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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10072号 判決 2012年12月13日

原告

SABICイノベーティブ

プラスチックスジャパン合同会社

訴訟代理人弁理士

松井光夫

村上博司

石渡保敬

小平哲司

被告

特許庁長官

指定代理人

山岸利治

常盤務

所村陽一

氏原康宏

芦葉松美

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2007-24241号事件について平成24年1月10日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「プラスチック成形品の成形方法及び成形品」とする発明について,平成12年9月14日に特許出願(請求項の数4,公開特許公報として甲21)をしたが,平成19年7月31日付けで拒絶査定を受けたので,同年9月3日に拒絶査定不服審判(不服2007-24241号事件)を請求したところ,特許庁は,平成22年6月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「第1次審決」という。)をし,その謄本は同年6月21日原告に送達された(甲13)。

原告は,平成22年7月21日,審決取消訴訟(平成22年(行ケ)第10229号事件)を提起したところ,知的財産高等裁判所は,同年12月28日,「理由不備」を理由に第1次審決を取り消す旨の判決(以下「第1次判決」という。)をした(甲12)。

原告は,平成23年2月9日付けの拒絶理由通知(甲16)に対し,同年4月14日に意見書(甲17)及び手続補正書(請求項の数2,甲14)を提出し,同年6月10日に面接を受け(甲18),同年8月18日付けの拒絶理由通知(甲19)に対し,同年10月13日に意見書(甲20)及び手続補正書(請求項の数2,甲15)を提出した。

特許庁は,平成24年1月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(第2次審決,以下単に「審決」という。)をし,その謄本は同年1月23日原告に送達された。

2  特許請求の範囲の記載

平成23年10月13日付け手続補正書(甲15)による補正後の特許請求の範囲(請求項の数2)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1記載の発明を「本願発明1」といい,請求項2記載の発明と併せて「本願発明」という。)。

「【請求項1】 最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定され,それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され,該熱可塑性樹脂がポリフェニレンエーテル系樹脂,ポリスチレン系樹脂,ABS系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,アクリル系樹脂,ポリエーテルイミド系樹脂及びこれらのブレンド物を主成分とすることを特徴とする成形方法。」

3  審決の理由

審決の理由は別紙審決書記載のとおりであり,その要点は次のとおりである。

(1)  理由の概要

ア 理由A

本願発明1は,引用例1~5(甲1~5)記載の発明及び周知事項(甲7~9)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

イ 理由B

本願発明1は,引用例A~D(甲5,2~4)記載の発明及び周知事項(甲7~9)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

ウ 理由C

本願発明1は,引用例ア~ウ(甲6,5,2)記載の発明及び周知事項(甲8)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

エ 理由D-1

本願発明1は,発明の詳細な説明において該発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えており,したがって,本願の特許請求の範囲の記載は特許法36条6項1号の規定に適合していない。

オ 理由D-2

本願発明1は不明確であり,したがって,本願の特許請求の範囲の記載は特許法36条6項2号の規定に適合していない。

(2)  理由Aにおける引用発明との対比

ア 引用例1発明〔引用例1(甲1,特開平10-128783号公報)に記載された発明〕の内容

「熱可塑性樹脂の射出成形方法において,射出成形時に金型表面を加熱しつつ成形する方法であって,射出された溶解樹脂が金型壁面に押し付けられる時に金型表面を該樹脂の固化温度以上に加熱することにより金型表面転写性を良くする成形方法。」

イ 本願発明1と引用例1発明の一致点

「熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶解して金型内部に射出する際の該金型を所定温度以上に加熱する成形方法」である点。

ウ 本願発明1と引用例1発明の相違点

(ア) 相違点1

本願発明1は,「最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた」成形方法であるのに対し,引用例1発明は,そのような金型を用いたものではない点。

(イ) 相違点2

本願発明1は,「該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定され」る成形方法であるのに対し,引用例1発明は,「射出成形時に金型表面を加熱しつつ成形する方法であって,射出された溶解樹脂が金型壁面に押し付けられる時に金型表面を該樹脂の固化温度以上に加熱する」成形方法である点。

(ウ) 相違点3

本願発明1は,「該熱可塑性樹脂がポリフェニレンエーテル系樹脂,ポリスチレン系樹脂,ABS系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,アクリル系樹脂,ポリエーテルイミド系樹脂及びこれらのブレンド物を主成分とする」のに対し,引用例1発明は,「熱可塑性樹脂」である点。

(エ) 相違点4

本願発明1は,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」る成形方法であるのに対し,引用例1発明は,「金型表面転写性を良くする」成形方法である点。

(3)  理由Bにおける引用発明との対比

ア 引用例A発明〔引用例A(甲5,特開平10-100216号公報)に記載された発明〕の内容

「ゲート11を有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形法において,溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際の金型温度が,射出する熱可塑性樹脂の熱変形温度より0~100度高くなるように設定され,高品質外観を有する射出成形品を得る方法。」

イ 本願発明1と引用例A発明の一致点

「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定された成形方法」である点。

ウ 本願発明1と引用例A発明の相違点

(ア) 相違点1

本願発明1は,ゲートが「最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲート」であるのに対し,引用例A発明のゲートはそのようなゲートではない点。

(イ) 相違点2

本願発明1は,「該熱可塑性樹脂がポリフェニレンエーテル系樹脂,ポリスチレン系樹脂,ABS系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,アクリル系樹脂,ポリエーテルイミド系樹脂及びこれらのブレンド物を主成分とする」のに対し,引用例A発明は「熱可塑性樹脂」である点。

