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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10401号 判決 2013年1月17日

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用(補助参加によって生じた訴訟費用を含む。)は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2010-800219号事件について平成23年7月27日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,原告の後記2の本件発明に係る特許に対する被告の特許無効審判の請求について,特許庁が当該特許を無効とした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  アメリカン テレフォン アンド テレグラフ カムパニー(エイ・ティ・アンド・ティ・コーポレーション。以下「AT&T」という。)は,平成4年7月3日,発明の名称を「無線アクセス通信システムおよび呼トラヒックの伝送方法」とする特許出願(特願平4-198953号。パリ条約による優先日:平成3年(1991年)7月9日,米国)をした(甲4)。以下,本件出願に係る明細書(甲4)を,図面を含め,「本件当初明細書」という。

AT&Tは,平成8年7月31日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をした(甲6。以下,本件補正に係る明細書(甲4,6)を,図面を含め,「本件補正明細書」という。)。

AT&Tは,平成8年12月5日,上記特許出願について,設定の登録(特許第2588498号。請求項の数26)を受けた(甲2)。以下,この特許を「本件特許」という。

(2)  AT&Tは,平成8年3月29日,ルーセント テクノロジーズ インコーポレイテッドに対し,本件特許を譲渡した(甲34)。その後,本件特許は,平成12年9月29日,アバヤ テクノロジーコーポレイション(当時)に対し,平成20年3月13日,ウインドワード コーポレイション,ハイ ポイント(ガーンジー)リミテッド,原告に対し,順次譲渡された(甲35~38)。

(3)  原告は,平成21年1月7日,本件特許のうち請求項11及び24について,訂正審判を請求し,特許庁は,同年3月18日,上記訂正を認める旨の審決をした(甲3)。以下,訂正後の本件特許に係る明細書(甲2,3)を,図面を含め,「本件明細書」という。

(4)  被告は,平成22年12月2日,本件特許の請求項6及び11に係る発明にに<※全文ママ>ついて,特許無効審判を請求し,無効2010-800219号事件として係属した。

(5)  特許庁は,平成23年7月27日,「特許第2588498号の請求項6及び請求項11に係る発明についての特許を無効とする。」旨の本件審決をし,同年8月4日,その謄本が原告に送達された。

2  本件補正前後の特許請求の範囲の記載

(1)  本件補正前の特許請求の範囲の請求項6及び11の記載は,次のとおりである(以下,それぞれ「本件当初発明1」「本件当初発明2」といい,また,これらを総称して,「本件当初発明」という。)。なお,文中の「/」は,原文における改行箇所を示す。

【請求項6】サービス地域に位置する無線電話に無線電話の呼サービスをそれぞれ提供する複数のセルと,/前記の各セルに少なくとも1つは接続されるように前記複数のセルに接続された複数の通信リンクと,/前記複数のリンクに接続されていて,前記セルとの間で前記リンクを介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝える少なくとも1つの交換システムと/を備え;/前記の各セルが,/無線電話から入って来る音声の呼トラヒックの無線受信に応じて,個々の呼の入トラヒックを運ぶパケットを,統計的に多重化された形式で,前記の接続された少なくとも1つのリンクに送り,さらに無線電話に出て行く音声の呼トラヒックの無線送信のために,接続された少なくとも1つのリンク上で個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化された形式で受信する第1の手段を備え;/さらに各交換システムが,/セルによってサービスされる無線電話に向かって出て行く音声呼トラヒックを受け取り,これに応じて個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化された形式で前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上に送り出し,さらに前記の入トラヒックをその着信先に送るために,前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上の個々の呼の入来する音声呼トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化された形式で受信する第2の手段を備えた/ことを特徴とする無線電話通信システム

【請求項11】時として複数のセルが,無線電話呼のサービスを1つの共通の移動無線電話に同時に与えることがあり;さらに交換システムの前記第2の手段が,/前記第3の手段が,前記の1つの移動無線電話に向かう出接続呼トラヒックの受信に応じて,前記セルの出トラヒックのコピーをそれぞれ運ぶパケットを,前記の1つの移動無線電話に前記サービスを同時に与えている前記セルの各々に送り,また前記の1つの移動無線電話に前記サービスを同時に与えている前記セルの各々からその呼の入トラヒックを運ぶパケットを受信し,このとき異なるセルから受信した各パケットにはその入トラヒックのコピーが入っていて,さらに送信先に送るために前記の入トラヒックの受信されたコピーの中の1つのみを選択する/ことを特徴とする請求項6記載のシステム

(2)  本件補正後の特許請求の範囲の請求項6及び11の記載(前記1(3)の訂正審決による訂正後のもの)は,次のとおりである(以下,それぞれ「本件発明1」「本件発明2」といい,また,これらを総称して,「本件発明」という。)。なお,文中の「/」は原文における改行箇所を,下線部は補正箇所を示す。

【請求項6】サービス地域に位置する無線電話に無線電話の呼サービスをそれぞれ提供する複数のセルと,/前記の各セルに少なくとも1つは接続されるように前記複数のセルに接続された複数の通信リンクと,/前記複数のリンクに接続されていて,前記セルとの間で前記リンクを介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝える少なくとも1つの交換システムとを備え,/各セルが,/無線電話から入って来る音声の呼トラヒックの無線受信に応じて,個々の呼の入トラヒックを運ぶパケットを,統計的に多重化された形式で,前記の接続された少なくとも1つのリンクに送り,さらに無線電話に出て行く音声の呼トラヒックの無線送信のために,接続された少なくとも1つのリンク上で個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化された形式で受信する第1の手段を備え,/さらに各交換システムが,/セルによってサービスされる無線電話に向かって出て行く音声呼トラヒックを受け取り,これに応じて個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化された形式で前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上に送り出し,さらに前記の入トラヒックをその着信先に送るために,前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上の個々の呼の入来する音声呼トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化された形式で受信する第2の手段を備え,当該第2の手段は,/当該交換システムが送信する送信パケットの着信先であるユーザ端末にサービスするセルにおいて所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるように出トラヒックを運ぶパケットを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段と,/入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段とからなることを特徴とする無線電話通信システム

【請求項11】時として複数のセルが,無線電話呼のサービスを1つの共通の移動無線電話に同時に与えることがあり;さらに交換システムの前記第2の手段が,前記の1つの移動無線電話に向かう出接続呼トラヒックの受信に応じて,前記呼の出トラヒックのコピーをそれぞれ運ぶパケットを,前記の1つの移動無線電話に前記サービスを同時に与えている前記セルの各々に送り,また前記の1つの移動無線電話に前記サービスを同時に与えている前記セルの各々からその呼の入トラヒックを運ぶパケットを受信し,このとき異なるセルから受信した各パケットにはその入トラヒックのコピーが入っていて,さらに送信先に送るために前記の入トラヒックの受信されたコピーの中の1つのみを選択する第3の手段を備えたことを特徴とする請求項6記載のシステム

