知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10082号 判決 2012年12月25日
原告
株式会社アマダ
訴訟代理人弁護士
高橋元弘
同
末吉亙
訴訟代理人弁理士
豊岡静男
同
廣瀬文雄
被告
三菱電機株式会社
訴訟代理人弁護士
近藤惠嗣
同
重入正希
同
前田将貴
訴訟代理人弁理士
加藤恒
同
中鶴一隆
同
中根孝之
主文
1 特許庁が無効2010-800162号事件について平成24年1月24日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の概要
被告は,発明の名称を「レーザ加工装置」とする特許第3138613号(平成7年5月24日出願,平成12年12月8日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成22年9月14日,特許庁に対し,本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効にすべき旨の無効審判の請求(無効2010-800162号事件)をした。これに対し,被告は,同年12月7日,訂正請求をした。特許庁が,これらを受けて,平成23年4月14日,「訂正を認める。特許第3138613号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(以下「一次審決」という。)をしたことから,被告は,審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成23年(行ケ)第10168号事件)を提起し,さらに,本件特許の特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判(訂正2011-390096号)を請求した。知的財産高等裁判所は,同年10月7日,一次審決を取り消す旨の決定をし,これを受けて,特許庁は,無効2010-800162号事件の審理を再開した。訂正2011-390096号については,平成23年法律第63号による改正前の特許法134条の3第5項の規定により,訂正請求がされたものとみなされた(この訂正請求を「本件訂正」という。本件訂正による訂正後の本件特許の請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。特許庁は,平成24年1月24日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は同年2月2日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載(本件発明)は次のとおりである(甲24)。
「【請求項1】 レーザ発振器から出力されるレーザビームを集光光学部材を用いて集光させ,切断・溶接等の加工を行うレーザ加工装置において,前記レーザビームの伝送路に設けられ気体圧力により弾性変形するレーザビーム反射部材と,このレーザビーム反射部材の周囲部を支持し前記レーザビーム反射部材とともにレーザビーム反射面の反対側に空間を形成する反射部材支持部と,前記反射部材支持部に設けられ,この反射部材支持部の空間に気体を供給する流体供給手段と,気体供給圧力を連続的に切り換える電空弁と,前記反射部材支持部に設けられ,前記反射部材支持部の空間から気体を排出する流体排出手段とを備え,前記空間は流体供給経路及びこの流体供給経路と別体の流体排出経路を除き密閉構造とし,前記流体排出経路を通過した気体は前記流体排出手段より外部に排出され,前記レーザビーム反射面の反対側に前記レーザビーム反射部材が弾性変形するに要する気体圧力を前記流体供給手段と前記流体排出手段との間でかけるように構成したことを特徴とするレーザ加工装置。」
3 審決が認定した一致点及び相違点
審決が認定した甲1(独国実用新案第9407288号明細書)記載の発明(以下「甲1発明」という。)の内容及び本件発明と甲1発明との一致点・相違点は次のとおりである。
(1) 甲1発明の内容
