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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10016号 判決 2012年10月11日

原告

ゾルファイフルーオルゲゼルシャフト

ミットベシュレンクテルハフツング

訴訟代理人弁理士

実広信哉

堀江健太郎

被告

特許庁長官

指定代理人

富永久子

田口昌浩

大島祥吾

瀬良聡機

芦葉松美

主文

1  特許庁が,不服2008-8607号事件について,平成23年9月5日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2前提事実

1  特許庁における手続の経緯等

原告は,平成11年5月15日にした特許出願(特願2000-550915号。パリ条約による優先権主張(2件)1998年5月22日(ドイツ)。)の一部を,平成19年1月9日に,発明の名称を「ポリウレタンフォームおよび発泡された熱可塑性プラスチックの製造」とする新たな特許出願(特願2007-1387号。以下「本願」という。)とし,同年8月16日付けで拒絶理由通知がなされ,同年11月13日に意見書及び手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)が,同年12月5日付けで拒絶査定を受け,平成20年4月7日,これに対する拒絶査定不服の審判を請求(不服2008-8607号事件)するとともに,同年6月26日に手続補正書及び手続補足書を提出した。

特許庁は,平成22年11月24日付けで拒絶理由を通知し,平成23年9月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件補正による補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(甲5。以下,この発明を「本願発明」という。)。なお,本件補正後の本願の特許請求の範囲,発明の詳細な説明(甲1,甲5)を総称して,「本願明細書」ということがある。

【請求項1】

発泡剤による発泡によってポリウレタン硬質フォームを製造する方法において,発泡剤として,

a)5~50質量%未満の1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)および

b)50質量%超の1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa)

を含有するかまたは該a)およびb)から成る組成物を使用することを特徴とする,ポリウレタン硬質フォームを製造する方法。

3  審決の理由

別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものとは認められず,本願は,特許法36条6項1号に規定する要件,いわゆる「サポート要件」を満たしていないから,拒絶すべきものであるというものである。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

審決は,「原出願の出願時の技術常識に照らしても,当業者が,本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基き,本願発明が発泡剤事項(判決注:審決によれば,発泡剤事項とは,「発泡剤として,a)5~50質量%未満の1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)およびb)50質量%超の1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa)を含有するかまたは該a)およびb)から成る組成物を使用する」との事項をいうものである。)を備えることにより,本願発明の課題を解決できると認識できるものとは認められない。よって,本願発明は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものとは認められない。」と判断し,また,平成19年11月13日付け意見書(甲6)中の実験データについては,「本願明細書の発明の詳細な説明には,発泡の機構などに基いた一般的な説明及び発泡剤b1を選択することの技術的意味・作用効果が記載されておらず,また,本願発明の発泡剤事項を満たす実施例も記載されていないのであるから,当業者は,追加実験データを見て初めて,本願発明が発泡剤事項を備えることにより,本願発明の課題を解決できると認識できるといえる。したがって,追加実験データは,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を補完して,その理解を助けるものとはいえないので,追加実験データによって,上記・・・判断は変わるものではない。」とした。

しかし,審決が,本願発明が特許法36条6項1号の要件を充足しない旨判断したことは,以下のとおり誤りであり,結論に影響を及ぼすから,審決は取り消されるべきである。

(1)  本願明細書の発明の詳細な説明における段落【0004】,【0027】及び【0039】の記載からすれば,本願発明は,「約15℃を下廻る温度範囲内での,熱伝導率の低い,すなわち,熱遮断能に優れるポリウレタン硬質発泡フォームを製造すること」を課題とすることが明らかである。

また,本願発明は,上記課題を解決するため,「発泡剤として,a)5~50質量%未満の1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)および b)50質量%超の1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa)を含有するかまたは該a)およびb)から成る組成物を使用する」こと(審決にいう「発泡剤事項」)を特徴とし,これにより,約15℃を下廻る温度範囲内での,熱伝導率の低い,すなわち,熱遮断能に優れるポリウレタン硬質発泡フォームを製造することができるのである(段落【0027】)。

