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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10436号 判決 2012年7月18日

原告

フーゴ・ボス・トレード・マ

ーク・マネージメント・ゲー

・エム・ベー・ハー・ウント

・コー・カー・ゲー

訴訟代理人弁護士

畠澤保

安永雅俊

弁理士

田中二郎

田中尚文

被告

ワーナーケミカル株式会社

訴訟代理人弁理士

野上敦

主文

特許庁が無効2011-890021号事件について平成23年8月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

主文同旨

第2事案の概要

本件は,商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,①本件商標と引用商標の類否(商標法4条1項11号),②本件商標がドイツ大手アパレルメーカーである「フーゴ・ボス・アクチエンゲゼルシャフト」(フーゴ・ボスAG)の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれの有無(同項15号)のほか,同項8号,19号の該当性である。(以下,「8号」,「11号」,「15号」,「19号」というときは商標法4条1項における号を指す。)

1  特許庁における手続の経緯

(1)  被告は,本件商標権者である。

【本件商標】

クールボス(標準文字)

・登録第5294247号

・指定商品 第25類「通気機能を備えた作業服,洋服,コート」

・出願日 平成21年6月23日

・登録日 平成22年1月15日

(2)  フーゴ・ボスAGの商標管理会社である原告は,平成23年3月15日,本件商標の登録無効審判(無効2011-890021号)を請求した。

特許庁は,平成23年8月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年9月1日,原告に送達された(出訴期間90日付加)。

(3)  原告は,8号該当について,「BOSS」及び「ボス」は,ドイツ最大手のアパレルメーカーであるフーゴ・ボスAGの著名な略称であるところ,本件商標は,フーゴ・ボスAGの著名な略称「ボス」を含み,かつ同社の承諾を得ていないことから,8号に該当すると審判で主張した。

(4)  原告が11号該当について審判で主張した引用商標は,次のとおりである。

【引用商標1】(登録第695865号)

file_2.jpgBOSS・指定商品 第17類に属する商標登録原簿に記載のとおりの商品

平成18年4月5日に第24類「布製身の回り品,かや,敷布,布団,布団カバー,布団側,まくらカバー,毛布」及び第25類「洋服,コート,セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽,和服,エプロン,えり巻き,靴下,ゲートル,毛皮製ストール,ショール,スカーフ,足袋,足袋カバー,手袋,布製幼児用おしめ,ネクタイ,ネッカチーフ,バンダナ,保温用サポーター,マフラー,耳覆い,ずきん,すげがさ,ナイトキャップ,ヘルメット,帽子」を指定商品とする書換登録

・出願日 昭和39年3月28日

・登録日 昭和41年1月22日

・商標権者 原告

【引用商標2】(国際登録第773035号)

BOSS

・指定商品 第9類,第14類,第18類,第24類,第25類及び第28類に属する国際登録に基づく商標権に係る商標登録原簿に記載のとおりの商品

・国際商標登録出願日 2001年8月16日

・登録日 平成15年2月28日

・商標権者 原告

【引用商標3】(国際登録第782587号)

file_3.jpgBC SS :・指定商品 第9類,第18類及び第25類に属する国際登録に基づく商標権に係る商標登録原簿に記載のとおりの商品

・国際商標登録出願日 2002年5月7日(2001年〔平成13年〕11月9日の優先権〔ドイツ〕を主張)

・登録日 平成15年8月1日

・商標権者 原告

(5)  原告は,15号該当について,服装業界,ファッション業界等において指定商品と類似する商品について本件商標に接した需要者,取引者は,本件商標がフーゴ・ボスAG,あるいは,その日本法人であるヒューゴボスジャパン株式会社と何らかの関係があると感じ,一般需要者が本件商標を付した,洋服,コート,作業服などの商品に接した場合,フーゴ・ボスAGあるいはヒューゴボスジャパン株式会社と経済的又は組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であると誤認し,商品の出所につき混同を生じると考えられるから,本件商標は15号に該当すると審判で主張した。

(6)  原告は,19号該当について,商標権者が本件商標を使用した場合,「BOSS」商標に化体した信用,名声,顧客吸引力等を毀損させるおそれがあることは明らかであるから,本件商標は19号に該当すると審判で主張した。

2  審決の理由の要点

(1)  8号該当性

原告が提出した「宣伝広告資料」中には,商品の見出しとして「BOSS」,「ボス」又は「BOSS/ボス」と表記されている箇所が僅かに散見できるが,主として用いられている表記は「ヒューゴ ボス」,「フーゴ・ボス」,「HUGO BOSS」,「ヒューゴ ボス ジャパン」又は

file_4.jpgHUGO BOSSのとおりの構成よりなる「HUGO BOSS」の文字の上段に「BOSS」の文字が大きく表されたものである。

さらに,原告が提出した「新聞記事」も,ほとんど「ヒューゴ ボス ジャパン」,「フーゴ・ボス・アクチエンゲゼルシャフト」,「ヒューゴ ボス」,「フーゴ・ボス」の文字が表記されている。

そうすると,原告が提出した証拠によっては,「HUGO BOSS/ヒューゴボス(フーゴボス)」の文字が原告の略称として使用されている事実は認められるとしても,「BOSS/ボス」の文字が用いられ原告の略称及び原告の使用に係る商標として,著名になっているものとは認められない。

したがって,原告が審判手続において提出した証拠によっては,「BOSS/ボス」は,原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の商標として本件商標の登録出願日(平成21年6月23日)当時及び現在においても周知・著名であるとは認められない。

したがって,本件商標は,8号に該当しない。

(2)  11号該当性

ア 本件商標について

本件商標は,「クールボス」の片仮名を標準文字にて同書,同大,等間隔に書され外観視覚上極めてまとまりよく一体に表されているものである。

また,本件商標は,これより生ずると認められる「クールボス」の称呼も冗長でなく無理なく一気一連に称呼し得るものである。

そして,構成中の「クール」の語が,「冷たい,素敵な,かっこいい」といった意味を有する語であるとしても,かかる構成においては特定の商品の品質等を具体的に表示するものとして直ちに理解し得るものともいい難いところである。

そうとすれば,本件商標は,その構成全体をもって一体不可分の造語として認識し把握されるとみるのが自然であり,他に構成中の「ボス」の文字部分のみが独立して認識されるとみるべき特段の事情は見出せない。

以上を総合して考慮すると,本件商標は,その構成中の「ボス」の文字部分のみ殊更に分離抽出して認識・観察しなければならない格別の理由はないというべきであるから,その構成文字全体に相応して「クールボス」の称呼のみを生じ,特定の観念を有しない造語というのが相当である。

イ 引用商標について

引用商標は,単独の「BOSS」の文字よりなるものか,【引用商標3】のとおり,「BOSS」と「HUGO BOSS」の文字からなるものであるから,引用商標からは,その構成各文字に相応して「ボス」若しくは「ヒューゴボス」の称呼を生じ,単独の「BOSS」の商標においては「雇主,管理者,親分」の観念を有するものというべきである。

ウ 本件商標と引用商標との類否

本件商標より生ずる「クールボス」の称呼と引用商標より生ずる「ボス」若しくは「ヒューゴボス」の称呼とは,構成音数若しくは音構成において著しい差異を有するものであるから,明確に聴別し得るというべきである。

そうすると,本件商標と引用商標とは,称呼上,明らかに区別し得るものである。

また,本件商標と引用商標とは,それぞれ上記【本件商標】及び上記【引用商標3】のとおりの構成態様からなるものであるから,外観上,判然と区別し得るものであり,また,本件商標が特定の語義を有しない造語であるから,両者は観念上も比較し得ないものである。