レーザ発振器2から出力されるレーザ光線1を収束レンズ8を用いて集光させ,切断の加工を行うレーザ切断機において,レーザ光線1の伝送路に設けられ圧力水の圧力により弾性変形する鏡面12を有する金属円板と,この金属円板の周囲部を支持し金属円板とともに金属円板の鏡面12の反対側に空間を形成する鏡ケース13と,前記鏡ケース13に設けられ,この鏡ケース13の空間に圧力水を供給する流体管14と,圧力水の供給圧力を4段階に切り換える磁気弁20,21,22と,前記鏡ケース13に設けられ,鏡ケース13の空間から圧力水を排出する,流体管14とは別体の流体管とを備え,鏡ケース13の空間は,圧力水供給経路及びこの圧力水供給経路と別体の圧力水排出経路を除き密閉構造とし,金属円板の鏡面12の反対側に金属円板が弾性変形するに要する圧力水の圧力を前記流体管14と前記別体の流体管との間でかけるように構成したレーザ切断機。
(2) 一致点
レーザ発振器から出力されるレーザビームを集光光学部材を用いて集光させ,切断・溶接等の加工を行うレーザ加工装置において,前記レーザビームの伝送路に設けられ流体圧力により弾性変形するレーザビーム反射部材と,このレーザビーム反射部材の周囲部を支持し前記レーザビーム反射部材とともにレーザビーム反射面の反対側に空間を形成する反射部材支持部と,前記反射部材支持部に設けられ,この反射部材支持部の空間に流体を供給する流体供給手段と,流体供給圧力を切り換える弁と,前記反射部材支持部に設けられ,前記反射部材支持部の空間から流体を排出する流体排出手段とを備え,前記空間は流体供給経路及びこの流体供給経路と別体の流体排出経路を除き密閉構造とし,前記レーザビーム反射面の反対側に前記レーザビーム反射部材が弾性変形するに要する流体圧力を前記流体供給手段と前記流体排出手段との間でかけるように構成したレーザ加工装置。
(3) 相違点1
流体供給手段が反射部材支持部の空間に供給する流体や,流体排出手段が反射部材支持部の空間から排出する流体について,本件発明の流体は「気体」であるのに対して,甲1発明の流体は「圧力水」である点。
(4) 相違点2
流体供給圧力を切り換える弁について,本件発明の弁は,流体供給圧力を「連続的に切り換える電空弁」であるのに対して,甲1発明の弁は,流体の供給圧力を「4段階に切り換える磁気弁」である点。
(5) 相違点3
本件発明は,「流体排出経路を通過した気体は流体排出手段より外部に排出され」るのに対して,甲1発明は,流体排出経路を通過した流体は流体管14とは別体の流体管より外部に排出されていない点。
4 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写に記載のとおりである。要するに,相違点1及び相違点2については容易想到であるが,相違点3については,甲1発明及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に想到することができたものとはいえないとして,本件発明に係る特許を無効とすることはできないとしたものである。
第3取消事由に係る当事者の主張
1 原告の主張
(1) 相違点3の認定の誤り(取消事由1)
本件特許の「外部に排出」とは,気体が流体排出手段から反射部材支持部の空間の外部に出ることを意味するもので,審決の認定する相違点3は存在しないから,審決の認定は誤りである。
「外部」というのは技術用語ではなく,「内部」に対応する記載にすぎないから,発明の詳細な説明において特に異なる定義が記載されていない限り,「外部に排出」とは気体が流体排出手段から反射部材支持部の空間の外部に出ることを意味すると解釈するのが相当である。本件特許に係る明細書(以下,本件訂正後の本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。)の【0003】は,図8に示される従来技術を説明したものであるが,「容器1の内部の圧力が外部の圧力よりも低下する」という記載や,「上記容器1内の圧力を外部よりも高くすることができる」との記載における「外部」とは,容器1の内部でない部分を示す語として用られたにすぎない。
本件発明の,「気体は前記流体排出手段より外部に排出され」とは,気体が流体排出手段から反射部材支持部の空間の外部に出ることを意味すると解するのが相当である。甲1発明でも,鏡面12を有する金属円板と鏡ケース13とにより形成された密閉空間内から,当該空間内に接続された流体管14とは別体の流体管により圧力水が排出されるから,相違点3は存在しない。審決は,相違点3について,容易想到ではないとして結論を導いているから,この誤りは審決の結論に影響を与える。
(2) 相違点3に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2)
相違点3は,相違点として認定されるべきものではないが,仮に相違点として認定されたとしても,審決の相違点3に係る容易想到性の判断は,以下のとおり,誤りである。
