大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成24年(ネ)10060号 判決 2012年12月12日

控訴人

株式会社日本デジコム

同訴訟代理人弁護士

西村寿男

同訴訟復代理人弁護士

福田盛行

湊谷秀光

被控訴人

スカパーJSAT株式会社

同訴訟代理人弁護士

野村晋右

伊藤弘隆

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,5億6000万円(予備的に4億3000万円)及びこれに対する平成21年6月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

本判決の略称は,文中で特に定めるものを除き,原判決に従う。ただし,原判決中,「被告JSAT MOBILE Communications 株式会社」又は「被告JSATモバイル」とあるのは「JSATモバイル」と読み替える。

1  本件は,控訴人が,被控訴人に対し,以下の損害賠償を求めている事案である(併合態様は,後記の本件請求1及び2は選択的併合,本件請求3ないし6は単純併合であり,本件請求7は,本件請求3及び4の予備的請求である。)。

(1)  被控訴人の前身であるジェイサット株式会社(ジェイサット)は,①控訴人の営業秘密である原判決別紙営業秘密目録記載1ないし8の各情報(本件各情報)を取得するため,控訴人に対し,資本提携契約の履行のためには控訴人の株式の価格を決定する必要があり,そのためには控訴人に対する法務及び財務の各デューデリジェンス(本件DD)を行う必要があるとの虚偽の事実を申し向けて,平成19年10月5日から平成20年1月15日まで本件DDを行い,本件各情報を取得した,②仮に,そうでないとしても,平成19年11月5日頃には控訴人との共同事業の中止を決定していたのに,これを秘して,控訴人に対し,上記のとおり虚偽の事実を申し向け,本件DDを継続して本件各情報を取得したとして,不法行為に基づき,逸失利益等として,5億9500万2929円の内金2億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年6月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(以下「本件請求1」という。)。

(2)  ジェイサットは,控訴人との間の平成19年6月19日付け秘密保持契約(本件秘密保持契約)に違反して,控訴人から取得した本件各情報を第三者であるJSATモバイル及び株式会社衛星ネットワーク(衛星ネットワーク)に開示したとして,債務不履行に基づき,逸失利益等として,5億0457万7929円の内金2億円及びこれに対する平成21年6月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(以下「本件請求2」という。)。

(3)  ジェイサットは,平成19年8月7日(予備的に同年10月4日),本件事業に関し控訴人との間で業務提携契約(本件業務提携契約)を締結したにもかかわらず,平成20年1月15日,控訴人に対し,何ら解約理由を示さず一方的に同契約を解約する旨の通知をし,以後,その履行を拒んでいるとして,債務不履行に基づき,逸失利益として,14億1647万5000円の内金2億円及びこれに対する平成21年6月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(以下「本件請求3」という。)。

(4)  ジェイサットは,平成19年10月4日,インマルサット衛星通信事業(本件事業)に関し,控訴人との間で資本提携契約(本件資本提携契約)を締結したにもかかわらず,平成20年1月15日,控訴人に対し何ら解約理由を示さず一方的に同契約を解約する旨の通知をし,以後,その履行を拒んでいるとして,債務不履行に基づき,逸失利益として,8億0225万5000円の内金3000万円及びこれに対する平成21年6月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(以下「本件請求4」という。)。

(5)  ジェイサットは,控訴人から開示を受けた控訴人とストラトス社との間のサービスプロバイダ契約(本件サービスプロバイダ契約)に関する情報(本件契約情報)を使用してストラトス社との合弁会社であるJSATモバイルを設立し,同社において控訴人と競合する本件事業を行うことにより,控訴人の重要な営業権である本件サービスプロバイダ契約を侵害し控訴人に損害を与えたとして,不法行為に基づき,逸失利益として,3億4559万0085円の内金3000万円及びこれに対する平成21年6月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(以下「本件請求5」という。)。

(6)  ジェイサットは,平成20年1月15日に本件業務提携契約及び本件資本提携契約を解約した際,控訴人がNTTドコモとの間で進めていた提携交渉については妨害も干渉もしないとの合意(本件合意)をしたにもかかわらず,これに反して妨害又は干渉(本件妨害等)を行い,その結果,控訴人とNTTドコモとの間の上記提携交渉は平成20年10月頃打切りになったとして,債務不履行に基づき,逸失利益として,23億4239万9503円の内金1億円及びこれに対する平成21年6月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(以下「本件請求6」という。)。

(7)  仮に,本件業務提携契約及び本件資本提携契約(本件業務提携契約等)が成立していなかったとしても,ジェイサットが正当な事由なしにこれらの契約を締結しなかったことは,契約の成立に関する控訴人の期待権を侵害したものであるとして,不法行為に基づき,費用等の損害賠償として,1億円及びこれに対する平成21年6月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(以下「本件請求7」という。)。

