知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10391号 判決 2012年9月27日
原告
燦坤日本電器株式会社
訴訟代理人弁護士
松田純一
同
大橋君平
同
近森章宏
同
伊藤卓
同
西村公芳
訴訟復代理人弁護士
篠森重樹
同
大坂憲正
同
西脇怜史
被告
日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁理士
古城春実
同
牧野知彦
同
加治梓子
同
高橋綾
訴訟代理人弁理士
鮫島睦
同
言上惠一
同
田村啓
同
玄番佐奈恵
主文
1 特許庁が無効2011-800021号事件について平成23年10月19日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の概要
(1) 被告は,発明の名称を「発光ダイオード」とする特許4530094号(以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許の設定登録までに至る手続の経緯は次のとおりであった。
平成 9年 7月29日
最初の原出願(特願平10-508693号)(甲2)
優先権主張の基礎:特願平8-198585号,特願平8-244339号及び特願平8-245381号
平成14年 9月24日
分割出願(第1世代)(特願2002-278066号)(甲3)
平成17年 5月19日
分割出願(第2世代)(特願2005-147093号)(甲4)
平成18年 7月19日
分割出願(第3世代)(特願2006-196344号)(甲5)
平成20年 1月 7日
分割出願(第4世代)(特願2008-000269号)(甲1)
(以下「原出願」という。また,原出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面を「原出願の明細書」という。)
平成21年 3月18日
分割出願(第5世代)(特願2009-065948号)
(以下「本件出願」という。)
平成21年 6月18日
本件出願の公開公報発行(特開2009-135545号公報)
平成22年 6月18日
本件特許の設定登録(甲6)
(2) 原告は,平成23年2月4日,本件特許の無効審判請求(無効2011-800021)をした。これに対し,特許庁は,平成23年10月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は同月27日原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4の記載は次のとおりである(以下,「本件発明」ということがある。)。
【請求項1】
窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと,該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂であって,該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング樹脂を有し,
前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光の発光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系の光を発光する発光ダイオードであって,
前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなっていることを特徴とする発光ダイオード。
【請求項2】
凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと,前記凹部に充填されて前記LEDチップを覆うコーティング樹脂であって,該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング樹脂を有し,
前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光の発光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系の光を発光する発光ダイオードであって,
前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなっていることを特徴とする発光ダイオード。
【請求項3】
前記コーティング樹脂の上に,モールド樹脂が形成されたことを特徴とする請求項2に記載の発光ダイオード。
【請求項4】
前記モールド樹脂に,拡散剤が含有されたことを特徴とする請求項3に記載の発光ダイオード。
