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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10085号 判決 2012年12月17日

原告

三星電子株式会社

訴訟代理人弁理士

渡辺隆

阿部達彦

増本要子

黒田晋平

被告

特許庁長官

指定代理人

森川元嗣

亀田貴志

氏原康宏

田村正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1原告が求めた判決

特許庁が不服2010-16498号事件について平成23年10月24日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,拒絶審決の取消訴訟である。争点は,特許法29条の2該当性の有無である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成19年12月19日,パリ条約による優先日を平成19年(2007年)2月28日,優先権主張国を韓国として,名称を「洗濯効果を向上させる洗濯機」とする発明につき特許出願をしたが(特願2007-327916号),平成22年4月2日に拒絶査定を受けたので,同年7月22日,特許庁に対し不服審判請求をし(不服2010-16498号),同年9月2日,特許請求の範囲の記載の一部を改める手続補正をした。

特許庁は,平成23年10月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年11月8日,原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本願発明は,洗濯物の損傷を減少できるとともに洗濯効果を向上できる洗濯槽を備えた洗濯機に関する発明で,上記補正後の請求項1の特許請求の範囲は以下のとおりである。

【請求項1(本願発明)】

「回転する洗濯槽を備えた洗濯機において,

前記洗濯槽は,内面から外側方向に多角錐状に陥没された多数の陥没部と,前記各陥没部にそれぞれ形成された多数の脱水孔と,を含み,

前記多数の陥没部は,互いに隣接して形成されており,かつ,前記洗濯槽の内面側に突出する多角辺部と,前記多角辺部のコーナーから前記脱水孔に延長される谷部と,前記多角辺部の辺から前記脱水孔に延長される傾斜面と,を含む

ことを特徴とする洗濯機。」

3  審決の理由の要点

【先願明細書】

その優先日が本件優先日前の他の出願であって,本件出願後に出願公開された特願2009-541762号(特表2010-513070号公報=甲第1号証参照)の願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲及び図面

【先願明細書に記載された発明】

「回転するドラム19を備えた洗濯機において,

ドラム19は,3次元切子構造がドラム19の内面から外側方向に多数陥没して,複数の孔3を錐体尖端4に配置し,

多数の3次元切子構造は,互いに隣接して形成されており,かつ,ドラム19の内面側に設けられた6角形状の折り目9及び10と,折り目9及び10のコーナーから孔3に延長される折り目17及び18と,折り目9及び10から孔3に延長され,3面から形成される平らな切子面15及び16と,を含む洗濯機。」

【本願発明と先願明細書記載発明の一致点】

「回転する洗濯槽を備えた洗濯機において,

前記洗濯槽は,内面から外側方向に陥没された多数の陥没部と,前記各陥没部にそれぞれ形成された多数の脱水孔と,を含み,

前記多数の陥没部は,互いに隣接して形成されており,かつ,前記洗濯槽の内面側に突出する多角辺部と,前記多角辺部のコーナーから前記脱水孔に延長される谷部と,前記多角辺部の辺から前記脱水孔に延長される傾斜面と,を含む洗濯機。」である点

【本願発明と先願明細書記載発明の相違点】

陥没部について,本願発明は,多角錐状に陥没しているのに対して,先願明細書記載発明は,6角形状の折り目9及び10に3面から形成される平らな切子面15及び16が設けられており,多角辺部の辺の数と傾斜面の数が一致しておらず「多角錐状に」陥没しているとはいえない点

【本願発明と先願明細書記載発明の実質的同一性判断】

「上記(イ)(判決注:甲1の段落【0066】)には,3次元切子構造について,図2の構造以外に各種構造が選択できることが記載されており,その中には4角形構造の中央に中立点が位置した3次元切子構造についても記載されている。この3次元切子構造は,平らな切子面が4面必要となるから,4角錐状に陥没した形状を備えるもの,すなわち,上記相違点に係る多角錐状に陥没するものである。

してみると,6角形状の折り目9及び10に3面から形成される平らな切子面15及び16からなる陥没部に代えて,多角錐状の陥没部にすることは,3次元切子構造についての具体化手段の微差に過ぎない。

また,陥没部を多角錐状に形成することによる新たな効果も奏しない。

したがって,本願発明は,先願明細書に記載された発明と実質的に同一である。」

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(先願明細書記載発明と本願発明との一致点・相違点の認定の誤り及び相違点の看過)

