知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10073号 判決 2012年11月14日
原告
シャープ株式会社
同訴訟代理人弁護士
永島孝明
安國忠彦
明石幸二郎
朝吹英太
安友雄一郎
同弁理士
磯田志郎
上田忠
被告
三洋電機株式会社
同訴訟代理人弁護士
尾崎英男
日野英一郎
同弁理士
石田純
主文
1 特許庁が無効2011-800106号事件について平成24年2月8日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,被告の後記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 被告は,平成9年11月18日,発明の名称を「液晶表示装置」とする特許出願(特願平9-317169号)をし,平成17年9月22日,設定の登録(特許第3723336号。請求項の数6)を受けた。以下,この特許を「本件特許」という。
(2) 原告は,平成23年6月24日,本件特許の請求項1ないし6に係る発明について,特許無効審判を請求し,無効2011-800106号事件として係属した。被告は,同年9月27日付けで訂正請求(以下「本件訂正」という。請求項の数5)をしたところ(甲26),特許庁は,平成24年2月8日,本件訂正を認めた上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月16日,その謄本が原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲請求項1ないし5の記載は,次のとおりである。以下,順に「本件発明1」ないし「本件発明5」といい,これらを併せて「本件発明」という。また,本件発明に係る明細書(甲26)を「本件明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行部分を指す。
【請求項1】対向配置された第1の基板と第2の基板の間に負の誘電率異方性を有する液晶が封入され,/前記第1の基板となる一方の支持基板の対向面側に行列状に配列された複数の薄膜トランジスタと,/これら薄膜トランジスタに接続され互いに交差するゲートラインおよびドレインラインと,/前記複数の薄膜トランジスタ,ゲートラインおよびドレインラインを覆う絶縁膜と,/該絶縁膜上に形成され前記絶縁膜に開けられた開口部を介して前記薄膜トランジスタの個々に対応して接続された液晶駆動用の複数の画素電極と,/これら画素電極上に形成されたラビング処理が施されていない垂直配向膜と,/前記第2の基板となる他方の支持基板の対向面上に形成されたカラーフィルター層と,該カラーフィルター層上に形成された液晶駆動用の共通電極と,該共通電極上に形成されたラビング処理が施されていない垂直配向膜と,を有し,/前記第1の基板および前記第2の基板の外側面には偏光板が設けられてなり,該偏光板を抜けた偏光を前記液晶にて変調することにより表示を行う液晶表示装置において,/前記絶縁膜は,前記薄膜トランジスタの半導体層を覆って形成される層間絶縁膜上に形成され,前記薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜であり,/前記薄膜トランジスタのソース電極は前記層間絶縁膜上に形成されるとともに,前記層間絶縁膜に開けられた開口部を介して前記薄膜トランジスタの半導体層に接続され,前記画素電極は該平坦化絶縁膜上に形成されるとともに,前記平坦化絶縁膜の開口部を介して前記ソース電極に接続され,/前記画素電極の不存在部分に対応する前記ゲートラインまたはドレインラインの部分は当該不存在部分と少なくとも前記平坦化絶縁膜を介して分離されており,/前記液晶の初期配向方向を前記基板の概ね法線方向として黒表示を行い,/前記画素電極と前記共通電極との間に電圧を印加することによって前記画素電極周辺と共通電極間に斜め方向電界を発生させ,また,画素電極側から見て前記第2の基板側に電極不在部を形成して画素電極内と共通電極間にも斜め方向電界を発生させ,前記液晶を概ね法線方向より電界作用に従って傾斜させて前記液晶の配向方向を分割することを特徴とする液晶表示装置
【請求項2】前記薄膜トランジスタは,前記半導体層として多結晶半導体層を用いていることを特徴とする請求項1記載の液晶表示装置
【請求項3】前記カラーフィルター層上には保護膜が形成され,前記共通電極は前記保護膜上に形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2記載の液晶表示装置
【請求項4】前記第2の基板は,前記画素電極および前記画素電極間に対応する領域が透光性であり,前記画素電極間に対応する領域の少なくとも一部は,前記液晶と前記偏光板とにより遮光されることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の液晶表示装置
【請求項5】前記層間絶縁膜は,前記ゲートラインを覆って形成され,かつ,前記ドレインラインは,前記層間絶縁膜上に形成され,/前記平坦化絶縁膜は,前記ドレインラインを覆って,厚みが1μm以上であることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の液晶表示装置
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,①本件発明1は,後記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)であるとはいえず,引用発明及び後記イないしシの周知例1ないし11に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない,②本件発明2ないし5も,引用発明であるとはいえず,引用発明及び周知例1ないし11に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない,というものである。
ア 引用例:特開平9-236821号公報(平成9年9月9日公開。甲2)
イ 周知例1:特開平8-122824号公報(甲3)
ウ 周知例2:特開平3-72322号公報(甲4)
エ 周知例3:特開平4-31827号公報(甲5)
オ 周知例4:特開平9-269482号公報(平成9年10月14日公開。甲6)
カ 周知例5:特開昭59-5229号公報(甲7)
キ 周知例6:特開平7-311383号公報(甲8)
ク 周知例7:特開平5-150265号公報(甲9)
ケ 周知例8:特開平9-26602号公報(平成9年1月28日公開。甲10)
コ 周知例9:特開平9-223804号公報(平成9年8月26日公開。甲11)
サ 周知例10:特開平9-96808号公報(平成9年4月8日公開。甲12)
