知財高等裁判所 平成24年(ネ)10049号 判決 2014年1月27日
控訴人(原告)
株式会社ミキ
訴訟代理人弁護士
乾てい子
補佐人弁理士
宇佐見忠男
被控訴人(被告)
株式会社カワムラサイクル
訴訟代理人弁護士
久保井一匡
今村峰夫
久保井聡明
上田純
黒田愛
松本智子
鈴木節男
中澤未生子
細川良造
河野雄介
佐藤高志
櫻井健太郎
補佐人弁理士
岡憲吾
室橋克義
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙イ号物件目録記載の車椅子を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
3 被控訴人は,前項記載の車椅子を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,9083万1232円及びこれに対する平成21年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言。
第2事案の概要
1 事案の要旨
控訴人は,名称を「車椅子」とする発明についての本件特許(特許第3993996号)の特許権者であるが,被控訴人が製造,販売等している原判決別紙イ号物件目録記載の車椅子(以下「被告物件」という。)が本件特許に係る平成23年11月24日付け訂正請求書による訂正前の請求項1の発明(訂正前発明)の技術的範囲に属すると主張して,本件特許権に基づく差止請求として被告物件の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,特許法65条1項に基づく補償金として451万1232円及び本件特許侵害の不法行為に基づく損害賠償として8632万円の合計9083万1232円とこれに対する遅延損害金の支払を求めている。
原判決は,①訂正前発明は本件特許出願前に頒布された刊行物であるドイツ連邦共和国実用新案第29721699号明細書(乙54文献)に記載された発明(乙54発明)に,実公昭43-3460号公報(乙55文献)及び実願昭50-41068号(実開昭51-120804号)のマイクロフィルム(乙59)から認められる周知技術を適用し,又は乙55文献に記載された発明(乙55発明)を適用し,当業者が容易に発明することができたものであるから,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものである,②平成23年11月24日付け手続補正書による補正後の請求項1の発明は,乙54発明に乙55発明を適用して当業者が容易に発明することができたものであるから,上記訂正がされたとしても無効事由は解消しない,として控訴人の請求を全部棄却した。
控訴人は,原判決言渡後に平成25年7月18日付けで訂正審判請求をし(訂正2013-390103号),同年8月16日,訂正を認める審決がされ,同審決はそのころ確定した。
2 前提となる事実
争いのない事実と下記掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。
(1) 本件特許
本件特許は,次の内容のとおりである。(争いのない事実,甲2,26,48,49)
① 特 許 番 号 第3993996号
② 発明の名称 車椅子
③ 出 願 日 平成13年10月23日
④ 登 録 日 平成19年 8月 3日
⑤ 平成25年7月18日付け訂正審判請求後の請求項1の発明(本件発明)に係る分説された特許請求の範囲(発明の詳細な説明において括弧をして用いられた図面の符号を参考のため加えてある。)
【a】 左右側枠(3,3)を一個または二個以上のX枠(11,12)で連結した構造であって,
【b】 該X枠(11,12)は中央(C)で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠(3,3)下部に枢着した一対の回動杆(11A,11A,12A,12A)からなり,
【c】 該一対の回動杆(11A,11A,12A,12A)の各上端には上側杆(17,17)がそれぞれ取り付けられ,
【d】 各下端には下側杆(18,18)がそれぞれ取り付けられ,
【e】 該上側杆(17,17)は上記左右側枠(3,3)に具備されている座梁部(4)に取り付けられている杆受け(16,16)にそれぞれ支持されるように設定されており,
【f】 該回動杆(11A,11A,12A,12A)の下側杆(18,18)は左右側枠(3,3)に沿った方向に配設されている枢軸(26)を介して該左右側枠(3,3)下部に枢着されており,
【g】 該左右側枠(3,3)下部には前後一対の下側杆取付部(13,13)が取り付けられており,
【h】 該下側杆取付部(13,13)には,該左右側枠(3,3)に沿う方向を向き,かつ該枢軸(26)を支持するための軸穴(13A,13B,13C)がそれぞれ複数個上下に相対して配列して設けられており,
【i】 該回動杆(11A,11A,12A,12A)下端の下側杆(18,18)を該前後一対の下側杆取付部(13,13)間に位置させて,
【j】 該車椅子(1)の使用者の体形に応じて調節される巾に対応して該下側杆取付部(13,13)の複数個の軸穴(13A,13B,13C)のうちの一つを選択して該軸穴(13A,13B,13C)に該枢軸(26)を引き抜き可能に挿通支持させることによって,該X枠(11,12)の上端部は該左右側枠(3,3)に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠(11,12)の長さを変えることなく該車椅子(1)の巾を調節可能にしたことを特徴とする
【k】 車椅子(1)。
なお,本件特許の明細書に係る図面を下記に掲記する。
file_2.jpgfile_3.jpg(2) 被告物件
被告物件は,少なくとも,次のとおりの構成を有する。(弁論の全趣旨)
【a´】 左右一対の側枠2,2を
[1]<1>X枠3と,<2>X枠3の上方でその回動軸に平行に延び,支持棒18,18に支持されている上側杆4,4と,<3>その一端の支持杆18a,18aを上側杆4,4に軸着されて上側杆4,4を回転軸に回動可能に取り付けられ,かつ,左右側枠2,2の中間柱部7,7内に挿入されることにより上下方向にスライド可能に左右側枠2,2に支持されている一対の支持棒18,18と,<4>X枠3の回動軸に平行に延びる下側杆23,23とから成る連結枠24と,
[2]前後一対の下側杆ブラケット20,20とで
連結した構成であって,
【b´】 X枠3は中心Cを支点に相互回動可能に結合されている一対の回動杆3a,3a から成り,
【c´】 一対の回動杆3a,3aの上端部13a,13aには上側杆4,4が溶接され,
【d´】 一対の回動杆3a,3aの下端部13b,13bにはX枠3の回動軸に平行に延びる下側杆23,23が溶接され,
【e´】 上側杆4,4は,上梁部2a,2aに前後一対で装着されている杆受け17,17に受けられ,
【f´】 下側杆23は,[1]外杆23aと,[2]後端23eを備える内杆23bと,[3]スプリング23cと,[4]外杆23aに取り付けられた前端23dと,を備え,
下側杆ブラケット20,20は,上下方向に延び,互いに対向して設けられている一対のスライド溝25,25を備え,下側杆23は,スプリング23cが,前端23dと後端23eとをそれぞれスライド溝25,25に,左右方向をガイドされ上下方向にスライド可能に押し当てることにより,左右側枠2の下部に取り付けられ,
軸26を,下側杆ブラケット20,20の前後一対の軸穴21A~21Cのいずれかを介して下側杆23の内部を貫通させて,前後一対の下側杆ブラケット20,20に差し渡し,
【g´】 下梁部2bの略中央には前後一対の下側杆ブラケット20,20が溶接されており,
【h´】 下側杆ブラケット20には,左右側枠2に沿う方向を向き,かつ軸26を挿入するための上下に配列された3個の軸穴21A,21B,21Cが設けられ,
【i´】 下側杆23が前後一対の下側杆ブラケット20,20の間に配置され,
【j´】 車椅子1の所望の巾に対応して下側杆23をそれぞれ前後一対の下側杆ブラケット20,20のスライド溝25,25に沿って上下方向にスライドさせて,
