知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10056号 判決 2012年10月17日
原告
住友建機株式会社
同訴訟代理人弁理士
伊東忠重
山口昭則
大貫進介
佐々木定雄
伊東忠彦
被告
特許庁長官
同指定代理人
川口真一
小谷一郎
柳田利夫
石川好文
守屋友宏
主文
1 特許庁が不服2010-15996号事件について平成23年11月29日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,発明の名称を「電動式の作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械」とする発明について,平成12年2月10日,特許出願(特願2000-033453)をした(甲3。請求項の数は,後記補正の前後を問わず,全3項である。)。
(2) 原告は,平成21年8月13日付けの拒絶理由通知(甲15)に対し,平成21年10月23日付けで意見書(甲16)を提出するとともに,同日付けの手続補正書(甲2)により発明の名称を「作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械」と変更することを含む手続補正をしたが,平成22年3月25日付けで拒絶査定を受けた(甲17)。
(3) 原告は,平成22年7月16日,これに対する不服の審判を請求し,同日付けの手続補正書により,明細書について手続補正をした(以下「本件補正」という。甲1)。平成23年1月31日付けの書面による審尋(甲19)に対し,原告は,同年4月21日付けで回答書(甲20)を提出した。
(4) 特許庁は,上記請求を不服2010-15996号事件として審理した上,平成23年11月29日,本件補正を却下し,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,平成24年1月14日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 本件補正前の請求項1ないし3は,平成21年10月23日付けの手続補正書(甲2)に記載された,以下のとおりのものである(以下,本件補正前の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,その明細書(甲2)を「本願明細書」という。)。
【請求項1】電源と,該電源に接続されるコンバータと,該コンバータに接続される第1のインバータと,該第1のインバータに接続される作業機用アクチュエータの駆動源である作業機用電動機と,前記コンバータに接続される第2のインバータと,該第2のインバータに接続される旋回駆動装置の駆動源である旋回用電動機と,前記コンバータと前記第1及び第2のインバータを制御するコントローラと,該コントローラに設定操作信号を入力する操作レバーとからなり,前記コントローラが前記設定操作信号に基づいて所定の演算処理を行い,その演算結果により前記コンバータと前記第1及び第2のインバータを制御することを特徴とする作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械
【請求項2】請求項1記載の作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械において,複数の制御モードを有する前記コントローラと,前記複数の制御モードの内から任意のモードを設定できるモードスイッチを有することを特徴とする作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械
【請求項3】請求項1又は2記載の作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械において,前記作業機用電動機及び旋回用電動機の回転数を検出して前記コントローラの制御のためのデータとするエンコーダを有することを特徴とする作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械
(2) 本件補正後の請求項1ないし3の記載は,以下のとおりである(以下,本件補正後の請求項1に記載された発明を「本願補正発明」という。)。なお,文中の下線部は,補正箇所を示す。
【請求項1】交流電源と,該交流電源に接続され,電源電圧・電流を検出する電源電圧・電流検出器と,交流電源出力を直流出力へ変換するコンバータと,該コンバータに接続され,前記直流出力を交流出力へ変換する第1のインバータと,該第1のインバータの負荷側に接続され,前記第1のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第1の電圧・電流検出器と,前記第1のインバータに接続される作業機用アクチュエータの駆動源である作業機用交流電動機と,前記コンバータに接続され,前記直流出力を交流出力へ変換する第2のインバータと,該第2のインバータの負荷側に接続され,前記第2のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第2の電圧・電流検出器と,前記第2のインバータに接続される旋回駆動装置の駆動源である旋回用交流電動機と,前記作業機用交流電動機および旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器と,該検出器,前記電源電圧・電流検出器および前記第1,第2の電圧・電流検出器に接続され,前記コンバータと前記第1および第2のインバータを制御するコントローラと,該コントローラに設定操作信号を入力する操作レバーとからなり,前記コントローラが前記設定操作信号に基づいて所定の演算処理を行い,その演算結果により前記コンバータと前記第1および第2のインバータを制御し,前記作業機用アクチュエータの駆動と前記旋回駆動装置の駆動との複合操作を可能にすることを特徴とする作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械
【請求項2】請求項1記載の作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械において,複数の制御モードを有する前記コントローラと,前記複数の制御モードの内から任意のモードを設定できるモードスイッチを有することを特徴とする作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械
【請求項3】請求項1又は2記載の作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械において,前記作業機用交流電動機および旋回用交流電動機の回転数を検出して前記コントローラの制御のためのデータとするエンコーダとすることを特徴とする作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械
(3) 本件補正の内容
