知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10037号 判決 2013年3月19日
原告
メリアルエスアーエス
訴訟代理人弁護士
熊倉禎男
渡辺光
相良由里子
佐竹勝一
弁理士
山崎一夫
田代玄
被告
フジタ製薬株式会社
訴訟代理人弁護士
浜田治雄
弁理士
西口克
赤津悌二
復代理人弁理士
田辺稜
主文
特許庁が無効2010-800061号事件について平成23年9月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告が求めた判決
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告からの無効審判請求に基づき原告の特許を無効とした審決の取消訴訟である。争点は,訂正後の請求項1ないし34に係る発明の特許法29条1項柱書該当性の有無及び実施可能要件違反の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,名称を「ペット寄生虫の治療・予防用組成物」とする発明に係る特許第3765891号の特許権者である(平成8年9月27日特許出願,優先日平成7年9月29日及び平成8年9月11日,優先権主張国 フランス,登録日平成18年2月3日,登録時の請求項の数35)。
被告は,平成22年4月6日,特許法29条1項柱書に規定する「産業上利用することができる発明」に当たらないこと及び実施可能要件違反(平成14年法律第24号附則2条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法36条4項)を理由として,請求項1ないし35に係る特許につき特許無効審判を請求した(無効2010-800061号)。
上記無効審判の審判長は,同年11月8日,口頭審理において,原告に対し,請求項1ないし24,27ないし35に係る発明は,実施可能要件を満たさず,またサポート要件を満たさないから無効とされるべきものであるとの無効理由通知をした。すると,原告は,同月26日,特許庁に対し,請求項1,8の特許請求の範囲の記載の一部を改め,請求項25を削り,請求項26以下の請求項を繰り上げる等の訂正請求をした(本件訂正)。なお,被告は,本件訂正後の請求項1ないし34に係る発明についても,弁駁書を提出して,本件訂正前の請求項に係る発明と同様に,特許法29条1項柱書に規定する「産業上利用することができる発明」に当たらないこと及び実施可能要件違反を理由に,特許無効を主張している。
特許庁は,平成23年9月21日,「訂正を認める。特許第3765891号の請求項1~34に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は同月29日に原告に送達された。
(2) 原告は,被告等に対し,本件訂正前の請求項1,7,25,26に係る特許権及び本件訂正後の請求項1,7,25に係る特許権の均等侵害を理由とする差止請求,損害賠償請求等を求める訴訟を提起し,第一審の東京地裁(平成21年(ワ)第45432号)は,平成24年9月13日,被告製品の構成は本件訂正前の請求項1,7,25,26の発明の構成と均等なものとしても,上記各発明の技術的範囲に属するものではないなどと判示して,原告の請求を棄却した。現在,当裁判所にその控訴審が係属中である(平成24年(ネ)第10085号)。
2 訂正発明の要旨
本件の発明は,ペット用の寄生虫抑制・駆除剤に用いる組成物に関する発明で,本件訂正後の特許請求の範囲は以下のとおりである(一重下線を付した部分が訂正部分である。二重下線を付した部分は本件の争点となる構成要件の部分(請求項8,21においても試験条件は同趣旨。)であり,「構成要件1F(2)」と称する。)。
【請求項1(訂正発明1)】
「下記の(a)~(d)から成り,
式(I)の化合物は1~20%(w/v)の割合で存在し,
結晶化阻害剤は1~20%(w/v)の割合で存在し且つ(c)で定義した溶媒中に式(I)の化合物を10%(W/V),結晶化阻害剤を10%添加した溶液Aの0.3ml をガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に観察可能な結晶の数が10個以下あり,
有機溶媒(c)は組成物全体を100%にする比率で加えられ,
有機共溶媒(d)は(d)/(c)の重量比(w/w)が1/15~1/2となる割合で存在し,有機共溶媒(d)は水および/または溶媒 c)と混和性がある,
動物の身体の一部へ局所塗布することによって動物の全身へ拡散する,直ちに使用可能な溶液の形をした,寄生虫からペットを治療または予防するための組成物:
(a) 〔化1〕で表される殺虫活性物質:
【化1】
file_3.jpg(ここで,
R1はハロゲン原子,CNまたはメチル基を表し,
R2はS(O)nR3,4,5-ジシアノイミダゾール-2-イルまたはハロアルキル基を表し,ここで,
R3はアルキルまたはハロアルキル基を表し,
R4は水素またはハロゲン原子を表すか,NR5R6,S(O)mR7,C(O)R7またはC(O)OR7,アルキル,ハロアルキル,OR8または-N=C(R9)(R10)を表し,ここで,
R5およびR6はそれぞれ独立に水素原子,アルキル,ハロアルキル,C(O)アルキル,S(O)rCF3,アシルまたはアルコキシカルボニル基を表すか,R5とR6とが一緒になって2価のアルキレン基を作り,このアルキレン基は2価のヘテロ原子を1つまたは2つを含むことができ,
R7はアルキルまたはハロアルキル基を表し,
R8はアルキル,ハロアルキル基または水素原子を表し,
R9はアルキル基または水素原子を表し,
R10は単数または複数のハロゲン原子で置換されていてもよいフェニルまたはヘテロアリール基を表し,
Xは炭素,三価の窒素原子またはC-R12を表し,
R12は水素原子,CNまたはNO2を表し,
yはSF5基,CN,NO2,S(O)rCF3,ハロゲン原子,ハロアルキルまたはハロアルコキシ基を表し,
m,nおよびrは互いに独立に0,1または2の整数を表し,
pは1,2,3,4または5の整数を表し,
ただし,R1がメチルの場合は,R3がハロアルキルで,R4がNH2で,pが2で,6位にあるyがClで,4位にあるyがCF3で,XがNであるか,R2が 4,5-ジシアノイミダゾール-2-イルで,R4がClで,pが3で,6位にあるyがClで,4位にあるyがCF3で,XがC-Clである),
(b) ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される結晶化阻害剤,
(c) ジプロピレングリコール n-ブチルエーテル,エチレングリコールモノエチルエーテル,エチレングリコールモノメチルエーテル,ジエチレングリコールモノエチルエーテル,ジプロピレングリコールモノメチルエーテルおよびこれらの溶媒の少なくとも二つの混合物から成る群の中から選択される有機溶媒,
(d) エタノール,イソプロパノールおよびメタノールから成る群の中から選択される有機溶媒とは異なる有機共溶媒。」
【請求項2(訂正発明2)】
「動物の身体の10cm2以下の表面積に局所塗布して用いられる請求項1に記載の組成物。」
【請求項3(訂正発明3)】
「Xが炭素またはC-R12を表し,yがフェニル環の2および6位のCNまたはNO2を表す請求項1または2に記載の組成物。」
【請求項4(訂正発明4)】
「Xが炭素またはC-R12を表し,yがフェニル環の4位にあり且つS(O)rCF3,ハロアルキル,ハロアルコキシ基およびSF5基から成る群の中から選択され,rが0,1または2の整数を表す請求項1または2に記載の組成物。」
【請求項5(訂正発明5)】
