知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10279号 判決 2012年8月30日
原告
日本工営株式会社
訴訟代理人弁護士
小泉淑子
同
尾崎英男
同
上野潤一
訴訟代理人弁理士
高橋要泰
被告
株式会社IHIインフラシステム
訴訟代理人弁護士
古城春実
同
牧野知彦
同
堀籠佳典
同
玉城光博
訴訟代理人弁理士
小林武
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2010-800018号事件について平成23年7月20日にした審決の結論のうち,「特許第4379825号の請求項1乃至5,7,8,10に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担とする。」との部分を取り消す。
第2事案の概要
特許庁は,原告の有する後記本件特許について,被告から無効審判請求を受け,原告が後記本件訂正により削除した請求項6及び9を除く請求項に係る発明について特許を無効とする旨の審決をした。本件は,原告がその取消しを求めた訴訟であり,争点は,訂正要件充足性の有無及び進歩性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置」とする特許第4379825号(平成20年4月15日出願,平成21年10月2日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成22年1月29日,本件特許について無効審判を請求した。特許庁は,これを無効2010-800018号事件として審理し,同年10月13日,「訂正を認める。特許第4379825号の請求項1乃至10に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担とする。」との審決をした。
原告は,平成22年10月29日,上記審決の取消しを求めて知的財産高等裁判所に審決取消請求訴訟(平成22年(行ケ)第10337号)を提起するとともに,特許庁に対し,同年12月22日付けで本件特許について訂正審判請求をした。知的財産高等裁判所は,平成23年1月14日(審決書),「特許庁が無効2010-800018号事件について平成22年10月13日にした審決を取り消す。」との決定をした。原告は,平成23年2月10日付けで訂正請求をした(以下「本件訂正」という。)。
特許庁は,知的財産高等裁判所の上記決定を受けて,無効2010-800018号事件についてさらに審理をした上で,平成23年7月20日,「平成23年2月10日付けの訂正請求のうち,請求項6及び9についての訂正を認める。特許第4379825号の請求項1乃至5,7,8,10に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担とする。」との審決をし,その謄本は同年7月28日に原告に送達された。
2 本件訂正の内容
本件訂正は,訂正事項a及びbから成る。このうち訂正事項bは,特許請求の範囲の請求項6及び9を削除するというものであり,訂正事項aは,特許請求の範囲の請求項1ないし5,7,8及び10に対応するもので,これらを後記(2)の請求項1ないし8のとおり訂正するというものである。
本件訂正前の請求項1ないし10の記載は,特許公報(甲1)記載のとおりであり(後記(1)),本件訂正後の請求項1ないし8の記載は,訂正請求書(甲21)記載のとおりである(後記(2))。
(1) 本件訂正前の請求項1ないし10の記載
【請求項1】
「水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材に,各々内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材を有する複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,
前記誘導発熱鋼管単体に形成された絶縁電線差込み孔に,絶縁電線を通す工程と,前記被加熱部材と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程と,
前記絶縁電線の両端に交流電流を接続する工程とを含む,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項2】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,前記被加熱部材と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程とによって,前記複数個の誘導発熱鋼管単体を相互に電気的に絶縁する,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項3】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記柱状の強磁性鋼材の外側表面は絶縁処理されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項4】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記柱状の強磁性鋼材は,軸方向に短長寸法の管形鋼管である,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項5】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記柱状の強磁性鋼材は,軸方向に短長寸法の角形鋼管であり,前記凍結防止範囲の被加熱部材に対して面接触して固着する,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項6】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記凍結防止範囲の被加熱部材は,氷雪による凍結のおそれがある相対的に移動する部材であって,扉体中央部鋼板,扉体前部鋼板,扉体底部水門戸当板,底部水密ゴム,溝形成板及び戸当板側部水密ゴム板から成る群から選択されたいずれかである,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項7】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記誘導発熱鋼管は,複数個の前記誘導発熱鋼管単体が,長さ方向,幅方向及び厚さ方向に必要な個数並べて配置されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項8】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記誘導発熱鋼管は,所定個数の前記誘導発熱鋼管単体毎に,前記交流電源に接続されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項9】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,前記誘導発熱鋼管単体は,前記凍結防止範囲の被加熱部材に対して,溶接又はボルト締めにより固着されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項10】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,前記交流電源は,単体交流電源又は三相交流電源である,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