本件補正には,本願発明においては「電圧・電流検出器」及び「電動機の回転数を検出する検出器」については何ら記載されていないところ,①「該交流電源に接続され,電源電圧・電流を検出する電源電圧・電流検出器」,②「該第1のインバータの負荷側に接続され,前記第1のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第1の電圧・電流検出器」,③「該第2のインバータの負荷側に接続され,前記第2のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第2の電圧・電流検出器」,④「前記作業機用交流電動機および旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器」及び⑤「該検出器,前記電源電圧・電流検出器および前記第1,第2の電圧・電流検出器に接続され(……コントローラ)」の記載を新たに付加することを含む(請求項1に係る上記補正事項を,以下,「本件補正事項」という。)。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,①本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法(以下「法」という。)17条の2第4項に違反するので,法159条1項の規定により準用される法53条1項の規定により却下されるべきものであり,②本件補正事項が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると解されるとしても,本願補正発明は,後記の引用例1及び後記の引用例2ないし4に記載された発明並びに周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は,法159条1項の規定により準用される法53条1項の規定により却下されるべきものである,③本願発明は,後記の引用例1及び後記の引用例2ないし4に記載された発明並びに周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:特開平7-213094号公報(甲5)
イ 引用例2:特開平9-247994号公報(甲6)
ウ 引用例3:特開昭57-44030号公報(甲7)
エ 引用例4:特開昭60-82096号公報(甲8)
オ 周知例1:特開平7-222456号公報(甲9)
カ 周知例2:特開平10-96250号公報(甲10)
キ 周知例3:特開昭62-211295号公報(甲11)
(2) なお,本件審決は,その判断の前提として,引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。),本願補正発明と引用発明1との一致点及び相違点並びに引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)を,以下のとおり認定した。
ア 引用発明1:電源と,電源からの交流電圧を直流電圧へ変換するコンバータ部と,コンバータ部に接続され,コンバータ部により変換された直流電圧を交流電圧へ変換する昇降駆動モータ用インバータ部と,昇降駆動モータ用インバータ部に接続される昇降装置の駆動源である昇降駆動モータと,コンバータ部に接続され,コンバータ部により変換された直流電圧を交流電圧へ変換するサドル駆動モータ用インバータ部又はトロリ駆動モータ用インバータ部と,サドル駆動モータ用インバータ部又はトロリ駆動モータ用インバータ部に接続されるクレーンサドル装置の駆動源であるサドル駆動モータ又は横行トロリ装置の駆動源であるトロリ駆動モータと,前記の各インバータ部を制御する演算部と,演算部に運転指示信号を入力する操作入力装置とからなり,演算部が運転指示信号に基づいて所定の演算処理を行い,その演算結果により各インバータ部を制御し,昇降装置の駆動とクレーンサドル装置又は横行トロリ装置の駆動との複合操作を可能にする各種の駆動装置を備えるクレーン装置
イ 一致点:交流電源と,交流電源出力を直流出力へ変換するコンバータと,コンバータに接続され,直流出力を交流出力へ変換する第1のインバータと,第1のインバータに接続される作業機駆動装置用の駆動源である交流電動機と,コンバータに接続され,直流出力を交流出力へ変換する第2のインバータと,第2のインバータに接続される他の駆動装置の駆動源である交流電動機と,第1及び第2の各インバータを制御するコントローラと,コントローラに設定操作信号を入力する操作入力部とからなり,コントローラが設定操作信号に基づいて所定の演算処理を行い,その演算結果により各インバータを制御し,作業機駆動装置の駆動と他の駆動装置の駆動との複合操作を可能にする作業装置
ウ 相違点1:作業装置が,本願補正発明においては「建設機械」であるのに対し,引用発明1においては「クレーン装置」であり,(作業装置が備える)作業機駆動装置と他の駆動装置が,本願補正発明においては「作業機用アクチュエータ」と「旋回駆動装置」であるのに対し,引用発明1においては「昇降装置」と「クレーンサドル装置又は横行トロリ装置」である点
エ 相違点2:本願補正発明においては,「交流電源に接続され,電源電圧・電流を検出する電源電圧・電流検出器」,「第1のインバータの負荷側に接続され,第1のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第1の電圧・電流検出器」,「第2のインバータの負荷側に接続され,第2のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第2の電圧・電流検出器」及び「作業機用交流電動機および旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器」を備え,それらの検出器がコントローラに接続されているのに対し,引用発明1においては,検出器に関しては何ら記載されていない点
オ 相違点3:第1及び第2のインバータを制御するコントローラが,本願補正発明においては,コンバータをも制御するように構成されているのに対して,引用発明1においては,コンバータをも制御するのか不明である点
カ 相違点4:操作入力部が,本願補正発明においては「操作レバー」であるのに対し,引用発明1においては「操作入力装置」である点
キ 引用発明2:直流を交流へ変換する巻き上げ用のインバータ装置と,巻き上げ用のインバータ装置に接続される巻き上げ装置の駆動源である巻き上げ用電動機と,直流を交流へ変換する引き込み用のインバータ装置と,引き込み用のインバータ装置に接続される引き込み装置の駆動源である引き込み用電動機と,直流を交流へ変換する旋回用のインバータ装置と,旋回用のインバータ装置に接続される旋回装置の駆動源である旋回用電動機と,巻き上げ用のインバータ装置,引き込み用のインバータ装置及び旋回用のインバータ装置を制御する制御装置を具備するジブクレーン装置
(3) 本件出願の審査及び審判において引用された文献は,以下のとおりである。
ア 拒絶理由通知においては,引用例2を主引用例とし,周知例3及び2を副引用例として,出願当初の発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲15)。
イ 拒絶査定においては,引用例2を主引用例とし,周知例3及び2を副引用例とし,引用例1を周知の技術事項の例として,本願発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲17)。
ウ 審尋においては,引用例3を主引用例,引用例4及び周知例1を副引用例とし,周知例3及び2を周知の技術事項の例として,本願補正発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲19)。
エ 本件審決は,引用例1を主引用例とし,引用例2ないし4を副引用例とし,周知例1ないし3を周知の技術事項の例として,本願補正発明及び本願発明のいずれについても当業者が容易に発明することができたものである旨判断した。
4 取消事由
(1) 補正の目的要件の判断の誤り(取消事由1)
(2) 本願補正発明の容易想到性の判断に係る手続違背(取消事由2)
(3) 本願発明の容易想到性の判断に係る手続違背(取消事由3)
第3当事者の主張
1 取消事由1(補正の目的要件の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件補正事項は,当初明細書にも記載されている事項であり,本願発明を特定するために必要な事項である「前記コンバータと前記第1及び第2のインバータを制御するコントローラ」が,制御に必要な信号を得るための具体的な機器を特定することにより,当該制御の内容をより具体的に限定するものである(甲3【0015】【0016】【0019】【0024】,図2,図3)。
