙げた(甲60,61)。これに対し,本件審決は,「甲第19号証に係るA氏の宣誓供述書の信用が損なわれるものではない」(35頁12行~24行)とし,審理再開の必要性を基礎づけるものではないとした。しかしながら,甲19供述書は反対尋問を経ていない供述証拠であり,そもそもその信用性に大いに問題があったところ,その供述を裏付ける事情はAがドライブス社の関係者(代表取締役)であり,商品の設計も担当していたという点に尽きるのであり,その他に客観的な証拠による裏付けは無に等しい状況にあった。甲62供述書は,Aがドライブス社における唯一の設計者でなかったこと,Aがリニアサーボモータの設計を担当していなかったこと等が記載されており,Aの供述を裏付ける唯一といっても過言でない上記状況証拠を完全に否定するものであって,Aの供述の信用性を完全に弾劾するものである。それにもかかわらず,本件審決は,この点を看過し,審理再開の必要性なしと判断したのであり,その手続に違法があることは明白である。

(ウ) また,原告は,審理再開の理由として,引用例1の開示事項及び引用例1と甲5発明の組合せ容易性についての主張の機会の確保を挙げたが,本件審決は,「被請求人は,引用例1の開示事項及び引用例1と甲5発明の組合わせ容易性についての主張・反論を既にしているから,新たな主張・反論は時期に後れた主張・反論というべきものであって,被請求人に主張・反論の機会を与える必要性は見いだせない。」(35頁25行~28行)とした。

しかしながら,かかる本件審決の判断は,完全に本件無効審判の手続経過を無視するものである。まず,被告が引用例1に片側フィンが開示されている旨の主張を行ったのは,平成22年7月20日付け口頭審理陳述要領書(甲34)が初めてである。そして,審判官は,平成22年6月28日付け通知書(甲32)においては,本件特許発明と引用例1発明との相違点として,「E 上記可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」とし,引用例1には片側フィンではなく両側フィンが開示されていることを前提としていた。その上で,平成22年8月3日に行われた第1回口頭審理でも,引用例1の開示事項は争点化されることはなく,原告には,被告の平成22年7月20日付け口頭審理陳述要領書への反論の機会は全く与えられないまま,「雰囲気の温度変化がヘッドに与える影響についての実験データを,8月31日までに上申書で提出する。」ことのみ指示があった(甲36)。これを受けて,原告は,平成22年8月31日付けで原告実験の結果を内容とする上申書(甲37)を提出したが,その後も,特許庁からは連絡がなく,上記口頭審理陳述要領書ないし各上申書について反論の機会は与えられないまま,平成22年10月6日,審理は終結となった。結局,原告としては,本件特許発明と各引用例との相違点が「このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」点にあるとの審判官の心証開示や口頭審理において引用例1の開示事項が争点化されなかったこと等に鑑み,また,口頭審理終結時に明示された審理計画に従い,実験結果のみを内容とする上申書を提出したところ,その後,審判官から何ら具体的な指示はないまま,審理は終結してしまったのであり,このような審判官主導による具体的な経過によれば,原告に対しては,引用例1の開示事項について,実質的には反論の機会が与えられなかったと評価できる。それにもかかわらず,本件審決は,差戻し後も原告には主張立証の機会を与えず,また,審理再開の申立ても認めなかった。

したがって,本件審決には,引用例1の開示事項につき,原告に反論の機会を与えられていなかったといえるのであり,審理再開の上申を認めないままなされた本件審決には,手続的違法があるといえる。

ウ 本件審決には,訂正拒絶理由通知がなされず,かつ,弁駁書に対し反論の機会を与えぬまま審決をした手続的違法がある。

(ア) 本件審決では,訂正拒絶理由通知がなされておらず,また,被告の平成23年4月28日付け審判事件弁駁書(甲57)に対して原告に反論の機会を与えぬまま,訂正を認めなかった。すなわち,本件審決は,平成23年4月28日付け弁駁書記載における被告の主張と同じく,新規事項の追加に当たり,特許法126条3項の要件を満たしていないことを理由に本件訂正を認めなかったものである。この点,特許法134条の2第3項によれば,当事者等が申し立てていない理由により訂正の請求を認めない場合,審判長は,拒絶理由通知をする必要があるとされている。特許法134条の2第3項は,平成15年改正で新設されたものであるところ,その趣旨は,当事者が訂正拒絶理由を指摘した場合には,その点について反論の機会が与えられるので,審判長がさらに訂正拒絶理由を通知する必要はないという点にあり,拒絶理由通知の省略を正当化する根拠は,訂正請求者に対し,反対当事者の主張内容の告知があり,これを争う機会が与えられることで手続保障を実現しているといった点に求められる。そのため,当事者の申し立てた理由で訂正の請求を認めないとしても,拒絶理由を争う機会がないといえる場合には,特許法第134条の2第3項の上記正当化根拠を欠くのであって,手続違背の違法があると評価されるべきである。

(イ) 本件では,被告の主張(新規事項に当たる)を記載した平成23年4月28日付け弁駁書は,審理終結通知と同時に原告に送達されたのであり,原告には被告の主張を知る機会はなく,また,訂正拒絶理由を争う機会が一度も与えられまま,審理は終結となった。原告は,直ちに審理再開を申し立てたが,本件審決は,「その他に審理を再開すべき事情も見いだせない」として,その必要性を否定してしまった。したがって,原告に訂正拒絶理由を争う機会がなかったといえる。

よって,本件審決は,訂正拒絶理由通知をせず,弁駁書に対する反論の機会を与えなかったという点で,特許法134条の2第3項の趣旨に反する手続的違法がある。

(ウ) 以上のとおり,本件審決には,審決の結果に影響を及ぼす重要な争点について,原告に何ら主張立証の機会を与えなかったこと及び訂正拒絶理由通知をせず,弁駁書に対する反論の機会を与えなかったこと等の手続的瑕疵があり,このことが本件特許の無効理由の有無という結論の判断に影響を与えることは明らかである。

2  被告の反論

原告主張の取消事由は,以下のとおり,いずれも理由がない。

(1)  本件特許発明1の要旨認定及び引用例1発明の認定を誤ったことに伴う相違点2についての判断の誤り(取消事由1)に対して

ア 本件特許発明1の要旨認定の誤りにつき

(ア) クレームの文言解釈に関して

本件審決は,「相違点2は,本件特許発明1の構成要件Eであり,この構成要件Eには,『ヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている』との点はあるものの,ヘッドが配置された『一側部』にも放熱フィンが形成されているかどうかについては特定されていない」(27頁6行~9行)と述べており,正にクレーム自体の文言解釈によって判断をしている。本件特許発明1において,「上記可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数のフィンが形成されている」という場合,ヘッド配置側のフィンの存在については何の言及もないというべきである。そもそも,出願当初の明細書における放熱フィンに関する唯一の記載(【0021】)では,「可動ブロックの側面部に多数のフィンが形成されている」と書かれているだけであり,ヘッド配置側とは反対側の側面部のみとは限定していないのである。