(1)  本願発明にいう「多角辺部」は多角形の辺から成る部分を意味し,多角形は平面図形であるから,「多角辺部」も平面状でなければならないところ,先願明細書記載発明にいう「6角形状の折り目9及び10」は同一平面上にない(次の図のとおり,折り目9及び10の端点を成す緑色で示す点Aが赤色で示す点Bよりもドラムの内側に突出している。)。したがって,「『ドラム19の内面側に設けられた6角形状の折り目9及び10』は『洗濯槽の内面側に突出する多角辺部』に・・・相当する」との審決の判断(4頁)は誤りである。なお,本願発明において「多角錐状」とされているのは,「陥没部」に脱水孔が形成されるため,「陥没部」が正確な意味での「多角錐」に当たらないためであって,「多角辺部」が同一平面上にない構成まで想定しているものではない。

【原告提出の参考図3(平面図)】

file_2.jpg【原告提出の参考図4(断面図)】

file_3.jpgまた,4角形構造の中央に中立点が位置する3次元切子構造においては,切子面が3面ある構造もある。この場合,次の図のとおり,緑色で示す点A’が赤色で示す折り目9’上の3つの点B’よりもドラム19’の内側に位置し,3次元切子構造の境界部分を形成する4角形状の折り目9’,10’が同一平面上にない。このとおり,4角形構造の中央に中立点を位置させたとしても,直ちに切子面が4面必要な構造になるわけではなく,切子面が3面の場合もあるのであって(折り目9,10で構成される6角形状は平面にはならない。),4角錐構造の3次元切子構造を想定することが自然であるとはいえない。そして,この場合,緑色で示す点A’がドラム19’の内周の包絡面を構成し,赤色で示す折り目9’はドラム19’の内周の包絡面を構成しない。

【原告提出の参考図6(平面図)】

file_4.jpg【原告提出の参考図7(斜視図)】

file_5.jpgYaHwZy A233. a AS SL iG If IF, > Pp La FY【原告提出の参考図8(断面図)】

file_6.jpgneoaen aRoaKEしたがって,「この3次元切子構造は,平らな切子面が4面必要となるから,4角錐状に陥没した形状を備えるもの,すなわち,上記相違点に係る多角錐状に陥没するものである。」との審決の判断(5頁)は誤りである。なお,先願明細書記載発明においては,3次元切子構造の全体が錐体を成しているわけではなく,先端部分のみが錐体を成しているにすぎない(甲1の段落【0060】,【0066】参照)。

以上のとおり,本願発明と先願明細書記載発明とは,本願発明の「多角辺部」が3つ以上の線分で囲まれた平面図形であるのに対して,先願明細書記載発明の「6角形状の折り目9及び10」がそうではない点で相違する。しかるに,審決はかかる相違点を看過しており,審決の一致点・相違点の認定は誤りである。

(2)  多角錐の側面は3角形の平面になるから,本願発明の「傾斜面」のすべてが三角形の平面になる。他方で,先願明細書の6角形構造の3次元切子構造は,境界領域が多角辺ではないので多角錐にはならない。また,先願明細書の6角形構造の3次元切子構造(図2,3)は3つの4角形の切子面を有し,4角形構造の3次元切子構造は2つの3角形の切子面及び1つの4角形の切子面を有することがある。

したがって,本願発明の「傾斜面」はすべて3角形の平面になる一方,先願明細書記載発明の「切子面」は必ずしも3角形の平面になるものではない点で相違するが,審決はかかる相違点を看過しており,審決の一致点・相違点の認定は誤りである。

(3)  本願明細書の段落【0042】及び図5から明らかなとおり,本願発明では,陥没部(50)が「互いに隣接」して,すなわち洗濯槽1の周方向と回転軸方向の双方に沿って隣り合うように配設されており,互いに隣り合う2つの陥没部の間の周方向の距離と回転軸方向の距離とが等しい。

他方,先願明細書の6角形構造の3次元切子構造においては,周方向で隣り合う他の孔3の組合せは,ドラム19の回転軸方向に対して互い違い(オフセット)になっており,互いに隣り合う2つの孔3の間の周方向の距離aと回転軸方向の距離bとが次の図のとおり異なっている。

