大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成24年(ネ)10002号 判決 2012年6月26日

控訴人

株式会社HDT

訴訟代理人弁護士

稲元富保

丸山裕司

株式会社ウィルコム訴訟承継人

被控訴人

更生会社株式会社ウィルコム管財人

株式会社ウィルコム訴訟承継人

被控訴人

更生会社株式会社ウィルコム管財人

上記2名訴訟代理人弁護士

片山英二

原田崇史

上記2名訴訟代理人弁理士

加藤志麻子

上記2名補佐人

黒川恵

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人が更生会社ウィルコムに対し,東京地方裁判所平成22年(ミ)第6号会社更生事件において,2億円の更生債権を有することを確定する。

第2事案の概要及び当事者の主張

1  事案の概要

(以下,控訴人(原審原告)を「原告」と,被控訴人(原審被告)を「被告」といい,原審において用いられた略語は,当審においてもそのまま用いることとする。)

原告は,本件特許権の特許権者であるが,原審において,更生会社が被告製品を販売する行為は本件特許権の侵害行為に当たると主張して,更生会社に対し,損害賠償請求訴訟を提起した。その後,更生会社につき更生手続の開始決定がされ,原告は,本件特許権侵害による損害賠償請求債権を更生債権として届け出たが,更生会社の管財人である被告らが上記債権を全額認めなかったため,訴えを変更し,更生会社の訴訟承継人である被告らに対し,10億円の更生債権を有することの確定を求めた。

原審は,被告製品は本件発明2の技術的範囲にも本件発明5の技術的範囲にも属さず,更生会社の行為は本件特許権の直接侵害行為には該当しない,さらに,更生会社の行為につき間接侵害も成立しないとして,原告の請求を棄却した。

原告はこれを不服として,上記更生債権のうち2億円の更生債権を有することの確定を求める請求について,控訴した。

2  争いのない事実

原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」「1 争いのない事実」(原判決2頁12行目ないし6頁7行目)記載のとおりであるから,これを引用する。

3  争点

(1)  被告製品は,本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

(2)  均等侵害の成否(当審において追加された予備的主張)(争点2)

(3)  間接侵害の成否(予備的主張)(争点3)

(4)  本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか(争点4)

(5)  原告の損害(争点5)

4  争点に関する当事者の主張

次のとおり当審における主張を追加,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」「3 当事者の主張」(原判決6頁13行目ないし18頁13行目)記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決11頁16行目の「わけではない。」の後に,以下のとおり加える。

「本件発明2に係る特許請求の範囲の記載上も,「電話送受信ユニットをスロット内に収納したものを含まない」という否定的構成要件は,何ら記載されていない。」

(2)  原判決11頁22行目の「なければならない。」の後に,以下のとおり加える。

「さらに,本件発明2の構成要件Gには,「前記スロットに設けられ,前記電話送受信ユニットとの間で前記操作信号と前記表示信号を入出力する信号線,及び前記通話用音声信号を入出力する信号線を含む入出力部」と記載されており,構成要件BないしEの「スピーカー」「マイク」「操作部」「表示部」が「電話送受信ユニット」側にないことを前提としているが,構成要件Aの「アンテナ」の入出力については何ら記載されていない。構成要件Gに構成要件Aの「アンテナ」の入出力部について記載がない以上,アンテナがボディ(移動体通信端末本体)側にあることは必須ではなく,アンテナを持つ電話送受信ユニットがスロット内に収納されるものを含む。また,本件発明2における移動体通信端末が,電話送受信ユニットがスロット内に収納されておらず,移動体通信も行うことができないものに限定されるとするのは,本件発明の目的,効果に反した解釈である。」

(3)  原判決11頁25行目の「(イ)」の後に,以下のとおり加える。

「特許請求の範囲の請求項1の記載上,電話送受信ユニットが「アンテナ」を備えていないという限定はされておらず,「アンテナ」を備える場合があることも予定されている。また,上記のとおり,本件発明2の構成要件Gも,アンテナが移動体通信端末本体側に備えられることを必須としておらず,アンテナが電話送受信ユニット側に備えられる場合があることも予定されている。以上のとおり,本件発明2の構成要件Aの「アンテナ」は,移動体通信端末本体に備えられるものに限定されない。」

