知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10067号 判決 2012年11月15日
原告
株式会社オーク
訴訟代理人弁護士
佐藤歳二
同
菱田健次
同
菱田基和代
同
松村信夫
同
塩田千恵子
同
坂本優
同
藤原正樹
同
永田貴久
被告
財団法人日本漢字能力検定協会
訴訟代理人弁護士
中務尚子
同
山田威一郎
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2010-890025号事件について平成24年1月19日にした審決を取り消す。
第2当事者間において争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,別紙商標目録記載のとおり,白色(縁取りは黒色)の正方形を左側に,黒色の正方形を右側に配置して,全体を横長の矩形とし,上記白色の正方形内に黒色で「漢」の文字を,上記黒色の正方形内に白色で「検」の文字を表してなる部分と,「漢字資料館」の文字を横書きに表してなる部分とからなる商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。被告は,平成22年3月31日,特許庁に対し,本件商標登録の無効審判(無効2010-890025号事件)を請求した。特許庁は,平成24年1月19日,「登録第4557751号の登録を無効とする。」との審決をし,その謄本は同月26日に原告に送達された。
2 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件商標は,商標法4条1項7号に違反して設定登録されたものとは認められないが,原告から被告に対し本件商標の使用差止請求が行われた平成23年3月17日,同条項に該当するものとなったものであり,同法46条1項5号により無効とすべきものである,というものである。
第3当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告の主張
本件商標には,以下のとおり,後発的無効事由としての公序良俗違反は存在せず,審決は取り消されるべきである。
(1) 商標法4条1項7号は,社会公共の利益又は一般的道徳観念を害するおそれのある商標の登録を阻止することを目的としているところ,商標の構成自体に公序良俗違反のない商標が同条項に該当するのは,その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるものというべきである。また,商標法46条1項5号は,商標登録後といえども,当該商標が同法4条1項7号に掲げる事由に該当する場合には,当該商標を無効とすることができると規定しているところ,商標法4条1項6号,19号が後発的無効事由とされていないことに照らすと,後発的無効事由としての公序良俗違反は,商標の構成自体に公序良俗違反がある場合に限られるか,少なくとも査定時の判断基準より限定して解釈すべきであり,同法4条1項19号の「不正の目的」(不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的,その他の不正の目的)より高い悪性が商標権者に存し,登録を維持することが著しく社会的妥当性を欠き,商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合,又は,新たな法令や条約に基づく規制等ないしこれと同視できる社会状況の変化により,公益に反することとなった場合に限られるというべきである。
なお,商標法46条1項5号については,過去の一時期において当該無効事由に該当する事実が存在したとしても,審判手続における審理終結通知までに当該無効事由が消滅した場合には,当該商標を無効とすることはできないというべきである。
(2) 本件商標の後発的無効を基礎付ける事情の不存在
審決は,原告が,①被告の運営に関し,マスコミからの指摘や文部科学省からの行政指導などを受け,公的資格を利用する受検者やその受け入れ先となる学校や企業などに対し,社会的混乱を生じさせたこと,②被告に対し,本件商標の使用の差止めを求めたこと,③将来的に本件商標を使用する意思があるとして,被告への譲渡を考えていないことなどは,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,公益を害すると認定,判断する。しかし,審決には,以下のとおり,事実誤認ないし評価の誤りがある。
