知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10062号 判決 2012年6月20日
原告
X
同訴訟代理人弁理士
正林真之
八木澤史彦
髙野芳徳
被告
日本電信電話株式会社
被告補助参加人
株式会社
エヌ・ティ・ティ・データ
上記両名訴訟代理人弁護士
水谷直樹
曽我部高志
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が取消2010-300933号事件について平成24年1月10日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告の下記1の本件商標に係る商標登録の取消しを求める原告の下記2の本件審判請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,原告が本件審決の取消しを求める事案である。
1 本件商標
本件商標(登録第4657563号)は,「NTTデータ」の文字を標準文字で表してなるものであり,平成14年3月18日に登録出願され,第42類「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守及びこれらに関する助言・指導」(以下「本件役務」という。)を含む第35類ないし第45類に属する商標登録原簿に記載の役務を指定役務として,平成15年3月28日に設定登録されたものである(乙1,2,5)。
2 特許庁における手続の経緯
原告は,平成22年8月26日,本件商標の指定役務のうち,本件役務について,継続して3年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが使用した事実がないことをもって,不使用による取消審判を請求し,当該請求は,同年9月15日に登録された(甲11,乙1)。
特許庁は,これを取消2010-300933号事件として審理し,被告補助参加人の補助参加を受けた上で,平成24年1月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その審決書謄本は,同月18日,原告に送達された(甲12,15~18,20,弁論の全趣旨)。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,本件商標の通常使用権者である被告補助参加人が本件審判の請求の登録前3年以内に,日本国内において,本件商標と社会通念上同一と認められる商標を本件役務について使用していた(商標法2条3項8号)から,本件商標の登録を取り消すことはできない,というものである。
4 取消事由
通常使用権者による本件商標の使用の有無についての認定判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
(1) 通常使用権の許諾について
ア 本件審決は,被告補助参加人が本件商標に係る通常使用権者である旨を認定している。
イ しかしながら,被告及び被告補助参加人は,本件商標の使用許諾に関して,許諾が口頭によるものか黙示によるものか,口頭による場合の合意の主体,黙示による場合の評価根拠事実,許諾の時期並びに許諾に関する被告及び被告補助参加人の機関の意思決定という各要件事実を主張していないから主張自体失当であり,本件審決による認定は,主張に基づかない違法なものである。さらに,被告の子会社の商号と一致する商標について被告が商標権者となっている事例は,23件はある(甲24)ところ,被告及び被告補助参加人は,これらと本件商標の扱いの異同について主張していない。
被告及び被告補助参加人は,被告補助参加人が将来の使用許諾を前提として被告に本件商標の登録出願を依頼するなどした旨を主張するが,その証拠とされる乙3の余白手書き部分(2箇所)及び黄色の下線らしきものの部分(4箇所)の作成者が不明である以上,乙3及び当該手書き部分等が反映された乙4に基づいて,当該主張を裏付けることはできないし,乙5は,被告補助参加人にそれが交付されたことを証明していない。また,本件商標については,出願手続において指定商品等の削除等がされている(甲25の1・2)が,その経緯は,不明であって,乙5に記載の登録内容が被告補助参加人の依頼に基づくものであるとは認められない。よって,被告及び被告補助参加人による上記証拠に基づく使用許諾の主張は,採用できない。