「外部に排出される」について,気体が密閉構造とされた空間を取り巻く周囲の空間に排出されると解釈したとしても,「流体排出経路を通過した気体は流体排出手段より外部に排出され(る)」との構成を採用することにより,すみやかに気体の排出を行うことができ,ひいては,密閉構造とされた空間の圧力をすみやかに変化させることができるという効果は得られず,また,このことが,「高速度にてレーザビーム反射部材の曲率を変化させる」という課題を解決するものではない。
甲1には,本件発明が解決しようとする課題である,「高速にてレーザビーム反射部材の曲率を変化させること」についての示唆がある。
甲1には,圧力を生じさせる流体について,気体を採用することについても示唆があるから,圧力媒体として気体を採用した場合には,「甲第1号証のFig.3に図示されている管路構成」ではなく,圧力応答性に問題のない構成を採用するのは当然である。
さらに,気体を圧力媒体として利用する場合に,供給経路と排出経路を別体とし,圧力制御用の気体を循環させることなく外部に排出することは周知の技術であるから,甲1発明において,当該周知の技術を適用して,流体排出手段からの流体を外部に排出されるように構成することに何ら困難な点はない。
供給経路と排出経路を別体とし,気体を圧力媒体として利用する場合は,気体を大気中に放出することが一般的であるから,本件発明の相違点3に係る構成は,気体を圧力媒体として利用する通常の場合を記載しただけであり,同構成を採用することに困難な点はない。
2 被告の反論
(1) 相違点3の認定の誤りに対して
「外部」との語は,本件訂正に係るものである。甲1発明では圧力水が循環するのに対して,本件発明では気体が循環することなく排出される点において相違する。したがって,「外部に排出」の認定について,密閉空間に属するか否かにおける相違点があることを前提とすることなく,単に,「反射部材支持部の空間外」は全て「外部」であるという解釈をとる余地はない。
甲1は冷却媒体である圧力水を循環させることを開示している。そして,循環させる必要から,反射部材支持部に着目すると,圧力水の供給経路と排出経路が別体に構成され,かつ,管路構成全体を見れば,反射部材支持部における圧力水の供給経路も排出経路も一つの密閉構造に含まれている。これに対して,本件発明では,気体の循環はなく,気体は「外部に排出され」る。このことを明確にするための訂正が本件訂正に係る「外部に排出され」との語であり,単に反射部材支持部から外に出るという意味ではなく,反射部材支持部と連通している密閉構造の外に出るという意味である。審決の説示は,本件訂正の趣旨を理解しているものであり,何らの誤りもない。
これに対して,原告の見解によって「外部」を「反射部材支持部の空間外」と解釈した場合,「流体排出手段」の「排出」の語に既に「反射部材支持部の空間外」との意味を含むから,本件訂正により追加された「外部に排出され」との文言には何らの意味もないことになる。しかし,本件訂正の経緯,本件訂正前の明細書の記載,特に,本件明細書の図2及び図3における「エアー出口18」に付された矢印の違いを見れば,「外部に排出され」との文言が図2に対応するものであることは明らかであり,この文言を追加する訂正が無意味であると解釈する理由はない。
審決に相違点3の認定の誤りはなく,原告の主張する取消事由1は成り立たない。
(2) 相違点3の容易想到性判断の誤りに対して
甲1のFig.3の管路構成は,冷却媒体である圧力水が循環することを前提とするものである。甲1の圧力水に代えて空気を採用した場合には,冷却媒体としては機能しないから,甲1のFig.3の管路構成を採用する動機そのものがなくなる。甲2ないし甲4は,曲率を変化させる反射ミラーの背面に空間を設け,この空間に対して1つの経路により気体または液体を出し入れし,空間内の圧力を変化させて反射ミラーの曲率を変化させる技術を開示している。しかし,これらのいずれにおいても,流体の供給経路と排出経路が共通であることを当然の前提としており,閉鎖空間の圧力を制御する場合に1つの供給・排出口から圧力媒体を出し入れすることが当業者の技術常識であったことが示されている。
これに対して本件発明は,流体供給経路と流体排出経路は別体に構成し,常に流体排出経路から流体が排出され,流し続ける気体の注入量を制御することにより反射部材支持部の空間の圧力を制御することで応答性のよい圧力制御を行うものである。一定方向の流れを維持したまま,供給量を増減することにより,円滑かつ応答性のよい調節を実現できる。本件発明の課題解決の方法は,当業者が容易に想到できるものとはいえない。
