知財高等裁判所 平成24年(ネ)10080号 判決 2013年4月25日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙イ号物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という。)及び原判決別紙ロ号物件目録記載の物件(以下,「ロ号物件」といい,イ号物件と併せて,「本件各物件」という。)を製造し,販売し,販売の申出をし,又は輸入してはならない。
3 被控訴人は,本件各物件を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,1920万円及びこれに対する平成23年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言
第2事案の概要
本判決の略称は,以下に掲記するほか,原判決に従う。
1 本件は,飲料ディスペンサ用カートリッジ容器に関する特許第411387 1号の特許権(本件特許権)を有する控訴人において,被控訴人がワンウェイ方式 のウォーターサーバー用のカートリッジ容器であるイ号物件及びこれに飲料水を充 - 2 - 填した製品であるロ号物件を販売等した行為について,当該行為が本件特許権を侵 害するとして,被控訴人に対し,本件特許権に基づき,本件各物件の製造,販売等 の差止め及び本件各物件の廃棄を求めるとともに,不法行為による損害賠償請求権 に基づき,1920万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成23年6月 24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた 事案である。
原判決は,イ号物件は被控訴人補助参加人(以下,「補助参加人」といい,被控 訴人と併せて,「被控訴人ら」という。)が製造し,被控訴人に販売するものであ るから,被控訴人に対するイ号物件の製造等の差止請求は失当であり,また,本件 各物件は,本件発明の技術的範囲に属するとは認められないとして,控訴人の請求 をいずれも棄却したため,控訴人がこれを不服として本件控訴に及んだ。
2 判断の基礎となる事実
判断の基礎となる事実は,次のとおり訂正するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決2頁16行目の「以下の事実」を「証拠の掲記のない事実」と改める。
(2) 原判決4頁9行目の次に,改行して次のとおり加える。
「ウ なお,控訴人は,本件特許の出願時において,特許請求の範囲として構成要件AないしE及びHに相当する内容のみを記載していたところ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとして拒絶査定を受けたため,拒絶査定不服審判請求をするとともに,特許請求の範囲に構成要件F及びGに相当する内容を加える補正をしたところ,平成20年3月24日,特許査定されたものである(甲1,2,24~29,乙1)。」
(3) 原判決別紙イ号物件図面「1.図面の説明」の「図4:イ号物件を折り畳んだ状態を示す正面図」の後に,改行して,「図5:イ号物件を折り畳んだ後に手で伸長させた状態を示す正面図」を,同別紙図4の後に,本判決別紙図5を各加える。
3 争点
(1) イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 文言侵害について
イ 均等侵害について
(2) 控訴人の損害(争点2)
第3当事者の主張
当事者双方の主張は,争点1(イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか)について次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
〔当審における控訴人の主張〕
1 文言侵害について
(1) 構成要件Dについて
ア 側壁部の柔軟性について
(ア) 本判決は,本件明細書(【0004】)に先行発明(特願2004-293288)として記載された特許第4084342号に係る発明(甲15。以下,「甲15発明」といい,同発明に係る明細書を,「甲15明細書」という。)との対比に基づいて,構成要件Dにつき,「側壁部の柔軟性」とは側壁部が直立しない(直立してはならない)程度の柔軟性を意味すると限定解釈した。
しかしながら,本件明細書(【0008】)の「側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とする…筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにし」との記載によれば,構成要件Dにおける側壁部の柔軟性とは,本件発明の作用効果を奏するのに必要な,側壁部を折り畳むことができ,かつ係止部で筒口部の位置を上向きに保持して飲料を注入する際に筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸長する程度のもので足り,直立の有無とは無関係である。
(イ) 控訴人が特許出願した甲15発明における「側壁部の柔軟性」の作用効果は,折り畳み可能であること及び効率良く運送できることであり,飲料の充填の仕方については何ら課題とはされておらず,充填の際に側壁部が直立するか否かについては何も規定されていない。
本件発明及び甲15発明は,空のカートリッジ容器の運送効率を良くするという課題(課題①)が共通し,その解決手段として,いずれも側壁部に柔軟性を持たせて折り畳み可能とした構成を採用している。
本件発明には,飲料を容易に充填できるようにするという課題(課題②)が新たに追加設定され,その解決手段として,「筒口部を上向の状態で吊り下げ係止する係止部」を設けた構成(以下,この構成を用いた方式を,「吊り下げ方式」という。)を採用したものであるから,「側壁部の柔軟性」の解釈において,本件発明の場合のみ,甲15発明にもない「飲料を充填する際に側壁部が直立せず」との限定を付加する理由はない。
すなわち,本件明細書(【0005】)の「側壁部に柔軟性を持たせたカートリッジ容器は…飲料の充填に非常に手間がかかる問題がある」との記載は,前記課題 ①ではなく,前記課題②との関係で問題とされていることは明らかであって,本件発明は,その解決手段として吊り下げ方式を採用したものである。本件発明のように,上向きに充填する方法として吊り下げ方式を採用した場合,係止部で係止された容器本体が吊り下がったままの状態でその上から飲料が充填されるから,側壁部の柔軟性の程度や側壁部が直立するか否かとは無関係に飲料の充填が可能である。