なお,被告補助参加人の希望だけで被告が高額にのぼる商標登録出願費用を負担するということは,それ自体不自然である。
ウ むしろ,被告及び被告補助参加人は,許諾が有償か無償か,独占的な許諾か否か,ライセンス期間が何年かといった,当然合意されるべき事項について主張していないこと,被告補助参加人従業員の報告書(甲10)は,本件審判のために裏付けをとることもなく,結論ありきで使用許諾が存在する旨を記載したものであって,その作成者と他の証拠(乙3)の作成者との関係が不明であり信用できないこと,被告による許諾には書面が存在せず,被告及び被告補助参加人の主張も,前記のとおり不明確であること,被告による被告補助参加人関連の各登録商標の出願日(平成4年ないし平成18年。本件商標の出願日は,平成14年3月18日である。)がいずれも昭和63年5月設立の被告補助参加人の事業活動時期と関連がないこと,日本電信電話株式会社等に関する法律(以下「法」という。)8条,25条1項により,被告以外の者は,その商号中に「日本電信電話株式会社」という文字を用いることが刑事罰をもって禁じられているから,被告の商号を英語表記したものの略称である本件商標のうち「NTT」を含む本件商標を他者に対して使用許諾することが想定し難いため,被告と被告補助参加人との間には特殊な関係が存在すること,被告補助参加人が本件商標の出願当時,本件商標と称呼等を同じくする商標の登録を得ていたのにその後権利放棄しているから,本件商標について被告に登録出願を依頼するのが不自然であること(甲25の1),被告補助参加人が現在登録している多数の商標がいずれも「NTT」を含まないものに限られること(甲26),旧郵政省及び総務省に対して,かねてより被告のグループ全体に「NTT」ブランドを使用させるべきではないとの意見が重ねて示されており(甲27,28),被告がこれに逆行する形で「NTT」ブランドを被告補助参加人に使用許諾するとは考え難いことから,被告は,これらの登録商標について被告補助参加人に使用許諾をすることを意図していなかったと推認されることに照らすと,被告による本件商標の使用許諾は,存在しなかったとみるのが自然である。
エ 前記のとおり,被告以外の者は,その商号中に「日本電信電話株式会社」という文字を用いることが刑事罰をもって禁じられており,被告の商号を英語表記したものの略称である本件商標のうち「NTT」の部分は,「データ」の部分と明確に区別できるから,被告による本件商標の使用許諾は,法8条に違反し,公序良俗に反して無効である。
上記法の規定によれば,「NTT」という文字標章は,工業所有権の保護に関するパリ条約6条の3(1)(a)にいう「同盟国が採用する監督用及び証明用の公の記号」に含まれるか,あるいはそれに準じた扱いがされて当然であり,権限のある官庁の許可を受けずに「NTT」を商標の構成部分として使用し,あるいはその許諾をすることは,公序良俗に反して無効である。
仮に,本件商標の使用許諾が法8条又はパリ条約6条の3(1)(a)に違反しないとしても,同法及び同条約の趣旨のほか,商標法50条1項の「通常使用権者」が商標法32条の「商標の使用をする権利」を含まず,商標法53条1項が商標権者の監督責任を問題としていることに鑑みると,被告及び被告補助参加人は,使用許諾の事実を主張するのであれば,被告が通常使用権者(被告補助参加人)に対して権利行使をしていないという事実を主張するだけではなく,本件商標の使用に関する高度なレベルでの監督を行った事実を主張する必要があるのに,これを裏付けるような主張はない。公序良俗,パリ条約あるいは「通常使用権者」と「商標の使用をする権利」の違いに配慮せずに使用許諾を認定した本件審決は,違法である。
オ 以上のとおり,被告補助参加人は,本件商標の通常使用権者ではなく,被告,他の専用使用権者又は他の通常使用権者が本件商標を本件役務に使用した事実はないから,本件商標の本件役務についての使用には証明がなく,この認定を誤る本件審決は,取り消されるべきである。
(2) 被告補助参加人による本件商標の使用態様について
