大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10346号 判決 2012年8月27日

原告

染矢電線株式会社

訴訟代理人弁理士

千葉茂雄

堀家和博

被告

特許庁長官

指定代理人

岡本昌直

長浜義憲

氏原康宏

田村正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2010-16357号事件について平成23年9月5日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,容易想到性である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成19年7月13日,名称を「電線接続構造」とする発明につき特許出願(特願2007-183939,甲11)をし,平成22年2月15日付けで手続補正をしたが(甲14),同年6月18日付けで拒絶査定を受けたので(甲12),同年7月21日に不服の審判(不服2010-16357号)を請求するとともに,本件補正(甲13)をした。特許庁は,平成23年9月5日付けで,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年9月28日,原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  本件補正による請求項1(補正発明,甲13)

リン青銅の薄板状金属部材を塑性変形させた接続圧着端子(1)を備え,かつ,一対の第1かしめ片(2a)(2a)を有すると共に内面側に突出する帯状の凸部を有する導体かしめ部(2A)を軸心方向(L)の一方端に形成し,一対の第2かしめ片(2b)(2b)を有すると共に内面側へ突出する帯状の凸部を有する導通線かしめ部(2B)を上記軸心方向(L)の中間部に形成し,一対の第3かしめ片(2c)(2c)を有する被覆かしめ部(2C)を上記軸心方向(L)の他方端に形成した上記接続圧着端子(1)に,小型電子部品から突設される針金状の単線である導体(A)の導体端面(a)と,電線(D)の電線端面(b)と,を対面状に接近乃至当接させて配設し,上記第1かしめ片(2a)(2a)にて上記導体(A)を抱き込み状にかしめ固着し,上記第2かしめ片(2b)(2b)にて上記電線(D)の導通線(B)を抱き込み状にかしめ固着し,上記第3かしめ片(2c)にて上記電線(D)の絶縁被覆部(C)を抱き込み状にかしめ固着し,

さらに,上記導体かしめ部(2A)の上記小型電子部品側の端縁部を,上記かしめ固着状態で拡径状にして導体切断防止縁部(10)を形成し,上記導通線かしめ部(2B)の上記絶縁被覆部(C)側の端縁部を,上記かしめ固着状態で拡径状にして導通線切断防止縁部(11)を形成して,上記小型電子部品の導体(A)と上記電線(D)とを連結したことを特徴とする電線接続構造。(下線は補正箇所を示す。)

(2)  本件補正前の請求項1(補正前発明。平成22年2月15日付け手続補正書(甲14)により補正されたもの)

一対の第1かしめ片(2a)(2a)を有する導体かしめ部(2A)を軸心方向(L)の一方端に形成し,一対の第2かしめ片(2b)(2b)を有する導通線かしめ部(2B)を上記軸心方向(L)の中間部に形成し,一対の第3かしめ片(2c)(2c)を有する被覆かしめ部(2C)を上記軸心方向(L)の他方端に形成した接続圧着端子(1)に,導体(A)の導体端面(a)と,電線(D)の電線端面(b)と,を対面状に接近乃至当接させて配設し,上記第1かしめ片(2a)(2a)にて上記導体(A)を抱き込み状にかしめ固着し,上記第2かしめ片(2b)(2b)にて上記電線(D)の導通線(B)を抱き込み状にかしめ固着し,上記第3かしめ片(2c)にて上記電線(D)の絶縁被覆部(C)を抱き込み状にかしめ固着し,

さらに,上記導体かしめ部(2A)の一方端側の端縁部を,上記かしめ固着状態で拡径状にして導体切断防止縁部(10)を形成し,上記導通線かしめ部(2B)の上記絶縁被覆部(C)側の端縁部を,上記かしめ固着状態で拡径状にして導通線切断防止縁部(11)を形成して,上記導体(A)と上記電線(D)とを連結したことを特徴とする電線接続構造。

3  審決の理由の要点

(1)  審決は,「補正発明は,引用発明及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたので独立特許要件を欠く」,「補正前発明も,同様に,引用発明及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた」と判断した。

(2)  上記判断に際し,審決が認定した引用例(実願昭63-27684号(実開平1-132064号)のマイクロフィルム,甲1)記載の発明(引用発明),補正発明と引用発明との対比・判断,補正前発明と引用発明との対比・判断は,以下のとおりである。

ア 引用発明

軸心方向の先端から順に,一対のかしめ片4aからなり接触子用素材1を抱き込み状にかしめ付ける接触子用素材かしめ部,一対のかしめ片4bからなり接触子用素材1のつぶし部5を抱き込み状にかしめ付ける接触子抜け止めかしめ部,一対のかしめ片4cからなり電線2の電線芯線6を抱き込み状にかしめ付ける電線芯線かしめ部及び一対のかしめ片4dからなり電線2の被覆7を抱き込み状にかしめ付ける電線被覆かしめ部とを有する圧着部3に,接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面をかしめ片4bとかしめ片4cの間に設け,接触子用素材1を前方に突出させて圧着すると共に接触子用素材1とは独立して電線芯線6をかしめ付け,圧着部3において電線芯線6と接触子用素材1とを重ねてかしめ付けないモジュラーコネクタ用接触子。

