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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10339号 判決 2012年12月13日

原告

訴訟代理人弁理士

吉永貴大

被告

花王株式会社

訴訟代理人弁理士

中嶋俊夫

伊藤健

中田聖士

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2010-800108号事件について平成23年9月15日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「液体調味料」とする特許第4351611号(以下「本件特許」という。)の特許権者である。

本件特許は,平成16年11月16日に出願され(特願2004-332366号。以下「本願」という。),平成21年7月31日に設定登録された。

原告は,平成22年6月25日付けで本件特許の請求項1~3に係る発明の特許につき無効審判を請求した。特許庁は,同請求を無効2010-800108号事件(以下「本件無効審判」という。)として審理した上,平成23年3月4日,上記請求項1~3に係る特許を無効とする審決をした。平成23年4月13日,被告は,当庁に同審決の取消しを求める訴えを提起し(平成23年(行ケ)第10119号),同月22日,本件特許の特許請求の範囲及び明細書の訂正を求める訂正審判を請求した(訂正2011-390047号)ところ,同年6月3日,特許法181条2項により第1次審決を取り消す決定がされた。

差戻し後の本件無効審判の手続において,平成23年法律第63号(平成24年4月1日施行)による改正前の特許法(以下「特許法」という。)134条の3第5項により,上記訂正審判の請求書に添付された訂正した明細書及び特許請求の範囲を,同条3項の規定により援用した同法134条の2第1項の訂正の請求がなされたものとみなされ,同年9月15日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)がされ,同月23日,原告に審決謄本が送達された。

2  訂正後の特許請求の範囲の記載

「【請求項1】

次の成分(A)~(C):

(A)  食塩7~9質量%,

(B)  カリウム1~4.2質量%,

(C)  コハク酸若しくはそのアルカリ金属塩を遊離のコハク酸換算で,コハク酸二ナトリウム0.05質量%の遊離コハク酸換算量~1質量%

を含有する減塩醤油類。

【請求項2】

減塩醤油類中の(D)窒素の含有量が,アスパラギン酸及びグルタミン酸により1.6質量%以上としたものである請求項1記載の減塩醤油類。

【請求項3】

減塩醤油類中にアスパラギン酸を1~3質量%,グルタミン酸を1~2質量%含有し,かつアスパラギン酸/(B)カリウム≧0.25(質量比)である請求項1又は2記載の減塩醤油類。」(以下,順に「本件特許発明1」~「本件特許発明3」といい,訂正後の明細書を「本件明細書」という。)

3  審決の理由

別添審決書写しのとおりであり,その要旨は,次のとおりである。

(1)  無効理由1(サポート要件及び実施可能要件違反)について

本件特許の請求項1について,食塩濃度,コハク酸若しくはそのアルカリ金属塩の濃度範囲に関し,発明の詳細な説明に記載されていない,あるいは当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとまではいえない。また,請求項2,3についても発明の詳細な説明に記載されていない,あるいは当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとまではいえない。したがって,本件特許発明1~3の構成要件(食塩,カリウム,コハク酸若しくはそのアルカリ金属塩)の組合せについて,特許法36条6項1号及び同条4項1号の要件を満たしていないとはいえない。

(2)  無効理由2(明確性違反)について

本件特許の請求項1に係る発明において,食塩が任意成分であると解する余地はなく,発明の範囲が不明確になるような用語の多義性の問題はないから,本件特許の請求項1は,特許法36条6項2号の要件を満たしていないとはいえず,請求項1を引用する請求項2,3も同様である。

(3)  無効理由3(進歩性違反)について

本件特許発明1は,特開2002-345430号公報(甲1),特開2004-275097号公報(甲2),特開2002-325554号公報(甲3)及び特開平11-187841号公報(甲4)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められず,本件特許発明1を引用して更に限定する本件特許発明2,3についても同様である。

第3当事者の主張

1  取消事由に関する原告の主張

本件審決は,無効理由1について,サポート要件(特許法36条6項1号)違反についての認定,判断を誤り(取消事由1),実施可能要件(特許法36条4項1号)違反についての判断を誤った(取消事由2)ものであり,本件審決の結論に影響を及ぼすから,違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(サポート要件〔特許法36条6項1号〕違反についての認定,判断の誤り)

ア 本件特許発明1の課題の誤認

(ア) 本件審決は,本件明細書の【0001】,【0006】,【0010】を引用して,本件特許発明1の課題を,「少なくとも,食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」(審決8頁19行~20行)と認定したが,誤りである。

(イ) 発明の課題を認定するに際し,【発明が解決しようとする課題】の欄のみを形式的に解釈し発明の課題を認定することは妥当ではなく,発明の詳細な説明の記載全体から把握する必要がある。本件明細書の発明の詳細な説明の,「本発明者は,食塩含有量を9質量%以下にしても塩味を感じさせる手段について検討してきた結果,食塩含有量を9質量%以下と低くし,かつカリウムを0.5~4.2質量%とした系で,特定の風味改良成分を含有させることにより,塩味がより強く感じられ,味の良好な液体調味料が得られることを見出した」(【0008】),「(6)評価方法/得られた液体調味料について,……塩味及び苦味を官能評価した。また,醤油としての風味の好ましさを総合評価として行った」(【0039】。「/」は改行を示す。)等,発明の詳細な説明の記載全体を総合的に判断すれば,本件特許発明1の課題は,「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味があり,かつ,苦み及び異味がない減塩醤油類を提供すること」であることは明らかである。また,被告が提出した審判事件答弁書(甲8),訂正意見書(甲10)及び口頭審理陳述要領書(甲12)の記載からも,本件特許発明1の課題が上記のものであると理解できる。

