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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10271号 判決 2012年7月11日

原告

株式会社新陽社

訴訟代理人弁護士

小林幸夫

坂田洋一

弁理士

藤沢則昭

藤沢昭太郎

被告

株式会社オプトデザイン

訴訟代理人弁理士

小田富士雄

能美知康

中西康裕

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が無効2010-800221号事件について平成23年7月15日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許無効不成立審決の取消訴訟である。争点は,引用発明の公知性であり,具体的には,特許権者である被告に対し,請求人である原告が被告製造の引用発明製品について秘密保持すべき関係にあったかにある。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「光源装置およびこの光源装置を用いた照明装置」とする特許第4528911号(出願日:平成21年7月31日,優先権主張:平成20年10月7日,設定登録日:平成22年6月18日,甲1の1,2)に係る本件特許の特許権者である。

原告は,平成22年12月6日,本件特許について無効審判(無効2010-800221号)の請求をした。

特許庁は,平成23年7月15日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された。

2  本件発明の要旨(各請求項に応じて「本件発明1」などという。)

【請求項1】

指向性の強い点光源と,

前記点光源が設けられる底部および前記底部の対向する両辺部から外方向へ所定長さ延設されて端部が開放された対向する一対の側方反射部を有し,内部に前記底部および一対の側方反射部で囲まれた所定大きさの内部空間が設けられて,内壁面が反射面で形成された反射フードと,

前記点光源からの照射光を所定の方向へ偏向させる一対の第1,第2の光偏向反射板と,を備え,

前記第1,第2の光偏向反射板は,所定の長さおよび幅長を有し表裏面が高反射率の板状面で形成されたものからなり,

前記反射フードは,前記底部に前記点光源が少なくとも一個設けられて,

前記第1,第2の光偏向反射板は,前記反射フードの反射面との間に所定の隙間をあけ,且つ前記点光源の指向角零度を通る光軸を間に挟んで互いに所定の隙間をあけ,すなわち前記点光源に近接した方がその隙間が大きく,離れた方の隙間が小さくなるようにして,前記光軸に対してそれぞれ所定の傾斜角度αをなして配設されていることを特徴とする光源装置。

【請求項2】

前記反射フードは,前記底部および一対の側方反射部が長手方向に所定長さ延設されて,前記延設された底部の長手方向に所定の間隔をあけて前記点光源が複数個配設されて,前記内部空間は,前記複数個の点光源の間が仕切り反射板で仕切られて,前記仕切り反射板で前記第1,第2の光偏向反射板が支持されていることを特徴とする請求項1に記載の光源装置。

【請求項3】

前記第1,第2の光偏向反射板は,前記点光源から最も離れた各端辺部が前記反射フードの隙間間に位置し,又は前記隙間から外方へ突出していることを特徴とする請求項1に記載の光源装置。

【請求項4】

前記傾斜角度αは,6度から30度の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の光源装置。

【請求項5】

前記反射フードは,高い光反射率に加えて乱反射する反射材,前記第1,第2の光偏向反射板および前記仕切り反射板は,高い光反射率で光吸収率および光透過率が低く且つ乱反射する反射材でそれぞれ形成されていることを特徴とする請求項1に記載の光源装置。

【請求項6】

前記反射フード,前記第1,第2の光偏向反射板および前記仕切り反射板は,超微細発泡光反射部材で形成されていることを特徴とする請求項5に記載の光源装置。

【請求項7】

前記点光源は,1個の発光素子又は複数個の発光素子を集合した発光ダイオード又はレーザーダイオードであることを特徴とする請求項1に記載の光源装置。

【請求項8】

所定の幅長および長さを有する矩形状の2枚の第1,第2の光拡散部材が所定の隙間をあけて対向して配設され,前記第1,第2の光拡散部材の少なくとも一端辺の隙間に,請求項1~7のいずれか1つに記載の光源装置が配設されていることを特徴とする照明装置。

【請求項9】

前記第1,第2の光拡散部材は,それらの光反射率が前記点光源に近い側が高く且つ前記点光源から離れるにしたがって低減し,一方,光透過率が前記点光源に近い側が低く前記点光源から離れるにしたがって高く設定されているものであることを特徴とする請求項8に記載の照明装置。