(2) 本件訂正後の請求項1ないし8の記載
【請求項1】(下線部は訂正事項a)
「水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材である戸当板のコンクリート充填側に,各々内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材を有する複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,
前記誘導発熱鋼管単体に形成された絶縁電線差込み孔に,絶縁電線を通す工程と,
前記戸当板のコンクリート充填側と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程と,
前記絶縁電線の両端に交流電流を接続する工程とを含み,並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項2】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,前記戸当板のコンクリート充填側と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程とによって,前記複数個の誘導発熱鋼管単体を相互に電気的に絶縁する,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項3】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記柱状の強磁性鋼材の外側表面は絶縁処理されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項4】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記柱状の強磁性鋼材は,軸方向に短長寸法の管形鋼管である,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項5】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記柱状の強磁性鋼材は,軸方向に短長寸法の角形鋼管であり,前記凍結防止範囲の戸当板のコンクリート充填側に対して面接触して固着する,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項6】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記誘導発熱鋼管は,複数個の前記誘導発熱鋼管単体が,長さ方向,幅方向及び厚さ方向に必要な個数並べて配置されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項7】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記誘導発熱鋼管は,所定個数の前記誘導発熱鋼管単体毎に,前記交流電源に接続されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
【請求項8】
「請求項1に記載の誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法において,
前記交流電源は,単体交流電源又は三相交流電源である,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」
3 本件特許の発明の内容
特許公報(甲1)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
【技術分野】
【0001】
本発明は,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置に関する。
【背景技術】
【0002】
寒冷地のダム等の水門は,しばしば凍結により開閉不能になる。具体的には,降雪地域に於ける水門設備は,冬期の貯水池の水門扉体に接する水面に氷雪が浮遊し,更には扉体の上面,左右両溝部,側部水密ゴム板,下縁底部戸当板,底部水密ゴム板等にも氷雪が発生し,扉体本体が凍結して開閉不能になる。
【0003】
そこで,冬季でも水門の開閉に支障がないようにするため,次のような凍結を防止する熱源が利用されてきた。
【0004】
(1) 温水循環,温風循環,温油・不凍液循環等の各方式による加熱
これらの各方式には,加熱機器の故障,加熱配管の凍結の危険性,通風路の水溜による通風能力低下,油系路の破損による河川への油流出,公害の発生等諸々の欠点が挙げられる。
【0005】
(2) 電気加熱
電気加熱には,抵抗加熱,アーク加熱,誘導加熱,赤外線加熱,ビーム加熱,その他の方式がある。
【0006】
この中で,誘導加熱における表皮電流発熱管を利用した水門凍結防止装置は,温水,温風や温油,不凍液循環方式による加熱方式に比較して,種々の利点を有している。図1は,誘導表皮電流発熱管を示している。符号1,1’は強磁性をもつ発熱鋼管,2はこの鋼管内に比較的自由に通された絶縁電線又はケーブル,3は交流電源で通常は商用周波数である。なお,発熱鋼管1,1’は,実際は管体形状であるが,図ではその構造を分かり易くするため,その中心線に沿った面で破断した断面図で描かれていることに注意願いたい。
【0007】
絶縁電線2の両端と電源3の両端とを接続線で夫々接続し,2本の鋼管1,1’はその両端にある短絡片4,5間が溶接等により電気的に夫々接続されている。電源3及び絶縁電線2の作る1次回路に流れる1次電流i1に対応して,発熱鋼管1,1’の内周部分に反対方向の2次電流i2が誘導され,発熱鋼管1,1’の外周部分に1次電流と同じ方向の渦電流が発生する。しかし,発熱鋼管1,1’の外周部分に発生する渦電流は相互に逆方向のため,短絡片4,5を通って打ち消し合う。従って,鋼管外周面に金属が接触してアークが発生したりせず,人体,動物が接触しても危険が無い。
【0008】
このような表皮電流発熱管による水門凍結防止装置は,次の特許文献1で公知である。
【特許文献1】特公昭57-40293「電気的水門凍結防止付水門」(公告日:昭和57年8月26日) 特許文献1に開示の表皮電流発熱管は,次の通りである。図13は,水門を水側から見た略図で,符号13は扉体,14は扉体13の左右両側の支持構造を示している。図14は扉体13の横断面図であり,図15は扉体13の左右支持構造部分の略図である。
(判決注・特許文献1は甲7に同じ)
【0009】
図14の扉体断面中央部鋼板9,扉体前部鋼板29及び底部水門戸当板19の付近に夫々発生する氷雪15,16,20,21の凍結により,水門の開閉に支障をきたす。同様に,図15の溝形成板24及び戸当板26の付近に夫々発生する氷雪27の凍結により,水門の開閉に支障をきたす。
【0010】