下側杆ブラケット20の軸穴21A~21Cのいずれかに位置を合わせるとともに軸26を位置を合わせた軸穴を介して下側杆23の内部を貫通させ,前後一対の下側杆ブラケット20,20に差し渡し,
又は軸26を軸穴21A~21Cのいずれかから抜き,
X枠3の回動杆3a,3aを中心Cを支点にして回動させ,
上側杆4を受ける杆受け17と支持杆18と共に側枠2が移動して,X枠3の上端部13aが側枠2に対して上下位置を変えることなく,かつ, X枠3の長さを変えることなく
車椅子1の所定の座巾が設定されることを特徴とする
【k´】 車椅子1。
上記記述の参考として,原判決別紙イ号物件説明書(被告の主張)に係る図面を掲記する。
file_4.jpgfile_5.jpgN 230 23a 23b Bd } | / . aa ana TIILT ah i \ ne [EL ig 2% \ 218 Sy) 2a] 2k(3) 被控訴人の行為
被控訴人は,業として被告物件を製造,販売し,又は譲渡等の申出をしている。
(争いのない事実)
(4) 警告等
① 控訴人は,被控訴人に対し,本件特許が出願公開された日(平成15年5月7日)の後である平成17年12月26日,被告物件が本件特許に係る発明に類似する旨を通知し,被控訴人は,同月29日,被告物件が本件特許に係る発明の技術的範囲に属する可能性がある旨を回答した。(甲4の1・2)
② 控訴人は,被控訴人に対し,本件特許が登録された日の後である平成19年10月11日,被告物件が本件特許発明の技術的範囲に属するとして,被告物件の製造販売の差止め等を求めるとともに,補償金請求権及び損害賠償請求権を有する旨を通知した。(甲5の1・2)
3 争点
(1) 被告物件は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)。
(2) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2)
(3) 補償金及び損害賠償金の額(争点3)
第3争点に係る当事者の主張
1 争点1(技術的範囲の属否)について
(1) 控訴人
ア 構成要件a
① 構成a´は,構成要件aを充足する。
② 被告物件では,X枠3が左右側枠2間に配置され,X枠3によって左右側枠2が連結されている。X枠3で連結した構造が存在しないのであれば,左右側枠2を連結する手段がなくなってしまい,車椅子1として成立しない。
イ 構成要件b
① 構成b´は,構成要件bを充足する。
② 被告物件においては,下側杆ブラケット20の軸穴21A~21Cが凹部に相当し,軸26が凸部に相当する。そして,凸部である軸26と,凹部である軸穴21A~21Cとの組み合わせにより,回動杆3aの下端が左右側枠2の下部に「枢着」(構成要件b)されている。
ウ 構成要件c
構成c´は,構成要件cを充足する。
エ 構成要件d
構成d´は,構成要件dを充足する。
オ 構成要件e
① 構成e´は,構成要件eを充足する。
② 被告物件の杆受け17は,X枠3の上端の上側杆4を受止して支持するものであるから,構成要件eの「杆受け」と同じである。
カ 構成要件f
① 構成f´は,構成要件fを充足する。
② 被告物件において,軸26が存在しなければ,下側杆23は下側杆ブラケット20に固定されないので,下側杆23を左右側枠2に取り付けることができない。
軸26は,X枠3の下端部と左右側枠2とを連結するために必要な構成であり,本件特許発明の「枢軸」(構成要件f)に当たる。
③ 下側杆ブラケット20に下側杆両端をガイドするスライド溝25を設けることは,単なる設計事項にすぎず,独立した特別の機能を果たす構成とはいえない。
キ 構成要件g
構成g´は,構成要件gを充足する。
ク 構成要件h
構成h´は,構成要件hを充足する。
ケ 構成要件i
構成i´は,構成要件iを充足する。
コ 構成要件j
① 構成j´は,構成要件jを充足する。
② 軸26はX枠3の下端部を左右側枠2の下部に取り付けるために必須のものであって,被告物件は,軸穴21A~21Cのうち一つを選択して当該軸穴に軸26を支持させることにより,X枠3の上端部を左右側枠2に対して上下位置を変えることなく,かつ,X枠3の長さを変えることなく車椅子1の巾を調節可能にしている。
③ 支持棒18がなくても,被告物件は本件発明の作用効果を奏する。
サ 構成要件k
構成k´は,構成要件kを充足する。
(2) 被控訴人
ア 構成要件aについて
① 構成a´が構成要件aを充足することは否認する。
② 被告物件は,X枠3だけで左右側枠2を連結しているわけではなく,X枠3,上側杆4,支持棒18,下側杆23及び下側杆ブラケット20とが一体となって左右側枠2を連結している。
したがって,被告物件には,「左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造」(構成要件a)は存しない。
イ 構成要件bについて
① 構成b´が構成要件bを充足することは否認する。
② 「枢着」とは,凹凸部分で回動自在に付けることをいうが(特許技術用語集第3版97頁〔乙1〕),被告物件の下側杆23は,その両端を下側杆ブラケット20のスライド溝25に押し当てることによって下側杆ブラケット20に上下方向にスライド可能に取り付けられており,回動杆3aの下端部にも左右側枠2の下部にも凹部又は凸部は設けられていない。
したがって,被告物件には,「下端部を該左右側枠下部に枢着した一対の回動杆」(構成要件b)は存しない。
ウ 構成要件cについて
被控訴人は,争うことを明らかにしない。
エ 構成要件dについて
① 構成d´が構成要件dを充足することは否認する。
② 訂正審判(訂正2012-390089号)の手続における控訴人の主張(乙66の1~4)並びに本件特許の明細書の記載(【0012】)及び図面によれば,本件発明の「下側杆」は,枢軸を通すためにその前端から後端までを貫通する貫通穴を備えており,この貫通穴の内径は,枢軸の外径に略等しく,かつ,軸方向において一定であるという円筒形状でなければならない。
しかしながら,被告物件の下側杆23は,外杆23aと,内杆23bと,スプリング23cと,前端23dとからなるものである。また,被告物件の軸26が下側杆23に挿通されるときには,軸26は,例えば,まず前方の軸穴21Bと前端23dに挿通されるから,下側杆23に前端から後端までガイドされることがない。
したがって,被告物件には,「下側杆」(構成要件d)が存しない。
オ 構成要件eについて
① 構成e´が構成要件eを充足することは否認する。
② 被告物件では,上側杆4は支持棒18によって支持されているのであって,杆受け17によって支持されてはいない。杆受け17は傷防止用の緩衝材にすぎない。
したがって,被告物件には,「上側杆は…杆受けに…支持される」(構成要件e)との構成が存しない。
カ 構成要件fについて
① 構成f´が構成要件fを充足することは否認する。
② 被告物件では,下側杆23は,下側杆ブラケット20のスライド溝25に押し当てられることによって下側杆ブラケット20に取り付けられている。軸26は,下側杆23を下側杆ブラケット20のスライド溝25に沿った上下方向において位置決めをするためのピンであり,下側杆23を左右側枠2に機械的に連結するものではない。それゆえ,下側杆ブラケット20から軸26を引き抜いても,下側杆23は離脱しない。
したがって,被告物件には,「枢軸を介して…枢着され(る)」(構成要件f)との構成が存しない。
③ 被告物件の下側杆ブラケット20は,左右側枠2とは独立した別個の部材であり,下側杆23はこの下側杆ブラケット20に取り付けられているにすぎない。
したがって,被告物件には,「下側杆は…左右側枠下部に枢着され(る)」(構成要件f)との構成が存しない。
④ 仮に被告物件の外杆23aを本件発明の下側杆であるとしても,外杆23aと軸26との間には,内杆23b,スプリング23c及び前端23dが介在している。
したがって,被告物件には,「下側杆は,…枢軸を介して…枢着され(る)」(構成要件f)との構成が存しない。
⑤ 上記エ②と同旨。