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。要するに,審決は,原出願には,使用する「フォトルミネセンス蛍光体」について,具体的には,「Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmから選択された少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInから選択された少なくとも1つの元素とを含み,セリウムで付活されたガーネット系蛍光体であ」るとされてはいるものの,「フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高く」するとの構成を採用して「(フォトルミネセンス蛍光体の)水分による劣化を防止」するに際し,前記「フォトルミネセンス蛍光体」が,必ずしも上記の具体的組成(Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmから選択された少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInから選択された少なくとも1つの元素とを含み,セリウムで付活されたガーネット系蛍光体。以下「本件組成」という。)のものに限られるものではないことは,当業者が容易に理解できる,すなわち,原出願には,(特定の組成の蛍光体に限定されない)本件発明が開示されているものといえるから本件出願は分割要件を満たし,原告の主張する理由及び提出した証拠方法によっては,本件特許を無効とすることはできないと判断した。
第3取消事由に係る原告の主張
1 原出願の記載事項の認定の誤り(取消事由1)
(1) 審決は,原出願には,「上記発光ダイオードの蛍光体は,『(蛍光体に照射される)光』,『(発光素子や外部環境による)熱』及び『(外部から侵入する,あるいは,製造時に内部に含まれた)水分』により劣化すること(【0007】~【0009】)(中略)が記載されているものと認められる。」としている。
(2) 審決の上記認定は,蛍光体が「水分」のみによって劣化することが原出願に記載されていることを前提としている。しかし,原出願の明細書中段落【0007】(以下,「【】」で囲まれた数字は原出願の明細書中の段落番号を指す。)及び【0008】には,蛍光体が「水分」により劣化する点の記載はないこと,【0009】中の「…水分と,上記光及び熱とによって…」との記載は,「水分」と「光及び熱」の2つが「と」で並置されていることに照らすならば,「水分」と「光及び熱」の相俟った劣化の可能性のみを示すと解すべきである。
(3) 審決は,「水分」のみによる劣化を防止することが原出願に記載されているとの誤った認定をした結果,【0047】の意義について誤った判断をして,「本件審判の請求は,成り立たない。」との結論に至ったものである。
2 原出願のフォトルミネセンス蛍光体が本件組成に限定されないとした審決の判断の誤り(取消事由2)
(1) 審決は,「本件原出願(【0047】)には,『フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高くした場合は,外部環境からの水分などの影響をより受けにくくでき,水分による劣化を防止することができる』との記載がされている。そして,前記『フォトルミネセンス蛍光体』は,具体的には,『Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmから選択された少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInから選択された少なくとも1つの元素とを含み,セリウムで付活されたガーネット系蛍光体であ』る」と説示(以下「説示①」という。)し,続けて「『フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高く』するとの上記構成を採用して『(フォトルミネセンス蛍光体の)水分による劣化を防止』するに際し,前記『フォトルミネセンス蛍光体』が,必ずしも上記の具体的組成のものに限られるものではない」ことは,当業者が容易に理解できる,と説示(以下「説示②」という。)した。
(2) しかし,審決には,説示①が説示②になぜ結び付くのか,あるいは,説示②がなぜ成り立つのか,についての説明がない。説示①は,【0047】に,本件組成を有する蛍光体の分布濃度を工夫して一定の効果が得られる旨の記載がある旨を指摘する。しかし,説示①から,説示②のように,フォトルミネセンス蛍光体について,一般的,普遍的に,「コーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かって分布濃度を高くすると水分による劣化を防止することができる」との結論を導くことはできないし,原出願にその根拠が示されているわけではない。【0047】は,蛍光体が本件組成を有することを前提とした記載にすぎない。
原出願に接した当業者は,まず,【0007】から【0010】の記載から,原出願に記載された発明について,「水分」による劣化ではなく「水分」と「光及び熱」との相俟った劣化に着目してなされたもので,「水分」や「光及び熱」に抗して「より高輝度で,長時間の使用環境下においても発光光度及び発光光率の低下や色ずれの極めて少ない」ものであると理解する。
そして,当業者は,【実施例】に至るまでの記載部分から,原出願に記載された発明の効果は,本件組成によって得られると理解する。
【0047】には,「水分」と「光,熱」とについて併せて対照的に記述されていることからすると,【0047】を【0007】~【0010】や【0082】等の他の段落とともに読んだ当業者は,原出願に記載された発明が,「水分」と「光及び熱」との相俟った劣化に対するものであり,本件組成によって効果を奏するものであり,蛍光体の濃度分布も,あくまで「水分」や「光及び熱」に耐性を示す本件組成を前提としたものであると理解する。
当業者は,実施例の説明部分において,本件組成を有する蛍光体を「実施例」として扱い,本件組成を有しない蛍光体を「比較例」と扱っていること,また,「比較例1」ではコーティング部の表面側から発光素子に向かって蛍光体の分布濃度が高くなっているのに(【0108】,【0105】),蛍光体が水分により早期に劣化していることを理解する(【0108】,【0109】)。