ア 信用の失墜及びこれに伴う社会的混乱
漢字能力検定事業に関して被告に多額の利益が生じていること,これに関して被告に対して文部科学省から改善指導があったこと,漢字能力検定に関する商標を原告が有することなどの報道はあったが,原告が漢字能力検定に関する商標を有することを非難するような報道はなされていない。また,原告とA及びBとは別人格であり,同人らが起訴されたことにより被告に悪印象が生じたとしても,原告はその責めを負わない。
したがって,被告の運営に関し,マスコミからの指摘や文部科学省からの行政指導などを受けたことは,後発的無効事由としての公序良俗違反の理由とはならない。
イ 本件商標の使用差止請求訴訟の提起
原告は,本件商標について,被告との間で,黙示の使用許諾契約を締結していたところ,被告から上記仮差押え,損害賠償請求訴訟の提起,本件商標等の無効審判請求を受けたため,上記使用許諾契約を解除して,本件商標の使用差止請求訴訟を提起したものであるが,商標権者が侵害者に対して権利行使ができることは当然である。
したがって,原告の被告に対する本件商標の使用差止請求訴訟の提起は,後発的無効事由としての公序良俗違反の理由とはならない。
ウ 被告に対する商標権譲渡の意思
被告は,原告に対し,本件商標を含む45件の商標について,権利の取得・維持に要した実費相当額として,1346万3799円で譲渡を申し入れた。しかし,被告から原告に対し,本件商標等の譲渡の申入れがされた当時,原告の当時の代表取締役A及び当時の取締役Bは,逮捕勾留中であった。また,被告は,原告やAらの財産に対して仮差押えをし,原告に賃料及び書籍の売掛金を支払わず,原告らに対して合計27億円の損害賠償請求訴訟を提起した。このような状況において,原告は,上記譲渡金額の算定根拠が不明確であることから,本件商標等の被告への譲渡を拒絶したものである。
さらに,原告は,本件訴訟を含む原被告間で係属する紛争全体の解決の中で,被告に対し,本件商標を含む漢字検定事業に関連する商標権を譲渡することも検討する意思があり,被告に対する本件商標の譲渡を一切拒絶するものではない。
なお,原告が本件商標の登録を有していることによって,被告が行っている漢字検定事業に影響を与えたり,当該事業の同一性等に多少の誤認混同が生ずるおそれがあるとしても,参加者から対価を得て行っている検定事業や出版教育事業は,私的な経済活動にすぎず,商標法4条1項7号所定の公序良俗違反には当たらない。
(3) 以上のとおり,審決には,後発的無効事由としての公序良俗違反の認定,判断に誤りがあり,商標法46条1項5号の適用を誤った違法がある。
2 被告の反論
本件商標には,以下のとおり,後発的無効事由としての公序良俗違反が存在する。
(1) 商標登録後に周知著名となった商標について,その登録後の事情いかんにより,特定の者に独占させることが好ましくなくなった商標は,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,国家・社会の利益,すなわち公益を害すると評価し得る場合に限り,商標法4条1項7号に該当する後発的無効事由が存在するというべきである。
また,商標法4条1項6号は,悪意なく商標の使用を開始した商標権者を保護するため,同項19号は,商標登録時の不正目的を対象にした規定であることから,それぞれ後発的無効事由とされなかったにすぎず,又,登録主義と後発的無効事由の適用範囲の問題は無関係であるから,後発的無効事由としての公序良俗違反は,商標の構成自体に公序良俗違反がある場合に限られるか,少なくとも査定時の判断基準より限定して解釈すべきであるとの原告の主張には理由がない。
本件商標は,以下のとおり,その登録を維持することが,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,公益を害すると評価し得るから,これを無効とすべきとした審決の認定,判断に誤りはない。
(2) 本件商標の後発的無効を基礎付ける事情
ア 信用の失墜及びこれに伴う社会的混乱について
