大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10405号 判決 2012年9月19日

原告

被告

特許庁長官

指定代理人

長島和子

東治企

石川好文

田村正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2010-23029号事件について平成23年10月17日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,容易想到性である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,名称を「落ちない栞」とする発明についての平成18年3月3日の特許出願(特願2006-100135,優先権主張:平成17年3月13日,同年8月30日,同年9月20日,同年11月8日,平成18年2月17日)の一部を,平成21年11月18日,新たな特許出願(特願2009-278902,甲1)とし,平成22年3月25日付けの手続補正(甲2)及び同年6月21日付けの手続補正(甲3)をしたが,同年7月23日付けで,同年6月21日付けの補正を却下する決定(甲4)及び拒絶査定(甲5)を受けたので,同年9月24日,不服の審判(不服2010-23029号,甲6)を請求するとともに手続補正(本件補正。甲7)をした。特許庁は,平成23年10月17日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年11月6日,原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  本件補正によるもの(補正発明,甲7。下線は,補正箇所を明示するために付した。)

【請求項1】

折山を有する折り曲げ可能な縦長状の栞本体と,前記栞本体は前記折山により二分された一方の面の内側に取り付けられたヒモとを備え,前記栞本体は前記縦長状の栞本体の縦長の辺のいずれか一方の辺に偏った部分の折山の頂部に設けられた穴を有し,前記ヒモは前記穴によって栞本体を貫通して本のページ間の移動専用に使用され本のページの隙間に前記ページの頭頂部から下部に向かって挿入されて使用可能であることを特徴とする栞。

(2)  本件補正前のもの(補正前発明。平成22年3月25日付け手続補正書(甲2)記載のもの)

【請求項1】

折山を有する折り曲げ可能な縦長状の栞本体と,前記折山により二分された一方の面の内側に取り付けられたヒモとを備え,前記折山の頂部には穴を有し,前記ヒモは前記折山の頂部の前記穴によって栞本体を貫通して本のページ間の移動専用に使用され本のページの隙間に前記ページの頭頂部から下部に向かって挿入されて使用可能であることを特徴とする栞。

【請求項2】

折山を有する折り曲げ可能な縦長状の栞本体と,前記折山により二分された一方の面の内側に取り付けられたヒモとを備え,前記栞本体は前記縦長状の栞本体の縦長の辺のいずれか一方の辺に偏った部分の折山近傍に設けられた穴を有し,前記ヒモは前記穴によって栞本体を貫通して本のページ間の移動専用に使用され本のページの隙間に前記ページの頭頂部から下部に向かって挿入されて使用可能であることを特徴とする栞。

3  審決の理由の要点

(1)  審決は,「補正発明は,刊行物1に記載された発明,刊行物2に記載の事項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。」,「補正前発明も,刊行物1に記載された発明,刊行物2に記載の事項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた。」と判断した。

(2)  上記判断に際し,審決が認定した刊行物1(実願昭58-11851号(実開昭59-118562号)のマイクロフィルム,甲10)に記載された発明(引用発明),刊行物2(実願昭62-191499号(実開平1-95372号)のマイクロフィルム,甲11)に記載の事項,補正発明と引用発明との一致点及び相違点並びに相違点に対する判断,補正前発明と引用発明との対比・判断は,以下のとおりである。

ア 引用発明

短延面(2)と長延面(3)からなり,短延面(2)の先端部(4)が長延面に接触するよう,やや弾性を有した合成樹脂素材平板をU字型に変形させ,湾曲部のほぼ中央を通して本体部分の内外両側にひも(5)を配し,長延面(3)のU字型変形内側面上端部にひも(5)を固着したしおりカードであって,

これを使用する時は,書籍等の表紙に短延面(2)と長延面(3)によりはさみ込み,ひも(5)を再読する頁にはさみ込み,

今までのようにしおりが本から落脱することもない

しおりカード。

イ 刊行物2に記載の事項

本からの脱落を図り,本の頁を挟むしおりにおいて,縦長状の本体を折り曲げて2つ折りにすること

ウ 補正発明と引用発明との一致点及び相違点

(ア) 一致点

曲げ部を有する栞本体と,前記栞本体は曲げ部により二分された一方の面の内側に取り付けられたヒモとを備え,前記栞本体は曲げ部に設けられた穴を有し,前記ヒモは前記穴によって栞本体を貫通して本のページ間の移動専用に使用され本のページの隙間に前記ページの頭頂部から下部に向かって挿入されて使用可能である栞。