(ウ) したがって,前記課題①の解決手段である構成要件Dの「側壁部の柔軟性」について,飲料を充填する際に側壁部が直立しないことまで要件とすることは相当ではない。
イ 構成dについて
(ア) 前記のとおり,側壁部の直立の有無と技術的範囲の属否とは無関係であるところ,原判決は,充填作業の直前のイ号物件につき,証拠に基づくことなく「直立」していると認定した。
原判決は,飲料を充填する際,自然に圧縮されるなどして側壁部が直立せず,筒口部が不安定となるほど柔軟であるとは認められないとするが,これは,イ号物件の実際の使用態様(被控訴人が補助参加人から納入されたイ号物件に飲料水を充填する際,畳まれていたイ号物件が伸長する。)を考慮せず,人為的に折り畳んだ場合やその後伸張した場合を除外し,「自然に圧縮される」などという無意味な限定を付加した上で構成dの柔軟性に係る認定をしたものである。
(イ) 控訴人による実験によれば,イ号物件の側壁部は,折り畳まれた状態において載置面に対して垂直を保たず,直立していない。一旦折り畳まれたイ号物件を手動で伸長させても,各部を均等に伸長させることができず,圧縮により変形した底部が伸長後も変形して歪んだ面を構成するから,一旦折り畳まれた後は,折り畳まれた状態でも,その後伸長した状態でも,側壁部は直立しない。構成要件Dにつき,「側壁部の柔軟性」とは側壁部が直立しない程度の柔軟性を意味すると限定解釈したとしても,イ号物件の側壁部が直立しない以上,構成dが構成要件Dを充足することは明らかである。
(ウ) 控訴人がイ号物件を鍔部において吊り下げて飲料を充填する実験を行ったところ,イ号物件の側壁部の柔軟性は,側壁部を折り畳むことができ,かつ係止部で筒口部の位置を上向きに保持して飲料を注入する際に飲料の重量で側壁部が自然に伸長する程度のものであった。被控訴人は,イ号物件は空気で膨らませることなく注入すると規定量の水が入らなかったと主張するが,当該主張は,何ら実証され
(エ) イ号物件はPET樹脂により成形されているが,本件発明は素材をポリエチレン樹脂に限定しておらず,PET素材を排除していない。また,本件発明において側壁部の柔軟性を実現する方法について格別の限定はないから,仮に素材が剛性に優れるPETであっても,蛇腹部を設ける等の加工によって本件発明の作用効果を奏するに十分な柔軟性を備えることは可能である。
(オ) したがって,構成dは構成要件Dを充足するというべきである。
(2) 構成要件Gについて
ア 「側壁部が下方へ崩れないように囲われる」について
(ア) 「支持枠によって…側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにしたこと」について,原判決は,「側壁部が下方へ崩れ」とは,カートリッジ容器が飲料を排出し,大気圧によって圧縮される際に,側壁部が側方に傾くことで,カートリッジ容器の一部が筒口部より下になる状態を想定した上で,そのような状態とならないよう,支持枠が側壁部を囲い,これを支持することを意味するとするが,何らの根拠に基づかない不当な限定解釈である。
(イ) 本件明細書(【0014】)には,「支持枠によって,筒口部の周りの頂部が支持されるとともに,柔軟な側壁部が下方に崩れないように囲われている。」との記載がある。
また,本件特許の出願に係る拒絶査定不服審判請求の審判請求書において,控訴人は,構成要件Gにつき,「柔軟性を持たせた側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにすることにより,側壁部に柔軟性を持たせたカートリッジ容器を下向きにして飲料ディスペンサに接続しても,容器を型崩れさせずに,内部の飲料を良好に飲料ディスペンサに供給できるようにした。」と説明している。
側壁部が柔軟性を有していると,カートリッジ容器が飲料を排出し,大気圧によって圧縮されることにより,支持枠がなければ容器が垂直方向や斜め方向に崩れることは技術常識であるから,「側壁部が下方へ崩れない」状態としては,「下方」に型崩れすることを避けるための役割を担う構成であれば足りるものである。
審判請求書の上記記載は,筒口部を含む頂部を厚肉に形成し,支持枠のうち受け体に相当する部分で支えられることにより内部の飲料が良好にディスペンサに供給される状態を意味するものにすぎず,原判決の前記限定解釈の根拠とはならない。
(ウ) 構成要件Gにおける「支持枠」は,筒口部の周りの頂部を支持し,かつ,柔軟性を持たせた側壁部が下方に崩れないように囲むものであって,側壁部を囲む「支持枠」部分(イ号物件の「硬質カバー」に相当)のみならず,筒口部の周りの頂部を支持する「支持枠」部分(イ号物件の「受け体」に相当)をも加えて,「支持枠」全体として側壁部が下方や側方に型崩れすることを防ぐ機能を奏するものである。
(エ) したがって,構成要件Gにおける「支持枠によって…側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにしたこと」とは,容器が下方や側方に型崩れせずに垂直方向に圧縮され,内部の飲料が良好に飲料ディスペンサに供給されることを意味するにすぎないというべきである。
イ 構成gについて
(ア) 前記のとおり,「側壁部が下方へ崩れない」とは,「カートリッジ容器の一部が筒口部より下になる」ことまでも要求されるわけではないところ,原判決が構成要件Gの充足性を否定する根拠とした被控訴人による実験(乙4。枝番を含む。 以下同じ。)は,非常に短時間で飲料の排水が行われており,10日から2週間かけて容器内部の飲料がディスペンサに供給されるという本件各物件の通常の使用実態を反映したものではない。
(イ) 控訴人による実験(甲21,22。以下,それぞれ「甲21実験」「甲22実験」という。)によれば,イ号物件において,硬質カバーは側壁部が下方や側方に型崩れすることを妨げる機能を奏していることは明らかである。
(ウ) イ号物件は,受け体が頂部の各リブを特にその肩部を保持して支えており,受け体と硬質カバーの両方によって柔軟性を有する側壁部が囲われて支持され,充填された飲料の排出に伴い柔軟性を有する側壁部に変形を促す力が及んだ場合,硬質カバーの接触による支持と頂部を環状に保持する受け体による支持の双方の作用によって,側壁部の変形及び傾き,すなわち下方及び側方への型崩れが回避されるものである。イ号物件では,硬質カバー及び受け体が一体となって,構成要件Gにおける「支持枠」に相当するということができることは,控訴人による実験(甲23。以下「甲23実験」という。)からも明らかである。被控訴人は,ロ号物件を飲料ディスペンサにセットすると,硬質カバーがセットされていない状態で約4リットルの飲料水が一度にディスペンサに供給されると主張するが,それは当該ディスペンサの使用開始時にセットされるロ号物件に限られるものであり,それ以降は,通常,ディスペンサのタンクに飲料水が満たされた状態でロ号物件がセットされるため,まとまった量の飲料水が一度に供給されることはない。
