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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10359号 判決 2012年10月25日

原告

アーオーテクノロジー

アクチエンゲゼルシャフト

訴訟代理人弁護士・弁理士

浜田治雄

訴訟代理人弁理士

西口克

赤津悌二

齊藤涼子

訴訟復代理人弁理士

田辺稜

被告

特許庁長官

指定代理人

守屋友宏

小林由美子

芦葉松美

板谷玲子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2010-18390号事件について平成23年6月28日にした審決を取り消す。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯等

原告は,平成21年5月9日,別紙商標目録記載(1)のとおり,「AO」の文字を標準文字で表してなる商標(以下「本願商標」という。)について,商標登録出願(商願2009―34392号)をし,平成22年1月18日提出の手続補正書により,指定商品及び指定役務を同目録記載(2)のとおり補正したが,平成22年5月12日付けで拒絶査定を受け,同年8月16日,同査定に対する不服の審判(不服2010-18390号)を請求した。

特許庁は,平成23年6月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年7月8日原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願商標は,①極めて簡単で,かつ,ありふれた標章のみからなる商標であり,商標法3条1項5号に該当し,②日本国内において,その指定商品及び指定役務に使用をされた結果,需要者が何人かの業務に係る商品及び役務であることを認識することができるに至っておらず,同条2項に該当しないから,商標登録を受けることができないというものである。

第3当事者の主張

1  本件審決の取消事由に関する原告の主張

(1)  取消事由1(商標法3条1項5号該当性判断の誤り)

本願商標が商標法3条1項5号に該当するとした審決の判断には,誤りがある。

すなわち,商標法3条1項5号の趣旨は,簡単かつありふれた標章のみからなる商標を特定人に独占させることにより生じる弊害を防止することにある。この点,本願商標は,医療分野に係る商品及び役務を,指定商品及び指定役務とするものであり,商品・役務の管理のために普通に用いられるものではなく,その権利範囲は限定されており,その商標登録を認めても上記弊害が生じることはない。

したがって,本願商標は,商標法3条1項5号に該当しない。

(2)  取消事由2(商標法3条2項充足性判断の誤り)

本願商標は,使用をされた結果,需要者である医療従事者が,原告の業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものであり,本願商標が商標法3条2項の要件を満たさないとした審決の判断には,誤りがある。すなわち,

ア 原告は,1958年にスイスで設立された Arbei tsgemeinschaft für Osteosynthesefragen(以下「AO財団」という。)の中心的存在であり,AO財団と密接な関係を有しているところ,AO財団を中心としたAOグループは,全世界において,骨折治療法(以下「AO法」という。)に関連した研究,開発,教育活動を行っている。AO法は,単なる手術方法ではなく,AO財団が設計・管理する器具(以下「AO製品」ということがある。)を用いることにより効果を発揮する。また,AO財団は,外科医や看護師に対し,「AO Course」と称する教育活動を行っており(上記教育活動においてもAO製品が使用されている。),その受講者は全世界で約40万人,日本でも6000人を超えている。さらに,AO製品の製造,販売は,Synthes社が行っており,日本においては,Synthes社のグループ企業であるシンセス株式会社(以下「シンセス社」という。)が行っている。

イ 上記のとおり,医療従事者の間でAO法は著名であり,AO製品も医療従事者に対して十分な信用力があるところ,①人体に用いる製品に商標を付することはできないこと,②原告やシンセス社が,AO製品に本願商標を付すると,従来の医療製品のように,単にAO製品を使用すればAO法の効果が生ずるとの誤解を与えること,③需要者である医療従事者においても,「AO」といえば単なる手術器具を指し示すものではなく,手術方法と医療器具が密接に関係したものであると認識していることから,シンセス社は,本願商標を各製品に付するのではなく,AO製品のパンフレットにAO財団の承認を受けた旨表示している。