(イ) 相違点1

栞本体に関し,補正発明は「折山を有する折り曲げ可能な縦長状の」及び「折山により」二分され,と特定されているのに対し,引用発明は,湾曲部を有し,湾曲部で短延面(2)と長延面(3)が区分されているものの,補正発明のように折山を有するものとはいえず,折り曲げ可能な縦長状のものともいえない点。

(ウ) 相違点2

穴の位置に関し,補正発明は「縦長状の栞本体の縦長の辺のいずれか一方の辺に偏った部分の折山の頂部」と特定されているのに対し,引用発明の穴の位置は,補正発明のような位置ではない点。

エ 相違点の判断

引用発明は「使用する時は,書籍等の表紙に短延面(2)と長延面(3)によりはさみ込み」,「今までのようにしおりが本から落脱することもない」ものであるが,合成樹脂素材平板をU字型に変形させているので,製造の際に変形させるための装置を要するものである。しおり本体を簡単にしかも安価に製造することは自明の課題であるから,本からの脱落を図り,本の頁を挟むしおりに関する刊行物2に記載の事項を引用発明の本体部分に適用し,縦長状の本体を折り曲げて2つ折りにすることは,当業者が容易になし得る程度のことである。

刊行物2に記載の事項を適用した引用発明の栞本体は,折山を有する折り曲げ可能な縦長状のものとなり,折山により二分されたものとなり,折山の頂部に穴を有するものとなる。

縦長状の栞本体の縦長の辺のいずれか一方の辺に偏った部分にヒモを取り付け,従来の本に固着されたヒモと同様に使用できる栞は,本願の優先権主張日前に周知である(以下「周知技術」という。例.実願昭60-84656号(実開昭61-200271号)のマイクロフィルム(甲12),実願昭62-20333号(実開昭63-128057号)のマイクロフィルム(甲13))。

引用発明において,ヒモの位置をどこにするかは,適宜選択し得ることであり,従来の本に固着されたヒモと同様に使用できるようにするべく,引用発明に上記周知技術を適用して,縦長状の栞本体の縦長の辺のいずれか一方の辺に偏った部分にヒモを取り付けることは当業者が容易になし得る程度のことであり,そうすると,穴の位置は,縦長状の栞本体の縦長の辺のいずれか一方の辺に偏った部分となる。

以上のとおりであるから,補正発明の相違点1及び2に係る構成は,刊行物1に記載された発明,刊行物2に記載の事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものであり,それにより得られる効果も当業者が予測できる範囲のものである。

したがって,補正発明は,刊行物1に記載された発明,刊行物2に記載の事項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

オ 補正前発明と引用発明との対比・判断

補正前発明は,補正発明の穴の設けられた位置についての限定事項である「折山の頂部」との構成を「折山近傍」と拡張したものである。

そうすると,補正前発明の発明を特定する事項を全て含み,さらなる限定を付加したものに相当する補正発明が,刊行物1に記載された発明,刊行物2に記載の事項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,補正前発明も,同様の理由により,刊行物1に記載された発明,刊行物2に記載の事項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定についての誤り)

(1)  補正発明と引用発明は「発明目的」が異なる。補正発明は「逆V字型構造」による「密着内蔵仕様」(栞本体の内側の面同士が密着でき,本本体の内部で使用する仕様)であるのに対し,引用発明は「U字型構造」による「外付け仕様」(本の表紙に取り付ける仕様)であるから,審決が,引用発明の「本体部分」,「長延面(3)のU字型変形内側面」,「しおりカード」は,補正発明の「栞本体」,「一方の面の内側」,「栞」に相当すると認定した点は誤りである。

