大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10311号 判決 2012年2月15日

承継参加人

フィリップ モリス ブランズ エスエーアールエル

同訴訟代理人弁護士

渡辺広己

野中武

戸田智彦

秋山朋子

脱退原告

フィリップ モリス プロダクツ エス アー

被告

特許庁長官

同指定代理人

内田直樹

芦葉松美

板谷玲子

主文

1  承継参加人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は承継参加人の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,脱退原告が,下記1の商標登録出願に対する下記2のとおりの手続において,脱退原告の拒絶査定不服審判請求について特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求め,承継参加人が,本件訴訟係属中に,脱退原告から商標を受ける権利を譲り受けた事案である。

1  本願商標(甲1,31)

出願日:平成21年4月17日

出願番号:商願2009-33436

商標の構成:

file_3.jpg指定商品:第34類「紙巻きたばこ用紙,たばこ,喫煙用具,マッチ」

2  特許庁における手続の経緯等

脱退原告は,平成22年3月17日付けで拒絶査定を受けたので,同年6月18日,これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は,これを不服2010-13421号事件として審理し,平成22年11月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同年12月8日,脱退原告に送達された。

脱退原告は,平成23年4月7日,本件訴訟を提起したが,その後,承継参加人に対して本願商標について商標登録を受ける権利を譲渡し,平成23年6月8日,その旨の出願人名義変更届がされた(丙1。以下,脱退原告及び承継参加人を併せて,「原告ら」という。)。

3  本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,要するに,本願商標と別紙記載の引用商標(乙1,2)とが称呼上,相紛らわしい類似の商標であり,かつ,本願商標の指定商品が,引用商標の指定商品と同一又は類似のものであるから,本願商標が商標法4条1項11号に該当するというものである。

4  取消事由

商標法4条1項11号に係る判断の誤り

第3当事者の主張

〔原告らの主張〕

(1)  本件審決の判断について

本件審決は,本願商標及び引用商標に接したたばこ及び喫煙用具の取引者及び需要者が,図案化されていない文字「BL」及び「CK」並びに「Bl」及び「ck」のみを抽出して識別するから,両商標からは「ビイエルシイケイ」との称呼が生じるとの前提に立って両者の類否を判断している。

しかしながら,本願商標及び引用商標の指定商品の取引者及び需要者が,本願商標からあえて図案化されていない文字を選択し,特定の観念も生じない「BL」「CK」又は「Bl」「ck」(ビイエルシイケイ)と認識・把握するとの本件審決の判断は,不自然であり,取引の実情にそぐわない。

(2)  本願商標の称呼及び観念について

ア 本願商標は,黒色の長方形の図形中に,「BL[A]CK」の文字を配置し,[A]の文字を原告ら及び関連会社が製造販売するたばこ「MARLBORO」ブランドを象徴する周知著名の商標「マールボロ・ルーフ・デザイン」(以下「本願図形」という。)によって図案化・表示している(甲15~17,19~21,33~42,丙9~20)。

そして,本願商標の指定商品であるたばこ・喫煙用具の取引者(たばこ等取扱業者)及び需要者(成人喫煙者)は,多種多様なたばこブランド・銘柄が存在する状況において,その中から各人の嗜好に合う商品を選別して購入しており,商品識別に関して相応の注意力を有している。そのため,これらの者の通常の注意力をもってすれば,何ら意味を持たない「BL」及び「CK」の文字を看取した場合,通常,それだけを認識して把握するだけではなく,これに何らかの意味を見いだそうと注意を払うのが自然である。本願商標の取引者及び需要者は,その場合,1文字分のスペースを置いた前後の文字との関係や,本願商標の背景の図形の色である黒色を表す親しまれた英単語「BLACK」に加えて,図案化した文字[A]の三角形の屋根(ルーフ)の形状が,欧文字「A」の最も特徴を有する点と一致している(欧文字の「O」の形状とは,特徴が合致しない。)ことから,これを[A]とみて,本願商標は「BL[O]CK」ではなく,「BL[A]CK」の語を表したものと容易に想定することができる。

まして,原告らの「MARLBORO」ブランドの「ブラックメンソール」シリーズは,最近,取引者及び需要者の間で成功を収めている商品であり(甲19,21~23),文字[A]を本願図形により図案化していることから,取引者及び需要者は,本願商標を「ブラックメンソール」シリーズに関連する言葉として認識・把握するのが商品識別の実態である。