これを防止するため,図16に示すように,扉体断面中央部鋼板9,扉体前部鋼板29及び扉体底部水門戸当板19に,表皮電流発熱管の各群30,31,32,33,34を取付け,水門の9,29,19及び底部水密ゴム板18を夫々加熱し,水門の凍結防止を行っている。同様に,図17の溝形成板24及び戸当板26に,表皮電流発熱管の各群35,36を夫々取付け,水門の24,26及び側部水密ゴム板25を夫々加熱し,水門の凍結防止を行っている。
【0011】
取付け方法としては,発熱管1,1’を直接溶接付すること,状況によっては伝熱セメント等で代用すること,時には密着すること,が記載されている。以上が,特許文献1の表皮電流発熱管に関する開示内容である。
【0012】
なお,取り付け方法に関しては,実際には,誘導表皮電流発熱管1,1’の各群は,図18に示すように,水門扉体断面中央部鋼板9,扉体前部鋼板29,水門鋼板製戸当板19及び溝形成板24に対して,必要発熱量に相当する本数の誘導表皮電流発熱管が各群に分けて配置され,これら鋼板等への伝熱を良くするために,伝熱セメント10を塗布すると共に,扉体断面中央部鋼板9及び扉体前部鋼板29に固定締付ボルト11と発熱鋼管押さえ金具12で固定して取付けられる。一方,コンクリート側へは誘導表皮電流発熱管1,1’と押さえ金具12とを溶接37付けし,一緒に鋼板24へも溶接37付して密着するように取付けられている。
【0013】
凍結防止に必要な電力は,気象条件或いは水門の構造と局部によって変化はあるが,凍結防止を必要とする面積1平方米当り数100ワットかこれをやや上回る程度で余り大きなものでなく,温水,温風,温油等による欠点を完全に除去でき高能率であるから熱量も少なく,自動制御が確実簡単であるから維持管理も殆ど必要なく凍結防止が可能である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このような表皮電流発熱管は,加熱効率が優れていること,耐久性,耐候性に優れていることなどの利点を有する。
【0015】
しかし,この誘導表皮電流発熱管は,鋼管の外周部分には電流が流れない構造となっているため,鋼管の内周部分に流れる電流のみによって生じるジュール熱を利用したものである。
【0016】
更に,この誘導表皮電流発熱管は,形状が円管であって,その取付け断面は,被加熱部材(水門扉体前部鋼板,水門扉体断面中央部鋼板等)に対して線接触となり,発熱管の発熱が有効に伝熱されない。例え,伝熱セメントを充填して熱伝導を良くしても,伝熱は十分とは言えない。更に,伝熱セメントの充填塗布のための作業性の問題も残る。
【0017】
更に,誘導表皮電流発熱管の発熱原理に基づく閉回路として,短絡片間の接続のため,作業性の問題もある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
そこで,本発明は,発熱効率を一層向上させた新規な水門の凍結防止装置を提供することを目的とする。
【0019】
更に,本発明は,伝熱効率を一層向上させた新規な水門の凍結防止装置を提供することを目的とする。
【0020】
上記目的に鑑みて,本発明に係る水門凍結防止装置は,水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材に対して固着する誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置であって,前記誘導発熱鋼管は,並列に配置された複数個の誘導発熱鋼管単体を備え,各々の前期誘導発熱鋼管単体は,内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材を有し,並列した複数個の前記誘導発熱鋼管単体の差込み孔に通して,その両端に交流電源が接続された絶縁電線を有し,複数個の前記柱状の強磁性鋼材は,相互に電気的に絶縁されている。
【0029】
更に,本発明に係る誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法は,水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材に,各々内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材を有する複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固着する工程と,前記誘導発熱鋼管単体に形成された絶縁電線差込み孔に,絶縁電線を通す工程と,前記絶縁電線の両端に交流電源を接続する工程とを含む,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法であって,複数個の前記柱状の強磁性鋼材は,相互に電気的に絶縁されている。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば,発熱効率を一層向上させた新規な水門の凍結防止装置を提供することができる。
【0031】
更に,本発明によれば,伝熱効率を一層向上させた新規な水門の凍結防止装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
(中略)
【0033】
[誘導発熱鋼管]
(誘導発熱鋼管単体)
図2及び図3に示す誘導発熱鋼管の特徴の1つは,鋼管1,1’の両端を電気的に接続する短絡片4,5(図1参照)は存在しない点にある。(以下略)
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】図1は,従来の誘導表皮電流発熱管の原理を説明する図である。
【図2】図2は,本実施形態に係る誘導発熱鋼管の原理を説明する図である。
(中略)
【図16】図16は,公知の誘導表皮電流発熱管による凍結防止装置を施した水門扉体部の縦断側面図である。
(中略)
【図18】図18は,従来の誘導表皮電流発熱管を水門鋼板製戸当板及び溝形成板に設置した断面拡大図である。(以下略)
(判決注・上記図1,2,16,18は,別紙の図1,2,16,18のとおり)
4 審決の理由
審決の理由は別紙審決書記載のとおりであり,その要点は次のとおりである。
(1) 本件訂正について
ア 訂正事項b(請求項6及び9の削除)を認める。
イ 訂正事項aは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲においてなされたものではないから,特許法134条の2第5項の規定において準用する同法126条3項の規定に適合しない。よって,訂正事項aは認めない。
原告は,訂正事項aによって付加された本件訂正発明の「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成(以下「本件構成」という。)は,願書に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)の段落【0012】の「一方,コンクリート側へは誘導表皮電流発熱管1,1’と押さえ金具12とを溶接37付けし,一緒に鋼板24へも溶接37付けして密着するように取り付けられている。」との記載及び【図18】の記載に基づくものであり,本件構成は,当該「誘導発熱鋼管」の取付方法を,段落【0012】及び【図18】に記載されているものに特定したものであるから,本件構成を付加した訂正事項aは,願書に添付した明細書に記載されている事項の範囲内でしたものである旨主張する。