(イ) 図2に関して

本件特許の図2の記載からは,ヘッド配置側の一側部において多数の放熱フィンが存在していない構成を一義的に読み取ることはできない。出願当初には,「テーブルが上記可動ブロックに対し,両者間に断熱材からなる断熱プレートを介在させた状態で連結されていること」(甲1の1明細書1頁12行~13行)に発明の主眼が置かれていて,放熱フィンに関する記載は,唯一「【0021】また,上記可動ブロック15の側面部には多数の放熱フィン30が形成されている」(甲1の1明細書5頁19行~21行)とあるだけで,ヘッド配置側とは反対側に特定した文言は全くない。また,図面には,放熱フィンを示す符号「30」がどこにも記載されておらず,何が放熱フィンであるかについて特定することすらできなかったのである。このような出願当初の発明の主眼からすれば,図2は断熱プレートを中心とした構成を明確化するために作成されたものと考えられるのであって,ヘッド配置側に多数の放熱フィンが形成されているか否かに焦点が当てられた図面ではなく,ヘッド配置側に多数の放熱フィンが形成されていることを排除するものではないとの認定は当然である。

イ 引用例1発明の認定の誤りにつき

(ア) 引用例1の別紙2にはエンコーダが明確に記載されている。別紙2の斜視図を見ると,「Enclosed Encoder Scale」と記載されていて,エンコーダと対になるエンコーダスケールが明記されている。エンコーダスケールが明記されているのであるから,それと対になるエンコーダが設置されていることは明らかである。また,別紙2の表紙の右端欄の11行には,「An integrated enclosed encoder,」と記載されており,2頁の中段における上の表においても,「Encoder Optical/Magnetic」と記載されており,当然のことであるが,エンコーダスケールに対応するエンコーダが設置されていることは明らかである。そのような観点から,別紙2の断面図を見れば,エンコーダであることは,当業者であればごく自然に認識できる。

(イ) ケーブルカバーは文字通りケーブルを収容するカバーであって,閉じられた空間を形成している。そのような閉じられた空間内に放熱を目的とする放熱フィンを設けることはあり得ない。Aも宣誓供述書(甲23。以下「甲23供述書」という。)において,「放熱フィンはスラストブロックの一側部にケーブルアクセスカバーを取り付ける平坦面を形成するために機械で切除されていました。」(8項)と供述している。Bもこの点を認めていて,「必要な電子機器のアクセスカバーの場所を作る目的のためだけに,フィンの限定された一部分がモータブロックの片側から削り取られました。」(甲74訳文2頁11行~13行)と述べている。

(2)  本件訂正について訂正要件の判断の誤り(取消事由2)に対して

ア 新規事項であること

本件特許明細書等において,放熱フィンについては「上記可動ブロック15の側面部には多数の放熱フィン30が形成されている」(【0022】)と記載されているのみであり,また,図2においても,切断面の手前側の構成はこれを何ら特定することはできず,切断面の奥側の構成についてもこれを特定することはできないのであって,少なくとも,ヘッド配置側一側部に多数の放熱フィンが設けられている構成を排除できない。結局,「ヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ多数の放熱フィンが形成されている」という技術的事項を,本件特許明細書等の記載から一義的に読み取ることはできないのであるから,新規事項であるといわざるを得ない。

イ 仮に訂正が認められたとしても本件特許は無効であること

(ア) 訂正事項1

ベース部を設けることは,この上にロボット本体の構成部材を設けるために当然必要とされることであるし,そのベース部の両側部から上方に突出してロボット本体の側壁部を構成する一対のカバー部材を設けることも,この種のリニアモータ式単軸ロボットにおいては,粉塵等の侵入防止等を目的にごく普通に行われている技術であって,いずれも単なる設計事項である。カバー部材を設ける点は,例えば,甲1の9(特開2000-78827号公報),甲4(THKカタログ)に記載されている。Bも甲23供述書において,「THK株式会社により販売された製品の一つであるタイプPは,スラストブロックの両側部から上方に突出した一対のカバー部材を含んでいます」(7項)と供述している。

(イ) 訂正事項2(その1:「上記カバー部材との間に」)

カバー部材との間にヘッドを設ける点も,この種のリニアモータ式単軸ロボットにおいてはごく普通に行われる技術であって単なる設計事項である。つまり,ヘッドは移動可能に設けられる可動ブロックに配置されているのであり(構成要件E),その可動ブロックが側壁部を構成するカバー部材の内側に設けられるのであるから,ヘッドは必然的にカバー部材との間に設けられることになる。

このように,カバー部材との間にヘッドを設ける点も,この種のリニアモータ式単軸ロボットにおいてはごく普通に行われる技術であって単なる設計事項である。

(ウ) 訂正事項2(その2:「のみ」なる構成)

訂正事項2において,新たに「のみ」なる文言が追加されたが,このような「のみ」なる構成と実質的に同一の構成が引用例1(甲2の別紙2)に記載されている。すなわち,引用例1記載のスラストチューブモジュールのケーブルアクセスカバー部分の横断面を見れば,この部分には放熱フィンが設けられていないことは明らかである。

(エ) 格別な作用効果がないこと

第1に,「のみ」なる構成,すなわち,「ヘッド配置側とは反対側の側面部にのみ多数の放熱フィンが形成されている」なる構成については,前述のとおり明細書の詳細な説明中に記載がない。また,原告が主張する作用効果に関する記載も一切ない。

第2に,訂正事項1,2のように,ベース部とカバー部材を設けること,及びカバー部材との間にヘッドを配置するという構成を前提として仮定しても,放熱フィンの有無による効果の違いがないことは,被告が提出した実験結果により明らかである。すなわち,被告の行った実験(甲17)によると,放熱フィンの有無によって雰囲気温度に違いが生じることはなく,また,雰囲気(気体)温度の変化がヘッドの温度変化に影響を与えることはない(可動ブロックの固体を通した熱の影響が支配的である)ことが明らかになった。

(3)  相違点1の容易想到性についての判断の誤り(取消事由3)に対して

ア 技術分野の同一性

原告は,シャフト型とフラット型との違いを主張するが,引用例1と甲5は,磁界を発生することにより推力を取得し,軌道に沿って移動可能な移動体システム,すなわち,リニアモータ方式の移動体システムに関するものである点において,その基本的な原理,構成,用途が共通しているのであるから,同一の技術分野に属する。そして,リニアモータ方式という枠の中に,原告が主張するシャフト型とフラット型が含まれることは当然である。

基本的な原理,構成が共通していることを裏付けるものとして,乙3(昭和51年9月10日実教出版株式会社発行「リニアモータと応用技術」)がある。乙3の記載によれば,まず,リニアモータの出発点として,「回転形誘導電動機」(通常のモータ)があり,その「回転形誘導電動機」を基本原理として,フラット型の「平板状片側式リニアモータ」が生まれ,さらに,フラット型の「平板状両側式リニアモータ」とシャフト型の「円筒状リニアモータ」が生まれていったことがわかる。つまり,フラット型もシャフト型も,そもそもは「回転形誘導電動機」を起源としており,基本原理において何ら違いはない。

