知財高等裁判所 平成24年(ラ)10001号 決定 2012年3月16日
抗告人
株式会社X1
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
黒田健二
野本健太郎
池上慶
抗告人
株式会社X2
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
秋山洋
岡本健太郎
相手方
Y株式会社
同代表者代表取締役
C
同訴訟代理人弁護士
田中克郎
中村勝彦
三谷英弘
大河原遼平
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
第一抗告の趣旨
一 原決定を取り消す。
二 東京地方裁判所平成二一年(ヨ)第二二〇八七号著作権侵害差止請求仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成二三年六月一七日にした仮処分決定を取り消す。
三 相手方の上記仮処分命令の申立てを却下する。
四 仮処分命令の申立費用、異議申立費用及び抗告費用は、相手方の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、原決定別紙債権者著作物目録記載の著作物(以下「相手方映像」という。)の著作権を有する相手方が、原決定別紙債務者商品目録記載のパチンコ機(以下「抗告人商品」という。)を製造販売した抗告人らに対し、抗告人商品用の原決定別紙債務者部品目録記載の基板(以下「抗告人部品」という。)に収載された原決定別紙債務者映像目録記載の映像(以下「抗告人映像」という。)が、相手方映像に係る著作権(複製権、翻案権)を侵害すると主張して、抗告人商品について、抗告人映像を収載した抗告人部品の交換又は提供を行うことの差止めを求める仮処分命令の申立てをした事案である。
二 東京地方裁判所は、平成二三年六月一七日、本件仮処分命令の申立てを認容する決定をした。これに対し、抗告人らが異議の申立てをしたが、同年一二月二日、同裁判所は、抗告人映像が相手方映像に係る著作権(複製権)を侵害し、保全の必要性もあるなどとして、本件仮処分決定を認可する旨の原決定をした。抗告人らは、原決定を不服として、本件保全抗告を提起した。
三 前提となる事実
(1) 当事者等
ア 相手方は、映画の製作及び配給等を業とする株式会社である。
イ 抗告人株式会社X2(以下「抗告人X2社」という。)は、内外各種新聞、雑誌広告の代理、ラジオ広告、テレビ広告、映画広告、屋外広告の請負、仲介及び代理等を業とする株式会社である。
ウ 抗告人株式会社X1(以下「抗告人X1社」という。)は、遊技機器の製造・販売等を業とする株式会社である。
(2) 相手方の著作権
ア ○○シリーズ
相手方は、昭和四五年から平成一九年まで、「○○シリーズ」としてテレビ放映用番組を合計七シリーズにわたって製作した。このうち、昭和六三年から平成一〇年までは、D主演の「名奉行○○」(第一ないし第七シリーズ)並びに続編である「○○vs女ねずみ」及び「○○vs女ねずみ」の全二〇二話を製作、放映した。
イ 相手方の著作物
相手方は、「名奉行○○」第六シリーズ第一話「大奥女中謎の死」(相手方映像。)の著作権者であり、その概要は、仮処分決定別紙一比較対照表の「債権者D映像六―一」欄記載のとおりである。
(3) 抗告人らの行為
ア 抗告人商品と抗告人部品
抗告人X2社は、「Dの名奉行○○2009」と題するDVD映像ソフトを企画・制作し、抗告人X1社とともに、同DVDの映像に基づき、抗告人商品を製造販売した。
抗告人X1社は、抗告人商品の耐用期間内に故障等の不具合が生じ、補修が必要となった場合に備えて、抗告人商品用の基板(抗告人部品)を保持している。
イ 抗告人部品に収載された映像
抗告人部品には、抗告人らが製作した抗告人映像が収載されている。抗告人映像は、抗告人商品の遊戯中、一定の条件の下で、抗告人商品中央やや上部の画面において展開される一連の映像であり、以下の映像が含まれる。
(ア) 物語映像(No.0~No.45)のうちの○○が悪党と立ち回りを行う場面であるNo.31~No.33
(イ) 物語映像(No.0~No.45)のうちの○○奉行がお白州で裁きを行う場面であるNo.40~No.45
(ウ) 抗告人映像一が再編集され、まとめられた映像
上記(ア)ないし(ウ)の映像の概要は、仮処分決定別紙一比較対照表の「No.31乃至No.33」欄、「No.40乃至No.45」欄及び「債務者立ち回りリーチ映像」欄に記載のとおりである。
ウ 著作権侵害を主張する部分
相手方が、本件において著作権侵害を主張し、差止めを求める部分は、次の映像の部分に表現された「主人公が、身体右側を画面前に向けた姿勢で、右手を開いた状態で右手の甲が外になる向きで、右手を右襟元から出し、そのまま右手を下ろした後、右手を拳に」する映像である。
(ア) 上記イ(ア)の映像のうち、No.31の0:41~0:43部分(以下「抗告人映像一」という。)