(2)  補正発明と引用発明は「発明目的」が異なるから,審決が,引用発明の「湾曲部」と補正発明の「折山」は,いずれも「曲げ部」の点で共通すると認定した点は誤りである。

(3)  補正発明は「折山」により明確に二分されているのに対し,引用発明は「U字型」であり,区切り目により明確に区分することができないものであるから,審決が,「栞本体は曲げ部により二分された」点で共通すると認定した点は誤りである。

(4)  補正発明は「剥離作用」が生じないのに対し,引用発明は「剥離作用」が生じるものであるから,審決が,「一方の面の内側に取り付けられたヒモを備えたもの」といえると認定した点は誤りである。

(5)  補正発明と引用発明は「発明目的」が異なり,「折山」と「湾曲部」との相違,「剥離作用」の相違があるから,審決が,「曲げ部に設けられた穴を有し」という点で共通すると認定した点は誤りである。

(6)  引用発明と補正発明は,「外付け仕様と内蔵密着仕様」,「U字型構造と平面となる折山構造」,「U字型の頭頂部と折り目により平らなものとなる折山」,「ひもの剥離作用構造とヒモが剥離しない構造」の点で相違しているのにもかかわらず,審決は,補正発明と引用発明との一致点を「曲げ部を有する栞本体と,前記栞本体は曲げ部により二分された一方の面の内側に取り付けられたヒモとを備え,前記栞本体は曲げ部に設けられた穴を有し,前記ヒモは前記穴によって栞本体を貫通して本のページ間の移動専用に使用され本のページの隙間に前記ページの頭頂部から下部に向かって挿入されて使用可能である栞。」と認定した。補正発明と引用発明との一致点は,審決が認定した一致点のうち,同様の目的を達成するヒモ部分を表現する「本のページの隙間に前記ページの頭頂部から下部に向かって挿入されて使用可能である栞。」の部分だけであり,審決が,「曲げ部を有する栞本体と,前記栞本体は曲げ部により二分された一方の面の内側に取り付けられたヒモとを備え,前記栞本体は曲げ部に設けられた穴を有し,」の部分を「一致点」と認定したのは誤りである。

2  取消事由2(補正発明と引用発明との相違点の看過)

補正発明と引用発明の相違点は,審決が認定した相違点1及び相違点2のみではなく,以下の点も相違点である。

(1)  引用発明の本体はU字型の頭頂部であるのに対し,補正発明の本体は逆V字型の頭頂部である点

(2)  引用発明の本体はU字型の空間があるので密着することはないのに対し,補正発明の本体は折り目を境に密着できる点

(3)  引用発明はU字型の頭頂部の穴を通してU字型内側面にひもを固着したのに対し,補正発明は折山の頂部の穴を貫通して折山の内側の面にひもが取り付けられる点

(4)  引用発明は剥離作用があるのに対し,補正発明は剥離作用がない点

(5)  引用発明は本本体外に装着して使用されることを目的としているのに対し,補正発明は本本体の内部に使用することを目的としている点

(6)  引用発明は本本体に密着せず,強力なはさみ込み力を有しているのに対し,補正発明は本本体内部に密着内臓され,はさみ込み力は大変小さい点

(7)  引用発明は,はさみ込み力が大きいため,強力な突破力による進入力が必要で,ひもの固着部に影響を与えるのに対し,補正発明は単に掛けるだけである点

(8)  引用発明は,以下の3つの欠陥を有しているのに対し,補正発明は欠陥を克服して以下の4つの進歩性を有している点

<3つの欠陥>

① 穴方向から固着部に作用するひもの剥離作用

② 長延面(3)と短延面(2)による強力なはさみ込み力を突破するために書籍等の表紙を強力に押しつけなければならず,ひもの固着部を直撃して剥離あるいは断絶力として作用する。

③ 強力な張力のあるひもを必要し,その強力な張力のあるひもは,本のページを引き裂く。

<4つの進歩性>

① ヒモの固着部に強力な接着力を要しない。

② ヒモに係る外力が,ヒモの固着部に剥離作用として作用しない。

③ ヒモの固着部に強力な接着力を要しないため,ヒモに強力な張力のあるものを必要としない。

④ 折山によって単に掛けることのみで,落ちない栞を実現した。

3  取消事由3(補正発明と引用発明との相違点についての判断の誤り)

