知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10284号 判決 2012年6月06日
原告
キシエンジニアリング株式会社
訴訟代理人弁護士
寒河江孝允
高瀬亜富
弁理士
保科敏夫
被告
エス・イー・エンジニアリング株式会社
訴訟代理人弁護士
高橋恭司
枩藤朋子
弁理士
足立勉
石原啓策
竹中謙史
主文
特許庁が無効2010-800233号事件について平成23年7月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告が求めた判決
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告からの無効審判請求に基づき原告の特許を無効とする審決の取消訴訟である。争点は,請求項1ないし3に係る発明の進歩性(容易想到性)の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「オープン式発酵処理装置並びに発酵処理法」とする特許第3452844号(平成11年8月5日特許出願,平成15年7月18日特許登録,請求項の数は3)の特許権者である。
これに対し,被告が,平成22年12月16日,請求項1ないし3に係る発明につき特許無効審判請求をしたところ(無効2010-800233号),特許庁は,平成23年7月29日,「特許第3452844号の請求項1~3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は平成23年8月8日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨
本件発明は,畜糞等の被処理物を発酵処理させる装置及び方法に関する発明で,請求項1ないし3の特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1(本件発明1)】
「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する長尺広幅の面域の長さ方向の1側に長尺壁を設け,その他側は長尺壁のない長尺開放側面として成る大容積のオープン式発酵槽を構成すると共に,該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レールを回転走行する車輪と該長尺開放側面側の床面上を該長尺開放側面に沿い回転走行する車輪とを配設されて具備すると共に該オープン式発酵槽の長尺広幅の面域の幅方向に延びる回転軸の全長に亘り且つその周面に多数本のパドルを配設して成り,且つ堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を具備した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設けると共に該オープン式発酵槽に対し,該長尺開放側面を介してその長さ方向の所望の個所から被処理物の投入堆積と発酵済みの堆肥の取り出しを行うようにしたことを特徴とするオープン式発酵処理装置。」
【請求項2(本件発明2)】
「該長尺壁の両端に該長尺広幅の面域の幅方向に延びる端壁を配設して長尺コ字状に形成して成る請求項1に記載のオープン式発酵処理装置。」
【請求項3(本件発明3)】
「請求項1又は2に記載のオープン式発酵装置の発酵オープン式発酵槽の該長尺開放側面を介して該オープン式発酵槽内の所望の個所への有機質廃物の投入堆積を経時的に行い,台車の往復動走行に伴う該ロータリー式撹拌機の正,逆回転による夫々の堆積物の往復動撹拌を適時繰り返し行い乍ら所要期間発酵せしめ,夫々の投入時の位置から発酵処理済みの堆肥を該長尺開放側面を介して取り出すようにしたことを特徴とするオープン式発酵処理法。」
3 審判で主張された無効理由
(1) 無効理由1
本件発明1ないし3は,本件出願前に日本国内で譲渡されたオープン式発酵処理装置KS7-12型(日環エンジニアリング株式会社製)に係る発明と実質的に同一であるか(新規性欠如,特許法29条1項1,2号),又は本件出願当時,当業者において上記発明に基づいて容易に発明することができたものである(進歩性欠如,同条2項)。
(2) 無効理由2
本件発明1ないし3は,本件出願前に日本国内で頒布された下記刊行物に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたもので,進歩性を欠く。
【引用刊行物】特開昭61-232292号公報(本訴の甲1。審判では甲17)
4 審決の理由の要点(無効理由2について)
【引用刊行物に記載された発明(引用発明)】