そして,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号・同年11月11日判決)。したがって,本件特許発明の課題を認定する際に,塩味の評価,苦みの評価及び総合評価(しょうゆとしての風味の好ましさ)の中から,塩味の評価のみを抽出してそれを本件特許発明の課題とすることは上記サポート要件の判断基準に鑑みれば適切ではなく,複数の課題が存在する中で,任意のひとつの課題のみ解決していれば,仮に他の課題が解決しているといないとを問わず本件特許発明の課題を解決したものとみなすこともできない。

イ 塩味の推定の誤認

(ア) 本件審決は,本件発明1の減塩醤油類の塩味について,「食塩濃度7質量%とは,実際に実施例で実証されている7.5質量%の93%程度の食塩濃度であり,食塩濃度7質量%はそれ自体相当程度の塩味を呈すると考えられるところ,食塩濃度7.5質量%の際に達成されていた「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油類」を得る点は,食塩濃度が7質量%になっても消失するとは考えにくく,……当該課題については,食塩濃度が7質量%であっても,本来の食塩濃度に比して強い塩味が達成されていると考えるのが自然である」(審決9頁7行~14行)と判断したが,本願の出願時の技術常識に照らしても推定不可能であるばかりか,むしろ塩味の増強は達成されないと考えるのが妥当である。

(イ) 本件明細書の表1(別紙【表1】参照)における試験品1-1及び同1-2の比較より,塩化カリウムを添加することで減塩醤油の塩味が増強されるといえ,また,試験品1-2及び同1-3と,試験品1-6,同1-7及び同1-11の比較より,コハク酸二ナトリウムの添加による塩味の増強の程度は,カリウムに比べて極めて小さいといえる。このような前提の下で,食塩,カリウム,遊離コハク酸の含有量が本件特許発明1に規定された数値の下限値である減塩醤油(試験品X)を想定した場合,この減塩醤油のカリウム濃度は試験品1-2,同1-3,同1-6及び同1-7の43%(57%減)で,食塩濃度は90%(10%減)であるため,この減塩醤油の塩味は大きく減少する可能性が高い。被告が別事件(当庁平成23年(行ケ)第10254号)で提出した試験結果報告書(甲21)には,食塩が7質量%の場合,塩味が弱いことが示されており,この結果から,本件特許発明1においても,食塩7質量%でカリウム1質量%の場合,所期の塩味を有していないことが強く推測できる。本件審決は,減塩醤油に含まれるカリウムが塩味に与える影響を考慮せず,単に食塩濃度のみに着目し,その結果,食塩濃度が7質量%の場合の塩味の程度を誤って推定しているので,その判断には誤りがある。

被告は,甲21の結果が本件特許発明1の効果を推測する材料にならない旨を主張するが,甲21の発明と本件特許発明1は,共にカリウムを含有する減塩醤油であって,背景技術や課題,塩味に寄与する成分が共通するので,両者のデータを比較することは可能である。

(ウ) 被告は,試験結果報告書2(乙3)を提出するが,出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,サポート要件に適合させることは特許制度の趣旨に反し許されず,後から実験データを提出しなければサポート要件を満たしているか否かを判断することができない程度の特許請求の範囲の記載は,そもそもサポート要件を満たしているとはいえない。したがって,乙3は訂正後の特許請求の範囲の記載不備を解消するものにはならない。また,塩味についての課題は,通常の醤油を絶対的な基準としてこれに近い塩味を得ることであり,本来の食塩濃度に比して相対的に塩味が強い減塩醤油を得ることではないので,食塩濃度7質量%どうしで塩味を比較した乙3の結果は,本件発明における塩味についての課題が解決されたことを立証するものではない。さらに,乙3の試験品と本件明細書で実施例として記載された試験品との塩味の比較が行われてないので,乙3で示されたデータは,サポート要件を満たしているか否かについての判断材料を提供するものでも,明細書の一部を構成するものでもない。

ウ コハク酸濃度範囲における塩味の検証についての誤認

(ア) 本件審決は,発明の詳細な説明に記載された試験品1-8は,減塩醤油類として優れたものであるとはいえないといいながら,発明の詳細な説明では,本件発明1に記載のコハク酸濃度範囲の全部分において,塩味が得られるかの検証が実際に行われていると認定した(審決9頁20行~9頁末行)。

しかしながら,実施例における減塩醤油の評価方法が,塩味と風味の総合評価であるにもかかわらず,本件審決が,風味を無視し,塩味のみを抽出して評価し,判断しているのは明らかに失当である。

また,実施例で検討されたコハク酸の濃度は,コハク酸二ナトリウムの添加量で0.05~0.20質量%(遊離コハク酸換算で0.04~0.15質量%)の範囲のみであり,遊離コハク酸換算で0.15~1質量%までの広い範囲で実施例によるサポートが存在せず,良好な塩味が得られるか否かは不明である。そして,コハク酸の濃度が高い場合は,試験品1-8のように味のバランスが崩れるおそれがあるので,上記実施例によるサポートが存在しない数値範囲で良好な塩味が得られ,かつ,醤油として好ましい風味が得られるか否かを推認することも不可能である。

