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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10371号 判決 2012年7月25日

原告

有限会社オオブ工業

同訴訟代理人弁理士

磯野道造

富田哲雄

内田雅一

被告

株式会社技研製作所

被告

新日本製鐵株式会社

上記両名訴訟代理人弁護士

増井和夫

橋口尚幸

齋藤誠二郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2011-800036号事件について平成23年10月6日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告らの下記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件特許

被告らは,平成15年10月28日,発明の名称を「護岸の連続構築方法および河川の拡幅工法」とする特許出願(特願2003-368034号)をし,平成20年4月4日,設定の登録(特許第4105076号。請求項の数4)を受けた。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書(甲12)を「本件明細書」という。

(2)  原告は,平成23年3月2日,本件特許の請求項1に係る特許について,特許無効審判を請求し,無効2011-800036号事件として係属した。

(3)  特許庁は,平成23年10月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の本件審決をし,同月14日,その謄本が原告に送達された。

2  特許請求の範囲の記載

(1)  本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりのものである(以下,請求項1記載の発明を「本件発明」という。)。

鋼管杭を回転圧入できる鋼管杭圧入装置を用いて,先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築し,この鋼管杭列から反力を得ながら,上記鋼管杭列に連続して上記切削用鋼管杭を回転圧入してコンクリート護岸を打ち抜いて連続壁を構築し,その後,上記鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する護岸の連続構築方法

(2)  本件発明に係る護岸の連続構築方法の各工程を,以下のとおり,第1工程ないし第3工程という。

ア 第1工程:鋼管杭を回転圧入できる鋼管杭圧入装置を用いて,先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築する工程

イ 第2工程:この鋼管杭列から反力を得ながら,上記鋼管杭列に連続して上記切削用鋼管杭を回転圧入してコンクリート護岸を打ち抜いて連続壁を構築する工程

ウ 第3工程:その後,上記鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する工程

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本件発明は,下記アの引用例に記載された発明及び下記イないしキの周知例1ないし6に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,などとしたものである。

ア 引用例:特開平9-31935号公報(甲1)

イ 周知例1:特開2001-214434号公報(甲2)

ウ 周知例2:特開平9-195273号公報(甲3)

エ 周知例3:特開平11-107664号公報(甲4)

オ 周知例4:特開2003-138563号公報(甲5)

カ 周知例5:特開2002-348870号公報(甲6)

キ 周知例6:実公平6-21962号公報(甲7)

(2)  なお,本件審決は,その判断の前提として,引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。),本件発明と引用発明との一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。

ア 引用発明:既存の護岸の背面に,護岸に沿って鋼管矢板,鋼管杭,H形矢板又はH形杭により壁を構築し,その後,前記鋼管矢板等による壁の河川側の護岸と土砂を除去する護岸の連続構築方法

イ 一致点:鋼管杭を圧入できる鋼管杭圧入装置を用いて,鋼管杭を,拡幅する護岸の位置に圧入して鋼管杭列を構築し,その後,鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する護岸の連続構築方法

ウ 相違点:本件発明は,鋼管杭が「先端にビットを備えた切削用鋼管杭」であり,鋼管杭を圧入する「拡幅する護岸」の位置が「コンクリート護岸」であり,鋼管杭列の構築手段が「鋼管杭を回転圧入できる鋼管杭圧入装置を用いて,先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築し,この鋼管杭列から反力を得ながら,上記鋼管杭列に連続して上記切削用鋼管杭を回転圧入」するものであるのに対し,引用発明では,「鋼管杭」の種類は限定されておらず,鋼管杭圧入装置は鋼管杭を回転圧入できるものに限定されておらず,鋼管杭を圧入する「拡幅する護岸」の位置は「コンクリート護岸の背面」であり,鋼管杭列の構築手段は限定されていない点

4  取消事由

本件発明の容易想到性に係る判断の誤り

第3当事者の主張

〔原告の主張〕

(1)  引用例及び周知例に記載された発明の認定の誤りについて

ア 引用例の認定について

一致点として,「拡幅する護岸の位置に」圧入して鋼管杭列を構築する点を上げた本件審決の認定は,不正確であり,正確には「拡幅する護岸の位置に合わせ」圧入して鋼管杭列を構築すると認定すべきである。

引用例には,鋼管矢板を圧入して鋼管矢板壁を構築する位置について,拡幅する護岸の位置に合わせることが記載されているのであり,コンクリート護岸の背面以外に鋼管杭を圧入することを排除していない。

イ 周知例の認定について

(ア) 本件審決は,「その後(鋼管杭列の構築後)に,鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する」ことについて,一致点と認定していながら,この点を含めて相違点に関する判断を行っているから,判断が矛盾している。

本件審決は,少なくとも,「鋼管杭列の構築後に,鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する」ことについて,本来一致点とすべきところ,相違点に含めて判断し,なおかつ引用例及び周知例のいずれにも記載されていないし示唆もないと判断しているから,誤りがある。

(イ) 原告は,出願時の技術水準を踏まえた上で引用例と周知例2を併せてみれば,「既設コンクリート護岸の位置に鋼管杭を圧入して鋼管杭列を構築することは当業者が容易に想到し得る」と主張しているのであり,引用例だけに基づいて上記の主張をしているわけではない。

