知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10043号 判決 2013年3月06日
原告
財団法人幡谷教育振興財団
訴訟代理人弁理士
中川邦雄
被告
特許庁長官
指定代理人
東治企
同
樋口信宏
同
吉野公夫
同
芦葉松美
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2011-22701号事件について平成23年12月16日にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「偉人カレンダー」とする発明について,平成22年4月9日に特許出願をした(特願2010-90691。以下「本願」という。)が,平成23年7月20日付けで拒絶査定がされたので,同年10月21日,拒絶査定不服審判(不服2011-22701号事件)を請求したが,同年12月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)がされ,その謄本は平成24年1月5日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲
平成23年7月6日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲【請求項1】の記載は次のとおりである((A)~(C)の符号及び分説は審決による。)。
「(A) 西暦年度,見出し,偉人図又は写真及び前記偉人図又は写真の近傍に当該偉人の読み方を併記した偉人名記載欄並びに読み方を示した当該偉人の偉人伝要約欄を有する1月から12月までのカレンダーに使用する偉人表示欄を表記した表紙と,
(B) 上部には当該偉人の読み方を併記した名記載欄と偉人図又は写真,当該偉人に縁のある写真又は絵図表示欄,偉人の出身地を示した地図,偉人の生存期間記載欄を設け,中央部には代表的な業績を読み方とともに記載した偉人伝要約欄,偉人の生涯,業績,エピソードを読み方とともに記載した偉人伝概説欄を設け,下部には年度欄,月表示欄,曜日欄,日付欄を設けたカレンダー部と,
(C) からなることを特徴とする偉人カレンダー。」(以下「本願発明」といい,上記手続補正書により補正された明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであり,その要旨は,次のとおりである。
(1) 本願発明の創作的特徴は,情報の単なる提示にすぎず,情報の内容をどのようにするかは,人間の精神活動そのものであって,上記情報の提示に技術的特徴を見いだすことができず,自然法則を利用した創作ということができない。したがって,本願発明は,特許法2条1項にいう「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当しないから,同法29条1項柱書に規定する要件を満たしていない。
(2)ア 仮に,本願発明が特許法上の発明であるとしても,本願発明は,本願の出願前に頒布された特開平8-183270号公報(以下「刊行物1」という。甲22)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び登録実用新案第3099048号公報(以下「刊行物2」という。甲23)記載の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
イ 審決が,上記アの判断を導く過程において認定した引用発明,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(ア) 引用発明
「上部には西暦年度と見出しを表記し,中央部には月欄・番号短歌欄及び作者名欄を有する1月から12月までのカレンダーに使用する各月使用短歌絵図を表記し,下部には解説欄を設けるとともに百人一首と表記した表紙と,
上下方向中央より若干下方に横切取線18を設け,前記横切取線18より上方に短歌絵図欄6dと番号・短歌欄6bと解説欄6gを設け,横切取線18より下方に年度欄14d,月欄14a,15a,曜日欄14b,15b及び日付欄14c,15cを設けた各月カレンダーと,
からなる百人一首カレンダー。」
(イ) 本願発明と引用発明との一致点
「西暦年度,見出し,1月から12月までのカレンダーに使用する情報表示欄を表記した表紙と,
上部及び中央部には図又は写真とそれに関連した情報を記載した情報部を設け,下部には年度欄,月表示欄,曜日欄,日付欄を設けたカレンダー部と,
からなる情報を有するカレンダー。」
(ウ) 本願発明と引用発明との相違点
a 相違点1「表紙に関し,本願発明は「偉人図又は写真及び前記偉人図又は写真の近傍に当該偉人の読み方を併記した偉人名記載欄並びに読み方を示した当該偉人の偉人伝要約欄を有する1月から12月までのカレンダーに使用する偉人表示欄を表記した」と特定されているのに対し,引用発明は,1月から12月までのカレンダーに使用する情報を表記するものの,本願発明のようなものではない点。」
b 相違点2「カレンダー部の情報部に関し,本願発明は「上部には当該偉人の読み方を併記した名記載欄と偉人図又は写真,当該偉人に縁のある写真又は絵図表示欄,偉人の出身地を示した地図,偉人の生存期間記載欄を設け,中央部には代表的な業績を読み方とともに記載した偉人伝要約欄,偉人の生涯,業績,エピソードを読み方とともに記載した偉人伝概説欄を設け」と特定されているのに対し,引用発明は,短歌絵図欄6dと番号・短歌欄6bと解説欄6gが設けられているものの,本願発明のようなものではない点。」