被告は,税制上の優遇措置を受ける公益法人であり,文部科学省が漢字能力検定に認定試験として公的な資格を与えたことにより,受検者数が飛躍的に伸びたのであり,被告の行っている検定事業や出版教育事業は,公益性を有する。また,本件商標等は,被告の設立後の活動によって,取引者・需要者に広く知られるようになったといえる。
ところが,本件商標を被告が保有していないことが,文部科学省からの行政指導やマスコミなどの批判報道により,全国に知れ渡った。本件商標の帰属の問題は,A及びBによる公益法人である被告の私物化の象徴的存在であり,両名による不透明な利益の還流の問題と相俟って,社会的な批判を浴びることとなった。これに伴って,公的資格である漢字検定を利用する受検者やその受け入れ先となる学校ないし企業などにおいて,社会的混乱が生じている上,文部科学省は,被告の検定事業に対する社会的な信用を損なう事態が生じているとして,「日本漢字能力検定」に対する後援を取り消した。なお,本件商標が原告名義で登録されたのは,原告が,被告と関連会社とを峻別していなかったことによるものであり,被告が適切な手段を怠っていたからではない。
以上のとおり,本件商標に関して,被告の信用の失墜及びこれに伴う社会的混乱が生じている。
イ 本件商標の使用差止請求訴訟の提起
上記のとおり,本件商標は,被告の設立後の活動によって,取引者・需要者に広く知られるようになったところ,原告が被告に対して本件商標の使用差止請求をすることは,被告の円滑な事業の展開を阻むこととなり,本件商標から被告の事業を認識してきた社会に対しても重大な影響を与えることとなる。
なお,被告が本件商標について無効審判請求をしたのは,原告が商標権の譲渡に応じようとしないところ,被告自身の名称や検定試験の名称等に関する商標権を十分に確保できないという不安定な地位を是正するためであり,何ら非難されるものではない。
ウ 被告に対する商標権譲渡の意思について
被告は,文部科学省から厳正な行政指導を受けたことから,原告に対し,本件商標を含む45件の商標について,原告が要した実費相当額での譲渡を申し入れ,その算定根拠を表にして送付したが,原告はこれを拒絶した。のみならず,本件審判の口頭審尋期日において,当時原告の取締役であったBは,本件商標を今後原告自ら使用することも計画しており,被告に譲渡する意思はない旨述べていた。このことからすれば,原告が,被告の業務にとって極めて重要な本件商標について,被告と競合するか,あるいは被告の業務遂行を妨げるように濫用的に行使する意図を有していることは明らかである。
また,A及びBは,利益相反取引がマスコミに取り上げられ,文部科学省から厳しい追及を受けている最中にも,被告名義の他の商標権を原告に移転することを画策していたのであり,このことからも,原告が本件商標を被告に譲渡する意思はなく,濫用的に行使する意図を有していることは明らかである。
(3) 以上のとおり,本件商標の登録を維持することが公序良俗を害するとした審決の認定,判断には誤りがない。
第4当裁判所の判断
1 商標法4条1項7号は,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」について,不登録事由としているところ,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」とは,当該商標の構成に,非道徳的,卑わい,差別的,矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字,図形等を含む場合のほか,そうでない場合であっても,当該商標を指定商品又は指定役務について使用することが,法律によって禁止されていたり,社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳的観念に反していたり,特定の国若しくはその国民を侮辱したり,国際信義に反することになるなど特段の事情が存在するときには,当該商標は同法4条1項7号に該当すると解すべき余地がある。そして,商標法46条1項5号は,商標登録がされた後,当該登録商標が同法4条1項7号に掲げる商標に該当するものとなったことを登録無効事由として規定しているところ,商標登録後であっても,当該商標を指定商品又は指定役務について使用することが,社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳的観念に反するなどの特段の事情が生じた場合には,当該商標は同法4条1項7号に該当すると解すべき余地があるといえる。
