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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10096号 判決 2012年7月11日

原告

有限会社住宅総合研究所

被告

特許庁長官

指定代理人

吉村和彦

松尾俊介

清田健一

樋口信宏

田村正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2009-10056号事件について平成24年1月6日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,自然法則利用の該当性である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成17年11月14日,名称を「入札及び抽選を併用した土木・建築工事業者等選定システム」とする発明について特許出願(特願2005-328682号)をしたが,平成21年2月20日付けで拒絶査定を受けた。そこで,原告は,平成21年4月23日,拒絶査定に対する不服審判請求(不服2009-10056号)をしたが,特許庁は,平成24年1月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成24年2月18日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲の記載

本件出願の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。

【請求項1】

入札による一定条件下での選抜と任意抽選または条件付の抽選による土木・建築工事業者(以下,業者という)の選定方法に関するもの。

【請求項2】

請求項1の入札において,入札価格が当該入札最低価格と一定差額範囲内の業者等を選抜するもの。

【請求項3】

請求項1の入札において,入札最低額が設計価格または落札予定価格等に対する各割合別に,予め選抜する業者数または選抜する業者(数)を決める方法を定めた上で,選抜するもの。

【請求項4】

請求項1の入札において,入札価格が当該入札の状況による入札最低価格の偏差値と一定の偏差値差以内の業者を選抜するもの。

【請求項5】

請求項1の入札において,入札価格が当該入札の状況による入札最低価格の偏差値により,予め選抜する業者数または選抜する業者(数)を決める方法を定めた上で,選抜するもの。

【請求項6】

請求項1の入札において,請求項2~5の選抜方法を組み合わせた方法により,業者を選抜するもの。

【請求項7】

請求項1の入札において,請求項2~6の方法での選抜条件として,1業者に契約業者を決定する条件を含んでいるもの。

【請求項8】

請求項1の入札において,請求項2~6の方法で選抜された業者間での当該入札最低価格にて工事請負契約することを前提とした抽選により契約業者を決定するもの。

【請求項9】

請求項1の入札において,請求項2~6の方法で選抜された各業者について,当該入札最低価格を基準として,各業者の事前評価の優劣による各業者別増減額を加えた額を契約価格とすることを前提とした抽選により契約業者を決定するもの。

【請求項10】

請求項1,7,8における抽選において,参加各業者の経営規模,経営状況,業務実績等の企業評価による優劣により,当選確率に差を付して実施するもの。

【請求項11】

請求項1,7,8における抽選において,参加各業者の前年実績等に比較した当該入札時点における受注状況による余力評価(受注額が少ない業者を高評価したもの)の優劣により,当選確率に差を付して実施するもの。

【請求項12】

請求項1,7,8における抽選において,参加各業者の事業実施地域に対する貢献度等の企業評価による優劣により,当選確率に差を付して実施するもの。

【請求項13】

請求項1,7,8における抽選において,参加各業者の経営規模等と比較した当該入札物件の当該各業者における受注の重要度の優劣により,当選確率に差を付して実施するもの。

【請求項14】

請求項1,7,8における抽選において,請求項10~13の抽選方法を組み合わせた方法により,業者を選抜するもの。

【請求項15】

請求項1~14における入札または入札による選抜ならびに抽選による契約業者決定について,インターネットを利用して実施するもの。

3  審決の理由の要点

請求項に係る発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法2条1項)でないときは,その発明は,特許を受けることができない。例えば,請求項に係る発明が,自然法則以外の法則(例えば,経済法則),人為的な取決め,人間の精神活動に当たるとき,あるいはこれらのみを利用しているときは,その発明は,自然法則を利用したものとはいえず,「発明」に該当しない。

ただし,その発明がいわゆるソフトウェア関連発明(その発明の実施にプログラムを必要とする発明)である場合には,コンピュータ上で実行されるプログラムが自然法則に基づいた制御等を行っていない場合や,自然法則以外の経済法則などに基づいた情報処理を行っている場合であっても,請求項の記載において,コンピュータで実現される機能要素がソフトウェアとハードウェア資源とが協働した具体的手段として特定され,それによってソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されていることが提示されていれば,自然法則を利用したコンピュータシステムの発明であるとすることができ,「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当すると認められる可能性がある。

これを本件出願についてみると,一般に,入札における土木・建築工事業者等の選定方法自体は,社会の人為的取決めであって,自然法則を利用した技術的思想ということはできない。請求項1の「選定方法」は,選抜と抽選とにより業者を選定することが特定されているものの,入札の考え方を特定した人為的取決めといえるもので,自然法則を用いたものではない。請求項2~14も,請求項1と同様に,入札の考え方を特定した人為的取決めといえるもので,自然法則を用いたものではない。請求項15は,形式的にインターネットを利用して実施するものとして記載されているとしても,インターネットの利用方法として格別のものはなく,その発明は業者の選定方法に特色があるものであるから,自然法則を利用したコンピュータシステムの発明とはいえない。