「式(I)の化合物のアルキル基が1~6個の炭素原子を有する請求項1または2に記載の組成物。」
【請求項6(訂正発明6)】
「R5とR6とが一緒になって2価のアルキレン基を作り,R5とR6が結合した窒素原子と一緒に5-,6-または7員環を形成する請求項1または2に記載の組成物。」
【請求項7(訂正発明7)】
「式(I)の化合物が 1-[4-CF3 2,6-Cl2フェニル]3-シアノ 4-[CF3-SO]5-NH2ピラゾールである請求項1または2に記載の組成物。」
【請求項8(訂正発明8)】
「下記(a)~(d)から成り,
式(II)の化合物は1~20%(w/v)の割合で存在し,
結晶化阻害剤は1~20%(w/v)の割合で存在し且つ(c)で定義した溶媒中に式(II)の化合物を10%(W/V),結晶化阻害剤を10%添加した溶液Aの 0.3mlをガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に観察可能な結晶の数が10個以下あり,
有機溶媒(c)は組成物全体を100%にする比率で加えられ,
有機共溶媒(d)は(d)/(c)の重量比(w/w)が1/15~1/2となる割合で存在し,有機共溶媒(d)は水および/または溶媒 c)と混和性がある,
動物の身体の一部へ局所塗布することによって動物の全身へ拡散する,直ちに使用可能な溶液の形をした,寄生虫からペットを治療または予防するための組成物:
(a) 〔化2〕で表される殺虫活性物質:
【化2】
file_4.jpg(ここで,
R1はハロゲン原子,CNまたはメチル基を表し,
R2はS(O)nR3,4,5-ジシアノイミダゾール-2-イルまたはハロアルキルを表し,
R3はアルキルまたはハロアルキル基を表し,
R4は水素原子,ハロゲン原子を表すか,NR5R6,S(O)mR7,C(O)R7,C(O)OR7,アルキル,ハロアルキル,OR8または-N=C(R9)(R10)を表し,ここで,R5およびR6は独立に水素原子,アルキル,ハロアルキル,C(O)アルキル,S(O)rCF3またはアルコキシカルボニル基を表すか,R5とR6とが一緒になって2価のアルキレン基を形成し,このアルキレン基は2価のヘテロ原子を1つまたは2つ含むことができ,
R7はアルキルまたはハロアルキル基を表し,
R8はアルキル,ハロアルキル基または水素原子を表し,
R9はアルキル基または水素原子を表し,
R10は単数または複数のハロゲン原子またはOH,-O-アルキル,-S-アルキル,シアノまたはアルキル基によって置換されていてもよいフェニルまたはヘテロアリール基を表し,
R11は水素原子,ハロゲン原子,CNまたはNO2を表し,
R13はハロゲン原子,ハロアルキル,ハロアルコキシ,S(O)qCF3またはSF5基を示し,
m,n,qおよびrは互いに独立に0,1または2の整数表し,
Xは3価の窒素原子またはラジカルC-R12を表し,この場合,炭素原子の残りの3つの原子価は芳香族環の一部を成し,
R12は水素原子,ハロゲン原子,CNまたはNO2を表し,
ただし,R1がメチルの場合には,R3がハロアルキルで,R4がNH2で,R11がClで,R13がCF3で,XがNであるか,R2が4,5-ジシアノイミダゾール-2-イルで,R4がClで,R11がClで,R13がCF3で,Xが=C-Clである)
(b) ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される結晶化阻害剤,
(c) ジプロピレングリコール n-ブチルエーテル,エチレングリコールモノエチルエーテル,エチレングリコールモノメチルエーテル,ジエチレングリコールモノエチルエーテル,ジプロピレングリコールモノメチルエーテルおよびこれらの溶媒の少なくとも二つの混合物から成る群の中から選択される有機溶媒,
(d) エタノール,イソプロパノールおよびメタノールから成る群の中から選択される有機溶媒とは異なる有機共溶媒。」
【請求項9(訂正発明9)】
「動物の身体の10cm2以下の表面積に局所塗布して用いられる請求項8に記載の組成物。」
【請求項10(訂正発明10)】
「Xが3価の窒素原子である請求項8または9に記載の組成物。」
【請求項11(訂正発明11)】
「R1がCNを表し,R3がハロアルキル基を表し,R4がNH2を表し,R11とR12が互いに独立してハロゲン原子を表し,R13がハロアルキルを表す請求項8または9に記載の組成物。」
【請求項12(訂正発明12)】
「XがC-R12を表す請求項8または9に記載の組成物。」
【請求項13(訂正発明13)】
「式(II)の化合物のアルキル基が1~6個の炭素原子を有する請求項8または9に記載の組成物。」
【請求項14(訂正発明14)】
「R5とR6とが一緒になって2価のアルキレン基を作り,R5とR6が結合した窒素原子と一緒に5-,6-または7員環を形成する請求項8または9に記載の組成物。」
【請求項15(訂正発明15)】
「式(II)の化合物が5~15%(w/v)の割合で存在する請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項16(訂正発明16)】
「結晶化阻害剤が5~15%(w/v)の割合で存在する請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項17(訂正発明17)】
「水を30%(v/v)以下の割合でさらに含む請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項18(訂正発明18)】
「水を5%(v/v)以下の割合で含む請求項17に記載の組成物。」
【請求項19(訂正発明19)】
「酸化防止剤を0.005~1%(w/v)の割合でさらに含む請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項20(訂正発明20)】
「酸化防止剤を0.01~0.05%(w/v)の割合で含む請求項19に記載の組成物。」
【請求項21(訂正発明21)】
「(c)で定義した溶媒中に式(II)の化合物を10%(W/V),結晶化阻害剤を10%添加した溶液Aの0.3mlをガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に観察可能な結晶の数がゼロである請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項22(訂正発明22)】
「ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルがポリソルベートである請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項23(訂正発明23)】
「ポリソルベートがポリソルベート80である請求項22に記載の組成物。」
【請求項24(訂正発明24)】
「結晶化阻害剤がポリビニルピロリドンとポリソルベートとの混合物である請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項25(訂正発明25)】
「グリコールエーテルがジエチレングリコールモノエチルエーテルおよびジプロピレングリコールモノメチルエーテルから成る群の中から選択される請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項26(訂正発明26)】
「酸化防止剤がブチル化ヒドロキシアニソール,ブチル化ヒドロキシトルエン,アスコルビン酸,メタ亜硫酸ナトリウム,プロピルガレート,ソジウムチオサルフェートおよびこれらの抗酸化剤の2種以下の混合物の中から選択される請求項19または20に記載の組成物。」
