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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10042号 判決 2012年7月18日

原告

株式会社ブリヂストン

訴訟代理人弁理士

永芳太郎

南部さと子

水野尚

被告

特許庁長官

指定代理人

早川治子

遠藤行久

田村正明

主文

特許庁が不服2011-14211号事件について平成23年12月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

主文同旨

第2事案の概要

1  意匠登録出願の拒絶審決の取消訴訟である。争点は,引用意匠との類否(意匠法3条1項3号)である。

2  特許庁における手続の経緯

原告は,平成22年6月21日,意願2010-5289号(意匠登録第1404558号)を本意匠とする関連意匠として,別紙第1記載の本願意匠の意匠登録出願(意願2010-15224号)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした(不服2011-14211号)。

特許庁は,平成23年12月21日,同請求につき「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成24年1月6日,原告に送達された。

3  審決の理由の要点

本願意匠は,特許庁普及支援課が平成21年11月5日に受け入れた米国意匠特許公報2009年10月13日09W41号(登録番号US D601943S)に記載された引用意匠(別紙第2)と,意匠に係る物品が自動二輪車用タイヤであって一致し,形態についても,次のとおり,共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響が大きいのに対し,相違点が及ぼす影響は微弱で,共通点の印象を覆すには至らないから,意匠全体として類似するものであり,意匠法3条1項3号の意匠に該当する。

(1)  本願意匠と引用意匠との間には,形態について次の共通点と相違点がある。

ア 共通点(共通点Aは基本的構成態様,共通点B~Dは具体的構成態様)

【共通点A】 全体は,断面略円弧状のトレッド部とその左右に左右対称に形成されたサイドウォール部で構成される環状体であり,トレッド部の周回面に,長い略「へ」字状の溝と逆略「へ」字状の溝(以下「長傾斜溝」という。)をタイヤの赤道(正面視において,トレッド面を左右に2分する仮想の中心線をいう。)を中心として千鳥配置状に配設し,この長傾斜溝のそれぞれの外端近傍に,ごく短い溝(以下「短溝」という。)を配設し,さらに,各長傾斜溝の周回方向の略中間位置に,それぞれ,長傾斜溝よりやや短く,長傾斜溝と同じ向きに屈曲させた略「へ」字状の溝と逆略「へ」字状の溝(以下「中傾斜溝」という。)を配設した構成態様で,これら長中二つの傾斜溝は,赤道からサイドに向かってやや末広がり状とした態様であり,中傾斜溝は,長傾斜溝と短溝の間を略二等分する位置にあり,長傾斜溝,中傾斜溝及び短溝の三つの溝が全体として横に伸びた略「さんずい」偏様を呈する態様である点

【共通点B】 長傾斜溝は,赤道を少しずつ跨ぐ部位に位置し,サイドウォール寄り端部は斜辺状である点

【共通点C】 中傾斜溝は,赤道からやや離れた部位に位置し,サイドウォール寄り端部は斜辺状である点

【共通点D】 短溝は,サイドウォール寄りの部位の,隣接する中傾斜溝の略中間に位置し,その両端は斜辺状で,全体として略平行四辺形状の態様である点

イ 相違点(いずれも具体的構成態様)

【相違点ア】 溝の端部形状について,本願意匠は,長傾斜溝と中傾斜溝の赤道寄り端部が小半円弧状,サイドウォール寄り端部が斜辺状,短溝は両端が斜辺状であるのに対して,引用意匠は,長傾斜溝の赤道寄り端部,中傾斜溝及び短溝のサイドウォール寄り端部において,先端斜辺を毛筆書体における横棒の入り様の形態とし,それぞれの他端の先端斜辺はその広角部に丸みを持たせた態様である点

【相違点イ】 赤道からサイドウォール方向にかけての長傾斜溝と中傾斜溝の両溝間の拡幅程度について,本願意匠は,長傾斜溝と中傾斜溝の両溝間の幅は,赤道寄り付近の端部間距離を1とすると,サイドウォール付近の端部間距離は略1.3であるのに対して,引用意匠は,赤道寄り付近の端部間距離を1とすると,サイドウォール付近の端部間距離は略2.5である点

【相違点ウ】 長傾斜溝,中傾斜溝,及び短溝の溝幅について,本願意匠は,溝自体の幅に変化があり,詳細には,長傾斜溝は,赤道付近の細幅が,サイドウォール方向に端部まで次第に拡幅して,やや太幅となる態様であり,中傾斜溝は,赤道寄りの細幅が,サイドウォール方向に屈曲点まで次第に拡幅し,屈曲点以降はやや太幅の等幅部を形成する態様であり,短溝は,やや太幅の略等幅部を形成する態様としているのに対して,引用意匠は,ほぼその幅に変化がなく,長傾斜溝はやや太幅で赤道寄り端部をやや幅広とし,中傾斜溝はやや太幅でサイドウォール寄り端部をやや幅広のものとし,短溝はやや細幅でサイドウォール寄り端部をやや幅広のものとした点