上記観点から,以下,本件商標が,登録後に商標法4条1項7号に該当するものとなったか否かについて検討する。
2 事実認定
当事者間において争いのない事実,証拠(主要なものは各項末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告等
ア 原告は,昭和46年1月20日に設立された,教材の開発,製作,出版及び販売等を目的とする会社であり,設立から平成24年4月15日まではAが,その後はBが代表取締役を務めている。
イ 株式会社オーク・フードは,昭和46年12月17日に設立された会社であり,設立から平成7年12月1日まではAが,その後はBが代表取締役を務めている。株式会社オーク・フードは,平成7年12月1日,株式会社日本統計事務センター(以下「日本統計事務センター」という。)に商号変更した。
ウ 株式会社大久保商事は,Aの父が昭和20年代に設立した,新聞販売業,広告代理業務等を目的とする会社であり,現在は,Aが代表取締役を務めている。株式会社大久保商事は,平成10年1月14日,株式会社メディアボックス(以下「メディアボックス」という。)に商号変更した。
エ Aは,平成10年ころ,株式会社文章工学研究所(以下「文章工学研究所」といい,原告,日本統計事務センター,メディアボックス及び文章工学研究所を併せて「原告関連4社」ということがある。)を買い取り,代表取締役に就任した。(甲4~7,83)
(2) 原告による漢字検定試験創設の経緯
原告は,設立後,不動産賃貸業を営むと共に,学習塾「オーク学習教室」を開設していたところ,昭和47年ころ,漢字教室を開設し,漢字学習に特化した授業を始めた。その後,原告は,「ステップ式漢字学習法」と称する,学習難易度別に級を設定するなどした学習法及び「級別ステップ式漢字学習シート」と称する教材を開発した。原告は,上記教材を利用する漢字教室をフランチャイズ展開し,昭和49年に「漢字教室チェーン」を全国に組織し,昭和60年代には,その教室数が約1100箇所となった。
また,原告は,上記漢字教室で行っていた漢字テストについて,教室外部からも受験希望があったため,これを教室外部でも実施することとし,昭和50年ころから「日本漢字能力検定」と称して,漢字検定試験を始めた。原告は,昭和50年4月ころ,漢字能力検定試験等を行う内部組織である「日本漢字能力検定協会」(以下「旧協会」という。)と,漢字教室の運営,教材開発・運営,図書出版等を行う内部組織である「日本漢字教育振興会」(以下「振興会」という。)を設立した。(甲83,106)
(3) 被告設立の経緯等
ア 被告は,漢字に関する検定試験の実施,技能度の登録及びその証明書の発行等を業とする,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律に基づく特例財団法人である。被告は,平成4年5月14日,Aが設立代表者となって,文部大臣(当時)に対する設立許可申請がされ,同年6月16日に,平成16年法律第147号による改正前の民法34条に基づき,公益法人として設立された。
イ Aは,被告設立に当たり,1億円を寄付し,被告設立当初から理事長を務めていたが,後述のとおり,平成21年4月16日に理事長を辞任した。
ウ 被告は,「日本漢字能力検定」について,文部省(現・文部科学省)から民間技能審査事業認定制度に基づく認定を受け,平成4年11月以降,これを実施するようになった。なお,小学校1年ないし3年生を対象とした漢字能力検定については,平成18年ころまで,「児童漢検」と称して振興会が主催者とされていた。
また,被告は,「日本漢字能力検定」について,民間技能審査事業認定制度の廃止に伴い,平成17年8月以降,文部科学省から同省後援名義の使用及び文部科学大臣賞の交付の許可を受けていたが,後述のとおり,平成21年4月20日に同許可を取り消された。
エ 「日本漢字能力検定」の志願者の推移は,以下のとおりである。
昭和50年度 672人
昭和51年度 1238人
昭和52年度 2331人
昭和53年度 5044人
昭和54年度 1万1421人