したがって,被告物件には,「下側杆」(構成要件f)が存しない。
キ 構成要件gについて
被控訴人は,争うことを明らかにしない。
ク 構成要件hについて
構成h´が構成要件hを充足することは否認する。
ケ 構成要件iについて
① 構成i´が構成要件iを充足することは否認する。
② 上記エ②と同旨。
したがって,被告物件には,「下側杆」(構成要件i)が存しない。
コ 構成要件jについて
① 構成j´が構成要件jを充足することは否認する。
② 被告物件では,軸26は,下側杆ブラケット20に設けられた3つの軸穴21A~21Cから一つを選択して下側杆23の位置決めをするためのものである。被告物件は,支持棒18を含めた連結枠24を用いることにより連結枠24の上端部が左右側枠2に対して上下位置を変えることなく,かつ,連結枠24の長さを変えることなく車椅子の巾を調節可能にしているものである。
したがって,被告物件には,「複数個の軸穴のうち一つを選択して該軸穴に該枢軸を挿通支持させることによって…該車椅子の巾を調節可能にした」(構成要件j)との構成は存しない。
サ 構成要件kについて
被控訴人は,争うことを明らかにしない。
2 争点2(無効の抗弁)について
(1) 被控訴人
ア 乙54発明の認定
乙54発明(ドイツ連邦共和国実用新案第29721699号公報に記載された発明)は,次のとおりである。
「2つのサイドフレーム部材21はクロスバー28によって互いに接続されており,クロスバー28は,交差点で回転ジョイントによって互いに接続された2つのリンクであるダブルリンク29,29′とシングルリンク30とからなり,2つのリンクは,それぞれの上端部に上側フレームパイプ22に固く取り付けられた係止部33と形状結合的に係合するためのシートパイプ32を備えており,また,それら2つのリンクは,それらの下端部にサイドフレーム部材21の下側フレームパイプ23に沿った方向に固く接続された軸受パイプ41をそれぞれ備えており,当該各軸受パイプ41は,軸受ブロック42に枢着され,さらにサイドフレーム部材21に支持されており,軸受ブロック42を介して上下に配列して設けられた複数の孔38の一つに支持され,複数の孔38を保持コンソール36が備え,保持コンソール36は,サイドフレーム部材21の上側フレームパイプ22と下側フレームパイプ23とに固定されており,穴38は,それぞれの使用位置においてサイドフレーム部材21間の間隔を決定し,クロスバー28の上端部は二つのサイドフレーム部材に対して上下位置を変えることなく,かつクロスバー28の長さを変えることもない,折り畳み式車椅子。」
イ 相違点認定
本件発明と乙54発明とを対比すると,
【a】 左右側枠を一個又は二個以上のX枠で連結した構造であって,
【b】 X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を左右側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,
【c】 一対の回動杆の各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,
【d】 各下端には下側杆がそれぞれ取り付けられ,
【e】 上側杆は左右側枠に具備される座梁部に取り付けられている杆受けにそれぞれ支持されるように設定されており,
【f"】 回動杆の下側杆は左右側枠に沿った方向に左右側枠下部に枢着されており,
【g】 左右側枠には,前後一対の下側杆取付部が取り付けられており,
【h"】 下側杆取付部には,左右側枠に沿う方向を向き,かつ下側杆を支持するための軸穴が相対して設けられており,
【j"】 車椅子の使用者の体形に応じて調節される巾に対応して左右側枠下部の複数個の穴の一つを選択して下側杆の上下位置を変えることによって,X枠の上端部は左右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつX枠の長さを変えることなく車椅子の巾を調節可能とした
【k】 車椅子。
である点で一致し,次の点で相違するといえる。
【相違点①】
[1] 本件発明では,X枠の回動杆下端部(下側杆)を軸で回動可能に支持する構造であるのに対し,[2]乙54発明では,回動杆下端部の軸受パイプ41を軸受ブロック42で回動可能に支持する構造である点。
【相違点②】
[1] 本件発明では,複数個の軸穴の一つに枢軸を挿通支持するのに対して,[2]乙54発明では,複数個の穴38の一つに軸受ブロック42を支持する点。
ウ 容易想到性
(ア) 公知技術又は周知技術
① 乙55文献(実公昭43-3460号公報)には,歩行補助車の折畳装置(乙55発明)において,X枠の回動杆の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,X枠金具の他端を,車体の固定軸に固設した軸穴をなす軸受に挿通した支軸で回動自由に枢支する構成が開示されている(1頁右欄18~27行目,第2図,第3図)。
② 米国特許6,227,559号明細書(乙5文献)には,X枠の回動杆の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,左右側枠下部に連結された前後一対のグロウタブ(下側杆取付部)に設けられた複数の孔の一つを選択して,そこへ軸の前後端を挿通することにより枢着位置を調整する構成(乙5発明)が開示されている(第3欄13~39行目)。
③ 特開2001-245935号公報(乙63文献)には,一対の交差フレームと側枠フレームを備え,車椅子の使用目的に応じて座高の位置を調整できるようにした車椅子において,交差フレーム間に支持手段が配設され,支持手段を構成する円筒部材の後蓋から挿入される支持ロッドが,前蓋に設けられた複数の中間部調整孔の一つにその前端部を支持させることによって,前方向に向かっての上向き加減を調整し,もって,座部の高さを調整する構成(乙63発明)が開示されている(【請求項4】【0001】【0015】【0016】【0020】)。
④ 特開平2―46845号公報(乙64文献)には,X枠の回動杆の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,左右側枠下部に,前後一対の下側杆取付部を設け,その間に下側杆を位置させる構成(乙64発明)が開示されている(4頁右上欄12行~左下欄5行目)。
⑤ 米国特許4,542,918号明細書(乙65文献)には,一対のクロス枠と側枠を備えた折り畳み式車椅子において,側枠下端部に下側杆取付部となる前後一対のジョイントベアリングを備え,その間に下側杆42を位置させることにより,X枠の下側杆を側枠下部に回転可能に枢着する構造(乙65発明)が開示されている(第5欄62行~第6欄2行目)。
(イ) 容易想到性判断
a 乙54発明と乙55発明との組合せ
乙55発明は折り畳み車椅子に関する発明であり,乙54発明とその技術分野を共通にし,さらに,巾の調整には組立分解が必要であろうことにかんがみると,乙54発明の巾の調整を容易にするという課題と,乙55発明との組立分解を簡単にするとの課題は共通している。
そして,本件発明では,軸穴から枢軸を引き抜いて,高さ調整の後に,再び枢軸を挿入するものであり,乙55発明でも,支軸8の引き抜きをするものである。また,乙54発明には,上下に並んだ複数個の穴からひとつを選択して,X枠の回動杆の下端の上下位置を調整しもって車椅子の巾調節をするとの構成が既に開示されている。
したがって,下側杆の左右側枠への枢着位置の高さ変更をする乙54発明の構成に,乙55発明に開示された支軸の構成を組み合わせて,複数個の穴の一つに軸を支持させる本件発明の構成とすることは容易である。また,かように軸を構成に加えた場合には,乙54発明の軸受ブロック42は不要なものとなるから,この変更に伴い当然に廃される。
b 乙54発明と乙5発明との組合せ
乙5発明は,乙54発明と同様に折り畳み車椅子に関する発明であり,加えて,車椅子の高さを変えずに巾を調節するという乙54発明と共通の課題を有する。
そして,乙5発明の開示事項によれば,枢着位置調整のために複数個の軸穴を設ける構成は周知技術であったということができる。