「有機性廃棄物を,発酵槽内に供給堆積して切返し撹拌することで,一定期間貯蔵して発酵させて堆肥化する発酵槽であって,
発酵槽は二つの側壁と一つの端壁により三方を囲まれており,該発酵槽を挟んで端壁側とその向かい側に平行に走行レールがあって端壁側の走行レールは端壁上に敷設されており,
走行レール間には,回転パドルを垂下する撹拌機を横行可能に備えた走行梁が,走行レールに沿って回転走行する車輪が設けられて走行可能にわたされており,
発酵槽のブロック毎に有機質廃棄物の供給と堆肥の取り出しを自由におこない,滞留日数を独立に設定するようにした発酵槽。」
【引用発明と本件発明1の一致点】
「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する長尺広幅の面域の長さ方向の1側に長尺壁を設け,その他側は長尺壁のない長尺開放側面として成る大容積のオープン式発酵槽を構成すると共に,該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レール上を回転走行する車輪と該長尺開放側面側の床面上を該長尺開放側面に沿い回転走行する車輪とを配設されて具備する撹拌機を具備し,該オープン式発酵槽に対し,該長尺開放側面を介してその長さ方向の所望の個所から被処理物の投入堆積と発酵済みの堆肥の取り出しを行うようにしたことを特徴とするオープン式発酵処理装置。」
【引用発明と本件発明1の相違点】
・相違点1
本件発明1の撹拌機が「オープン式発酵槽の長尺広幅の面域の幅方向に延びる回転軸の全長に亘り且つその周面に多数本のパドルを配設して成り,且つ堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を具備した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設ける」ものであるのに対し,引用発明における撹拌機は,そのような特徴を有さない点。
【引用発明と本件発明1の相違点に係る構成の容易想到性に係る判断(8頁)】
「家畜糞等の有機質廃物の発酵処理装置であって,発酵槽の幅方向に伸びて正逆回転可能な回転軸の全長にわたって多数本のパドルを有する攪拌機を,台車により発酵槽の長手方向に往復走行可能なようにした撹拌装置は,本件発明1の出願前に周知のものである。
・・・
したがって,引用発明において採用する撹拌方式に替え,上記周知の撹拌方式を採用することで本件発明1における発明特定事項に想到することは,当業者であれば容易になしうるところである。」
【引用発明と本件発明2の相違点に係る構成の容易想到性に係る判断(10頁)】
「本件発明2は,本件発明1において『長尺壁の両端に長尺広幅の面域の幅方向に延びる端壁を配設』することを限定事項とするものである。
しかし,『端壁』を設けて装置の外側へ堆肥が出ないようにすることは,当業者にとって普通の発想であって格別のものではない。
したがって,当該限定事項による限定を特定事項としない本件発明1が,引用発明及び周知技術から容易であるのだから,当該限定事項を特定事項とするとしても,本件発明1の特定事項を全て含む本件発明2は,本件発明1と同様の理由により容易であるとすることができる。」
【引用発明と本件発明3の相違点に係る構成の容易想到性に係る判断(10頁)】
「本件発明3は,本件発明1または2におけるオープン式発酵処理装置を使用して発酵処理する方法を限定事項とするものである。
しかし,当該限定事項にかかる処理方法は,本件発明1又は2におけるオープン式発酵処理装置の装置としての特定事項を方法的表現に代えたものに過ぎない。
したがって,当該限定事項を特定事項とするとしても,本件発明1の特定事項を全て含む本件発明3は,本件発明1と同様の理由により容易であるとすることができる。」
第3原告主張の審決取消事由
1 一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由1)
引用発明の撹拌機は,ジグザグ走行しながら撹拌し移動するが,撹拌の際,回転パドルの回転作用によって,被処理物(材料)が前後左右に散乱する。そこで,被処理物が発酵槽外に出ないようにするため,撹拌機が材料入口端(107)から堆肥出口端(103)に向かって進行する際は,進行方向左右両側の隔壁(109,109)が必要であり,側壁(2)又は隔壁(5)に沿って進行する際も進行方向左右両側の壁(側壁,隔壁)が必要である。引用発明の特許請求の範囲に「前記撹拌機を前記発酵槽内全域を,堆肥化物を槽外に排出することなく往復移動せしめて切返し撹拌し」,「さらに該撹拌機を槽外の他部へ移動せしめる」との記載があるのは,発酵槽内に隔壁が必要であることを示すものである。