本件発明と甲1発明は,流体供給経路と流体排出経路を別体に構成する点で共通する。しかし,甲1のFig.3では,冷却媒体である圧力水を循環させる管路構成において,圧力水を,曲率可変ミラーの背面にかける圧力の圧力媒体としても使用する目的で,流体供給経路と流体排出経路とを別の構成としたにすぎない。甲1には,流体供給経路と流体排出経路を別体に構成することによる効果や動機の示唆はない。したがって,甲1とは異なり,圧力媒体を気体とし,これを循環させずに外部に排出する場合は,甲1のFig.3の管路構成を採用する動機はないといえる。
第4当裁判所の判断
1 認定事実
(1) 本件明細書の記載は,次のとおりである(甲24。図1ないし3,8,9は別紙のとおり。)。
「【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
この発明は,レーザ加工装置におけるレーザビームの伝送技術に係り,特にレーザビーム径の制御技術に関するものである。
【0002】
【従来の技術】図8は,例えば特開昭61-159613号公報に示された従来の曲率可変反射曲面鏡(凹面鏡)の断面図であり,図9はその斜視図である。
図において,1は気密性の容器,2はその上端に形成された円形の開口,3は周囲が上記容器1に固着される円板状膜,4はこの膜3と容器により形成される気密な空間である。
また,5はこの気密は空間4内の圧力を調整する圧力調整手段であり,上記容器1に設けられた空気通路6とそれを開閉するバルブ7,及び上記空間4内の空気を排出するポンプ8とからなる。
【0003】
このように構成された曲率可変反射曲面鏡(凹面鏡)において,バルブ7を開いてポンプ8を作動させると,空間4内の空気が,空気通路6を通り排出されて,容器1の内部の圧力が外部の圧力よりも低下する。それによって,円板状膜3の表裏に圧力差が生じ,この円板状膜3は内側にたわむ。
そして,その膜外表面の反射面3aがほぼ回転放物面を形成するようになる。したがって,この曲面鏡に上方から光等の電磁波が入射すると,その電磁波は上記反射面3aによって,ほぼ一点に集束するようになる。すなわち,凹面鏡として使用することができる。
そして,上記反射面3aの焦点が所要の位置に達したところで,バルブ7を閉じることにより,容器1の内外の空気の流通が阻止され,上記円板状膜3の形状が一定に保たれるようになる。
また,ポンプ8によって容器1内の空間4に外部から空気を供給することもできるようにしておけば,上記容器1内の圧力を外部よりも高くすることができるため,上記反射膜3aを外側にたわませることが可能となる。したがって,凸面鏡を形成できるようになる。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】従来の曲率可変反射曲面鏡は,以上のように構成されているので,曲率を変化させるにはポンプ8の作動により,容器1の内部の圧力を変化させる必要があり,所定の曲率となるまで時間を要するため,例えば,加工ヘッドがX-Y平面上を移動して加工を行う光走査形のレーザ加工装置において,レーザビーム反射のために上記曲率可変反射曲面鏡を使用した場合,加工ヘッドの移動に伴いレーザビーム径を高速度で変化させ集光光学部品に入射するレーザビーム径を一定にするよう制御することは困難であるなどの問題点があった。
【0005】
この発明は,上記のような問題点を解決するためになされたもので,高速度にてレーザビーム反射部材の曲率を変化させることができるとともに,曲率を必要に応じて自由に制御できるレーザ加工装置を得ることを目的とする。」
「【0018】
【作用】
この発明におけるレーザ加工装置は,レーザビームの伝送路に設けられ流体圧力により弾性変形するレーザビーム反射部材と,このレーザビーム反射部材の周囲部を支持しレーザビーム反射部材とともにレーザビーム反射面の反対側に空間を形成する反射部材支持部と,この反射部材支持部の空間に気体を供給する流体供給手段と,流体供給圧力を段階的又は連続的に切り換える手段と,反射部材支持部の空間から気体を排出する流体排出手段とを備え,前記空間は流体供給経路及び流体排出経路を除き密閉構造とし,前空間に供給された流体が外部に排出される流体通路をレーザビーム反射面に接して形成し,レーザビーム反射面の反対側にレーザビーム反射部材の弾性変形による曲率を段階的又は連続的に変化するに要する流体圧力をかけるようにした。」
「【0025】
【実施例】
実施例1.