ア 本件審決は,原告による「被告補助参加人による本件商標の使用は,商標的使用態様による使用ではない。」との主張を採用しなかった。
イ しかしながら,被告及び被告補助参加人が主張する被告補助参加人による本件商標の使用は,チラシ(甲4)における「NTTデータ」との記載であるところ,当該記載は,役務を示すものではなく,単に役務を提供する主体を示すものにすぎないから,商標的使用態様において使用されているものではない。
また,被告は,「NTT/DaTa」を二段書きにした文字と10個の白点を三角形条に配した図形からなる商標(以下「別件商標」という。甲2参照)を役務の表示とともに使用した別件事件において,商標としての使用ではなく,被告補助参加人らが同じグループの一員であることを示しているにすぎない旨を主張している(甲3)。したがって,甲4における「NTTデータ」との記載は,なおさらグループの一員であることを示しているにすぎないものであるというべきである。そして,このような主張に反する本件商標の使用に関する主張は,訴訟法上の信義則に違反するものとして却下されるべきである。
ウ 以上のように,被告の主張に係る被告補助参加人による本件商標の本件役務に対する使用は,商標的使用態様での使用ではないものというべきであるから,本件商標の本件役務についての使用については証明がなく,この認定を誤る本件審決は,取り消されるべきである。
(3) 本件審判請求と権利の濫用について
ア 被告及び被告補助参加人は,本件審判請求が審判請求制度の濫用であるかのように主張する(甲15)。
イ しかしながら,登録商標の不使用による取消審判の請求は,専ら被請求人を害することを目的としていると認められる場合などの特段の事情がない限り,権利の濫用となることはない。
そして,原告は,一連の取消審判請求において上記特段の事情に該当するような矛盾した主張をしていないし,商標法50条は,個別の指定商品又は指定役務ごとに不使用取消審判請求がされることを当然に予定しているから,同一の商標に対する,類似群コードが同一の指定役務を対象にした複数の不使用取消審判請求は,審判請求制度の濫用には当たらないばかりか,一連の取消審判請求は,いずれも取消対象となる指定商品又は指定役務を異にしている。また,原告は,本件審判請求前に本件で問題とされているチラシ等の存在を知っていたが,当該チラシ等は,本件においては間接証拠にすぎないから,その存在を認識していたことが本件商標の使用事実の認識となるものではない。
ウ 以上によれば,本件審決取消訴訟は,審判請求制度の濫用の延長に位置づけられるべきものではない。
〔被告及び被告補助参加人の主張〕
(1) 通常使用権の許諾について
ア 被告と被告補助参加人とは,親子会社の関係にあり(甲5),グループ企業として緊密な関係にあるところ,本件商標は,被告補助参加人の商号(株式会社エヌ・ティ・ティ・データ)から「株式会社」の文字部分を除いた上で,「エヌ・ティ・ティ」の文字部分をアルファベットの「NTT」で表記してなるものであり,被告補助参加人の略称そのものであるから,その親会社である被告が登録商標として取得した上で,子会社である被告補助参加人に対して使用を許諾することは,極めて当然のことである。
そして,被告補助参加人は,自社商号の略称である「NTTデータ」を登録商標として確保し,これを自ら使用することを希望していたため,将来の使用許諾を前提として,平成14年3月1日,親会社である被告に対し,本件商標の登録出願を依頼し(乙3),被告も,将来の使用許諾を前提として,登録出願手続を行い,同月20日,被告補助参加人に対し,当該手続を了した旨を報告し(乙4),本件商標の登録後,当該登録証を送付したものである(乙5)。
なお,乙3の手書き部分は,被告知的財産センタ権利化担当が被告補助参加人と協議の上で修正のために記入したものであり,指定商品及び指定役務の内容に関する手続補正(甲25の2)も,被告及び被告補助参加人の協議に基づくものであって,いずれも何ら不明な点はない。
したがって,被告は,被告補助参加人に対し,本件商標について通常使用権を黙示に許諾しているものである(甲10)。
なお,被告と被告補助参加人とは,グループ企業として緊密な関係にあるから,通常使用権の許諾について文書を作成していなくても,何ら不自然ではない。
