知財高等裁判所 平成24年(ラ)10014号 決定 2013年7月23日
抗告人
三星電子株式会社
代理人弁護士
大野聖二
同
三村量一
同
田中昌利
同
市橋智峰
同
井上義隆
同
小林英了
同
飯塚暁夫
同
井上聡
同
逵本憲祐
同
岡田紘明
代理人弁理士
鈴木守
補佐人弁理士
大谷寛
相手方
アップルジャパン株式会社承継人 Apple Japan合同会社
代表者代表社員
アップルオペレーションズ インターナショナル
代理人弁護士
長沢幸男
同
片山英二
同
北原潤一
同
矢倉千栄
同
岡本尚美
同
永井秀人
同
稲瀬雄一
同
石原尚子
同
金子晋輔
同
蔵原慎一朗
同
岩間智女
同
梶並彰一郎
代理人弁理士
大塚康徳
同
加藤志麻子
補佐人弁理士
大塚康弘
同
大戸隆広
主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨
1 原決定を取り消す。
2 相手方は,別紙相手方製品目録記載の製品を生産し,譲渡し,貸し渡し,輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡若しくは貸渡しのための展示を含む。)をしてはならない。
3 相手方は,別紙相手方製品目録記載の製品に対する占有を解き,これらを執行官に引き渡さなければならない。
4 申立費用は,1,2審を通じ,相手方の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,携帯電話端末に関する特許権(特許第3614846号(以下「本件特許」という。))を有する抗告人が,相手方に対し,相手方が輸入販売する別紙相手方製品目録記載の製品(iPhone4S及びiPhone4。以下,併せて「相手方製品」という。)は,本件特許に係る発明の技術的範囲に属し,本件特許権を侵害すると主張して,特許権侵害に基づく差止請求権(特許法100条)を被保全権利として,相手方製品の販売等の差止め及び執行官保管の仮処分命令を求めた事案である。
2 原審は,相手方製品は本件特許に係る発明の技術的範囲に属するものの,本件特許は進歩性を欠くものであって無効にされるべきものと認められるとして,抗告人の仮処分命令の申立てを却下したため,抗告人は,原決定を不服として本件抗告を提起すると共に,平成24年11月6日,本件特許の請求項1等につき訂正審判請求を行い(以下「本件訂正」という。),同年12月12日,特許庁は,これを認める審決をした。
3 本件特許の発明の名称は「携帯電話端末」,出願日は平成15年6月26日(ただし,特願平10-107243号の分割出願であり,原出願日は平成10年4月17日である。),登録日は平成16年11月12日,株式会社日立国際電気から抗告人への移転登録日は平成23年10月14日である。
4 本件訂正後の請求項1(以下,本件訂正後の請求項1の発明を「本件訂正発明」という。なお,本件訂正前の請求項1の発明は,「本件発明」という。)を分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A’」などという。下線部は,本件訂正によって付加された部分である。)。
A’ 通信機能と,通信機能以外の機能と,端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段と,通信機能停止の指示を入力する入力手段と,
データを表示する表示手段とを有する携帯電話端末であって,
B’ 前記表示手段に,少なくとも受信レベルやバッテリ残量の表示が行われ,
C’ 前記入力手段から通信機能を停止させる指示が入力された場合,電源を切らずに当該通信機能を停止させると共に,前記表示手段に表示されている受信レベルの表示位置に通信機能停止を示すアイコンを表示するものであって,
D’ 通信機能停止の指示を入力する前記入力手段は,前記通信機能停止を示すアイコンと同じ図柄のイラストにより使用者が分かるようにされている
E’ ことを特徴とする携帯電話端末。
なお,本件訂正前の請求項1(本件発明)を分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A」などという。)。
A 通信機能と,通信機能以外の機能と,指示を入力する入力手段と,データを表示する表示手段とを有する携帯電話端末であって,
B 前記表示手段に,少なくとも受信レベルやバッテリ残量の表示が行われ,
C 前記入力手段から通信機能を停止させる指示が入力された場合,電源を切らずに当該通信機能を停止させると共に,前記表示手段に表示されている受信レベルの表示位置に通信機能停止を示すアイコンを表示する
D ことを特徴とする携帯電話端末。
5 抗告審における争点
(1) 相手方製品は本件訂正発明の技術的範囲に属するか(争点1)。
(2) 本件特許は特許無効審判において無効にされるべきものと認められるか。
ア 「NOKIA 9000 Communicator」のUser’s Manual(疎乙3。以下「乙3文献」という。)に記載された発明(以下「乙3発明」という。)を主引例とする進歩性の有無(争点2)
イ 国際公開第97/09813号の国際公開公報(疎乙11。以下「乙11公報」という。)に記載された発明(以下「乙11発明」という。)を主引例とする進歩性の有無(争点3)
ウ 特開平5-211464号の公開特許公報(疎乙12。以下「乙12公報」という。)に記載された発明を主引例とする進歩性の有無(争点4)
エ 「デジタル・ムーバP206HYPER」の取扱説明書(疎乙25。以下「乙25文献」という。)に記載された発明を主引例とする進歩性の有無(争点5)
オ 構成要件A’における訂正事項につき新規事項の追加の有無(争点6)
カ 構成要件D’における訂正事項につき新規事項の追加の有無(争点7)
キ 構成要件A’における訂正事項につき特許請求の範囲の実質的変更の有無(争点8)
ク 構成要件D’における訂正事項につき特許請求の範囲の実質的変更の有無(争点9)
6 争点に関する当事者の主張の骨子
(1) 争点1(相手方製品は本件訂正発明の技術的範囲に属するか)について
(抗告人)
ア 構成要件A’について
相手方製品が,本件訂正前の構成要件Aを充足することは,相手方も争わない。
