知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10003号 判決 2012年9月26日
原告
ジンテーズゲゼルシャフトミト
ベシュレンクテルハフツング
同訴訟代理人弁護士
浜田治雄
同弁理士
西口克
赤津悌二
齊藤涼子
同訴訟復代理人弁理士
田辺稜
被告
特許庁長官
同指定代理人
寺澤忠司
横林秀治郎
高田元樹
氏原康宏
守屋友宏
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2009-10073号事件について平成23年8月23日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成15年1月16日,発明の名称を「外科用インプラント」とする特許を出願した(パリ条約による優先権主張日:2002年(平成14年)3月30日(ドイツ)。甲24)が,平成21年2月19日付けで拒絶査定を受けたので,同年5月19日,これに対する不服の審判を請求する(甲12)とともに,手続補正をした(甲11。以下,この手続補正を「本件補正」という。)。
(2) 特許庁は,前記請求を不服2009-10073号事件として審理し,平成23年8月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同年9月2日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件審決が審理の対象とした特許請求の範囲の請求項1は,平成21年5月19日付け手続補正書(甲11)に記載の次のとおりのものである。以下,当該特許請求の範囲に属する発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲2)を「本願明細書」という。なお,「/」は,原文の改行箇所を示す。
【請求項1】完全合成起源である骨代用材料を受入れるための少なくとも1個の穴を有する外科用インプラントにおいて,/前記外科用インプラントは,ポリマー素材からなり,/さらに,前記外科用インプラントは,X線透過材料からなり,/前記外科用インプラントは上面および下面を備えており,前記上面および前記下面が少なくとも1個の穴により貫通され,穴がインプラントの上面へ円錐形または楔形に広がることを特徴とする,外科用インプラント
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明が,引用例(国際公開第02/13731号。平成14年(2002年)2月12日公開。甲20)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
(2) なお,本件審決が認定した引用発明,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明:骨移植片を使用しない合成骨材料を受入れるための中心開口部によって規定される腔を有する脊椎円板インプラントにおいて,脊椎円板インプラントは金属性であり,脊椎円板インプラントは上部面および下部面を備えており,上部面および下部面が中心開口部によって規定される腔により貫通され,中心開口部によって規定される腔が断面D形の柱の形状を有している,脊椎円板インプラント
イ 一致点:完全合成起源である骨代用材料を入れるための少なくとも1個の穴を有する外科用インプラントにおいて,前記外科用インプラントは,所定の材料からなり,前記外科用インプラントは上面および下面を備えており,前記上面および前記下面が少なくとも1個の穴により貫通され,穴が所定の形状を有している,外科用インプラント
ウ 相違点1:所定の材料について,本願発明では,「ポリマー素材」であって「X線透過材料」であるのに対して,引用発明では「金属性」である点
エ 相違点2:所定の形状について,本願発明では「インプラントの上面へ円錐形または楔形に広がる」のに対し,引用発明では,「断面D形の柱の形状」である点
4 取消事由
(1) 相違点1に係る判断の誤り(取消事由1)