2  原判決は,控訴人の上記請求をいずれも棄却したため,控訴人が,これを不服として,本件控訴に及んだ。

3  前提となる事実

前提となる事実は,原判決7頁11行目から13頁13行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

4  本件訴訟の争点

(1)  本件請求1について

不法行為の成否-本件DDの違法性

(2)  本件請求2について

秘密保持契約違反の有無

(3)  本件請求3について

本件業務提携契約の成否

(4)  本件請求4について

本件資本提携契約の成否

(5)  本件請求5について

営業権侵害の成否

(6)  本件請求6について

本件合意及び本件妨害等の有無

(7)  本件請求7について

期待権侵害の成否

(8)  本件請求1ないし7について

損害の発生及び額

第3当事者の主張

1  当事者の主張は,次のとおり訂正するほかは,原判決21頁8行目から29頁8行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決21頁8行目から同25行目までを以下のとおり改める。

「(1) 争点(1)(不正行為の成否-本件DDの違法性)について

〔控訴人の主張〕

ア ジェイサットは,以下のとおり,本件DDの際に控訴人から本件各情報の開示を受けた。

(ア) 本件情報1及び2は,控訴人の平成18年10月31日付け電気通信事業登録申請書(甲41。本件電気通信事業登録申請書)添付のネットワーク構成図(本件ネットワーク構成図)に記載されていた。甲10(登録証)と甲41(本件電気通信事業登録申請書)とは一体のものとして綴られており,甲10(登録証)の右上にある「C-2」,「E-5」の書き込みは,ジェイサットが,控訴人から甲10(登録証)と甲41(本件電気通信事業登録申請書)が一体となった綴りを受け取った後,本件DDの際に記入したものである。上記書き込みは,「法務デュー・ディリジェンス開示依頼資料リスト」と題する書面(甲20添付のリスト)の項目番号に記載されている番号である。

(イ) 本件情報3は,控訴人の特定無線局免許状2通(甲11,12。本件特定無線局免許状)と特定無線局免許申請書2通(甲80,81。本件特定無線局免許申請書)に記載されていた。本件特定無線局免許状と本件特定無線局免許申請書とは一体となって綴られていた。本件特定無線局免許状の右上には,それぞれ,「C-2」,「E-5」の書き込みがなされているが,同書き込みは,ジェイサットが,各免許状を控訴人から受け取った後,本件DDを実施する際に書き込んだものである。上記書き込みは甲20添付のリストの項目番号に記載されている数字である。

(ウ) 本件情報4は,控訴人・ザンティック社間の平成18年3月31日付けサービスプロバイダ契約書(甲82)に記載されていた。同契約書は,甲20添付のリストC-9の「製品・商品・サービス調達に関する契約書」としてジェイサットに提出された。

(エ) 本件情報5のうち,①衛星通信サービスの仕入価格は,ストラトス社からのものが控訴人・ストラトス社間の平成20年4月21日付け契約書(甲60)及び控訴人・ザンティック社間の平成18年3月31日付け契約書(甲82)に,FRANCE TELECOM MOBILE SATELLITE COMMUNICATIONS(フランステレコム社)からのものが控訴人・フランステレコム社間の平成14年7月付け契約書(甲112)及び控訴人・フランステレコム社間の平成17年12月26日付け契約書(甲113)に,TELENOR SATTELLITE SERVICES AS(テレノア社)からのものが控訴人・テレノア社間の契約書(契約番号 18685。甲114)にそれぞれ記載されていた。また,②衛星通信機器の仕入価格は,控訴人・Thrane & Thrane A/S(トラネ社)間の平成19年10月19日付け契約書(甲58)及びトラネ社の製品価格表(甲115の1,2)にそれぞれ記載されていた。これらの契約書等は,甲20添付のリストC-9の「製品・商品・サービス調達に関する契約書」としてジェイサットに提出された。

(オ) 本件情報6は,控訴人の総勘定元帳及び勘定科目内訳書の電子データ(甲116~118)に記載されていた。これらの資料は,「PJ John 財務DD依頼資料リスト」と題する書面(甲21)に記載されており,電子データとしてジェイサットに提出された。また,これらの資料に基づく本件財務DDの結果が本件財務DDに関する報告書に記載されている。

(カ) 本件情報7は,控訴人の顧客別の営業報告書としてジェイサットに提出されており,甲79がその一部である。

(キ) 本件情報8は,控訴人の総勘定元帳及び勘定科目内訳書の電子データ(甲119~121)に記載されていた。これらの資料は,「PJ John 財務DD依頼資料リスト」と題する書面(甲21)に記載されており,電子データとしてジェイサットに提出された。また,これらの資料に基づく本件財務DDの結果が本件財務DDに関する報告書に記載されている。