また,本願発明と本願補正発明の産業上の利用分野は同一であり,また,補正前と補正後とにおける相違は,コントローラを,「コンバータと第1及び第2のインバータを制御する」という機能的な記載で特定するか,当該機能的な記載による特定だけでなく制御するために必要な信号を得るために具体的な機器を記載して特定するかの違いでしかなく,両者の課題は同一である。
そうすると,本件補正事項は,特許請求の範囲を減縮するもので,かつ,特許法36条5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから,法17条の2第4項2号において規定する要件を満たしている。
(2) 法17条の2第4項2号の規定は,特許請求の範囲の限定的減縮(例えば,発明特定事項を下位概念化するもの)については,既に行った先行技術文献調査の結果を有効に活用して迅速に審査を行うことができるため,これを認めるという趣旨で設けられたものである。
そして,インバータを制御するコントローラについては,出願当初の特許請求の範囲に,また,コンバータと第1及び第2のインバータを制御するコントローラについては,平成21年10月23日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲に,発明特定事項として記載されている。そして,インバータを制御するコントローラ及びコンバータと第1及び第2のインバータを制御するコントローラに関する先行技術調査を行う際,当然,実施例レベルで具体化されている明細書及び図面の記載を考慮して先行技術調査が行われているから,本件補正事項により追加された補正事項について新たな先行技術調査を要しない。したがって,同号の規定を設けた趣旨にも整合するものである。
(3) なお,被告は,「検出」に関する技術的事項が記載されていないと主張するが,限定の対象となる「コンバータと第1及び第2のインバータを制御するコントローラ」が請求項に記載されていればよいのであって,「検出」に関する技術的事項が請求項に記載されていることは,要件ではない。
また,法17条の2第4項2号の規定は,上位概念を下位概念とすること以外も含み得る規定である。
なお,本件補正事項は,本願補正発明を特定するために必要な事項であって,包括的抽象的な解決手段である「前記コンバータと前記第1及び第2のインバータを制御するコントローラ」が,制御に必要な値(電圧値,電流値など)を得るための具体的な検出器を特定することにより,当該制御の内容をより具体的に限定するものであるから,具体的な解決手段である本件補正事項は下位概念化された事項である。
〔被告の主張〕
(1) 本件補正事項が法17条の2第4項2号の要件を満たすためには,本件補正において付加した①「該交流電源に接続され,電源電圧・電流を検出する電源電圧・電流検出器」,②「該第1のインバータの負荷側に接続され,前記第1のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第1の電圧・電流検出器」,③「該第2のインバータの負荷側に接続され,前記第2のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第2の電圧・電流検出器」及び④「前記作業機用交流電動機および旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器」との構成要素が,本願発明を特定するために必要な事項に含まれること及び補正によってその事項を限定するものといえること,すなわち,補正前の請求項に含まれる包括的抽象的な解決手段たる上位概念を,具体的な解決手段たる下位概念とすることによって,当該事項を限定することが必要である。
(2) 本願発明には,本件補正により付加された構成要素についての包括的抽象的な解決手段となる上位概念である「検出」に関する技術的事項は,何ら記載がされていない。
したがって,本件補正事項は,本願発明の発明特定事項に新たな発明特定事項を追加するものであって,特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものとは認められず,さらに,請求項の削除,誤記の訂正あるいは明瞭でない記載の釈明のいずれを目的とするものでもないことも明らかである。
(3) なお,原告は,制御に必要な信号を得るための具体的な機器を特定することにより,当該制御の内容をより具体的に限定するものであると主張するが,「検出」に係る構成が必要であることが自明であったとしても,本件補正前に構成として記載されていない以上,具体化する対象は存在しないものであり,また特に具体化する必然性も見当たらない。
2 取消事由2(本願補正発明の容易想到性の判断に係る手続違背)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,本願補正発明が,引用例1及び2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとの拒絶の理由を原告に通知することなく,また,相当の期間を指定して,意見を述べる機会を与えることなく,本件補正を却下したのであるから,法159条2項により準用される法50条に違反する。
引用例1を新たに主引用例とし,引用例2ないし4を副引用例とする拒絶理由については,審判合議体は,原告に通知せず,相当の期間を指定して意見を聞く機会も与えていない。
(2) 拒絶査定不服審判請求に際して行われた補正については,新規性,進歩性等の独立特許要件を欠く場合,これを却下すべきこととされ,その場合,拒絶理由を通知することは必要とされていない。また,補正の制限に関する規定の趣旨は,当初明細書の範囲内で自由に補正ができるのは,原則1回とし,審判請求時の補正を含む2回目以降の補正については厳しく制限することで,審査や審理の迅速性が十分に確保されることとしたものである。これらのことは,いずれも,適正手続が保障されていることが前提である。
本件審決は,適正手続を欠いていた。
(3) 被告は,補正却下の決定は,原告にとって特別に過酷であるとはいえないと主張するが,補正の却下は,法律の規定に則って判断されるべきであり,過酷か否かに基づいて判断するべきではない。なお,本件審決の補正却下の決定は,以下のとおり,原告にとって,過酷であった。
ア 原告は,審査官から,引用例2を主引用例とする拒絶理由通知を受けた。そして,特許請求の範囲などの補正を行って,当該拒絶の理由の解消を図り,併せて意見書により,補正により拒絶の理由が解消されたと主張した。しかし,審査官は,拒絶査定をし,その際,補正された事項に関し,周知の事項である根拠として,引用例1を例示した。
イ 原告は,審判請求を行い,併せて,法17条の2第4項の規定に基づいて,本件補正を行った。そして,審判請求書において,補正により拒絶の理由は解消されている旨主張した。
審判請求の理由における原告の主張は,審査官が示した引用例2を主引用例とする拒絶の理由の解消を念頭においており,周知例として例示された引用例1を主引用例とすることは全く検討していない。
なぜならば,そもそも,審判請求人は,特許を取得するために審判請求を行い,特許取得のための障害が,拒絶査定となった拒絶の理由であるから,当該拒絶理由を解消することに最大限の努力を払うが,審査官が指摘していない拒絶の理由が存在するか否かについて検討することは行わない。拒絶の理由が構成できる場合,当該拒絶の理由を構成して提示するのは審査官又は審判官の責務であり,出願人の責務ではないからである。
また,審判請求人は,審判合議体が審判請求時の補正により,拒絶査定が維持できないと判断した場合において,もし,審査官とは異なる拒絶の理由を構成する場合は,法159条2項により準用される法50条の規定による拒絶の理由が通知されると考えているからである。