以下,この発明の実施例1を図1,図2,図4,図5,図6及び図7を用いて説明する。尚,図1はこの発明における実施例1によるレーザ加工装置の光路構成,曲率可変反射鏡ホルダー構造及び配管系統等要部構成を示す図,図2はこの発明の実施例1におけるレーザ加工装置の光路構成及び配管系統の要部構成の他の例を示す図である。
【0026】
また,図3は,この発明における実施例1によるレーザ加工装置の曲率可変反射鏡ホルダー9より排出されたエアー15を,パージエアーとして使用する場合の配管系統及び構造を示す図…」
「【0027】
図1において,9は曲率可変反射鏡ホルダー,10はエアー等流体圧力により曲率を可変できるレーザビーム反射部材たる曲率可変反射鏡,11はこの曲率可変反射鏡10の周囲部分を保持する反射部材支持部の要部たる円形保持板,12は上記曲率可変反射鏡10の周囲部分を固定する押え板,13はエアジャケット,14はこのエアジャケット13の中心部に設けられたエアー入口,15はエアー,16は上記円形保持板11に数箇所等間隔に設けられたエアー通路,17は上記エアジャケット13に設けられ,上記円形保持板10の周囲部に形成されたエアー通路,18はエアー出口,19は圧力計,20は図示しないレーザ発振器から出力されるレーザビーム,21は上記曲率可変反射鏡10のレーザビーム反射面,22は曲率可変反射鏡10のレーザビーム非反射面(裏面),23は固定ネジ,24a~24dは気密性を保持するためのOリング,25a,25b,25cはエアーのON-OFFを行う電磁弁,26a,26b,26cはエアーの圧力を設定するレギュレタ,27a,27bは上記レーザビーム20を反射する反射鏡,28は加工ヘッド,29はこの加工ヘッド28に保持される集光光学部材たる加工レンズ,30はこの加工レンズ29を押える加工レンズ押え,31は加工ガス入口,32は加工ガス,24eはこの加工ガス32をシールするOリング,33は集光されたレーザビーム20が照射される被加工物,34は制御装置である。」
「【0029】
次に動作について説明する。流体圧力により弾性変形可能な材質からなる曲率可変反射鏡10は,その周囲部分が円形保持板11に保持されており,また,エアジャケット13に対して固定ネジ23により固定される押え板12により上記円形保持板11に押えられている。一方,上記エアジャケット13は,その中心部に設けられたエアー入口14よりエアー15が,電磁弁25a,25b,25cのうちいずれかを開くことにより供給される。この電磁弁25a,25b,25cの直後には,各々レギュレータ26a,26b,26cが設置されており,あらかじめ設定を行っておくことにより,圧力は3段階に切り替えることが可能となる。そしてこの切り替えは,レーザ加工装置全体を制御している制御装置34の指令により行うものとする。
【0030】
切断・溶接等のレーザ加工において,加工レンズ29等の集光光学部材に入射するレーザビーム径は,最小集光スポット径をほぼ決定するため,非常に重要なファクターであり,被加工物33の種類(材質)や厚さ等により,各々最適なレーザビーム径が存在する。従って,上記被加工物33の種類や厚さ等に応じて,集光光学部材に入射するレーザビーム径を変化させることにより,より高品質で安定性のあるレーザ加工を行うことができるようになる。
【0031】
さて,上記エアー入口14より供給されたエアー15は,上記円形保持板11に複数個等間隔に設けられているエアー通路16を通り,円形保持板11の周囲部に形成されたエアー通路17へと出た後,上記エアジャケット13の1箇所に設けられたエアー出口18より排出されるという流体動作回路が構成され,この流体圧力により,曲率可変反射鏡10は球面化するため,球面鏡(この場合は凸面鏡)として使用することができる。尚,このエアー出口18の内径を,上記エアー入口14の内径に比べ充分小さくすることにより,少ない流量で上記曲率可変反射鏡10のレーザビーム非反射面(裏面)22に圧力を加えることができる。また,流体圧力が変化すればその曲率可変反射鏡10の曲率も変化するため,上記制御装置34の指令により,曲率を3段階切り替えることが可能となる。また,上記流体動作回路に供給される流体の供給量に連動する流体圧力により上記制御装置34の指令とほぼ同時に曲率可変反射鏡10の曲率を変えることができる。なお,Oリング24a,24b,24c,24dは,気密性を保持するためのものである。」
