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知財高等裁判所 平成23年(行コ)10003号 判決 2011年12月15日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

木下健治

同補佐人弁理士

唐木浄治

被控訴人

処分行政庁

特許庁長官

同指定代理人

右田直也

髙橋良昌

佐藤一行

大江摩弥子

河原研治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  本件を東京地方裁判所に差し戻す。

第2事案の概要(略称は,審級に応じた読替えをするほか,原判決に従う。)

1  本件は,控訴人が,被控訴人に対し,四国計測を出願人とする平成14年9月4日付け特許願(特願2002-259297号。以下「本件特許出願」という。)について,真の発明者が控訴人であるなどと主張して,①本件特許出願について行われた発明者を変更する手続補正(以下,この手続補正を行う書面を「本件手続補正書」という。)の受理,②本件手続補正書による手続補正に係る内容等についての職権訂正(以下「本件訂正」という。),③本件訂正前の発明者を掲載した公開特許公報(以下「本件公開公報」という。)の掲載,④本件訂正前の発明者を掲載した特許公報(以下「本件特許公報」という。)の掲載,⑤本件特許出願についての特許査定(以下「本件特許査定」という。),⑥本件特許査定に係る特許権(以下「本件特許権」という。)についての設定登録(以下「本件設定登録」といい,本件特許査定に係る特許を「本件特許」という。)がいずれも無効であることの確認(①ないし⑥の請求の趣旨は原判決の「第1 請求」に記載のとおり)を求めた事案である。

なお,控訴人は,本件設定登録後,本件特許について前件無効審判を請求し,同請求が成り立たないとした前件審決に対して前訴審決取消訴訟を提起して,同訴訟において,本件発明の発明者が自己であって本件特許出願が冒認出願であるなどと主張した。しかし,知的財産高等裁判所は,平成22年4月27日,控訴人の請求を棄却する旨の前訴判決を言い渡し,前訴判決及び前件審決は,同年5月11日,確定している。

2  原判決は,上記①ないし④の請求については,いずれも抗告訴訟の対象である処分には当たらず,また,上記⑤及び⑥の請求については,特許無効審判及びその審決に対する取消訴訟によらないで,特許査定と特許権の設定の登録の瑕疵を主張して,その対世的効力を争うことは許されないから,控訴人の請求がいずれも不適法であるとして,その請求に係る訴えを却下したため,控訴人が,原判決の取消しと原審における本案判断とを求めて,控訴した。

3  前提となる事実

本件請求に対する判断の前提となる事実は,原判決の摘示するところ(原判決3頁3行目~7頁2行目)と同一であるから,これを引用する。

4  当審における争点

原判決が本件訴えを却下しているため,当審における争点は,原判決が「本案前の争点」として摘示するところ(原判決7頁5~8行目)と同一であって,以下のとおりである。

ア  訴訟類型選択の適否(争点1)

イ  処分性の有無(争点2)

ウ  原告適格の有無(争点3)

エ  狭義の訴えの利益の有無(争点4)

第3当事者の本案前の主張

1  原審における主張

本案前の前記争点に関する当事者双方の原審における主張は,原判決の摘示するところ(原判決7頁15行目~19頁2行目)と同一であるから,これを引用する。

2  当審における主張

(1)  争点1(訴訟類型選択の適否)について

〔控訴人の主張〕

ア 原判決は,争点1(訴訟類型選択の適否)について,前記第2の2に記載のとおり判示する。

イ しかしながら,控訴人は,特許無効審判及びその審決に対する取消訴訟を経てもその主張が認められなかったため,やむを得ず行政事件訴訟法3条の抗告訴訟のうちの無効確認の訴えを提訴したものである。

そして,第1に,本件出願は,発明者を追加補正したものであるから,特許庁は,特許を受ける権利を証明する書面(譲渡証)の提出を求める必要があったのに,これをせずに発明者を認定して特許査定をしたのであるから,本件特許査定には重大かつ明白な瑕疵がある。

第2に,特許法は,特許権者になり得る主体(発明者又は特許出願人)について厳格な制約規定を置いているのだから(特許法33条,34条,36条及び38条),上記譲渡証が提出されていない本件出願に対して方式審査をせずに特許権を付与した本件特許査定には,重大かつ明白な瑕疵がある。

第3に,審査官は,いわゆる冒認出願について拒絶査定をしなければならない(同法49条7号)が,拒絶査定をするための審査基準は,いわゆる実体審査(特許請求の範囲と発明の詳細な説明に関する実質的な審査)を対象としているから,特許出願人と発明者が記載されている願書の方式審査は,審査官ではなく事務官の職務権限となっている。そして,特許願は,まず,事務官による方式審査を受け,法令に違反している場合には特許庁長官名で手続補正指令書が送付されることになる(同法17条の2,3)が,本件特許出願の場合は,発明者を追加する手続補正書について事務官の方式審査を経ずに審査官が直接実体審査をしたものといわざるを得ない。