(1)  引用発明は剥離作用があるのに対し,補正発明は剥離作用がない。また,強力なはさみ込み力がある引用発明を見た当業者は,引用発明に刊行物2や周知技術を適用しようと思い至らない。

(2)  補正発明は,長いヒモの大部分を穴のホルダーあるいはストッパー機能により折山内部構造内に収納でき,ヒモの一端の極一部分のみを折山頂部外に出すことによりまるで一枚の栞の様な形態を呈し,従来の1枚の栞のように取扱うことを可能とする栞であり,これは発明の詳細な説明の記載から把握できる効果であるのに,審決が,本件明細書等の記載から把握できず,自明でもない効果であると判断した点は誤りである。

第4被告の反論

1  取消事由1(補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定についての誤り)に対して

(1)  原告の主張は,①補正発明が「密着内蔵仕様」(栞本体の内側の面同士が密着でき,本本体の内部で使用するもの)であるのに対し,引用発明が「外付け仕様」(本の表紙に取り付けるもの)である点,②補正発明が「折山」を有する「逆V字型構造」であり,「折山」により明確に二分されているのに対し,引用発明は「湾曲部」を有する「U字型構造」であり,「湾曲部」により明確に区分することができない点,③補正発明は「剥離作用」が生じないのに対し,引用発明は「剥離作用」が生じる点,以上の点で相違するのに対し,審決は,この点を看過し,一致点及び相違点を認定したので誤りであるということに帰着する。

(2)  審決は,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を補正発明と認定し,補正発明と引用発明の構成について比較し,一致点と相違点を導き出し,相違点に係る構成が容易に想到し得るか否かを検討し,引用発明に相違点に係る構成を加えた発明が,当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するか否かを検討するという手法で進歩性を判断している。特許請求の範囲には,原告が主張する本本体の内部で使用することや剥離作用の記載はないから,このような点を相違点として挙げていないからといって,審決の手法が違法であるとはいえない。

(3)  原告が主張する上記(1)①について

原告は,補正発明が「密着内蔵仕様」であると主張しているが,本件補正後の請求項1の記載は,第2事案の概要2(1)記載のとおりであって,「密着内蔵仕様」という記載はなく,本願明細書(甲14)の段落【0007】に「図13及び図14でも解るように本本体の表紙に掛けて使用可能」と記載されていることからも,補正発明は,本本体の内部で使用すると限定されているものではない。したがって,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。

また,引用発明は「使用する時は,書籍等の表紙に短延面(2)と長延面(3)によりはさみ込」むものであるが,本本体を挟むことが不可能なものではないし,補正発明も引用発明も栞本体を本の紙葉の上辺に掛けておいて,ヒモを本のページの間に挟んで使用するという基本的な使い方において異なるものではない。書籍等の表紙を挟み込むように引用発明を使用した場合であっても,表紙と本本体の間に引用発明の短延面(2)と長延面(3)のいずれかが挟まれることになり,表紙と本本体の間に挟まれた短延面(2)と長延面(3)のいずれかは,本本体の内部で使用した場合の補正発明の栞本体と同様に,本に挟持され,短延面(2)と長延面(3)の間の湾曲部は,補正発明の折山と同様に,本の紙葉の上辺に掛かり,下方への落下を防止するものである。審決は,同様な機能を有するもの同士の構成を対比して,一致点と相違点を抽出しているのであるから,審決の一致点と相違点の認定に誤りはない。

(4)  原告が主張する上記(1)②について

引用発明には「長延面(3)」と「短延面(2)」の異なる用語が用いられており,2つの面がはっきり認識されている。2つの平面状部位を連結し,本の紙葉の上辺に掛かる部位であることに着目して,審決は,引用発明の「湾曲部」と,補正発明の「折山」は,「曲げ部」の点で共通すると認定したのであって,「湾曲」と「折り」との違いを認識し,相違点1として抽出し,その点の判断は示しているから,審決の一致点及び相違点の認定に誤りはない。