イ 原告は,通常使用権の許諾についての被告及び被告補助参加人の主張が足りず,あるいは被告補助参加人の従業員の報告書が信用できないばかりか,「エヌ・ティ・ティ・データ」との称呼を生じさせる複数の商標登録出願日と被告補助参加人との事業活動との時期が一致しないことなどから,当該許諾が存在しないかのように主張する。
しかしながら,原告主張に係る事項を列挙しなければ通常使用権の許諾を認定できないというものではないし,被告補助参加人の従業員の報告書についても,原告は,その信用性を疑わせるに足りる具体的な主張をしていない。さらに,被告による商標登録の出願日,被告補助参加人の事業活動時期及び被告の被告補助参加人に対する商標の使用許諾の意思の有無の間には,原告が主張するような関係はない。
ウ 原告は,法,パリ条約及び商標法に関連した主張をしているが,これは,いずれも商標「NTT」に関するものであって,商標「NTTデータ」に関するものではない。そして,商標「NTT」と商標「NTTデータ」とは,相互に非類似の関係にある(甲22)から,商標「NTT」に関する主張は,本件の結論に結びつくものではない。
また,原告は,商標権者が通常使用権者に対して商標使用に関する監督を行っていたことを主張する必要がある旨を主張するが,独自の見解にすぎない。
エ よって,被告補助参加人を本件商標の通常使用権者であると認定した本件審決の判断には,何らの誤りもない。
(2) 被告補助参加人による本件商標の使用態様について
ア 甲4は,平成20年8月ころ,本件商標の通常使用権者である補助参加人により作成されたチラシであるが,甲4には,その左肩部分に本件商標「NTTデータ」が表示されており,その直下に「広告代理サービス」と記載されている。そして,甲4には,上記「広告代理サービス」を構成する「コンサルティングサービス」中に「Webサイト構築・運用」,「Webサイト改修」の各サービスが含まれることが明記されており,また,「サポート体制」の「システム担当」の部分に,「サイト構築,運用を担当します。サイト内のボタンやコンテンツの配置等,ユーザビリティの改善を提案します」と明記されているから,当該「広告代理サービス」には本件役務が含まれていることが明らかである。このように,甲4における本件商標の表示は,出所識別機能,品質保証機能及び広告機能を有していることが明らかである。
したがって,被告補助参加人は,本件商標を,本件役務について商標として使用している。
イ 被告が別件商標を商標的使用ではない旨を主張するなどしたのは,使用標章,使用態様及び使用者がいずれも異なる別件の事案においてであるから,これらを関連させようとする原告の主張には,それ自体無理がある。
よって,原告の主張は,失当である。
ウ よって,被告補助参加人による本件商標の使用を認定した本件審決の判断に誤りはない。
(3) 本件審判請求と権利の濫用について
原告の代理人である正林真之弁理士は,株式会社プロリンクの代表者でもあるところ,同社と被告補助参加人の子会社である株式会社エヌ・ティ・ティ・データ・セキスイシステムズとの間のプログラムの開発委託契約に関して紛争が発生したことから,プロリンク等を請求人として,本件を含めて8件の取消審判請求をしている。すなわち,原告らの行動は,エヌ・ティ・ティ・データ・セキスイシステムズに対する主観的不満を一連の取消審判請求で解消しようという不当な目的によるものであって,公益維持を目的とする同審判制度を濫用するものであり,本件訴訟も,その延長上に位置付けられるというべきである。
第4当裁判所の判断
1 取消事由(本件商標の使用の有無についての認定判断の誤り)について
(1) 通常使用権の許諾について
ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(ア) 被告は,東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社の発行株式の総数を保有し,これらの株式会社(地域会社)による適切かつ安定的な電気通信役務の提供の確保を図ること並びに電気通信の基盤となる電気通信技術に関する研究を行うことを目的として(法1条,5条),昭和60年4月1日に発足した株式会社であり,政府が,常時,その発行済み株式の総数の3分の1以上に当たる株式を保有している(法4条1項)など,我が国の電気通信事業分野において特殊な地位を占めている会社であって,被告以外の者は,その商号中に「日本電信電話株式会社」という文字を用いることが刑事罰をもって禁じられている(法8条,25条1項)。
