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知財高等裁判所 平成24年(ネ)10081号 判決 2013年2月14日

控訴人兼被控訴人(原告)

X1

控訴人兼被控訴人(原告)

X2

控訴人兼被控訴人(原告)

X3

3名訴訟代理人弁護士

笠原基広

被控訴人兼控訴人(被告)

株式会社サンエスオプテック

訴訟代理人弁護士

寺島秀昭

牧野英之

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は各自の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告らの控訴の趣旨

原判決を次のとおり変更する。

被告は,原告 X1  に対し,80万5874円及びこれに対する平成23年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

被告は,原告 X2 に対し,40万2937円及びこれに対する平成23年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

被告は,原告 X3 に対し,40万2937円及びこれに対する平成23年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

仮執行宣言

2  被告の控訴の趣旨

原判決中被告の敗訴部分を取り消し,原告らの被告に対する請求を棄却する。

第2事案の概要

1  被告の元従業員であるA は,被告に対し,本件特許第4334013号(発明の名称「LED照明装置」)に係る本件発明をし,その特許を受ける権利を被告に承継させたと主張して,特許法35条3項及び5項に基づく職務発明対価(9467万9479円)の一部請求として850万円の支払を求める本件訴訟を提起したが,平成23年12月9日に死亡した。そこで,亡A の相続人である原告らが,訴訟を承継し,相続割合(妻である原告 X1 は2分の1,子である原告 X2 及び原告 X3 は各4分の1)に応じて,原告 X1 は425万円,原告 X2 及び原告 X3 は各212万5000円の支払を求めた。

原判決は,被告の受けるべき利益についての原告らの主張の一部と,被告の貢献度についての被告の主張の一部をそれぞれ認め,原告らの請求を,原告 X1  については28万4944円,原告 X2 及び原告 X3 については各14万2472円の限度で一部認容し(遅延損害金は訴状送達の翌日から),その余は棄却した。

これに対し当事者双方が控訴したが,原告らの控訴は,控訴の趣旨の範囲における一部控訴である。

2  前提となる事実は,原判決3頁7行目以下の「2 前提事実」記載のとおりである。ただし,原判決3頁14行目の「3月1日」を「3月2日」と訂正する。

第3当事者の主張

1  原審からの主張

原審における当事者の主張は,原判決7頁13行目以下の「第3 争点に関する当事者の主張」記載のとおりである。ただし,原判決12頁13行目の「優位性はな」の後に「か」を挿入する。

2  当審における原告らの主張

(1)  被告が他社から受けた実施料の有無及びその額について

原判決は,被告が平成20年6月1日から平成21年5月31日までの間に他社から受けた実施料の額を,被告の損益計算書にロイヤリティ売上高として記載された943万2000円の20%と認定した。

しかしながら,20%という数値は,当事者双方が主張しておらず,証拠も提出されていない数値であり,根拠がない。

また,被告製品は,平成20年度には伊藤忠プラスチックス株式会社及び島根三洋電機株式会社によって製造・販売等されており,その利益の一部が上記ロイヤリティ売上高として被告に還元されたものである。他社に特許発明の実施許諾をしている場合,売上高に仮想実施料率と同率の5%を乗じた額が実施許諾による収入といえる。ところで,被告製品の限界利益率は13.9%であり,利益の一部として被告に還元された上記ロイヤリティ売上高が限界利益を上回ることはないから,いわゆる他社実施分の売上高は,上記ロイヤリティ売上高943万2000円を13.9%で除した6785万6115円と推計される。そこで,この金額に上記の5%を乗じた339万2805円(上記ロイヤリティ売上高943万2000円の約36%に相当)が実施許諾による収入となるが,上記の限界利益率の算出に当たっては固定費等が控除されていないから,実施許諾による収入はより多くなるはずである。

したがって,被告が受けた実施料の額が上記ロイヤリティ売上高として記載された額の50%を下ることはない。

(2)  被告が本件特許を自ら実施したことにより受けるべき超過利益に関する超過売上げの割合について

原判決は,①蛍光灯と同等の特性,照度分布を実現しているLED照明装置は被告製品に限られず,競合他社の同種の製品が複数存在すること,②被告製品が原判決の認定に係る売上高を上げているのは,日亜化学工業製のLEDを使用している点が主要な要因であることなどを根拠に,超過売上げの割合を30%と認定した。

しかしながら,平成21年当時,被告製品以外に蛍光灯と同様の光拡散性を有する製品は存在しておらず,そのことは,被告作成の対比表(乙4)によっても明らかである。また,日亜化学工業製のLEDを使用するためには,本件発明の実施は不可欠であった。