(ウ) 相違点3

本願発明1は,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」る成形方法であるのに対し,引用例A発明は,「高品質外観を有する射出成形品を得る」成形方法である点。

(4)  理由Cにおける引用発明との対比

ア 引用例ア発明〔引用例ア(甲6,実願平4-44640号(実開平6-5929号)のCD-ROM)に記載された発明〕の内容

「ピンポイントゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,溶解した熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際の該金型の温度を加熱する成形方法。」

イ 本願発明1と引用例ア発明の一致点

「ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が高くなるように設定される成形方法」である点。

ウ 本願発明1と引用例ア発明の相違点

(ア) 相違点1

本願発明1は,「ピンポイントゲート又はトンネルゲート」の「最大径が0.1mm~3mm」であって,「該熱可塑性樹脂を溶解して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定され」る成形方法であるのに対し,引用例ア発明は,「該熱可塑性樹脂を溶解して金型内部に射出する際の該金型の温度を加熱する」成形方法である点。

(イ) 相違点2

本願発明1は,「該熱可塑性樹脂がポリフェニレンエーテル系樹脂,ポリスチレン系樹脂,ABS系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,アクリル系樹脂,ポリエーテルイミド系樹脂及びこれらのブレンド物を主成分とする」のに対し,引用例ア発明は「熱可塑性樹脂」である点

(ウ) 相違点3

本願発明1は,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」る成形方法であるのに対し,引用例ア発明は,そのような事項を具備しない点。

第3取消事由に係る原告の主張

1  理由Aの取消事由

審決は,本願発明1と引用例1発明の相違点1~4は,いずれも当業者が容易に想到し得たものであると判断しているが,このうち,相違点1,2及び4に係る判断には誤りがある(取消事由A-1~3)。

(1)  相違点1の判断の誤り(取消事由A-1)

審決は,引用例1発明(甲1)の金型に,引用例2~4(甲2~4)に記載されている事項及び周知事項(甲7~9)を適用して,その金型を「最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート」を有する金型とすることに格別の困難性はないと判断している。

しかし,引用例1(甲1)は,ピンポイントゲート又はトンネルゲート(以下,原告の主張においては,両者を併せて「ピンポイントゲート」と表記することがある。)に全く関係しないものである。ウエルドライン,フローマーク,ジェッティングは,ゲートがピンポイントゲートであることによって起きるものではなく,どのようなゲートであっても起き得る欠陥であるから,甲7~9のウエルドライン,フローマーク,ジェッティングという言葉が,ピンポインゲートに関しない引用例1(甲1)と,ピンポインゲートに関する引用例2~4(甲2~4)とを結びつける理由にはならない。

(2)  相違点2の判断の誤り(取消事由A-2)

ア 審決は,引用例1発明(甲1)ないし引用例1発明に引用例2~4(甲2~4)に示されている事項を適用したものに,引用例5(甲5)に示されている事項を適用して,相違点2に係る本願発明1の構成とすることに格別の困難性はないと判断している。

しかし,引用例1(甲1)の段落【0003】に記載されている光沢ムラ,ウェルドライン,フローマーク,ジェッティングなどの外観不良や,光ディスク等の精密成形品での微細なピットの転写不良に対処しようとしているのは,引用例1の請求項1に記載の発明,つまり,金型に接する樹脂表面の固化温度を低下させる成形方法である。一方,引用例1(甲1)の段落【0005】~【0008】に記載されているのは,引用例1発明に対する従来技術であって,表面転写性に対処するものである。したがって,ウエルドライン及びジェッティングを共通事項として,引用例1(甲1)の段落【0004】~【0008】の金型表面転写性のための加熱と,引用例5(甲5)のウエルドライン及びジェッティング解消のための加熱とを結びつける論理は誤りである。

イ 審決は,「ピンポイントゲートを用いる射出成形において,金型温度を樹脂の熱成形温度より0~20度高くすることは,特開平9-29786号公報(甲第8号証)(特に【0013】,【0014】)に示されているように周知であって,特別なものではない。」と認定している(審決書10頁2~5行)。

しかし,甲8の段落【0013】,【0014】に記載されている温度は,成形品取り出し直後のピンゲート部の金型表面16の温度であって,本願発明1の「射出開始時の金型の温度」ではない。審決は,甲8の記載を誤解している。

(3)  相違点4の判断の誤り(取消事由A-3)

審決は,引用例1発明(甲1)に,引用例2~4(甲2~4)に示されている事項を組み合わせると,ゲート近傍のゲートの裏面側にゲートマークが当然に発生し,それが引用例5(甲5)を適用することによって防止される旨を述べているものと解される(審決書10頁(4-4)の冒頭)。

しかし,ピンポイントゲートを用いるとゲートマークが「当然に」発生し,引用例5(甲5)によって「当然に」防止されるというようなものではない。

2  理由Bの取消事由

審決は,本願発明1と引用例A発明との相違点1~3は,いずれも当業者が容易に想到し得たものであると判断しているが,このうち,相違点1及び3に係る判断には誤りがある(取消事由B-1,2)。

(1)  相違点1の判断の誤り(取消事由B-1)

審決は,引用例A(甲5)の金型に,引用例B~D(甲2~4)に記載されている事項及び周知事項(甲7~9)を適用して,引用例A発明のゲートを「最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート」とすることに格別の困難性はないと判断している。