(ウ) 本件発明の第1工程は,反力を取ることを要件としていない。また,「既設の鋼管杭列」から反力を取らなくてもコンクリート護岸を打ち抜くことができることが明らかである(【0015】)。本件発明の第1工程は,反力を取る手法について何ら限定していないから,周知例1に記載されているような,反力取り装置から反力を取ることも含まれる。よって,周知例1が「反力取り装置から反力を取るものであること」は,本件発明と周知例1との関連性(動機付け)を否定する根拠にならない。

また,本件発明は,コンクリート護岸の「厚み」について何ら要件としていない。コンクリート護岸の厚みは,堤防の勾配や護岸を打ち抜く部位によって厚くもなるし薄くもなる。

さらに,本件発明の「コンクリート護岸」は,「石材等で構成した護岸」を含んでおり(【0001】),周知例1では,先端にビットの付いた鋼管杭で転石・玉石の多い地質を打ち抜いている。両者は,石材(転石・玉石)を含む点で共通するから,周知例1の記載を見た当業者であれば,上記記載の工法で,「石材等で構成した護岸(すなわち本件発明のコンクリート護岸)」を打ち抜くことができると理解し得る。

このように,本件発明は,第1工程において反力を取ることを要件としておらず,また,コンクリート護岸の厚さも要件としていないから,本件審決の判断は,特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,誤りがある。

(エ) 本件発明も護岸を補強するためのものであるから,本件発明と周知例2の目的に相違はない。

また,周知例2のケーシングチューブは,鋼管の先にビットを設けたものであるから,当業者の技術水準の知識に照らせば,本件発明の「先端にビットを備えた切削用鋼管杭」と同視できるものである。周知例2には,「先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入すること」が明確に記載されているから,「コンクリート護岸の位置に土留め杭を構築すること」が記載されているということができる。

本件特許の出願時には,①コンクリート護岸の位置に土留壁を設置すること,②ケーシングチューブを掘削孔に残置して鋼管杭として使用すること,③ケーシングチューブと鋼管杭は同視し得ること,④土留壁の構築後に片側土砂等を掘削・除去すること,⑤連続杭で土留壁を構築すること,⑥鋼管杭(鋼管矢板)で連続壁を構築すること,⑦鋼管杭を柱列状に設置して土留壁を構築することが,本件特許の出願時の技術水準として当業者に周知の技術又は技術常識であった(甲14~66)。これらの技術水準を踏まえた上で引用例と周知例2の記載を併せてみれば,「先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築すること」は,当業者が容易に想到し得ることである。

(オ) 「先端にビットを備えた切削用鋼管杭でコンクリート護岸を打ち抜いて圧入すること」及び「コンクリート護岸の位置に土留め杭を構築すること」については周知例2に記載されており,「鋼管杭列の構築後に,河川側の護岸を除去すること」については引用例に記載されている。周知例3には,「先端にビットを備えるケーシングチューブを回転圧入してコンクリートを打ち抜くこと」が記載されているから,本件発明との関連性は十分である。

(カ) 周知例4ないし6には,「既設の鋼管杭列から反力を得ながら,鋼管杭列に連続して鋼管杭を圧入すること」が記載されているから,本件発明との共通性・関連性は十分である。なお,「先端にビットを備えた切削用鋼管杭でコンクリート護岸を打ち抜いて圧入すること」及び「コンクリート護岸の位置に土留め杭を構築すること」については周知例2に記載されており,「鋼管杭列の構築後に,河川側の護岸を除去すること」については引用例に記載されている。

(2)  相違点に係る判断の誤りについて

ア 周知例2には「先端にビットを備えた切削用鋼管杭(ケーシングチューブ)をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入すること」が記載されている。引用例には,「その後(鋼管杭列の構築後),鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する」ことが記載されている。

よって,「鋼管杭を回転圧入できる鋼管杭圧入装置を用いて,先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築し,この鋼管杭列から反力を得ながら,上記鋼管杭列に連続して上記切削用鋼管杭を回転圧入してコンクリート護岸を打ち抜いて連続壁を構築し,その後,鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去」することは,引用例及び周知例1ないし4に基づいて当業者が容易に想到し得るものである。

本件審決は,周知例2に,「先端にビットの付いた鋼管杭を回転圧入してコンクリート護岸を打ち抜くこと」及び「コンクリート護岸の位置に土留め杭を構築すること」が記載されていることを認めながら,「鋼管杭列の構築後に河川側のコンクリート護岸を除去すること」が記載されていないことを理由として,他の証拠との組合せを否定している。

土留壁の構築後に片側土砂等を掘削・除去することは,出願時の技術水準として当業者に周知の技術又は技術常識であり,引用例にも記載されているから,これらの技術水準を踏まえた上で引用例と周知例2の記載を併せてみれば,「先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築すること」は,当業者が容易に想到し得ることである。

