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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10305号 判決 2012年7月04日

原告

X

同訴訟代理人弁理士

奈良武

被告

特許庁長官

同指定代理人

千葉成就

刈間宏信

氏原康宏

守屋友宏

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2010-25548号事件について平成23年8月9日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,本件補正を却下した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は,平成11年12月8日,発明の名称を「フープ材カッター」(ただし,平成21年8月24日付け手続補正書(甲2)による補正後の発明の名称は「フープ材カッターの製造方法」)とする発明について,特許出願(特願平11-349082号。請求項の数2)をした(甲1)。

(2)  特許庁は,平成22年8月3日付けで拒絶査定をした(甲16)。

(3)  原告は,平成22年11月12日,これに対する不服の審判を請求し(不服2010-25548号事件),同日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をしたが(甲20),特許庁は,平成23年8月9日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は同月22日,原告に送達された。

2  本件補正前後の特許請求の範囲の記載

本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである。

(1)  本件補正前の請求項1の記載(ただし,前記平成21年8月24日付け手続補正書による補正後のものである。以下,本件補正前の特許請求の範囲に属する発明を「本願発明」といい,その明細書(甲2)を,甲1の図1及び2も含め,「本願明細書」という。なお,文中の「/」は改行箇所を示す。(2)も同じ。)

ベースフレームとサブフレームとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,前記ベースフレームに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッターの製造方法において,/前記ベースフレームとサブフレームとの間に前記ラムが摺動しうる間隔を保つ高さが前記ラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部を前記ベースフレーム側に鋳造にて一体形成するとともに前記スペーサ部の端部と前記ラムの粗加工面とを同一平面に同時仕上げ加工することにより製造することを特徴とするフープ材カッターの製造方法

(2)  本件補正後の請求項1の記載(下線部分は本件補正による補正箇所である。

以下,本件補正後の特許請求の範囲に属する発明を「本件補正発明」といい,本件補正後の明細書(甲2,20)を「本件補正明細書」という。)

ベースフレームとサブフレームとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,前記ベースフレームに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッターの製造方法において,/前記ベースフレームとサブフレームとの間に前記ラムが摺動しうる間隔を保つ高さが前記ラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部を前記ベースフレーム側に鋳造にて一体形成するとともに前記スペーサ部と前記ラムの粗加工面とを同一平面に同時加工した後,/前記ラムの面のみをベースフレームとサブフレームとの間に円滑に摺動するために必要な隙間分だけ削除して前記ベースフレーム,サブフレーム及びラムを形成し前記動刃を前記フープ材入り口側におけるラムの端面に埋め込み,ボルトにて固定するとともに前記固定刃をフープ材の排出口側におけるベースフレームの開口端に埋め込み,ボルトにより固定することを特徴とするフープ材カッターの製造方法

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,①本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法(以下「法」という。)17条の2第4項2号に違反する,②仮に,本件補正が同号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たるとしても,本件補正発明は,下記アの引用例に記載された発明並びに下記イないしオの周知例1ないし4記載の周知技術に基づいて容易に発明することができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件補正は,法17条の2第5項において準用する法126条5項の規定に違反するとして,本件補正を却下した上,③本願発明も,引用発明及び周知例1ないし4記載の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,としたものである。

ア 引用例:特開平7-60532号公報(甲4)

イ 周知例1:特開昭57-91392号公報(甲5)

ウ 周知例2:特開平3-149166号公報(甲6)

エ 周知例3:実願平4-54347号(実開平6-15926号)のCD-ROM(甲7)

オ 周知例4:実願昭61-92404号(実開昭63-716号)のマイクロフィルム(甲10)

(2)  なお,本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明:ベースとカバーとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,前記ベースに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッターの製造方法において,前記ベースとカバーとの間に前記ラムが摺動し得る間隔を保つ高さが前記ラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部を前記ベース側に一体形成し,前記動刃を前記フープ材出口側におけるラムの端面にボルトにて固定するとともに前記固定刃をフープ材の入り口側におけるベースの開口端にボルトにより固定することにより製造するフープ材カッターの製造方法

イ 一致点:ベースフレームとサブフレームとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,前記ベースフレームに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッターの製造方法において,前記ベースフレームとサブフレームとの間に前記ラムが摺動し得る間隔を保つ高さが前記ラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部を前記ベースフレーム側に一体形成し,前記動刃をラムの端面にボルトにて固定するとともに前記固定刃をベースフレームの開口端にボルトにより固定することにより製造するフープ材カッターの製造方法

ウ 相違点1:スペーサ部とベースフレームの一体形成について,本件補正発明では「鋳造にて」と特定されているが,引用発明では明らかでない点

エ 相違点2:本件補正発明では「スペーサ部と前記ラムの粗加工面とを同一平面に同時加工」し,その後「ラムの面のみをベースフレームとサブフレームとの間に円滑に摺動するために必要な隙間分だけ削除して前記ベースフレーム,サブフレーム及びラムを形成」しているが,引用発明では明らかでない点

オ 相違点3:動刃,固定刃について,本件補正発明では,動刃を「フープ材入り口側」におけるラムの端面に「埋め込み」,ボルトにて固定するとともに,固定刃を「フープ材の排出口側」におけるベースフレームの開口端に「埋め込み」,ボルトにより固定するが,引用発明では,動刃を「フープ材出口側」におけるラムの端面にボルトにて固定するとともに,固定刃を「フープ材の入り口側」におけるベースフレームの開口端にボルトにより固定するものである点

(3)  また,本件審決が認定した本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 一致点:ベースフレームとサブフレームとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,前記ベースフレームに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッターの製造方法において,前記ベースフレームとサブフレームとの間に前記ラムが摺動し得る間隔を保つ高さが前記ラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部を前記ベースフレーム側に一体形成することにより製造するフープ材カッターの製造方法

