知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10282号 判決 2012年1月18日
原告
X
同訴訟代理人弁理士
正林真之
八木澤史彦
被告
日本電信電話株式会社
補助参加人
株式会社エヌ・ティ・ティ・データ
上記両名訴訟代理人弁護士
水谷直樹
曽我部高志
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が取消2010-300845号事件について平成23年7月28日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告の下記1の本件商標に係る商標登録の取消しを求める原告の下記2の本件審判請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,原告が本件審決の取消しを求める事案である。
1 本件商標
本件商標(登録第3303268号)は,下記の構成を有するものであり,平成4年7月31日に登録出願され,第42類「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」(以下「本件役務」という。)を含む商標登録原簿に記載の役務を指定役務として,平成9年5月9日に設定登録されたものである(甲1,2)。
file_2.jpgNTT2 特許庁における手続の経緯
原告は,平成22年7月30日,本件商標の通常使用権者である補助参加人が,本件商標の指定役務のうち,本件役務の提供に際して,特許庁職員に対して贈賄をするという法令に反する行為を行っており,したがって本件商標又は類似商標の使用が役務の質の誤認を生ずるものであったのに,被告が,補助参加人による当該品質誤認を生ずる使用を放置したと主張して,商標法53条1項による取消審判を請求した(甲28)。
特許庁は,これを取消2010-300845号事件として審理し,補助参加人の補助参加を受けた上で,平成23年7月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その審決書謄本は,同年8月4日,原告に送達された(甲9,31,弁論の全趣旨)。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,補助参加人が本件商標の通常使用権者であることを認めるに足りる証拠はなく,補助参加人が使用する別紙に記載の標章(以下「使用標章」という。)が,本件商標の指定役務及びこれに類似する役務についての使用とはいえず,かつ,本件商標と使用標章とが同一又は類似するものではない以上,使用標章の使用が役務の質の誤認を生ずるものということはできない,というものである。
4 取消事由
(1) 通常使用権者についての認定の誤り(取消事由1)
(2) 本件商標の使用についての認定の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1 取消事由1(通常使用権者についての認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,補助参加人が本件商標の通常使用権者であることを認めるに足りる証拠がない旨を説示する。
(2) しかしながら,本件審決は,被告の主張のみに基づいて,補助参加人が通常使用権者であることを否定している。
むしろ,補助参加人の商号(株式会社エヌ・ティ・ティ・データ)は,本件商標(NTT)を含むこと,被告と補助参加人とがいわゆるグループ企業の関係にあることに加えて,被告は,商標「NTTデータ」(登録第4657563号。以下「別件商標」という。)を有し,補助参加人に対して当該商標の使用許諾を行っているところ(甲10,21),別件商標の使用許諾は,当然に,本件商標の使用許諾を含む。現に,別件商標は,本件商標を含むのに,被告は,補助参加人による別件商標の使用について権利行使をしたことがない。
(3) よって,補助参加人は,本件商標の通常使用権者であると推認され,これに反する本件審決の認定は,誤りである。
〔被告及び補助参加人の主張〕
(1) 補助参加人は,被告から本件商標について通常使用権の許諾を受けていない。
(2) 補助参加人の商号が本件商標を含み,あるいは被告と補助参加人とがグループ企業の関係にあるからといって,通常使用権の許諾が合理的に推認されるものではない。
補助参加人は,別件商標について被告から使用許諾を受けているが,そのことが別件商標とは異なる本件商標についての使用許諾の根拠となるものではない。しかも,被告及び補助参加人は,いずれも我が国を代表する企業の1つであるから,それぞれの商号の略称である「NTT」(本件商標)と「NTTデータ」(別件商標)とは,相互に識別可能であり,非類似である。