(エ) したがって,構成gは構成要件Gを充足するというべきである。
(3) 小括
以上によれば,イ号物件が少なくとも構成要件D及びGを充足しないとする原判決は誤りである。
そして,イ号物件が構成要件A,B,C,E及びHを充足することについては当事者間に争いがなく,また,イ号物件は構成要件Fを充足するものであるから,本件各物件は,本件発明の技術的範囲に属するというべきである。
2 均等侵害について(予備的主張)
(1) 仮に,構成要件D及びGにおける側壁部の柔軟性につき,「飲料を充填する際に側壁部が直立せず,筒口部の位置が不安定となるような側壁部の柔軟性」と解釈し,本件各物件は飲料を充填する際に側壁部が直立するとして,本件各物件に係る文言侵害が成立しないとしても,均等侵害が成立するというべきである。
ア 特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分又は当該特許発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的部分を意味するところ,本件発明の本質的部分は,筒口部を下向きにして飲料ディスペンサの供給口に接続され,充填された飲料を飲料ディスペンサに供給する飲料ディスペンサ用カートリッジ容器において,筒口部を上向きの状態で吊り下げる係止部を設けて飲料を容易に充填できるようにした点にあるというべきである。
そうすると,本件発明の柔軟性を持たせた側壁部と筒口部を上向きにして飲料を充填する際に直立する側壁部との相違点は,筒口部を上向きの状態で吊り下げる係止部を設けたという本件発明特有の解決手段を基礎付け,その作用効果を生じさせる構成,すなわち本件発明の本質的部分には該当しない。
したがって,いわゆる均等の第1要件(非本質的部分性)を充足する。
イ 本件発明の目的は,空容器の運送効率が良く,かつ,飲料を容易に充填できる飲料ディスペンサ用カートリッジ容器を提供することであり,その作用効果は,少なくとも側壁部に柔軟性を持たせて折り畳み可能とし,筒口部を上向きの状態で吊り下げ係止する係止部を設けて,空容器の運送効率を良くするとともに,係止部で筒口部の位置を安定に保持し,注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにして飲料を容易に充填できるというものである。
本件発明の柔軟性を持たせた側壁部を,飲料を充填する際に直立する側壁部に置換しても,なお,イ号物件の側壁部は折り畳み可能であるのみならず,イ号物件は吊り下げ方式により飲料の充填が可能であって,空容器の運送効率が良く,飲料を容易に充填できるとの目的及び作用効果を含め,本件発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するということができるから,いわゆる均等の第2要件(置換可能性)を充足する。
ウ 被控訴人が業としてイ号物件に飲料水を充填したロ号物件の製造販売等を開始した平成23年3月末時点において,容器素材としては極めてありふれているPETを用いて蛇腹構造に類似した構成を設けることにより,飲料を充填する際に直立する側壁部であって,かつ折り畳み可能な側壁部とすることは,特段不利な効果が見いだされるものではなく,当業者が容易に想到し得たものであったというべきである。したがって,いわゆる均等の第3要件(置換容易性)を充足する。
エ イ号物件が公知技術と同一であるという事情も,本件発明の出願経過において,筒口部を上向きにして飲料を充填する際に直立する側壁部が特許請求の範囲から意識的に除外された等の特段の事情も認められない。したがって,いわゆる均等の第4要件及び第5要件を充足する。
(2) 以上によると,本件各物件の側壁部が構成要件D及びGの「側壁部」に相当しないとしても,本件各物件の側壁部は本件発明の側壁部に均等なものである。
したがって,本件各物件は,本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。
〔当審における被控訴人らの主張〕
1 文言侵害について
(1) 構成要件Dについて
ア 側壁部の柔軟性について
(ア) 本件発明及び甲15発明は,側壁部に柔軟性を持たせたことによって折り畳み可能とした点において共通するから,構成要件Dにいう「柔軟性」が折り畳み可能な程度のものであることは当然である。
また,本件明細書(【0003】~【0008】)によれば,構成要件Dにいう「柔軟性」とは,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張すること及び筒口部を上向きにして飲料を充填する際に側壁部が直立しないことという性質を備えている必要がある。
本件発明は,側壁部の上記一般的属性を前提として,飲料を容易に充填できる飲料ディスペンサ用カートリッジを提供することを解決課題とし,筒口部を上向きの状態で吊り下げ係止する係止部を設けた構成(構成要件E)を具体的な課題解決手段として採用するものである。
(イ) 本件発明及び甲15発明は,いずれも側壁部が柔軟性を有する容器である点で共通するが,このような構成により生じる様々な課題のうち,いかなる課題を解決課題として着目するかについて異なる。
甲15発明は,飲料充填時に容器に生じる問題点は何ら解決課題とはされていないから,その際の挙動について甲15明細書に記載がないことは当然である。
本件発明は,飲料充填時の容器の挙動が問題とされており,その課題として,側壁部が柔軟性を有する容器には,飲料を充填する際に側壁部が直立しないという問題が生じると本件明細書に記載されているから,構成要件Dの「柔軟性」の解釈において,飲料充填時の容器の挙動に着目することは当然である。
(ウ) 本件発明は,柔軟性のある容器は筒口部を上向きにして飲料を充填する際に直立せず,飲料充填に非常に手間がかかるという課題が生じるため,この課題解決を目的として筒口部に係止部を設ける構成を採用したものである。すなわち,本件発明は,筒口部を上向きにして飲料を充填する際に直立しないという性質を有する容器を対象とするものである以上,筒口部を上向きにして飲料を充填する際に直立する容器は,構成要件Dを充足するものではない。