c 相違点3「カレンダーに関し,本願発明は「偉人カレンダー」と特定されているのに対し,引用発明は,百人一首カレンダーである点。」
第3当事者の主張
1 取消事由に関する原告の主張
審決は,本願発明の特許法29条1項柱書要件該当性についての判断を誤り(取消事由1),本願発明の進歩性について判断を誤った(取消事由2)ものであり,その結論に影響を及ぼすから,違法として取り消されるべきである。
(1) 本願発明の特許法29条1項柱書要件該当性についての判断の誤り(取消事由1)
ア 登録されたカレンダーの発明及び考案が過去に多数存在すること
特許庁電子図書館(IPDL)公報テキスト検索において,特許公報(公告,特許)及び実用新案公報(公告,実用新案登録)を対象に,発明の名称を選択し,「カレンダー」で検索すると,439件(平成23年6月30日現在)ヒットした。それらには,専ら年月日を知らしめる等のカレンダー本来の機能を発揮させるためだけの構成であるものも含まれる。
また,本願と同一の発明者の特許出願に係る刊行物1の発明は,カレンダー部以外の情報伝達(提示それ自体,提示手段あるいは提示方法)に特徴を有するもので,特許されている。刊行物1の発明が発明として特許されていることと,本願発明が発明でないとすることは,矛盾しており,整合性,統一性がない。
カレンダーの考案に係る刊行物2についても,考案として認められ,実用新案登録を受けていることは,同様のことがいえる。
甲2~17の登録例は,いずれも,カレンダー表示と,情報,絵又は写真とからなる,しかもカレンダー表示に特に特徴がないものであるが,新規性,進歩性も具備していると判断されているものであり,発明又は考案の要件を否定されていない。それにもかかわらず,カレンダーと情報等からなる本願発明について,発明であることを否定することは,極めて不公平であり,審査の整合性がないといわざるを得ない。また,甲18,19の登録例は,周知の物品(ハガキ,テレホンカード)に,カレンダー(ここでは情報)を付加したにすぎないものである。
したがって,審決が本願発明を発明でないとした判断は,極めて特異であり,明らかな誤りである。
イ 審査基準によれば本願発明は発明に該当すること
発明とは,特許法2条1項で定義されているとおり,①自然法則を利用したものであること,②技術的思想であること,③創作であること,④高度のものであること,が要件である。
そして,特許庁は,審査の公平性,統一性を担保すべく,審査基準を公開しているが,審査基準の「第Ⅱ部 第1章 産業上利用することができる発明」(甲21)の「1.1「発明」に該当しないものの類型」には,「(4)自然法則を利用していないもの」として,「請求項に係る発明が,自然法則以外の法則(例えば,経済法則),人為的な取決め(例えば,ゲームのルールそれ自体),数学上の公式,人間の精神活動に当たるとき,あるいはこれらのみを利用しているとき(例えば,ビジネスを行う方法それ自体)は,その発明は,自然法則を利用したものとはいえず,「発明」に該当しない」(1頁)ことが示されている。しかしながら,その判断については,「発明を特定するための事項に自然法則を利用していない部分があっても,請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していると判断されるときは,その発明は,自然法則を利用したものとなる」(2頁)と記載されているように,発明全体,すなわち請求項に記載された構成全体で判断するとされている。
ところが,審決は,審査基準の上記2頁の記載と齟齬する判断手法を採用した。すなわち,表紙とカレンダー部からなるカレンダーが周知であるとして,発明から除外し,情報の提示部分が発明の特徴と認定した上で,情報の提示を目的にするから発明でないと断定したが,上記審査基準に照らし,その判断が誤りであることは明らかである。
ウ 本願発明は情報の単なる提示ではないこと
(ア) 審査基準では,「情報の提示(提示それ自体,提示手段,提示方法など)に技術的特徴があるものは,情報の単なる提示にあたらない……例1:テレビ受像機用のテストチャート/(テストチャートそれ自体に技術的特徴がある。)/例2:文字,数字,記号からなる情報を凸状に記録したプラスチックカード/(プラスチックカードをエンボス加工して印字し,カードの印字情報を押印することにより写ることができ,情報の提示手段に技術的特徴がある)(「/」は改行を示す。甲21の2頁)としている。
本願発明は,カレンダーを媒体に,いかにカレンダーを目視する人に対してその情報を記憶させるか工夫されたものであって,情報の配置その他に技術的思想が介在していること,技術的特徴が存在することは明白である。すなわち,本願発明は,偉人情報等の集合,情報等の配置(手段・方法)に特徴があり,審査基準が情報の単なる提示に当たらないとするケースに該当する。
(イ) 本願発明の(A)には,以下の情報が配置され,表記されている。すなわち,表紙3には,①西暦年度3a,②見出し3b,③偉人図又は写真3c及び④前記偉人図又は写真3cの近傍に当該偉人の読み方を併記した偉人名記載欄3d並びに⑤読み方を示した当該偉人の偉人伝要約欄3eを有する⑥1月から12月までのカレンダーに使用する偉人表示欄3fの情報が表記されている。