「【0044】
【発明の効果】
以上のように,この発明によれば,レーザ発振器から出力されるレーザビームを集光光学部材を用いて集光させ,切断・溶接等の加工を行うレーザ加工装置において,前記レーザビームの伝送路に設けられ流体圧力により弾性変形するレーザビーム反射部材と,このレーザビーム反射部材の周囲部を支持し前記レーザビーム反射部材とともにレーザビーム反射面の反対側に空間を形成する反射部材支持部と,この反射部材支持部の空間に気体を供給する流体供給手段と,流体供給圧力を段階的又は連続的に切り換える手段と,前記反射部材支持部の空間から気体を排出する流体排出手段とを備え,前記空間は流体供給経路及びこの流体供給経路と別体の流体排出経路を除き密閉構造とし前記レーザビーム反射面の反対側に前記レーザビーム反射部材が弾性変形するに要する流体圧力をかけるようにしたので,レーザビーム反射部材の曲率を速やかに変化させて,必要に応じてレーザビーム径を高速で制御するとともに,レーザビーム反射部材が供給流体により冷却され,レーザビーム照射によるレーザビーム反射部材の熱変形を防止する効果がある。」
(2) 甲1の記載について
甲1(独国実用新案第9407288号明細書)には,次のとおりの記載がある(審決の訳文による。図2,3は別紙のとおり。)。
「本考案は,レーザ発振器とレーザ切断ヘッドとを有し,該レーザ切断ヘッドは,数値制御装置により制御される動力を利用して,レーザ発振器に対して,及び/又は加工される加工部材に対して,加工部材に略平行な平面内で移動することができ,かつ,レーザ光線用の収束光学系と,レーザ切断ヘッドに対する焦点を加工部材に略垂直に移動させてレーザ光線の焦点位置を調節する調節装置とを有するレーザ切断機に関する。」
「そこで,本考案は,作業場の条件下において機能的で自動化された操作に適し,機能面で信頼性があり,焦点位置の光学的調節を可能にする,レーザ切断機を提供するという課題に基づく。」
「本考案によれば,この課題は,上記の種類のレーザ切断機の場合,加工部材に垂直な焦点位置を不変に保つ数値制御装置が,その移動面が加工部材に平行であるレーザ切断ヘッドの場所に応じて,焦点位置を調節する調節装置を制御することにより解決される。数値制御装置を利用して,レーザ光線の長さの代わりにレーザ切断ヘッドの場所が最初に把握される。レーザ切断ヘッドの各場所に,つまり各レーザ光線長に,焦点位置を変える調節装置の所定の調節値が割り当てられる。調節装置は,数値制御装置により制御されて,それぞれの目標位置にされる。」
「基本的に,数値制御装置を利用して,焦点位置を調節する調節装置の位置を無段階に調節し,レーザ切断ヘッドの各点位置に,調節装置の所定の調節値を割り当てることができる。しかし,制御し易くするために,本考案によるレーザ切断機の好ましい実施形態では,レーザ切断ヘッドは,少なくとも2つの部分領域内で分割された移動領域の内部で移動することができ,各部分領域に,焦点位置を不変に調節するための調節値が割り当てられるように設定される。部分領域の数は,好適には,レーザ切断ヘッドで加工工程の間に掃射される面の大きさに応じて選択される。各部分領域に対してあらかじめ与えられた調節値に基づいて,数値制御装置は,焦点位置のための調節装置の調節値を制御する。調節装置の位置調節は,レーザ切断ヘッドがその移動領域の部分領域からこの領域に隣接する領域に移る際に,常に行われる。」