したがって,枢着位置の高さ変更をする乙54発明の構成に,上記周知技術を適用し,又は乙5発明の水平方向に設けられている複数の軸穴を上下方向に設けられる複数の軸穴との構成に変更して適用し,本件発明の構成とすることは容易である。
c 乙54発明への周知慣用技術の適用
乙55文献,乙5文献,乙63文献,乙64文献及び乙65文献からすると,[1]回動杆を用いた車椅子における回動杆下端部と左右側枠下部との枢着のため,左右側枠に沿った方向に配設されている枢軸を介して枢着させる構成(乙55,乙5),[2]軸穴が下側杆取付部に複数個配列して設けられている構成(乙5,乙63),[3]回動杆下端部が前後一対の下側杆取付部の間に位置するよう設けられた構成(乙55,乙5,乙63,乙64,乙65),[4]軸穴に枢軸を引き抜き可能に挿通支持させる構成(乙55,乙5,乙63)は,いずれも,本件特許の出願時における周知技術であった。
したがって,乙54発明にこれら周知技術を用いて,本件発明と乙54発明との相違点の構成とすることは容易であった。
d 被控訴人の主張に対して
① 乙54発明に,乙55発明や乙5発明の技術事項を組み合わせたものは,本件発明と同様に,車椅子の巾調節に際して異なる部材を必要とするものではない。また,本件特許の明細書の記載(【0018】~【0020】【図7】)によれば,本件発明の巾調節機構においてもネジが使用されており,その巾調節にはスパナやレンチ等の工具を必要とする一方,本件特許の明細書には,車椅子の巾調節において,ねじを締める必要がない構造やスパナやレンチ等の工具を必要としない構造について一切記載されていない。
② 工具を用いるからといって,専門業者が車椅子の巾調節をする必要があるということはない。
③ 本件特許の明細書では,枢軸が抜止め軸(27)で抜止めされた形態を開示するのみであり,抜止め軸(27)で抜止めされない形態については開示も示唆もなく,本件特許の明細書の記載からこれを当業者が推論できるものでもない。なお,枢軸の抜止めをすることは車椅子の安全上必須のものであり,これを不要とするのは現実に則さない。
(2) 控訴人
ア 乙54発明の認定
乙54発明は,次のとおりである。
「車台フレーム19を備え,車台フレーム19が下側フレームパイプ22と上側フレームパイプ23とをそれぞれ有す2つのサイドフレーム部材21を具備し,フレーム部材には走行方向に離隔して駆動輪とキャスタとが1つずつ支承されており,フレーム部材は,フレーム部材21に枢着され角度をなして互いに調整可能なリンク29,29’,30によって,離隔した使用位置と近接した折りたたみ位置との間で互いに向かって移動可能であり,かつ少なくとも前記使用位置において固定可能になっており,フレーム部材21と接続されたサイド部材とバックレストとによって画成される座部をさらに備えた,折りたたみ式車椅子であって,車台フレーム20を異なった幅の少なくとも2つの使用位置に調整するために,リンク29,29’,30の下端部に,軸受パイプ41がそれぞれ固く接続されており,軸受パイプ41は,サイドフレーム部材21の上側フレームパイプ22および下側フレームパイプ23に対して平行位置に延在し,かつ,それぞれのリンクから両側に突出することと,クロスバー28の両側で,サイドフレーム部材21の上側フレームパイプおよび下側フレームパイプと接続されたそれぞれ1つの保持コンソール36が設けられ,保持コンソール36には軸受パイプ41の一端をそれぞれ支承するための軸受ブロック42が収容され,保持コンソール36は,所定の垂直方向の間隔を離間させて配置された,前記リンク29,29’,30を枢着するために利用される軸受ブロック42を固定するための孔38を備えており,軸受ブロック42のねじ孔38に螺入されるねじによって固定されていることを特徴とする車椅子。」
イ 相違点認定
本件発明と乙54発明とを対比すると,次の点で相違する。
【相違点Ⅰ】
[1] 本件発明では,X枠の回動杆の下端には下側杆が取り付けられているのに対し,[2]乙54発明では,クロスバー28のリンク29,29’,30の下端に軸受パイプ41が備えられている点。
【相違点Ⅱ】
[1] 本件発明では,下側杆は左右側枠に沿った方向に配設されている枢軸を介して左右側枠に枢着されているのに対し,[2]乙54発明では,軸受パイプ41の両端部は回動可能に軸受ブロック42に支承され,枢軸が存在しない点。
【相違点Ⅲ】
[1] 本件発明では,左右側枠下部には,左右側枠に沿う方向を向き,かつ枢軸を支持するための軸穴がそれぞれ複数個上下に相対して配列して設けられている前後一対の下側杆取付部が取り付けられているのに対し,[2]乙54発明では,サイドフレーム部材21に,サイドフレーム部材21に沿う方向とは直交する方向を向き軸受ブロック42を支持するための穴38の複数個が上下に配列して設けられている保持コンソール36が取り付けられている点。
【相違点Ⅳ】
[1] 本件発明では,使用者の体形に応じて調節される巾に対応して,下側杆取付部の複数個の軸穴のうちの一つを選択し軸穴に枢軸を引き抜き可能に挿通支持させるのに対し,[2]乙54発明では,使用者の体形に応じて調節される巾に対応して,保持コンソール36の複数個の穴38のうちの一つを選択し,穴38から軸受ブロック42を固定するためのねじを軸受ブロック42のねじ孔に螺入する点。
【相違点Ⅴ】
[1] 本件発明では,下側杆取付部の複数個の軸穴は左右側枠に沿う方向を向き,相対して配列して設けられているのに対し,[2]乙54発明では,保持コンソール36の複数個の穴38はサイドフレーム部材21に沿う方向とは直交する方向を向き,相対して配列して設けられていない点。
【相違点Ⅵ】
[1] 本件発明では,軸穴は,下側杆を枢着するための枢軸を引き抜き可能に挿通支持するのに対し,[2]乙54発明では,穴38は,軸受ブロック42を固定するためのねじが貫通する穴である点。
ウ 容易想到性に対し
(ア) 公知技術又は周知技術について
乙55発明のX枠金具の下端は,連結管に取り付けられておらず,支軸で座金を介して枢支されている。また,乙55発明の軸受には,支軸を支持するための軸穴が複数個上下に相対して配列して設けられていない。支軸は軸受にボルトとナットで固定されており,支軸は,歩行用補助車を組立分解する時にナットを外して抜き取るのであり,巾調節のために抜き取るのではない(図7~図9参照)。その上,支軸は,両端において,軸受の穴,座金,X枠金具の軸穴のそれぞれに位置合わせをしつつ挿通していくことが必要であるほか,支軸の先端ねじ部には工具を使用してナットを螺着することが必要である。
したがって,乙55発明には,下側杆を所定の軸穴に位置合わせした上で軸穴及び下側杆に枢軸を挿通することにより,工具なしで車椅子の巾を調節する,という本件発明の意図は皆無である。
(イ) 容易想到性判断について
本件発明と乙54発明との間には上記イの相違点があることから,次のような作用効果の相違が生じ,本件発明には顕著な効果がある。
① 本件発明の構成によれば,調節する車椅子の巾によって異なる部材を必要とすることはなく,かつ,車椅子の巾調節に当たりスパナやレンチ等の工具を必要としない。そして,メーカーにとっては巾の異なる多種類の製品を製造しなくて済むというモジュール化の効果もある。なお,本件発明の実施例においては,枢軸を軸穴に挿通した後に抜止め軸(27)を抜止め軸孔(26A)に挿通して枢軸の抜止めを行っているが(【0016】),このような抜止め手段を施さなくても,車椅子使用時には使用者の体重がX枠,下側杆を介して枢軸に伝達され,枢軸が下側杆取付部の軸穴において下向きの力で押さえ付けられるので,枢軸が軸穴から抜け落ちることはない。
② 本件発明の構成によれば,下側杆は所定の軸穴に対する位置合わせを容易にし,車椅子の巾調節作業を円滑化しかつ合理化し,レンタル(リース)業者や販売店のような中間業者においても巾調節ができるようになる。その結果,上記中間業者における在庫を可能にし,使用者に迅速に適正巾の車椅子を提供することを可能にする。
③ 本件発明の構成によれば,巾調節作業が簡単な作業となり,作業効率が良い。