してみれば,本件商標と引用商標とは,称呼,外観及び観念のいずれからしても,十分に区別し得る非類似の商標というべきである。

したがって,本件商標は,11号に該当しない。

(3)  15号該当性

ア 「BOSS/ボス」の著名性

上記(1)のとおり,「BOSS/ボス」の語は,原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の商標として本件商標の登録出願日(平成21年6月23日)当時に周知・著名であったとは認められないし,現在においても同様である。

イ 混同について

上記(2)で認定したとおり,本件商標と引用商標とは,称呼,外観及び観念のいずれの点においても相紛れるおそれのない非類似の商標であり,商標において別異のものと認められる。

また,原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の使用に係る「BOSS/ボス」の語は,上記(1)のとおり,原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の商標として著名であるとは認められない。

ウ 以上よりすると,被告が本件商標をその指定商品に使用しても,これに接する取引者,需要者が直ちに原告の使用に係る「BOSS/ボス」及び引用商標を想起又は連想することはない。

したがって,本件商標は,これをその指定商品について使用しても,需要者をして,該商品が原告又は同人と営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生じさせるおそれはないものといわなければならない。

したがって,本件商標は,15号に該当しない。

(4)  19号該当性

上記のとおり,本件商標と原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の使用に係る「BOSS/ボス」及び引用商標とは,十分に識別し得る別異の商標であり,また,原告が提出した証拠によっては,不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的など不正の目的をもって使用するものとは,認められない。

したがって,本件商標は,19号に該当しない。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(「BOSS/ボス」の著名性の認定の誤り)。

審決では,「原告は,『BOSS/ボス』の文字は,原告の著名な略称及び原告の使用に係る著名な商標である旨を主張している。」旨認定している。しかし,原告は,「BOSS/ボス」の文字について,これが原告の著名な略称やその使用に係る商標であると主張した事実はなく,あくまでもフーゴ・ボスAGの著名な略称であり,かつフーゴ・ボスAGのコアブランドたるBOSSブランドとの関係で使用される商標として,周知・著名である旨を主張しているものである。

商標「BOSS/HUGO BOSS」は,1990年代半ばから現在に至るまで,フーゴ・ボスAG等の業務に係る商品,特に「男性用被服」に使用される商標として我が国の需要者・取引者の間に広く認識されていることは明らかである。また,このような商標「BOSS/HUGO BOSS」に関する周知・著名性並びにその構成態様及び実際の使用態様と相俟って,「BOSS/ボス」の文字についても,これがフーゴ・ボスAGの著名な略称として,あるいは同社のコアブランドたるBOSSブランドを指称する標章として,又はBOSSブランドに係る製品,特に「男性用被服」等の商品に使用される商標として,我が国の需要者・取引者の間に同様に広く認識されているものである。

したがって,「BOSS/ボス」の略称をもって認知される主体及び商標「BOSS」を実際の商取引において使用している主体はフーゴ・ボスAGであることが明らかであるにもかかわらず,それらの主体を原告と認定するのみならず,このような誤った事実認定の下に,フーゴ・ボスAGとの関係における「BOSS/ボス」の文字の使用状況等を基礎として,原告の略称及び使用に係る商標としての当該文字の著名性を判断したことは,判断遺脱であり,審決が,「BOSS/ボス」の文字が用いられ原告の略称及び原告の使用に係る商標として,著名になっているものとは認められないとした点及び「BOSS/ボス」は,原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の商標として本件商標の登録出願日(平成21年6月23日)当時及び現在においても周知・著名であるとは認められないとした点については,認定に誤りがある。

2  取消事由2(8号該当性の判断の誤り)

略称とは,会社名等の名称を使用する者が自ら積極的にその名称を簡略化し,その表示を自己の会社名等の略称として公衆に認知させるというよりは,むしろ,その使用する者自身が意図しないにもかかわらず,当該名称に接した公衆が経験則に基づいて,語呂の良さや発音のしやすさを考慮しつつ創作する傾向が強いものである。

すなわち,「BOSS/ボス」の文字がフーゴ・ボスAGに係る著名な略称であるかを判断するにあたっては,フーゴ・ボスAGがその略称を自ら使用しているかの点に主眼を置くのは妥当ではなく,あくまでも公衆によって「BOSS/ボス」の文字がフーゴ・ボスAGを指称する略称として使用され,これが広く認知されているかの観点から判断すべきである。

そして,「BOSS/ボス」の文字が,男性用被服を中心とした被服の分野でフーゴ・ボスAGの略称として長年に亘ってフーゴ・ボスAG自身によって使用されているとともに,当該分野の需要者・取引者の間でもフーゴ・ボスAGを指称する際に使用されていることは顕著な事実といい得るものである。

これに加え,時計,靴,香水等の被服以外の商品分野においても同様に,フーゴ・ボスAGの略称として「BOSS/ボス」の文字が頻繁に用いられており,ゆえに「BOSS/ボス」の文字は,被服以外の分野の需要者・取引者の間でも,フーゴ・ボスAGの略称として広く認識されているものである。

また,1990年に発行された「英和商品名辞典(研究社)」では,「BOSS(ボス)」の欧文字が「HUGO BOSS(フーゴ・ボスAG)」を指すと既に掲載されており,更に2011年8月発行の「英和ブランド名辞典(研究社)」でも同様の記載が見受けられることをも考慮すると,「BOSS/ボス」の文字は,フーゴ・ボスAGを指称する略称として1990年代から現在に至るまで広く一般公衆に認知されていると考えられるものである。

上述の状況に鑑みると,フーゴ・ボスAGの著名な略称として一般公衆に使用され,認知されている「BOSS/ボス」の文字をその構成中に含むとともに,フーゴ・ボスAGの許諾を得ていない本件商標は,8号の規定に違反して登録されたものであるから,審決が8号該当性を否定した点については,その判断に誤りがある。

3  取消事由3(11号該当性の判断の誤り)

審決は,本件商標は,その構成中の「ボス」の文字部分のみ殊更に分離抽出して認識・観察しなければならない格別の理由はないというべきであるから,その構成文字全体に相応して「クールボス」の称呼のみを生じ,特定の観念を有しない造語というのが相当である旨認定した。

しかし,本件商標の前半部の「クール」の文字が英単語の「COOL」の表音文字と同一であることは明らかであり,英単語の「Cool」及びその表音文字「クール」は,既に日本語化しており,当該文字が服飾業界では,「涼しい,素敵な,格好いい」等の極めて記述的な意味合いを以って広く一般的に使用され,事業者・取引者に浸透しており,服飾産業の商品との関係で独占適応性を満たさないことは明らかである。

そうすると,本件商標が付された被服等の商品に接した需要者・取引者にあっては,本件商標の前半部の「クール」の文字に関しては,その商品が「涼しい,格好いい」ものであることを示す,単なる品質表示に過ぎないと理解・把握するものであり,残りの「ボス」の文字部分のみを自他商品識別力を発揮し得る要素として捉え,これを殊更に分離抽出して観察することは当然に予見できるものである。

したがって,服飾産業における「クール」の文字の使用状況等のみならず,我が国の英語教育の高水準をも考慮すると,本件商標は,その構成中の後半部「ボス」のみ分離抽出して認識,観察しなければならないとする格別の理由はあるといい得るものであり,前記の判断には誤りがある。

そこで,その指定商品との関係で自他商品識別機能を発揮し得る本件商標中の後半部の「ボス」と各引用商標とを比較すると,各引用商標からは「BOSS」の欧文字に照応して「ボス」の称呼が生じることから,両商標はその称呼において同一又は類似である。