「本考案のさらなる実施形態では,焦点位置を調節する調節装置には,レーザ光線の方向で収束光学系の前段に置かれる少なくとも1つのレーザ光線用の偏向鏡があり,この偏向鏡は,その鏡面と反対側の面で可変圧力下にある流体により押され,適応して曲がり,偏向鏡に,流体圧を変化させることのできる調節可能な絞り装置を介して流体が加えられ,数値制御装置は,レーザ切断ヘッドの把握された場所に,焦点位置を調節するための調節値として流体圧の予想値を割り当て,この予想値を調節するために,調節可能な絞り装置を制御することを特徴とする。調節可能な絞り装置の流量断面を制御して,その出力側にある流体圧が制御される。これに応じて,絞り装置の下流に置かれる偏向鏡の鏡面は,可変圧力で押され,その曲率が変わる。偏向鏡により収束光学系上に反射され,この収束光学系から加工部材上に束ねられるレーザ光線の収束若しくは発散は,鏡面の曲率に依存する。従って,調節可能な絞り装置の出力側にあり,偏向鏡の鏡面の背面に作用する流体圧が変化すると,収束光学系への収束比が変化し,ひいては加工部材に垂直なレーザ光線の焦点位置が調節される。焦点位置を光学的に調節する調節装置は,数値制御装置を利用して,その移動面が加工される加工部材に平行であるレーザ切断ヘッドの全移動領域にわたり,該加工部材を基準とした均一な焦点位置が調節されるように,調節値を介して制御される。」
「並列に接続された絞り弁のうちの1つに常に流体が流れていれば,冷却剤として適切な流体を利用する場合,偏向鏡の鏡面の十分な冷却が常に確保される。好ましくは,絞り装置の残りの絞り弁が閉口位置に切り替えられ,常に開いた絞り弁のみに流体が流れている場合,絞り装置の出力側で調節される流体圧は,レーザ切断ヘッド移動部分領域に割り当てられた圧力予想値に対応する。」
「図1から分かるように,レーザ切断機において,レーザ発振器2からのレーザ光線1は,偏向鏡3,4,5,6,7を介して,収束レンズ8として構成される収束光学系に向けられる。収束レンズ8は,レーザ光線1をノズル9により,図示されていない加工部材上に束ねる。ノズル9は,レーザ光線1の切断軌跡に切断ガスを装入するのに用いられる。偏向鏡7では,曲率を変えることのできる適応型鏡を取り扱う。」
「図1の装置は,この目的のために,適応型鏡7を利用して操作される。適応型鏡7は,薄い金属円板の表面により形成される研磨された鏡面12を有する。この薄い金属円板は,その縁で,鏡ケース13の取付環内に張られる。鏡面12により,入射するレーザ光線1は,加工部材表面上にレーザ光線1を束ねる収束レンズ8に反射される。」
「鏡面12とは反対側の面で,鏡の金属円板に流体管14を介して圧力水が加えられる。図示の鏡7の金属円板は,1.25barの圧力で平面を成すように製作されているので,圧力が1.25barの圧力水が流体管14内にあれば,鏡面12の曲線は平らになる。流体管14内の圧力がこの値以下に下がれば,鏡面12は,図2の右部分図に示されるように凹型をなす。流体管14内の圧力が1.25barを上回ると,それに応じて,鏡面12は凸型に変形する。鏡面12の凸面若しくは凹面の程度は,流体管14内の圧力を制御して,調節することができる。図2の左と右の図面を比較して分かるように,鏡面12の曲率が変わると,鏡面12から反射されるレーザ光線1の収束若しくは発散は変化する。調節されるレーザ光線1の幾何学形状に応じて,収束レンズ8により生じるレーザ光線1の焦点の,加工部材に垂直な位置が変わる。」
「流体管14内の圧力は,レーザ切断機の数値制御装置を用いて調節される。これは,図3に示されているように,絞り装置15に接続している状態にある。絞り装置15は,圧力水の流れ方向に,適応型鏡7の前段に置かれ,4つの並列に接続された絞り弁16,17,18,19を含む。絞り弁16は,圧力水が常に流れている。絞り弁17,18,19を通る圧力水の流量は,制御可能な磁気弁20,21,22により,遮断若しくは開放されることができる。固定弁23は,圧力水の戻り路に設けられており,圧力調節器24と微細フィルタ25は,絞り装置15の前段に配置される。」