イ 作用効果について

(ア) 本件審決は,本件発明の特有の作用効果として,「既設のコンクリート護岸を除去することなく鋼管杭列を構築するため,鋼管杭列の構築に先立って川の流れをせき止める等の仮設工事を必要としないので,工期が短縮される」と認定しているが,これは,周知例2においても奏する作用効果であり,本件発明に特有のものではない。

(イ) また,本件発明の第1工程では,既設の鋼管杭列から反力を得ることなく,かつ,アースオーガを必要とせずに,切削用鋼管杭を用いてコンクリート護岸を打ち抜いているから,「アースオーガ等の装置を必要とせずに」との作用効果は,「既設の鋼管杭列から反力を得ること」によるものではなく,「先端にビットを備えた鋼管杭を回転圧入すること」によるものである(【0010】)。そして,先端にビットを備えた鋼管杭を回転圧入してコンクリート護岸を打ち抜くことは,周知例2に記載されている。アースオーガ等の補助装置は,置換掘削や摩擦力低減などの必要性に応じて適宜使用の可否が選択されるものであり,置換掘削をする必要がなければ使用しないのは当然のことである。

(ウ) 以上のように,本件発明の作用効果は,引用例及び周知例1,2,4ないし6に記載の周知技術のもたらす作用効果の総和以上の作用効果を奏するものではない。

〔被告らの主張〕

(1)  引用例及び周知例に記載された発明の認定の誤りについて

ア 引用例の認定について

原告は,引用例に「拡幅する護岸の位置に合わせて」と記載されているのに,一致点として「拡幅する護岸の位置に」と認定した本件審決が誤りであると主張する。

引用例の実施例3の記載は,要するに,新たに設ける護岸の位置は,既存の川幅を拡幅して,従来の護岸の位置よりも背面にずれることを前提として,新たに設ける護岸の位置に鋼管矢板壁を構築することを意味している。これに対し,本件発明は,既存コンクリート護岸の位置(コンクリート層及びこれと一体をなす石材層の存在する位置)に鋼管杭列を設ける発明である。本件明細書に使用されている「拡幅」という用語の意味するところは,従来の比較的勾配の緩やかな法面を有していた護岸に対し,鋼管杭列を利用する新たな護岸では,法面の勾配を急にすることができること,また,浚渫により流路面積を増大させることができることであった。そして,本件発明では,請求項4と異なり,「拡幅」の点は要件としていない。

したがって,本件発明との一致点として,「拡幅する護岸の位置」に言及することは必ずしも正確ではない。しかし,本件審決は,原告に有利に,本件発明も明細書に「拡幅」の効果が得られる旨記載されているから,河川幅を拡幅することを前提とする引用例との一応の一致点として言及したものと思われる。「拡幅する護岸の位置に」という本件審決の一致点の記載は,あえて限定的でない表現を使用したもので,これを「拡幅する護岸の位置に合わせて」と記載するなら,本件発明との相違点としなければならなかったものであり,この点の相違は,本件審決の結論に影響するものではない。

イ 周知例の認定について

(ア) 原告は,本件審決は一致点として,「その後(鋼管杭列の構築後)に,鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する」ことを認定しているから,上記記載と矛盾する旨主張するが,矛盾はない。

本件審決は,引用例について,拡幅する護岸の位置がコンクリート護岸の背面である場合について,河川側のコンクリート護岸と土砂を除去することが記載されていることを認定している。他方,本件発明は,拡幅する護岸の位置が「コンクリート護岸」の位置であって,引用例の「コンクリート護岸の背面」とは相違し,したがって,鋼管杭を圧入する「拡幅する護岸」の位置が,本件発明と引用例では相違することを明確に認定している。

コンクリート護岸の背面に鋼管杭列を構築してその河川側のコンクリート護岸を除去することは,引用例に記載されているように,コンクリート護岸を全面的に破砕除去する工程であるから,本件発明とは相違する。本件審決が,鋼管杭列を構築する位置がコンクリート護岸の位置か(本件発明)その背面の位置か(引用発明)の相違を前提として記載している事項につき,原告は,この相違を無視して論じており,その主張は成り立たない。

(イ) 本件審決は,引用例及び周知例2について検討し,本件発明とは鋼管杭圧入の位置と態様が異なることを認定しているのであるから,判断の漏れはない。

(ウ) 原告は,周知例1の鋼管杭圧入装置が,「反力取り装置から反力を取るもの」であることが本件発明と相違するとしている点が誤りであると主張し,それは,本件発明においても,鋼管杭列から反力を取ることなくコンクリート護岸を打ち抜く場合(工法のスタート時のみ)があることを根拠とするものである。

しかし,本件発明において,工事の開始時には,いまだ既設の鋼管杭が存在しないから,既設の鋼管杭とは異なる反力架台から反力を得て鋼管杭の圧入を行うが,以後は,既設鋼管杭列上に回転圧入装置を設置し,既設鋼管杭から反力を取ることにより,効率的なコンクリート護岸の打ち抜きを可能にしている。工事開始時には,強固な反力架台を設けて圧入を行い,このような反力架台を,全部の鋼管杭について設けることは極めて効率が悪く実質的に不可能である。初期圧入後は,鋼管杭列から反力を取って次の鋼管杭の圧入を繰り返すのであるから,この方式と,周知例1の圧入方式が相違することは明らかである。