相手方製品は,ケース右上のオン/オフボタンを長押しした後に表示手段に表示される電源オフ画面において,赤いスライダをドラッグすることにより,端末全体への電源供給が停止される(疎甲37)。したがって,相手方製品は,構成要件A’の「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」を有する。
また,相手方製品は,「設定」画面に,通信機能停止を示す飛行機アイコンと同じ飛行機の図柄であるイラストが示されており(疎甲32,3頁写真4-2),当該飛行機イラストと同一の矩形領域内の○部分をスワイプすることにより,機内モードがオンになって通信機能が停止する(疎甲32,3頁 写真4-3)。したがって,相手方製品は,構成要件A’の「通信機能停止の指示を入力する入力手段」を有する。
イ 構成要件C’について
構成要件C’において停止される「通信機能」とは,「通信機能停止を示すアイコン」が表示される位置に表示されていた受信レベルの対象である通信機能であり,携帯電話ネットワーク通信機能である。そして,相手方製品において,機内モードをオンにすると,電源を切らずに通信機能が停止し,これと共に,受信レベルの表示位置に「通信機能停止を示すアイコン」である飛行機の図柄のアイコン(以下「機内モードアイコン」という。)が表示されるから(疎甲32,写真4-2,4-3),相手方製品は,構成要件C’を充足する。
ウ 構成要件D’について
上記のとおり,相手方製品は,「設定」画面に,通信機能停止を示す機内モードアイコンと同じ飛行機の図柄であるイラストが示されており,当該飛行機イラストと同一の矩形領域内の○部分をスワイプすることにより,機内モードがオンになって通信機能が停止する。したがって,相手方製品は,「通信機能停止の指示を入力する前記入力手段は,前記通信機能停止を示すアイコンと同じ図柄のイラストにより使用者が分かるようにされている」との構成要件D’を充足する。
仮に,構成要件D’について,入力手段にイラストが描かれていることを要するものであると解したとしても,相手方製品においては,「機内モード」という文言と切り替えのボタンとが一つの矩形領域内に収められていて,この矩形領域が入力手段を構成しており,この矩形領域内に飛行機イラストが描かれているのであるから,相手方製品は,構成要件D’の「前記通信機能停止を示すアイコンと同じ図柄のイラストにより使用者が分かるようにされている」を充足する。
なお,相手方製品における機内モードアイコンも飛行機イラストも,いずれも主翼及び尾翼を有する右向きの飛行機の図柄であり,相手方の主張するごく僅かな違いは,機内モードアイコンと飛行機イラストが同じ図柄であるとみることを妨げるものではない。
エ 以上のとおり,相手方製品は,本件訂正により付加された構成要件をすべて充足しており,その他の構成要件も充足するから,本件訂正発明の技術的範囲に属する。
(相手方)
ア 構成要件A’について
抗告人は,後記のとおり,構成要件A’の「電源切手段」とは,単一の物理的手段からなると主張している。しかし,相手方製品の「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」は,二つの物理的手段からなっている。すなわち,相手方製品の電源を切るためには,「オン/オフボタン」と「赤いスライダを表示して操作するためのタッチディスプレイ」の二つの物理的手段の操作が必要である。したがって,構成要件A’の「電源切手段」が単一の物理的手段であるとの抗告人の主張を前提とすれば,相手方製品は,構成要件A’の「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」を充足しない。
イ 構成要件C’について
構成要件C’の「通信機能」は「携帯電話ネットワーク通信機能」に限定されない。構成要件C’の「通信機能を停止させる」ことの技術的意義は,①携帯電話端末での通信禁止場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させること,②エリア外における無駄な電力消費を防ぐことにあるが,これらは,Wi-FiやBluetoothなどの通信機能を停止させる場合にも,等しく妥当する。本件特許の原出願日当時,Wi-FiやBluetoothといった通信機能が,携帯電話端末に搭載される通信機能として想定されていたことは明らかであるから,本件訂正発明の「通信機能」は「携帯電話ネットワーク通信機能」に限定されるものではなく,Wi-FiやBluetooth機能も含まれる。
そして,相手方製品の機内モードアイコンは,Wi-FiやBluetooth機能がオンの状態でも表示されるものであり,使用者は,機内モードアイコンが表示されているのを見ただけでは,Wi-FiやBluetoothを含む「通信機能」が停止しているのか否かを認識できない。
したがって,相手方製品の機内モードアイコンは,「通信機能停止を示すアイコン」とはいえず,相手方製品は構成要件C’を充足しない。
ウ 構成要件D’について
(ア) 構成要件D’の「入力手段は,前記通信機能停止を示すアイコンと同じ図柄のイラストにより使用者が分かるようにされており」との文言は,その意義が不明確である。
そして,上記文言の意義を解釈するにあたり,本件特許の願書に添付した明細書及び図面(本件訂正後のもの。疎甲1,35,36。以下「本件明細書」という。)の記載を考慮すると,通信停止キー6dという「入力手段」にイラストを描くことの記載(【0023】,【0033】,【図2】)があるのみであるから,構成要件D’は,通信機能停止の指示を入力する入力手段にイラストが描かれ,もって当該イラストにより当該入力手段が分かるようにされていることを意味すると解すべきであり,入力手段以外の場所にイラストを描くような態様まで,同文言に含まれると解することはできない。
また,相手方製品の設定画面における飛行機のイラストは,機内モードの入力手段である「矩形領域内の○部分」(機内モードをオンにするためにスワイプする部分)には描かれておらず,当該入力手段とは別の場所に描かれているだけであり,相手方製品においては,機内モードの入力手段が,飛行機のイラストにより使用者に分かるようにされていない。