イ 構成dについて
(ア) 被控訴人は,補助参加人からイ号物件を折り畳んだ状態で購入し,これに飲料水を充填する作業を株式会社エム・アイ・シーに委託しているところ,エム・アイ・シーは,折り畳んだ状態のままでは内部を十分に洗浄することができないこと及び折り畳んだ状態で飲料水を充填しようとすると十分に容器が伸張せず,12リットルの飲料水を充填できないことから,イ号物件に飲料水を充填する際,まず高圧空気を吹き込んで容器を膨らませ,次に容器内部を洗浄した上で飲料水を充填して容器にキャップを取り付けている。イ号物件は,飲料水の充填時,高圧空気によって完全に伸張されており,側壁部が直立する状態で充填されているから,飲料の自重で側壁部を伸張させることはイ号物件の通常の使用態様ではない。
(イ) イ号物件は,側壁部を薄肉に形成することではなく,蛇腹を設けることによって折り畳み可能とするものであるから,構成要件Dにいう「柔軟性」を充足するものではない。
(2) 構成要件Gについて
ア 「側壁部が下方へ崩れないように囲われる」について
(ア) 構成要件Gにおける下方へ「崩れ」とは,側壁部が変形した結果,内部の飲料を良好に飲料ディスペンサに供給できないような状況,具体的には容器内に相当量の飲料が残存してしまう状況や,極端な場合には,容器の筒口部が飲料ディスペンサの供給口から外れてしまうような状況を意味するものであり,容器が鉛直方向だけではなく,斜め下方に変形したとしても,それによって飲料の供給に何ら支障が生じないのであれば,そのような変形は,当初から予定されている「圧縮」にすぎず,防止されるべき「型崩れ」ではない。
(イ) 構成要件Gに係る補正の根拠となった本件明細書(【図4】)においても,飲料が供給される際,カートリッジ容器が圧縮されて垂直方向に潰れることは当然予定されている。同図では,支持枠がカートリッジ容器の側壁部に密着しているため,斜め方向には崩れにくくなっているが,仮に支持枠と側壁部との間に隙間がある構成であれば,当然,側壁部が斜め方向に変形することもあり得る。したがって,本件発明では,大気圧による「圧縮」によって容器が垂直あるいは斜め方向に変形することを予定しているというべきであって,構成要件Gの解釈においては,予定されている「圧縮」と阻止されるべき「崩れ」とを区別する必要がある。控訴人の主張は,これらを混同するものというほかない。
イ 構成gについて
(ア) イ号物件は,硬質カバーによって支持されるのではなく,専ら飲料ディスペンサの受け体でその頂部を支える構造を有しているため,飲料ディスペンサにセットしてカバーをかぶせずに飲料を供給しても,支障なく飲料が供給される。すなわち,イ号物件は単に大気圧で「圧縮」されるだけであり,カバーをつけなくても「型崩れ」を生じて飲料の良好な供給に支障が生じることはない。
(イ) 甲21実験及び甲22実験は,いずれも実験条件が不明であるのみならず,これらの実験によると,むしろイ号物件に硬質カバーをセットせずに飲料を供給しても,内部の飲料を良好に飲料ディスペンサに供給できること,すなわち,イ号物件が構成要件Gを充足しないことが裏付けられるものである。甲23実験も,実験条件が不明であるのみならず,受け体を小型化した改造サーバー(ディスペンサ)に係るものであるから,むしろ,イ号物件が構成要件Gを充足しないことを裏付けるものである。
(ウ) 補助参加人は,リターナブル方式のみならずワンウェイ方式の飲料水販売事業に進出する際,容器から飲料ディスペンサに飲料を円滑に供給するために,リターナブル方式のディスペンサの基本構造を流用しながら容器の頂部を支える受け体や供給口を新たに設計するとともに,容器が圧縮された際,減肉されて変形した容器を隠すためのカバーを設計した。補助参加人は,イ号物件及びディスペンサを開発した際,圧縮された容器を隠すという専ら意匠的な観点からカバーを設計したものであって,容器の変形を防止する機能は想定していなかったから,本件発明とイ号物件とは,技術思想が全く異なるというべきである。
また,ロ号物件を飲料ディスペンサにセットすると,充填された12リットルの飲料水のうち,約3分の1(約4リットル)の飲料水が一度にディスペンサに供給され,ボトルに変形が生じることが予定されている。本件各物件専用の飲料ディスペンサ(ウォーターサーバー。以下「本件サーバー」という。)の取扱説明書には,変形が止まるまでの約1分間,水漏れがないことを確認する必要がある旨が記載されているところ,その間,硬質カバーはセットされていない。このように,本件サーバーを設置する際には,硬質カバーをかぶせることなく,ロ号物件を変形させることが予定されている。このような初期設定の方法自体,硬質カバーが本件各物件を支持する機能を有しておらず,側壁部が硬質カバーによって支持される必要がないことを意味するものである。
(エ) したがって,構成gは構成要件Gを充足するものではない。
(3) 小括
以上によれば,イ号物件が少なくとも構成要件D及びGを充足しないとする原判決に誤りはない。
よって,本件各物件は,本件発明の技術的範囲に属するということはできない。
2 均等侵害について
(1) いわゆる均等の第1要件の充足性を判断する際には,明細書の発明の詳細な説明等に照らして,特許発明がどのような課題を認識し,当該課題を解決するためにどのような解決手段を採用したのかを十分に踏まえつつ,発明の本質的部分を正しく認定する必要がある。
本件発明の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核的部分(本質的部分)は,あくまでも側壁部が筒口部を上向きにして飲料を充填する際に側壁部が直立しないという程度の柔軟性を有する容器に係る係止部及び支持枠であるから,本件発明における側壁部の「柔軟性」は特許発明の本質的部分に関わるものというべきである。
したがって,側壁部の柔軟性を有しないイ号物件は,本件発明の解決課題を有しないものであって,いわゆる均等の第1要件を充足しないことは明らかである。
(2) イ号物件は,折り畳まれて充填工場まで運ばれた後,高圧空気を吹き込むことによって容器が完全に膨らみ,かつ,完全に直立するようになるから,筒口部を上向きにして飲料を充填する際,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸長することはないし,完全に直立した容器であるから,本件発明が指摘するような飲料充填の困難性を有するものではない。