表紙3に表記されている各種情報は,本願発明にとって必要不可欠な情報であり,各種情報は,例えば,偉人名記載欄3dは,偉人図又は写真3cの近傍に配置されるとともに当該偉人の読み方までも併記され配置されている。また,前記偉人図又は写真3cの近傍には1月から12月までのカレンダーに使用する偉人表示欄3fの情報が表記され配置されていて,これらの情報は有機的に結合して配置されているものであるから情報の単なる提示にすぎないものではない。
本願発明の(B)には,以下の情報が配置され,表記されている。
すなわち,カレンダー部の上部には,①当該偉人の読み方を併記した偉人名記載欄6と②偉人図又は写真17,③当該偉人に縁のある写真又は絵図表示欄5,④偉人の出身地を示した地図7,⑤偉人の生存期間記載欄9の情報が設けられている。このように,①偉人名記載欄6には,当該偉人の読み方を併記した内容が記載され,②偉人図又は写真17には,偉人又はその偉人の図又は写真が内容で配置され,③写真又は絵図表示欄5には,当該偉人に縁のある写真又は絵図が内容で配置され,④地図7は,当該偉人の出身地である地図が内容で配置され,⑤偉人の生存期間記載欄9には,当該偉人の生存していた期間が配置されている。これら各欄①~⑤の情報は,各偉人の情報であり偉人の業績,出生地,容姿,生存した期間等を見る者が一見して理解できるように分かりやすく配置したのであるから,偉人の全体像を容易に見る者に伝える手段の情報であるから創作的特徴及び技術的特徴が存在することは明白である。
また,カレンダー部の中央部には,①代表的な業績を読み方とともに記載した偉人伝要約欄10,②偉人の生涯,業績,エピソードを読み方とともに記載した偉人伝概説欄11の情報が設けられている。上記①偉人伝要約欄10には,偉人の代表的な業績と偉人名の読み方とが情報として記載され,②偉人伝概説欄11には,偉人の生涯,業績,エピソードを読み方とともに記載されている。すなわち,①偉人伝要約欄10と②偉人伝概説欄11には,偉人の代表的な業績,偉人名の読み方,偉人の生涯,その他の業績,エピソードが見る者に容易に理解できるように工夫して記載している。よって,①偉人伝要約欄10及び②偉人伝概説欄11には,創作的特徴及び技術的特徴が存在することは明白である。
さらに,カレンダー部の下部には,①年度欄12,②月表示欄13,③曜日欄14,④日付欄15が設けられている。①年度欄12には,西暦年(2010)と元号年(平成22年)とを並記し,②月表示欄13には,太字で1月を1と表記するとともに2月を2と表記し,③曜日欄14には,日,月,火,水,木,金,土と表記し,④日付欄15には,日にちが表記されている。
エ このように,本願発明は,創作的特徴及び技術的特徴を有し,発明の要件を具備しているものであるから,特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしていないとする審決の判断は誤りである。
(2) 本願発明の進歩性についての判断の誤り(取消事由2)
ア 審決は,①刊行物1,2に記載の技術内容の認定に誤りがあるとともに,②刊行物1,2記載の発明から予想できない本願発明の優れた効果を看過し,進歩性を否定した誤りがある。
イ 刊行物1(甲22)は,百人一首(短歌)を使用者に記憶させることをテーマにしたカレンダーであり,偉人情報を使用者に記憶させることをテーマとする本願発明とは,必然的にその情報内容が異なる。したがって,百人一首用の情報様式があるからといって,本願発明の各種偉人情報を導き出すことは到底できない。すなわち,本願発明の情報,様式を刊行物1から容易に想到することはできない。
また,刊行物2(甲23)の偉人情報(要約)は,偉人要約については何ら特定されていない上,カレンダーの裏面に記載されている(【図3】,【0010】,【0015】等)。したがって,刊行物2では,カレンダーを見た人が常に偉人情報に触れるということはなく,偉人に興味ある使用者があえてカレンダー片を裏返さなければ,偉人の情報を十分知ることはできず,通常のカレンダー目視動作で得られる知識は,専ら,偉人の氏名,生存期間,職業であり,その偉人に対する情報が深まるものではない。また,刊行物2において,偉人は誕生月日と関連して当該月日の欄に記載されているため,当該月日でないところに記載の偉人情報はあえて見ない限り目にとまらない。
ウ 本願発明は,カレンダー部においては,読み方を併記した偉人名,生存期間(誕生日),職業のほか,偉人の図又は写真を表示した上に,出身地地図を表示することで,偉人への興味が増し,更に同じ面に,読み方を示した偉人伝要約及び偉人伝概説を記載している。したがって,刊行物2のように,カレンダーを裏返す動作を必要とすることなく,偉人の要約(代表的な業績),概説(要約より一層詳しく解説した偉人の生涯,業績,エピソード)を繰り返し目視,読むことで,記憶に定着させる効果を発揮する。また,刊行物2のカレンダーは,該当日に誕生した偉人の名前,生存期間,職業のみが記載されているにすぎず,また,該当日でない他の日にちを見ることは極端に減り,1か月又は2か月間以上同一の偉人に関する情報を見続けることになる本願発明のような記憶定着効果は発揮されない。
さらに,過去の偉人名等は,難解な読み,旧字が多用されているため,その情報を十分理解できないことがあるが,本願発明では,偉人名,偉人伝要約,偉人伝概説の漢字等には読み方を併記しているので,漢字を読めない場合,例えば小学生でも,十分に偉人情報を理解することができる。