④ 本件発明の構成によれば,部品点数が少なくなるため,車椅子の製造原価が安くなる。
3 争点3(補償金及び損害賠償金の額)について
原判決29頁19行目から同31頁22行目までの記載を引用する。
第4当裁判所の判断
1 争点2(無効の抗弁)について
事案にかんがみ,まず争点2について検討する。
(1) 本件発明について
ア 本件明細書の記載
平成21年11月6日付け訂正請求書(甲17),平成23年11月24日付け訂正請求書(甲41),平成24年7月6日付け訂正審判請求書(甲45参照)及び平成25年7月18日付け(訂正)審判請求書(甲48)によって訂正された本件発明に係る明細書及び図面(本件明細書)には,次の記載がある(出願当初の明細書の記載は,甲25参照。)。
「【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は巾調節できる車いすに関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来巾調節可能な車椅子は提供されていない。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
…使用者の体形に応じて車椅子(9)の巾を調節しなければ,車椅子(9)に乗った人が車輪(91)を手で回す時,車輪(91)の巾が広すぎたり狭すぎたりして車輪(91)を回し易い位置に手をおくことが出来ないという問題点があった。」
「【0005】
【作用】
本発明では車椅子(1)の左右側枠(3,3)は前後一対のX枠(11,12)により連結され,該X枠(11,12)の回動杆(11A,11A,12A,12A)を中心Cを支点に回動させれば,…X枠(11,12)の巾,すなわち左右側枠(3,3)間の巾を調節することができる。このとき該X枠(11,12)は縦巾も変化するが,該回動杆(11A,11A,12A,12A)下端部の該左右側枠下部取付け位置が車椅子の所望の巾に対応して上下調節可能にされているので,縦巾が変化してもそれに対応して該左右側枠(3,3)を連結でき,該回動杆の上端部の上下位置,即ち座の上下位置は変化しない。
【0006】
具体的には該回動杆(11A,11A,12A,12A)下端部は,枢軸(26)を介して該側枠(3,3)下部に取り付けられており,該枢軸(26)は該側枠(3,3)下部に設けられた上下に配列している複数個の軸穴(13A,13B,13C)のうちの一つに支持されるのであるが,該回動杆(11A,11A,12A,12A)下端部を複数個の該軸穴(13A,13B,13C)のうちの一つを選び該軸穴に合わせて該枢軸(26)を挿通することによって枢着して座の高さを変えることなく該側枠(3,3)間の巾すなわち車椅子(1)の巾を段階的に調節できる。」
「【0009】
【発明の実施の形態】
…車椅子(1)の本体(2)は左右一対の側枠(3,3) からなり該側枠(3,3) は座梁部(4),前後脚柱部(5,6),アームレスト部(7),背柱部(8),フットレスト支持梁(9)および下梁(10)からなり,該側枠(3,3) は前後一対のX枠(11,12) によって結合されている。」
「【0012】左右の側枠(3,3)を連結している前後一対のX枠(11,12)は図5に示すようにそれぞれ一対の回動杆(11A,11A)および一対の回動杆(12A,12A)からなり,該一対の回動杆(11A,11A,12A,12A) はそれぞれ中心Cを支点に相互回動可能に結合しており,該一対のX枠(11,12)の上端において一対の円筒状の上側杆(17,17)が,下端においては一対の円筒状の下側杆(18,18)が差し渡され溶接されている。」
「【図5】
file_6.jpg」
「【0013】
また図6に示すように該側枠(3)下部の下梁(10)には前後一対の角柱状の下側杆取付け部(13,13)が溶接され,該下側杆取付部(13,13)には左右側枠(3,3)に沿う方向を向き,かつ枢軸(26)を支持するための軸穴(13A,13B,13C) が複数個(3個)上下に配列して設けられている。…また該側枠(3)の座梁部(4)には前後一対の杆受け(16,16)が取り付けられている。」
「【図6】
file_7.jpgrte06 1」
「【0015】
該X枠(11,12)により該側枠(3,3)を連結するには,該X枠(11,12)の円筒状の下側杆(18)を下側杆取付部(13,13)のいずれかの軸穴(13A,13B,13C)例えば軸穴(13A)に合わせ,該左右の側枠(3,3)に沿った方向に配設されている軸である枢軸(26)を,該軸穴(13A,13A)および円筒状の下側杆(18)の内部に挿通して支持する。この時該X枠(11,12)の上側杆(17)は座梁部(4)の杆受け(16,16)に支持される。」
「【0018】
本実施例の車椅子(1)の巾を調節するには,…枢軸(26)を下側杆(18)および軸穴(13A)より引き抜く。そして…X枠(11,12)の回動杆(11A,11A,12A,12A)を中心Cを支点に回動させてX枠(11,12)の巾を調節しつつ,これに合わせて側枠(3,3)を移動させて車椅子(1) の巾を調節する。
【0019】
このときX枠(11,12)の巾を狭めると,X枠(11,12)の縦巾は大きくなり,X枠(11,12)の巾を広げると,X枠(11,12)の縦巾は小さくなる。そしてX枠(11,12)の下側杆(18,18)を軸穴(13A,13B,13C)のうちの適切な軸穴を選んで位置を合わせ,該枢軸(26)を該軸穴(13A,13B,13C)および該円筒状の下側杆(18,18)の内部に挿通して該X枠(11,12) を支持させる。」
「【0021】
本実施例では軸穴およびネジ孔は3個であり,巾は3段階に調節できるが,該軸穴およびネジ孔は2個あるいは4個以上であってもよい。
またX枠は1個または3個以上であってもよい。
また軸(26,31,32)は必ずしも枢軸やネジである必要はないが,枢軸やネジであると下側杆やリンクアームが回動可能で…車椅子を折り畳むことが出来る。
【0022】
【発明の効果】
本発明では,座の高さを変えることなく車椅子の巾を調節できるので,使用者が最も操作しやすい巾に調節できる。あるいはメーカーにとっては巾の異なる多種類の製品を製造しなくて済む。」
イ 本件発明の特徴
本件明細書の上記記載によれば,本件発明は,①車椅子が使用者の体形によっては適切でないことに対して,巾調節が可能な車椅子を提供することを目的とするものであり(【0001】【0003】),②その実現のため,車椅子の左右側枠(3,3)と,この左右側枠(3,3)間に配置され,中心を支点に回動可能なX枠(11,12)とを備え(【0005】【0009】【0012】),このX枠(11,12)の上端に取り付けられた円筒状の上側杆(17,17)を,左右側枠(3,3)を構成する座梁部(4) に取り付けられた杆受け(16)に支持させ(【0012】【0013】),一方,X枠(11,12)の下端に取り付けられた円筒状の下側杆(18,18)は,左右側枠(3,3)の下部に取り付けられた下側杆取付部(13,13)に上下に配列している複数個の軸穴(13A,13B,13C)のうちの一つの位置に,枢軸(26)を挿通することで支持する(【0006】【0013】【0015】)との構成をとることによって,③X枠(11,12) の回動によってその横巾を変化させることで車椅子の巾を変化させつつ,これに伴うX枠の縦巾の増減は,下側杆(18,18)の支持位置を変えることで調整し,上側杆(17,17)の高さ位置がそのままに維持されることになり,④その結果,座の高さを変えることなく車椅子(1)の巾を調整するという効果を有するものである(【0005】【0006】【0018】【0019】【0022】)。
(2) 乙54発明について
ア 記載事項
乙54文献には,次の記載がある(訳文は乙54の2による。)。