【請求項27(訂正発明27)】
「結晶化阻害剤が少なくとも一種の酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体と,ポリビニルピロリドンと,ポリソルベートとの混合物である請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物。」
【請求項28(訂正発明28)】
「請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物の有効量を動物の身体の一部へ局所塗布し,それを動物の全身へ拡散させることを特徴とする寄生虫からペットを治療または予防する方法。」
【請求項29(訂正発明29)】
「動物がネコまたはイヌであり,寄生虫がノミまたはダニである請求項28に記載の方法。」
【請求項30(訂正発明30)】
「動物がネコまたはイヌであり,寄生虫がダニである請求項28に記載の方法。」
【請求項31(訂正発明31)】
「動物がネコである請求項28に記載の方法。」
【請求項32(訂正発明32)】
「動物がイヌである請求項28に記載の方法。」
【請求項33(訂正発明33)】
「請求項1~14のいずれか一項に記載の組成物の有効量をヒトを除く動物の身体の皮膚の一部へ局所塗布する方法によって,活性成分をヒトを除く動物の全身へ拡散させ,それによって寄生虫からヒトを除く動物を治療または予防する方法。」
【請求項34(訂正発明34)】
「結晶化阻害剤がポリビニルピロリドンおよびポリソルベート80である請求項1に記載の組成物。」
3 審判で主張された無効理由(本件訂正後の発明に係るものに限る。)
(1) 無効理由1
訂正発明1ないし8の特許請求の範囲にいう「(c)で定義した溶媒中に式(I)の化合物を10%(W/V),結晶化阻害剤を10%添加した溶液Aの0.3ml をガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に観察可能な結晶の数が10個以下であること」との構成要件1F(2)は,訂正明細書の記載及び当業者の技術常識に照らしても,上記構成要件に係る試験方法の技術内容が目的とする技術的効果を上げられるかどうかを確認することができず,相当な蓋然性をもって当業者が結果を予測できるものとなっていない。このとおり,当業者において上記試験方法の有用性を確認することができないのであって,訂正発明1等の本質的要素である,上記構成要件に係る結晶化阻害剤は実現不可能であり,その効果を発揮することができない。したがって,訂正発明1ないし8及びこれらのうちの少なくとも一部を引用する訂正発明9ないし34は,未完成の発明であり,特許法29条1項柱書にいう「産業上利用することができる発明」に当たらない。
(2) 無効理由2
前記(1)のとおり,訂正発明1ないし34の所期の作用効果を奏するために必須の試験条件が記載されておらず,当業者は所期の作用効果を奏する組成物を実施するために過度の試行錯誤を強いられる。したがって,訂正明細書の発明の詳細な説明は,少なくともその一部において,当業者がその実施をすることができる程度の記載を欠いているものである(実施可能要件,改正前の特許法36条4項)。
4 審決の理由の要点
(1) 無効理由1について
ア 訂正発明1について(56~86頁)
「(1-2-1)(i) 訂正明細書の段落【0004】,【0015】における『結晶』,『白い付着物』・・・に係る記載や,段落【0020】後段の『・・・この系は毛の表面に結晶を残さず・・・』・・・なる記載からみて,訂正発明1に係る組成物において結晶が生じなくなる(或いは,生じにくくなる)効果,即ち『結晶化阻害』効果は,少なくとも訂正発明1において奏されることを目的とする,欠くことのできない主要な技術効果の一つであることは明らかである。
そして,成分(b):『結晶化阻害剤』が,当該『結晶化阻害』効果に寄与することを目的として配合される成分であると解されることも,その名称からみて明らかである。
(ii) そうすると,訂正発明1に規定される『構成要件1F(2)』は,訂正発明1に係る組成物に『結晶化阻害』性を付与するための必須の要件として規定されているものと認められるから,訂正発明1において『構成要件1F(2)』の規定が満たされることは,訂正発明1の目的とする技術効果を得るために必要な前提条件として規定されているものと解される。
・・・
(iii) してみると,訂正発明1がその目的とする技術効果を得ることができると言えるには,上述の『構成要件1F(2)』の規定により結晶化阻害剤(b)が明確に定義づけられることが必要であって,訂正発明1の技術内容を以ては当該『構成要件1F(2)』を得ることができないと判断される場合,いいかえれば,・・・『構成要件1F(2)』に記載された試験方法を以ては結晶化阻害剤(b)の結晶化阻害能力を確認し結晶化阻害剤(b)を特定することができない場合には,訂正発明1はその目的効果を得ることができず発明として未完成であり,特許法29条1項柱書きにいう『発明』に該当しない,ということになる。
(1-2-2) そこで,上の(1-2-1)の観点を踏まえつつ,訂正明細書をより詳細に検討するに,同明細書には成分(b)について,その化合物選択肢である『ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステル』又はそれらの混合物,ならびにその結晶化阻害作用に関する一応の記載はあるものの・・・,発明の『実施例』として記載されているのは,訂正発明1に係る組成物それ自体の実施例として記載された,段落【0023】~【0028】の実施例1~24のみであり・・・,これら実施例1~24のいずれにおいても,成分(b):『結晶化阻害剤』として用いられているのは,組成物総量100cm3中,ポリビニルピロリドン(Kollidon17PF(登録商標,BASF Germany社製))5g又は7.5gとポリソルベート80(Tween(登録商標,ICI社製))5gの混合物のみである・・・。
しかも,これら実施例1~24の組成物は,その総量100cm3中に成分(d):『有機共溶媒』として規定されるもの(エタノール)を7.5g,10g又は15g含むものである(なお,『構成要件1F(2)』に規定される『溶液A』には,有機共溶媒(d)は含まれないことに留意。)し,また,試験例として当該実施例1~24の各組成物をイヌの皮膚に局所投与してノミ個体数の減少化効果をみたことが概略的に記載されているのみ(特に段落【0026】~【0027】及び段落【0028】後段)であって,『構成要件1F(2)』の試験方法に基づいて各実施例1~24における成分(a)~(c)のみを構成成分とする各『溶液A』に該当するものを具体的に調製し,それら各『溶液A』を用いて試験を行うことにより『構成要件1F(2)』の結晶数に係る所望の試験結果を現実に得たことについては,何ら具体的なデータ結果と共に記載されているわけではない。
また,当業者が追試するに際し考慮できる,『構成要件1F(2)』に記載された試験方法に基づく試験系を構築するために用いられる機器・用具の具体例や,『構成要件1F(2)』を実現するに好適な温度調節条件,相対湿度(RH)等の試験条件についての,『構成要件1F(2)』の現実の実施例と同視し得る程度の詳細かつ具体的な記載が,訂正明細書中に見出せるわけでもない。
・・・
以上検討したとおり,訂正明細書中には『構成要件1F(2)』が現実に得られることを示す具体的な記載は一切存在しないことはもとより,同『構成要件1F(2)』を得るに適切な試験環境条件についても,何ら具体的な記載が認められるものではない。