加えて,本願発明の,カレンダー部の同一面に,偉人の図又は写真,出身地地図,偉人の生涯,業績,エピソードを記載することは,刊行物1,2には記載されていない。これらを発明特定事項とすることは,刊行物1,2のみではなすことができない。
したがって,本願発明は,刊行物1,2に記載されていない事項を発明特定事項とするとともに,刊行物1,2から予想できない優れた効果を発揮するものである。
エ よって,本願発明について,引用発明及び刊行物2記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした審決の判断は,誤りである。
2 被告の反論
(1) 本願発明の特許法29条1項柱書要件該当性についての判断の誤り(取消事由1)に対し
ア 登録されたカレンダーの発明及び考案が過去に多数が存在するとの主張に対し
特許権又は実用新案権として登録された例があったとしても,そのことにより,本願発明が特許要件を充足するか否かに関する結論に影響を与えるものではない。
よって,原告の主張は失当である。
イ 審査基準によれば本願発明は発明に該当するとの主張に対し
審決は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された従来例も含めて本願発明の意義を全体として検討し,その結論を導いたものであり,その判断手法は,審査基準と齟齬するものではない。
すなわち,本願明細書の発明の詳細な説明(甲24)の記載によると,本願発明は,(紙の)カレンダーの改良に関する発明である(【0001】)から,自然法則を利用している部分があるといえる。しかし,本願発明は,①「特許文献1には,日本古来の短歌,特に百人一首を覚えられるように作られたカレンダーの発明が公開されている」(【0003】),②「【特許文献1】特開平8-183270号公報」(【0004】),③「しかしながら,上記発明は,毎日見るカレンダーにより,日本古来の代表的な百人の歌人の歌を覚えるという目的で作られており,社会人として必要な幅広い知識を身につけることや,また,学業に役立つ教養を養うという意味では十分でなかった」(【0005】),④「そこで,本発明は,一般家庭や職場等で日常生活を送りながら,偉人及び偉人に関する情報を自然に覚え教養を養うことのできるカレンダーを提供することを目的とするものである」(【0006】),というものである。また,本願発明は,特許請求の範囲(甲25)の【請求項1】に記載されたとおりのものであるところ,その構成は,カレンダーを目視する人に対して提示する情報の内容に関しては明確に特定されているものの,物としてのカレンダーの構成に関しては,漠然としか特定されていないものである。そして,本願発明の効果は,「以上の構成であるため,毎日見るカレンダーで,偉人及び偉人に関する情報を自然に覚え,社会人として必要な幅広い知識を身につけるとともに学業に役立つ教養を養うことができる」(【0009】)というものである。
そうしてみると,本願発明の特徴的な意義は,カレンダーの物としての技術的課題を解決する技術的手段にあるのではなく,カレンダーによって養うことのできる教養の内容にあり,また,本願発明における課題解決の主要手段は,カレンダーが教養の内容として,百人一首ではなく偉人及び偉人に関する情報を提示する点にあるといえる。
以上のとおりであるから,本願発明は,全体として自然法則を利用した技術的思想の創作でないと判断されるものである 。
ウ 本願発明は情報の単なる提示ではないとの主張に対し
審査基準の「情報の単なる提示」のなお書きでいう「技術的特徴」とは,自然法則を利用した技術における特徴のことである。他方,本願発明の特徴的な意義は,カレンダーの物としての技術的課題を解決する技術的手段にあるのではなく,カレンダーが提示する情報の内容(偉人及び偉人に関する情報)にある。
原告が主張する「創作的特徴及び技術的特徴」は,いずれも物としてのカレンダーに関する技術上の特徴ではなく,表現上の創意工夫にすぎないものである。すなわち,本願発明は,カレンダーの表紙について,「西暦年度,見出し,偉人図又は写真及び前記偉人図又は写真の近傍に当該偉人の読み方を併記した偉人名記載欄並びに読み方を示した当該偉人の偉人伝要約欄を有する1月から12月までのカレンダーに使用する偉人表示欄を表記した表紙」とされており,ここで特定されている構成は,提示する情報の内容と,提示する情報の内容同士の位置関係にすぎず,物としてのカレンダーとの関係は,位置関係も含めて何ら特定されていない。また,カレンダーの各月の紙(カレンダー部)について,「上部には当該偉人の読み方を併記した名記載欄と偉人図又は写真,当該偉人に縁のある写真又は絵図表示欄,偉人の出身地を示した地図,偉人の生存期間記載欄を設け,中央部には代表的な業績を読み方とともに記載した偉人伝要約欄,偉人の生涯,業績,エピソードを読み方とともに記載した偉人伝概説欄を設け,下部には年度欄,月表示欄,曜日欄,日付欄を設けたカレンダー部」とされており,ここで特定されている構成も,提示する情報の内容と,提示する情報の内容同士の位置関係にすぎず,物としてのカレンダーとの関係は,位置関係も含めて何ら特定されていない。
よって,審査基準に照らしても,本願発明が自然法則を利用した技術的思想であるということはできず,原告の主張は失当である。