シ 周知例11:「薄膜作製応用ハンドブック」376ないし430頁,権田俊一監修,平成7年11月30日発行(甲13)
(2) なお,本件審決が認定した引用発明並びに本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明:基板上に,ゲート電極,ゲート絶縁膜,a-Si,エッチングストッパー,N+a-Si,ソース及びドレイン電極が順次積層されてなるTFTと,ゲート電極及びドレイン電極にそれぞれ一体のゲートライン及びドレインライン,更には,TFTとその電極ラインを覆う層間絶縁膜上に形成され,コンタクトホールを介してソース電極に接続された表示電極が設けられてなるTFT基板と,液晶層を挟んで,これに対向する位置に設置された基板上に,共通電極及び共通電極中に形成された配向制御窓が設けられてなる対向基板により構成されている液晶表示装置であって,液晶は負の誘電率異方性を有するネマチック相であり,各々の基板の表面には,垂直配向膜が設けられ,配向制御窓は,画素の対角線に概ね沿ったX字形状に形成されており,層間絶縁膜を厚く,少なくとも1μm以上にし,これにより表示電極が,TFTとその電極ラインから十分に離され,液晶の配向がこれらの電界の影響を受けて乱れることがなくなり,表示電極エッジ及び配向制御窓により,配向制御が効果的に行われ,基板の外側に偏光板をクロスニコル配置しており,電圧印加時には一方の偏光板を透過した入射直線偏光を液晶層において,複屈折により楕円偏光とし,液晶層の電界強度に従ってリタデーション量即ち液晶中の常光成分と異常光成分の位相速度の差を制御することで,他方の偏光板より所望の透過率の着色光を射出せしめる,液晶表示装置
イ 一致点:対向配置された第1の基板と第2の基板の間に負の誘電率異方性を有する液晶が封入され,前記第1の基板となる一方の支持基板の対向面側に行列状に配列された複数の薄膜トランジスタと,これら薄膜トランジスタに接続され互いに交差するゲートライン及びドレインラインと,前記複数の薄膜トランジスタ,ゲートライン及びドレインラインを覆う絶縁性の膜と,該絶縁性の膜上に形成され前記絶縁性の膜に開けられた開口部を介して前記薄膜トランジスタの個々に対応して接続された液晶駆動用の複数の画素電極と,これら画素電極上に形成されたラビング処理が施されていない垂直配向膜と,前記第2の基板となる他方の支持基板の対向面上に形成された液晶駆動用の共通電極と,該共通電極上に形成されたラビング処理が施されていない垂直配向膜と,を有し,前記第1の基板および前記第2の基板の外側面には偏光板が設けられてなり,該偏光板を抜けた偏光を前記液晶にて変調することにより表示を行う液晶表示装置において,前記画素電極は該絶縁性の膜上に形成されるとともに,前記絶縁性の膜の開口部を介して前記ソース電極に接続され,前記画素電極の不存在部分に対応する前記ゲートライン又はドレインラインの部分は当該不存在部分と少なくとも前記絶縁性の膜を介して分離されており,前記液晶の初期配向方向を前記基板の概ね法線方向として黒表示を行い,前記画素電極と前記共通電極との間に電圧を印加することによって前記画素電極周辺と共通電極間に斜め方向電界を発生させ,また,画素電極側から見て前記第2の基板側に電極不在部を形成して画素電極内と共通電極間にも斜め方向電界を発生させ,前記液晶を概ね法線方向より電界作用に従って傾斜させて前記液晶の配向方向を分割する液晶表示装置
ウ 相違点1:本件発明1は,第2の基板となる他方の支持基板の対向面上にカラーフィルター層が形成され,該カラーフィルター層上に液晶駆動用の共通電極が形成されるのに対し,引用発明は,第2の基板となる他方の支持基板の対向面上にカラーフィルター層が形成され,また,該カラーフィルター層上に液晶駆動用の共通電極が形成されるか否かが明らかではない点
エ 相違点2:本件発明1は,絶縁性の膜が,絶縁膜と層間絶縁膜とからなり,前記絶縁膜が,薄膜トランジスタの半導体層を覆って形成される層間絶縁膜上に形成され,前記薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜であって,前記薄膜トランジスタのソース電極が前記層間絶縁膜上に形成されるとともに,前記層間絶縁膜に開けられた開口部を介して前記薄膜トランジスタの半導体層に接続されているのに対し,引用発明は,絶縁性の膜が,1層構造の絶縁膜(層間絶縁膜)であって,表示電極をTFTとその電極ラインから十分に離すために,厚く,少なくとも1μm以上とするものであるが,薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するようにその表面が平坦化される平坦化絶縁膜であるのか否か明らかではなく,また,薄膜トランジスタのソース電極が,層間絶縁膜上に形成されているものではない点
4 取消事由
(1) 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由1)
ア 相違点2の認定の誤り
イ 相違点2の判断の誤り
(2) 本件発明2ないし5の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1 取消事由1(本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 相違点2の認定の誤り
ア 本件審決の認定について
本件審決は,相違点2を認定する前提として,引用発明の層間絶縁膜と,本件発明1の絶縁膜及び層間絶縁膜とは,複数の薄膜トランジスタ,ゲートライン及びドレインラインを覆う絶縁性の膜である点で一致すると認定した。
確かに,引用発明の層間絶縁膜は,薄膜トランジスタとその電極ライン(ドレイン電極及びソース電極)を覆い,その上にコンタクトホールを介してソース電極に接続された表示電極が設けられているものであり,薄膜トランジスタとその電極ラインの上に形成されるものである。
しかし,本件発明1の層間絶縁膜は,請求項1の「薄膜トランジスタの半導体層を覆って形成される層間絶縁膜」との記載や「薄膜トランジスタのソース電極は前記層間絶縁膜上に形成されるとともに,前記層間絶縁膜に開けられた開口部を介して前記薄膜トランジスタの半導体層に接続され」との記載からすると,薄膜トランジスタの半導体層を覆い,その上に薄膜トランジスタのソース電極が形成されているものである。一方,本件発明1の絶縁膜は,請求項1の「複数の薄膜トランジスタ,ゲートラインおよびドレインラインを覆う絶縁膜」との記載や,「該絶縁膜上に形成され前記絶縁膜に開けられた開口部を介して前記薄膜トランジスタの個々に対応して接続された液晶駆動用の複数の画素電極」との記載からすると,薄膜トランジスタのドレインラインの上に形成されるものである。