(3) よって,通常使用権の許諾に関する原告の主張は,失当である。
2 取消事由2(本件商標の使用についての認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,補助参加人のウェブページである甲3の使用標章の表示が,商標的使用ではなく,また,本件役務及びこれに類似する役務についての使用とはいえない旨を説示するほか,本件商標と使用標章とが同一又は類似するものではない旨を説示する。
(2) しかしながら,甲3の使用標章の表示が商標的使用であることを否定する事情はないばかりか,甲3には,「お客様のあらゆるご要望に合わせた情報システムの構築。それが,NTTデータのコア・コンピタンスであるシステムインテグレーション事業です」と明記されており,ここにいう「システムインテグレーション事業」は,本件役務に該当する。
また,補助参加人は,その広告用パンフレットである甲17において,使用標章を「コンピュータネットワークを介して行うオンラインショッピングによる購買履歴・帳簿等のデータ処理を行う電子計算機プログラムの提供及びこれらに関連する情報の提供」について使用していたが,コンピュータプログラムの提供には,バージョンアップやウィルス対策等,提供した後の保守が含まれることは,周知の事実である。したがって,甲17による使用標章の使用は,当然に当該電子計算機プログラムの提供をした後の保守についての使用を含むか,少なくともこれに類似する。
さらに,本件商標と使用標章とは,「NTT」を共通にしており,当然に類似するばかりか,使用標章の称呼である「エヌティーティーデータ」が著名だとしても,本件商標の称呼である「エヌティーティー」が,それよりもはるかに著名であることは,周知である。そして,使用標章は,「NTT」と「DaTa」とが区別できるように2段で表示しているのであるから,需要者は,使用標章から本件商標を当然に認識する。さらに,特許庁は,「NTTDATA」との文字を有する商標を登録し続けており,このことは,特許庁が「NTTDATA」が周知ではないと認定している証拠である。
(3) よって,補助参加人は,本件商標を本件役務に使用しており,この認定を誤る本件審決は,取り消されるべきである。
〔被告及び補助参加人の主張〕
(1) 甲3は,補助参加人の業務内容を検索するためのウェブページであり,「お客様のあらゆるご要望に合わせた情報システムの構築。それが,NTTデータのコア・コンピタンスであるシステムインテグレーション事業です」との記載も,単に補助参加人の多種多彩な事業内容をおおまかにまとめて表現し,それを公衆に向けて一般的に紹介しているものにすぎず,その具体的な役務の内容が理解できるような内容ではない。したがって,甲3での使用標章の表示は,商品やサービスを識別するための商標としての使用とはいえないし,本件役務と同一又は類似の具体的な役務の内容を理解できるものではなく,具体的な役務との関連において使用標章が使用されたとはいえず,それにより役務の質の誤認が生じる余地もない。
(2) 甲17での使用標章の表示は,電子計算機プログラムの提供に関するものであるが,提供とは,相手方に差し出してその用に供することであって,提供後の行為である「保守」が含まれているとはいえない。したがって,甲17での使用標章の表示は,電子計算機プログラムの保守の役務に関するものであるとはいえない。
(3) 使用標章は,別紙に記載のとおり,NTTとDaTaとを独特の文字書体で上下二段に一体表示した文字部分(左側部分。登録第3084129号。商標権者は,被告である。甲22)と,楕円を三角形状に積み上げた図形部分(右側部分。登録第3086207号。商標権者は,補助参加人である。甲23)とを,同一の青色の長方形の背景上で,まとまりよく一体に結合した表示であって,2つの登録商標からなる結合表示である。そして,上記文字部分(左側部分)は,補助参加人の商号(株式会社エヌ・ティ・ティ・データ)から識別力のない「株式会社」の部分を除いた上で,「エヌ・ティ・ティ」の部分を「NTT」,「データ」の部分を「DaTa」と,それぞれ独特のローマ字表記でデザイン化して表示したものである。
そして,使用標章は,IT業界で我が国のトップの企業である補助参加人(甲26,27)及びその企業グループを示すシンボル表示として,これまで新聞,雑誌等の広告上において継続して表示されるなどしてきており(甲24,25),遅くとも平成10年において,周知著名性(強固な出所表示性)が既に獲得されていたことが明らかである。