また,壁がない個所では,被処理物が発酵槽(1)の外部ないし移動通路(15)に出てしまうので,撹拌機を発酵槽外(移動通路)に移動させて,発酵槽外に出た被処理物を発酵槽内に戻す必要がある。
そして,引用刊行物の2頁右下欄8ないし13行の記載は,小規模施設の単一槽の場合にも,多量処理の場合にも,側壁ないし隔壁等で三方を囲むことが必要であることを示すものであるか,又は小規模な場合には単一槽で足りるが,多量処理の場合には発酵槽内に隔壁を設けることが必要であるとの趣旨のもので,隔壁を省略することができることを示すものではない。
これらのとおり,引用発明の発酵装置においては,発酵槽内に隔壁を設けることが必須であるのであって,隔壁のない発酵槽を引用発明と本件発明1の一致点とし,隔壁の有無を看過した審決の一致点及び相違点の認定には誤りがある。
また,審決は本件発明1にいう「該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レール上を回転走行する車輪と該長尺開放側側面の床面上を該長尺開放側面に沿い回転走行する車輪とを配設されて具備する」との構成についても,引用発明と本件発明1の一致点とするが,この構成は「オープン式発酵槽の長尺広幅の面域の軸方向に延びる回転軸の全長に亘り且つその周面に多数本のパドルを配設して成り,且つ堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を具備した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設ける」との構成と不可分のもので,両者相まって撹拌機の直線走行,往復動による撹拌という特定の撹拌方式を定めるものである。しかるに,審決は前者の構成につき引用発明と本件発明1の一致点とし,後者の構成につき相違点としており,審決の一致点及び相違点の認定には誤りがある。
2 相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り(取消事由2)
引用発明の発酵装置では,撹拌機(9)は走行梁(8)に沿って横方向に自在に移動し,ジグザク走行して被処理物を撹拌するため,前後方向のみならず左右方向にも被処理物が移動するが,本件発明1の発酵処理装置の撹拌機は,長尺方向に直線走行して被処理物を撹拌するため,被処理物は主として前後方向にのみ移動する。また,引用発明の撹拌機は発酵槽内全域を撹拌するが,本件発明1の撹拌機は発酵槽内の一部を撹拌するものである。そうすると,引用発明の発酵装置と本件発明1の発酵処理装置とでは,撹拌の方式等が大きく異なり,当業者において,前者の装置の撹拌方式に代えて後者の装置の撹拌方式を採用する動機付けを持つものではない。
また,本件発明1にいう「該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レール上を回転走行する車輪と該長尺開放側側面の床面上を該長尺開放側面に沿い回転走行する車輪とを配設されて具備する」との構成は,引用発明においても,また審決が周知例として引用する実願昭59-56785号(実開昭60-168600号)のマイクロフィルム(本訴における甲2,審判では甲19),実願昭56-53014号(実開昭57-167739号)のマイクロフィルム(本訴における甲3,審判では甲21)に記載された周知技術ないし技術的事項においても,開示されていない。
そして,甲第2,第3号証に記載されているのは,いずれも,回転軸の両端部を同じ構造で支持する撹拌装置の構成であって,本件発明1の発酵処理装置における,回転軸の各端部を異なった構造(高低差のある構造)で支持する撹拌装置とは,その構成が大きく異なり,両撹拌装置の構成を同視することはできない。また,甲第2,第3号証では,「隔壁のない大容積のオープン式発酵槽」という本件発明1の特徴を見い出すことができない。
そうすると,引用発明に基づき,またはさらに甲第2,第3号証に記載された周知技術ないし技術的事項を適用しても,当業者において相違点1に係る構成に容易に想到することはできない。
したがって,相違点1に係る構成の容易想到性を肯定した審決の判断には誤りがある。
第4取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対し