そうすると,原出願に接した当業者は,本件組成を有しない蛍光体を含む発明が,原出願の明細書に記載されていると理解することはない。
(3) 説示②は,蛍光体が「具体的組成のものに限られるものではないことは,当業者が容易に理解できるところである」とする。しかし,分割要件を充足するか否かは,当業者において,原出願の明細書の記載から自明と理解するかどうかにより判断すべきであり,容易に理解できる範囲まで拡張することは誤りである。
第4取消事由に対する被告の反論
1 原出願の記載事項の認定の誤り(取消事由1)に対し
(1) 審決は,原出願に本件発明が記載されている根拠として,【0007】ないし【0009】を引用しているわけではないから,取消事由に係る原告の主張は失当である。
(2) 原告は【0007】ないし【0009】のみを挙げてその判断の妥当性を議論しているが,分割が適法か否かは原出願の明細書全体との関係で論じなければならないのであるから,原告の主張は,それ自体失当である。
2 原出願のフォトルミネセンス蛍光体が本件組成に限定されないとした審決の判断の誤り(取消事由2)に対し
(1) 【0047】に記載の蛍光体が水分の影響で劣化することを防止(ないし抑制)するとの作用効果は,外部環境にある水分からの距離を置くという蛍光体の「配置」によるものであって,蛍光体の「種類」に依存するものではない。
なお,【0047】は,直接には実施形態1を受けた記載となっているが,この蛍光体は耐候性のある(水分の影響を受けにくい)組成からなる蛍光体であって,そのような場合であっても,当該記載のとおりの「分布」とすることで,より耐候性が向上するとしているのであるから,この点からも,この記載が,特定の組成からなる蛍光体のみに妥当する解決手段(発明)を開示するものでなく,幅広い蛍光体について,その分布を工夫することで水分による影響を軽減できるとの発明を開示していることが理解される。
原出願の請求項に記載された発明は「蛍光体の劣化」との課題を解決する手段として,「蛍光体の組成」を特定するとの構成を採用した発明である。これに対し,原出願の明細書中には,「蛍光体の劣化」という広範な解決課題の中の「水分による劣化」との特定の解決課題に対し,「(蛍光体の組成ではなく)蛍光体の分布を工夫する」との構成を採用した本件発明も記載されている。この場合において,原出願が原出願の特許発明に焦点を当てて蛍光体の例示や実施例を記載しているのは当然のことであり,作用効果に関する記載についても,原出願の特許発明に即した記載が多いのは当然である。そのことが原出願中に本件発明を含んでいることの妨げになるものではない。
比較例1は,単に,(ZnCd)S:Cu,Alという組成をもった蛍光体が水分によって劣化しやすいことを示したものであり,蛍光体の分布状態によって水分劣化の速度に差がでるとの発明の効果を否定したものではない。したがって,比較例1は,本件発明が原出願の明細書に記載されていると理解することの妨げになるものではない。
被告は,本件発明が明細書に開示されていない組成の蛍光体であっても,現実に効果を奏することをより具体的に示すために,本件組成とは異なる組成の蛍光体を用いて,コーティング樹脂中での蛍光体の分布状態の違いによる水分劣化の違いを比較する実験を実施した(乙1)。その結果によれば,本件発明によって,外部からの水分侵入による蛍光体の劣化が抑制され,高温高湿下でも色調のずれや輝度の低下が少なく,耐候性に優れた白色系の発光ダイオードが得られることが示された。
(2) 審決は,「容易に理解できる」としているが,その趣旨は,「その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し,かつ,容易に実施することができる程度に記載されている」ことを指すものであって,分割要件を拡張して判断したものではない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原出願の明細書に,本件発明が記載されているとはいえず,原告主張に係る取消事由2には理由があり,審決は取り消されるべきであると判断する。まず,取消事由2に係る審決の当否について,判断する。
1 原出願の明細書の記載について
原出願の明細書には,次の各記載がある(甲1)。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光層が半導体である発光素子と,該発光素子によって発光された光の一部を吸収して,吸収した光の波長と異なる波長を有する光を発光するフォトルミネセンス蛍光体とを備えた発光装置において,
前記発光素子の発光層が窒化ガリウム系半導体を含むLEDチップであり,
かつ前記フォトルミネセンス蛍光体が,Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素とを含んでなるセリウムで付活されたYとAlを含むイットリウム・アルミニウム・ガーネット系蛍光体であって,
互いに組成の異なる2以上を含み,該2以上の蛍光体の発光する光と該LEDチップの発光との混色光を発光可能であることを特徴とする発光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は,LEDディスプレイ,バックライト光源,信号機,照光式スイッチ及び各種インジケータなどに利用される発光ダイオードに関し,特に発光素子が発生する光の波長を変換して発光するフォトルミネセンス蛍光体を備えた発光装置及びそれを用いた表示装置に関する。」