(2) 相違点2に係る判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1 取消事由1(相違点1に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,相違点1について,外科用インプラントの分野において,外科用インプラントをPEEKなどのX線透過性のポリマー素材から作ることが周知技術である旨を認定し,引用発明に当該周知技術を適用して本願発明の相違点1に係る構成を想到することが容易であるとする。
(2) しかしながら,本願発明は,X線透過材料,特にポリマーを使用することによって,①大幅に短縮された手術時間,②少ない昏睡状態の時間,③患者の失血の軽減といった手術中の効果(【0006】)のみならず,材料の吸収によって新しい骨組織が再生し得るとともに,永久的な材料の間隙を通じて無理に押し込む必要がないといった利点がある融合の臨床評価を行うことができるという作用効果を有するものである。すなわち,融合の臨床評価とは,単に手術時や手術の経過観察のみならず,骨代用材料がその体の取出し部位によって強い変動を生じることを防ぎ,患者がその後長年にわたり円滑に通常の社会生活を送れるようにすることを念頭に置いたものである。
他方,引用発明及び周知技術には,本願明細書に記載されているような融合の臨床評価という技術的思想は,一切開示も示唆もされていない。
(3) むしろ,本願発明は,「骨代用材料を完全合成起源とすること」と,「そのような骨代用材料をインプラントの穴の形状に対応させること」とが一体となって,従来技術の問題点を完全に解消し,融合の臨床評価を適切に行うことができるようにしたものであって(【0002】【0005】【0007】~【0009】),従来技術が単に材質のみに着目して単なる2つの椎体を融合していたこと(乙1,2)や,単に同一形状の椎体の椎間インプラントを組み合わせたものとは一線を画するものである。
(4) したがって,本願発明の相違点1に係る構成は,当業者が容易に想到できなかったものであり,この点の判断を誤る本件審決は,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
(1) 本願明細書の記載によれば,「融合」とは,手術後に椎間インプラントに充填された骨又は骨類似の材料の中に骨組織が成長し,その結果2つの椎体が椎間インプラントを介して一体化することを意味し(【0002】),「臨床評価」は,「X線透過材料,特にポリマー,例えばPEEKから成る」ことによって可能となるものであるから(【0008】),インプラントをX線透過材料からなるものとすれば,手術後におけるインプラント内部の骨の様子がX線撮影装置によって観察可能となることは,明らかである。
してみると,「融合の臨床評価」とは,手術後における2つの椎体の椎間インプラントを介しての一体化の状態について経過観察することと理解される。
(2) 他方,本願明細書の記載によれば,①大幅に短縮された手術時間,②少ない昏睡状態の時間,③患者の失血の軽減といった手術中の効果は,簡略化された手術法に依拠したものとされており(【0006】),その効果は,自己骨粉の採取等の処置及びそのための時間が不要となることにより,手術時間及び麻酔時間が短縮され,当該採取等に伴う出血がなくなることを意味すると理解される(【0002】【0003】)。また,材料の吸収によって新しい骨組織が再生し得るとともに,永久的な材料の間隙を通じて無理に押し込む必要がないという利点は,骨代用材料を吸収性の材料とすることによる効果であり(【0008】),骨代用材料が吸収されることにより生じた空間に,骨組織が無理なく再生することを意味するものと理解される。さらに,骨代用材料がその体の取出し部位によって強い変動を生じることを防ぐことは,骨代用材料を完全合成起源のものとすることによる効果であり(【0006】),天然起源の材料であることに起因するばらつきが防止されることを意味するものと理解される。
以上のとおり,本願明細書の記載によれば,原告の主張に係る本願発明の作用効果は,いずれも「融合の臨床評価」とは何ら技術的関係を有しないから,当該主張は,本願明細書の記載に基づかない,根拠のない主張である。?