イ したがって,本願商標からは,観念を伴わない「ビイエルシイケイ」との称呼が生ずるものではなく,「ブラック」との称呼が生じ,これに応じて「黒,黒色」の観念が生じるほか,取引者及び需要者は,本願商標を使用した商品の出所が原告ら又は原告らの「MARLBORO」ブランドであることを容易に認識することができる。

なお,被告は,本願商標について,「ブラック」との称呼が生じることを,かつて認めていた(甲1)。

(3)  引用商標の称呼及び観念について

ア たばこ及び喫煙用具の取引者及び需要者は,前記の本願商標の場合と同様に,引用商標に何らかの意味を見いだそうと注意を払うのが自然であるところ,引用商標が大文字の「B」から始まり,中央に配置されている図形の次の文字が小文字の「c」であり,当該図形が星の図形であることからすれば,これが5文字からなる1つの単語を表したものであろうことを容易に推察する。そして,親しまれた英単語「Black」に通じる前後の文字「Bl」及び「ck」との関係や,星の図形が欧文字「A」の形状と共通性があり(欧文字の「O」の形状とは,特徴が合致しない。),各種のレタリングに用いられていること(甲2)から,取引者及び需要者は,星の図形を難なく「A(a)」と置き換え,全体として「Block」ではなく「Black」の語を表していると容易に認識し得る。

まして,引用商標の登録名義人である日本たばこ産業株式会社(以下「日本たばこ」という。)が発売している「SevenStars(セブンスター)」は,極めて著名なたばこのブランドであり,セブンスターたばこのパッケージには7個の黒い星の図形が必ず配置されているから,7個の黒い星の図形は,セブンスターブランドの商品であることを表す図形として広く認識されている(甲25,26,43,丙21)。そして,日本たばこは,平成21年以降,「SevenStars/BlackImpact(セブンスター・ブラック・インパクト)」及び「セブンスター・ブラック・インパクト・ボックス」との商品を販売しており,いずれも黒を基調とした商品パッケージに「7」をかたどった星の図形又は7個の星が大きく表示されていた(甲26~29,44~46)。

イ したがって,引用商標からは,観念を伴わない「ビイエルシイケイ」との称呼が生ずるものではなく,取引者及び需要者は,7個の星の図形からこれをセブンスターブランドの商品であると認識し,かつ,「セブンスター・ブラック・インパクト」の浸透により,星の図形を「A(a)」に置き換え,「Black」の語を表したものと理解する。したがって,引用商標からは,「ブラック」との称呼が生じ,これに応じて「黒,黒色」の観念が生じるほか,7個の星の図形から,著名ブランドである「セブンスター」の観念とともに,「セブンスター」の称呼あるいはこれらを結合した「セブンスター・ブラック」との称呼が発生する。

なお,被告は,引用商標について,「ブラック」との称呼が生じることを,かつて認めていた(甲24)。

(4)  本願商標と引用商標との類否判断について

ア 「BLACK/ブラック」(本願商標)又は「Black/ブラック」(引用商標)は,いずれも「黒,黒色」を意味する外来語として一般に親しまれているばかりでなく,指定商品であるたばこ等の分野においても,パッケージや巻紙の色彩が黒色であることを表示するものとして普通に使用されている実情がある(甲26,28,30)。そのため,単に「BLACK/ブラック」又は「Black/ブラック」の語のみでは,指定商品との関係で,商品の品質(色彩)が黒色であることを表示するにすぎないとして,商標法3条1項3号に該当する可能性がある。

このような取引の実情を考慮すると,本願商標及び引用商標は,いずれも「A」又は「a」を図案化し,又は図案化された欧文字とその他の文字が融合した一体の構成をとったことで,自他商品を識別する機能を得ていると考えられる。すなわち,本願商標は,中央の[A]を本願図形に図案化することによって識別力を獲得している商標であり,本願商標表の要部は,図案化された[A](本願図形)である一方,引用商標は,①縦に並んだ7個の黒い星の図形と,②「A(a)」の欧文字を星の図形に図案化した部分が,それぞれ商標の要部を構成すると考えるべきである。