「【0004】
そこで,本出願人は先に発光素子によって発生された光が,蛍光体で色変換されて出力される発光ダイオードを,特開平5-152609号公報(中略)などにおいて発表した。これらに開示された発光ダイオードは,1種類の発光素子を用いて白色系など他の発光色を発光させることができるというものであり,以下のように構成される。
【0005】
上記公報に開示された発光ダイオードは,具体的には,発光層のエネルギーバンドギャッブが大きい発光素子をリードフレームの先端に設けられたカップ上に配置し,発光素子を被覆する樹脂モールド部材中に発光素子からの光を吸収して,吸収した光と波長の異なる光を発光する(波長変換)蛍光体を含有させて構成する。
【0006】
上述の開示された発光ダイオードにおいて,発光素子として,青色系の発光が可能な発光素子を用いて,該発光素子をその発光を吸収して黄色系の光を発光する蛍光体を含有した樹脂によってモールドすることにより,混色により白色系の光が発光可能な発光ダイオードを作製することができる。
【0007】
しかしながら,従来の発光ダイオードは,蛍光体の劣化によって色調がずれたり,あるいは蛍光体が黒ずみ光の外部取り出し効率が低下する場合があるという問題点があった。(中略)特に,発光素子である高エネルギーバンドギャッブを有する半導体を用い,蛍光体の変換効率を向上させた場合(すなわち,半導体によって発光される光のエネルギーが高くなり,蛍光体が吸収することができるしきい値以上の光が増加し,より多くの光が吸収されるようになる。),又は蛍光体の使用量を減らした場合(すなわち,相対的に蛍光体に照射されるエネルギー量が多くなる。)等においては,蛍光体が吸収する光のエネルギーが必然的に高くなるので,蛍光体の劣化が著しい。また,発光素子の発光強度を更に高め長期にわたって使用すると,蛍光体の劣化がさらに激しくなる。
【0008】
また,発光素子の近傍に設けられた蛍光体は,発光素子の温度上昇や外部環境(例えば,屋外で使用された場合の太陽光によるもの等)によって高温にもさらされ,この熱によって劣化する場合がある。
【0009】
さらに,蛍光体によっては,外部から侵入する水分や,製造時に内部に含まれた水分と,上記光及び熱とによって,劣化が促進されるものもある。
またさらに,イオン性の有機染料を使用すると,チップ近傍では直流電界により電気泳動を起こし,色調が変化する場合もある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって,本願発明は上記課題を解決し,より高輝度で,長時間の使用環境下においても発光光度及び発光光率の低下や色ずれの極めて少ない発光装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは,この目的を達成するために,発光素子と蛍光体とを備えた発光装置において,
(1) 発光素子としては,高輝度の発光が可能で,かつその発光特性が長期間の使用に対して安定していること,
(2) 蛍光体としては,上述の高輝度の発光素子に近接して設けられて,該発光素子からの強い光にさらされて長期間使用した場合においても,特性変化の少ない耐光性及び耐熱性等に優れていること(特に発光素子周辺に近接して配置される蛍光体は,我々の検討によると太陽光に比較して約30倍から40倍に及ぶ強度を有する光にさらされるので,発光素子として高輝度のものを使用すれば使用する程,蛍光体に要求される耐光性は厳しくなる),
(3) 発光素子と蛍光体との関係としては,蛍光体が発光素子からのスペクトル幅をもった単色性ピーク波長の光を効率よく吸収すると共に効率よく異なる発光波長が発光可能であること,が必要であると考え,鋭意検討した結果,本発明を完成させた。
【0012】
すなわち,本発明の発光装置は,発光層が半導体である発光素子と,該発光素子によって発光された光の一部を吸収して,吸収した光の波長と異なる波長を有する光を発光するフォトルミネセンス蛍光体とを備えた発光装置において,前記発光素子の発光層が窒化物系化合物半導体からなり,かつ前記フォトルミネセンス蛍光体が,Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素とを含み,かつセリウムで付活されたガーネット系蛍光体を含むことを特徴とする。」
「【0039】
このような窒化ガリウム系半導体発光素子と組み合わせて用いるのに適したフォトルミネセンス蛍光体としては,
1.発光素子102,202に近接して設けられ,太陽光の約30倍から40倍にもおよぶ強い光にさらされることになるので,強い強度の光の照射に対して長時間耐え得るように,耐光性に優れていること。
【0040】
2.発光素子102,202によって励起するために,発光素子の発光で効率よく発光すること。特に,混色を利用する場合,紫外線ではなく青色系発光で効率よく発光すること。
【0041】
3.青色系の光と混色されて白色になるように,緑色系から赤色系の光が発光可能なこと。
4.発光素子102,202に近接して設けられ,該チップを発光させる際の発熱による温度変化の影響を受けるので,温度特性が良好であること。
【0042】
5.色調が組成比あるいは複数の蛍光体の混合比を変化させることにより,連続的に変化させることができること。
6.発光ダイオードが使用される環境に応じた耐候性があること,
などの特性が要求される。
【0043】
実施の形態1.