イ 補正発明と引用発明との対比

(ア) 一致点

「接続圧着端子を備え,かつ,一対の第1かしめ片を有する導体かしめ部を軸心方向の一方端に形成し,一対の第2かしめ片を有する導通線かしめ部を上記軸心方向の中間部に形成し,一対の第3かしめ片を有する被覆かしめ部を上記軸心方向の他方端側に形成した上記接続圧着端子に,針金状の単線である導体の導体端面と,電線の電線端面と,を対面状に接近乃至当接させて配設し,上記第1かしめ片にて上記導体を抱き込み状にかしめ固着し,上記第2かしめ片にて上記電線の導通線を抱き込み状にかしめ固着し,上記第3かしめ片にて上記電線の絶縁被覆部を抱き込み状にかしめ固着し,

導体と上記電線とを連結した電線接続構造。」である点。

(イ) 相違点1

接続圧着端子について,補正発明では,リン青銅の薄板状金属部材を塑性変形させたものであるのに対して,引用発明では,どのような材料でどのように形成したものであるのか不明である点。

(ウ) 相違点2

導体かしめ部及び導通線かしめ部について,補正発明では,内面側に突出する帯状の凸部を有するのに対して,引用発明では,そのような凸部を有していない点。

(エ) 相違点3

被覆かしめ部について,補正発明では,接続圧着端子の軸心方向の他方端に形成されているのに対して,引用発明では,引用例の第2図及び第3図に示されているように,かしめ片4dはかしめ片4a~4cよりも左側(すなわち,軸心方向の他方端側)に形成されているものの,圧着部3の左端部(すなわち,軸心方向の他方端)には形成されていない点。

(オ) 相違点4

導体について,補正発明では,小型電子部品から突設されるのに対して,引用発明では,モジュラーコネクタの接触子用素材であり小型電子部品から突設されたものではない点。

(カ) 相違点5

補正発明では,上記導体かしめ部の上記小型電子部品側の端縁部を,上記かしめ固着状態で拡径状にして導体切断防止縁部を形成し,上記導通線かしめ部の上記絶縁被覆部側の端縁部を,上記かしめ固着状態で拡径状にして導通線切断防止縁部を形成しているのに対して,引用発明では,そのような導体切断防止縁部及び導通線切断防止縁部を形成していない点。

ウ 相違点の判断

(ア) 相違点1について

接続圧着端子の材料をリン青銅とすることは,例えば特開平5-326109号公報(甲2,段落【0015】参照。)に記載されているように本件出願前周知であり,リン青銅の薄板状金属部材を塑性変形させて端子を形成することは,例えば特開2003-272725号公報(甲3,段落【0024】参照。),特開2006-49089号公報(甲4,段落【0022】参照。)に記載されているように本件出願前周知である。

一方,引用例における圧着部3(接続圧着端子)は,接触子用素材1と電線2とを電気的並びに機構的に一体連結できるものであれば,どのような材料でどのように形成するかは当業者が適宜選択し得る設計的な事項である。

したがって,引用発明の接続圧着端子を,リン青銅の薄板状金属部材を塑性変形させたものとすることは,上記周知の事項に倣って,当業者が容易に想到し得たことである。

(イ) 相違点2について

かしめ部において接続強度を高めることは当業者にとって本件出願前周知の課題であり,その課題を解決するために,かしめ部の内面側に突出する帯状の凸部を有するようにすることは,例えば上記特開平5-326109号公報(段落【0015】参照。),特開2002-313313号公報(甲5,段落【0016】及び図12参照。)に記載されているように本件出願前周知である。

したがって,引用発明の導体かしめ部及び導通線かしめ部に,内面側に突出する帯状の凸部を有するようにすることは,上記周知の事項に倣って,当業者が容易に想到し得たことである。

(ウ) 相違点3について

被覆かしめ部を接続圧着端子の軸心方向の端部に形成しているものは,例えば上記特開平5-326109号公報(図2参照。),特開平3-88283号公報(甲6,1頁右下欄7~8行及び第4図参照。)に記載されているように本件出願前周知である。

一方,引用例の第2図及び第3図における,圧着部3のうちかしめ片4d(被覆かしめ部)より左側の部位について検討すると,引用例には該部位の機能に関する記載がないので,引用発明において該部位を設けるか否か(すなわち,該部位を除いてかしめ片4dを圧着部3の他方端に形成するか否か)は,当業者が適宜選択し得る設計的な事項である。

したがって,引用発明の被覆かしめ部を接続圧着端子の軸心方向の他方端に形成するようにすることは,上記周知の事項に倣って,当業者が容易に想到し得たことである。

(エ) 相違点4について

引用例の「このように,本考案接触子は,・・・電話器用コネクタに限ることなくその他一般のコネクタ用接触子として用いることが可能である等,本考案接触子は構成簡単にしてその効果が極めて顕著なるものであり,即実用に供し得るものである。」(6頁8行~7頁2行)との記載より,引用例は,接触子が電話器用コネクタ以外の分野に用いることが可能であることを示唆している。