また,遅くとも本件商標の出願時には,「BOSS/ボス」の文字は,被服の分野では,フーゴ・ボスAGの略称又はコアブランドのBOSSブランドを指称するものとして名声を得ているものであり,故に「被服」等を指定商品とする本件商標中の「ボス」の文字からはフーゴ・ボスAG等が容易に想起されるものである。したがって,本件商標と各引用商標とは観念上も類似することから,両者は全体として同一又は類似の商標である。

更には,本件商標に係る指定商品と各引用商標に係る指定商品とは同一又は類似であることをも鑑みると,本件商標は各引用商標との関係で11号の規定に違反して登録されたことは明らかであり,審決の判断は誤りである。

4  取消事由4(15号該当性の判断の誤り)

(1)  審決は,「BOSS/ボス」の語は,原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の商標として本件商標の登録出願日(平成21年6月23日)当時に周知・著名であったとは認められないし,現在においても同様である旨認定した。

しかし,原告が,「BOSS/ボス」の文字について,これが原告の著名な略称やその使用に係る商標であると主張した事実は存在しない。

また,審決は,被告が本件商標をその指定商品に使用しても,これに接する取引者,需要者が直ちに原告の使用に係る「BOSS/ボス」及び引用商標を想起又は連想することはないというべきである旨,及び,本件商標は,これをその指定商品について使用しても,需要者をして,該商品が原告又は同人と営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生じさせるおそれはない旨の判断をした。

すなわち,審決は,本件商標がその指定商品について使用された場合,フーゴ・ボスAGの商標権等の知的財産権の管理・維持を主たる事業とする原告の業務に係る商品又は役務との間で出所の混同を生じるか否かのみについて判断をしており,世界中で高級紳士服及び婦人服や高級紳士用品及び婦人用品を中心とする幅広いファッション関連の製品の製造販売を主な事業内容とするフーゴ・ボスAGの業務に係る商品等との間で出所の混同を生じるかについては何ら審理判断されていないものである。

したがって,実際の商取引で「BOSS/ボス」の文字を使用しているのは,フーゴ・ボスAG等であって,原告も無効審判においてその点を主張しているにもかかわらず,その使用の主体を原告と認定し,このような誤った認定を基礎として,原告の使用に係る商標の周知・著名性及び原告の事業との関係での出所の混同の有無を判断し,認定することは許されず,判断遺脱の違法がある。

(2)  15号は「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」については登録を認めないこととし,10号から14号までに該当しない商標であっても,具体的観点から出所の混同を防止しようとする規定と考えられる。そして,その出願商標(の使用)により混同が生じる対象を,他人の業務に係る商品又は役務とし,当該他人がその業務に係る商品等に使用する商標との間における混同のみに限定していないのは,商標として使用されていない標章等も含まれるという意図であることは明らかである。そうとすると,同号の適用にあたっては,当該他人の使用する商標であるかは全く問題とならず,商標としては使用されていないものの,指定商品との関係で周知・著名な他人の名称や略称,又はブランドの名称等の標章も当然に含み,出願商標がこれらと混同を生ずるおそれがある商標に該当するか否かを主として判断するのが,同号の規定中の文言及び立法趣旨からも妥当である。

商標「BOSS/HUGO BOSS」は,1990年代半ばから現在に至るまで,フーゴ・ボスAG等の業務に係る商品を表示するものとして我が国の需要者・取引者の間に広く認識されているものである。

また,このような商標「BOSS/HUGO BOSS」に関する周知・著名性並びにその構成態様及び実際の使用態様と相俟って,「BOSS/ボス」の文字についても,これがフーゴ・ボスAGの業務に係る「男性用被服」等の商品に使用される商標として周知でもあり,更には,フーゴ・ボスAGのファッション関連産業における著名性と相俟って,被服の分野で名声を得た略称として,あるいは同社のコアブランドたるBOSSブランドの名称として,既に公衆に知られている。

したがって,フーゴ・ボスAGの業務に係る「男性用被服」等の商品との関係で,商標「BOSS/HUGO BOSS」及び商標「BOSS」のみならず,名声を得ている略称としての「BOSS/ボス」及びコアブランドの名称としての「BOSS/ボス」のいずれもが,これらはフーゴ・ボスAGに係るものであると需要者・取引者に容易に認識される程度に周知・著名なものとして認知されている。

次に,本件商標とフーゴ・ボスAGに係る商標「BOSS/HUGO BOSS」及び商標「BOSS」並びに略称としての「BOSS/ボス」及びコアブランドの名称としての「BOSS/ボス」との間で出所の混同が生ずるか否かについて検討すると,商標「BOSS/HUGO BOSS」は,1対4.5程度の比率で「BOSS」の文字が顕著に表わされており,このような商標に接した需要者・取引者において,当該商標中の「BOSS」の文字に着目するのは実際の商取引の実情からも明らかである。

そもそも,フーゴ・ボスAGにあっては,コアブランドたるBOSSブランド製品の出所を明確にし,需要者・取引者の間で出所の混同が生じることを防ぐために,「BOSS」の文字を顕著に表わし,「HUGO BOSS」の文字を下段に小さく配した態様で商標「BOSS/HUGO BOSS」を採択・使用しているものである。

すなわち,BOSSブランドに付される世界的に統一された商標「BOSS/HUGO BOSS」は,「BOSSブランドはHUGO BOSSによって提供される」という意味合いを瞬時に想起させるべく,細心の注意を払っている。そして,その結果として,「BOSS/ボス」の文字が当該商標中で最も顧客吸引力を発揮するに至り,フーゴ・ボスAGの名声を得た略称として,又はコアブランドのBOSSブランドの名称として,あるいは同ブランドの製品に付される商標として,多角的な面から需要者・取引者に広く認知されており,このような長年に亘る努力の結果得られた業務上の信用を保護するのが商標法制定の趣旨といえる。

そこで,このように「男性用被服」等の商品の関係でフーゴ・ボスAGを容易に想起させ得る「BOSS/ボス」と,本件商標「クールボス」とを比較すると,本件商標は「クール」と「ボス」の文字とを結合させてなり,「ボス」の文字を含んでいると一見して把握されるものである。そして,「クール」の文字は上述のように商品「被服」等の関係では自他商品識別力を殆ど発揮し得ない一方,「ボス」の文字は,当該商品の分野でフーゴ・ボスAGの略称,同社のBOSSブランドの名称,又は同社の使用に係る商標として,需要者・取引者の間で広く認識されるに至っており,両文字の自他商品識別力にはこの上ない程の軽重が存在することからすると,本件商標が付された本件指定商品「被服」等が実際の商標取引に資された場合,これに接した需要者・取引者においては,フーゴ・ボスAG又はBOSSブランドを容易に想起又は連想し,更に当該商品はフーゴ・ボスAG等又はこれらと営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかの如く,出所の混同を生じさせる蓋然性は極めて高いものである。

更に,商標「BOSS/HUGO BOSS」及び「BOSS」が外国で周知・著名な商標であることは,遅くとも本件商標の出願時には既に我が国の取引者の間で知られており,このような観点からも,引用商標は,フーゴ・ボスAGの業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれが当然にあると考えられる。

上述の状況を総合的に勘案すると,「ボス」の文字を含んでいることが瞬時に理解でき,また当該文字が容易に独立して看取され易い本件商標が付された本件指定商品が実際の商標取引に資された場合,これに接した需要者・取引者は,フーゴ・ボスAG又はBOSSブランドを容易に想起又は連想するのみならず,その商品はフーゴ・ボスAG等又はこれらと営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,出所について混同を生じることは明白である。

したがって,審決が,本件商標は,15号に違反してされたものとはいえないとした点についても,その判断に誤りがある。

5  取消事由5(19号該当性の判断の誤り)