【原告提出の参考図9(平面図)】

file_7.jpgまた,先願明細書の4角形構造の3次元切子構造は,隣の3次元切子構造と境界線で線対称となっており,向きが同一の3次元切子構造を連続して配列することができない。

したがって,先願明細書の3次元切子構造では孔(3)が洗濯槽の周方向と回転軸方向の双方に沿って隣り合うように,本願発明にいう「互いに隣接」して配設されていない。審決がした,先願明細書には「多数の3次元構造が互いに隣接して形成されている点が示されている。」との認定(3頁24,25行),「多数の3次元構造は,互いに隣接して形成されており」との認定(4頁5行),「前記多数の陥没部は,互いに隣接して形成されており」との認定(4頁25行)はいずれも誤りである。

これらのとおり,本願発明では陥没部の配列が「互いに隣接」して,すなわち洗濯槽の周方向と回転軸方向の双方に沿って隣り合うように,配設されているのに対し,先願明細書記載発明では,3次元切子構造の孔の配列がそのように配設されていない点が両発明で異なるところ,審決はかかる相違点を看過しており,審決の一致点・相違点の認定は誤りである。

(4)  本願発明の陥没部は多角錐状のものであって,本願明細書の段落【0043】の記載や図5にも照らせば,いずれの「コーナー」(各「コーナー」)に関しても,互いに隣り合う陥没部が1つの「コーナー」を共有しており,この「コーナー」から上記の各陥没部の脱水孔に向けて谷部が延長されることが必要であり,本願発明にいう「コーナー」もかかる意味で解釈するべきである。

他方,先願明細書の3次元切子構造は前記のとおり多角錐状ではないし,すべてのコーナーから孔3に向けて折り目が延長されているわけではない。

このとおり,先願明細書記載発明においては,互いに隣り合う3次元切子構造(陥没部)が1つの「コーナー」を共有し,この「コーナー」から上記の各3次元切子構造の脱水孔に向けて折り目(谷部)が延長されるという意味での「コーナー」を有していないのであって,この点で本願発明と相違する。審決はかかる相違点を看過しており,審決の一致点・相違点の認定は誤りである。

2  取消事由2(実質的同一性の判断の誤り)

(1)  前記1のとおり,多角錐状の「陥没部」を有する構成が先願明細書に記載されているのに等しい技術的事項であるとはいえず,審決は本願発明と先願明細書記載発明の一致点・相違点の認定を誤っているから,同認定を前提とする両発明の実質的同一性の判断は誤りである。

4角形構造の中央に中立点が位置する3次元切子構造の場合でも,4角錐以外の形状の3次元切子構造が存在し,4面の切子面が必須となるわけではない。6角形構造の3次元切子構造の場合には,境界部分が平面図形とならず,多角形の境界部分を同一平面上に形成する本願発明の技術的思想が表れていない。陥没部が多角錐状の本願発明と先願明細書記載発明の相違点は小さなものではない。

(2)  本願発明では,陥没部が多角錐状となり,多角錐の底面の周縁部を形成する多角辺部が同一面上に位置することとなって洗濯槽の内周の包絡面を構成し,陥没部を形成する基点が尾根状ないし畝状に連続するから,洗濯物はこの尾根状ないし畝状に連続する部分によって支持され,かつ陥没部に形成された脱水孔(排出孔)と洗濯物との間に距離ができる。このため,脱水孔に入り込む洗濯物が確実に減少するとともに,上記の尾根状ないし畝状に連続する部分が洗濯物に適度な摩擦を与えるという作用効果を奏する。

また,本願発明の洗濯槽は,プレス加工で陥没部を形成するため,陥没部の多角辺部は丸みを帯びている。このため,本願発明では,曲面状の多角辺部と洗濯物が接触することで,洗濯物の変形,損傷を防止できるという作用効果を奏する(段落【0045】参照)。

他方,先願明細書記載発明の洗濯槽では,3次元切子構造の底面の周縁部のうちの少なくとも1つのコーナーが他のコーナーよりも洗濯槽内側に向けて突出しており,この突出部が洗濯物を損傷するおそれがある。また,先願明細書記載発明では,脱水時における脱水孔による洗濯物の損傷のみが問題とされているにすぎない(甲1の段落【0007】参照)。