(3) 引用例には,補綴装置(脊椎円板インプラント)の孔の中に骨が成長し,補綴装置と脊椎構造とが一体化することが記載されているから,隣接する2つの椎体が脊椎円板インプラントを介して一体化することが記載されているといえるし,治療後の患部の経過観察は,医療分野における常套手段であって,一般的な課題にすぎない。したがって,引用例に明示の記載がなくとも,手術後における2つの椎体の脊椎円板インプラントを介しての一体化の状態について経過観察をするという課題(融合の臨床評価)は,引用例に接した当業者が当然に認識することができたというべきである。
なお,周知例である乙1(【請求項1】【0002】~【0006】)及び乙2の記載によれば,外科用インプラントをPEEKなどのX線透過性のポリマー素材から作ることは,周知技術であると認められるところ,これは,少なくとも手術後における椎体癒着又は隣接する脊椎骨からの骨の内部成長の状態を観察可能とすること,すなわち手術後の2つの椎体の椎間インプラントを介しての一体化の状態について経過観察をする(融合の臨床評価)ために採用したことが明らかである。
(4) したがって,当業者は,上記課題を解決するために上記周知技術を適用し,外科用インプラント(脊椎円板インプラント)をX線透過材料であってさらにポリマー素材からなるものとすることを容易に想到し得たものである。
2 取消事由2(相違点2に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,相違点2について,骨代用材料をプレスばねによって固定するために穴を楔形とするに当たっては,上面を広がるようにすること及び下面を広がるようにすることの2通りが考えられるが,両者の作用効果が異なる,又は一方の作用効果が他方の作用効果に比べて予測できないほどに顕著なものであるといった事情を見いだすこともできないことを考慮すれば,上面を広がるようにすることを選択することは,当業者が適宜なし得た設計的事項というべきであるとする。
(2) しかしながら,本願発明は,穴がインプラントの上面に円錐形又は楔形に設けられているものであり,穴を有することで,完全合成の骨代用材料を固定することができるものである(【0007】【0008】【0009】)。また,これらの穴を有し,骨代用材料を固定することで,前記のように手術中の患者に対する負担の軽減といった利点がある融合の臨床評価を行うことができるものである。
他方,引用発明および周知技術には,本願明細書に記載されているような融合の臨床評価という技術的思想は,一切開示も示唆もされていない。
(3) むしろ,本願発明は,「骨代用材料を完全合成起源とすること」と,「そのような骨代用材料をインプラントの穴の形状に対応させること」とが一体となって,従来技術の問題点を完全に解消し,融合の臨床評価を適切に行うことができるようにしたものであって(【0002】【0005】【0007】~【0009】),従来技術が単に材質のみに着目して単なる2つの椎体を融合していたこと(乙1,2)や,単に同一形状の椎体の椎間インプラントを組み合わせたものとは一線を画するものである。
さらに,相補的な楔形の部材同士をプレス嵌めによって固定するという周知技術は,あくまで同一形状で同一の厚みのものを単に重ねただけにすぎず,本願発明のような融合の臨床評価という技術的思想に基づく技術とは,完全に相違するものであって本願発明に対する示唆もない。
(4) したがって,本願発明の相違点2に係る構成は,当業者が容易に想到できなかったものであり,この点の判断を誤る本件審決は,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
(1) 本願明細書には,融合の臨床評価が,インプラントを,「X線透過材料,特にポリマー,例えば,PEEKから」構成したことによる効果である旨の記載がある(【0008】)が,インプラントの上面へ円錐形又は楔形に設けられている穴を有し,骨代用材料を固定することによる効果であるとの記載はないから,原告の主張は,根拠を欠くものである。
