知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10308号 判決 2012年1月25日
原告
有限会社生喜
同訴訟代理人弁理士
佐藤英昭
丸山亮
被告
特許庁長官
同指定代理人
守屋友宏
小林由美子
板谷玲子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2011-1350号事件について平成23年8月9日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1の商標登録出願に対する下記2のとおりの手続において,原告の拒絶査定不服審判請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 本願商標(甲11)
商標登録出願日:平成22年3月15日
出願番号:商願2010-19767号
商標の構成:
file_2.jpgwie指定商品:第43類「飲食物の提供」
2 特許庁における手続の経緯
(1) 拒絶査定及び審判請求
拒絶査定日:平成22年10月7日付け(甲14)
審判請求日:平成23年1月19日(甲15,16。不服2011-1350号事件)
(2) 審決
審決日:平成23年8月9日
審決の結論:本件審判の請求は,成り立たない
審決謄本送達日:平成23年8月23日
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,本願商標と別紙引用商標目録記載1及び2の各商標(甲17,18,乙2,3。以下,順に「引用商標1」及び「引用商標2」といい,総称して「引用商標」という。)と類似し,また,引用商標の指定役務は,本願商標の指定役務と同一であるか,又は包含されるものであるから,商標法4条1項11号に該当し登録を受けることができない,というものである。
4 取消事由
本願商標が引用商標に類似するとした判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
(1) 外観及び観念について
ア 本願商標について
本願商標における「和創菜」の文字は,辞書に記載されていない造語ではあるものの,「飲食物の提供」という役務からすると,「和食の創作惣菜」程度の観念が想起されるものである。また,本願商標における「TSUKITEI」の欧文字表記は,「月亭」との漢字部分の読みを表したものと無理なく認識できるものである。
したがって,本願商標全体からは,「和食の創作惣菜を提供する「月亭」という屋号の飲食店」という観念が想起されるものである。
本願商標は,「亭」の文字を「月」の文字と比較してやや小さく書くことにより,「和創菜」の文字をまとまりよく収めており,「和創菜」の文字を捨象すると,かえって「月」の文字だけが大きくなり,不自然な外観となるから,本願商標は,外観上一体として把握されるべきものである。
以上からすると,本願商標は,その外観及び観念において,常に一体的な標章として把握されなければ不自然であるから,「月亭」「和創菜」「TSUKITEI」のそれぞれが独立して取引に資されることも十分あり得るとした本件審決の認定は誤りである。
イ 引用商標について
(ア) 引用商標1は,上段に円形の独特の図形部分を有し,その下部に「月亭」と縦書きし,全体として図形部分と文字部分とがほぼ同じ大きさで,3つの構成要素が縦に並ぶ構成を有するところ,図形と文字との差異はあるものの,いずれも細くてコシの強い筆による緊張感のある書体が用いられており,更に,円形の図形部分,楕円形の「月」の文字,「亭」の文字の「丁」の部分の丸みにより,全体として非常にまとまりよく,ほっそりと丸みを帯びて融合した外観を有しており,このような構成を分離して観察するのは不自然である。
(イ) 引用商標2も,図形部分と「月亭」の文字部分の書体やほっそりとして丸みを帯びている点は同様であり,全体として横長の台形状に図形と文字とが組み合わされた構成を有しているから,いずれかの部分を抽出してその他の構成部分を捨象することは不自然である。
(ウ) 引用商標は,いずれも円形の図形部分は「月亭」の文字とあいまって「丸い月」という印象を取引者・需要者に与えるものであり,そのような印象と外観とが互いに融合して,一体不可分のものとして把握されるものである。
(エ) 以上からすると,引用商標は,その構成図形及び文字の外観上の特徴及び取引者・需要者が抱く印象,観念において,一体として融合した構成態様からなるものであるから,そのような一体的な構成態様からなることを否定した本件審決の認定は誤りである。
(2) 外観及び観念における類否判断について
ア 商標の類否判断は,各商標の外観,観念,称呼等によって取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察するとともに,具体的取引状況に基づいて判断すべきであるところ,外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,これらのうちの1つにおいて類似するものでも,ほかの2点において著しく相違することその他取引の実情等によって,商品の出所に誤認混同を来すおそれが認められなければ,類似商標と解すべきではない。