(5)  原告が主張する上記(1)③について

「剥離作用」については,本件補正後の請求項1には記載されておらず,発明の詳細な説明にも記載されていない。審決は,補正発明と引用発明の構成について上記(2)のとおり比較し,一致点と相違点を導き出しているのであって,「剥離作用」については,効果として把握し,「2(4)判断」の「<上記bについて>」で判断している。

したがって,審決の一致点及び相違点の認定に誤りはない。

2  取消事由2(補正発明と引用発明との相違点の看過)に対して

(1)  上記1(2)で述べたとおり,審決は,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を補正発明と認定し,補正発明と引用発明の構成について比較し,一致点と相違点を導き出し,相違点に係る構成が容易に想到し得るか否かを検討し,引用発明に相違点に係る構成を加えた発明が,当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するか否かを検討するという手法で進歩性を判断している。

(2)  原告が主張する(1)ないし(3)は,審決が認定した相違点1に帰着し,原告が主張する(4)については,上記1(5)で,原告が主張する(5)については,上記1(3)で述べたとおりである。

(3)  原告が主張する(6),(7)のはさみ込み力については,本件補正後の特許請求の範囲には何等記載されておらず,審決は,上記(1)の手法で一致点と相違点を導き出しているから,はさみ込み力に関して審決が相違点として挙げていないからといって審決が相違点を看過しているものではない。

また,補正発明のはさみ込み力が小さいことが,「折山」を有することに起因しているのであれば,審決は「折山」については相違点1として抽出し,その点の判断は示しているから,審決は相違点を看過しているものではない。

なお,上記1(3)で述べたとおり,書籍等の表紙を挟み込むように引用発明を使用した場合であっても,表紙と本本体の間に引用発明の短延面(2)と長延面(3)のいずれかが挟まれることになり,表紙と本本体の間に挟まれた短延面(2)と長延面(3)のいずれかは,本本体の内部で使用した場合の補正発明の栞本体と同様に,本に挟持されるから,引用発明のはさみ込む力は,それ程強い必要はなく,表紙から離れない程度のもので足りる。したがって,引用発明のはさみ込み力が大きいことを主張する原告の主張は,刊行物1の記載に基づくものではない。

(4)  原告が主張する(8)の引用発明の欠点について,審決は,上記(1)の手法で一致点と相違点を導き出しているから,欠点に関して審決が相違点として挙げていないからといって審決が相違点を看過しているものではない。

原告が主張する(8)の補正発明の4つの進歩性のうち,接着力についての主張については,補正後の特許請求の範囲には,「・・・折山により二分された一方の面の内側に取り付けられたヒモ・・・」と記載されているだけで,接着による取付に限定されていないから,原告の主張は,補正後の特許請求の範囲の記載に基づくものではない。なお,発明の詳細な説明(甲14)には「2個の穴DにヒモEの一方の端であるヒモE-1を結び」(3頁31行),「ヒモE-3の端にヒモの結び目を有するか又は留具類が取り付けられている」(3頁42行),「図7は折山Cのある栞本体の前記折山C頂上近傍に通常の取り付け方法によって,長いヒモを針に通されたヒモを栞本体に針により強引に貫通させることにより取り付けたり,折山近傍に穴などをあけて貫通させて取り付けたり,縫い付けたり,接着剤などで取り付けた状態の図である」(4頁2~5行),「図10に示された栞はヒモの一方の端部K(以下「ヒモK」という。)が抜けどめ防止部としての結び目を有していて」(5頁4~6行)と記載され,接着以外の種々の取付が記載されている。

仮に,補正発明が接着によりヒモを取り付けたものであるとしても,栞本体に接着によってヒモを取り付けることは,周知技術(乙12:「シート主体」が栞本体に相当し,紐6は,感圧接着剤2で取り付けられている。乙13:「板1」が栞本体に相当し,紐2を接着することが記載されている。乙14:「ベースシート1」が栞本体に相当し,両面接着テープで栞紐2を接着することが記載されている。)であるから,引用発明に刊行物2(甲11)に記載の事項を適用する際に,栞本体に接着によってヒモを取り付けることは,当業者が容易になし得る程度のことである。