【請求項10】

前記第1,第2の光拡散部材は,いずれか一方の光拡散部材が反射板であることを特徴とする請求項8に記載の照明装置。

3  原告が審判で主張した無効理由

(1)  「SE型用特殊リフレクターフラッター」が本件特許の優先日前に公知となっており,請求項1~7に記載された発明は,これと同じ構造の反射板を用いた光源装置であるから,当業者が容易に想到できたものである。

(2)  請求項8~10に記載された発明は,光透過率が点光源に近い側が低く点光源から離れるに従って高く設定されている透過拡散シートを貼着した合成樹脂板を両側表示板に使用した「S型電気掲示器」及び「SE型用特殊リフレクターフラッター」から,当業者が容易に想到できたものである。

4  審決の理由の要点

(1)  審決は,「SE型用特殊リフレクターフラッター」(引用発明製品)が平成20年9月30日に,被告から原告に販売されたことを認め,そこにある構成を引用発明として次のように認定した。

(引用発明)

LED等の点光源が設けられる底部11および底部11の対向する両辺部から外方向へ所定長さ延設されて端部が開放された対向する一対の外側リフレクター12を有し,内部に前記底部11および一対の外側リフレクター12で囲まれた所定の大きさの内部空間13が設けられて,内壁面が反射面で形成された反射フード14と,

前記点光源からの照射光を所定の方向へ偏向させる一対の内側リフレクター15と,を備え,

前記内側リフレクター15は,所定の長さ及び幅長を有し,表裏面が高反射率の板状面で形成されたものからなり,

前記反射フード14は,前記底部11に前記点光源を設ける穴16が複数個間隔をあけて設けられて,

前記内側リフレクター15は,前記反射フード14の反射面との間に所定の隙間17をあけ,且つ前記穴16に点光源を設けた場合に,当該点光源の指向角零度を通る光軸Lを間に挟んで互いに所定の間隔をあけ,前記点光源に近接した方がその隙間が大きく,離れた方の隙間が小さくなるようにして,前記光軸Lに対してそれぞれ所定の傾斜角αをなして配設されているSE型用特殊リフレクターフラッター。

(2)  審決は,本件発明1と引用発明の相違点として,本件発明1は,反射部材における「底部」に指向性の強い点光源が少なくとも一個設けられた「光源装置」であるのに対して,引用発明は,点光源を設けるための穴16が設けられている反射部材としての「SE型用特殊リフレクターフラッター」であり,点光源は備えていない点を認定したが,引用発明には,点光源を設けるための穴16が設けられているのであるから,この穴16にLED等の指向性の強い点光源を設けて相違点1にかかる本件発明1の構成とすることは,引用発明が公知となった日以降であれば,当業者が容易になし得たことであると判断した。

(3)  その上で審決は,引用発明の公知性について次のとおり判断した。

原告と被告は「LEDフラットパネル製品」に関して秘密保持契約を締結しており,「SE型用特殊リフレクターフラッター」についても,秘密を保つべき関係にあったものと認められる。仮に,「SE型用特殊リフレクターフラッター」がこの秘密保持契約でいう「LEDフラットパネル製品」に該当しなかったとしても,「SE型用特殊リフレクターフラッター」は,被告と原告との間で何回もの協議を重ね,原告の製造する電気掲示器に適した構成となるように両者で共同で開発したもので,原告会社はその構造を熟知した上で被告に製造を注文したものであることから,両当事者は「SE型用特殊リフレクターフラッター」の開発において密接な関係にあったことは明らかであり,社会通念上又は商習慣上,秘密を保つべき関係にあったものというべきである。

そして,原告がこのような秘密を保つべき関係にある原告の依頼を受けて製造・販売したという特定の取引関係にあって,不特定の者を対象とした販売でもないから,平成20年9月30日の販売事実によって「SE型用特殊リフレクターフラッター」が公知になったということはできない。