(1)  審決は,本件商標と原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の使用に係る「BOSS/ボス」及び引用商標とは,十分に識別し得る別異の商標である旨認定した。しかし,「BOSS/ボス」及び各引用商標を使用しているのは,フーゴ・ボスAG等であり,また,これらと本件商標との類似性については上述したとおりであり,当該認定には誤りがある。

(2)  各引用商標の周知性に加えて,各引用商標は,他の諸外国において本件商標の出願時以前から周知・著名であることを考慮すると,本件商標は,外国で周知な各引用商標と同一又は類似の商標が我が国で登録されていないことを奇貨として出願されたもの,あるいは,日本国内で全国的に知られている各引用商標と同一又は類似の商標について,出所の混同のおそれまではなくても出所表示機能を稀釈化させたり,その名声等を毀損させる目的をもって出願したものと考えられるものである。

被告は,その製品カタログ中に「涼しい」の文字を大きく表わしており,あたかも本件商標中の「クール」の文字が記述的な意味合いを有するに過ぎず,殊更「ボス」の文字に着目させるような態様で本件商標を使用している。

そして,新たな商標を採用し,使用する場合,その新たな商標が我が国で周知・著名な商標を含むものであるかに関しては,十分な調査を行うのが事業者として常識的な行為であり,またそのような周知・著名商標の検索は特許庁電子図書館で何人も容易に可能であることからすると,被告において,引用商標の存在を知らずに本件商標を出願したとするのは極めて不自然であり,このような観点からもフーゴ・ボスAG等に係る「BOSS/ボス」の文字に化体した業務上の信用にただ乗りするといった意図が容易に推認できるものである。

したがって,審決が,本件商標は,19号に違反しないとした点についても,その判断に誤りがある。

第4被告の反論

1  取消事由1(「BOSS/ボス」の著名性の認定の誤り)に対して

(1)  原告は,審決が,「原告は,『BOSS/ボス』の文字は,原告の著名な略称及び原告の使用に係る著名な商標である旨を主張している。」と認定した点につき,判断遺脱の違法性があると主張する。

しかし,審決においては,フーゴ・ボスAGとフーゴ・ボスAGの商標管理会社である原告とを実質的に同一の主体と認めて「請求人」と称し,さらにこれにフーゴ・ボスAGの日本法人であるヒューゴボスジャパン株式会社を含めて「請求人ら」と称しているものであることは,審決全体から明らかである。また,仮に,審決中に「BOSS/ボス」の略称及び商標の使用に係る主体をフーゴ・ボスAGとせずに原告と認定している部分があったとしても,審決は,実質的には,原告も認めるようにフーゴ・ボスAGとの関係における「BOSS/ボス」の文字の使用状況等を基礎として,「BOSS/ボス」の語がフーゴ・ボスAGの著名な略称であるか及びフーゴ・ボスAGの使用に係る著名な商標であるかの実質的な判断を行っていることは明確であるから,かかる認定の誤りは取消理由の有無の判断に影響を及ぼすものではなく,原告が主張するような違法性は存在しない。

(2)  原告は,商標「BOSS/HUGOBOSS」は,フーゴ・ボスAG等の業務に係る商品,特に「男性用被服」に使用される商標として我が国の需要者・取引者の間に広く認識されており,このような商標「BOSS/HUGO BOSS」に関する周知・著名性並びにその構成態様及び実際の使用態様と相俟って,「BOSS/ボス」の文字についても,これがフーゴ・ボスAGの著名な略称として,あるいは同社のコアブランドたるBOSSブランドを指称する標章として,又はBOSSブランドに係る製品,特に「男性用被服」等の商品に使用される商標として,我が国の需要者・取引者の間に同様に広く認識されている旨主張する。

しかし,甲各号証において,主として用いられている表記は「ヒューゴ ボス」,「フーゴ・ボス」,「HUGO BOSS」,「ヒューゴ ボス ジャパン」又は「HUGO BOSS」の文字の上段に「BOSS」の文字が大きく表された構成のものである。また,甲各号証中,「BOSS」,「ボス」又は「BOSS/ボス」と表記されているものについても,同じ書証中に,「ヒューゴ ボス」,「フーゴ・ボス」,「HUGO BOSS」,「ヒューゴ ボス ジャパン」又は「HUGO BOSS」の文字の上段に「BOSS」の文字が大きく表された構成の表記が併記されている場合が多く,さらに,「BOSS」,「ボス」又は「BOSS/ボス」が書証中に単独で表記されているケースでも,フーゴ・ボスAGという法人の略称として用いられていることが明らかな例は極僅かである。

そうすると,甲各号証によっては,「HUGO BOSS/ヒューゴボス(フーゴボス)」の文字がフーゴ・ボスAGの略称として使用されている事実は僅かに認められるとしても,「BOSS/ボス」の文字が用いられフーゴ・ボスAGの略称及びフーゴ・ボスAGの使用に係る商標として,著名になっているものとは認められない。したがって,甲各号証によっては,「BOSS/ボス」は,フーゴ・ボスAGの商標として本件商標の登録出願日当時及び現在においても周知・著名であるとは認められず,原告の主張は失当である。

2  取消事由2(8号該当性の判断の誤り)に対して

(1)  原告は,審決が,「『BOSS/ボス』の語は,原告の著名な略称とは認められない」旨認定した点につき,原告が,「BOSS/ボス」の文字について,これが原告の著名な略称である旨を主張した事実が存在しないと主張する。

しかし,この点については,上記1(1)のとおり,審決は実質的には,フーゴ・ボスAGとの関係における「BOSS/ボス」の文字の使用状況等を基礎として,「BOSS/ボス」の語がフーゴ・ボスAGの著名な略称であるかどうかの実質的な判断を行っているものであり,かかる認定の誤りは取消理由の有無の判断に影響を及ぼすものではない。

(2)  原告は,「BOSS/ボス」の語は,フーゴ・ボスAGの著名な略称であるから,本件商標は,他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)に該当する旨主張する。

しかし,上記1(2)のとおり,甲各号証を見ても,「BOSS/ボス」の語がフーゴ・ボスAGという法人の略称として用いられていることが明らかな例は極僅かであり,これをもって「BOSS/ボス」の語が,少なくともフーゴ・ボスAGの著名な略称であるとは認められない。

また,原告は,「BOSS/ボス」の文字が,男性用被服を中心とした被服の分野でフーゴ・ボスAGの略称として長年に亘ってフーゴ・ボスAG自身によって使用されているとともに,当該分野の需要者・取引者の間でもフーゴ・ボスAGを指称する際に使用されていることは顕著な事実であり,時計,靴,香水等の被服以外の商品分野においても同様に,フーゴ・ボスAGの略称として「BOSS/ボス」の文字が頻繁に用いられており,故に「BOSS/ボス」の文字は,被服以外の分野の需要者・取引者の間でも,フーゴ・ボスAGの略称として広く認識されているものであると主張する。

しかし,例えば,甲22の1~19をみると,「ブランド一覧」等と記載があるように,これらの書証では「BOSS/ボス」の文字をブランド名として記載しているのであって,「BOSS/ボス」の文字をフーゴ・ボスAGという法人の略称として表記していると認められるものは存在しない。また,甲23の1~133や甲34の1~28等においても,男性用被服等の被服や時計,靴,香水等の被服以外の商品に対して「BOSS/ボス」の文字をブランド名として表記していると認められるものばかりであり,フーゴ・ボスAGという法人の略称として用いられていることが明らかなものは,ほとんどない。