以上のとおり,引用発明の層間絶縁膜は,薄膜トランジスタとその電極ラインの上に形成されるのに対し,本件発明1の層間絶縁膜は,ソース電極の下に形成されるものであるから,本件発明1の層間絶縁膜は,引用発明の層間絶縁膜に対応するものではないことは明らかであり,本件発明1の絶縁膜がこれに対応するものである。
したがって,本件審決の上記認定は誤りであり,正しくは,引用発明の層間絶縁膜と,本件発明1の絶縁膜とは,複数の薄膜トランジスタ,ゲートライン及びドレインラインを覆う絶縁性の膜である点で一致すると認定されるべきである。
イ 認定されるべき相違点について
以上のとおり,引用発明の層間絶縁膜は,本件発明1の絶縁膜に相当する。
また,本件発明1の絶縁膜も,引用発明の層間絶縁膜と同様に,ドレインラインの上に形成される1層構造であるから,引用発明の層間絶縁膜と本件発明1の絶縁膜との間に層構造の相違点は存在しない。
したがって,相違点2については,正しくは,次のとおり認定されるべきである(以下「相違点2’という」)。
本件発明1は,薄膜トランジスタの半導体層を覆って形成される層間絶縁膜を有し,絶縁膜が層間絶縁膜上に形成され,薄膜トランジスタのソース電極は層間絶縁膜上に形成されるとともに,層間絶縁膜に開けられた開口部を介して薄膜トランジスタの半導体層に接続されるのに対し,引用発明は,このような層間絶縁膜を設ける構成を記載していない点
なお,本件審決が相違点2で認定した,「本件発明1は,絶縁膜が,前記薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜であるのに対し,引用発明は,層間絶縁膜が,薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するようにその表面が平坦化される平坦化絶縁膜であるのか否か明らかではない」との点については,後記エのとおり,引用発明の層間絶縁膜が同様の機能を有する絶縁膜であるので,相違点としては認定しない。
ウ 相違点2’の容易想到性について
薄膜トランジスタのソース電極及びドレイン電極が,層間絶縁膜上に形成されるとともに,層間絶縁膜に開けられた開口を介して薄膜トランジスタの半導体層に接続される構成は,本件出願時点で周知である(周知例4,7及び8,甲23~25)。
また,引用発明は,表示電極を薄膜トランジスタとその電極ラインから十分に離すために,薄膜トランジスタとその電極ラインの上の層間絶縁膜を,少なくとも1μm以上とするものであるが,ソース電極の下に層間絶縁膜を採用することは,表示電極と電極ラインの一つであるゲートラインとの距離を離すことになるので,表示電極を薄膜トランジスタとその電極ラインから十分に離すという引用発明の目的と合致するものであるし,薄膜トランジスタとその電極ラインの上の層間絶縁膜を,少なくとも1μm以上とすることを阻害するものでもない。
したがって,引用発明において,上記構成を採用することについて,当業者が格別の推考力を要しないことは明らかであり,相違点2’に係る本件発明1の構成は,単なる設計事項である。
エ 平坦化絶縁膜について
(ア) 本件審決は,相違点2に係る判断において,本件発明1にいう「平坦化」とは,薄膜トランジスタの上に層間絶縁膜が全体として盛り上がっている状態を意味するものではなく,(平坦化)絶縁膜の表面自体を平坦とすることを意味するものであると判断した。
この点に関し,本件発明1に係る請求項には,平坦化について,「薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜」との記載がある。また,本件明細書(【0022】)には,「平坦化絶縁膜が画素電極の下地として平坦性を高める働きをしている」との記載や「TFT(薄膜トランジスタ)の段差を緩和することで,液晶層との接触表面の平坦性を高める」との記載がある。これらの記載からすれば,本件発明1の平坦化絶縁膜は,薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和する役割を果たすことが読み取れるのみであり,その表面自体を平坦とすることを意味するものであると限定的に解釈すべき理由はない。
そして,引用発明の層間絶縁膜においても,薄膜トランジスタの段差がそのまま層間絶縁膜の表面にまで及んで段差を形成するものではなく(図12),層間絶縁膜により薄膜トランジスタの段差に起因した凹凸が緩和されているから,本件発明1にいう「薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜」に相当する。
したがって,本件発明1の絶縁膜と引用発明の層間絶縁膜との間には,「平坦化」の点で実質的な差異はない。
(イ) 仮に,本件発明1の絶縁膜と引用発明の層間絶縁膜との間において,「平坦化」の点で差異が存在するとすれば,本件発明1と引用発明とは,以下の点で相違する(以下「相違点3」という。)。
本件発明1は,絶縁膜が,薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜であるのに対し,引用発明は,層間絶縁膜が,薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するようにその表面が平坦化される平坦化絶縁膜であるのか否か明らかではない点
しかし,周知例1(【0004】【0007】)及び周知例6(【0010】)に記載されているとおり,下地の凹凸の影響を受けて画素電極に段差が生じ,これが液晶の配向乱れ,ディスクリネーション,リバースチルトドメイン等を引き起す原因となることは,本件出願当時の周知の課題であった。また,ラビング処理が施されていない,VAタイプの液晶表示装置において,薄膜トランジスタの凹凸を起点としてディスクリネーションが発生してしまうことも既知である(甲28【0008】)。そして,かかる課題を解決する手段として,平坦化絶縁膜を設け,画素電極を極めて平滑な表面を有する平坦化絶縁膜の上に形成することにより,液晶の配向性を高めることも,周知の技術であった(周知例1,3,4,7~9,甲23~25)。
引用発明においても,表示電極が薄膜トランジスタ及び電極ライン上にまで延在しているので,液晶の配向性を高めるため,表示電極を極めて平滑な表面を有する平坦化絶縁膜の上に形成することは当業者にとって容易に想到できる事項であり,相違点3に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到することができたものである。
(2) 相違点2の判断の誤り
仮に,本件審決による相違点2の認定に誤りがないとしても,相違点2に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到し得るものでないとした本件審決の判断は誤りである。