そして,被告の商号を英語表記したもの(Nippon Telegraph and Telephone Corporation)の略称である「NTT(エヌ・ティ・ティ)」が被告を表示するものとして我が国で一般に広く認識されていることは,当裁判所に顕著である。
(イ) 被告補助参加人は,昭和63年5月23日,当初の商号を「エヌ・ティ・ティ・データ通信株式会社」として設立され,同年7月1日,被告のデータ通信事業本部に属する営業を譲り受けた株式会社であり,平成10年8月1日,商号を現在のもの(株式会社エヌ・ティ・ティ・データ)に変更した(甲5,乙7)。
被告は,平成22年3月31日当時において,被告補助参加人の発行済み株式総数のうち54.18%を有している(乙8)。
なお,被告補助参加人は,我が国のITサービス業界において,最多の従業員を擁する会社であり,平成21年度において我が国で最高の売上高を記録したものである。そして,本件商標は,被告補助参加人の商号から「株式会社」との部分を除いた部分と称呼(エヌ・ティ・ティ・データ)が一致するものであって,遅くとも平成17年3月頃から,被告補助参加人のウェブページ,新聞等の広告及びパンフレットにおいて被告補助参加人を表示するものとして広く使用されていること(甲4,6,乙7,8,11~13)に照らすと,本件商標は,「NTT」部分に対し,「データ」部分が付加されていることにより,ITサービス業に特化した被告の関連会社である被告補助参加人を表示するものとして,需要者及び取引者に周知著名であったものと認められる。
(ウ) 被告補助参加人開発本部知的財産室長A(以下「A」という。)は,平成14年3月1日,被告知的財産センタ所長に対し,「当社商号商標の商標登録出願について(ご依頼)」と題する書面(乙3)を送付し,具体的な指定商品及び指定役務を特定した上で,本件商標の商標登録出願の手続のほか,併せて,本件商標の登録時には登録証の写しの送付を依頼した。これに対して,被告は,同月18日,本件商標について登録出願し,被告知的財産センタ所長は,同月20日,Aに対し,「商標登録出願について」と題する書面を商標出願控えとともに送付し(乙4),本件商標の出願手続を完了した旨を通知した。
被告は,平成15年2月3日,指定商品及び指定役務の一部を削除又は変更する手続補正をした上で,同年3月28日,本件役務を含む多数の役務を指定役務として,設定登録を得た(甲25の1・2,乙1,2,5)。
なお,被告は,本件商標の設定登録以来,被告補助参加人に対して本件商標の使用について異議を申し立てるなどしたことがない(弁論の全趣旨)。
イ 被告及び被告補助参加人は,被告が被告補助参加人に対して本件商標について通常使用権を許諾した旨を主張し,被告補助参加人技術開発本部知的財産室部長Bは,その作成に係る報告書(甲10)において,本件商標について,文書は作成されていないものの,商標権者である被告から被告補助参加人に対し,使用許諾がされている旨を記述している。
そこで検討すると,前記ア(ウ)に記載の本件商標について登録出願を依頼したA作成の書面(乙3)及び当該登録出願手続を完了した旨を通知する被告知的財産センタ所長作成の書面(乙4)は,いずれも真正に成立したものと認められること,前記ア(イ)に認定のとおり,被告は,被告補助参加人の発行済み株式総数のうち54.18%を有する親会社であり,被告補助参加人は,被告の事業の一部を譲り受けた会社であることから,被告と被告補助参加人との間には,被告補助参加人の設立当初から緊密な関係が存在するといえること,前記ア(イ)に認定のとおり,本件商標は,被告補助参加人の商号から「株式会社」との部分を除いた部分と称呼が一致するものであって,被告補助参加人は,遅くとも平成17年3月頃から,新聞等の広告及びパンフレットにおいて被告補助参加人を表示するものとして本件商標を広く使用しているにもかかわらず,被告は,本件商標の設定登録以来,被告補助参加人に対して本件商標の使用について異議を申し立てるなどしたことがないことといった事情に照らすと,上記報告書の使用許諾に関する上記記述は,自然なものとしてこれを信用することができる。