そうすると,本願発明の課題及び課題解決手段,並びに,その効果は,本願明細書の発明の詳細な説明に明確に記載されているというべきである。

(2)  また,平成19年11月13日付け意見書中の実験データ(以下,単に「実験データ」という。実験データは,平成20年6月26日付け手続補正書(甲10)中にも示されている。)には,30質量部のHFC-365mfc+70質量部のHFC-245faの組み合わせからなる発泡剤(実施例1~3:本願発明に対応)と,70質量部のHFC-365mfc+30質量部のHFC-245faの組み合わせからなる発泡剤(比較例1~3:本願発明の範囲外)の両者をそれぞれ使用してポリウレタン硬質フォーム及びポリスチレン(熱可塑性プラスチック)を製造した場合に,-10℃~-30℃のような低温において,実施例1~3の方が比較例1~3よりも熱伝導率が低く,断熱性に優れていることが科学的に実証されている。これらの実験データに鑑みると,本願発明は,本願明細書の段落【0027】及び【0039】記載のように,ポリウレタン硬質フォームの(特に低温での)熱伝導率が改善されるという効果を奏する。

そうすると,実験データを参酌すれば,本願発明が,本願明細書に記載のとおりの効果を発揮し,これにより,「約15℃を下廻る温度範囲内での,熱伝導率の低い,すなわち,熱遮断能に優れるポリウレタン硬質フォームを製造すること」との本願発明の課題が実際に解決可能であることは明らかである。

そして,本願明細書には,上記(1) のとおり,当初から「約15℃を下廻る温度範囲内での,熱伝導率の低い,すなわち,熱遮断能に優れるポリウレタン硬質フォームを製造すること」が本願発明の解決課題であることが開示され,本願発明が,ポリウレタン硬質フォームの(特に低温での)熱伝導率が改善される効果を奏することが明記されており(段落【0027】),本願発明が上記課題を解決できる旨が当業者に認識可能な程度に記載されているから,当業者は,平成19年11月13日付け意見書中の実験データを見て初めて,本願発明が発泡剤事項を備えることにより,本願発明の課題を解決できることを認識するわけではない。すなわち,実験データは,本願明細書に当初から記載されていた技術内容を確認するものであり,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を補完して,その理解を助ける役割を果たすというべきである(知的財産高等裁判所平成22年7月15日判決(平成21年(行ケ)第10238号事件)参照)。

したがって,実験データは,本願明細書の発明の詳細な説明の記載がいわゆるサポート要件を満たすか否かの審理を行うにあたり参酌されるべきものであるから,「追加実験データは,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を補完して,その理解を助けるものとはいえない」として,これを参酌することなく,本願発明が特許法36条6項1号の要件を充足しない旨判断した審決は誤りである。

なお,知的財産高等裁判所平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号事件)は,いわゆる明細書のサポート要件に関して,特許出願後に提出された実験データの取り扱いについて,「発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。」旨判示する。しかし,当該事案は,いわゆるパラメータ発明を取り扱ったものであるところ,本願発明はパラメータ発明ではなく,特定の発泡剤成分の組合せからなる組成物に関するものであるから,上記判示は本願発明に適用されるべきものではない。

(3)  よって,本願発明の課題及び課題解決手段,並びに,その効果は,本願明細書の発明の詳細な説明に明確に記載されており,かつ,実験データがその記載を補完して理解を助けるものであるにもかかわらず,これを参酌することなく,特許法36条6項1号の要件を充足しないとした審決の判断は誤りである。

2  被告の反論

以下のとおり,本願明細書は特許法36条6項1号の要件を満たしておらず,審決には取り消されるべき誤りはない。

(1)  原告は,本願発明の課題及び課題解決手段,並びに,その効果が,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されている旨主張するが,原告の主張は,以下のとおり誤りである。

本願明細書の段落【0003】ないし【0005】,【0027】には,「選ばれた新規種類の」発泡剤による,「意外な」,「特殊な」効果に関する記載があるから,本願明細書記載の発泡剤組成物の成分の組合せ及びその効果は,本願出願時において当業者の技術常識から予測し得ない組合せ及び効果であり,成分の選択が重要な要素であることがわかる。