したがって,パンフレットにAO財団が承認した製品であると表示されたAO製品には,原告の業務上の信用が化体しているといえる。なお,本願商標は,医療従事者において広く認識されているため,医療器具や医療に関する役務において,本願商標と同一ないし類似の商標は存在しない。

ウ したがって,本願商標は,使用をされた結果,需要者である医療従事者が,原告の業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものであり,商標法3条2項に該当する。

2  被告の反論

(1)  取消事由1(商標法3条1項5号該当性判断の誤り)に対して

原告の主張は,否認ないし争う。

本願商標は,欧文字2文字を,標準文字で表してなるものであり,文字数が少なく,用いられる文字の形や組合せ方法にも特徴はない。また,本願商標の構成は,商品・役務の管理のための符号として普通に用いられるものと比べて,特段の差異はない。

したがって,本願商標は,極めて簡単で,かつ,ありふれた標章のみからなるものであるから,商標法3条1項5号に該当する。

(2)  取消事由2(商標法3条2項充足性判断の誤り)に対して

商標登録出願された商標が,商標法3条2項の要件を具備し,登録が認められるか否かは,使用に係る商標及び商品・役務,使用開始時期及び使用期間,使用地域,当該商品・役務の販売・取引数量等並びに広告宣伝の方法及び回数等を総合考慮して,出願商標が使用された結果,判断時である審決時において,需要者が何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができるものと認められるか否かによって決すべきである。

この点,原告提出の証拠によれば,AO財団が承認した材料や手術器械等の製品が日本各地の医療機関に提供されていることはうかがえるものの,具体的な製品の範囲が不明であり,その製品について本願商標が使用されているか否か,これらの製品が本願商標の指定商品に該当するのか否かは不明である。また,原告提出の証拠によれば,AO財団が開催する「AO Course」が行われる施設の一部に「AO CENTER」と記載されていることは認められるものの,それ以外に教育活動に当たり,本願商標を使用しているか否かは不明である。以上のとおり,本願商標の使用開始時期及び使用期間,使用地域,当該商品ないし役務の販売・取引数量等並びに広告宣伝の方法及び回数等は明らかでない。

したがって,本願商標は,その指定商品ないし役務に使用をされた結果,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っておらず,商標法3条2項に該当しない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,審決には,本願商標に係る商標法3条1項5号該当性及び同条2項充足性の認定,判断に誤りはなく,その他,これを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  取消事由1(商標法3条1項5号該当性判断の誤り)について

原告は,本願商標は商標法3条1項5号に該当するとした審決の判断には誤りがあると主張する。しかし,原告の上記主張は,失当である。

すなわち,商標法3条1項5号は,「極めて簡単で,かつ,ありふれた標章のみからなる商標」は,一般的に使用されるものであり,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものである上,通常,特定人による独占的使用を認めるのに適しないことから,商標登録を受けることができない旨規定している。

この点,本願商標は,アルファベットの標準文字2文字からなる商標であるところ,極めて簡単で,かつ,ありふれた標章のみからなる上,かかる商標は,本願商標に係る指定商品及び指定役務との関係でみても,格別自他商品識別力を有するとはいえず,特定人による独占的使用を認めるのに適しているともいえない。

これに対し,原告は,本願商標は,医療分野に係る商品及び役務を,指定商品及び指定役務とするものであり,商品・役務の管理のために普通に用いられるものではなく,その権利範囲は,限定されており,その商標登録を認めても弊害が生じることはない旨主張する。しかし,同号該当性の判断にあたっては一般的な判断で足りるのであって,個別の権利範囲をうんぬんする原告の主張は採用の限りでない。