イ ジェイサットは,平成19年9月18日頃,ストラトス社に対し,控訴人を排除してジェイサットとストラトス社との間で合弁会社を設立し,合弁会社で本件事業を行いたいとの申入れをし,ストラトス社の内諾を得て合併交渉を進めていた。すなわち,ジェイサットは,同日頃には,控訴人との業務提携等を中止し,控訴人と競合する合弁会社を設立して同合弁会社が本件事業を行うことを決定していた。しかるに,ジェイサットは,控訴人の営業秘密である本件各情報を取得するため,これを秘して,控訴人に対し,資本提携の履行には控訴人の株式の価格を算定する必要があり,そのためには本件DDを行う必要があるとの虚偽の事実を申し向け,平成19年10月5日から平成20年1月15日まで本件DDを行い,控訴人から本件各情報を取得した。

仮に,そうでなかったとしても,ジェイサットは,同年11月5日頃には,ストラトス社より合弁会社設立について承諾するとの回答を得て,それ以降,ストラトス社との間で合弁会社設立及び事業開始のための活動を開始していたのであるから,同日頃には,控訴人との共同事業の中止を決定していた。しかるに,ジェイサットは,これを秘して,控訴人に対し,上記のとおり虚偽の事実を申し向け,既に開始していた本件DDを継続して,控訴人から本件各情報を取得した。かかる営業秘密取得行為は詐欺によるものであるから不法行為に当たる。

〔被控訴人の主張〕

ア ジェイサットは,本件情報1及び2に関し,控訴人から電気通信事業登録申請書(甲41)のネットワーク構成図の開示を受けていない。

また,ジェイサットは,本件情報3に関し,控訴人から包括無線局の免許申請書の開示を受けていない。

さらに,ジェイサットは,本件情報6に係る「顧客先の予算」に関する情報,本件情報1ないし3,7に係る「予算」に関する情報についても,控訴人から開示を受けていない。

イ ジェイサットがストラトス社と合弁会社を設立することとし,控訴人との業務提携等の検討を完全凍結することを決定したのは,平成19年12月12日であり,ジェイサットは,それまでは控訴人との業務提携等の可否を検討していた。そして,本件財務DDは,同年11月27日,本件財務DDに関する報告書の提出をもって終了しており,本件法務DDは同年12月4日以降行われていない。したがって,ジェイサットが控訴人と提携しないことを決定した事実を秘して,控訴人に対し虚偽の事実を申し向けて,本件DDを実行,継続したという事実はない。」

(2)  原判決21頁26行目の「(3) 争点(3)」を「(2) 争点(2)」と,同22頁6行目の「(4) 争点(4)」を「(3) 争点(3)」と,同20行目の「(5) 争点(5)」を「(4) 争点(4)」と,同23頁8行目の「(6) 争点(6)」を「(5) 争点(5)」と,同24頁10行目の「(7) 争点(7)」を「(6) 争点(6)」と,同25頁5行目の「(8) 争点(8)」を「(7) 争点(7)」と,同11行目の「被告」を「ジェイサット(被控訴人)」と,同26頁1行目の「(9) 争点(9)」を「(8) 争点(8)」と,同28頁18行目から同19行目にかけての「3億4559万0085円(判決注:3億4649万0085円の違算と認める。)」を「3億4649万0085円」と,同29頁7行目の「〔被告らの主張〕」を「〔被控訴人の主張〕」と,それぞれ改める。

3  当審における主張

(1)  争点(1)(不法行為の成否-本件DDの違法性)について

〔控訴人の主張〕

原判決は,ジェイサットが控訴人との業務提携等を凍結することを決定した平成19年12月12日の経営会議より前に本件法務DDは中止され,同日以降も不法に本件DDを継続した事実はないとして,ジェイサットの詐欺による営業秘密取得行為はなかった旨判断した。

しかし,平成19年10月3日に行われたジェイサットの経営会議の議事録(乙37)には,最終目的はストラトス社との合併会社を設立することと記載され,同会議の資料(乙46)にも,控訴人との提携の目的は,時間短縮及びノウハウ取得のためであると明確に記載されている。

したがって,ジェイサットは,本件DDを実施して,控訴人の営業秘密を詐取したことは明らかである。

〔被控訴人の主張〕

乙46の「ノウハウ取得のため」との記載は,仮に,控訴人への出資が行われた場合には,株主として一定の事業上のノウハウが得られるであろうことを出資検討の立案者としての立場から述べたにすぎない。また,乙37には,乙46に記載された戦略案(控訴人への出資を行った後,ストラトス社との合弁会社を設立する案)の説明を受けた A 執行役員常務(当時)が,本件最終目標がストラトス社との合併会社を設立することであれば,両案件の検討を同時に進めるべき旨を述べたことが記載されているのであり,控訴人の主張の根拠にはならない。ジェイサットは,平成19年10月の時点では,ストラトス社との提携について会社として何も決定していなかったのであるから,控訴人に対し,デューデリジェンス実施の了解を得るために,ストラトス社と合弁会社を設立することについて説明すべき義務はなく,合弁会社設立に向けた検討及び交渉を行っていることを知らせずにデューデリジェンスを実施して情報を取得した行為について,不法行為は成立しない。