【相違点エ】 短溝の位置について,本願意匠は,長傾斜溝のサイドウォール寄り端部の仮想延長線を基準とすると,長傾斜溝の屈曲部の外側でやや離れた位置にあるのに対して,引用意匠は,長傾斜溝のサイドウォール寄り端部の仮想延長線を基準とすると,長傾斜溝の屈曲部のごくわずかに内側でやや離れた位置にある点

【相違点オ】 サイドウォール部からビード部にかけての形状について,本願意匠は,左右のサイドウォール部がそれぞれ厚みの薄いサイドウォールとその端部に形成された断面略ナツメ形状のビードにより構成されているのに対して,引用意匠は,破線によって概略描かれているのみで断面図等もなく,その詳細は不明である点

(2)  共通点と相違点の評価

ア 共通点Aは,意匠全体に及ぶものであり,また,この種物品において需要者が着目するトレッドパターンの基本的構成態様についての共通点であり,特に長傾斜溝,中傾斜溝及び短溝の三つの溝が,全体として,横に伸びた略「さんずい」偏様を呈する態様で,これらが,赤道を中心として千鳥配置状に配設されている点は,両意匠の基調を形成しており,需要者が両意匠を観察するとき,共通の印象を強く与え,共通の美感を生じさせるものであって,両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼす。共通点B~Dのうち,各溝の位置については,共通点Aの横に伸びた略「さんずい」偏様を呈する形状をもたらす要因であるから,類否判断に大きな影響を与えるが,各溝の端部形状については,環状体の周回面のサイドウォール寄りというトレッド面全域の中では相対的に目に付きにくい領域に配置されており,また,溝の先端部というごく狭い部位における共通点であるから,類否判断に及ぼす影響は大きくなく,上記共通点に付加されることにより一定程度の影響を与える。

イ これに対し,相違点ア~オが両意匠の類否判断に及ぼす影響はいずれも微弱である。

すなわち,相違点アは,溝の先端部というごく狭い部位におけるわずかな相違にすぎないから,意匠全体としてみた場合には,三つの溝が略「さんずい」偏様を呈する態様であるという共通する美感に埋没してしまう。

相違点イについては,長傾斜溝と中傾斜溝の拡幅程度に相違があるとしても,長傾斜溝と中傾斜溝は,長さが長いものとやや短い中位のものであり,どちらも溝の途中を略「へ」字状に屈曲させた溝で,「へ」の字の屈曲方向が同じ向きであり,さらに,二つの溝が赤道からサイドに向かってやや末広がり状をなしているという点では共通しているのであって,類否判断に及ぼす影響は微弱である。

相違点ウは,三つの溝の溝幅に相違があっても,もとより溝幅が狭く,正確な溝幅を視認しにくく,意匠全体としてみた場合には,三つの溝が略「さんずい」偏様を呈する態様である点で共通しており,類否判断に及ぼす影響は微弱である。

相違点エは,長傾斜溝を基準として短溝の位置をみる場合には,両意匠の短溝の位置が相違として認識されるが,意匠全体としてみた場合には,両意匠とも,その短溝は,共にサイドウォール寄りの部位の,隣接する両中傾斜溝の略中間に位置するものと認識されるのであって,このような共通点に埋没してしまう程度の相違にすぎない。

相違点オは,外観からは認識しにくく,トレッド面と比較すると需要者の注目を得られないところであり,また,本願意匠の当該部分の形態は,例示するまでもなくこの種物品におけるごくありふれた形態にすぎないから,類否判断に及ぼす影響は微弱である。

そして,これらの相違点が相乗して生じる視覚的効果を考慮したとしても,前記共通点が与える強い共通の印象を凌駕するほどではない。

第3原告主張の審決取消事由(意匠法3条1項3号の解釈適用の違法性)

1  共通点の認定の誤り

(1)  審決は,共通点Aの一部として,長中二つの傾斜溝について,「赤道からサイドに向かってやや末広がり状とした態様」である点を認定した。

しかしながら,本願意匠の長傾斜溝及び中傾斜溝は,長傾斜溝のサイドウォール寄り,中傾斜溝の略中央に,それぞれ折曲部(角部)を形成し,折曲部より赤道寄りにおいて略平行状,折曲部よりサイドウォール寄りでは先すぼまりとなっている。このように,本願意匠の長傾斜溝及び中傾斜溝は,折曲部を設けた斜状であること,折曲部の位置,折曲角度が相まって,全体としてサイドウォール側へ向けてすぼまる態様となっており,全体として末広がりということはできない。