(2) 骨代用材料をプレス嵌めによって固定する課題を有する引用発明において,相補的な楔形の部材同士をプレス嵌めによって固定するという周知技術を適用し,穴を楔形とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。そして,引用発明の穴は,引用例の図1及び2に示されるとおり,上面及び下面に開口するものであるから,その穴を楔形とするに当たっては,上面又は下面のいずれかを広がるようにするという2通りが想定されるところ,両者の効果は,異質なものではなく,前者の効果が後者の効果と比べて予測できないほどに顕著なものでもないことから,前者を選択することは,当業者が適宜なし得た設計的事項である。
(3) 前記1〔被告の主張〕(2)に記載の本願発明の作用効果は,いずれも,完全合成起源である骨代用材料を受け入れるものである引用発明,外科用インプラントをPEEKなどのX線透過性のポリマー材料から作るという周知技術及び相補的な楔形の部材同士をプレス嵌めによって固定するという周知技術から予測し得る程度のものである。また,患者がその後長年にわたり円滑に通常の社会生活を送れるようにするとの作用効果は,そもそも外科用インプラントに求められるべき効果であるにすぎず,引用発明及び周知技術から予測できない格別のものであるとはいえない。
なお,材料の吸収によって新しい骨組織が再生し得るとともに,永久的な材料の間隙を通じて無理に押し込む必要がないという利点は,骨代用材料を吸収性の材料とすることによる効果であるところ,本願発明の特許請求の範囲には,骨代用材料が吸収性の材料であることが記載されておらず,そこにおける「骨代用材料」を「吸収性の材料」に限定して解釈すべき事情もないことから,本願発明が有する効果であるとはいえない。
よって,本願発明の作用効果の顕著性を否定した本件審決に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 本願発明について
(1) 本願明細書の記載について
本願発明は,前記第2の2に記載のとおりであるが,本願明細書(甲2)には,おおむね次の記載がある。
ア 本願発明は,請求項1の前文による外科用インプラント,特に椎間インプラントに関する(【0001】)。
イ 骨で十分に形成されるべき穴を有する椎間インプラント又は他の外科用インプラントは,術中,ほとんどの場合に骨又は骨類似の材料で充填され,成長(椎間インプラントの場合は,2つの椎体のいわゆる融合)を最適に可能にするものであり,従来技術として,①患者の腸骨稜から取られる自己骨粉での充填,②前部接近法により椎間インプラント植込みに際して隣接椎体から取られる自己骨によるインプラントの充填,③天然又は完全合成起源であり得る骨類似材料によるインプラントの充填,との技術が知られていた。しかし,従来技術の①については,多くの場合,患者の追加の罹患率を伴い,同じく③については,天然起源の場合,同種及び異種の材料において,感染伝播の残存危険性があり,さらに,骨代用材料の物理的特性が種々の起源個体及びその体の取り出し部位によって強い変動にさらされるという問題点があった(【0002】)。
ウ 本願発明の課題は,完全合成に基づく骨代用材料をインプラント中に複合製品の形でも既に含むインプラントを提供することである(【0003】)。
エ 本願発明は,その構成によって前記の課題を解決する(【0004】)。すなわち,完全合成の骨代用材料を使用することによって,前記の不利な点を全て阻止することを可能にする。考え得る病原体のタンパク質,微生物,ウイルス又は細菌の不在のため,これにより,天然起源の骨代用製品に対して,疾病伝播の危険がないという利点が達成可能である(【0005】)。また,本願発明は,簡略化された手術法のおかげで,①大幅に短縮された手術時間,②少ない昏睡状態の時間及び③患者の失血の軽減が達成され,かつ,合成の骨代用材料の選択により,更にその物理的特性が変動にさらされない(間隙率,間隙径,機械的圧力に対する耐性)という利点を患者にもたらす(【0006】)。
オ 本願発明の特定の実施形態において,インプラントの穴は,インプラントの上面又は下面へ円錐形又は楔形に広がっている。それにより,穴へ導入される完全合成の骨代用材料の本体は,穴における固定したプレス場所を含む(【0007】)。
