知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10099号 判決 2012年12月19日
原告
有限会社アネスト
同訴訟代理人弁理士
木下茂
石村理恵
藤田朗子
被告
特許庁長官
同指定代理人
菅野智子
秋月美紀子
石川好文
守屋友宏
主文
原告の請求を棄却する。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2009-25137号事件について平成24年2月7日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成17年4月11日,発明の名称を「可食容器セット及びその製造方法」とする特許を出願し(甲6,7。特願2005-113382),平成21年7月21日,手続補正を行ったが(甲9),同年9月24日付けで拒絶査定を受けたので(甲11。以下「本件拒絶査定」という。),同年12月18日,これに対する不服の審判を請求する(甲12)とともに,手続補正を行った(甲13。以下,この手続補正を「本件補正」という。)。
(2) 特許庁は,前記請求を不服2009-25137号事件として審理し,平成24年2月7日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1は,次のとおりのものである(以下「本件補正発明」という。)。なお,「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。)。
シート状の乾海苔を熱プレスすることにより成形された可食容器が,複数積層された可食容器セットの製造方法であって,/シート状の乾海苔とシート状の乾海苔との間に合紙を挟んで,複数枚のシート状の乾海苔と複数枚の合紙とを積層し,更にその積層体の上下面に合紙を配置すると共にその最下部に厚紙を配置して積層する工程と,/前記シート状の乾海苔と合紙と厚紙とからなる積層体を所定の形状に打ち抜く工程と,/雌型と,前記雌型に対応した雄型と,前記雄型と共に雌型の上方に設けられる押え型とから構成され,かつ前記雌型の成形面が加熱された熱プレス成形機を用いて,前記打ち抜かれた積層体における前記厚紙を前記雌型の成形面に接触させ,前記打ち抜かれた積層体における上面の合紙を前記雄型に接触させ熱プレスを行い,前記シート状の乾海苔と合紙と厚紙とを成形する成形工程と,/前記熱プレス成形機から,成形されたシート状の乾海苔と合紙と厚紙とを押出し,可食容器セットを形成する,押出し工程と,/を含むことを特徴とする可食容器セットの製造方法
(2) 本件補正前の特許請求の範囲の記載
本件補正前の特許請求の範囲の記載のうち本件補正発明に対応するものは,平成21年7月21日付け手続補正書(甲9)に記載の請求項3であり,次のとおりのものである(以下,「本願発明」といい,本件補正発明及び本願発明に係る明細書(甲6,7,9,13)を「本件明細書」という。)。
シート状の食材とシート状の食材の間に合紙を挟んで,複数枚のシート状の食材と複数枚の合紙とを積層すると共に,その最下部に厚紙を配置して積層する工程と,/前記シート状の食材と合紙と厚紙とからなる積層体を所定の形状に打ち抜く工程と,/前記打ち抜かれた積層体における前記厚紙を,熱プレス成形機の加熱された成形面に接触させ,熱プレスを行う成形工程と,/を含むことを特徴とする可食容器の製造方法
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件補正発明が後記アないしウに記載の引用例1ないし3に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであり,本願発明も上記発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同項の規定により特許を受けることができないものである,というものである。
ア 引用例1:特開昭61-274667号公報(甲1)
イ 引用例2:特開平10-101083号公報(甲2)
ウ 引用例3:特開2004-166677号公報(甲3)
(2) なお,本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。),本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明:海苔を素材とした積層された可食容器の製法であって,常法により調製された大きな乾海苔を,所定形状に打ち抜き,加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与した後,プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持しつつプランジャーからはみでた乾海苔の周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形し,成形状態を維持したまま,凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,乾海苔を加熱して可食容器形状とし,凹形リテーナー及びプランジャーを上昇させた後,プランジャーを下降させて,可食容器を取り出し,得られた可食容器を積み重ねる,積層された可食容器の製造方法
イ 一致点:シート状の乾海苔を熱プレスすることにより成形された可食容器が,複数積層された可食容器セットの製造方法であって,シート状の乾海苔を含むシート体を所定の形状に打ち抜く工程と,熱プレス成形機を用いて,熱プレスを行い,打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を成形する成形工程と,熱プレス成形機から,成形された打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を取り出し,可食容器を形成する取出し工程と,を含む可食容器セットの製造方法