以上によれば,本願商標は,商標法3条1項5号所定の「極めて簡単で,かつ,ありふれた標章のみからなる商標」に当たる。

2  取消事由2(商標法3条2項充足性判断の誤り)について

原告は,本願商標は商標法3条2項の要件を満たさないとした審決の判断には誤りがあると主張するので,以下検討する。

(1)  商標法3条2項は,「極めて簡単で,かつ,ありふれた標章のみからなる商標」であっても,使用をされた結果,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識できるに至った場合,すなわち,使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には,商標登録を受けることができることを規定するところ,当該商標が,同条同項に該当するか否かについては,使用に係る商標ないし商品,使用開始時期及び使用期間,使用地域,商品の販売数量,広告宣伝のされた期間・地域及び規模などの諸事情を総合考慮して判断するのが相当であり,その場合,使用に係る商標ないし商品等は,原則として,出願に係る商標及び指定商品等と同一であることを要するというべきである。

そこで,上記の観点から,本願商標が使用により自他商品識別力を備えるに至っているか否かを判断する。

(2)  事実認定

証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア AO財団は,1958年(昭和33年)にスイスで設立され,ダボスに本部を置き,内部固定による骨折治療法(AO法)に関し,研究,開発,教育等を行う非営利組織である。AO財団は,一般外傷(Trauma),脊椎(Spine),口腔顎顔面(CMF:Craniomaxillofacial),獣医(VET:Veterinary)などの各専門分野に分かれて活動をしている。原告は,AOグループの代表的存在である。

また,AO財団は,多くの国々で外科医や看護師らに対し,「AO Course」と称して,骨プレート及び骨折外科治療の方法をトレーニングする教育活動を行っており,全世界では,約50年間で約40万人の外科医や看護師が「AO Course」を修了した。日本では,1987年(昭和62年)から「AO Course」が開催され,約6000人の外科医や看護師が受講している。「AO Course」を受講するためには,AO製品を使用していることが条件であり,「AO Course」においては,AO製品が使用されている。「AO Course」が行われる日本国外の施設の一部には,「AO CENTER」と記載されているものがある。

さらに,AO財団は,「AO Fellowship」と称して,外科医や看護師の留学研修制度を提供している。

(甲1~10,24~26,66~71,93,97)

イ 全AO製品の製造,流通及び販売は,AO財団の審査,承認の下,AO財団と密接なパートナー関係にある,Synthes社によって行われている。また,日本国内においては,Synthes社のグループ企業であるシンセス社がAO製品の販売を行っている。シンセス社は,AO製品のパンフレットの表紙に,「SYNTHES」との欧文字及び図形からなる標章を表示し,その右横に「Instruments and implants」,「approved by the AO Foundation」と二段に分けて表記している。

シンセス社は,2007年1月1日から2011年12月31日までの間に,外科用・歯科用及び獣医科用のインプラント,外科用・歯科用及び獣医科用の機械器具スクリュー及びプレート,アングルプレート,髄内釘,ダイナミックコンプレッションプレート,ナット,ワッシャ,椎弓根スクリュー,脊椎分離症用の留め具,締結ワイヤ,脊椎インプラント,ボーンソー及びバー,オシレーティングソー,レシプロケーティングソー,ドリル先(外科用),ドリルガイド,タップ,リーマー,骨鉗子,整復鉗子,外科用プライヤー,エレベーター(外科用),ラスプ,オステオトーム,インパクター,スクリュードライバー,ねじ用スパナ,高さロッド,デプスゲージ,ボーンフック,圧迫固定器,ピンセット,骨膜剥離子,抜去用鉗子,トロカール,トロカール用チップ,骨切り用のみ,クリップ式引き抜き器,創外固定器,骨盤クランプ,挿入器具,プロテクションスリーブ,機器及びインプラント用滅菌トレー,整形外科用機器,インプラント,骨接合・外傷及び筋骨格のための手術用機器及び器具(特に顎顔面及び脊椎,及び顔面,頭蓋,骨盤及び四肢のためのもの)を販売し,各年度の売上高は,2007年度が124億3092万7234円,2008年度が134億2111万3950円,2009年度が145億0081万9450円,2010年度が148億0776万8011円,2011年度が161億8882万5241円であった。