しかし,引用例Aは,ピンポイントゲートに全く関係しないものである。ウエルドライン,フローマーク,ジェッティングは,ゲートがピンポイントゲートであることによって起きるものではなく,どのようなゲートであっても起き得る欠陥であるから,甲7~9のウエルドライン,フローマーク,ジェッティングという言葉が,ピンポインゲートに関しない引用例A(甲5)と,ピンポインゲートに関する引用例B~D(甲2~4)とを結びつける理由にはならない。

被告は,引用例A発明(甲5)の金型のゲートはピンポイントゲートを含むといえる旨主張するが,そうだとすると,相違点1は初めからないことになる。被告が審決取消訴訟の段階で審決と異なる論理を持ち出すのは不当である。

(2)  相違点3の判断の誤り(取消事由B-2)

審決は,引用例A発明(甲5)に,引用例B~D(甲2~4)に示されている事項を組み合わせると,ゲート近傍のゲートの裏面側にゲートマークが当然に発生し,それが引用例A発明によって防止される旨を述べているものと解される(審決書18頁(4-3)の冒頭)。

しかし,ピンポイントゲートを用いるとゲートマークが「当然に」発生し,引用例A発明(甲5)によって「当然に」防止されるというようなものではない。

3  理由Cの取消事由

審決は,本願発明1と引用例ア発明との相違点1~3は,いずれも当業者が容易に想到し得たものであると判断しているが,このうち,相違点1及び3に係る判断には誤りがある(取消事由C-1,2)。

(1)  相違点1の判断の誤り(取消事由C-1)

審決は,引用例ア発明(甲6)のピンポイントゲートに,引用例イ,ウ(甲5,2)及び周知事項(甲8)を適用して,相違点1に係る本願発明1の構成とすることに格別の困難性はないと判断している。

しかし,引用例ア(甲6)の段落【0004】~【0012】は,引用例ア(甲6)に記載の発明の説明ではなく,従来技術の説明である。ピンポイントゲートと関係がない引用例イ(甲5)のウエルドラインやジェッティング等の外観不良及び高品質外観は,引用例ア(甲6)と何の関係もない。したがって,ピンポイントゲートと関係がない引用例イ(甲5)における金型の加熱の仕方を引用例ア(甲6)に組み合わせる理由がない。

(2)  相違点3の判断の誤り(取消事由C-2)

審決は,引用例ア発明(甲6)に,引用例イ,ウ(甲5,2)に示されている事項を組み合わせると,ゲート近傍のゲートの裏面側にゲートマークが当然に発生し,それが引用例イ(甲5)を適用することによって防止される旨を述べているものと解される(審決書25頁(4-3)の冒頭)。

しかし,ピンポイントゲートを用いるとゲートマークが「当然に」発生し,引用例イ(甲5)によって「当然に」防止されるというようなものではない。

4  理由D-1の取消事由

審決は,ピンポイントゲートの径の範囲及び射出開始時の金型の温度の範囲について,実施例の記載から拡張ないし一般化されており,また,成形品の形状,厚さ,射出開始からどの時点まで所定の範囲の温度に設定するのか,射出完了前を含むどの時点で冷却するのかについて限定がないと述べている。

しかし,ゲートの径については,ゲートマークの発生自体とゲートの径とは関係がなく,0.1~3mmという狭い範囲でゲートの径を問題にする必要はない。射出開始時の金型の温度の範囲については,実施例1では,荷重変形温度+20℃であったので,追加の実験1及び2で荷重変形温度+10℃及び荷重変形温度+0℃の結果を示した。成形品の全体の形状は本願発明1とは関係がない。成形品の厚みについては,成形品の厚みが5mmを超えるとゲートマークは発生しないが,ゲートマークが現れなくなる厚みとゲートの径とに相関はなく,薄い成形品においてゲートマークが発生すれば,本願発明1によって解消できる。射出開始からどの時点まで所定の温度範囲に設定するのかについては,射出後の温度履歴は,当業者が適宜設定できることであり,射出完了前を含むどの時点で何度に冷却するのかは,成形品を取り出す際の冷却の話であり,本願発明1とは関係がない。

また,審決は,ゲート径を変え,成形品の厚さを変えた場合に,光沢ムラが「さらに悪化する」のではないかとの疑念が当然に惹起される旨を述べているが,ゲートマークの解消の手段は,ゲートマークが顕著に出ているかとは関係がないから,本願発明を適用してもゲートマークが解消されないということはない。

原告は,ゲートマークの解消の手段は,ゲートマークが顕著に出ているかとは関係がないと主張するが,「ゲートマークの解消の手段」が何を指すのか必ずしも明らかではないとともに,そのように結論する理論的ないし実証的根拠が何も示されていない。

したがって,本願の特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合していないとの審決の判断は誤りである。

5  理由D-2の取消事由

審決は,「ゲートマーク」の定義(例えば,それらがみられる成形品部位の物理的化学的性状),及び,「ゲートマーク」と従来の光沢ムラ,フローマーク,ジェッティングとの差異(どのような点で判別されるのか)が明確でないと述べている。

しかし,「ゲートマーク」の定義については,意見書(甲20)に添付した実験結果で示されるように,本願発明1の温度範囲の下限(荷重変形温度+0℃)において,光沢差は△1.4,目視評価は「僅かに確認できる程度で,非常に薄い」であり,比較例1(荷重変形温度-20℃)において,光沢差は△2.2,目視評価は「明確に確認」であるから,ゲートマークは,明細書記載の手段により明確に確認できる。従来の光沢ムラ,フローマーク,ジェッティングとの差異(どのような点で判別されるのか)については,従来の光沢ムラ,フローマーク,ジェッティングは,ゲート近傍ではなくてゲートから離れた位置で起き,ゲートの裏面側に限って起きるものではなく,また,これらは,ピンポイントゲートでなくても起きることであるから,ピンポイントゲートを使用したときにゲート近傍のゲートの裏面側に発生する本願発明1のゲートマークがそれらと異なることは,明瞭に理解できる。