確かに,本願商標の「月亭」の文字部分と,引用商標の「月亭」の各文字部分から生じる「ツキテイ」の称呼は共通するが,本願商標及び引用商標における外観及び観念を詳細に考察すれば,「月亭」の文字部分のみを抽出して対比すること自体が不自然であることは,先に指摘したとおりである。本件審決の判断は,「月亭」の文字部分が類似し,「ツキテイ」との称呼が共通する点のみを重視した,結論ありきの不合理な判断というほかない。
イ 本件審決は,本願商標及び引用商標において,それぞれ「月亭」の文字部分のみが取引に資されるとの誤った前提に基づいて,当該文字部分のみを対比しているにすぎず,「外観,観念,称呼等によって取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等」に関する実質的な検討を全く行っていない。
本願商標は,左側に大きく「月」と,その右側の上段に小さく「和創菜」と,それぞれ毛筆体で横書きし,その下段にごく小さな欧文字で「TSUKITEI」と書き,更にその下部に「月」の文字の3分の2程度の大きさで「亭」と毛筆体で書いた構成を有するが,「月亭」及び「和創菜」の文字が全体的に太めの線で書かれており,墨をたっぷりつけた柔らかく毛の多い太筆でゆっくりと堂々と表されていることから,全体にどっしりとした荒々しい男性的な印象を受けるものである。
これに対し,引用商標は,縦書き,横書きの相違があるものの,円形図形と「月亭」の文字及び書体を共通にしており,「月亭」の文字部分はいずれも細くてコシの強い仮名筆や面相筆等で,墨を絞って緊張感を持たせて縦長に表されており,全体にほっそりとした品良くおとなしい女性的な印象を受け,更に細い曲線で構成された円形の図形部分により,「月亭」の文字とあいまって「丸い月」という連想を取引者・需要者に与えるものである。
したがって,全体にどっしりとした荒々しい男性的な印象を受ける本願商標と,全体にほっそりとした品良くおとなしい女性的な印象を受ける引用商標とは,取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等が全く対照的であり,全体的に考察しても役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれは考え難い。
本件審決は,本願商標と引用商標との外観を対比する際,各商標全体のイメージの統一感,外観上の配置のバランス等の文字部分と図形部分との有機的な結合を考慮せず,一部分のみを抽出して当該部分についてのみ検討しており,相当ではない。
ウ 「月亭」の文字は,本願商標と引用商標とにおける独創的な造語ではなく,江戸時代の「月亭生瀬」,明治時代の「月亭文都」等,「月亭」を名乗る落語家が複数存在する。「月亭」は,複数の飲食店において屋号として採用されており,インターネットの飲食店検索サイトによると,「月亭」の文字を屋号とする飲食店が,国内に少なくとも7件あることが確認できる。取引の実情として,一般の取引者・需要者は,飲食店のジャンル及び平均的な予算,飲食店のロゴマーク(商標)等を総合的に考慮して,それぞれの店舗を識別しているものであり,単に「ツキテイ」との称呼のみにおいて飲食店を識別することは考え難い。実際,「ツキテイ」の称呼が生じる愛知県の飲食店は,ジャンルが「懐石・会席料理,割烹・小料理」,平均予算が「4000円~4999円」であるのに対し,長崎県の飲食店は,ジャンルが「ラーメン」であり,平均予算が「~999円」であるから,両店舗について,一般の取引者・需要者が役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれは皆無である。
したがって,飲食店における取引の実情を考慮すると,本願商標と引用商標とについて,役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれはないものというべきである。
本件審決は,「月亭」の文字部分における称呼が共通する点を指摘するのみで,当該称呼の共通性が外観,観念の相違性を凌駕するものであるか否かに関する検討をしていない。少なくとも,本願商標の指定役務の分野においては,「ツキテイ」との称呼が生じる標章を店名として採用する飲食店が複数存在するから,外観及び観念と比較して称呼を重視すべき特段の事情は存在しないし,本願商標や引用商標に関して専ら称呼による商品の宣伝広告が行われており,取引者・需要者がこれらの宣伝広告を記憶してその称呼を頼りに取引に当たるということもない。しかも,引用商標からは,「ゲッテイ」の称呼が生じる余地もあるものである。
(3) 小括
以上からすると,本願商標と引用商標とは,これらを全体的,具体的に検討すれば,役務の出所に誤認混同を来すおそれの認め難い非類似の商標であるから,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした本件審決の判断は,誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 外観及び観念について
ア 本願商標について