したがって,本件商標との類否判断は,使用標章から文字部分(左側部分)のみを抽出してすること自体が失当であり,使用標章全体と対比してされてしかるべきところ,本件商標と使用標章とは,外観,称呼及び観念のいずれにおいても識別可能であり,相互に類似していない。しかも,「エヌティーティー」及び「エヌティーティーデータ」とそのいずれもが著名であれば,両者は識別可能であって非類似ということになるから,原告の主張は,それ自体失当である。
(4) よって,原告の主張は,理由がない。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(通常使用権者についての認定の誤り)について
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア 被告は,東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社の発行株式の総数を保有し,これらの株式会社(地域会社)による適切かつ安定的な電気通信役務の提供の確保を図ること並びに電気通信の基盤となる電気通信技術に関する研究を行うことを目的として(日本電信電話株式会社等に関する法律1条,5条),昭和60年4月1日に発足した株式会社であり,政府が,常時,その発行済み株式の総数の3分の1以上に当たる株式を保有している(同法4条1項)など,我が国の電気通信事業分野において特殊な地位を占めている会社であって,被告以外の者は,その商号中に「日本電信電話株式会社」という文字を用いることが刑事罰をもって禁じられている(同法8条,25条1項)。
そして,被告の商号を英語表記したもの(Nippon Telegraph and TelephoneCorporation)の略称である「NTT(エヌ・ティ・ティ)」が被告を表示するものとして我が国で一般に広く認識されていることは,当裁判所に顕著である。
イ 補助参加人は,昭和63年5月23日,当初の商号を「エヌ・ティ・ティ・データ通信株式会社」として設立され,同年7月1日,被告のデータ通信事業本部に属する営業を譲り受けた株式会社であり,平成10年8月1日,商号を現在のもの(株式会社エヌ・ティ・ティ・データ)に変更した(甲4,11,21)。
被告は,平成22年3月31日当時において,補助参加人の発行済み株式総数のうち54.18%を有している(甲8)。
なお,補助参加人は,我が国のITサービス業界において,最多の従業員を擁する会社であり,平成21年度において我が国で最高の売上高を記録したものである。そして,別件商標及び使用標章は,補助参加人の商号から「株式会社」との部分を除いた部分と称呼(エヌ・ティ・ティ・データ)が一致するものであって,補助参加人のウェブページ,新聞等の広告及びパンフレットにおいて補助参加人を表示するものとして広く使用されており,取引先も,補助参加人を「株式会社NTTデータ」と表示していること(甲3,4,8,12~20,24,26,27)に照らすと,別件商標及び使用標章は,「NTT」部分に対して,「データ」(別件商標)又は「DaTa」及び図形部分(使用標章)が付加されていることにより,いずれもITサービス業に特化した被告の関連会社である補助参加人を表示するものとして,需要者及び取引者に周知著名であったものと認められる。
ウ 補助参加人は,別件商標及び使用標章の文字部分について,いずれも商標権者である被告から使用の許諾を受けている通常使用権者である(甲3,4,8,10,12,13,16~19,21~24)。
補助参加人が自己の役務について,「データ」若しくは「DaTa」などの文言又は使用標章の図形部分を伴わない,「NTT(エヌ・ティ・ティ)」との外観又は称呼を有する標章を使用したと認めるに足りる証拠はない。
(2) 原告は,補助参加人が本件商標の通常使用権者である旨を主張する。
しかしながら,本件商標は,被告の通称名を図案化した英文字で表したものであるところ,前記(1)アに認定のとおり,「NTT(エヌ・ティ・ティ)」は,被告を表示するものとして一般に広く認識されていることに加えて,被告は,我が国の電気通信事業分野において特殊な地位を占めており,被告以外の者がその商号中に「日本電信電話株式会社」という文字を用いることが刑事罰をもって禁じられている。したがって,被告がその商号を英語表記したものの略称(通称名)を図案化した本件商標について,その使用を他者に対して許諾するということは,それ自体にわかに想定し難い。