そして,本願商標と引用商標とでは,要部である図案化された欧文字[A]と[a]との間に顕著な差異があるために,本願商標と引用商標の「BLACK/Black」と認識できる部分とをあえて分離観察した場合でも,非類似の商標と考えるべきである。さらに,引用商標については,縦に並んだ7個の黒い星の図形という要部が「Black」と認識できる部分と結合して1つの商標を構成しているがゆえに,類否判断も全体観察が妥当であり,この点からも,両商標は,非類似の商標であると考えるべきである。

イ 本願商標は,その要部に原告ら又は原告らの商品であることを表す著名な本願図形(マールボロ・ルーフ・デザイン)を使用するとともに,本願商標を使用した「マールボロ・ブラックメンソール」が人気商品となっている一方,引用商標も,日本たばこ又は日本たばこの著名な「セブンスター」商品であることを表す7個の星の図形を使用していることにより,本願商標及び引用商標に接した取引者及び需要者は,本願商標からは原告ら又は原告らのMARLBOROブランドを,引用商標からは日本たばこ及び日本たばこのセブンスターブランドを,それぞれ自然と想起する。したがって,このような取引の実情によれば,本願商標及び引用商標を指定商品であるたばこや喫煙用具に使用した場合,取引者及び需要者がこれらの出所を混同することはあり得ない。

(5)  指定商品及び取引の実情について

ア 承継参加人は,平成23年9月27日,本願商標の指定商品のうち,「マッチ」について(丙2~4),同年10月21日,同じく「たばこ,喫煙用具」について(丙6,7),それぞれ商標法10条1項に基づく分割出願をした上で,本願商標の指定商品から削除した(丙3~5,7,8)。ただし,承継参加人は,残された指定商品である「紙巻きたばこ用紙」についてのみ審理判断を求めているものではない。

イ 本願商標及び本願図形は,前記のとおり,たばこの取引者及び需要者に広く認識されているから,本願商標の指定商品のうち,「たばこ」並びにこれに関連する「紙巻きたばこ用紙」及び「喫煙用具」(丙19.20)に使用された場合,その商品の出所として原告らが想起・認識されるという取引の実情がある。

また,本願商標の指定商品のうち,「マッチ」は,喫煙用具に含まれるライターと同様,たばこに火をつける道具として一般的かつ恒常的に使用されているから,本願商標及び本願図形をマッチに付した場合には,取引者及び需要者は,そのマッチが原告らを出所とする商品であると把握する。他方で,引用商標及び7個の黒い星の図形は,前記のとおり,たばこ及び喫煙用具の取引者及び需要者に広く知られているから,これがマッチに使用された場合,取引者及び需要者は,日本たばこを出所とする商品であると把握する。したがって,「マッチ」について本願商標や引用商標が使用された場合には,その商品の出所について誤認混同が生じるおそれはない。

(6)  結論

よって,本願商標と引用商標とは,称呼及び観念上類似性が認められるとしても,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれがないという取引の実情があるから,非類似であるというべきであり,本件審決は,商標法4条1項11号の判断を誤るものである。

〔被告の主張〕

(1)  本願商標及び引用商標の類否判断について

ア 外観,称呼及び観念について

本願商標の「BL」及び「CK」並びに引用商標の「Bl」及び「ck」は,図形を中心に左右両側にバランスよく同じ書体,同じ色彩等をもって表されていることから,これらの文字は一体のものとして見られ,かつ,本願商標及び引用商標の各図形部分とこれらの文字部分とに有機的な統一感を与えるようなデザインが施されているものではないから,当該図形部分と当該文字部分とは,いずれも分離して看取される。

また,本願商標及び引用商標の各図形部分は,いずれもいかなる文字の特徴とも一致しないから,取引者及び需要者は,当該図形部分が文字を図案化したものとは認識し得ず,したがって,本願商標及び引用商標の各文字部分をもって,商品の出所識別標章として看取・認識する。

さらに,本願商標及び引用商標の各文字部分は,商品の出所識別標章として強く支配的な印象を与えるから,いずれも各商標の要部であるというべきところ,これらの各文字部分は,いずれも特定の意味合いを有する語として我が国で広く親しまれたものといえる事実もないから,これらから特定の観念は生じることはなく,簡易・迅速を尊ぶ取引の実際にあっては,取引者及び需要者は,上記文字部分をもって取引に資する場合も少なくない。