したがって,本願の特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合していないとの審決の判断は誤りである。

第4被告の反論

1  理由Aの取消事由に対し

(1)  取消事由A-1(相違点1の判断の誤り)に対し

原告は,引用例1(甲1)は,ピンポイントゲートに全く関係しないと主張している。

しかし,引用例1(甲1)には,「【0003】しかしながら,樹脂の固化温度よりも金型温度が低いと,…金型表面状態を高度に成形品に転写することは困難となる。このため通常の射出成形では,光沢ムラ,ウェルドライン,フローマーク,ジェッティングなどの外観不良や,光ディスク等の精密成形品では微細なピットの転写不良を起こしやすく,薄肉部品ではショートショットを起こすこともある。」と記載されており,これによれば,引用例1発明の金型は,そのような課題を有するゲートを備えた金型を対象ないし前提としていることは明らかである。

そして,ピンポイントゲートあるいはトンネルゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドライン,フローマーク,ジェッティングという外観不良が生じることは周知であるから(甲7~9),引用例1発明の金型のゲートを単にピンポイントゲートあるいはトンネルゲートにすることに格別の困難性はなく,むしろ当然のことというべきである。

原告が主張するように,引用例1のウェルドライン等はピンポイントゲートを含むどのようなゲートでも起き得るからこそ,引用例1発明の金型のゲートはピンポイントゲートを含むといえるのである。

そして,引用例2(甲2)には「直径0.5~1mm程度のピンポイントゲート」が,引用例3(甲3)には「径0.8mmのピンポイントゲート」が,引用例4(甲4)には「ゲート径が1.2mmのピンポイントゲート」がそれぞれ示されているところ,当業者は,そのようなピンポイントゲートの径を通常の実施範囲のものと理解する。

したがって,ピンポイントゲートに係る上記周知の事項(技術課題)は,ピンポイントゲートを含み得る引用例1(甲1)とピンポイントゲートに関する引用例2~4(甲2~4)を結びつける理由になることは明らかである。

(2)  取消事由A-2(相違点2の判断の誤り)に対し

ア 原告は,引用例1(甲1)の段落【0003】に記載されている光沢ムラ等に対処しようとしているのは,引用例1(甲1)に記載の発明であるのに対し,段落【0005】~【0008】の記載は引用例1発明に対する従来技術であって,表面転写性に対処するものであるから,引用例1(甲1)の段落【0004】~【0008】の金型転写性のための加熱と,引用例5(甲5)のウエルドライン等の解消のための加熱とを結びつける論理は誤りであると主張している。

しかし,引用例1(甲1)の段落【0003】の記載事項と段落【0004】~【0006】の記載事項とは関連している。段落【0005】には転写について記載されているだけで,外観不良については明記されていないが,樹脂の固化温度よりも金型温度が低いと光沢ムラ,ウェルドライン,ジェッティング等の外観不良を起こしやすいことが段落【0003】に示されている以上,段落【0006】のように金型を加熱すれば,光沢ムラ,ウェルドライン,ジェッティング等の外観不良の改善が見込まれることは当業者に自明である。

したがって引用例1(甲1)の段落【0006】等の加熱と,引用例5(甲5)のウエルドラインやジェッティング等の外観不良等の解消のための加熱とが関連することは明らかである。

イ 原告は,甲8の段落【0013】及び【0014】の記載に関して,審決は甲8の記載を誤解していると主張している。

しかし,審決は,甲8に基づいて,相違点2の容易想到性について判断したものではなく,甲8は,単に関連する技術事項を示すものとして提示したものである。

したがって,甲8の認定は,相違点2を容易想到とした審決の当否に影響を及ぼさないし,甲8を拒絶理由に示さなかったことで,原告に不利益が生ずるものではない。

(3)  理由A-3(相違点4の判断の誤り)に対し

原告は,審決書10頁(4-4)の冒頭の記載に対し,ピンポイントゲートを用いるとゲートマークが「当然に」発生し,引用例5(甲5)によって「当然に」防止されるというようなものではないと主張している。

しかし,審決は,請求項1の記載の構文ないし文理上に従って,至極当然のことを指摘したにすぎない。

すなわち,引用例1発明(甲1)の金型のゲートは特に限定されておらず,転写不良等の問題を生じ得るゲートが対象ないし前提である。ピンポイントゲートにおいてもそのような問題があることは周知であるから,該ゲートがピンポイントゲートを含むことは明らかである。そして,引用例1(甲1)には,それにより転写不良等が改善されることが示されており,それ以外の何らかの外観上の異常な現象がみられるというようなことは何も言及されていないのであるから,引用例1発明(甲1)のゲートがピンポイントゲートであるときにも,本願発明にいう「ゲートマーク」と称するような異常な現象は発生していないとみるのが当業者の通常の理解であり,したがって,ピンポイントゲートの場合にも本願発明にいう「ゲートマーク」と称する現象が発生しないことは,引用例1(甲1)に記載ないし示唆されているとともに,引用例1発明(甲1)に引用例2~5(甲2~5)の事項を適用したものは,技術的にみても,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」たものであるということができるのである。