また,接続圧着端子が小型電子部品であるヒューズから突設される導体をかしめ固着するものは,例えば上記特開平3-88283号公報(1頁右下欄8~12行及び第4図参照。),発明協会公開技報公技番号91-3288号(甲7,1頁左欄及び第1図参照。)に記載されているように本件出願前周知である。

したがって,引用発明の接続圧着端子にかしめ固着される導体を小型電子部品から突設されたものとすることは,上記周知の事項に倣って,当業者が容易に想到し得たことである。

(オ) 相違点5について

かしめ部において接続の安定性を高めることは当業者にとって本件出願前周知の課題であり,その課題を解決するために,圧着時に導体が切断されるのを防止するべく圧着部分の端部の径を拡径に形成した,いわゆるベルマウスを設けることは,例えば上記特開2002-313313号公報(段落【0016】,【0024】及び図12参照。),特開2003-100413号公報(甲8,段落【0013】参照。),実願昭57-196314号(実開昭59-101358号)のマイクロフィルム(甲9,2頁2~9行及び第1図参照。),特開昭53-104883号公報(甲10,2頁左下欄13行~右下欄8行及び第4図参照。)に記載されているように本件出願前周知である。

そして,引用発明の接触子用素材かしめ部及び電線芯線かしめ部(導体かしめ部及び導通線かしめ部)にかしめ固着状態で拡径状にして導体切断防止縁部及び導通線切断防止縁部を形成する際に,接触子用素材1及び電線芯線6(導体及び導通線)の先端側に導体切断防止縁部及び導通線切断防止縁部を形成しても切断の影響が小さい点を考慮すると,導体切断防止縁部及び導通線切断防止縁部を導体かしめ部及び導通線かしめ部のうち導体及び導通線の根本側のみに設けることは格別なことではない。

また,上記(相違点4について)で述べたのと同様に,導体を小型電子部品から突設されたものとすると,導体かしめ部のうち導体の根本側は小型電子部品側の端縁部となり,導通線かしめ部のうち導通線の根本側は絶縁被覆部側の端縁部となる。

したがって,引用発明の導体かしめ部の小型電子部品側の端縁部に,かしめ固着状態で拡径状にして導体切断防止縁部を形成し,導通線かしめ部の絶縁被覆部側の端縁部に,かしめ固着状態で拡径状にして導通線切断防止縁部を形成するようにすることは,上記周知の事項に倣って,当業者が容易に想到し得たことである。

(カ) 補正発明による効果・結論

補正発明による効果も,引用発明及び上記周知の事項から当業者が予測し得た程度のものであって,格別のものとはいえない。

したがって,補正発明は,引用発明及び上記周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができない。

エ 補正前発明と引用発明との対比・判断

補正前発明は,補正発明から,電線接続構造,導体かしめ部(2A),導通線かしめ部(2B),導体(A)及び導体かしめ部(2A)の端縁部についての限定事項を省いたものである。

そうすると,補正前発明の発明特定事項をすべて含み,さらに,他の発明特定事項を付加したものに相当する補正発明が,引用発明及び上記周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,補正前発明も,同様に,引用発明及び上記周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(補正発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)

(1)  審決は,引用発明を,「接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面をかしめ片4bとかしめ片4cの間に設け,」と認定した点,「モジュラーコネクタ用接触子」と認定した点で誤っている。

引用例には,接触子用素材1と電線芯線6の各「端面」における位置や向きについての記載はなく,「接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面をかしめ片4bとかしめ片4cの間に設け」との技術事項は,第3図のみを根拠として認定している。したがって,審決が引用発明において認定した「接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面をかしめ片4bとかしめ片4cとの間に設け」との文言は,削除したものとすべきである。

また,「モジュラーコネクタ用接触子」との文言は,引用例の考案の名称,実用新案登録請求の範囲にはないことから,認定すべきではなく,「コネクタ用接触子」と認定すべきである。

(2)  引用例では,モジュラーコネクタ内部の構成について,「電話器等におけるモジュラーコネクタは,モジュラーコネクタソケット内に折り曲げた接触子の数本を並置しておき,該ソケットに挿入するモジュラーコネクタプラグにおける同じく並置した数本の接片と夫々接触するように構成されておる。そして,この場合の前記ソケットにおける接触子は圧接片の介在下に電線と接続されている。」(1頁17行~2頁4行)と記載されている。引用例で例示された刊行物である特開昭60-170179号公報(甲15)の第1,2図には,ソケット10内で圧着部42に電線43と接続された接触子40が,圧着部42の前方で折れ曲がることの他に,接触子40の前端付近で,プラグ20を抜き差しする空間がある。このような折れ曲がりや空間は,例示された刊行物1の出願人であるヒロセ電機株式会社のホームページや,引用例の出願人である日本連続端子株式会社のホームページでも確認できる。

したがって,引用発明がコネクタに関するものに限定されることから,折れ曲がった接触子用素材1の前端付近に空間が必要であり,かつ,プラグの抜き差しごとに接触子用素材1が変形することが,引用例における技術的思想の前提となる。