イ 課題の共通性

原告は,放熱フィンを備えたシャフト型のリニアモータ式単軸ロボットにおいては,テーブルへの熱問題が存在しないかのような主張をする。しかしながら,シャフト型においても動作中にコイルが発熱し,コイルの上方に設置されるテーブルにその熱が伝達され,それによってテーブルに設置される作業部材が加熱され,作業部材の精度や信頼性等に熱的な悪影響が及ぶ点においては同じであり,この問題は,放熱フィンを備えたシャフト型であろうとフラット型であろうと共通した課題である。

ちなみに,甲5には,「……載置部材7に搭載される半導体実装用ロボットなどは熱に弱い精密機械であるものも多く,この場合,磁界発生機構8のコイル5等が発生した熱が支持部材9を介して大量に載置部材7に伝達してしまうと,誤動作や故障の原因となってしまうことがある。また,載置部材7が熱変形し,この変形により載置されるロボット等の精度が低下してしまうといった(「行った」とあるのは誤記と認める。)問題もある」(【0005】)と課題そのものが明記され,また,「要するに,移動体21がレール20側との間で磁界を発生させるためのコイルを有するリニアモータの構成であれば,本発明を適用することが可能である」(【0027】)とも記載されている。「移動体21がレール20側との間で磁界を発生させるためのコイルを有する」という点では,フラット型でもシャフト型でも共通しており,甲5では,引用例1のようなシャフト型に対しても適用可能であると説明されているのである。

このように,引用例1と甲5を組み合わせるための動機づけとなり得る課題の共通性を備えていることは明らかである。

ウ 作用・機能の共通性

引用例1と甲5の作用・機能については,上記アで説明したように,両者は,そもそも基本原理と構成において共通しているのであるから,作用・機能の共通性があることは明らかである。

エ 引用例における示唆

甲5の上記【0005】には,コイルから発生された熱が載置部材7,すなわちテーブルに伝達されてしまうという課題が主たる課題として挙げられている。そして,これを解決するために,スぺーサ31や断熱プレート200を設置する構成を採用しているものである。このように,甲5には,本件特許発明と同じ課題と,相違点1に相当する構成が記載されているのであるから,示唆があったというべきである。

オ 阻害要因はない

前記のように甲5においては,コイルにより発生された熱が軌道に伝達されるという課題以前に,コイルから発生された熱が,載置部材7,すなわち,テーブルに伝達されてしまうという課題が主たる課題として挙げられている。そして,このような課題は,上記イでも述べたように,引用例1においても,同様にいえることである。したがって,その課題を解決するために,甲5を引用例1に適用することはごく普通に行われることであり,そこには何らの阻害要因も存在しない。また,引用例1において,コイルから発生した熱が軌道に伝達されることについては,原告が説明するように,放熱フィンからの放熱により軽減されるのであるから,何らの問題もない。

(4)  相違点4の容易想到性についての判断の誤り(取消事由4)に対して

甲1の12をリニアモータに適用することに関しての動機づけの有無を議論する以前に,そもそも,断熱のために断熱ワッシャーを用いることは周知である。

乙6の1(株式会社ミスミのカタログ「FA用メカニカル標準部品」)には,本件特許発明のようなアクチュエータ等の適用分野であるFA(Factory Automation)に用いられる「標準部品」としての断熱ワッシャーが記載されている。このFA用メカニカル標準部品カタログは,特定の技術分野の当業者のみが見るような性格のものではなく,およそ工場の自動化のために何がしかの開発・設計を行おうとする事業者であれば,様々な技術分野の当業者が当然のように利用する標準的な性格のものである。このFA用メカニカル標準部品カタログは,本件特許出願以前に広く日本全国の一般の企業に頒布されていた通信販売用のカタログであり,これに断熱ワッシャーが標準部品として掲載され,日本全国にわたってごく普通に販売されて使用されていたのである。乙6の1の「使用例」の図(491頁)には,上側の鉄材と断熱板と下側の鉄材の3部材をボルトとナットにより一括に締結・固定するとともに締結部材であるナットと鉄材との間に断熱ワッシャー(EPOW)を介装させた構成が開示されており,これは本件特許発明2の構成要件F,すなわち,「上記テーブル及び断熱プレートが一括に締結部材により上記可動ブロックに連結され,その締結部材と上記テーブルとの間に断熱材からなる断熱ワッシャーが介装されている」なる構成に相当し,そのような技術が周知であったことは明らかである。

断熱ワッシャーについては,先行技術文献として,多数の特許,実用新案公報が存在する(乙6の2~9)。これらには,国際特許分類のセクションを本件特許発明2と同じBセクション(処理操作;運輸)とするものはもとより,Aセクション(生活必需品),Eセクション(固定構造物),Fセクション(機械工学;照明;加熱;武器;爆破),Gセクション(物理学)といった様々なセクションに属するものが含まれており,実に多様な分野において,断熱ワッシャーそのもの,及び構成要件Fのような,締結部材と各種部材(構成要件Fにおけるテーブルに相当)との間に断熱材からなる断熱ワッシャーを介装した使用例が,ごく一般的なものとして周知であったことが明白に示されている。

(5)  引用例1の公知性についての判断の誤り(取消事由5)に対して

ア 原告は,引用例1(Copley社製品図面),特に別紙3,4の公知性を疑問視する主張をしているが,これらの主張はいずれも誤りである。

そもそも,甲2の別紙2(その公知性は明白である。)に,本件特許発明1における構成要件A,B,C,E,G1がそのまま記載されているのであり,別紙3,4の補強を待たずとも,本件特許発明1における構成要件A,B,C,E,G1が公知であったことは明らかである。

イ 別紙3,4の公知性に関して

別紙3,4の公知性は,Aの甲19供述書から明らかである。原告は,Bの甲62供述書を提出して甲19供述書の信用性を否定しようとするが,Bは極めて瑣末な点のみ取り上げてAの供述を弾劾しようとしているだけであり,甲19供述書に示されたスラストチューブ・リニアサーボモータ製品の構造や関係資料の内容,それらの公知時期に関する具体的内容等,最も重要な点について何らの指摘もしていないのであって,これらの本件において最も重要な事実は厳然として揺らぐことがない。原告は,Bの新たな宣誓供述書(甲74)を提出しているが,Bは,甲2の別紙3(DR00001),別紙4(DR00002)について,いかなる事実も供述していない。

(6)  引用例1の公知性,開示事項及び本件訂正の訂正要件について原告に反論の機会を与えなかった手続的瑕疵(取消事由6)に対して

ア Aの宣誓供述書の信用性に関する反論機会

原告は,第1次審決につき,引用例1の公知性及び開示事項について主張・反論の機会を与えていないといった手続的瑕疵があると主張している。

しかしながら,原告による反論の機会は十分にあり,現に,原告は,平成23年6月28日付けで上申書を提出し,Aの宣誓供述書(甲19供述書)の信用性に関係する証拠として,Bの平成23年6月24日付け宣誓供述書(甲62供述書)を提出しており,仮に瑕疵があったとしても既に治癒している。