3  本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,要するに,①本件補正は,本件当初明細書の要旨を変更するものであるから,平成5年法律第26号による改正前の特許法(以下「法」という。)40条により,本件出願の出願日は補正日である平成8年7月31日に繰り下がるところ,本件発明1は,後記の引用例の特許請求の範囲の請求項6に記載された発明と同一であり,また,本件発明2は,同請求項1に記載された発明及び同請求項21に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,②本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,いわゆるサポート要件(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号)に違反するのみならず,③いわゆる実施可能要件(同条4項)にも違反する,というものである。

引用例:米国特許第5195090号明細書(甲1。特許日:平成5年(1993年)3月16日)

4  取消事由

(1)  本件補正が要旨変更に該当するとした判断に係る誤り(取消事由1)

(2)  サポート要件に係る判断の誤り(取消事由2)

(3)  実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由3)

第3当事者の主張

1  取消事由1(本件補正が要旨変更に該当するとした判断に係る誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 「交換システムで受信」「交換システムから送信される時刻」の解釈について

ア 本件審決は,本件発明1の「交換システムで受信」を「交換システムの入口で受信」と,「交換システムから送信される時刻」を「交換システムの外に入トラヒックが出される時刻(交換システムの出口から送信する時刻)」と解釈した上で,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段とからなる」構成(以下「本件構成」という。)を付加した本件補正は,要旨の変更に該当するとする。

しかしながら,ウィンドウ時間と受信・送信の機能的関係及び技術常識を一切無視し,「交換システムで」との文言に基づき,形式的に「入口での受信」「出口での送信」と解釈することは相当ではない。

イ 本件発明1において,受信される対象は「パケット」であるから,受信場所は「ボコーダ以前」であることは明らかである。また,「所定のウィンドウ時間内に・・・受信されるように」と定めていることからすると,「当該交換システムで受信される」とは,交換システムのうち,「ウィンドウ時間が設定される場所での受信」を意味するものである。「ウィンドウ時間」とは,「パケットの受信が期待される一定の時間の範囲(時間枠)」を意味するところ,本件発明1において,「送信される時刻の前」に「所定のもの」として設定されるものであるから,技術常識を前提とすれば,バッファの前に,入トラヒックの送信時刻と一定の関係性を有するものとして設定される必要はあるが,これらを超えて場所的限定を付し,交換システムの「入口」での受信と解すべき理由はない。

ウ 本件発明1において,「当該交換システムが送信する時刻」「当該交換システムから送信される時刻」という文言は,交換システムのどの部分が送信する時刻を意味するのかについて限定するものではない。「から」という助詞が用いられていることのみに基づいて,交換システムの具体的な部分を起点とした送信であることを導くことはできない。特許請求の範囲の記載において,明確に「所定のウィンドウ時間内に・・・受信されるように・・・送信する時刻を制御する」と定められていることからすると,送信時刻の一定時間前のウィンドウ時間が,送信時刻を制御すると連動して動くという関係性を有することは明らかである。ウィンドウ時間との間において,このような関係性を有する送信時刻は,交換システム内部の送信場所においても観念し得るから,送信時刻を「交換システムの出口からの送信時刻」と解釈すべき理由とはならない。

技術的な観点においても,PSTNに接続され,ボコーダ以降はPCMサンプルによる通信を行う交換システムは本件発明1の「交換システム」に該当するところ,このようなシステムでは,「送信する時刻」はボコーダより前の送信時刻である必要があるという技術常識を理解している当業者であれば,制御対象である「送信する時刻」を「交換システムの出口から送信する時刻」と解釈することはあり得ない。

また,送信時刻の制御は,「個々の呼の入トラヒック」についてされる必要があるところ,交換システムのPSTNに向けた出線は,「複数の呼のトラヒック」を「多重化」して送信するように設計されており,送信時刻の制御は複数の呼のトラヒックを多重化するための「マルチプレクサ」の前において行う必要があるから,「送信する時刻」は「交換システムの出口から送信する時刻」ではあり得ない。

エ 本件発明は,ウィンドウ時間を用いた送信時刻制御という交換システムの「機能」を技術思想として提供するものであり,このような機能を交換システムのどこで,いかなる内部機器の配置をもって実施するかは,技術常識の制約を受けるとしても,当業者の設計次第である。ウィンドウ時間やバッファ,受信と送信の場所的関係や,受信場所・送信場所を厳密に特許請求の範囲の記載において特定することは,本件発明では重要でも必要でもない。すなわち,本件発明は,無線電話,セル及び交換システムから構成される無線電話通信システムの交換システムにおいて,所定のウィンドウ時間を用いて,外部との間で送受信されるトラヒックの送信時刻を制御すること(交換システムの機能)自体が新規な内容に含まれる発明であるから,被告及び被告補助参加人(以下「被告ら」という。)が主張する場所的な特定が必要となるものではない。

また,本件発明1の「所定のウィンドウ時間」とは,「所定の」という文言からすると,送信時刻の前に任意に設けられるのではなく,送信時刻との関係であらかじめ定められているものということができるが,具体的にどのような時間に「ウィンドウ時間」が設定されるかについては,「所定の」との文言からは一義的に明確ではないということができる。

「送信する時刻を制御」についても,送信時刻の制御である以上,送信時刻を早めるか遅らせるかを意味すると解するのが自然であるが,具体的な送信時刻の「制御」の内容は,「パケットがウィンドウ時間内に受信されるようにする」こと以外の特定がなく,一義的に明確ではないということができる。

したがって,本件当初明細書の記載(【0088】~【0105】【図20】【図22】)を参酌すると,「所定のウィンドウ時間」とは,実施例における時間枠1402のように,送信時刻を基準として,送信時刻の一定時間前に設けられる(送信時刻に連動して動く)ものと解される。

さらに,「制御」とは,実施例において,交換システム内でバッファを有するプロセッサから公衆送信網へ向けたフレームの送信時刻が「交換システムから送信される時刻」とされ,当該送信時刻の一定時間前の「時間枠1402」内にパケットが受信されるように,【図20】の「送信時刻1406」を「送信時刻1407」に遅らせたり,【図22】の「送信時刻1406」を「送信時刻1606」に早めたりするものであると解される。

オ 以上によると,ウィンドウ時間と受信・送信の機能的関係及び技術常識に基づくことなく,「交換システムで」「交換システムから」との文言のみに基づいて,「交換システムで受信」「交換システムから送信される時刻」について,形式的に,交換システムの「入口での受信」「出口からの送信」と解することは誤りである。

なお,被告らは,本件特許の対応米国特許(米国特許第5195090号)について,原告が米国カンザス連邦地方裁判所に提起した特許権侵害訴訟(以下「米国侵害訴訟」という。)では,原告は「交換システムから(の)送信」という文言について,交換システムの出口からの送信を意味すると解していると主張する。