(1-2-3) また,『構成要件1F(2)』の試験方法に規定される成分(a)~(c)の組み合わせに係る任意の『溶液A』を用いて試験を行えば,採用することが不自然でない如何なる試験環境下であっても洩れなく『構成要件1F(2)』が得られ,所望の結晶化阻害剤(b)の機能を確認し同結晶化阻害剤(b)を特定できることが,本件出願当時当業者にとり技術常識として知られていたとも認められない。
そもそも,『構成要件1F(2)』の試験方法自体,結晶化阻害剤(b)の結晶化阻害能力を確認し結晶化阻害剤(b)を特定するための試験方法として本件出願当時当業者にとり技術常識として知られていたとは認められない以上,如何なる環境条件を採用して行うことが適切であり,また如何なる環境条件を採用して行うことが不適切であるのかが,本件出願当時当業者にとり技術常識として知られていたとすることもできない。
(1-2-4) そして,被告による甲第5,6号証中の追加試験の中には,『構成要件1F(2)』の試験方法に係る文言上の規定を一応満たす試験系であっても,現実に試験を行ったところ,『溶液A』が『ガラススライド』から流れ落ちたり・・・,そのような流れ落ちの防止のため十分な大きさのガラス板を用いた場合でも多数の結晶が生じ,結局,いずれの場合でも『構成要件1F(2)』を実現することができなかったことが,具体的に示されている・・・。
・・・
・・・,訂正発明1における『構成要件1F(2)』の試験方法に基づいて試験を行っても,同『構成要件1F(2)』中に規定のない
・ガラススライドの大きさ,
・温湿度調節及びそれに伴う空気の流れの制御方法,
・相対湿度(RH)
といった条件如何では,同じ溶液Aを用いても,『構成要件1F(2)』を得ることができる場合とできない場合があり,試験結果が一定しないことが,上記甲号証-乙号証間の対応する試験結果の対比からみて明らかと言える。
してみると,上記三つの条件,或いはその組合せの中で,『構成要件1F(2)』の試験方法に基づく試験を行った際に『構成要件1F(2)』を得るに適切な試験条件については,訂正明細書に記載されていないし,本件特許出願当時の技術常識を踏まえても当業者にとり把握できたとも言えないから,訂正発明1の技術内容のみを以て,『構成要件1F(2)』を得ること,いいかえれば,所望の結晶化阻害剤(b)の機能を確認し同結晶化阻害剤(b)を特定できること,が訂正明細書の記載から明らかであると認めることはできない。
(1-2-5) 以上,(1-2-1)~(1-2-4)の検討結果をまとめると,訂正発明1の技術内容を以ては,訂正発明1における『構成要件1F(2)』を得ることができるとは判断し得ないのであるから,訂正発明1は,その目的とする技術効果を得ることができない未完成な発明であると判断せざるを得ず,よって,特許法29条1項柱書きにいう『発明』に該当するものではない。
・・・
(1-3)まとめ
以上述べたとおり,原告の主張及び証拠方法を参酌しても,訂正発明1に規定される結晶化阻害剤(b),式(I)の化合物(a),及び有機溶媒(c)を組み合わせた作用効果を開示する『構成要件1F(2)』に記載された試験方法では,同じ組成の溶液Aを用いても異なる結果が得られる場合があり,目的とする技術効果である『・・・結晶の数が10個以下』であることを得ることができるか否かを確認することができないのである・・・から,『構成要件1F(2)』に係る規定を以て結晶化阻害剤(b)の明確な定義付けが実現可能であるとは言えない。
即ち,各訂正発明の『構成要件1F(2)』の試験方法に係る規定では,少なくとも『ガラススライド』の大きさや,温度(『20℃』)及び前記相対湿度を適切な範囲内に制御するための系内の空気の流れ(風)の強さ,試験環境の相対湿度(RH)といった環境条件について特段の規定はないことから,それら諸条件のあらゆる組み合わせを採用することを排除するものではないと解されるところ,それら諸条件に関し,上記試験方法による試験を行うにあたり採用すべき適切な条件域等については,発明の詳細な説明で何ら具体的な記載はみられない。他方,甲号証の試験系によれば,乙号証で原告が採用したのと同一組成の『溶液A』を用いた場合であっても,上記諸条件又はその組み合わせ如何では,実際に試験を行っても,『ガラススライド』から試料『溶液A』が流れ落ちたり,そうでなくとも多数の白色結晶が析出し,『構成要件1F(2)』が現実に得られないことが明らかである。
してみれば,訂正発明1に規定される試験方法に係る規定のみを以て『構成要件1F(2)』を得ること,いいかえれば,結晶化阻害剤(b)の結晶化疎害機能を確認し同結晶化阻害剤(b)を特定し得ること,が,訂正明細書中で明らかにされていると言えないことはもとより,訂正明細書の記載及び本件特許出願当時の技術常識を併せて参酌しても,所望の結晶化阻害機能を発揮し得る適切な結晶化阻害剤(b)を得ることが当業者にとり実現可能である,ということもできない。
結局,訂正発明1においては,その目的効果の達成のための重要な構成成分である結晶化阻害剤(b)について,『(b) ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される』との選択肢に係る規定はあるものの,訂正発明1に規定される試験方法を以ては,前記選択肢の中で適切な結晶化阻害剤(b)の機能を確認し同結晶化阻害剤(b)を特定することは不可能であり,訂正発明1に規定される『・・・結晶の数が10個以下』であることを満たす所望の結晶化阻害剤(b)を得ることができないと言わざるを得ないのであるから,(1-2-1)(iii)で述べた観点を踏まえると,訂正発明1の組成物全体としての目的効果を達成することも不可能であると判断せざるを得ない。
よって,訂正発明1はその技術内容がその目的とする技術的効果を得ることができないものであり,発明としては未完成のものであって,特許法29条1項柱書に規定する『発明』に該当しない。」
イ 本件発明2ないし34について(86~88頁)
「訂正発明1中の成分(b)の選択肢に係る規定,即ち『(b) ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される結晶化阻害剤,』,ならびに,『構成要件1F(2)』或いは『成分(b)による結晶化阻害効果』に係る規定,即ち『結晶化阻害剤は1~20%(w/v)の割合で存在し且つ(c)で定義した溶媒中に式(I)の化合物を10%(W/V),結晶化阻害剤を10%添加した溶液Aの0.3ml をガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に観察可能な結晶の数が10個以下あり,』は,独立請求項形式で規定された訂正発明8においても同様に含まれている。また,訂正発明2~7,9~27,34は訂正発明1又は8を直接又は間接的に引用する従属項形式の発明であり,訂正発明28も訂正発明1~14のいずれか一の組成物を引用して規定されており,訂正発明29~32も訂正発明28を引用する従属項形式の発明である。
つまり,訂正発明1について・・・詳述した特許法29条1項柱書の問題は,訂正発明2~34の発明においても共通するものであることは明らかである。
そして,訂正発明2~34における各発明特定事項を勘案し検討しても,前記(1)で示した判断を左右するものではない。・・・
よって,(1)で述べたと同様の理由により,訂正発明2~34の発明についても,各訂正発明に規定される試験方法を以ては適切な結晶化阻害剤(b)を特定できず,当該各訂正発明の技術手段によってその目的とする技術効果を得ることができるものであるとすることはできないから,いずれも発明として未完成であって,特許法29条1 項柱書にいう『発明』に該当しない。」
(2) 無効理由2について
ア 訂正発明1について(88~90頁)