昭和55年度 1万8654人
昭和56年度 2万5882人
昭和57年度 3万0880人
昭和58年度 3万8565人
昭和59年度 4万4182人
昭和60年度 4万9375人
昭和61年度 5万3341人
昭和62年度 5万7693人
昭和63年度 6万2834人
平成元年度 6万9799人
平成2年度 8万7211人
平成3年度 9万3021人
平成4年度 12万1924人(このうち被告設立後の志願者は約8万人)
平成5年度 24万0036人
平成6年度 42万5974人
平成7年度 59万2512人
平成8年度 85万4607人
平成9年度 105万5710人
平成10年度 117万8228人
平成11年度 130万0052人
平成12年度 157万6959人
平成13年度 179万7608人
平成14年度 204万4170人
平成15年度 219万5208人
平成20年度 約289万人
平成22年度 約232万人
平成23年度 約229万人
(甲3,41,46,47,51~53,83,92,104,106,乙3【3,4,27~29頁】,乙5~9)
(4) 原告による商標出願
Aは,被告設立から平成12年ころまでの間,本件商標のほか,「日本漢字能力検定協会」,「漢検 日本漢字検定協会」,「漢検 漢字検定」等の,被告の名称ないし「日本漢字能力検定」に係わる商標登録を,被告理事会の承認等を得ることなく原告名義で出願し,原告が上記商標の商標権者となっていた。被告の名称ないし「日本漢字能力検定」に係わる商標について,原告名義で出願することは,特許庁の査定審査において問題となったため,平成13年ころから,それ以降の商標の出願については被告が出願人となり,商標登録されるようになった。なお,被告名義で平成13年2月28日に出願された「file_2.jpg」(商願2001-17603号),「file_3.jpg」(商願2001-17604号),「file_4.jpgkanken」(商願2001-17605号)については,平成14年5月1日出願人名義が原告に変更された後,登録されている。(甲18,20,乙3【9~11頁】)
(5) 被告に対する行政指導等
ア 被告は,公益法人でありながら多額の利益が生じていることが問題となり,文部科学省から数回にわたり,検定料の引下げを含めた公益事業における利益削減の改善指導を受けていたところ,平成21年2月9日,文部科学省生涯学習政策局による実地検査を受けた。文部科学省生涯学習政策局は,上記実地検査に基づき,平成21年3月10日,被告に対し,多額の利益が生じていること,理事が役員である企業との取引の必要性等が不明瞭であること,適切な使用がされていない土地建物が存在することなどについて,管理運営・チェック体制の抜本的改善策を検討し,文書で報告するよう行政指導を行った。
イ 文部科学省生涯学習政策局は,上記行政指導に基づき,平成21年4月15日付けで,被告(当時の理事長A)から報告書の提出を受けたが,その内容が不十分であるとして,同月24日,被告に対し,役員人事の刷新等を求めるとともに,利益相反取引について,メディアボックス及び文章工学研究所に対する損害賠償請求,原告及び日本統計事務センターとの取引解消等を検討するよう通知した。
ウ 平成21年4月16日,Aが被告の理事長を,Bが被告の理事をそれぞれ辞任し,C弁護士が被告の理事長に就任した。
エ 文部科学省は,平成21年4月20日,「日本漢字能力検定」について同省後援名義の使用及び文部科学大臣賞の交付の許可を取り消した。(甲3,9の1~3,甲37,38,乙9)
(6) 新聞報道等
被告の運営については,平成21年1月22日ころから,公益法人には認められていない多額の利益が生じている,AやBらの関連企業との間で利益相反取引や実態のない取引が行われている,公益事業に不要な不動産を購入しているなどの新聞報道等がされた。また,平成21年3月11日,被告が文部科学省から上記行政指導を受けたことが新聞報道され,このような状況の下,漢字検定を活用している学校や漢字検定取得者の間に,戸惑いや怒りが広がっているとの記事が掲載された。