カ このインプラントは,X線透過材料,特にポリマー,例えば,PEEKからなることが有利である。その利点は,融合の臨床評価が行われ得ることにある。好ましい改良は,骨代用材料が,吸収性の材料,好ましくはヒドロキシアパタイト,又は第3リン酸カルシウムからなることである。これには,材料の吸収によって新しい骨組織が再生し得るとともに,永久的な材料の間隙を通じて無理に押し込む必要がないという利点がある(【0008】)。
キ 発明を実施するための最良の形態においては,インプラントは,ケージの上面と下面を結合する4個の互いに分離した穴を有するケージ状の椎間インプラントであり,その上面及び下面は,2つの隣接した椎体の終板への付着のために規定され,部分的に溝穴の形の三次元構造を有しており,穴は,インプラントの上面へ楔状若しくは角錐台形又は円錐形に広がり,形状的に対応する完全合成の骨代用材料の成形本体を含む。この成形本体は,固定したプレス場所によって穴に組み込まれている。ケージは,PEEKからなるが,本体(骨代用材料)は,多孔性ヒドロキシアパタイトからなる(【0010】【図1】~【図3】)。
(2) 本願発明の課題,その解決手段及び作用効果について
ア 以上によれば,本願発明は,従来の椎間インプラントを含む外科用インプラントにおいては,自己骨又は天然起源等の骨類似材料をインプラントに充填することにより,これらの充填材料に起因する感染症や,充填材料の由来によりその物理的特性(間隙率,間隙径又は機械的圧力に対する耐性)が変動するという課題があったことから,本願発明の構成を有する外科用インプラントにより完全合成起源である骨代用材料を受け入れることでこれらの課題を解決するものであり,併せて,融合の臨床評価を可能にするという作用効果を有するものであるとされる。
なお,本願明細書には,本願発明が「簡略化された手術法」と相俟って,手術中の患者に対する負担を軽減するという作用効果があるかのように記載されている。しかしながら,本願明細書には,上記手術法がいかなるものであるのかや,外科用インプラントが本願発明の構成を採用することによってそれがどのように簡略化されることになるのかについては,何ら記載がない。したがって,上記の手術中の患者に対する負担の軽減それ自体は,本願発明の作用効果とは認められない。
イ ところで,本願明細書には,「融合の臨床評価」について明確に説明した箇所は見当たらないが,前記(1)カ(【0008】)に記載のとおり,「融合の臨床評価」は,本願発明がX線透過材料を用いていることによる利点であると記載されており,かつ,その直後には,特定の完全合成起源である骨代用材料を採用することによる新しい骨組織の再生等について記載があることを併せ考えると,X線透過材料を用いた本願発明を患者に使用することで,そこに受け入れられた骨代用材料が骨組織に融合する様子をX線写真等により容易に観察・評価することができることを意味するものと理解される。
ウ 以上に対して,原告は,本願発明が,「骨代用材料を完全合成起源とすること」と,「そのような骨代用材料をインプラントの穴の形状に対応させること」とが一体となって,従来技術の問題点を完全に解消し,融合の臨床評価を適切に行うことができるようにしたものである旨を主張する。
しかしながら,本願明細書には,前記(1)に記載のとおり,本願発明において骨代用材料の成形本体を受け入れる穴の形状及びそこに当該成形本体をプレスにより組み込むことについての記載や,本願発明のように穴が上面へ円錐状又は楔状に広がる場合のほか,これとは逆に,穴が下面へ円錐状又は楔状に広がる場合についての記載はある(前記(1)オ。【0007】)ものの,前者が最良の実施形態とされている理由については記載がなく(前記(1)キ。【0010】),穴の形状が上面又は下面のいずれにも円錐状又は楔状に広がってよいとされていることに加え,本願明細書には,そのような形状の穴を採用することによる作用効果,あるいはそのような形状の穴が「融合の臨床評価」をもたらす作用機序,更にはそれによる従来技術の課題解決にどのように貢献するのかについて,確たる説明がないことに鑑みると,本願発明がそのような形状の穴を採用した理由は,手術後の骨との融合の容易性又はその観察・評価の容易性などが考慮されたものとは認められず,原告の上記主張は失当である。
また,原告は,「融合の臨床評価」について,単に手術時や手術後の経過観察のみならず,骨代用材料が由来によって強い変動が生じることを防ぎ,患者が円滑に社会生活を送れるようにすることを念頭に置いたものである旨を主張する。