(3)  引用例には,「このように,本考案接触子は,接触子用素材と電線との接続に際して,これ等をかしめ付ける圧着部を,先端から順に接触子用素材かしめ部,接触子抜け止めかしめ部,電線芯線かしめ部及び電線被覆かしめ部との四部分で行うようにし,しかも,この構成によって,接触子用素材のかしめ部分と芯線のかしめ部分とを独立させることが出来るから,これ等素材と芯線との重なりによる芯線切断の惧れが全くないと共に,この部分に限られたクリンプ高さに適応する芯線の幅も充分に広いものを使用することが出来るので,電話器用コネクタに限ることなくその他一般のコネクタ用接触子として用いることが可能である等,本考案接触子は構成簡単にしてその効果が極めて顕著なるものであり,即実用に供し得るものである。」との記載がある。これによれば,引用発明は,「四部分」でかしめを行う構成だからこそ,クリンプ高さに適応する芯線の幅も充分に広いものを使用することが出来ることが記載されている。また,引用発明はコネクタに関するものに限定されることから,折れ曲がった接触子用素材1の前端付近に空間が必要であり,且つ,プラグの抜き差しごとに接触子用素材1が変形することが,引用例における技術的思想の前提となる。

一方,補正発明は,「一対の第1かしめ片(2a)(2a)」を有する「導体かしめ部(2A)」,「一対の第2かしめ片(2b)(2b)」を有する「導通線かしめ部(2B)」,「一対の第3かしめ片(2c)(2c)」を有する「被覆かしめ部(2C)」を有している。

審決は,引用発明の「一対のかしめ片4a」は補正発明の「一対の第1かしめ片2a,2a」に,引用発明の「一対のかしめ片4c」は補正発明の「一対の第2かしめ片2b,2b」に,引用発明の「一対のかしめ片4d」は補正発明の「一対の第3かしめ片2c,2c」に,それぞれ相当すると認定した。しかし,補正発明の「第1かしめ片2a」に相当するものとしては,審決で言及された引用発明の「かしめ片4a」だけでなく,「かしめ片4b」も有り得る。にもかかわらず,審決には,引用発明の「一対のかしめ片4a」が補正発明の「一対の第1かしめ片2a,2a」に相当する根拠や妥当性が示されておらず,引用発明の「一対のかしめ片4b」の補正発明に対する当てはめがされていない。正しくは,補正発明の「一対の第1かしめ片2a,2a」に相当するものとしては,引用発明の「一対のかしめ片4a」でなく,「一対のかしめ片4b」が当て嵌まる。審決では,補正発明と引用発明の対比が十分に検討されていない。

(4)  その結果,審決は,引用発明と補正発明の以下の相違点3点の認定を遺脱した。

(相違点6)

導体かしめ部について,補正発明では,接続圧着端子の軸心方向の一方端に形成されているのに対して,引用発明では,引用例の第2図及び第3図に示されているように,かしめ片4bはかしめ片4c,4dよりも右側(すなわち,軸心方向の一方端側)に形成されているものの,圧着部3の右端部(すなわち,軸心方向の一方端)に形成されていない点。

(相違点7)

かしめ部の数について,補正発明では,接続圧着端子に,導体かしめ部,導通線かしめ部,被覆かしめ部の合計3つが形成されているのに対して,引用発明では,圧着部に,接触子抜け止めかしめ部,電線芯線かしめ部,電線被覆かしめ部の他に,接触子用素材かしめ部の合計4つが形成されている点。

(相違点8)

接続圧着端子について,補正発明では,導体の導体端面と,電線の電線端面と,を対面状に接近乃至当接させて配設しているのに対して,引用発明では,導体の導体端面と,電線の電線端面と,を対面状には接近乃至当接させて配設しているか不明な点。

2  取消事由2(相違点の判断の遺脱)

上記相違点6~8の認定を遺脱した結果,審決は,相違点6~8の判断も遺脱した。

特に,相違点8についていうと,審決が引用した周知文献のうち,導体かしめ部について,接続圧着端子の軸心方向の一方端に形成されている旨が開示されているのは,甲2及び甲6だけである。このうち,甲2の第2図(b)には,「温度ヒューズ1の単線のリード端子2」と「撚線であるリード線3」とが,圧着端子5を介して接続されているが,リード線3の端面が圧着端子5の影に隠れて,「リード端子2の端面と,リード線3の端面と,を対面状に接近乃至当接させて配設し」ているか否か不明である。つまり,「導体の導体端面と,電線の電線端面と,が対面状に接近乃至当接させて配設し」ていることは,引用例,各周知文献のいずれにも開示されておらず,全く開示されていない事項を,引用発明や各周知文献から想到することは不可能である。

相違点6,7は,かしめ片が3つであるが故に,引用発明と相違点を有しているものの,引用例及び各周知文献は,かしめ片の数が,1,2,4のいずれかしかなく,かしめ片の数が3であるものは,一切開示されておらず,開示されていない相違点6,7を,引用例や周知文献(甲2~10)に基いて想到したとはいえない。

3  取消事由3(審決における相違点1~5の判断の誤り)

(1)  相違点3の判断の誤り

審決は,「圧着部3のうちかしめ片4d(被覆かしめ部)より左側の部位について検討すると,引用例には該部位の機能に関する記載がないとの理由で,引用発明において該部位を設けるか否か(すなわち,該部位を除いてかしめ片4dを圧着部3の他方端に形成するか否か)は,当業者が適宜選択し得る設計的な事項である」と判断した(7頁22~26行)。

