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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10358号 判決 2012年8月08日

原告

ローベルトボツシュ

ゲーエムベーハー

同訴訟代理人弁護士

加藤義明

木村育代

松永章吾

原澤敦美

同弁理士

星公弘

高橋佳大

被告

特許庁長官

同指定代理人

堀川一郎

田村嘉章

槙原進

樋口信宏

守屋友宏

主文

1  特許庁が不服2009-13910号事件について

平成23年6月21日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文1項と同旨

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は,発明の名称を「過電圧保護回路を備えた制御形の整流器ブリッジ回路」とする発明について,平成11年7月27日(パリ条約による優先権主張日:平成10年(1998年)8月5日,ドイツ連邦共和国)を国際出願日とする特許出願(特願2000-564288)をした(甲4)。

(2)  原告は,平成21年4月1日付けで拒絶の査定を受けたので,同年8月5日,これに対する不服の審判を請求した(甲9,10)。

(3)  原告は,平成23年4月19日付けで手続補正書(以下,同日付けの補正を「本件補正」という。甲13)を提出した。

(4)  特許庁は,上記請求を不服2009-13910号事件として審理した上,平成23年6月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年7月6日原告に送達された。

2  特許請求の範囲の記載

本件審決が対象とした本件補正後の請求項1の記載は,以下のとおりである(以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」などという。また,本件出願に係る本件補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲13,その余につき甲4)を「本願明細書」という。)。なお,「/」は,原文の改行部分を示す。

【請求項1】MOS電界効果トランジスタとして構成された整流器素子を有しており,/該整流器素子は発電機の相巻線に接続されており,該整流器素子により前記発電機から送出された電圧がバッテリ(B)および電気的負荷へ供給される前に整流され,/前記発電機の電圧のレベルが電圧制御回路を介して励磁巻線を通って流れる励磁電流に影響することにより制御され,/前記励磁巻線に保護回路が配属されており,/該保護回路により前記電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されて前記バッテリ(B)へフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断される,/複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路において,/前記保護回路が2つの半導体スイッチ(V11,V21)を有しており,該2つの半導体スイッチは前記励磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリ(B)に対して並列に接続されており,/第1の半導体スイッチ(V11)および前記励磁巻線(E)の直列回路に対して並列に第1のダイオード(V31)が配置されており,さらに第2の半導体スイッチ(V21)および前記励磁巻線(E)の直列回路に対して並列に第2のダイオード(V41)が配置されている/ことを特徴とする複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された発明並びに下記イ,ウの周知例1及び2に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。

ア 引用例:特開平9-107697号公報(甲1)

イ 周知例1:特開昭59-194697(甲3)

ウ 周知例2:特開平8-205588(甲14)

(2)  なお,本件審決は,その判断の前提として,引用発明及び本願発明と引用発明との相違点を以下のとおり認定した。そして,本願発明の「保護回路が2つの半導体スイッチ(V11,V21)を有しており」という構成は,①「保護回路が半導体スイッチを2つ以上有しており」(解釈1)という構成と,②「保護回路が半導体スイッチを2つのみ有しており」(解釈2)という構成の2通りに解釈することができるとして,それぞれの解釈をした場合の本願発明と引用発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。

ア 引用発明:ダイオードによって構成される整流回路の素子を有しており,該整流回路の素子は自動車用交流発電機の固定子巻線の3相出力端子に接続されており,該整流回路の素子により前記自動車用交流発電機から送出された電圧がバッテリへ供給される前に整流され,前記自動車用交流発電機の直流発電電圧が電圧調整器のロジック回路を介して界磁巻線に流れる界磁巻線電流を調整することにより制御され,前記界磁巻線に,H型に構成されるトランジスタを有する回路が接続されており,該トランジスタは前記界磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリに対して並列に接続されている3相の固定子巻線と1つの界磁巻線とを有する自動車用交流発電機の制御回路

イ 解釈1の場合の一致点:整流器素子を有しており,該整流器素子は発電機の相巻線に接続されており,該整流器素子により前記発電機から送出された電圧がバッテリへ供給される前に整流され,前記発電機の電圧のレベルが電圧制御回路を介して励磁巻線を通って流れる励磁電流に影響することにより制御され,前記励磁巻線に所定の回路が配属されており,前記所定の回路が2つの半導体スイッチを有しており,該2つの半導体スイッチは前記励磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリに対して並列に接続されている複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路