これらのとおり,本願発明には先願明細書記載発明にはない作用効果があるところ,かかる作用効果を奏する本願発明と先願明細書記載発明の相違点は,課題解決のための具体化手段における微差ではない。

加えて,請求項1(本願発明)の従属請求項に係る発明では,脱水孔による洗濯物の変形をより確実に防止するとともに,洗濯時に適切な量の洗濯水が洗濯槽内にあるため,洗濯水の使用量をより確実に減少させることができる。特に,プレス加工で脱水孔を形成するときには,バリの発生による洗濯物の損傷を防止できるのであって,かかる従属請求項に係る発明の作用効果を看過してされた本願発明と先願明細書記載発明の実質的同一性の判断は誤りである。

第4取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1に対し

(1)ア  審決は本願発明と先願明細書記載発明とが「陥没部」(3次元切子構造)を有する点で一致するが,先願明細書記載発明の「陥没部」は多角錐状でないこと(相違点)を出発点として,先願明細書記載発明にいう「6角形状の折り目9及び10」が本願発明にいう「多角辺部」に相当するとの判断をしているにすぎず,「陥没部」の底辺部を結んで形成した多角の部分を捉えて上記判断を行っていることが明らかである。

ここで,本願発明にいう「多角辺部」は,洗濯槽の内面から外側方向に「多角錐状に陥没された陥没部」の内面側に突出する部分であって,「コーナー」及び「辺」を有するものとして特定されており,換言すれば,脱水孔を頂点とする多角錐状の「陥没部」の底辺部を結んで形成した多角の部分として特定されている。したがって,本願発明においては,「多角辺部」は平面図形として特定されていない。

また,本願発明にいう「陥没部」は多角錐そのものではないから,「陥没部」の底辺部を結んで形成した図形が同一平面上になければならないものではない。

そうすると,「『ドラム19の内面側に設けられた6角形状の折り目9及び10』は『洗濯槽の内面側に突出する多角辺部』に・・・相当する」との審決の判断(4頁)に誤りはない。

イ  先願明細書記載発明の3次元切子構造は,「錐体尖端にそれぞれ1つの孔が配置されている」ことが前提となっているから(甲1の段落【0060】等),3次元切子構造(陥没部)は錐体を成している。ここで,錐体とは,平面上の閉じた曲線ないし折れ線の周上を一周する点と,上記平面外の一定の点(頂点)とを結ぶ直線が成す曲面又はいくつかの平面の一部で囲まれた空間の一部分であるから(乙1),4角形構造の中央に中立点が位置する錐体は,平面上の4角形の周上の任意の点と平面外の1点である中立点とを結ぶ直線が形成する立体であって,これが4角錐となることは明らかである。

仮に,先願明細書の段落【0061】,【0062】や図1の記載に照らして3次元切子構造(陥没部)を形成したとしても,段落【0066】の記載から原告主張に係る3面,4面の3次元切子構造を想定するのは困難である。また,先願明細書に,切子面が3面である4角形構造の3次元切子構造が記載されているとしても,審決はかかる3次元切子構造を認定して,これと本願発明との実質的同一性判断をしたわけではないから,審決の認定,判断とは無関係である。

したがって,「この3次元切子構造は,平らな切子面が4面必要となる」等の審決の判断(5頁)に誤りはない。

(2)  本願発明の特許請求の範囲では,「傾斜面」は,多角辺部の辺から脱水孔に延長される面として特定されており,3角形の平面として特定されているわけではない。

また,先願明細書記載発明にいう「平らな切子面15及び16」が多角辺部の辺から脱水孔(3)に延長される平面であることが明らかであるところ,審決は,本願発明と先願明細書記載発明とが「陥没部」(3次元切子構造)を有する限りで一致することを前提として,先願明細書記載発明にいう「平らな切子面15及び16」が本願発明にいう「傾斜面」に相当すると判断しており,審決の判断に誤りはない。

(3)  本願発明の特許請求の範囲では,「陥没部」が「互いに隣接して」形成されていることが特定されているにすぎず,洗濯槽の周方向と回転軸方向の双方に沿って互いに隣り合って形成されていることまで特定されていない。審決は,先願明細書の3次元切子構造が境界部分である折り目9,10により互いに隣接して形成されていることを捉えて,3次元切子構造が互いに隣接していると認定したにすぎない。