したがって,両意匠の長傾斜溝と中傾斜溝について,引用意匠がサイドウォールへ向けて末広がりであるのに対して,本願意匠がサイドウォールへ向けてすぼまる態様である点は,相違点として挙げられるべき構成態様である。

(2)  審決は,共通点Aの一部として,中傾斜溝について,「長傾斜溝と同じ向きに屈曲させた略『へ』字状の溝と逆略『へ』字状の溝」である点を認定した。

しかしながら,略「へ」字形状とは,直線の1か所を広角状に折り曲げた形状を指すのであって,湾曲形状を総称するものではないところ,引用意匠の中傾斜溝は,明確な角部を設けずに全体をごく緩やかな弧状に湾曲させ,サイドウォール寄り端部を逆方向にはね上げた,全体として偏平な略「S」字状ともいうべき形状であって,本願意匠の角部をもって折り曲げている中傾斜溝と同様に略「へ」字状であるとはいえない。

本願意匠と引用意匠の中傾斜溝は,長傾斜溝と略同方向に傾斜させた概略構成について共通するのみで,折曲げあるいは湾曲の態様は,具体的な態様の相違点として挙げられるべきである。

(3)  審決は,共通点Aの一部として,「三つの溝が全体としての横に伸びた略『さんずい』偏様を呈する態様」である点を認定したが,誤りである。

すなわち,一般に「さんずい」は,右下がり傾斜状の短い二本の線と右上がり傾斜状の長い一本の線とで構成されるのに対し,本願意匠と引用意匠において,繰返しの単位となっている三つの溝は,長,中,短の長さの異なる三つの溝が略同方向に傾斜して設けられているという構成態様であって,「横に伸びた略『さんずい』偏様を呈する態様」のように,何らかの特徴が特定できる態様として共通するものではない。

(4)  審決は,共通点Dとして,短溝が,「全体として略平行四辺形状である点」である点を認定したが,誤りである。

引用意匠の短溝は,対向する長辺が異なる形状で湾曲し,全体としても緩やかな湾曲帯状を呈するものであって,到底「略平行四辺形状」ということはできない。これに対し,本願意匠の短溝は,対向する二辺を平行な直線状とする平行四辺形状である。したがって,短溝の態様は,相違点として挙げられるべきである。

2  相違点の認定の誤り

(1)  長傾斜溝及び中傾斜溝について,中央付近に形成されている折曲部あるいは湾曲部を,本願意匠が角部を有する折れ線形状に形成しているのに対して,引用意匠は円弧状の曲線によって形成しており,全体としてみた場合に,本願意匠が各溝の溝縁全体について直線を主体に構成しているのに対して,引用意匠が各溝の溝縁全体について曲線を主体に構成しているという相違があるのに,審決は,そのような相違を看過した。

(2)  審決は,相違点アとして,引用意匠の端部形状を,先端斜辺が「毛筆書体における横棒の入り様の形態」と認定した。しかしながら,「毛筆書体における横棒の入り様」には,草書体,楷書体,隷書体などの違いによって種々の態様があることから,「先細りとした先端を小円弧状に丸まらせるとともに,先端寄りの溝縁に略三角形状の突出を設けた,その突出をかかと部とする人体の足先様を呈する態様」と認定すべきであった。

(3)  審決は,相違点イとして,長傾斜溝と中傾斜溝とがサイドウォールに向けて末広がりであることを前提として,両溝の拡幅の程度を相違点として認定しているが,上記1(1)で主張したとおり,本願意匠は先すぼまり,引用意匠は末広がりである点を認定すべきである。

(4)  審決は,相違点エとして,短溝が,長傾斜溝のサイドウォール寄り端部の仮想延長線を基準として,長傾斜溝の屈曲部の外側(広角側)に位置するか,内側(狭角側)に位置するかの相違のみを認定している。

しかしながら,本願意匠は,短溝のサイドウォール側端部と中傾斜溝のサイドウォール側端部とが,タイヤ外周肩部の仮想円周上に揃って現れる態様となっているのに対して,引用意匠は,短溝のサイドウォール側端部に対して,中傾斜溝のサイドウォール側端部の位置が赤道方向に大きくずれていることから,タイヤ外周肩部の仮想円周上に揃うことなくジグザグ状をなす態様で配置されているという相違があり,この点も相違点として認定されるべきであった。

