知財高等裁判所 平成24年(ネ)10091号 判決 2014年9月10日
控訴人(原告)
日新産業株式会社
訴訟代理人弁護士
内田清隆
弁理士
大谷嘉一
補佐人弁理士
西孝雄
被控訴人(被告)
大昭和精機株式会社
訴訟代理人弁護士
小池眞一
弁理士
北村修一郎
山﨑徹也
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,本判決別紙物件目録1記載1及び2の各スタイラス及び同目録2記載1及び2の各位置検出器を製造し,販売し,又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。
3 被控訴人は,その本店,営業所又は工場に存する前項記載の物件及びその半製品を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,900万円及びこれに対する平成23年6月11日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 原審主張について
控訴人は,名称を「位置検出器及びその接触針」とする発明についての本件特許(特許第4072282号)の特許権者(この特許の各請求項に係る発明を,その番号に従い,「本件発明1」のようにいう。)であるが,被控訴人が製造,販売等している原判決別紙物件目録1記載1及び2の各スタイラス(接触針)を装着した同目録2記載1及び2の各位置検出器が本件発明1の技術的範囲に属すると主張して,本件特許権に基づく差止請求(直接侵害・間接侵害)として上記両目録記載の各物件の製造,販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求(直接侵害・間接侵害)として,損害賠償金900万円及び不法行為後の日で本件訴状送達の日の翌日である平成23年6月11日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた。
(2) 原判決について
原審は,平成24年11月1日,本件発明1は,特開昭63-2650号公報(乙12文献)に記載された発明(乙12発明)に,「改訂5版金属便覧」(乙14文献)及び特公昭45-13212号公報(乙24文献)の開示する技術的事項を組み合わせて容易に想到することができるから,本件発明1に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるとして,控訴人の請求を全部棄却する判決を言い渡した。
(3) 特許庁における関連手続の経緯等について
ア 第1次審決
被控訴人は,平成24年3月6日付けで本件発明1~本件発明4に係る特許について無効審判請求(無効2012-800022号)をした。(乙42)特許庁は,同年9月18日,本件発明1~本件発明4に係る特許を無効とする審決をした。(乙69,弁論の全趣旨)
イ 第1次訂正
控訴人は,平成24年10月24日,審決取消訴訟を提起するとともに(知的財産高等裁判所平成24年(行ケ)第10367号),同年12月3日付けで請求項1(本件発明1)を削除し,請求項2~請求項4(本件発明2~本件発明4)の内容を変更等する旨の訂正審判請求(訂正2012-390152)をした(請求項の番号は順次繰り上げて「請求項1」~「請求項3」としている。)。(甲11,12)
知的財産高等裁判所は,同年12月25日,平成23年法律第63号による改正前の特許法(旧特許法)181条2項による差戻決定をした。(顕著事実)
審理再開がされた無効審判において控訴人が所定期間内に訂正請求をしなかったことから,上記訂正審判請求書に添付された訂正明細書は,訂正請求とみなされ,上記訂正審判請求は取り下げられたものとみなされた(旧特許法134条の3第5項,第4項)。(乙69)
ウ 第2次審決
特許庁は,平成25年5月27日,上記イの訂正を認容し,訂正後の請求項1~請求項3の発明に係る特許を無効とする審決をした。(乙69)これにより,請求項1(本件発明1)を削除する訂正部分は確定した。
エ 第2次訂正
控訴人は,平成25年6月29日,審決取消訴訟を提起するとともに(知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10182号),同年8月20日,請求項1~請求項4(本件発明1~本件発明4)の内容を変更等する旨の訂正審判請求(訂正2013-390117)をした。(甲13)
知的財産高等裁判所は,同年9月27日,旧特許法181条2項による差戻決定をした。(顕著事実)
審理再開がされた無効審判において控訴人が所定期間内に訂正請求をしなかったことから,上記訂正審判請求書に添付された訂正明細書は,訂正請求とみなされ,上記訂正審判請求及び第1次訂正に係る訂正請求は取り下げられたものとみなされた(旧特許法134条の3第5項,第4項,134条の2第4項)。(乙85,86,弁論の全趣旨)
オ 第3次訂正
特許庁が,平成25年10月31日付けで,請求項1(本件発明1)を新たに追加等する訂正は許されないとして,第2次訂正につき訂正拒絶理由を通知した。(乙86)
控訴人は,平成25年11月28日付けで,第2次訂正の内容を,請求項2~請求項4(本件発明2~本件発明4)の内容を訂正すると補正する旨の手続補正をした。(甲14の1・3)
カ 第4次訂正(本件訂正)
控訴人は,平成26年1月17日付けで,請求項2~請求項4(本件発明2~本件発明4)の内容を変更等する旨の訂正請求をした(請求項の番号は順次繰り上げて「請求項1」~「請求項3」としている。以下,番号順に「本件訂正発明1」のようにいう。)。(甲17の1・2)
(4) 当審主張について
上記(3)の経緯のとおり,請求項1(本件発明1)は削除されたところ,本件主張,証拠関係等にかんがみると,控訴人は,当審において,本件発明2を請求原因事実としたものと理解される。
2 前提となる事実
争いのない事実と下記掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は,次のとおりである。
(1) 当事者
控訴人及び被控訴人は,それぞれ工作機械周辺機器の開発,製造及び販売などを業とする株式会社である。(争いのない事実)
(2) 控訴人の特許権
本件特許権は,次のとおりである。なお,本件特許に係る明細書及び図面を併せて「本件明細書」といい,また,本件訂正発明1に係る特許請求の範囲も,ここに併せて掲記する。(争いのない事実,甲1の2,17の1・2)
① 特 許 番 号 第4072282号
② 発明の名称 位置検出器及びその接触針
③ 出 願 日 平成11年4月7日
④ 登 録 日 平成20年1月25日
⑤ 特許請求の範囲(構成要件に分説後のもの)
[1] 本件発明1
「【請求項1】
A1 電気的に絶縁された状態で所定の安定位置を保持する微小移動可能な接触体(5)と,
A2 当該接触体に接続された接触検出回路(3,4)とを備え,
A3 当該接触検出回路で接触体(5)と被加工物又は工具ないし工具取付軸との接触を電気的に検出する位置検出器において,
B 接触体(5)の接触部がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されていることを特徴とする,
C 位置検出器。」
[2] 本件発明2
「【請求項2】