一方,本願明細書には,本願発明で特定される発泡剤組成物の成分の組合せである,HFC-365mfcとHFC-245faとの組合せについて,実施例の記載がない。本願明細書に実施例として記載される例1(段落【0041】~【0046】)は,本願発明で特定されるものとは異なる発泡剤組成物を用いた例であり,例2(段落【0047】~【0055】)及び例3(段落【0056】)は,ポリウレタンではない発泡材料の製造に関する例である。そうすると,本願明細書に実施例とされて記載されたものは本願発明とは無関係であり,その他に本願発明の実施例と同等の記載もないので,本願明細書には実質的に実施例の記載がなされていないといえる。

また,本願明細書には,本願発明で特定されるHFC-365mfcとHFC-245faとの具体的な組合せも示されていない。すなわち,段落【0006】,【0009】,【0017】,【0032】等におけるHFC-245faに関する記載は,HFC-365mfcと組み合せる対象成分のグループとして多数挙げられた選択肢の1つとして示されているものにすぎない。

さらに,本願発明は,発泡剤組成物中の成分の種類のみでなく,HFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定しているが,本願明細書には,発泡剤組成物中の各成分の含有量が効果,作用に及ぼす影響等の定性的な説明がない。

以上のとおり,本願明細書においては,発泡剤成分の組合せが新規な組合せである旨及び予測し得ない特殊な効果がある旨を述べているにもかかわらず,本願発明であるHFC-365mfcとHFC-245faとの組合せについては,その裏付けとなる実質的な実施例の記載がなく,HFC-365mfcと組み合せる対象として記載された多数の成分のうちからHFC-245faを特に選択することや,発泡剤組成物中のHFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定することについて,それらの関係を定性的に認識可能とする記載もされていない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明の成分組成の場合の課題や作用効果との関係を示す定性的な記載がなく,その他特段の技術常識も示されていないから,本願明細書は,本願出願時の当業者の技術常識を参酌しても,発明の詳細な説明の記載に基づき,特許請求の範囲の特定事項からなる解決手段により,本願発明の課題を実際に解決できると認識できるような裏付けとなる記載を開示するものとはいえない。

(2)  原告は,実験データは,本願明細書に当初から記載されていた技術内容を確認するものであり,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を補完して,その理解を助ける役割を果たすから,いわゆるサポート要件を満たすか否かの審理を行うにあたり参酌されるべきであり,実験データを参酌すれば,本願発明が,本願明細書記載のとおりの効果を発揮し,これにより,本願発明の課題が実際に解決可能であることは明らかである旨主張するが,原告の主張は誤りである。

上記(1) のとおり,本願明細書に当初から記載される技術内容は,実質的な実施例もなく,HFC-365mfcと組み合せる対象として記載された多数の成分のうちからHFC-245faを特に選択することや,発泡剤組成物中のHFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定することについて,それらの関係を定性的に認識可能とする記載もなされていない。そうすると,本願明細書には,本願発明が実質的に開示されておらず,本願明細書には,実験データを示すことで確認,補完する対象となる記載があるとはいえない。

また,実験データには,「実施例1(本発明による)」,「実施例2(本発明による)」として,30質量部のHFC-365mfc及び70質量部のHFC-245faからなる発泡剤混合物を用いたPUR(ポリウレタン)硬質発泡材料の例,「比較例1」,「比較例2」として,70質量部のHFC-365mfc及び30質量部のHFC-245faからなる発泡剤混合物を用いたPUR(ポリウレタン)硬質発泡材料の例が記載され,上記実施例1,2において,それぞれ,上記比較例1,2よりも中心部の温度が-10℃,-20℃,-30℃の場合における熱伝導率が小さいデータが記載されている(なお,原告は,参酌すべき実験データとして,実施例1~3,比較例1~3を挙げるが,実施例3,比較例3はポリスチレンに関する例であって,本願発明とは無関係の例である。)。しかし,純粋な炭化水素の場合や純粋なHFC-365mfcの場合との比較もない上,-10℃以下では実施例1,2の方がそれぞれ熱伝導率が低い値となっているものの,0℃で同じであり,10℃以上では,逆に,比較例1,2の方が,それぞれ熱伝導率が低い値となっているから,本願明細書の段落【0027】の記載が実験データによって裏付けられているとはいえない。