したがって,本件審決の上記認定は,コハク酸の濃度範囲における塩味の検証を誤ったものであり,その判断には誤りがある。

(イ) 被告は,試験結果報告書(乙1)を提出し,遊離コハク酸濃度が約0.6質量%及び約1質量%の減塩醤油は,強い塩味を有するものであることが確認されたと主張する。しかし,乙1の結果では,試験品Bと同Cとの間で遊離コハク酸添加量が増加しても,試験品の塩味が強いと評価した人数は変化しておらず,遊離コハク酸量の増加と塩味の増加との相関関係が不明なので,カリウムや食塩が本件特許発明1で規定された数値の下限値(カリウム1質量%,食塩7質量%)になった場合に,これと同様の結果が得られることを保証するものではない。乙1の結果から,本件特許発明1の数値範囲全てにおいて同様の効果を推認することは不可能である。なお,出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,サポート要件に適合させることが許されない点は前記イ(ウ)で述べたとおりである。

エ 以上のことは,請求項1を引用する本件特許発明2,3についても同様である。

(2)  取消事由2(実施可能要件〔特許法36条4項1号〕違反)

ア 実施可能要件を満たすためには,一般的な減塩醤油の製造方法が発明の詳細な説明に記載されていれば足りるものではなく,食塩濃度が低いにもかかわらず塩味があり,かつ,苦み及び異味がないという本件特許発明1の減塩醤油類を,当業者が実施できる程度に記載されている必要がある。

しかし,上述のように,当業者が発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識をもってしても,本件特許発明1の課題を解決することができる減塩醤油を製造することができない蓋然性が高く,そのため,当業者は当該発明の課題を解決し得る配合について過度の実験を強いられることになる。

したがって,本件特許発明1は当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されていない。

イ 以上のことは,請求項1を引用する本件特許発明2,3についても同様である。

2  被告の反論

(1)  取消事由1(サポート要件〔特許法36条6項1号〕違反についての認定,判断の誤り)に対し

ア 本件特許発明1の課題の誤認につき

(ア) 本件特許発明1の課題は,本件明細書の発明の詳細な説明の【発明が解決しようとする課題】欄の「これら従来の減塩された食品の風味を改良する取り組みは,それぞれ一定の効果を上げているが,未だ十分とはいえない。特に食塩含有量の低下と塩味の両立という点で十分とはいえない。本発明の目的は,食塩含有量が低いにもかかわらず塩味のある,液体調味料を提供することにある」(【0006】)との記載から,「食塩含有量が低いにもかかわらず塩味のある,減塩醤油類を提供すること」なので,本件審決の課題の認定に誤りはない。

(イ) 原告が指摘する発明の詳細な説明の記載は,「課題を解決するための手段」,「発明の効果」,「発明を実施するための最良の形態」及び「実施例」の欄に記載されたものであるところ,これらの欄は,課題を記載するための欄ではないので,原告が指摘する記載に基づいて本件特許発明1の課題を特定しようとすること自体失当である。

また,原告が引用する甲8,甲10及び甲12における記述は,サポート要件だけでなく,進歩性に関する主張をする目的で,本件特許発明1の特徴を述べたものであり,発明の課題だけでなく効果も併せて述べているものであって,かかる記載を引用して本件特許発明1の課題を特定しようとすることは失当であるし,発明の課題は,出願経過により変化するものではなく,出願と同時に定まっているものなので,出願経過の資料である甲8,甲10,甲12などを引用した主張はそもそも失当である。

イ 塩味の推定の誤認につき

(ア) 本件特許発明1の実施品(試験品1-5~同1-7)と,対照品(試験品1-1)の比較によって,本件発明が塩味増強効果を有していることは発明の詳細な説明に明確に示されている。原告が試験品1-2及び同1-3と試験品1-6及び同1-7を比較すること自体が誤りである。

(イ) 原告は,コハク酸の添加による塩味の増強の程度は,カリウムに比べて極めて小さい旨を述べるが,発明の各構成要素は有機的一体的に結合し,全体として一つの技術的思想を形成するものであり,各構成要素と塩味増強効果の相関関係や,各構成要素が有する塩味増強効果への寄与の大小を問題とする必要はない。

(ウ) 原告は,試験品X(食塩7質量%)と試験品1-2等(食塩7.8質量%)の対比に基づく主張を行っているが,塩味の増強効果を評価する場合,同一の食塩濃度において塩味が増強されたかを評価するのが当然であり,原告による比較は意味がない。カリウム濃度0.78質量%の試験品1-10とカリウム濃度1.30質量%の試験品1-11で,それぞれ,15人及び17人が塩味が増強したと評価しているので,カリウム濃度がこれらの中間である1質量%の場合に塩味が増強することは明らかである。また,試験品1-11(食塩7.9質量%)と試験品X(食塩7質量%)とを対比すると,試験品Xの食塩濃度は試験品1-11の食塩濃度の89%なので,食塩7質量%の試験品Xにおいて,食塩7.9質量%の際に達成されていた塩味の増強効果が消失するとは考えられない。また,食塩濃度が7質量%の減塩醤油について,カリウムの添加によってカリウム濃度を1質量%,2質量%及び4.2質量%に変化させた場合,カリウムを添加しない食塩7質量%の減塩醤油と比較して,塩味増強効果があることが確認された(乙3)。