すなわち,本件審決は,周知例4,7及び8に照らせば,薄膜トランジスタのソース電極及びドレイン電極が,層間絶縁膜上に形成されるとともに,層間絶縁膜に開けられた開口を介して薄膜トランジスタの半導体層に接続され,また,画素電極が(層間絶縁膜上に形成された)平坦化絶縁膜上に形成されるとともに,平坦化絶縁膜の開口部を介してソース電極又はドレイン電極に接続される構成は,本件出願時点で周知であったと判断しているところ,引用発明の液晶表示装置において,これらの周知の構成を参酌すれば,薄膜トランジスタのソース電極及びドレイン電極の下に層間絶縁膜が形成され,ソース電極及びドレイン電極が層間絶縁膜に開けられた開口を介して薄膜トランジスタの半導体層に接続された構成となり,また,画素電極が層間絶縁膜上に形成された平坦化絶縁膜上に形成されるとともに,平坦化絶縁膜の開口部を介してソース電極又はドレイン電極に接続される構成となるのであるから,相違点2に係る本件発明1の構成は,引用発明及び上記周知の構成から容易に想到することができるものである。
そして,前記(1)エ(イ)のとおり,下地の凹凸の影響を受けて画素電極に段差が生じ,これが液晶の配向乱れ,ディスクリネーション,リバースチルトドメイン等を引き起す原因となることは周知の課題であり,また,平坦化絶縁膜を設け,画素電極を極めて平滑な表面を有する平坦化絶縁膜の上に形成することにより,液晶の配向性を高める構成は周知の技術であるから,引用発明について,液晶の配向性を高めるために,上記構成を採用することの動機付けはあるというべきである。
(3) 以上によれば,本件発明1の容易想到性に係る本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 相違点2の認定の誤りについて
ア 本件審決の認定について
(ア) 原告は,引用発明の層間絶縁膜は,本件発明1の絶縁膜及び層間絶縁膜に対応するものではないなどと主張する。
しかし,本件審決は,本件発明1の絶縁膜及び層間絶縁膜と引用発明の層間絶縁膜とが,複数の薄膜トランジスタ,ゲートライン及びドレインラインを覆う絶縁性の膜である点で一致すると判断しただけであり,本件発明1の絶縁層及び層間絶縁膜と,引用発明の層間絶縁膜とが対応すると認定したものではない。原告は,本件審決の認定を正しく理解しないものである。
(イ) 原告は,本件発明1の絶縁膜のみが引用発明の層間絶縁膜に対応するなどと主張する。
しかし,本件発明1は薄膜トランジスタから画素電極に至るまでに平坦化絶縁膜と層間絶縁膜の2層を有しているのに対し,引用発明は層間絶縁膜の1層のみである。原告の主張は,本件発明1の平坦化絶縁膜のみが引用発明の層間絶縁膜と一致するというものであるが,層構造の違いを無視した根拠のない主張である。
(ウ) したがって,本件審決の認定に誤りはない。
イ 認定されるべき相違点について
原告は,本件発明1の絶縁膜が引用発明の層間絶縁膜に対応するとした上で,相違点2’を挙げている。
しかし,本件発明1の特定の層が引用発明の層間絶縁膜と対応するという関係にはない。原告の主張は,誤った前提に基づくもので,失当である。
ウ 相違点2’の容易想到性について
原告の主張する相違点2’の認定は,そもそも誤っているものであるから,この誤りを前提とする原告の主張は,全く的を外したものである。
エ 平坦化絶縁膜について
(ア) 原告は,本件発明1の絶縁膜と引用発明の層間絶縁膜との間には,「平坦化」の点で実質的な差異はないと主張する。
しかし,引用発明の層間絶縁膜はCVDにより成膜されているが,CVDによる成膜では,下層に凹凸を有する構造物があれば,成膜される膜表面もその凹凸を反映して凹凸になる。他方,一般に平坦化膜の成膜に用いられるスピンコートのように液状の樹脂を下地上に堆積した場合には,下地の形状に左右されることなくその層の表面が平坦化される。以上は,当業者にとっては技術常識である。
引用発明の層間絶縁膜と本件発明1の絶縁膜は平坦化という意味で全く相違するから,原告の主張は失当である。
また,液晶分野において有機膜からなる平坦化絶縁膜を採用することには,透湿性が高く,それが電触を招くこと(甲16【0009】,甲17【0009】)や,着色したり,透過性が低下すること(甲18,甲19【0007】)など,様々な課題が存在し,本件発明1の明確な課題の認識,目的がなければ,そのような平坦化絶縁膜を採用することは考えられない。
(イ) 原告は,仮に,本件発明1の絶縁膜と引用発明の層間絶縁膜との間において,平坦化の点で差異が存在するとしても,本件出願当時,下地の凹凸の影響を受けて画素電極に段差が生じ,これが液晶の配向乱れ,ディスクリネーション,リバースチルドドメイン等を引き起こす原因となることは周知の課題であったとか,平坦化絶縁膜を設け,画素電極を極めて平滑な表面を有する平坦化絶縁膜の上に形成することにより,液晶の配向性を高めることは周知の技術であったなどとして,引用発明について,平坦化膜絶縁膜を採用することは容易であった旨主張する。
しかし,原告が挙げた引用例や周知例には,引用発明のようなラビングレスのVAタイプで,斜め電界を利用して液晶の配向を制御する液晶表示装置においてもなお,薄膜トランジスタに起因する凹凸によってディスクリネーションが発生し得るという本件発明1の課題は示されていないし,原告もそのような課題が導かれることを具体的に指摘できていない。
したがって,引用発明について,上記のような周知技術を適用する理由はないから,原告の主張は失当である。
(2) 相違点2の判断の誤りについて
ア 薄膜トランジスタのソース電極及びドレイン電極が,層間絶縁膜上に形成されるとともに,層間絶縁膜に開けられた開口を介して薄膜トランジスタの半導体層に接続され,また,画素電極が(前記層間絶縁膜上に形成された)平坦化絶縁膜上に形成されるとともに,平坦化絶縁膜の開口部を介してソース電極又はドレイン電極に接続される構成自体は周知である(周知例4,7及び8参照)。
しかし,これらの周知例には,引用発明にかかる周知の構成を採用する動機付けとなるような記載や示唆はない。
また,本件発明1の課題は,ラビング処理を行わず,斜め方向電界による液晶の配向制御を行うVAタイプの液晶表示装置では,下層にある薄膜トランジスタに起因するような垂直配向膜の僅かな凹凸でも,液晶の配向制御に悪影響を及ぼすことである。このような課題の認識がないにもかかわらず,関係のない別の技術に用いられている上記周知の構成を,引用発明に適用する理由は全くない。
イ 原告は,周知例1及び6には,下地の凹凸の影響を受けて画素電極に段差が生じ,これが液晶の配向乱れ,ディスクリネーション,リバースチルトドメイン等を引き起す原因となることが記載されている旨主張する。