(イ) 上記イ(イ)の映像のうち、No.40の0:31~0:36部分(以下「抗告人映像二」という。)
(ウ) 上記イ(ウ)の映像のうち、0:35~0:38部分(以下「抗告人映像三」という。)
(4) 本件申立ての経緯
ア 相手方は、平成二一年一二月二八日、抗告人商品の製造販売の差止めを求める本件仮処分の申立てをした。
イ 抗告人らは、平成二二年三月一〇日の出荷をもって、抗告人商品(抗告人商品のスペックを一部変更した「CRDの名奉行○○ZZ」を含む。)の製造販売を終了し、同年四月一六日、販売代行店に対し、抗告人商品の完売を通知した。
ウ そこで、相手方は、申立の趣旨を変更し、抗告人部品の提供又は交換の差止めを求めた。
エ 東京地方裁判所は、抗告人映像が相手方の著作権(複製権)を侵害し、保全の必要性もあるとして、仮処分決定をし、保全異議審における原決定も、これを認可した。
オ 本件は、原決定に対する抗告事件であり、相手方は、複製権・翻案権のほか、頒布権の侵害の主張を追加した。
四 争点
(1) 被保全権利(抗告人映像による相手方映像の著作権侵害の成否)
(2) 保全の必要性
第三当事者の主張
一 原審における当事者の主張の概要は、原決定(二頁五~一六行)のとおりであるから、これを引用する。
二 当審における抗告人らの補充主張は、別紙のとおりである。
第四当裁判所の判断
一 被保全権利(抗告人映像による相手方映像の著作権侵害の成否)について
(1) 相手方映像と抗告人映像との対比
ア 相手方が、著作権侵害を主張するのは、抗告人映像一ないし三であり、これに対応する相手方映像は、以下の部分である。
(ア) 抗告人映像一に対応するのは、相手方映像の37:50~37:52である。
(イ) 抗告人映像二に対応するのは、相手方映像の47:56~48:02である。
(ウ) 抗告人映像三に対応するのは、相手方映像の37:50~37:52である。
イ 上記相手方映像と対応する抗告人映像は、以下の点において共通する。
(ア) いずれも、刺青を見せる際に、まず袖の中に手の先まで入れ、身体の前面にその手をかざした後、その袖から腕を抜き、手の甲を外に向けて襟の合わせ目に手の先を出し、胸元を広げた後、一瞬身体全体で後ろを向きながら完全に腕を出し、その後改めて前を向きながら完全に腕を出し、その後改めて前を向きながら完全に肩を出すこと。これによって、厳しい表情をした○○の顔と余すところなく刺青が彫られた肩とが同時に映像に表れ、しばらく刺青が大写しとなること。
(イ) いずれも、「主人公が、身体右側を画面前に向けた姿勢で、右手を開いた状態で右手の甲が外になる向きで、右手を右襟元から出し、そのまま右手を下ろした後、右手を拳にする」ものであること。
(ウ) いずれも、身体右側を画面前に向けて強調するとともに、右襟元から右手を出す際も、右手の各指を開いた状態とし、そのままの状態で右手を下ろした後、右手を拳にする等、開いた右手そのもの及び右手の動きを強調した演技を映像化していること。
ウ 上記相手方映像と対応する抗告人映像の人物の背景、衣装及びカメラワークは、以下の点において共通する。
(ア) 上記相手方映像と抗告人映像一及び三は、いずれも、人物の背景には、建物の外壁及び窓が映されており、人物の衣装は着流しに頬被りをしており、カメラワークは、終始人物を中心に捉えていること。
(イ) 上記相手方映像と抗告人映像二は、いずれも、人物の背景には、襖の不規則な斜め縞模様が映されており、人物の衣装は裃であり、カメラワークは、終始人物を中心に捉えていること。
(2) 複製の有無
ア 表現上の本質的特徴の感得について
上記(1)の映像表現の類似部分のうち、イ(イ)の「身体右側を画面前に向けた姿勢で、右手を開いた状態で右手の甲が外になる向きで、右手を右襟元から出し、そのまま右手を下ろした後、右手を拳に」する映像表現については、身体右側を画面前に向けて強調するとともに、右襟元から右手を出す際も、右手の各指を開いた状態とし、そのままの状態で右手を下ろした後、右手を拳にする等、開いた右手そのもの及び右手の動きを強調した演技を映像化しており、ウの人物の背景、人物の衣装、カメラワークを含めて、相手方映像に係る映画の著作者の個性が現れており、相手方映像の上記部分については、創作性が認められる。
そして、相手方映像の上記部分と、これと対応する抗告人映像一ないし三の当該部分とを対比すると、抗告人映像の上記部分は、俳優の演技、人物の背景、人物の衣装、カメラワークを含めて、相手方映像の上記部分の表現上の本質的特徴を直接感得させるものである。
よって、抗告人映像の上記部分は、相手方映像の上記部分を複製したものと認められる。
イ 依拠性
また、相手方映像の上記部分と、抗告人映像の上記部分とでは、相手方映像が先に制作されて放映されたこと、また、上記アのとおり両者の映像が酷似していることからすると、抗告人映像の上記部分は、相手方映像の上記部分に依拠したものと認めるのが相当である。