また,本願発明の特許請求の範囲では,洗濯槽の回転軸方向で隣り合う2つの脱水孔の間の距離と周方向で隣り合う2つの脱水孔の間の距離が等しいことは特定されておらず,原告の主張は本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

(4)  本願発明の特許請求の範囲では,互いに隣り合う陥没部が1つの「コーナー」を共有し,各「コーナー」から各陥没部の脱水孔に向けて谷部が各別に延長されることまで特定されているわけではない。審決は,本願発明と先願明細書記載発明とが,「陥没部」(3次元切子構造)を有する点で一致することを前提に,先願明細書記載発明にいう「折り目9及び10のコーナー」が多角辺部(折り目9,10)上に位置し,脱水孔3に延長される谷部(折り目17,18)の起点となっているとの趣旨で,先願明細書記載発明にいう「折り目9及び10のコーナー」が本願発明にいう「多角辺部のコーナー」に相当すると判断しているのであって,審決のかかる判断に誤りはない。

(5)  以上のとおり,審決に相違点の看過はなく,本願発明と先願明細書記載発明の一致点,相違点の認定に誤りはない。

2  取消事由2に対し

(1)  前記1のとおり,4角形構造の中央に中立点が位置する3次元切子構造につき切子面が3面である構造等を想定する必要はないし,先願明細書の6角形構造の折り目9,10による3面の平らな切子面15,16が成す3次元切子構造(陥没部)の記載に基づいて,4角錐状の「陥没部」(3次元切子構造)を想定する程度の事柄は,当業者が設計上の微差として取り扱い得るものにすぎない。

また,先願明細書に記載された技術的事項から切子面が3面の4角形構造の3次元切子構造等が想定できるとしても,4角錐状の3次元切子構造が想定できることに変わりはなく,4角錐状の陥没部(3次元切子構造)の構成は先願明細書に記載されているのに等しい技術的事項であるということができる。

そうすると,本願発明は先願明細書記載発明と実質的に同一であるとした審決の判断に誤りはない。

(2)  先願明細書記載発明も本願発明と同様に,洗濯物の損傷防止という作用効果を奏するものであるし,陥没部の底辺部を結んで形成した多角の部分が洗濯物に適度な摩擦を与え,洗濯効果を向上させることは明らかである。なお,従属請求項の発明の作用効果を本願発明との実質的同一性判断において考慮する必要はない。

したがって,先願明細書記載発明と本願発明とは作用効果の点においても相違するものではなく,作用効果の点からも,審決がした実質的同一性の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(先願明細書記載発明と本願発明との一致点・相違点の認定の誤り及び相違点の看過)について

(1)  審決は,先願明細書(甲1)のうちの図2,4に記載されたような(下記図2を参照),洗濯槽(ドラム)の内周面の鉛直方向から内周面を見下ろしたときに単位構造の外周が6角形となる3次元切子構造に基づいて先願明細書記載発明を認定し,これと本願発明の陥没部の構成との相違点は多角錐状であるか否かの点にあると認定したが,原告は,先願明細書記載発明の「6角形状の折り目9及び10」は同一平面上になく,両発明は本願発明にいう「多角辺部」についても構成が異なる旨を主張する。

【先願明細書のうちの図2】

file_8.jpg14 10 Schnitt A-A P=0 38 YWここで,先願明細書の段落【0061】の記載に照らせば,「折り目10」は,内周面の鉛直方向から見下ろしたときに6角形状を成す線分であって,「折り目9」と平行でないもの(「折り目9」,「折り目10」ともに直線であるとき。切子面が曲面であるときには曲線状になることがある。)を指すことが明らかである。

そして,次の図3のA-A断面図,B-B断面図を見れば,「折り目9」,「折り目10」がいずれも同一平面上にあり,したがって,「折り目9」,「折り目10」が成す6角形状も同一平面上にあること(平面図形),また,「折り目9」,「折り目10」の端点である原告提出の参考図3中のA点(緑色の点),B点(赤色の点)がいずれも同一平面上にあることが認められる。