しかしながら,米国侵害訴訟における原告の主張は,対応米国特許に特有の文言に関する主張にすぎない。また,対応米国特許に係る主張は,本件特許とは無関係であって,被告らの主張は誤導的な主張というほかなく,失当である。

また,被告らは,原告が被告に対して提起した本件特許に係る特許権侵害訴訟(東京地方裁判所平成20年(ワ)第38602号損害賠償請求事件。以下「別件侵害訴訟」という。)において,原告が「出口のインタフェース」でも本件構成を理論的に実施できると指摘したことが,主張の変遷に該当すると主張する。

しかしながら,「出口(外部との境界点)」と「出口のインタフェース」とは同義ではなく,「出口のインタフェース」は,交換システムの外部との境界点のみならず,種々の回路を含む交換システムの内部機器をも含むものである。「出口のインタフェース」において本件構成の制御を実施することも可能であるとの主張は,「交換システムから送信」について,「出口(外部との境界点)からの送信」と一義的に解釈すべきではないという原告の主張と矛盾するものではない。

(2) 本件審決の補足的判断について

本件審決は,本件発明1において,入トラヒックが受信,送信される場所について限定されていないと解するとしても,少なくとも本件構成が交換システムの入口で受信し,交換システムの出口で送信する構成を含む以上,当該部分の存在をもって,無効理由があるとする。

しかしながら,「所定のウィンドウ時間内に・・・受信」という文言や所定のウィンドウ時間との関係性及び技術常識を無視して「交換システムの入口で受信し,交換システムの出口で送信する構成」を含むとする認定自体が誤りである。本件発明において,「送信時刻を制御することにより,ウィンドウ時間内にパケットが受信されることとなるような,送信時刻とウィンドウ時間の関係(送信時刻に連動してウィンドウ時間が動くという関係)が必要となるのは,ウィンドウ時間が設定される受信場所と制御対象たる送信時刻とが存在する送信場所の両方についてであり,受信場所と送信場所とを,相互に関係のない「入口」と「出口」として形式的に捉えることは誤りである。

そして,「送信時刻を制御することにより,所定のウィンドウ時間内にパケットが受信されることとなるような関係」を有する所定のウィンドウ時間と送信時刻(ボコーダ以前の送信時刻)については,本件当初明細書に記載されているから,本件補正は要旨変更に該当するものではない。機械や通信の分野に係る発明において,発明とは直接的な関連性を有するとは限らない部材や機能が特許請求の範囲の記載に形式的に含まれているからといって,直ちに特許請求の範囲の記載が広汎にすぎ,特許請求の範囲の記載に係る補正が要旨変更に該当するということはできない。

(3) 間接的制御について(予備的主張)

仮に,本件構成の「交換システムから」「交換システムが」という文言が,「交換システムの出口から」という意味であると解されるとしても,ボコーダより前に行われた送信時刻の制御に応じて,ボコーダ以降の決定論的なトラヒックの送信を行う回路やインタフェースから送られるトラヒックの送信時刻も間接的に制御されることになるから,本件構成を整合的に理解することは可能である。

すなわち,「入トラヒックを・・・送信する時刻」という文言は,トラヒックの「送信間隔」の制御についてではなく,特定のトラヒックの「送信時刻」の制御について規定しており,プロセッサにおける送信時刻の調整に応じて,特定のトラヒックのPCMサンプルの送信時刻は調整された量だけ早まったり遅くなったりするから,プロセッサにおける制御は,ひいては「交換システムの出口からの当該トラヒックの送信時刻」の制御を意味するということができる。

(4) 小括

以上によると,本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明(【0088】~【0105】【図20】【図22】)に記載されていることは明らかである。

仮に,「交換システムから送信される時刻」が,「交換システムの出口からの送信時刻」であると解されるとしても,本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されているということができる。

したがって,本件補正が要旨の変更に該当するとした本件審決の判断は誤りである。

〔被告らの主張〕

(1) 「交換システムで受信」「交換システムから送信される時刻」の解釈について

ア 本件構成における「交換システムから送信される時刻」「交換システムで受信される時刻」とは,「交換システムから,交換システムの外へ送信される時刻」「交換システムの外から到来した信号を,当該交換システムで受信する時刻」をそれぞれ意味するものである。これらの送信時刻及び受信時刻を明らかにするためには,「交換システム」と「交換システムの外」とを区別する必要があるところ,「交換システム」の境界ないし外延を確定するのは,交換システム内の出入り口に設けられたインタフェースであると解される。

これに対し,交換システム内における内部機器間の送受信自体は,外部との境界であるインタフェースから外に出るものではなく,交換システムの内部に留まるものであって,このような送受信は,「交換システムから送信」「交換システムで受信」であるということはできない。

このように,本件構成の「交換システムから送信」「交換システムで受信」がそれぞれ「交換システムの出口から外への送信」「交換システムの入口での外からの受信」を意味することは一義的に明らかであるというべきである。

原告が主張する本件発明の要旨認定は,「交換システムから送信」「交換システムで受信」等の文言と矛盾する解釈に基づくものというほかない。しかも,原告の主張は,「ウィンドウ時間」「当該交換システムで受信される」「当該交換システムから送信される時刻」について,特許請求の範囲の記載と矛盾する解釈を前提とするものであり,特許請求の範囲の記載を超えて,明細書の発明の詳細な説明や図面にだけ記載されたところの構成要素を付加して解釈するものというほかなく,許されない(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。

イ 本件発明の「交換システム」は,複数のセルと公衆電話網との間にそれぞれ複数のトランクを介して接続され,少なくとも,出線を選択し,入線出線間の経路の設定を行う一連の動作を実行する機能を有するシステムである。また,同システムは,「複数のセルに接続された複数の通信リンク・・・に接続されていて,前記セルとの間で前記リンクを介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝える」構成,「出音声トラヒックを公衆電話網から受け取りセルに送り出し,入音声トラヒックをセルから受信し公衆電話網へ送信する」構成,「複数のセルに接続された複数のトランクに接続するための接続部分(インタフェース)」及び「公衆電話網に接続された複数のトランクに接続するための接続部分(インタフェース)」を有する構成が必須である。

上記各構成のうち,「伝える」「送り」「受信する」「送り出し」「送信する」「受信される」という各文言は,「外部への送信」又は「外部への受信」を意味するから,本件構成についても,「交換システム」から「外部への送信」又は「外部からの受信」を意味すると解するのが相当であり,本件構成のみ,「交換システム内部の送受信」を意味すると解するのは,特許法70条1項に反するというべきである。

ウ 「から」とは,起点となる場所以外への移動等を意味する文言であることは,各種国語辞典等の記載より明らかであるところ,「送信」とは,送信を行う装置(こちら側)から当該装置の外(あちら側の別の所)に出すことを意味することからすると,交換システム「から」送信された信号は,送信後には,「起点となる場所」である交換システム以外の場所,すなわち交換システムの外部に存在することになる。