したがって,イ号物件は,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにし,飲料を容易に充填できるようにしたという本件発明と同様の作用効果を奏しないから,いわゆる均等の第2要件も充足しない。
(3) 控訴人は,本件特許の出願時において,特許請求の範囲に構成要件Gに相当する内容を補正により加え,本件発明における側壁部につき,「前記柔軟性を持たせた側壁部」の構成に意図的に限定したものであるから,当該側壁部について均等を主張することは,禁反言により許されないというべきである。
したがって,いわゆる均等の第5要件も充足しない。
(4) 以上によると,本件各物件の側壁部は本件発明の側壁部に均等なものということはできない。
したがって,本件各物件は,本件発明の技術的範囲に属するものということはできない。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 本件各物件について
後掲証拠によれば,次のような事実が認められる。
(1) イ号物件は,補助参加人がPET(ポリエチレンテレフタレート)の射出成形で得られたプリフォームをブロー金型に挿入し,高圧エアを吹き込んで延伸するブロー成形によって製造するものであり,側壁部には蛇腹部が,頂部にはリブが形成される。イ号物件の側壁部の厚さは0.15ミリ前後である。補助参加人は,側壁部の蛇腹を利用してイ号物件を折り畳み,被控訴人の工場まで輸送している(乙 2,6,弁論の全趣旨)。
(2) 被控訴人は,富士山麓朝霧高原の水を表す「朝霧のしずく」の名称で飲料水を販売しているが,事業所に近い静岡県内の利用者に対してはボトルを回収して再使用するリターナブル方式により,それ以外の利用者に対してはボトルを回収しないワンウェイ方式により飲料水を提供している。被控訴人は,補助参加人から納入されたイ号物件に飲料水を充填し(その際,畳まれていたイ号物件を伸長する。),「朝霧のしずく」のワンウェイ方式の商品としてロ号物件を販売している。被控訴人は,被控訴人から専用の本件サーバーをレンタルして設置した利用者に対してのみロ号物件を販売している。リターナブル方式では,使用後のボトルは回収され,洗浄・殺菌後に再利用されるため,剛性のある容器が使用されるが,ロ号物件については,利用者が自らボトルをつぶして廃棄することが予定されている(甲4,6,10)。
(3) PETボトルの特徴は,透明性及び光沢のよさが食品容器として適していること,炭酸ガス,酸素などのバリア性がよいことのほか,缶やガラスに比べて軽量で,衝撃強度及び剛性に優れ,取り扱いやすいこと等である(乙2)。
2 本件明細書の記載について
本件発明の特許請求の範囲は,原判決「事実及び理由」の第2の1(2)アに記載のとおりであるところ,本件明細書(甲2)には,おおむね次の記載がある。
(1) 技術分野
本件発明は,飲料ディスペンサ用カートリッジ容器に関する(【0001】)。
(2) 背景技術
飲料水等の飲料ディスペンサには,飲料を充填したカートリッジ容器を用い,その上面に設けられた飲料の供給口に,カートリッジ容器の頂部に設けられた飲料の出し入れ口である筒口部を下向きにして接続するようにしたものがある(【0002】)。
この種の飲料ディスペンサに用いられている従来のカートリッジ容器は,底部,側壁部及び筒口部が設けられた頂部の全体に剛性を持たせて合成樹脂等で形成されており,使用後に空となったカートリッジ容器は再使用されるか,使い捨てにされている(【0003】)。
(3) 発明が解決しようとする課題
従来の飲料ディスペンサ用カートリッジ容器は,全体に剛性を持たせて形成されているので,使用後に空になったものを再使用や廃棄のために運送するのに嵩張り,運送効率が悪い。本件発明の発明者は,空になったカートリッジ容器を効率よく運送できるように,少なくとも容器の側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とすること(甲15発明)を既に提案している(【0004】)。
しかしながら,側壁部に柔軟性を持たせたカートリッジ容器は,筒口部を上向きにして飲料を充填する際に側壁部が直立せず,かつ,筒口部の位置も不安定となるため,飲料の充填に非常に手間がかかる問題がある(【0005】)。
本件発明の課題は,空容器の運送効率が良く,かつ,飲料を容易に充填できる飲料ディスペンサ用カートリッジ容器を提供することである(【0006】)。
(4) 課題を解決するための手段
前記課題を解決するために,本件発明は,底部と側壁部と飲料の出し入れ口となる筒口部が設けられた頂部とから成り,筒口部を下向きにして飲料ディスペンサの供給口に接続され,充填された飲料を飲料ディスペンサに供給する飲料ディスペンサ用カートリッジ容器において,少なくとも側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とし,筒口部を上向きの状態で吊り下げ係止する係止部を設けた構成を採用した。すなわち,少なくとも側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とすることにより,空容器の運送効率を良くするとともに,筒口部を上向きの状態で吊り下げ係止する係止部を設けることにより,係止部で筒口部の位置を安定に保持して,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにし,飲料を容易に充填できるようにした(【0007】【0008】)。
(5) 発明の効果
本件発明の飲料ディスペンサ用カートリッジ容器は,少なくとも側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とし,筒口部を上向きの状態で吊り下げ係止する係止部を設けたので,空容器の運送効率を良くするとともに,係止部で筒口部の位置を安定に保持して筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにし,飲料を容易に充填できるようにした(【0010】)。
(6) 発明を実施するための最良の形態
ア 本件発明の飲料ディスペンサ用カートリッジ容器は,角形のボトル状であり,底部,側壁部及び飲料の出し入れ口となる筒口部の設けられた頂部が熱可塑性樹脂であるポリエチレン樹脂で一体に形成され,筒口部には内部に充填される飲料を封止するキャップが取り付けられている。また,飲料を充填する際に筒口部を上向きの状態で吊り下げ係止する係止部としての鍔が設けられ,底部には筒口部を下向きにして吊り下げるための把手が取り付けられている(【0011】【図1】)。