【先願明細書のうちの図3】

file_9.jpgなお,先願明細書のうちの図4,5の各洗濯槽横断面図で,3次元切子構造による材料ウエブが波状の凹凸を成し,内周面から離れた箇所に端点らしきものが見受けられるとしても,これは6角形構造が互い違いに配置されていることによる結果にすぎず,「折り目9」,「折り目10」の端点が同一平面上(実際には洗濯槽の内周面上)にないことを示すものではない。また,先願明細書の他の記載をみても,「折り目9」,「折り目10」の端点が同一平面上にないことを示す記載はない。そして,「折り目9」,「折り目10」の各線分の長さに対して「折り目17」,「折り目18」の各線分の長さを調整することで,6角形構造を同一平面上に位置させたまま,前記図2にいう錐体尖端4(頂点)の上記平面(実際には洗濯槽の内周面)からの高さ(深さ)を調整することが可能なことは明らかであるから,原告が主張するように,「折り目9」,「折り目10」の端点であるA点(緑色の点)とB点(赤色の点)の高さ(深さ)が必ず異なることになるものではない。

したがって,「『ドラム19の内面側に設けられた6角形状の折り目9及び10』は『洗濯槽の内面側に突出する多角辺部』に・・・相当する」との審決の判断(4頁)は誤りでないし,本願発明にいう「多角辺部」に係る相違点の看過をいう原告の上記主張は採用することができない。

また,審決は,本願発明と先願明細書記載発明の前記相違点(陥没部が多角錐状か否か)を前提に,先願明細書の段落【0066】には4角形構造の中央に中立点が位置する3次元切子構造が記載されており,これは4角錐状に陥没した形状を備えるものであるとして,両発明の実質的同一性を肯定するところ,原告は,4角形構造の中央に中立点が位置する3次元切子構造には切子面が3面ある構造もあり,4角錐構造の3次元切子構造を想定することが自然であるとはいえないなどと主張して,審決がした両発明の一致点,相違点の認定を争う。審決の上記判断は,4角錐状の3次元切子構造を具備する構成は先願明細書に記載されているに等しい技術的事項であって,図2,4に記載されたような,6角形構造の3次元切子構造に係る記載部分と合わせて当業者が先願明細書を読めば,本願発明に係る構成との実質的同一性を肯定することができるという趣旨のものと解される。

ところで,先願明細書の段落【0066】には,「この中立点は,6角形構造の中央に配置されている。しかしながら中立点は,3角形,4角形,長方形,正方形,菱形,平行四辺形,5角形,6角形,8角形又はワッペン形の構造の中央又は外側に位置していて,該構造内に支持エレメント14が相応に配置されていてもよい。」との記載があるから,先願明細書においては,3次元切子構造の単位構造として4角形構造のものを選択し得ること,またかかる選択と独立して,中立点を単位構造が洗濯槽の内周面上で成す形状の中央に位置させることができることが記載されている。先願明細書においては,主として平らな材料をロールで加圧して3次元切子構造を形成することが予定されているところ(段落【0061】),かような方法で形成される4角形構造の3次元切子構造において中立点が中央に位置する構成を当業者が想定するときは,4角錐状のものを想定するのが自然かつ合理的であって,4角錐状の3次元切子構造は先願明細書に記載されているのに等しい技術的事項であるということができる。したがって,先願明細書の記載から切子面が3面ある4角形構造の3次元切子構造を想定する必要はなく,原告の上記主張は採用できない。

(2)  上記(1)のとおり,先願明細書の6角形構造の3次元切子構造の境界領域は,洗濯槽の内周面上で多角形状(本願発明にいう「多角辺部」)となるし,4角錐状の3次元切子構造は先願明細書に記載されているのに等しい技術的事項である。

そうすると,原告が主張するような,2つの3角形及び1つの4角形の切子面を有する4角形構造の3次元切子構造を想定する必要はない。

したがって,先願明細書記載発明にいう「平らな切子面15及び16」が本願発明にいう「傾斜面」に相当するとした審決の判断に誤りはないし,これらの面の間の相違点の看過をいう原告の主張に理由はない。

(3)  原告は,本願発明では陥没部の配列が「互いに隣接」して,すなわち洗濯槽の周方向と回転軸方向の双方に沿って隣り合うように配設されているのに対し,先願明細書記載発明では,3次元切子構造の孔の配列がそのように配設されていない点が両発明で異なるなどと主張する。

確かに,先願明細書のうちの図3ないし6に記載されているとおり,6角形構造の3次元切子構造においては,単位構造が互い違いに密に配置されているから,互いに隣り合う脱水孔の間隔が洗濯槽の周方向と回転軸方向とで異なることを指摘する方が正確であるとも考えられる。