原告は,1990年に発行された「英和商品名辞典(研究社)」では,「BOSS(ボス)」の欧文字が「HUGOBOSS(フーゴ・ボス)」を指すと既に掲載されており,更に2011年8月発行の「英和ブランド名辞輿(研究社)」でも同様の記載が見受けられることをも考慮すると,「BOSS/ボス」の文字は,フーゴ・ボスAGを指称する略称として1990年代から現在に至るまで広く一般公衆に認知されていると考えられるものであると主張する。

しかし,これらは商品名辞典あるいはブランド名辞典なのであるから,そこに記載されている「BOSS/ボス」の語は商品名あるいはブランド名を表しているものであり,該当する「BOSS/ボス」の欄には,「⇒Hugo Boss.」とあり,「Hugo Boss」の欄には,「ドイツ最大の紳士衣料品メーカー,そのブランド」とあるので,「BOSS/ボス」の語がフーゴ・ボスAGのブランドであることが記載されているとはいえても,これをもって「BOSS/ボス」の語がフーゴ・ボスAG社の略称であることが記載されているとみることはできない。

してみれば,本件商標は,他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)に該当するものではなく,原告の主張は失当である。

3  取消事由3(11号該当性の判断の誤り)に対して

(1)  原告は,本件商標が付された被服等の商品に接した需要者・取引者にあっては,本件商標の前半部の「クール」の文字に関しては,その商品が「涼しい,格好いい」ものであることを示す,単なる品質表示に過ぎないと理解・把握するものであり,残りの「ボス」の文字部分のみを自他商品識別力を発揮し得る要素として捉え,これを殊更に分離抽出して観察することは当然に予見できるものであるとし,上記の服飾産業における「クール」の文字の使用状況等のみならず,我が国の英語教育の高水準をも考慮すると,本件商標は,その構成中の後半部「ボス」のみ分離抽出して認識,観察しなければならないとする格別の理由があるといい得る旨主張する。

しかし,本件商標は,「クールボス」の片仮名を標準文字にて同書,同大,等間隔に書され,各文字に軽重の差がなく外観視覚上極めてまとまりよく一体に表されており,本件商標の「クール」と「ボス」との文字の間に,「スペース」,「・」(中黒),「/」(スラッシュ),「‐」(ハイフン),フォントの種類や色の違い,反転(白抜き)による区別等もないものであるから,本件商標を外観上「クール」と「ボス」とに分離して観察すべき特段の事情は存在しない。

また,本件商標は,これより生ずる「クールボス」の称呼も冗長でなく無理なく一気一連に称呼し得るものである。

そして,構成中の「クール」の語が,「冷たい,素敵な,かっこいい」といった意味を有する語であるとしても,かかる構成においては本件指定商品との関係で特定の商品の品質等を具体的に表示するものとして直ちに理解し得るとまではいい難いものである。また,「ボス」という語は,「親分,実力者,上司,親方」等の意味合いで既に日本語として定着し,日常頻繁に用いられている言葉である。

そうとすれば,本件商標は,その構成全体をもって一体不可分の造語として認識し把握されるとみるのが自然であり,他に構成中の「ボス」の文字部分のみが独立して認識されるとみるべき特段の事情は存在しない。

以上を総合して考慮すると,本件商標は,その構成中の「ボス」の文字部分のみ殊更に分離抽出して認識・観察しなければならない格別の理由はないというべきであるから,その構成文字全体に相応して「クールボス」の称呼のみを生じ,特定の観念を有しない造語というのが相当であり,本件商標から「ボス」のみを分離抽出して認識,観察しなければならないとする格別の理由があるとする原告の主張は失当である。

(2)  原告は,その指定商品との関係で自他商品識別機能を発揮し得る本件商標中の後半部の「ボス」と各引用商標とを比較すると,各引用商標からは「BOSS」の欧文字に照応して「ボス」の称呼が生じることから,両商標はその称呼において同一又は類似であり,また,遅くとも本件商標の出願時には,「BOSS/ボス」の文字は,被服の分野では,フーゴ・ボスAGの略称又はコアブランドのBOSSブランドを指称するものとして名声を得ているものであり,故に「被服」等を指定商品とする本件商標中の「ボス」の文字からはフーゴ・ボスAG等が容易に想起されるものであるから,本件商標と各引用商標とは観念上も類似するものであるから,両者は全体として同一又は類似の商標であり,指定商品も同一又は類似であるから,本件商標は11号の規定に違反して登録されたものである旨主張する。

しかし,上記(1)のとおり,本件商標は,「クールボス」の称呼のみを生じ,特定の観念を有しない造語であるところ,引用商標は,単独の「BOSS」の文字よりなるものか,「BOSS」と「HUGO BOSS」の文字からなるものであり,その構成各文字に相応して前者からは「ボス」,後者からは「ボス」又は「ヒューゴボス」若しくは「フーゴボス」の称呼を生じ,また,何れも「雇主,管理者,親分」の観念を有するものというべきである。

したがって,本件商標より生ずる「クールボス」の称呼と引用商標より生ずる「ボス」又は「ヒューゴボス」若しくは「フーゴボス」の称呼とは,構成音数若しくは音構成において著しい差異を有するものであるから,明確に聴別し得るというべきであり,本件商標と引用商標とは,称呼上明らかに区別し得るものである。

また,本件商標と引用商標とは,それぞれ前記のとおりの構成態様からなるものであるから,外観上,判然と区別し得るものであり,また,本件商標が特定の語義を有しない造語であるから,両者は観念上も比較し得ないものである。

してみれば,本件商標と引用商標とは,称呼,外観及び観念のいずれにおいても相紛れるおそれのない非類似の商標であるので,本件商標は11号に違反して登録されたものであるとの原告の主張は失当である。

4  取消事由4(15号該当性の判断の誤り)に対して

(1)  原告は,審決が,「『BOSS/ボス』の語は,原告らの商標として本件商標の登録出願日(平成21年6月23日)当時に周知・著名であったとは認められないし,現在においても同様である」旨認定した点につき,原告が,「BOSS/ボス」の文字について,これが原告の著名な略称やその使用に係る商標であると主張した事実が存在しない旨主張し,さらに,審決が,本件商標がその指定商品について使用された場合,フーゴ・ボスAGの商標権の管理会社たる原告の業務に係る商品又は役務との間で出所の混同を生じるか否かのみについて判断をしており,フーゴ・ボスAGの業務に係る商品等との間で出所の混同を生じるかについては何ら審理判断されていないものであり,実際の商取引で「BOSS/ボス」の文字を使用しているのは,フーゴ・ボスAG等であって,原告も審判においてその点を主張しているにもかかわらず,その使用の主体を原告と認定し,このような誤った認定を基礎として,原告の使用に係る商標の周知・著名性及び原告の事業との関係での出所の混同の有無を判断し,認定することは,判断遺脱の違法がある旨主張する。

しかし,この点については,前記1(1)のとおり,審決は実質的には,フーゴ・ボスAGとの関係における「BOSS/ボス」の文字の使用状況等を基礎として,「BOSS/ボス」の語がフーゴ・ボスAGの使用に係る著名な商標であるかどうかの実質的な判断を行っているものであり,かかる認定等の誤りは取消理由の有無の判断に影響を及ぼすものではないから,原告が主張するような違法性は存在しない。

(2)  原告は,本件商標が付された本件指定商品が実際の商標取引に資された場合,これに接した需要者・取引者は,フーゴ・ボスAG又はBOSSブランドを容易に想起又は連想するのみならず,その商品はフーゴ・ボスAG等又はこれらと営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,出所について混同を生じることは明白であるから,本件商標は15号に違反する旨主張する。