次に,別件商標及び使用標章の称呼は,いずれも補助参加人の商号から「株式会社」との部分を除いたものと一致するのであるから,補助参加人が別件商標及び使用標章の文字部分について,商標権者である被告から使用許諾を受けていること(前記(1)ウ)は,両者の関係に照らしても,それ自体ごく自然であるといえる。他方,別件商標及び使用標章のうち「NTT(エヌ・ティ・ティ)」との部分は,本件商標の外観及び称呼と重複するとはいえるものの,補助参加人とは別の法人である被告の通称名として一般に広く認識されているばかりか,当該部分を図案化した本件商標は,別件商標などとは別個に登録された商標であるから,補助参加人が別件商標及び使用標章の文字部分と併せて本件商標について使用許諾を受けることは,両者の関係に照らしても,それ自体不自然であって,被告による別件商標及び使用標章の文字部分の使用許諾の事実は,被告による本件商標の使用許諾を裏付けるものではない。
以上のような事情に照らすと,前記(1)イに認定のとおり,補助参加人が被告の営業の一部を譲り受けたものであり,かつ,被告が補助参加人の発行済み株式総数の過半数を有しているからといって,これらの事実から,補助参加人が本件商標の使用権者であることを推認することもできない。
(3) 以上のとおり,補助参加人は,被告から本件商標の使用許諾を受けたと認めるに足りる事実はなく,むしろ,補助参加人は,前記(1)ウに認定のとおり,補助参加人が自己の役務について,「データ」若しくは「DaTa」などの文言又は使用商標の図形部分を伴わない,「NTT(エヌ・ティ・ティ)」との外観又は称呼を有する標章を使用したと認めるに足りる証拠がないから,本件商標の使用権者であるとは認められない。
よって,本件審決の判断に誤りはなく,原告の前記主張は,採用できない。
2 取消事由2(本件商標の使用についての認定の誤り)について
(1) 補助参加人は,本件商標の使用権者であるとは認められないから,原告の請求は,理由がないが,なお念のため,補助参加人による本件商標の使用についても検討すると,前記1(1)イに認定のとおり,補助参加人は,別件商標及び使用標章を自己のウェブページ,新聞等の広告及びパンフレットに自己又はその役務を表示するものとして掲記して使用しており,これらは,いずれも,英文字「NTT」との外観を有する部分を含み,「エヌ・ティ・ティ・データ」との称呼を有している。
(2) 他方,別件商標及び使用標章は,前記1(1)イに認定のとおり,「NTT」部分に対して,「データ」(別件商標)又は「DaTa」及び図形部分(使用標章)が付加されていることにより,いずれもITサービス業に特化した被告の関連会社である補助参加人を表示するものとして,需要者及び取引者に周知著名であったものと認められるから,そこから「NTT」の部分,「データ(DaTa)」の部分又は使用標章の図形部分を分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しており,別件商標及び使用標章の全体から出所識別標識としての称呼及び観念が生じているものと認められる。したがって,別件商標及び使用標章からその構成部分の一部(「NTT」の部分)を抽出し,この部分だけを本件商標と比較してその類否を判断することはできないのであって,「エヌ・ティ・ティ・データ」との称呼及び補助参加人という観念を生じる別件商標及び使用標章は,「エヌ・ティ・ティ」との称呼及び被告という観念を生じる本件商標とは,外観,称呼及び観念のいずれにおいても異なるものというほかなく,具体的な取引状況から両者について混同が生じると認めるに足りる証拠もない。したがって,別件商標及び使用標章と本件商標とでは,「NTT」との英文字で表示される部分が重複するとしても,相互に類似する商標であるとはいえない。
(3) したがって,別件商標及び使用標章の文字部分と本件商標とは,類似しているとはいえないから,補助参加人による別件商標及び使用標章の使用(甲3,17)は,本件商標の使用には当たらない。そして,前記1(1)ウに認定のとおり,補助参加人が自己の役務について,「データ」,「DaTa」などの文言や使用標章の図形部分を伴わない「NTT(エヌ・ティ・ティ)」との外観又は称呼を有する標章を使用したと認めるに足りる証拠はないから,補助参加人は,結局,本件商標を使用したものとは認められず,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(4) よって,補助参加人が本件商標を使用したとの原告の主張は,採用できない。
3 結論
以上の次第であるから,原告の主張をもって役務の質の誤認を生ずるか否かについて検討するまでもなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)
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