引用発明の特許請求の範囲には「隔壁」の文言は記載されていないし,引用刊行物(甲1)の2頁右下欄7ないし13行には「発酵槽1は,・・・単一槽でもよい」との記載がある。また,隔壁で区切られた1単位の発酵槽であるユニットとしての単一槽のみにおいては,発酵槽内のすべての被処理物(材料)を一体として扱い,同時に均一の処理をするほかないので,引用発明の目的である「不定期な材料供給等に合わせたフレキシビリティを持った操作」を実現できないから,上記記載にいう「発酵槽1」をユニットとしての単一槽を意味すると解することはできない。そして,引用発明では,撹拌機が往動方向に移動するときにパドルの作用によって被処理物が開放面方向に移動し,撹拌機が復動方向に移動するときにパドルの作用によって被処理物が撹拌開始前の方向に戻されるから,隔壁を設けなくても隣り合う領域の被処理物が混じり合うことはないし,仮に被処理物が若干拡散することがあるとしても,各被処理物の間の距離を若干離しておけば足りることである。したがって,引用発明の発酵装置では発酵槽内に隔壁を設けることが必須であるということはできず,審決に隔壁の有無につき相違点の看過があるとはいえない。
2 取消事由2に対し
本件発明1の特許請求の範囲では,回転軸につき,「該オープン式発酵槽の長尺広幅の面域の順方向に延びる」との特定しかしておらず,回転軸の左右の各端部の支持構造を異ならせる旨が特定されていない。回転軸の支持構造に係る原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張にすぎないし,本件明細書の段落【0016】や図6,7の記載に照らしても,回転軸(5a)の左右の各端部の支持構造に差異があるとはいえない。回転軸の左右の各端部の支持構造に高低差があるとの原告の主張はその意味が不明であるが,仮に車輪(4)の地上高の差異であるとしても,本件発明1と引用発明の相違点に必然的に由来するものにすぎない。
引用発明では,被処理物(材料)は撹拌機が移動する慣性力によって移送されるのではなく,パドルの回転作用によって移送されるから,撹拌作用に伴う被処理物の移動方向は,撹拌作用を行うパドルの回転方向に依存するものであるし,撹拌機がジグザグに走行しても,パドルの回転方向は常に一定であり,被処理物が前後方向だけでなく左右方向にも飛び散ることはない。また,引用発明の撹拌機は,撹拌終了時に,被処理物を撹拌開始前の位置に戻すという作用効果を達成するために,往動方向に移動するときにパドルが正方向に回転して被処理物を開放面方向に移送させ,復動方向に移動するときにパドルが逆方向に回転して被処理物を撹拌前の位置に戻す作用を有するところ,かかる作用を有するようにしながら,撹拌装置を他の周知の方式のものに置き換えることに困難はない。したがって,引用発明の発酵装置と本件発明1の発酵処理装置とで,撹拌の方式等が大きく異なるとはいえないし,技術分野の共通性にかんがみれば,引用発明に甲第2,第3号証に記載された技術的事項を適用し,当業者において,前者の装置の撹拌方式に代えて後者の装置の撹拌方式を採用する動機付けがある。
そうすると,引用発明と本件発明の各撹拌方式の機能,作用の共通性にもかんがみれば,相違点1に係る構成の容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について
(1) 審決は,「長尺広幅の面域の長さ方向の1側に長尺壁を設け,その他側は長尺壁のない長尺開放側面として成る大容積のオープン式発酵槽」は本件発明1と引用発明の一致点であると認定したが,原告は,引用発明の発酵装置においては,発酵槽内に隔壁を設けることが必須であり,隔壁の有無を看過した審決の一致点及び相違点の認定には誤りがあると主張する。
確かに,引用刊行物(甲1)の2頁右上欄17行ないし左下欄16行には,「上記従来の発酵槽における堆肥の切返し方法は連続的な方法であるため,装置特有の攪拌頻度を1回/1~数日として設計製作した場合,例えば頻度を高める場合には,必要な滞留日数に満たないうちに排出することになり,これを防いで滞留日数を十分とるためには発酵槽の長さを延長せねばならない。したがって供給される材料の大幅な性状変化に対応し難い場合が多く,また連続的方法であるために,規則的な運転が要求され,小規模設備においてみうけられる不定期な材料供給,作業員の都合に合わせた運転等,フレキシビリティを持った操作を行うことができないという問題点があった。本発明は従来の方法の上記の問題点を解決し,材料供給,堆肥搬出,切返し操作に関して,切返し頻度と滞留日数との間の関係などに自由度を持たせ,材料の大幅な性状変化に対応して適正な攪拌頻度となし得,回分式の装置としても使用可能にした発酵槽の運転方法を提供しようとするものである。」との記載があるし,3頁右上欄15ないし19行には,「このようにして,発酵槽1内における材料の滞留日数を任意にとることが可能となり,槽内の切返し攪拌ならびにその頻度と滞留日数とをそれぞれ独立して自由に供給材料の性状変化に対応して設定することができる。」との記載があるから,引用発明においては,被処理物(材料)の性状に応じて発酵槽内の滞留日数(発酵槽に投入してから,発酵槽から取り出すまでの日数)及び撹拌の頻度を相異ならせることが予定されているものであるし,2頁右下欄10ないし13行には,「多量の材料の発酵堆肥化処理が行えるように,図示例の如く大きな発酵槽1内を側壁2,3と平行な同一隔壁5によって多数に区分することもできる。」との記載がある(また,実施例に係る第1図には,複数の隔壁5で発酵槽1内を区切った構成が図示されている。)。