また,周知例1は,従来の鋼管矢板に代えて,円弧状に凹む継手係合部を設けた鋼管杭を使用し,建築現場での土留めや仕切りとして鋼管杭壁を設ける発明であり,鋼管杭を圧入する深さについては何も記載していないから,本件審決の認定に誤りはない。本件発明が,特許請求の範囲においてコンクリート護岸の厚みを規定していないとしても,新たな護岸壁として使用する鋼管杭列は,強度を維持するために深く圧入するのが一般的であると理解される。コンクリート護岸の厚みの点は,本件審決の根拠として特に援用されている事項でもない。

(エ) 原告は,周知例2の認定を論難するが,本件審決が指摘しているのは,周知例2は,補強用の杭を打ち込むための孔を掘削する目的が,鋼管杭列を形成するためではなく,しかも,「除去することを前提としたコンクリート護岸を打ち抜いて鋼管杭を圧入すること」でもないとの相違である。

本件発明における「護岸の連続構築方法」は,出願中の補正により,連続壁を構築した後,「鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する」ことを要件に加えたので,単に鋼管杭を打ち込むだけの「補強」とは区別されている。また,改修には補強の意味が含まれるとしても,工事の内容,方法が周知例2と本件発明では大きく相違しており,本件審決はその点を指摘しているのである。

原告は,周知例2の護岸の捨石層は,「石材等で構成した護岸」であるから,本件発明の「コンクリート護岸」に相当すると主張する。しかし,本件発明のコンクリート護岸は,素材が石材の場合を含むか否かではなく,河川の岸(陸側)を構成するものである点において,周知例2の意味における護岸(水上の構築物を支持する水面下の足場の領域が流されないように保護する捨石層)とは異なっている。周知例2で護岸といっているのは,水面下の捨石層であって,河川の岸である護岸ではなく,河川の岸の部分に新たな護岸壁を構築する方法は,周知例2に記載も示唆もない。

原告が挙げるいずれの技術常識も,断片的な内容にすぎず,原告引用の全ての資料を見ても,本件発明の意味において,「コンクリート護岸を打ち抜いて連続壁を構築し」,これを新たな護岸とする技術思想は記載されておらず,容易に想到することはできない。

(オ) 原告は,引用例及び周知例2を引用して,周知例3と本件発明の関連性が認められるかのごとく主張する。

しかし,その部分では,本件審決は周知例3の記載事項の認定のみを行っているのであり,それ自体に誤りがないことは明らかである。なお,周知例3は,本件発明の,アースオーガ等を使用せず,鋼管杭から反力を取ることにより,回転圧入のみで鋼管杭をコンクリート護岸に圧入する方法が,公知の方法と顕著に異なることを裏付ける資料である。

(カ) 原告は,周知例4ないし6に「既設の鋼管杭から反力を得ながら,鋼管杭列に連続して鋼管杭を圧入すること」が記載されているから,本件発明と共通性・関連性があると主張する。

しかし,鋼管杭から反力をとる圧入装置は,もともと軟らかな地盤に回転せずに鋼管杭を圧入する手段として開発されたのであり,周知例4は,その改良として回転機能を付加したものの,アースオーガなどを併用することなく,硬質地盤の掘削に利用できるとは考えられていなかったため,ビットの記載がない。

(2)  相違点に係る判断の誤りについて

ア 本件審決は,本件発明の意味においてコンクリート護岸を鋼管杭で打ち抜く方法に想到したことが進歩性の要点であることを結論する前提として,周知例4の回転圧入において,先端にビットを備えた鋼管杭を使用するところまでは容易に想到されることを指摘したが,周知例1ないし3のいずれも,硬質地盤の掘削においては,アースオーガやハンマーグラブを併用することにより掘削を達成している点に言及していないことは妥当でない。

アースオーガ等の併用手段を用いずに,回転圧入のみで(既設鋼管杭から反力を得る方法においてさらに最適化を図ることにより)硬質地盤の掘削を可能にした点は,周知例1ないし4のどこにも記載がなく,容易に想到できるものではない。

引用例及び周知例2とも,河川のコンクリート護岸の前面でも背面でもなく,また水面下の地盤表面の捨石層でもなく,河川の岸であるコンクリート護岸そのものを鋼管杭で打ち抜くという本件発明の技術思想を開示していないから,引用文献のいずれからも,この点が容易に想到できないとした本件審決は,正当である。

イ 作用効果について

周知例2は,水面下の地盤(捨石層)に単に鋼管杭を打ち込んでいるだけで,工事に際し水をせき止める必要がないというにすぎないから,本件発明とは工事の態様が全く異なる。

本件発明は,まだ鋼管杭が存在しない段階では反力架台を使用するが,その後の工事は,鋼管杭列上に回転圧入装置を設置して作業を進めるのであり,この方法が公知技術との明確な相違点であるから,原告の主張は理由がない。