「・・・訂正明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,訂正発明1における結晶化阻害剤を選択するための『観察可能な結晶の数が10個以下あり』との重要な特定について,『結晶化阻害剤は1~20%(w/v)の割合で存在し且つ(c)で定義した溶媒中に式(I)の化合物を10%(W/V),結晶化阻害剤を10%添加した溶液Aの0.3ml をガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に』との測定条件以外の他の測定条件(ガラススライドの大きさ,温湿度調節及びそれに伴う空気の流れの制御方法,相対湿度など)や測定器具について何ら説明がなされていないし,またそれらについて適切に担保し勘案できる技術常識も見出せないばかりか,そもそも具体的に観察可能な結晶の数を測定したことを示す実施例すら記載されていない。しかも,・・・例え結晶化阻害剤(b),式(I)の化合物(a),有機溶媒(c)のそれぞれについて同一のものを採用した同じ『溶液A』であっても,『・・・溶液Aの0.3mlをガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に』との条件だけでは,溶液Aがスライドガラスから漏れる場合や,観察可能な結晶の数が10個以下との条件を満たす場合と満たさない場合があることが明らかとなっている。
してみると,訂正明細書の発明の詳細な説明は,結晶化阻害剤(b)が『ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される』と選択肢が特定されたものであっても,それら結晶化阻害剤(b)の中から式(I)の化合物(a)と有機溶媒(c)との関係で前記観察可能な結晶の数が10個以下となる結晶化阻害剤(b)を決めることができる説明がされているとも認められないし,別の言い方をすると,ある着目した化合物の結晶化阻害剤(b)が,式(I)の化合物(a)と有機溶媒(c)との関係で,訂正発明1の前記観察できる結晶の数が10個以下となるか否かについて同じ結果が得られるために必要な測定条件等の説明はない。
ましてや,訂正発明1の『構成要件1F(2)』の試験方法には,上述の『同じ『溶液A』』に係る成分(a)~(c)の組み合わせや,訂正明細書の実施例1~24で採用されている成分(a)~(c)の組み合わせ以外の,広範な成分(a)~(c)の種類及び含有割合の組み合わせ方に係る膨大な種類の数の『溶液A』を用いる態様が含まれるものであるところ,発明の詳細な説明,及び本件出願当時の技術常識のみに基づいて,それら膨大な種類の数の『溶液A』を用いる試験方法群の中から,所望の結晶化疎害機能を発揮する結晶化阻害剤(b)を得るための適切な態様の方法,ならびに,同方法を実施するに際して適切な試験条件を見出すためには,当業者にとり許容される程度を超える試行錯誤等を課するものと判断せざるを得ない。
したがって,訂正発明1についての訂正明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
よって,訂正発明1については,特許法36条4項の規定に違反するものであり,被告の主張する無効理由2には理由がある。」
イ 訂正発明2ないし34について(91頁)
「上記1.(1)および(2)そして2.(1)(判決注:無効理由1についての判断及び無効理由2のうち訂正発明1についての判断)で検討したのと同様の理由で,訂正発明2~34についての訂正明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
よって,訂正発明2~34についても,特許法36条4項の規定に違反する」
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(特許法29条1項柱書該当性の判断の誤り)
(1) 審決は,訂正発明1等の特許請求の範囲では,①ガラススライドの大きさ,②温度・湿度の調節及びこれに伴う空気の流れの制御方法,③相対湿度が規定されていないところ,これらの条件いかんで試験結果が一定しないなどとして,訂正発明1等は未完成の発明であると判断した。
(2) しかしながら,特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明に具体的な記載がなくても,訂正発明1等の結晶化阻害試験(構成要件1F(2))の性格を考慮すれば,ガラススライドから溶液が流れ落ちるのを防止するため,当業者において,その経験及び一般的技術常識に基づき,十分な大きさを有するガラススライドを選択することができるのは明らかである。
すなわち,訂正発明1等の結晶化阻害試験にガラススライドを用いるのは,ガラスが溶液と化学反応しなかったり(非反応性),溶液を吸収しなかったり(非吸収性)する特性等を有することにかんがみて,平たいガラス(スライド)の面上で試験を行うことが適切であるからであり,当業者においてもかかる趣旨を容易に理解することができる。確かに,構成要件1F(2)ではガラススライドの大きさは特定されていないが,試験溶液がその上から流れ落ちることがない十分な大きさを有していなければならないことは当業者にとって当然である(一般的技術常識)。液体の試料(溶液)を平面のガラス板に滴下したときに,試料が真円状(平面に沿った各方向に関し等方向)に広がることが多いことは当業者の常識であり,縦2.5cm,横7.5cm 程度のいわゆる顕微鏡観察用のスライドガラスでは大きさが十分でないことが直感的にも明らかである。当業者は,試験に供する溶液の性質に応じてさまざまな大きさのガラススライドを選択,使用することができ,仮にいったん選択したガラススライドが小さすぎて不適切であった場合には,より適切なさらに大きいガラススライドを選択して容易に試験を繰り返すことができることが明らかである。当業者が訂正発明1等の結晶化阻害試験にあたり,いわゆる顕微鏡観察用のスライドガラスに固執することはあり得ない。したがって,特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明に具体的な記載がなくても,当業者に対し必要以上の試行錯誤を強いるものではない。
よって,ガラススライドの大きさが特定されていないから結晶化阻害剤(b)を特定できないなどとする審決の判断は誤りである。
(3) 本件の特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明には,温度,湿度の調節方法や実験系内の空気の流れの調節方法が明示されていないが,当業者は市販の実験室用恒温槽を入手して,容易に訂正発明1等の結晶化阻害試験を行うことができ,これらの試験条件は当業者が容易に設定可能なものにすぎない。訂正発明1等の結晶化阻害試験については,相対湿度について規定がないから,後記のとおり,相対湿度を格別に調整することなしに行うべきものであるところ,当業者であれば,市販されている多数の低温恒温器(加温機能,冷却機能を有する恒温槽)ないしインキュベータ(孵化器,培養器)の中から,調湿機能のない恒温槽(温度調節チャンバー)を用いたり,調湿機能を停止することができる恒温槽を用いたりすることにより,20℃,研究室の環境下の湿度(成り行き,at ambient relative humidity)で,容易に試験を行うことができる。日本全薬工業(株)が行ったインキュベータの調湿機能を停止して行った試験でも,20%以上の相対湿度が保たれており,当業者が容易に温度,湿度の調節方法や実験系内の空気の流れの調節方法を設定し得ることが明らかである。