よって,被告は,被告補助参加人の依頼に基づき,本件商標について設定登録がされた平成15年3月28日には,被告補助参加人に対して,本件商標について通常使用権を許諾したものと認められる。
ウ 以上に対して,原告は,被告及び被告補助参加人が,本件商標の使用許諾の成立に関する具体的な事実を主張していないから主張自体失当であり,本件審決による認定が,主張に基づかない違法なものである旨を主張する。
しかしながら,本件においては,「NTTデータ 広告代理サービス」と題する文書(甲4)が作成・頒布されたとされる平成20年8月頃に被告補助参加人が本件商標の通常使用権者であったか否かが問題とされているところ,弁論の全趣旨に照らせば,被告及び被告補助参加人は,本件訴訟において,本件商標の商標登録出願に関する経緯を含めて,被告がその頃までに被告補助参加人に対して本件商標について通常使用権を許諾した旨を主張しており,当該許諾がされたとの評価を根拠付ける事実についても主張をしていることが明らかである。したがって,被告及び被告補助参加人による本件商標の通常使用権の許諾に関する主張は,それ自体失当とはいえないし,原告は,本件訴訟に至って初めて当該許諾の事実を争うようになったのであるから,それにより翻って本件審決による認定が違法になるものでもない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
エ 原告は,乙3の一部について真正な成立を争い,本件商標の出願手続中にされた補正の経緯が不明であって被告補助参加人の関与が認め難いと主張して,本件商標についての通常使用権の使用許諾の存在を争っている。
しかしながら,乙3は,前記のとおり,Aが作成した文書であるから,そのうち,原告主張に係る黄色の下線らしきものが記載されている部分(4箇所)については,乙3の信用性の判断に当たってその記載者を詮索するまでの必要性がないばかりか,余白手書き部分(2箇所)については,その体裁及び真正な成立に争いのない乙4の記載と一致することから,乙3の作成者であるA又はAから権限を委ねられた者が出願に係る指定商品及び指定役務の記載を一部訂正したものであることが明らかであって,当該部分の記載者が具体的に特定されないからといって,乙3の信用性の判断に影響を及ぼすものではないといわなければならない。また,出願手続中に指定商品等を削除等した上記手続補正についても,被告補助参加人が何らかの異議を申し出るなどした形跡が窺われないことに照らすと,被告補助参加人の承諾の下にされたことを優に推認することができる。
したがって,原告の上記主張は,いずれも被告による通常使用権の使用許諾という前記イに記載の認定を左右するに足りず,採用できない。
オ 原告は,被告及び被告補助参加人の主張が不明確で,前記報告書(甲10)が信用できず,使用許諾について書面が存在せず,また,本件商標を含む関連商標の出願日と補助参加人の事業活動時期に関連がないことや,商号中に「日本電信電話株式会社」という文字を用いることを禁じる法8条,被告補助参加人が本件商標と称呼等を同じくする商標について登録を得ていながら後に権利放棄したこと,さらに被告補助参加人が現在登録している商標が「NTT」を含まないばかりか,旧郵政省及び総務省に対して,重ねて「NTT」ブランドの共有に反対の意見が示されていることに照らして「NTT」の部分を含む本件商標に関する通常使用権の許諾が存在しなかった旨を主張する。
しかしながら,被告及び被告補助参加人の主張は,前記ウに認定のとおり不明確とはいえず,上記報告書(甲10)も,前記イに認定のとおり信用できる。また,前記イにも認定の被告と被告補助参加人との緊密な関係に照らすと,本件商標についての通常使用権の許諾について書面が存在しないことは,それ自体不自然とはいえないし,被告補助参加人の設立時期が本件商標を含む関連商標の出願日に先立つことも,それ自体,本件商標についての通常使用権の許諾の不存在をうかがわせるには足りない。