本願発明に係る実施の形態1の発光ダイオードは,発光層に高エネルギーバンドギャッブを有し,青色系の発光が可能な窒化ガリウム系化合物半導体素子と,黄色系の発光が可能なフォトルミネセンス蛍光体である,セリウムで付活されたガーネット系フォトルミネッセンス蛍光体とを組み合わせたものである。これによって,この実施形態1の発光ダイオードにおいて,発光素子102,202からの青色系の発光と,その発光によって励起されたフォトルミネセンス蛍光体からの黄色系の発光光との混色により白色系の発光が可能になる。
【0044】
また,この実施形態1の発光ダイオードに用いた,セリウムで付活されたガーネット系フォトルミネッセンス蛍光体は耐光性及び耐候性を有するので,発光素子102,202から放出された可視光域における高エネルギー光を長時間その近傍で高輝度に照射した場合であっても発光色の色ずれや発光輝度の低下が極めて少ない白色光が発光できる。
【0045】
以下,本実施形態1の発光ダイオードの各構成部材について詳述する。
(フォトルミネセンス蛍光体)
本実施形態1の発光ダイオードに用いられるフォトルミネセンス蛍光体は,半導体発光層から発光された可視光や紫外線で励起されて,励起した光と異なる波長を有する光を発光するフォトルミネセンス蛍光体である。具体的にはフォトルミネセンス蛍光体として,Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmから選択された少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInから選択された少なくとも1つの元素とを含み,セリウムで付活されたガーネット系蛍光体である。(後略)」
「【0047】
このフォトルミネセンス蛍光体の含有分布は,混色性や耐久性にも影響する。
例えば,フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高くした場合は,外部環境からの水分などの影響をより受けにくくでき,水分による劣化を防止することができる。他方,フォトルミネセンス蛍光体を,発光素子からモールド部材等の表面側に向かって分布濃度が高くなるように分布させると,外部環境からの水分の影響を受けやすいが発光素子からの発熱,照射強度などの影響をより少なくでき,フォトルミネセンス蛍光体の劣化を抑制することができる。このような,フォトルミネセンス蛍光体の分布は,フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材,形成温度,粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状,粒度分布などを調整することによって種々の分布を実現することができ,発光ダイオードの使用条件などを考慮して分布状態が設定される。
【0048】
実施形態1のフォトルミネセンス蛍光体は,発光素子102,202と接したり,あるいは近接して配置され,照射強度(Ee)として,3W・cm-2以上10W・cm-2以下においても高効率でかつ十分な耐光性を有するので,該蛍光体を用いることにより,優れた発光特性の発光ダイオードを構成することができる。
【0049】
また,実施形態1のフォトルミネセンス蛍光体は,ガーネット構造を有するので,熱,光及び水分に強く,図3(A)に示すように,励起スペクトルのピークを450nm付近にすることができる。(後略)」
「【実施例】
【0101】
<実施例>
(中略)
(実施例)
「【0105】
以上のようにして作製した(Y0.8Gd0.2)3Al5O12:Ce蛍光体80重量部とエポキシ樹脂100重量部とをよく混合してスラリーとし,このスラリーを発光素子が載置されたマウント・リードのカップ内に注入した後,130℃の温度で1時間で硬化させた。こうして発光素子上に厚さ120μmのフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部を形成した。なお,本実施例1では,コーティング部においては,発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体が徐々に多く分布するように構成した。」
「【0107】
この要に形成した発光ダイオードは,発光観測正面から見ると,フォトルミネセンス蛍光体のボディーカラーにより中央部が黄色っぽく着色されていた。