しかし,上記1(2)のとおり,「BOSS/ボス」の語は,フーゴ・ボスAGの商標として本件商標登録出願日当時に周知・著名であったとは認められないし,現在においても同様である。

また,上記3(2)のとおり,本件商標と引用商標とは,称呼,外観及び観念のいずれの点においても相紛れるおそれのない非類似の商標であり,商標において別異のものと認められるものである。

また,「BOSS/ボス」という語は,「親分,実力者,上司,親方」等を意味する語として既に日本語として定着しており,日常頻繁に使用されている成語であって,フーゴ・ボスAGの創造した造語ではない。

さらに,「BOSS/ボス」の語は,フーゴ・ボスAGの商品やブランドに対して使用されてきたものであり,フーゴ・ボスAGの名称や略称を表すものとして使用されてきたものではない。

ところで,フーゴ・ボスAGは,高級紳士服等の製造販売を行っている法人であるところ,その主たる需要者はいわゆるブランドものの紳士服の購入を検討している一般の消費者等であり,フーゴ・ボスAGの業務に係る紳士服等は東京の青山等のいわゆるファッションの中心地と呼ばれる場所にある店舗や,デパート(百貨店)の紳士服売り場等において販売されている。これに対して,被告は,本件商標を作業服に付して使用しており,その主たる需要者は,建築,建設,土木工事等の現場作業員や建設会社等であり,被告の業務に係る作業服は,いわゆるホームセンターや作業服等の専門店,工具や工作機械等の卸売業者等を通じて販売されている。したがって,両者の業務に係る商品の需要者は著しく異なり,それらが重なり合うことは決してなく,出所の混同が生じるおそれはない。

実際にも,被告は平成20年8月頃から現在に至るまで日本全国で本件商標「クールボス」を左右の腰部に小型ファンを備える溶接作業用の作業服に使用して「クールボス」のブランド展開をしてきており,「クールボス」といえば作業服の業界では被告の上記商品であると需要者等に広く認識されるに至っているものであるのに対し,フーゴ・ボスAGの業務に係る商品と出所の混同をした事実は一切ない。

以上を総合的に判断すると,被告が本件商標をその指定商品に使用しても,これに接する取引者,需要者が直ちにフーゴ・ボスAGの使用に係る「BOSS/ボス」及び引用商標を想起又は連想することはないというべきである。したがって,本件商標は,これをその指定商品について使用しても,需要者をして,該商品がフーゴ・ボスAG又は同人と営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生じさせるおそれはなく,原告のかかる主張は失当である。

5  取消事由5(19号該当性の判断の誤り)に対して

(1)  原告は,審決が,「本件商標と原告らの使用に係る『BOSS/ボス』及び引用商標とは,十分に識別し得る別異の商標である」旨認定している点につき,「BOSS/ボス」及び各引用商標を使用しているのは,フーゴ・ボスAG等であり,また,これらと本件商標とは類似するものであるから,当該認定には誤りがあるのは明白である旨主張する。

しかし,前記1(1)のとおり,審決は実質的には,フーゴ・ボスAGとの関係における「BOSS/ボス」の文字の使用状況等を基礎として,本件商標と「BOSS/ボス」及び各引用商標との実質的な類比判断を行っているものであり,かかる認定等の誤りは取消理由の有無の判断に影響を及ぼすものではないから,違法性は存在しない。

(2)  また,原告は,フーゴ・ボスAGに係る各引用商標は,他の諸外国において本件商標の出願時以前から周知・著名であることを考慮すると,本件商標は,外国で周知なフーゴ・ボスAGに係る各引用商標と同一又は類似の商標が我が国で登録されていないことを奇貨として出願されたもの,あるいは,日本国内で全国的に知られている各引用商標と同一又は類似の商標について,出所の混同のおそれまではなくても出所表示機能を稀釈化させたり,その名声等を毀損させる目的をもって出願したものと考えられるものである旨主張する。

しかし,前記3(2)のとおり,本件商標とフーゴ・ボスAGの使用に係る「BOSS/ボス」及び引用商標とは,十分に識別し得る別異の商標であるから,たとえ,フーゴ・ボスAGに係る各引用商標が他の諸外国において本件商標の出願時以前から周知・著名であるとしても,それをもって,不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的など不正の目的をもって使用するものとは認められない。

さらに,原告は,被告においては,その製品カタログ中に「涼しい」の文字を大きく表わしており,あたかも本件商標中の「クール」の文字が記述的な意味合いを有するに過ぎず,殊更「ボス」の文字に着目させるような態様で本件商標を使用しているものであり,被告において,フーゴ・ボスAGに係る引用商標の存在を知らずに本件商標を出願したとするのは極めて不自然であり,このような観点からもフーゴ・ボスAG等に係る「BOSS/ボス」の文字に化体した業務上の信用にただ乗りするといった意図が容易に推認できるものである旨主張する。

しかし,前記3(1)のとおり,本件商標は,その構成全体をもって一体不可分の造語として認識し把握されるものであり,「クールボス」の称呼のみを生じ,特定の観念を有しない造語であるから,かかる主張は具体的妥当性を欠く。

したがって,原告が提出した証拠によっては,不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的など不正の目的をもって使用するものとは認められず,本件商標登録は,19号に違反しない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由3(11号該当性の判断の誤り)について

(1)  本件商標は,「クールボス」の片仮名を標準文字で同書,同大,等間隔に書され外観視覚上極めてまとまりよく一体に表されているものである。

また,本件商標は,これより生ずると認められる「クールボス」の称呼も冗長でなく無理なく一気一連に称呼し得るものである。そして,「クール」の語は「涼しい,格好いい,素敵な」といった意味を有し,商品についての説明的記述に係るものである。

したがって,本件商標は,その構成全体をもって一体不可分の造語として認識し把握されるとみるのが自然であり,その構成文字全体に相応して「クールボス」の称呼を生じさせる。また,「ボス」が通例の認識からすれば「親分」「上司」の意味を持つことからすると,「クールボス」と一体としてみるべき本件商標からは,「クールなボス」程度の観念を生じさせる。

(2)  引用商標は,単独の「BOSS」の文字よりなるものか,「BOSS」の欧文字を顕著に表わし,その下段に「HUGO BOSS」の欧文字を小さく表わしてなる構成のものであるから,引用商標からは,その構成各文字に相応して「ボス」若しくは「ヒューゴボス」の称呼を生じ,日本人の通常の感覚からは,「親分」「上司」の観念が生じる。

(3)  本件商標と引用商標との対比

本件商標より生ずる「クールボス」の称呼と引用商標より生ずる「ボス」若しくは「ヒューゴボス」の称呼とは,「ボス」の部分において共通するものの,構成音数若しくは音構成において著しい差異を有するものであるから,明確に聴別することができる。したがって,本件商標と引用商標とは,称呼上,明らかに区別し得るものである。

また,本件商標と引用商標とは,上記(1),(2)のとおりの構成態様からなるものであるから,外観上,判然と区別し得るものであり,また,観念については「親分」「上司」において共通するものがあるとしても,「クールな」が加わることにより,本件商標は引用商標と一部異なってくる。