しかし,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁されているものに対して本件構成を付加したものが願書に添付された明細書又は図面に開示若しくは示唆されているとは認められない。また,特許請求の範囲にも本件構成は記載されていない。
したがって,訂正事項aは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてなされたものではないから,認められない。
(2) 無効理由について
訂正事項b(請求項6及び9の削除)は認められ,訂正事項aは認められないから,本件特許の発明は,特許請求の範囲の請求項1ないし5,7,8及び10に記載された事項により特定されるもの(以下「本件発明」という。)と認められる。
本件発明は,特公昭57-40293号公報(甲7)に記載された発明(以下「甲7発明」という。),特開昭53-145334号公報(甲8)に記載された発明(以下「甲8発明」という。)及び特開昭57-60684号公報(甲11)に記載された発明並びに周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(3) 本件訂正発明の進歩性について(付言)
仮に訂正事項aが認められるとしても,本件訂正後の請求項1ないし8に記載された発明(以下,請求項ごとに「本件訂正発明1」のようにいい,本件訂正発明1ないし8を併せて「本件訂正発明」という。)は,甲7発明,甲8発明,甲第11号証に記載された技術及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるものから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
ア 引用例の記載事項
(ア) 甲7発明
「水門の扉体9を構成する池水側前部鋼板27の氷雪11,12の発生する部分の裏側及び下部水密用ゴム板14が接触する戸当板15の下面に,
絶縁電線を通す強磁性をもつ発熱管を必要発熱量に相当する本数並べて溶接又は伝熱セメントで固定し,
該発熱管内に絶縁電線を通し,
絶縁電線の両端に交流電源を接続してなる,
水門凍結防止装置の施工方法。」
(判決注・甲7の第8図(水門の縦断側面図)は,本件発明の図16に公知のものとして引用されている。)
(イ) 甲8発明
「扉体1を構成する鉄板2の池側上部裏面等に,絶縁電線3を挿通した鉄管4を多数本溶接し,
鉄管4と鉄板2とを熱良導性セメントをもって相互に接続し,
絶縁電線3と鉄管4を直列に接続して交流電源を接続することからなる,
発熱管による水門凍結防止装置の施工方法。」
(ウ) 甲第11号証には,次の事項が記載されている。
「第7図は,発熱管を取付けた鉄構断面図で積雪15,15’のある状態を示し,第8図はその平面図,第9図は側面図である。アングル9,10,11,12を連結材13を以つて連結して断面正方形の桁14を形成し,この桁14に連結材13’を組合せて鉄構を構成する。発熱管1,1’は,上面両側を形成しているアングル9,10に間隙を介して取付けたものである。その取付位置は,アングル9,10上面または側面が適当である。
また取付方法例としては第10図,第11図に示すようにアングル9,10にU字ボルト16を取付け,アングル9,10の上面板へ発熱管1,1’を,ライナー17を介して等しい間隙を以て,発熱管抑え金具18と締付ナツト19で支持したものである。」(3頁右上欄16行~同頁左下欄10行)
(判決注・上記第10図は,別紙の甲11・第10図のとおり)
イ 本件訂正発明1と甲7発明との対比
(ア) 一致点
「水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材である戸当板のコンクリート充填側に,各々内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材からなる複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,
前記誘導発熱鋼管単体に形成された絶縁電線差込み孔に,絶縁電線を通す工程と,
前記絶縁電線の両端に交流電源を接続する工程からなる,
誘導発熱鋼管単体による水門凍結防止装置の施工法。」である点。
(イ) 相違点1’
本件訂正発明1は,戸当板のコンクリート充填側に複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,戸当板のコンクリート充填側と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程とを有するのに対して,甲7発明は,戸当板のコンクリート充填側に複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて伝熱セメントで固定する工程はあるが,鋼管部材を固定する工程と伝熱セメントを充填塗布する工程とが別の工程ではない点。
(ウ) 相違点2
相違点1’に関連して,本件訂正発明1は,並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が戸当板のコンクリート充填側に溶接されているのに対して,甲7発明は,並列の複数本の誘導発熱鋼管単体は溶接又は伝熱セメントによって固定されており,並列の複数本の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接され該押さえ金具が戸当板のコンクリート充填側に溶接されることによって,固定されているものではない点。
第3審決の取消事由に係る原告の主張
審決には,訂正事項aを不適法とした判断の誤り(取消事由1)及び本件訂正発明の進歩性を否定した判断の誤り(取消事由2)があり,これらの誤りは審決の結論に影響するものであるから,審決は違法であり,取り消されるべきである。
1 訂正事項aを不適法とした判断の誤り(取消事由1)
(1) 訂正事項aによって,本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことは,当初明細書の段落【0012】の記載及び【図18】の記載に基づくものであり,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものであるから,訂正事項aを不適法とした審決の判断には誤りがある。
(2) 審決は,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁されているものに対して本件構成を付加したものが願書に添付された明細書又は図面に開示若しくは示唆されているとは認められないし,特許請求の範囲にも本件構成は記載されていないとする。
しかし,本件訂正発明1には,構成要件上,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であるという限定は存在しない。本件訂正発明1で用いられている「誘導発熱鋼管」の用語は,その文言自体から明らかなように,電磁的な誘導作用によって発熱する鋼管の意味である。段落【0012】及び【図18】に記載されている「誘導表皮電流発熱管」は,電磁的な誘導作用によって発熱する鋼管であり,かつ,鋼管の内表皮部分に電流が集中して流れる鋼管の意味である。したがって,「誘導発熱鋼管」は「誘導表皮電流発熱管」の概念を包含する上位概念である。
