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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10351号 判決 2012年9月26日

原告

エルジーエレクトロニクスインコ

ーポレイティド

訴訟代理人弁護士

上谷清

仁田陸郎

萩尾保繁

山口健司

薄葉健司

石神恒太郎

関口尚久

弁理士

島田哲郎

三橋真二

河合章

前島一夫

被告

特許庁長官

指定代理人

石川好文

亀田貴志

竹之内秀明

田村正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1原告が求めた判決

特許庁が不服2010-14727号事件について平成23年6月21日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件訴訟は,特許出願拒絶審決の取消訴訟である。争点は補正要件違反,補正発明のサポート要件違反である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成16年3月26日,優先日を平成15年(2003年)3月28日,優先権主張国を韓国として,名称を「冷蔵庫」とする発明につき特許出願(国際出願)したが(特願2006-507773号),平成22年2月24日に拒絶査定を受けたので,同年7月2日,特許庁に対し不服審判請求をするとともに(不服2010-14727号),特許請求の範囲の記載の一部を改める手続補正をした(本件補正)。

特許庁は,平成23年6月21日,本件補正を却下する決定とともに「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年7月5日,原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本願発明は,冷蔵庫に関する発明で,本件補正の前後の請求項1の特許請求の範囲は以下のとおりである。

【本件補正後の請求項1(補正発明,下線を付した部分が補正された部分)】

「冷蔵庫本体の相対的に上部に冷蔵室が設けられ,下部に冷凍室が設けられている冷蔵庫において,

前記冷蔵室の周縁部に回動可能に設けられて,前記冷蔵室を選択的に開閉する一対の冷蔵室扉と,

前記一対の冷蔵室扉中のいずれか1つの後方に位置し,前記いずれか1つの扉が閉まった状態では前記冷蔵室の内部空間に位置する製氷室であり,前記一対の冷蔵室扉中のいずれか1つの後面に取付けられる製氷室と,

前記いずれか1つの冷蔵室扉に設けられ,かつ前記製氷室の下側に設けられ,前記製氷室と連通して前記製氷室内部の氷が外部に排出されるようにするディスペンサと,

前記いずれか1つの冷蔵室扉を貫通して,入口部が前記製氷室と連通し,出口部が前記ディスペンサと連通する氷排出ダクトを含み,

前記製氷室は,

氷を作るための製氷機と,

前記製氷機より作られた氷を貯蔵する貯蔵部と,

前記氷貯蔵部に設けられ,前記氷貯蔵部内の氷を前記氷排出ダクトの入口部の方に移送する氷移送機構を含む冷蔵庫。」

【本件補正前の請求項1(平成21年9月4日付け手続補正書記載のもの)】

「冷蔵庫本体の相対的に上部に冷蔵室が設けられ,下部に冷凍室が設けられている冷蔵庫において,

前記冷蔵室の周縁部に回動可能に設けられて,前記冷蔵室を選択的に開閉する一対の冷蔵室扉と,

前記一対の冷蔵室扉中のいずれか1つの後方に位置し,前記いずれか1つの扉が閉まった状態では前記冷蔵室の内部空間に位置する製氷室と,

前記いずれか1つの冷蔵室扉に設けられ,前記製氷室と連通して前記製氷室内部の氷が外部に排出されるようにするディスペンサと,

前記いずれか1つの冷蔵室扉を貫通して,入口部が前記製氷室と連通し,出口部が前記ディスペンサと連通する氷排出ダクトを含み,

前記製氷室は,

氷を作るための製氷機と,

前記製氷機より作られた氷を貯蔵する貯蔵部と,

前記氷貯蔵部に設けられ,前記氷貯蔵部内の氷を前記氷排出ダクトの入口部の方に移送する氷移送機構を含むことを特徴とする冷蔵庫。」

3  審決の理由の要点

(1)  補正要件違反について(4,5頁)

「出願当初明細書等の内容は,製氷室と,冷蔵庫に回動可能に設けられた冷蔵室扉との関連構成につき,ア)製氷室は冷蔵室内部に設けること,イ)該製氷室と冷蔵庫に回動可能に設けられる冷蔵庫用扉との間に,供給管などの連結部材の存在は排除していないものの,製氷室自体を冷蔵室扉に取付けることの開示も示唆もないこと,ウ)『扉の一側に製氷室を備える』との事項は,発明の詳細な説明・・・を参酌しても,製氷室を冷蔵室の内部に設けることを前提とし,扉の冷蔵室側に配置した構成を意味するものと解釈することが自然である。

してみると,原告が,・・・『製氷室が扉の後面に取り付けられる』との事項が,本願の当初明細書の記載と技術常識から自明な事項であるとした主張は,採用できない。

そして,『一対の冷蔵室扉中のいずれか1つの後面に取付けられる製氷室』を付加する補正を行うことにより,『冷蔵室に回動可能に設けられる冷蔵室扉に,製氷室を取付ける』という新たな技術的事項が導入されるものといえる。