さらに,平成21年5月から6月にかけて,「日本漢字能力検定」の通称「漢検」の主たる商標権を,被告の前理事長であるAが代表を務める原告が所有していることが判明したとの報道がされた。一連の報道においては,被告が原告に対して商標権の一括譲渡を求めていく考えであること,商標権の譲渡交渉が難航すれば,これまで親しまれてきた「漢検」の語が使用できなくなる可能性があることなどが報道された。(甲8,10,乙3【12~13頁】)
(7) Aらの起訴及び同人らに対する損害賠償請求訴訟
京都地方検察庁は,被告に対する背任罪(「自らの利得を図り,協会に損害を与える目的をもって,任務に背き,財産上の損害を与えた」旨の公訴事実)で,A及びBを平成21年6月8日に起訴し,同月29日に追起訴した。
また,被告は,平成21年8月31日,A及びBが,被告理事会の承認を経ないまま,原告関連4社との間で利益相反取引を行ったなどと主張して,A,B及び原告関連4社に対して,約27億4333万円の損害賠償等請求訴訟を提起した(京都地方裁判所平成21年(ワ)第3166号)。(甲11,12)
(8) 本件商標及び本件無効審判請求に至る経緯
ア 本件商標は,別紙商標目録記載のとおり,白色(縁取りは黒色)の正方形を左側に,黒色の正方形を右側に配置して,全体を横長の矩形とし,上記白色の正方形内に黒色で「漢」の文字を,上記黒色の正方形内に白色で「検」の文字を表してなる部分と,「漢字資料館」の文字を横書きに表してなる部分とからなる商標であり,その指定役務は,第41類「漢字又は日本語の歴史・文化・教育に関する資料の展示」等である。
原告は,平成12年5月23日に本件商標の登録出願をし,平成14年4月5日に設定登録を受けた。
イ Aは,平成21年3月17日ころ,被告が所有する「漢検」に係る商標権を原告に移転登録することが可能か否かについて,弁理士に相談していた。
他方,被告は,平成21年6月1日付け「申入書」により,原告に対し,原告が所有する本件商標を含む45件の商標を,権利の取得・維持に要した実費相当額として,1346万3799円で譲渡するよう申し入れたが,拒否された。
ウ 被告は,平成22年3月31日,特許庁に対し,本件商標登録の無効審判を請求した。
エ 原告は,平成23年1月17日付け内容証明郵便により,被告に対し,原告が著作権を有する書籍の販売中止,及び原告が所有する本件商標を含む3件の商標の使用中止を求める通知をした。さらに,原告は,平成23年3月17日,被告に対し,原告が所有する本件商標を含む3件の商標の使用差止請求訴訟を提起した(大阪地方裁判所平成23年(ワ)第3460号)。
オ 原告は,本件無効審判請求に係る第1回口頭審尋(平成23年10月11日実施)において,被告が譲渡を申し入れている商標権については,今後,漢字検定事業を再開する構想もあるので,被告への譲渡は考えていないことなどを陳述した。(甲1,2,19,20,65,66,99,乙3【9~12頁】,乙10,14,弁論の全趣旨)
3 判断
(1) 上記認定事実によれば,「日本漢字能力検定」は,もともと原告によって創設され,その内部機関である旧協会によって実施されていたものであるが,原告の代表取締役であったA自身が設立代表者となって,公益法人である被告が設立され,その後,被告が「日本漢字能力検定」の実施の主体となったこと,「日本漢字能力検定」は,被告設立と共に,文部省(現・文部科学省)の認定(民間技能審査事業認定制度廃止後は後援)を受け,公的資格と見なされるようになったことなどから,志願者数が急増し,平成5年度には約24万人,平成9年度には約106万人,平成14年度には約204万人,平成20年度には約289万人に達し,我が国有数の検定試験になったことが認められる。また,「日本漢字能力検定」の志願者が増加するのに伴い,被告の名称の一部である「日本漢字能力検定協会」や,「日本漢字能力検定」の略称である「漢検」は,被告ないし被告の提供する役務を表すものとして,社会一般に広く知れ渡っているものと認められる。
他方,原告は,被告設立後,「日本漢字能力検定」の主体ではなくなっていたにもかかわらず,平成12年ころまで,被告の名称や「日本漢字能力検定」に係わる商標(本件商標を含む。)を出願し,その後も,被告名義で出願した商標について出願名義人を原告に変更するなどして,商標権者となっていたことが認められる(なお,平成18年ころまで,原告の内部組織である振興会が,小学校1年ないし3年生を対象とした漢字能力検定の主催者とされていたことは認められるものの,乙1,3【6,7頁】,11によれば,実際に上記検定に係る業務を行っていたのは被告の職員であり,振興会は名目上の主催者にすぎなかったものといえる。)。