しかし,周知例1及び6には,そもそも薄膜トランジスタに起因する凹凸によってディスクリネーションが発生することは記載されていない。本件発明1は,ラビングレスのVAタイプで,斜め方向電界を利用して液晶の配向を制御する液晶表示装置においてもなお,薄膜トランジスタに起因する凹凸によって発生するディスクリネーションを平坦化絶縁膜で防止することが必要であることの発見,認識に基づくものであるところ,このことは,周知例6から全く読み取れないし,他の周知例からこれを読み取ることもできない。
ウ 原告は,甲28(【0008】)の記載を引用し,ラビング処理が施されていない,VAタイプの液晶表示装置において,薄膜トランジスタの凹凸を起点としてディスクリネーションが発生することは既知であると主張する。
しかし,甲28(【0008】)には,ラビング処理が施されていないVAタイプの液晶表示装置において,「薄膜トランジスタの凹凸を起点としてディスクリネーションが発生する」という特定の発生原因についての記載はない。そして,甲28に記載された,従来技術にディスクリネーションが発生するという課題は,甲28記載の発明によって解決されているのである。これに対し,本件発明1は,本件発明1が採用する液晶の配向制御手段の下で,薄膜トランジスタに起因する画素電極の凹凸が液晶の配向に対して悪影響を及ぼし,画像の質を低下させるという問題を認識してなされたものである。そのような技術課題の認識が存在しないのに,引用発明に周知の平坦化絶縁膜技術を取り入れるなどという発想が生まれるものではない。
エ したがって,引用発明の液晶表示装置について,上記周知の構成を適用することの十分な動機付けはないから,相違点2に係る本件審決に誤りはない。
(3) 以上によれば,本件発明1の容易想到性に係る本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明2ないし5の容易想到性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,本件発明1の進歩性に依拠して,本件発明2ないし5の進歩性を認めているが,前記1のとおり,本件発明1は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって,本件審決の本件発明2ないし5の容易想到性に関する判断は前提を欠き,本件審決の結論に直接影響を及ぼす重大な認定,判断の誤謬がある。
〔被告の主張〕
本件発明2ないし5は,本件発明1の特定事項をすべて含むものであるから,引用発明及び周知例1ないし11に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,本件発明2ないし5の容易想到性に係る本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件発明は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲26)には,本件発明について,概略,次の記載がある。
ア 本件発明は,垂直配向方式の液晶表示装置に関する(【0001】)。
イ 負の誘電率異方性を有する液晶は,電界方向に対して配向方向が電界方向と垂直になるように配向を変化する。この時,液晶は電界に抗する作用を発生するが,このような液晶の垂直配向からの変化は,一般にTN等の正の誘電率異方性を有する液晶が平行配向から変化する場合よりも,安定性が悪く,特に,薄膜トランジスタやカラーフィルター層の段差に起因した配向膜との接触界面における凹凸は,配向変化に影響を及ぼし,表示品位の悪化を招く(【0011】)。
また,従来,垂直配向膜にラビング処理を施すことにより,図11に示すように液晶の初期配向にプレチルト(θ)を付与しているため,電圧印加時には,全ての液晶分子はプレチルトの方向(図11では右方向)に傾斜する。このため,例えば,図11の右上方向からの視認と,左上方向からの視認の場合とでは,光路に対する液晶分子の傾斜角度が相対的に異なり,透過率が変化して見える。このため,輝度あるいはコントラスト比が視る方向によって変化する,いわゆる視角依存性の問題が生ずる(【0012】)。
また,対向基板側に形成されたブラックマトリクスは,画素電極間の領域を漏れなく覆わなければならないため,TFT(薄膜トランジスタ)基板側との貼り合わせ時のずれを考慮して,大きめに形成されている。このため,有効表示領域が縮小し,開口率が低下する問題もあった。さらに,TFT基板側の垂直配向膜を形成するためのラビング処理は,TFTの静電破壊を招き,表示不良となり,歩留まり低下の原因となっていた(【0013】)。
ウ 本件発明では,本件発明1の構成とすることにより,電圧印加時に負の誘電率異方性を有する液晶が垂直配向から変化する際に,均一性良く,良好な配向変化が行われ,また,斜め方向電界の作用により,液晶の配向の傾き方向が良好に制御される(【0014】【0015】)。
エ 本件発明において,TFT基板側の平坦化絶縁膜は,画素電極の下地として平坦性を高める働きをしている。特に,負の誘電率異方性を有する液晶が垂直配向から変化する際,電界との相互作用,即ち,電界に抗する作用を発生する時に,良好な配向変化を促す。また,高精細LCDにあって,薄膜トランジスタの凹凸が相対的に大きくなることを考慮して,これらの段差を緩和することで,液晶層との接触界面の平坦性を高め,配向の均一性を改善して,表示品位を向上している(【0022】)。
(2) 以上の記載からすると,本件発明1は,従来,液晶の垂直配向からの変化は,一般にTN等の正の誘電率異方性を有する液晶が平行配向から変化する場合よりも安定性が悪く,特に薄膜トランジスタやカラーフィルター層の段差に起因した配向膜との接触界面における凹凸は,配向変化に影響を及ぼし,表示品位の悪化を招くという課題や,垂直配向膜にラビング処理を施すことにより,液晶の初期配向にプレチルト(θ)を付与しているため,電圧印加時には,全ての液晶分子はプレチルトの方向に傾斜し,右上方向からの視認と,左上方向からの視認の場合とでは,光路に対する液晶分子の傾斜角度が相対的に異なり,透過率が変化し,輝度あるいはコントラスト比が視る方向によって変化する視角依存性の課題があったため,これらの課題を解決するため,本件発明1の構成とすることにより,電圧印加時に負の誘電率異方性を有する液晶が垂直配向から変化する際に,均一性良く,良好な配向変化が行われ,斜め方向電界の作用により,液晶の配向の傾き方向が良好に制御されるという効果を奏するというものである。
2 引用発明について
(1) 引用発明は,前記第2の3(2)ア記載のとおりであるところ,引用例(甲2)には,引用発明について,概略,次の記載がある。
ア 引用発明は,高開口率,広視野角を達成した液晶表示装置に関する(【0001】)。