ウ 本件出願は,前置審査に付され,前置審査官は,本件補正は,特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものであると判断した。しかしながら,前置審査官は,本願補正発明は,新たに引用例3を主引用例とする拒絶の理由が構成でき,独立特許要件を満たさないから,本件補正は却下すべきものである旨を前置報告書に示した。
なお,前置審査手続に関する法163条2項は,審判の請求に係る査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合は,法50条を準用し,審判請求人に拒絶の理由を通知する旨規定しているから,前置審査官による手続に手続違背がある。
エ 審判合議体は,審尋により,前置審査官の判断に対する原告の意見を求めた。
原告は,審尋回答書において,新たな拒絶の理由に対し,意見を述べる機会を与えるべきことを強く求めた。
オ 以上のとおり,本件出願に対する一連の審査・審判手続において,主引用例がそれぞれ異なる3つの拒絶理由が構成されており,しかも,引用例1を拒絶査定の際に周知例として自ら提示した審査官も,前置審査においてこれを主引用例とする拒絶理由を構成することはしなかったのである。
そうすると,引用例1を主引用例とした拒絶の理由を構成し,本件補正を却下したことは,到底,適正手続とはいえないし,原告にとって過酷であるとしかいいようがない。
カ 本件審決は,本願補正発明は,引用例1ないし4に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断したが,このうち,引用例1に加え,引用例3及び4についても,原告に意見を述べる機会を与えていない。しかも,引用例2が本件審決の対比判断で登場するのは,わずかであるから,対比判断の対象となった技術的事項のほとんどは,原告が知らないまま行われたことになる。このことからも,原告にとって過酷であり,これは,最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁に照らしても適正手続とはいえない。
〔被告の主張〕
(1) 本件補正は,法17条の2第1項4号に該当する拒絶査定不服審判請求日から30日以内に行う補正であるから,同条3項ないし5項に規定される要件を満たす必要があり,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正について,いわゆる「独立特許要件」を満たす必要がある(同条5項により準用される法126条5項)。
(2) 一方,法53条は,法17条の2第1項3号に係る補正が,同条3項から5項までの規定に違反している場合には,決定をもってその補正を却下すべきものとし,拒絶査定不服審判に準用される(法159条1項)。また,法50条ただし書は,拒絶査定をする場合であっても,補正の却下をするときは,拒絶理由を通知する必要はないとするもので,拒絶査定不服審判に準用される(法159条2項)。したがって,拒絶査定不服審判請求に際して行われた補正については,いわゆる新規事項の追加に該当する場合や補正の目的に反する場合だけでなく,新規性,進歩性等の独立特許要件を欠く場合であっても,これを却下すべきこととされ,その場合,拒絶理由を通知することは必要とされていない。
(3) なお,補正の制限に関する規定の趣旨は,以下のとおりである。
すなわち,昭和63年法改正で多項制を採用したことにより,必要な権利が取得できる環境が整ったにもかかわらず,出願当初から多項制を活用し,補正を余り行わない出願と,出願当初に十分な検討を行わず,過度の補正を行う出願とがあり,後者の出願は,補正のたびに新たに審査・審理がし直されることとなって,迅速性に支障が生じるとともに,前者の出願との不公平が生じていた。
そこで,当初明細書の範囲内で自由に補正ができるのは原則1回とし,2回目以降の補正(審判請求時の補正を含む。)については,厳しく制限することとし,最後の拒絶理由通知を受けた後になされた補正や拒絶査定不服審判を請求する際の補正が不適法である場合,当該補正を却下することにより,審査や審理が繰り返し行われることを回避して,審査や審理の迅速性が十分に確保されることとしたものである。
(4) よって,審判請求の際における特許請求の範囲を減縮する補正が,例えば,進歩性が欠如するものである場合には,拒絶の理由を通知することなく,直ちに補正を却下するという制度設計がなされたものである。
(5) 以上のとおり,本件審決において,本件補正により発明特定事項が付加されたことに対応して,拒絶査定時に提示した引用例1を主引用例とし,引用例2ないし4を副引用例とする拒絶の理由により独立特許要件を欠くと判断し当該補正を却下した判断には,何ら違法はない。
(6) 補正却下の判断において,引用例1を主引用例として拒絶の理由を構成したことは,以下のとおり,原告にとって特別に過酷であるとはいえない。
原告は,審判請求書において,引用例2,周知例3,周知例2及び引用例1の開示事項を記載するとともに,本願補正発明と上記各文献に記載された発明とを対比させて,一致点,相違点を挙げて詳細に検討している。
引用例1は拒絶査定時に提示しており,現に原告は審判請求書において,引用例1と本願補正発明を対比して詳細に検討しているように,意見を述べる機会は十分にあったと考えられ,実質的に必要なところは論じ尽くしているとみることができ,原告に具体的な不利益が生じていたとは認められない。そして,原告は必要であれば,審判請求の際に,引用例1やその他の引用例及び周知技術を考慮して,補正を行う機会が十分にあったものである。
3 取消事由3(本願発明の容易想到性の判断に係る手続違背)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,本願発明について,引用例1を主引用例とし,引用例2ないし4を副引用例とする拒絶の理由を原告に通知せず,また,原告に意見を述べる機会を与えることなく,これを拒絶したものであるから,法159条2項により準用される法50条に違反する。
(2) 本願発明についても,本願補正発明と同様,原告に過酷な手続であった。
主引用例が異なれば,公知事実が異なるから,基本的に拒絶の理由も異なる。また,引用例1は,引用例2を主引用例として構成された拒絶の理由による拒絶査定の時に,周知の事実であることを示す例示として示されたにすぎない文献である。
したがって,引用例2を主引用例とする拒絶の理由と,引用例1を主引用例とする拒絶の理由とは,明らかに異なる拒絶の理由であるから,審判請求人に意見を述べる機会を与え,また法律で定められた対応ができるようにすべきである。
(3) 本願の審査・審判手続において,本件審決を含めると主引用例がそれぞれ異なる3つの拒絶の理由が構成されている。もし,どの文献を出発点として容易想到性の説明をするかによって大差がないのであれば,そのように主引用例を2回も変える必要はない。
(4) 適正手続の保障と特許性の判断の結果とは厳密に分けるべきものである。
そうでないと,ある出願の審査において,いずれにしても特許となる可能性がないと判断した場合は,審査において拒絶の理由を通知することなく,いきなり拒絶査定をすることを許容することになるからである。
また,適正手続が保障されない審査・審判手続において,不利益処分を受ける審判請求人の意見を聞いてもらえず,また,法律で定められた対応ができない審判請求人は,不満を残すことになる。そのことが,本来的には係争とはならないはずの係争を誘発する原因ともなる。それらは,特許法の目的にも合致しないものである。
〔被告の主張〕