イ 引用例1の開示事項に関する反論機会

原告は,被告が引用例1に片側フィンが開示されている旨の主張を行ったのは,平成22年7月20日付け口頭審理陳述要領書(甲34)が初めてであると主張している。しかしながら,平成22年7月20日付け口頭審理陳述要領書(甲34)が提出された後,原告は,平成22年8月31日付で上申書(甲37)を提出しており,さらに,差戻し後の審理においても,平成23年6月28日付けで上申書(甲61)を提出しており,原告が反論しようと思ったのであれば,十分に反論の機会はあった。

ウ 訂正拒絶理由通知が出されなかったことに関して

原告は,本件審決は,訂正拒絶理由通知をせず,弁駁書に対する反論の機会を与えなかったという点で,特許法134条の2第3項の趣旨に反する手続的違法があると述べ,訂正拒絶理由通知が出されなかったことについても違法性があると主張している。しかし,特許法第134条の2第3項を反対解釈すれば,当事者の申し立てた理由によって訂正を認めないときには,拒絶理由通知がなくても違法とはいえず,被告の弁駁書と同じ理由(新規事項の追加に該当)で訂正請求を認めなかった本件では,訂正拒絶理由通知が出されなかったことについて違法性はない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由は,いずれも理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  本件特許発明1の要旨認定及び引用例1発明の認定を誤ったことに伴う相違点2についての判断の誤り(取消事由1)について

(1)  本件特許発明1の要旨認定の誤りにつき

ア 本件審決は,本件特許発明1はリニアエンコーダ配置側及びその反対側のいずれの側面部にも多数の冷却フィンが形成されている構成(両側フィン)を含むとし,引用例1発明は両側多数フィン構成を開示しているということができるとして,相違点2は実質的な相違点ではないと判断した。これに対し,原告は,本件特許発明1の構成要件Eは,ヘッド配置側の側面部において多数の放熱フィンが存在していないことを示していると当業者であれば極めて自然に理解できるから,本件審決の認定,判断には誤りがあると主張する。

イ そこで,本件特許明細書等の記載を検討すると,特許請求の範囲の【請求項1】に「上記可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」,発明の詳細な説明の対応する部分である【0007】に「【課題を解決するための手段】/ 本発明は,ロボット本体と,該ロボット本体に対して一定方向に直線的に移動可能な可動部材とを備え,上記ロボット本体には,永久磁石を軸方向に配列したシャフト状のステータ部と,このステータ部と平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,上記可動部材には,ステータ部を囲繞するコイルを装備して,上記リニアガイドに摺動可能に支持された可動ブロックと,この可動ブロックに連結された作業部材取付用のテーブルとが設けられているリニアモータ式単軸ロボットであって,上記テーブルが上記可動ブロックに対し,両者間に断熱材からなる断熱プレートを介在させた状態で連結されており,上記可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されているものである。」(/は改行を示す。),【0022】に「……上記可動ブロック15の側面部には多数の放熱フィン30が形成されている。」と記載され,【図2】(別紙図面1参照。本件特許発明の一実施形態による短軸ロボットの横断面図)の符号30に放熱フィンが図示されていることが認められるが,その以外には放熱フィンに関する記載は見当たらない。

また,本件特許明細書等の【図2】には,ヘッド21配置側とは反対側の側面部にのみ放熱フィンが図示されているが,同図については,リニアモータ式単軸ロボットの縦方向のどの部分における横断面図であるかの指摘がない。【図2】には,ヘッド21の断面図が描かれており,【図1】(別紙図面1参照。本件特許発明の一実施形態による短軸ロボットの縦断面図)では,中央部分にヘッド21が記載されているから,ヘッド21を含む部分の横断面図であると認められるが,ヘッド21を含む部分は,全体からみれば僅かな部分にすぎない(ヘッド配置側の側面部の全長にわたって,多数の放熱フィンが形成されていないとは必ずしもいえない。)。したがって,【図2】の記載からは,ヘッドが設置されている側の側面部における,放熱フィンの有無や数を特定することはできない。このように本件特許明細書等にほとんど説明がない「放熱フィン」の構成について,これらの記載に接した当業者が,【図2】の上記図示から,ヘッド配置側の側面部において多数の放熱フィンが存在していないことを読み取ることはできないというべきである。原告は,製図法における全断面図の性質(全断面図は,当該製品の基本的な形状を表わす性質のものである。)等から【図2】の断面構造は可動部2全体に共通の構成であると理解できる旨主張する。願書に添付すべき図面について,特許法施行規則25条は,様式30により作成しなければならないと規定し,様式30〔備考4〕は,「原則として製図法に従って……描くものとし……」と規定し,〔備考9〕は,「図中のある個所の切断面を他の図に描くときは,一点鎖線で切断面の個所を示し,その一点鎖線の両端に符号を付け,かつ,矢印で切断面を描くべき方向を示す。」と規定するが,同図について切断面の個所の指摘がないことは上記のとおりである。原告は,【図2】は,その断面奥が片側多数フィン構成となっていると見るべきであり,これは断面部分のみならずその奥部分まで描かれるという断面図の性質から導かれる帰結であると主張するが,原告が引用するJIS製図法等においても断面奥部分の図示が省略されることがあるから,原告の上記主張は採用することができない。本件特許明細書等には,【図2】の断面構造が可動部2全体に共通の構成である旨の記載はなく,【図2】から原告主張の構成を把握することはできない。

ウ 原告は,構成要件Eは,そのクレームの構文からして,ヘッド配置側の側面部において,放熱フィンが存在しないか又は形成される放熱フィンが多数ではないことを要求していると主張する。しかしながら,構成要件Eには,「ヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」との記載はあるが,ヘッドが配置された「一側部」に放熱フィンが形成されているかどうかについては記載がなく,また,明細書の発明の詳細な説明における放熱フィンに関する唯一の実施例の記載である【0022】にも,「可動ブロックの側面部に多数のフィンが形成されている」と記載されているだけであり,ヘッド配置側とは反対側の側面部のみとは限定していないのであるから,構成要件Eの文言から,「ヘッド配置側の側面部において,放熱フィンが存在しないか又は形成される放熱フィンが多数ではないこと」を読み取ることはできない。

エ 以上検討したところによれば,構成要件Eは,ヘッド配置側の側面部において多数の放熱フィンが存在していないことを示しているということはできず,本件審決に原告が主張する本件特許発明1の要旨認定の誤りはない。

(2)  引用例1発明の認定の誤りにつき

ア 本件審決は,引用例1発明について構成要件Eに相当する構成,すなわち,「……上記スラストブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのリニアエンコーダーが配置されるとともに,このリニアエンコーダー配置側,及び,その反対側の側面部に,一体冷却フィンが形成されている……」との構成を備えるものとして認定したが,原告は,引用例1は構成要件Eを開示するものではないと主張する。