そうすると,本件補正により付加された,『一対の冷蔵室扉中のいずれか1つの後面に取付けられる製氷室』との発明特定事項は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものとはいえない。」

「以上のとおり,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきである。」

(2)  補正発明の独立特許要件(サポート要件)充足の有無について(5,6頁)「本件補正は,新規事項を追加するものであり,却下すべきものであるが,仮にそうでないとした場合であって,本件補正が,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正であるとした場合,本件補正後の請求項1に係る発明が独立して特許を受けることができるものであるか検討する。

1)・・・補正発明は,『一対の冷蔵室扉中のいずれか1つの後面に取付けられる製氷室』との発明特定事項を含むものである。

2)ところが,発明の詳細な説明においては,製氷室と,冷蔵庫に回動可能に設けられた冷蔵室扉との関連構成につき,ア)製氷室は冷蔵室内部に設けること,イ)該製氷室と冷蔵庫に回動可能に設けられる冷蔵庫用扉との間に,供給管などの連結部材の存在は排除していないものの,製氷室自体を冷蔵室扉に取付けることの記載も示唆もない。

3)そうすると,補正発明は,発明の詳細な説明に記載されたものを超えるものであり,特許法36条6項1号に違反するものである。

4)したがって,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。」

(3)  本件補正前の請求項1の発明の進歩性の有無について(6~10頁)

本件補正前の請求項1記載の発明は,引用例(特開2000-9372号公報(甲5))記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(ちなみに,原告は本件訴訟で,本件補正前の発明の進歩性の有無の判断の誤りを取消事由としていないので,容易想到性判断の前提とされた一致点,相違点の適示は省略する。)

第3原告主張の審決取消事由

1  補正要件違反の判断の誤り(取消事由1)

補正した事項が願書に最初に添付した明細書の範囲内か否かは,当業者において,技術常識を踏まえて合理的な解釈を行い,明細書及び図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,新たな技術的事項を導入するものか否かによって決されるものである。

しかるに,願書に最初に添付された当初明細書の段落【0019】には,「前記製氷室は,前記冷蔵庫の内部に着脱可能に設けられる。前記冷蔵室は,前記冷蔵庫本体の両端上下部に備えられるヒンジによってそれぞれ回転可能に支持される一対の扉によって開閉される。」との記載が,また段落【0020】には,「前記扉の一側には,前記製氷室が備えられる。」との記載があるから,特許請求の範囲にいう「冷蔵庫」には,回転可能に支持される一対の扉の一側に,製氷室が取り付けられることが記載されている。ここで,「一側」とは,一つの側を意味し,「扉の一側」も扉の面の一つ,すなわち扉の前面又は後面のいずれかを指すことが明らかである。

冷蔵庫の外側に当たる扉の前面に製氷室を取り付けるとすれば,扉の前面にそのためのスペースが必要となって冷蔵庫が大きくなるし,製氷室の温度制御が困難となって製氷機能を維持できなくなるおそれもあるから,かかる設計は当業者にとっておよそ考え難い。そうすると,前記「扉の一側」は,当業者の技術常識に照らせば,冷蔵庫の内側である扉の後面を意味するものと解すべきであり,したがって,当初明細書には,回転可能に支持される一対の扉の後面に製氷室を設ける技術的事項が開示されている。

なお,当初明細書の給水タンクに関する記載(段落【0026】,【0031】,【0056】,【0060】,【0074】,【0082】)にも照らせば,製氷室を冷蔵室の内部に設けるとの記載が,扉自体に製氷室を取り付ける構成を把握する障害とならないことは明らかである。すなわち,上記段落では,給水タンクが「扉の一側に設けられる」ことが「冷蔵室扉の裏面」にこれを設けることを意味することが示されているからである。

以上のとおり,本件補正は,当初明細書(図面を含む)のすべての記載を総合して導かれる技術的事項の関係において,新たな技術的事項を導入するものではないから,本件補正が「冷蔵室に回動可能に設けられる冷蔵室扉に,製氷室を取り付ける」との新たな技術的事項を導入するもので補正要件を満たさないとした審決の判断は誤りである。

2  サポート要件違反の判断の誤り(取消事由2)

当初明細書の段落【0008】,【0009】,【0011】ないし【0014】,【0019】,【0020】には,回転可能に支持される一対の扉の後面に製氷室を設ける技術的事項が開示されており,本件補正後の明細書でも同様である。

したがって,特許請求の範囲に記載された補正発明は,明細書の発明の詳細な説明により技術的課題を解決できると当業者において認識できる範囲内のものであるから,これに反する審決の判断は誤りである。

第4取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1に対し

願書に添付された請求項1の特許請求の範囲の記載,当初明細書の段落【0015】,【0019】,【0025】,【0028】,【0033】及び図面に開示されているものは,製氷室が冷蔵庫の中に設けられる構成のみであるし,発明の作用効果に係る段落【0076】ないし【0082】においても,冷蔵室の内部に製氷室を設けることが記載されているのみである。