次に,原告の法8条に関する上記主張は,本件商標のうち「NTT」の部分が「データ」の部分と明確に区別できることを前提としているところ,本件商標は,英文字「NTT」との外観を有する部分を含み,「エヌ・ティ・ティ・データ」との称呼を有しているが,前記ア(イ)に認定のとおり,遅くとも平成17年3月頃から,新聞等の広告及びパンフレットにおいてITサービス業を営む被告補助参加人を表示するものとして広く使用されており,「NTT」部分に対して,「データ」が付加されていることにより,ITサービス業に特化した被告の関連会社である被告補助参加人を表示するものとして,需要者及び取引者に周知著名であったものと認められるから,そこから「NTT」の部分又は「データ」の部分を分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しており,本件商標の全体から出所識別標識としての称呼及び観念が生じているものと認められる。したがって,本件商標のうち「NTT」の部分を「データ」の部分と明確に区別することはできず,原告の上記主張は,その前提に誤りがあるというべきである。
さらに,被告補助参加人が本件商標と称呼等を同じくする商標について登録を得ていながら後に権利放棄をしたことや,被告補助参加人が現在登録している商標に「NTT」との部分が含まれないことは,いずれも本件商標について使用許諾がされていないことを裏付けるものではなく,旧郵政省及び総務省に対して重ねて「NTT」ブランドの共有に反対の意見が示されているとしても,旧郵政省は,NTTブランド等の使用については一般的な商取引の問題であると考えており(甲27),被告側も,当該意見に反論をしているところである(甲28)から,当該意見の存在によって,被告及び被告補助参加人が本件商標の使用許諾に消極的になるとまでは認め難い。
よって,原告の上記主張は,いずれも採用できない。
カ 原告は,本件商標のうち「NTT」の部分が「データ」の部分と明確に区別できることを前提として,「NTT」の部分を含む本件商標の使用許諾が,商号中に「日本電信電話株式会社」という文字を用いることを禁じる法8条及び公序良俗に反して無効であり,あるいは「NTT」の部分が工業所有権の保護に関するパリ条約6条の3(1)(a)にいう「同盟国が採用する監督用及び証明用の公の記号」に含まれるか,あるいはそれに準じた扱いがされるべきであるから,同条約及び公序良俗に反してやはり無効であり,仮にそうでないとしても,法及びパリ条約の趣旨のほか,商標法32条,50条1項及び53条1項の趣旨に照らして必要とされる本件商標の使用に関する高度なレベルでの監督を行った事実の主張がない旨を主張する。
しかしながら,前記オに記載のとおり,本件商標のうち「NTT」の部分を「データ」の部分と明確に区別することはできず,原告の上記主張は,その前提に誤りがあるというべきであるから,その余の部分について判断するまでもなく,これを採用することはできない。
(2) 被告補助参加人による本件商標の使用態様について
ア 甲4は,補助参加人が作成した「NTTデータ 広告代理サービス」と題する文書(いわゆるチラシ)であり,その表面及び裏面の合計8箇所に標準文字で「NTTデータ」との記載があるが,その表面左肩部には,当該題字に加えて,「システムインテグレーターとしてのバックボーンを活かした広告代理サービス」,「システムインテグレーターとして培われた「情報収集力」「システム・WEB構築力」「確実性の高い分析力」を活かし,従来の広告代理店では難しい継続的に結果を生み出すインターネット広告運営をサポートいたします。」との記載があるほか,その表面下部には,「広告代理業サービス」との項目に「リスティング広告では,ビジュアル化されたレポートでの定期報告会を実施。コンバージョンコスト最適化などにより,効果の見える運営を行います。/リスティング広告/バナー広告・メール広告/タイアップ広告・企画広告」との記載(「/」は,原文の改行箇所等である。以下同じ。)があり,これに並列配置された「コンサルティングサービス」との項目に「広告出稿後は,実績データを多面的に分析し,仮説の検証を行うとともに,次のプロモーションに向けたコンサルティングを行います。/広告実績データ分析/WEBサイト改修/SEO対策/ページ・バナー制作/WEBサイト構築・運用/オフラインでの宣伝活動」との記載がある。