イ 相違点4:スペーサ部とベースフレームの一体成形について,本願発明では「鋳造にて」と特定されているが,引用発明では明らかでない点

ウ 相違点5:本願発明では「スペーサ部の端部と前記ラムの粗加工面とを同一平面に同時仕上げ加工」しているが,引用発明では明らかでない点

4  取消事由

(1)  本件審査及び審判手続の違法(取消事由1)

(2)  本件補正を却下した判断の誤り

ア 法17条の2第4項2号に係る判断の誤り(取消事由2)

イ いわゆる独立特許要件を欠くとした判断の誤り(取消事由3)

(3)  本願発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由4)

第3当事者の主張

1  取消事由1(本件審査及び審判手続の違法)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審査手続の違法について

原告は,平成21年6月26日付け拒絶理由通知書(甲11)に対し,同年8月24日付け手続補正書(甲2)と意見書(甲12)を提出したが,同年11月20日付けで再び拒絶理由通知書(甲13)が通知された。そこで,平成22年1月7日付け手続補正書(甲3)及び意見書(甲14)を提出したが,この手続補正は却下され,同年8月3日付けで拒絶査定がされた(甲15,16)。

原告は,以上の審査手続において,甲13の拒絶理由通知書が最後の拒絶理由通知書であることを看過して,甲3の手続補正書を提出するという誤りをしたものである。

しかし,本件出願に添付した明細書(甲1。以下「当初明細書」という。)の請求項1及び2のフープ材カッターが甲2の手続補正書により「フープ材カッターの製造方法」に特定された段階で,甲11の拒絶理由通知とは異なる理由からなる甲13の拒絶理由通知がいきなり最後の拒絶理由通知とされること自体,通常の審査では考えられない。また,甲3の手続補正書及び甲14の意見書をみれば,原告が甲2(【0023】【図2】)に記載された発明を請求項2の発明として再度提出したことは明らかであるから,少なくとも,原告の意図した発明に対する適切な審査を行い,適正な補正をする機会を与えるべきであったのにもかかわらず,原告の意図を全く無視してされた拒絶査定は,出願人及び発明の保護を目的とする特許法1条の規定に違反するものである。

(2) 本件審判手続の違法について

ア 本件審判手続において,原告は,審尋(甲17)に対する回答書(甲18)を提出したが,特許庁は,この回答書において原告が意図した発明に対する適切な補正の機会を与えることなく,本件補正を却下した。

イ また,本件審決は,本件補正のうち,本願発明の「前記スペーサ部の端部と前記ラムの粗加工面とを同一平面に同時仕上げ加工する」を,「前記スペーサ部と前記ラム部の粗加工面とを同一平面に同時加工し」とする補正(以下「本件補正事項1」という。)について,「の端部」及び「仕上げ」という発明特定事項を省くものであるから,特許請求の範囲の限定的減縮には当たらないと判断した。

しかし,本件補正事項1は,単なる誤記であるから,特許庁は,請求人である原告や発明を保護するため,誤記を指摘して,釈明や再補正の機会を与えるべきであった。

ウ また,本件審決は,本件補正のうち,「前記ラムの面のみをベースフレームとサブフレームとの間に円滑に摺動するために必要な隙間分だけ削除して前記ベースフレーム,サブフレーム及びラムを形成し前記動刃を前記フープ材入り口側におけるラムの端面に埋め込み,ボルトにて固定するとともに前記固定刃をフープ材の排出口側におけるベースフレームの開口端に埋め込み,ボルトにより固定する」との事項を付加する補正(以下「本件補正事項2」という。)は,動刃,固定刃の固定に関する発明特定事項を付加することにより,「動刃が安定する利点がある」(甲20【0013】)というものであるところ,本願発明の課題は,「従来の技術は,部品点数が多く,鋼版は加工することにより歪みが生じて各部品を均等な精度に加工することが困難となる」(甲2【0003】)というものであるから,本願発明と本件補正発明とでは,解決しようとする課題が同一であるとは認められないとして,本件補正事項2も,特許請求の範囲の限定的減縮に当たらないと判断した。

しかし,本件補正事項2は,「広い開口部を有する排出口側から動刃を取り替えることが出来るので作業が容易になる」という利点(甲20【0023】)も有するものである。すなわち,原告は,本件補正により,甲2(【0023】【図2】)に記載されたフープ材カッターの発明の特定を目的とする意図があったのであり,このような原告の意図は,審判手続上明確なものであった。同発明の存在を念頭において判断すれば,本件補正発明は,適切な補正と認められるものである。

エ 以上のとおり,本件審決には,特許法1条に違反するとともに,審理不尽の違法がある。

(3) 小括

よって,本件審決は取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

(1) 本件審査手続の違法について

本件審査手続の違法に係る原告の主張は,本件審決の取消事由となり得るものではない。

(2) 本件審判手続の違法について

ア 原告は,回答書において原告が意図した発明に対する適切な補正の機会を与えることなく,本件補正を却下した本件審決は違法である旨主張する。

しかし,審判手続における審尋は,審理の一層の充実を図ることを目的として,審判請求人の意見を事前に求めるものであり,補正を促すためのものではない。したがって,審尋に対する回答書に原告の意図する発明が示されていたとしても,特許法上,これを審理の対象として手続を進めなければならないものではなく,必ず補正の機会を与えなければならないものでもない。

したがって,原告の主張は理由がない。

イ 本件補正事項1について

原告は,本件補正事項1は,単なる誤記であるから,補正の機会を与えるべきであったと主張する。

しかし,本件補正により,請求項1は前記第2の2(2)のとおりに補正されたが,その記載に技術的矛盾点や誤記はなく,発明として明確に把握できるものであり,本件補正明細書の記載とも矛盾するものではない。そうすると,原告の主張は,本件補正事項1が単なる誤記であるという前提において誤りである。