本件特許の特許請求の範囲の記載及び本件明細書では,起点となる場所以外の外部への移動等を示す意味において,「から」の文言が極めて多数用いられている。特に,本件明細書(【0050】【0069】【0090】【図2】【図11】)の各記載からすると,「交換システムから送信」との文言が,場所的な限定が不要であると解することはできない。

また,送信方向は「入トラヒック」という文言によって明確に規定されているから,「交換システムから送信」「交換システムで受信」について,単に送信方向を意味するにすぎないと解することもできない。

エ 本件構成は,「当該交換システムが送信する時刻を制御する」とされているとおり,単に,交換システムから送信することを定めるのではなく,「交換システムから(外部へ)送信する時刻を制御する」ことを定めるものである。また,「所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように」と定めるものであるから,交換システムが(外部から)受信する時刻が「所定のウィンドウ時間内」であると定めるものということができる。

また,「時刻」とは,「時の流れのなかの瞬間的な一点」を示すものであるから,「交換システムから送信される時刻」とは,「交換システムの内部手段(における出口)」という不特定の場所における時刻制御を意味するのではなく,「交換システムの出口」という特定の場所における時刻の制御を意味すると解するのが相当である。同様に,「交換システムで受信される時刻」とは,「交換システムの内部手段」という不特定の場所における時刻制御を意味するのではなく,交換システムの入口という特定の場所における受信を意味すると解するのが相当である。

オ 以上からすると,本件構成の「交換システムから送信」と「交換システムで受信」とは,それぞれ「交換システムの出口から外への送信」と「交換システムの入口での外からの受信」とを意味するというべきである。

なお,原告は,米国侵害訴訟において,対応米国特許の「交換システムから(の)送信」という文言について,交換システムの出口からの送信を意味すると主張しており,本件訴訟における原告の主張とは明らかに矛盾するものである。本件明細書と対応米国特許の明細書の記載内容はほぼ同一であるにもかかわらず,原告が矛盾した主張を余儀なくされたのは,本件発明の特許請求の範囲の記載と本件当初明細書の記載との間に齟齬が生じているからにほかならない。

また,原告は,別件侵害訴訟において,本件構成は「出口のインタフェース」でも理論的に実施できると指摘しており,交換システムの出口における制御を否定していた従前の主張を変遷させたものである。

(2) 本件審決の補足的判断について

原告は,「送信時刻を制御することにより,所定のウィンドウ時間内にパケットが受信されることとなるような関係」を規定することが本件発明では重要であることを強調するが,原告の主張を前提としても,「受信時刻」が交換システムの入口での受信時刻であることを排除するものでない。

また,本件審決の補足的判断に係る原告の主張は,交換システムとプロセッサとが異なるにもかかわらず,前者が後者を包含することを理由として,「発明とは直接的な関連性を有するとは限らない部材や機能」は形式的に含まれているにすぎないなどと称し,特許請求の範囲の記載を無視し,「交換システムから送信」について,「プロセッサからボコータへの送信」,すなわち,「交換システムの内部機器から交換システムのほかの内部機器への送信」と読み替えるものである。しかし,本件特許の出願人は,自由な意思と自らの責任に基づき,特許請求の範囲の記載において,「プロセッサ」とは明確に異なる概念である「交換システム」からと記載した以上,その要件解釈において,「交換システム」から外部への送信ではなく,それ以外の特許請求の範囲に記載されていない構成要素(すなわち,「交換システムの内部機器から交換システムのほかの内部機器」)からの送信であると解することは,第三者の特許請求の範囲の記載に対する信頼を著しく害するというほかない。

(3) 間接的制御について

原告は,別件侵害訴訟において,当初,送信時刻の間接的制御は本件構成に含まれると主張していたが,その後,ボコーダで前に行われた制御により,交換システムの出口でも,特定のトラヒックの送信時刻が間接的に制御されているとの評価は可能であるが,間接的制御は直接制御を前提としており,特許請求の範囲の記載が規定する送信時刻は,直接それを制御することにより,ウィンドウ時間内にパケットが受信されることとなるような関係を有する時刻と解するのが合理的であるとして,間接的制御は本件構成に含まれるとの従前の主張を放棄した。

また,原告は,送信側についてのみ予備的主張をするものの,受信側については何らの予備的主張をしないから,本件構成が「出口からの送信」を意味する以上,「入口で受信」すると解する余地はなく,原告の予備的主張は主張自体失当である。

しかも,制御とは,「機械や設備が目的通り作動するように操作すること」を意味するところ,「交換システムが送信する時刻を制御する」というためには,制御によって実現しようとする目的が存在するとともに,目的を達成するための時刻(目標の時刻)となるように,「交換システムが(外部へ)送信する時刻」が現在いかなる時刻であるかを認識し,これをいかなる時刻に修正すべきかを決定して,その決定された時刻となるように,送信する時刻を操作しなければならないから,原告の主張する間接的制御は,「制御」であるということはできない。原告は,プロセッサからボコーダへの送信時刻を制御することにより,間接的制御が実現できると主張するが,ボコーダを含むサービス回路からPCMサンプルを受信するTDMバスへのインタフェースにおいて送信時刻の再調整が行われるため,プロセッサの送信時刻と受信時刻とは,いずれも交換システムの出口における送信時刻と入口における受信時刻とに対応していないから,交換システム内の内部処理として,実施例に記載されているように入トラヒックを運ぶパケットがプロセッサから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内にプロセッサで受信されるようにボコーダへの送信時刻のクロックタイミングのシフトを行ったとしても,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように」という目的を実現することはできない。

(4) 小括

以上によると,本件補正が要旨の変更に該当するとした本件審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明は本件当初明細書の発明の詳細な説明と実質的に同一であること及び本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていない事項であることを前提として,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,サポート要件に違反するとする。

しかしながら,先に取消事由1において主張したとおり,本件構成は,本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されているものであるから,本件審決は,その前提自体が誤りである。

以上によると,本件審決のサポート要件に係る判断は誤りである。

〔被告らの主張〕

本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていない事項であることは,先に取消事由1において主張したとおりである。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明がサポート要件に違反するとした本件審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明は本件当初明細書の発明の詳細な説明と実質的に同一であること及び本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていない事項であることを前提として,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件に違反するとする。

しかしながら,先に取消事由1において主張したとおり,本件構成は,本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されているものであるから,本件審決は,その前提自体が誤りである。

以上によると,本件審決の実施可能要件に係る判断は誤りである。

〔被告らの主張〕

本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていない事項であることは,先に取消事由1において主張したとおりである。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明が実施可能要件に違反するとした本件審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本件当初明細書について

本件補正前後の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本件当初明細書(甲4)には,おおむね次の記載がある。

(1)  産業上の利用分野

本件当初発明は,無線通信システムに関し,詳細には,セルラ無線電話通信システムに関する発明である(【0001】)。

(2)  従来の技術

セルラ無線電話システムにおいて,複数の無線セル(基地局)が,地理的な範囲全体に分散して配置され,それぞれが,セル地域の付近に位置する無線電話に対し,無線電話サービスを提供する(【0003】)。