ウ 解釈2の場合の一致点:整流器素子を有しており,該整流器素子は発電機の相巻線に接続されており,該整流器素子により前記発電機から送出された電圧がバッテリへ供給される前に整流され,前記発電機の電圧のレベルが電圧制御回路を介して励磁巻線を通って流れる励磁電流に影響することにより制御され,前記励磁巻線に所定の回路が配属されており, 前記所定の回路が少なくとも2つの半導体スイッチを有しており,該少なくとも2つの半導体スイッチは前記励磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリに対して並列に接続されている複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路

エ 相違点1:本願発明は,整流器素子が「MOS電界効果トランジスタ」により構成されるのに対し,引用発明は「ダイオード」により構成される点

オ 相違点2:本願発明は,発電機から送出された電圧が電気的負荷にも供給されるのに対し,引用発明は,かかる特定がなされていない点

カ 解釈1の場合の相違点3:本願発明は,励磁巻線に,第1の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第1のダイオードが配置され,さらに第2の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第2のダイオードが配置された保護回路が配属され,電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されてバッテリへフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断されるのに対し,引用発明は,そのような構成とされていない点

キ 解釈2の場合の相違点3:本願発明は,励磁巻線に,2つの半導体スイッチを有し,第1の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第1のダイオードが配置され,さらに第2の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第2のダイオードが配置された保護回路が配属され,電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されてバッテリへフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断されるのに対し,引用発明は,そのような構成とされていない点

4  取消事由

本願発明の容易想到性に係る判断の誤り

第3当事者の主張

〔原告の主張〕

(1)  本願発明及び一致点の認定の誤り(解釈1)について

ア 本件審決は,本願発明と引用発明の過電圧に対する保護思想の違いと,そこから発生する作用の違いを看過した結果,半導体スイッチの数に関する認定を誤ったものである。本件審決は,本願発明の保護回路が,半導体スイッチを2つ以上有している場合(解釈1)と,2つのみ有している場合(解釈2)とに場合分けして判断している。

しかし,請求項1には「前記保護回路が2つの半導体スイッチを有しており,該2つの半導体スイッチは前記励磁巻線に直列に接続され」と記載され,詳細な説明においても半導体スイッチが2つだけの場合の実施例を説明している。したがって,本願発明が,半導体スイッチが2つだけの場合を想定しているのは,請求項及び本件明細書の記載から明らかである。

また,保護思想及び作用の観点からも,半導体スイッチの数は2つ以外に考えられない。本願発明のように,残留した励磁エネルギを回路現象により消滅させる場合には増磁機能のみで足り,半導体スイッチは2つになるからである。被告は,本願発明と引用発明とを一致させたいために無理にこのような解釈を行ったものと考えられるが,このような誤った解釈は,本願発明と引用発明の技術的な違いを正しく理解していないことから生じている。

したがって,本願発明の励磁回路の半導体スイッチを4つとする解釈1に基づく本願発明の認定は誤りであり,解釈1の場合の一致点に関する判断が誤りであることは明白である。

イ 被告は,「請求項1には,「2つのみ」と記載されているわけではないから,保護回路内に半導体スイッチが2つ以上あればよく,したがって,半導体スイッチが4つのものも含まれる」とするが,このような解釈であれば,本件審決において,解釈1と解釈2とに場合分けして判断したことを意味のないものとしている。そして,被告は,本訴において,励磁巻線は解釈1の場合も解釈2の場合も存在し,増磁機能を司るスイッチング素子がオフした際に励磁巻線に発生する過電圧に関しては,解釈1と解釈2に差異はない旨の主張をするが,このように,被告の論理が,本件審決と本訴における主張で異なることからも,被告が,解釈1においても,解釈2においても,本願発明の真の作用である,発電機の励磁回路にフィードバック回路を設置することにより励磁巻線に蓄積されたエネルギを早急に消滅させて,フィードバック回路を設置した励磁回路とは別回路である発電機出力の過電圧を抑制するという機能を理解していなかったことは明らかである。

(2)  本願発明の認定の誤り及び相違点の看過(解釈1及び解釈2)について

ア 本件審決は,第1のダイオード及び第2のダイオードからなる回路(フィードバック回路)の技術的意味について,正しく理解していない。

(ア) 被告は,本願発明のフィードバック回路は,当該回路が設置された励磁回路の過電圧を防止するためのものであると理解しているようである。しかし,本願発明のフィードバック回路は,発電機出力の過電圧を防止するためのものであり,このような本件審決の理解は誤りである。