しかし,引用例の第3図の縦断側面図において,「かしめ片4d」及び「電線2」より左方側の部位(部位A)には,断面を現す「平行斜線(ハッチング)」部分以外に,「ハッチング」されていない部分が開示されており,そこに上下に貫通している孔(孔B)があることが明らかである。

ここで,部位Aにおける機能が問題となる。甲2の段落0015では,「20は同様にコードヒータを保持する保持部でさらに引抜き強度を上げるため切り欠き溝部21を有している。」旨が記載されている。したがって,引用例の第3図において,わざわざ一部だけ「ハッチング」しなかったのは,部位Aに何か意味があったことを示しており,その意味は,例えば,審決で挙げられた周知文献(甲2)のように「電線2を保持する」ためであることは,否定できない。更に,孔Bも,引抜強度の向上のために設けられていたり,電線2を通すものでないとはいえない。

したがって,「引用例には該部位の機能に関する記載がない」ことは,相違点3の差異を,当業者が適宜選択し得る設計的な事項で,埋めることが出来たとはいい切れない。

(2)  相違点4の判断の誤り

審決は,「引用例は,接触子が電話器用コネクタ以外の分野に用いることが可能であることを示唆している。」と認定するものの,厳密には「電話器用コネクタに限ることなくその他一般のコネクタ用接触子として用いることが可能であ」り,引用発明は,電話器以外に用いても,結局,コネクタ用に限られる。更に,コネクタの分野において,引用発明のように,接触子用素材1,電線2,圧着部3の3つ部材を必須とするものは,モジュラジャックコネクタしか存在しない。モジュラジャックコネクタ技術における接触子用素材を,ヒューズのような小型電子部品から突設される導体にしたとすれば,ジャック(メス型)コネクタのプラグ受入開口部の中に,小型電子部品が存在することになる。

写真1~5(甲19の1~5)で示された「補正発明に係る製品」を,引用例に開示されたモジュラーコネクタや,ヒロセ電機株式会社や日本連続端子株式会社のホームページでも確認できるモジュラーコネクタに適用した場合,「接触子の先端に小型電子部品」を付けたものが,プラグを抜差しする空間内に位置することになる。プラグを抜差しする空間に,小型電子部品が位置すれば,コネクタがコネクタとしての役割を果せなくなることから,モジュラジャックコネクタの技術分野における当業者であれば,このような適用は絶対行わない。したがって,コネクタに係る引用例に,審決(7頁31行~8頁2行)が指摘した小型電子部品の接続に係る周知文献(甲6,7)を組み合わせることに対して,阻害要因がある。

このような阻害要因を踏まえても,あえて,引用例に周知文献(甲6,7)を組み合わせる動機は,引用例,周知文献(甲2~10),及び,審決のいずれにもない。

したがって,補正発明は,引用例,甲2~10から自明ではなく,引用発明の接続圧着端子にかしめ固着される導体を小型電子部品から突設されたものとすることは,甲6,7に倣っても,当業者は,容易に想到することはできない。

(3)  その他の相違点の判断の誤り

ア 相違点1

リン青銅が,青銅に対する錫,リンの割合によって,その弾性,耐摩耗性,耐食性などの特性が変化するため,補正発明のように,小型電子部品の針金状の単線である導体と,電線を接続する場合の特性と,周知文献(甲2~4)のように,ヒータ線とリード線の接続や,蛍光管の単線と電線を略十字に重ね合わせて固着させる場合とは,求められる特性が異なる。

したがって,周知文献(甲2~4)でリン青銅が使用されているからといって,引用発明に適用できるとは,一概にいえない。

イ 相違点2,5

これら各相違点について,審決において引用された周知文献(甲2,5,8~10)は,いずれもコネクタの分野ではなく,引用例の3頁10,11行に記載されているように,「コネクタソケットに配置するために予め設定されている」接触子配列穴が決まっていることから,引用例に,周知文献(甲2,5,8~10)記載の事項を適用することで,かえって接触子が嵩張り,接触子配列穴に挿入できなくなる可能性がある。

したがって,相違点2,5は,いずれも,引用発明と周知の事項に倣って,当業者が容易に想到し得たとは,いい切れない。

4  まとめ

よって,本件補正は,独立特許要件に違反せず,却下されるべきものではない。

審決の,上記の各誤りは,いずれも結論に影響するから,審決は取り消されるべきである。

第4被告の反論

1  取消事由1(補正発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)に対して

(1)  原告は,審決がした引用発明の認定のうち,「接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面をかしめ片4bとかしめ片4cとの間に設け,」及び「モジュラーコネクタ用接触子」との認定に誤りがある旨主張する。

しかし,引用例には,「第3図及び第4図の各かしめ部断面図から理解出来るように,接触子用素材かしめ部と電線芯線かしめ部とが独立しており,圧着部3において該芯線6と該素材1とが重なりかしめ付けられることはない。」,「本考案接触子は,・・・これ等素材と芯線との重なりによる芯線切断の惧れが全くない」と記載されている。また,第3図には,「接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面とが,かしめ片4bとかしめ片4cの間に設けられて,対面状に当接させて配設していること」が示され,言い換えれば,接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面とが,かしめ片4bとかしめ片4cの間に設けられて,重なりかしめ付けられていない,すなわち,対面状に当接させていると理解できる。してみると,これらの事項から,引用発明の「接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面をかしめ片4bとかしめ片4cとの間に設け」との認定に誤りはない。