本件訂正発明1には,構成要件上,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であるという限定が存在しないにもかかわらず,審決が,本件訂正発明1は複数の発熱鋼管単体が電気的に絶縁されている装置における取付方法を含むと解釈し,本件訂正発明1が【0012】,【図18】に記載されていないと判断したことは,構成要件でない事項について発明としての開示を求めることであり,法律上誤りである。審決の論理に従えば,構成要件ではない事項によって相違するあらゆる実施態様を明細書に記載しなければならないことになる。もし,審決が要求するような,複数の発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置における本件訂正発明1の実施態様を明細書に記載するとなると,特別な工夫(例えば,鋼管単体に耐熱性絶縁コーティングを施し,その上に保護鋼管を設け,保護鋼管と押さえ金具を溶接すること)をした装置を記載しなければならないことになるが,そのようなことは不可能であるし,特許法36条の要求するところではない。審決の論理は,特許法36条の要求しない明細書の記載を要求するものであり,理不尽である。
2 本件訂正発明の進歩性を否定した判断の誤り(取消事由2)
審決には次のような誤りがあり,これを前提に本件訂正発明の進歩性を否定した審決の判断には誤りがある。
(1) 本件訂正発明の技術事項の認定の誤り
審決は,訂正事項aによって付加された本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」との構成は,「単に,鋼管の固定手段としての押さえ金具を使用するとともに,鋼管を押さえ金具によって戸当板に固定するに際して,鋼管と押さえ金具とを溶接によって固定して,さらに,押さえ金具を戸当板に溶接によって固定したもの,つまり押さえ金具や溶接といった取付技術として周知の技術を組み合わせただけの取付方法に特定したものと解すべきものである」と再認定している(審決書26頁13行目~19行目)。
しかし,本件構成は,建築・土木技術分野の一般的な固定技術としての固定金具や溶接の使用を抽象的に規定しているのではなく,具体的に,「並列の複数個の発熱鋼管単体を同一の押さえ金具に溶接し,さらに当該押さえ金具を戸当板に溶接する」という特定の取付態様を規定したもので,そのような構成によって初めて水門凍結防止装置に特有の技術課題を解決するという顕著な作用効果を奏することが可能となるものである。審決の再認定内容は,並列の複数個の鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されているという構成を欠くものであり,さらに,そのような「複数個の鋼管単体が溶接された同一の押さえ金具」が戸当板に溶接されている構成も欠いており,要は,鋼管と押さえ金具を溶接し,さらに押さえ金具を戸当板に溶接するというだけの内容のものであって,本件構成に係る「並列の複数個の発熱鋼管単体を同一の押さえ金具に溶接し,さらに当該押さえ金具を戸当板に溶接する」との記載文言とは異なる内容のものである。
このように,審決が,本件構成について記載文言と異なる内容のものとして再認定した上で本件訂正発明の進歩性を否定したことは誤りである。
(2) 甲第11号証を甲7発明に適用することが容易であるとした判断の誤り
甲第11号証には,発熱管抑え金具18が記載されているが,並列の複数個の鋼管が同一の押さえ金具に溶接され,押さえ金具が戸当板に溶接されていることについては開示も示唆もされていない。甲第11号証記載の固定技術は,発熱管を固有振動数で共振させることを目的とするものであって,本件訂正発明や甲7発明や甲8発明のように,発熱管の熱を被加熱部材に伝達するために押さえ金具によって鋼管を固定することを目的とするものではない。
したがって,甲第11号証記載の技術を甲7発明や甲8発明の水門凍結防止装置に適用しようとする合理的な理由は存在しないから,甲第11号証記載の技術を甲7発明の水門凍結防止装置に適用することが当業者にとって容易であるとする審決の判断は誤りである。
(3) 相違点2に係る作用効果を否定した判断の誤り
本件訂正発明と甲7発明との相違点2に係る本件構成によって次のような効果,すなわち,①発熱鋼管及び戸板板のひずみ防止,②コンクリート打設時の発熱鋼管の剥離やずれ防止,③発熱鋼管の戸当板への固定作業の効率化,④発熱鋼管の振動による戸当板からの剥離防止,以上の効果が生じる。これらの効果は,水門凍結防止装置の施工法における特有の技術課題,すなわち,発熱鋼管を戸当板に固定する施工時における課題及び装置の長期間の稼動により発熱鋼管の振動により生じる課題を把握した上で,これを解決するための具体的構成として「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」との構成(本件構成)を採用することによって初めて得られるものである。
したがって,審決が全く根拠を示さず本件訂正発明の作用効果を否定するのは誤りである。
(4) 「当業者」の意義についての判断の誤り
水門凍結防止装置の技術に関しては,これまで水門凍結防止装置の開発,製造,施工,保守管理した経験を有するのは原告のみであり,水門凍結防止装置の具体的な内容を知る一般的な当業者は存在しない。水門凍結防止装置の具体的な動作環境や施工環境は一般の当業者に全く知られておらず,通常の技術水準にある出願当時の当業者は,本件訂正発明の解決しようとする水門凍結防止装置の技術課題を認識することは全くできなかった。
したがって,本件訂正発明の技術課題を知り得ない当業者にとって,その発明が困難なものであることは明らかであり,これを容易であるとする審決の判断は誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1(訂正事項aを不適法とした判断の誤り)に対し
(1) 訂正事項aによって「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成(本件構成)を付加したことは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものではなく,本件訂正を不適法とした審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は,本件訂正発明1には,構成要件上,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であるという限定は存在しないとか,本件訂正発明1で用いられている「誘導発熱鋼管」は「誘導表皮電流発熱管」の概念を包含する上位概念であるなどと主張する。しかし,審決は,本件訂正発明1を「電気的に絶縁されている複数個の誘導発熱鋼管」を構成要件とする発明であると限定して認定したものではない。したがって,審決が本件訂正発明1を「複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁しているもの」に限定したかのように主張する原告の主張には理由がない。