(イ) 本願発明のフィードバック回路は,励磁回路の過電圧を防止するのではなく,発電機出力の過電圧を防止又は抑制し,ひいては発電機出力に接続されている電気負荷の過電圧保護に資するものである。発電機出力に接続されていた電気負荷,特に大容量の電気負荷が切り離されると,発電機の供給電力と電気負荷の需要電力との間にアンバランスが生じ,供給電力量が需要電力量を上回ることにより発電機出力が過電圧状態になり,残りの電気負荷に過電圧が印加される。

発電機出力を迅速に低減させるには,励磁回路において,第1の半導体スイッチ及び第2の半導体スイッチを非導通にすることにより励磁エネルギの供給を停止するとともに,励磁巻線に蓄積された励磁エネルギを早急に消失させて発電量を低減させる必要がある。なぜなら,半導体スイッチを非導通状態にするだけでは,励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが励磁巻線に残存するため,当該磁気エネルギが引き続き磁束を形成し,発電量の低減に時間がかかるからである。発電量を低減するために,この励磁巻線に蓄積された励磁エネルギを早急に消失させるための回路がフィートバック回路の設置目的である。励磁巻線に蓄積された励磁エネルギは,フィードバック回路のダイオードを利用した回路現象により早急に消失される。ここで重要なことは,単に増磁用の励磁エネルギの供給を停止するだけではなく,励磁巻線に蓄積された励磁エネルギを早急に消失させるという作用である。これにより効果的に発電量が減少し,発電機出力の過電圧状態を抑制するのである。

(ウ) 本件明細書によれば,本願発明のフィードバック回路が,励磁回路の過電圧を抑制するためのものではなく,発電機出力の過電圧を抑制するためのものであることは明白である。

(エ) 仮に,本件審決が判断するように,励磁回路の過電圧を抑制することを目的とするのであれば,本願出願時には多数の過電圧抑制手段が既に公知であったのであるから,過電圧抑制手段として本願発明のフィードバック回路に限定される理由はない。しかし,これらの過電圧抑制手段は,励磁回路の過電圧抑制は可能であっても,本願発明のフィードバック回路のように,励磁巻線に蓄積された磁気エネルギを回路現象によって早急に消失させる機能を有しておらず,したがって,発電量を低減させて発電機出力の過電圧を抑制する機能は有していない。

(オ) したがって,本件審決が本願発明のフィートバック回路が励磁回路の過電圧抑制のために設置されていると解釈したのは誤りであり,さらに,励磁回路の過電圧抑制のために本願発明のフィードバック回路を選択した根拠は本件明細書の内容を知った上の後知恵によるものである。よって,本願発明は引用発明に基づき容易に推考できる発明ではない。

イ 本件審決は,解釈1及び解釈2における相違点3の判断において,発電機出力の過電圧抑制に対する本願発明の保護方法と引用発明の保護方法とを,励磁巻線への励磁電流の遮断という観点で同じ保護方法であるかのように論じている。しかし,このような理解は,両発明の技術的意味を理解していないことから生じる誤ったものである。

(ア) 保護思想の相違

引用発明は,発電機の負荷開放時における発電機出力の過電圧に対し,励磁回路をフィードバック制御し,かつ,励磁回路に減磁電流を流すことにより対処するものである。一方,本願発明は,励磁回路には増磁電流しか流せず,かつ,フィードバック制御ではなく,第1,2のダイオードから構成されるフィードバック回路の回路現象によって対処する。

そして,引用発明は,励磁巻線に逆方向の電流(減磁)させることにより励磁エネルギを強く消滅させる効果を有するという長所がある。しかし,引用発明は,発電機出力の電圧を検出し,検出した電圧に基づき制御回路がスイッチング素子の制御端子に指令を出すというフィードバック制御を採用しているため,効果が発揮されるまでに長い時間を要し,発電機出力が急速に過電圧になった場合,当該過電圧の抑制が間に合わない危険があるという短所を持つ。

一方,本願発明は,上記のようなフィードック制御ではなく,第1,第2のダイオードにより構成されるフィードバック回路の回路現象によるものであるから,過電圧に対し引用発明より高速に対応できるという長所がある。