(2)  争点(2)(秘密保持契約違反の有無)について

〔控訴人の主張〕

ア 原判決は,ジェイサットは平成20年2月1日付けで本件DDに関連する資料を控訴人に返還し,控訴人もこれを受領しており,それ以降もジェイサットが本件各情報が記載された資料等を保有し,これをJSATモバイル等に開示したり,自ら使用したりした事実を認めるべき的確な証拠はないと判断した。

しかし,控訴人は,書類の返還を確認していない。また, B は,本件DDに関連する資料をスキャンし,イントラネットに保管していることを認めている。ジェイサットは,本件DDを行い,その資料の複写まで作成しているのであるから,その抹消については被控訴人が立証責任を負うべきである。

イ 原判決は,PSAについてはストラトス社と契約すれば分かることなので,PSAは公知であると認定した。

しかし,PSAはストラトス社との契約ではなく,インマルサット社との契約である。そして,インマルサット社とストラトス社との間のPSA契約には,秘密保持義務が課せられているから,ストラトス社は,ジェイサット等の第三者にPSA契約の内容を公表することができない。また,端末機器の制御をどのような方法で行うかは行政手続の問題ではなく,申請者の考案により端末機器の制御方法を考えなければならないものである。しかるに,ジェイサットは,PSAにより衛星通信端末を制御するという本件DDで得た控訴人の秘密情報を使用して,特定無線局の包括免許を取得したものである。

そして,ジェイサットとストラトス社との基本合意書には,JSATモバイルにおける免許の取得や電気通信事業者の登録について,ジェイサットがサポートすると記載され,実際,JSATモバイルが総務省に提出した電気通信事業者登録申請書や特定無線局免許申請書の代表取締役欄には,元ジェイサットの B の名が記載され,各申請書に連絡責任者として記載されている者もジェイサットの従業員であるから,JSATモバイルが控訴人の秘密情報を使用して総務省より免許を取得したことは明らかである。

〔被控訴人の主張〕

被控訴人は,JSATモバイルが特定無線局の包括免許を取得するに当たり,控訴人に対する本件DDによって取得した情報を使用していない。

また,PSA契約に基づいて端末機器を制禦する方法があるというのは衛星通信業界ではごく常識的な事柄である。

したがって,控訴人の主張は理由がない。

(3)  争点(3)(本件業務提携契約の成否)について

〔控訴人の主張〕

ア 原判決は,アクセンチュアによる本件ヒアリング調査の結果,ジェイサットに提出された資料の作成日付は,本件業務提携契約が成立したとされる平成19年8月7日より後の同月10日付けであり,その調査結果もスライドにしてわずか13枚程度のものであるから,同月7日頃には,ジェイサットが控訴人の事業の全容を把握していたとはいえない旨判断した。

しかし,控訴人は, B に対し,あらかじめBGANセミナーの資料(甲181)や金融機関向けセミナーの資料(甲178)を交付している。後者には,海上自衛隊向け専用線販売の受注計画が記されており,ジェイサットは,この受注計画に基づき,控訴人に対して共同で受注しようと持ちかけてきている。したがって,本件業務提携契約を締結するために,アクセンチュアが提出する資料が必ずしも完成している必要はなかった。

イ 原判決は,「B-maga」2007年9月号には, B の発言として,「インマルサットと協業関係を構築し,サービス提供を行う検討を開始しました」と書かれているにすぎないと認定した。

しかし, B の発言は,修正後に「検討」になったものであり,控訴人の手元にある原文(甲186)には,断定的に「決定した」と記されている。また,インマルサット社のシニア・アカウント・ディレクターの C の発言は,原文・掲載文ともに,ジェイサットと提携することとなったと断定口調で記載されている。

したがって,上記「B-maga」に「検討を始めた」と書かれていることを理由として,本件業務提携契約の成立を否定した原判決の判断は誤りである。

ウ 原判決は,平成20年度の海上保安庁に対する入札案件に関するジェイサット( D )から控訴人( E )宛の平成19年10月22日付けのメール(甲68)の中では,「まだ,御社と弊社の契約や出資が正式なものとなっていない段階」であることが前提とされているから,上記案件は,業務提携等とは「別の個別案件」であるにすぎないと判断した。

しかし,上記メールにいう「契約」とは,平成19年8月7日の包括的な業務提携合意を受けて,作成することとなっていたサービス再販契約書のことである(甲36)。

したがって,上記メールの時点では,本件業務提携契約は既に成立していたものである。

エ 原判決は,そもそも業務提携のような企業同士の規模が大きいプロジェクトがこのような簡単な手続だけで口頭で合意されるとは考えられないと判断した。

しかし,平成19年8月7日,控訴人とジェイサットは,防衛,海上保安庁などの官公庁に対して,共同で営業するということを包括的に合意したものであり,これは十分口頭の合意ですることができる内容のものである。