湿度を一定に保つための飽和塩溶液の入ったデシケータ(密閉容器)内に試料を置き,このデシケータをさらに温度調節チャンバー内に置いて行う試験(甲13の2,5)も,温度調節チャンバー内に試料を置き,試料の上からビーカーを逆さにして被せて行う試験(甲13の7)も,恒温・恒湿槽内に試料を置き,低発塵性不織布タイベックを4つの側面に張った囲いで試料の周囲を囲んでする試験(甲5,6)も,いずれも一定の温度,湿度を維持しつつ,実験系内の風の影響を除去しながら行う試験であって,訂正発明1等の結晶化阻害試験に当たり得る。これらの試験の間には,格別優劣はないが,少なくともタイベックの囲みを用いた上記試験方法が当業者に一般的でないことが明らかである一方,デシケータを用いた上記試験方法は温度,湿度の調整方法として当業者に広く採用されており,またビーカーを用いた上記試験方法はかような目的に適う極めて簡便なものである。
しかるに,デシケータを用いた試験でも,ビーカーを用いた試験でも,訂正発明1等の結晶化阻害試験を行うことができ,構成要件1F(2)に規定された試験結果が得られた一方,被告による試験(甲5,6)は構成要件1F(2)の要件を満たさない不適切なもので,その試験結果を考慮すべきでないから,温度,湿度の調節方法や空気の流れの制御方法のいかんによって試験結果が一定せず,訂正発明1等は未完成の発明であるとする審決の判断は誤りである。
(4) 訂正発明1等の特許請求の範囲においても,訂正明細書の発明の詳細な説明においても,結晶化阻害試験(構成要件1F(2))につき相対湿度が特定されていないのは,製剤開発を行う典型的な研究室の環境下の湿度において,格別相対湿度を制御することなく試験を行う必要があるからであって(なお,デシケータ等を使用したとしても厳密な相対湿度の管理までは要求されない。),当業者は訂正明細書等の中に記載がなくてもかかる趣旨を容易に理解することができる。
しかし他方で,訂正発明1等の結晶化阻害試験(構成要件1F(2))は,犬や猫が活動する屋外のように,温度も湿度も管理されていない環境で訂正発明1等が実施されることを想定してその試験条件が定められているものではないし,構成要件1F(2)において20℃,24時間という温度条件が規定されていることからすれば,訂正発明1等の結晶化阻害試験があらゆる相対湿度においてもなされること,すなわち試験条件にすべての相対湿度の範囲が含まれることを意味しない。したがって,訂正発明1等の結晶化阻害試験において,起こり得るあらゆる相対湿度の範囲を想定し,この範囲内にある一定の相対湿度,とりわけ極端な環境における相対湿度に相当する相対湿度で上記結晶化阻害試験を行うことは誤りである。
被告が行った試験(甲5,6)は,いずれも80%超の相対湿度で結晶化阻害試験を行うものであるが,かかる相対湿度はHVACシステムで管理された通常の研究室環境では存在し得るものではなく(通常のオフィス環境ですら相対湿度を40ないし70%の範囲内に維持することが定められているし,電気製品の多くは相対湿度が20ないし80%の範囲内で使用することが予定されている。),試験条件が不適切である。しかも,被告が行った試験では,ガラススライドから溶液が大きく流れ,不自然に広がっており,あえて結晶が析出しやすい不適切な条件で試験を行ったことが推察される。
他方で,原告が第三者に依頼して行った試験では,60又は70%程度の相対湿度で試験が行われ,訂正発明1等にいう結晶化阻害剤(b)が得られることを確認した。
そうすると,被告による試験は不適切でその試験結果を考慮すべきでないから,相対湿度のいかんによって試験結果が一定せず,訂正発明1等は未完成の発明であるとする審決の判断は誤りである。
(5) 以上のとおり,訂正発明1ないし34が未完成の発明であり特許法29条1項柱書にいう「産業上利用することができる発明」に当たらないとする審決の判断は誤りである。
2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)
前記1のとおり,当業者は,訂正発明1等の特許請求の範囲や訂正明細書の記載及び技術常識に基づいて,訂正発明1等の結晶化阻害試験に適した大きさのガラススライドを容易に選択することができ,また恒温恒湿槽を用いること等により実験系内の空気の流れを容易に制御することができ,さらに相対湿度を制御せずに近代的設備を備えた研究室の環境下で実施することで,上記結晶化阻害試験を行うことができるから,当業者の許容限度を超えた試行錯誤を強いるものではない。したがって,訂正発明1ないし34には実施可能要件違反(改正前の特許法36条4項)はなく,これに反する審決の判断は誤りである。
なお,上記結晶化阻害試験における結晶の個数の算定は肉眼で観察してされれば足り,原告が依頼した試験を実施した第三者においても,算定に支障があったことを報告していない。訂正明細書の実施例に係る記載に,観察された結晶の個数が明記されていないとしても,犬に投与された実施例の記載(段落【0024】~【0027】)があることから,観察方法の意義も,実施例では肉眼で観察された結晶の数が10個以下であったことも明らかである。
そして,審決はいかなる測定条件,測定機器では当業者が訂正発明1ないし34を実施できないのか明らかにしておらず,理由不備,審理不尽でもある。
第4取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対し
(1) 訂正発明1にいう有機溶媒(c)は,揮発性は低いが吸湿性が高いものが含まれており,フィプロニルの水に対する溶解性の低さのために,試験環境の湿度の影響を受けやすく,試験環境の相対湿度のいかんによっては,結晶が析出したりしなかったりする。したがって,訂正発明1等における結晶化阻害試験の要件である構成要件1F(2)にいう20℃,24時間放置という試験条件だけでは,一定の試験結果を得られない。また,ガラススライドの大きさを特定していないことにも問題がある。
このとおり,上記結晶化阻害試験の要件は漠然としたもので,訂正明細書の記載や無効審判の審理過程に照らしても不十分である。特定の条件下でなければ訂正発明1等の作用効果は得られないにもかかわらず,原告は,温度と試験時間以外については上記特定の条件を明らかにせず,すべての試験条件で作用効果が得られるかのような漠然と要件を記載したもので,不誠実である。
(2) 原告は,縦3.5インチ,横3.5インチのガラス板を用いて試験したり,時計皿を用いて試験したりしており,試行錯誤の結果,縦10cm,横10cm のガラス板を用いるに至ったものと推察される。かかる試行錯誤を要するということからしても,当業者がガラススライドの大きさを選択することが容易でないといい得るものである。
(3) 訂正発明1等の結晶化阻害試験については,恒温槽,高温恒湿槽あるいはインキュベータを使用することは訂正明細書に一切記載されていないから,20±1℃を24時間維持できる環境であれば,これらの恒温機器を使用しなくてもよいことになる。試料を逆さにしたビーカーで覆うことも訂正明細書に記載されていないから,かようにビーカーで遮蔽する必要もない(なお,インキュベータは試料を乾燥させない目的で使用される恒温器であるし,その内部はほとんど無風状態であるから(自然対流式),インキュベータを用いる場合にはなおさらビーカーで試料を遮蔽する必要がない。)。そうすると,試料を逆さにしたビーカーで遮蔽することが必要であるとする原告の主張は,結晶化阻害試験に係る特許請求の範囲,発明の詳細な説明の記載に不備があることを自認しているのに等しい。
自然対流式・電子冷熱式恒温槽では,実験室の相対湿度が恒温槽内の相対湿度に影響し,結晶化阻害試験の試験結果に影響を及ぼしたから(乙11),試験に用いる機器の選択,風(空気の流れ)の制御いかんによって試験結果は一定しない。原告が特定の条件下でのみ作用効果を奏するにすぎない発明を,当該条件を明らかにせずに出願したことは明らかである。