本願商標における「月亭」の文字部分は,顕著に大きく表されており,取引者・需要者に与える印象は強いものというべきであるが,「和創菜」「TSUKITEI」の文字部分は,「月亭」の文字部分と比較して極めて小さく表されているから,取引者・需要者に与える印象は弱いものといえる。そこで,本願商標の「月亭」の文字部分は,外観上,他の文字部分と比較して極めて印象的で,記憶に残りやすい部分ということができる。
また,本願商標における「和創菜」の文字部分は,造語ではあるものの,原告が主張するとおり,「飲食物の提供」という役務との関係からは,「和食の創作惣菜」程度の意味合いが想起されるものである。「TSUKITEI」の欧文字部分は,それ自体では何らかの意味合いを有するものか必ずしも明らかではないものの,本願商標の構成においては,「月亭」の文字部分の読みを欧文字で表したものと容易に認識できるものである。さらに,「月亭」の文字部分は,造語ではあるものの,「亭」の文字が,「屋敷。住居」の意味を有するから,「月の屋敷」程度の意味合いを想起させるものということができる。
本願商標は,その構成部分である「和創菜」「TSUKITEI」「月亭」の各文字が一体となって特定の親しまれた観念が生ずるものとはいえないところ,「TSUKITEI」の欧文字部分は,単に「月亭」の読みを表したものであり,「和創菜」の文字部分は,「和食の創作惣菜」程度の意味合いが想起されるものであり,本願商標の指定役務(飲食物の提供)に使用された場合,提供される料理の内容を想起させるものということができる。
これに対し,「月亭」の文字部分は,「月の屋敷」程度の意味合いを想起させる以上に,役務の提供の場所や役務の質などを具体的に表示するものとも,役務の提供の場所や質などを暗示するものともいえないから,「和創菜」「TSUKITEI」の各部分と比較して,自他役務を識別する機能が極めて強く,印象的で記憶に残りやすいものということができる。
したがって,本願商標は,外観及び観念において,「月亭」の文字部分が強く支配的な印象を与えるものであるから,本願商標と引用商標との類否判断の際,本願商標のうち「月亭」の部分だけを引用商標と比較することも,許されるというべきである。そうすると,本願商標は,取引者・需要者に強く支配的な印象を与える「月亭」の文字部分から「ツキテイ」の称呼が生じ,「月の屋敷」程度の意味合いが想起されるというべきである。また,本願商標全体からは,「和食の創作惣菜を提供する「月亭」という屋号の飲食店」という観念も想起されるものである。
イ 引用商標について
(ア) 引用商標1は,円の内部に「了」の文字のようにも見える曲線を左右に3本並べて配した図形部分の下に,「月亭」の文字を,筆書き風に縦書きしてなるものであるところ,図形部分と「月亭」の文字部分は融合されておらず,分離された構成からなるものであるから,それぞれが別個のものとして看取されるといえる。
そして,図形部分は,一見しただけでは,いかなる絵図を表しているのか理解し難く,特定の称呼や親しまれた観念が直ちに生ずるものということはできない。
他方,「月亭」の文字は,読みやすい書体が用いられ,商標の主たる部分を占めるように表されているのみならず,「月」も「亭」も平易な漢字であるから,「月亭」の文字部分は,引用商標1に接する者にとって,読みやすく,意味合いも想起されやすいものである。
そうすると,引用商標1の構成中,「月亭」の文字部分以外の部分,すなわち,図形部分は,出所識別標識として称呼及び観念が生じないものであるところ,「月亭」の文字部分と図形部分とが一体となって特定の観念が生ずるともいうことはできないから,本願商標と引用商標1との類否判断の際,引用商標1のうち「月亭」の部分だけを本願商標と比較することも,許されるものというべきである。
そして,「月亭」の文字部分は,例えば,落語家の芸名において「ツキテイ」と読まれているから,自然に「ツキテイ」の称呼が生ずるものということができるほか,先に指摘したとおり,「月の屋敷」程度の意味合いを想起させるものである。
したがって,引用商標1は,「月亭」の文字部分から,「ツキテイ」の称呼が生じ,「月の屋敷」程度の意味合いが想起されるというべきである。
(イ) 引用商標2は,「しゃぶしゃぶ・京懐石」の文字を横書きし,その下段に,引用商標1と同様の図形部分を左に配し,その右に「銀座」の文字を横書きし,更にその右に,「月亭」の文字を大きく筆書き風に横書きしてなるものであるところ,図形部分,「しゃぶしゃぶ・京懐石」「銀座」「月亭」の各文字部分は融合されておらず,それぞれ分離された構成からなるものであるから,それぞれが別個のものとして看取されるものということができる。
そして,引用商標2の指定役務との関係において,「しゃぶしゃぶ・京懐石」の文字部分は役務の質(提供される料理の内容)を,「銀座」の文字部分は役務の提供の場所を,それぞれ表したものと想起させるものであるから,自他役務の識別標識としては機能しないものである。引用商標2において,自他役務の識別標識として機能するものは,図形部分と「月亭」の文字部分であるが,これらは,それぞれが別個のものとして看取されるから,引用商標1と同様,図形部分からは特定の称呼及び観念が生じないところ,引用商標2のうち,「月亭」以外の部分からは,出所識別標識としての称呼,観念が生じないものというべきである。また,「月亭」の文字部分と図形部分とが一体となって特定の観念が生ずるということもできない。