〔被控訴人の主張〕

控訴人は,「B-maga」2007年9月号での B の発言は,修正後に「検討」になったものであり,原文では,断定的に「決定した」と記されていたなどと主張する。

しかし,上記「B-maga」の記事の掲載において重要なのは,編集部から送られてきた原稿案を確認した B が,「インマルサットとの協業関係を構築し,サービス提供を行う検討を開始しました」と記事内容を修正するよう依頼し,実際に頒布された雑誌に掲載された記事の内容も上記修正後のものになったということである。控訴人の主張は理由にならない。

(4)  争点(4)(本件資本提携契約の成否)について

〔控訴人の主張〕

ア 平成19年10月4日付けの資本提携契約の成立について

(ア) 原判決は,本件基本合意は,出資を実行するか否かの検討をする前提として,控訴人に対するジェイサットの出資比率を検討すること,控訴人がジェイサット及びNTTドコモに独占交渉権を与えること,控訴人はジェイサットの実施するデューデリジェンスに協力すること等を合意したにとどまる旨認定した。

しかし,デューデリジェンスの結果,問題がなければ最終合意を締結して出資することを約束するものでなければ,自らを丸裸にするようなデューデリジェンスに協力するような企業は存在しない。

したがって,本件資本提携契約は,解除条件付き契約であり,本件DDの結果,問題は発見されていないのに最終合意書を締結しなかったのは,ジェイサットの契約違反である。

(イ) 原判決は,本件事業における業務提携等のような企業同士の規模の大きいプロジェクトにおいて,わずか出資比率の検討のみでいきなり提携に合意するとは経験則上考え難いと判断した。

しかし,本件資本提携契約は,いきなり合意したものではなく,解除条件付き契約であり,極めて自然なものである,乙8の方針稟議にある「法務,財務デューデリジェンスを実施した後,実行稟議により出資する」との記載も,本件資本提携契約が解除条件付き契約であることを裏付けるものである。そして,法務デューデリジェンスの結果,コンプライアンス上の問題等は一切指摘されておらず,同契約は,正当な理由なく解除されたものである。

イ 平成19年10月22日頃の資本提携契約の成立について

(ア) 平成19年10月22日頃,控訴人とジェイサットは,基本合意書(甲19)の締結により,ジェイサットが控訴人に対し34パーセントの出資を行うとの資本提携契約が成立した。なお,基本合意書の標題は,「出資検討に関する基本合意書」であるが,同書面では,出資検討のための合意がされたのではなく,ジェイサットとNTTドコモとで控訴人に対し34パーセントの出資を行うとの合意がされたものである。

(イ) 仮に,そうでないとしても,ジェイサットと控訴人は,デューデリジェンスを行った結果,控訴人に大きな欠陥があることが明らかとなった場合には基本契約を解除できるとの解除条件付きの出資を約束したものである。しかるに,本件DDの結果,控訴人について何ら問題はなかったのであるから,解除条件は成就せず,基本合意書による合意は有効である。

〔被控訴人の主張〕

甲19の基本合意書は,「出資検討に関する基本合意書」であり,被控訴人がデューデリジェンスを実施して控訴人への出資の可否等につき検討し交渉するという以上に,控訴人への出資に関する義務を何ら負うものではない。

(5)  争点(5)(営業権侵害の成否)について

〔控訴人の主張〕

ア 原判決は,本件サービスプロバイダ契約が日本における本件サービスの提供に関し,控訴人に排他的,独占的な権利を与えたものとは認められないと判断した。

しかし,平成19年8月29日,控訴人,ジェイサット及びストラトス社の3者会議において,控訴人抜きでの取引はしないことが合意されている。

イ また,ジェイサットは,控訴人に対する本件DDを行い,控訴人の秘密情報を取得しているが,その秘密情報を使用して控訴人の競争会社となるJSATモバイルを設立し,同社において控訴人と競合する業務を行うことは,控訴人の営業権の侵害であり,不法行為が成立する。

〔被控訴人の主張〕

ア 控訴人は,平成19年8月29日,控訴人,ジェイサット及びストラトス社の3者会議において,控訴人抜きでの取引はしないということが合意されたと主張する。

しかし,控訴人が主張するような約束がされた事実はない。

イ 控訴人は,JSATモバイルにおいて控訴人と競合する業務を行うことは,控訴人に対する営業権の侵害であり,不法行為が成立すると主張する。

しかし,控訴人のいう営業権とは,控訴人が日本におけるインマルサット・ビジネス市場において競合会社を排除して独占的に事業を行い得る地位とでもいうべきものであるが,このようなものは全く法的な保護に値しない。控訴人のいう不法行為がいかなる意味においても成立しないことは明らかである。

(6)  争点(6)(本件合意及び本件妨害等の有無)について

〔控訴人の主張〕

原判決は,ジェイサットがNTTドコモとの交渉を妨害した証拠がないと判断した。

しかし,平成20年1月15日, B は,控訴人がNTTドコモとの間で進めていた提携交渉については妨害も干渉もしないと約束(本件合意)したにもかかわらず,同月上旬にNTTドコモの F 部長を訪れ,ストラトス社との合併会社への出資を要請している。また,ジェイサットは,NTTドコモに対し,インマルサット事業につき控訴人との業務提携は取り止めにし,ジェイサットと業務提携するよう働きかけたため,NTTドコモは,控訴人との業務提携,資本提携を中止したものである。