(4) 訂正発明1等の結晶化阻害試験において,常温,常湿以外の試験条件で行われることが必要なのであれば,当該試験条件を訂正明細書に記載すべきであるところ,訂正明細書には結晶化阻害試験における相対湿度についての特定がない。
本件特許はわが国で出願されたものであるから,湿度の高いわが国の環境においても実現される試験条件でなければならないところ,被告が設定した相対湿度85%の試験条件は,結晶化阻害試験の試験条件として問題がない。すなわち,わが国における通常の研究室の常温の試験条件は,温度20±15℃,相対湿度65±20%であり,試験の内容によって許容差を変更することができるところ(日本工業規格JIS Z 8703 試験場所の標準状態,乙4),被告が行った試験は,常温,常湿の試験条件の範囲内で行った問題のないものである。なお,原告のいう当業者において理解できる相対湿度の値は変遷しており,一貫性がない。
しかるに,低湿度では結晶が析出しないが高湿度では結晶が析出し,したがって相対湿度のいかんによって試験結果が一定しないから(甲4,乙11),原告が特定の相対湿度の試験条件下でしか作用効果を奏しない発明を,当該条件を明らかにせずに出願したことは明らかである。
(5) 以上のとおり,訂正発明1等の結晶化阻害試験では,試験条件次第で結晶が析出する場合と析出しない場合とがあり,特定の条件でなければ結晶が析出しないこと及び当該条件は特許請求の範囲及び訂正明細書の発明の詳細な説明に開示されていない(しかも,明らかに結晶が一切析出しない,開示されていない条件が存在する。)。したがって,訂正発明1ないし34では,組成物は開示されているものの,この組成物を生成する方法が具体的,客観的に開示されていないことは明白であって,課題解決手段が具体的,客観的に開示されていないから,訂正発明1ないし34が未完成発明であることは明白であり,この旨の審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2に対し
前記1と同様に,訂正明細書の発明の詳細な説明には,ガラススライドの大きさや,相対湿度等について記載がなく,当業者が訂正発明1ないし34を実施できる程度の十分な記載がないから,実施可能要件に違反するとした審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1について
(1) 審決が特許法29条1項柱書にいう「産業上利用することができる発明」に当たらない根拠とする事柄のうちガラススライドの大きさに関しては,本件訂正後の請求項1,8の特許請求の範囲に「溶液Aの0.3ml をガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に観察可能な結晶の数が10個以下あり,」との各記載や請求項21の特許請求の範囲に上記結晶の数がゼロであるとの記載があるほか,訂正明細書(甲16)の段落【0009】に「溶液Aの0.3ml をガラススライドに付け,20℃で24時間放置した後にガラススライド上を肉眼で観察した時に,観察可能な結晶の数が10個以下,好ましくはゼロである。」との記載があるのみで,その大きさを明示する記載は存しない。
しかしながら,構成要件1F(2)の結晶化阻害試験は,フィプロニル等の殺虫活性物質(a)と結晶化阻害剤(b),有機溶媒(c),有機共溶媒(d)から成る組成物を用いた治療・予防薬が,「動物の体の一部に投与するだけで体全体に拡散し,乾燥し,しかも結晶化現象が起きない」ことや,「乾燥後に毛皮の外観に影響を与え」ず,「特に結晶が残らず,毛皮がべとつかないよう」にすること(訂正明細書の段落【0004】)ができるように,上記(a)ないし(c)の各所定量の混合物である溶液Aを面上に少量滴下して所定時間放置(静置)しても,肉眼でも観察できるような大きな結晶が生じないか,又は10個以下の結晶が生じるにすぎないか否かを確認する趣旨のものである。そうすると,上記結晶化阻害試験の目的ないし技術的性格にかんがみれば,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許発明の範囲中に「ガラススライド」の大きさを明示した記載がなくても,当業者が適宜「ガラススライド」の大きさを選択して試験を実施し得ることは明らかである。
この点,審決は「ガラススライド」といえばまずは顕微鏡観察用の標準サイズのスライドガラスを想起するとし(66頁),被告は,上記結晶化阻害試験では「ガラススライド」の大きさが特定されていないから,適切な大きさの「ガラススライド」を選択するために試行錯誤を要し,当業者が「ガラススライド」の大きさを選択するのが容易でないなどと主張するが,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲には,顕微鏡で溶液(試料)を観察することは記載されていないから,上記結晶化阻害試験における「ガラススライド」をいわゆる顕微鏡観察用のスライドガラスと同一視する必要はないし,この種の試験を実施する当業者であれば,溶液の粘度や分量に応じて,適切な大きさを有する「ガラススライド」を適宜選択し得るとして差し支えない。仮に試験を実施する者が見込みを誤り,溶液が「ガラススライド」からはみ出す可能性があるとしても,上記結晶化阻害試験がさほど高度の手法を要求するものではないことに照らせば,上記のような見通しの悪い試験者が試験を繰り返す可能性や,試験の失敗に備えて予備試験をすることがあり得ることは,前記結論を左右するものではない。
(2) また,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲でも,構成要件1F(2)の結晶化阻害試験の試験系内の相対湿度(RH)の範囲や,空気の流れ(風)の有無,強弱についての規定がないが,当業者であれば,上記結晶化阻害試験に関する記載から,近代的設備を備える実験室(研究室)で,標準的な試験環境の範疇を超えない限りで,格別相対湿度を指定しなくてもよいと認識できることが明らかである。
そして,一定の温度環境下で試験を実施するのであれば,当業者は通常恒温装置(恒温槽)を使用するところ,被告自身が提出する試験報告書(甲4~6)によっても,この種の試験を実施する平均的な技量を有する当業者であれば,必要以上の換気による影響を避ける必要があること,又は試料に直接装置による循環風が当たらないようにする必要があることを容易に理解し得ることが明らかである。そうすると,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲に記載がなくても,逆さにしたビーカーで試料を覆って無風状態にしたり,恒温装置内に密閉容器であるデシケータを入れ,デシケータ内部に湿度を一定に保つ薬剤とともに試料を放置したりする程度の事柄は,当業者が技術常識に基づいて採用するものにすぎず,かような具体的な試験手法まで記載されていなくても,当業者が前記結晶化阻害試験を実施できないものではない。