3  類否判断の誤り

(1)  審決は,基本的構成態様たる共通点Aが類否判断に支配的な影響を及ぼすとした。

しかしながら,本願意匠と引用意匠に共通する,繰返しの単位となる長さの異なった三つの溝を略同方向に傾斜させている態様は,例えば,意匠登録第1225312号(甲2の1),同第1311394号(甲2の2),同第1354174号(甲2の3)など,引用意匠の出願前からこの種物品の意匠においてみられる類型化した概略態様であって,格別の特徴があるわけではなく,類否判断を支配する要素とはなり得ない。

ちなみに,自動二輪車用タイヤに係る意匠については,長短二つの溝部の長さ及び配置態様が共通し,基本的な構成態様がほぼ同一でありながら,各溝の具体的な形状や配置の相違があることによって,意匠全体として非類似の意匠と判断され,別個に登録されている例が多数ある。

これらの例からすれば,自動二輪車用タイヤの意匠においては,溝部の基本的な構成態様がほぼ同一であっても,そのことのみをもって類否判断を決する要素とされるのではなく,各溝の具体的な形状,配置態様などによって醸成される視覚的な印象を含む,意匠全体としての総合判断によって類否判断が行われるのであって,基本的構成を高く評価する審決の判断は誤りである。

(2)  上記2(1)で主張したとおり,両意匠には,全体としてみた場合に,本願意匠が各溝の溝縁全体について直線を主体に構成しているのに対して,引用意匠が各溝の溝縁全体について曲線を主体に構成しているという相違がある。

また,相違点アに関して,本願意匠の各溝は,端部を斜め直線状に切断し,角部を折れ線状の角張った形状としているのに対して,引用意匠の各溝の端部は,角部小円弧状の丸味のある形状とするとともに,各溝ともその一方端部寄りの溝縁に,本願意匠にはない略三角形状の突出を設けて,かかと部を有する人体の足先様の態様としているという相違がある。

これらの相違は,意匠全体の基調について,本願意匠は直線的で幾何学模様的な視覚的印象を与えるのに対し,引用意匠は曲線的で人体の一部を想起させる有機的な視覚的印象を与えるものであり,意匠全体としての形態上の基調を別異とする強い要素となっている。

(3)  審決は,相違点ウについて,「溝幅に相違があっても,もとより溝幅が狭く,正確な溝幅を視認しにくく,…両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱である。」と評価したが,実施品において,幅が10㎝以上あるトレッド面に形成される溝の形状であるから,上記の評価は誤りである。

(4)  審決は,相違点エの評価に際し,短溝の長傾斜溝に対する位置の相違を,中傾斜溝との位置関係として認定し直し,そのような共通点に埋没してしまう程度のものと判断した。

しかしながら,短溝は,長傾斜溝のサイドウォール側のごく近傍にあり,距離の離れた中傾斜溝との位置関係以上に,長傾斜溝との位置関係が注目される。長傾斜溝との関係をみれば,本願意匠の短溝は,長傾斜溝の長さの1割5分ほどの短い略平行四辺形状であって,長傾斜溝の仮想延長線から外れた位置に,独立した「点」のように表されているのに対して,引用意匠の短溝は,長傾斜溝の略4割弱の長さの,かかと部形状を有して緩やかに湾曲する弧状であって,長傾斜溝のほぼ仮想延長線上に設けられて,長傾斜溝と一連の弧状をなす態様となっており,視覚的印象が相違している。

また,審決は,上記2(4)で主張したような,短溝のサイドウォール側端部と中傾斜溝の同端部とが,タイヤ外周肩部の仮想円周上に揃って現れるか,ジグザグ状に現れるかという相違を考慮しておらず,この点を考慮すると,サイドウォール寄り部分の印象についても,類否判断に影響を及ぼす相違がある。

なお,審決は,短溝が設けられている「環状体の周回面のサイドウォール寄り」について,共通点の評価(4頁6行~21行)の中で,「トレッド面全域の中では相対的に目に付きにくい領域」であるとしているが,自動二輪車用タイヤは,トレッド面に正対する方向から観察されるばかりでなく,タイヤのみで流通する販売時,カタログ等への掲載時,自動二輪車に装着した使用時などにおいて,斜視図方向,側面図方向などからも観察されるのであって,「サイドウォール寄り」が「相対的に目に付きにくい領域」であるとはいえない。

4  まとめ

本願意匠と引用意匠に共通すると認められる基本的な構成態様は,従来からみられる概略構成に関するものでしかなく,意匠全体の類否判断を支配するほどの特徴あるものということはできない。これに対して構成各部の具体的な態様には,審決が看過した相違も含めて顕著な相違があり,意匠全体として美感が異なる。

