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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10054号 判決 2012年7月26日

原告

有限会社ハーベイ・ボール・

スマイル・リミテッド

被告

特許庁長官

指定代理人

内山進

芦葉松美

田村正明

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が異議2011-900218号事件について平成24年1月16日にした決定を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成21年11月2日,別紙1記載の登録商標(以下「本件登録商標」という。)について商標登録出願をし,指定商品を別紙1記載のとおりとして,平成23年2月4日に登録査定を受け,同年3月18日に設定登録(登録第5398579号。以下「本件商標登録」という。)を受けた商標権者である(甲1)。

同年6月20日,本件登録商標は,その指定商品中,第24類「敷布,布製身の回り品,布団,布団カバー,まくらカバー,毛布」及び第25類「被服,仮装用衣服」について,商標法4条1項11号に該当するとして,異議(2011-900218号事件)の申立てがされ(甲80),特許庁は,平成24年1月16日,「登録第5398579号商標の指定商品中,第24類『敷布,布製身の回り品,布団,布団カバー,まくらカバー,毛布』及び第25類『被服,仮装用衣服』についての商標登録を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された(乙1)。

2  本件決定の理由

本件決定の理由は,別紙決定書写しのとおりであり,その要旨は以下のとおりである。

本件登録商標は,平成元年1月24日出願による登録第2353908号商標(その登録商標,指定商品は別紙2記載のとおり。以下「引用商標1」という。)及び平成13年2月2日出願による登録第4871727号商標(その登録商標,指定商品は別紙3記載のとおり。以下「引用商標2」といい,引用商標1と併せて「引用商標」という。)と外観において類似しており,その指定商品中,第24類「敷布,布製身の回り品,布団,布団カバー,まくらカバー,毛布」及び第25類「被服,仮装用衣服」については,商標4条1項11号に該当するものに対して登録されたものであり,上記指定商品についての登録を取り消すべきである。

第3当事者の主張

1  取消事由に関する原告の主張

(1)  本件登録商標と引用商標との類否の判断の誤り

本件登録商標は,目と口を組み合わせた単純な図形であり,本来その特徴が少なく,差別化することが不可能なものである。

いわゆるスマイルマークを対象とした商標(以下,便宜的に「スマイル商標」という。)は,指定商品を第25類とするものが,原告が計252件,原告以外の第三者が計297件,登録されており,これらの登録商標のすべてが,相互に非類似とはいえないことからすると,スマイル商標に関する類似の範囲は,同一の図形に限定されると解すべきである。

本件登録商標と引用商標とを対比すると,本件登録商標は,黄色に色彩が施されている点,円錐形立体である点で相違するから,取引者,需要者が本件登録商標と引用商標を混同することはない。

したがって,本件登録商標と引用商標とは,非類似である。

また,外観以外は全く考慮せずに類似性を判断したのは,不当である。

(2)  引用商標登録の不当性

ア 原告は,指定商品を第25類とするスマイル商標を計252件登録しているが,本件決定の判断基準を前提とすると,引用商標はこれらのスマイル商標と類似しており,本来登録されるべきではなかったこととなる。

イ 引用商標が出願された当時,既に日本ではスマイルマークは著名となっており,引用商標は,これに便乗して,出願,登録された。また,引用商標は,既に登録されているスマイル商標と類似するのを避けるため,あえて実際には使用しない変形した商標で登録出願された。引用商標は,これまで商標権者が自ら使用したことはなく,使用料を得る目的で,ほとんど他者に使用許諾されている。このように,引用商標は,不正な目的で出願,登録されたものである。

(3)  本件商標登録の必要性

本件登録商標の基本は目と口であるが,白地に目と口が描かれた商標については,原告が,第24類又は第25類において,登録第4661137号,登録第4384285号,登録第4398507号で登録を受けており,スマイル商標は,元々原告のものであった。