このように,食塩濃度7質量%,カリウム濃度1質量%においても,本件特許発明1は,十分な塩味を有しており,原告の主張は失当である。

原告が推測の根拠とする甲21は,コハク酸が添加されていない醤油であって,評価方法も異なるので,本件発明の効果を推測する材料にはならない。

ウ コハク酸濃度範囲における塩味の検証についての誤認につき

(ア) 原告は,実施例における減塩醤油の評価方法が,塩味と風味の総合評価であるにもかかわらず,本件審決が,風味を無視し,塩味のみを抽出して評価し,判断しているのは失当であると主張するが,本件特許発明1の課題は,食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ることなので,原告の上記主張は失当である。

(イ) 原告は,実施例で検討されたコハク酸の濃度は,遊離コハク酸換算で0.15~1質量%までの広い範囲で実施例によるサポートが存在せず,良好な塩味が得られるか否かは不明であり,コハク酸の濃度が高い場合は,試験品1-8のように味のバランスが崩れるおそれがあるので,上記実施例によるサポートが存在しない数値範囲で良好な塩味が得られ,かつ,醤油として好ましい風味が得られるか否かを推認することも不可能であると主張する。

しかし,コハク酸含有量の下限であるコハク酸二ナトリウム0.05質量%(遊離コハク酸濃度で0.04%)を含有する減塩醤油が強い塩味を有することは試験品1-5に示されている。また,コハク酸含有量の上限である遊離コハク酸換算で1質量%の場合については,試験品1-7(遊離コハク酸換算で0.14質量%)及び同1-8(遊離コハク酸換算で1.4質量%)が同等の強い塩味を有しているので,両者の間にある遊離コハク酸濃度1質量%の減塩醤油も同等の塩味を有することは明かである。さらに,本願明細書の表2(別紙【表2】参照)には,試験品2-8(遊離コハク酸換算で0.7質量%)が,試験品2-1(コハク酸:0質量%)に比べて塩味が増強されたことが記載されている。

したがって,本件特許発明1の減塩醤油が,遊離コハク酸濃度0.04%~1質量%の全範囲で十分な塩味が得られることは,発明の詳細な説明において実際に検証されているに等しい。なお,試験品1-7と同1-8の間に相当する,遊離コハク酸濃度が0.15超~1質量%の減塩醤油が十分な塩味を有するか試験した(乙1)ところ,遊離コハク酸濃度が約0.6質量%及び遊離コハク酸濃度が約1質量%の減塩醤油は,共に強い塩味を有するものであることが確認された。

よって,本件審決が,発明の詳細な説明の記載に基づき,請求項1に記載のコハク酸濃度範囲の全部分において,塩味が得られるかの検証が実際に行われていると認められると認定した点に誤りはない。

(2)  取消事由2(実施可能要件〔特許法36条4項1号〕違反についての判断の誤り)に対し

本件特許発明1に係る減塩醤油の食塩濃度,カリウム濃度及びコハク酸若しくはそのアルカリ金属塩の濃度の範囲は,発明の詳細な説明に記載されており,また,これらの濃度範囲を有する減塩醤油の製造方法及び使用方法についても記載されているので,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が本件特許発明1~3を実施可能な程度に明確かつ十分に記載されており,実施可能要件違反に該当する事由は存しない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(サポート要件〔特許法36条6項1号〕違反についての認定,判断の誤り)について

(1)  本件特許発明1の課題の誤認につき

ア 本件明細書には,以下の記載がある(甲14)。

(ア) 【技術分野】

【0001】

本発明は,食塩含有量が低いにもかかわらず塩味のある液体調味料に関する。

(イ) 【背景技術】

【0002】

醤油に代表される液体調味料は,日本料理だけでなく,各種の料理になくてはならない調味料として広く使用されている。一方,食塩の過多な摂取は,腎臓病,心臓病,高血圧症に悪影響を及ぼすことから,あらゆる飲食品が低食塩化されており,代表的なものとして減塩醤油が挙げられる。そして,減塩醤油は食塩含有量が9w/w%(判決注:質量パーセント)以下と定められている。

【0003】

このように食塩の摂取量を制限するには減塩された液体調味料の使用が望ましい。しかし,減塩された液体調味料は,食塩含有量が低いことから,いわゆる塩味が十分感じられず,味がもの足りないと感じる人が多い。そのため食塩の摂取量制限が勧められている割には,減塩された液体調味料は普及しておらず,減塩醤油は使用量が増加していない。

【0004】

液体調味料の味のもの足りなさを改良する手段としては,様々な取り組みがなされている。例えば,減塩醤油においては,食塩代替物として塩化カリウムを使用する方法があるが(特許文献1及び2),同時に使用するクエン酸塩の味の影響や,糖アルコールにより塩味もマスキングされてしまうという問題点がある。……

(ウ) 【発明が解決しようとする課題】

【0006】

これら従来の減塩された食品の風味を改良する取り組みは,それぞれ一定の効果を上げているが,未だ十分とはいえない。特に食塩含有量の低下と塩味の両立という点で十分とはいえない。