ウ 本件発明の容易想到性

本件発明は,背面に工事スペースのない河川の護岸でも改修工事ができるように,既存のコンクリート護岸をあらかじめ除去することなく,既存のコンクリート護岸に鋼管杭を圧入して鋼管杭列を構築することを可能にするとの新規な課題を見出し,その課題の解決手段として,鋼管杭列上に設置した回転圧入装置を使用し,鋼管杭列から反力を得ながら回転圧入を行うことによって,アースオーガ等の大型の装置を併用することなく,鋼管杭の連続壁を構築し,河川側のコンクリート護岸と土砂を除去することによって,改修工事を行うことを可能にしたのである。この課題並びに解決手段は新規であり,引用文献のいずれにも記載されておらず,示唆すらない。そして,顕著な作用効果を奏するものであるから,本件発明が容易に想到できないことは明らかである。

第4当裁判所の判断

1  本件発明について

(1)  本件明細書の記載

本件発明の要旨は,特許請求の範囲請求項1に記載された前記第2の2(1)のとおりのものであり,本件明細書には,以下の記載がある(甲12)。

ア 技術分野

本件発明は,河川や堤防等のコンクリート護岸あるいは石材等で構成した護岸の改修工事あるいは補強工事を行うための護岸の連続構築方法及びそれを利用した河川や沼,海岸等の拡幅工法に関するものである(【0001】)。

イ 背景技術

従来の装置では,重機が河川の中に入るため川の流れをせき止めなければならず,改修作業が大掛かりとなり,費用も人手もかかり工期も長くなっていた。さらには,流路が狭くなるため,増水時には重機を撤収する作業が行えなくなるなどの問題点があったとして(【0004】),引用例を「特許文献」として挙げている。

ウ 課題を解決するための手段

本件発明の要旨とするところは,鋼管杭を回転圧入できる鋼管杭圧入装置を用いてコンクリート護岸に鋼管杭列を構築し,この鋼管杭列から反力を得ながら,上記鋼管杭列に連続して鋼管杭を回転圧入して連続壁を構築し,その後,上記鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する護岸の連続構築方法である(【0006】)。

エ 発明の効果

本件発明により,コンクリート護岸の改修工事や護岸の補強工事あるいは河川等の浚渫工事等が安全かつ効率よく行える。特に従来では拡幅不可能な河川等における改修工事が可能となり,この拡幅工事を行うための仮設工事を一切必要としないので,工期の短縮,工費の削減を図ることができる。また,鋼管杭を回転しながら圧入するため,アースオーガ等の装置も必要としない(【0010】)。

オ 実施例

実施例の護岸の連続構築方法は,河川に設けられたコンクリート護岸に複数の鋼管杭,鋼管杭を連続して圧入した鋼管杭列上に配置した鋼管杭圧入装置,クレーン,鋼管杭の搬送装置等を用いて行う。上記鋼管杭圧入装置は,鋼管杭を圧入する際に,鋼管杭を回転させながら圧入することができ,同時に通常の圧入機のように鋼管杭を回転させないで上部からの圧力のみによって圧入できるものである。このように鋼管杭の圧入を回転によって行うため,アースオーガ等の大掛かりな装置を必要としない上に,作業も迅速となる。また,本実施例では,コンクリート護岸を打ち抜くために,鋼管杭として先端にビットを備えた掘削用鋼管杭を用いている。この掘削用鋼管杭を回転させながら支持層まで圧入して鋼管杭列,すなわち連続壁を構築するのである(【0014】~【0016】) 。

本実施例によれば,従来では拡幅不可能な河川における改修工事が可能となる。この場合従来のコンクリート護岸の構造体を活用できるため,工期が短縮され工費が削減される上に,鋼管杭が大きな強度部材となり護岸の補強がされる。また,圧入のための反力を鋼管杭より得ることができるため,装置がコンパクトになり,拡幅工事を行うための仮設工事を一切必要とせず,コンクリート護岸の改修工事が安全かつ効率よく行える(【0019】)。

(2)  本件発明における「コンクリート護岸」の意義

本件発明の特許請求の範囲において,「コンクリート護岸」は,第3工程に記載されたとおり,連続壁を構築した後,その河川側の部分が土砂と共に除去されるものである。なお,第3工程の「コンクリート護岸」は,第1工程及び第2工程の「コンクリート護岸」と同一のものを指すことは明らかである。

したがって,本件発明において,第1工程の鋼管杭列の構築は,除去することを前提としたコンクリート護岸を対象に,先端にビットを備えた切削用鋼管杭を打ち抜いて圧入することによって行われるものと解され,また,第2工程の連続壁の構築も,除去することを前提としたコンクリート護岸を対象に,第1工程によって構築された鋼管杭列から反力を得ながら,上記鋼管杭列に連続して上記切削用鋼管杭を回転圧入して打ち抜くことによって行われるものと解される。