イ 液晶として負の誘電率異方性を有したネマチック相を用いたタイプとして,DAPと呼ばれる配向膜に垂直配向膜を用いたタイプがある。DAP型は,電圧制御複屈折(ECB)方式の一つであり,液晶分子長軸と短軸との屈折率の差,すなわち複屈折を利用して,透過率とともに表示色を制御する。DAP型では,基板の外側に偏光板をクロスニコル配置し,電圧印加時には一方の偏光板を透過した入射直線偏光を液晶層において,複屈折により楕円偏光とし,液晶層の電界強度にしたがってリタデーション量,すなわち,液晶中の常光成分と異常光成分の位相速度の差を制御することで,他方の偏光板より所望の透過率の着色光を射出せしめる(【0005】)。
ウ 液晶表示装置では,液晶の配向を変化してリタデーション量を制御することで,TN方式においては透過光強度を調整できるとともに,ECB方式においては波長に依存した透過光強度を制御して色相の分離も可能となる。リタデーション量は,液晶分子の長軸と電界方向とのなす角度に依存しているため,電界強度を調節することで,電界と液晶分子長軸とのなす角度が1次的に制御されても,観察者が視認する角度,すなわち,視角に依存して,相対的にリタデーション量が変化し,視角が変化すると透過光強度あるいは色相も変化してしまう,いわゆる視角依存性の問題があった(【0006】)。
エ 引用発明は,上記課題に鑑み,第1の基板上にマトリクス状に設けられた液晶駆動用の表示電極と,ソース電極を表示電極に接続した薄膜トランジスタと,薄膜トランジスタのゲート電極に接続されたゲートラインと,薄膜トランジスタのドレイン電極に接続されたドレインラインと,液晶層を挟んで第1の基板に対向配置された第2の基板上に設けられた液晶駆動用の共通電極とを有する液晶表示装置において,表示電極は,薄膜トランジスタを覆って被覆された層間絶縁膜上に形成され,共通電極中には表示電極に対向する領域内に所定の形状の電極不在部である配向制御窓が設けられた構成である。この構成により,液晶層が薄膜トランジスタ及びその電極ラインから離されたので,配向制御窓のエッジでの斜め方向電界及び表示電極のエッジでの斜め方向電界が,薄膜トランジスタの各電極ラインからの電界の影響を受けることが防がれ,斜め方向電界により液晶配向の2次的制御が良好に行われる。すなわち,配向制御窓の形状によって画素内での液晶分子配向の水平方向の方角が決定されるので,視角が変化しても,画素の各部分でリタデーションの増減を相殺させる設計とすることで,画素全体のリタデーション量の変化を小さく抑えることができる(【0007】【0008】)。
オ 図11及び図12に記載の実施形態は,層間絶縁膜を厚く,少なくとも1μm以上にするところに特徴がある。これにより,表示電極が,薄膜トランジスタとその電極ラインから十分に離され,液晶の配向がこれらの電界の影響を受けて乱れることがなくなり,表示電極エッジ及び配向制御窓により,配向制御が効果的に行われる。すなわち,表示電極のエッジにおける斜め方向電界により,画素の各辺で配向の水平方向の方角が指定されるとともに,配向制御窓のエッジ部における同様の指定作用に連続され,かつ,配向の方角が互いに異なる領域の境界が配向制御窓上に固定されるので,全画素にわたって均一かつ良好な画素分割が行われ,視野角が広がる(【0028】【0029】)。
(2) 以上の記載からすると,従来の液晶表示装置では,電界強度を調節することで,電界と液晶分子長軸との角度が1次的に制御されても,観察者が視認する角度に依存して,相対的にリタデーション量が変化し,視角が変化すると透過光強度あるいは色相が変化してしまう,いわゆる視角依存性の問題が生じていたことから,引用発明は,前記第2の3(2)ア記載の構成を有することにより,表示電極のエッジにおける斜め方向電界によって,画素の各辺で配向の水平方向の方角が指定されるとともに,配向制御窓のエッジ部における同様の指定作用に連続され,かつ,配向の方角が互いに異なる領域の境界が配向制御窓上に固定されるので,全画素にわたって均一かつ良好な画素分割が行われ,視野角が広がるという効果を奏するというものである。
3 取消事由1(本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 相違点2の認定の誤りについて
ア 本件審決の認定について
本件審決は,相違点2の認定の前提として,引用発明の層間絶縁膜と,本件発明1の絶縁膜及び層間絶縁膜とは,複数の薄膜トランジスタ,ゲートライン及びドレインラインを覆う絶縁性の膜である点で一致すると認定した。
確かに,引用発明では,薄膜トランジスタとその電極ラインを覆う層間絶縁膜上に形成され,コンタクトホールを介してソース電極に接続された表示電極が設けられているものであるから,引用発明の層間絶縁膜は,薄膜トランジスタとその電極ライン及びソース電極の上であって,かつ,表示電極の下に形成されるものである。
しかし,本件発明1の層間絶縁膜は,「薄膜トランジスタの半導体層を覆って形成され」,また,「薄膜トランジスタのソース電極は,前記層間絶縁膜上に形成されるとともに,前記層間絶縁膜に開けられた開口部を介して前記薄膜トランジスタの半導体層に接続され」るものであるから(請求項1),本件発明1の層間絶縁膜は,薄膜トランジスタのソース電極の下に形成されるものである。他方,本件発明1の絶縁膜は,「前記複数の薄膜トランジスタ,ゲートラインおよびドレインラインを覆」い,「絶縁膜は,前記薄膜トランジスタの半導体層を覆って形成される層間絶縁膜上に形成され,前記薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜であり」,さらに,「前記画素電極は該平坦化絶縁膜上に形成されるとともに,前記平坦化絶縁膜の開口部を介して前記ソース電極に接続され」るものであるから(請求項1),薄膜トランジスタ,ゲートライン,ドレインライン及びソース電極の上であって,かつ,画素電極の下に形成されるものである。
そうすると,引用発明の層間絶縁膜は,本件発明1の絶縁膜に相当するものであって,本件発明1の絶縁膜及び層間絶縁膜に相当するものではない。
したがって,引用発明の層間絶縁膜と,本件発明1の絶縁膜及び層間絶縁膜とは,複数の薄膜トランジスタ,ゲートライン及びドレインラインを覆う絶縁性の膜である点で一致するとした本件審決の認定は誤りであるといわなければならない。
イ 認定されるべき相違点について
(ア) 前記アのとおり,引用発明の層間絶縁膜は,本件発明1の絶縁膜に相当するところ,本件発明1と引用発明とを対比すると,本件発明1と引用発明とは,以下の点で相違する(以下「本件相違点」という。)。