第3原告主張の審決取消事由(発明性に関する判断の誤り)

請求項1~15に記載した事項は,入札執行者による入札業者の指名,発注予定価格の設定などの人為的な取決め及び入札参加者による談合又は発注予定価格情報の不正入手を排除し,公正な入札の執行を実現し,さらに良質な社会資本などの構築及び社会貢献性の観点からの土木・建築工事業者等の健全育成などを目的とするものである。

そのため,請求項1~15に記載した事項は,人為性を完全に排除するための抽選を入札システムの最終段階に組み入れている。また,これらの事項は,その抽選を実施するための当選確率に差を設定する上での様々な条件・要素などに比重を与えるための複数の評価基準(ボリュームつまみとしての一種のスイッチ)を組み合わせることを総合的に発明(設計)したものであり,重大な社会問題でありながら長年解決されなかった公共事業などの入札に係る談合,汚職,背任などを排除するための,自然法則である確率論に基づく結果が期待される抽選を前提としたシステムエンジニアリングであるといえる。

これらの事項は,水,空気,電流などの流れを制御するスイッチと同様であり,そのスイッチをシステム化することは,単なる「人為的な取決め」ではなく,制御設計である。

これらの事項において,最終段階で実施されることとなる抽選には,実施例で示すとおり必ず何らかの物の利用が必要であり,抽選方法を特定しないながら物を利用した抽選を実施することにより,確率論に基づく結果が得られることからも,「自然法則を利用している」ことになるものである。請求項1~15に記載した入札システムにおけるスイッチの調整が「人為的な取決め」に該当することは認める。しかし,その行為は入札執行者,つまり本願発明の利用者によるものであり,発明そのものとは別の次元のものである。また,その行為においても,経済状況と執行目的などによる調整が必要であり,最終的に世論により制御されるシステムでもある。

審決は,「確率論に基づく抽選」が「自然法則の利用」に該当するかどうかについての判断を避け,「人為的な取決め」の介在のみをもって本件出願の拒絶理由を肯定するものであり,請求項1~15に記載した事項の根幹を無視するものである。

万一,請求項1~15に記載したシステムに「人為的な取決め」が介在していたとしても,その根幹が「自然法則である確率論を利用していること」であり,「人為的な取決め」のみではないことは明白である。また,「確率論に基づく抽選」が「自然法則の利用」に該当すると認定されれば,請求項1~15に記載した事項が特許されない理由は存在しない。

なお,被告は,確率論は自然法則に該当しない旨主張するが,自然法則とは,「自然現象の間に成り立つ,反復可能で一般的な規則的関係」であり(広辞苑第六版),抽選のように反復可能で一般的な規則的結果をもたらす現象は,自然法則に該当する。

第4被告の反論

原告は,請求項1~15に記載した事項について,システムエンジニアリングであるとか,スイッチをシステム化したものであるなどと主張するが,「システムエンジニアリング」や「システム化したスイッチ」について,特許請求の範囲には何ら記載されておらず,特許請求の範囲に基づいた主張とはいえない。

請求項1~15に記載された抽選が,仮に原告の主張するように確率論に基づく結果を得るものであり,抽選に際して物を利用することがあるとしても,請求項1~15に記載した事項は,本質的には,抽選によって業者を選定することを特徴とするものであって,人為的な取決めに当たるものであり,特許法でいう「発明」には該当しない。

なお,「確率論」は「確率分布およびその応用を研究する数学の一部門。」(広辞苑第六版)であるから「自然法則」には該当しない。したがって,抽選が確率論に基づくものであることを考慮したとしても,請求項1~15に記載した事項が自然法則の利用に該当することにはならない。

第5当裁判所の判断

特許法における発明とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」(2条1項)ところ,ここにいう「自然法則を利用した」とは,単なる精神活動,数学上の公式,経済上の原則,人為的な取決めにとどまるものは特許法上の発明に該当しないものとしたものである。

請求項1に記載の事項は,入札において一定条件による選抜と抽選を用いて業者を選定することをその構成とするものであって,全体として,人為的取決めに当たることは明らかである。原告は,確率論に基づく抽選が自然法則の利用に当たる旨主張するが,人為的取決めの中に数学上の法則によって説明可能な部分が含まれているというにすぎず,上記事項が人為的取決めに当たるとする前記判断を左右するものではない。

請求項2以下についても,原告が準備書面で主張するところをもってしても,上記判断を超えて,これら請求項記載の事項が人為的取決めではなく自然法則を利用したものに該当するとの判断に至ることはできない。

このように,特許請求の範囲に記載の事項は,全体として人為的取決めであり,自然法則を利用したものということはできず,特許法にいう「発明」には該当しないのであって,審決の判断に誤りはない。

第6結論

以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)

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