セルにおける各無線装置は,電話網への独自のトランク接続を一般に必要とするので,1つの無線装置からほかの無線装置に呼を渡すには,新たな無線装置及びトランクが元の通信網トランク接続に接続されるように移動電話交換構造を再編成する必要がある。通常のシステムでは,システム全体の容量は,システムが処理し得る最初の無線装置対通信網トランク接続の量及びシステムが実行しなければならない再編成の量の関数である。再編成には,システムの制御構造が介在する必要があり,かつトランクの再編成に要する時間が長いことから,システム制御構造がより複雑となる。符号分割多重アクセス(CDMA)システムは,通常の渡し処理に必要な速度より速い速度の「ソフト渡し」のために第2の無線接続の確立を必要とするから,従来の設計システムの処理能力及び再編成能力を超えて,重い負担が生じる(【0008】)。

(3)  発明が解決しようとする課題

本件当初発明は,従来技術の課題を解決し,移動無線電話システムの容量を拡張することを目的とする(【0009】)。

(4)  課題を解決するための手段

ア 本件当初発明は,基地局と無線電話の呼処理及び交換装置との間の通信を伝えるパケット交換技術を用いる無線アクセスシステムのための新たなシステム・アーキテクチャを導入する。無線アクセス音声通信の通話量は,通話が行われる際,事実上,必然的に決まる(決定論的である)が,システムのアーキテクチャは,非決定論的で統計的に分散されたパケット交換方式によって音声の質を劣化することなく通話を伝えることができるように,1通りに編成される(【0010】)。

イ 無線電話の呼のトラヒックは,セルと交換システムとの間をパケット状態で転送され,呼及び交換システムを相互接続する通信リンク上で複数の呼のパケットが統計的に多重化されるため,リンクの帯域幅が高効率に使用され,CDMA無線電話システムのトラヒック処理に必要とされる処理効率及び呼処理容量が得られる。さらに,パケットの転送がフレーム中継方式を用いて行われることにより,伝送の端点を除くシステムの全てのノードにおけるパケット・プロトコルの処理を排除することによって無線電話システムの転送効率及び処理効率が著しく高まる(【0012】)。

(5)  実施例

ア 本件当初発明において,複数の地理的に散在するセルが,各々,その付近の移動無線電話に無線電話サービスを提供する。全ての移動無線電話及びセルの動作は,タイミング信号のような共通のマスター・クロックに同期させる。セル間の相互接続及びセルと公衆電話網との間の相互接続は,デジタル・セルラ交換機(DCS)によって2段階に行われる。まず,個々のセルが,DCSの1つ以上のセル相互接続モジュール(CIM)にトランクによって接続される。さらに,個々のDCSのセル相互接続モジュールが,そのDCSの各音声符号器モジュール(SCM)に光ファイバ光学的パケット交換トランクによってそれぞれ接続される。デジタル・セルラ交換機は,それぞれ電話網に複数のトランクによって接続され,これらのトランクと機能的に等しいトランクによって互いに直接接続される。交換機の動作は,公衆電話網のマスター・タイミング信号に同期されている。さらに,セル及びデジタル・セルラ交換機は,これらが制御リンクによって接続されるECP複合装置の制御下で動作する。同様に,DCSの種々のモジュールが,共通のDCSコントローラに制御リンクによって接続されて,その制御下で動作する(【0030】)。

イ 圧縮された呼のトラヒック及び信号が,バイト構成の情報の区分ごとの形式でチャネル要素とクラスタ・コントローラとの間で伝送される。各チャネル要素は,例えば20ミリ秒ごとのように規則的な間隔でバイト構成の情報の1区分を送受信する。クラスタ・コントローラは,DCSに送るために,バイト構成の情報各区分を水準3のプロトコルを含むLADPプロトコル形式にフォーマットする(【0037】)。

ウ セルラ・コントローラにより,複数のチャネル要素がTDMバスに結合される。クラスタ・コントローラの動作の結果として,それらが送受信したフレームは,TDMバス上に統計的に多重化されることにより,TDMバスの帯域幅のトラヒック処理能力は,ほかの伝送方式を超えて大幅に増大する(【0040】)。

エ セル相互接続モジュール(CIM)は,汎用DS1インタフェースにより,トランクがLANバスに接続される。各インタフェースには,DS1インタフェースのDS1設備インタフェース回路と同じ動作をするDS1トランク・インタフェース及び集中ハイウェイによって相互に接続されたパケット処理要素(PPE)が含まれる(【0045】)。

PPE(パケット処理要素)は,集中ハイウェイとLANバスとの間でLAPDフレームの中継機能を果たす(【0046】)。

セル相互接続モジュールのLANバスには,拡張インタフェースも接続されている。各拡張インタフェースによって,光ファイバ・トランクがLANバスに結合される。拡張インタフェースは,単に経路選択要素として作用する(【0047】)。

オ デジタル・セルラ交換機(DCS)の音声符号器モジュール(SCM)において,TDMバスは,DS1インタフェース及びトランクによって公衆電話網に接続される。拡張インタフェースによって,セル相互接続モジュール(CIM)からのファイバ・トランクがLANバスに接続される。各CIMは,各SCMに接続されており,DCS間の相互接続は,トランクを通して公衆電話網によって与えられる(【0048】)。

音声符号器ユニット(SPU)と称する複数の呼処理ノードによって,バスが相互接続される(【0049】)。

CIM及びSCMの動作の結果として,それらの間で伝送中のフレームは,トランク上に統計的に多重化されてフレーム中継されるので,トランクによって与えられる帯域幅のトラヒック伝送容量は,回路交換などのほかの伝送方式を超えて大いに増大する(【0050】)。

各音声処理ユニット(SPU)は,LANバス・インタフェースを含む。インタフェースは,所与の基板アドレスを求めてLANバスを進むフレームを監視し,求めるアドレスを有するものを捕捉する。LANバス・インタフェースは,バッファを含み,フレームを捕捉すると直ちにタイム・スタンプを追加した上でバッファに格納してプロセッサに割り込み指示を出す(【0052】)。

1つのセルに対し,そのセルの期間中又はハード渡しが起こるまで,サービス回路が1つ割り当てられる。各サービス回路は,独自の自動処理回路を有するが,時分割ベースでプロセッサのサービスを受ける。プロセッサは,SPUの全てのサービス回路に対して,フレーム選択及びプロトコル処理の機能を果たす(【0053】)。

カ エコー・キャンセラーは,電話網からのトラヒックを集中ハイウェイから受信し,電話網に向かうトラヒックを集中ハイウェイに送り出す。集中ハイウェイは,64Kbps のタイムスロットを伝送する受動直列TDMバスである(【0059】)。