こうして得られた白色系が発光可能な発光ダイオードの色度点,色温度,演色性指数を測定した結果,それぞれ,色度点は,(x=0.302,y=0.280),色温度8080K,演色性指数(Ra)=87.5と三波長型蛍光灯に近い性能を示した。また,発光効率は9.51m/wと白色電球並であった。さらに,温度25℃60mA通電,温度25℃20mA通電,温度60℃90%RH下で20mA通電の各寿命試験においても蛍光体に起因する変化は観測されず通常の青色発光ダイオードと寿命特性に差がないことが確認できた。
【0108】
(比較例1)
フォトルミネセンス蛍光体を(Y0.8Gd0.2)3Al5O12:Ce蛍光体から(ZnCd)S:Cu,Alとした以外は,実施例1と同様にして発光ダイオードの形成及び寿命試験を行った。形成された発光ダイオードは通電直後,実施例1と同様,白色系の発光が確認されたが輝度は低かった。また,寿命試験においては,約100時間で出力がゼロになった。劣化原因を解析した結果,蛍光体が黒化していた。
【0109】
これは,発光素子の発光光と蛍光体に付着していた水分あるいは外部環境から進入した水分により光分解し蛍光体結晶表面にコロイド状亜鉛金属を析出し外観が黒色に変色したものと考えられる。温度25℃20mA通電,温度60℃90%RH下で20mA通電の寿命試験結果を実施例1の結果と共に図13に示す。輝度は初期値を基準にしそれぞれの相対値を示す。図13において,実線が実施例1であり波線が比較例1を示す。」(なお,「波線」とあるのは「破線」の誤記であると認める。)
「【図面の簡単な説明】
【0139】
(中略)
【図13】(A)は,実施例1及び比較例1の発光ダイオードの寿命試験の結果を示すグラフであって,25℃における結果であり,(B)は,実施例1及び比較例1の発光ダイオードの寿命試験の結果を示すグラフであって,60℃,90%RHにおける結果である。」
【図13】
file_2.jpgLo a 9 “goo 400 600 00 1000 moo ed agora TaneO 9096RH2 取消事由2についての判断
(1) 当裁判所は,原出願の明細書には,本件発明は,記載,開示がされていないと解するものであり,これと異なる審決の認定,判断には誤りがあるものと判断する。その理由は以下のとおりである。
(2) 分割出願においては新たな特許出願はもとの特許出願の時にしたものとみなす(特許法44条2項)とされていることから,分割出願に記載された発明に係る技術的事項は,原出願の明細書に記載されていることを要する。
そこで,本件発明が,原出願の明細書に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて検討する。
(3) 審決は,【0047】に「フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高くした場合は,外部環境からの水分などの影響をより受けにくくでき,水分による劣化を防止することができる」との記載に関して,同記載の蛍光体が本件組成に限られるものではないことは,当業者が容易に理解できるとして,本件発明が原出願の明細書に記載されていると判断した。
(4) しかし,審決の上記判断には,以下のとおりの誤りがある。すなわち,
ア 【0047】は,同一段落中において,「コーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高く」する構成(以下「下部構成」という。)と「フォトルミネセンス蛍光体を,発光素子からモールド部材等の表面側に向かって分布濃度が高くなるように分布させる」構成(以下「表面構成」という。)の相反する2つの構成に区別した上で,下部構成では「水分による劣化を防止することができ」,表面構成では「発光素子からの発熱,照射強度などの影響をより少なくでき」ると説明している。
さらに,【0047】に続く【0048】・【0049】には,本件組成に属する蛍光体を用いる実施形態1について,「高効率でかつ十分な耐光性を有するので,該蛍光体を用いることにより,優れた発光特性の発光ダイオードを構成できる」こと,「ガーネット構造を有するので,熱,光及び水分に強く,…励起スペクトルのピークを450nm付近にすることができる」ことが記載されている。
そして,【0101】以下の記載及び【図13】には,以下の実験結果について説明がされている。