さらに,引用例1(甲1)の「樹脂の固化温度よりも金型温度が低いと,樹脂充填と樹脂の固化が同時に進行することになり,」,「樹脂流動先端部(フローフロント)付近で金型に接触した樹脂は,急激に冷却され粘度が高くなる」,「このため通常の射出成形では,光沢ムラ,…を起こしやすく」との記載によれば(段落【0003】),光沢ムラは,少なくとも,金型に接触した樹脂の冷却に起因して発生するものとも解されるところ,引用例1(甲1)の金型がピンポイントゲート又はトンネルゲートのものであれば,ゲートから射出された樹脂がゲート裏側の金型に接触し冷却され得ることは明らかであるから,その冷却によって光沢ムラの現象,すなわち,光沢ムラの一種としてのゲートマークが起こり得ることも当業者であれば想定し得,金型温度を高く設定することで解消することも予測の範囲のものといえる。

2  理由Bの取消事由に対し

(1)  取消事由B-1(相違点1の判断の誤り)に対し

原告は,引用例A(甲5)は,ピンポイントゲートに全く関係しないと主張している。

しかし,引用例A(甲5)には,「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,…特に,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良,無機フィラー充填材料に起因する外観不良を解消し,また,成形品肉厚が1.5mm以下の薄肉成形に際して溶融樹脂の流動を向上する,高品質外観を有する熱可塑性樹脂の射出成形品を得る方法に関するものである。」と記載されており,これによれば,引用例Aの金型は,ウエルドライン等の課題を有するゲート,すなわち,ピンポイントゲートやトンネルゲートを備えた金型を対象ないし前提としていることは明らかである。

そして,ピンポイントゲートあるいはトンネルゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドライン等の外観不良が生じることは周知であるから,引用例A発明の金型のゲートを単にピンポイントゲートあるいはトンネルゲートにすることに格別の困難性はなく,むしろ当然のことである。原告が主張するように,引用例A(甲5)のウエルドライン等はピンポイントゲートを含むどのようなゲートでも起き得るからこそ,引用例A発明の金型のゲートはピンポイントゲートを含むといえるのである。

(2)  取消事由B-2(相違点3の判断の誤り)に対し

原告は,審決書18頁(4-3)の冒頭の記載に対し,ピンポイントゲートを用いるとゲートマークが「当然に」発生し,引用例A発明(甲5)によって「当然に」防止されるというようなものではないと主張している。

しかし,引用例A発明の金型のゲート11は特に限定されておらず,特にウエルドライン等の外観不良の問題を生じ得るゲートが対象ないし前提である。ピンポイントゲートにおいてもそのような問題があることは周知であるから,該ゲート11がピンポイントゲートを含むことは明らかである。そして,引用例A(甲5)には,「【0012】このように溶融状態のまま充填することにより,・・・成形品の光沢が向上すると共に,・・・」,及び「【0022】【発明の効果】本発明によれば,熱可塑性樹脂の射出成形において外観品質の優れた製品を安定して成形することができうる。特に無機フィラー充填材料においては,フィラーの浮き,ウエルドライン発生やジェッティング等の問題を解消できることで,サンディング,塗装やメッキ等の二次加工を省略することが可能になる。」と記載されているとおり,引用例A発明によれば,上記の外観不良の問題を解消すること,成形品の光沢が向上すること(光沢ムラの発生はないものと理解できる)及び塗装等の二次加工を省略できることが示されている。それ以外の何らかの外観上の異常な現象がみられるというようなことは何も言及がないのであるから,引用例A発明のゲートがピンポイントゲートであるときにも,本願発明1にいう「ゲートマーク」と称するような異常な現象は発生していないとみるのが当業者の通常の理解であり,したがって,本願発明にいう「ゲートマーク」と称する現象が発生しないことは,引用例A(甲5)に記載ないし示唆されているとともに,引用例A発明に引用例B~D(甲2~4)の事項を適用したものは,技術的にみても,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」たものであるということができるのである。

3  理由Cの取消事由に対し

(1)  取消事由C-1(相違点1の判断の誤り)に対し

引用例ア発明(甲6)は,審決が認定したとおりのものである。引用例ア発明は,引用例ア(甲6)の段落【0004】~【0012】に記載された従来技術を前提として発明を認定したものであって,その認定に誤りはない。

(2)  取消事由C-2(相違点3の判断の誤り)に対し

前記2(2)及び上記(1)において反論したとおりである。

4  理由D-1の取消事由に対し

原告は,射出開始時の金型の温度範囲を特定(設定)すれば,本願発明の解決課題とされるゲートマークの発生は防止される,と主張するようであるが,仮にそのように解釈されるとしても,以下に示すとおり審決の判断に誤りはない。

本件明細書において,ゲートマークの発生を防止するために,どのように金型の温度を設定すべきか判断する手がかりは,本願発明の唯一の実施例(段落【0022】~段落【0024】)と,唯一の比較例(段落【0025】)だけであるが,ここでの記載を根拠に,金型の温度を「射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定」することで課題が解決できると当業者は認識できるはずがない。すなわち,本願明細書には,射出開始時の金型の温度範囲を上記のように「0~70度」高くすることにより,本願発明の課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例や説明は記載されておらず,したがって,本願発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるといえないことは明らかである。

問題は,「ゲート」の「最大径」を「1.5mm」から「0.1~3mm」の範囲に拡張したとき,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」るかどうか,その理論的ないし実証的根拠が,当業者が納得できる程度に示されているかどうかであり,「ゲートマークの発生自体とゲートの径とは関係がない」かどうかは関係がない。「0.1~3㎜と言う狭い範囲でゲートの径を問題にする必要はない。」という断定的結論の根拠が示されていない。