イ 底部及び側壁部は柔軟性を持たせるために薄肉に形成され,使用後に空となったカートリッジ容器は,側壁部がコンパクトに折り畳まれて効率よく運送できるようになっている。筒口部を含む頂部は,飲料ディスペンサの供給口に筒口部を接続する際に剛性を持たせるため,厚肉に形成されている(【0012】【図2】)。
ウ カートリッジ容器に飲料を充填する場合,ホースから飲料を注入される筒口部は,係止具の棒部材に取り付けた二股の係止部材によって鍔の下側で釣り下げ係止されて,筒口部がホースの出口の下方に安定して固定され,飲料の注入に伴ってその重量で側壁部が自然に伸張するので,飲料を容易に充填することができる(【0013】【図3】)。
エ カートリッジ容器が飲料ディスペンサにセットされると,カートリッジ容器は筒口部を下に向け,キャップを突き破られて,飲料ディスペンサの上面に設けられた供給口に接続されており,供給口の周りに設けられた支持枠によって,筒口部の周りの頂部が支持されるとともに,柔軟な側壁部が下方に崩れないように囲われている(【0014】【図4】)。
オ 飲料ディスペンサは,供給口がフロート弁を介してタンクに連通されており,柔軟なカートリッジ容器が大気圧で圧縮されても,カートリッジ容器内の飲料が一定量以上は流出しないようになっている(【0015】)。
3 文言侵害について
(1) 構成要件Dについて
イ号物件の側壁部が構成要件Dにおける「側壁部に柔軟性を持たせて」を充足するかどうかについて,以下,検討する。
ア 「柔軟性」の意義について
(ア) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば,「柔軟性」とは,それにより「側壁部を折り畳み可能」とするものである(構成要件D)。
(イ) 前記2の本件明細書の記載によれば,全体に剛性を有する従来の飲料ディスペンサ用カートリッジ容器は嵩張るために運送効率が悪いことから,容器の側壁部に柔軟性を持たせて側壁部を折り畳み可能とする甲15発明が発明されたが,このような容器は筒口部を上向きにして飲料を充填する際に側壁部が直立せず,かつ,筒口部の位置も不安定となるため,飲料の充填に非常に手間がかかるという課題が生じたことから,本件発明は,側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とすることにより,空容器の運送効率を良くするとともに,筒口部を上向きの状態で吊り下げ係止する係止部を設けることにより,係止部で筒口部の位置を安定に保持して,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにし,飲料を容易に充填できるようにしたものである。本件発明において,カートリッジ容器の素材は限定されておらず,本件明細書の実施例ではポリエチレン樹脂が用いられている。
(ウ) 本件発明は,筒口部に係止部を設けて吊り下げ方式を採用することにより,側壁部が柔軟性を有していても,係止部で筒口部の位置を安定に保持し,効率良く飲料を充填するという効果を奏するものである。このように,本件発明は,吊り下げ方式による飲料の充填を前提としており,飲料の充填の際,側壁部を直立させる必要性があるものではない。
したがって,構成要件Dにおける側壁部の柔軟性とは,容器自体が直立するか否かを問わず,折り畳みが可能であり,吊り下げ方式により飲料を充填する際,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張する程度の柔軟性を有していることを意味するというべきである。
そして,構成要件Dは,折り畳みが可能となる程度に側壁部が柔軟性を有することを定めているのみであって,柔軟性を実現する方法,側壁部の素材等を限定するものではないから,素材の強度,素材の厚み,形状,加工等のいずれの方法によってもよいものと解される。
イ 構成dについて
イ号物件が側壁部に蛇腹を備える構成を有することにより側壁部が折り畳み可能であることについては,当事者間に争いがない。
そして,証拠(甲19)によれば,イ号物件は,側壁部に蛇腹を備える構成を有することから,吊り下げ方式により飲料を充填する際には,筒口部から注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張する程度の柔軟性を有するものであることが認め
ウ 被控訴人らの主張について
(ア) 被控訴人らは,柔軟性のある容器は筒口部を上向きにして飲料を充填する際に直立せず,飲料充填に非常に手間がかかるという課題が生じるため,本件発明はこの課題解決を目的として筒口部に係止部を設ける構成を採用したものであるから,構成要件Dにいう「柔軟性」とは,筒口部を上向きにして飲料を充填する際に側壁部が直立しないという性質を備えている必要があると主張する。
しかしながら,前記ア(ウ)のとおり,本件発明は,筒口部に係止部を設けて吊り下げ方式を採用することにより,側壁部が柔軟性を有していても,係止部で筒口部の位置を安定に保持し,効率良く飲料を充填するという効果を奏するものであって,吊り下げ方式による飲料の充填を前提としており,飲料の充填の際,側壁部を直立させる必要性があるものではない。
(イ) 被控訴人らは,イ号物件は高圧空気によって完全に伸張され,側壁部が直立する状態で飲料水が充填されているから,飲料の自重で側壁部を伸張させることはイ号物件の通常の使用態様ではないと主張する。
しかしながら,証拠(乙9,弁論の全趣旨)によれば,イ号物件は,係止部に相当する鍔部を有しており,吊り下げ方式により飲料が充填されるものであることが認められ,この方式によれば,側壁部が直立する状態であるか否かに関わりなく飲料の充填が可能であることは明らかである。
また,前記イによれば,イ号物件は,側壁部に蛇腹を備える構成を有することから,吊り下げ方式により飲料を充填する際には,飲料の自重で側壁部を伸張させることが可能であることも明らかである。
(ウ) したがって,被控訴人らの上記主張は,いずれも採用することができない。
エ 小括
以上によれば,イ号物件は,構成要件Dを充足するものというべきである。
(2) 構成要件Gについて
イ号物件が構成要件Gにおける「側壁部が下方へ崩れないように囲われる」を充足するかどうかについて,以下,検討する。
ア 「側壁部が下方へ崩れないように囲われる」の意義について