イ 引用例1(甲2)の別紙2(以下「別紙2」という。)には,次の記載がある。

「ThrustTubeモジュール

ThrustBlock製品群

左右対称のデザインのThrustTubeリニアサーボモータが,ThrustTubeモジュールという名の単軸デザインに組み込まれています。

この無骨ですが高性能のプラットホームは,主流となっている工業オートメーションの世界にリニアモータの卓越した性能をもたらします。

ThrustTube モジュールをいくつか組み合わせXYガントリソリューションを構成することが容易にできます。高い再現性とスループットを求めるユーザーにとって,ThrustTube モジュールは,現在市販されているリニアモータステージソリューションの中では最も費用対効果の高いものです。

実績のある単軸構成に基づくThrustTubeモジュールは,ボールネジモジュールや空気圧アクチュエータ,ベルト駆動アクチュエータなどの従来技術に替わる魅力的な選択肢でもあります。

ThrustTubeモジュールファミリーは,市販のリニアモータステージとしては最も網羅的な製品群であり,高速送風機や高精度ユニット,食品,ウェットクリーンルーム用途に対応した特殊環境用のユニットなどを備えるモジュール構成を取り揃えています。

ThrustTubeモジュール製品は,頑強な押出アルミチャンネルに特許を取得したThrustTubeモータ部品を搭載し,簡便に使用できる動作軸を実現しています。モータは,電気的には標準的なブラシレス駆動装置と同じであり,様々な従来型サーボ駆動装置から給電を受けることができます。

モジュールには,25mmと38mmの2種類の基本サイズのスラストロッドをベースに供給され,個別の用途に応じて4種類のサイズのスラストブロックが用意されています。用途によっては,鉄製スリーブ芯を用いた強力オプション(TBX)を使用すれば,幾分ぐらつくようにはなりますが,使用できる力を大きくすることができます。

ThrustTubeモジュールは,スラストブロックと,迅速かつ確実な締め付けを可能にするT字溝を備える取付バーの3面を用いて容易に設置でき,ブロック自体は,使いやすさを最高にするために合わせ穴を用いた直接的な積載重量配分を特徴としています。現場交換可能なロボットケーブルにより,更に生産停止時間や所有コストが節約できます。

一体型として組み込まれたエンコーダや,整流,配線およびケーブル管理用のオプションと,対応した増幅器と駆動装置があれば,このすぐに使えるパッケージが完成します。互換性のあるホール効果ボードを使用すれば,この汎用モジュールはほとんど全てのサーボ増幅器とともに使用することができます。」

また,別紙2には,リニアモータ(ThrustTube Modules)の構造(M25タイプ)につき,「ThrustTube Mデザインの長所」と題する斜視図(別紙図面2の【斜視図】参照。以下「【斜視図】」という。)及び寸法付き断面図(同【断面図】参照。以下「【断面図】」という。)が記載されている。

【斜視図】からは,スラストチューブモジュール(ThrustTube Modules)は,両端部に板状部材が設けられ,その間を下部の基台と円柱状の永久磁石を含む磁石ロッド(Magnetic Thrust Rod)で連結され,軸方向に移動するスラストブロック(Thrust Block)に完全密閉コイル(Fully Enclosed Coils)が備えられていることが把握でき,また,【断面図】からは,密閉コイルは磁石ロッドを取り囲むように配置されているものであることが分かり,技術常識に照らしてみれば,このような構造から,このスラストチューブモジュールは,密閉コイルに流された電流により,密閉コイルと磁石ロッドとの間に推力(thrust)が発生するものであることが明らかであり,永久磁石を含む磁石ロッドは,磁石を軸方向に配列したものであると認めることができる。さらに,スラストブロックの位置検出のために,基台にはエンコーダースケール(Enclosed Encoder Scale)が設けられ,他にホール素子(Integral Digitalor Analogue Hall Effect PCB)が存在すること,及び,「ThrustTube M技術仕様」と題する表には光学式又は磁気式エンコーダが示されていることから,スラストブロックには,エンコーダースケールと対向するエンコーダーが設けられていること,エンコーダーの機能からして,スラストブロックの移動方向に沿って設けられていることを把握することができる(ただし,エンコーダーがスラストブロックの正面に配置されているか,右側側方に配置されているかは明らかではない。)。そして,スラストブロックの上方には,機器支持面「一体型の「T」字溝と合わせ穴を備えた搭載面(Mounting Surface with Integral 'Tee' slots and Dowel Holes)」が形成されている。このスラストブロックには,一体冷却フィン(Integral Heatsink Fins)が形成されており,【断面図】に照らしてみれば,一体冷却フィンはスラストブロックの両側に存在することが見て取れる。

加えて,上記各図面に示されたものがリニアモータ式単軸ロボットであることを前提とすれば,永久磁石ロッドと平行に配置されたリニアガイドとが設けられ,スラストブロックは,リニアガイドに摺動可能に支持されて上記本体に対して一定方向に直線的に移動可能であると理解することができる。上記各図面にはリニアガイドは明示されていないが,リニアガイドを設けることのできる箇所は基台のほかにはなく,その観点から【断面図】を見れば,基台部分にリニアガイドと認められる断面形状が見て取れ,リニアガイドが存在するものと認めることができる。

以上からすると,構成要件Eに関して,別紙2には,「スラストブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのエンコーダーが配置されるとともに,このエンコーダー配置側,及び,その反対側の側面部に,一体冷却フィンが形成されている」ことが記載されているといえるから,本件特許発明1の構成要件Eを開示するものと認められる。また,引用例1発明の他の構成(A,B,C,G1)である「本体と,スラストブロックとを備えるスラストチューブモジュールであって,上記本体は,永久磁石を軸方向に配列した円柱状の永久磁石ロッドと,この永久磁石ロッドの端部を支持する端部支持部と,この永久磁石ロッドと平行に配置されたリニアガイドとが設けられる基台からなり,上記スラストブロックは,上記リニアガイドに摺動可能に支持されて上記本体に対して一定方向に直線的に移動可能であり,上記永久磁石ロッドを取り囲む密閉コイルを装備し,機器支持面が設けられたスラストチューブモジュール」についても,記載されていると認定することができる。

以上を総合すれば,別紙2には,本件審決が認定した引用例1発明が記載されているということができ,本件審決に引用例1発明の認定の誤りはない。

(3)  相違点2に関する判断につき

相違点2は,本件特許発明1は,「可動ブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのヘッドが配置されるとともに,このヘッド配置側とは反対側の側面部に,多数の放熱フィンが形成されている」のに対し,引用例1発明はスラストブロックには,その一側部に,ロボット本体側に設けられたスケールを読取るためのリニアエンコーダーが配置されるとともに,このリニアエンコーダー配置側,及び,その反対側の側面部に,一体冷却フィンが形成されているというものであるが,本件特許発明1の相違点2に係る上記構成は,構成要件Eである。そして,別紙2が本件特許発明1の構成要件Eを開示するものと認められることは,上記(2)イのとおりである。

したがって,相違点2は実質的な相違点ではないとした本件審決の判断に誤りはない。

原告は,本件特許発明1には構成要件D,Eによる顕著な作用効果があると主張する。しかし,引用例1発明が構成要件Eを備えていることは上記のとおりであり,構成要件Dに係る相違点1が当業者に容易想到であることは後記3のとおりであるから,その作用効果も当業者が予想し得る範囲内のものである。