剥離作用については,上記1(5)で述べたとおりであり,「折山」については,審決が認定した相違点1に帰着する。

したがって,審決が認定した相違点に誤りはない。

3  取消事由3(補正発明と引用発明との相違点についての判断の誤り)に対して

(1)  上記1(5)で述べたとおり,「剥離作用」については,本件補正後の請求項1には記載されておらず,発明の詳細な説明にも記載されていない。平成23年3月22日付け回答書(甲9)の6頁26~29行には「本願は,折山を支点として両方の手の平で拝むように密着して畳まれた折山内部構造内の面に取り付けられたヒモの固着部にかかる外力の方向が折山内部の面に沿って折山頂部の穴方向に特定され,固着部に剥離するような力が作用しません。」と記載されており,原告は,折山により二分された一方の面の内側に取り付けられたヒモであるが故に剥離作用がないことを主張しているものと解される。審決は,折山について,相違点1で挙げ,引用発明において,補正発明の相違点1及び2に係る構成を採用することが容易想到であることを判断し,補正発明の相違点1及び2に係る構成を有する引用発明において,原告が主張する「剥離」に関する作用効果は自明のものと判断した。

審決は,引用発明に刊行物2に記載の事項を適用する理由を,「引用発明は『使用する時は,書籍等の表紙に短延面(2)と長延面(3)によりはさみ込み』,『今までのようにしおりが本から落脱することもない』ものであるが,合成樹脂素材平板をU字型に変形させているので,製造の際に変形させるための装置を要するものである。しおり本体を簡単にしかも安価に製造することは自明の課題であるから,本からの脱落を図り,本の頁を挟むしおりに関する刊行物2に記載の事項を引用発明の本体部分に適用し,縦長状の本体を折り曲げて2つ折りにすることは,当業者が容易になし得る程度のことである。」(6頁3~10)と判示したが,補正発明で栞本体に折山を設けたことと引用発明で合成樹脂平版をU字型に変形させて湾曲部を設けたこととは,上記1(3)で述べたように,機能的には同様であって,この点に関して引用発明が補正発明と形態上の相違があるとみても,それは,刊行物2記載の事項を勘案すれば,当業者が容易になし得る程度のものである。

また,折り曲げた栞本体でヒモを支持することは,栞において一般的なこと(乙12,乙15)であるから,ヒモを支持している栞である引用発明に刊行物2に記載の事項を適用することは容易想到であると判断した審決に誤りはない。

(2)  原告は,長いヒモの大部分を折山内部構造内に収納することは,本願の発明の詳細な説明の記載から把握できる効果である旨主張するが,補正後の特許請求の範囲には,ヒモの長さについての特定もヒモが栞本体の穴を出入り自在である旨の記載もないし,本願の発明の詳細な説明には,原告主張のような効果は記載されていない。

原告は,本願の図8,図10~12や前記図に関連する記載から長いヒモの大部分を折山内部構造内に収納できることを把握できる旨主張するが,図8,図10~12等に記載されたものにおいて,長いヒモの大部分を折山を有する栞本体内に収納できるとしても,図8,図10~12等に記載のような特殊なヒモの配置によって初めて長いヒモの大部分を折山を有する栞本体内に収納できるものである。補正発明は,図8,図10~12等に記載のような特殊なヒモの配置については特定されていないから,原告主張のような効果は,補正発明のものではない。

仮に,原告の主張する効果が,補正発明の構成から自明であるとするならば,引用発明においても当業者にとって自明の効果であるというべきである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定についての誤り)について

(1)  審決の当否について

栞本体の形状に関して,補正後の請求項1には,「折山を有する折り曲げ可能な縦長状」のものであること,及び,「前記栞本体は前記折山によって二分された」ものであることが特定されている。これらの発明特定事項の技術的意義は一義的に明確で,誤記も存在しない。したがって,本願明細書や図面を参酌すべき特段の事情は存在しないから,補正発明の要旨は,原則どおり,特許請求の範囲の記載,すなわち本件補正後の請求項1の記載に基づいて認定すべきものである。そうすると,補正発明と引用発明とを対比する際,補正後の請求項1に記載された発明特定事項との関係において構成の異同を認定すれば足り,そこに記載されていない事項を考慮する余地はない。