(4)  原判決13頁4行目の「充足する。」の後に,改行して,以下のとおり加える。

「(2) 均等侵害の成否(予備的主張)(争点2)

(原告の主張)

被告製品は,被告端末本体に構成要件Aにおけるアンテナを備えていない点で本件発明2と相違するが,被告端末本体に収納された本件モジュールにアンテナを備えているので,以下のとおり,被告製品は,本件発明2の移動体通信端末と均等であり,本件発明2の技術的範囲に属する。

ア 置換可能性

被告製品では,アンテナが電話送受信ユニット(本件モジュール)側にあり,被告端末本体にはないが,本件モジュールを被告端末本体に装着するだけで,複数の回線を契約することなく,時,場所,場合に応じた快適な移動体通信を実現することができる。アンテナを被告端末本体に備えることと,被告端末本体に装着される本件モジュールに備えることとは,目的,作用効果において共通するから,置換可能性がある。

イ 置換容易性

本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,請求項2,及び段落【0019】には,電話送受信ユニット側にアンテナを備える場合があることが示唆されており,被告製品の製造時点において,本件モジュールにアンテナを備えることは,当業者が容易に想到することができる。

ウ 非本質的部分

本件発明の課題,目的,作用効果は,複数の回線を契約することなしに,時,場所,場合に応じた快適な移動体通信を実現する電話送受信ユニット及び移動体通信端末を提供することにある。複数の回線を契約することなしに移動体通信端末による移動体通信を実現する上で,アンテナを電話送受信ユニットに備えるか,移動体通信端末に備えるかは,いずれでもよい。

したがって,本件発明2において,アンテナを移動体通信端末に備えることは,本件発明の課題解決のための手段を基礎付けるほどの技術的思想の中核的,特徴的な部分ではない。

エ 被告製品の推考容易性

被告製品は,本件特許の出願時における公知技術と同一又は公知技術から当業者が出願当時に容易に推考することができたものではない。

オ 意識的除外

本件特許の出願経過等に徴しても,アンテナが電話送受信ユニット側に備えられるものを意識的に除外していることはない。

(被告らの反論)

控訴審で,初めて,均等論を主張することは,時機に後れたものであり,控訴審における審理対象にすべきではない。

のみならず,原告の均等侵害の主張は,以下のとおり,被告製品は非本質的部分の要件を満たさず,意識的除外に当たるから,失当である。

ア 非本質的部分

本件発明の解決すべき課題は,複数の回線を契約することなしに,時,場所,場合に応じた快適な移動体通信を実現することである。本件発明は,「電話送受信ユニット」と「移動体通信端末」とを別個の発明として別々の請求項に記載するとともに,「電話送受信ユニット」と「移動体通信端末」のそれぞれが有すべき構成を振り分けて特定し,これを組み合わせることによって上記課題を解決したものである。そうすると,本件発明2において,解決手段を基礎付けている構成部分は,「移動体通信端末」側にアンテナ,スピーカ,マイク,操作部,表示部,スロット,入出力部の構成が備えられていることであると解すべきであり,アンテナが「移動体通信端末」側に備えられる点は,本件発明2の本質的部分である。

平成11年9月17日付け拒絶理由通知に対する出願人の意見書(乙9。以下「本件意見書」という。)によると,移動体通信端末自身が有しているデザインへの影響を最小限にとどめるため,「電話送受信ユニット」側ではなく,「移動体通信端末」側にアンテナを設けたと解され,この点からも,アンテナを「移動体通信端末」側に設けることは,本件発明の本質的部分に該当する。

イ 意識的除外

アンテナを「電話送受信ユニット」又は「移動体通信端末」のいずれかに設けることは,当業者において自明であるにもかかわらず,出願人は,特許請求の範囲において,「移動体通信端末」側にアンテナを設けると規定したのであるから,アンテナを「電話送受信ユニット」側に設けることを意識的に除外したといえる。」