(4)  以上のとおり,本件審決には,本件特許発明1の要旨認定及び引用例1発明の認定に原告主張の誤りはなく,相違点2に関する判断にも誤りはない。

よって,取消事由1は理由がない。

2  本件訂正について訂正要件の判断の誤り(取消事由2)について

原告は,取消事由1に主張するとおり,本件特許明細書等の【図2】には,可動ブロックのヘッド配置側の側面部に多数の放熱フィンが形成されていない構成が示されており(少なくとも自明である。),訂正事項2は,願書に添付した図面に記載した事項の範囲内の訂正(特許法126条3項)といえ,新規事項の追加には当たらないと主張する。

しかしながら,【図2】から原告主張の構成を把握することができないことは上記1に説示したとおりである。したがって,訂正事項2について,本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものであるということはできず,本件訂正は特許法134条の2第5項の規定によって準用する同法126条3項の規定に適合しないとした本件審決の判断に誤りはない。

よって,取消事由2は理由がない。

3  相違点1の容易想到性についての判断の誤り(取消事由3)について

(1)  本件審決は,相違点1について,甲5発明を適用することによって容易に想到可能と判断した。これに対し,原告は,引用例1発明と甲5発明は,技術分野等の共通性及び課題の共通性を欠如し,両者を組み合わせることについては,その動機づけがなく,反対に阻害要因が存在するから,本件審決の判断は誤りであると主張する。

(2)  甲5発明の認定につき

ア 甲5には,以下の発明が記載されていると認められる。

「リニアモータを利用した方式を用いた移動体システム」において,「磁界発生機構8のコイル5等が発生した熱が支持部材9を介して大量に」「半導体部品を実装する実装ヘッドなどが載置され」,また,「部品搬送用に用いられ」「る載置部材7」「に伝達してしまうと,誤動作や故障の原因となってしまうことがある」こと(【0001】【0002】【0004】【0005】),「載置部材7が部品搬送用に用いられた場合にも,熱に弱い部品を搬送する場合には,磁界発生機構8の発生した熱が大量に載置部材7に伝達することは部品故障等の原因となってしまう」こと【0006】,「伝達された熱が載置部材7から軌道1に伝達されると,軌道1が熱変形して移動体3の進行方向に伸びてしまい,」「軌道1に設け」られた「位置センサ」「の取り付け位置が変化したり,熱によるセンサが誤動作したりするなどに起因して移動体3の位置制御に支障を来すこと」や「移動体3の位置決め制度に大きな影響を及ぼす」こと(【0007】【0008】)などの問題を解決するため,「簡易な構成でありながら,リニアモータを利用した移動体システムにおいて,磁界発生機構の発生した熱が搬送や実装などの作業を行う部位に伝達されることを低減するとともに,熱に起因する位置決め精度の低下などの問題を抑制することが可能な移動体およびこれを備える移動体システムを提供することを目的とする」(【0009】【0010】)ものであって,

そのため,「軌道に沿って移動可能に設けられ,リニアモータにより駆動される移動体であって,前記軌道との間に磁界を発生させて該移動体に推力を付与するコイルと,前記コイルを支持する支持部材と,所定の作業を行う作業実行手段を保持する作業用保持部材と,前記作業用保持部材と前記支持部材とを結合する結合機構とを具備し」た移動体において,「結合機構は,前記作業用保持部材と前記支持部材との間に空間を形成した状態で両者を結合する」こととし(【請求項1】【0011】),また,「前記作業用保持部材および前記支持部材のいずれか一方の部材には,他方の部材と対向する位置に他方の部材側に突出する突起が形成されており,前記突起と前記他方の部材との間に配置され,前記支持部材および前記作業用保持部材よりも熱伝導率の小さい平板状の断熱部材をさらに具備し,前記断熱部材と前記一方の部材との間に空間を形成する」こともでき(【請求項5】【0015】),

さらに,その実施の態様として,「移動体21は,大別すると,箱状のレール20の内部に配置され,上記二次側コア22とともに磁界を発生してこの移動体21に推力を付与する磁界発生機構24と,磁界発生機構24の上方に配置され,半導体部品実装ヘッドなど所定の作業を実行する機器などを搭載する作業用保持部材25と,磁界発生機構24と作業用保持部材25とを連結する結合機構26とを備えて」おり(【0018】),「結合機構26は,複数のボルト30を有しており,このボルト30により作業用保持部材25と支持部材29とを結合し」,「これらのボルト30は,作業用保持部材25と支持部材29の間に配置される円筒状のスペーサ31に挿通させられ」,「これにより,スペーサ31が支持部材29の上面と作業用保持部材25の下面との間に介在した状態で作業用保持部材25と支持部材29が結合され,作業用保持部材25の下面と支持部材29の上面の間に空間Sが形成され」るほか(【0023】),「支持部材29の上面に凹凸形状とし,支持部材29の上面と作業用保持部材25の下面との間に複数の空間Sを設けた状態で両者を結合するようにしてもよ」く,また,「その凸部と作業用保持部材25の間に,支持部材29や作業用保持部材25よりも熱伝導率の小さい断熱シート200を介在させるようにしてもよい」(【0033】【0034】)という構成を採用し,

これらの構成により,「作業用保持部材25の温度上昇を抑制するために,」「作業用保持部材25と支持部材29との間にスペーサ31を配置しているだけであるため,構成も簡易」となり(【0026】),「移動体21のコイル28に順次電流を供給することにより,一次側コア27およびコイル28と二次側コア22との間に磁界が発生し,これにより移動体21に推力が付与され,移動体21が移動」し,「このとき,電流が供給されたコイル28は発熱することになる」ところ,「コイル28の発した熱は,コイル28が券回される一次側コア27を介して支持部材29に伝達され」,「そして,支持部材29に伝達された熱はその上面側にも伝達されるが,」「支持部材29の上面と作業用保持部材25の下面との間に」「空間Sが形成されて,」「熱伝導率の小さい空気が両者の面間に介在させられている」ため,「支持部材29から作業用保持部材25への熱の伝達を大幅に低減することができ,作業用保持部材25の温度上昇を抑制することができ」,また,「作業用保持部材25への熱伝達の抑制等により,作業用保持部材25からリニアガイド23を介してレール20に伝達される熱量も低減され,レール20の温度上昇を抑制でき」,「これにより,レール20の熱変形を低減することができ,レール20の熱変形に起因する移動体21の位置決め精度の低下を抑制することができ」(【0024】【0025】【0034】【0035】),また,具体的な実施の態様によれば,「複数の空間Sが形成されるとともに,作業用保持部材25と支持部材29との間に熱伝導率の小さい断熱シート200が介在させられることになる」ので,「作業用保持部材25の温度上昇をさらに低減することができる」というものである。

イ 以上によれば,甲5に,「リニアモータにより駆動されるコイル28を備えた移動体であって,コイル28の発した熱が支持部材29から機器などを搭載する作業用保持部材25に伝達されるのを防止するため,断熱材からなるスペーサ31,又は,断熱シート200を支持部材29の上面と作業用保持部材25の下面との間に介在させ,ボルト30で一体に締結した移動体。」の発明(甲5発明)が記載されているとした本件審決の認定に誤りはない。