本発明の目的は,食塩含有量が低いにもかかわらず塩味のある,液体調味料を提供することにある。

【0007】

なお,本願における「減塩醤油類」とは,製品100g中のナトリウム量が3550mg(食塩として9g)以下の「しょうゆ」,および「しょうゆ加工品」をいい,

……

(エ) 【課題を解決するための手段】

【0008】

本発明者は,食塩含有量を9質量%以下にしても塩味を感じさせる手段について検討してきた結果,食塩含有量を9質量%以下と低くし,かつカリウムを0.5~4.2質量%とした系で,特定の風味改良成分を含有させることにより,塩味がより強く感じられ,味の良好な液体調味料が得られることを見出した。

【0009】

すなわち,本発明は,次の成分(A)~(C):

(A) 食塩9質量%以下,

(B) カリウム0.5~4.2質量%,

(C) 価数が2以下の有機酸又はその塩,リン酸のアルカリ金属塩,無機炭酸塩,無機アンモニウム塩,澱粉分解物,蛋白分解物,甘味料,植物抽出エキス及び多糖類から選択される1種又は2種以上の物質を含有する液体調味料を提供するものである。

(オ) 【発明の効果】

【0010】

本発明によれば,食塩含有量が9質量%以下であるにもかかわらず,塩味を十分に感じることのできる液体調味料が得られる。

イ(ア) 他方,従来技術について,本願の出願前に頒布された刊行物には,以下の記載がある。

a 甲1(特開2002-345430号公報)

飲食品の美味しさを損なうことなく食塩,特にナトリウムの摂取量を減少させる方法は,一般に減塩方法と呼ばれている。減塩方法としては,それ自身が食塩味を呈する物質(以下,食塩代替物質という)を使用する方法……等が知られている。食塩代替物質としては,例えばカリウム塩,……等が知られている。(【0005】,【0006】)

b 甲2(特開2004-275097号公報)

従来の食塩代替物質……を使用した減塩方法は,特に得られる飲食品の風味の点で十分に満足できるものではなかった。例えば,塩化カリウム…は独特の苦味を有しており,……飲食品に塩味だけでなく,好ましくない風味までも付与してしまうという問題があった。(【0010】)

c 甲3(特開2002-325554号公報)

塩化ナトリウム含量の低減化による塩味の低減を改善する方法として,塩化ナトリウムの一部を塩化カリウムに置き換えた液体調味料が提案されている。しかしながら,塩化カリウムは独特な異味を呈することが知られており,それ故,塩化カリウムの異味を消去すべく種々の添加物の使用が検討されているが……,満足できるものではなく,普及するには至っていない。(【0005】)

d 甲4(特開平11-187841号公報)

一方,食卓で調味料として用いられる食卓塩については,塩化カリウムを主体とした代替塩がみられるが,塩化カリウムは特有の刺激味,えぐ味,苦味,不快味を有するために,食塩代替品としては満足すべきものでなく,特に食卓塩のようにそのまま料理にかけたり,つけたりするものでは一層塩化カリウムの刺激味,えぐ味,苦味,不快味が目立つことになる。(【0002】)

(イ) これら本願の出願前に頒布された刊行物の記載から,食品の減塩化において,塩化カリウムが食塩(塩化ナトリウム)の塩味を代替する成分であること,しかし,塩化カリウムを食塩の塩味を代替する成分として使用した場合には苦味に代表される不快な味を有することは,本願の出願時における当業者の技術常識であったと認められる。

ウ 本件明細書の上記アの記載によれば,食塩の過多な摂取は高血圧症等に悪影響を及ぼすことから,減塩醤油を始めとする減塩された液体調味料の使用が望まれているが,例えば,食塩含有量が9w/w%以下と定められている減塩醤油は食塩含有量が低いので,これを使用した場合,いわゆる塩味が十分感じられず,味がもの足りないと感じる人が多く,その使用量は増加していないという問題があったという背景技術の下,食塩含有量が低いにもかかわらず塩味のある液体調味料を提供するという目的で,食塩含有量を9質量%以下にしても塩味を感じさせる手段について検討した結果,食塩9質量%以下とし,かつカリウムを0.5~4.2質量%とした系で,特定の風味改善成分を含有させることによって,塩味がより強く感じられ,味の良好な液体調味料が得られることを見いだし,その発明を特許出願したものであると認められる。したがって,本件特許発明1は,食塩含有量が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を提供するという目的で,塩味がより強く感じられ,味の良好な液体調味料が得られるというものであるから,食塩を9質量%以下に低下させた場合であっても,通常の醤油に近い塩味を感じる減塩醤油を提供することが解決しようとする課題の1つとするものである。