誘導発熱鋼管には,鋼管を短絡片で導通させた鋼管からなる誘導発熱鋼管(誘導表皮電流発熱管)と,相互に電気的に絶縁された鋼管からなる誘導発熱鋼管の2種類しかないのであるから,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法が,「誘導表皮電流発熱管」以外の誘導発熱鋼管に採用し得るか否かを判断するに際して,相互に電気的に絶縁された鋼管からなる誘導発熱鋼管について検討する必要があることは,むしろ当然である。
また,仮に,原告の主張するように,「誘導発熱鋼管」が「誘導表皮電流発熱管」の上位概念であると仮定しても,当初明細書が開示しているのは,下位概念である「誘導表皮電流発熱管」にのみ適用できる取付方法であるのに対し,本件訂正発明1が規定するのはその上位概念であって「誘導表皮電流発熱管」以外の態様を含む「誘導発熱鋼管」なのであるから,このような訂正が新規事項の追加に当たることは明らかである。「誘導発熱鋼管」が「誘導表皮電流発熱管」の上位概念であるなどとする原告の主張は,訂正要件違反を自認する主張である。
原告も認めるとおり,段落【0012】及び【図18】には,「誘導表皮電流発熱管」の取付方法しか開示されていないのであるから,「誘導発熱鋼管」を段落【0012】及び【図18】の取付方法によって取り付ける発明が特許明細書等に開示されているというためには,少なくとも段落【0012】及び【図18】の取付方法が「誘導表皮電流発熱管」に限らず,上位概念である「誘導発熱鋼管」の取り付けにも使用できることを示唆する記載がなければならない。それにもかかわらず,このような記載はないのであるから,本件訂正発明が新規事項の追加に該当することは明らかである。
(3) 原告は,特許法36条の実施可能要件について主張するが,訂正における要件は,「特許明細書等に訂正発明が記載されているか否か」であるのに対し,特許法36条4項1号が規定する要件は,「請求項に記載された発明について特許明細書等に実施可能なように記載されているか否か」であるから,両者はまったく別個の要件(問題)である。原告の主張に理由がないことは明らかである。
(4) 原告は,特別の工夫(例えば,鋼管単体に耐熱性絶縁コーティングを施し,その上に保護鋼管を設け,保護鋼管と押さえ金具を溶接すること)をしないと,鋼管単体間の電気的絶縁は保たれないと主張する。しかし,そのような特別の工夫は,鋼管の固定には通常使用しない保護鋼管を使用するものであって,当初明細書の記載から自明なものといえないばかりでなく,当業者が容易に考えつくものでもない。したがって,そのような態様を含んでしまう本件訂正発明1が訂正要件に違反することは明らかである。
2 取消事由2(本件訂正発明の進歩性を否定した判断の誤り)に対し
(1) 本件訂正発明の技術事項の認定について
審決は,本件訂正発明の構成を解釈するに当たって,発明の詳細な説明の記載を考慮して,本件訂正発明を文言どおり解釈し,その結果,相違点2は,押さえ金具や溶接といった取付技術として周知の技術を組み合わせただけの取付方法であり,それ以上に技術的意義はないとしているのであって,相違点2を本件訂正発明の文言とは異なるものとは認定していないから,原告の主張には理由がない。
(2) 甲第11号証の適用について
甲第11号証に記載された押さえ金具の使用目的が発熱管の熱を固定対象に伝えるものではないとしても,そのことは,何ら「1つの押さえ金具で複数の表皮電流発熱管を押さえる技術」を甲7発明に適用することの困難性の根拠となるものではない。また,誘導発熱鋼管の戸当板への固定をより確実なものとするために溶接箇所を増やす程度のことは当業者が普通に考えることであるから,誘導発熱鋼管を戸当板に押さえ金具で固定するに際し,更に押さえ金具と誘導発熱鋼管を溶接する程度のことは,当業者が容易に想到することができるものである。
(3) 相違点2に係る作用効果について
原告が主張する①ないし④の効果は,訂正請求書に記載されたものではないから,本件訂正発明がそのような効果を奏するというのであれば,そのような効果は,本件訂正発明の構成から必然的に生ずる効果にすぎない。
(4) 「当業者」の意義について
特許法における「当業者」が原告しかいないなどという主張は,およそ特許法における「当業者」の意味を誤解した主張であって,失当であることが明らかである。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,請求を棄却すべきものと判断する。
1 取消事由1(訂正事項aを不適法とした判断の誤り)について
(1) 本件構成を付加したことについて
ア 原告は,訂正事項aによって,本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものであると主張し,その根拠として,当初明細書(甲2)の段落【0012】及び【図18】の記載を挙げる。そこで,これらの記載をみると,次のとおりである。
まず,当初明細書の段落【0012】には,「なお,取り付け方法に関しては,実際には,誘導表皮電流発熱管1,1’の各群は,図18に示すように,水門扉体断面中央部鋼板9,扉体前部鋼板29,水門鋼板製戸当板19及び溝形成板24に対して,必要発熱量に相当する本数の誘導表皮電流発熱管が各群に分けて配置され,これら鋼板等への伝熱を良くするために,伝熱セメント10を塗布すると共に,扉体断面中央部鋼板9及び扉体前部鋼板29に固定締付ボルト11と発熱鋼管押さえ金具12で固定して取付けられる。一方,コンクリート側へは誘導表皮電流発熱管1,1’と押さえ金具12とを溶接37付けし,一緒に鋼板24へも溶接37付して密着するように取付けられている。」との記載がある。
次に,【図18】には,水門鋼板製戸当板19,溝形成板24のコンクリート充填側に対して,誘導表皮電流発熱管1,1’が押さえ金具12に溶接37され,押さえ金具12が鋼板19,24に溶接37されて取付けられていることが図示されているものと認められる(別紙の図18参照)。
上記記載事項によれば,段落【0012】及び【図18】には,複数個の誘導表皮電流発熱管を押さえ金具に溶接し,該押さえ金具を戸当板に溶接することによってなる,複数個の誘導表皮電流発熱管の戸当板への取付方法が記載されているものということができる。
イ しかし,本件構成,すなわち,「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことが,段落【0012】及び【図18】に記載された範囲内のものであるというためには,以下に述べるとおり,段落【0012】及び【図18】に,複数個の誘導表皮電流発熱管の戸当板への取付方法が記載されているだけでは足りず,「複数個の誘導発熱鋼管単体」の戸当板への取付方法が記載されていることが必要である。
当初明細書の段落【0020】の「複数個の前記柱状の強磁性鋼材は,相互に電気的に絶縁されている。」との記載,段落【0029】の「複数個の前記柱状の強磁性鋼材は,相互に電気的に絶縁されている。」との記載によれば,「複数個の誘導発熱鋼管単体」には,相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれるのであるから,「複数個の誘導発熱鋼管単体」の戸当板への取付方法が記載されているといえるためには,鋼管どおしが電気的に接続されている態様のものの取付方法だけでなく,鋼管どおしが電気的に絶縁されている態様のものの取付方法も記載されているといえることが必要である。