(3)  相違点1の容易想到性につき

上記(2)によれば,甲5発明においては,支持部材29(本件特許発明1の「可動ブロック」。以下同じ。)に連結された作業用保持部材25「作業部材取付用のテーブル」)が設けられ,上記作業用保持部材が上記支持部材に対し,両者間に熱伝導性の小さいもの(「断熱材」)からなる断熱シート200(「断熱プレート」)を介在させた状態で結合され(「連結され」)ていることは明らかである。

そして,引用例1発明はスラストブロック(本件特許発明1の「可動ブロック」。以下同じ。)に直接,「機器支持面」を形成しているものの,甲5発明も,引用例1発明も,同じリニアモータ式短軸ロボットである点で差異はなく,スラストブロックの上面に直接機器を搭載するか否かは,スラストブロックの機器搭載面の構造と搭載される機器の取付面の構造との差異如何によって定まるものである。引用例1に端的に記されているように,これらリニアモータ式短軸ロボットは,「モジュール」すなわち部分品として製造され,様々な機器に組み込まれて使用される装置であることを前提とすれば,機器支持面に機器を取付けるに当たって,機器の支持される部分の構造を機器支持面に合わせて設計するか,あるいは,直接取り付けることなく,汎用性ある別の部材を介して取付けることは,当業者であれば当然対処すべき事柄であるから,甲5発明のように,支持部材に機器を直接取り付けることなく,作業用保持部材を介して機器を取り付けることは,当業者が設計上想定する範囲内であるといえる。さらに,甲5発明も,引用例1発明も,同じリニアモータ式短軸ロボットである点で差異はなく,モータを用いる場合に発熱が生じることは自明のことであり,これにより機器等への熱的影響が生じる場合にその抑制を図ることは当業者が当然対処すべきことであるから,引用例1発明において,甲5発明が課題とした「簡易な構成でありながら,リニアモータを利用した移動体システムにおいて,磁界発生機構の発生した熱が搬送や実装などの作業を行う部位に伝達されることを低減するとともに,熱に起因する位置決め精度の低下などの問題を抑制する」ことは,同様に考慮されるべき課題といえる。したがって,甲5発明の支持構造を引用例1発明において採用する動機づけがあり,それを妨げる事情は見いだせない。

(4)  原告の主張に対し

ア 技術分野の共通性の欠如の主張につき

原告は,技術分野の共通性が欠如するとして,引用例1と甲5とは,駆動源となる磁界発生機構がシャフト型とフラット型とで全く異なっており,これら磁界発生機構の相違に起因して,具体的構成を異にしているので,抽象的な技術分野,作用・機能の共通性のみをもって,引用例1と甲5の組合せ容易性を導くことはできないと主張する。

しかし,引用例1と甲5とは,いずれもリニアモータ式単軸ロボットであり,スラストブロックに直接又はテーブル等を介して間接的に機器等を搭載し,機器等を移動させる装置である点で差異はないので,熱伝達経路に違いはあるとしても,スラストブロックから機器等に伝わる熱の遮断を論じる限りにおいては,その磁界発生機構の型式がいずれであるか,両者を組み合わせるに当たって問題とはならない。したがって,原告の上記主張は理由がない。

イ 課題の共通性欠如の主張につき

原告は,甲5は,あくまでフラット型の移動体システムにおける熱伝導を問題とするものであり,例えば,引用例1のシャフト型では多数の放熱フィンによって放熱することができるが,甲5のフラット型では構造上放熱フィンを形成する余地がないこと,引用例1はテーブルが記載されておらず,どのような部材が載置されるのか,熱に弱い精密機械が載置されるのか判然としないこと,引用例1においてはスラストチューブには両側面部に多数の放熱フィンが形成されており,これによって上部への熱伝導が十分に抑制されていることなどから,引用例1に甲5の適用はできない旨主張する。

しかし,前述したとおり,スラストブロックに直接機器を搭載するか,テーブルのような汎用性ある別の部材を介して機器を搭載するかは,当業者が設計上想定する範囲内で行われる設計事項にすぎない。そして,引用例1は,「モジュール」すなわち部分品として製造され,様々な機器に組み込まれて使用される装置であることを前提とすれば,熱に弱い精密機械が載置されることを排除するというのは不合理である。さらに,スラストブロックに放熱フィンが形成されていても,金属材のように熱伝導性の良い材料から構成された機器を取り付けた場合には,スラストブロックから大気に熱が伝達されるとともに,機器に熱が伝達されることは避けられず,その場合,必要に応じて,機器への熱の伝達を遮断する措置を講じることは当業者が当然想定していることといえる。したがって,引用例1発明においても,甲5発明を適用する動機づけはあるといえ,原告の上記主張は理由がない。

ウ 阻害要因の主張につき

原告は,引用例1に甲5の断熱プレートを適用した場合,スラストチューブの上部への伝熱は遮断され,軌道への熱伝導が増大してしまうから,両者を組み合わせることについては阻害要因が存在すると主張する。しかし,甲5においては,コイルにより発生された熱が軌道に伝達されるという課題以前に,コイルから発生された熱が,載置部材7すなわちテーブルに伝達されてしまうという課題が主たる課題として挙げられ,このような課題は引用例1においても同様にいえることであるから,その課題を解決するために甲5を引用例1に適用することは動機づけがあるというべきである。そして,引用例1においてコイルから発生した熱が軌道に伝達されることについては,放熱フィンからの放熱により軽減されるのであるから,阻害要因とはならないものと認められる。

また,原告は,引用例1では,甲5を適用して上部への放熱を遮断すると,放熱フィンからの放熱による雰囲気温度の変化がヘッドの検出精度に悪影響を与えるといった弊害が生じるとも主張する。しかし,かかる雰囲気温度の変化が悪影響とされるか否かは,様々な設計条件に依存し,抑制又は阻止することが必ず必要とされるものともいえない。

以上のとおりであるから,引用例1に甲5の断熱プレートを適用することにつき原告主張の阻害要因があるということはできない。

(5)  以上検討したとおり,甲5発明の支持構造を引用例1発明において採用する動機づけがあり,両者を組み合わせることにつき阻害要因があるということはできない。

したがって,相違点1について甲5発明を適用することによって容易想到とした本件審決の判断に誤りはなく,取消事由3は理由がない。

4  相違点4の容易想到性についての判断の誤り(取消事由4)について

(1)  本件審決は,相違点4について,甲1の12発明との組合せによる容易想到性を肯定した。これに対し,原告は,甲1の12は宇宙航行体に使用される断熱構造に関する発明であり,本件特許発明2とは技術分野が全く異なっているなどと主張する。