しかしながら,本願明細書の記載によれば,骨代用材料が由来によって強い変動が生じることを防ぐことは,本願発明に受け入れる骨代用材料を完全合成起源とすることによる帰結であって(前記(1)エ。【0005】),本願発明(外科用インプラント)がその特許請求の範囲に記載の構成を採用したことによるものではないし,本願明細書には,患者の円滑な社会生活等については何ら記載がないから,原告の上記主張は,本願明細書の記載に基づかないものであり,失当である。
よって,本願発明の作用効果に関する原告の上記各主張は,いずれも採用できない。
2 取消事由1(相違点1に係る判断の誤り)について
(1) 引用例の記載について
本件審決が認定した引用発明並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,前記第2の3(2)に記載のとおりであり,当該認定については当事者間に争いがないところ,引用例(甲20)には,引用発明についておおむね次の記載がある。
ア 前壁,後壁,および前壁と後壁との間に伸び,ほぼD形の前腔を規定する2つの側壁を有する生体適合性の金属性の本体のインプラントであって,そして各側壁は,該前壁の一端と該後壁の一端とを連結するほぼ弓形の湾曲を規定し,そして各壁は,その中に少なくとも1つの開口部を含み,該2つの側壁の該上部表面および該下部表面は,隣接する椎体に嵌合するために該表面から伸びる複数の歯を有し,該インプラントは,生体適合性の金属から作製され,該側壁は,該後壁から該前壁へと高さがテイパー状になり,ここで,該前壁および該後壁の該上部表面及び該下部表面はそれぞれ,歯を有さず,そして該前壁および該後壁と隣接する該側壁の部分の高さと実質的に同じ高さを有する,インプラント(【請求項1】)。
イ 本発明は,人工の生体適合性の合成脊椎補綴装置に関し,そしてより具体的には,補綴の金属性の椎間円板に関する(【0001】)
ウ 従来の脊椎補綴装置には,①ヒト脊椎円板の圧縮性をまねるためにしなやかな合成材料を使用するもの,②天然の脊椎円板の形をまねようとするもののほか,最近には,③補綴装置によって埋めようとした椎間腔の解剖学的構造及びジオメトリーを考慮したものがあるが,この③であっても,全ての用途又はジオメトリーに対してうまく働くわけではなく,さらに,その持続的な使用経験から,脊椎の周りの解剖学的構造とより正確に合うように設計を改良し得る余地があることが判明した(【0002】~【0004】)。
エ 本発明は,前壁,後壁及び前部腔を規定するために前壁と後壁との間に伸びる2つの側壁を有する生体適合性の金属性の本体でインプラントを構成する椎間板インプラントを提供することにより,先行技術の欠点を克服するものであり,具体的には,前記アの構成を採用するものである。好ましくは,内腔は,内腔を埋めるように形作られ,プレス嵌め,セメント固め又はねじ固定された多孔性のヒドロキシアパタイトのブロックを備える。この多孔性のヒドロキシアパタイト物質は,骨を孔中へ成長させることによって,補綴装置が脊椎構造へと一体化するのを助ける(【0005】)。
オ 本発明の脊椎円板インプラントは,中心開口部を含む,ほぼD形の本体を有し,それぞれの面上に備えられる複数の歯又は他のグリッピング手段を有する上部面及び下部面を含む。中心開口部によって規定される腔は,好ましくは,インプラント表面に対する,及び歯によって規定される腔内での骨及び軟骨の成長を誘導するのを助ける,任意の生物学的因子及び組成物と結合したヒドロキシアパタイトによって埋められる(【0006】)。
カ 円板及び椎体は,脊椎の腰部において,腰椎の前彎又は屈曲を作る角度で保持される。本発明の円板交換インプラントも,前におけるより後において幅広いが,これは,脊椎の天然の解剖学的構造上の屈曲を再現するものである(【0010】)。また,本発明のインプラントは,その下面部がもたれかかる椎体又は脊椎の終板プレートの下面の解剖学的構造を考慮に入れる(【0011】)。