他に,「SE型用特殊リフレクターフラッター」の構成が立証できる証拠であって,かつ本件特許の優先日である平成20年10月7日前のものは,見当たらない。したがって,引用発明が本件特許の優先日前に公然知られた発明であるということはできない。

(4)引用発明は,本件特許の優先日前に公然知られた発明といえないから,本件発明1は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

本件発明2ないし本件発明10は,本件発明1の下位概念にあたるものであるから,同様の理由により,引用発明に基づいて当業者が容易に発明発明できたものであるとはいえない。

第3原告主張の審決取消事由(引用発明の公知性の認定誤り)

1  平成20年9月30日の320個が販売されたことによって,引用発明を構成する「SE型リフレクターフラッター」の構成は,本件優先日前に「公然知られた発明」となった。

引用発明製品である「SE型用特殊リフレクターフラッター」は,平成20年9月30日に,すでに研究開発の段階は終了した量産品として,被告は原告に対し,通常の商取引として320個も販売している。

この際に,不特定の原告従業員が引用発明製品の構成を確認しており,引用発明製品は秘密状態を脱し,「公然知られた発明」となっている。

この点,審決は,審決の理由の要点(3)のとおり認定判断するが,誤りである。

開発途上の段階で,原告従業員の中でも,特に研究開発に携わった従業員に限定して,「技術的情報およびノウハウ」(秘密保持契約書第3条第3項)を提供したような場合はそのとおりであるが,すでに開発が完了して320個も量産し,通常の商取引によって販売された段階においては,全くあたらない。

現に,被告はこの際に何らの限定もなく原告に対し引用発明製品を320個も販売しており,原告も,その後,引用発明製品を組み込んだ電気掲示器を多数,東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)に販売し,日本電設工業株式会社に取付け工事のために渡している。また,引用発明製品は,当該時点ですでに完成しており,その後設計変更がなされたという事実もない。その後も(特許出願後であるが),被告は原告に対して引用発明製品を通常取引として,10月24日に30個,12月5日に200個,12月16日に300個,12月18日に400個,平成21年には1月に340個,2000個と販売しつづけたのである。

さらに,原告内における引用発明製品を組み込んだ電気掲示器の製造は,その開発を担当したサイン部設計課の従業員ではなく,開発に関わっていないサイン部製造課の従業員が行っている。さらに,引用発明製品は平成20年9月30日の販売後,設計変更されたという事実は存在しない。

すなわち,平成20年9月30日の320個の販売の時点で,明らかに引用発明製品の開発は完了して秘密状態を脱し,量産化・商品化されており,被告から原告に対しても,通常の商取引の一環として販売されたのである。

したがって,引用発明製品は,本件秘密保持契約書第1条でいうところの「甲と乙とによる共同開発事業の是非を検討する目的において」開示ないし提供された製品ではなく,開発段階を終わった完成品に関する,通常の商取引であるから,同契約の適用範囲外であり,審決の認定は誤りである。

2  また,本件秘密保持契約は,第1条において,「甲(被告)の開発したLEDフラットパネル製品についての甲(被告)と乙(原告)とによる共同開発事業の是非を検討する目的において」開示された秘密情報について適用される契約である。

そして,「甲の開発した」という完了形の表現に表れているように,本件秘密保持契約は,この契約締結時に,被告たる甲がすでに開発を完了していた「LEDフラットパネル製品」について,これを前提に共同開発事業の是非を検討する目的で締結された契約である。

この場合の「LEDフラットパネル製品」とは,フラッター技術を用いた製品,すなわち拡散シートを扁平な箱状にし,底面にLEDを配し,対抗面に多数の穴又はスリットを設けて光りムラの少ない表示面を作る光拡散機能を有した製品のことであり,具体的には,ユニブライトという商品名の付された商品(甲46)のことである。本件秘密保持契約は,当該商品に使われているフラッター技術を使った商品の事業化に限定して締結されたものである。