しかしながら,互いに隣り合う脱水孔の間隔が洗濯槽の周方向と回転軸方向とで異ならないようにされているという構成は,本願発明の特許請求の範囲に記載されていないし,本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明にも,かかる構成を採用したことによる技術的なメリットは記載されていない。

審決は,先願明細書のうちの図4等の記載にかんがみて,単に多数の単位構造である3次元切子構造が互いに隣り合う位置関係にあるという趣旨で,先願明細書記載発明においても「多数の3次元切子構造は,互いに隣接して形成されて」いると認定し,先願明細書記載発明と本願発明とは「前記多数の陥没部は,互いに隣接して形成されて」いる点で一致すると認定したものであるところ,かかる審決の認定に誤りはない。

また,前記(1)のとおり,4角錐状の3次元切子構造は先願明細書に記載されているのに等しい技術的事項であるところ,4角錐状の3次元切子構造を採用するときは,互いに隣り合う脱水孔の間隔が洗濯槽の周方向と回転軸方向とで異ならないようにできることは当業者にとって当然の事柄にすぎない。

したがって,審決の認定に原告主張の相違点の看過は存しない。

(4)  原告は,本願発明では,互いに隣り合う陥没部(切子構造)が1つの「コーナー」を共有し,この「コーナー」から各陥没部の脱水孔に向けて谷部(折り目)が延長されているが,先願明細書記載発明ではかような構成となっていないから,両発明は相違するなどと主張する。

確かに,先願明細書のうちの図3ないし6に記載されているとおり,6角形構造の3次元切子構造においては,脱水孔以外のすべてのコーナー(頂点ないし端点)から脱水孔に向けて折り目が延長されているわけではない。

しかしながら,本願発明の特許請求の範囲では,「谷部」が「前記多角辺部のコーナーから前記脱水孔に延長される」とされているのみで,互いに隣り合う陥没部(切子構造)が1つの「コーナー」を共有し,この共有された「コーナー」から各陥没部の脱水孔に向けて谷部が延長されていることまで特定されているわけではないし,本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明にも,互いに隣り合う陥没部が1つの「コーナー」を共有することによる技術的なメリットは記載されていない。

審決は,先願明細書のうちの図4等の記載にかんがみて,単に境界部分を構成する折れ線の起点(端点)から脱水孔に向けて折れ線が延長されるという趣旨で,先願明細書記載発明においても「折り目17及び18」が「折り目9及び10のコーナーから孔3に延長される」と認定し,先願明細書記載発明と本願発明とは「前記多角辺部のコーナーから前記脱水孔に延長される谷部」の点で一致すると認定したものであるところ,かかる審決の認定に誤りはない。

また,前記(1)のとおり,4角錐状の3次元切子構造は先願明細書に記載されているのに等しい技術的事項であるところ,4角錐状の3次元切子構造を採用するときは,互いに隣り合う3次元切子構造が1つのコーナーを共有し,共有されたコーナーから各3次元切子構造の脱水孔に向けて折り目が延長されるようになることは,当業者にとって当然の事柄にすぎない。

したがって,審決の認定に原告主張の相違点の看過は存しない。

(5)  結局,審決に原告が主張する相違点の看過はなく,審決がした先願明細書記載発明と本願発明の一致点,相違点の認定に誤りはない。したがって,原告が主張する取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(実質的同一性の判断の誤り)について

前記1のとおり,4角錐状の3次元切子構造は先願明細書に記載されているのに等しい技術的事項であるから,かかる技術的事項を勘案して先願明細書記載発明と本願発明の実質的同一性を肯定した審決の判断に誤りはない。

また,先願明細書にも,特に脱水時の洗濯物の損傷防止の作用効果について言及されているところ(甲1の段落【0007】,【0016】),原告主張に係る本願発明の作用効果は,4角錐状の陥没部(3次元切子構造)の構成を採用したときや,さらにプレス加工で洗濯槽内壁面を形成したときに奏されることが明らかなものにすぎず(なお,先願明細書記載発明においても,プレス加工で洗濯槽内壁面を形成することが予定されている。),本願発明によって新たに奏されるものとはいい難い。そうすると,作用効果の点を考慮しても,原告が主張する取消事由2は理由がない。

第6結論

以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

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