ジェイサットのこれらの行為は,上記約束に反するものであり,債務不履行が成立する。

〔被控訴人の主張〕

争う。

(7)  争点(7)(期待権侵害の成否)について

〔控訴人の主張〕

原判決は,たとえ控訴人が本件業務提携契約等が成立するとの期待を抱いていたとしても,そのような期待は事実上のものにすぎず,法律上保護されるものとはいえないと判断した。

しかし,控訴人とジェイサットとの間には,一定の業務提携合意,資本提携合意が存在するのであるから,その期待は法律上の保護に値するものである。

〔被控訴人の主張〕

争う。

第4当裁判所の判断

当裁判所も,控訴人の主張は,いずれも理由がないものと判断する。その理由は,後記1のとおり原判決を訂正し,後記2のとおり付加するほかは,原判決32頁19行目から43頁8行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決32頁19行目の「2 本件請求3」を「1 本件請求1について」と,同20行目の「争点(2)」を「争点(1)」と,同36頁23行目の「本件請求3」を「本件請求1」と,同25行目の「3 本件請求4について」を「2 本件請求2について」と,同26行目の「争点(3)」を「争点(2)」と,同37頁12行目の「本件請求4」を「本件請求2」と,同14行目の「4 本件請求5」を「3 本件請求3について」と,同15行目の「争点(4)」を「争点(3)」と,同39頁12行目の「本件請求5」を「本件請求3」と,同14行目の「5 本件請求6」を「4 本件請求4について」と,同15行目の「争点(5)」を「争点(4)」と,同40頁23行目の「本件請求6」を「本件請求4」と,同25行目の「6 本件請求7」を「5 本件請求5について」と,同26行目の「争点(6)」を「争点(5)」と,同41頁18行目の「本件請求7」を「本件請求5」と,同20行目の「7 本件請求8について」を「6 本件請求6について」と,同21行目の「争点(7)」を「争点(6)」と,同42頁10行目の「本件請求8」を「本件請求6」と,同12行目の「8 本件請求9について」を「7 本件請求7について」と,同13行目の「争点(8)」を「争点(7)」と,同16行目の「被告」を「ジェイサット(被控訴人)」と,それぞれ改める。

2  当審における控訴人の主張について

(1)  争点(1)(不法行為の成否-本件DDの違法性)について

控訴人は,平成19年10月3日のジェイサットの経営会議の議事録(乙37)の記載や同会議の資料(乙46)の記載から,ジェイサットは,本件DDによって,控訴人の営業秘密を詐取したものである旨主張する。

しかしながら,控訴人とジェイサットは,平成19年10月1日付けで出資検討に関する基本合意書(甲19)を取り交わして,控訴人がジェイサットの実施するデューデリジェンスに協力することを合意し,本件DDは,この合意に基づき,同月4日から同年12月3日まで実施されたものである。そして,ジェイサットは,本件申入れ(ジェイサットが控訴人に資本参加して資本提携し,控訴人が提供を受けるBGANサービスを更にジェイサットが提供を受け,これをジェイサット及びNTTドコモが顧客に販売するという業務提携等の申入れ)と並行して,公共ビジネス事業部においてストラトス社との間で合弁会社の設立に関する検討を進めていたものであるところ,同月12日の経営会議において,ストラトス社との合弁会社設立について同社と基本合意を締結することが承認され,他方,本件申入れについては,官公庁の入札スケジュールとの関係で,当面の間,控訴人から本件サービスを購入して再販売せざるを得ないとして交渉を継続することも検討されたが,最終的に凍結することが決定されたものである(乙31,38,54,原審証人 B ,弁論の全趣旨)。

したがって,本件DDが実施された時点では,ジェイサットは,控訴人との業務提携等を検討していたのであって,その中止を決定していたものではないから,上記基本合意書に係る合意に基づいて実施された本件DDが控訴人の営業秘密を詐取したものであるとは認められない。

確かに,平成19年10月3日のジェイサットの経営会議の議事録(乙37)には, A 執行役員常務の発言として,「本件の最終目標がストラトス社とJVを設立することであるならば,控訴人の件とストラトス社との件を同時に進める必要がある。控訴人への出資がうまくいっても,ストラトス社とのJVの設立がうまくいかなければ,本末転倒である。」との記載があり,また,同会議の資料(乙46)には,控訴人への出資の意義として,「最終的には自ら免許取得を行うことを前提に時間短縮のため及びノウハウ取得のため控訴人に出資を行う。」との記載があるが,上記資料の記載は,控訴人との業務提携等を検討することを前提として,ジェイサットにとっての控訴人に出資することの意義を明らかにしたものであり,上記常務の発言は,この資料の記載を受けて,最終的な目標がストラトス社とのJVを設立することであるならば,控訴人への出資とともに,ストラトス社とのJVの設立についての検討も進めるべきであると述べたものであって,いずれも控訴人との業務提携等自体を否定するものではないから,その時点において,ジェイサットが,真実は控訴人との業務提携等を検討する意思がないのに,これがあると偽って本件DDを実施したことを裏付けるものということはできない。