そうすると,本件商標と引用商標とは,称呼,外観の差が大きいので,観念において一部共通するにしても,類似するものということはできない。

したがって,本件商標は11号に違反しないから,取消事由3には理由がない。

2  取消事由4(15号該当性の判断の誤り)について

(1)  本件商標と引用商標とが非類似であることは上記1で判示したとおりであるが,引用商標に係る商品の取引実態についてみるに,甲1~15,甲20~27,甲32(いずれも枝番を含む)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア フーゴ・ボスAGは,1923年にドイツで設立され,現在に至るまでヨーロッパ,アメリカ,日本及びその他のアジア各国を含む世界中で高級紳士服及び婦人服や高級紳士用品及び婦人用品を中心とする幅広いファッション関連の製品の製造販売を主な事業内容とする法人であって,2010年の時点で,本国たるドイツ以外にも,スペイン,フランス,イタリア,スイス,イギリス,ベルギー,ポーランド,スウェーデン,アイルランド,ポルトガル,デンマーク,トルコ,ルクセンブルク,オランダ,カナダ,アメリカ,ブラジル,メキシコ,オーストラリア,中国,日本等の多数の国々で子会社又は関連会社を有しており,自社直営の小売店の店舗数は537に上り,フランチャイズ形式で運営される小売店の店舗数は1000を超えている。その結果,フーゴ・ボスAGに係るブランドの製品のみを取り扱う単独店舗が世界80カ国で1500以上存在することとなっている。

フーゴ・ボスAGの製品を取り扱う店舗では,フーゴ・ボスAGの代表的製品である紳士服のみならず,その他の衣類,服飾品,眼鏡,香水,かばん類,身の回り品等の多岐に亘る製品が取り揃えられており,世界各国に所在する子会社や小売店舗等の単独店舗に加え,百貨店やショッピングモール内の店舗を中心とした124カ国の約6100の販売拠点でこれらの製品を購入することができる。

イ フーゴ・ボスAGに係るブランドは,「BOSS」及び「HUGO」の2つのコアブランドから構成されており,その中でも中核をなすBOSSブランドは,コンセプトによって,①包括的ラインナップである「BOSS Black」,②プレミアムラインナップである「BOSS Selection」,③カジュアルファッションのラインナップである「BOSS Orange」,④ゴルフ用ラインナップである「BOSS Green」の4つの製品ラインナップを有している

フーゴ・ボスAGにあっては,その略称たる「BOSS」をコアブランドの名称として用い,また「BOSS」に他の文字を結合した表示を当該コアブランドを構成する各製品ラインナップの名称として採用し,これらのラインナップがフーゴ・ボスAGのコアブランドたるBOSSブランドに属することを鮮明にするとともに,各ラインナップの特色を明確にしている。

ウ フーゴ・ボスAG及びその子会社や関連会社から構成されるグループ(フーゴ・ボスグループ)の2010年度の総売上高は,前年比約11%増の17億2900万ユーロに達している(2009年度:約15億6200万ユーロ)。セグメント別売上高では,アジア太平洋地域が約2億3000万ユーロと前年比およそ40%増という大幅な伸びを見せ,アメリカ大陸が約3億8100万ユーロ,欧州が約10億7300万ユーロ,ロイヤリティー関連が約4500万ユーロであった。

エ フーゴ・ボスグループの売上高全体に占める製品ラインナップ毎の売上の割合はそれぞれ,「BOSS Black」が68%,「BOSS Orange」が17%,「HUGO」が9%,「BOSS Green」が3%,「BOSS Selection」が3%となっており,コアブランドであるBOSSブランドを構成する「BOSS Black」,「BOSS Orange」,「BOSS Green」及び「BOSS Selection」の4ラインナップの合計は91%に達している。

BOSSブランド製品の売上高は,長年に亘ってフーゴ・ボスグループの総売上高の中で毎年90%前後という高い数値を記録しており,BOSSブランドは,同グループ全体の事業戦略上,最も重要なコアブランドとして位置づけられている。

オ 世界的規模で事業活動を行っているフーゴ・ボスAGは,毎年多額の宣伝広告費を費やしており,その宣伝広告活動の具体的な内容は,一般日刊新聞紙,業界紙,専門家向け及び一般向けファッション雑誌への広告掲載,テレビ番組や映画で出演者が着用する衣服の提供等であり,これらの手段を介して製品の宣伝広告・周知に努めている。

フーゴ・ボスAGは,世界中の競技イベントや芸術イベントへの協賛,映画やテレビとのタイアップも盛んに行い,積極的なPR活動を続けてきた。特に,競技イベントにおける活動は活発で,例えば,テニスの世界最高峰の大会であるデビスカップ,全米オープン,全仏オープンや,ゴルフのメルセデスジャーマンマスターズなどのスポンサーを務めた。

ドイツのバイエルン・ミュンヘン及びシュツットガルト,スペインのレアル・マドリード,イングランドのチェルシー,イタリアのACミランという各国のプロサッカーリーグを代表する有名チームへのオフィシャルスーツやオフィシャルユニフォームの提供を行い,またゴルフ界のトッププロであるセベ・バレステロス,ベルンハルト・ランガー,フィル・ミケルソン,ヘンリク・ステンソンとの間で専属ウェア契約を締結し,これらの一流のチームや選手の競技での活躍やライフスタイルを通して,需要者にフーゴ・ボスAGのブランドイメージを印象付けるべく,幅広い活動を行ってきた。また,この他にも,フーゴ・ボスAGが,視聴者数は世界で数千万人以上といわれるモータースポーツ最高峰のF1の中でも高い人気を誇るマクラーレンチームのスポンサーを長年に亘って務めている。

カ フーゴ・ボスAGは,BOSSブランド製品を取り扱う店舗における店舗デザインの統一及び包装紙・包装用袋・リボン・シール・タグへの世界的に統一された同一標章の使用等の徹底したマーケティング活動を介して,BOSSブランドの世界的な認知度やイメージを強化しており,また世界の主要都市で開催される注目度の高いファッションイベントへも参加し,自らもファッションショーを開催し,主要な顧客ターゲット層に対するBOSSブランドのアピールや認知度を更に高めるべく積極的に活動している。

キ このように,フーゴ・ボスAGは,その事業の中核をなすBOSSブランドのイメージの普及,定着及びその周知に努め,最大限の宣伝広告等の活動を行い,その結果,マスコミや需要者の注目を集めることに成功し,BOSSブランド製品の高品質性と相俟って,世界的なファッションリーダーとして認知されている。

フーゴ・ボスの業務に係る製品は,デニス・ホッパー,ニコラス・ケイジ,ジョン・トラボルタ,ダスティン・ホフマン,ロバート・デ・ニーロ,ハリソン・フォード,ショーン・コネリー,ジョージ・クルーニー等の,いわゆるビッグスターやセベ・バレステロス,フィル・ミケルソン,アイルトン・セナ,ルイス・ハミルトンといったスポーツ界の超一流のトッププロにも愛用されており,フーゴ・ボスAGは,既に高級紳士服・高級紳士用品の製造販売業者としての確固たる地位を築いている。

ク フーゴ・ボスAGは,コアブランドたる「BOSS」の欧文字のみからなる商標及びBOSSブランドを構成する各ラインナップの製品について基本的に使用される「BOSS」の欧文字を顕著に表わし,その下段に「HUGO BOSS」の欧文字を小さく表わしてなる(以下「BOSS/HUGO BOSS」という。)商標について,世界各国に商標登録出願を行い,多数の商標権を取得している。

ケ 我が国においてフーゴ・ボスAGに係る製品の本格的な販売が始まったのは1985年秋頃であり,当初は商社を通じての販売であったが,その後,1992年にヒューゴ・ボス株式会社が設立され(後にヒューゴボスジャパン株式会社に改称),同社がフーゴ・ボスAGに係る製品の日本における輸入及び販売を現在まで独占的に行っている。