このように,発電機出力の過電圧に対し,引用発明はフィードバック制御による減磁機能で対処するのに対し,本願発明は,増磁機能しか有さず,かつ,制御ではなくフィードバック回路の回路現象で対処するという点において,その思想に大きな相違がある。

(イ) 本願発明は,第1及び第2の半導体スイッチを非導通状態にして増磁エネルギの供給を停止し,それにより孤立した励磁巻線に蓄積されたエネルギを,スイッチと並行にダイオードを設置することにより放出するルートを確保し(フィードバック回路),バッテリにそのエネルギをフィードバックする。これにより,エネルギが消失する。一方,引用発明は増磁用の半導体スイッチをオフさせて増磁エネルギの供給を停止させるが,それと同時に減磁用の半導体スイッチをオンさせて減磁エネルギを供給する(逆方向の電流を供給する)。励磁巻線に蓄えられた増磁エネルギと逆極性のエネルギが供給されることによって,増磁エネルギが打ち消されるとともに,減磁エネルギが蓄積される。

そもそも,引用発明の保護思想は「一方向にのみ電流を流す構成(本願発明の励磁回路に相当する)」を否定した保護思想を基礎としたものであって,この保護思想が上記相違点を生み出す要因となっている。このように,本願発明と引用発明とは保護思想及び作用に関して大きな相違点があり,この相違点は,本件審決の解釈

1 解釈2にかかわらず,どちらの解釈においても共通する相違点であるが,この点について,本件審決は一切触れていない。

(ウ) 以上のとおり,本願発明と引用発明とは保護思想及び作用に関し,明らかな違いがある。

(3)  相違点3の判断の誤り(解釈2)について

ア 引用発明は,発電機の負荷開放時における発電機出力の過電圧に対し,励磁回路をフィードバック制御し,かつ,励磁回路に減磁電流を流すことにより対処するものである。一方,本願発明は,励磁回路には増磁電流しか流せず,かつ,フィードバック制御ではなく,第1,2のダイオードから構成されるフィードバック回路の回路現象によって対処する。

引用発明は,発電機出力の電圧を検出し,検出した電圧に基づき制御回路がスイッチング素子の制御端子に指令を出すというフィードバック制御を採用しているため,効果が発揮されるまでに長い時間を要し,発電機出力が急速に過電圧になった場合,当該過電圧の抑制が間に合わない危険があるという短所を持つ。一方,本願発明は,第1,2のダイオードにより構成されるフィードバック回路の回路現象によるものであるから,過電圧に対し引用発明より高速に対応できるという長所がある。

引用発明の保護思想は「一方向のみに電流を流す構成」を否定した保護思想を基礎とするものであって,この思想が相違点を生み出す要因となっている。

イ 本件審決は,半導体スイッチを4つ有する引用発明のH型ブリッジ回路を設置したまま周知例2のフィードバック回路だけを追加することは周知であると判断している。しかし,これは,本願発明の半導体スイッチが2つのみの場合の解釈2であるから,半導体スイッチを4つ有する引用発明に周知例2のフィードバック回路を追加しても,本願発明と同一の構成にならない。

〔被告の主張〕

(1)  本願発明及び一致点の認定の誤り(解釈1)について

請求項1には,「2つのみ」と記載されているわけではないから,保護回路内に半導体スイッチが2つ以上あればよく,したがって,半導体スイッチが4つのものも含まれる。また,本件明細書の記載はあくまで一実施例であるから,解釈1に基づいて相違点3を判断した本件審決に誤りはない。

(2)  本願発明の認定の誤り及び相違点の看過(解釈1及び解釈2)について

ア コイル等のインダクタンス分は,電源の供給が停止しても,インダクタンスに蓄積されたエネルギは電源停止と同時に零にはならず,当該エネルギを蓄積し続ける。そのため,当該エネルギーを何らかの手段で解放しなければスイッチング素子の損傷等に至るから,電動機・発電機のコイルには,通常記載はなくても並列にダイオードが接続され,このように蓄積エネルギを解放することは技術常識である。

イ 引用発明は,通常動作時の発電機の界磁側の磁場の制御が目的であって,発電機の負荷開放時における発電機出力の過電圧に対処することを目的としておらず,過電圧保護は,コイルに並列にダイオードを接続することで対処することが技術常識であり,原告の主張は失当である。

(3)  相違点3の判断の誤り(解釈2)について

ア 原告は,引用発明のH型トランジスタが発電機出力の検出電圧によりフィードバック制御されていることを問題視しているようであるが,そもそも本願発明の2つのトランジスタにおいても,発電機出力の検出電圧によるフィードバック制御が行われていることは明らかである。