上記のとおり,被告は,文部大臣(当時)による許可を受けて設立された公益法人であり,文部省(現・文部科学省)の認定ないし後援を受けて「日本漢字能力検定」を実施していたのであるから,これに係わる商標の登録出願も自ら行うべきものであったといえる。にもかかわらず,当時原告の代表取締役であり,被告の理事長でもあったAは,被告理事会の承認等を得ることなく,本件商標を含む,被告の名称ないし「日本漢字能力検定」に係わる商標を,原告名義で出願したり,出願人名義を被告から原告に変更するなどしていたものであって,そのこと自体,著しく妥当性を欠き,社会公共の利益を害すると評価する余地もある(この点,原告は,被告の資産が乏しかったため,原告名義で上記商標登録出願をしたと主張するが,上記のとおり,被告設立当時,既に「日本漢字能力検定」は相当数の受検者がおり,受検料等による収入が見込まれていたこと,Aは,被告設立直後のみならず,平成12年ころまで,被告の名称ないし「日本漢字能力検定」に係わる商標を原告名義で出願し続けていたことなどからすれば,上記主張は採用することができない。また,被告の名称や「日本漢字能力検定」に係わる商標権自体が,相当な財産的価値を有するものといえるから,原告が被告に対して無償の商標使用を許諾していたことや,商標権の取得・維持費用を負担していたことがあるとしても,そのことをもって,上記行為を正当化することはできない。)。
このような経緯に加えて,Aは,被告に対して文部科学省による行政指導がなされ,新聞報道等で被告と原告関連4社との利益相反取引等が糾弾され,Bと共に背任罪で起訴された上,被告から多額の損害賠償請求訴訟が提起された後,被告に対して本件商標等の使用差止請求訴訟を提起したりするに至ったものである。さらに,AないしBは,本件商標等について,権利の取得・維持の実費相当額での被告への譲渡を拒み,これらを原告自ら使用する可能性に言及するなどしている。
上記事情に照らすと,原告の前代表取締役A及び現代表取締役Bは,商標権者等の業務上の信用の維持や需要者の利益保護という商標法の目的に反して,自らの保身を図るため,原告が有する被告の名称ないし「日本漢字能力検定」に係わる商標を利用しているにすぎず,原告が,本件商標を指定役務について使用することは,被告による「日本漢字能力検定」の実施及びその受検者に対し,混乱を生じさせるものであり,社会通念に照らして著しく妥当性を欠き,社会公共の利益を害するというべきである。
(2) 原告の主張について
これに対し,原告は,商標権者が侵害者に対して権利行使ができることは当然である,被告に対する本件商標の譲渡を一切拒絶するものではないし,検定事業等は私的な経済活動にすぎないとして,本件商標に後発的無効事由としての公序良俗違反はない,と主張する。しかし,原告の上記主張は,失当である。
すなわち,上記のとおり,不当な方法で本件商標の登録名義人となった原告が,その権利に基づき,被告に対し,商標使用差止請求等をすることは,権利の濫用に当たる上,被告による「日本漢字能力検定」の実施及びその受検者に対し,混乱を生じさせるものといえる。
また,上記のとおり,被告は,文部省(現・文部科学省)による許可を受けて設立された公益法人であること,「日本漢字能力検定」は,長年にわたり,同省による認定ないし後援を受けて公的資格と見なされるようになったものであり,これにより多数の受検者を獲得し,我が国有数の検定試験となっていることに照らすと,被告及び「日本漢字能力検定」に係わる商標の帰属に関することが,単なる私人間の経済活動にすぎないということはできない。
(3) 小括
以上によれば,原告の上記主張は失当であって,本件商標は,商標登録後に,商標法4条1項7号に該当するものとなったと認められる。
4 結論
以上によれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,審決にはこれを取り消すべき違法はない。原告はその他縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 西理香 裁判官 知野明)
file_5.jpg別紙