「スマイリー・フェイス(スマイルマーク,ニコニコマーク)」はAが創作,著作したものである。Aの希望は,「スマイリー・フェイスを世界平和の礎にする」ことであり,Aの死後,ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団(以下「財団」という。)がAの権利やその遺志を引き継いでいる。原告は,日本国内において,財団の著作権及び商標権の管理を行うために設立された会社である。財団の活動資金は原告の関係者が支援しており,活動資金捻出のため,原告は,代理人を通して,本件登録商標を使用してスマイルマークの商品化事業を行っており,本件登録商標の登録をする必要性がある。

2  被告の反論

(1)  本件登録商標と引用商標との類似性の判断の誤りに対して

ア 本件登録商標と引用商標とは,子細に対比観察すると,平面状と球面状の描出方法の相違,円図形内の黄色の着色の有無に加え,目に当たる部分の配置や大きさ,口に当たる部分の線の太さや弧を描く角度及び位置などにおいて多少相違するが,いずれも円形内に目や口と思しき部分を描いてなるものであって,本件登録商標では,円図形部分が黄色に着色され,やや立体感のある描出方法により表されているとしても,全体が単一色であって,さほど個性的とはいえないものであり,円図形の描き方,着色の有無以外の相違点は,両者を対比観察して初めて認識し得る程度の微差にすぎないものであるから,両商標の看者に与える印象の骨格を決定付ける図形としての基本的構成は同一である。

加えて,本件登録商標と引用商標の各指定商品は,共に,布製の身の回り品,敷布,布団,被服等の日用品であり,その需要者は一般消費者であって,多くの場合,これに付された商標の一見した印象によって商品の出所を識別することが多い実情にあることは経験則上容易に推認し得るものであることを併せ考慮すれば,本件登録商標と引用商標をいずれも時と場所を異にして離隔的に観察した場合,需要者が両者を区別することは困難であると認められる。

したがって,本件登録商標と引用商標は外観において類似し,いずれも特定の称呼及び観念を生じないから,両者は類似している。

イ 原告は,本件登録商標は,目と口を組み合わせた単純な図形で,本来その特徴が少なく,差別化することが不可能なものであり,スマイル商標に関する類似の範囲は,同一の図形に限定されると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

本件登録商標が,人の笑顔を簡潔に単純化して表したものであるとしても,十分に特徴的な図形であって,その特徴が印象に残るものである。そして,本件登録商標と引用商標の類似する指定商品の分野において,本件登録商標や引用商標のように描かれた商標(図形)が多数の者に広く使用されているという事情もなく,同一の商標以外は混同を生じるおそれがないとはいえない。

(2)  引用商標登録の不当性等に対して

原告は,引用商標は,本来登録されるべきではなかったものであると主張する。

しかし,引用商標は,現に登録されており,前記のとおり,本件登録商標はこれと類似するのであるから,本件登録商標は商標法4条1項11号に該当する。

その余の原告の主張も,本件登録商標と引用商標の類否の判断に影響するものではなく,いずれも失当である。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,以下のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないと判断する。

1  本件登録商標と引用商標の類否

(1)  本件登録商標

本件登録商標は,黄色の着色が施され,左上部分に光が当たって反射している球面のように表された,大きな円のほぼ中央上部の左右に,2つの小さな黒色の縦長楕円形の点を,人の目のように描き,その下方に下向きの黒色の円弧を人の口のように描き,全体が人の笑顔のように描いた図柄である。装飾を排したシンプルな図柄である点に特徴がある。

本件登録商標からは,人の笑顔等に関連した観念が生じ,またそのような称呼が生じる余地がある。

(2)  引用商標

引用商標1は,大きな円の中央上部の左右に,2つの小さな黒色の縦長楕円形の点を人の目のように描き,その下方に下向きの黒色の円弧を人の口のように描き,全体が人の笑顔のように描いた図柄である。また,引用商標2は,大きな円の中央上部の左右に,2つの小さな黒色の縦長楕円形の点を人の目のように描き,その下方約3分の2に下向きの黒色の円弧を人の口のように描き,全体が人の笑顔のように描いた図柄である。引用商標も,装飾を排したシンプルな図柄である点に特徴がある。