そうすると,本願商標と引用商標2との類否判断の際にも,引用商標2のうち「月亭」の部分だけを本願商標と比較することが許されるというべきであって,引用商標2は,「月亭」の文字部分から,引用商標1と同様に,「ツキテイ」の自然な称呼が生じ,「月の屋敷」程度の意味合いが想起されるというべきである。
(ウ) 以上からすると,本件審決の認定に誤りはない。
(2) 外観及び観念における類否判断について
ア 外観について
本願商標の「月亭」の文字と,引用商標の「月亭」の文字の外観は,対比観察すれば,文字の書体などに差異があるものの,いずれも同一の文字から構成され,筆書き風に書かれているから,時と所を異にして両者に接した場合,取引者・需要者に対しては,外観上近似した印象を与えるものであり,互いに紛らわしい,類似のものというべきである。
本願商標の「月」と「亭」の文字は,それぞれの大きさに多少の差異があるものの,これに接する取引者・需要者は,ほぼ同じ大きさで書かれているものと認識するのが自然であって,「和創菜」の文字が捨象された場合に,「月」の文字だけが大きく把握されることはなく,むしろ,「月亭」が一体となって把握されるというべきであるから,「和創菜」の文字を捨象すれば「月」の文字だけが大きい不自然な外観となることを前提として,本願商標は外観上一体として把握すべきであるとする原告の主張は,失当である。
イ 称呼について
本願商標と引用商標とは,いずれも「月亭」の文字に相応した「ツキテイ」の称呼が生じるものであって,それぞれの称呼は,共通するものというべきである。
原告が指摘するとおり,引用商標から「ゲッテイ」の称呼が生ずる余地があるとしても,「ツキテイ」の称呼が生じることが否定されるものではなく,むしろ,「ツキテイ」の称呼は,「ゲッテイ」よりも自然である。
ウ 観念について
本願商標と引用商標とは,いずれも「月亭」の文字部分から,「月の屋敷」程度の共通の意味合いが想起されるものである。
エ 取引の実情について
飲食物の提供の分野では,提供される料理の内容や提供の場所と,飲食店の名称とを組み合わせて,「○○(料理又は場所)△△(名称)」との看板等を使用する例や,図形と飲食店の名称とを組み合わせて,「●(図形部分)△△(名称)」との看板等を使用する例が見られるところ,提供される料理の内容や提供の場所を表す「○○」の部分や,図形部分「●」の部分が省略されることも少なくない。
したがって,本願商標や引用商標でも,「和食の創作惣菜」程度の意味合いが想起される「和創菜」の部分(提供される料理の内容),「銀座」及び「しゃぶしゃぶ・京懐石」の部分(提供の場所及び提供される料理の内容)並びに図形部分がそれぞれ省略されることは,取引の実情において,容易に想定し得ることである。
(3) 小括
以上からすると,本願商標と引用商標とは,外観が類似し,称呼及び想起される意味合いは共通するから,取引の実情も併せ考慮すれば,同一又は類似の役務に使用されるときは,その出所について誤認混同を生ずるおそれのある,互いに類似の商標というべきである。
よって,本願商標は,商標法4条1項11号に該当するものであるから,本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 商標の類否判断
本願商標は,「月亭」「和創菜」「TSUKITEI」の各部分とから,引用商標1は,図形部分と「月亭」の文字部分とから,引用商標2は,図形部分と「しゃぶしゃぶ・京懐石」「銀座」「月亭」の各文字部分とから構成されている,いわゆる結合商標であるところ,本件審決は,本願商標及び引用商標からそれぞれその構成部分の一部である「月亭」の文字部分を抽出し,当該抽出部分だけを比較して,類否判断をしたものであることは,別紙審決書(写し)の理由から明らかである。
もとより,商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断しなければならない(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
しかるところ,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者・需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
そこで,以上説示した見地から,本願商標と引用商標とが類似であると判断した本件審決の当否について検討することとする。
2 本願商標と引用商標との類否
(1) 本願商標から生じる称呼及び観念について
ア 本願商標は,「和創菜」の文字を手書き風の書体で横書きし,その下段に「TSUKITEI」との欧文字を横書きし,更に段を変えて,「月亭」の文字を,他の文字部分と比較して顕著に大きく,筆書き風に,やや右下がりに横書きしてなるものであり,「和創菜」「TSUKITEI」「月亭」の各部分により構成されていること,「月亭」の文字部分が,他の部分よりも強調されていることは,視覚上,容易に認識することができるものであって,本願商標に接する取引者・需要者は,「月亭」の文字部分をより強く印象付けられるものということができる。