したがって,控訴人の主張は採用できない。

(2)  争点(2)(秘密保持契約違反の有無)について

ア 控訴人は,控訴人は本件DDに関連する資料の返還を確認していないとか,ジェイサットは,本件DDで控訴人から提供された資料の複写まで作成しているのであるから,その抹消については,ジェイサットが立証責任を負うべきであるなどと主張する。

しかしながら,平成20年2月1日,ジェイサットは,控訴人に対し,本件DDで得た資料を全て返還している(乙9,32,54)。また,控訴人から提供された資料についてジェイサットが作成した複製物について,これを破棄したことを明らかにする客観的証拠はないものの,ジェイサットあるいは被控訴人がその後も本件各情報が記載された資料を保有し,これをJSATモバイル及び衛星ネットワークに開示したり,自らの営業活動に使用したりした事実を認めるに足りる客観的な証拠はない以上,上記複製物を廃棄した客観的証拠がないとしても,ジェイサット(被控訴人)に秘密保持義務違反が成立するものと認めることはできない。

したがって,控訴人の主張は理由がない。

イ 控訴人は,ジェイサットは本件秘密保持契約に違反し,本件DDで得た控訴人の秘密情報であるPSAにより衛星通信端末を制御するとの方法を使用して包括免許を取得したものであると主張する。

しかしながら,電波法による特定無線局の包括免許申請の要件の一つである特定無線局に係る通信の制御に関する事項(無線局免許手続規則20条の8第2項3号)について,第3世代衛星サービスに関しては,インマルサット社からPSA資格の付与を受けることにより上記要件を満たすことができるとの情報が,この当時,衛星通信業界において非公知であったことを認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって,控訴人の主張は採用できない。

(3)  争点(3)(本件業務提携契約の成否)について

ア 控訴人は, B に対し,BGANセミナーの資料や金融機関向けセミナーの資料も渡しているから,本件業務提携契約を締結するために,アクセンチュアが提出する資料が必ずしも完成している必要はない旨主張する。

しかしながら,BGANセミナーの資料(甲181)は,軍事面でのインマルサットサービスの概要が記載されているにすぎず,金融機関向けセミナーの資料(甲178)も,衛星通信サービスの展望等が記載されているにすぎない。そして,これらの資料が交付され(甲170,弁論の全趣旨),さらに,アクセンチュアが平成19年8月10日付で作成した本件ヒアリング調査の結果がジェイサットに提出された後,控訴人とジェイサットは,同年10月1日付けで,出資検討に関する基本合意書(甲19)を取り交わし,ジェイサットは,本件基本合意につき経営会議の了承を経て,同月4日,控訴人に対する本件DDを開始しているのである。

原判決が説示したとおり,本件事業における業務提携等のようなプロジェクトについて,業務提携等をする相手方の信用等に対する本格的な調査や,提携の内容,条件についての具体的交渉を行うことなく,その合意に至ることは,経験則上考え難いし,上記BGANセミナーの資料や金融機関向けセミナーの資料は,業務提携等の前提として行われる事業の内容の開示として十分なものということはできないから,その交付によって業務提携契約が成立したものと認めることはできない。

イ 控訴人は,「B-maga」2007年9月号に掲載された平成19年8月8日の座談会での B の発言は,修正後に「検討」になったものであり,当日の座談会の場では,断定的に「決定した」と発言していたなどと主張する。

しかしながら,上記アに記載したジェイサットと控訴人との交渉経過に照らし,未だ本件DDも実施されていない平成19年8月7日の時点で,既に業務提携契約が締結されていたと認めることはできない。同月8日に行われた座談会の場において, B 等の参加者からあたかも両社の間では既に業務提携することが決定されているかのような発言がされていたとしても,実際に当該座談会の内容が雑誌に掲載された際には, B の発言内容について,同人の依頼に基づき,「インマルサットとの協業関係を構築し,サービス提供を行う検討を開始しました」と修正されている(甲14,原審証人 B )ことにかんがみれば,座談会での発言は,直ちに業務提携契約の成立を裏付けるものということはできないし,他にその成立を認めるに足りる客観的な証拠はない。

したがって,控訴人の主張は理由がない。

(4)  争点(4)(本件資本提携契約の成否)について

ア 平成19年10月4日付け資本提携契約の成立について

控訴人は,デューデリジェンスの結果,問題がなければ最終合意を締結して出資することを約束するものでなければ,自らを丸裸にするようなデューデリジェンスに協力するような企業は存在しないとして,本件資本提携契約は解除条件付き契約であるなどと主張する。