そうすると,引用刊行物においては,発酵槽(1)内を隔壁(5)で区切り,区切られた各区画で被処理物をそれぞれ発酵させる構成が開示されていることはいうまでもない。しかしながら,引用刊行物の上記2頁右下欄10ないし13行の直前には,「第1図~第3図において,発酵槽1は二つの側壁2,3と一つの側壁4により三方を囲まれており,これは単一槽でもよい」との記載(2頁右下欄8~10行)があるし,引用刊行物の記載上,発酵槽(1)の内部に隔壁(5)を設けて発酵槽内を物理的に区切るのではなく,発酵槽の内部を概念的,論理的に区切り,このようにして区切られた領域(区画)中に投入された被処理物の滞留日数及び撹拌頻度をそれぞれ管理する構成も予定されていることは明らかであるから,引用刊行物に記載された引用発明を,発酵槽内を隔壁で物理的に区切る構成に係るものに限定する必要はない。審決は後者の構成をとらえて引用刊行物に記載された引用発明を認定し,これに従って引用発明と本件発明1との一致点及び相違点を認定したものであって,審決の認定に相違点の看過は存しない。
また,原告は,被処理物が発酵槽外に出ないようにするためには隔壁が必要であるし,引用刊行物の特許請求の範囲の記載も隔壁が必要であることを示すものであるなどと主張する。しかしながら,前記のとおり,引用刊行物には,発酵槽内を隔壁で物理的に区切る構成と,概念的,論理的に領域を区切る構成の双方が開示されているのであって,特許請求の範囲の記載もかかる観点を踏まえて記載されているにすぎず,原告が主張する特許請求の範囲の記載中の特定の部分をもとに,引用発明においても発酵槽内に隔壁を設けることが必須であるということはできない。特許請求の範囲の記載にいう「三方」も,2つの側壁と一つの端壁で囲まれていることを意味するものにすぎず,発酵槽内に隔壁が必須であることまで示すものではない。特許請求の範囲の記載中に「さらに該攪拌機を槽外の他部へ移動せしめるようにした」とあるのは,第1図の記載にも照らせば,撹拌機(9)を発酵槽外の移動通路側にまで移動できることを示すにすぎず,したがって上記「他部」も移動通路を意味することが明らかであり,発酵槽内の隔壁の存在の有無の問題とは一応別個の事柄にすぎない。
したがって,引用刊行物の撹拌機の撹拌方式や特許請求の範囲の記載を根拠とする原告の上記主張を採用することはできない。
(2) 原告は,本件発明1にいう「該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レール上を回転走行する車輪と該長尺開放側側面の床面上を該長尺開放側面に沿い回転走行する車輪とを配設されて具備する」との構成と「オープン式発酵槽の長尺広幅の面域の軸方向に延びる回転軸の全長に亘り且つその周面に多数本のパドルを配設して成り,且つ堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を具備した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設ける」との構成は不可分のものであり,両者を分離して,前者を引用発明と本件発明1との一致点,後者を相違点とした審決の認定には誤りがあると主張する。
しかしながら,発酵槽の長尺壁上端にレールを敷設して,レール上を車輪が走行できるようにし,発酵槽開放側(開口側)床面でも車輪が走行できるようにして,両車輪を用いて支持する台車が撹拌機を搭載する構成と,撹拌方式の具体的な構成とは論理必然の関係にあるわけではない(例えば,引用刊行物のように,発酵槽の長尺壁上端のレールを走行する車輪と,移動通路を走行する車輪とを用いて支持される構造体に,発酵槽の奥行き方向に延びるレールを設け,このレール上を往復する撹拌機がジグザグに撹拌動作をする構成もあり得る。)。他方,引用刊行物の2頁右下欄17行ないし3頁左上欄4行には,発酵槽の長尺壁上端にレールを敷設して,レール上を車輪が走行できるようにし,移動通路(発酵槽開口側付近の外部)でも車輪が走行できるようにして,両車輪を用いて支持する構造体(台車)が撹拌機を搭載する構成が記載されているから,審決がかかる構成を引用発明と本件発明1の一致点とした認定に誤りはない。
(3) 結局,審決がした引用発明と本件発明1の一致点及び相違点の認定に誤りはなく,原告が主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り)について