「(原文2頁〔頁数は右上欄のものによる。以下同様。〕1~13行目,訳文1頁1~7行目)本考案は,車台フレームを備え,該車台フレームが下側フレームパイプと上側フレームパイプとをそれぞれ有する2つのサイドフレーム部材を具備し,該フレーム部材には走行方向に離隔して駆動輪とキャスタとが1つずつ支承されており,フレーム部材は,該フレーム部材に枢着され角度をなして互いに調整可能な支柱によって,離隔した使用位置と近接した折りたたみ位置との間で互いに向かって移動可能であり,かつ少なくとも使用位置において固定可能になっており,フレーム部材と接続された側方部材とバックレストとによって画成される座部をさらに備えた,折りたたみ式車椅子に関する。」
「(原文2頁1~23行目,訳文1頁14~25行目)互いに溶接されたパイプからなるサイドフレーム部材には,一方の側に,通常,後側駆動輪が1つずつと,他方の側に,垂直軸を中心に回動可能な前側キャスタが1つずつ支承されている。この車椅子では,クロスバーが,互いに交差するパイプまたはリンクからなり,これらのパイプまたはリンクは,交差点に関節状に互いに接続されており,下端部がサイドフレーム部材の下側フレームパイプにそれぞれ枢着されている。クロスバーをなすパイプまたはリンクのそれぞれの他端とシートパイプとが固く接続されており,このシートパイプには,通常,丈夫な帆布からなる座部の長手方向縁部が固定されており,使用位置において,サイドフレーム部材の上側フレームパイプと係止可能である。
この車椅子では,例えば潜在的ユーザの体格の違いといった種々の要求に適応できないか,または少なくとも非常に適応し難いため不十分である。したがって,本考案の基礎となる課題は,種々の要求に対する適応性を改善した折りたたみ式車椅子を提供することである。」「(原文2頁24行~3頁8行目,訳文1頁26~33行目)上記課題は,車台フレームを異なった幅の少なくとも2つの使用位置に調整するために,サイドフレーム部材がそれらの間隔に関して互いに調節可能であり,それぞれ1つの使用位置に対応する調整ポジションでロック可能であることによって解決される。
したがって,本考案は,車台フレームの両サイドフレーム部材の間隔を変更することによって車椅子の使用位置をユーザのそれぞれの要求に適応させることであり,その場合に,フレーム部材を少なくとも2つの異なった間隔に調整することができる。これらの調整位置間での調整だけでなく,さらに調整できることが可能であり,しかもフレーム部材間隔を段階的または連続的に変更することができる。」
「(原文3頁23行~4頁11行目,訳文1頁41行~2頁5行目)サイドフレーム部材をクロスバーによって互いに接続した車台フレームでは,本考案の一展開形態により,リンクの下端部とサイドフレーム部材との枢着点の高さが変更可能であるように形成することが合目的的であることが明らかになった。車台フレームの幅調節は,クロスバーリンクの下端部をどの高さポジションで車台フレームのサイドフレーム部材に枢着するかに依存して行われる。この場合,それぞれの使用位置での係止は,例えば,使用位置において,サイドフレーム部材の上側フレームパイプから突出する係止部が形状結合的に係合する,リンクの上端部と接続されたシートパイプによってそのまま変わらない。
車台フレームの幅の調整と,ひいては座幅調整は,この展開形態では,それぞれの使用位置において,互いに交差するクロスバーのリンクがなす角度が変更されることによって行われる。その場合,座部の高さは変わらない。」
「(原文4頁12行~5頁8行目,訳文2頁6~20行目)他の有意義な展開形態では,リンクの下端部が,異なった高さ位置でサイドフレーム部材に固定可能な軸受ブロックによってサイドフレーム部材に枢着されている。この軸受ブロックは,サイドフレーム部材の上側フレームパイプと下側フレームパイプとの間に延在する保持コンソールに収容され,かつ垂直方向に互いに離隔した所定の調整ポジションで保持コンソールに固定可能であり得る。
この展開形態では,リンクの下端部に,軸受パイプがそれぞれ固く接続されており,該軸受パイプは,サイドフレーム部材の上側フレームパイプおよび下側フレームパイプに対して平行位置に延在し,かつそれぞれのリンクから両側に突出するならば,そしてリンクの両側で,サイドフレーム部材の上側フレームパイプおよび下側フレームパイプと接続されたそれぞれ1つの保持コンソールが設けられ,該保持コンソールには軸受パイプの一端をそれぞれ支承するための軸受ブロックが収容されているならば合目的的であることも判明した。
さらに,保持コンソールが所定の垂直方向の間隔を離間させて配置された,リンクを枢着するために利用される軸受ブロックを固定するための孔を備えているならば,保持コンソールでの軸受ブロックの特に簡単な高さ調整が可能である。」「(原文7頁7行~8頁18行目,訳文2頁50行~3頁24行目)図2~図4に示された本考案に係る車台フレーム20は,図1に示された車台フレーム1と全く類似に,2つのサイドフレーム部材21を有し,これらのサイドフレーム部材は,それぞれ1つの上側フレームパイプおよび下側フレームパイプ22,23と,これらを互いに接続する前側フレームパイプおよび後側フレームパイプとからなる。
サイドフレーム部材21はクロスバー28によって互いに接続されており,クロスバーは,交差点で回転ジョイントによって互いに接続された2つのリンクと,ダブルのリンク29,29’と,これらと交差するシングルのリンク30とからなる。クロスバーリンクは,それぞれの上端部に,上側フレームパイプ22に固く取り付けられた係止部33と形状結合的に係合するためのシートパイプ32を備えている。
先行技術の車台フレーム1とは異なり,車台フレーム20は,車椅子のそれぞれの使用位置において両フレーム部材21間の間隔と,ひいては座幅を調節するための装置を備えている。
この目的で,両サイドフレーム部材21には,クロスバー28の両側に,ダブルリンク29,29’およびシングルリンク30のそれぞれの下端部を枢着するためのそれぞれ同様に形成された保持コンソール36が2つずつ,走行方向に離隔して配置されている。金属形材として形成された保持コンソール36は,垂直方向に延在し,それぞれの両端部で止め輪37により,それぞれのサイドフレーム部材21の上側フレームパイプ22と下側フレームパイプ23とに固定されている。保持コンソール36の各々は,同じ数の穴38を備えており,これらの穴は,保持コンソール36の取付け位置において垂直方向に離隔して配置されており,車台フレーム20に配置された全保持コンソール36のそれぞれ対応する穴38が水平面上に延びる。
ダブルリンク29,29’およびシングルリンク30は,それらの下端部に軸受パイプ41をそれぞれ備えており,この軸受パイプは,それぞれのリンクの長手方向に対して垂直に,かつ取り付けられた状態で,上側もしくは下側フレームパイプ22,23に対して平行に延びる。」
「(原文8頁18~20行目,訳文3頁24~25行目)軸受パイプ41の端部は,軸受ブロック42に軸が固定されているが,回動可能に支承されている。」
「(原文8頁20行~9頁18行目,訳文3頁25行~3頁40行目)軸受ブロック42は,保持コンソール36から車椅子内側に突出し,かつこれらの保持コンソールと公知の態様で固く,しかし,例えば穴38を貫通し軸受ブロック42のねじ孔に螺入されるねじによって着脱可能に接続されている。
図3および図4に示されるように,それぞれの軸受ブロック42を固定するために設けられた穴38は,それぞれの使用位置においてサイドフレーム部材21間の間隔を決定する。図3において,軸受ブロック42は,下側フレームパイプ23の領域に直接配置された穴38に固定されている。このことにより,使用位置において,ダブルリンク29,29’およびシングルリンク30と水平線との角度が略30°になり,したがって比較的狭い座幅になる。
これに対して図4に示された調整位置では,ダブルリンク29,29’およびシングルリンク30を保持コンソール36の穴38に枢着するために軸受ブロック42が固定されており,穴は,それぞれの上側フレームパイプ22と下側フレームパイプ23との間の略中央に配置されている。使用位置においてリンク29および29’もしくは30と水平線とがなす角度は,図3に示される例よりもはるかに平坦であり,略15°である。したがって,この調整位置では,両サイドフレーム部材21間の間隔と,ひいては座幅が図3の調整位置での場合よりも大きい。」