本件発明1は,絶縁膜が,薄膜トランジスタの半導体層を覆って形成される層間絶縁膜上に形成され,薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜であり,薄膜トランジスタのソース電極は層間絶縁膜上に形成されるとともに,層間絶縁膜に開けられた開口部を介して薄膜トランジスタの半導体層に接続され,画素電極は平坦化絶縁膜上に形成されるとともに,平坦化絶縁膜の開口部を介してソース電極に接続されているのに対して,引用発明は,このような層間絶縁膜を有しておらず,薄膜トランジスタとその電極ラインを覆う層間絶縁膜が,表示電極を薄膜トランジスタとその電極ラインから十分に離すために,厚く,少なくとも1μm以上とするものであるが,薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜であるか否か明らかではなく,薄膜トランジスタのソース電極が,層間絶縁膜上に形成されているものではなく,表示電極が平坦化絶縁膜上に形成されているものではない点
(イ) 原告の主張について
原告は,引用発明の層間絶縁膜は,「薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜」に相当するとして,本件発明1の絶縁膜と引用発明の層間絶縁膜との間には,平坦化の点で実質的な差異はないと主張する。
しかしながら,本件明細書(【0011】【0022】)の記載(前記1(1)イ,エ)からすると,本件発明1の平坦化絶縁膜は,薄膜トランジスタの段差に起因した凹凸による液晶の配向変化に影響を及ぼさない程度に,その表面が平坦化されているものであると認められる。
他方,引用例には,層間絶縁膜について,膜厚を少なくとも1μm以上にすることにより,表示電極が,薄膜トランジスタとその電極ラインから十分に離され,液晶の配向がこれらの電界の影響を受けて乱れることがなくなり,表示電極エッジ及び配向制御窓により,配向制御が効果的に行われることは記載されているものの(【0028】~【0029】),層間絶縁膜の表面を平坦化させることについては何らの記載も示唆もない。
また,仮に,原告の主張のとおり,層間絶縁膜により薄膜トランジスタの段差に起因した凹凸が緩和されているとしても,この層間絶縁膜の表面が,液晶の配向変化に影響を及ぼさない程度に平坦化されているかどうかは明らかでない。
したがって,引用発明の層間絶縁膜は,本件発明1にいう「薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜」に相当するとはいえず,原告の主張は採用できない。
(2) 周知例等の記載について
周知例等には,概略,次の記載がある。
ア アクティブマトリックス液晶表示装置に関する周知例4(甲6)について
(ア) 図1は,本発明に係わる反射型液晶表示装置の断面図を示す図である。同図において,基板の表面を酸化して絶縁膜を成膜し,その上にTFT用の多結晶シリコン又はアモルファスシリコンを成膜し,通常のMOSトランジスタと同様な方法でTFTのゲート,ドレイン,ソースを形成する。TFTのソースに信号線を,ドレインに信号保持用の容量の端子を配線し,その上を層間絶縁膜で覆い,層間絶縁膜の表面を平坦にした後,光反射用の画素電極(反射電極)を形成する(【0011】。)
【図1】
file_2.jpgLYMM(イ) 本発明のアクティブマトリックス液晶表示装置は,水平配向液晶のみならず垂直配向液晶も使用できる(【0016】【0017】)。
イ 液晶表示パネルに関する周知例7(甲9)について
(ア) 図2のTFTの表面側には,シリコン酸化膜からなる下層側層間絶縁膜が堆積されており,それには第1の接続孔と第2の接続孔とが開口されている。そのうちの第1の接続孔を介して,アルミニウム層からなるデータ線がソースに導電接続している。一方,第2の接続孔を介しては,画素電極と同じく導電性及び光透過性の材料としてのITOからなる積み上げ電極層がドレインに導電接続している。下層側層間絶縁膜の表面は,TFTの形状に対応して凹凸が反映されているが,積み上げ電極層は,TFTが形成されていない平坦な領域にまで拡張形成されている。したがって,この領域における積み上げ電極層の表面は平坦になっている(【0016】【0017】)。
(イ) この液晶表示パネルにおいては,透明基板の表面側に,シリコン酸化膜からなる上層側層間絶縁膜が形成されており,その表面側に画素電極が形成されている。画素電極は,上層側層間絶縁膜の接続孔を介して積み上げ電極層に導電接続している。上層側層間絶縁膜としてはポリイミド層などを用いることにより,その表面を平坦化して,液晶の配向性をより高めてもよい(【0018】)。
ウ アクティブマトリクス液晶表示装置に関する周知例8(甲10)について
(ア) 図1は本発明に係るアクティブマトリクス表示装置の具体的な構成を示す部分断面図であり,駆動基板には薄膜トランジスタ,画素電極及び信号配線などが集積形成されている(【0007】)。
(イ) 本発明の特徴要素である信号配線は下側金属層と上側金属層を重ねた積層構造となっている。この信号配線は層間絶縁膜の上にパタニング形成されている。すなわち,薄膜トランジスタは層間絶縁膜により被覆されており,信号配線はこの層間絶縁膜に開口したコンタクトホールを介して薄膜トランジスタのソース領域に電気接続している。図1のように薄膜トランジスタをスイッチング素子として用いる場合には,これらの下側金属層及び上側金属層を介してドレイン領域が画素電極と電気接続するようになっている。なお,本例では信号配線と画素電極はアクリル樹脂などからなる平坦化膜により互いに絶縁されている(【0009】)。
エ 液晶表示装置に関する甲28について
(ア) 一般に,電圧の印加により液晶の配向を制御し,複屈折の変化により透過光を変調したものは,ECB方式と呼ばれる。特に,垂直配向ECB方式は,両基板表面に垂直配向処理を施し,液晶層として負の誘電率異方性を有したネマチック相を用いた垂直配向構造のセルを,直交偏光子間に配置した構成である(【0006】)。
(イ) 垂直配向ECB方式では,電圧印加時に,セル内の横方向電界や基板表面の凹凸により液晶ディレクターの傾斜方角がばらつく。このため,視角依存性が高まるとともに,互いに傾斜方角の異なる領域の境界線に沿った帯状に透過率が変化し表示に悪影響を及ぼしていた。このような透過率の異常な帯状領域はディスクリネーションと呼ばれ,ディスクリネーションが多発すると,画面にざらつきが生じたり,画面が暗くなったりするなどの問題を招いていた(【0008】)。
オ カラー表示装置に関する周知例1(甲3)について
(ア) 本発明は,画素電極を駆動するスイッチング素子が形成された駆動基板側にカラーフィルタを備えた構造を有するアクティブマトリクス型のカラー表示装置に関する(【0001】)。
(イ) 図5に示す従来構造では,下地のカラーフィルタの凹凸の影響を受け画素電極に段差が生じるため,これが液晶の配向乱れ,ディスクリネーション,リバースチルトドメイン等を引き起す原因ともなっていた(【0004】)。