引用商標からは,人の笑顔等に関連した観念が生じ,またそのような称呼が生じる余地がある。

(3)  本件登録商標と引用商標の対比

本件登録商標と引用商標は,いずれも,大きな円の中央上部の左右に,2つの小さな縦長楕円形の点を人の目のように描き,その下方に下向きの円弧を人の口のように描き,全体が人の笑顔のように描いた図柄であり,外観,観念及び称呼において共通するから,類似の商標というべきである。

本件登録商標と引用商標は,円図形が,本件登録商標では,黄色に着色され,球面のように描かれているのに対し,引用商標では,黒い線で描かれている点で異なる。また,本件登録商標と引用商標1とは,目のように描かれた縦長楕円形の位置,口のように描かれた弧線の位置,弧の角度,太さにおいて異なり,本件登録商標と引用商標2とでは,目のように描かれた縦長楕円形の位置,大きさ,口のように描かれた弧線の位置,長さにおいて異なる。

しかし,本件登録商標と引用商標の上記相違は,克明詳細に観察してようやく認識できる程度の微差であり,取引者・需要者が,その相違をもって出所を識別することができるほどの相違とはいえず,出所の混同を来すものといえる(なお,円図形内に施された色彩の有無も,両商標による外観,観念を大きく変えるほどのものとはいえない。)。

以上によると,本件登録商標と引用商標は,外観,観念及び称呼において類似し,本件登録商標は引用商標に類似する商標であるといえる。

(4)  原告の主張に対して

原告は,スマイル商標については,指定商品を第25類とする商標が,原告の出願によるものも含めて,合計500件以上登録されていることから,スマイル商標の類似の範囲は,同一の図形に限定されると解すべきであると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の主張は理由がない。

すなわち,全体が人の笑顔のように描いた図柄からなる商標は,第25類を指定商品とするものについて,多数登録されていることが認められる(甲30,71)。しかし,上記商標には,白地に目と口だけが配されているものと,円図形やその他の図形(例えば,ハート型図形など。)の中に目と口が配されているものとがあり,目や口の形や位置も様々であり,目や口以外の図が加えられているものもあり(例えば,舌,サングラスなど。),その態様はそれぞれ異なるのであって(甲30,71),これらが登録されていることを理由として,引用商標の類似の範囲を,相互に同一のものに限定されると解すべきであるとはいえない。その他,原告は,スマイル商標の類似の範囲に関して,縷々主張するが,いずれも,採用の限りでない。

(5)  小括

上記のとおり,本件登録商標と引用商標は類似する商標であり,本件登録商標の指定商品は,第24類「敷布,布製身の回り品,布団,布団カバー,まくらカバー,毛布」及び第25類「被服」において引用商標1の指定商品と同一であり,第24類「敷布,布製身の回り品,布団,布団カバー,まくらカバー,毛布」及び第25類「被服,仮装用衣服」において引用商標2の指定商品と同一であり,上記各指定商品については,本件登録商標は商標法4条1項11号に該当する。したがって,本件登録商標は,その指定商品中,第24類「敷布,布製身の回り品,布団,布団カバー,まくらカバー,毛布」及び第25類「被服,仮装用衣服」については,商標法4条1項11号に該当するものに対して登録されたものであり,この点における審決の判断に誤りはない。

2  引用商標登録の不当性,本件商標登録の必要性について

原告は,引用商標は,原告が商標権を有する指定商品を第25類とする登録商標と類似し,引用商標は不正な目的で登録されたものであるなどと主張する。

しかし,引用商標が,本件登録商標の登録出願より前に登録出願され,本件商標登録の査定時には既に商標登録されており,現在も商標として登録されている以上,これと類似している商標であれば商標法4条1項11号に該当し得るのであって,原告の主張は失当である。

また,原告は,スマイルマークはAが著作したものであるとか,Aの権利等を引き継いだ財団の活動資金捻出のため,原告が本件登録商標について登録する必要性があるなどと縷々主張するが,いずれも商標法4条1項11号該当性を否定するものではなく,原告の主張は失当である。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決にはこれを取り消すべき違法はない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)

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