(3)  本件発明の効果

このように,本件発明は,除去することを前提とした「従来のコンクリート護岸の構造体を活用」することに着眼して,除去することを前提としたコンクリート護岸を対象に,先端にビットを備えた切削用鋼管杭を打ち抜いて圧入することによって鋼管杭列を構築するとともに,鋼管杭列から反力を得ながら,上記鋼管杭列に連続して上記切削用鋼管杭を回転圧入して打ち抜くことによって連続壁を構築するものである。そして,本件発明は,既設のコンクリート護岸を除去することなく鋼管杭列を構築するため,鋼管杭列の構築に先立って川の流れをせき止める等の仮設工事を必要としないので,工期が短縮される,コンクリート護岸に圧入された鋼管杭列から反力を得ることにより,アースオーガ等の装置を必要とせずに切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて回転圧入することができ,装置がコンパクトになり,スペースの限られた護岸でも鋼管杭列壁を構築できる等の作用効果を奏するものと認められる。

2  引用例及び周知例に記載された発明について

(1)  引用例の記載

ア 引用例には,以下の記載がある(甲1)。

都市河川改修工法の第3の実施例として,河川の拡幅を行う場合を図12,13により説明する(【0021】)。

このケースでは,拡幅する護岸の位置に合わせて,既存の河川の背面に鋼管矢板壁を構築することが必要である。この鋼管矢板壁を,十分な支持力のあるものとすれば,実施例1,2のような腹起こしや切梁の取付けを省略し,鋼管矢板壁の頂部に直接走行レールを取り付けることができる。

図12は,既存の護岸の外側に鋼管矢板壁を構築し,その頂部に取り付けた両岸の走行レールにまたがって移動構台を載置し,この上から作業を行っている状況を示す。例えば,河川の上流側又は下流側へ向かって鋼管矢板壁を延長する作業は,この移動構台上に載置したクレーンを使用して行うことができる。なお,前記鋼管矢板壁を鋼管杭やH形矢板又はH形杭に変更してもよい(【0022】)。

図13は,移動構台上のコンクリート破砕機により既存の護岸を解体し,パワーショベルによってこれを搬出している状況を示している。既存の護岸を撤去し,内部地盤の掘削を行い,鋼管矢板壁を新たな護岸として拡幅を完了する。この実施例でも,このように河川上空を作業基地として有効利用して改修工事を行うことができる(【0023】)。

図13には,上記実施例3が記載され,図1ないし図8等には,別の実施例として,既存の護岸の背面(外側)ではなく内側に鋼管矢板壁を構築することが記載されている。

イ 引用例に記載された発明

したがって,引用例には,「既存の護岸の背面に,護岸に沿って鋼管矢板,鋼管杭,H形矢板又はH形杭により壁を構築し,その後,前記鋼管矢板等による壁の河川側の護岸と土砂を除去する護岸の連続構築方法」,すなわち,本件審決が認定した引用発明が記載されているものと認められる。そして,引用発明には,既設の護岸そのものに鋼管矢板壁を構築することは記載されていないから,既設の護岸は単なる除去の対象でしかない。

(2)  周知例1ないし6の記載

ア 周知例1には,鋼管杭圧入装置を用い,切削用鋼管杭を圧入して鋼管杭列を構築し,継手にて鋼管杭同士を連結する鋼管杭壁の構築方法が記載されている。なお,反力取り装置が取り付けられ,反力が取れるようになっている(甲2)。このような切削用鋼管杭を用いることにより,硬い地質や転石・玉石の多い地質,あるいは障害物のある場合にも,別の掘削機を使用することなく,鋼管杭を硬質地盤に圧入できる。しかし,周知例1における鋼管杭列の構築は,硬い地質や転石・玉石の多い地質,あるいは障害物といった硬質地盤全般を対象とするにすぎず,本件発明のような,除去することを前提とした「従来のコンクリート護岸の構造体を活用」するといった着眼は存在しない。

イ 周知例2には,ビット付ケーシングチューブを用いて,護岸の砕石層を打ち抜き,掘削孔内に置換材を充填して杭打ち込み用孔を形成し,当該孔に杭を打ち込んで護岸に基礎杭や土留め杭を築造して補強する点が記載されているが,周知例2の護岸は,維持することが前提であって,本件発明のように除去すべきものではないから,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用するという本件発明の着眼は本来的に存在しない(甲3)。

ウ 周知例3には,ビット付ケーシングチューブを用いて,岩盤や転石の多い硬質地盤やコンクリート構造物等を切削する点が記載されている(甲4)。しかし,周知例3における硬質地盤等の切削は,硬質地盤全般を対象とするにすぎない以上,本件発明の上記着眼は存在しない。

エ 周知例4ないし6には,鋼管杭圧入装置を用いて,鋼管杭列を圧入して鋼管杭列を構築し,この鋼管杭列から反力を得ながら,鋼管杭列に連続して鋼管杭を圧入する点が記載されているが(甲5~7),本件発明の背景技術等を個別的かつ断片的に開示するにとどまり,本件発明の上記着眼は存在しない。

オ 以上のとおり,鋼管杭列からなる連続壁の構築を,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用して行うという着眼は,周知例1ないし6のいずれにも記載されておらず,その示唆も存在しない。

(3)  その他の証拠の記載

原告が新たに本訴において提出した甲14は,既設護岸の前面改修工事に関するものであり,甲15は,既設護岸に土留め壁を形成するために鋼管杭列を構築するものであるが,いずれも既設護岸は維持することが前提であって除去すべきものではない。