「(図面)
file_8.jpgL cine eae ee et tooofile_9.jpg28 4 WS ug 48 ) ) af 2file_10.jpg」
イ 発明の認定
上記アの記載によれば,乙54文献には,次の発明(乙54発明)が記載されているものと認められる。
「2つのサイドフレーム部材21はクロスバー28によって互いに接続されており,
クロスバー28は,交差点で回転ジョイントによって互いに接続された2つのリンクである,ダブルリンク29,29’と,シングルリンク30とからなり,
それら2つのリンクは,それぞれの上端部に,上側フレームパイプ22に固く取り付けられた係止部33と形状結合的に係合するためのシートパイプ32を備えており,また,それら2つのリンクは,それぞれの下端部に固く接続された軸受パイプ41を,サイドフレーム部材21の下側フレームパイプ23に沿った方向に備えており,
当該各軸受パイプ41には軸が挿通され,当該軸に当該軸受パイプ41は回動可能に支承され,さらに,当該軸を介して当該軸受パイプ41は,軸受ブロック42に枢着され,さらにサイドフレーム部材21に支持されており,
当該軸受ブロック42は,サイドフレーム部材21の上側フレームパイプ22と下側フレームパイプ23との間に延在する保持コンソール36に上下に配列して設けられた複数の穴38の一つに,例えば前記穴38を貫通し軸受ブロック42のねじ孔に螺入されるねじによって固く着脱可能に接続して用いられて,各リンクの下端部に接続された軸受パイプ41を異なった高さ位置でサイドフレーム部材に枢着せしめることにより,
座部の高さを変えることなく,かつ,クロスバー28の長さを変えることなく,車台フレームの幅を調整してユーザの体格に適応可能とした,
車椅子。」
ウ 乙54発明の認定の理由について
軸受パイプ41と各軸受ブロック42との関係について,乙54文献には,「(訳文3頁24~25行目)軸受パイプ41の端部は,軸受ブロック42に軸が固定されているが,回動可能に支承されている。」と記載されるところ,この記載からは,軸受パイプ41の端部自体が軸受ブロック42に枢着されているとも,軸受パイプ41に軸が挿通され,軸受ブロック42に固定された軸を介して軸受パイプ41が軸受ブロック42に枢着されているとも,両様に解し得る。
そこで,更に乙54文献の図面の内容を検討すれば,次のとおりである。
① 乙54文献の図2a(Fig.2a),図2b(Fig.2b),図3(Fig.3)及び図4(Fig.4)には,円形の軸受パイプ41の両端の外径と,かまぼこ型の軸受ブロック42の内接円の外径とが一致していることが見て取れる。このように軸受パイプ41の直径と軸受ブロック42の内接円の直径とが同一である場合には,軸受パイプ41の端部を受け入れるための穴を軸受ブロック42に形成することは,機械設計上あり得ないことである。
② 乙54文献には,「(訳文3頁25~27行目)軸受ブロック42は,保持コンソール36から車椅子内側に突出し,かつこれらの保持コンソールと公知の態様で固く,しかし,例えば穴38を貫通し軸受ブロック42のねじ孔に螺入されるねじによって着脱可能に接続されている。」との記載があり,また,乙54文献の図3(Fig.3)及び図4(Fig.4)には,軸受ブロック42の上下方向の中心線と保持コンソール36の穴38の上下方向の中心線とが一致していることが見て取れる。
このことを前提に,乙54文献の図2a(Fig.2a),図2b(Fig.2b),図3(Fig.3)及び図4(Fig.4)を見てみると,仮に軸受パイプ41の端部を受け入れる穴が軸受ブロック42に形成されてあるとした場合,軸受パイプ41を軸受ブロック42に対して回動可能とするためには,軸受パイプ41の端部と,軸受ブロック42のねじ孔に螺入されるねじとが干渉しないように,ねじを極めて浅い位置までしか挿入できないこととなる。一方で,軸受ブロック42は車椅子に搭乗する人間の体重を支えるものであるから,保持コンソール36とのねじ止めは一定の強度が必要とされるところ,上記のような浅い位置までの挿入によっては十分な強度を得られないものと予想される。したがって,軸受パイプ41の端部を受け入れる穴を軸受ブロック42に形成することは,機械設計上極めて困難なことである。
③ 乙54文献の図3(Fig.3)及び図4(Fig.4)は,図示された内容から断面図であるものと理解されるが,軸受パイプ41に対応する部分に大小三つの同心円からなる円形が描かれている。この同心円が軸受パイプ41の断面を表していることは明らかであるから,大きな円は,軸受パイプ41の外周線を,中間の円は,軸受パイプ41の内周線を表しているとみるのが自然である。そうすると,小さな円は,軸受パイプ41の内部に挿入された部材を表す線とみるのが相当であるところ,これは,乙54文献に前記のとおり軸受ブロック42が軸受パイプ41を回動可能に支承すると記載されている(訳文3頁24~25行目)ことからみて,軸受パイプ内に挿通された軸と解するのが合理的である。
以上①~③の点からみて,乙54発明の軸受パイプ41は,サイドフレーム部材21に沿った方向に配設されている軸を介して軸受ブロック42に枢着されていると認定するのが相当であり,前記明細書(訳文)の記載を前提として,乙54文献の図面に接した当業者もそのように理解するものといえる。
(3) 対比
ア 相違点認定について
本件発明と上記(2)に認定の乙54発明を対比すると,本件発明と乙54発明とは,次の点で相違し,その余の点で一致する。
【相違点②´】
[1]本件発明は,枢軸を支持するための軸穴を下側杆取付部に複数個上下に相対して配列して設け,下側杆を前後一対の下側杆取付部間に位置させて,軸穴に枢軸を引き抜き可能に挿通支持させるものであるのに対し,[2]´乙54発明は,軸受パイプ41(下側杆に相当)に挿通される軸を枢支する軸受ブロック42を,サイドフレーム部材間に延在する保持コンソール36に上下に配列して設けられた複数の穴38の一つに,例えばねじによって固く着脱可能に接続するものであり,また,軸受パイプ41に挿通した軸は引き抜き可能かどうか不明である点。
上記(2)ウに説示のとおり,乙54発明の軸受パイプ41は,サイドフレーム部材21に沿った方向に配設されている軸を介して軸受ブロック42に枢着されていると認められるものであるから,被控訴人主張の相違点①は存在せず,また,被控訴人主張の相違点②を上記(2)イに認定の乙54発明の構成を踏まえて整理すれば,相違点②´のとおりとなる。
イ 控訴人の主張に対して
控訴人は,本件発明と乙54発明との間には,相違点Ⅰ~Ⅵ(前記第3,2(2)イ)がある旨を主張し,これは,相違点②´(相違点Ⅲ,相違点Ⅳ及び相違点Ⅴに対応)のほかに相違点Ⅰ,相違点Ⅱ及び相違点Ⅵが存するとの主張である。
しかしながら,上記認定のとおり,乙54発明では,軸受パイプ41がサイドフレーム部材21に沿った方向に配設されている軸を介して軸受ブロック42に枢着されている。したがって,相違点Ⅰは,軸受パイプ41が枢軸ではなく下側杆に相当することを見誤るものであり,相違点Ⅱ及び相違点Ⅵは,軸受パイプ41が軸を介して軸受ブロック42に枢着されているという乙54発明の構成を誤認した結果であるから,いずれも採用することはできない。
また,控訴人は,相違点②´に対応する部分を相違点Ⅲ,相違点Ⅳ及び相違点Ⅴに細分化する。
しかしながら,乙54発明は,軸受パイプ41(下側杆に相当)の支持構造として,軸受パイプ41に挿通されサイドフレーム部材21の下側フレームパイプ23に沿った方向に配設されている軸が,当該下側フレームパイプ23に沿った方向を向く,軸受ブロック42の軸穴に支持され,軸受ブロック42が保持コンソール36に複数個上下に配列して設けられた穴38にねじ等の接続によって支持されるとの一連の技術的機構を備えているものと理解できる。
したがって,この軸を介した一連の機構を分断して容易想到性判断に供するのは相当ではないから,控訴人の上記主張は,相違点②´の限度においてのみ採用することができ,その余は採用することができない。
(4) 容易想到性について
ア 引用文献の記載事項