(2)  甲1の12には,「構体パネル1とラジエイタパネル2を断熱する断熱構造において,基体としての構体パネル1と,スペーサとしての断熱カラー3と,長穴2aを有するラジエイタパネル2と,断熱ワッシャ4とを,この順で重ね,棒状締結手段としてのボルト5で締結した断熱構造。」が示されており(【請求項1】【0014】【図1】~【図6】),そこでは,ボルトにより締結した構体パネルとラジエイタパネルの2部材間に生じた熱の伝達経路をボルト頭部とラジエータパネルとの間に断熱ワッシャを用いることにより遮断していることが認められる。そうすると,甲1の12には,ボルトにより締結した部材間の伝熱の遮断という限りにおいて,ボルトの頭部と接する一側の部材との間に断熱ワッシャーを設ける技術が記載されているということになり,しかも,両者は熱絶縁技術として同じ技術分野に属するといえるので,同じ伝熱遮断構造を引用例1発明に適用することは容易に想到し得るものである。

(3)  原告は,宇宙航行体に関する甲1の12と引用例1発明は技術分野が全く異なっていると主張するが,ボルトにより締結した部材間の伝熱の遮断という課題は,宇宙航行体やリニアモータ式単軸ロボットの分野固有ものではなく,熱絶縁技術として共通し,技術分野の差異はないというべきである。乙6の1~6によっても,断熱ワッシャーが様々な技術分野でボルトにより締結した部材間の伝熱を遮断する熱絶縁技術として技術分野横断的に用いられていることは明らかである。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。相違点4について甲1の12発明との組合せによる容易想到性を肯定した本件審決の判断に誤りはなく,取消事由4は理由がない。

5  引用例1の公知性についての判断の誤り(取消事由5)について

甲11によれば,別紙2は,遅くとも本件特許の出願前である2002年(平成14年)9月17日にはURL「www.copleycontrols.com」に「QM0007.pdf」という名称のファイルとして電気通信回線を通じて公衆に利用可能であったことが認められる。

原告は,別紙3,4の公知性について縷々主張するが,別紙2のみから引用例1発明を認定できることは前記1(2)のとおりであるから,別紙3,4の公知性については検討するまでもない。

よって,取消事由5は理由がない。

6  引用例1の公知性,開示事項及び本件訂正の訂正要件について原告に反論の機会を与えなかった手続的瑕疵(取消事由6)について

(1)  原告は,①引用例1の公知性及び記載事項等について原告に反論の機会を与えていない,②訂正拒絶理由通知がなされず,かつ,弁駁書に対し反論の機会を与えていない手続的瑕疵があると主張する。

(2)  上記①の主張に対し

原告が,引用例1の公知性及び記載事項等について主張するところは,これらの点に関するAの甲19供述書は反対尋問を経ていない供述証拠であるのにその信用性を弾劾する機会が与えられなかったというものである。しかしながら,甲11により別紙2が遅くとも2002年(平成14年)9月17日には電気通信回線を通じて公衆に利用可能であったと認められることは,上記5のとおりであり,甲19供述書の信用性の有無は上記認定を左右するものではない。

原告は,被告が引用例1に片側フィンが開示されている旨の主張を行ったのは平成22年7月20日付け口頭審理陳述要領書(甲34)が初めてであるのに,これに対する反論の機会が与えられなかったとも主張するが,引用例1は審判請求時から提出されている証拠であるから,原告にはその記載内容につき検討,反論する機会は十分にあったものというべきであり,現に,原告は,平成22年8月31日付で上申書(甲37)を提出し,さらに,差戻し後の審理においても平成23年6月28日付けで上申書(甲61)を提出しており,反論の機会が与えられなかったということはできない。

(3)  上記②の主張に対し

ア 特許法134条の2第3項は,訂正が不適法であることを職権で発見した場合に限り訂正拒絶理由通知を発し,意見を述べる機会を与えるべきことを規定したものである。したがって,当事者の申し立てた理由によって訂正を認めないときには,拒絶理由通知を発する必要はないと解すべきであり,被告の平成23年4月28日付け弁駁書(甲57)に記載された理由(訂正事項2,4については,本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてするものではないから,特許法134条の2第5項の規定によって準用する同法126条3項の規定にする訂正の要件を満たさず,本件訂正は認められるべきではない。)で訂正請求を認めなかった本件無効審判において,訂正拒絶理由通知を発する必要はなく,これが出されなかったことを違法ということはできない。

イ 原告は,被告の上記弁駁書は審理終結通知と同時に原告に送達されたのであり,同記載の主張を争う機会がなかったとも主張する。

そこで,本件特許無効事件の経緯をみると,以下のとおりである。

原告(被請求人)は,平成22年5月28日付け審判事件答弁書(甲31)において,本件特許発明1の構成要件Eについて,「ヘッド配置側とは反対側の側面部においては,『多数の放熱フィン』が存在してはならないこと,つまり放熱フィンが存在しないか又は形成される放熱フィンが多数ではないことを意味するものである」(5頁15行~22行)と主張し,その後も,同解釈を前提に本件特許発明1,2の構成,作用効果の説明を行うとともに,容易想到性の不存在を主張した(甲33,36)。

これに対し,被告(請求人)は,平成22年7月20日付け口頭審理陳述要領書(甲34)において,本件特許発明1,2の構成要件Eの技術的意義について,「3.明細書,図面にも記載が無いこと」,「5.訂正請求をしていなかった事実の意味」と題して,「ヘッド配置側とは反対側の側面部においては,『多数の放熱フィン』が存在してはならないこと,つまり放熱フィンが存在しないか又は形成される放熱フィンが多数ではないこと」は,本件特許明細書等に記載されていないとの反論をし,さらに,第1次審決の取消訴訟(当庁平成22年(行ケ)第10360号)における平成23年2月10日付け訂正審判請求(訂正2011-390015号。甲51,甲52)による原告の取消上申に対する同年2月25日付け意見書(甲54)において,本件訂正は訂正要件を満たしていない旨を主張した。

平成23年3月2日の第1次審決を取り消す決定による差戻し後の本件無効審判において,被告は,同年4月28日付け審判事件弁駁書(甲57)により本件訂正が訂正要件を満たしていない旨を主張した。ただし,同弁駁書副本は,同年6月2日付け審理終結通知書(甲58)送付の後の同年6月6日に原告に送付された(甲59)。原告は,同年6月20日付け審理再開申立書(甲60),同年6月28日付け上申書(甲61)を提出しているが,これらの書面においては,本件訂正の適法性について何ら主張をしていない。そして,同年7月5日に本件審決がされた。

以上の経緯をみると,本件訂正の適法性については,当初,容易想到性の争点に関して構成要件Eの意味が論じられた際,原告が本件特許明細書等に記載されていない事項に基づく主張をしていることは既に被告から指摘されており,その後も争点となっていたことが認められる。また,原告は,審理終結通知書送付の後に審理再開申立書及び上申書を提出しており,弁駁書副本送付の日と審決の日との間にほぼ1か月間があったこととに照らせば,原告には弁駁書に対する反論の機会は十分にあったといえる。

したがって,原告の上記主張も採用することができない。

(4)  よって,本件審決に原告主張の手続的瑕疵があると認めることはできず,取消事由6は理由がない。

7  結論

以上検討したとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法はない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 岡本岳 裁判官 武宮英子)

file_2.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例