(2) 本願発明の進歩性についての判断の誤り(取消事由2)に対し
ア 審決は,本願発明と引用発明とを対比するに当たって,引用発明の「表紙」と本願発明の「表紙」とを対比することとした。そして,引用発明の「表紙」と本願発明の「表紙」とは,相違点1において相違するとしても,「1月から12月までのカレンダーに使用する情報表示欄を表記した表紙」という限りにおいては,一致している。
原告は,本願発明と引用発明とでは,表紙の情報の内容,情報の配置及び情報の表現方法が相違すると主張するものであるが,審決は,この点に関して相違点1として取り上げており,相違点の摘記に不十分な点はない。したがって,引用発明の「表紙」と本願発明の「表紙」の対比について,審決に誤りはない。「カレンダー部」及び「カレンダー」についても,同様である。
イ 刊行物1の百人一首カレンダーは,①「一般家庭の各部屋・事務所及び店舗等に掛けて置き,毎日利用されているカレンダーの改良に関する」(【0001】)もので,②「従来のカレンダーは,主として年月日及び曜日が見易いカレンダーであれば,それで充分であった」(【0002】),③「毎日一度は見るカレンダーでは教養を養う機能を有するカレンダーは存在しなかった。特に,日本古来の短歌(百人一首)を見て覚えるためのカレンダーは全く存在しなかった」(【0003】)ところ,④「毎日1度は見るカレンダーにより,日本古来の文化である短歌,特に,百人一首を見て自然に覚えられるとともに,当該月が経過して不要になったカレンダー中に描かれている絵図及び短歌を切り取り,額に入れ保存できるカレンダーを提供する」(【0004】)ことを目的とし,⑤【請求項1】及び【請求項2】の構成を採用し,その結果,⑥「教養カレンダーを使用することにより日本古来の文化である短歌に自然に親しむことができる」,「使用済の日付曜日記載部を切取線より切り取り,好みの短歌絵図記載欄のみを残し,額に入れ絵図を鑑賞することができるとともに短歌を覚えることができ百人一首に関する教養を養うことができるとの効果」(【0019】)を有するものである。
偉人に関する教養も養うべき教養の一種であり,刊行物2には,カレンダーに偉人に関する情報を記載することが記載されているから,引用発明の百人一首カレンダーにおいて,カレンダーを見る者が自然に偉人に関する教養が得られるように,百人一首に関する情報に換え,偉人に関する情報をカレンダーに設けて自然に偉人に関する教養が得られる教養カレンダーとすることは,当業者が容易になし得る事項である。
また,刊行物1には,短歌6fを読み易くするために楷書体で印刷することも開示されており(【0013】),偉人名の漢字等が難解,旧字等であっても,小学生などの使用者でも読みやすいように読み方を併記することは,歴史の教科書等でなされている慣用手法にすぎないから,偉人名等が読みやすいように読み方を併記することは,適宜なし得る設計事項にすぎない。
ウ 原告は,本願発明は,刊行物1,2から予測できない優れた効果を奏すると主張する。
しかしながら,刊行物1に記載の百人一首カレンダーは,毎日1度は見るカレンダーにより百人一首を自然に覚えられるようにしたものであり,また,月が経過したら額に入れ保存できるようにしたものである。このような効果を奏する百人一首カレンダーを出発点として,百人一首に関する情報を偉人に関する情報に換える場合においては,自然に偉人に関する教養が身に付くように,また,額に入れても見えるように,日々目にする月カレンダーであるカレンダー部の表面側に偉人に関する教養を表記することは必然のことであり,また,その記憶定着効果も予想できる範囲のものである。そして,得られる記憶定着効果,偉人への興味,理解の深まり等の効果も,当業者が予測できる範囲のものである。
第4当裁判所の判断
1 本願発明の特許法29条1項柱書要件該当性についての判断の誤り(取消事由1)について
(1) 審決は,本願発明の創作的特徴は情報の単なる提示にすぎず,情報の内容をどのようにするかは人間の精神活動そのものであって,上記情報の提示に技術的特徴を見いだすことができず,自然法則を利用した創作ということができないとして,本願発明は,特許法2条1項にいう「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当せず,同法29条1項柱書に規定する要件を満たしていないと判断したものであるところ,原告は,発明とは,同法2条1項で定義されているとおり,①自然法則を利用したものであること,②技術的思想であること,③創作であること,④高度のものであることが要件であり,本願発明は発明の要件を具備しており,審決の判断は誤りであると主張する。そこで,本願発明が,特許法2条1項に規定された「発明」に該当するかについて,以下に検討する。
(2)ア 特許法2条1項は,発明について,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と規定する。ここにいう「技術的思想」とは,一定の課題を解決するための具体的手段を提示する思想と解されるから,発明は,自然法則を利用した一定の課題を解決するための具体的手段が提示されたものでなければならず,単なる人為的な取決め,数学や経済学上の法則,人間の心理現象に基づく経験則(心理法則),情報の単なる提示のように,自然法則を利用していないものは,発明に該当しないというべきである。そして,上記判断に当たっては,願書に添付した特許請求の範囲の記載全体を考察し,その技術的内容については明細書及び図面の記載を参酌して,自然法則を利用した技術的思想が,課題解決の主要な手段として提示されているか否かを検討すべきである。