本願の請求項1では成形品の形状・厚さ等が無限定である。したがって,問題は,「成形品の形状・厚さ」(特にゲート付近)に関係なく,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」るかどうかである。「成形品の全体の形状は発明とは関係がない」というが,そのように結論する理論的ないし実証的根拠が示されていない。

成形品の厚みが5mm以下である点は,当初の明細書及び図面に記載も示唆もない。原告は,「ゲートマークはゲートの径0.1~3mm及び成形品の厚み5mm以下において現れ,したがって本願発明によりゲートマークが防止される。」と主張するが,その条件を満たす径及び成形品厚さとしたときに「本願発明によりゲートマークが防止される」と結論する理論的ないし実証的根拠は何も示されていない。

本願の請求項1には「射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定され,」と記載されているにすぎないから,請求項1に係る発明は,文理上,(a)射出完了より前に,(b)射出完了時に,及び(c)射出完了より後に,金型を冷却して荷重変形温度より低い温度に設定する態様を含む。それに続いて,請求項1を引用する請求項2において「前記金型温度が,射出開始時から完了までの期間保持され,該保持期間の後冷却の間に金型温度が該熱可塑性樹脂の荷重変形温度より10~100度低くなるように温度制御される」と記載して,金型温度を荷重変形温度より0~70度高く保持する期間が「射出開始時から完了までの期間」であり,「該保持期間の後冷却…」と特定しているのであるから,請求項1に係る発明に上記のような種々の態様を含ませるという意思が明確に顕示されているというべきである。したがって,問題は,それら種々の態様において,すなわち,金型温度を「射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高く」設定する保持期間のいかんに関係なく,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」るかどうか,「防止され」るとするならば,その理論的ないし実証的根拠が示されているかどうかである。「射出後の温度履歴は当業者が適宜設定できること」であるとしても,それは,上記の根拠にはならない。

5  理由D-2の取消事由に対し

本願明細書には,「【0028】ゲートマークについて,比較例の成形品では一般部とゲート部の光沢差が△2.2もありハッキリと目視でゲートマークが確認できるのに対し,実施例の成形品では光沢差△0.2であり目視ではゲートマークが確認できないレベルであった。」と記載されている。「光沢差Δ0.2」であるから,計器測定では「ゲートマーク」が存在しているにもかかわらず,原告は,「目視ではゲートマークが確認できないレベルであった。」として「実施例」として明記しているのである。甲20では,光沢差が「△1.4」であり,計器測定では「ゲートマーク」が存在しているにもかかわらず,原告は,目視観察では「わずかに確認できる程度で,非常に薄い」として(甲20第10ページの表),「…荷重変形温度と同じ場合…にも,目的とする結果が得られます」(甲20第1ページ下から第9行目~7行目)としているのである。これらの記載によれば,「ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」たかどうかを,計器の測定値ではなく,目視の評価により判断していること,少なくとも目視を重視していることは明白である。目視で,かすかに,ほのかに,あるいはうっすらと確認できるとき,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」たのかどうか,当業者は判断のしようがない。

甲20には,審決(第30ページ第26~35行,第32ページ第5~7行)に記載したとおり,金型温度を荷重変形温度より0度高く設定した場合は,光沢差は「△1.4」であり,「わずかに確認できる程度で非常に薄い」とし,「目的とする結果が得られます。」としている。光沢差が「△1.4」のときに,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」ているのかどうかについては,当初明細書及び図面に記載も示唆もないが,その説明のとおり,光沢差が「△1.4」で「わずかに確認できる」場合でも,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」るとすると,果して,光沢差がいかなる値のときまで「防止され」ることになるのか,当業者には理解できない。

問題は,光沢差が小さくなったときにも,「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」ているか否かを明確かつ客観的に判別できる基準が示されているかどうかであって,単に,「ゲートマークは明細書記載の手段により確認できる」と結論をいうだけでは,何ら答えになっていない。原告の主張に理由はない。

以上のとおり,本願発明にいうところの「ゲートマーク」の意義(定義,物理的化学的性状等),及び「ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」たかどうかの明確な客観的基準も不明確であり,本願発明1が明確でないことは明白である。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,理由Bの取消事由(相違点1及び3判断の誤り)はいずれも理由がないものと判断する。

1  取消事由B-1(相違点1の判断の誤り)について

(1)  前提事項

ア 相違点1

本願発明1と引用例A発明(甲5)の相違点1は,本願発明1のゲートが「最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲート」であるのに対し,引用例A発明のゲートはそのようなゲートではない点である。

イ 本願発明の概要

本願の公開特許公報(甲21)及び平成23年10月13日付け手続補正書(甲15)の記載によれば,本願発明は,概要次のとおりのものであると認められる。

本願発明は,無塗装で使用することができる高品質の外観を有する熱可塑性樹脂の射出成形品を効率的に得る方法に関するものである(【0001】)。

従来の熱可塑性樹脂組成物の射出成形では,ピンポイントゲートを有する金型を用いることによってゲートカットが自動で行えるため,成形時の工程軽減,自動化が可能となる。また,ピンポイントゲートを用いることにより,多数のゲートを設けやすくなるため大型成形品や薄肉成形品の成形に有利であることも知られている。また,トンネルゲートは,多数のゲートを設けやすいこと,ゲートカットが自動で行えることに加えてゲート跡が装飾面に残らないという有利な点を有している(【0002】)。