原告は,本件特許の出願時の技術水準として,①コンクリート護岸の位置に土留壁を設置すること,②ケーシングチューブを切削孔に残置して鋼管杭として使用すること,③ケーシングチューブと鋼管杭は同視し得ること,④土留壁の構築後に片側土砂等を切削・除去すること,⑤連続杭で土留壁を構築すること,⑥鋼管杭(鋼管矢板)で連続壁を構築すること,⑦鋼管杭を柱列状に設置して土留壁を構築することが,周知の技術又は技術常識であったと主張し,甲16ないし甲66を提出する。しかしながら,これらの証拠はいずれも,本件発明の背景技術等を個別的かつ断片的に開示するにとどまり,本件発明の上記着眼は存在しない。

3  本件発明の容易想到性について

(1)  前記2のとおり,引用発明には,既存の護岸の背面(外側)又は内側に鋼管矢板壁を構築することが記載されているものの,既設の護岸そのものに鋼管矢板壁を構築することは記載されていないから,既設の護岸は単なる除去の対象でしかなく,それを有効活用する着眼は,存在しない。

また,周知例1ないし6,甲14及び甲15等は,いずれも,既設護岸を維持するものであり,鋼管杭列からなる連続壁の構築を,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用して行うという着眼は,いずれにも記載されておらず,その示唆も存在しない。

これに対し,前記1のとおり,本件発明は,鋼管杭列及び連続壁の構築を,除去することを前提としたコンクリート護岸を対象に行うものであり,従来,単なる除去の対象でしかなかったコンクリート護岸を有効活用する点に着眼の目新しさが認められる。

(2)  以上のとおり,引用例,周知例1ないし6及び本訴において提出された証拠のいずれにも,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用するという本件発明の着眼が記載されておらず,又は示唆されてもいない。そして,本件発明の上記着眼が新規であることに照らすと,引用発明に周知例1ないし6又は甲14及び甲15に記載された個別的かつ断片的な技術を組み合わせる動機がそもそも存在しない。また,これらを組み合わせても,本件審決が相違点として認定した鋼管杭列の構築手段,すなわち,「切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築し,この鋼管杭列から反力を得ながら,上記鋼管杭列に連続して上記切削用鋼管杭を回転圧入」という構成には至らない。

よって,引用例に基づいて相違点に係る本件発明の構成が容易に想到できたものということはできない。

4  原告の主張について

(1)  引用例及び周知例の認定について

ア 原告は,一致点として,「拡幅する護岸の位置に」圧入して鋼管杭列を構築する点を挙げた本件審決の認定は,不正確であり,正確には「拡幅する護岸の位置に合わせ」圧入して鋼管杭列を構築すると認定すべきであると主張する。

しかし,引用例には,「このケースでは,拡幅する護岸の位置に合わせて,既存の河川の背面に鋼管矢板壁を構築することが必要である」(【0022】)と記載されているが,これを「拡幅する護岸の位置に」としたとしても,鋼管杭列の構築位置が新たな護岸の位置になることには変わりがない。したがって,これは単なる表現上の違いにすぎず,本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。

イ 原告は,引用例には,鋼管矢板を圧入して鋼管矢板壁を構築する位置について,拡幅する護岸の位置に合わせることが記載されており,コンクリート護岸の背面以外に鋼管杭列を圧入することを排除していないと主張する。

なるほど,引用例には,既存の護岸の背面(外側)又は内側に鋼管矢板壁を構築することが記載されているから,既存の護岸の内側を含むものではあるが,前記のとおり,引用発明において,既設の護岸は単なる除去の対象にすぎず,それを有効活用するという本件発明の着眼は存在しない。それに加えて,コンクリート護岸は,背面等の地盤よりも硬く,背面等の地盤とは異なる工法が要求されると推測されることに照らせば,引用発明は,コンクリート護岸そのものに圧入することまで射程に入れたものとはいえない。このように,コンクリート護岸そのものに圧入することは引用発明の射程外である以上,原告の上記主張は,本件審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。

ウ 原告は,本件審決が,「その後(鋼管杭列の構築後)に,鋼管杭列の河川側のコンクリート護岸と土砂を除去する」ことについて,一致点と認定していながら,この点を含めて相違点に関する判断を行ったことは,判断が矛盾し,これが引用例及び周知例のいずれにも記載されていないし示唆もないと判断したことが,誤りであると主張する。

しかし,本件審決の上記部分は,そもそも,鋼管杭を圧入する「拡幅する護岸」の位置に関するものであるから,その文脈上,打ち抜いて鋼管杭を圧入して鋼管杭列を構築する位置が,その後河川側の護岸が除去される「コンクリート護岸」と解釈すべきことは明白であり,原告の上記主張は,理由がない。

エ 原告は,出願時の技術水準を踏まえた上で引用例と周知例2を併せてみれば,「既設コンクリート護岸の位置に鋼管杭を圧入して鋼管杭列を構築することは当業者が容易に想到し得る」と主張しているのであり,引用例だけに基づいて上記の主張をしているわけではないと主張する。