本件特許出願前に頒布された刊行物である乙63文献及び乙5文献には,以下の記載がある。
① 乙63文献(特開2001-245935号公報)の記載事項
「【0013】…サイドフレーム10には座部20に設けられた支持ロッド30が支持される支持手段40が設けられている。前記座部20は,折り畳み可能な交差フレーム21の上端に車椅子の前後方向に左右対称的に配設された側端フレーム22から構成されている。前記交差フレームは,X状に交差して連結された一対のフレームから構成されている。また,交差フレーム21の各々下端には貫通孔21aが形成されている。そして,これらの交差フレーム21間に支持手段40が配設されている。」
「【0014】次に,上記した支持手段40について図2に基づいて説明する。
【0015】前記支持手段40は,円筒部材41と,この円筒部材41の両端部に嵌合される前蓋42と後蓋44とにより構成されており,かかる円筒部材41の両端部が車椅子200の前後方向となるようにサイドフレーム10の下側後端部に一体形成されている。図示するように,前蓋42には,支持ロッド30の前端部が挿入される調整孔43が縦方向に3箇所穿設されている。図3に示すように,前記調整孔43のうち,下部調整孔43cは,略水平方向に設けられており,中間部調整孔43bは,前記下部調整孔43cよりも車椅子の前方向に向かって上向きになるように設けられており,上部調整孔43aは,中間部調整孔43bよりもさらに車椅子の前方向に向かって上向きになるように形成されている。
【0016】また,図4に示すように,後蓋44には,支持ロッド30の後端部を支持する支持孔45が一つ穿設されている。かかる支持孔45は,後蓋44の外壁端部44aから前蓋方向に徐々に縦方向に広がる楕円形状に形成されている。このように支持孔45を縦方向に長い楕円形状に形成したことにより,支持ロッド30の後端を支点として支持ロッド30の前端を前蓋42に穿設された上部調整孔43a乃至下部調整孔43cのいずれかの調整孔43に挿入させることができる。以上にように構成された支持手段40においては,図1に示すように,支持ロッド30を後蓋44の支持孔45から前蓋42の任意の調整孔43にわたって挿通させるとともに,前蓋42及び後蓋44から突出する支持ロッド30の前後端をワッシャを介してナットによって締付け固定させる。このように構成された支持手段においては,例えば,支持ロッド30の前端を前蓋42に形成された下部調整孔43cに挿入されることにより,側端フレームを水平に固定することができる。また,支持ロッド30の前端を中間部調整孔に挿入させることにより,側端フレームの前端を後端よりも高く位置に固定することができる。このように支持ロッドを前蓋42に穿設された任意の調整孔43に挿通させることによって,座部20の高さを調整することが可能となる。」
「【図2】
file_11.jpg」
「【図3】
file_12.jpg42 meee 43a 43b 43c」
「【図4】
file_13.jpg45 44 44a
② 乙5文献(米国特許第6,227,559号明細書)の記載事項
「(原文第3欄13~39行目,訳文は甲47による。)図3に示すようにクロスブレイス14は,一般に,ピボット40によって接続されている,38で示される2つの部材を含む折りたたみ機構である。各クロスブレイス部材38の上下端52,46は,対応する上下のサイドレール28,30に,対応する上部および下部グロウタブ72,58によって接続されている。
一対の下部グロウタブ58(図4)のそれぞれは,下側レール30に接続されている第1端64を有する。相互に整列した開口部68は,各下部グロウタブ58の第2端66に至るまで,多数存在している。3つの開口部のみが示されているが,任意の適切な数の開口部を提供することができる。下部グロウタブ58の開口部68は,整列するように適合されている。下部グロウタブ58は,その間に,前後方向に空間を空けて,縦チャネル62を提供するように配置されている。チャネル62は,クロスブレイス部材38の下端46を受け入れるように適合される。クロスブレイス部材38の下端46に設けられている開口部69は,下部グロウタブ58の相互に整列した開口部68の1つと相互整列するように適合されている。相互に整列する開口部68,69のペアは,クロスブレイス部材38の下端46を枢支するために,留め具70を受容するように適合されている。下側レール30間の間隔は,…各クロスブレイス部材38の下端46の,下部グロウタブ58に対する相対位置を変えることにより,変化させることができる。タブの開口部68は,下側レール30間の間隔を均等に増分調整できるように,均等に離間させることができる。」
「(図3)
file_14.bmp」
「(図4)
file_15.jpg」
イ 容易想到性判断
上記(3)アのとおり,本件発明と乙54発明とは,X枠の長さを変えずに,かつ,左右側枠に対するX枠上端部の上下位置を変えずに車椅子の巾を調節可能にするための構成として,下側杆(軸受パイプ41)に軸を挿通しこれを支持するための軸穴を下側杆取付部(軸受ブロック42)に相対して設けるとともに,下側杆の支持部を複数設けるとの点で一致している。
また,上記(3)イによれば,乙54発明の軸受パイプ41の支持構造は,本件発明に相当する構成でいえば,下側杆に挿通され左右側枠に沿う方向に配設されている枢軸が,左右側枠に沿う方向を向く下側杆取付部の軸穴に支持され,下側杆取付部が左右側枠に複数個上下に配列して設けられたねじ穴に支持されるとの一連の技術的機構を備えていたものと理解できる。
上記の点にかんがみると,結局,相違点②´に係る本件発明の構成とは,本件発明の技術課題と直接的な関連を有するものではなく,軸,軸受ブロック,ねじなどを用いた軸受支持構造に代えて,部材の数を低減させ,軸と両端取付部を用いた軸受支持構造を採用したものであるといえる。
しかるに,上記アの認定によれば,乙63文献及び乙5文献には,両端部に縦貫する穴を有する部材を穴を有する対向二片部間に配置するとともに,対向二片部の穴に軸を通してナット等で着脱可能に接続することで,対向二片部の穴がその間に挿入された穴を有する部材を回動可能に支持する構造が開示されている。このことからも明らかなように,穴のある軸受部材に着脱可能な軸を接続して軸受部材間に配置された別部材を回動可能に支持する構造は,本件特許の出願当時,広く一般的に用いられている周知技術であると認められる。
そうすると,乙54発明における軸受支持構造に代えて,部材数を低減させて同等の構成を実現した上記周知技術の軸受支持構造を採用し,相違点②´に係る本件発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものといえる。
ウ 控訴人の主張に対して
控訴人は,本件発明は車椅子の巾調節に当たって工具が不要である効果を有する旨を主張するが,本件発明は,その特許請求の範囲の記載において枢軸の抜止め手段を限定しておらず,ナット等で枢軸の抜止めをする構成も排除されていない。なお,枢軸に抜止め手段を施さないことは,車椅子が通常有すべき安全性の観点からみて,技術上想定し難い(本件発明は枢軸の構造も限定しておらず,単なる棒状のものとする構成も排除されていない。)。そのほか控訴人がるる主張するところも,本件明細書に記載のない効果をいうものか,乙54発明に前記周知技術を適用して得られた結果から当業者が予測可能な範囲内のものである。
したがって,本件発明に顕著な効果があるとの控訴人の主張は,採用することができない。
(5) 小括
以上のとおりであるから,本件発明に係る本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件発明に係る特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
2 まとめ
以上から,その余の点について判断するまでもなく控訴人の本件請求はいずれも理由がない。
第5結論
よって,控訴人の本件請求をいずれも棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)