しかし,ピンポイントゲートやトンネルゲートを有する金型を使用すると,ゲートマークと呼ばれる外観不良が成形品表面に現れるという問題が生じる。ゲートマークとは,ゲート近傍の成形品表面の光沢が他の部分の光沢に比べて時には低くなり時には高くなる光沢ムラのことをいう。ゲートマークは,一般的にはゲート径を小さくした場合にゲート近傍のゲートの裏側面に発生する場合が多い。ゲートマークが発生すると,成形品の外観を損ない,高品質の外観が得られず,無塗装での使用が困難となる。そのため,ピンポイントゲートやトンネルゲートを有する金型を用いた場合に,無塗装でも使用できるような高品質な外観の成形品を得ることが困難であった(【0003】)。

溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際,該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定された条件で射出成形する熱可塑性樹脂の射出成形方法が,引用例A(甲5)に既に開示されており,これにより,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良,無機フィラーに起因する外観不良が解消される(【0004】)。

そこで,本願発明は,ピンポイントゲートやトンネルゲート等のゲート径が小さいゲートを有する金型を使用することによるゲートマークの発生を解消し,高品質外観を有する射出成形品を効率よく得る方法を提供することを課題とし(【0005】),最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出開始時,金型の温度が,射出する熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定し,溶融樹脂の射出開始時に金型温度を荷重変形温度よりも高くすることにより,溶融樹脂は急激に冷却されることなく,十分な溶融状態のまま充填させることができるので,ゲート径が小さいことにより発生するゲートマークのない成形品を得ることができる(【0007】,【0011】)。

本願発明の方法によれば,熱可塑性樹脂の射出成形において,外観品質の優れた製品を安定的に自動成形することが可能となり,大幅な工程の簡略化が可能となるという効果を奏する(【0029】)。

ウ 引用例A発明の概要

引用例A(甲5)の記載(特に,【請求項1】,段落【0001】,【0011】~【0022】)によれば,引用例A発明は,概要次のとおりのものであると認められる。

引用例A発明は,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良,無機フィラー充填材料に起因する外観不良を解消し,また,成形品肉厚が1.5mm以下の薄肉成形に際して溶融樹脂の流動を向上する,高品質外観を有する熱可塑性樹脂の射出成形品を得る方法に関するものであって,ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形法において,溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際の金型温度を,射出する熱可塑性樹脂の熱変形温度より0~100度高くなるように設定することにより,溶融樹脂は急激に冷却されることなく,十分な溶融状態のまま充填されるので,ジェッティングやウエルドラインを解消することができ,金型の転写率も飛躍的に改善され,成形品の光沢が向上し,外観品質の優れた製品を安定して成形することができるという効果を奏するものである。

エ 引用例B~D(甲2~4)の記載事項

引用例B(甲2)の1頁左下欄19行~右下欄3行,2頁左上欄12行~19行,引用例C(甲3)の段落【0001】,【0013】,引用例D(甲4)の段落【0001】,【0011】の記載によれば,熱可塑性樹脂の射出成形において用いられているゲートの構造としてピンポイントゲートは従来から知られており,その径として,「0.5mm~1mm程度」,「0.8mm」,「1.2mm」は,通常の実施範囲のものであることが認められる。

オ 周知事項

特開平11-198190号公報(甲7)の段落【0005】,特開平9-29786号公報(甲8)の段落【0003】,【0019】,実願平4-48898号(実開平6-11380号)のCD-ROM(甲9)の段落【0005】の記載によれば,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドライン,フローマーク,ジェッティングなどの外観不良が生じることは周知であることが認められる。

(2)  相違点1の容易想到性について

以上を前提として,相違点1の容易想到性について検討する。

まず,引用例A発明(甲5)において,金型のゲートの具体的な構造及び径は特定されていないから,従来から知られているゲートの構造及び径を用いているものであると認められる。

そして,ゲートの構造については,引用例A発明は,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良,無機フィラー充填材料に起因する外観不良を解消し,また,成形品肉厚が1.5mm以下の薄肉成形に際して溶融樹脂の流動を向上する,高品質外観を有する熱可塑性樹脂の射出成形品を得る方法に関するものであるから,引用例A発明の金型は,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が発生する構造のゲートを用いているものであることは明らかである。そして,ゲートの構造としてピンポイントゲートは従来から知られており(上記(1)エ),ピンポイントゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドライン,フローマーク,ジェッティングなどの外観不良が生じることは周知であるから(上記(1)オ),ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が発生する引用例A発明の金型におけるゲートの構造は,ピンポイントゲートを含むものといえる。

また,ゲートの径については,ピンポイントゲートの径として「0.5~1mm程度」,「0.8mm」,「1.2mm」は,通常の実施範囲のものである(上記(1)エ)。

そうすると,引用例A発明におけるゲートの構造を,従来から知られているピンポイントゲートとし,その径を最大径0.1mm~3mmとすることは,当業者にとって格別困難なこととはいえない。

(3)  原告の主張について

ア 原告は,引用例A(甲5)はピンポイントゲートに全く関係しない,ウェルドライン,フローマーク,ジェッティングは,ゲートがピンポイントゲートであることによって起きるものではなく,どのようなゲートであっても起き得る欠陥であるから,甲7~9のウェルドライン,フローマーク,ジェッティングという言葉が,ピンポインゲートに関しない引用例A(甲5)と,ピンポインゲートに関する引用例B~D(甲2~4)とを結びつける理由にはならないと主張する。