TDMバス・インタフェースにより,集中ハイウェイがTDMバスに接続される。インタフェースは,集中ハイウェイとバスとの間でタイムスロット交換(TSI)機能を果たす。この動作は,クロック信号によってタイミングが取られ,変換維持ユニットにより制御される。ユニットは,音声符号器モジュールのコントローラの指示により,セルごとに集中ハイウェイからバスへタイムスロットを割り当てる機能を果たす(【0060】)。

回路により出力される送信割り込み信号及び受信割り込み信号の変位には,ボコーダの各クロックの出力信号に相応の変移を起こさせることにより,ボコーダのトラヒック・フレーム送信時刻を遅らせたり早めたりするように変化させ,かつ,ボコーダのトラヒック・フレーム受信時刻を変化させることにより,ボコーダの動作をプロセッサの時間変移された動作に揃えることが必要となる。しかし,この揃える瞬間に,ボコーダは,割り込み信号を進めるべきか又は遅らせるべきかの判断によって,通常の標本の代わりに,それぞれPCM標本を回路から収集するだけの時間を経た後に呼トラヒックのトラヒック・フレームをプロセッサに送らなければならず,さらにPCM標本の期間内に呼トラヒックのフレームを回路に出力しなければならない。この状態を補償するために,プロセッサは,回路に命じて,サービス回路に対する信号に時間転移を起こさせるようにすると同時に,この同じサービス回路のボコーダに命じて,そのPCM出力から1つのPCM標本バイトを落とすようにさせ,さらにそのPCM入力において付加的に1つのPCM標本バイトを生成させる。ボコーダがこれらを行う結果として,ボコーダのトラヒック・フレームの入力及び出力の動作が,PCM標本の出力及び入力の動作にそれぞれ揃うようになる(【0097】【図21】【図22】)。

キ クロック回路は,TDMバスに接続されており,通常の要領でこれからタイミング情報を引き出し,この情報を種々の速度のクロック信号の形で分配する。TDMバスの動作は,電話網に同期されているので,クロック回路により,種々の要素の動作が電話網のマスター・クロックに同期する(【0062】)。

移動無線電話,セル及びチャネル要素の各動作は,全地球的測位衛星によって放送される信号などの共通のタイミング信号によって駆動され,同期化される。各セルは20ミリ秒のセル・クロック信号を獲得し,このクロックが誘引となって,20ミリ秒ごとの時刻において,呼に関係する各チャネル要素が対応する移動電話への送信を行う(【0080】)。

各時刻に呼トラヒックを送るために,チャネル要素は送信の時刻の最小の期間だけ前の時刻には呼トラヒックを受信しなければならない。チャネル要素は,前の送信の時刻の僅か後で現在の送信に関する受信期限の僅か前に存在する時間枠の期間内に,送信情報を受信することが望ましい。このように,時間枠により,小さな時間的変動に対して余裕が与えられる。しかし,呼が確立されつつあるときは,その呼を扱うチャネル要素が,送信するための呼トラヒックのパケットをSPUからいつ受信するかは不明である。これは,移動電話交換機の動作が,セルのクロックとは異なるクロックによって制御され,このクロックが,セル・クロックから独立しており,同期していないからである(【0081】)。

ク 移動電話では,アクセス・チャネル上で呼び出される電話の電話番号を伝える ORIGINATION 信号を送信することによって呼を開始する。同信号は,セルの中の1つにおいてDCMAアクセス・チャネルとして設計されたチャネル要素によって受信され,クラスタ・コントローラに送られ,さらに,そのセルのコントローラに渡される。各コントローラは,その呼を送るための自由なCDMA空中チャネルを指定後,指定したチャネルの対応するチャネル要素の識別情報とともにメッセージを通常の要領でECP複合装置に送る(【0110】)。

DCSコントローラは,呼び出された電話番号を伝えるとともに,選択されたSCM,トランク群及びサービス回路を特定するメッセージを受信すると,これに応じて,選択されたSCMのコントローラに,特定されたトランク群のトランク(DS0チャネル)を捕捉させ,その捕捉されたトランク上に呼び出された電話番号をパルス出力させる。選択されたトランクは,TDMバス上の特定のタイムスロットに応答する。また,DCSコントローラは,選択されたサービス回路を収容している音声処理ユニットの変換維持プロセッサに,DS0チャネルをTDMバスからTDMバス・インタフェースを介して選択されたサービス回路に割り当てられた集中ハイウェイのタイムスロットに接続させることにより,サービス回路に問題の呼を処理するように指示する(【0114】)。

しかし,呼の確立途上において,チャネル要素がプロセッサからパケットをいつ受信するか不明であるから,プロセッサがチャネル要素から情報パケットを受信する時刻も不明である。チャネル要素とSPUとの間で呼の経路が最初に確立され,さらにこれらの間で空のトラヒックが流れ始めると,チャネル要素からのパケットは,枠の外側にある時刻,さらに最悪の場合には,後の時刻にプロセッサによって受信される。プロセッサは,チャネル要素がパケットを送信する時刻を変更することはできないので,それらのパケットをプロセッサが受信する時刻も変更できない。プロセッサは,ボコーダにフレームを送る時刻を変更できるだけである。時刻が枠の外にある場合,プロセッサがパケットを受信する時刻を枠の中に安全に位置付けるために,プロセッサは,ボコーダにフレームを送る時間を調節しなければならない期間を決定する。次に,プロセッサは,適応同期回路にコマンドを送り,対応するサービス回路に対する受信割り込み信号を指定した量だけ調節させる。回路は,これに応じて,受信した割り込み信号を指定された期間だけ変更する。このように,プロセッサからボコーダへのフレーム送信時刻が変更されることによって,プロセッサにおけるパケット受信時刻が枠内に移される(【0090】)。

2  取消事由1(本件補正が要旨変更に該当するとした判断に係る誤り)について

(1)  特許請求の範囲の記載について

ア 本件当初発明1は,「無線電話通信システム」が複数の「セル」と,複数の「通信リンク」とともに少なくとも1つの「交換システム」を備える構成,「セル」が「サービス地域に位置する無線電話」に対して「無線電話の呼サービス」を「提供する」機能を有する構成,「交換システム」が「セル」との間で「リンクを介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝える」機能を有する構成,「セル」が備える「第1の手段」と「交換システム」が備える「第2の手段」とにより,無線電話からの音声の呼トラヒック(入トラヒック)の無線受信に応じて,セルが「入トラヒックを運ぶパケット」をリンクに送り,これを交換システムがその着信先に送るために受信する構成,呼の出トラヒックを受け取ったことに応じて,交換システムが「出トラヒックを運ぶパケット」をリンクに送り,これをセルが無線送信のために受信する構成,セル及び交換システムとリンクとのパケットの送受信は,「パケットを統計的に多重化された形式」で行われる構成を有していることは,特許請求の範囲の記載から明らかである。