また,当初明細書の背景技術に係る記載部分では,製氷室を設ける個所を冷凍室の内部から冷蔵室の内部に変更したことが発明の主要な創意工夫点であるとされており,特許請求の範囲の記載にも,当該発明に関する発明の詳細な説明の部分や図面にも,製氷室を冷蔵室の内部以外の個所に設ける旨の記載は存しない。

そして,当初明細書の段落【0015】,【0019】の記載を踏まえれば,段落【0020】の「前記扉の一側には,前記製氷室が備えられる。」との記載も,扉の一面に製氷室を設けることを意味せず,製氷室を冷蔵室の内部に設けることを前提とするものにすぎない。

したがって,当初明細書等からは,製氷室は,冷蔵室の内部に設けられるものとしか把握できない。

よって,本件補正が不適法であるとした審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2に対し

前記1と同様に,本願明細書の発明の詳細な説明からは,製氷室は冷蔵室の内部に設けられるものとしか把握できないし,上記発明の詳細な説明では,製氷室を冷蔵室の内部に設けることの説明に終始しているから,冷蔵室の扉に製氷室を設ける構成は記載されていない。発明の詳細な説明には,「一対の冷蔵室扉中のいずれか1つの後面に取り付けられる製氷室」に対応する技術的課題,作用効果(技術的意義)は記載されておらず,補正発明は,発明の詳細な説明に記載されたものを超えていることが明らかである。

したがって,補正発明がサポート要件を充足しないとした審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(補正要件違反の判断の誤り)について

本件補正は,請求項1の特許請求の範囲に,一対の冷蔵室扉のうちのいずれか一方の後面(背面)に製氷室を取り付けるとの限定を加えるものであるが,願書に添付された当初明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,冷蔵室扉よりも後方(内側)に位置する冷蔵室の内部に製氷室を設けることが記載されているのみで,扉自体に製氷室を内蔵させることは記載も示唆もない。また,当初明細書に添付の図面を見ても,扉自体に製氷室を内蔵させる構成を見て取ることができない。

この点,原告は,当初明細書の段落【0019】,【0020】中で,かかる技術的事項(限定事項)が開示されていると主張するが,段落【0019】には,「前記製氷室は,前記冷蔵室の内部に着脱可能に設けられる。」と記載されているのみで,冷蔵室扉自体に製氷室を内蔵させる構成が含意されていると見るのは困難である。段落【0020】にも,「前記扉の一側には,前記製氷室が備えられる。」との記載があるが,この1文に引き続いて,「前記冷蔵室を開閉する扉は,それぞれ異なる幅を有する。前記冷蔵室を開閉する複数の扉の先端には,それぞれガスケットが備えられ,扉が閉まった時,相互密着される。」との記載があることにかんがみると,上記「前記扉の一側」との文言も,冷蔵室の一対(複数)の扉相互間で構造に違いがあることに着目した表現であるとみるのが合理的であって,単に一対の扉のうちの片方の側(より正確にはこの片方の扉の後方(内側))に製氷室が位置することを意味するものにすぎないというべきである。したがって,上記「前記扉の一側」が冷蔵室の扉の後面(内側の面)を指すとか,上記段落が冷蔵室扉自体に製氷室を内蔵させる構成を意味するということはできない。

さらに,当初明細書の発明の詳細な説明に係る段落【0026】,【0031】,【0056】,【0060】,【0074】には,給水タンクが冷蔵室内部における冷蔵庫本体の一側又は扉の一側に設けられることが記載されているものの,これらの段落では製氷室の設置箇所は特定されていないし,段落【0082】でも,給水タンクを冷蔵室内部又は冷蔵室扉裏面に設ける場合のメリットが記載されているだけで,製氷室を冷蔵室扉に内蔵させる場合の作用効果が記載も示唆もされていない。これら発明の詳細な説明の記載に照らしても,扉自体に製氷室を内蔵させる構成が新たな技術的事項の導入でないと認めることはできない。

結局,本件補正は当初明細書及び図面に記載された事項の範囲を超えた新たな技術的事項を追加するもので,当初明細書及び図面に記載された事項の範囲内でされたものではないから,この旨をいう審決の補正要件違反の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について

取消事由1に理由がないことで既に本件補正を却下した審決の判断は支持できるが,念のために取消事由2について判断するに,上記1のとおり,当初明細書(甲1)には,冷蔵室の扉自体に製氷室を内蔵させる技術的事項が記載されておらず,かかる事情はその後に補正された明細書の発明の詳細な説明の記載においても異なるものではない。

そうすると,仮に本件補正が補正要件を充足するものであるとしても,本件補正によって改められた請求項1記載の発明は,明細書の発明の詳細な説明に記載されたものを逸脱しているから,サポート要件を充足しないとした審決の判断に誤りはない。

したがって,サポート要件違反の判断の誤りをいう原告の取消事由2も理由がない。

第6結論

以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

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