D 接触体(5)が接触部である先端の球体(16)と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杆(17)とを含む接触針であり,前記柄杆が非磁性材で製作され,
E 前記球体がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で製作されていることを特徴とする,
F 請求項1記載の位置検出器。」
⑥ 本件訂正発明1
「【請求項1】
A1 電気的に絶縁された状態で所定の安定位置を保持する微小移動可能な接触体(5)と,
A2 当該接触体に接続された接触検出回路(3,4)とを備え,
A3´当該接触検出回路で接触体(5)と被加工物との接触を電気的に検出する位置検出器において,
D 接触体(5)が接触部である先端の球体(16)と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杵(17)とを含む接触針であり,前記柄杵が非磁性材で製作され,
E´ 前記球体(16)がタングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨することで得られた非磁性材であることを特徴とする,
C 位置検出器。」
(3) 被告物件
以下,本判決別紙物件目録1記載1のスタイラスを「ハ号スタイラス」と,同目録1記載2のスタイラスを「B号スタイラス」と,本判決別紙物件目録2記載1の位置検出器を「イ号検出器」(通電方式)と,同目録2記載2の位置検出器を「ロ号検出器」(誘電方式)と,それぞれいう。
ア ハ号スタイラスを装着したイ号検出器
ハ号スタイラスを装着したイ号検出器の構成は,次のとおりである(以下「構成イa1」などのようにいう。次項以下も同じ。)。(争いのない事実)
イa1 中心部より周方向3分割の角度で延出された3本の円柱状の支持体がそれぞれ2個一組の鋼球上の間にバネにより付勢された状態で載置されており,内蔵する電池の正極からの接触検出回路及びバネを介したラインと,当該電池の負極からの本体,鋼球及び支持体を介したラインとの間で,3本の支持体が絶縁部を介して基部に固定されることにより,電気的に絶縁された状態で,所定の安定位置を保持する,微小移動可能な基部に装着された接触体と,
イa2 前記接触体に電気的に接続されたLEDを備えた接触検出回路とを備え,
イa3 前記接触検出回路で前記接触体と被加工物であるワークとの接触を,前記接触体,前記ワーク,工作機械本体の抵抗,及び前記接触検出回路からなるラインが閉成されることにより,電気的に検出する位置検出器において,
イb 前記接触体の接触部がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されていることを特徴とする,
イc 位置検出器であって,
イd 前記接触体が接触部である先端の球体と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杵とを含む接触針であり,前記柄杵が非磁性材で製作され,
イe 前記球体がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されていることを特徴とする,
イf 位置検出器。
上記記述の参考として,原判決別紙イ号図面を下記に掲記する(ただし,図中に「柄杵(金属)」とあるのを「柄杵」と改める。)
【イ号図面】
file_2.jpgイ ハ号スタイラスを装着したロ号検出器
ハ号スタイラスを装着したロ号検出器の構成は,次のとおりである。(争いのない事実)
ロa1 位置検出器外部に設けられたコントロールアンプに接続された検出コイル及び励起コイルの各内周内側に導電体たる本体を設置するとともに,中心部より周方向3分割の角度で延出された3本の円柱状の支持体のそれぞれ2個一組の鋼球上の間にバネにより付勢された状態で載置されており,所定の安定位置を保持する,微小移動可能な基部に装着された接触体と,
ロa2 前記励起コイル及び前記検出コイルよりなる電磁誘導機能を利用した接触検出回路が前記コントロールアンプに接続され,
ロa3 前記励起コイルをもって励起されている本体及び接触体と被加工物であるワークとの接触を,前記接触体,前記ワーク,及び機械主軸により閉ループ回路が形成されることにより,前記検出コイルに誘導電流が流れ,電気的に検出する位置検出器において,
ロb 前記接触体の接触部がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されていることを特徴とする,
ロc 位置検出器であって,
ロd 前記接触体が接触部である先端の球体と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杵とを含む接触針であり,前記柄杵が非磁性材で製作され,
ロe 前記球体がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されていることを特徴とする,
ロf 位置検出器。
上記記述の参考として,原判決別紙ロ号図面を下記に掲記する(ただし,図中に「柄杵(金属)」とあるのを「柄杵」と改める。)
【ロ号図面】
file_3.jpg(4) 構成要件の充足
ア ハ号スタイラスを装着したイ号検出器
ハ号スタイラスを装着したイ号検出器は,本件発明2の構成要件をすべて充足する。(争いのない事実)
イ ハ号スタイラスを装着したロ号検出器
ハ号スタイラスを装着したロ号検出器は,本件発明2の構成要件B,C,D及びEを充足する。(争いのない事実)
(5) 被控訴人の行為
被控訴人は,業として,イ号検出器,ロ号検出器及びハ号スタイラスの製造又は譲渡の申出をしている。(争いのない事実,弁論の全趣旨)
(6) 本件訂正
ア 訂正の概要
本件訂正は,本件発明2について,①本件発明1の記載を引用する引用形式の記載を独立形式の記載に変更した(訂正事項①),②引用する本件発明1の「当該接触検出回路で接触体(5)と被加工物又は工具ないし工具取付軸との接触を電気的に検出する」を「当該接触検出回路で接触体(5)と被加工物との接触を電気的に検出する」と訂正し(訂正事項②),③「前記球体がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で製作されている」を「前記球体がタングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨することで得られた非磁性材である」と訂正する(訂正事項③)ものである。
イ 訂正事項①について
訂正事項①は,引用形式の記載を独立形式の記載に変更するものであるから,明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当する。また,訂正事項①は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
ウ 訂正事項②について
訂正事項②は,接触検出回路が接触体(5)との接触を電気的に検出する対象について,「被加工物」又は「工具ないし工具取付軸」のいずれかと特定していたものを,「工具ないし工具取付軸」を削除して「被加工物」のみに限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。また,訂正事項②の訂正は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