また,引用例には,「モジュラーコネクタに用いて最適な接触子に関する。」と記載されているから,引用発明の「モジュラーコネクタ用接触子」との認定に誤りはない。

(2)  原告は,引用例では,モジュラーコネクタの構成につき,甲15から接触子が前方で折れ曲がること,前端付近にそのための空間を備えることが確認でき,引用発明もそのようなことを前提とした技術思想であると主張する。

しかし,引用例に記載されたコネクタ用接触子は,一般のコネクタ用接触子(モジュラーコネクタに限定されることはない。)において,接触子用素材のかしめ部分と芯線のかしめ部分とを独立させて,これ等素材と芯線との重なりによる芯線切断の惧れが全くないようにすることを課題とするものであるから,原告が主張するような前提のものではない。

(3)  原告は,「引用発明は,「四部分」でかしめを行う構成だからこそ,クリンプ高さに適応する芯線の幅も充分に広いものを使用することが出来る」旨主張するが,引用例の記載(6頁13行~16行)をみれば,「クリンプ高さに適応する芯線の幅も充分に広いものを使用することが出来る」ことは,「接触子用素材のかしめ部分と芯線のかしめ部分とを独立させる」ことによって奏されるものであるから,「四部分」でかしめを行うことを必須の条件としていない。

原告は,審決は,引用発明の「一対のかしめ片4a」は本件発明の「一対の第1かしめ片」に,引用発明の「一対のかしめ片4c」は補正発明の「一対の第2かしめ片」に相当するとしているが,本件発明の「第1かしめ片2a」に相当するのは,「かしめ片4a」だけでなく,「かしめ片4b」も有し得るが,審決には上記認定の根拠や妥当性が示されておらず,引用発明の「一対のかしめ片4b」が本件発明に対する当てはめがされていないと主張する。

しかし,引用発明の「一対のかしめ片4a」と補正発明の「一対の第1かしめ片」とは,その形成された位置,かしめ固着した部材,及び固着手段が共通するものであるから,両者が相当するとした審決に誤りはない。

また,補正発明の電線接続構造は,第1~3かしめ片以外の第4かしめ片を備えることを除外しておらず,引用発明の「一対のかしめ片4b」に相当する部材が補正発明に特定されていないことをもって,審決における補正発明と引用発明との相当関係及び一致点の認定に誤りがあるということはできない。

(4)ア  引用発明の「一対のかしめ片4a」は,補正発明の「一対の第1かしめ片」に相当するから,原告の相違点6の遺脱の主張は理由はない。

イ  補正発明の電線接続構造は,第1~3かしめ片以外の第4かしめ片を備えることを除外しておらず,引用発明の「一対のかしめ片4b」に相当する部材が補正発明に特定されていないことをもって,原告主張の相違点7があるとはいえない。

ウ  引用発明の「接触子用素材1とは独立して電線芯線6をかしめ付け,圧着部3において電線芯線6と接触子用素材1とを重ねてかしめ付けない」ことは,補正発明の「導体の導体端面と,電線の電線端面と,を対面状に接近乃至当接させて配設」することに相当し,相違点8に関する原告の主張は理由がない。

2  取消事由2(相違点の判断の遺脱)

審決における引用発明の認定,補正発明と引用発明との対比,並びに,一致点及び相違点の認定に誤りはないから,原告主張の相違点の判断遺脱はない。

3  取消事由3(審決における相違点1~5の判断の誤り)

(1)  相違点3の判断の誤りに対して

引用例には,部位Aや孔Bについて,何の記載や示唆もなく,部位Aの構造や機能は技術常識を考慮しても不明であるから,部位Aや孔Bが,格別の技術的意義を有するものではないことは明らかである。そして,被覆かしめ部を接続圧着端子の軸心方向の端部に形成しているものは,周知の事項である。してみると,引用発明において該部位を設けるか否か,すなわち,該部位を除いてかしめ片4dを圧着部3の他方端に形成するか否かは,当業者が適宜選択し得る設計的な事項であるといえる。

また,甲2に記載の「切り欠き溝部21」は,保持部20に形成されているものであって,引用例に記載の部位Aに形成された孔Bとは,その形成された位置等が異なり,引抜き強度を上げるものでないこと,及び両者の関係も不明であって相当するものではないことは,明らかである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(2)  相違点4の判断の誤りに対して

引用例には,「電話器用コネクタに限ることなくその他一般のコネクタ用接触子として用いることが可能である」と記載され,分野を広く応用可能なものとすることが示唆されている。また,引用発明の「圧着部3」や補正発明の「接続圧着端子(1)」を「コネクタ」と称することは,技術常識(乙1,2)である。また,一般に,接続用圧着端子に固着された導体や電線に連結する部材をどのようなものにするかは,当業者が所望により適宜選択をなし得る程度の設計的事項である。そして,補正発明において,導体(A)を突設するものとして小型電子部品とすることに格別の技術的意義はなく,接続圧着端子が小型電子部品であるヒューズから突設される導体をかしめ固着するものは,周知の事項である。したがって,引用発明に,上記の事項に照らし,上記周知の事項を適用することは,当業者が容易に想到し得たことである。