第4被告の反論

1  共通点の認定の誤りに対して

(1)  長中二つの傾斜溝が末広がり状であると視覚を通じて認識されるのは,両溝間の間隔が拡がっているか,溝自体の溝幅が拡がっているかの,どちらかあるいは双方によるものであるところ,赤道付近からサイドウォールに向かって,引用意匠は,両溝間の間隔がかなり拡がっており,主としてこの点から末広がり状として視認されるのに対し,本願意匠は,溝幅自体が拡がっていて,主としてこの点から末広がり状として視認されるのであって,審決が,共通点Aの一部として,やや末広がり状である点を認定したことに誤りはない。

(2)  引用意匠の中傾斜溝は,溝全体として見た場合に,その屈曲の程度は長傾斜溝ほどではないにしても,溝の中間からややずれた箇所で,長傾斜溝と同じ方向の略「へ」字状に屈曲していることが視認できる。

(3)  審決の共通点の認定は,両意匠の形態を全体的に把握するため,繰返しの単位となっている三つの溝によるまとまりを,「略『さんずい』偏様を呈する態様」と,具体的な用語を使用して表現したものである。原告は,両意匠において,「繰返しの単位となっている三つの溝は,長,中,短の長さの異なる三つの溝が略同方向に傾斜して設けられているという構成態様」であることは認めており,表現自体を否定するにすぎない。

(4)  引用意匠の短溝は,両端が平行な対向斜辺をなしており,両端部付近以外の対向長辺は略平行な直線であるから,全体として略平行四辺形状を呈する形状であり,同様の平行四辺形状を呈する本願意匠の短溝の形状と共通している。

2  相違点の認定の誤りに対して

(1)  両意匠の各溝の溝縁全体から見れば,「折曲部あるいは湾曲部」,しかも,その外側の溝縁部分が,溝全体に対して占める比率は極めて小さく,ごく限られた範囲にすぎない。このごく限られた小さな部分を除き,両意匠の溝の大部分は,溝全体の中間からややずれた箇所において曲がった略「へ」字状を呈しているという共通点がある。審決が,曲がった部位の縁形状を,原告が主張するような円弧状が直線状かという相違点として挙げなかったのは,それがごく限られた小さな部分にすぎず,相違点として,ことさら挙げるほどのものではないからであって,相違点を看過したものではない。

(2)  審決は,引用意匠の各溝の端部の形状を言語で表現するに際して,「毛筆書体における横棒の入り様」と簡略かつ具体的に表現したにすぎない。毛筆書体における,右利きによる,ごく一般的な横棒の入りにおいては,起点が斜辺状をなし,この斜辺の下方部分が,横棒をなす帯状部よりわずかにごく小さな略三角形状に突出しているから,審決が,そのような形状である引用意匠の端部について,上記のように認定したことに誤りはない。

(3)  両意匠の長傾斜溝と中傾斜溝とが,サイドウォール方向に末広がり状であることは,上記1(1)で主張したとおりである。仮に溝幅の要素を除外して,両溝間の間隔の拡がりのみを見たとしても,両意匠は,両溝間の間隔が赤道からサイドウォール方向に拡がっている。原告が主張するような,本願意匠の屈曲部からサイドウォール寄りの短い部分がわずかに先窄まりであることは,補助線がなければ視認できないのであって,そのような微細な点を相違点として挙げる必要はない。

(4)  短溝は,他の二つの溝に比べて,長さが短く,置かれた位置もサイドウォール寄りである。タイヤ全体にあって,サイドウォール寄りの部位は,赤道付近と比較すると,相対的に目に付きにくい部位である。この目に付きにくい部位のさらに外端付近(タイヤ外周肩部)の仮想円周上において,短溝外端と中傾斜溝外端とが仮想円周上に揃って現れるか,ジグザク状に現れるかという点は,これより目に付きやすい部位にある,短溝内端と長傾斜溝外端との位置関係や,短溝は隣接する二つの中傾斜溝外端の略中間に位置するという共通点と比較すると,視覚に及ぼす効果が明らかに小さい。

3  類否判断の誤りに対して

(1)  両意匠の共通点は,従来から存在するありふれた態様についてのものではない。

両意匠における繰返しの単位については,①1単位を構成するのが三つの溝である点,②三つの溝の長さは,長,中,短である点,③溝が並ぶ順番が長,中,短の順番である点,④三つの溝で構成される1単位が略同方向に設けられている点,⑤溝が設けられた方向が傾斜している点,⑥長中二つの傾斜溝が,赤道からサイドに向かってやや末広がり状とした態様である点,⑦長中二つの傾斜溝が同じ方向に略「へ」字状である点,⑧中傾斜溝は長傾斜溝よりやや短い点,⑨中傾斜溝は,長傾斜溝と短溝の間を略二等分する位置にある点が共通する。