エ 訂正事項③について
訂正事項③は,球体を構成する非磁性材について,「タングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる」と特定していたものを,タングステンカーバイトを「微粉末」に限定し,結合材としてのニッケルの量を「4~16%」に限定するとともに,非磁性材の製造方法について,「タングステンカーバイトの微粉末」に所定量の「ニッケル」を加えた「混合物」が,焼結の対象(原料)であることを明確にした上で,「型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨する」ものに限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当する。
また,本件明細書(甲1の2)には,次の記載があるから,訂正事項③は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものといえ,また,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
「上記球体16は,タングステンカーバイトの微粉末に4~16%,最適には6%前後のニッケルを混入して高温で焼結し,溶融状態のものを成形したあと転動させながら研磨することにより得られる。」(【0011】)
「球体16は,タングステンカーバイトの微粉末に6%のニッケルを加えて高温下でニッケルを溶融してタングステンカーバイトと混合し,型内で球形に焼結したものの周面を研磨して真円とし,その周面の1ヶ所にSUS304の雄ネジ18を電気抵抗溶接して製作されている。」(【0015】)
(以上につき,争いのない事実,甲1の2,17の1・2,弁論の全趣旨)
3 争点
(1) 本件発明2に係る技術的範囲の属否
ア ハ号スタイラスを装着したロ号検出器(争点1-1)
イ B号スタイラスを装着した位置検出器(争点1-2)
(2) 本件特許権の間接侵害の有無(争点2)
(3) 本件特許の無効理由の有無(争点3)
(4) 本件訂正による無効理由解消の成否
ア 無効理由解消の可否(争点4-1)
イ 本件訂正発明1に係る技術的範囲の属否(争点4-2)
(5) 差止の必要性(争点5)
(6) 損害の発生・額(争点6)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1-1(ハ号スタイラスを装着したロ号検出器)について
ア 控訴人
次のとおり補正するほかは,原判決7頁9行目から同9頁21行目までに記載のとおりである。
① 原判決7頁23行目及び同8頁5行目の各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」に改める。
② 原判決9頁19行目から同21行目までを次のとおり改める。
「(4) 構成要件F
構成要件B,Cの充足性については争いがないから,ハ号スタイラスを装着したロ号検出器は,構成要件Fを充足する。」
イ 被控訴人
次のとおり補正するほかは,原判決9頁23行目から同13頁18行目までに記載のとおりである。
原判決13頁18行目末尾に行を改め次のとおり加える。
「(4) 構成要件F
以上のとおり,ハ号スタイラスを装着したロ号検出器は,構成要件A1,A2及びA3のいずれも充足しないから,構成要件Fも充足しない。」
(2) 争点1-2(B号スタイラスを装着した位置検出器)について
ア 控訴人
B号スタイラスは,接触体の接触部及び柄杵の材質がハ号スタイラスと同一であるから,B号スタイラスを装着した位置検出器は,本件発明2の技術的範囲に属する。
イ 被控訴人
B号スタイラスなるものは,存在しない。
(3) 争点2(本件特許権の間接侵害の有無)について
ア 控訴人
次のとおり補正するほかは,原判決15頁10行目から同17頁12行目までに記載のとおりである。
① 原判決15頁11行目,同14行目,同17行目,同24行目,同16頁1行目,8行目及び同10行目の各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」に改める。
イ 被控訴人
次のとおり補正するほかは,原判決17頁14行目から同18頁17行目までに記載のとおりである。
① 原判決17頁15行目の「イ号検出器」の次に「及びロ号検出器」を加え,同15行目から同16行目にかけての「製品であるか,」から同18頁4行目末尾までを「製品である。ハ号スタイラスは,内部接点方式の位置検出器(接触体の接触部が被加工物に接触したときに本体内部のみで通電をさせるもの)の形式「PMP」「ZS」シリーズとも適合性がある。」に改める。
② 原判決18頁5行目及び同9行目の各「本件特許発明」を「本件発明2」に改める。
(4) 争点3(本件特許の無効理由の有無)について
ア 控訴人
次のとおり補正するほかは,原判決18頁21行目から同22頁14行目までに記載のとおりである。
① 原判決18頁21行目から同19頁25行目までを次のとおり改める。
「(1) 乙12発明
特開昭63-2650号公報(乙12文献)には,次の発明(乙12発明)が記載されている。
A1 検出器33本体と電気的に絶縁された状態で所定の垂直状態を保持する揺動可能なスタイラス51と,
A2 当該スタイラス51と接続されて検出子49とワークピースWとの通電時の信号を発信する回路とを備え,
A3 当該接回路でスタイラス51先端の検出子49とワークピースWとの接触時の微弱電流の通電を検知して,検出器33の検出値65に読み込み,ワークピースWの上面位置を表示させるワーク検出装置41において,
B´ スタイラス51先端の検出子49が,通電性が良好で非磁性の部材からなることを特徴とする,
C ワーク検出装置41であって,
D スタイラス51が,接触部である先端の球状検出子49と当該検出子49を本体から離れた位置に保持する細長い棒状部とを含む接触針であり,前記スタイラス51の棒状部が,通電性が良好で非磁性の部材からなり,
E" 前記検出子49が高精度の球状に形成してあり,通電性が良好で非磁性の部材からなることを特徴とする,
F ワーク検出装置41。
(2) 本件発明2と乙12発明との対比
本件特許発明と乙12発明とを比較すると,乙12発明における①『「スタイラス51』及び『検出子49』,②『検出子49』,③『微弱電流の通電を検知する回路』,④『ワークピースW』は,それぞれ,本件発明2の①´『接触体』,②´『接触体の接触部』,③´『接触検出回路』,④´『被加工物』に相当するから,両者は,次の点で一致する。
A1 電気的に絶縁された状態で所定の安定位置を保持する微小移動可能な接触体と,
A2 当該接触体に接続された接触検出回路とを備え,
A3 当該接触検出回路で接触体と被加工物との接触を電気的に検出する,
C 位置検出器であって,
D 接触体が接触部である先端の球体と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杵とを含む接触針であり,前記柄杵が非磁性材で製作されていることを特徴とする,
F 位置検出器。