したがって,本願商標及び引用商標は,いずれも上記文字部分に相応した「ビイエルシイケイ」の称呼を生じ,かつ,特定の観念は生じない。

イ 本願商標と引用商標との類否について

本願商標及び引用商標の各要部である「BLCK」及び「Blck」の各欧文字を対比すると,大文字・小文字の差異はあるものの,同一のつづりからなる文字であるから,出所識別標識として重要な役割を果たす当該文字部分は,その限りにおいて,外観上近似する。

そして,前記のとおり,本願商標及び引用商標は,いずれも「ビイエルシイケイ」との称呼を共通にしており,ともに特定の意味合いを直ちに看取させないものであるから,観念において比較することができない。

よって,本願商標と引用商標とは,類似の商標である。

ウ 指定商品及び取引の実情について

本願商標と引用商標の各指定商品は,同一又は類似の商品であり,商標間の類否判断に影響を与えるような具体的な取引状況として,指定商品全般についての一般的・恒常的な取引の実情は見当たらない。また,原告らが本願図形を用いているのは,指定商品のうちの紙巻きたばこ及びその広告に限定されており,原告らは,本願商標と引用商標の抵触する商品全般の取引の事情について明らかにしていない。

仮に,本願商標,本願図形(マールボロ・ルーフ・デザイン),引用商標及び7個の星の図形が「たばこ」について使用された結果,「たばこ」及び「たばこ関連商品」の需要者間に広く知られているとしても,少なくとも「マッチ」については,そのような事情は存在しない。すなわち,原告ら及び日本たばこは,いずれも「マッチ」について本願商標及び引用商標を使用も製造もしていない(乙3~5)。また,「たばこ」と「マッチ」とは,日本標準商品分類においても別異の商品とされているし(乙6),「たばこ」の需要者は,喫煙者に限定されるのに対し,「マッチ」は,火を得るために汎用される用具であるから,その需要者は,喫煙者に限定されず,性別・年代を問わず広範な範囲にわたる。

エ 結論

したがって,本願商標をその指定商品(少なくとも「マッチ」)に使用した場合には,その出所について誤認混同を生じるおそれがあるので,本願商標は,商標法4条1項11号に該当する。

(2)  原告らの主張に対する反論

ア 本願商標について

「Marlboro」商標は,文字が出所識別標識としての機能を果たしているものである一方,本願図形は,欧文字「A」の外観上の特徴である「△」の形状と共通性のある三角形を看取させるものではないし,「マールボロ」ブランドのたばこの包装に表された図形が欧文字の「A」を表すものとの事実も,見当たらない(甲18)。さらに,本願図形は,原告らが他で使用しているものと色彩等の印象が大きく相違するばかりか,黒色中に同系列の無彩色である濃い灰色を用いて表されているものであるから,さほど目立つ態様でもなく,三角形又は三角形の屋根の形状とは認識し得ない。

また,図形と文字の結合からなる商標について,常に必ずしも,図案部分を文字の図案化されたものと看取・認識するという理由はない。むしろ,本願商標の指定商品であるたばこの需要者は,成人ではあるものの,その商品自体は,特殊であるとか極めて高価であるとか,その他子細かつ慎重に注意を払われる商品ではないから,一般の成人消費者が日用品の購買に際して払う注意力を基準に判断をすべきところ,そのような取引者及び需要者の注意力を基準とすれば,取引者及び需要者は,親しみやすく,かつ,印象にとどめやすい「BLCK」の欧文字部分を本願商標の出所識別標識として看取・認識するのであって,本願商標中の「BLCK」の文字部分を捨象するのは不自然である。商標の類否に関する取引の実情とは,その争点となる商品全般についての一般的・恒常的なものであって,単にある商標が現在使用されている商品についてのみの特殊的・限定的なものではないところ,原告らの主張は,本願商標の指定商品のうち,現時点における「紙巻きたばこ」及びその広告に限定されている。

さらに,「マールボロ・ブラック・メンソール」シリーズの商品パッケージ等は,著名な「Marlboro」商標が出所識別標識としての機能を果たしているばかりか,「BLACK MENTHOL」の欧文字が明瞭に表示され,特に欧文字「A」の図案化はされていないから,当該商品を前提として,無彩色である濃い灰色の地色に同系統の色彩である濃い灰色で平板に表され,地色に埋没しているかのような本願図形が「A」と需要者に容易に認識されることにはならない。