(ア) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば,構成要件Gは,飲料ディスペンサの供給口の周りに設けられた支持枠によって,筒口部の周りの頂部が支持されるとともに,柔軟性を持たせた側壁部が下方へ崩れないように囲われるようにしたというものであるが,文言上,支持枠は,筒口部の周りの頂部を支持するとともに,柔軟性のある側壁部が下方へ崩れないよう囲うという双方の機能を有すべきものと解される。
このうち,支持枠が筒口部の周りの頂部を支持することにより,筒口部が供給口から外れる等のことが防止されることは,その構成から明らかであるが,本件明細書には,支持枠によって側壁部が下方へ崩れないように囲われることの意義についての具体的な記載はない。
(イ) 上記のとおり,本件明細書には,支持枠により「側壁部が下方へ崩れないように囲われる」構成が奏する効果についての具体的な記載はないが,本件特許の出願に係る拒絶査定不服審判請求の審判請求書(乙1)において,控訴人が「側壁部に柔軟性を持たせたカートリッジ容器を下向きにして飲料ディスペンサに接続しても,容器を型崩れさせずに,内部の飲料を良好に飲料ディスペンサに供給できるようにした。」と主張しているとおり,飲料ディスペンサに設置するカートリッジ容器において,飲料を良好に供給することは自明の課題であり,容器に充填された飲料を最後まで使い切ることについても,同様に自明の課題であると解される。
(ウ) 本件発明において,カートリッジ容器は筒口部を下向きにして飲料ディスペンサに接続されるため,使用中に飲料が容器から排出されると,大気圧によって容器が圧縮されて変形することが当然に予定されているものである。そして,本件各物件を用いた実験(甲13,14,21,22,乙4)及び本件発明の実施品を用いた実験(乙7)において,カートリッジ容器が飲料を排出する際に,圧縮がほぼ均等に生じ,おおむね上下方向に折り畳まれた場合には,最後まで飲料を排出できるが,側方に傾き,カートリッジ容器の一部が筒口部より下になった場合には,最後まで飲料を排出できないという問題が生じることが認められる。前記(イ)のとおり,飲料ディスペンサに設置するカートリッジ容器において,飲料を良好に供給することは自明の課題であり,容器に充填された飲料を最後まで使い切ることについても,同様に自明の課題であると解されるから,このようなカートリッジ容器の一部が筒口部より下になった場合に最後まで飲料を排出できないという問題は,本件発明が対象とするカートリッジ容器一般が有する問題であると解される。
(エ) そうすると,構成要件Gの「側壁部が下方へ崩れないように囲われる」とは,カートリッジ容器が飲料を排出し,大気圧によって圧縮される際,柔軟性を有する側壁部が側方に傾き,カートリッジ容器の一部が筒口部より下になる状態を想定した上で,そのような状態とならないように支持枠が側壁部を囲い,これを支持することを意味すると解するのが相当である。
イ 構成gについて
イ号物件を本件サーバーに設置した場合,頂部が受け体に支持されること,受け体が構成要件Gの支持枠に該当することについては,当事者間に争いがない。
他方,イ号物件では,受け体は側壁部に接しておらず,側壁部の周囲には略円筒状の硬質カバーが存在するが,証拠(乙4)によれば,イ号物件を通常の方法で使用し,飲料を排出した場合,ほぼ均等に圧縮が生じ,最後まで飲料が排出される一方,硬質カバーが側壁部を支持するものではない(なお,側壁部の一部が硬質カバーと接触することはあっても,それをもって,硬質カバーが構成要件Gにおける「側壁部が下方へ崩れ」ないように側壁部を支持するものであるとまでいうことはできない。)ことが認められるほか,控訴人による甲21実験(甲21)及び甲22実験(甲22)でも,硬質カバーを装着しなくてもカートリッジ容器の一部が筒口部より下になる状態にはならなかったことが認められる。
ウ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は,側壁部が柔軟性を有していると,カートリッジ容器が飲料を排出し,大気圧によって圧縮されることにより,支持枠がなければ容器が垂直方向や斜め方向に崩れることは技術常識であるから,「側壁部が下方へ崩れない」状態としては,「下方」に型崩れすることを避けるための役割を担う構成であれば足りるしかしながら,前記ア(エ)のとおり,構成要件Gの「側壁部が下方へ崩れないように囲われる」とは,カートリッジ容器が飲料を排出し,大気圧によって圧縮される際,柔軟性を有する側壁部が側方に傾き,カートリッジ容器の一部が筒口部より下になる状態を想定した上で,そのような状態にならないように支持枠が側壁部を囲い,これを支持することを意味すると解するのが相当であり,控訴人が主張するように,容器が垂直方向や斜め方向に崩れることをもって「下方」に型崩れすることであるとし,そのような型崩れを避けるための役割を担う構成であれば足りると解することはできない。
(イ) 控訴人は,甲21実験及び甲22実験によると,イ号物件の硬質カバーは側壁部が下方や側方に型崩れすることを妨げる機能を奏していることは明らかであるところ,甲23実験によると,イ号物件は硬質カバーのみならず受け体をも加えて,支持枠全体として側壁部が下方や側方に型崩れすることを防ぐ機能を奏するものであると主張する。
しかしながら,甲21実験(甲21)及び甲22実験(甲22)は,いずれも飲料水が充填されたイ号物件を本件サーバーに設置し,硬質カバーを装着しない状態で飲料水を排出すると,側壁部が崩れて硬質カバーを装着することができない状態になったことを明らかにするものであるが,そもそも,各実験において,飲料水の排出後,硬質カバーを装着することができない状態になったことをもって,硬質カバーによりカートリッジ容器の一部が筒口部より下にならないように側壁部が支持されていたということはできないし,前記イのとおり,各実験において,硬質カバーを装着しなくても,カートリッジ容器の一部が筒口部より下になる状態にはならなかったのであるから,硬質カバーが構成要件Gにおける支持枠に該当するものということはできない。
また,甲23実験(甲23)は,本件サーバーから頂部を支持する部分を切断した改造サーバーを用いた場合,硬質カバーを装着しなければイ号物件のカートリッジ容器の一部が筒口部より下にならないように側壁部を支持することができなかったことを明らかにするものにすぎず,本件発明の構成を前提とするものではない。
(ウ) したがって,控訴人の上記主張は,いずれも採用することができない。
エ 小括
以上によれば,イ号物件は,構成要件Gを充足するということはできない。
4 均等侵害について