しかし,上記(2)のとおり,引用例A発明のゲートの構造は,ピンポイントゲートを含むものである。

したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,理由がない。

イ 原告は,被告が主張するように,引用例A発明の金型のゲートがピンポイントゲートを含むといえるのであれば,相違点1は初めからないことになる,被告が審決取消訴訟の段階で審決と異なる論理を持ち出すのは不当であると主張する。

しかし,上記(2)のとおり,引用例A発明のゲートの構造は,ピンポイントゲートを含むものではあるが,ゲートの具体的な構造は特定されていない。他方,本願発明1は,「最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する」ものであるから,この点において,本願発明1と引用例A発明とは相違する。

したがって,相違点1の認定,判断に誤りはなく,原告の上記主張は理由がない。

(4)  小括

よって,取消事由B-1(相違点1の判断の誤り)は理由がない。

2  取消事由B-2(相違点3の判断の誤り)について

(1)  前提事項

ア 一致点

本願発明1と引用例A発明(甲5)の一致点は,「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定された成形方法」である点である。

イ 相違点3

本願発明1と引用例A発明(甲5)の相違点3は,本願発明1が「それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され」る成形方法であるのに対し,引用例A発明は,「高品質外観を有する射出成形品を得る」成形方法である点である。

(2)  相違点3の容易想到性について

ア 前記1(1)イのとおり,本願発明は,ピンポイントゲートやトンネルゲート等のゲート径が小さいゲートを有する金型を使用することにより発生する,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生を解消するために,最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出開始時,金型の温度が,射出する熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定し,溶融樹脂の射出開始時に金型温度を荷重変形温度よりも高くすることにより,溶融樹脂は急激に冷却されることなく,十分な溶融状態のまま充填させることができるので,ゲート径が小さいことにより発生するゲートマークのない成形品を得ることができるというものである。

そうすると,最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法では,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークが発生するが,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度を,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定することによって,上記ゲートマークの発生が防止されるものと認められる。

イ 他方,前記1(2)のとおり,引用例A発明のゲートの構造を,従来から知られているピンポイントゲートとし,その径を最大径0.1mm~3mmとすることは,当業者にとって格別困難なこととはいえないこと,上記(1)アのとおり,本願発明1と引用例A発明とは,「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定された成形方法」である点で一致することからすると,引用例A発明のゲートの構造を,従来から知られているピンポイントゲートとし,その径を最大径0.1mm~3mmとすることによって,「最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定され」るという構成が得られているものと認められる。

ウ そして,上記アのとおり,最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法では,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークが発生するが,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度を,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定することによって,ゲートマークの発生が防止されるのであるから,上記イの構成(「最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定され」るという構成)から,「ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止される」という事項が得られることは明らかである。

(3)  原告の主張について

ア 原告は,審決書の18頁(4-3)の冒頭の記載について,引用例A発明(甲5)に,引用例B~D(甲2~4)に示されている事項を組み合わせると,ゲート近傍のゲートの裏面側にゲートマークが当然に発生し,それが引用例A発明によって防止される旨を述べているものとの理解を前提として,ピンポイントゲートを用いるとゲートマークが「当然に」発生し,引用例A発明(甲5)によって「当然に」防止されるというようなものではないと主張する。

しかし,原告の上記理解は誤りである。

すなわち,審決書の18頁(4-3)の冒頭の記載は,次のとおりである。

「上述したように引用例A発明に引用例B,C,Dに示されている事項を適用したものは,本願発明の『該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出開始時の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~70度高くなるように設定され,』という事項と重複し,充足している。そして,そのようにしたものが本願発明の『それにより』の前に記載された事項(及び熱可塑性樹脂の種類に関する事項)を充足している以上,本願の請求項1の記載の構文に従うと,『それにより,ゲート近傍のゲートの裏側面におけるゲートマークの発生が防止され』という事項を当然に充足する。

そして,本願発明が奏する効果は,引用例A,B,C,Dに記載された発明,及び周知事項に基づいて当業者が予測し得た程度のものにすぎない。」審決書の上記記載の趣旨は,上記(2)において説示したところと同旨である。審決は,引用例A発明(甲5)に,引用例B~D(甲2~4)に示されている事項を組み合わせると,ゲート近傍のゲートの裏面側にゲートマークが当然に発生するとか,また,ゲート近傍のゲートの裏面側にゲートマークが発生することが引用例A発明によって防止されるといった趣旨のことは述べていない。

したがって,原告の上記主張は,失当である。

イ なお,本願発明1におけるゲートマークによるゲート近傍のゲートの裏面側の光沢ムラと,引用例A発明や周知例におけるウェルドライン,フローマーク,ジェッティング等との間において,発生機序や技術的意義についての差異が必ずしも明確とはいえない面があるが,その点は措くとしても,引用例A発明においても,上記1(1) ウのとおり,成形品の光沢が向上し,外観品質の優れた製品を安定して成形することができるという効果を奏するものであるから,本願発明1の効果に関する審決の上記認定,判断に誤りはない。

(4)  小括

よって,取消事由B-2(相違点3の判断の誤り)は理由がない。

3  まとめ

以上のとおり,取消事由B-1,2はいずれも理由がなく,本願発明1は,引用例A~Dに記載された発明及び周知事項(甲7~9)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの審決の判断(理由B)に誤りはない。

したがって,理由A,理由C,理由D-1,2の取消事由について検討するまでもなく,本願発明は進歩性が認められないから,審決に取り消されるべき違法はない。(ちなみに,第1次判決において指摘された第1次審決の「理由不備」の点は,解消されたものと認められる。)

第6結論

以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 西理香 裁判官 知野明)

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