キ 好ましくは,インプラントは必要に応じて多孔性のヒドロキシアパタイト又は他の等価物質のような合成骨材料の挿入物を含む。好ましくは,合成骨材料は,Interpore ProOsteon500ブランドの多孔性珊瑚質のヒドロキシアパタイトである。多孔性の合成骨材料は,プレス嵌め(軋轢)によって,又はインプラントの側面上のセットねじによって,位置に保たれる。多孔性の合成骨は,骨移植片を使用せずに,脊椎円板腔へのインプラントの独立した配置を可能とする。これは,患者から骨移植片を回収することに関連する罹患率及び合併症(21%という高い報告である。)を減少させるのに役立つ。これは,また,疾患の転移の危険性を伴い,かつ,費用の増加を伴う同種移植片の使用の必要をなくす(【0012】)。
(2) 引用発明の課題及び課題解決手段について
以上によれば,引用発明は,従来の椎間インプラントの形状が脊椎の周りの解剖学的構造と十分に適合していなかったという課題を有していたことから,この課題を解決するため,断面D形の柱の形状を含む引用例の請求項に記載の形状を採用することによりこの課題を解決し,持続的な使用に耐え得る金属性の脊椎円板インプラントであって,骨移植片を使用しない合成骨材料を受け入れるものであるといえる。
(3) 周知例の記載について
ア 特表2003-527196号公報(甲16)は,「ケージ型椎間インプラント」という名称の発明に関する公表特許公報であるが,そこには,椎間インプラント用ケージであって(【請求項1】),ポリエーテル・エーテル・ケトン(PEEK)などのプラスチックから構成されるものが好ましいとされること(【請求項19】【0033】)についての記載がある。
イ 国際公開第01/15637号(乙1の1)は,「椎間インプラント」という名称の発明に関する公表特許公報であるが,そこには,従来の金属性の椎間インプラントがX線不透過性であるために移植後の椎体癒着の観察が不可能になるという課題を解決するため,当該観察を可能とすると同時に高い生体適合性を備えている椎間インプラントを提供するため,椎間インプラントであって,少なくとも95体積百分率だけX線透過性材料でできており,当該X線透過性材料がポリエーテル・エーテル・ケトン(PEEK)のグループから選択されるものとすることで,当該課題を解決する発明が記載されている(【請求項1】【請求項27】【0002】~【0006】)。
ウ 特表平7-504837号公報(乙2)は,「脊椎骨のための外科用補綴埋め込み部材」という名称の発明に関する公表特許公報であるが,そこには,中央部の孔及び周辺の溝が移植用骨材でパックされるように構成されており,かつ,手術後の骨の回復を目で見ることができるようにX線透過性プラスチック材料から構成されている椎間インプラント(補綴装置)が記載されており,併せて,当該プラスチック材料としては,Peek(ポリエーテルケトン)又はUltrapek(ポリエーテルケトン,エーテルケトン,ケトン)で知られるカーボン繊維で強化されたポリマーのようなX線透過型の材料が望ましい旨の記載がある。
(4) 相違点1の容易想到性について
ア 前記(3)に記載のとおり,本件優先権主張日当時に公刊されていた複数の文献には,外科用インプラントのうち,椎間インプラントをPEEKなどのX線透過性のポリマー素材から作ることが記載されており,かつ,それらのうちには,そのような素材を利用する理由について,手術後の骨の融合を観察することを挙げているものがやはり複数存在している。したがって,上記当時,上記技術分野においては,手術後の骨の融合を観察できるようにするために椎間インプラントをPEEKなどのX線透過性のポリマー素材から作ることは,当業者間の周知技術であったものと認められる。
そして,引用発明は,椎間インプラントに関するものであるから,当業者は,引用発明に同じ技術分野における上記周知技術を適用することを容易に想到することができたものというべきである。
したがって,本件優先権主張日当時の当業者は,引用発明に基づき,同じ技術分野の周知技術を適用することにより,本願発明の相違点1に係る構成を容易に想到することができたばかりか,それにより手術後の骨の融合を観察できるようになるという作用効果を予測することができたものというべきである。
よって,当業者が引用発明及び周知技術に基づいて本願発明の相違点1を容易に想到することができたとする本件審決の判断に誤りはない。
イ この点に関し,原告は,本願発明が,X線透過材料を使用することにより,手術中の患者に対する負担の軽減といった利点がある融合の臨床評価を行うことができるという作用効果を有するものであると主張するとともに,これを前提として,引用発明及び周知技術には,当該融合の臨床評価という技術的思想が開示されていないから,当業者が本願発明を容易に想到できない旨を主張する。