本件秘密保持契約は,第11条において,「甲と乙は,本契約をもって,いかなる権利の使用許諾をするものでもなく,また,甲と乙による将来の共同開発または販売協力などの約束をするものではないことを確認する。」とある。このように,本件秘密保持契約は,甲(被告)がすでに開発したLEDフラットパネル製品の情報を秘密情報として開示することが目的であり,将来の共同開発をする行為,販売をする行為に対し一切約束するものではないことを明記している。このことより,平成20年9月30日に被告が原告に販売した320個の引用発明製品であるSE型特殊リフレクターフラッターと,本件秘密保持契約が何ら関係のないことは明白である。

3  本件特許の対象となっている「SE型リフレクターフラッター」とは,上記フラッタ技術とは全く異なる,リフレクタ技術を用いた,およそ共通点のない商品であって,本件秘密保持契約の対象ではないことは明らかである。ここで,リフレクタ技術とは,指向性の強いLED等の点光源を一列に配置し,この点光源が固定された底部のLED部を開口し,内側が反射性を有する反射シートを,点光源の光軸側に折り曲げて反射フードとし,この反射フードの内側である反射面との間に所定の間隔を空けた一対の反射シートを点光源の配列方向に沿い,点光源の光軸を挟み所定の間隔を空け配置し,点光源に近い方の隙間を大きく,離れた方の隙間を狭くなるようにし,この点光源は反射板で仕切られ,前記の一対の反射シートを支持することによって,点光源の光を拡散させる技術のことである。

本件秘密保持契約は,第1条の文言上「甲の開発したLEDフラットパネル製品」を対象としたものであるから,リフレクタ技術を用いた製品はこれに含まれないことは明らかであるし,甲6の「ライセンス基本契約書」も,契約書の前文に「フラッタ技術」と明記してあるように「フラッタ技術」を用いた製品に関するライセンス契約であり,「リフレクタ技術」は対象に含まれていない。

すなわち,いずれの契約書も「リフレクタ技術」を用いた製品,具体的には,「SE型リフレクタフラッター」はその対象としていないと解釈することが自然である。しかも,時系列でいえば,被告が保有する,「フラッタ技術」を本件秘密保持契約のもと原告に開示して,事業化を検討し,事業化の目途が立ったので,「フラッタ技術」のライセンス契約(甲6)に移行した,という一連の流れにあったものであり,このような事実経過も当該解釈を正当化する。すなわち,いずれの契約においても,当事者双方の念頭にあったのは,「フラッタ技術」なのである。

「リフレクタ技術」は,本件秘密保持契約の対象ではあるが,ランセンス契約の対象には含まれないという,相互に矛盾した,都合のよい解釈が誤りであることは明白である。

4  以上の解釈が正しいことは,本件秘密保持契約が締結された経緯にも表れている。

被告は,平成19年10月24日から26日までのパシフィコ横浜において,「LED フラットパネル ユニブライト」なる製品の展示を行い,これを見学した原告の当時の製造本部長が興味を持ち,被告に尋ねたところ,秘密保持契約を締結すれば,内部構造を開示するという話があった。

そこで,この「LED フラットパネル ユニブライト」ないしこれに用いられている「フラッタ技術」の開示を目的として,同年12月13日に本件秘密保持契約が締結されたのである。その後,開示された情報をもとに,原告において事業化を検討し,その目途が立ったので,「フラッタ技術」に関し,すなわち,本件秘密保持契約締結の経緯からしても,両当事者の念頭にあったのは,「LED フラットパネル ユニブライト」そしてこれに用いられている「フラッタ技術」であって,契約当時「リフレクタ技術」は存在しなかったし,当然,契約の対象ともされていなかったのである。

これを裏付ける証拠として,打ち合わせ議事録(甲55~56)が残っている。この議事録によれば,平成19年11月19日付議事録(甲55)に,「『フラットパネル』の技術情報は『秘密保持契約』を締結すれば,開示する。」との記載があり,同年12月11日付議事録(甲56)に,「正式契約に至るまでの,ツナギの技術開示に対する『秘密保持』をお願いするもの」「共同開発を念頭にした開示である」との記載がある。