(1) 本願発明は,従来の油圧回路駆動装置による油漏れ,応答性の悪さ,制御の困難さ等の諸問題を解決するために電動駆動装置を採用したものであり,その構成として,電源,コンバータ,インバータ,電動機,コントローラ,操作レバー,作業機用アクチュエータ,旋回駆動装置という,電動駆動に必要な最小限の装置が特定されている。これら,本願発明を構成する構成要素自体はありふれたものであって格別の特徴はなく,また,請求項においても,上記課題を解決するために何らかの有機的な結びつきを有しているというわけではなく,単にそれぞれの機能を有する構成要素が羅列されているに等しいものである。すなわち,どの構成要素も特別の結びつきなく,独立,並列して特定されているものであって,これらの構成要素についてそれぞれ開示されている複数の文献があれば,これらを寄せ集めることで本願発明が成り立つということができる。
したがって,本願発明においては,どの文献を出発点として容易想到の説明をするかによって,説明の仕方,説明の順序はそれぞれ変わってくるものの,判断の内容,枠組み自体に変わりはない。よって,本件審決が引用例1を出発点として本願発明の容易想到性を説明したとしても,拒絶の理由を変更したというわけではない。
(2) 審判請求書において,原告は,本願補正発明と引用例2及び1に記載された発明とを対比させて,一致点,相違点を挙げて詳細に検討している。
これを受けて,審判合議体は審判請求書において原告が引用例1を詳細に検討していると判断したため,本願発明について,拒絶査定時に提示した引用例1を主引用例とし,相違点について,拒絶査定時に提示した引用例2及び周知の技術事項により,進歩性を否定した拒絶理由を構成したものである。
そして,実質的な判断枠組みは,拒絶査定時と審決時で変化はなく,出発点を変えて,容易に想到できる理由を分かりやすく説明し直したにすぎず,実質的な判断に格別の差異はない。
(3) 本件審決が本願発明と引用発明1との一致点と認定した構成は,そもそも周知技術であり,例えば,周知例1にも同様の構成が記載されている。
そして,本件審決のように,上記の周知の技術事項が開示されている引用例1を主引用例として,引用例2と周知例1ないし3に記載された周知の技術事項で拒絶理由を構成したものと,拒絶査定時のとおり,引用例2を主引用例とし,周知例2及び3に記載された周知の技術事項並びに引用例1に記載された上記の周知技術で拒絶理由を構成したものは,どちらも引用例1及び2に記載された発明並びに周知の技術事項を寄せ集めた構成であるので,表現の差こそあれ,実質的な相違点の認定,対比,判断に差異はない。
すなわち,個別の判断事項は,拒絶査定時において既に判断を示しているものであり,原告においても,主引用例を引用例1とすることにより新たに特段の検討を要するものでなく,効果においても,上記文献から容易に導き出せるものである。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(補正の目的要件の判断の誤り)について
(1) 本件補正事項について
ア 「コンバータ」及び「インバータ」
コンバータとは,交流を直流に変換する機器をいい,インバータとは,直流を交流に変換する機器をいうものであるから,本件補正事項のうち,コンバータを「交流電源出力を直流出力へ変換するコンバータ」,第1のインバータを「前記直流出力を交流出力へ変換する第1のインバータ」,第2のインバータを「前記直流出力を交流出力へ変換する第2のインバータ」とした部分は,「コンバータ」及び「インバータ」という用語に本来的に包含されている,これらの機器の動作・機能を追加したにすぎない。
イ 「電源」
また,本願補正発明が「交流電源」であるのに対し,本願発明は単に「電源」である。後者の「電源」については「該電源に接続されるコンバータ」と記載されているから,この「電源」はコンバータに交流を供給するもの,すなわち交流電源と解される。また,本願明細書(甲2)を参酌しても,交流電源以外の記載や示唆もないことから,「電源」は交流電源と解される。
ウ 各種の「検出器」
本願補正発明は,①「電源電圧・電流検出器」,②「第1の電圧・電流検出器」,③「第2の電圧・電流検出器」,④「前記作業機用交流電動機および前記旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器」及び⑤「該検出器,前記電源電圧・電流検出器および前記第1,第2の電圧・電流検出器に接続され」た「コントローラ」を発明特定事項とするのに対し,本願発明は,これらを発明特定事項としていない。
エ 「複合操作を可能」
本願補正発明は,「前記作業機用アクチュエータの駆動と前記旋回駆動装置の駆動との複合操作を可能にする」ものであり,本願発明の「制御」に限定を付することによって,「制御」を下位概念化したものである。
作業機用アクチュエータ及び旋回駆動装置を備える建設機械では,旋回を行いながら,パワーショベル,クローラクレーン,トラッククレーン等の作業機用アクチュエータの操作を行うといった使用が,一般的な使用方法として想定されている。よって,「前記コントローラが前記設定操作信号に基づいて所定の演算処理を行い,その演算結果により前記コンバータと前記第1および第2のインバータを制御」することは,当然,「前記作業機用アクチュエータの駆動と前記旋回駆動装置の駆動との複合操作を可能にする」という目的下でなされるものであって,両者は実質的に同一の制御方法ということができる。そうすると,上記補正事項によっても,本願補正発明が本願発明と技術的に差があるとはいえない。
オ 実質的な構成の相違
以上のことから,本願発明と本願補正発明との実質的な相違は,本願補正発明では,①「電源電圧・電流検出器」,②「第1の電圧・電流検出器」,③「第2の電圧・電流検出器」,④「前記作業機用交流電動機および前記旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器」及び⑤「該検出器,前記電源電圧・電流検出器および前記第1,第2の電圧・電流検出器に接続され」た「コントローラ」を有するのに対し,本願発明は,上記事項①ないし⑤の有無を問わない点にあるということができる。
カ 作用効果の相違
本願明細書(甲2)によれば,本願発明は,「操作レバーの操作設定に応じてコントローラで所定の演算を行い,インバータにより前記演算結果に制御精度高く,且つ個別に応答してそれぞれの応答性よく電動機を制御することができる」(【0008】)及び「コントローラにより両方のインバータを任意の設定で並列運転できるので,作業機用アクチュエータの駆動と旋回駆動装置の駆動との複合操作が容易にできる」(【0009】)という作用効果を奏する。
一方,本願補正発明は,本願発明の上記作用効果に加えて,「電動機の回転数をエンコーダで検出するので,その検出データをコントローラの処理しやすいコードデータとすることができる」(甲1【0009】)という作用効果を奏する。
(2) 補正の目的要件について
本件補正において,①「電源電圧・電流検出器」,②「第1の電圧・電流検出器」,③「第2の電圧・電流検出器」,④「前記作業機用交流電動機および前記旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器」及び⑤「該検出器,前記電源電圧・電流検出器および前記第1,第2の電圧・電流検出器に接続され」た「コントローラ」については,本件補正前の請求項1に記載されておらず,また,上記検出器等との関連性を示す上位概念的な記載も存在しない。
したがって,本件補正事項に係る上記①ないし⑤を追加することは,いわゆる外的付加に該当するというべきであり,限定的減縮を目的とするものとはいえない。また,本件補正事項は,請求項の削除,誤記の訂正あるいは明瞭でない記載の釈明を目的とするものではないことは明らかである。
そうすると,本件補正は,法17条の2第4項に規定する目的要件を満たさない。
(3) 原告の主張について
ア 原告は,限定的減縮の趣旨に照らし,先行技術調査の必要がない本件補正は,補正の目的要件を満たす旨主張する。
イ しかしながら,①「電源電圧・電流検出器」,②「第1の電圧・電流検出器」,③「第2の電圧・電流検出器」,④「前記作業機用交流電動機および前記旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器」及び⑤「該検出器,前記電源電圧・電流検出器および前記第1,第2の電圧・電流検出器に接続され」た「コントローラ」の追加は,限定的減縮を目的としたものではなく,補正の目的要件に合致しないことは,上記のとおりである。