審決は,補正後の請求項1に記載された発明特定事項との関係において,栞本体につき「補正発明は『折山を有する折り曲げ可能な縦長状の』及び『折山により』二分され,と特定されているのに対し,引用発明は,湾曲部を有し,湾曲部で短延面(2)と長延面(3)が区分されているものの,補正発明のような折山を有するものとはいえず,折り曲げ可能な縦長状のものともいえない点」を相違点1として挙げている。この相違点1の認定は,特許請求の範囲の記載に則ったものであり,審決の認定に違法はない。

(2)  原告の主張について

ア 原告主張の取消事由1は,補正発明と引用発明には,栞本体に関して,

① 補正発明は「密着内蔵仕様」であるのに対し,引用発明は「外付け仕様」である,

② 補正発明は「折山」を有する「逆V字型構造」であるのに対し,引用発明は「湾曲部」を有する「湾曲U字型構造」である,③補正発明は「剥離作用」が生じないのに対し,引用発明は「剥離作用」が生じる,の各相違点があることを前提とするものである。

イ ①補正発明が「密着内蔵仕様」であるとの点については,補正後の請求項1には,栞本体につき「折山を有する折り曲げ可能な縦長状」のものである点,及び,「前記栞本体は前記折山によって二分された」という発明特定事項が記載されているにとどまり,それとは別に「密着内蔵仕様」(栞本体の内側の面同士が密着でき,本本体の内部で使用するもの)については記載されていない。

本願明細書(甲1)の段落【0007】には,「図13及び図14でも解るように本本体の表紙に掛けて使用可能」と記載されているとおり,栞本体の使用形態としては,本本体の内部で使用する形態以外,すなわち,本本体の表紙に掛けて使用する形態も存在することが明確に示されている。そうすると,補正発明は,栞本体の使用形態を本本体の内部で使用するものに限定するものではない。栞本体の内側の面同士が密着できるか否かは,栞本体の材質や厚み,内側の面同士の隙間,本の頁や表紙の厚み等に依存するが,補正発明はこれらを特定していない。

よって,補正発明を「密着内蔵仕様」に限定すべき理由はなく,上記①の相違点の看過があるとの原告主張は,理由がない。

ウ ②補正発明は「折山」を有する「逆V字型構造」であるのに対し,引用発明は「湾曲部」を有する「湾曲U字型構造」であるとの点については,審決は,補正発明の「折山」及び引用発明の「湾曲部」は,共に曲がっているものであることに着目して,「曲げ部」という抽象的な表現で上位概念的に一致点を認定する一方,具体的な構造の違いについては相違点1の中で「折山」と「湾曲部」として認定している。

原告が主張する「逆V字型構造」と「湾曲U字型構造」の違いは,審決が認定した「折山」と「湾曲部」との違いに相当するものであり,上記②の相違点の看過が存在するとの原告主張は理由がない。

エ ③補正発明は「剥離作用」が生じないのに対し,引用発明は「剥離作用」が生じるとの点については,補正後の請求項1には「剥離作用」の記載がなく(発明の詳細な説明にも記載されていない。),相違点③の看過が存在するとの原告主張は,請求項の記載に基づかないものであり,理由がない。

(3)  よって取消事由1には理由がない。

2  取消事由2(補正発明と引用発明との相違点の看過)について

原告が主張する,(1)引用発明の本体はU字型の頭頂部であるのに対し,補正発明の本体は逆V字型の頭頂部であるとの点は,審決が認定した相違点1と実質的な違いはないから,審決にその点の相違点の看過はない。

原告が主張する,(2)引用発明の本体はU字型の空間があるので密着することはないのに対し,補正発明の本体は折り目を境に密着できるとの点は,補正後の請求項1には密着できるとの記載はなく,そこに相違点の看過はない。

原告が主張する,(3)引用発明はU字型の頭頂部の穴を通してU字型内側面にひもを固着したのに対し,補正発明は折山の頂部の穴を貫通して折山の内側の面にひもが取り付けられるとの点は,上記(1)と同様,そこに相違点の看過はない。