すなわち,特許請求の範囲には,「前記発電機の電圧のレベルが電圧制御回路を介して励磁巻線を通って流れる励磁電流に影響することにより制御され」と記載され,【0008】【0009】の記載によれば,励磁電流の遮断時に励磁巻線に誘導される逆電圧(励磁巻線に蓄積された磁気エネルギ)をフィードバックするダイオードの構成は,技術常識であるダイオードの構成に他ならず,励磁巻線に蓄積された磁気エネルギを速やかに解放するという点において何ら相違しない。

イ 発電機の励磁電流を制御するためには,当該電気回路にスイッチング素子を設ける必要があり,励磁巻線に接続するスイッチング素子の個数は,1個であるか(甲2),2個であるか(本願発明),4個であるか(引用発明)のいずれかである。

そして,スイッチング素子の個数を,1個,2個,4個とすることは,いずれも周知技術であるから,スイッチング素子の個数をいずれの個数とするかは,ダイオードの個数の節約と発電機の制御態様との兼ね合いに応じて,当業者が必要に応じて選択し得るものである。

また,スイッチング素子を2個用いる第1,2のダイオードから構成されるフィードバック回路も,周知技術である(乙1~3)。

そうであれば,引用発明においても,過電圧保護はコイルにダイオードを接続することで対処する技術常識の下,解釈2に基づいてスイッチング素子の個数を2個として上記周知技術のように第1,2のダイオードから構成されるフィードバック回路とすることは当業者が容易に考えられたことであり,相違点3について,本件審決の認定・判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本願発明について

(1)  本願発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりであり,本願明細書には,以下の記載がある(甲4)。

ア 本願発明は,発電機,特に独立請求項の上位概念に記載の車両内で使用される三相発電機に対する過電圧保護回路を備えた制御形の整流器ブリッジ回路に関する(【0001】)。

イ 本願発明の利点

本願発明の過電圧保護回路を備えた制御形の整流器ブリッジ回路は,従来の技術に比べて負荷の開放の際に発生する電圧のピークが低減される利点を有する。この電圧ピークの低減はMOS電界効果トランジスタを備えた自己制御形の整流器ブリッジ回路を使用する場合に必須である(【0004】)。

この利点は,過電圧保護回路を備えた制御形の整流器ブリッジ回路を請求項1の特徴部分を組み合わせて使用することにより得られる。過電圧保護回路を備えた制御形の整流器ブリッジ回路を用いれば,負荷の開放時に発生する過電圧,すなわち発電機の励磁巻線に蓄積された磁気エネルギに起因する過電圧が迅速に低下される。これは蓄積されたエネルギをバッテリへフィードバックすることにより行われる(【0005】)。

本願発明の別の利点は従属請求項に記載された手段によって得られる。ここで特に有利には,励磁電流のフィードバックにより負荷の開放に起因するロード‐ダンプ電圧の迅速な低下が達成される。その際にロード‐ダンプ電圧に起因する短絡電流を特に小さく維持することができる。この短絡電流をMOS電界効果トランジスタによって短絡の場合に制御しなければならない(【0006】)。

ウ 図面の説明

2つのトランジスタV11,V21により電圧制御回路は励磁巻線Eを通って流れる励磁電流IEを調整し,これにより発電機の出力電圧が所望のレベルを取る。発電機の出力電圧の低減は励磁電流の遮断により達成される。励磁電流IEの遮断時には励磁巻線に逆電圧が誘導されるので,図1の回路には2つの半導体弁V31,V41,例えばダイオードが設けられている。これらのダイオードは励磁電流の遮断時,すなわちトランジスタV11,V21が阻止される際に励磁巻線Eに蓄積された磁気エネルギをバッテリBにフィードバックする。特にロード‐ダンプの場合,すなわち発電機の負荷が極めて迅速に低減される動作状態においては,例えば負荷の開放又は強度の電気的負荷の遮断により,発生するロード‐ダンプ電圧を迅速に低下させる必要がある。この低下は半導体弁V31,V41により特に迅速に達成される(【0009】)。

図4に示されたローサイドトランジスタを短絡する際のロード‐ダンプ時の電流特性に対しては,通常動作中はIK1[A]に強い電流の上昇があり,緩慢にしか低下しないが,バッテリフィードバックによる遮断の際には最大の電流強度がはるかに小さく,しかも短絡電流は100ms後には既に再びゼロまで降下している。この電流特性はIK2[A]として時間tに関して示されている(【0014】)。