イ 引用商標について

星の図形を欧文字「a」と看取する理由はないし,また,前記のとおり,図形と文字の結合からなる商標について,常に必ずしも,図案部分を文字の図案化されたものと看取・認識するという理由はない。

原告ら主張に係る「SevenStarsBlackImpact」は,その商標として「SevenStars」のほか,「セブンスター・ブラック・インパクト」及び「BlackImpact」の文字商標が使用されており,かつ,当該商品のパッケージ前面の構成態様と引用商標の構成態様とは,明らかに相違しているから,「SevenStarsBlackImpact」が宣伝されたとしても,需要者が引用商標を「Bl(a)ck」と容易に理解し得るとはいえない。

また,「SevenStars」及び「セブンスター」が周知著名の紙巻きたばこの商標であるとしても,それ自体がありふれている星の図形を黒色で7つ表示したものが,直ちに当該各商標を認識させるものとはいえないし,「セブンスター」シリーズの商品には,いずれも当該各商標が使用されている一方,当該各商標や当該商品のパッケージ前面の構成態様は,引用商標と明らかに相違している。

したがって,引用商標から出所識別標識として「セブンスター」又は「セブンスターブラック」の称呼及び「セブンスター」の観念が生じるということはできない。

第4当裁判所の判断

1  商標の類否の判断基準について

商標法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁)。

2  本願商標及び引用商標の構成等について

そこで,以上の見地から,まず,本願商標及び引用商標の構成等をみることとする。

(1)  本願商標について

本願商標は,黒色の横長四角形内に白抜きで同じ書体かつ同じ大きさの「BL」及び「CK」の欧文字を,高さがこれらの欧文字と等しい灰色の四角形の下部を三角形状に切り取った図形の左右両側に均等に配置した構成からなるものである。

そして,上記図形は,その左右を「BL」及び「CK」との欧文字で囲まれている上に,これらの欧文字とも均等に配置されており,かつ,高さもこれらの欧文字と等しいことに加えて,その下部が三角形状に切り取られている形状であることから,欧文字の「A」を想起させるものであり,我が国でも広く用いられている「BLACK(黒,黒色)」との英単語のうちの欧文字の「A」の部分を当該図形により置き換えて図案化したものであることを容易に看取できるというべきである。

したがって,本願商標からは,上記英単語「BLACK」を発音した「ブラック」との称呼が生じ,併せて,「黒,黒色」との観念を生じる。

(2)  引用商標について

他方,引用商標は,黒色で同じ大きさの星形の図形を縦に7つ並べ,上から4つ目の星形の図形(以下「本件星形」という。)を中心として,本件星形の高さに等しく,黒色で同じ書体かつ大文字・小文字の大きさに対応した「Bl」及び「ck」の欧文字をその左右両側に均等に配置した構成からなるものである。

そして,本件星形は,その左右を小文字の欧文字の「l」及び「c」で挟まれており,星形図形に近似した小文字の欧文字を直ちに見いだし難いことに照らすと,引用商標からは,「ビイエルシイケイ」との称呼が生じ,特定の観念を生じないといえなくもない。

もっとも,本件星形は,上記のように左右を「Bl」及び「ck」との欧文字で囲まれている上に,これらの欧文字とも均等に配置されており,かつ,高さもこれらの欧文字と等しいことに加えて,「Bl」,「ck」及びこの両者の間の1つの欧文字からなる英単語で我が国で広く知られたものには,「Black」及び「Block」があるが,本件星形が頂点を5つ有していることから欧文字の大文字である「A」を想起させる余地がある。ゆえに,引用商標は,「Black(黒,黒色)」との英単語のうちの欧文字の「a」の部分を本件星形により置き換えて図案化しているものと見ることもできる。

したがって,引用商標からは,上記英単語「Black」を発音した「ブラック」との称呼が生じ得るほか,併せて,「黒,黒色」との観念を生じ得るということができる。

(3)  小括

以上によれば,本願商標と引用商標とでは,外観を異にするが,「ブラック」との称呼が生じる点及び「黒,黒色」との観念を生じる点で共通するというべきである。

なお,この点について,被告は,本願商標及び引用商標からはいずれも「ビイエルシイケイ」との称呼が生じ,特定の観念が生じない旨を主張する。

しかしながら,本願商標のような構成の中に図形を配置した場合,当該図形が欧文字の「A」を想起させることは前記のとおりであって,本願商標の称呼を検討するに当たり,欧文字部分(「BL」及び「CK」)と当該図形とを分離して観察することは,それ自体不自然であるというほかない。また,引用商標のような構成の中に本件星形を配置した場合にも,本件星形が欧文字の「A」を想起させる余地があることは前記のとおりであって,引用商標が欧文字「a」の部分を本件星形により置き換えて図案化していると見る余地を否定すべき事情も見当たらない。