以上の経緯からみると,本件特許出願は,審査基準による冒認出願の審査をすることができないから,特許査定に関する行政処分について審査基準外の訴訟とした行政事件訴訟である抗告訴訟で特許査定の有効性について判断されるべきものである。また,冒認以外の理由によって無効審判を求められるとしても,本件のように審査基準に該当しない事案では抗告訴訟を提起する以外の方法がないから,原判決の判断は,誤りである。

〔被控訴人の主張〕

ア 控訴人の主張は,特許無効審判及びその審判に対する取消訴訟以外の方法により,特許査定と特許権の設定の登録の瑕疵を主張して,その対世的効力を争うことができるとする理論的根拠を何ら示していない。

イ 特許庁長官が譲渡証の提出を命じなかったとされる点に関する控訴人の主張は,本件特許査定等の瑕疵を主張するものにすぎず,本件訴訟提起が適法であることの根拠を示すものではない。むしろ,特許出願前における特許を受ける権利の承継について,これを証明する書面の提出を命ずるか否かは,特許庁長官の裁量に委ねられている(特許法33条1項,同法施行規則5条2項)ばかりか,方式審査に当たっての運用基準を取りまとめた方式審査便覧において,発明者を変更する補正については,発明者相互の宣誓書及び変更の理由を記載した書面の提出を求めているところ,本件手続補正書に係る手続においては,これらが提出されているから,補正命令(同法17条3項2号)や手続却下(同法18条1項)の対象となるものではない。

ウ 譲渡証が提出されていない本件出願に対して方式審査をせずに特許権を付与したとされる点及び発明者を追加する手続補正書について事務官の方式審査を経ずに審査官が直接実体審査をしたとされる点に関する控訴人の主張は,本件特許査定等の瑕疵を主張するものにすぎず,また,譲渡証の提出は必要不可欠なものではなく,本件手続補正書は適法であり,方式審査に何らの瑕疵も認められないから,その主張内容自体誤りである。

エ いわゆる冒認出願については,審査官が行う実体審査での拒絶理由とされており(特許法49条7号),さらには特許無効審判における無効理由とされていること(同法123条1項6号)からも明らかなとおり,特許出願の願書に記載された特許出願人及び発明者に関する事項は,審査官による実体審査の対象となり,さらには特許無効審判における審理の対象となるものであるから,本件特許査定及び本件設定登録の無効確認訴訟の提起以外の方法がないとする控訴人の主張は,独自の見解に基づくものであって失当である。

(2)  争点2(処分性の有無)について

〔控訴人の主張〕

ア 原判決は,争点2(処分性の有無)について,前記第2の2に記載のとおり判示する。

イ しかしながら,本件特許査定は,特許出願人が真正な発明者ではなく,また,正当な特許を受ける権利を有する特許出願人でもないことを前提にされたものであるから,手続上の瑕疵が承継されるため,事前手続であるとしても,本件手続補正書の受理,本件訂正,本件公開公報の掲載及び本件特許公報の掲載は,処分性を有すると解する。

ウ 本件手続補正書の受理は,審査官においてされ,その受理が無効であるのに,その手続が進行することは,真の発明者である控訴人の権利義務に影響を及ぼすといえるので,処分性を有すると解すべきである。

エ 本件訂正は,真の発明者である控訴人の権利に重大な影響を与えるものであるから,処分性を有する。

オ 本件公開公報及び本件特許公報の発行についてみると,本件では,審査官の職権により追加発明者を認めながら,追加された発明者(Aら2名)のみで本件公開公報が発行されており,しかも特許権設定登録後に発行されている本件特許公報でも訂正されていない事実は,国民の権利に重大な影響を与える行為であるから,直ちに訂正の必要性が認められるものであり,処分性が認められる。

〔被控訴人の主張〕

ア 本件手続補正書の受理についてみると,手続補正書の受理は,特許出願手続においてその補正を受領する行為にすぎないのであって,これによって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものではない。また,本件手続補正書の受理に関する控訴人の主張は,自己が真の発明者であることを前提とするものであるが,前記のとおり,冒認出願は,特許無効審判における無効理由とされており,特許無効審判及びその審判に対する取消訴訟を提起し得る。