(2)  本願発明の特徴

前記認定のとおり,本願発明は,車両内で使用される三相発電機に対する過電圧保護回路を備えた制御形の整流器ブリッジ回路に関するものであり,従来の技術に比べて負荷の開放の際に発生する電圧のピークが低減される利点を有する。

発電機の出力電圧の低減は励磁電流の遮断により達成されるが,励磁電流の遮断時には励磁巻線に逆電圧が誘導されるので,2つのダイオードが設けられている。励磁電流の遮断時,すなわちトランジスタV11,V21が阻止される際に励磁巻線に蓄積された磁気エネルギをバッテリにフィードバックする。

特にロード‐ダンプの場合,すなわち発電機の負荷が極めて迅速に低減される動作状態においては,発生するロード‐ダンプ電圧を迅速に低下させる必要があるが,この低下は半導体弁V31,V41により特に迅速に達成される。

したがって,本願発明は,励磁電流の遮断によって生じる励磁巻線に誘導される逆電圧を「過電圧」として保護しようとするものではなく,発電機の負荷が極めて迅速に低減される動作状態において,発電機の出力電圧に発生するロード‐ダンプ電圧を「過電圧」として迅速に低下(保護)させるものである。

2  引用例に記載された発明について

(1)  引用例には次の記載がある(甲1)。

ア 発明の属する技術分野

本発明は車両用交流発電機の充電システムに関する。

イ 発明が解決しようとする課題

従来技術では,バッテリが満充電の時には発電機が発電しないように逆方向の電流を流すように制御するために,バッテリの充電状況を検出する手段が必要である。検出手段の一つにバッテリ電圧を検出する手段があるが,バッテリ電圧だけでは負荷状況により正確な充電状況を把握することはできない。よって,比重等を測定する必要があり測定器が複雑となる。また,バッテリが満充電以外の時には充電するように界磁巻線電流を制御しなければならないために逆方向に電流を流すモードは通常の運転モードではほとんどない。よって,常に界磁巻線電流を流すために界磁巻線電流による銅損が発生してしまう。本発明の目的は自動車用交流発電機の出力向上と界磁巻線電流を低減して界磁巻線で発生する銅損を低減できる自動車用交流発電機の制御方法を提供することにある。

ウ 課題を解決するための手段

上記目的を達成するために,本発明は発電機の爪形磁極ロータの磁極間に比較的強い永久磁石を配置し,最も使用する回転時で一定負荷電流時(平均使用電流時)に界磁巻線電流が零の状態で,その永久磁石のみで発生する直流発電電圧がバッテリの充電電圧とほぼ同じ大きさになるように使用する永久磁石の数と種類を選択したものである。そして,負荷電流の増減及び車速の変化に応じて発電電流を制御するために界磁巻線電流を増減磁制御するようにした。交流発電機のロータ内部に配置した補助励磁用の永久磁石が作る磁束の方向は,界磁巻線が作る磁束に対して並列に配置されるために,界磁巻線に電流を流さなくても固定子巻線に磁束を差交させることができる。よって,ロータの速度に応じた誘起電圧を固定子巻線に得ることができる。そして,この3相交流電圧を全波整流して直流電圧に変換しこの電圧でバッテリを充電するように作用する。そして,直流の発電電圧が低いときには界磁巻線電流を増磁側に流し,発電電圧を上昇させる。また,逆の場合には界磁巻線電流を減磁側に流し直流発電電圧がバッテリの充電電圧と同じになるように界磁巻線電流を制御するものである。

次に,図2を用いて発電機の制御回路構成について説明する。バッテリは自動車用交流発電機のB端子及びアース端子に接続され,内部に配置される整流回路にそれぞれ接続されている。また,アース端子はエンドブラケット及び固定子鉄心に電気的に接続されている。また,自動車用交流発電機の内部に配置される固定子巻線の3相出力端子はダイオードによって構成される整流回路に接続される。また,電圧調整器には自動車用交流発電機の直流発電電圧を検出できるようにバッテリ端子のB端子とアース端子の電圧が発電電圧検出信号として接続される。また,この検出電圧と基準電圧とを比較する比較器と,H型に構成されるスイッチング素子を制御するためのロジック回路が配置されている。界磁巻線はH型に構成されるトランジスタ等のスイッチング素子に接続され界磁巻線電流をどちらの方向にも流せるように構成されている。よって,界磁巻線に流す電流方向を永久磁石に対して増磁又は減磁のどちらの方向にも起磁力を発生させることができるようにした。次に動作について説明する。電圧調整器はB端子とアース端子間に発生する直流発電電圧がバッテリを充電するための充電電圧になるように界磁巻線に流れる界磁巻線電流を調整する役割を持っている。そのために実際の発電電圧を発電電圧検出信号としてフィードバックして基準電圧と比べて発電電圧が高い場合には界磁巻線電流を減少させるように制御する。