以上の記載から明らかなように,本件秘密保持契約は,すでに被告が開発していた「LEDフラットパネル製品」に関する情報開示を目的とした契約なのである。

以上のとおり,本件秘密保持契約は,契約書の文言上も,また契約締結の経緯からしても,「リフレクタ技術」及びこれに関連する「SE型リフレクタフラッター」(引用発明製品)は対象として含んでいなかったことは明らかである。

5  審決は,「社会通念」とか「商慣習」とかあいまいな概念を持ち出して,「秘密を保つべき関係にあったものというべきである」などと論じるが,明らかに誤りである。

そもそも,審決は,これらあいまいな概念を持ち出す前提として,何らの証拠もなく(引用発明製品について)「両者で共同で開発したもので・・・密接な関係にあったことは明らか」などと認定しているが,誤りである。

原告も,そもそも引用発明製品については,原告の寄与なくしては完成しえなかったもので,原告と共同開発された製品であり,本件特許については,共同発明者である原告との共同出願によるべきだったと考えているが,事実としては,被告は抜け駆け的に勝手に本件特許を出願してしまったし,原告としても,通常の商取引として被告から320個も引用発明製品を購入していたこともあって,被告が本件特許のような出願を行うとは全く予想だにしていなかった。

すなわち,原告・被告間で,引用発明製品は秘密であるとか,これについて特許を出願するとかいうことは全く合意されておらず,そのようなことは話し合いにすらのぼらず,「密接な関係」などになかったことは明らかである。

以上のとおりであり,「社会通念」や「商慣習」などの極めてあいまいな概念によって原告の秘密保持義務を持ち出したり,原告と被告は,引用発明製品の開発上「密接な関係にあった」としたりする審決の認定は誤りである。

6  以上の次第であり,審決は,平成20年9月30日に320個引用発明製品が販売されたことについて,「公知」ではないと評価を誤ったものである。

第4被告の反論

1  原告・被告間で締結されていた秘密保持契約(甲5)により,原告と被告は「SE型用特殊リフレクターフラッターについても,秘密を保つべき関係にあった」ものであり,仮に「SE型用特殊リフレクターフラッター」が秘密保持契約でいう「フラットパネル製品」に該当しなかったとしても,原告と被告は「SE型用特殊リフレクターフラッター」の開発において密接な関係にあったことは明らかであり,社会通念上又は商習慣上,秘密を保つべき関係にあったものというべきであるから,被告から原告に対して平成20年9月30日に320個の「SE型用特殊リフレクターフラッター」(引用発明製品)が販売・納品されたことによって「SE型用特殊リフレクターフラッター」の構成は本件優先日前に「公然知られた発明」となったものではない。

2  原告と被告との間には,LEDフラットパネル製品に関する共同開発事業に関して,平成19年12月13日に秘密保持契約書(甲5)が取り交わされ,その後,平成20年1月24日に原告所属のA氏から被告に対して秘密保持の履行を要求する電子メール(乙1)が送信された。開発業務を生業とする被告としては,このような秘密保持の履行を要求する依頼がなくても,秘密保持契約の範疇として取り扱う方向が通常であると認識していた。

3  平成20年6月12日付けで,原告と被告との間に取り交わされたライセンス基本契約書(甲6)に添付された付属書には,本件特許ないしこれに使用されているSE型用特殊リフレクターフラッターに関する出願は含まれていない。これは,付属書に記載されている特許出願及び意匠登録出願はすべてフラッタ技術に関するものであるが,本件特許ないしこれに使用されているSE型用特殊リフレクターフラッターは,リフレクタ方式であるため,構造及び動作原理が前記付属書に記載されているフラッタ技術とは相違しているからである。