ウ 本件補正事項2について

本件補正事項2は,「動刃を安定させる」という課題を解決するために特定された事項である(甲20【0004】【0027】)。

他方,本願発明が解決しようとする課題は,「従来の技術は,部品点数が多く,鋼材は加工することにより歪みが生じて各部品を均等な精度に加工することが困難となる」(甲2【0003】)というものである。

法17条の2第4項2号は,補正の要件として,補正前後の発明の解決しようとする課題が同一であることを規定しているところ,本件補正発明は,本願発明が解決しようとする課題に「動刃を安定させる」という新たな課題を付加するものであるから,本願発明と本件補正発明の解決しようとする課題が同一であるとはいえない。

また,原告は,本件補正事項2により付加された発明特定事項によって,「広い開口部を有する排出口側から動刃を取り替えることができるので作業が容易になる利点がある」(甲20【0023】)との効果も奏すると主張する。

しかし,本件補正発明は,単に「動刃を前記フープ材の入り口側におけるラムの端面に埋め込み,ボルトにて固定する」と特定しているのであって,「広い開口部を有する排出口側から動刃を取り替えることができる」ことは明らかにされていないから,原告が主張する効果は実施例の効果であって,本件補正発明の効果ではない。

エ 以上のとおり,本件審判手続に特許法1条違反や審理不尽の違法はない。

(3) 小括

よって,取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(法17条の2第4項2号に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件補正事項1について

本件審決は,「の端部」及び「仕上げ」の文字が省かれていることをもって,本件補正事項1は発明特定事項を省くものであり,特許請求の範囲の限定的減縮に当たらないと判断した。

しかし,「の端部」及び「仕上げ」という発明特定事項を省いたのは,単なる誤記であり,意図的なものでない。本件補正後の「前記スペーサ部と前記ラムの粗加工面とを同一平面に同時加工し」との記載が,「の端部」を含むものであるとともに,「仕上げ」を含む加工を意味するものであることは,本件補正明細書の記載(【0010】~【0021】【図1】【図2】)から明らかである。したがって,これを「の端部」及び「仕上げ」だけでなく,「他の端部」や,「仕上げ」以外の加工に変更したものとの解釈はできず,特許請求の範囲の限定的減縮に当たらないとした本件審決の判断は誤認を有するものである。

(2) 本件補正事項2について

前記1〔原告の主張〕(2)ウのとおり,本件補正事項2に係る本件審判の判断は誤りである。

(3) 小括

よって,法17条の2第4項2号に係る本件審決の判断は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 本件補正事項1について

本件補正事項1により,本件補正発明が,本願発明には含まれていなかった「他の端部」や,「仕上げ」以外の加工をも含むものとなったことは,文理解釈上,明らかである。

したがって,本件補正事項1が特許請求の範囲の限定的減縮に当たらないとした本件審決の判断に誤りはない。

(2) 本件補正事項2について

前記1〔被告の主張〕(2)ウのとおり,本件補正前後の発明の課題が同一とはいえないから,本件補正は,特許請求の範囲の限定的減縮に当たらない。

(3) よって,法17条の2第4項2号に係る本件審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3(いわゆる独立特許要件を欠くとした判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 引用発明の認定の誤り

本件審決は,引用例について,「図1の左側に注目すると,ベースとカバーとの間にラムが摺動し得るようスペーサ部がベースに一体形成されていることが看取できる」と認定(以下「認定事項1」という。)し,「図1の右側に注目すると,動刃をフープ材出口側におけるラムの端面にボルトにて固定し,固定刃をフープ材の入り口側におけるベースの開口端にボルトにより固定していることが看取できる」と認定(以下「認定事項2」という。)した上で,前記第2の3(2)アのとおり,引用例に記載された発明として,引用発明を認定した。

しかし,本件審決による引用発明の認定は,単に「看取できる」という想像や仮定を前提としたものであり,客観的な根拠を欠いている。引用例には,引用発明の記載はない。

(2) 相違点1に係る判断の誤り

本件審決は,装置本体を鋳造により形成することは周知であると判断した。

しかし,フープ材カッターの分野において,装置本体を鋳造により形成することの周知性は認められない。すなわち,本件補正発明は,従来技術の問題点(甲2【0002】【0003】)を解決する手段として鋳造技術を適用し,「ベースフレームとサブフレームとの間にラムが摺動し得る間隔を保つ高さがラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部をベースフレーム側に鋳造にて一体形成する」という具体的な製造方法により,従来のフープ材カッターの製造技術では発揮できなかった顕著な作用効果を発揮するものである(甲2【0019】~【0021】)。

したがって,相違点1に係る本件審決の判断は誤りである。

(3) 相違点2に係る判断の誤りについて

本件審決は,引用発明においても,正確,円滑な作動のためには,スペーサ部とラムの粗加工面を平面に加工する必要があるところ,効率向上の観点から工数の削減は当然考慮すべきものであるから,引用発明において,周知例1及び2記載の複数部材の組付後に行う一括研磨に関する周知技術を適用して,スペーサ部とラム部の粗加工面とを同一平面に同時加工することは設計的事項にすぎず,また,摺動部材間に,円滑な摺動のため,必要な隙間を設けることは技術常識であるから,引用発明において,摺動部材であるラムの面を必要な隙間分だけ削除し,ベースフレーム,サブフレーム及びラムを形成することにも困難性はないと判断した。