(イ) 相手方製品の設定画面に表示される飛行機のイラストと,機内モードがオンになった時にディスプレイ上部に表示される機内モードアイコンとは,飛行機の図柄上の相違があり,異なる図柄となっている。
(ウ) よって,相手方製品は構成要件D’を充足しない。
エ 以上のとおりであるから,相手方製品は,本件訂正発明の技術的範囲に属さない。
(2) 争点2(乙3文献に記載された乙3発明を主引例とする進歩性の有無)について
(相手方)
本件訂正発明は,乙3発明と周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
(抗告人)
争う。
(3) 争点3(乙11公報に記載された乙11発明を主引例とする進歩性の有無)について
(相手方)
本件訂正発明は,乙11発明に周知技術(及びその一態様である乙3発明)を適用することにより,容易に想到することができるものである。
ア 相違点について
(ア) 乙11発明と本件訂正発明とは,次の相違点1,2及び4で相違する。後記のとおり,抗告人の主張する相違点3は存在しない。
a 本件訂正発明においては,「表示手段に,少なくとも受信レベルやバッテリ残量の表示が行われ」るが,乙11発明において移動電話表示画面11又はPDA表示画面23にそのような表示が行われるか否かは明らかでない点(相違点1)
b 本件訂正発明においては,通信手段を停止させる指示が入力された場合,前記表示手段に表示されている受信レベルの表示位置に通信機能停止を示すアイコンを表示するのに対し,乙11発明においては,電話電源オン表示灯28の消灯により電話ユニット32の電源オフを表示する点(相違点2)
c 本件訂正発明においては,「通信機能停止の指示を入力する前記入力手段は,前記通信機能停止を示すアイコンと同じ図柄のイラストにより使用者が分かるようにされている」のに対して,乙11発明においては,このような構成を有していない点(相違点4)
(イ) 抗告人は,相違点1,2及び4のほか,相違点3(本件訂正発明が「端末全体への電源供給の停止を行うための(単一の)電源切手段」を有するのに対し,乙11発明はこれを有してない点)が存在すると主張する。
しかし,本件訂正発明には,「電源切手段」が単一の物理的手段でなければならないとの限定はなく,また「電源切手段により端末全体の電源を切らずに」との限定もない。乙11発明にも,PDA電源スイッチ25と電話電源スイッチ26からなる「電源切手段」があり,また電話電源スイッチ26をオフにすることにより,「電源を切らずに」通信機能を停止する構成が開示されているから,抗告人主張の相違点3は存在しない。
イ 相違点の容易想到性について
(ア) 相違点1について
本件特許の原出願時である平成10年4月17日時点において,携帯電話端末の表示手段に,受信レベルやバッテリー残量を表示することは周知技術であった。したがって,当業者が,乙11発明において,相違点1に係る構成に想到するのは容易である。
(イ) 相違点2について
「携帯電話端末の動作状況を,特定のアイコンによって表示手段上に示す」技術は周知技術である。
また,乙11発明に,同じ「通信機能を停止させることのできる携帯電話端末」である乙3発明を組み合わせることは容易であるところ,乙11発明において,乙3発明のように通信機能停止という動作状況を「表示手段の受信レベルの表示位置に示す」際に,当該周知技術に基づき「アイコン」を用いることは「当業者において適宜なし得る設計事項」にすぎない。
(ウ) 相違点4について
「携帯電話端末の動作状況を示すアイコンを,当該動作状況を生じさせる入力手段上に示す」技術も,本件特許の原出願日当時,周知技術であり,携帯電話を含む,あらゆる電子機器において,「入力手段上のアイコンを,当該動作状況が生じた時に表示手段に表示されるアイコンと『同じ図柄のイラスト』にする」技術も,本件特許の原出願日において周知技術であった。
上記の周知技術を乙11発明に適用することは,携帯電話端末の入力手段の「表面に印刷するデザインをどうするか」という,技術的に極めて単純な内容の設計変更を行うだけのことであって容易であり,そこには何らの阻害要因もない。
(抗告人)
争う。
ア 相違点について
本件訂正発明と乙11発明とは,相手方の主張する相違点1,2及び4に加えて,次の相違点3においても相違する。
本件訂正発明は,電源切手段により端末全体の電源を切らずに通信機能を停止する構成を備えるのに対し,乙11発明は,通信機能と通信機能以外の機能を別個の電源手段により停止する点(相違点3)
イ 相違点の容易想到性について
相違点2ないし4は,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
(ア) 相違点2について
本件訂正発明の「通信機能停止を示すアイコン」とは,通信ができる状態から通信ができない状態になったことを示すアイコンを意味するから,乙11発明に上記の「携帯電話端末の動作状況を,特定のアイコンによって表示手段上に示す」との周知技術を付加しても,通信ができる状態から通信ができない状態となる操作を行ったことを,使用者に対して視覚的にわかりやすく知らせるという本件訂正発明の技術的意義を実現できるものではない。
(イ) 相違点3について
乙11発明は,通信機能と通信機能以外の機能の両方の電源をオフすることで,端末全体の電源をオフすることができるものであるから,あえて端末全体の電源切手段を設ける理由はない。
(ウ) 相違点4について
相違点4に係る本件訂正発明の構成については,これを開示,示唆するものは存在せず,容易想到ということはあり得ない。
(4) 争点4(乙12公報に記載された発明を主引例とする進歩性の有無)について
(相手方)
本件訂正発明は,乙12公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
(抗告人)
争う。
(5) 争点5(乙25文献に記載された発明を主引例とする進歩性の有無)について
(相手方)
本件訂正発明は,乙25文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
(抗告人)
争う。
(6) 争点6(構成要件A’における訂正事項につき新規事項の追加の有無)について