(1) 前記1のとおり,引用発明の発酵槽においては隔壁は必須のものではなく,引用刊行物中には,発酵槽の長尺壁上端にレールを敷設して,レール上を車輪が走行できるようにし,移動通路(発酵槽開口側付近の外部)でも車輪が走行できるようにして,両車輪を用いて支持する構造体(台車)が撹拌機を搭載する構成が記載されているから,引用発明が単一の発酵槽に係る発明でなく,上記レール等の構成を備えていないことを前提とする原告の主張は理由がない。
(2) 走行撹拌装置の発明(考案)に係る甲第2号証(実願昭59-56785号(実開昭60-168600号)のマイクロフィルム)中には,処理槽(発酵槽)の上方に設ける撹拌機に関し,次のとおりの記載がある。
・1頁下から1行ないし2頁上から12行
「従来この種の走行攪拌装置として,被処理物を収容した長手の処理槽の上を長手方向に往復走行可能な架台と,該架台の走行方向に直角で該架台に正逆回転可能に軸支した回転軸と,該回転軸の周面に適宜間隔で半径方向に突設した複数の攪拌用フォークとからなり,前記架台を前記処理槽上の往路方向に走行させ乍ら前記回転軸を一方に回転させてフォークにより被処理物を攪拌することと前記架台を前記処理槽上の復路方向に走行させ乍ら前記回転軸を逆回転させてフォークにより被処理物を攪拌することを繰り返し行なうものが知られている。」
・3頁15行ないし4頁11行
「本考案の1実施例を図面に従って説明する。(1)は溝状の長手の処理槽である発酵槽,(2)(2)はその両側縁上に敷設したレール,(3)はこれらレール(2)(2)上を往復走行する架台を示し,該架台(3)は方形の枠体(3a)と該枠体(3a)に枢着され前記レール(2)(2)上を走行する2対の車輪(3b)・・・(3b)とからなり,該枠体(3a)の中間部には前記架台(3)の走行方向に直角の方向に回転軸(4)が軸支されており,該回転軸(4)は前記架台(3)に設けたモータ(5)の回転軸にチェーン伝達機構等の公知の手段を介して連結されており,前記モータ(5)の正転或いは逆転駆動に応じて正転或いは逆転するようになっている。」
・5頁13行ないし6頁7行
「次に上記実施例の走行装置の作動について説明する。水産加工廃棄物等の被処理物(A)を・・・発酵槽(1)の略全長に亘り堆積する。そして架台(3)が電動或いは手動等により同図の右側の位置から左側の位置に往路走行するときは回転軸(4)及びフォーク(6)・・・(6)を・・・正回転させ,架台(3)が左側の位置から右側の位置に復路走行するときは回転軸(4)及びフォーク(6)・・・(6)を・・・逆回転させ,・・・被処理物(A)をその全体に亘り攪拌する。」
・第1図
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・第2図
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また,畜糞撹拌機に関する発明に係る甲第3号証(実願昭56-53014号(実開昭57-167739号)のマイクロフィルム)中には,処理槽(発酵槽)の上方に設ける撹拌機に関し,次のとおりの記載がある。
・2頁4ないし9行
「この第1図に示す攪拌機は,正逆回転駆動される車輪1を備えた左右一対の台車2間に攪拌軸3を横架装着し,攪拌軸3に装着したブレード4による切り崩し,搬送作用と台車2の走行とを利用して堆積された畜糞を攪拌しつつ一方に向つて搬送するものである。」
・3頁11行ないし4頁7行
「以下に本案を第2図乃至第4図に示された一実施例について説明する。図において,従来同様にコンクリートブロック等で構成された堆積槽10の両側にはU字溝11を設け,堆積槽10の両側に配設した左右一対の台車12の車輪13をそれぞれU字溝11の底面に設置させている。又,各台車12には,図示しない減速機とモータ14とをそれぞれ搭載すると共に,U字溝11の内側面に転接するガイド車輪15を設けることにより,左右の台車12を独立して走行・停止できるようにしている。一方,前記台車12間には,堆積槽10内の畜糞を攪拌するためのブレード16を備えた攪拌軸17を横架装着している。尚,この攪拌軸17は,いずれか一方の台車に搭載されたモータ(図示省略)によつて回転駆動される。」
・6頁6ないし11行
「尚,実施例では,台車をU字溝内にガイド車輪を通して嵌合させることにより,一方の台車が先行した時にフレームと台車とを的確に傾斜させるようにしたものであるが,台車の接地圧が大きい時は必ずしもU字溝を設ける必要はない。」
・第1図
file_4.jpg・第2図