さらに,仮に,実験データが本願明細書に当初から記載されていたとしても,純粋な炭化水素の場合や純粋なHFC-365mfcの場合との比較もない上,熱伝導率の大きさが0℃において実施例と比較例とで逆転しているデータであることも考慮すると,実験データの結果から,HFC-365mfcとHFC-245faの含有量が実験データの実施例1及び2とは大きく異なるものや,HFC-365mfcとHFC-245fa以外の成分が多量に存在するものまでをも含む,本願発明で特定する広範な数値範囲全体にわたって,約15℃以下での熱伝導率が改善されて小さくなるとまでは,当業者が認識することができるとはいえない。

以上のとおり,実験データは,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を補完して,その理解を助けるものとはいえない。特許出願後において,本願明細書に裏付けのない,開示していない内容に関して実験データを示すことで確認,補完を可能とすることは,開示していない内容に関して,出願後に発明の詳細な説明の記載不足を補うことであるから,発明の公開を前提とした特許制度の趣旨に反し,第三者との公平性を欠くものであり,特許法36条6項1号の趣旨,先願主義の考え方に反するから,許されないというべきである。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,以下のとおり,原告の主張には理由があり,審決は違法として取り消されるべきものと判断する。

1  認定事実

本願明細書には次の記載がある。

(1)  本件補正による補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は,上記第2の2記載のとおりである(甲5)。

(2)  発明の詳細な説明には次の記載がある(甲1)。

【発明が解決しようとする課題】【0004】本発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載することである。更に,本発明の課題は,新規種類の好ましい発泡剤を用いて発泡された硬質熱可塑性プラスチックを製造するための方法を記載することである。・・・

【課題を解決するための手段】【0005】出発点は,ペンタフルオルブタン,特に1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)が一定の他の発泡剤との混合物でポリウレタン硬質発泡材料および発泡された硬質熱可塑性プラスチックの製造に極めて良好に好適な組成物を生じるという意外な認識である。【0006】発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料および発泡された硬質熱可塑性プラスチックを製造するための本発明による方法には,発泡剤として,a)ペンタフルオルブタン,有利に1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)およびb)低沸点の脂肪族炭化水素,エーテルおよびハロゲン化エーテル;ジフルオルメタン(HFC-32);ジフルオルエタン,有利に1,1-ジフルオルエタン(HFC-152a);1,1,2,2-テトラフルオルエタン(HFC-134);1,1,1,2-テトラフルオルエタン(HFC-134a);ペンタフルオルプロパン,有利に1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa);ヘキサフルオルプロパン,有利に1,1,2,3,3,3-ヘキサフルオルプロパン(HFC-236ea)または1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオルプロパン(HFC-236fa);ヘプタフルオルプロパン,有利に1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオルプロパン(HFC-227ea)を含む群から選ばれた少なくとも1つの他の発泡剤を含有するかまたは該発泡剤から成る組成物を使用することが設けられている。

【0017】ポリウレタン硬質発泡材料を製造するための本発明による方法の1つの実施態様には,a)HFC-365mfcおよびb)1,1,1,2-テトラフルオルエタン(HFC-134a);1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa);1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオルプロパン(HFC-236fa);または1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオルプロパン(HFC-227ea)がCO2,低沸点のハロゲン化されていてよい炭化水素,エーテルまたはハロゲン化エーテルを全く含有しない場合には,発泡剤組成物は,1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン50質量%未満および1,1,1,2-テトラフルオルエタン;1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン;1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオルプロパンまたは1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオルプロパン50質量%超を含有するかまたはこれらのものから成ることが設けられている。