(相手方)
本件訂正により,構成要件A’の「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」という要件が追加された(以下「訂正事項①」という。)。
訂正事項①の要件において,「電源切手段」を「単一」のものに限る理由はないが,もし万一,これが「単一」のものに限られ,かつ,訂正事項①が周知技術ではないか,あるいは周知技術であっても通信機能を停止することのできる携帯電話に容易に適用できるものでないとの理由で,訂正事項①の点に本件訂正発明の進歩性を見出し得るという判断がされるならば,訂正事項①に係る訂正は,明細書に記載した事項の範囲内においてされた訂正とはいえず,本件訂正は,新規事項追加の訂正要件違反がある(特許法126条5項)。
(抗告人)
争う。
(7) 争点7(構成要件D’における訂正事項につき新規事項の追加の有無)について
(相手方)
本件訂正により,構成要件D’の「通信機能停止の指示を入力する前記入力手段は,前記通信機能停止を示すアイコンと同じ図柄のイラストにより使用者が分かるようにされている」という要件が追加された(以下「訂正事項②」という。)。
これは,通信機能停止の指示を入力する入力手段にイラストが描かれ,もって当該イラストにより当該入力手段が分かるようにされていることを意味すると解すべきであり,したがって,相手方製品は構成要件D’を充足しないというべきであるが,もし万一,かかるクレーム解釈が成り立たないとすれば,訂正事項②に係る訂正は,明細書に記載した事項の範囲内においてされた訂正とはいえず,本件訂正は,新規事項追加の訂正要件違反がある(特許法126条5項)。
(抗告人)
争う。
(8) 争点8(構成要件A’における訂正事項につき特許請求の範囲の実質的変更の有無)について
(相手方)
訂正事項①は,およそ携帯電話端末であれば普遍的に有する「電源切手段」という周知技術を追加したものにすぎず,何ら進歩性のある作用効果を生むような構成の追加ではないが,もし万一,これと異なる認定があり得るとすれば,訂正事項①は,特許請求の範囲を実質的に変更するものであることが明らかである(特許法126条6項)。
(抗告人)
争う。
(9) 争点9(構成要件D’における訂正事項につき特許請求の範囲の実質的変更の有無)について
(相手方)
訂正事項②も,およそ携帯電話端末であれば普遍的に適用可能な「携帯電話端末の動作状況を示すアイコンを,当該動作状況を生じさせる入力手段上に示す」,「入力手段上のアイコンを,当該動作状況が生じた時に表示手段に表示されるアイコンと『同じ図柄のイラスト』にする」という周知技術を「通信機能停止」という動作状態に適用したものにすぎず,何ら進歩性のある作用効果を生むような構成の追加ではないが,もし万一,これと異なる認定があり得るとすれば,訂正事項②は,特許請求の範囲を実質的に変更するものであることが明らかである(特許法126条6項)。
(抗告人)
争う。
第3当裁判所の判断
1 争点1(相手方製品は本件訂正発明の技術的範囲に属するか)について
(1) 構成要件A’の充足性について
相手方製品が本件訂正前の本件発明の構成要件Aを充足することは,当事者間に争いがない。本件訂正発明の構成要件A’は,本件発明の構成要件Aに,「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」が付加され,構成要件Aの「指示を入力する手段」が「通信機能停止の指示を入力する入力手段」と訂正されたものである。
本件発明の構成要件Aの上記「指示を入力する手段」は,もともと構成要件Cが,構成要件Aの上記「指示を入力する手段」を受けて,「前記入力手段から通信機能を停止させる指示が入力された場合,・・・」と規定されていたことから明らかなように,通信機能を停止させる「指示を入力する手段」であったから,本件訂正発明の構成要件A’の「通信機能停止の指示を入力する入力手段」は,構成要件Aの「指示を入力する手段」と実質的に同一である。したがって,相手方製品は,本件訂正発明の構成要件A’の「通信機能停止の指示を入力する入力手段」との要件を充足する。
また,疎明資料(疎甲37)によれば,相手方製品は,ケース右上の「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」オン/オフボタンを長押しした後に表示手段に表示される電源オフ画面において,赤いスライダをドラッグすることにより,端末全体への電源供給が停止されるものと認められる。したがって,相手方製品は,構成要件A’の「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」を有するものと認められる。
以上によれば,相手方製品は,本件訂正発明の構成要件A’を充足する。
(2) 相手方製品が本件訂正発明の構成要件B’を充足することは,当事者間に争いがない。
(3) 構成要件C’の充足性について
ア 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,相手方製品における「機内モード」機能につき,以下の事実が認められる。
(ア) 「設定」から「機内モード」をオンにする指示を入力すると,通信機能以外の機能は停止しないが,以下の通信機能がいずれも停止する。
a 携帯電話ネットワーク(音声及びデータ)
b Wi-Fi
c Bluetooth
d GPS
e 位置情報サービス
(疎甲4,5,8,11,32)
(イ) 「機内モード」をオンにすると,上記通信機能の停止と同時に,ディスプレイ上部のステータスバーの受信レベルの表示位置に,受信レベルの表示に代わり,機内モードアイコンが表示される。(疎甲8,13,32)
(ウ) 「機内モード」がオンの状態であっても,「設定」>「一般」からWi-Fiをオンにすれば,「機内モード」のままWi-Fiによる無線通信が可能となる。このとき,機内モードアイコンは表示されたまま,その右隣に,Wi-Fi通信が可能であることを示す扇形のアイコンが表示される。(疎甲8,11,32,疎乙1,2)