また,引用発明に上記周知の事項を適用することが技術的に絶対不可能であるとか,あるいは適用することが引用発明の技術思想に反する等といったことはないから,阻害要因は存在しない。また,適用の際に多少の解決すべき問題点があったとしても,当業者は,適宜,創意工夫をなして問題点を解決することは通常期待される創作活動の範囲のことといえ,阻害要因にはならない。

(3)  その他の相違点の判断の誤りに対して

ア 相違点1

補正明細書や請求項1には,補正発明の接続圧着端子の材料として用いられるリン青銅について,求められる特性についての記載や示唆はない。

イ 相違点2,5

甲2,5は,かしめ部の内面側に突出する帯状の凸部を有するようにすることが周知の事項であることを裏付けるための周知例であり,甲5,8~10は,圧着時に導体が切断されるのを防止するべく圧着部分の端部の径を拡径に形成した,いわゆるベルマウスを設けることが周知の事項であることを裏付けるための周知例である。そして,これらの周知の事項は,補正発明の「接続圧着端子」と共通する引用発明の「圧着部」の技術分野に属する。

かしめ部において接続強度を高めること,及びかしめ部において接続の安定性を高めることは周知の課題であるから,引用発明においても内在する自明の課題である。してみると,引用発明において,上記の課題を解決するために,これらの周知の事項を適用することに格別の困難性はない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(補正発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について

(1)  原告は,審決がした引用発明の認定のうち,「接触子用素材1の端面と電線芯線6の端面をかしめ片4bとかしめ片4cとの間に設け,」及び「モジュラーコネクタ用接触子」との認定に誤りがある旨主張するが,引用例の明細書及び図面の記載を総合してみると,引用例には,審決が引用発明として認定したとおりの発明が記載されていることが明らかである。審決の引用発明の認定に誤りはない。

(2)  取消事由1の(2)~(4)の原告の主張は,引用発明は「四部分」でかしめを行う構成であって,「かしめ片4b」を有するものであるが,補正発明と引用発明との一致点及び相違点1ないし5では,引用発明の上記かしめ片4bについて言及していないことを前提とし,この点についての相違点看過,判断の遺脱をいうものである。

しかし,まず,補正明細書(甲13)には,以下の記載があり,この記載によれば,補正発明の電線接続構造であっても,第1~3かしめ片以外の第4かしめ片を備えることを除外するものではないことが明らかである。

【0020】

なお,本発明は,設計変更可能であって,例えば,導体かしめ部2A,導通線かしめ部2B,被覆かしめ部2Cの大きさや長さは,導通接続する各種の電線やリード線に応じて設計変更自由である。また,電子部品からの導体A(リード線)に,絶縁部材が被覆されている際に,導体かしめ部2Aの電子部品側(一方端)に,導体A用の被覆かしめ部を連結するように一体状に形成しても良い。

・・・・・・

【0025】

以上のように,本発明は,少なくとも2つの第1・第2かしめ片2a,2bを有する接続圧着端子1に・・・・・・

次に,引用例には,従来技術として,「その一例として特開昭60-170179号公報に開示されている如く,圧接片の一方端に前記接触子の基部をかしめ付けし,該圧接片の他方端に電線被覆部をかしめ付けると共に,該圧接片の中央部で前記接触子の基部先端上に電線芯線を載せた状態でこれ等を同時にかしめ付ける手段が多く採用されている。」と記載され,一例として示された特開昭60-170179号公報(甲15)には,「コネクタ用接触子140は,前端に接触かしめ部142A,中央部に心線かしめ部142B,後端に被覆かしめ部142Cを有した圧着部142と,・・・・・・とを備えており,圧着部142の接触かしめ部142Aは,接触部141に対して圧着されており」(5頁左上欄11~19行)と記載され,第12図には3つのかしめ部からなる圧着部142が,第13図(C)には接触かしめ部142Aが接触部141を圧着している断面が,それぞれ図示されている。

上記記載によれば,かしめ部を3つ設け,その1つのかしめ部で接触子をかしめ付けることは,引用発明の出願時以前から周知であり,引用発明はそのような周知の技術を前提とした考案といえる。

また,以上の検討に基づけば,引用発明は,接触子用素材1をかしめ付けるかしめ片4aの他に,接触子抜け止めかしめ部としての接触子用素材1のつぶし部5をかしめ付けるかしめ片4bを備えるが,基本的な機能からみると,接触子用素材1を圧着保持するかしめ片4aがあれば足り,抜け止めの機能を有するかしめ片4bは必須のものではなく付加的なものと解釈することができる。

そして,一般的に,基本的な機能を有する装置や器具に,付加的な機能を有する要素を加えた装置や器具において,コスト削減や小型軽量化を目的として,付加的な要素を省いて基本的な機能を有するだけの装置や器具とすることは,単なる設計事項にすぎないものである。