ここで,A博士が,空気の流れの影響を避け,一定の湿度に保つための密閉容器であるデシケータ(ただし,容器外との間で空気の流通がある。)を用いて行った試験においては,相対湿度59.14±0.44%の条件で,肉眼で観察される結晶の数が最大5個であり,相対湿度69.9±0.26%の条件で,肉眼で観察される結晶の数が最大4個であり,相対湿度75.47±0.14%の条件で,肉眼で観察される結晶の数が最大5個であった(3.5インチ×3.25インチのガラス平板を使用。甲13の5)。また,同博士が,相対湿度を格別に管理せず(環境の実測で相対湿度25~58%),逆さにしたビーカーでガラス平板を覆って行った試験においても,結晶化阻害剤にジプロピレングリコールモノメチルエーテルを用いた場合に,6例中1例で肉眼で観察される13個の結晶の析出がみられたが,残り5例では肉眼で観察される結晶の析出がみられないか(2例),2ないし5個の結晶の析出がみられた(3例)だけで,結晶化阻害剤にジエチレングリコールモノエチルエーテル,エチレングリコールモノメチルエーテル,エチレングリコールモノエチルエーテルを用いた場合には,肉眼で観察される結晶の個数は最大3個であった(4インチ×3.25インチのガラス平板を使用。甲13の7)。そして,日本全薬工業(株)が,相対湿度を格別に管理せず(後記の不織布タイベックを用いた遮蔽箱を使用した場合で実測で約20~40%,ビーカーを使用した場合で実測で約30~50%),不織布タイベックを四角い囲いの上方に張った遮蔽箱を使用するか,又は逆さにしたビーカーでガラス平板を覆って行った試験においても,肉眼で観察される結晶の個数は最大10個であった(甲15)。
なお,A博士が,デシケータを用い,時計皿(直径4インチ凹型)に溶液を滴下して行った試験においては,相対湿度69.9±0.26%の条件で,肉眼で観察される結晶の数が最大5個であり,相対湿度75.47±0.14%の条件で,肉眼で観察される結晶の数が最大4個であり,相対湿度59.14±0.44%の条件で,結晶化阻害剤にコリドンVA64を用いた場合に6例中1例で肉眼で10個超の結晶の析出がみられたが,残りの5例では肉眼で結晶の析出は観察されず,結晶化阻害剤にコリドン17PF又はポリソルベート80を用いた場合には肉眼で観察される結晶の数が最大2個であった。また,同博士が,時計皿に溶液を滴下し,時計皿を逆さにしたビーカーで覆って行った試験においても,相対湿度70±0.26%の条件で,肉眼で観察される結晶の個数が最大3個であった(甲13の2,3)。
これらのとおり,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲の記載及び当業者の技術常識に基づいて,当業者は構成要件1F(2)の結晶化阻害試験を現に実施することができ,その試験結果も肉眼で観察できる結晶の数がいずれも10個以下(仮に時計皿に溶液を滴下する試験でもよいとしても,結晶が10個超となったのは,結晶化阻害剤にコリドンVA64を用いた場合のわずか1例にすぎない。)であるというものであるから,試験結果が一定せず,上記結晶化阻害試験が好適な結晶化阻害剤を選択する手段として機能しないなどとはいえない。
他方,被告の東京研究所で行われた試験は,タイベックを側面に張った遮蔽箱を用いて空気の流れによる影響を除去しているが,概ねすべての試験を通じて相対湿度が80数%と高いところ(模擬的環境湿度変化を加えた実験でも平均77%強。甲5,6),試験環境等の一般的な国際標準(基準)であるISO 554-1976では,温度を20℃に設定する場合に相対湿度を65±5%(許容誤差を広くとる場合。狭くとる場合には許容誤差を±2%とする。)にするものとされているから(甲31),被告の上記試験は相対湿度の設定が高すぎて適切とはいい難い。わが国の同様の標準である日本工業規格JIS Z 8703(乙4)でも,標準状態の温度を試験の目的に応じて20,23,25℃のいずれかとし,標準状態の相対湿度を50又は65%のいずれかとするものとされているから,この標準に照らしても,被告の上記試験は相対湿度の設定が高すぎて適切とはいい難い。なお,被告が本件訴訟で追加提出する乙第12号証に記載された試験も,上記と同様に相対湿度の設定が高すぎるか,恒温装置を使用していない(実証試験7,研究室内の空調装置のみを用いており,空気の流れ(風)の影響を排除しているとはいえない。)から,構成要件1F(2)の結晶化阻害試験として考慮することはできない。
この点,被告は,わが国における通常の研究室の常温の試験条件20±15℃,相対湿度65±20%に照らし,被告の試験は常温,常湿の試験条件の範囲内で行った問題のないものである旨を主張する。前記乙第4号証には,5ないし35℃を常温といい,相対湿度45ないし85%を常湿というとの記載があり,被告はこの記載を援用するが,標準状態の温度(20,23,25℃のいずれか),標準状態の湿度(相対湿度50,65%のいずれか)の各値や,許容差の等級である温度15級(±15℃)が標準状態の温度を20℃とするときだけに用いられ(他の温度を標準状態の温度として選択する場合には許容差がより小さくなる。),湿度20級(±20%)が標準状態の湿度を65%とするときだけに用いられること(標準状態の湿度として相対湿度50%を選択する場合には許容差がより小さくなる。)からすれば,上記の常温,常湿の数値範囲は,例えば試験の対象となる機器,物品が使用される種々の環境を考慮して,相当幅広く設定されていることが明らかである。しかも,訂正明細書の発明の詳細な説明にも,特許請求の範囲にも,結晶化阻害試験を常温,常湿で行う旨の記載はないし,訂正発明1等において,組成物が使用される種々の環境(特に亜熱帯のような高湿度の環境)を考慮しても,なお結晶化阻害剤を含む溶液の選択指標(20℃,24時間放置しても,肉眼で観察できる結晶の個数が10個以下)をクリアできるような選択指標を設定したことまで窺わせるに足りる証拠はない。そうすると,被告の上記主張を採用することはできない。なお,A博士が実施した上記試験のうちには,相対湿度が75%程度の試験条件でされたものが含まれており,これは前記ISO 554-1976やJIS Z 8703の各標準とは必ずしも適合しないが,同博士が実施した試験においては,相対湿度75%程度の試験条件以外でした試験で,構成要件1F(2)に適う結果が出ているものである。
(3) 結局,訂正明細書の発明の詳細な説明ないし特許請求の範囲に記載がなくても,当業者は構成要件1F(2)の結晶化阻害試験の目的,技術的性格に従って,①ガラススライドの大きさ,②温度・湿度の調節及びこれに伴う空気の流れの制御方法,③相対湿度を適宜選択することができ,試験条件いかんで試験結果が一定しないわけではないから,訂正発明1ないし34が未完成の発明であるとはいえない。
したがって,甲第5,第6号証の試験結果を根拠に,構成要件1F(2)の結晶化阻害試験の試験結果が一定しないなどとして,訂正発明1ないし34が未完成の発明であり,特許法29条1項柱書の「産業上利用することができる発明」に当たらないとした審決の認定・判断には誤りがあり,原告主張の取消事由1は理由がある。
2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
前記1で認定したとおり,当業者は,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載や特許請求の範囲の記載及び技術常識に基づいて,構成要件1F(2)の結晶化阻害試験を実施し,殺虫活性物質(a),結晶化阻害剤(b),有機溶媒(c)から成る溶液Aのうちから上記構成要件を充足するものを選別することができるから,訂正発明1ないし34に係る訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が発明を実施可能な程度に明確かつ十分なものである。
したがって,これに反する審決の認定・判断には誤りがあり,原告主張の取消事由2は理由がある。
第6結論
以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由があるから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)