よって,被告の主張は,失当として,採用できない。

3  指定商品の取引の実情について

そこで,次に,取引の実情をみることとする。

(1)  指定商品について

本願商標の指定商品は,第34類「紙巻きたばこ用紙,たばこ,喫煙用具,マッチ」であり,引用商標の指定商品は,第34類「たばこ,喫煙用具,マッチ」であるから,両者の指定商品は,たばこ及びその関係商品(以下「たばこ等」という。)並びにマッチであって同一又は類似であることが明らかである。

(2)  たばこ等の取引の実情について

そこで,これらのたばこ等の取引の実情について検討すると,証拠(甲19,23,26,28~30,37~46,丙9~21)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

すなわち,たばこ等の中核商品である紙巻きたばこは,いずれも価格の類似する20本入りの箱を1つの単位として販売されているが,一般的な生活必需品などではなく,購買力を有する成人の極めて広い層が需要者となっている典型的な嗜好品であって,その製造,卸売及び小売に関わる取引者も,たばこ事業法により制限されている。そして,原告らが製造・販売している「マールボロ」との名称を有する紙巻きたばこの銘柄には20種類以上が,引用商標の商標権者が製造・販売している「セブンスター」又は「セブン」との名称を有する紙巻きたばこの銘柄には15種類以上が,それぞれ存在することからも明らかなように,紙巻きたばこは,銘柄ごとのタール及びニコチンの含有量その他の成分の違いによって味わい等に微妙な差異ないし特色が設けられており,取引者及び需要者も,そのような各銘柄の差異ないし特色が消費(喫煙)ひいては商品の選択に当たって重要な意味を持つものとして認識している。しかも,たばこ等の製造・販売業者は,その商標,上記20本入りの箱の外観(パッケージ)及び銘柄の命名に意を凝らしてある銘柄について他の銘柄との間で差別化を図り,併せて各銘柄の有する特色又はその印象を強調した宣伝広告をするなどしている。また,たばこ等の製造・販売業者は,上記のようにたばこが典型的な嗜好品であることを反映して,このような自社のたばこの宣伝広告の一環として,たばこの消費(喫煙)に関連する各種のたばこ関連用品(例えば,喫煙用ライター。甲23,38,39~42,丙17,19,20)についても,自社のたばこの商標等を付するなどした上で頒布している。そのため,たばこ等の取引者及び需要者は,これらの商標等の違いによって多数の銘柄及びそれぞれの銘柄の有する特色をおおむね正確に識別しており,取引に当たって特にその商標の細部の差異についても十分な注意を払い,自己の最も嗜好する銘柄を選択しているのが実情である。

(3)  たばこ等の指定商品について本願商標及び引用商標が想起させるブランドについて

原告らは,「マールボロ」との称呼を生じさせる「Marlboro」との欧文字からなる商標を使用したたばこ商品を製造・販売しているが,「マールボロ」の銘柄を冠した商品名を有するたばこ商品(いわゆる「マールボロ」ブランド)は,販売実績上位20銘柄のうち3銘柄を占め(平成21年度第4四半期においてシェア合計5.1%),輸入紙巻きたばこに限ると販売実績上位10銘柄のうち首位を含む5銘柄を占めているから,いわゆる「マールボロ」ブランドは,たばこ等の取引者及び需要者に周知著名であると認められる。しかも,いわゆる「マールボロ」ブランドのたばこ商品の多くは,いずれも,本願商標においてその左右を「BL」及び「CK」との欧文字で囲まれている四角形の下部を三角形状に切り取った図形(本願図形)と同一又は類似のものを,その20本入りの箱の表面に大きく書き込んでおり,本願図形は,それ自体がいわゆる「マールボロ」ブランドを表象するものとしてたばこ販売店等で用いられているから(甲17,19,22,23,36~42,丙9~20),これを指定商品であるたばこ等に使用した場合,取引に当たりその商標の細部の差異についても十分な注意を払う取引者及び需要者において周知著名のいわゆる「マールボロ」ブランドに属する銘柄のたばこ等を想起させるものである。