原告は,両意匠の共通点が従来から存在すると主張し,証拠(甲2の1~3)を提出しているが,これらの中に,上記の点のすべてが共通する意匠は記載されておらず,特に甲2の3には4本の溝が1単位を形成する意匠が記載されている。審決は,両意匠が,溝の基本的構成態様に関する上記すべての点について共通していればこそ,共通点Aが類否判断に支配的な影響を及ぼすと評価したのであり,共通点Aは,従来からありふれている態様についてのものではない。

(2)  直線主体か曲線主体かという原告の主張は,上記2(1)で反論したとおり,溝全体の中ではごく限られた小さな部位における相違を,あたかも溝全体についての相違であるかのごとく主張しているにすぎない。原告が「折曲部あるいは湾曲部」と主張する部分は,両意匠ともに広角といえる程度に曲がっているものであり,曲がりが広角である場合は,それが鋭角である場合と異なり,その部分が円弧状であるか折れ線状であるかという相違が視覚に訴える効果は小さい。

また,「折曲部あるいは湾曲部」と溝端部との相まった効果を勘案したとしても,「折曲部あるいは湾曲部」と溝端部が占める比率が小さいのに対して,それ以外の帯状部は長く,溝全体において大きな比率を占めており,原告が主張する点は,意匠の類否を決定付けるものではない。

(3)  溝幅は,全体として太いとはいえず,最大幅をなす部分でもそれは同じである。もともと太いとはいえない溝幅における一端から他端への幅の変化は大きくはない。したがって,相違点ウに関する審決の判断に誤りはない。

(4)  引用意匠において,短溝外端と中傾斜溝外端とを結んだ線はジグザグになるが,ジグザグの振幅は決して大きなものではない。また,短溝と長傾斜溝との位置関係については,審決が基本的構成態様についての共通点Aで認定したとおり,両意匠の短溝の位置は,長傾斜溝外端からの仮想延長線上からややずれた位置にある関係であるという点で共通している。この共通点は,相対的にサイドウォール周辺より目に付きやすい領域において視認できる。さらに,両意匠の共通点,すなわち,短溝外端は,隣接する中傾斜溝外端の略中間に位置しているという点も相まって,これらの共通点が及ぼす視覚的効果は,原告の主張する短溝先端と中傾斜溝外端とがジグザグに配置されている点の及ぼす視覚的効果を凌駕する。

第5当裁判所の判断

1  類否判断の前提となる事実

(1)  本願意匠の形態

本願意匠は,別紙第1記載のとおりである。

本願意匠は,自動二輪車用タイヤに係る意匠であって,全体の形状は,断面略円弧状のトレッド部とその左右に左右対称に形成されたサイドウォール部から構成される環状体であり,トレッド部の周回面に溝が配設されている。この溝は,正面視,背面視,斜視において,全体としてみると,三つの溝を1単位とする形状(模様)が,タイヤの赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設されている。三つの溝は,長さが長,中,短の3種からなり,いずれも略同方向に傾斜しており,赤道寄りからサイドウォール部にかけて,長傾斜溝,中傾斜溝,短溝の順に配列されている。長傾斜溝と中傾斜溝は,いずれも溝の中間よりサイドウォール寄りの部分に折曲部を有する略「へ」字状であり,赤道寄り端部が小半円弧状,サイドウォール寄り端部が斜辺状,各端部と折曲部との間の辺部分は略直線状であって,溝幅は赤道寄りが細く,サイドウォール部に向けて少しずつ太くなっている。短溝は,両端が斜辺状,両端を結ぶ長辺も略直線状で,全体として略平行四辺形状の態様である。長傾斜溝は,赤道を少し越える部位から隣の1単位に属する短溝の手前までにかけて配設され,中傾斜溝は,長傾斜溝よりやや短く,赤道の少し内側からサイドウォール付近にかけて,かつ,長傾斜溝と短溝の略中間に配設され,短溝は,サイドウォール付近に長傾斜溝の7分の1程度の長さで,隣の1単位に属する長傾斜溝の延長線よりは内側(短溝の属する1単位の中傾斜溝寄り)の位置に配設されている。サイドウォール付近において,短溝のサイドウォール寄り端部は,中傾斜溝のサイドウォール寄り端部と隣の1単位に属する中傾斜溝のサイドウォール寄り端部との略中間に位置している。長傾斜溝と中傾斜溝の間隔は,赤道から折曲部にかけていったん広がり,折曲部からサイドウォールにかけてわずかに狭まっているが,赤道寄り端部の間隔を1とすると,サイドウォール寄り端部の間隔は1.3程度であって,溝全体としては若干広がっている。