イ また,甲4裏面上部には,「サポート体制」と題して「NTTデータの各部門専門スタッフのトータルサポートで,他広告代理店では困難なご提案・活動実施が可能です。」との記載があり,その下には,当該記載を敷衍して,「お客様」の「ご要望」に対して,「NTTデータ営業担当」(その下に,「企画・運用担当」,「列挙されている。)が「ご提案」をする図解があるほか,さらに,甲4裏面下部には,「事例紹介」と題して「三菱地所リアルエステートサービス様の事例」として,同社のインターネットによる広告用ホームページの設計,作成,運用,その結果分析及びコンサルティングを実施している旨を示す図解が記載されている。
ところで,甲6は,平成20年2月5日付けの被告補助参加人作成に係る三菱地所リアルエステートサービス株式会社宛てに作成された,「売りたいページ,事業用・投資用ランディングページ修正案のご確認」と題する書面であり,その1丁に標準文字で「株式会社NTTデータ」との記載があるものであるが,その2丁以下は,三菱地所リアルエステートサービスのインターネットによる広告用ホームページの図案にその校正案を付記したものである。
そして,甲6に付記された校正案を反映した同社のホームページ画面が存在すること(甲7)及び当該画面のうち甲6の2丁及び3丁に対応する部分が前記の甲4裏面の図解にも掲載されているから,甲4は,被告補助参加人による本件役務(「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守及びこれらに関する助言・指導」)に関する広告であるといえる。
ウ さらに,甲4の体裁,その裏面に「掲載内容は2008年8月現在のものです。」との記載があること及び平成20年7月3日に制作が発注されて(甲8)同年8月22日にその業務の完了が確認されている(甲9)ことから,被告補助参加人は,そのころ,本件役務に関する広告(甲4)に本件商標と社会通念上同一と認められる「NTTデータ」との記載を付して日本国内において頒布したものと認められる(甲10)。
エ 以上によれば,本件商標の通常使用権者である被告補助参加人は,本件審判の請求登録日(平成22年6月16日)の前3年以内である平成20年8月22日ころ(甲4)に,本件役務について本件商標の使用をしていること(商標法2条3項8号)について証明があったものというべきであり,この点についての本件審決の認定判断に誤りはない。
オ 以上に対して,原告は,補助参加人による「NTTデータ」との標章の前記使用が本件商標を本件役務について使用したものではなく,役務提供の主体である補助参加人の商号の使用であるにすぎない旨を主張する。
しかしながら,甲4は,いずれも本件役務の提供に関して,その主体である補助参加人の商号を一部英文字で表示しているものであるが,当該表示が本件商標と社会通念上同一のものである以上,いずれも本件役務の提供に当たり本件商標を使用したものとみることができるというべきである。
したがって,原告の上記主張は,採用できない。
カ また,原告は,本件商標の使用について商標法53条1項の適用が争われた別件事件において,「NTTDaTa」という標章が商標的に使用されていないと認定されたことなどを根拠として,本件商標の使用が商標的使用に当たらない旨を主張する。
しかしながら,別件事件では,株式会社エヌ・ティ・ティ・データ・セキスイシステムズが本件商標の使用権者であるか否かや,同社の従業員が使用した名刺に印刷された「NTTDaTa」との表示を含む標章により使用された態様が争われたのであって,本件とは事案を異にすることが明らかであり,当該事件において当該標章が商標的に使用されていないと認定されたからといって,そのことが甲4における本件商標と社会通念上同一のものの使用についての当裁判所の認定判断を左右するものではない。
よって,原告の上記主張は,いずれも採用できない。
2 結論
以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,原告主張の取消事由は理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)