界磁巻線はH型に構成されるトランジスタ等のスイッチング素子に接続され界磁巻線電流をどちらの方向にも流せるように構成されている。よって,界磁巻線に流す電流方向を永久磁石に対して増磁又は減磁のどちらの方向にも起磁力を発生させることができるようにした。次に動作について説明する。電圧調整器はB端子とアース端子間に発生する直流発電電圧がバッテリを充電するための充電電圧になるように界磁巻線に流れる界磁巻線電流を調整する役割を持っている。そのために実際の発電電圧を発電電圧検出信号としてフィードバックして基準電圧と比べて発電電圧が高い場合には界磁巻線電流を減少させるように制御する。しかし,永久磁石を爪形磁極間に配置した場合,永久磁石の漏れ磁束によって界磁巻線電流を零にしても発電電圧が発生してしまう。よって,従来のように一方向にのみ電流を流す構成では高速回転時や低負荷時に発電電圧が上昇し整流ダイオードやバッテリを壊す危険がある。そこで,高速回転時や低負荷時には永久磁石の磁束を打ち消すように界磁巻線に電流を流す必要がある。つまり,永久磁石をロータに設けたことで自動車用交流発電機の回転数が高速になったときにもバッテリの充電電圧以上に直流発電電圧がならないように逆方向に界磁巻線電流を流すように制御し保護できるようにしたものである。

(2)  引用発明の特徴

前記認定のとおり,引用発明は,発電機の爪形磁極ロータの磁極間に比較的強い永久磁石を配置し,最も使用する回転時で一定負荷電流時(平均使用電流時)に界磁巻線電流が零の状態で,その永久磁石のみで発生する直流発電電圧がバッテリの充電電圧とほぼ同じ大きさになるように使用する永久磁石の数と種類を選択しているものである。

そして,界磁巻線は,4つの半導体スイッチを有するH型ブリッジ回路に接続され,直流の発電電圧が低いときには界磁巻線電流を増磁側に流し,発電電圧を上昇させ,逆の場合には界磁巻線電流を減磁側に流し直流発電電圧がバッテリの充電電圧と同じになるように界磁巻線電流を制御する。

引用発明のように永久磁石を配置すると,界磁巻線電流を零にしても発電電圧が発生するため,一方向にのみ電流を流す構成では高速回転時や低負荷時に発電電圧が上昇する危険がある。そこで,高速回転時や低負荷時にもバッテリの充電電圧以上に直流発電電圧がならないように逆方向に界磁巻線電流を流すように制御し保護するものである。

3  取消事由について

(1)  解釈1に基づく判断について

ア 本件審決は,本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)と2つのみ有している構成(解釈2)の2つの解釈があり得るとした上,解釈1の場合の相違点3は,容易に想到することができると判断した。

イ しかしながら,そもそも,特許請求の範囲には,「2つの半導体スイッチ」と記載され,本願明細書の発明の詳細な説明にも,2つの半導体スイッチ(トランジスタ)がある場合の実施例が記載されており,それを超える数の半導体スイッチがある場合についての記載はない。

したがって,本願発明は,保護回路が2つの半導体スイッチを有しているのであって,保護回路が2つ以上の半導体スイッチを有していることを前提とする解釈1は,保護回路が2つのみの半導体スイッチを有していることを前提とする解釈2と別個に判断する必要がなく,あえて解釈1に基づく判断をした本件審決の認定判断は,その点において,誤りである。