(3)  したがって,引用例において「かしめ片4b」が備わっていることは補正発明との相違点となるものではなく,これが相違点であるとする相違点看過及びその判断遺脱の原告主張は理由がない。

なお,原告は,引用発明と補正発明は,接触子用素材(単線)の端面と電線の端面は接近乃至当接させて対面しているか否かで相違する(相違点8),と主張するが,被告が主張するとおり,引用発明の「接触子用素材1とは独立して電線芯線6をかしめ付け,圧着部3において電線芯線6と接触子用素材1とを重ねてかしめ付けない」ことは,補正発明の「導体の導体端面と,電線の電線端面と,を対面状に接近乃至当接させて配設」することに相当することは明らかであって,原告の主張は理由がない。

(4)  以上によれば,取消事由1に関する原告の主張は理由がない。

2  取消事由2(相違点の判断の遺脱)について

上記のとおり,審決における補正発明と引用発明との対比に審決の結論に影響を及ぼすような誤りはなく,また原告が言及されていないとする相違点6~8があるとは認められないから,取消事由2に関する原告の主張は理由がない。

3  取消事由3(審決における相違点1~5の判断の誤り)について

(1)  相違点1について

原告は,補正発明のように,小型電子部品の針金状の単線である導体と,電線を接続する場合の特性と,周知文献(甲2~4)のように,ヒータ線とリード線の接続や,蛍光管の単線と電線を略十字に重ね合わせて固着させる場合とは,求められる特性が異なるので,周知文献にてリン青銅が使用されているからといって,引用発明に適用できるとはいえず,相違点1についての容易想到性の判断には誤りがある,と主張する。

しかし,補正明細書(甲13)や請求項1には,補正発明の接続圧着端子の材料として用いられるリン青銅について,求められる特性についての限定はないから,原告の主張は理由がない。

したがって,相違点1についての審決の判断に,原告主張の誤りはない。

(2)  相違点2,5について

原告は,周知文献(甲2,5,8~10)は,いずれもコネクタの分野ではなく,引用例に周知文献記載の事項を適用することで,却って接触子が嵩張り,接触子配列穴に挿入できなくなる可能性があるから,相違点2,5についての容易想到性の判断には誤りがあると主張する。

しかし,周知文献(甲2,5)は,かしめ部の内面側に突出する帯状の凸部を有するようにすることが周知の事項であることを裏付けるための周知例であり,周知文献(甲5,8~10)は,圧着時に導体が切断されるのを防止するべく圧着部分の端部の径を拡径に形成した,いわゆるベルマウスを設けることが周知の事項であることを裏付けるための周知例である。そして,これらの周知の事項は,補正発明の「接続圧着端子」と共通する引用発明の「圧着部」の技術分野に属する。

また,かしめ部において接続強度を高めること,及び,かしめ部において接続の安定性を高めることは,周知の課題であって,引用発明においても内在する自明の課題であるから,引用発明において,上記の課題を解決するために,上記の周知の事項を適用することに格別の困難性はない。

したがって,相違点2,5についての審決の判断に,原告主張の誤りはない。

(3)  相違点3について

原告は,引用例の第3図の「部位A」には何か意味があると考えられ,「引用例には該部位の機能に関する記載がない」ことをもって,当業者が適宜選択し得る設計的な事項とはいい切れず,相違点3についての容易想到性の判断には誤りがあると主張する。

しかし,引用例には,「部位A」の構造や機能の特定はない。また,被覆かしめ部を接続圧着端子の軸心方向の端部に形成しているものは,周知の事項(甲2,6)である。そうすると,引用発明において「部位A」を設けるか否か,すなわち,当該部位を除いてかしめ片4dを圧着部3の他方端に形成するか否かは,当業者が適宜選択し得る設計的な事項であるといえる。引用発明の被覆かしめ部を接続圧着端子の軸心方向の他方端に形成するようにすることは,上記周知の事項に倣って,当業者が容易に想到し得たことである,とした審決の判断に誤りはない。

したがって,相違点3についての審決の判断に,原告主張の誤りはない。

(4)  相違点4について

原告は,引用発明は,電話器以外に用いるとしてもコネクタ用に限られており,また,コネクタに係る引用例に周知文献(甲6,7)を組み合わせることには阻害要因があり,さらに,引用例に周知文献を組み合わせる動機は,引用例及び周知文献にはないから,相違点4についての容易想到性の判断には誤りがあると主張する。

しかし,引用例には,「電話器用コネクタに限ることなくその他一般のコネクタ用接触子として用いることが可能である」と記載され,分野を広く応用可能なものとすることが示唆されている。また,一般に,接続用圧着端子に固着された導体や電線に連結する部材をどのようなものにするかは,当業者が所望により適宜選択をなし得る程度の設計的事項である。補正発明において,導体(A)を突設するものとして小型電子部品とすることに格別の技術的意義はなく,接続圧着端子が小型電子部品であるヒューズから突設される導体をかしめ固着するものは,周知の事項(甲6,7)である。

以上の事情を考慮すると,引用発明に上記周知の事項を適用して,接続圧着端子にかしめ固着される導体を小型電子部品から突設されたものとすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

したがって,相違点4についての審決の判断に,原告主張の誤りはない。

第6結論

以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例