4  なお,本件特許にかかる「光源装置およびこの光源装置を用いた照明装置」に使用されているSE型用特殊リフレクターフラッターは,品名「エコ薄型掲示器(白色LED内照型)」(甲7)の光源装置に使用されるものであり,単独で使用されるものではない。しかも,このSE型用特殊リフレクターフラッター及びこれを用いた光源装置は,原告から従来の掲示器の光源装置(光源及びその周辺の構造を含む)で使用されている蛍光管に換えてLED光源を使用できるようにしたい旨の依頼を受け,被告が単独でLED光源を用いた光源装置を試作し,この試作品の更なる改良の結果,平成20年9月中旬頃に一応SE型用特殊リフレクターフラッター及びこれを用いた光源装置の原形のものが完成したものであり,原告はこのSE型用特殊リフレクターフラッター及びこれを用いた本件発明の創作には関与しておらず,被告が単独で創作したものである。また,被告は,本件特許にかかる「光源装置およびこの光源装置を用いた照明装置」及びこれに使用されているSE型用特殊リフレクターフラッターが,ライセンス基本契約(甲6)の範囲外のものであることを主張したが,本件秘密保持契約の範囲外のものであることを主張したことはない。

そのため,被告は,原告に対して,SE型用特殊リフレクターフラッターに関しては別途実施許諾契約を結ぶ必要があると提案したが(乙2,3),原告により一切無視された状態となっている。

5  そして,被告は,原告の強い要望によって,平成20年9月30日に320個のSE型用特殊リフレクターフラッターを原告に仮納品した(甲10の3)。平成20年9月30日に仮納品された320個のSE型用特殊リフレクターフラッターが,原告の強い要望による発注書が発行されていない条件下での「仮納品」であることは,原告が発行した平成20年9月30日付けの「発注書」(甲10の2)を被告が受領したのは,翌日の平成20年10月1日であり,ファクシミリによるものである(乙4)ことからして,明らかである。この被告から原告へのSE型用特殊リフレクターフラッターの販売・納品は,原告と被告との間の特定の取引関係によるものであり,不特定の第三者を対象とした販売・納品ではない。

6  原告と被告との間に本件特許ないしこれに使用されている「SE型用特殊リフレクターフラッター」に関する直接の秘密保持義務に関する明文の規定が取り交わされていなくても,原告は,社会通念上又は商慣習上,秘密保持義務を負うべき立場にあるものである。なぜなら,取引社会において,他社の営業秘密を尊重することは,一般的にも当然のこととされており,まして,商取引の当事者間,その他一定の関係にある者相互においては,そのことがより妥当するからである。また,出願ないし特許に関連した製品等が商談等の対象となることになった都度,発明の創作者ないし権利者(出願人)側において,発明の内容につき秘密を保持すべきことをいちいち相手方に指示又は要求し,相手方がそれを理解したことを確認するような過程を経なければ,関連製品等の具体的内容を開示できないとすれば,取引の円滑迅速な遂行を妨げ,当事者双方の利益にも反することになるからである。

第5当裁判所の判断

1  甲5及び弁論の全趣旨によれば,原告は電気機械器具の製造販売及び工事施工等を業とする会社であり,被告は,光学機器,照明用光学製品等の製造販売等を業とする会社であるところ,原告と被告は,平成19年12月13日,被告の開発したLEDフラットパネル製品に関する共同開発事業を実施することとし,その際,被告が原告に提供した製品に係る技術的情報及びノウハウなどの秘密情報について,下記の約定を含む本件秘密保持契約(甲5)を締結したことが認められる。

(本契約の目的)

第1条 甲(判決注:被告)および乙(判決注:原告)は,甲の開発したLEDフラットパネル製品(以下「本製品」という。)についての甲と乙とによる共同開発事業(以下「本件事業」という。)の是非を検討する目的において,自己が保有する情報を,相手方(以下「被開示者」という。)に対して開示または提供し,被開示者はこれを秘密情報として開示または提供を受ける。

(適用範囲)

第2条 本契約に定める規定は,甲乙間の本件事業に関するすべての交渉において提供または開示される情報および資料に適用される。ただし,本契約締結後,甲乙間において書面により本契約に定める規定と異なる合意をする場合は,当該合意が本契約に優先する。

(秘密情報の定義)