しかしながら,上記イで述べたように,塩化カリウムを食塩の塩味を代替する成分として使用した場合に苦味に代表される不快な味を有することは,本件特許の出願時における当業者の技術常識であったのであるから,当業者であれば,カリウムを食塩の塩味の代替成分として使用する本件特許発明1においても,カリウムによる苦味等の不快な味を低減するという課題が存在することを認識するものと認められる。本件明細書の発明の詳細な説明に,「カリウムは塩味があり,かつ異味が少ない点から塩化カリウムであることが好ましい」(【0012】),「この結果,種々の風味改良剤の添加により,塩味が増強し,カリウムの苦味が抑制され,好ましい風味となった」(【0044】)と記載されており,また,実施例に記載の2点識別試験法では,塩味と苦味の両者について官能評価していることからも,本件特許発明1の減塩醤油では,通常の醤油に近い塩味を感じさせる点と,カリウムの配合による苦味等の不快な味を低減する点が,共に解決すべき課題であると理解できる。

したがって,本件特許発明1の課題を,「少なくとも,食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」(審決8頁19行~20行)とした本件審決の認定は,カリウムの配合による苦味等の不快な味を低減するとの課題を看過した点に誤りがあるというべきである。

エ しかしながら,本件特許発明1は,上記2つの課題をいずれも解決していると認められるから,この誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。その理由は,以下のとおりである。

(ア) 塩味について

本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例では,減塩醤油の塩味を,減塩醤油A又は減塩醤油Bを対照としてパネラー20名による2点識別試験法で官能評価している(【0039】)。しかし,減塩醤油A及び減塩醤油Bは,塩化カリウム,風味改良剤,L-アスパラギン酸ナトリウム及び L-グルタミン酸ナトリウムを添加しない従来品の減塩醤油であるところ(【0034】),従来品の減塩醤油は,食塩含有量が低いので塩味が十分感じられないというものであることから,従来品の減塩醤油と比較して試験品の方が塩味を強く感じるとしても,これが醤油として十分な塩味を有しており,本件特許発明1における塩味についての課題が解決されているか否かは不明である。したがって,表1及び表2に記載された,「対照と比べて試験品の方が塩味が強いとしたパネル(人)」は,本件発明における塩味についての課題が解決されているか否かを判断するデータとして直接使用することはできない。

しかし,実施例では,「醤油としての風味の好ましさ」を総合評価として5段階で評価しているところ,塩味については,評価が3では「良好な塩味を持ち」,評価が4,5では「非常に好ましい塩味を持ち」との評価であることから,評価が3以上の場合,試験品の塩味は,醤油として良好であると評価することができる。したがって,本件特許発明1における塩味の評価は,「醤油としての風味の好ましさ」についての総合評価の数値で判断することができる。

(イ) 苦味に代表される不快な味について

実施例に記載の,「醤油としての風味の好ましさ」の判断基準は,「5:……味の調和に優れている」,「4:……味の調和がとれている」,「3:……味の調和がとれている」,「2:味の調和に若干欠ける」,「1:味の調和に欠け,苦味や異味を感じる」とあるので(【0040】),苦味に代表される不快な味についても,「醤油としての風味の好ましさ」として5段階で評価を行ったと認められる。そして,この評価が3~5の場合に,試験品は苦味に代表される不快な味を呈さず,本件特許発明1の課題が解決されているものと評価することができる。

(ウ) 上記を前提に,本件明細書の発明の詳細な説明の記載について検討する。

a 本件明細書の表1の試験品1-9~同1-17は,食塩含有量が8.11質量%(表中の試験品1-1のナトリウム含有量の数値より換算)である減塩醤油Aに,コハク酸二ナトリウムを0.05質量%添加した系において,塩化カリウムを0~8質量%の範囲で添加した(カリウム含有量は0.25~4.43質量%で変化)ものである。その結果,減塩醤油中に塩化カリウムを1~7質量%の範囲で添加した(カリウム含有量は0.78~3.91質量%で変化)場合に,総合評価が3又は4であったことが示されている。

この結果より,食塩を8.11質量%,コハク酸をコハク酸二ナトリウム0.05質量%の遊離コハク酸換算量を含有する減塩醤油では,カリウムが0.78ないし3.91質量%の場合に,本件特許発明1の課題が解決できるものと理解できる。

b 乙3の表2の試験品D~Iは,食塩含有量が7.04質量%(表中のナトリウム含有量の数値より換算)である対照品②の減塩醤油に,塩化カリウムを1.63,3.56又は7.65質量%添加し(カリウム含有量は1.01,2.02,4.16質量%と変化),それぞれの場合において,コハク酸二ナトリウムを添加しないか,0.10質量%(遊離のコハク酸換算で0.07質量%)を添加したものである。その結果,減塩醤油中にコハク酸二ナトリウムを0.10質量%添加した場合に,総合評価が3又は4であったことが示されている。

この結果より,食塩を7.04質量%,コハク酸をコハク酸二ナトリウム0.10質量%(遊離のコハク酸換算で0.07質量%)含有する減塩醤油では,カリウムが1.01ないし4.16質量%の場合に,本件特許発明1の課題が解決できるものと理解できる。

c 本件明細書の表1の試験品1-2~同1-8は,食塩含有量が7.78~7.63質量%(表中のナトリウム含有量の数値より換算)で,カリウム含有量が2.34質量%の減塩醤油に,コハク酸二ナトリウムを0ないし2質量%の範囲で添加したものである。その結果,減塩醤油中にコハク酸二ナトリウムを0.005~0.2質量%の範囲で添加した場合に,総合評価が3又は4であったことが示されている。