(5)  原判決13頁5行目の「(2) 間接侵害の成否(予備的主張)(争点2)」を「(3) 間接侵害の成否(予備的主張)(争点3)」と訂正する。

(6)  原判決14頁20行目の「(3) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか(争点3)」を「(4) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか(争点4)」に訂正する。

(7)  原判決17頁23行目の「(4) 原告の損害(争点4)」を「(5) 原告の損害(争点5)」に訂正する。

(8)  原判決18頁11行目の「内金10億円」を「内金2億円」に訂正する。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,本件控訴は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり付加・訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」(原判決18頁14行目ないし27頁3行目)記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決25頁12行目の「左右するものではない。」の後に,改行して,以下のとおり加える。

「また,原告は,本件発明2に係る特許請求の範囲の記載上も,「電話送受信ユニットをスロット内に収納したものを含まない」という否定的構成要件は,何ら記載されていないと主張する。しかし,前記のとおり,本件明細書の記載から,「電話送受信ユニット」と「移動体通信端末」とは別個のものであると解される以上,本件発明2に係る特許請求の範囲に「電話送受信ユニットをスロット内に収納したものを含まない」と記載されていないからといって,本件発明2における移動体通信端末は電話送受信ユニットを装着したものを含むと解することはできない。」

2  原判決25頁22行目の「左右するものではない。」の後に,改行して,以下のとおり加える。

「さらに,原告は,本件発明2の構成要件Gにアンテナの入出力について記載がない以上,アンテナが移動体通信端末本体側にあることは必須ではなく,アンテナを持つ電話送受信ユニットがスロット内に収納されるものを含むと主張する。しかし,前記のとおり,構成要件Aの記載から,移動体通信端末にアンテナを備えることが規定されていること,本件明細書の記載から,「電話送受信ユニット」と「移動体通信端末」とは別個のものであると解されることに照らすならば,構成要件Gの記載から,アンテナを持つ電話送受信ユニットがスロット内に収納されていれば移動体通信端末がアンテナを備えていることになると解することはできない。

また,原告は,本件発明2における移動体通信端末が移動体通信も行うことができないものに限定されるとの解釈を前提とすると,本件発明の目的,効果を奏しないこととなるので,採用できないと主張する。しかし,本件発明2における移動体通信端末は,それ自体では移動体通信を行うことができないとしても,電話送受信ユニットを収納することにより移動体通信を行うことができるのであるから,本件発明の目的,効果を奏しないものではない。」

3  原判決26頁9行目の「技術的範囲に属しない。」の後に,改行して,以下のとおり加える。

「2 争点2(均等侵害の成否)について

原告は,被告端末本体が構成要件Aにおけるアンテナを備えていないとしても,被告製品は本件発明2の移動体通信端末と均等であると主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は採用できない。

被告製品は,以下のとおり,出願手続において,本件発明2の移動体通信端末から意識的に除外されたものに当たるというべきである。

すなわち,本件特許権の出願手続において,原告は,特許庁から,特許出願時の特許請求の範囲の請求項1及び2が,引用文献である特開平9-149109号公報(乙7)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとの拒絶理由通知を受けたのに対し,本件意見書において,上記引用文献には,携帯電話機の無線通信機能部品を内蔵する基本部と,携帯電話機の電話機能部品を内蔵する周辺部とが,分離可能に接続するように構成された携帯電話機ユニットが開示されているが,基本部にはアンテナが設けられているため,周辺部へ装着した際,基本部全体が収納されず,その一部(アンテナ)を外部に露出する必要があるが,上記請求項に係る発明では,移動体通信端末のスロットに電話送受信ユニット全体が装着されるような形状に形成されており,これにより,移動体通信端末が有しているデザインへの影響を最小限に止めることができ,このような技術思想は,引用文献には開示も示唆もされていないとの意見を述べた(乙9)。上記出願手続過程に照らすならば,電話送受信ユニットにアンテナを設けるという構成は,意識的に除外されていたと解するのが相当である。

したがって,被告製品が本件発明2の移動体通信端末と均等であるとは認められない。」

4  原判決26頁10行目の「2 争点2(間接侵害の成否)について」を「3争点3(間接侵害の成否)について」に訂正する。

5  結論

以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の損害賠償請求は理由がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例