そして,「月亭」は,「ツキテイ」と称呼することができる(甲1,2,乙9,10)のみならず,「TSUKITEI」の欧文字部分と比較して,「月亭」の部分が顕著に大きいことからすると,本願商標における「TSUKITEI」の欧文字部分は,「月亭」の称呼を意味するものであると容易に理解することができる。
また,「和創菜」の文字部分は,本願商標の指定役務である「飲食物の提供」においては,「「和」食の「創」作惣「菜」」を意味する造語であるものということができ,実際に,飲食店において,同様の意味で使用されているものである(乙5~8)。同部分において,「和食の創作惣菜」程度の意味合いが想起されるものであることは,原告も争うものではない。そこで,「和創菜」の文字部分は,その意味内容と「月亭」の文字部分との大きさの比較からすると,本願商標の指定役務との関係において,提供される料理の内容を想起させるものということができる。
そうすると,「TSUKITEI」「和創菜」の文字部分は,「月亭」の称呼と役務の質(提供される料理の内容)を想起させるものであって,自他役務の識別機能を有しないものというべきであるが,「月亭」の文字部分は,取引者・需要者にとって,読みやすく,意味合いも想起しやすいものであり,文字自体の大きさからしても,役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。
したがって,本願商標からは,「和創菜」「TSUKITEI」「月亭」の各文字部分が一体となった当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「月亭」の文字部分に対応した「ツキテイ」の称呼も生じるといわざるを得ないのであって,本願商標と引用商標との類否判断に際して,本願商標から「月亭」の文字部分を抽出することは当然に許されるべきものである。
イ 「月亭」とは,辞書に掲載されていない造語であるが,「月」の文字に「屋敷。住居。」との意味を有する(乙4)「亭」の文字が組み合わされていることからすると,「月明かりに照らされた建物」程度の意味を有するものである。
ウ 以上からすると,本願商標からは,「和創菜」「TSUKITEI」「月亭」の各文字部分が一体となった当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「月亭」の文字部分に対応した「ツキテイ」との称呼及び「月明かりに照らされた建物」との観念も生じるものというべきである。
(2) 引用商標から生じる称呼及び観念について
ア 引用商標1について
(ア) 引用商標1は,円の内部に「了」の文字に似た曲線を左右に3本並べて配した図形の下に,「月亭」の文字を,筆書き風に縦書きしてなるものである。図形部分と「月亭」の文字部分とは,融合されておらず,分離された構成からなるものであるから,それぞれを別個のものとして看取することも可能である。
「月亭」の文字部分は,読みやすい書体で書かれており,図形部分と比較して大きいものである(図形部分と「月」「亭」の各文字部分は,それぞれほぼ同一の大きさである。)。図形部分は,何らの観念を有さないことは一見して明らかである。
したがって,取引者・需要者にとって,「月亭」の文字部分は,読みやすく,意味合いも想起しやすいものであり,役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められるところ,図形部分には,出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められるものである。
(イ) 以上からすると,引用商標1からは,図形部分と「月亭」の文字部分とが一体となった当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「月亭」の文字部分に対応した「ツキテイ」との称呼及び「月明かりに照らされた建物」との観念をも生じるものというべきである。
イ 引用商標2について
(ア) 引用商標2は,「しゃぶしゃぶ・京懐石」の文字を横書きし,その下段に,引用商標1と同様の図形部分を左に配し,その右に「銀座」の文字を横書きし,さらにその右に,「月亭」の文字を,大きく筆書き風に横書きしてなるものである。図形部分,「しゃぶしゃぶ・京懐石」「銀座」「月亭」の各文字部分は,融合されておらず,それぞれ分離された構成からなるものであるから,それぞれを別個のものとして看取することも可能である。
引用商標2の指定役務(飲食物の提供)からすると,「しゃぶしゃぶ・京懐石」の文字部分は,役務の質(提供される料理の内容)を,「銀座」の文字部分は,役務の提供の場所を想起させるものであって,自他役務の識別機能を有しないものというべきである。