原告が主張する,(4)引用発明は剥離作用があるのに対し,補正発明は剥離作用がないとの点,及び,(5)引用発明は本本体外に装着して使用されることを目的としているのに対し,補正発明は本本体の内部に使用することを目的としているとの点は,取消事由1の(2)のエ及びイに記載した理由により,相違点の看過とはならない。

原告が主張する,(6)引用発明は本本体に密着せず,強力なはさみ込み力を有しているのに対し,補正発明は本本体内部に密着内臓され,はさみ込み力は大変小さいとの点,及び,(7)引用発明は,はさみ込み力が大きいため,強力な突破力による進入力が必要で,ひもの固着部に影響を与えるのに対し,補正発明は単に掛けるだけであるとの点は,補正後の請求項1には「はさみ込み力」について記載されておらず,また,補正発明の「はさみ込み力」が小さいことが,「折山」を有することに起因しているのであれば,審決は「折山」については相違点1として抽出・判断しているから,相違点の看過とはならない。

原告が主張する,(8)引用発明は3つの欠陥を有しているのに対し,補正発明は欠陥を克服して4つの進歩性を有しているとの点は,補正後の請求項1に記載の発明特定事項に基づくものでなく,相違点として認定すべきものではない。

よって取消事由2には理由がない。

3  取消事由3(補正発明と引用発明との相違点についての判断の誤り)について

(1)  原告は,引用発明は剥離作用があるのに対し補正発明は剥離作用がない,強力なはさみ込み力がある引用発明を見た当業者は引用発明に刊行物2の記載事項や周知技術を適用しようとは思い至らない,と主張する。

原告が主張する「剥離作用」については,補正後の請求項1にも,発明の詳細な説明にも記載されていないが,平成23年3月22日付け回答書(甲9)に「本願は,折山を支点として両方の手の平で拝むように密着して畳まれた折山内部構造内の面に取り付けられたヒモの固着部にかかる外力の方向が折山内部の面に沿って折山頂部の穴方向に特定され,固着部に剥離するような力が作用しません。」(6頁26行~29行)と記載されていることからすると,原告は,補正発明では,折山により二分された一方の面の内側にヒモが取り付けられているがゆえに,「剥離作用」が生じないのに対し,引用発明の引用発明の「やや弾性を有した合成樹脂素材平板をU字状に変形させ」た部材(弾性U字状部材)では「剥離作用」が生じる旨を主張するものと解される。

しかし,引用発明の「弾性U字状部材」に刊行物2の「しおり1」を適用すれば,補正発明と同様,ヒモを引き剥がそうとする力が生じることはない。剥離作用の有無やはさみ込み力の有無は,補正発明の「栞本体」と引用発明の「弾性U字状部材」との構成上の相違のみに起因したものであるから,刊行物2の記載事項を引用発明に適用することの阻害要因となるものではない。

よって,原告の主張は理由がない。

(2)  原告は,補正発明は,長いヒモの大部分を穴のホルダーあるいはストッパー機能により折山内部構造内に収納でき,ヒモの一端の極一部分のみを折山頂部外に出すことによりまるで一枚の栞の様な形態を呈し,従来の1枚の栞のように取扱うことを可能にする栞であり,発明の詳細な説明の記載から把握できる効果であるにもかかわらず,審決は,これを本件明細書等の記載から把握できず,自明な効果でもないと判断した点で誤りがあると主張する。

しかし,補正後の請求項1には,ヒモの長さについて特定されておらず,ヒモが栞本体の穴を出入り自在である旨の記載も存在せず,発明の詳細な説明にも,原告主張のような効果は記載されていない。

原告は,本願の図8,図10~12や前記図に関連する記載から長いヒモの大部分を折山内部構造内に収納できることが把握可能である旨を主張するが,そのような事項が補正後の請求項1に記載されていない以上,原告主張は特許請求の範囲に基づくものではない。

よって,原告の主張は理由がない。

第6結論

以上によれば,原告主張の取消事由には理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例