一方,本件許発明2が,『接触体の接触部がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されてい』て『前記球体がタングステンカーバイドにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で製作され』ているのに対して,乙12発明の検出子49は,『接触体の接触部が,通電性が良好な非磁性の部材よりなる』限度においてはその物性が共通するものの,その具体的材質について限定されていない点で相違する。」
② 原判決20頁23行目の「本件特許発明」を「本件発明2」に改める。
③ 原判決21頁6行目,同14行目及び同17行目の各「接触子」をいずれも「検出子」に改め,同10行目,同12行目及び同20行目の各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」に改め,同18行目の「23」の次に「,25~27」を加える。
④ 原判決22頁9行目の「位置検出機」を「位置検出器」に改め,同9行目及び10行目の各「接触子」をいずれも「検出子」に改める。
イ 被控訴人
次のとおり補正するほかは,原判決22頁16行目から同24頁8行目までに記載のとおりである。
① 原判決22頁18行目の「乙12文献」から同20行目の「一切ない。」を「乙12発明の工作機械は,磁気で吸引して固定したワークの位置を検出する機械であるから,位置検出器を非磁性材で製作しなければならないことは当然のことにすぎず,それ以上に,非磁性材を用いる具体的な理由やどのような非磁性材を用いるかについて何らの記載も示唆もない。」に改める。
② 原判決22頁20行目及び同24行目の各「本件特許発明」を「本件発明2」に改める。
③ 原判決23頁6行目,同8行目,同16行目,同17行目及び同21行目の各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」に改める。
④ 原判決23頁10行目から同12行目までを次のとおり改める。
「 乙24文献に開示された超硬合金は,タングステンカーバイトにニッケルを結合材とした合金中の炭素含有量を遊離炭素を現出する臨界炭素量よりも小さくするという特別の操作を付加したり,タングステンを加えたりして作製されたものである。また,乙14文献は,WC+Cr3C2+Coの組成中のCoをNiに置き代えると非磁性材になるとの記載があるだけである。したがって,これら超硬合金は,タングステンカーバイトにニッケルを結合材として加えただけの本件訂正発明1の超硬合金とは異なるのであるから,乙12発明に乙24文献及び乙14文献の技術的事項を組み合わせても本件訂正発明1にはならない。」
(5) 争点4-1(無効理由解消の可否)について
ア 控訴人
(ア) 本件訂正による無効理由の解消
脱炭素処理をせず,かつ,第3成分を添加することもなく,タングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材は,本件特許出願当時,存在していなかった。本件訂正発明1は,タングステンカーバイトの微粉末に,4~16%,最適には6%前後のニッケルを混入して高温で焼結し,溶融状態のものを成形したあと転動させながら研磨することにより,含有炭素量が6.17%のまま非磁性となった超硬を接触体の接触針に用いるとするものであり,それまで地球上には存在しなかった新たな製品である。
(イ) 本件訂正により生じた無効理由に対する反論
a 実施可能要件違反に対して
① 脱炭素処理をせず,かつ,第3成分を添加することもなく,タングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加えて焼結するだけで,非磁性材を作製できる。
② 本件訂正発明1の発明者である控訴人代表者は,平成3年に,脱炭素処理をせず,かつ,第3成分の添加をすることなく,当業者が焼結において通常使用している金型内で加熱,加圧し,その後に急冷することにより非磁性超硬ボールを製造することを第三者に指示した。これにより製造された先端球が非磁性であることが確認できたことから,控訴人は,本件特許出願に至ったのである(甲20)。
③ 控訴人の販売するスタイラス(ST6×29NM)の先端球の炭素量は,5.79%であるが(甲16),Niが6%含有している分を補正すると(甲23),WCにおける炭素量は,6.16%(5.79%÷0.94)である。そして,上記先端球は非磁性材である(甲22)
④ 被控訴人の販売しているスタイラス(BIG ST28-4P)の先端球の炭素量は5.8%であるが(甲15),Niが6%含有している分を補正すると,WC中の炭素量は6.17%(5.8÷0.94)である。
b 進歩性欠如に対して
本件訂正発明1は,タングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加え,焼結により硬度の高い非磁性材を得ることを達成するのに,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結したものである。単に各工法が周知であるからといって,それだけでそれらを組み合せる動機付けとなるものではない。
イ 被控訴人
(ア) 本件訂正による無効理由の解消に対して
a 「タングステンカーバイト」
① 乙24文献には,タングステンカーバイトにつき,合金含有炭素量が低くなるとタングステン単独で結合金属相のニッケルに固溶して,ニッケルの格子定数を変化させ,タングステンカーバイト―ニッケル系の超硬合金が非磁性体になる機序が示されている。そして,合金含有炭素量を減らす方法としては,①使用するタングステンカーバイト粉末として,炭素含有量が,普通の場合の6.22%に対して約6.00%以下と不足のもの(WC中に少量のW2Cを含む)を用いるか,又は②焼結を脱炭素雰囲気中で行わせ合金中の炭素含量を低下せしめる製法(第2欄25~30行目)が記載されている。いずれも,タングステンカーバイト粉末とニッケルとだけとから非磁性の超硬合金を製造する方法である。そして,「タングステンカーバイト」といえば,WCだけではなく,W2Cも含むことは技術常識である(乙49,58~64)。
b 「微粉末」
本件明細書には,「タングステンカーバイトの微粉末」を採用することの技術的意義を明らかにする記載はなく,その技術的意義は,当該用語に関する技術常識に従うほかないところ,JIS規格を満たすタングステンカーバイト粉の粒度は,「0.5μm以上12μm以下とする」と定められているから(乙45),工業規格内のタングステンカーバイト粉は全て「微粉末」といえる。
c 「4~16%のニッケル」
乙24文献にも,乙14文献が参照文献60とする乙47文献にも,「WC―10%Ni系硬質合金」が開示されており,周知の成分比である。
d 「型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結」
型内で焼結させる技法は,タングステンカーバイト系超硬合金の製法に係る周知の技術である(乙77,78)。
e 「その後に転動させながら研磨」
金属球体を転動により研磨を行うことは極めて通常の工程にすぎず,これは超硬球体であっても変わるところのない技術常識である(乙79)。
f まとめ