イ これを本願発明についてみるに,本願の特許請求の範囲【請求項1】の記載は前記第2の2記載のとおりであり,本願明細書には,図面(別紙参照)とともに以下の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は,一般家庭や職場等に掛けて,毎日利用されているカレンダーの改良に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
従来のカレンダーは,風景や動植物等の写真又は絵と共に年月日及び曜日に関する情報のみを記載したものが多く,一般家庭や職場等で日常生活を送りながら教養を養うことのできるカレンダーは殆ど存在しなかった。
【0003】
例えば,特許文献1には,日本古来の短歌,特に百人一首を覚えられるように作られたカレンダーの発明が公開されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8-183270号(判決注:刊行物1。甲22)
【0005】
しかしながら,上記発明は,毎日見るカレンダーにより,日本古来の代表的な百人の歌人の歌を覚えるという目的で作られており,社会人として必要な幅広い知識を身につけることや,また,学業に役立つ教養を養うという意味では十分でなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで,本発明は,一般家庭や職場等で日常生活を送りながら,偉人及び偉人に関する情報を自然に覚え教養を養うことのできるカレンダーを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は,上記の課題を解決するために,西暦年度,見出し,偉人図又は写真及び前記偉人図又は写真の近傍に当該偉人の偉人名記載欄並びに当該偉人の偉人伝要約欄を有する1月から12月までのカレンダーに使用する偉人表示欄を表記した表紙と,上部には当該偉人名記載欄と偉人図又は写真を設け,中央部には当該偉人伝要約欄,偉人伝概説欄を設け,下部には年度欄,月表示欄,曜日欄,日付欄を設けたカレンダー部と,からなることを特徴とする偉人カレンダーの構成とした。
……
【発明の効果】
【0009】
本発明は,……毎日見るカレンダーで,偉人及び偉人に関する情報を自然に覚え,社会人として必要な幅広い知識を身につけるとともに学業に役立つ教養を養うことができる。」
ウ(ア) 上記記載によれば,本願発明は,①提示情報を偉人情報とし,②提示態様を特定の提示項目及び特定の配置とし,③それを表紙及びカレンダー部によりなるカレンダーに定着させ,これによって,④毎日見るという特性を有するカレンダーとする,という具体的手段により,ユーザに偉人に関する知識を自然に習得させる,という課題を解決するものである,と認められる。以下,上記①~④について,それぞれ検討する。
① 提示情報を偉人情報とすること
本願発明は,社会人として身に付けるべき知識又は学業に役立つ教養として,偉人に関する知識が必要であるとの認識の下,提示すべき情報として偉人情報を採用した。
しかしながら,提示する情報が,社会人として身に付けるべき知識,学業に役立つ教養であるか否かという判断は,自然法則とは無関係な人間の主観に基づく選択にすぎず,その結果として偉人情報を採用することについても,たとえ採用に至る過程で何らかの労力を伴ったとしても,単なる人為的な取決めにすぎない。
② 提示態様を特定の提示項目及び特定の配置とすること
本願発明において,偉人カレンダーの表紙は,本願明細書(甲24)の【図1】に例示されているように,西暦年度と,見出しと,1月から12月までのカレンダーに使用する偉人表示欄とを有し,それぞれの偉人表示欄は,偉人図又は写真と,当該偉人図又は写真の「近傍」に設けられ,当該偉人の読み方を併記した偉人名記載欄と,読み方を示した当該偉人の偉人伝要約欄とを有する。
しかしながら,表紙において偉人情報を提示する際,提示すべき事項としてどのような情報を選択するかは,発明者の主観に基づく単なる人為的な取決めにすぎず,また,その結果として特定された提示項目の集合についても,情報の単なる提示の域を超えるものではない。また,「偉人図又は写真」の近傍に「偉人名記載欄」を配置すれば,これらの情報の関連の視認性(見やすさ,分かりやすさ)が高まるといった一定の効果が認められるものの,そのような提示形態自体は,何ら自然法則を利用した具体的手段を伴うものではなく,情報の単なる提示の域を超えるものではない。
また,本願発明のカレンダー部は,本願明細書の【図2】に例示されているように,(a)カレンダー部の「上部」に,当該偉人の読み方を併記した名記載欄と偉人図又は写真,当該偉人に縁のある写真又は絵図表示欄,偉人の出身地を示した地図,偉人の生存期間記載欄を設け,(b)カレンダー部の「中央部」に,代表的な業績を読み方とともに記載した偉人伝要約欄,偉人の生涯,業績,エピソードを読み方とともに記載した偉人伝概説欄を設け,(c)カレンダー部の「下部」に,年度欄,月表示欄,曜日欄,日付欄を設けたものである。