しかし,そもそも,周知例1及び2から,複数部材を組付後に一括研磨する技術が周知であると認めることはできない。

仮に,上記技術が一般的な加工,製造技術として周知であるとしても,引用発明は,2軸のカム相互間の回転相差による軸間の競り合いを解消し,動刃の横揺れを防止して動刃の進退をガイドすることを目的として開発されたものであり,引用例には,スペーサ部やラムの加工方法についての記載はなく,粗加工面を平面に加工する必要があるか否かについても具体的な開示はないから,効率向上の観点から工数削減は当然考慮すべきであるという一般的な技術目的が存在するからといって,引用発明において,周知例1及び2記載の周知技術を適用し,スペーサ部とラム部の粗加工面とを同一平面に同時加工することが設計的事項であるということはできない。

また,本件補正発明のスペーサ部とラムの粗加工面とを同一平面に同時加工するという製造方法は,その後にラムの面のみを摺動に必要な隙間分だけ削除することによりラムがガタがなくかつ滑らかに摺動し得る隙間を得ることが可能となる(甲20【0006】)という作用効果を奏するものであるが,引用例には,こうした製造技術上の欠点の存在とこれを解決する製造技術の記載は全くない。

したがって,相違点2に係る本件補正発明の構成は,引用発明に周知例1及び2記載の周知技術を適用することによって想到し得るものではない。

よって,相違点2に係る本件審決の判断は誤りである。

(4) 相違点3に係る判断の誤りについて

本件審決は,動刃,固定刃について,いずれを入り口側とするかについては,組み付け,交換の利便性を考慮しつつ,適宜選択すべき事項にすぎないと判断した。

しかし,本件補正発明は,動刃及び固定刃の取り付けを単に組み付け,交換の利便性を考慮するだけではなく,動刃がフープ材の入口側に取り付けられることにより,フープ材の切断時に動刃が受ける力はラムの動刃埋め込み部にて受け止めることができるので動刃が安定する利点がある(甲20【0013】)との作用効果を奏するものである。

したがって,本件審決は,相違点3に係る本件補正発明の構成の効果や同構成の目的を看過し,引用発明との対比における進歩性の判断を誤ったものである。

また,本件審決は,周知例3及び4に基づき,刃を被取付部材に(埋め込み)ボルトにより固定することは,周知の技術であると判断した。

しかし,本件補正発明は,フープ材カッターの製造方法において,動刃をフ-プ材入口側におけるラムの端面に埋め込み,ボルトにて固定するとともに固定刃をフープ材の排出口側におけるベースフレームの開口端に埋め込み,ボルトにより固定するという具体的構成からなるもので,少なくとも,動刃がフープ材の入口側に取り付けられることによりフープ材の切断時に動刃が受ける力はラムの動刃埋め込み部にて受け止めることができるので動刃が安定するという作用効果は,引用発明に周知例3及び4並びに甲8及び9の各記載事項を適用しても発揮することはできないものである。

よって,相違点3に係る本件審決の判断は誤りである。

(5) 本件補正発明の作用効果に係る判断の誤りについて

本件審決は,相違点1ないし3に係る本件補正発明の構成を総合勘案しても,格別な技術的意義が生ずるとは認められないと判断した。

しかし,本件補正発明は,相違点1ないし3に係る各構成の個別的な作用効果に加え,これらの個別的効果を相乗する作用効果が発揮されるものである。

よって,本件補正発明の作用効果に係る本件審決の判断は誤りである。

(6) 小括

したがって,本件補正発明が独立特許要件を欠くとして本件補正を却下した本件審決の判断は誤りであるから,取り消されるべきものである。

〔被告の主張〕

(1) 引用発明の認定の誤りについて

ア 認定事項1について

引用例の記載(【0014】【0019】)や,一般に,断面図では,同一部品の切り口には同一ハッチングを施すこと(乙1)を踏まえて,引用例の図1をみると,ラムを挟むように上側にカバー,下側にベースがあり,ベースの両端上部はラムが摺動する面から一体に突出し,この突出部の上面がカバーの下面に接し,突出部においてカバーとベースとがボルトにより固定されていることは明らかである。そして,ベースとカバーとの間でラムが摺動するのであるから,突出部は,ベースとカバーとの間の間隔を保持するためのスペーサ部に相当するものである。

したがって,「図1の左側に注目すると,ベースとカバーとの間にラムが摺動し得るようスペーサ部がベースに一体形成されていることが看取できる」とした本件審決の判断に誤りはない。

イ 認定事項2について

引用例の記載(【0014】【0022】【0023】)を踏まえて,引用例の図1を見ると,矢印Aの存する上側はフープ材の入り口側であり,矢印Bの存する下側は出口側であることがわかる。そして,動刃は,ラムの一端の下面にボルト等の適宜手段により固定されるが,ラムの一端の下面とは,矢印Bの存する下側であるフープ材出口側におけるラムの端面である。また,固定刃は,ベースの上面にボルト等の適宜手段により固定されるが,ベースの上面とは,矢印Aの存する上側であるフープ材入り口側におけるベースの開口端である。

したがって,「図1の右側に注目すると,動刃をフープ材出口側におけるラムの端面にボルトにて固定し,固定刃をフープ材の入り口側におけるベースの開口端にボルトにより固定していることが看取できる」とした本件審決の判断に誤りはない。

ウ そして,引用発明のうち,「ベースとカバーとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,前記ベースに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッター」との構成は,引用例(【0001】【0014】)等の記載から,「前記ベースとカバーとの間に前記ラムが摺動し得る間隔を保つ高さが前記ラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部を前記ベース側に一体形成し」との構成及び「前記動刃を前記フープ材出口側におけるラムの端面にボルトにて固定するとともに前記固定刃をフープ材の入り口側におけるベースの開口端にボルトにより固定する」との構成は,引用例の図1の記載から認定することができる。