以上から,本件訂正によっては,何ら新たな実質的相違点が生じないのであり,無効理由は解消されない。
(イ) 本件訂正により生じた無効理由
a 実施可能要件違反
① タングステンカーバイトがWCであるとすると,炭素含有量の調整も行わず,かつ,Cr等の第3成分を添加しないまま,タングステンカーバイト―ニッケル系超硬合金を非磁性材とすることは,技術常識からして考えられない。
すなわち,強磁性体の鉄族金属のニッケルが結合材として使用される以上,ニッケル自体を非磁性材にしなければ得られる超硬は非磁性材とならない。そして,ニッケルを非磁性材にするためには,脱炭素処理等により炭素との1対1の関係を崩して炭素との結合を解いたことにより生じたタングステン(乙24)やCr,MO,Ta等の金属又はCr3C2等(乙47)などの別の添加元素を用い,これらをニッケルに固溶させ,その格子構造を変化させて常温において非磁性材とする手段しか知られていない(乙16,39,50,75)。
WCの元素の重量比に従い炭素含有量を考察すると,炭素含有量の理論的標準値は6.13%(12.01÷(183.84+12.01))であるが,これを下回る領域では,タングステンがニッケル中に十分固溶せず,結合材であるニッケルの格子定数は変化しないことが判明している(乙47の図3,乙50のFig.2)。
② 急冷させることにより非磁性化をしたとする控訴人主張の製造手順は,本件明細書に記載された事項ではなく,実施可能要件を満たすか否かを左右すべき根拠とならない。
③ 控訴人の提出する甲16の分析値の試料と甲22・23の分析値の試料との同一性は,明確にされていない。また,同じく,甲23の蛍光X線分析方法は,局所的な範囲で,金属元素を定量的ではなく半定量的におおまかに分析する方法であって,微量添加元素の有無を判断するには誤差の多い分析手法である。しかも,蛍光X線分析に検出されるのは金属元素だけであって,炭素には反応しないにもかかわらず,あるいは,WCとW2Cとの相違も区別できないにもかかわらず,控訴人が,分析元素をタングステンとニッケルのみと位置付けて,供試材がタングステンとニッケル以外の第三成分を含有していない,あるいは,単純にWCに換算できるとしたことには,根拠がない。
④ 控訴人の提出する甲15には,元素の成分分析が開示されておらず,比透磁率等の実験結果も開示されていないのであり,この試料が非磁性材であったかどうかすら不明である。
b 進歩性欠如
本件訂正発明1のタングステンカーバイトが,一般に入手できるものであるとすると,次のとおり,本件訂正発明1は進歩性を欠如する。
(a) 乙12発明
乙12文献(特開昭63-2650号公報)には,次の発明(乙12発明)が記載されている。
A1 電気的に絶縁された状態で所定の垂直状態を保持する揺動可能なスタイラス51と,
A2 当該スタイラス51と接続されて検出子49とワークピースWの通電時の信号を発信する回路とを備え,
A3 当該回路でスタイラス51先端の検出子49とワークピースWとの接触時の微弱電流の通電を検知して,検出器33の検出値をカウンター65に読み込み,ワークピースWの上面位置を表示させるワーク検出装置41において,
D スタイラス51が,接触部である先端の球状検出子49と当該検出子49を本体から離れた位置に保持する細長い棒状部とを含む接触針であり,前記スタイラス51の棒状部が,通電性が良好で非磁性の部材からなり,
E" 前記検出子49が高精度の球状に形成してあり,通電性が良好で非磁性の部材からなることを特徴とする,
C ワーク検出装置41。
(b) 相違点
本件訂正発明1は,乙12発明と次の点で相違する。
【相違点1】前記球体の材質として,タングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加えたものであること。
【相違点2】前記球体の製造方法として,型内でニッケルを溶融及び(前記タングステンカーバイトとニッケルの)混合物を球形に焼結したものであること。
【相違点3】前記球体の製造方法として,(前記焼結した混合物を)その後に転動させながら研磨することで得られたものであること
(c) 容易想到性
ⅰ 相違点1について
① 乙24文献の記載(第1欄24~25行目,第1欄33行~第2欄2行目,第2欄7~13行目,17~22行目,25~30行目,第1図,第2図)によれば,乙24文献には,次の事項が開示されている。
「タングステンカーバイトの(微)粉末(WC換算で6.22%の炭素含有量)90%に10%のニッケルを結合材として加え,当該混合物をその炭素量を5.95%以下にする脱炭素処理を伴う焼結をすることにより,非磁性材を得る。」
② 「少量添加Cr(Cr3C2),Mo(Mo2C),Ta(TaC)的WC-10%Ni系非強磁性硬質合金粘結相的組成」鋼鉄1980,26-30頁(乙47文献)の記載(訳文第1頁上段4~6行目,第1頁左下欄2~6行目,9~12行目,13~17行目,第1頁左下欄下から4行~右下欄3行目,第3頁右欄26行~第4頁左欄6行目,図3)によれば,乙47文献には,次の事項が開示されている。
「粒度約1.5μm のタングステンカーバイトの微粉末に,10%のニッケルを結合材として加え,これを混合し,当該混合物を脱炭素処理を伴う焼結をすることにより,非磁性材のWC―10%Niを得る。」
③ 「WC―10%Ni超硬合金の性質と結合相組成との関係」紛体および粉末冶金第13巻6号(1966),290-295頁(乙50文献)の記載(291頁左欄23~31行目,292頁左欄5~7行目,293頁右欄3~22行目,Fig.2,Fig.7)によれば,乙50文献には,次の事項が開示されている。
「粒度1.3μ のタングステンカーバイトの微粉末に10%のカーボニル製法により得られたニッケルを結合材として加え,3日間の湿式ボールミルの後,乾燥,成形を経て,1450℃の一定温度で1hrの真空焼結を行なうことにより,含炭素量を5.95%以下とする非磁性のWC-10%Ni試験片(寸法,8×25×4mm)を得る。」
④ 乙12発明において,非磁性であるスタイラス51の先端球体の検出子49がワークピースWと接触を繰り返す以上,その硬度の確保及び摩耗を防ぐため超硬合金を採用することは動機付けられるとともに,これが通常の技術常識に従った選択である(乙15,19~23,25~27,90,92)。そして,その際,非磁性の超硬合金として,上記慣用技術である乙24文献,乙47文献,乙50文献に記載の技術的事項を適用して相違点1の構成とすることは,単なる最適材料の選択問題でしかなく,容易に想到し得る。
ⅱ 相違点2について
① 特開平10-110233号公報(乙78文献)の記載(【請求項11】【請求項14】【0002】【0003】【0027】【0029】【0040】【0050】【図3】)によれば,乙78文献には,次の技術的事項が記載されている。
「平均粒径1μm のタングステンカーバイトの微粉末に,コバルトとニッケル(5%)とを結合材として加え,型内で,ニッケルを溶融し,当該混合物を所望の形状に焼結する。」
② 粉末冶金にあって,所望の形状の焼結体が得られることは技術常識であり,その手法として型内焼結を採用することに何らの特異性もない。
したがって,相違点2に係る構成は,乙78文献に記載の技術的事項を適用することで,容易に想到し得る。
ⅲ 相違点3について