イ 本件補正は,本件当初発明に,「交換システム」が備える「第2の手段」につき,さらに,「当該交換システムが送信する送信パケットの着信先であるユーザ端末にサービスするセルにおいて所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるように出トラヒックを運ぶパケットを当該交換システムが送信する時刻を制御する」機能を担う手段と「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する」機能を担う手段(本件構成)を有すること,出トラヒックを運ぶパケットを当該交換システムが送信する時刻を制御する目的は,交換システムが送信する送信パケットの着信先であるユーザ端末にサービスするセルにおいて所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるようにするためであること,入トラヒックを交換システムが送信する時刻を制御する目的は,入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に交換システムで受信されるようにするためであることを特定するものである。

ウ 本件発明における「無線電話通信システム」が備える「交換システム」は,特許請求の範囲の記載において,システムを構成する内部機器等の具体的構成を限定するものではないが,一定の形状や構造を有する実体を有することが前提となっていることは明らかである。

また,本件発明における「送信」及び「受信」という文言も,本件特許の特許請求の範囲の記載における「伝える」「送り」「受信する」「送り出し」「送信する」「受信される」という各文言と同様に,「外へ(送信)」及び「外から(受信)」という意義を当然に含んでいるということができる。出トラヒックに関する「セルによってサービスされる無線電話に向かって出て行く音声呼トラヒックを受け取り,これに応じて個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化された形式で前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上に送り出」すとの記載における「受け取り」及び「送り出し」についても,「外部からの受信」及び「外部への送信」を意味するものと解されるから,本件構成についても,同様に解するのが相当である。

したがって,特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項(発明特定事項)を記載すべき特許請求の範囲の記載において,送信及び受信の主体が一定の形状や構造を有する意義を持つ「交換システム」であると記載されている以上,「交換システム」による「送信」及び「受信」は,「交換システム」の内部手段と区別された外への出口及び外からの入口において行われるというべきである。

エ 以上によると,本件構成における「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段」については,これを「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する手段」を意味するものと解するのが相当である。

そして,本件発明2は,本件発明1を引用し,第2の手段がさらに出トラヒック及び入トラヒックの「コピー」に係る所定の機能を担う第3の手段を備える構成に限定するものであるから,同様に,上記手段を有するものである。

(2)  本件当初明細書について

ア 本件当初明細書におけるDCS(DCS201)が,本件当初発明における「交換システム」に相当するところ,「交換システム」の「入トラヒックを運ぶパケット」の受信及び着信先への送信に係る時刻の制御については,本件当初明細書の記載(【0088】~【0105】【図20】【図22】)のうち,特に前記1(5)クの【0090】によれば,DCS中の音声符号機モジュールのプロセッサによって,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御するものである。そして,DCSには,ボコーダ以降にTDMバスへのインタフェース等が存在するから,プロセッサからボコーダへの送信が,「交換システム」の「出口」からの送信であるということはできない。

また,前記1(5)カの【0059】【0060】【0097】【図21】【図22】によれば,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御することにより,ボコーダ以降における着信先への「送信」の時刻の変化が生じるものであるが,当該制御の後において,プロセッサから交換システムの出口までの間には多数の処理回路が存在しており,ボコーダにおいてPCM標本バイトを落としたり付加的に生成する制御を通じて補償が行われ,また,TDMバスへのインタフェースにおいてタイムスロットに割り当てられて多重化される際,送信時刻の再調整が行われることからすると,交換システムから着信先への送信に係る時刻の変化は,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御することによって生じた変化に対応するものではない。

さらに,本件当初明細書によると,本件当初発明は,伝送の端点を除くシステムの全てのノードにおけるパケット・プロトコルの処理を排除することを課題とする(【0012】)ものであり,DCSにおいては,プロセッサにおいてパケット・プロトコルが終了する(【0052】【0053】)から,プロセッサ以降の部分において,所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるための制御を行うことは,通常,不可能である。パケット・プロトコル終了以降において,所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるための制御を行うことが,本件出願日当時,周知技術であったということもできない。

イ 以上によると,本件当初明細書に記載された時刻の制御は,交換システムの内部構成におけるプロセッサからボコーダに送信される時刻を制御することを意味するものであって,「交換システム」の「出口」から「送信」する「時刻」を制御するものではないというべきである。

(3)  本件審決の判断の是非

ア 本件発明は,「交換システム」が備える「第2の手段」において,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する」構成(本件構成)を有するものである。

これに対し,本件当初発明は,本件構成を有するものではない。また,本件当初明細書に記載された時刻の制御は,プロセッサによって行われ,その内容は,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御するものであるところ,当該制御によっては,入トラヒックについて交換システムの出口が送信する時刻を制御することはできないものである。さらに,パケット・プロトコルを終了させるプロセッサ以降において,所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるための制御を行うことが,本件出願日当時,周知技術であったということもできない。

したがって,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御する技術的事項を開示するにすぎない本件当初明細書には,交換システムの出口から送信する時刻を制御することは記載されておらず,また,当業者が,本件当初明細書の記載から,本件構成に係る技術内容が記載されているものと理解することはできないというべきである。

イ 以上によると,本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載された時刻の制御は,「交換システム」の「出口」から「送信」する「時刻」を制御するものではないから,本件構成は,本件当初明細書の記載の範囲内のものということはできず,本件補正は,本件当初明細書の要旨を変更したものというほかない。

(4)  原告の主張について

ア 原告は,本件発明1において受信される対象は「パケット」であるから,受信場所は「ボコーダ以前」であることは明らかであること,「当該交換システムで受信される」とは,交換システムのうち,「ウィンドウ時間が設定される場所での受信」を意味すること,「ウィンドウ時間」とは,「パケットの受信が期待される一定の時間の範囲(時間枠)」を意味し,「送信される時刻の前」に「所定のもの」として設定されるものであることからすると,バッファの前に,入トラヒックの送信時刻と一定の関係性を有するものとして設定される必要はあるが,場所的限定を付し,交換システムの「入口」での受信と解すべき理由はないと主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件発明において,「交換システム」という文言は,これらの機能を担う手段が一定の形状や構造を有する実体を伴う意義を有すること,「受信」という文言が「外から」という意義を当然に含むことなどからすると,「交換システム」での「受信」とは,その「内部手段」とは区別された「入口」において,「外から」「受信」することを意味することは明らかである。

イ 原告は,本件発明1において,「当該交換システムが送信する時刻」「当該交換システムから送信される時刻」という文言は,交換システムのどの部分が送信する時刻を意味するのかについて限定するものではなく,「から」という助詞が用いられていることのみに基づいて,交換システムの具体的な部分を起点とした送信であることを導くことはできないし,送信時刻の一定時間前のウィンドウ時間が,送信時刻を制御すると連動して動くという関係性を有する送信時刻は,交換システム内部の送信場所においても観念し得るから,送信時刻を「交換システムの出口からの送信時刻」と解釈すべき理由とはならない,技術的な観点からしても,PSTNに接続され,ボコーダ以降はPCMサンプルによる通信を行う交換システムでは,当業者は,制御対象である「送信する時刻」を「交換システムの出口から送信する時刻」と解釈することはあり得ないと主張する。