また,乙1の表2の試験品A~同Cは,食塩含有量が7.78~7.83質量%(表中のナトリウム含有量の数値より換算)で,カリウム含有量が2.34質量%の減塩醤油に,コハク酸二ナトリウムを0~1.30質量%の範囲で添加したものである。その結果,減塩醤油中にコハク酸二ナトリウムを0.80又は1.30質量%を添加した場合に,総合評価が3であったことが示されている。

上記試験品は,いずれも食塩含有量がほぼ等しく,また,カリウム含有量が等しい減塩醤油であることから,これらの総合評価の結果を総合すると,コハク酸をコハク酸二ナトリウム0.005~1.30質量%の遊離コハク酸換算量(遊離のコハク酸換算で0.0036~0.93質量%)の場合に,本件発明の課題が解決できるものと理解できる。

d 前記aのとおり,食塩の含有量8.11質量%では,カリウムが0.78~3.91質量%と,特許請求の範囲において特定される範囲のほぼ全域で本件発明の課題が解決でき,また,食塩の含有量が特許請求の範囲で特定される範囲の下限付近とした場合にも,乙3に示される試験結果より,コハク酸を配合することによって,本件特許発明1の課題が解決できるということができる。一方,食塩の含有量を8.11質量%よりも増加させた場合には,塩味が増加するので,塩味についての問題が生じるとは考えられず,また,カリウムの含有量は増やさないので,苦味に代表される不快な味についての問題も生じることはない。

したがって,本件特許発明1の食塩及びカリウムの含有量の範囲において,その課題が解決できるものと認められる。

一方,コハク酸については,前記cで述べたように,コハク酸をコハク酸二ナトリウム0.005~1.30質量%の遊離コハク酸換算量(遊離のコハク酸換算で0.0036~0.93質量%)の場合に,本件特許発明1の課題が解決できるということができる。ここに示された値は,下限値は本件特許発明1の範囲内であるし,上限値も本件特許発明1が限定する上限に近いことから,本件特許発明1は,コハク酸含有量の全ての範囲において,減塩醤油の塩味についての課題を解決できるものと認められる。

以上に述べたとおりであるから,本件特許発明1は,その全ての範囲において,減塩醤油についての本件特許発明1が有する課題を解決できるものと認められる。

オ 被告が提出した試験結果報告書について

(ア) 原告は,出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,明細書のサポート要件に適合させることは許されない旨を主張し,また,後から実験データを提出しなければサポート要件を満たしているか否かを判断することができない程度の特許請求の範囲の記載は,そもそもサポート要件を満たしているとはいえないと主張するので,以下に検討する。

a 乙1について

乙1に示されたデータは,本件特許発明1が特定するコハク酸の添加量の上限値(遊離のコハク酸換算で1質量%)付近の結果を補足するもの(遊離のコハク酸換算で0.93質量%,コハク酸二ナトリウムとして1.30質量%のもの)である。

ところで,本件明細書の表1によれば,試験品1-5~同1-8(カリウム含有量は2.34質量%と一定で,コハク酸二ナトリウムは0.05~2.0質量%と変化)についての,塩化カリウム及びコハク酸二ナトリウムが添加されていない減塩醤油A(試験品1-1)を対照とした2点識別試験法による塩味の評価は,対照と比べて試験品の方が塩味が強いとした人数が,いずれの試験品も20人中18人であったことが示されている。この結果から,減塩醤油にカリウムが配合されている場合には塩味の増強が認められ,コハク酸の添加量の相違による塩味の増強の程度は,カリウムに比べて極めて小さいと理解できる。また,これら試験品についての苦味に関する2点識別試験法の結果も,対照と比べて試験品の方が苦味が強いとした人数が20人中9又は10人であったこと示されている。この結果から,減塩醤油に添加されたカリウムの苦味の影響は,コハク酸を添加することにより相当程度解消され,その程度は本件特許発明1で特定されたコハク酸の添加量にほとんど影響されないと理解できる。

このように,本件明細書の発明の詳細な説明には,食塩含有量の低減にもかかわらず塩味のある液体調味料を提供でき,かつ,本件特許発明1で特定された含有量のコハク酸を添加することにより,添加カリウムの苦味の影響を改善するという本件特許発明1の課題が解決できると認識できる記載があることから,乙1に示された結果は,発明の詳細な説明の記載を裏付けるものであって,原告主張のように発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではない。よって,原告の主張は失当である。

b 乙3について

乙3に示されたデータは,上記のとおり,本件特許発明1が特定する食塩の添加量の下限値(7質量%)付近の結果を補足するものである。

本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明者は,食塩含有量を9質量%以下にしても塩味を感じさせる手段について検討してきた結果,食塩含有量を9質量%以下と低くし,かつカリウムを0.5~4.2質量%とした系で,特定の風味改良成分を含有させることにより,塩味がより強く感じられ,味の良好な液体調味料が得られることを見出した」(【0008】)と記載されているところ,カリウムが食塩の塩味を代替する成分であるという技術常識を参酌すれば,当業者は上記記載を理解するものと認められる。すなわち,発明の詳細な説明には,本件特許発明1が特定する食塩の添加量の下限値付近であっても,カリウム及び特定の風味改良成分であるコハク酸を配合することにより,本件特許発明1の課題が解決できると認識できる記載があることから,乙3に示された結果は,発明の詳細な説明の記載を裏付けるものであって(当業者が予測できるような効果を確認するものといえる。),原告主張のように発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではない。よって,原告の主張は失当である。