【0027】本発明方法により得ることができるポリウレタン硬質発泡材料の特殊な利点は,低い温度の場合,多くの場合に約15℃を下廻る温度で効力を生じることにある。意外なことに,本発明方法により得ることができるポリウレタン硬質発泡材料は,純粋な炭化水素から製造された発泡材料よりも有利な熱伝導率(即ち,熱移行がよりいっそう低い)を有するだけでなく,純粋なペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)を有する発泡材料と比較した場合であっても熱伝導率は僅かである。ペンタフルオルブタン,有利に1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタンおよび上記に他の発泡剤の少なくとも1つを有する発泡剤混合物を有する十分に独立気泡のポリウレタン硬質発泡材料において,熱伝導率,即ち熱遮断能に関連して使用された発泡剤混合物の相乗効果は顕著なものである。従って,ペンタフルオルブタン,有利にHFC-365mfcおよび上記の発泡剤の少なくとも1つの他のものを使用しながら得ることができるポリウレタン硬質発泡材料は,約15℃を下廻る温度範囲内での冷気に対して遮断するのに特に好適である。

【0040】次の実施例につき本発明をさらに詳説するが,しかし,本発明は,この範囲に限定されるものではない。

【0041】例1:・・・

【0043】a)HFC-365mfc/152aの使用

本発明によれば,発泡剤組成物をポリオール成分に対して30質量部の量で使用した。本発明によれば,発泡剤組成物は,HFC-365mfc 70質量部とHFC-134a 30質量部とから成り立っていた。付加的に化学的発泡剤としての水1質量部を共用した。本発明による発泡剤組成物を用いた場合には,微細気泡構造および僅かな収縮で約32kg/㎥の密度を有するPUR硬質発泡材料が得られた。

【0044】b)HFC-365mfc/32の使用

本発明によれば,発泡剤組成物をポリオール成分に対して30質量部の量で使用した。本発明によれば,発泡剤組成物は,HFC-365mfc 80質量部とHFC-32 20質量部とから成り立っていた。付加的に化学的発泡剤としての水1質量部を共用した。本発明による発泡剤組成物を用いた場合には,微細気泡構造および僅かな収縮で約28kg/㎥の密度を有するPUR硬質発泡材料が得られた。

【0045】c)HFC-365mfc/152a/CO2の使用

本発明によれば,発泡剤組成物をポリオール成分に対して22質量部の量で使用した。本発明によれば,発泡剤組成物は,HFC-365mfc 70質量部とHFC-152a 30質量部とから成り立っていた。本発明による発泡剤組成物以外に,ドイツ連邦共和国特許第4439082号明細書に記載の液化された二酸化炭素8質量部を共用した。更に,化学的発泡剤としての水1質量部を共用した。

【0046】本発明による発泡剤組成物を用いた場合には,微細な気泡構造および僅かな収縮で約26kg/㎥の密度を有するPUR硬質発泡材料が得られた。

2  判断

(1)  上記1認定の事実によれば,本願明細書において,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であり(【0004】),その課題解決手段として,発泡剤成分a)HFC-365mfcと組み合わせる発泡剤成分b)について,低沸点の脂肪族炭化水素等のうちでも,HFC-32,HFC-152a,HFC-134,HFC-134a,HFC-245fa,HFC―236ea,HFC-236fa,又はHFC―227eaがひとまとまりの一定の発泡剤として記載されていること(【0006】),本願発明の実施態様として,成分a)HFC-365mfc,及び成分b)HFC-134a,HFC-245fa,HFC-236fa,又はHFC-227eaを使用すること,特に,CO2を全く含有しない場合には,成分a)HFC-365mfcを50質量%未満,及び成分b)HFC-134a,HFC-245fa,HFC-236fa,又はHFC-227eaを50質量%超からなるものを使用すること(【0017】),本発明方法により得られるポリウレタン硬質発泡材料の特殊な利点は,低温,多くの場合に約15度を下回る温度において,熱伝導率が低く,熱遮断能を有すること,有利にHFC-365mfc及び上記の発泡剤の少なくとも1つの他のものを使用して得ることができるポリウレタン硬質発泡材料は,約15度を下回る温度範囲内での冷気に対して遮断するのに特に好適であること(【0027】),発泡剤として,HFC-365mfcとHFC-152a,HFC-365mfcとHFC-32,HFC-365mfc,HFC-152a及びCO2を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造した実施例(【0040】~【0046】)が記載されていると認められる。