(2)  引用意匠の形態

引用意匠は,別紙第2記載のとおりである。

引用意匠は,自動二輪車用タイヤに係る意匠であって,全体の形状は,断面略円弧状のトレッド部とその左右に左右対称に形成されたサイドウォール部から構成される環状体であり,トレッド部の周回面に溝が配設されている。この溝は,正面視及び斜視において,全体としてみると,三つの溝を1単位とする形状(模様)が,タイヤの赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設されている。三つの溝は,長さが長,中,短の3種からなり,いずれも略同方向に傾斜しており,赤道寄りからサイドウォール部にかけて,長傾斜溝,中傾斜溝,短溝の順に配列されている。長傾斜溝は,その中間よりサイドウォール寄りの部分に折曲部を有する略「へ」字状であって,赤道寄り端部が先端斜辺を毛筆書体における横棒の入り様とした形態,サイドウォール寄り端部が丸みを帯びた斜辺の突端をわずかに屈曲させた形態であり,各端部と折曲部の間の辺部分は略直線状である。中傾斜溝は,全体として長傾斜溝の折曲方向と同方向に緩やかに湾曲した形状であって,赤道寄り端部が斜辺状,サイドウォール寄り端部が先端斜辺を毛筆書体における横棒の入り様とした形態である。短溝は,赤道寄り端部がわずかに丸みを帯びた斜辺状,サイドウォール寄り端部が先端斜辺を毛筆書体における横棒の入り様とした形態であり,両端を結ぶ辺部分は,両端の形状に合わせてわずかに湾曲している。各溝の溝幅は,ほぼ変化がなく,毛筆書体における横棒の入り様とした形態となっている端部が少し幅広となっている。長傾斜溝は,赤道を少し越える部位から隣の1単位に属する短溝の手前までにかけて配設され,中傾斜溝は,長傾斜溝よりやや短く,赤道の少し内側からサイドウォールの少し手前にかけて,かつ,長傾斜溝と短溝の略中間に配設され,短溝は,サイドウォール付近に長傾斜溝の3分の1程度の長さで,隣の1単位に属する長傾斜溝の略延長線上に配設されている。また,短溝は,中傾斜溝と隣の1単位に属する中傾斜溝との略中間に位置しているが,中傾斜溝のサイドウォール寄り端部はサイドウォール付近まで届いていないので,短溝と中傾斜溝のサイドウォール寄り端部は不揃い(ジグザグ)となっている。長傾斜溝と中傾斜溝の間隔は,赤道からサイドウォールに向けて末広がり状であり,赤道寄り端部の間隔を1とすると,サイドウォール寄り端部の間隔は2程度である。

(3)  自動二輪車用タイヤに関する公知登録意匠

両意匠に係る物品はいずれも,いずれも略同方向に傾斜した長,中,短の三つの溝を1単位とし,これを,赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設した自動二輪車用タイヤである。

本願意匠の出願前に刊行された意匠登録公報及び米国意匠特許公報(甲2の1及び2,5の1~3)には,自動二輪車用タイヤについて,全体としてみると,いずれも略同方向に傾斜した長,中,短の三つの溝を1単位とし,これを,赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設した公知意匠が示されている。

なお,本願意匠の出願前に刊行された意匠登録公報(甲3の1~4,4の1~4)には,自動二輪車用タイヤについて,全体としてみると,略同方向に傾斜した長,短の二つの溝を1単位とし,これを,赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設した公知意匠が示されている。

2  両意匠の対比

(1)  本願意匠の要部について

本願意匠において,全体としてみて,いずれも略同方向に傾斜した長,中,短の三つの溝を1単位とし,これを,赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設した点については,本願意匠の出願前に日米において複数登録されていることを斟酌すると,それだけでは取引者・需要者の注意を引きやすい特徴的な形態であるとはいえず,本願意匠においては,繰返しの単位を構成する三つの溝の,具体的な形状,配列,位置関係等が,取引者・需要者の注意を引きやすい特徴的な部分(要部)であると認めることができる。