しかるに,【図18】は,従来の誘導表皮電流発熱管を水門鋼板製戸当板及び溝形成板に設置した断面拡大図であり(【0072】),また,明細書には【0012】以外に取付方法に関する記載がないところ,複数個の誘導発熱鋼管単体を,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法,すなわち,押さえ金具に溶接し,該押さえ金具を戸当板に溶接する方法によって取り付ければ,押さえ金具を用いて溶接により固定される複数個の誘導発熱鋼管単体を電気的に接続してしまうことになるため,電気的に絶縁されている複数個の誘導発熱鋼管単体の取付方法としてこのような取付方法を採用することができないことは,当業者にとって自明である。したがって,段落【0012】及び【図18】には,鋼管どおしが電気的に絶縁されている態様のものの取付方法が記載されているとは認められず,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法は,飽くまでも,従来技術として段落【0006】ないし【0010】に記載された鋼管どおしが電気的に接続された誘導表皮電流発熱管の取付方法として開示されたものとみるべきである。
以上によれば,段落【0012】及び【図18】には,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁されているものに対して,上記「並列の複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したものが開示されているとは認められない。また,特許請求の範囲にも,そのようなものは記載されていない。
ウ したがって,訂正事項aによって,本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものであるとはいえない。
(2) 原告の主張について
ア 原告は,本件訂正発明1には,構成要件上,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であることの限定がないにもかかわらず,審決が本件訂正発明1は複数の発熱鋼管単体が電気的に絶縁されている装置における取付方法を含むと解釈し,本件訂正発明1が段落【0012】及び【図18】に記載されていないと判断したことは誤りである旨主張する。
なるほど,本件訂正発明1には,構成要件上,複数個の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であるとの限定はないが,他方,構成要件上,複数個の誘導発熱鋼管単体が電気的に接続された装置であるとの限定もない。そして,前記のとおり,「複数個の誘導発熱鋼管単体」には,相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれているのであるから,審決は,本件訂正発明1に複数個の誘導発熱鋼管単体が相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれていることを前提として,そのような態様の「複数の誘導発熱鋼管単体」の取付方法が,実施可能な程度に段落【0012】及び【図18】に記載されているか否かを検討し,段落【0012】及び【図18】には,鋼管どおしが電気的に接続された複数個の誘導表皮電流発熱管の取付方法は開示されているが,相互に電気的に絶縁された複数個の誘導発熱鋼管単体の取付方法は開示されていないと判断したものであり,その判断に誤りはない。
イ 原告は,審決の論理に従えば,複数の発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置における本件訂正発明1の実施態様を明細書に記載しなければならないことになるが,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法では,同一の押さえ金具に複数の鋼管単体を溶接するため,特別の工夫をしないと,発熱鋼管単体の電気的絶縁は保たれないから,特別の工夫(例えば,鋼管単体に耐熱性絶縁コーティングを施し,その上に保護鋼管を設け,保護鋼管と押さえ金具を溶接すること)をした装置を記載しなければならないことになるとして,審決の論理は,特許法36条の要求しない明細書の記載を要求するものであり理不尽である旨主張する。
なるほど,審決の論理に従えば,複数個の発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置における本件訂正発明1の実施態様を明細書に記載しなければならないことになる。しかし,それは,「複数個の発熱鋼管単体」が,電気的に接続された態様のもののみならず,電気的に絶縁された態様のものを含むものであることからすれば,実施可能な取付方法の記載を要求することは当然のことといえる。原告の例示する上記の取付方法は,鋼管の固定には通常使用しない保護鋼管を使用するものであり,当初明細書の記載から自明なものとはいえないから,そのような特別の工夫をしないと鋼管単体間の電気的絶縁が保たれないというのであれば,そのような特別の工夫を要する取付方法を明細書に記載する必要があることは,より一層明らかである。
ウ 以上のとおり,原告の主張はいずれも理由がない。
(3) 小括
よって,訂正事項aは願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものではないとして,これを不適法とした審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本件訂正発明1の進歩性を否定した判断の誤り)について
(1) はじめに
前記1のとおり,訂正事項aは認められないから,本件特許の発明は,特許請求の範囲の請求項1ないし5,7,8及び10に記載された事項により特定されるもの(本件発明)と認められる。
原告は,審決の取消事由として,本件発明の進歩性の有無については何ら主張していないから,取消事由1が認められない以上,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないことに帰する。以下では,念のため,取消事由2(本件訂正発明の進歩性を否定した判断の誤り)も認められないことを明らかにしておく。
(2) 本件訂正発明の進歩性について
ア 相違点2の容易想到性について
建造物を構成する構成要素に対して,鋼管等の付属部材を固定金具によって固定する技術は,溶接による固定技術,接着剤による固定技術,ボルト・ナット等による固定技術等と同様に,建築・土木技術分野において,周知である。例えば,甲第11号証の「第7図は,発熱管を取付けた鉄構断面図で積雪15,15’のある状態を示し,第8図はその平面図,第9図は側面図である。アングル9,10,11,12を連結材13を以つて連結して断面正方形の桁14を形成し,この桁14に連結材13’を組合せて鉄構を構成する。発熱管1,1’は,上面両側を形成しているアングル9,10に間隙を介して取付けたものである。その取付位置は,アングル9,10上面または側面が適当である。また取付方法例としては第10図,第11図に示すようにアングル9,10にU字ボルト16を取付け,アングル9,10の上面板へ発熱管1,1’を,ライナー17を介して等しい間隙を以て,発熱管抑え金具18と締付ナツト19で支持したものである。」(3頁右上欄16行~同頁左下欄10行)との記載によれば,複数の発熱鋼管部材を固定金具である同一の押さえ金具によって固定することは公知であることが認められる。そして,発熱鋼管の取付手法として押さえ金具による取付けは十分想い到ることであるから,甲7発明の複数個の発熱鋼管部材を押さえ金具等の固定金具で固定しようと考えることは,当業者にとって容易に想到し得るということができる。また,発熱鋼管部材を押さえ金具で固定するに際して,両者を溶接付けし,さらに押さえ金具を戸当板に溶接付けして固定することも,単なる周知技術の組み合わせにすぎない。