また,「機内モード」オンの状態でBluetoothをオンにすれば,「機内モード」のままBluetoothによる無線通信が可能となる。このとき,機内モードアイコンは表示されたまま,ステータスバーの右側に,Bluetooth通信が可能であることを示すアイコンが表示される。(疎甲8,11,32)
イ 上記ア(ア)によれば,相手方製品における「機内モード」をオンにする指示は,当該指示が入力された場合,携帯電話端末全体の電源を切ることなく,携帯電話ネットワーク通信,Wi-Fi通信,Bluetooth通信を含む全通信機能を停止させる効果をもたらすのであるから,構成要件C’にいう「通信機能」の意義を携帯電話ネットワーク通信に限定するか,Wi-Fi通信,Bluetooth通信等を含む全ての通信機能と解するかにかかわらず,「通信機能を停止させる指示」に該当し,入力された場合に「電源を切らずに当該通信機能を停止させる」ものと認められる。
ウ 次に,相手方製品における機内モードアイコンが構成要件C’にいう「通信機能停止を示すアイコン」に該当するか否かを検討する。
(ア) 上記ア(ウ)のとおり,相手方製品における機内モードアイコンは,Wi-Fi通信やBluetooth通信が可能な状態であっても表示され続けているものであるから,構成要件C’にいう「通信機能」を「全通信機能」と解するのであれば,機内モードアイコンは,「(全)通信機能停止を示すアイコン」とはいえないと考えられる。
この点,抗告人は,構成要件C’においては,「前記入力手段から通信手段を停止させる指示が入力された場合」,すなわち,相手方製品でいえば「機内モード」をオンに設定する指示が入力された場合に表示されていれば足り,その後の操作を考慮する必要はないなどと主張する。
しかし,本件訂正後の本件明細書(疎甲35,36)の段落【0014】,【0029】,【0031】,【0033】,【0041】,【0042】等によれば,本件訂正発明において「通信機能停止を示すアイコン」を要求した技術的意義は,当該アイコン表示中に使用者に通信機能が停止していることを容易に認識させるところにあると認められ,「使用者に通信機能が停止していることを容易に認識させる」効果を奏するものでなければならないと解される。
相手方製品における機内モードアイコンは,機内モードをオンにした直後の全通信機能停止中において表示されているものであるが,前記ア(ウ)のとおり,Wi-FiやBluetoothがオンにされ,全通信機能停止でない状態においても表示されているものであるから,使用者は,機内モードアイコンが表示されているのを見ただけでは,現在,全通信機能が停止しているのか否かを認識することはできず,全通信機能が停止しているか否か(Wi-FiやBluetoothがオンにされていないか)を確認するためには,(受信レベルの位置にない)Wi-Fiアイコン及びBluetoothアイコンの有無を合わせて確認しなければならない。
相手方製品における機内モードアイコンの機能は上記のとおりであるから,構成要件C’にいう「通信機能停止」を「全通信機能停止」と解釈した場合,機内モードアイコンは,「使用者に全通信機能が停止していることを容易に認識させる」効果を奏しておらず,「(全)通信機能停止を示すアイコン」とはいえないと考えられる。
(イ) そこで,構成要件C’にいう「通信機能停止」が,全通信機能の停止を意味するのか,携帯電話ネットワーク通信機能の停止を意味するのか検討する必要がある。
a 本件特許の原出願当時,「通信機能」という語に一義的に明確な定義が与えられていた証拠はない。本件特許の原出願の明細書及び訂正前後の各明細書(疎甲1,28,30,35,36)にも,「通信機能」を定義した箇所はない。
b そこで,本件訂正発明にいう「通信機能」の意義は,本件明細書の記載及び図面を考慮し,本件特許の原出願当時の技術常識に照らし,原出願及び訂正前後の各明細書全体を通じて統一的な意味に解釈すべきである。
本件明細書(疎甲35,36)の段落【0002】,【0005】,【0006】,【0010】には,携帯電話端末と基地局との間で行われる通信用接続情報の交信についての記載がある。そして,段落【0006】,【0007】,【0009】には,従来技術における課題として,従来の携帯電話端末と基地局との間で行われる通信用接続情報の交信は,使用者の要求で停止することができなかったため,無線信号の発着信を禁止されている場所,例えば病院や飛行機等において携帯電話端末を所持している場合,使用者は携帯電話端末全体の電源を切らなければならず,通信機能とは無関係の電話帳や電子手帳機能等も使えなくなってしまい,不便であるという問題点があったことが記載されている。
また,段落【0010】には,従来の携帯電話端末では,基地局のあるエリアから相当離れた場所においても基地局との通信用接続情報の交信を試みるため,無駄な電力を消費してしまうという問題点があったことが記載されている。
段落【0011】には,本件訂正発明は上記実情に鑑みてなされたもので,携帯電話端末での通信が禁止されている場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させ,また,エリア外における無駄な電力消費を防ぐことができる携帯電話端末を提供することを目的とすることが記載されている。
段落【0014】には,上記従来技術の問題点を解決するための本件訂正発明の内容として,「通信機能」と,「通信機能」以外の機能を有する携帯電話端末であること,入力手段から「通信機能」を停止させる指示が入力された場合,電源を切らずに当該「通信機能」を停止させることなどが記載され,これによって,例えば,病院等の無線通信禁止区域において,「通信機能」のみを停止させて電子手帳機能や電話帳機能等はそのまま用いることができ,利便性を向上させることができることが記載されている。
これらの記載に照らすと,本件訂正発明において「通信機能を停止させる」ことの技術的意義は,①病院や飛行機等の携帯電話端末での通信が禁止されている場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させることと,②エリア外における無駄な電力消費を防ぐことにあると認められる。