したがって,原判決の認定は誤りであり,超過売上げの割合は50%を下らない。

(3)  本件特許権の譲渡により受けるべき利益の額について

原判決は,本件特許権の譲渡価格2500万円から法定通常実施権に相当する部分を控除し,本件特許権の譲渡に係る独占の利益を800万円と認定した。

しかしながら,特許権者は,特許権を譲渡する場合,対象となる特許発明の実施が今後不要であると判断したのであり,自社による実施を放棄したものといえるから,そのような場合に,特許権者の自社実施分を考慮する必要はなく,これを譲渡対価から割合的に控除するのは相当とはいえない。ちなみに,被告は,譲渡の時点で本件特許を用いない後継製品を製造することを決めていた。

また,自社実施分を控除するとしても,被告製品の売上高に仮想実施料率を乗じた単年度の仮想実施料は52万4250円であり,中間利息を控除して17年分の総額を算出したとしても,591万0394円にとどまる。

3  当審における被告の主張

(1)  被告が他社から受けた実施料の有無及びその額について

原判決は,「ロイヤリティ売上高」という勘定科目に本件発明の実施許諾の対価が全く含まれないと認定するのは困難であると判断したが,合理的な根拠が示されていない。現に,原判決も,「具体的にどのような取引についての対価であるのか明らかではない」と説示している。

したがって,被告が他社から受けた実施料を認定した原判決には誤りがある。

(2)  被告が本件特許を自ら実施したことにより受けるべき超過利益に関する超過売上げの割合について

原審で被告が主張したところによれば,原判決が超過売上げの割合を30%と認定したのは誤りである。

(3)  被告が本件特許を自ら実施したことにより受けるべき超過利益に関する仮想実施料率について

原判決は,仮想実施料率について,「実施料率(第5版)」(発明協会研究センター編,甲8)に記載されたデータを基に5%と認定した。

しかしながら,甲8の文献に記載されたデータは,実施料率を対価条項とした外国技術導入契約に関するものであって,本件に適応しているとはいい難く,データも古い。これに対し,平成21年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~」(株式会社帝国データバンク作成,乙41)に記載されたデータは,外国技術導入契約に限られず,データも新しいところ,そこでは,本件特許の属する照明の分野の実施料率は平均3.9%とされており,本件特許の仮想実施料率も,せいぜい4%にとどまる。

(4)  本件特許権の譲渡により受けるべき利益の額について

原審で被告が主張したところによれば,原判決が本件特許権の譲渡により受けるべき利益の額を800万円と認定したのは相当ではない。

(5)  被告の貢献度について

原審で被告が主張したところによれば,原判決が被告の貢献度を95%としたのは相当ではない。

第4当裁判所の判断

1  基本的判断

当裁判所も,①被告が平成20年6月1日から平成21年5月31日までの間に本件発明の実施によって受けた実施許諾の対価は,188万6400円であり,②本件特許権の譲渡より前の期間における,被告が本件特許を自ら実施したことにより受けるべき超過利益に関して,超過売上げの割合は30%,仮想実施料率は5%であり,③被告が本件特許権を譲渡したことにより受けるべき利益の額は800万円であり,④被告の貢献度は95%である,と認めるのが相当であって,結論として,原告らが相続により承継した職務発明対価請求権の額は,原告 X1 につき28万4944円,原告 X2 及び原告 X3 につき各14万2472円であると判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決20頁16行目以下の「4 当裁判所の判断」のとおりである。以下,当事者双方の当審主張を踏まえて付加判断する。

2  被告が他社から受けた実施料の有無及びその額について

(1)  被告が他社から受けた実施料を,被告の損益計算書にロイヤリティ売上高として記載された943万2000円の20%に当たる額である188万6400円と認定したことに関して,原告らは,20%という数値については当事者双方が主張しておらず,証拠も提出していないと主張する。

しかしながら,本件において,原告らは,被告が他社から受けた実施料は943万2000円であると主張し,被告は,そのような実施料は存在しない旨主張しているところ,その中間である20%という数値や188万6400円という金額それ自体については当事者双方が主張していないとしても,原告らの主張する金額の数的一部として上記の金額を認定するのは当事者の主張の範囲内であって,原告らの主張は採用することができない。

(2)  原告らは,被告の伊藤忠プラスチックス株式会社及び島根三洋電機株式会社に対する実施許諾や,これに基づく実施料が存在することを前提として,被告が受けた実施料の額は上記ロイヤリティ売上高として記載された金額の50%を下回ることはないと主張する。