しかしながら,原告の上記主張は,本件発明の特許請求の範囲の記載が,送信時刻について,交換システムのいずれの部分における送信時刻であるかについて限定していないことを前提とするものであるが,本件発明では,「交換システム」が備える「第2の手段」において,入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御するものであると認められ,しかも,このような認定は,「から」という助詞が用いられていることのみに基づくものではない以上,原告の主張はその前提自体が誤りである。

また,本件補正後の特許請求の範囲の記載について,本件補正明細書の記載を参酌するとしても,同明細書に記載された交換システムも,セル相互モジュール(CIM)と音声符号器モジュール(SCM)とを有する構造及び形状のものである(【0030】【0050】等)から,「交換システム」という文言を一定の形状や構造を有する実体を伴う意義を有するものとして用いているということができる。そして,「送信」及び「受信」という文言が「外へ」及び「外から」という意義を当然に含んでいることなどからすると,「送信する時刻」がボコーダより前の送信時刻である必要があることや交換システムがPSTNに向けた出線においては「複数の呼のトラヒック」を「多重化」して送信するように設計されていることが本件当初明細書に記載されていたとしても,これらの事項が本件補正後の特許請求の範囲の記載における「交換システム」からの「送信」に対応するものとして認定することはできない。

ウ 原告は,本件発明は,ウィンドウ時間を用いた送信時刻制御という交換システムの「機能」を技術思想として提供するものであり,このような機能を交換システムのどこで,いかなる内部機器の配置をもって実施するかは,技術常識の制約を受けるとしても,当業者の設計次第であって,被告らが主張する場所的な特定が必要となるものではない,本件当初明細書の記載を参酌すると,「所定のウィンドウ時間」とは,実施例における時間枠1402のように,送信時刻を基準として,送信時刻の一定時間前に設けられる(送信時刻に連動して動く)ものであり,「制御」とは,実施例における【図20】の「送信時刻1406」を「送信時刻1407」に遅らせたり,【図22】の「送信時刻1406」を「送信時刻1606」に早めたりするものであると解されると主張する。

しかしながら,前記のとおり,「交換システム」での「送信」とは,その「内部手段」とは区別された「出口」において「外へ」「送信」することを示すことが明らかであるところ,原告が主張する本件当初明細書におけるプロセッサからボコーダに送信される時刻に関する制御は,当該制御の後において,プロセッサから交換システムの出口までの間に多数の処理回路が存在しており,送信時刻についても種々の再調整が行われているから,交換システムの内部手段から他の内部手段への送信に係るものというべきである。そして,仮に,「ウィンドウ時間を用いた送信時刻制御という交換システムの「機能」」について発明特定事項として記載するのであれば,一定の形状や構造を有する実体を伴う意義を有する「セル」や「交換システム」とは異なる文言により,送信や受信の主体を特定することも可能であったというべきである。本件特許の出願人が,「送信」及び「受信」の主体を,あえて「交換システム」であるとした以上,「交換システム」が「内部手段」と区別された「出口」及び「入口」を有するか否か,各々の機能を交換システムのどの場所で行うかについては,機能的な関係に係る技術思想の側面から発明を特定するに当たって必要がない旨の原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であるというほかない。

エ 原告は,「所定のウィンドウ時間内に・・・受信」という文言や所定のウィンドウ時間との関係性及び技術常識を無視して,「交換システムの入口で受信し,交換システムの出口で送信する構成」を含むとする認定自体が誤りである,機械や通信の分野に係る発明において,発明とは直接的な関連性を有するとは限らない部材や機能が特許請求の範囲の記載に形式的に含まれているからといって,直ちに同記載が広汎にすぎ,特許請求の範囲の記載に係る補正が要旨変更に該当するということはできないと主張する。

しかしながら,前記のとおり,特許請求の範囲の記載の「交換システム」という文言は,これらの機能を担う手段が一定の形状や構造を有する実体を伴う意義を有すること,「受信」という文言が「外から」という意義を当然に含むことなどからすると,「交換システム」での「受信」とは,その「内部手段」と区別された「入口」において「外から」「受信」することを示すことは明らかであって,技術常識を無視したものということはできない。

また,特許請求の範囲の記載において,「送信」及び「受信」の主体が「交換システム」であると記載されていることからすると,本件発明の「交換システム」における「送信」及び「受信」が行われる「出口」及び「入口」が,発明とは直接的な関連性を有するとは限らない部材や機能として特許請求の範囲の記載に形式的に含まれている事項であるということはできない。

オ 原告は,「入トラヒックを・・・送信する時刻」という文言は,特定のトラヒックの「送信時刻」の制御について規定しており,プロセッサにおける送信時刻の調整に応じて,特定のトラヒックのPCMサンプルの送信時刻は調整された量だけ早まったり遅くなったりするものであるから,プロセッサにおける制御は,ひいては「交換システムの出口からの当該トラヒックの送信時刻」の制御を意味するということができると主張する。

しかしながら,前記のとおり,交換システムから着信先への送信に係る時刻の変化は,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御することによって生じた変化に対応するものではないから,「交換システム」の「出口」における時刻の変化は,プロセッサにおける制御の結果ではないし,間接的に制御されているということもできない。

カ 以上によると,原告の前記主張は,いずれも採用できない。

(5)  小括

よって,本件構成を有する本件発明は,本件当初明細書に記載されたものではないから,本件補正は,本件当初明細書の要旨を変更するものであるとした本件審決の判断に誤りはない。

したがって,本件出願日は,本件補正日である平成8年7月31日に繰り下がることから,本件発明の対応米国特許の明細書である引用例(甲1)は,本件出願前に頒布された刊行物であると認められ,引用例の記載によれば,本件発明1が,引用例の特許請求の範囲の請求項6に記載された発明と同一であり,本件発明2が同請求項1に記載された発明及び同請求項21に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとの本件審決の判断に誤りはないものと認められる。

3  取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について

本件補正は,本件当初明細書の発明の詳細な説明については,【0034】における先行技術文献に関する記載を変更したものにすぎず,本件当初明細書の発明の詳細な説明と,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件当初発明及び本件発明の技術内容に係る記載において異なるものではない。

原告は,本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されているものであることを前提として,サポート要件に係る本件審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら,前記2のとおり,本件構成は,本件当初明細書に記載されたものではないというべきであるから,原告の主張は,その前提自体を欠く。

したがって,取消事由2には理由がない。

4  取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について

原告は,本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されているものであることを前提として,実施可能要件に係る本件審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら,前記2のとおり,本件構成は,本件当初明細書に記載されたものではないというべきであるから,原告の主張は,その前提自体を欠く。

したがって,取消事由3にも理由がない。

5  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)

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