第3条 本契約において秘密情報とは,情報を開示する者(以下「開示者」という。)が被開示者に対し,口頭,書面,電子メールまたは電子記憶媒体等その方法もしくは手段の如何を問わず,またその形態の有形無形をも問わず,開示者が被開示者に対して書面または電磁的記録をもって秘密である旨を明示したうえで開示または提供する営業情報,ノウハウ,技術情報および経営情報等一切の情報ならびに資料をいう。なお,被開示者において秘密情報を複製,翻案等した場合は,複製・翻案等した資料についても秘密情報と同様とする。

2  開示者が被開示者に対し,開示または提供後10日以内に,書面または電磁的記録をもって,対象を特定し,秘密である旨を明示した情報および資料についても,秘密情報に含まれるものとする。

3  前2項の規定にかかわらず,甲が乙に提供した本製品にかかる技術的情報およびノウハウはすべて秘密情報に含まれるものとする。

(秘密情報についての秘密保持義務)

第5条 被開示者は,第6条第1項に規定される利用を除き,秘密情報について開示者のために厳に秘密を保持しなければならず,開示者の書面による事前の同意なくして,その全部または一部を第三者に開示または提供し,もしくは漏洩してはならない。

2  上記約定によれば,本件秘密保持契約は,原被告間の「本件事業」に関するすべての交渉において提供または開示される情報および資料に適用されるものであり(第2条),本件秘密保持契約にいう秘密情報とは,「情報を開示する者が被開示者に対し,口頭,書面,電子メールまたは電子記憶媒体等その方法もしくは手段の如何を問わず,またその形態の有形無形をも問わず,開示者が被開示者に対して書面または電磁的記録をもって秘密である旨を明示したうえで開示または提供する営業情報,ノウハウ,技術情報および経営情報等一切の情報ならびに資料」をいい(第3条),「本件事業」とは被告の開発したLEDフラットパネル製品についての被告と原告とによる共同開発事業をいうのであるから(第1条),被告と原告とによる共同開発にかかるLEDフラットパネル製品である「SE型用特殊リフレクターフラッター」の原告と被告との共同開発は,本件秘密保持契約の対象となる事業に含まれ,原告は被告に対し,「SE型用特殊リフレクターフラッター」に関するすべての交渉において提供または開示される技術情報について本件秘密保持契約に基づく秘密保持義務を負うことが明らかである。

原告は,本件秘密保持契約を締結するにあたり当事者双方の念頭にあったのは「フラッタ技術」であり,「リフレクタ技術」は念頭になく,対象に含まれていないと主張する。しかし,本件秘密保持契約にいう秘密情報は,上記のとおり「一切の情報ならびに資料」(第3条)とされており,「フラッタ技術」に限られるとする根拠はない。

ちなみに,乙1によれば,原告所属のAは,平成20年1月24日,被告に対し,今回の開発に係る原告の製品技術内容に関しても,本件秘密保持契約の趣旨と同様の扱いを求める電子メールを送信したことが認められ,原告としても引用発明製品が本件秘密保持契約の適用の対象となることを前提としていたことが認められる。原告は,完成品は本件秘密保持契約の適用外であると主張するが,特許出願までの間は契約対象の技術情報についての秘密保持義務があることは当然であって,原告の主張は理由がない。

したがって,引用発明製品が原被告間で秘密を保つべき対象であったというべきであり,これと同旨の審決の認定判断は正当である。

3  以上によれば,引用発明が本件特許の優先日前に公然知られた発明であるということはできないとの審決の判断に誤りはない。

なお,原告は,320個もの引用発明製品が本件特許の優先日前である平成20年9月30日に原告へ納品されたことをもって引用発明製品が公知となったことを主張するが,原告が当事者の一方である本件秘密保持契約の対象として引用発明製品が含まれる以上,原告の主張には理由がない。この納品製品は,被告の主張によると,JR東日本の駅等で設置試験が行われたようであるが,この設置が本件優先日より前に行われたものとは認められないし,このことから,JR東日本の関係者に外形からみた引用発明製品の構成が本件優先日より前に知られたことまでは認められない。

その他,本件優先日前に,原告及び被告の関係者以外に引用発明製品の構成が公知となっていたことを認めるべき証拠はない。

第6結論

以上によれば,原告主張の取消事由には理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)

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