しかしながら,原判決が21頁10行目から22頁13行目まで及び22頁25行目から23頁10行目までにおいて説示するように,被告が伊藤忠プラスチックス株式会社及び島根三洋電機株式会社に対して被告製品の製造等を委託し,これに関連して被告に支払われた金員があるとしても,このことから直ちに,被告が伊藤忠プラスチックス株式会社及び島根三洋電機株式会社に対して本件特許につき実施許諾をしたことや,当該実施許諾に基づく支払があったことを認めることはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって,原告らの上記主張は理由がない

(3)  被告は,被告の他社に対する実施許諾に関する具体的な取引内容が明らかでないことなどに照らし,被告が他社から受けた実施料を認定するのは誤りである旨主張する。

しかしながら,原判決21頁10行目から22頁13行目まで及び23頁26行目から24頁7行目までにおいて説示するように,被告の損益計算書に「ロイヤリティ売上高」という勘定科目で943万2000円と記載されていること等の事実を総合すると,被告が他社から受けた実施料収入は188万6400円と認めるのが相当である。被告と他社との実施許諾に関する具体的な事実が明らかではないとしても,損益計算書等の記載から実施許諾の存在とこれにより受けた実施料の額を推認することは可能であり,被告の上記主張は採用することができない。

3  被告が本件特許を自ら実施したことにより受けるべき超過利益に関する超過売上げの割合について

(1)  原告らは,被告作成の対比表(乙4)によっても,平成21年当時,被告製品以外に蛍光灯と同様の光拡散性を有する製品は存在していないことは明らかであること,日亜化学工業製のLEDを使用するために本件発明の実施が不可欠であることから,超過売上げの割合を30%と認定するのは誤りであると主張する。

しかしながら,乙4の対比表に記載された他社製品の一部については,光拡散性がない旨の積極的な記載はなく,「製品としては完成」などと記載されている製品もあることなどに照らすと,乙4の記載が,被告製品以外に蛍光灯と同様の光拡散性を有する製品が存在するとの認定を妨げるものとはいえない。また,日亜化学工業製のLEDを使用するために本件発明の実施が不可欠であるとしても,原判決25頁6行目から15行目までに説示された事情を併せ考慮すれば,超過売上げの割合は30%と認定するのが相当であり,この点は,上記1の判断を左右しない。

(2)  被告は,被告が原審で主張したところによれば,超過売上げの割合は30%に至らない旨主張するが,上記1の判断は,被告の原審における主張をも考慮した結果であって,被告の主張によっても,上記1の判断は左右されない。

4  被告が本件特許を自ら実施したことにより受けるべき超過利益に関する仮想実施料率について

被告は,乙41の文献に記載されたデータに照らすと,本件特許の仮想実施料率は,せいぜい4%にとどまると主張する。

しかしながら,乙41の文献には,照明又は加熱の技術分野における実施料率について,平均では3.9%とされているものの,最大では9.5%,最小では1.5%と記載されており,ばらつきが大きいこと,また,甲8の文献に記載された平均的な実施料率4.6%と比較して著しい差はないこと,その他,本件に表れた諸事情を総合すると,乙41の文献の記載を考慮してもなお,本件特許に係る仮想実施料率を5%と認定することも相当というべきであり,被告の上記主張は採用することができない。

5  本件特許権の譲渡により受けるべき利益の額について

(1)  原告らは,特許権者が特許権を譲渡する場合は,自社による実施を放棄したものといえるから,特許権者の法定通常実施権に相当する分を譲渡価格から控除するのは相当ではない旨主張する。

しかしながら,特許権者が,自ら特許発明を実施する意思を有していないとしても,これによって当然に法定通常実施権を放棄したことになるものではなく,原告らの上記主張は採用することができない。

また,原告らは,被告の法定通常実施権に相当する分を控除するとしても,その控除額は591万0394円にとどまると主張するが,原告らの主張を斟酌したとしてもなお,その他本件に表れた諸事情を総合すると,本件特許権の譲渡における独占の利益は800万円と認めるのが相当であって,原告らの主張は,上記認定を動かすものではない。

(2)  被告は,被告が原審で主張したところによれば,本件特許権の譲渡により受けるべき利益の額を800万円と認定することは相当ではない旨主張するが,上記1の判断は,被告の原審における主張をも考慮した結果であって,これによっても,上記1の判断は左右されない。

6  被告の貢献度について

被告は,被告が原審で主張したところによれば,被告の貢献度を95%と認定するのは相当ではない旨主張するが,上記1の判断は,被告の原審における主張をも考慮した結果であって,これによっても,上記1の判断は左右されない。

第5結論

以上によれば,原告らの被告に対する請求は,原審が認容した限度では理由があるが,その余については理由がない。よって,本件各控訴は理由がなく,これを棄却すべきである。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)

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