「月亭」の文字部分及び図形部分については,引用商標1において説示したとおりであって,取引者・需要者にとって,「月亭」の文字部分は,読みやすく,意味合いも想起しやすいものであり,役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められるところ,図形部分には,出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められるものである。
(イ) 以上からすると,引用商標2からは,図形部分と「しゃぶしゃぶ・京懐石」「銀座」「月亭」との各文字部分が一体となった当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「月亭」の文字部分に対応した「ツキテイ」との称呼及び「月明かりに照らされた建物」との観念をも生じるものというべきである。
(3) 本願商標と引用商標1との類否
ア 前記(1)及び(2)アによると,本願商標と引用商標1とは,「ツキテイ」との称呼及び「月明かりに照らされた建物」との観念において共通するものであり,両商標の外観の相違は,書体や記載の方向(横書きか縦書きか)が異なるほか,出所識別標識としての称呼及び観念が生じない「和創菜」「TSUKITEI」及び図形部分とが異なる程度にとどまるものであるから,そのような外観の相違を考慮してもなお,本願商標と引用商標1とが同一又は類似の役務に使用された場合には,当該役務の出所について混同が生じるおそれがあるというべきであって,本願商標は,引用商標1と類似するものと認めるのが相当である。
イ この点について,原告は,本願商標の外観においては,「和創菜」の文字を捨象すると,かえって「月」の文字だけが大きくなり,不自然な外観となるし,引用商標についても,用いられている書体等からすると,全体として非常にまとまりよく,ほっそりと丸みを帯びて融合した外観を有しており,このような構成を分離して観察するのは不自然であるから,いずれも外観上一体として把握されるべきものであると主張する。
しかしながら,本願商標において,出所識別機能を有しない「和創菜」「TSUKITEI」の各文字部分と出所識別機能を有する「月亭」の文字部分とを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとはいえないことは,その構成上から明らかであって,「月」の文字が「亭」の文字と比較して若干大きく書かれていることをもって,分離して観察することが不自然であるとまで,いうことはできない。
また,原告は,本件審決は,本願商標及び引用商標において,それぞれ「月亭」の文字部分のみが取引に資されるとの誤った前提に基づいて,当該文字部分のみを対比しているにすぎず,「外観,観念,称呼等によって取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等」に関する実質的な検討を全く行っていないとも主張するが,「月亭」の文字部分を分離して観察することが相当である以上,原告の主張はその前提自体が誤りである。
さらに,原告は,一般の取引者・需要者は,その飲食店のジャンル及び平均的な予算,飲食店のロゴマーク(商標)等を総合的に考慮して,それぞれの店舗を識別しているものであり,単に「ツキテイ」との称呼のみにおいて飲食店を識別することは考え難く,飲食店における取引の実情を考慮すると,本願商標と引用商標とについて,役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれはないとも主張する。
確かに,「月亭」という屋号を有する飲食店は,原告が経営する店舗(乙17,18)のほか,複数存在する(甲3~9)ところ,取引者・需要者が,飲食店の選択の際,ジャンル及び予算等を考慮することがあるとしても,そのことをもって,前記説示のとおり,称呼及び観念が共通する本願商標と引用商標とについて,役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれはないということはできない。
原告の主張はいずれも採用できない。
(4) 本願商標と引用商標2との類否
前記(3)において説示したところは,引用商標2についても当てはまるものであり,本願商標は,引用商標2とも類似するものと認めるのが相当である。
(5) 役務の同一性
本願商標の指定役務である「飲食物の提供」は,引用商標1の指定役務である「しゃぶしゃぶ料理を主とする飲食物の提供」を含むものであり,引用商標2の指定役務とは,同一である。
(6) 小括
以上からすると,本願商標と引用商標とは,称呼及び観念において共通するものであり,両商標の外観の相違は,書体や出所識別標識としての称呼及び観念が生じない部分の有無等が異なる程度にとどまるものであるから,そのような外観の相違を考慮してもなお,本願商標と引用商標とが同一又は類似の役務に使用された場合には,当該役務の出所について混同が生じるおそれがあるというべきであって,本願商標は,引用商標と類似するものと認めざるを得ない。
よって,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした本件審決の判断は,これを是認し得ることが明らかである。
3 結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)
file_3.jpg別紙