ウ また,①「電源電圧・電流検出器」,②「第1の電圧・電流検出器」及び③「第2の電圧・電流検出器」については,本件補正前の請求項1のみならず,請求項2又は3にも記載されておらず,本願明細書(甲2)の解決課題(【0004】),解決手段(【0006】~【0009】)及び作用効果(【0019】)のいずれにおいても言及されておらず,わずかに,発明の実施の形態において,電圧・電流検出器が電圧及び電流を単に検出する点(【0015】),これらの検出データに基づきコントローラの何らかの制御を行う点(【0016】)及びこれらの検出データはコントローラに取り込まれる点(【0016】)が記載されているにすぎない。
そうすると,①「電源電圧・電流検出器」,②「第1の電圧・電流検出器」及び③「第2の電圧・電流検出器」について,本願発明との関連性を認めることはできず,本願発明の先行技術調査において当然に考慮されるべきものとはいえない。
(4) 小括
以上によれば,本件補正が法17条の2第4項が規定する補正目的要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本願補正発明の容易想到性の判断に係る手続違背)について
前記1のとおり,本件補正は目的要件を満たしていないから,いわゆる独立特許要件については判断するまでもなく,法159条1項により準用される法53条1項の規定により,却下されるべきものである。
独立特許要件の判断が不要である以上,原告の主張する取消事由2は,その前提を欠くものである。
3 取消事由3(本願発明の容易想到性の判断に係る手続違背)について
(1) 本件出願に係る審査・審判の経緯
後掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,本件審決に至る経緯は以下のとおりであることが認められる。
ア 平成21年8月13日付けの拒絶理由通知においては,引用例2を主引用例とし,周知例3及び2を副引用例として,出願当初の発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲15)。そこで,原告は,平成21年10月23日付けで意見書(甲16)を提出するとともに,同日付けの手続補正書(甲2)により明細書について補正する手続補正をした。
イ 平成22年3月25日付けの拒絶査定においては,引用例2を主引用例とし,周知例3及び2を副引用例とし,引用例1を周知の技術事項の例として,本願発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲17)。そこで,原告は,平成22年7月16日,これに対する不服の審判を請求し,同日付けで,本件補正をした(甲1)。
ウ 平成23年1月31日付けの書面による審尋においては,引用例3を主引用例,引用例4及び周知例1を副引用例とし,周知例3及び2を周知の技術事項の例として,本願補正発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲19)。そこで,原告は,同年4月21日付けで回答書(甲20)を提出した。
エ 本件審決は,引用例1を主引用例とし,引用例2ないし4を副引用例とし,周知例1ないし3を周知の技術事項の例として,本願補正発明及び本願発明のいずれについても当業者が容易に発明することができたものである旨判断した。
オ 以上のとおり,本件審決は,本願発明の容易想到性の判断において,拒絶理由通知及び拒絶査定で主引用例とされた引用例2ではなく,拒絶査定で周知の技術事項として例示された引用例1を主引用例に格上げした上で,容易に想到できると判断した。
(2) 引用例1を主引用例とした場合の対比
ア 引用例1には,以下の事項が記載されている(甲5)。
(ア) 技術分野
本発明は,複数の駆動モータをインバータ装置で運転制御するクレーン装置に係り,特に,インバータ装置の改良に関する(【0001】)。
(イ) 従来の技術
荷物を上下動させる昇降装置,前記昇降装置を左右方向に移動させる横行装置及び前後方向にを移動させる走行装置を備えるクレーン装置は,前記各装置がそれぞれ駆動モータを備えている。この各駆動モータは,要求される多様な駆動特性を得るために,インバータ駆動方式が採用されるようになってきた(【0002】)。
しかしながらこのようなクレーン装置は,3組のインバータ装置が必要なので高価になってしまう(【0007】)。
(ウ) 解決課題
従来のクレーン装置における各駆動モータを運転するためのインバータ装置は,各駆動モータ毎に独立して専用に構成されているので高価であった(【0009】)。
本発明の目的は,クレーン装置における複数の駆動モータを各駆動モータに要求される各種の特性に合わせて運転することができる安価なインバータ装置を提供することにある(【0010】)。
(エ) 解決手段
本発明は,サドル駆動モータを備えたクレーンサドル装置と,トロリ駆動モータを備えた横行トロリ装置と,昇降駆動モータを備えた昇降装置と,各駆動モータを運転するインバータ装置と,該インバータ装置に指示を与える操作入力装置とを備えたクレーン装置において,前記インバータ装置に,前記各駆動モータ毎に設けたインバータ部と,該各インバータ部に共通に給電する直流電圧生成部と,前記各駆動モータ毎の条件設定部と,前記操作入力装置からの指示に基づいて前記各条件設定部から制御条件を読み出して前記各インバータ部を制御する共通の演算部と,前記直流電圧生成部に接続された共通の回生電力消費部とを設けたことを特徴とする(【0011】)。
(オ) 作用
直流電圧生成部は各駆動モータ毎の各インバータ部に共通に給電し,演算部は操作入力装置からの指示に基づいて各駆動モータ毎の条件設定部から制御条件を読み出して前記各インバータ部を制御し,共通の回生電力消費部で各回生電力を消費する(【0012】)。
(カ) 実施例
図2は本発明になるインバータ駆動方式のクレーン装置の全体構成を示す斜視図である(【0013】)。
サドル駆動モータとトロリ駆動モータと昇降駆動モータを運転する共通のインバータ装置は昇降装置に設置され,操作入力装置からの指示に従って各駆動モータをそれぞれに要求される特性で運転するように接続される(【0014】)。
このインバータ装置は,図1に示すように,電源からの交流電圧を直流電圧に変換するコンバータ部及び平滑コンデンサを備えた直流電圧生成部を備える。この直流電圧生成部は,各駆動モータへの給電に共通に使用されるもので,サドル駆動モータに給電するサドル駆動モータ用インバータ部,トロリ駆動モータに給電するトロリ駆動モータ用インバータ部及び昇降駆動モータに給電する昇降駆動モータ用インバータ部に直流電圧を供給するように共通に接続される(【0015】)。
クレーンサドル装置は,図3(a)に示すように,加速時間t1で所定の定速走行速度V1まで加速され,減速時間t2で停止する運転パターンとなるような運転特性が要求され,この運転特性及びこの運転特性を得るために必要な駆動モータ制御条件が条件設定部に予め設定される。この運転特性及び制御条件は,必要に応じて変更可能にされる。また,横行トロリ装置は,図3(b)に示すように,加速時間t3で所定の定速横行速度V2まで加速され,減速時間t4で停止する運転パターンとなるような運転特性が要求され,この運転特性及びこの運転特性を得るために必要な駆動モータ制御条件が条件設定部に予め設定される。この運転特性及び制御条件も,必要に応じて変更可能にされる。更に,昇降装置は,図3(c)に示すように,加速時間t5で所定の定速昇降速度V3まで加速され,減速時間t6で停止する運転パターンとなるような運転特性が要求され,この運転特性及びこの運転特性を得るために必要な駆動モータ制御条件が条件設定部に予め設定される。この運転特性及び制御条件も,必要に応じて変更可能にされる(【0016】)。