他方,引用商標の商標権者は,「セブンスター」との称呼を生じて7つの星との観念を生じさせる「Seven Stars」との商標を使用したたばこ商品を販売しており,当該銘柄が我が国における紙巻きたばこの販売実績の首位を占めている(平成21年度第4四半期においてシェア5%)ことに加えて,引用商標の商標権者が販売する「セブンスター」の銘柄を冠し又はこれに関連した商品名を有するたばこ商品(いわゆる「セブンスター」ブランド)が販売実績上位20銘柄のうち11銘柄を占め(同じくシェア合計30.4%),販売実績の上位6位までを独占しているから,いわゆる「セブンスター」ブランドは,たばこ等の取引者及び需要者に周知著名であると認められる(甲17,25,26,28,29,43~46,丙21)。そして,引用商標は,星形の図形を縦に7つ並べていることから,これを指定商品であるたばこ等に使用した場合,取引に当たりその商標の細部の差異についても十分な注意を払う取引者及び需要者において周知著名のいわゆる「セブンスター」ブランドに属する銘柄のたばこ等を想起させるものである。

(4)  マッチの取引の実情について

他方,本願商標及び引用商標に共通の指定商品であるマッチについてみると,本件の証拠及び弁論の全趣旨によっても,マッチは,たばこの消費(喫煙)に使用されることがあるとはいえるものの,喫煙以外の様々な用途にも用いられる個別単価の安価な使い捨ての汎用品であって,その取引者及び需要者は,嗜好品であるたばこ等の取引者及び需要者に限られず,それよりもはるかに広汎である。また,マッチについては,喫煙用ライターとは異なり,現在では喫煙に使用される頻度も圧倒的に低く,たばこの宣伝広告の一環として特定のたばこの商標等を付するなどしたものも見当たらないから,その取引者及び需要者において,各銘柄の差異ないし特色が消費ひいては商品の選択に当たって重要な意味を持つものとして認識されているなどの取引の実情も,認められない。

したがって,マッチの販売に当たって本願図形又は7つの星形を使用したとしても,いわゆる「マールボロ」ブランド又はいわゆる「セブンスター」ブランドに属する銘柄のたばこ等をマッチの取引者及び需要者に想起させるとは限らず,他に「マッチ」という指定商品について本願商標と引用商標との類否判断に当たって検討を要する具体的な取引状況を認めるに足りる証拠もない。

4  本願商標と引用商標との類否判断について

(1)  以上によれば,本願商標及び引用商標の指定商品のうち,たばこ等についてみると,その取引者及び需要者は,取引に当たり商標の細部の差異についても十分な注意を払うものであって,本願商標と引用商標とでは,「ブラック」との称呼が生じること及び「黒,黒色」との観念を生じることで共通しているとはいえ,両者は,外観を著しく異にしている上に,引用商標が我が国において周知著名のいわゆる「セブンスター」ブランドに属する銘柄のたばこ等を取引者及び需要者に想起させる一方,本願商標及び引用商標は,いずれも,我が国において周知著名のいわゆる「マールボロ」ブランド又はいわゆる「セブンスター」ブランドに属する銘柄のたばこ等を取引者及び需要者にそれぞれ想起させるから,本願商標及び引用商標が指定商品であるたばこ等に用いられたとしても,たばこ等の取引者及び需要者において,その出所の識別に当たって誤認混同を生じるおそれはないものというべきである。

(2)  しかしながら,本願商標及び引用商標の指定商品のうち,「マッチ」についてみると,本願商標と引用商標とでは,「ブラック」との称呼が生じること及び「黒,黒色」との観念を生じることで共通していることに加えて,「マッチ」の取引者及び需要者については,たばこ等におけるような取引の実情が認められず,他に「マッチ」という指定商品について本願商標と引用商標との類否判断に当たって検討を要する具体的な取引状況を認めるに足りる証拠もない。

したがって,本願商標と引用商標とは,「マッチ」という指定商品に関する限り,商標法4条1項11号に該当する類似の商標であるというほかなく,本件審決の判断も,結論において誤りとはいえない。

5  結論

以上の次第であるから,承継参加人の請求は,棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)

file_4.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例