file_5.jpg(3) 上記のとおり,甲第2号証には,従来技術及び実施例として,処理槽(発酵槽)の長尺方向の縁の両側にレールを設け,処理槽を跨ぐように設けられ,レール上を車輪で走行する架台に撹拌機を搭載し,この架台を長尺方向に往復走行させて被処理物を撹拌する構成が記載され,甲第3号証にも,実施例として,堆積槽(発酵槽)の長尺方向両側にU字溝ないし溝によらない走行路を設け,堆積槽を跨ぐように設けられ,走行路を車輪で走行する台車に撹拌機を搭載し,この台車を長尺方向に往復走行させて被処理物を撹拌する構成が記載されている。したがって,本件出願当時,発酵槽の長尺方向の側壁ないし縁部にレールや溝を設けたり,あるいはレール等を設けずに単に走行路を設定して,発酵槽の上方を跨ぐような構造を有する台車がこの走行路を車輪で往復走行できるようにし,かつこの台車に,回転軸に撹拌のためのパドル等が取り付けられており,正回転,逆回転による回転動作(撹拌動作)が自在な撹拌機を搭載する程度までのことは,当業者の周知技術にすぎなかったということができる。そして,甲第2,第3号証に記載されたかかる周知技術と引用発明はその技術分野が共通であり,甲第2,第3号証に記載された発酵槽(処理槽,堆積槽)が,引用発明の発酵槽と同様に,内部を隔壁で物理的に区切らない単一槽であることまでは是認できる。
しかしながら,甲第2号証には,「水産加工廃棄物等の被処理物(A)を走行散布ホッパー(10)により第2図示の如く発酵槽(1)の略全長に亘り堆積する。・・・これらフォーク(6)・・・(6)の先端爪部(6c)・・・(6c)により被処理物(A)をその全体に亘り攪拌する。」(5頁15行~6頁7行)と記載されているのみで,台車を所望の位置に動かして,所望の範囲(領域)で撹拌動作を指定した頻度(回数)で行うことで,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理することは記載されていない。また,甲第3号証にも,従来の撹拌機につき「第1図に示す攪拌機は,・・・堆積された畜糞を撹拌しつつ一方に向かつて搬送するものである。」(2頁4行~9行)と記載され,被処理物を撹拌しながら他方に向かって送り出すことが開示されているのみで,台車を所望の位置に動かして,所望の範囲(領域)で撹拌動作を指定した頻度(回数)で行うことで,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理することは記載されていない。
他方,前記のとおり,引用発明が解決しようとする課題は,発酵槽内を複数の領域に概念的,論理的に区切り,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理する点にあり(甲1の2頁左下欄10~16行),引用発明の撹拌機も,下記第1図のとおり,発酵槽(1)内からいったん移動通路(15)上に移動させた後,移動通路上を発酵槽の長尺方向に沿って他の領域の前(開口部側)まで移動させ,再度発酵槽内に移動させることによって,上記の領域ごとの被処理物の撹拌頻度の管理を可能にするものである。
【引用刊行物(甲1)の第1図】
file_6.jpgしたがって,引用発明においては,撹拌機の構成と移動通路とは機能的に結び付いているものである。
そうすると,引用発明の発酵処理装置の構成から移動通路(15)を省略し,かつ奥行き方向に往復して撹拌する撹拌機の構成を長尺方向にのみ往復移動しながら撹拌動作する甲第2,第3号証から認められる周知技術に係る撹拌機の構成に改め,同時に概念的,論理的に複数に区切られた発酵槽内の領域を,発酵槽開口部の所望の個所から被処理物の投入・堆積・取出しを行うことができるようにするべく,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理することができるようにすることは,甲第2,第3号証に表れる構成が当業者に周知のものであるとしても,本件出願当時,当業者において容易ではあったと認めることはできない。したがって,これと異なる「引用発明において採用する撹拌方式に替え,上記周知の撹拌方式を採用することで本件発明1における発明特定事項に想到することは,当業者であれば容易になしうるところである。」との審決の判断(8頁)は誤りである。
(4) 結局,引用発明と本件発明1の相違点に係る構成の容易想到性について審決がした判断は誤りであり,本件発明1の発明特定事項を引用する本件発明2,3の進歩性判断についても同様である。よって,かかる判断の誤りをいう原告の取消事由2は理由がある。
第6結論
以上によれば,原告が主張する取消事由1は理由がないが,取消事由2は理由があるから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)