本件訂正発明における「通信機能を停止させる」ことの技術的意義が上記のとおりであるとすると,そこでいう「通信機能」とは,①病院や飛行機等において,機器に影響を与える可能性があるとして禁止されるような通信機能であり,また②エリア外においても基地局と通信をしようとして電力を消費するような通信機能であり,つまりは携帯電話ネットワークによる通信機能をいうものと解される。
本件明細書(疎甲1,35,36)中には,そこでいう「通信機能」が,携帯電話ネットワーク通信機能以外の通信機能を包含していることをうかがわせるような記載はない。
c さらに,本件特許の原出願当時の,携帯電話端末の通信機能にかかる技術常識について検討する。
Wi-Fi(ワイファイ)とは,無線LANの標準規格IEEE802.11の互換性を保証するために定められたブランド名であり(疎甲16,17),1999年8月に設立された業界団体であるWi-Fi Alliance(旧WECA。2002年10月に名称変更)が認定している(疎甲16,17,20)。したがって,Wi-Fi規格は,本件特許の原出願日である平成10年(1998年)4月17日(疎甲1,28)時点においては存在しなかったものである。なお,Wi-Fi対応の携帯電話が市場に出荷され始めたのは2003年末からである(疎甲25)。
以上によれば,本件特許の原出願当時,携帯電話端末が有する「通信機能」としてWi-Fi通信機能は想定されていなかったことは明らかである。
また,Wi-Fiは無線LANの規格であるが,本件特許の原出願当時,携帯電話端末が有する通信機能としてWi-Fi以外の無線LAN通信機能が想定されていた証拠もない。
d Bluetooth(ブルートゥース)とは,デジタル家電やパソコン,携帯電話などを無線でつなぐ,短距離通信の世界共通規格であり,1998年5月に結成された業界団体であるBluetooth SIGが規格を策定しており,最初の規格である「Bluetooth1.0」が策定されたのは1999年7月である(疎甲16,20)。なお,Bluetooth対応の携帯電話機が製品化されたのは,2001年末頃である(疎甲27)。
以上によれば,本件特許の原出願当時,携帯電話端末が有する「通信機能」としてBluetooth通信機能は想定されていなかったことは明らかである。
また,本件特許の原出願当時,携帯電話端末が行う通信機能としてBluetooth以外の短距離通信機能が想定されていた証拠もない。
その他,本件特許の原出願当時,携帯電話端末が行う通信機能として,携帯電話ネットワーク通信機能以外の通信機能が想定されていた証拠はない。
e 以上によれば,原出願からの分割出願による本件訂正発明にいう「通信機能」とは,携帯電話ネットワーク通信機能を意味するものと解するのが相当である。
(ウ) 相手方製品における機内モードアイコンは,機内モードをオンにして携帯電話ネットワーク通信機能が停止した場合に表示されるアイコンであり,これが表示されている場合,使用者は少なくとも携帯電話ネットワーク通信機能が停止していることを容易に認識することができるものであるから,構成要件C’にいう「通信機能停止を示すアイコン」に該当する。
エ 以上によれば,相手方製品において,「設定」から「機内モード」をオンにする操作をし,携帯電話ネットワーク通信機能を停止させる指示である機内モードをオンにする指示が入力された場合,携帯電話端末の電源を切ることなく携帯電話ネットワーク通信機能を停止させると共に,ディスプレイの受信レベルの表示位置に携帯電話ネットワーク通信機能停止を示す機内モードアイコンが表示されるのであるから,相手方製品は,構成要件C’を充足する。
(4) 構成要件D’の充足性について
疎明資料(疎甲4,5,8,11,13,32)及び審尋の全趣旨によれば,相手方製品の「設定」画面には,飛行機のイラストが示されており,この飛行機のイラストが示されているのと同一の矩形領域内の○部分をスワイプすることにより,「機内モード」がオンになること,「機内モード」をオンにすると,通信機能(携帯電話ネットワーク(音声及びデータ),Wi-Fi,Bluetooth,GPS,位置情報サービス)が停止すると同時に,ディスプレイ上部のステータスバーの受信レベルの表示位置に,受信レベルの表示に代わり,機内モードアイコンが表示されること,上記の飛行機のイラストと機内モードアイコンとは,背景の有無のほか,若干の違いはあるものの,その違いは,注意深く比較してみて初めて分かる程度の僅かなものにすぎず,相手方製品の使用者において同じ飛行機の図柄であると認識され得るものであることが認められる。
そうすると,相手方製品において,「通信機能停止の指示を入力する入力手段」である上記○部分が存在するのと同一の矩形領域内に,通信機能停止を示す機内モードアイコンと同じ飛行機の図柄であると使用者が認識し得る飛行機のイラストが示されているから,相手方製品の「通信機能停止の指示を入力する入力手段」は,「前記通信機能停止を示すアイコンと同じ図柄のイラストにより使用者が分かるようにされている」ものと認められる。
したがって,相手方製品は,構成要件D’を充足する。
(5) 相手方製品が本件訂正発明の構成要件E’を充足することは,当事者間に争いがない。
(6) 小括
以上によれば,相手方製品は,本件訂正発明の技術的範囲に属する。
2 争点3(乙11公報に記載された乙11発明を主引例とする進歩性の有無)について
(1) 乙11発明について
乙11公報には,次の乙11発明が記載されている(疎乙11)。
a PCT10を閉じた状態又は開いた状態で電話ユニット32によって行われる通信機能と,PCT10を開いた状態でPDAユニット31によって行われる通信機能以外の機能と,PCT10を閉じた状態で電話ユニット31の電源のオン/オフを切り替える電話電源スイッチ13,PCT10を開いた状態で電話ユニット31の電源のオン/オフを切り替える電話電源スイッチ26と,移動電話表示画面11,PDA表示画面23とを有する携帯電話端末であって,
c-1 電話電源スイッチ13又は26から電話ユニット32の電源をオフする指示が入力された場合,PDAユニット31の電源を切らずに電話ユニット32の電源を切って通信機能を停止させ,
c-3 電話電源スイッチ26のそばには,電話電源オン表示灯28が設けられ,電話ユニット32の電源がオンで,PCT10を開いた状態で点灯し,それ以外の状態で消灯する