演算部は,前記操作入力装置からの運転指示に基づいて運転すべき駆動モータに該当する条件設定部から前記運転特性及び制御条件を読み出して該当するインバータ部の出力周波数,出力電圧及び出力電流等を演算し,駆動部に演算結果を与えて該当インバータ部を制御することにより該当する駆動モータへの給電を制御する(【0017】)。
回生電力消費抵抗器と回生電力制御器を備えた回生電力消費部は前記直流電圧生成部の直流電源線に接続され,前記各駆動モータの減速エネルギーが回生されて該直流電源線の電圧が上昇したときに該回生電力を熱エネルギーに変換して放熱することにより消費する。因に,減速エネルギーは,図3に示す各装置の運転パターンの斜線領域の面積S1~S4に比例する。これらの減速は重複したタイミングで発生する可能性があるので,前記回生電力消費部は各減速が重畳して発生したときの回生電力を消費できる容量を有することが望ましい(【0018】)。
このように構成されたクレーン装置は,操作入力装置から前方向(矢印a方向)への走行が指示されると,演算部は条件設定部に設定されている運転特性及び制御条件を読み出してサドル駆動モータに供給する周波数,電圧及び電流を演算し,駆動部を介してサドル駆動モータ用インバータ部を制御することにより前記サドル駆動モータを前進回転方向に運転する。また,後方向(矢印b方向)への走行が指示された場合には,同様にして,サドル駆動モータを後進回転方向に運転する。そして,各停止時の減速エネルギーによって発生する回生電力は,回生電力制御器に制御されて回生電力消費抵抗器により消費される(【0019】)。
左方向(矢印c方向)への移動が指示されると,演算部は条件設定部に設定されている運転特性及び制御条件を読み出してトロリ駆動モータに供給する周波数,電圧及び電流を演算し,駆動部を介してトロリ駆動モータ用インバータ部を制御することにより前記トロリ駆動モータを左移動回転方向に運転する。また,右方向(矢印d方向)への移動が指示された場合には,同様にして,トロリ駆動モータを右移動回転方向に運転する。そして,各停止時の減速エネルギーによって発生する回生電力は,回生電力制御器に制御されて回生電力消費抵抗器により消費される(【0020】)。
そして,吊り荷を上昇(矢印e方向)させるように指示されると,演算部は条件設定部に設定されている運転特性及び制御条件を読み出して昇降駆動モータに供給する周波数,電圧及び電流を演算し,駆動部を介して昇降駆動モータ用インバータ部を制御することにより前記昇降駆動モータを上昇回転方向に運転する。また,下降(矢印f方向)させるように指示された場合には,同様にして,昇降駆動モータを下降回転方向に運転する。各停止及び下降時の減速エネルギーによって発生する回生電力は,回生電力制御器に制御されて回生電力消費抵抗器により消費される(【0021】)。
(キ) 効果
本発明は,各駆動モータ毎に設けた各インバータ部には共通の直流電圧生成部から給電し,操作入力装置からの指示に基づいて共通の演算部で各駆動モータ毎の条件設定部から制御条件を読み出して前記各インバータ部を制御し,共通の回生電力消費部で各回生電力を消費するようにしたので,構成手段の効果的な共用によってクレーン装置における複数の駆動モータを各駆動モータに要求される各種の特性に合わせて運転することができる安価なインバータ装置が得られる(【0022】)。
イ 以上の記載によれば,引用例1に記載された発明は,複数の駆動モータをインバータ装置で運転制御するクレーン装置において,従来,荷物を上下動させる昇降装置,昇降装置を左右方向に移動させる横行装置及び前後方向に移動させる走行装置のそれぞれを個別に設けられた駆動モータのインバータ制御によって駆動させるものが知られていたところ,昇降装置,横行装置及び走行装置を個別に駆動するために,3組のインバータ装置が必要なので高価になるといった問題点を解決すべき課題とし,インバータ部に直流電圧を給電するコンバータ部と,インバータ部のそれぞれを制御する演算部と,回生電力を消費する回生電力消費抵抗器とを共通化することによって,上記問題点を解決したものであり,本件審決が引用発明1として認定したとおりのものである。
ウ 本願発明は,「電源」(交流電源)と「電源に接続されるコンバータ」とを発明特定事項とするのに対し,引用発明1は,交流電圧を発生する電源と,インバータに直流電圧を供給するために,電源からの交流電圧を直流電圧に変換するコンバータ部とを有する。よって,引用例1を主引用例とした場合,「電源」及び「電源に接続されるコンバータ」は,本願発明との一致点となる。
(3) 引用例2を主引用例とした場合の対比
ア 引用例2には,以下の事項が記載されている(甲6)。
(ア) 技術分野
本発明は,自走式のジブクレーン装置に関する(【0001】)。
(イ) 従来の技術
従来の自走式でジブ(腕)を有するジブクレーン装置は,ジブクレーン装置の旋回部に巻き上げ制御装置,引き込み制御装置及び旋回制御装置が設置され,走行部に走行制御装置が設置されており,これらの制御装置は電気的に並列回路に接続され,走行台車の上に置かれたディーゼルエンジンと交流発電機からなるディーゼル発電装置によって交流電源が供給されている(【0002】)。
そして,各制御装置は電動機と電動機を駆動するインバータ装置から構成されているが,インバータ装置の電源側には高調波を低減するための交流リアクトルが直列に接続されている。なぜなら,インバータ装置は半導体素子によって構成されており高調波を発生するからである(【0003】)。
また,各インバータ装置にはそれぞれ個別に回生抵抗器が接続されており,電動機が急速に減速するときに発生する回生電力を消費させてインバータ装置を構成する半導体素子を保護している(【0004】)。
しかしながら,従来のジブクレーン装置には,ディーゼルエンジンにより交流発電機を駆動し交流主回路をコンバータ装置のダイードやサイリスタなどの整流器により直流主回路電源に変換するとき,交流発電機の有するリアクタンスにより,交流電流波形は交流相電流の重なりによる転流重なり角を持っているので矩形波となり,交流相電流の重なり期間である重なり角部分の電圧は交流相電圧の平均電圧値をとるため半減し高調波電流が発生する(【0005】)。
そのために,高調波電流を低減する目的の交流リアクトルを設ける必要がある。また,交流発電機の容量選定においても,制御装置から発生する高調波電流を等価逆相電流に換算し,この値が交流発電機の許容等価逆相電流(15%)以下となるように選定するため,高調波電流の約6.7(1/0.15)倍以上の電流を必要とする交流発電機の容量を選定する必要があった(【0006】)。
このことは高調波電流の電流値により交流発電機の容量が決まることになる。このような理由により,従来のジブクレーン装置は大きな容量の制御装置となっていた(【0007】)。
(ウ) 解決課題
本発明は,このような従来の問題点を解決するために交流電流から整流器により直流電流に変換するとき発生する高調波電流を低減することで従来の課題を解決できるジブクレーン装置を提供することを目的としている(【0008】)。
(エ) 解決手段
本発明のジブクレーン装置は,走行用の電動機に交流電源を供給するジブクレーン走行用のインバータ装置と,ジブクレーン走行用のインバータ装置と並列に接続されて巻き上げ用の電動機に交流電源を供給する巻き上げ用のインバータ装置と,ジブクレーン走行用のインバータ装置と並列に接続されて引き込み用の電動機に交流電源を供給する引き込み用のインバータ装置と,ジブクレーン走行用のインバータ装置と並列に接続されて旋回用の電動機に交流電源を供給する旋回用のインバータ装置と,これらのインバータ装置に共通の直流電源を供給する直流発電機とを備えたことを特徴としている(【0009】)。
(オ) 実施例