ヒューゴボスジャパン株式会社(ヒューゴ・ボス株式会社の時代を含む)は,フーゴ・ボスAGの業務に係る製品を直営店や有名百貨店のインショップ等で販売することにより,紳士服・婦人服及び紳士・婦人用品の製造販売者たるフーゴ・ボスAG及びBOSSブランドを中心としたフーゴ・ボスに係る製品の我が国におけるイメージの維持,定着に努めており,六本木の直営店や阪急,高島屋,大丸,西武百貨店,三越,伊勢丹,そごう,小田急百貨店,東急百貨店,遠鉄百貨店,松屋,松坂屋等の有名百貨店のインショップ等でフーゴ・ボスAGの業務に係る製品が全国的に販売されている。

1990年代初頭からフーゴ・ボス及びBOSSブランド製品が我が国の雑誌や新聞等で頻繁に取り上げられ始め,ヒューゴボスジャパン株式会社は,これらの取材等に協力し,フーゴ・ボスAG及びBOSSブランド製品の紹介や周知に積極的に関与するとともに,自らも,1990年以降,特に1997年と1998年に集中的に新聞や雑誌に宣伝広告を掲載することにより,我が国の需要者・取引者にフーゴ・ボス及びBOSSブランドを印象付けることに努めた。

フーゴ・ボスの世界中の競技イベントや芸術イベントへの協賛等の積極的なPR活動は,我が国でも新聞や雑誌を通じて広く紹介されている。フーゴ・ボスAG及びヒューゴボスジャパンは,日本独自の活動として,サッカーワールドカップのフランス大会(1998年)に出場する日本代表チームへのオフィシャルスーツの提供を行い,また我が国随一の人気を誇るプロサッカーチーム「浦和レッドダイヤモンズ」のオフィシャルスポンサーとしてスーツを提供するなど,一貫して紳士服及び紳士用品の製造販売業者としてのフーゴ・ボスAGの我が国でのイメージの普及,定着及び周知に努めてきた。

(2)  上記認定の事実によれば,「BOSS/HUGO BOSS」商標は,フーゴ・ボスAGにかかる紳士服及び紳士用品について使用されるものとして,本件商標登録出願日及び現在において,海外及び我が国で著名となっているものと認められる。

ここで,「BOSS」の欧文字は,2段に構成された「BOSS/HUGO BOSS」商標中で上段に顕著に表された部分であり,フーゴ・ボスAGが用いる多数のブランドの大部分で共通する部分であり,「BOSS/HUGO BOSS」商標の要部と認められる。「BOSS」の欧文字からは,「ボス」の称呼を生じ,「親分」「上司」の観念を生じる。

(3)  本件商標の取引の実情をみるに,甲98,甲100~103によれば,被告は本件商標を付した小型ファン付き作業服を販売し,その開始は,本件商標の出願とほぼ同時期である。そのパンフレット(甲98)には,上方に大書された「クールボス」の文字の下方に,大きな文字で「涼しい」「作業服」との記載があり,「涼しい」の文字と「作業服」の文字は,「涼しい」の文字の下から「作業服」の文字の上にかけて記載された「~」を反転させた形状の曲線によって区分され2行に表記されている。「涼しい」を英語で「クール」と称することは一般的な認識であるから,この記載を見る者は,「クールボス」の文字中の「クール」の部分が「涼しい」に対応し,「ボス」の部分が「作業服」に対応するとの理解に誘導されることになる。「クール」の文字が説明的で出所表示機能を有しないのに対し,「ボス」の文字は,これから生じる「親分」「上司」の観念が作業服とは結び付かず,作業服を「ボス」と呼ぶこともないことからすると,本件商標からは,前記のように紳士服及び紳士用品の商品分野において著名な「BOSS/HUGO BOSS」商標を想起する可能性が高いといえる。このように,「BOSS/HUGO BOSS」商標がフーゴ・ボスAGにかかる紳士服及び紳士用品について使用されるものとして我が国において著名となっていること,作業服の購入者に男性が多いであろうことからからすると,「クールボス」の商標が付された作業服が販売されれば,その作業服がフーゴ・ボスAG又はこれと営業上何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,出所について混同を生じるおそれがあることになる。

(4)  被告は,「クールボス」の商標が付された作業服とフーゴ・ボスAGの紳士服及び紳士用品は,需要者及び販売経路が異なると主張するけれども,上記認定のとおり「BOSS/HUGO BOSS」商標はカジュアルウェアやスポーツウェアにも付されることからすれば,販売経路が接近する可能性を否定できない。上記認定にかかる「BOSS/HUGO BOSS」商標の著名性に鑑みると,本件商標を指定商品である「通気機能を備えた作業服,洋服,コート」に使用すると,「BOSS/HUGO BOSS」商標との間に混同を生じるおそれがあり,本件商標登録は,15号に違反してされたものと認められる。

したがって,「被告が本件商標をその指定商品に使用しても,これに接する取引者,需要者が引用商標を連想又は想起するものとは考え難く,さらに,その商品が原告あるいは原告と経済的又は組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように,当該商品の出所について混同を生じさせるおそれはないので,本件商標は,15号に違反して登録されたものではない。」との審決の判断は誤りである。

3  取消事由1及び2(「BOSS/ボス」の著名性の認定の誤り及び8号該当性の判断の誤り)について

(1)  原告は,審決が,「原告は,『BOSS/ボス』の文字は,原告の著名な略称及び原告の使用に係る著名な商標である旨を主張している。」とした点につき,判断遺脱の違法性があると主張する。

審決は,原告がフーゴ・ボスAG又はヒューゴボスジャパン株式会社の企業活動の実情及び「BOSS/ボス」の文字の使用状況を立証するために提出した「宣伝広告資料」,「新聞記事」等の書証を検討して,「『HUGO BOSS/ヒューゴボス(フーゴボス)』の文字が原告の略称として使用されている事実は認められるとしても,『BOSS/ボス』の文字が用いられ原告の略称及び原告の使用に係る商標として,著名になっているものとは認められない」と判断し,「『BOSS/ボス』は,原告又はヒューゴボスジャパン株式会社の商標として本件商標の登録出願日当時及び審決日現在においても周知・著名であるとは認められない」と結論づけたものである。

そして,審決の判断過程をみれば,審決は「BOSS/ボス」の文字がフーゴ・ボスAGの著名な商標又は略称であるか否かの判断を実質的に行っており,判断を遺脱したとは認められない。フーゴ・ボスAGの商標管理会社である原告とフーゴ・ボスAGは,共に「フーゴ・ボス」の文字をその名称中に含んでおり,両者の実際上の権限分配ないし活動の実態が審判手続上必ずしも明らかでないことにも鑑みれば,審決が,両者の活動を峻別することなく「原告(請求人)」と一括りにして判断したとしても,そこに判断遺脱の違法があるとすることはできない。

(2)  原告は,審決が「BOSS/ボス」の文字がフーゴ・ボスAGの略称又はフーゴ・ボスAGのコアブランドとの関係で使用される商標として著名であることの認定を誤ったと主張する。

しかし,前記2の(1)で認定した事実によっても,「BOSS/ボス」が商品名として著名であることは認められるとしても,その語が原告の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称とまで認めることはできず,原告の上記主張は理由がない。

以上のとおりであり,取消事由1は理由がない。

(3)  審決は「BOSS/ボス」の文字がフーゴ・ボスAGの著名な略称であるか否かの判断を実質的に行ったと認められることは,上記(2)で述べたとおりである。

そして,「BOSS/ボス」の語が,フーゴ・ボスAGの著名な略称であるとは認められないことも,取消事由1について述べたとおりである。

そうすると,本件商標は,他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(8号)に該当するとはいえず,取消事由2も理由がない。

第6結論

以上によれば,15号該当についての審決の判断は誤りであり,原告主張の取消事由4は理由がある。よって,19号該当に関する取消事由5について判断するまでもなく,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)

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