この点について,被告は,いずれも略同方向に傾斜した長,中,短の三つの溝を1単位とし,これを,赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設した点に加え,各溝が並ぶ順番,長中二つの傾斜溝の形状と屈曲の方向,中傾斜溝の長さと位置を一体の共通点Aとして捉え,これらのすべてを満たす公知意匠が存在しないことから,それらを一体として審決が認定した共通点Aは,引用意匠との対比において類否判断に支配的な影響を及ぼすと主張する。しかしながら,「いずれも略同方向に傾斜した長,中,短の三つの溝を1単位とし,これを,赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設した点」は,特定の単位の繰返しという意匠全体の構成に関する基本的な態様であるということができるものの,上記のとおり,それだけでは取引者・需要者の注意を引きやすい特徴的な形態であるとはいえず,各溝の並ぶ順番(溝の長さは相対的な評価なので,溝の長さが変化すると,溝の並ぶ順番も変化し得る関係にある。)や,長傾斜溝,中傾斜溝の形状等については,繰返しの単位内における個別的な形状に関するものとして,取引者・需要者の注意を引く特徴的な形態となり得るものである。

(2)  両意匠の類否判断

上記観点から両意匠を対比するに,本願意匠は,全体として,三つの溝が略等距離を保ち,整然と配置されている印象を与える点に特徴がある。個別的には,長傾斜溝と中傾斜溝につき,溝間の距離に大きな変化はなく,また,いずれも端部と折曲部との間の長い辺部分が略直線状で,サイドウォール寄り端部も斜辺状,すなわち直線状であって,赤道寄り端部は小半円弧状であるものの,端部に向けて溝幅が狭くなることから鋭角的な印象を与え,折曲部の角部も明確であり,短溝についても,長さが短いため,中傾斜溝との溝間の距離の変化を感じさせず,また,端部及び端部を結ぶ辺部分がいずれも略直線状である点に特徴がある。

これに対し,引用意匠は,本願意匠と対比してみるときには三つの溝が1単位となっているように観察されるものの,引用意匠それ自体を観察する限りにおいては,全体として,三つの溝がまとまりなく,雑然と配置されている印象を与える点に特徴がある。個別的には,長傾斜溝と中傾斜溝との溝間の距離の変化が大きく,また,三つの溝につき,いずれも一方の端部が毛筆書体における横棒の入り様とした形態であって,足のかかと様に出っ張った部分があり,かつ,この部分の溝幅が広がっていることなどから,当該端部がねじれている印象を与え,さらに,長傾斜溝は他方の端部も丸みを帯びた斜辺の突端をわずかに屈曲させた形状であり,中傾斜溝は溝全体が緩やかに湾曲した形状であり,短溝は毛筆書体における横棒の入り様とした形態が溝全体の約3分の1を占め,他方の端部もわずかに丸みを帯びた斜辺状であって,統一感なくねじれた印象を与える点に特徴がある。

上記のとおり,本願意匠の三つの溝は,溝縁が直線であり,端部に向けて溝幅が細くなることから,看者に対し,一方の先端がとがった細い直線により構成され,無機的であり,かつ,非常にすっきりとして,サイドウォールから赤道に向けて流れる印象を与えるような美感を生じさせるものといえる。これに対し,引用意匠の三つの溝は,全体として,基本的に溝幅に変化がないことも相まって,看者に対し,同じ幅の溝が曲線的にねじ曲がった印象,例えていえば,先端の丸まった筒状の細菌あるいは細胞をまとまりなく配した印象を与えるような美感を生じさせるものといえる。

なお,両意匠は,略同方向に傾斜した三つの溝を1単位とする形状(模様)が,タイヤの赤道を中心として,左右の斜めに向けて,千鳥配置状に配設されている点が共通するが,この点は,既に説示したとおり,公知意匠との関係で,本願意匠の要部には当たるとはいえない。また,両意匠は,三つの溝が,長,中,短の順番で配設されている点,中傾斜溝が長傾斜溝と短溝の略中間に配設されている点,サイドウォール付近において,短溝のサイドウォール寄り端部が,中傾斜溝と隣の1単位に属する中傾斜溝との略中間に位置している点が共通するが,三つの溝を配設する場合に,長さ順に配設することや,溝の間隔が均等となるように配設することは,調和の観点から選択されやすい形状である。その他にも,両意匠は,長傾斜溝が,溝の中間よりサイドウォール寄りの部分に折曲部を有する略「へ」字状である点,中傾斜溝が長傾斜溝よりやや短い点,長傾斜溝と中傾斜溝の間隔が溝全体としては若干広がっている点などの共通点を有するが,他方で,短溝の長さが異なり,長傾斜溝と中傾斜溝の拡幅度合いが異なるなどの相違点も存する。

以上を総合すると,本願意匠は,共通点を考慮したとしても,全体として取引者・需要者に引用意匠と異なる美感を生じさせるものと認めるのが相当であって,引用意匠とは類似しない。

第6結論

以上のとおりで,引用意匠との対比において本願意匠の意匠法3条1項3号該当性を肯定した審決の判断は誤りであって,取り消されるべきである。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)

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