イ 本件訂正についてみると,本件手続補正書は,平成15年2月3日付け手続補足書(以下「本件手続補足書」という。)と併せて読めば,手続補正をした者(特許出願人)が,本件特許出願の願書の発明者欄の記載をBら4名からAら2名及びBら4名の合計6名に補正する意思が明示されており,本来であれば,手続補正書を提出した特許出願人自らが本件手続補正書の記載内容を訂正すべきところ,特許出願手続における事務処理の便宜上,特許庁長官において,職権により,既に提出された本件手続補正書をそれぞれ訂正し,これを受けて,特許庁のファイル記録事項に記録されている手続補正書の記載内容を直接訂正したものであるから(乙2),本件訂正は,本件手続補正書による手続補正の効果という点において,特許出願人自らが行う本件手続補正書の訂正と何ら変わるところがない上,特許庁のファイル記録事項の訂正という点では行政組織内部で行われる事実行為にすぎないのであるから,行政庁が公権力の行使として行う行為とは認められず,その行為によって直接国民の権利義務又は法律上の地位に影響を与えるものということもできない。

ウ 本件公開公報の掲載についてみると,出願公開(特許法64条)による法的効果として考えられる特許出願人に対する補償金請求権の付与(特許法65条1項),拡大先願の後願排除効(同法29条の2)及び優先審査(同法48条の6,同法施行規則31条の3)は,特許出願の内容の一般公衆への公表という行政行為について法が特に定めた効果であって,出願公開そのものが直接に国民の権利義務又は法的地位に変動をもたらす性質を有するものとはいえない。

本件特許公報の掲載についてみると,これは,広く公衆に特許権の内容を公開する趣旨で行われる行政行為であるにすぎない。

よって,本件公開公報及び本件特許公報の掲載は,いずれも処分性がない。

なお,本件公開公報については,平成16年9月9日付けで(乙3),本件特許公報については,平成19年12月26日付けで(乙7),それぞれ訂正がされている。

(3)  控訴理由のまとめについて

〔控訴人の主張〕

原判決によれば,特許法に違反する違法無効な行政処分であっても,いったん有効に成立した特許権が審決取消訴訟において有効として最終的に確定すれば,最高裁判所に上告できない旨の明文規定が特許法で定められている以上,本件では一般の行政事件訴訟で救済を求める以外に控訴人には救済方法がないことになる。

よって,原判決は,取り消されるべきである。

〔被控訴人の主張〕

判決が確定すれば上訴できないのは,当然であるし,特許法には,「審決取消訴訟の判決が確定すれば最高裁判所に上告できない」という規定はない。

行政事件訴訟で救済を求める以外に救済方法がないというのは,何ら法的根拠がない控訴人独自の見解である。

第4当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の本件訴えはいずれも却下すべきものであると判断する。その理由は,控訴人の当審における主張に対する判断を次のとおり付加するほか,原判決の説示するところ(原判決24頁25行目~29頁20行目)と同一であるから,これを引用する。

2  当審における控訴人の主張について

(1)  争点1(訴訟類型選択の適否)について

控訴人は,願書に記載されている発明者と特許出願人に関する審査についての審査手続は,審査基準の適用外となっているので,方式審査を行うのは審査官ではなく事務官であり,当該審査手続に対する不服は特許無効審判手続でなく,行政事件訴訟手続で行われるべきであり,また,特許無効審判及びその審決に対する取消訴訟を経てもその主張が認められなかったため,やむを得ず行政事件訴訟法3条の抗告訴訟のうちの無効確認の訴えを提訴したなどと主張する。

しかしながら,特許法は,冒認出願について,特許出願の拒絶理由と定める(同法49条7号)ほか,特許無効審判の無効理由と定めている(同法123条1項6号)のであって,特許出願の願書に記載された特許出願人及び発明者に関する事項は,特許出願の審査の対象であり,特許無効審判の審理の対象であるから,控訴人の上記主張は,前提に欠けるといわざるを得ない。

さらに,控訴人は,本件特許査定の違法性についてるる主張するが,これらは,いずれも本件訴訟の適法性に関する判断を左右するものではない。

よって,控訴人の上記主張は,採用することができない。

(2)  争点2(処分性の有無)について

控訴人は,本件手続補正書の受理等が,本件特許査定に関する手続上の瑕疵を承継するから処分性を有する旨を主張するもののようである。

しかしながら,控訴人の上記主張は,本件特許査定が無効であることを前提としている上に,本件手続補正書の受理等がそれに遅れる本件特許査定の瑕疵を承継することはあり得ない。よって,控訴人の上記主張は,採用できない。

また,控訴人は,本件手続補正書の受理等が処分性を有する旨をるる主張するが,いずれも独自の見解であって,到底採用の限りではない。

3  結論

以上の次第であるから,本件控訴は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)

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