また,上記のとおり,引用例には,スペーサ部をベース側に一体形成し,動刃をフープ材出口側におけるラムの端面にボルトにて固定するとともに固定刃をフープ材の入り口側におけるベースの開口端にボルトにより固定することが記載されているのであるから,スペーサ部をベース側に一体形成するという製造工程及び動刃をラムにボルトにて固定するとともに固定刃をベースにボルトにより固定するという製造工程が示されているのは明らかであり,製造方法としても理解することができる。

エ よって,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。

(2) 相違点1に係る判断の誤りについて

装置本体を鋳造により成形することは,周知の技術であるところ(乙2,3),鋳造は,鋼材を加工するものではないから,加工歪みが生じないことは明らかである(甲2【0003】)。

他方,一般に,フープ材カッターは,ラムの摺動を円滑にしなければならないから,フープ材カッターを構成する部材には,加工歪みのない高精度の加工が求められる。

したがって,引用発明において,フープ材カッターに求められる高精度の加工を行うため,上記の周知技術を適用して,スペーサ部とベースフレームを鋳造により一体形成し,相違点1に係る本件補正発明の構成とすることに困難性はない。

よって,相違点1に係る本件審決の判断に誤りはない。

(3) 相違点2に係る判断の誤りについて

ア フープ材カッターは,ベースとカバーとの間にラムを配置して摺動させるものであるから,がたつきなく,正確,円滑にラムを作動させることは,一般的な課題であり,この課題を解決するため,ベース,カバー及びラムの摺動面の平面精度を上げる加工を行うことは技術常識である。

また,周知例1及び2記載のとおり,複数部材を組付後に一括研磨する手段は,周知の技術であるところ,この技術は,必然的に加工効率の向上をもたらすものである。

したがって,引用発明においても,がたつきなく,正確,円滑にラムを作動させるという課題を解決するため,ベース及びラムの粗加工面に平面精度を上げる加工をする際に,加工効率の向上のため,上記の周知技術を適用して,スペーサ部とラムの粗加工面とを同一平面に同時加工する構成とすることは,当業者が適宜容易に採用することのできる設計的事項である。

イ また,摺動部材間に,円滑な摺動のため,必要な隙間を設けることは技術常識であり,摺動部材であるラムの面を必要な隙間分だけ削除しなければならないことも当然である。

そうすると,引用発明について,本件補正発明と同様に,ラムの面のみをベースとカバーとの間に円滑に摺動するために必要な隙間分だけ削除してベース,カバー及びラムを形成することに,格別の困難性はない。

ウ よって,相違点2に係る本件審決の判断に誤りはない。

(4) 相違点3に係る判断の誤りについて

ア 本件補正発明は,動刃をラムの埋め込み部にて埋め込み固定することにより,フープ材の切断時に動刃が受ける力をラムの埋め込み部で受け止めて,動刃が安定するというものであるから(甲20【0006】【0013】【0027】),本件補正発明において,動刃をラムのフープ材入り口側に固定し,固定刃をベースフレームのフープ材の排出口側に固定することに,格別の技術的意義はない。

また,動刃及び固定刃は,それぞれラム,ベースフレームのフープ材入り口側又は排出口側のいずれかに固定されるものであるから,どちらの側に固定するかは,当業者の選択的事項である。

したがって,引用発明において,動刃をフープ材入り口側におけるラムの端面に固定するとともに,固定刃をフープ材の排出口側におけるベースフレームの開口端に固定することは,当業者が適宜選択すべき事項にすぎない。

イ また,周知例3及び4記載のとおり,刃を被取付部材に埋め込み,ボルトにより固定することは,周知の技術事項であり,この周知技術を引用発明に適用して,本件補正発明と同様に,動刃をラムの端面に埋め込んで固定するとともに,固定刃をベースフレームの開口端に埋め込んで固定することに格別の困難性はない。

ウ よって,相違点3に係る本件審決の判断に誤りはない。

(5) 本件補正発明の作用効果に係る判断の誤りについて

原告は,本件補正発明の相違点1ないし3に係る各構成は相乗効果を奏すると主張する。

しかし,原告は,具体的な相乗効果を示しておらず,単に見解を主張しているにすぎない。

よって,本件補正発明の作用効果に係る本件審決の判断に誤りはない。

(6) したがって,本件補正発明が独立特許要件を欠くとして本件補正を却下した本件審決の判断に誤りはない。

4  取消事由4(本願発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

本件審決は,本願発明についても,引用発明及び周知例1ないし4に基づき,当業者が容易に想到することができるものであると判断した。

しかし,前記3〔原告の主張〕(1)のとおり,本件審決の引用発明の認定は誤りである。また,同(2)及び(3)と同様に,本件審決の相違点4及び5に対する判断も誤りである。

したがって,仮に,本件補正を却下した本件審決の判断に誤りがないとしても,本願発明の容易想到性を理由に原告の本件審判請求が成り立たないとした本件審決の判断は誤りであるから,取り消されるべきものである。

〔被告の主張〕

本願発明の容易想到性を理由に原告の本件審判請求が成り立たないとした本件審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本願発明について

(1)  本願発明は,前記第2の2(1)のとおりであるところ,本願明細書(甲2)には,本願発明について,概略,次の記載がある。

ア 本願発明は,ベースフレームとサブフレームとの間にラムが摺動し得る間隔を保つスペーサに関するものである(【0001】)。

イ 従来,ベースフレームとサブフレームとの間にラムが摺動し得る間隔を保つために,ほぼ長方形のベースフレーム及びサブフレームとの相互間に,4辺それぞれに対して鋼材からなる棒状スペーサを介在させ,ベースフレーム,サブフレーム及び棒状スペーサを重ね,共締めして一体化することが行われていたが,この方法は材料費の節約にはなるが,部品点数が多くなる。また,鋼材は加工することにより歪みが生じて各部品を均等な精度に加工することが困難となり,この歪みのためにラムが摺動するための隙間が不均一になって摺動が円滑でなくなる。さらに,加工歪みのない互換性のある部品を得ようとすれば多大な加工時間をかけて厳しい精度管理をしなければならないという問題がある(【0002】【0003】)。