① 特開平10―147091号公報(乙79文献)の記載事項(【0004】~【0006】【0014】【0017】【0020】~【0022】)によれば,乙79文献には,次の記載がある。
「焼結により超硬と同様のビッカース硬さを有するセラミック球体を得た後,サブミクロンでの高精度の真球度を得るため,転動させながら研磨することで得られた球体。」
② 乙12文献は,乙12発明につき,検出子49を高精度の球状に形成してあるとの技術的事項を記載しているところ,転動研磨は単なる周知の製法にすぎないから,転動研磨による仕上げ加工を施すことは,当然に動機付けられる製法の採用でしかない。
したがって,乙12発明に,乙79文献に記載の技術的事項を適用することより相違点3の構成とすることは,容易に想到し得る。
(6) 争点4-2(本件訂正発明1に係る技術的範囲の属否)
ア 控訴人
(ア) 構成要件A1,A2,A3´及びC
本件発明2に係る技術的範囲の属否のとおり(前記第2の2(4)及び同4(1)ア及び同(2)ア)。
(イ) 構成要件D
ハ号スタイラスは,円筒状の柄杵の片端を,位置検出器本体に装着するための根元部として構成し,根元部が接着された側と反対側の柄杵の端に球体を接着させており,根元部を位置検出器の本体に装着させることにより前記球体を位置検出器本体から一定距離離れた位置に保持する構造の接触針である。また,ハ号スタイラスの柄杵は,非磁性材で製作されている。
したがって,ハ号スタイラスを装着したイ号検出器又はロ号検出器は,本件訂正発明1の構成要件Dを充足する。
(ウ) 構成要件E´
ハ号スタイラスの先端球は,脱炭素処理をせず,かつ,第3成分の添加をしないで,タングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加え,型内で球形に焼結し,その後転動させながら研磨することで非磁性材とされている。
したがって,ハ号スタイラスを装着したイ号検出装置又はロ号検出装置は,本件訂正発明1の構成要件E´を充足する。
イ 被控訴人
(ア) 構成要件A1,A2,A3´及びC
本件発明2に係る技術的範囲の属否のとおり(前記第2の2(4)及び同4(1)イ及び同(2)イ)。
(イ) 構成要件D
控訴人の主張は,認める。
(ウ) 構成要件E´
① 控訴人の主張は,否認する。
② ハ号スタイラスの球体は,ATI Firth Sterling社(ATI社)でHAN6というグレードの超硬で製造された材料粗球及びTechMet Carbides社(TC社)の同等の超硬の材料粗球を,アイティーアイジャパントレーディングカンパニー(ITI社)の米国本社において研磨したものである(乙82)。
TC社製の材料粗球は,焼結とHIP(HOT ISOSTATIC PRESS:熱間静圧プレス)処理とを一つの工程として行うSinter-HIP法(乙76)を用いて製造されたものであり,型内で焼結する製法を用いていない(乙82)。
また,ATI社は,熱処理工程中に脱炭素処理を行っているから(乙57),技術常識に照らして,型内で焼結するとの工程を経ていないと理解される。
したがって,ハ号スタイラスの球体は,「型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結」するとの要件を充足していない。
(7) 争点5(差止の必要性)について
ア 控訴人
被控訴人において,本件特許権を侵害し,また,侵害するおそれがある。
被控訴人が,先端球体の材質を磁性体に変更した事実はない。被控訴人は,従来どおりの出荷を継続しており,製品の仕様変更を納入業者の都合で変更できるはずはない。
イ 被控訴人
ハ号スタイラスの先端の球体は,2年以上前の平成24年3月9日,在庫品も含めて非磁性材から磁性体の超硬球体に材質変更している(乙71~74)。
(8) 争点6(損害の発生・額)について
ア 控訴人(特許法102条2項)
原判決27頁13行目の「本件特許発明」を「本件発明2」に改めるほかは,同行目から同24行目までに記載のとおりである。
イ 被控訴人
控訴人の主張は,争う。
被控訴人がハ号スタイラスを標準装備して出荷した検出器は,平成21年10月27日に出荷したイ号検出器「PMG-20」1台のみである。
第4当裁判所の判断
1 争点1-1(ハ号スタイラスを装着したロ号検出器)について
当裁判所も,ハ号スタイラスを装着したロ号検出器は,本件発明2に係る技術的範囲に属すると判断する。
その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決28頁4行目から同39頁3行目までに記載のとおりである。
① 原判決28頁4行目,同5行目,同32頁1行目,同20行目及び同33頁17行目の各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」に改める。
② 原判決33頁21行目の「その提出する」の次に「リングセンサを使用しない位置検出器に係る」を,同行目の「44」の次に「,64」をそれぞれ加える。
③ 原判決34頁4行目の「接触体」を「絶縁体」に改める。
④ 原判決35頁10行目及び同37頁11行目の各「本件特許発明」を「本件発明2」に改める。
⑤ 原判決38頁24行目から同39頁3行目までを次のとおり改める。
「(5) 小括
以上のとおり,ハ号スタイラスを装着したロ号検出器は,本件発明2の構成要件A1~A3を充足し,また,構成要件B,C,D及びEの充足性については争いがないから,構成要件Fも充足する。
したがって,ハ号スタイラスを装着したロ号検出器は,本件発明2の構成要件をすべて充足するから,本件発明2の技術的範囲に属する。」
2 争点1-2(B号スタイラスを装着した位置検出器)について
B号スタイラスが存在することを認めるに足りる証拠はない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,B号スタイラスを装着した位置検出器が本件発明2の技術的範囲に属することがないのは,明らかである。
3 争点2(本件特許権の間接侵害の有無)について
当裁判所も,ハ号スタイラスを装着したイ号検出器又はロ号検出器を製造,販売等することは,本件特許権の間接侵害(特許法101条2号)に当たると判断する。
その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決40頁5行目から同43頁2行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
① 原判決40頁7行目の「(1),(3)」を削り,同12行目及び同13行目の各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」に改める。
② 原判決41頁2行目及び同5行目の各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」に改め,同11行目から同13行目にかけての「『接触部がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる弱磁性として非磁性材であるHAN6で形成されている』」を「『前記接触体の接触部がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されている』」に改め,同14行目及び同22行目から同23行目にかけての各「本件特許発明」を「本件発明2」に,同20行目の「本件特許発明」を「本件発明1」にそれぞれ改める。