しかしながら,企業間において,将来の資本提携等を行う検討の前提としてデューデリジェンスを実施した場合には,その時点で,一般的に解除条件付きの資本提携契約が成立しているものと認定すべき経験則があると認めることは困難である。

また,平成19年10月10日を決裁期限とするジェイサットの稟議書(乙8)には,決裁事項として,「法務,財務デューデリジェンスを行った後,実行稟議により出資を実行する。」との記載があるが,これは,その当時におけるジェイサットの方針が記載されているにすぎないし,その方針も「法務,財務デューデリジェンスを行った後」に「実行稟議により出資を実行する」というものであって,この稟議書の記載をもって,直ちにその時点で控訴人との間で解除条件付きの資本提携契約が成立していたものと認定することはできない。

したがって,控訴人の主張は理由がない。

イ 平成19年10月22日頃の資本提携契約の成立について

控訴人は,平成19年10月22日頃,控訴人とジェイサットとの間では,基本合意書(甲19)の締結により,ジェイサットが控訴人に対し34パーセントの出資を行うとの資本提携契約が成立したと主張する。

しかしながら,上記基本合意書には,控訴人は,ジェイサット及びNTTドコモに対し,総発行株式の34パーセントを第三者割当増資により割り当てることの検討を実施すること(2条1項),ジェイサットは,単独若しくはNTTドコモとともに,控訴人と独占的に交渉することができること(4条),控訴人は,ジェイサットが実施するデューデリジェンスに協力すること(5条)等が記載されているにすぎないから,上記基本合意書に基づき,ジェイサットの控訴人に対する出資が確約されたものと認めることはできない。また,他に,平成19年10月22日頃,控訴人とジェイサットとの間で,資本提携契約あるいは解除条件付きの資本提携契約が成立したと認めるに足りる証拠はない。

(5)  争点(5)(営業権侵害の成否)について

ア 控訴人は,平成19年8月29日,控訴人,ジェイサット及びストラトス社は控訴人抜きでの取引はしないことを合意したと主張する。

しかしながら,控訴人が主張するような合意の成立を認めるに足りる証拠はない。

イ 控訴人は,ジェイサットが本件DDにより取得した控訴人の秘密情報を使用してJSATモバイルを設立し,同社において控訴人と競合する業務を行うことは,控訴人の営業権の侵害であり,不法行為が成立すると主張する。

しかしながら,前記(2)のとおり,ジェイサットについて,本件秘密保持契約に違反したものと認めることはできない。また,そもそも,本件秘密保持契約においては,ジェイサットは,控訴人との衛星移動体サービスの協力関係構築に関する検討と類似又は競合する他の検討を独自に又は第三者と共同で行うことができるとされているのであるから(9条1項。甲16),ジェイサットが,その経済活動の一環として,ストラトス社とともにJSATモバイルを設立し,JSATモバイルにおいて移動体衛星通信事業を行うこととなり,当該業務が控訴人と競合するからといって,控訴人に対する関係で,直ちに不法行為になるものではない。

したがって,控訴人の主張は採用することができない。

(6)  争点(6)(本件合意及び本件妨害等の有無)について

控訴人は,平成20年1月15日, B が控訴人とNTTドコモとの業務提携,資本提携について妨害しないと約束したにもかかわらず,NTTドコモに対し,インマルサット事業についてジェイサットと業務提携するよう働きかけたため,NTTドコモは控訴人との業務提携,資本提携を中止したのであるから,ジェイサットには,債務不履行が成立すると主張する。

しかしながら,平成20年1月15日にジェイサット本社で行われた会議において,ジェイサットから控訴人代表者に対し,控訴人に対する資本参加の最終合意書を締結することはできず,ジェイサットはストラトス社との合弁会社を設立するとの説明がされた際に, B が,控訴人とNTTドコモとの間の資本提携は両者間で協議して決定されるべき事柄であるから,ジェイサットがとやかくいう話ではないと述べたことは認められるものの(乙54),さらに,ジェイサットと控訴人との間で,インマルサット事業について,ジェイサットがNTTドコモに対する業務提携の働きかけをしないことを約束するような合意が成立したと認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって, 控訴人の主張は採用することができない。

(7)  争点(7)(期待権侵害の成否)について

控訴人は,控訴人とジェイサットとの間には,一定の業務提携合意,資本提携合意が存在するのであるから,その期待は法律上の保護に値するものであると主張する。

しかしながら,控訴人とジェイサットとの間では,将来の業務提携,資本提携を検討するため,本件DDが実施されたが,結果として,業務提携や資本提携の契約には至らなかったものである。ジェイサットとの間で将来の業務提携や資本提携を検討する過程で,控訴人がその実現について期待を有していたとしても,そのような期待は事実上のものにすぎないといわざるを得ず,法律上の保護に値するものということはできない。

3  結論

以上の次第であるから,控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例