ウ 本願発明は,これらの問題点に鑑み,部品点数を削減するとともに,ラムの摺動を円滑にし得る高精度な加工が可能なフープ材カッターの製造方法を目的とするものである(【0004】)。

エ この目的を達成するため,ベースフレームとサブフレームとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,ベースフレームに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッターの製造方法において,ベースフレームとサブフレームとの間にラムが摺動し得る間隔を保つ高さがラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部とベースフレーム側に鋳造により一体形成するとともに,スペーサ部の端部とラムの粗加工面とを同一平面に同時仕上げすることにより製造することを特徴とする(【0005】)。

オ スペーサ部をベースフレーム側に一体形成することにより,部品点数を削減することが可能になるとともに,スペーサ部がベースフレーム側に一体形成されているために,加工の際に歪みが発生しにくい。また,加工時に,ベースフレーム側の摺動面を予め加工しておきその面にラムを組み込んだ状態でスペーサの端面とラムの面とを同時加工し,その後にラムの面のみを摺動に必要な隙間分だけ削除することにより,ラムがガタがなくかつ滑らかに摺動し得る隙間を得ることが可能となる(【0006】)。

カ 実施例

図1では,フープ材入口側におけるラムの端面に動刃が埋め込まれてボルトにより固定され,また,フープ材の排出口側におけるベースフレームの開口端に固定刃が埋め込まれボルトにより固定されている。そして,ラムが駆動軸の回転により偏心カムを介して往復動することにより,動刃と固定刃との間でフープ材が切断される。この場合,動刃がフープ材の入口側に取り付けられていることにより,フープ材の切断時に動刃が受ける力はラムの動刃埋め込み部にて受け止めることができるので動刃が安定する利点がある(【0013】)。

(2)  以上の記載からすると,従来の技術には,部品点数が多くなることや,加工により鋼材に歪みが生じて各部品を均等な精度に加工することが困難となる結果,ラム摺動が円滑でなくなること,加工歪みのない互換性のある部品を得ようとすれば多大な加工時間を要する厳しい精度管理をしなければならないことなどの課題があったため,これらの課題を解決するため,本願発明は,ベースフレームとサブフレームとの間にラムが摺動し得る間隔を保つ高さがラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部をベースフレーム側に鋳造によって一体形成することにより,部品点数を削減するとともに,加工の際の歪みが発生しにくいものとし,また,加工時に,スペーサ部の端部とラムの粗加工面とを同一平面の同時仕上げ加工することなどにより,ラムがガタがなくかつ滑らかに摺動し得る隙間を得ることができるようになるというものである。

2  本件補正発明について

本件補正発明は,前記第2の2(2)のとおりであるところ,本件補正明細書(甲2,20)には,本件補正明細書について,概略,次の記載がある。

(1)  本件補正発明は,ベースフレームとサブフレームとの間にラムが摺動し得る間隔を保つスペーサ及び動刃,固定刃の取付方法並びにその取り替え作業性を向上し得る方法に関するものである(【0001】)。

(2)  前記1(1)イと同じ(【0002】【0003】)。

(3)  本件補正発明は,これらの問題点に鑑み,部品点数を削減するとともに,ラムの摺動を円滑にし得る高精度な加工が可能なフープ材カッター及び動刃,固定刃の安定性と取替え作業を同時に向上し得るフープ材カッターの製造方法の提供を目的とするものである(【0004】)。

(4)  この目的を達成するため,ベースフレームとサブフレームとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,ベースフレームに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッターの製造方法において,ベースフレームとサブフレームとの間にラムが摺動し得る間隔を保つ高さがラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部とベースフレーム側に鋳造により一体形成するとともに,スペーサ部とラムの粗加工面とを同一平面に同時加工した後,ラムの面のみをベースフレームとサブフレームとの間に円滑に摺動するために必要な隙間分だけ削除してベースフレーム,サブフレーム及びラムを形成し動刃をフープ材入り口側におけるラムの端面に埋め込み,ボルトにて固定するとともに固定刃をフープ材の排出口側におけるベースフレームの開口端に埋め込み,ボルトにて固定することを特徴とする(【0005】)。

(5)  スペーサ部をベースフレーム側に鋳造して一体形成することにより,部品点数を削減することが可能になるとともに,スペーサ部がベースフレーム側に一体形成されているために,加工の際に歪みが発生しにくい。加工時に,ベースフレーム側の摺動面を予め加工しておきその面にラムを組み込んだ状態でスペーサの端面とラムの面とを同時加工し,その後にラムの面のみを摺動に必要な隙間分だけ削除することにより,ラムがガタがなくかつ滑らかに摺動し得る隙間を得ることが可能となる。また,動刃及び固定刃を埋め込み固定することによりフープ材の切断時の動刃が受ける力をラムの埋め込み部にて受け止めることができるので動刃が安定する利点がある(【0006】)。

(6)  前記1(1)カと同じ(【0013】)。

3  取消事由1(本件審査及び審判手続の違法)について

(1)  本件審査手続の違法について

原告は,本件審査手続について,特許法1条の規定に違反した違法があるなどと主張する。

しかし,原告は,審査手続にそのような違法がある結果として,本件審決の判断もまた違法になるという具体的な主張はしていない。審決取消訴訟は,特許庁の審決の違法性の有無を判断するものであるから,原告には,当該審決を違法とすべき事由を主張することが求められるのであり,その前段階である審査の違法をいうのみでは,審決の取消事由の主張としては失当である。