ウ 仮に,本願発明について,保護回路が半導体スイッチを2つ以上有していると解釈したとしても,その場合の相違点3の判断については,以下のとおり,誤りがある。

(ア) 本願発明は,前記1のとおり,励磁電流の遮断によって生じる励磁巻線に誘導される逆電圧を「過電圧」として保護しようとするものではなく,発電機の負荷が極めて迅速に低減される動作状態において,発電機の出力電圧に発生するロード・ダンプ電圧を「過電圧」として迅速に低下(保護)させるものである。すなわち,本願発明の「過電圧保護」は,発電機として動作するのに必要な励磁回路の電流を遮断することによって,発電機の出力電圧を下げる作用を奏するものと解すべきである。

これに対し,引用発明は,前記2のとおり,高速回転時や低負荷時にもバッテリの充電電圧以上に直流発電電圧がならないように逆方向に界磁巻線電流を流すように制御し保護するものである。

(イ) 本件審決は,本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)があり得るとした上,解釈1の場合の相違点3は,容易に想到することができたと判断した。

そして,被告は,引用発明は,通常動作時の発電機の界磁側の磁場の制御が目的であって,発電機の負荷開放時における発電機出力の過電圧に対処することを目的としておらず,過電圧保護は,コイルに並列にダイオードを接続することで対処することが技術常識であると主張する。

しかしながら,引用発明のように永久磁石を配置すると,界磁巻線電流を零にしても発電電圧が発生するため,一方向にのみ電流を流す構成では高速回転時や低負荷時に発電電圧が上昇する危険がある。そこで,高速回転時や低負荷時にもバッテリの充電電圧以上に直流発電電圧がならないように逆方向に界磁巻線電流を流すように制御し保護するものであるから,被告の上記主張は理由がない。

そして,仮に引用発明に被告のいう技術常識を適用し,界磁巻線(又は半導体スイッチ)に並列にダイオードを接続して,界磁巻線に発生する過電圧を急速に低減させて,界磁巻線に流れる電流を遮断するように構成しても,永久磁石によって生じる磁界により発電機出力が発生するから,発電機の出力電圧の過電圧を低減させることはできず,本願発明にいう「過電圧保護」にはならない。

エ よって,解釈1に基づく本件審決の判断は,誤りである。

(2)  解釈2に基づく判断について

ア 本件審決は,本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)と2つのみ有している構成(解釈2)の2つの解釈があり得るとし,解釈2の場合の相違点3(本願発明は,励磁巻線に,2つの半導体スイッチを有し,第1の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第1のダイオードが配置され,さらに第2の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第2のダイオードが配置された保護回路が配属され,電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されてバッテリへフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断されるのに対し,引用発明は,そのような構成とされていない点)は,容易に想到することができると判断した。

そして,被告は,引用発明においても,過電圧保護はコイルにダイオードを接続することで対処する技術常識の下,解釈2に基づいてスイッチング素子の個数を2個として周知技術(乙1~3)のように第1,2のダイオードから構成されるフィードバック回路とすることは当業者が容易に考えられたことである旨主張する。

イ しかしながら,引用発明の「4つの半導体スイッチを有するH型ブリッジ回路」を「2つの半導体スイッチを有する回路」に変更すると,増磁電流と減磁電流を流すために用いられるH型ブリッジ回路とした引用発明の基本構成が変更され,減磁電流を流すことができなくなり,引用発明の課題を解決することができなくなるから,仮に被告主張の周知技術があったとしても,このような変更には阻害要因がある。

そして,4つのスイッチング素子を用いる引用発明に対して,スイッチング素子の数を変更することなく周知例2に記載された周知技術を適用すると,4つのスイッチング素子に4つのダイオードが逆方向に並列接続される構成になり,解釈2に係る本願発明(保護回路が半導体スイッチを2つのみ有しているもの)の構成とならないことは明らかである。

ウ よって,解釈2に基づく本件審決の判断は,誤りである。

エ なお,被告は,本訴において,乙1ないし3を周知技術として提出した。本件審決は,界磁回路が4つの半導体スイッチング素子を有するH型ブリッジ回路に接続された引用発明に周知例1及び2に記載された技術を適用して本願発明を容易に想到することができたとするものであり,乙1ないし3は,本件審決において引用されず,これらに基づく容易想到性は判断されなかったものである。そこで,再度の審判手続においては,乙1ないし3を引用した上,原告に意見を述べる機会を与えるべきである。

(3)  小括

以上のとおり,本願発明は,本件審決が引用した引用例に基づいてはこれを容易に想到することができたということはできず,原告の主張する取消事由には理由があり,審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

4  結論

以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。

(裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 井上泰人 裁判官 齋藤巌)

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