(イ) 原告は,塩味についての課題は,通常の醤油を絶対的な基準としてこれに近い塩味を得ることであり,本来の食塩濃度に比して相対的に塩味が強い減塩醤油を得ることではないので,食塩濃度7%どうしで塩味を比較した乙3の結果は,本件発明における塩味についての課題が解決されたことを立証するものではないと主張する。

しかし,本件発明が塩味についての課題が解決されるということができるのは,同じ食塩含有量のものを官能評価した2点識別試験法ではなく,醤油としての風味の好ましさについての総合評価の結果であり,前記エ(ウ)bにおいても,この総合評価の結果を基にサポート要件について判断しているので,原告の主張を採用することはできない。

(ウ) 原告は,特許第4340581号に係る特許公報(甲22)を提出し,そこに記載された比較例6及び同3とを比較して,乙1及び乙3の試験結果を批判するが,甲22に記載された減塩醤油は,濃縮及び脱塩により窒素濃度を通常の減塩醤油より高めた,窒素濃度が1.9w/v%以上で,かつ窒素/カリウムの重量比も0.44~1.62と特定されている醤油であり,本件特許発明1とは異なる技術によるものであるから,両者を比較することはできない。

(2)  塩味の推定の誤認につき

原告は,被告が別件訴訟で提出した試験結果報告書(甲21)の結果も参酌すると,食塩,カリウム,遊離コハク酸の含有量が本件発明1に規定された数値の下限値である減塩醤油(試験品X)を想定した場合,この減塩醤油の塩味は大きく減少する可能性が高いと主張する。

しかし,甲21で試験した醤油は,コハク酸が添加されていない醤油であり,その評価方法も異なるから,本件特許発明1の塩味を推認する根拠とはならない。本件特許発明1において,食塩,カリウム,コハク酸の含有量が規定された数値の下限値付近のものであっても,塩味についての課題が解決できるということができることは,上記(1)のとおりであり,原告の主張を採用することはできない。

(3)  コハク酸濃度範囲における塩味の検証についての誤認につき

ア 原告は,本件審決がコハク酸の濃度範囲についてのサポート要件の検討で,風味の評価を無視し塩味の評価のみを抽出して判断しているのは明らかに失当である旨を主張する。しかし,風味の評価を勘案しても,本件特許発明1で特定されるコハク酸の濃度範囲で本件発明1がサポート要件を満たすということができる点は,前記(1)のとおりであり,原告の主張を採用することはできない。

イ 原告は,発明の詳細な説明には,遊離コハク酸換算で0.15%を超える濃度から1%までの広い範囲で実施例によるサポートが存在せず,良好な塩味が得られるか否かは不明であるところ,試験品1-8で,コハク酸濃度が2%と高い場合は,「味のバランスがくずれる」とのコメントがあるので,実施例によるサポートが存在しない範囲で,良好な塩味が得られ,かつ,醤油として好ましい風味が得られるか否か不明である旨を主張する。

しかし,乙1の試験品Cの結果より,コハク酸の濃度が本件発明における上限値付近である1.30質量%(遊離のコハク酸換算で0.93質量%)の場合の総合評価は3であり,この減塩醤油は味の調和がとれていると評価されているので,原告の主張を採用することはできない。

(4)  本件特許発明2,3について

本件特許発明2は,本件特許発明1を引用し,かつ,減塩醤油類中の窒素の含有量がアスパラギン酸及びグルタミン酸の添加により1.6質量%以上と特定するものであり,また,本件特許発明3は,本件特許発明1又は2を引用し,かつ,減塩醤油類中にアスパラギン酸を1~3質量%,グルタミン酸を1~2質量%含有し,さらにアスパラギン酸/カリウム≧0.25(質量比)の関係にあることを特定するものである。

本件特許発明2,3に特定される条件を満たす実施例は,表2で,試験品2-4,同2-8として記載されているところ,これら減塩醤油の総合評価はいずれも5である。そして,本件特許発明1において奏した減塩醤油の塩味や風味についての結果が,アスパラギン酸やグルタミン酸を添加することにより低下するとは認められないから,本件特許発明2,3も,発明の詳細な説明に記載されたものと認められる。

(5)  以上のとおり,本件特許発明1~3は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものと認められるから,特許法36条6項1号に違反しているということはできず,取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(実施可能要件〔特許法36条4項1号〕違反についての判断の誤り)について

原告は,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識をもってしても当業者が本件発明の課題を解決することができる減塩醤油を製造することができない蓋然性が高いことを理由に,当業者は当該発明の課題を解決し得る配合について過度の実験を強いられることになるので,本件発明は当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されていない旨を主張する。

しかし,本件明細書の発明の詳細な説明において,本件特許発明1~3の課題を解決できるように記載されていることは上記1で説示したとおりであり,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていると認められる。また,減塩醤油に添加する塩化カリウムやコハク酸の量を変化させ,その塩味や醤油としての風味の好ましさを評価することは,当業者であれば可能なものであって,これを過度な実験が強いられるということはできない。原告の主張はその前提において誤りである。

したがって,取消事由2も理由がない。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法はない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 岡本岳 裁判官 武宮英子)

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