したがって,審査手続の違法に関する原告の主張を採用することはできない。

(2)  本件審判手続の違法について

ア 法159条2項は,出願人に対する拒絶理由の通知を要しない場合を規定する法50条ただし書について,平成20年法律第16号による改正前の特許法17条の2第1項4号(拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求の日から30日以内にするとき)の場合において法53条1項により当該補正について却下決定する場合を含むものと読み替える旨規定している。また,法159条1項は,拒絶不服審判においては,決定をもって補正を却下すべき事由を規定する法53条1項について,平成20年法律第16号による改正前の特許法17条の2第1項4号の場合を含むものと読み替える旨規定しているのであって,拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内にされた補正による発明が特許請求の範囲の減縮(法36条5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)の場合にも当該補正は却下されることとなる(法17条の2第4項)。その結果,法文上,拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内にされた補正による発明について,特許請求の範囲の減縮に当たらないものとして当該補正を却下するときには,出願人に対して拒絶理由を通知することは求められていないこととなる。

イ 原告は,本件審決は,回答書において原告が意図する発明に対する適切な補正の機会を与えることなく,本件補正を却下した違法があるなどとるる主張するが,後記2のとおり,本件補正は,特許請求の範囲の減縮に当たらないものである以上,更なる補正の機会を付与することなくこれを却下した本件審決の審判手続に原告主張の違法はない。

(3)  小括

よって,取消事由1は理由がない。

4  取消事由2(法17条の2第4項2号に係る判断の誤り)について

(1)  本件補正事項1について

ア 本件補正事項1は,本件補正前の「前記スペーサ部1aの端部1bと前記ラム3の粗加工面とを同一平面に同時仕上げ加工する」を,「前記スペーサ部1aと前記ラム3の粗加工面とを同一平面に同時加工する」と補正するものであって,「スペーサ部1aの端部1b」から「の端部1b」を,「同時仕上げ加工する」から「仕上げ」を,それぞれ削除するものである。

本件補正の結果,本件補正発明においては,ラム部の粗加工面と同一平面に同時加工される部位が,スペーサ部「の端部1b」だけでなく,端部以外のスペーサ部も含まれることとなる。また,「仕上げ」が削除されることにより,スペーサ部とラム部の粗加工面とを同一平面に同時加工する形態として,「仕上げ」だけでなく,それ以外の加工も含まれることとなる。

したがって,本件補正事項1が特許請求の範囲の減縮に当たらないことは明らかである。

イ これに対し,原告は,本件補正事項1は単なる誤記にすぎず,意図的なものではないと主張する。

しかし,本件補正後の請求項1の記載に技術的矛盾点や誤記はなく,発明として明確に把握できるものであり,また,本件補正明細書の記載とも矛盾するものではないから,本件補正事項1が単なる誤記であることが明らかであるということはできず,そうである以上,本件補正事項1が特許請求の範囲の減縮に当たらないと判断した本件審決に誤りはなく,原告の主張は採用できない。

(2)  本件補正事項2について

本件補正事項2は,「前記ラムの面のみをベースフレームとサブフレームとの間に円滑に摺動するために必要な隙間分だけ削除して前記ベースフレーム,サブフレーム及びラムを形成し前記動刃を前記フープ材入口側におけるラムの端面に埋め込み,ボルトにて固定するとともに前記固定刃をフープ材の排出口側におけるベースフレームの開口端に埋め込み,ボルトにより固定する」との事項を付加するものであるが,前記1(5)及び(6)で示した本件補正明細書の記載(【0006】【0013】)に照らすと,本件補正事項2によって付加された事項は,フープ材の切断時に動刃を安定化するという利点を有するものであるから,動刃を安定化するという課題を解決するものであるということができる。

他方,前記2(2)のとおり,本願発明の課題は,従来の技術は,部品点数が多くなること,加工により鋼材に歪みが生じて各部品を均等な精度に加工することが困難となる結果,ラムの摺動が円滑でなくなること,加工歪みのない互換性のある部品を得ようとすれば多大な加工時間を要する厳しい精度管理をしなければならないことなどというものであって,本願発明は,これらの課題を,「ベースフレームとサブフレームとの間にラムが摺動し得る間隔を保つ高さがラムの厚さより僅かに高くなるようにスペーサ部をベースフレーム側に鋳造にて一体形成」し,「スペーサ部の端部とラム部の粗加工面とを同一平面に同時仕上げ加工する」という手段によって解決するというものである。

そうすると,本件補正事項2は,原告の意図はともかく,結果的にみて,本願発明の課題に追加して,新たな課題を解決しようとするものであるといわざるを得ず,本件補正事項2が法17条の2第4項2号の要件に該当しないとした本件審決の判断に誤りがあるということはできない。

(3)  小括

よって,取消事由2も理由がない。

5  取消事由3(いわゆる独立特許要件を欠くとした判断の誤り)について原告は,本件補正発明が独立特許要件を欠くとして本件補正を却下した本件審決の判断の誤りを主張するが,本件補正が,前記のとおり,法17条の2第4項の規定に違反して却下されるべきものである以上,原告の主張する取消事由3は,本件補正発明が独立特許要件を満たすものであるか否かについて検討するまでもなく,その理由のないことが明らかである。

6  取消事由4(本願発明の容易想到性に係る判断の誤り)ついて

(1)  引用発明の認定の誤りについて

ア 引用例(甲4)には,概略,次の記載がある。

(ア) 本発明は,自動プレス装置等に併設されてスクラップフープ材を切断するフープ材カッターに関するものである(【0001】)。

(イ) 図1及び2に示す本発明のフープ材カッターは刃物表面固定式であり,かつ独立した2軸駆動により刃物を搖動しつつ切断を行うものである。その構成は,固定刃がベースの上面にボルト等の適宜手段により固定され,ベースとカバーとの間にはラムが摺動可能に設けられるとともに,ラムの一端の下面には動刃が固定刃に対向してボルト等の適宜手段により固定されている(【0014】)。