しかしながら,カレンダー部において上記(a)~(c)の情報を提示する際,提示すべき事項としてどのような情報を選択するかは,発明者の主観に基づく単なる人為的な取決めにすぎず,その結果として特定された提示項目の集合についても,情報の単なる提示の域を超えるものではない。また,偉人情報に関する特定の事項と,カレンダー情報とを「上部」,「中央部」及び「下部」の3段組で配置すれば,情報を外観上整理して提示でき,その結果として,見やすさ,分かりやすさといった一定の効果が認められるものの,そのような提示形態自体は,何ら自然法則を利用した具体的手段を伴うものではなく,情報の単なる提示の域を超えるものではない。したがって,そのような提示形態を上記(a)~(c)の情報の配置に用いたとしても,情報の単なる提示の域を超えるものではない。
③ 表紙及びカレンダー部よりなるカレンダーに定着させること
本願発明は,「偉人カレンダー」とされていることから,カレンダーという物品を特定していると認められるが,その構成については,表紙とカレンダー部とを有することが漠然と特定されているにすぎない。そして,本願明細書の発明が解決しようとする課題(【0006】),課題を解決するための手段(【0007】,【0008】)及び発明の効果(【0009】)の記載によれば,本願発明は,カレンダーを用いて偉人情報を提示するという点に創作性がある発明として出願されたものと認められ,表紙及びカレンダー部のそれぞれは,偉人情報を提示するための紙面を提供するにすぎず,それ以上の情報提示の具体的手段を特定するものではない。そうすると,本願発明は,「表紙及びカレンダー部よりなるカレンダー」と特定することにより物品を形式的には特定しているものの,実質的には,偉人情報とカレンダー情報とが併記された複数枚の紙面,すなわち,情報を提示するための単なる紙媒体と何ら異なるものではない。
そうすると,「表紙及びカレンダー部とを有するカレンダー」といった,物品の漠然とした特定をもって,本願発明が自然法則を利用したものであると評価することはできない。
④ 毎日見るという特性を有するカレンダーとすること
本願発明は,偉人情報の提示媒体として「毎日見るという特性を有するカレンダー」を用いること,すなわち,偉人情報を特定の提示形態で提示することによって,偉人に関する知識を自然に習得させるという効果を奏するものである。
偉人に関する知識を自然に習得させるために,毎日見るというカレンダーの特性に着目した点については,一定の創作性が認められるとしても,それは,専ら,人間の習慣(人間は日常生活において日にちや曜日を確認すること),及びカレンダーの利用態様(カレンダーは見やすい場所に設置されること)に基づくものにすぎず,自然法則に基づくものではない。また,偉人カレンダーを情報を提示する媒体とすることにより,ユーザに偉人に関する知識を自然に習得させるという効果は,人間の心理現象である認識及び記憶に基づく効果にすぎず,自然法則を利用したものであると評価することはできない。
(イ) 以上に検討したとおり,本願発明は,その課題,課題を解決するための具体的手段として特定された構成,効果等の技術的意義を検討しても,自然法則を利用した技術的思想が,課題解決の主要な手段として提示されていると評価することができないから,特許法2条1項に規定された「発明」に該当するということができない。
(3) 原告の主張について
ア 登録されたカレンダーの発明及び考案が過去に多数存在するとの主張につき原告は,刊行物1(甲22)の発明が発明として特許されていること,甲2~19の登録例等を挙げて,本願発明について,発明であることを否定することは,極めて不公平であり,審査の整合性,統一性がないと主張する。
しかしながら,出願に係る発明についての特許要件の判断は,出願ごとに各別になされるものであるから,ほかにカレンダーに係る発明,考案の登録例が存在することは,本願発明の特許要件の判断を左右するものではなく,原告の主張は理由がない。
イ 審査基準によれば本願発明は発明に該当するとの主張につき
原告は,審査基準の「第Ⅱ部 第1章 産業上利用することができる発明」(甲21)の判断については,「発明を特定するための事項に自然法則を利用していない部分があっても,請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していると判断されるときは,その発明は,自然法則を利用したものとなる」(2頁)と記載されているが,審決は,審査基準の上記記載と齟齬する判断手法を採用した誤りがあると主張する。
しかしながら,審査基準は,特許庁の判断の公平性,合理性を担保するのに資する目的で作成された判断基準であって,法規範ではないから,当裁判所の判断を拘束するものではなく,原告の上記主張は,主張自体失当である。
なお,仮に上記審査基準によっても,本願発明が全体として自然法則を利用していると判断することができないことは,上記(2)に説示したところから明らかである。
ウ 本願発明は情報の単なる提示ではないとの主張につき
原告は,本願発明は,偉人情報等の集合,情報等の配置(手段・方法)に特徴があり,審査基準が情報の単なる提示に当たらないとするケースに該当すると主張する。
しかしながら,審査基準に基づく主張が失当であることは上記イのとおりである。
また,仮に上記審査基準によっても,本願発明の特定する提示形態は,情報の単なる提示の域を超えるものでないことは,上記(2)に説示したとおりである。