ウ 小括
したがって、抗告人映像の上記部分は、相手方映像の上記部分の著作権(複製権)を侵害したものである。
エ 抗告人らの主張について
(ア) 抗告人らは、右手を襟元から出す際の右手の格好は、拳にするか、開くかの選択しかなく、選択の余地が乏しいため、創作性がないとか、役者を描いた江戸時代の浮世絵等にも表現されていると主張する。
しかし、上記のとおり、相手方映像の上記部分は、映画の著作物として、著作者の個性が現れているということができ、創作性を認めることができる。また、相手方映像の上記部分は、映像表現であって、絵画の著作物である浮世絵にあるからといって、創作性を否定することにはならない。
(イ) 抗告人らは、○○が片肌を脱ぐ演技は、俳優のDが、独自に研究研鑚を重ねて創出したものであり、俳優の演技に関する権利は、オリジナルなものであれば、当該俳優に属人的に帰属しており、俳優に著作隣接権(著作権法九一条)が認められていることに照らすと、当該演技が固定された映画の著作物の著作権侵害の判断においては、俳優に属人的に帰属する演技に係る創作的表現の共通性を基に判断すべきではないと主張する。
しかしながら、本件において対比されるのは、いずれも映画の著作物である相手方著作物と抗告人の映像であるところ、実演家であるDの実演をどのような演出、美術、カメラワークの下で録画し、映像として表現していくかについては、映画の著作者が関与し、著作者が映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、映画製作者に著作権が帰属するものであり(著作権法二九条一項)、このような映画の著作物については、製作者は、映画全体について著作権を有するものである。そして、実演家が考案した演技であっても、これを当該映画における演出、美術、カメラワークの下で映像化した場合には、当該映画自体については、映画製作者が著作権を有するものであり、本件において、相手方は、相手方著作物全体について著作権を有するものである。
よって、抗告人らの上記主張は、採用することはできない。
(3) 被保全権利について
以上のとおり、抗告人映像は、相手方映像を複製したものと認められるところ、抗告人らにおいて、相手方映像の複製物である抗告人映像を収載した抗告人部品を交換又は提供することにより、映画の著作物である相手方著作物に係る頒布権(著作権法二六条)を侵害するおそれがある。
したがって、相手方は、著作権法一一二条に基づき、抗告人らが、抗告人商品について、抗告人映像を収載した抗告人部品の交換又は提供を行うことの差止めを請求することができる。
二 保全の必要性について
(1) 認定事実
ア 抗告人商品の製造販売は、既に終了している。
イ 抗告人X1社による抗告人部品(基板)の出荷数量は、平成二二年半ば以降は、同年六月が一個、同年七月が二個、同年八月ないし一〇月がいずれも〇個となっている。
ウ 抗告人X1社は、抗告人商品の耐用期間内に故障等の不具合が生じ、補修が必要となった場合に備えて、抗告人の映像を収載した抗告人部品(基板)等を保持し続けている。
(2) 保全の必要性について
ア 上記(1)認定のとおり、抗告人部品の出荷数は漸減し、総量も少ないものであるが、抗告人らは、抗告人商品の耐用期間内に故障等の不具合が生じ、補修が必要となった場合に備えて、抗告人商品の購入先からの要請があれば、抗告人部品の交換又は提供を伴う抗告人商品の補修に対応する意向を有しているものと推認することができる。
そして、相手方の著作権を侵害する抗告人映像を収載した抗告人部品を提供することにより、相手方著作物に係る頒布権が侵害されるおそれがあるから、本件においては、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため」の保全の必要性(民事保全法二三条二項)が認められる。
イ 抗告人らの主張について
抗告人らは、相手方には甚大かつ回復不可能な損害が生じるおそれはなく、他方、抗告人らにかかる損害が生じるおそれがあると主張する。
しかしながら、抗告人部品の交換又は提供を伴う抗告人商品の補修が差し止められることにより、相手方著作物の著作権侵害行為が差し止められるという相手方の利益と、抗告人らが抗告人部品の交換又は提供を伴う抗告人商品の補修を行うことができないことにより被る不利益を比較したとしても、抗告人らの受ける不利益が著しく大きいとはいえない。そして、抗告人らによる抗告人部品の交換又は提供を伴う抗告人商品の補修の機会が多くはないこと、抗告人映像を削除することにより、抗告人商品の補修を行うことが不可能ではないことなどに照らしても、抗告人らの主張は、採用することができない。
三 結論
以上の次第であるから、本件申立てはいずれも理由があり、原決定は結論において正当であって、本件抗告は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 髙部眞規子 齋藤巌)
別紙<省略>