(ウ) 2個のモーターを所定のタイミング差で共働させることにより,それぞれの駆動軸を介してラムが搖動的に進退動する。この始動開始と同時に図1の矢印Aで示す方向から被切断材としてのフープ材を供給することによりラムに固定した動刃と固定刃との間で切断が始まる(【0022】)。

(エ) 切断された材料は,矢印B(図1)で示す切断材排出口から排出される(【0023】)。

イ 以上の記載に基づき,本件審決による引用発明の認定の適否について検討する。

(ア) 認定事項1について

引用例(甲4)の図1では,ベースの両端上部の突出部とベースは,同様のハッチングがされているから同一の部品であると認められるところ(乙1),引用例に記載されたフープ材カッターは,ベースとカバーとの間でラムが摺動するものであるから,上記突出部は,ベースとカバーとの間の間隔を保持するためのスペーサ部に相当するものであるということができる。

そうすると,「図1の左側に注目すると,ベースとカバーとの間にラムが摺動し得るようスペーサ部がベースに一体形成されていることが看取できる」との本件審決の判断に誤りはない。

(イ) 認定事項2について

引用例【0022】【0023】の各記載からすると,図1の矢印Aがフープ材の入り口側を示し,矢印Bがその出口側を示すものであることは明らかであるところ,引用例【0014】の上記記載からすると,図1の右側では,動刃がフープ材出口側におけるラムの端面にボルトにより固定され,固定刃がフープ材の入り口側におけるベースの開口端にボルトにより固定されているが示されていることは明らかである。

そうすると,「図1の右側に注目すると,動刃をフープ材出口側におけるラムの端面にボルトにて固定し,固定刃をフープ材の入り口側におけるベースの開口端にボルトにより固定していることが看取できる」との本件審決の判断にも誤りはない。

(ウ) また,引用例【0001】【0014】には,「ベースとカバーとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,ベースに固定した固定刃との間にてフープ材を切断するフープ材カッター」との構成,図1には,「ベースとカバーとの間にラムが摺動し得る間隔を保つ高さがラムの厚さより僅かに高くなる」という構成がそれぞれ記載されていることが認められる。

(エ) 以上に検討したところによれば,本件審決による引用発明の認定には誤りはないというべきであって,これに反する原告の主張は採用できない。

(2)  相違点4に係る判断の誤りについて

一般に,各種の金属製品を一体形成するに際し,鋳造を用いることは普通に行われており,装置本体を鋳造により成形することは周知の技術であるから,引用発明について,スペーサ部とベースフレームとの一体形成のための具体的手段として鋳造とすることに困難性は認められないとした本件審決の判断に誤りはない。

(3)  相違点5に係る判断の誤りについて

ア 周知例1及び2の記載について

(ア) ギヤポンプ及びその製造方法に関する周知例1(甲5)には,概略,次の記載がある。

第3図及び第4図は片持軸タイプの歯車を使用してミクロン単位のサイドクリアランスを形成した本発明の上記ギアポンプの製造方法を説明するもので,ギヤケース部材のケーシング側壁との間に歯車とケース部材側面間の所望クリアランスに相当する厚さの薄いシムを予め介在させて,一側の端面にのみ支軸を形成した相互に噛み合う一対の歯車を嵌装し,歯車の支軸を設けていない端面とケース部材の側面を同時に研磨又はラップして同一の平坦面に形成する。

(イ) また,内接型ギアポンプの内外ロータ研削方法に関する周知例2(甲6)には,概略,次の記載がある。

研削を行うには,まず,外ロータに内ロータを嵌め入れた状態で,第3図に示すようにこれらのロータをキャリアプレートの各円形孔に一組ずつ装入する。そして,各定盤を逆回転又は正回転させ,研削液を供給しつつ,これら定盤間にキャリアプレートを回転させながら通過させ,内ロータ及び外ロータを同時に研削する。

(ウ) 以上の各記載からすると,複数部材を組付後に一括研磨するのは,周知の技術であるということができる。

イ 相違点5に係る本願発明の構成の容易想到性について

引用発明は,ベースとカバーとの間を摺動しつつ往復動するラムに固定した動刃と,ベースに固定した固定刃との間でフープ材を切断するフープ材カッターの製造方法であるから,ベースとカバーとの間でラムを正確,円滑に摺動させるという課題を当然に有しているものということができる。そして,この課題を解決するため,スペーサ部の端部とラム部の粗加工面を平面に加工する場合に,効率向上の観点から,工数の削減を考慮して,上記アの周知技術を適用し,スペーサ部の端部とラムの粗加工面とを同一平面に同時加工することは,当業者において適宜採用することのできる手段であるということができる。

したがって,当業者は,引用発明について,上記周知技術を適用することにより,相違点5に係る本願発明の構成を容易に想到することができる。

(5)  本願発明の効果について

以上のとおり,相違点4及び5に係る本願発明の構成は当業者が容易に想到することができるものである以上,本願発明の奏する効果も当業者が容易に予測し得るものというべきである。

原告は,本願発明が引用発明に基づいて容易に想到し得るものであったとしても,なお本願発明に原告主張の作用効果が認められることを理由に,本願発明は特許査定されるべきものであるかのように主張するが,本願発明の作用効果について,前記認定を覆すに足りる具体的な主張,立証はない。

したがって,原告の主張は,その適否はともかく,前提を欠き,採用することができない。

(6)  よって,取消事由4も理由がない。

7  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)

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