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても,①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく,②当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③このように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,当該対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
(2) 第1要件について
ア 均等の第1要件における特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分,すなわち,上記部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものである。
イ 本件明細書には,本件発明の従来技術として,空になったカートリッジ容器を効率よく運送できるように,少なくとも容器の側壁部に柔軟性を持たせて,側壁部を折り畳み可能とした甲15発明が記載されているところ,本件発明は,運送時に折り畳み可能であるのみならず,支持枠により側壁部を囲わなければ側壁部が側方に傾き,カートリッジ容器の一部が筒口部より下になって飲料の排出が困難となるような状態になる程度の高い柔軟性を有する側壁部を前提として,飲料充填時に用いる係止部を設け,支持枠で側壁部を囲い,これを支持する構成を採用することにより,課題を解決するというものである。
これに対し,イ号物件の側壁部は,PET素材に蛇腹部を設けることにより運送時に折り畳み可能な程度の柔軟性を有するものの,支持枠によって囲わなければカートリッジ容器の一部が筒口部より下になって飲料の排出が困難となる程度の柔軟性を有しているものではないから,本件発明とは課題解決手段が異なるものであり,側壁部の柔軟性の程度について,作用効果を異にするものというほかない。
ウ 本件発明は,前記のとおり,運送時に折り畳めるように側壁部に柔軟性を持たせた甲15発明を従来技術とした上で,側壁部が柔軟性を有することにより生じる筒口部を上向きにして飲料を充填する際に非常に手間がかかるという課題を解決するために係止部を設けたのみならず,支持枠によって囲わなければカートリッジ容器の一部が筒口部より下になって飲料の排出が困難となる程度まで側壁部の柔軟性を高めたことにより,カートリッジ容器が飲料を排出する際,飲料の排出が困難となるような上記の状態が発生することを防止するために支持枠で側壁部を囲い,これを支持する構成を必要とするような高い程度の柔軟性を有するものである。
したがって,本件発明における側壁部の高い程度の柔軟性は,特許発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分,すなわち本質的部分であるというべきであ
エ この点について,控訴人は,本件発明の作用効果につき,側壁部に柔軟性を持たせて折り畳み可能とし,筒口部を上向きの状態で吊り下げ係止する係止部を設けて,空容器の運送効率を良くするとともに,係止部で筒口部の位置を安定に保持し,注入される飲料の重量で側壁部が自然に伸張するようにして飲料を容易に充填できるというものであると主張する。
しかしながら,本件発明の作用効果は,本件明細書の記載からすれば,控訴人が主張する上記効果のみならず,側壁部の柔軟性の程度をも含むものというべきであるから,控訴人の上記主張は,採用することができない。
また,控訴人は,本件発明の本質的部分は,係止部を設けて飲料を容易に充填できるようにした点にあると主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件発明の本質的部分は係止部を設けて飲料を容易に充填できるようにした点に尽きるものではないから,控訴人の上記主張も,採用することができない。
オ したがって,イ号物件の側壁部は,均等の第1要件を充足するものということはできない。
(3) 第5要件について
ア 本件特許に係る拒絶理由(甲24)において,「空のときに軸方向圧縮で押し潰し得るプラスチックボトル」の発明に係る特表平10-502038号公報(甲28)が引用文献3として引用されているところ,同文献には,ミネラルウォーター等の飲料を収容するPET素材等のプラスチックボトルにおいて,側壁部に複数の横ひだの溝と外方突出状の折込開始部とを形成することによって蛇腹部を設け,容器が空のときに軸方向圧縮を加えて縮小させ,小さい体積の残余物にすることが記載されている。
イ これに対し,控訴人は,拒絶理由を回避するために,補正(甲25)により構成要件F及びGに相当する構成を加えた上で,本件特許の出願に係る拒絶査定不服審判請求の審判請求書(乙1)において,同文献に記載された発明は,PET素材等で薄肉に形成した一般的なプラスチックボトルの側壁部に蛇腹部を形成して押し潰し可能としたものであり,本件発明とは使用形態も構成も異なること,同文献には,本件発明のように係止部を設けて吊り下げ方式を採用することや,容器を下向きに支持できるように筒口部の周りの頂部を厚肉に形成するとともに,柔軟性を持たせた側壁部が下方へ崩れないように支持枠で囲うことを示唆する記載もないと主張していることが認められる。
ウ そうすると,控訴人は,本件発明に係る特許出願手続において,本件発明の側壁部は支持枠によって囲わなければカートリッジ容器の一部が筒口部より下になって飲料の排出が困難となる程度の柔軟性を有するものであるとして,PET素材等のプラスチックボトルの側壁部に蛇腹部を設ける構成を特許請求の範囲から意識的に除外したものというべきであり,均等の第5要件に係る特段の事情が存在するものというほかない。
エ したがって,イ号物件の側壁部は,均等の第5要件を充足するものということはできない。
(4) 小括
以上によれば,本件各物件は,少なくとも,均等の第1要件及び第5要件を具備しないものというべきであるから,本件各物件における側壁部の柔軟性が本件発明における側壁部の柔軟性に均等なものとして,本件発明の技術的範囲に属するものと認めることはできない。
5 結論
以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく,これを棄却した原判決は結論において相当であって,本件控訴は理由がないから,棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 齋藤巌 裁判官 荒井章光)
file_2.jpg別紙