したがって,甲7発明に甲第11号証に記載された技術及び周知技術を適用することにより,本件訂正発明の相違点2に係る構成とすることは,当業者が容易になし得ることである。
イ 作用効果について
原告は,相違点2に係る本件構成によって格別の効果が生じるとして4つの点,すなわち,①発熱鋼管及び戸板板のひずみ防止,②コンクリート打設時の発熱鋼管の剥離やずれ防止,③発熱鋼管の戸当板への固定作業の効率化,④発熱鋼管の振動による戸当板からの剥離防止,以上の効果を挙げるが,本件訂正発明はそのような効果を奏するために押さえ金具や溶接について工夫をしたものではない。上記①ないし④の効果は,取付手段として固定金具と溶接とを組み合わせて用いることによってある程度生じるであろう自明の効果の域を超えるものとは認められない。
(3) 原告の主張について
ア 原告は,審決が,相違点2に係る本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」との構成は,「単に,鋼管の固定手段としての押さえ金具を使用するとともに,鋼管を押さえ金具によって戸当板に固定するに際して,鋼管と押さえ金具とを溶接によって固定して,さらに,押さえ金具を戸当板に溶接によって固定したもの,つまり押さえ金具や溶接といった取付技術として周知の技術を組み合わせただけの取付方法に特定したものと解すべきものである」として,本件構成に係る記載文言と異なる内容のものとして再認定したことは誤りである旨主張する。
しかし,審決は,本件訂正発明1の構成を解釈するに当たって,発明の詳細な説明の記載(具体的には段落【0012】の記載)を考慮して,本件訂正発明1の相違点2に係る構成を文言どおり,「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」ものと認定し,その上で,本件構成の技術的意義について,押さえ金具や溶接といった取付技術として周知の技術を組み合わせただけの取付方法であると評価したものであって,審決は,原告が主張するように,本件構成をその記載文言と異なるものとして認定したものではない。また,本件構成の技術的意義についての審決の評価に誤りはない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ 原告は,甲第11号証には発熱管抑え金具18が記載されているものの,並列の複数個の鋼管が同一の押さえ金具に溶接され,押さえ金具が戸当板に溶接されていることについては開示も示唆もされておらず,甲第11号証記載の固定技術は,発熱管を固有振動数で共振させることを目的とするものであって,本件訂正発明や甲7発明や甲8発明のように,発熱管の熱を被加熱部材に伝達するために押さえ金具によって鋼管を固定する目的の技術ではないから,甲第11号証記載の技術を甲7発明や甲8発明の水門凍結防止装置に適用する合理的な理由はない旨主張する。
しかし,甲第11号証記載の固定技術が,発熱管の熱を被加熱部材に伝達するために押さえ金具によって鋼管を固定する目的のものではないとしても,そのことは,「1つの押さえ金具で複数の表皮電流発熱管を押さえる技術」を甲7発明に適用することの困難性の根拠となるものではない。また,誘導発熱鋼管の戸当板への固定をより確実なものとするために溶接箇所を増やす程度のことは当業者が普通に考えることであるから,誘導発熱鋼管を戸当板に押さえ金具で固定するに際し,さらに押さえ金具と誘導発熱鋼管を溶接する程度のことは,当業者が容易に想到し得るこである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ 原告は,相違点2に係る本件構成によって生じる次のような効果,すなわち,①発熱鋼管及び戸当板のひずみ防止,②コンクリート打設時の発熱鋼管の剥離やずれ防止,③発熱鋼管の戸当板への固定作業の効率化,④発熱鋼管の振動による戸当板からの剥離防止,以上の効果は,水門凍結防止装置の施工法における特有の技術課題,すなわち,発熱鋼管を戸当板に固定する施工時における課題および装置の長期間の稼動により発熱鋼管の振動により生じる課題を把握した上で,これを解決するための具体的構成として,本件構成を採用することによって初めて得られるものであるから,審決が全く根拠を示さず本件訂正発明の作用効果を否定するのは不当である旨主張する。
しかし,原告が主張する上記①ないし④の効果は,訂正明細書にも記載されたものではないから,本件訂正発明1がそのような効果を奏するというのであれば,そのような効果は,本件訂正発明1の構成によって必然的に生じる効果にすぎないというべきである。そして,上記①ないし④の効果が,取付手段として固定金具と溶接とを組み合わせて用いることによってある程度生じるであろう自明の効果の域を超えるものとは認められないことは,前記のとおりである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
エ 原告は,水門凍結防止装置の具体的な動作環境や施工環境は,原告以外の一般の当業者には全く知られておらず,通常の技術水準にある出願当時の当業者は,本件訂正発明の解決しようとする水門凍結防止装置の技術課題を認識することは全くできなかったから,本件訂正発明の技術課題を知り得ない当業者にとって,その発明が困難なものであることは明らかである旨主張する。
しかし,水門における凍結防止装置の発熱鋼管の取付(施工)は,建設・土木技術分野に属するものであり,建設・土木技術分野においては,水門に限らず,例えば,パイプラインや道路についても,凍結防止装置の発熱鋼管の取付(施工)に類似する技術が存在している(当裁判所に顕著な事実)。そうすると,建設・土木技術分野における通常の知識を有する者(すなわち当業者)であれば,水門の凍結防止装置の発熱鋼管の取付(施工)に関する技術についても,その技術的課題を認識し,技術的な観点からこれに対応することは可能であり,また,相応の創作能力を発揮することができるものと考えられる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(4) 小括
よって,本件訂正発明の進歩性を否定した審決の判断に誤りはない。
3 まとめ
以上のとおり,審決の取消事由に係る原告の主張はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法は認められない。
第6結論
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 西理香 裁判官 知野明)
file_2.jpg別紙