e 携帯電話端末。
(2) 乙11発明と本件訂正発明との対比
ア 一致点
乙11発明と本件訂正発明は,次の点で一致する。
a 通信機能と,通信機能以外の機能と,通信機能停止の指示を入力する入力手段と,データを表示する表示手段とを有する携帯電話端末であって,
c 前記入力手段から通信機能を停止させる指示が入力された場合,端末全体の電源を切らずに当該通信機能を停止させると共に,通信機能停止を示す表示を表示する
e 携帯電話端末
イ 相違点
乙11発明と本件訂正発明とは,次の相違点1ないし4で相違する。
(ア) 本件訂正発明においては,「表示手段に,少なくとも受信レベルやバッテリ残量の表示が行われ」るが,乙11発明において移動電話表示画面11又はPDA表示画面23にそのような表示が行われるか否かは明らかでない点(相違点1)
(イ) 本件訂正発明においては,通信手段を停止させる指示が入力された場合,前記表示手段に表示されている受信レベルの表示位置に通信機能停止を示すアイコンを表示するのに対し,乙11発明においては,電話電源オン表示灯28の消灯により電話ユニット32の電源オフを表示する点(相違点2)
(ウ) 本件訂正発明が「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」を有するのに対し,乙11発明はこれを有してない点(相違点3)
(エ) 本件訂正発明においては,「通信機能停止の指示を入力する前記入力手段は,前記通信機能停止を示すアイコンと同じ図柄のイラストにより使用者が分かるようにされている」のに対して,乙11発明においては,このような構成を有していない点(相違点4)
ウ 抗告人の主張について
抗告人は,相違点3に関し,本件訂正発明は,電源切手段により端末全体の電源を切らずに通信機能を停止する構成を備えるのに対し,乙11発明は,通信機能と通信機能以外の機能を別個の電源手段により停止する点において,両者は相違すると主張する。同主張は,本件訂正発明は,「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」を有しており,このような電源切手段によって通信機能を停止するのに対し,乙11発明は,「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」を有しておらず,このような電源切手段とは別の電源手段によって通信機能を停止するとの主張,すなわち,乙11発明と本件訂正発明とは,上記相違点1ないし4に加えて,本件訂正発明は,「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」によって通信機能を停止するのに対し,乙11発明は,このような電源切手段とは別の電源手段によって通信機能を停止する点において相違する旨をいうものと解される。
しかし,本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書(疎甲35,36)の記載によれば,従来の携帯電話端末では,携帯電話での通信が禁止されている場所では,携帯電話端末全体の電源を切らなければならず,通信機能以外の機能も使えなくなってしまい不便であるという問題があったことから(【0006】~【0009】),本件訂正発明は,携帯電話端末での通話が禁止されている場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させることを目的として(【0011】),「前記入力手段から通信手段を停止させる指示が入力された場合」に携帯電話端末全体の「電源を切らずに当該通信機能を停止させる」という構成を採用することにより(【0017】~【0020】,【0022】,【0023】,【0025】~【0029】,【0036】~【0039】),使用者の意志によって随時通信機能を停止させて,携帯電話での通信が禁止されている場所でも通信以外の機能を使うことができるようにすることで,上記の問題を解決したものである(【0030】,【0040】,【0043】)。すなわち,本件明細書の「本装置の特徴部分である通信停止キー6dは,特定機能キーの一種で,使用者が通信機能の停止指示を入力するキーであり,このキーが押下されると携帯電話端末の通信機能が停止するようになっている。・・・」(【0023】)及び「…使用者が入力部6の通信停止キー6dを押下すると(100),入力部6の通信停止キー6dから停止認識部13に対して予め定められた信号が出力され(101),停止認識部13が該信号を受信すると通信機能の停止指示を認識して制御部10に対して停止要求信号を出力する。」(【0025】)などの記載から明らかなように,本件訂正発明は,「通信機能停止の指示を入力する入力手段」(構成要件A’)と「前記入力手段から通信手段を停止させる指示が入力された場合,電源を切らずに当該通信機能を停止させる」(構成要件C’)との構成により,携帯電話端末全体の「電源を切らずに当該通信機能を停止させる」(構成要件C’)ものであって,抗告人が主張するような,「端末全体への電源供給の停止を行うための電源切手段」(構成要件A’)によって通信機能を停止するものとは認められない。
他方,乙11発明は,「電話電源スイッチ13又は26から電話ユニット32の電源をオフする指示が入力された場合,PDAユニット31の電源を切らずに電話ユニット32の電源を切って通信機能を停止させ」(c-1)るものであるから,端末全体の電源を切らずに通信機能を停止させる構成を備えていると認められる。
そうすると,本件訂正発明と乙11発明とは,端末全体の「電源を切らずに当該通信機能を停止させる」構成を備えている点で一致し,抗告人が主張する相違点は存在しないから,抗告人の上記主張は理由がない。
(3) 相違点の容易想到性について
ア 相違点1について
本件特許の原出願時(平成10年4月17日)より前に頒布された,乙3文献(ノキア製造の携帯電話端末「NOKIA 9000 Communicator」のUser’s Manual・疎乙3)の2-8頁,特開平9-284848号の公開特許公報(疎乙16)の【図8】,【図9】,特開平10-39842号の公開特許公報(疎乙17)の【0003】,【0019】,【図3】の(B),特開平10-63220号の公開特許公報(疎乙18)の【0012】,【図2】,特開平10-84405号の公開特許公報(疎乙19)の【図7】には,「表示手段に,受信レベルやバッテリ残量の表示が行われる」技術が開示されているものと認められる。