(4) 以上のとおり,本願発明は特許法2条1項に規定された「発明」に該当するということができないから,本願発明について,特許法2条1項にいう「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当せず,同法29条1項柱書に規定する要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはない。
したがって,取消事由1は理由がない。
2 本願発明の進歩性についての判断の誤り(取消事由2)について
(1) 審決は,仮に本願発明が特許法上の発明であるとしても,本願発明は,引用発明及び刊行物2(甲23)記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断したものであるところ,原告は,審決には,①刊行物1,2に記載の技術内容の認定に誤りがあるとともに,②刊行物1,2記載の発明から予想できない本願発明の優れた効果を看過した誤りがあると主張するので,以下に検討する。
(2)ア 原告は,刊行物1(甲22)は,百人一首(短歌)を使用者に記憶させることをテーマにしたカレンダーであり,偉人情報を使用者に記憶させることをテーマとする本願発明とはその情報内容が異なるから,百人一首用の情報様式があるからといって本願発明の各種偉人情報を導き出すことはない,刊行物2には,偉人要約については何ら特定されていない上,カレンダーの裏面に記載されている(【図3】,【0010】,【0015】等)から,カレンダー片を裏返さなければ偉人の情報を十分知ることはできず,また,偉人は誕生月日と関連して当該月日の欄に記載されているから,当該月日でないところに記載の偉人情報はあえて見ない限り目にとまらないなどと主張する。
イ 刊行物1(甲22)に記載された百人一首カレンダー(引用発明)は,その特許請求の範囲及び明細書の記載によれば,一般家庭の各部屋・事務所及び店舗等に掛けて置き,毎日利用されているカレンダーの改良に関するものであり(【0001】),従来のカレンダーでは教養を養う機能を有するカレンダーは存在せず,特に,日本古来の短歌(百人一首)を見て覚えるためのカレンダーは全く存在しなかったところ(【0003】),毎日1度は見るカレンダーにより,日本古来の文化である短歌,特に百人一首を見て自然に覚えられるとともに、当該月が経過して不要になったカレンダー中に描かれている絵図及び短歌を切り取り、額に入れ保存できるカレンダーを提供することを目的とし(【0004】),かかる課題を解決するために,請求項1,2の構成を採用した結果,教養カレンダーを使用することにより日本古来の文化である短歌に自然に親しむことができる,使用済の日付曜日記載部を切取線より切り取り、好みの短歌絵図記載欄のみを残し、額に入れ絵図を鑑賞することができるとともに短歌を覚えることができ百人一首に関する教養を養うことができるとの効果を奏するものである(【0019】)と認められる。
一方,刊行物2(甲23)には,カレンダーに偉人に関する情報を提示することが開示されている。
そして,百人一首に関する情報も偉人に関する情報も,いずれも養うべき教養の一種であるという点で共通するから,引用発明に刊行物2の記載事項を適用して,引用発明における百人一首に関する情報を偉人に関する情報に変更することに格別の困難は認められない。その場合,月カレンダー及び表紙のそれぞれにおいて,百人一首に関する情報に換えて,偉人に関する情報をどのような提示形態(提示項目及びその配置)で提示するかは,当業者が適宜選択し得る事項にすぎず,格別の困難はない。
また,刊行物1には,短歌を読みやすくするために楷書体で印刷することも開示されており(【0013】),偉人名の漢字等が難解,旧字等であっても,小学生などでも読みやすいように読み方を併記することは,歴史の教科書等でなされている慣用手法にすぎないから,偉人名等が読みやすいように読み方を併記することは,適宜なし得る設計事項にすぎない。
原告が刊行物2について主張する上記各点についても,審決は,刊行物2に記載された事項としては,「カレンダーに偉人に関する情報を記載すること」(6頁29行~30行)を認定したのであって,その認定に誤りはなく,その記載事項を引用発明に適用できることは,上記に説示したとおりであるから,原告の上記主張は,審決を正解しないものというほかなく,理由がない。
(3) 本願発明の奏する効果についても,刊行物1に記載の百人一首カレンダーは,毎日1度は見るカレンダーにより百人一首に関する教養を養うことができるようにしたものであり,このような効果を奏する百人一首カレンダーを主たる引用発明として,百人一首に関する情報を刊行物2記載の偉人に関する情報に換えた場合,偉人に関する教養を養うことができるとの効果を奏することは当然のことであり,その効果は,当業者が予想できる範囲のものである。
(4) 以上検討したところによれば,本願発明は,引用発明及び刊行物2記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
3 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,ほかに審決にはこれを取り消すべき違法はない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 岡本岳 裁判官 武宮英子)
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