③ 原判決42頁5行目から同6行目にかけてと,同7行目,及び同26行目から同43頁1行目にかけての各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」にそれぞれ改める。
4 争点3(本件特許の無効理由の有無)について
当裁判所も,本件発明2に係る本件特許には,進歩性欠如の無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものと認める。
その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決43頁5行目から同51頁26行目までに記載のとおりである。
① 原判決45頁13行目の次に次の図面を加える。
「
file_4.jpg」
② 原判決45頁14行目から同46頁16行目までを次のとおり改める。
「 イ 上記アの記載によれば,本件特許出願前に頒布された刊行物である乙12文献(特開昭63-2650号公報)には,次のとおりの乙12発明が記載されている。
A1 電気的に絶縁された状態で所定の垂直状態を保持する揺動可能なスタイラス51と,
A2 当該スタイラス51と接続されて検出子49とワークピースWとの通電時の信号を発信する回路とを備え,
A3 当該接回路でスタイラス51先端の検出子49とワークピースWとの接触時の微弱電流の通電を検知して,検出器33の検出値65に読み込み,ワークピースWの上面位置を表示させるワーク検出装置41において,
B´ スタイラス51先端の検出子49が,通電性が良好で非磁性の部材からなることを特徴とする,
C ワーク検出装置41であって,
D スタイラス51が,接触部である先端の球状検出子49と当該検出子49を本体から離れた位置に保持する細長い棒状部とを含む接触針であり,前記スタイラス51の棒状部が,通電性が良好で非磁性の部材からなり,
E" 前記検出子49が高精度の球状に形成してあり,通電性が良好で非磁性の部材からなることを特徴とする,
F´ワーク検出装置41。
(2) 本件発明2と乙12発明との対比
本件発明2と乙12発明とを対比すると,乙12発明における①「スタイラス51」及び「検出子49」,②「検出子49」,③「微弱電流の通電を検知する回路」,④「ワークピースW」,⑤「棒状部」は,それぞれ,本件発明2の①´「接触体」,②´「接触体の接触部」,③´「接触検出回路」,④´「被加工物」,⑤´「柄杵」に相当し,乙12発明において,「ワークピースWの上面位置」は,「検出子49」が「ワークピースW」に接触して通電することにより検出されるものであるから,両者は,次の点で一致する。
A1 電気的に絶縁された状態で所定の安定位置を保持する微小移動可能な接触体と,
A2 当該接触体に接続された接触検出回路とを備え,
A3´当該接触検出回路で接触体と被加工物との接触を電気的に検出する,
C 位置検出器であって,
D 接触体が接触部である先端の球体と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杵とを含む接触針であり,前記柄杵が非磁性材で製作されていることを特徴とする,
F´ 位置検出器。
一方,本件許発明2が「接触体の接触部がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されてい」て(構成要件B),「前記球体がタングステンカーバイドにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で製作され」ている(構成要件E)のに対して,乙12発明の検出子49(本件発明2の「接触部」又は「球体」に相当)は「通電性が良好な非磁性の部材よりなる」(構成要件B´,構成要件E")としており,接触部又は球体を「非磁性部材」とする点においてはその物性を共通とするものの,乙12発明では,その具体的材質について限定されていない点で相違する。」
③ 原判決47頁2行目の「硬さ」の次に「と強さ」を加え,同10行目の「Schroter」を「Schröter」に,同13行目の「調整」を「調節」にそれぞれ改める。
④ 原判決48頁3行目の「特公昭和45-13212号公報」を「特公昭45-13212号公報」に改める。
⑤ 原判決49頁4行目,同13行目,同18行目,同19行目,同50頁10行目,同19行目,同23行目,同24行目,同51頁2行目,同23行目及び同25行目の各「本件特許発明」をいずれも「本件発明2」に改める。
5 争点4-1(無効理由解消の可否)について
(1) 本件訂正により生じた無効理由について
本件訂正の適法性については,前記第2,2(5)のとおりである。
被控訴人の主張は,本件訂正が,本件訂正発明1と乙12発明との間に新たな実質的相違点を生じさせるようなものである場合には,本件明細書における発明の詳細な説明の記載が実施可能要件(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項)に反するというものである。これは,スタイラス先端の球体(接触体の接触部)の製造方法が,本件訂正の結果,本件明細書に開示された方法に限定され,その他周知の方法が排除されたことの結果として,当業者において実施可能ではなくなるとの趣旨と解される。
そこで,以下,事案の内容,当事者の主張立証状況にかんがみ,本件訂正により生じた無効理由中の実施可能要件違反の有無について,まず検討することとする。
(2) 実施可能要件違反の有無について
ア 本件訂正発明1について
本件明細書(本件訂正後のもの。以下同じ)には,次の記載がある。
「この出願の発明に係る位置検出器は,接触体(5)が接触部である先端の球体(16)と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杆(17)とを含む接触針であり,前記柄杆が非磁性材で製作され,前記球体がタングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨することで得られた非磁性材であることを特徴とする。」(【0009】)
「本発明に係る位置検出器は,接触体(5)が接触部である先端の球体(16)と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杆(17)とを含む接触針であり,前記柄杆が非磁性材で製作され,前記球体がタングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨することで得られた非磁性材であることを特徴とする。」(【0010】)
「上記球体16は,タングステンカーバイトの微粉末に4~16%,最適には6%前後のニッケルを混入して高温で焼結し,溶融状態のものを成形したあと転動させながら研磨することにより得られる。」(【0011】)
「この出願の発明に係る位置検出器の接触針は,タングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨することで得られた非磁性材で製作された先端の球体16と,ベリリューム銅を時効硬化処理した非磁性材で製作された細長い柄杆17とを備えている。」(【0012】)