すなわち,本願明細書には,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であり,特定の発泡剤,すなわち,HFC-365mfcと一定の他の発泡剤との混合物を用いてポリウレタン硬質フォームを製造するための方法により製造されたポリウレタン硬質フォームは,約15度を下回る温度において,熱伝導率が低く,熱遮断能を有するという効果を有することが判明したこと,この方法で用いる発泡剤組成物は,成分a)HFC-365mfcと成分b)低沸点の脂肪族炭化水素等とを含むものであるが,有利な組合せの一つとして,本願発明で用いる発泡剤組成物である,成分a)HFC-365mfc及び成分b)HFC-245faの組合せがあることが記載されているといえる。また,本願明細書には,本願発明で用いる発泡剤組成物を用いてポリウレタン硬質フォームを製造したことを示す実施例は記載されていないものの,成分a)HFC-365mfcと組み合わせる成分b)として,HFC-152a(例1a),HFC-32(例1b),及びHFC-152aとCO2(例1c)を用いてポリウレタン硬質フォームを製造したことが,具体的に開示されているといえる。

そうすると,本願発明で用いる発泡剤の成分b)であるHFC-245faは,上記のとおり,ひとまとまりの一定の発泡剤のひとつとして記載されている上,本願明細書の実施例で使用された成分b)であるHFC-152aやHFC-32と同様に低沸点であり,技術的観点からすると化学構造及び理化学的性質が類似するといえることも併せ考慮すると,実施例1a)~c)と同様にHFC-245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解するのが相当である。

以上のとおり,本願発明の課題及び課題解決手段,並びに,その効果が,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものと認めるべきである。

(2)  これに対し,被告は,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明であるHFC-365mfcとHFC-245faとの組合せについて,その裏付けとなる実施例の記載がなく,HFC-365mfcと組み合わせる対象として記載された多数の成分のうちからHFC-245faを特に選択することや,発泡剤組成物中のHFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定することについて,それらの関係を定性的に認識可能とする記載がない旨主張する。

しかし,上記のとおり,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であって,上記(1) の説示に照らして,実施例1a)~c)と同様にHFC-245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解される。

また,本願明細書に記載された発明は,発泡剤として成分a)HFC-365mfcを低沸点の脂肪族炭化水素等である成分b)と組み合わせて用いることを特徴とするポリウレタン硬質フォームを製造する方法で,そのような発泡剤を用いることにより,低温において熱伝導率が低く,熱遮断能を有するポリウレタン硬質フォームが得られるという効果を有することが判明したというものである。成分b)としては,低沸点の脂肪族炭化水素等である具体的化合物が多数列挙され,本願発明のHFC-245faは,ひとまとまりの一定の発泡剤の中で有利なものとして記載され,実施例においても,HFC-152aを用いた場合(例1a),HFC-32を用いた場合(例1b),及びHFC-152a及びCO2を用いた場合(例1c)が記載されており,それらを同等に扱うことができないとする事情は見いだせないから,HFC-245faを用いた実施例の記載がなくとも,これを成分b)として使用することができると解すべきである。そうすると,特許法36条6項1号の「サポート要件」の判断にあたっては,本願明細書において,成分b)としてHFC-245faを選択することの技術的意味や作用効果について,更なる記載を求めるべき理由はなく,また,成分b),特にHFC-245faが発泡剤として使用できると認識できない事情も見いだせないので,発泡の機構などに関して,更なる説明を求めるべき理由もない。したがって,被告の上記主張は失当である。

(3)  したがって,本願発明が発明の詳細な説明に記載したものとは認められないとする事情は見いだせないから,本願が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないとの審決の判断は誤りであって,追加実験データの有無にかかわらず,原告主張の取消事由は理由がある。

3  小括

以上のとおり,原告の主張には理由があり,審決は,違法として取り消されるべきである。被告は,他にも縷々反論するが,いずれも採用の限りではない。

第5結論

よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 岡本岳 裁判官 武宮英子)

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