次に本発明のジブクレーン装置の実施の形態を説明する。図1において,ジブクレーン走行用のインバータ装置は走行用の電動機に交流電源を供給する装置である。また,巻き上げ用のインバータ装置はジブクレーン走行用のインバータ装置と並列に接続されて巻き上げ用の電動機に交流電源を供給する装置であり,引き込み用のインバータ装置はジブクレーン走行用のインバータ装置及び巻き上げ用のインバータ装置と並列に接続されて引き込み用の電動機に交流電源を供給する装置であり,旋回用のインバータ装置はジブクレーン走行用のインバータ装置,巻き上げ用のインバータ装置及び引き込み用のインバータ装置と並列に接続されて旋回用の電動機に交流電源を供給する装置である(【0010】)。
これらのインバータ装置は直流電源を供給する直流発電機に並列に接続されており,共通の母線には回生抵抗器が接続されており,インバータ装置から発生する回生電力を消費することができる(【0011】)。
また,インバータ装置はそれぞれ電動機と組み合わされて走行制御装置,巻き上げ制御装置,引き込み制御装置及び旋回制御装置を構成している(【0012】)。
(カ) 作用効果
以上説明したように本実施例によれば,直流発電機から直流主回路電流を直接インバータ制御装置に入力することにより,高調波低減用の交流リアクトルと交流電流に変換するコンバータ制御装置が不要となり,整流器から発生する高調波が削減される。従って,高調波電流はインバータ制御装置と電動機からの電流となり直流発電機の容量は小さくでき,走行式ジブクレーン装置としてコンパクト(簡易)化が図れる(【0015】)。
また,高調波電流を低減することにより直流発電機の出力電圧波形の歪みを低減でき,発電機などの故障率の低下が行われる。また,直流主回路電源の共有化により制動時の発電機からの回生電流の消費用の回生抵抗器も共用でき装置のコンパクト化が図れる(【0016】)。
イ 以上の記載によれば,引用例2に記載された発明は,インバータ装置によって巻き上げ制御装置等の電動機を駆動する自走式のジブクレーン装置において,従来,ディーゼルエンジンにより交流発電機を駆動し,コンバータ装置で交流電源から直流電源に変換するものが知られていたところ,コンバータ装置で交流から直流へ変換する際に高調波電流が発生するといった問題点を解決すべき課題とし,交流発電機の代わりにコンバータ装置が不要な直流発電機を用い,直流発電機の直流出力をインバータ装置に直接入力することによって,上記問題点を解決するものであり,本件審決が引用発明2として認定したとおりのものである。
ウ 本願発明は,「電源」(交流電源)と「電源に接続されるコンバータ」とを発明特定事項とするのに対し,引用発明2では,直流発電機からの直流出力がインバータにそのまま供給され,コンバータは存在しない。よって,引用例2を主引用例とした場合,「電源」及び「電源に接続されるコンバータ」は,本願発明との相違点となる。
エ また,引用発明2は,交流発電機(交流電源)を用いた場合の問題点の解決を課題として発明されたものであることから,その直流発電機(直流電源)を交流発電機(交流電源)に再び戻すことには,一定の阻害要因があるものと認められる。
そうすると,引用発明2を主引用例として,引用発明2の直流発電機(直流電源)を本願発明に係る「電源」及び「電源に接続されるコンバータ」に変更することが容易想到であるか否かの判断にあたっては,引用発明2の上記解決課題が判断材料の一つとして考慮されるべきである。
(4) 主引用例の差替えについて
ア 一般に,本願発明と対比する対象である主引用例が異なれば,一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになる。したがって,拒絶査定と異なる主引用例を引用して判断しようとするときは,主引用例を変更したとしても出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情がない限り,原則として,法159条2項にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるものとして法50条が準用されるものと解される。
イ 前記(2)ウ,(3)ウのとおり,本件においては,引用例1又は2のいずれを主引用例とするかによって,本願発明との一致点又は相違点の認定に差異が生じる。
拒絶査定の備考には,「第1及び第2のインバータを,電源に接続されるコンバータに接続することは,周知の事項であって(必要があれば,特開平7-213094号公報を参照。)…」と記載されていることから(甲17),審判合議体も,主引用例を引用例2から引用例1に差し替えた場合に,上記認定の差異が生じることは当然認識していたはずである。
ウ そして,前記(3)エのとおり,引用発明2を主引用例とする場合には,交流発電機(交流電源)を用いた場合の問題点の解決を課題として考慮すべきであるのに対し,引用発明1を主引用例として本願発明の容易想到性を判断する場合には,引用例2のような交流/直流電源の相違が生じない以上,上記解決課題を考慮する余地はない。
そうすると,引用発明1又は2のいずれを主引用例とするかによって,引用発明2の上記解決課題を考慮する必要性が生じるか否かという点において,容易想到性の判断過程にも実質的な差異が生じることになる。
エ 本件において,新たに主引用例として用いた引用例1は,既に拒絶査定において周知技術として例示されてはいたが,原告は,いずれの機会においても引用例2との対比判断に対する意見を中心にして検討していることは明らかであり(甲1,16,20),引用例1についての意見は付随的なものにすぎないものと認められる。
そして,主引用例に記載された発明と周知技術の組合せを検討する場合に,周知例として挙げられた文献記載の発明と本願発明との相違点を検討することはあり得るものの,引用例1を主引用例としたときの相違点の検討と同視することはできない。
また,本件において,引用例1を主引用例とすることは,審査手続において既に通知した拒絶理由の内容から容易に予測されるものとはいえない。
なお,原告にとっては,引用発明2よりも不利な引用発明1を本件審決において新たに主引用例とされたことになり,それに対する意見書提出の機会が存在しない以上,出願人の防御権が担保されているとはいい難い。
よって,拒絶査定において周知の技術事項の例示として引用例1が示されていたとしても,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるといわざるを得ず,出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情が存在するとはいえない。
オ 被告は,審判請求書において原告が引用例1を詳細に検討済みであると主張する。
しかし,一般に,引用発明と周知の事項との組合せを検討する場合,周知の事項として例示された文献の記載事項との相違点を検討することはあり得るのであり,したがって,審判請求書において,引用例1の記載事項との相違点を指摘していることをもって,これを主引用例としたときの相違点の検討と同視することはできない。
(5) 小括
以上のとおり,本件審決が,出願人に意見書提出の機会を与えることなく主引用例を差し替えて本願発明が容易に発明できると判断したことは,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるにもかかわらず,「特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならない」とする法159条2項により準用される法50条に違反するといわざるを得ない。そして,本願発明の容易想到性の判断に係る上記手続違背は,審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
よって,取消事由3は,理由がある。
4 結論
以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)