「球体16は,タングステンカーバイトの微粉末に6%のニッケルを加えて高温下でニッケルを溶融してタングステンカーバイトと混合し,型内で球形に焼結したものの周面を研磨して真円とし,その周面の1ヶ所にSUS304の雄ネジ18を電気抵抗溶接して製作されている。」(【0015】)
上記記載によると,本件訂正発明1においては,焼結の対象(原料)は,「タングステンカーバイトの微粉末」に所定量の「ニッケル」を結合材として加えた「混合物」であり,また,本件明細書にも,上記以外の他の微量添加元素を含むことについては何ら記載がないから,本件訂正発明1には,焼結の対象(原料)には,「タングステンカーバイトの微粉末」と「ニッケル」以外の他の微量添加元素を含む場合は含まれないと解される。
また,「タングステンカーバイトの微粉末」については,本件明細書には,具体的にどのようなものを使用するのかについて何ら記載がされていないから,通常の化学成分及び粒度を有するタングステンカーバイト粉(乙45)を意味するものと認められ,通常のタングステンカーバイト粉よりも炭素含有量を相当程度少なくした特殊なタングステンカーバイト粉を使用する場合は含まれないと解される。
さらに,本件訂正発明1においては,型内での焼結が行われるが,型の内外で雰囲気が遮断されるため,脱炭雰囲気中での焼結によりタングステンカーバイトから炭素を除去することができないことは明らかである。また,本件明細書にも,脱炭雰囲気中での焼結については何ら記載がないから,本件訂正発明1には,脱炭雰囲気中で焼結する場合は含まれないと解される。
なお,本件明細書の「型内で球形に焼結したものの周面を研磨して真円とし」(【0015】)との記載によれば,焼結後に「転動させながら研磨する」のは,球体を真円(真球)とするためであり,球体を構成する「非磁性材」の非磁性化に寄与する工程ではないと考えられる。
以上によれば,結局,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件訂正発明1におけるスタイラス先端の球体を構成する「非磁性材」は,通常のタングステンカーバイトの微粉末に4~16%のニッケルを結合材として加え,型内で当該混合物を溶融し,当該混合物を球形に焼結することのみにより,その非磁性化が達成されることが記載されていることになる。
イ 実施可能性について
タングステンカーバイトは非磁性体であり(乙36),ニッケルは強磁性体であるから(乙37),タングステンカーバイト―ニッケル系超硬合金の非磁性化は,強磁性体であるニッケルを非磁性化することにより達成されるものであることは明らかであり,この非磁性化のための手段としての技術常識は,次の①及び②のとおりであると認められる。
① タングステンカーバイト―ニッケル系超硬合金における炭素含有量を少なくすることにより,タングステンをニッケル中に固溶させ,ニッケルの格子定数を変化させる。具体的には,原料であるタングステンカーバイト粉末として,炭素含有量が通常よりも不足のもの(WC中に少量のW2Cを含むもの)を用いるか,焼結を脱炭雰囲気中で行うことにより,炭素含有量を少なくする。(乙24,47)
② タングステンカーバイト―ニッケル系超硬合金の原料に,タングステン,クロム,モリブデン,タンタル等を添加することにより,これらの元素をニッケル中に固溶させ,ニッケルの格子定数を変化させる。(乙24,38,39,47)
以上の技術常識に照らすと,本件明細書に記載された「非磁性材」の製造方法は,非磁性化を可能とするための手段の記載があるととはいえず,この記載の「非磁性材」の製造方法によっては,当業者は,スタイラス先端の球体を構成する「非磁性材」を作製することはできないと認められる。
ウ 控訴人の主張に対して
① 控訴人は,ニッケルは,ある温度以上で非磁性であるオーステナイト状態に変態するから,焼結後に所定の温度から急冷により常温に戻すことで,脱炭素処理をせず,かつ,第3成分を添加しないでも非磁性とすることができると主張する。
しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には,タングステンカーバイトとニッケルとの混合物をその焼結後に所定の温度から急冷により常温に戻すこと,それにより非磁性とし得ることについては,何ら記載がされていない。また,そのような製法が本件特許出願時の技術常識であったとも認められない。
控訴人の主張は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されておらず,また,技術常識ともいえない事項に基づいて,本件訂正発明1が実施可能要件を満たすことを主張するものである。
したがって,控訴人の上記主張は,失当である。
② 控訴人は,実際に,脱炭素処理をせず,かつ,第3成分を添加しないで非磁性化された製品が存すると主張する。
しかしながら,本件証拠上,当該製品の製造方法が明らかにされたとはいえないのであるから,当該製品が本件明細書の発明の詳細な説明に記載された方法で作製されたことを認めるに足りる証拠はない。また,当該製品の非磁性化が,仮に控訴人が主張するような急冷による処理に基づくのであれば,いずれにせよ,その製法は本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていないのであるから,それら非磁性の製品が存在していることが,本件明細書の発明の詳細な説明が実施可能要件を満たしていることの理由となるものではない。
したがって,控訴人の上記主張は,失当である。
エ 小括
以上のとおりであり,本件訂正後の本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件訂正発明1の実施ができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。
(3) まとめ
以上までに説示したところによれば,本件訂正によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は実施可能要件を欠くことになるから,いずれにせよ,本件発明2に係る本件特許は,特許無効審判により無効とすべきものであって,本件発明2に係る無効理由は解消していないことになる。
6 総まとめ
以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,本件発明2に係る本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであることが明らかであるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件発明2に係る特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
第5結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本件請求は,いずれも理由がない。
したがって,控訴人の本件請求をいずれも棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)
file_5.jpg別紙