(ウ) 本発明にかかるオンチップカラーフィルタ構造では,カラーフィルタを含む第二層と該カラーフィルタに整合配置した画素電極を含む第四層との間に,スイッチング素子及びカラーフィルタの凹凸を埋める平坦化膜からなる第三層が介在している。すなわち,カラーフィルタは平坦化膜により保護された構造となっており,この平坦化膜の上に画素電極がパタニング形成される。したがって,画素電極は極めて平滑な表面を有する平坦化膜の上に形成されるので,従来問題となっていたエッチング残り等が生じない。さらに画素電極の表面状態もほぼ平らになるので,従来問題となっていた液晶の配向乱れ,ディスクリネーション,リバースチルトドメイン等も発生しない(【0007】)。
カ 液晶表示素子に関する周知例3(甲5)について
(ア) この発明は,薄膜トランジスタにより駆動される液晶表示素子に関するものである。
(イ) 第3図は実施例3を示す断面図である。この液晶表示素子は,薄膜トランジスタ形成側の基板上に,薄膜トランジスタを覆って平坦化するレベリング層を形成して構成したので,薄膜トランジスタ部でのギャップと表示部のギャップとの差がほとんどなくなり,スペーサ粒子を介して2枚の基板を接合した際に薄膜トランジスタが破損するおそれがなく,基板間のギャップを均一化することができる。さらに,表示面のコントラストを均一にすることもできる。
(3) 本件相違点の容易想到性について
ア 本件相違点に係る本件発明1の構成について
上記(2)アないしウの各記載からすると,本件出願当時,薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜が薄膜トランジスタの半導体層を覆って形成される層間絶縁膜上に形成され,薄膜トランジスタのソース電極は層間絶縁膜上に形成されるとともに,層間絶縁膜に開けられた開口部を介して薄膜トランジスタの半導体層に接続され,画素電極は平坦化絶縁膜上に形成されるとともに,平坦化絶縁膜の開口部を介してソース電極に接続されている構成(本件相違点に係る本件発明1の構成)は,周知であったということができる。
イ 引用発明に上記周知の構成を適用する動機付けの有無について
(ア) 上記(2)エの記載からすると,液晶表示装置において,「基板表面の凹凸」により液晶ディレクターの傾斜方角がばらつき,これにより,ディスクリネーションが発生することは周知の課題であると認められるところ,上記「基板表面の凹凸」として,薄膜トランジスタに起因する凹凸が含まれることは,当業者にとって自明である。これを引用発明についてみると,前記(1)イ(イ)のとおり,引用発明の層間絶縁膜は,「薄膜トランジスタに起因する凹凸を緩和するように,その表面が平坦化される平坦化絶縁膜」に相当するものではないから,薄膜トランジスタに起因する凹凸が生じていることは明らかであり(なお,被告も,引用発明の層間絶縁膜が本件発明1にいう「平坦化」したものでないことを争っていない。),引用発明においても,薄膜トランジスタに起因する凹凸により負の誘電率異方性を有する液晶の配向がばらつき,それによってディスクリネーションが発生するという課題を有しているものと認められる。
そして,上記(2)オ及びカの記載からすると,一般の液晶表示装置技術において,薄膜トランジスタの段差に起因する凹凸を平坦化するために薄膜トランジスタを平坦化絶縁膜で覆うことは,液晶の配向性をより高めるものとなることが認められるから,画素電極が層間絶縁膜上に形成された平坦化絶縁膜上に形成されている上記周知の構成においても,液晶の配光性が高まっているものと認められる。
そうすると,引用発明において,薄膜トランジスタに起因する凹凸により負の誘電率異方性を有する液晶の配向がばらつき,それによってディスクリネーションが発生することを防止するために,液晶の配向性をより高めるための上記周知の構成を採用することには動機付けがあるといえる。
(イ) また,薄膜トランジスタの半導体層とソース電極及びドレイン電極の接続構造として,引用発明のように直接接続するか,上記周知の構成のように層間絶縁膜に開けられた開口を介して接続するかは,当業者が適宜選択し得る設計事項である。
しかも,引用発明は,層間絶縁膜の厚さを少なくとも1μm以上にすることにより,表示電極が薄膜トランジスタとその電極ラインから十分に離され,液晶の配向がこれらの電界の影響を受けて乱れることがなくなり,表示電極エッジ及び配向制御窓により,配向制御が効果的に行われるという効果が得られるものであるから,引用発明における薄膜トランジスタの半導体層とソース電極及びドレイン電極の接続構造として,上記周知の構成を採用すれば,電極ラインのうちゲートラインと表示電極とが,層間絶縁膜の膜厚分だけさらに離されることとなる。
したがって,引用発明については,上記のような引用発明の効果をより得るために,引用発明における薄膜トランジスタの半導体層とソース電極及びドレイン電極の接続構造としても,上記周知の構成を採用することの動機付けもあるということができる。
ウ 以上によれば,本件相違点に係る本件発明1の構成は,引用発明に上記周知の構成を適用することにより,当業者が容易に想到し得るものということができる。
(4) 小括
よって,本件発明1は引用発明及び周知例1ないし11に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとした本件審決の判断は誤りであり,取消事由1は理由がある(なお,本件審決は,相違点1に係る本件発明1の構成については,当業者が容易に想到し得るものである旨判断している。)。
4 取消事由2(本件発明2ないし5の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 本件審決は,本件発明1を引用する本件発明2,本件発明1又は本件発明2を引用する本件発明3,本件発明1,本件発明2又は本件発明3を引用する本件発明4,本件発明1,本件発明2,本件発明3又は本件発明4を引用する本件発明5は,いずれも本件発明1の特定事項を全て含むものであるから,本件発明1が引用発明及び周知例1ないし11に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない以上,本件発明2ないし5も,引用発明及び上記各周知例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえないと判断した。
しかしながら,前記3のとおり,本件発明1が容易に発明をすることができたものということができないとの本件審決の判断が取り消されるべきものである以上,本件発明2ないし5の進歩性に係る本件審決の前記判断も直ちに是認することはできない。
(2) 小括
以上によれば,取消事由2も理由がある。
5 結論
以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)