しかしながら,前記1(2)に説示のとおり,手術中の患者に対する負担の軽減は,本願発明の作用効果とは認められないことに加え,融合の臨床評価は,X線透過材料を用いた本願発明を患者に使用することで手術後の骨の融合の様子を観察・評価できることであると認められるところ,前記(3)及び(4)に説示のとおり,周知例には,手術後の骨の融合を観察できるようにするために椎間インプラントにX線透過性材料を用いる旨が記載されていることに徴すれば,原告の上記主張は,いずれも根拠を欠くものとして採用できない。
3 取消事由2(相違点2に係る判断の誤り)について
(1) 周知例の記載について
ア 国際公開第00/07528号(甲17)は,「複合型椎骨間スペーサ」という名称の発明に関する公表特許公報であるが,そこには,骨からなる椎骨間スペーサに補強部材を圧力嵌め又はモリスのテーパ嵌合等により固定することが記載されている(【0021】【図1】)。
イ 特表2001-504008号公報(甲18)は,「整形インプラント」という名称の発明に関する公表特許公報であるが,そこには,骨の欠損部分等を置換するために髄管内に設置されるインプラントであって,2つの相補的なテーパ形状によって軽く打ち付けられたピース(2個)からなる発明についての記載がある(【図7】等)。
ウ 特表2002-507452号公報(甲19)は,「関節プロステーシスのプロステーシスコンポーネントの間のプレス嵌め結合部」という名称の発明に関する公表特許公報であるが,そこには,2つのコンポーネントのうち一方がコーン形状又は円錐体をしており,他方が円錐形の孔を備えているものについて,両者を公知技術である締め付けによるプレス嵌め結合,特に円錐形の締め付け部によるプレス嵌め結合により結合させることが記載されている(【0002】)。
(2) 相違点2の容易想到性について
ア 前記(1)に記載のとおり,本件優先権主張日当時に公刊されていた複数の文献には,骨のインプラントや人工関節について,相補的なテーパ,コーン又は円錐体等の形状により部材同士をプレス嵌めによって固定することが記載されている。したがって,上記当時,上記技術分野においては,このような結合技術が当業者の周知技術であったものと認められる。
そして,引用発明は,椎間インプラントに関するものであるから,当業者は,引用発明に同じ技術分野における上記周知技術を適用することを容易に想到することができたものというべきである。
したがって,本件優先権主張日当時の当業者は,引用発明に基づき,同じ技術分野の周知技術を適用することにより,本願発明の相違点2に係る構成を容易に想到することができたものというべきである。
よって,当業者が引用発明及び周知技術に基づいて本願発明の相違点2を容易に想到することができたとする本件審決の判断に誤りはない。
イ この点に関し,原告は,本願発明が,相違点2に係る形状の穴を有し,骨代用材料を固定することにより,手術中の患者に対する負担の軽減といった利点がある融合の臨床評価を行うことができるという作用効果を有するものであると主張するとともに,これを前提として,引用発明及び周知技術には,当該融合の臨床評価という技術的思想が開示されていないばかりか,相補的な楔形の部材同士をプレス嵌めによって固定する技術が本願発明の融合の臨床評価という技術的思想に基づくものとは相違するから,当業者が本願発明を容易に想到できない旨を主張する。
しかしながら,前記1(2)に説示のとおり,手術中の患者に対する負担の軽減は,本願発明の作用効果とは認められないことに加え,融合の臨床評価は,X線透過材料を用いた本願発明を患者に使用することで手術後の骨の融合の様子を観察・評価できることであると認められるところ,本願発明が相違点2に係る形状の穴を採用した理由は,手術後の骨との融合の容易性又はその観察・評価の容易性などが考慮されたものとは認められないことに徴すれば,原告の上記主張は,いずれも根拠を欠くものであって,採用できない。
4 結論
以上の次第であって,原告主張の取消事由にはいずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)