「圧力源により準備される圧力水は,微細フィルタ25と圧力調節器24を介して,絞り装置15に供給される。圧力調節器24を利用して,最大の装置圧力が設けられる。固定絞り弁23は,流量断面が不変であるため一定の動圧を作り出すので,適応型鏡7の流体管14内の圧力は,絞り装置15を制御することで調節できる。絞り弁16は圧力水が常に流れているので,適応型鏡7並びにこの鏡の後段に置かれる偏向鏡6に,ある程度の,冷却剤の役割をする圧力水量が常に供給される。図示の実施例では,磁気弁20,21,22が閉じていれば,絞り装置15の出力側に,ひいては適応型鏡11の鏡面12の背面にも,0.5barの圧力がある。」
2 相違点3の認定の誤りについて(取消事由1)
審決は,前記第2,3(5)のとおり,本件発明と甲1発明との相違点3として,本件発明では,「流体排出経路を通過した気体は流体排出手段より外部に排出され(る)」のに対して,甲1発明は,流体排出経路を通過した流体は流体管14とは別体の流体管より外部に排出されていない点を認定している。
本件発明の「外部に排出」の意義について検討する。
本件発明に係る特許請求の範囲には,「前記反射部材支持部の空間から気体を排出する流体排出手段とを備え,前記空間は流体供給経路及びこの流体供給経路と別体の流体排出経路を除き密閉構造とし,前記流体排出経路を通過した気体は前記流体排出手段より外部に排出され,」と記載されている。同構成中の「流体排出手段」とは,気体を「反射部材支持部の空間」の外部へ排出するための手段を指す。そうすると,本件発明の「前記流体排出経路を通過した気体は前記流体排出手段より外部に排出され」とは,「流体排出経路を通過した気体が,反射部材支持部の空間の外部へ排出されること」を意味し,「外部に排出」とは,「反射部材支持部の空間の外部へ排出されること」を意味することは,特許請求の範囲の文言上明らかであって,それ以外の格別の限定はない。本件明細書の記載にも,同様に,「外部に排出」とは,反射部材支持部の空間の外部へ排出されることが示されている。
他方,甲1発明においても,鏡面12を有する金属円板と鏡ケース13とにより形成された密閉空間内から,当該空間内に接続された流体管14とは別体の流体管により圧力水が排出されている。
本件発明と甲1発明とは,いずれも「外部に排出」されており,相違点3に係る相違はない。したがって,「本件発明は,『流体排出経路を通過した気体は流体排出手段より外部に排出され』るのに対して,甲1発明において,流体排出経路を通過した流体は流体管14とは別体の流体管より外部に排出されていない点」を相違点とした審決の認定は,誤りがある。
この点,被告は,「外部」との語は,本件訂正に係るものであり,甲1発明では圧力水が循環するのに対して,本件発明では気体が循環することなく排出される点において相違するものであるから,「外部に排出」の意義について,密閉空間に属するか否かにおける相違点があるにもかかわらず,この点を前提とすることなく,単に,「反射部材支持部の空間外」を全て「外部」であると解釈することは誤りであると主張する。しかし,被告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,採用の限りでない。
以上のとおりであり,本件発明の「『外部に排出』という記載が特定する技術的事項は,密閉構造とされた空間を取り巻く周囲の空間に排出されることであるといえる」との解釈を前提として,この点を甲1発明との相違点3とした審決の認定は誤りである。そして,審決は相違点3が容易想到でないとして結論を導くものであるから,審決は,相違点3から本件発明の進歩性を肯定する限りにおいて誤りがあるというべきである。
3 結論
被告は,本件発明と甲1発明との間には審決の認定しなかったその他の相違点がある,あるいは,相違点1は容易想到ではない等として,審決は結論において正当であるから原告の請求は棄却されるべきであるとも主張する。しかし,いずれの主張も,審決の相違点3の認定,判断に誤りがあることを左右するものではなく,被告の同主張はいずれも採用できない。よって,審決を取り消すことにして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)
file_2.jpg別紙