(甲67,77~81,88~90,93,100)

ウ 株式会社医学書院は,「AO法骨折治療 第2版」(2010年5月発行),「AO法骨折治療 Internal Fixators LCPとLISSによる内固定」(2008年5月発行),「AO法骨折治療 Hand and Wrist」(2006年5月発行)と題する書籍を出版し,合計約5000部が販売されている。その他にも,株式会社医学書院から「AOマスターズケースコレクション MINIMAX 骨折治療」と題する書籍が,インターズーから「AO法による犬と猫の骨折治療-基本原則から実戦的手技まで-」と題する書籍が出版されている。

(甲12,86~91)

(3)  判断

ア 上記事実によれば,①AO財団は,内部固定による骨折治療法(AO法)に関し,研究,開発,教育等を行う非営利組織であり,原告は,AOグループの中心的存在であること,②AO財団は,医療従事者,特に外科医及び看護師らを対象に教育活動を行っており,全世界では約50年間で約40万人,日本においても,1987年(昭和62年)から約6000人が「AO Course」を受講している上,「AO Fellowship」と称する留学研修制度も提供されていること,③AO法に用いられる製品は,AO財団の審査,承認の下,AO財団と密接なパートナー関係にある,Synthes社のみが行っており,日本のおいては,Synthes社のグループ企業であるシンセス社が行っていること,④シンセス社のAO法に用いられる製品の売上高は,年々増加し,2011年度には約162億円に達していること,⑤AO法に関する書籍が多数発行されていることが認められる。

以上によれば,AO財団,及びその研究,開発,教育等の対象である骨折治療法(AO法)が,日本国内においても,需要者である医療従事者の間において広く認識され,社会的に信頼を得ていることは認められる。しかしながら,原告ないしその関係者が,本願商標である「AO」を,その指定商品ないし指定役務について商標として使用していると認めるに足りる的確な証拠はなく,本願商標が,使用により自他商品識別力を獲得するに至ったとは認められない。

イ これに対し,原告は,シンセス社は,AO製品の特殊性から,本願商標を各製品に付するのではなく,AO製品のパンフレットにAO財団の承認を受けた旨表示しており,これによりAO製品には,原告の業務上の信用が化体しているといえる旨主張する。

しかし,上記のとおり,シンセス社は,AO製品のパンフレットの表紙に,「SYNTHES」との欧文字及び図形からなる標章を表示し,その右横に「Instruments and implants」,「approved by the AO Foundation」と二段に分けて表記しているにすぎず(甲80,81),これをもって,本願商標である「AO」の使用ということはできず,原告の上記主張は,その主張自体失当である。

なお,「AOAA Chapter Japan」,「AO trauma Japan」,「AO CMF Japan」,「AO VET Japan」なる組織(いずれもAO財団の関係組織と推認される)のホームページないし冊子において,①三角形(青色)と円(全体は黄色,縦横に数本の線入り)を組み合わせた図形に続けて「AOTRAUMA」の文字(「AO」は青色,「TRAUMA」は黒色)を配した標章,②上記図形に続けて「AO Foundation」の文字(いずれも青色)を配した標章,③上記図形に続けて「AO Asia Pacific」の文字(いずれも青色)を配した標章,④上記図形に続けて「AOCMF」の文字(「AO」は青色,「CMF」は黒色)を配した標章,⑤上記図形に続けて「AOVET」の文字(「AO」は青色,「VET」は黒色)を配した標章,⑥上記図形に続けて「AO North America」(いずれも青色)の文字を配した標章が使用されていることは認められるものの(甲8~14,24~26,68~71),これにより,本願商標である「AO」が,その指定商品ないし指定役務について商標として使用されていると認めることも困難である。

ウ したがって,本願商標は,商標法3条2項の要件を満たさないとした審決の判断に誤りはない。

3  結論

以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 西理香 裁判官 知野明)

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