しかしながら,出願時の技術水準を踏まえた上で引用例と周知例2を併せてみても,本件発明を容易に想到できないことは,前記3のとおりである。

オ 原告は,周知例1が「反力取り装置から反力を取るものであること」は,本件発明と周知例1との関連性(動機付け)を否定する根拠にならないと主張する。

しかし,そもそも,これらの関連性は,相違点に係る構成の容易想到性の判断を何ら左右するものではない。そして,前記3のとおり,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用するという本件発明の着眼が,いずれの証拠にも記載も示唆もされていない以上,周知例1を考慮したとしても,相違点に係る構成が容易に想到できるとはいえない。

本件発明において,いまだ既設の鋼管杭が存在しない工事の開始時(第1工程)では,反力取り装置(反力架台)が必要だとしても,その後の第2工程では,既に圧入された鋼管杭列から反力を得るため,反力取り装置を必要としないものである。よって,この点においても,基本的に,反力取り装置が常時必要とされる周知例1と明らかに相違する。

また,原告は,本件発明は,コンクリート護岸の「厚み」を要件としておらず,コンクリート護岸の厚みは,堤防の勾配や護岸を打ち抜く部位によって厚くもなるし薄くもなると主張する。

本件発明は,コンクリート護岸の厚みを特段特定するものではないが,本件発明が,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用して新たな護岸を構築するものであることに照らせば,当業者は,新たな護岸として使用する鋼管杭列は強度を維持するために深く圧入するのが一般的であると理解するものと解される。

さらに,原告は,本件発明と周知例1は,石材(転石・玉石)を含む点で共通するから,周知例1の記載を見た当業者であれば,上記記載の工法で,「石材等で構成した護岸(すなわち本件特許発明のコンクリート護岸)」を打ち抜くことができると理解し得るなどと主張する。

しかし,本件発明と周知例1とが石材(転石・玉石)を含む点で共通するとしても,本件発明は,除去することを前提としたコンクリート護岸であるのに対して,周知例1は,そのようなものではないから,石材を含むか否かは容易想到性の判断を左右するものではない。よって,本件審決の判断に誤りはない。

カ 原告は,本件発明も護岸を補強するためのものであるから,本件発明と周知例2の目的に相違はないと主張する。

周知例2の孔の掘削目的は,鋼管杭列の形成ではなく,除去することを前提としたコンクリート護岸を打ち抜いて鋼管杭を圧入することでもない。本件発明は,除去することを前提としたコンクリート護岸を対象とするものであるから,除去することなく維持される護岸に対して,単に鋼管杭を打ち込むだけの「補強」とは明確に区別される。原告の上記主張は,「補強」という用語が共通することのみに依拠した主張にすぎず,採用することはできない。

また,原告は,周知例2のケーシングチューブは,本件発明の「先端にビットを備えた切削用鋼管杭」と同視できるとして,周知例2に「コンクリート護岸の位置に土留め杭を構築すること」が記載されているとした上,本件特許の出願時の技術水準を踏まえた上で引用例と周知例2の記載を併せてみれば,「先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築すること」は,当業者が容易に想到し得ることであると主張する。

しかし,原告が主張する技術水準は,本件発明を構成する個々の断片的な技術が本件特許の出願時に存在すると主張するものにすぎない。前記3のとおり,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用するという本件発明の着眼がいずれの証拠にも記載も示唆もされていない以上,相違点に係る構成を容易に想到できるということはできない。

キ 原告は,引用例及び周知例1ないし6の記載によれば,本件発明との関連性や共通性は十分であると主張する。

しかし,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用するという本件発明の着眼がいずれの証拠にも記載も示唆もされていない以上,相違点に係る構成を容易に想到できたものということはできない。

(2)  相違点に係る判断について

ア 原告は,本件特許出願時の技術水準を踏まえた上で引用例と周知例2の記載を併せてみれば,「先端にビットを備えた切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて圧入して鋼管杭列を構築すること」は,当業者が容易に想到し得ることであると主張する。

しかし,除去することを前提としたコンクリート護岸を有効活用するという本件発明の着眼が引用例にも周知例等に記載も示唆もされていない以上,相違点に係る構成を容易に想到することができないことは,前記のとおりである。

イ 原告は,本件発明の作用効果は,引用例及び周知例1ないし6に記載の周知技術のもたらす作用効果の総和以上の作用効果を奏するものではないと主張する。

しかし,既設のコンクリート護岸を除去することなく鋼管杭列を構築するため,鋼管杭列の構築に先立って川の流れをせき止める等の仮設工事を必要としないので,工期が短縮されるとか,コンクリート護岸に圧入された鋼管杭列から反力を得ることにより,アースオーガ等の装置を必要とせずに,切削用鋼管杭をコンクリート護岸を打ち抜いて回転圧入することができ,装置がコンパクトになり,スペースの限られた護岸でも鋼管杭列壁を構築できるなどの作用効果は,本件発明特有のものというべきものである。

(3)  以上のとおり,原告の主張は,いずれも理由がない。

5  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 井上泰人 裁判官 齋藤巌)

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