上記によれば,本件特許の原出願時において,携帯電話端末という技術分野において,表示手段に受信レベルやバッテリ残量を表示することは周知技術であったと認められる。
したがって,乙11発明において,上記周知技術に基づいて,相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
イ 相違点2について
(ア) 乙3文献(疎乙3)の2-8頁には,「通信手段を停止させる指示が入力された場合,表示手段に表示されている受信レベルの表示位置に通信機能停止を示す」文字列を表示する技術が開示されているものと認められる。また,本件特許の原出願時(平成10年4月17日)より前に頒布された,IBM製造の携帯電話「Simon」のUSERS MANUAL(疎乙13)の11頁,17頁~18頁には,携帯電話端末の動作状況をアイコンによって表示手段に表示する技術が開示されており,本件特許の原出願時において,携帯電話端末の動作状況をアイコンによって表示手段上に表示することは周知技術であったと認められる。
したがって,乙11発明において,上記周知技術に基づいて,通信手段を停止する場合に,受信レベルの表示位置に通信機能停止を示すアイコンを表示するとの構成(相違点2に係る本件訂正発明の構成)とすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(イ) 抗告人は,本件訂正発明の「通信機能停止を示すアイコン」とは,通信ができる状態から通信ができない状態になったことを示すアイコンを意味するから,乙11発明に上記の周知技術を付加しても,通信ができる状態から通信ができない状態となる操作を行ったことを,使用者に対して視覚的にわかりやすく知らせるという本件訂正発明の技術的意義を実現できるものではないと主張する。
しかし,相違点2は,上記(2)イ(イ)認定のとおり,「本件訂正発明においては,通信手段を停止させる指示が入力された場合,前記表示手段に表示されている受信レベルの表示位置に通信機能停止を示すアイコンを表示するのに対し,乙11発明においては,電話電源オン表示灯28の消灯により電話ユニット32の電源オフを表示する点」というものであって,それ以上でもそれ以下でもない。そして,本件訂正発明における「通信機能停止を示すアイコン」とは通信機能停止中であることを示すアイコンであることは,本件明細書(【0023】,【0029】等)から明らかであり,乙11発明において,前記周知技術に基づき,相違点2に係る構成とすることが,当業者にとって容易に想到し得たものであることも前記説示のとおりである。抗告人の上記主張が,本件訂正発明の「通信機能停止を示すアイコン」について,上記認定のものと異なる意味を持つべきであるという主張であるならば,抗告人の上記主張は,本件明細書の記載に基づかないものであり,採用することはできない。
ウ 相違点3について
(ア) 本件特許の原出願時(平成10年4月17日)より前に頒布された,ビクター製造のPHS電話機「TN-PZ5」の取扱説明書(疎乙24)の17頁,23頁,乙25文献(松下通信工業株式会社製造の携帯電話「デジタル・ムーバP206HYPER」の取扱説明書・疎乙25)の8頁,14頁,三洋電機株式会社製造の携帯電話「デジタルセルラーホンHD-50SA」の取扱説明書(疎乙26)の21頁には,携帯電話端末において機器全体への電源の供給及び供給停止をするオン/オフスイッチを設ける技術が開示されているものと認められる。
上記によれば,本件特許の原出願時において,携帯電話端末において機器全体への電源の供給及び供給停止をするオン/オフスイッチを設けることは周知技術であったと認められる。
したがって,乙11発明において,上記周知技術に基づいて,相違点3に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(イ) 抗告人は,乙11発明は,通信機能と通信機能以外の機能の両方の電源をオフにすることで,端末全体の電源をオフにすることができるものであるから,あえて端末全体の電源切手段を設ける理由はないと主張する。
しかし,乙11発明において,通信機能と通信機能以外の機能の両方の電源をオフにすることで端末全体の電源をオフにすることができるとしても,端末全体への電源供給の停止を行う電源切手段を設けるか否かは当業者がその必要性の有無・程度を勘案して適宜選択し得ることであり,上記電源切手段を設けることが阻害されるとまで認めることはできない。抗告人の上記主張を採用することはできない。
エ 相違点4について
前記ウ(ア)記載の各文献及び京セラ株式会社製造の携帯電話「HP-40K」の取扱説明書19頁並びに乙3文献の14-1頁(疎乙24~28)によれば,本件特許の原出願時において,携帯電話端末の動作状況を示すアイコンを,当該動作状況を生じさせる入力手段上に示すとともに,同アイコンを,当該動作状況が生じた時に表示手段に表示されるアイコンと同じ図柄のイラストにすることは周知技術であったと認められる。したがって,乙11発明において,上記周知技術に基づいて,相違点4に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(4) 小括
以上によれば,本件訂正発明は,乙11発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
3 結論
以上のとおり,本件特許は進歩性を欠くものとして特許無効審判において無効にされるべきものと認められるから,抗告人の仮処分命令の申立ては,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
よって,本件抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 西理香 裁判官 田中正哉)
(別紙)
相手方製品目録
1 iPhone4S
2 iPhone4