① 下部構成を採用した上で本件組成に属する蛍光体(「(Y0.8Gd0.2)3Al5O12:Ce蛍光体」)を使用した実施例1と,下部構成を採用した上で本件組成に属しない蛍光体(「(ZnCd)S:Cu,Al」)を使用した比較例1について,寿命試験を実施した。
② 実施例1については,温度25℃20mA通電の条件下(【図13】の「(A)」のグラフ)でも,温度60℃90%RH下で20mA通電の条件下(同「(B)」のグラフ)でも,蛍光体に起因する変化は観測されなかったのに対し,比較例1については,後者の条件下〔温度60℃90%RH下で20mA通電の条件下(同「(B)」のグラフ)〕では,約100時間で外部環境から進入した水分の影響で蛍光体が劣化し出力がゼロになった。
③ 以上のとおり,下部構成を採用する等同一条件の下での実験において,本件組成に属する蛍光体を使用した場合(実施例1)では,水分による劣化を防止できるとの効果が得られたのに対し,本件組成に属しない蛍光体を使用した場合(比較例1)では,高温多湿条件下で早期劣化の結果が生じ,その結果に相違が生じた。
イ 【0101】の記載及び【図13】,特に前記ア③によれば,当業者であれば,「(下部構成を採用した場合には,)水分による劣化を防止することができる」との原出願の明細書の記載部分は,本件組成に属する蛍光体について述べたものであると認識,理解するのが自然であるといえる。また,【0048】と【0049】では,本件組成に属する蛍光体が「十分な耐光性を有」し,かつ,「熱,光及び水分に強」いとの性質を有することが言及されており,【0047】に続けてこれらの記載に接した当業者であれば,【0047】の記載のとおり表面構成と下部構成が選択可能であるのは,本件組成に属する蛍光体が有する性質によるものと認識,理解するのが自然であるといえる。そうすると【0047】に接した当業者において,【0047】に記載された表面構成と下部構成が本件組成に属しない蛍光体についても選択可能であると理解するとまでは認められない。
ウ 加えて,①上記のとおり,原出願の明細書で実施形態又は実施例として挙げられている蛍光体は,いずれも本件組成に属する蛍光体のみであること,及び,②【0047】の冒頭には,「このフォトルミネセンス蛍光体」と,「この」との指示語が用いられているが,同指示語は,前後の文脈から,【0045】等に記載されている本件組成に属する蛍光体を指しているのは明白であること,③【0047】には,「このような,フォトルミネセンス蛍光体の分布は,フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材,形成温度,粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状,粒度分布などを調整することによって種々の分布を実現することができ,発光ダイオードの使用条件などを考慮して分布状態が設定される。」と記載され,同記載部分に接した当業者は,表面構成と下部構成は,使用条件により,適宜選択可能な設計的な事項であり,本件組成に属しない蛍光体についての何らかの発明を開示していると認識,理解することはできないこと等を総合するならば,【0047】の記載に接した当業者は,【0047】の「フォトルミネセンス蛍光体」について,本件組成に属する蛍光体に限定されないと理解するとまでは容易に認め難い。
エ この点に対し,被告は,本件組成に属しない蛍光体についても,効果が得られる場合がある旨の実験結果(乙1)を提出する。しかし,分割が許されるためには,原出願の明細書に本件発明についての記載,開示があること(当業者において,記載,開示があると合理的に理解できることを含む。)を要するから,訴訟過程で提出された上記実験結果(乙1)をもって,前記の結論を左右することはできないというべきである(仮に,被告の主張,立証が許されるとするならば,原出願の明細書に本件発明について,何ら記載,開示がないにもかかわらず,第三者が,本件組成に属しない蛍光体に,効果が得られた旨の発見をした場合に,そのような蛍光体を包含する分割出願を,当然に許容することになって,不合理が生じる。)。
オ 以上のとおり,少なくとも,本件においては,当業者が,原出願の明細書中に本件発明が記載されていると合理的に理解できるとまでは認められないから,本件発明が記載,開示されていると解されるとした審決の判断には違法がある。
3 結論
よって,審決を取り消すことにして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)