ウ 相違点1:本件補正発明では,「シート状の乾海苔とシート状の乾海苔の間に合紙を挟んで,複数枚のシート状の乾海苔と複数枚の合紙とを積層し,更にその積層体の上下面に合紙を配置すると共にその最下部に厚紙を配置して積層する工程」を有するのに対し,引用発明では積層する工程を有さず,また,シート状の乾海苔を含むシート体,打ち抜かれた乾海苔を含むシート体,可食容器が複数積層されたセットが,本件補正発明では,「シート状の乾海苔と合紙と厚紙とからなる積層体」,「打ち抜かれた積層体」,「成形されたシート状乾海苔と合紙と厚紙とを押出し」た可食容器セットであるのに対して,引用発明では,それぞれ,「常法により調製された大きな乾海苔」,「乾海苔を,所定形状に打ち抜き」形成されたもの,「得られた可食容器を積み重ねる,積層された可食容器」である点
エ 相違点2:熱プレス成形機が,本件補正発明では「雌型と,雌型に対応した雄型と,前記雄型と共に雌型の上方に設けられる押え型とから構成され,かつ前記雌型の成形面が加熱された熱プレス成形機」であるのに対して,引用発明では「凸形リテーナー」,「凹形リテーナー」,「プランジャー」を有し,「凸形リテーナーをその内部から加熱する」装置であり,熱プレス成形機を用いて,熱プレスを行い,打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を成形する成形工程が,本件補正発明では「熱プレス成形機を用いて,前記打ち抜かれた積層体における前記厚紙を前記雌型の成形面に接触させ,前記打ち抜かれた積層体における上面の合紙を前記雄型に接触させ熱プレスを行い,前記シート状の乾海苔と合紙と厚紙とを成形する成形工程」であるのに対し,引用発明では「プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持しつつプランジャーからはみでた乾海苔の周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形し,成形状態を維持したまま,凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,乾海苔を加熱して可食容器形状」とする工程であり,熱プレス成形機から,成形された打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を取り出し,可食容器を形成する取出し工程が,本件補正発明では「熱プレス成形機から,成形されたシート状の乾海苔と合紙と厚紙とを押出し,可食容器セットを形成する,押出し工程」であるのに対し,引用発明では,「凹形リテーナー及びプランジャーを上昇させた後,プランジャーを下降させて,可食容器を取り出」す工程である点
4 取消事由
(1) 本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由1)
ア 本件補正発明の認定の誤り
イ 引用発明の認定の誤り
ウ 本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤り
エ 相違点1に係る判断の誤り
オ 相違点2に係る判断の誤り
(2) 本願発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)
(3) 審判における手続違背(取消事由3)
第3当事者の主張
1 取消事由1(本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件補正発明の認定の誤りについて
ア 本件審決は,本件補正発明について,乾海苔に加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与することを排除するものではないとする。
イ しかしながら,本件補正発明の特許請求の範囲には,乾海苔に加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与する工程を備えていることが記載されておらず,そこに記載の各工程は,個々に独立し,かつ,互いに有機的に連続しているから,「乾海苔に加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与する」工程を挿入する余地はない。
しかも,本件明細書には,本件補正発明が,上記工程を備える先行技術(引用発明)によって海苔が湿り気を有し,相互に付着してしまうことなどの技術的課題を解決するためにされたものである旨が明記されており(【0003】【0004】),特許請求の範囲には「水蒸気」又は「湿り気」などの用語が明示されていないから,本件補正発明は,当該工程を経ずに,特許請求の範囲の文言どおり,乾いた状態の海苔であるシート状の乾海苔と合紙と厚紙とからなる打ち抜かれた積層体を成形するものと解釈するのが自然である。また,乾海苔が一次乾燥後のものと二次乾燥後のものとで水分含量が違う(乙1)からといって,乾海苔のしなやかさや成形しやすさが異なるとはいえない。
よって,本件補正発明は,乾海苔に水蒸気を接触させない,いわゆる「乾式」で成形するものであるにもかかわらず,本件審決は,容易想到性の判断に当たって,本件補正発明について,水蒸気を接触させる「湿式」で成形するものと誤認するものである。
(2) 引用発明の認定の誤りについて
ア 本件審決は,引用例1に記載の発明を前記第2の3(2)アの引用発明として認定した。
イ しかしながら,引用例1には,加熱した水蒸気によって柔軟性を付与することにより乾海苔の可食容器形状への成形を行い,その後,これにより得られた成形物を加熱により乾燥固形化することが記載されている。ここで加熱は,成形のために行われるのではなく,成形に際して柔軟性を付与するために接触させた水蒸気による水分を蒸発させ,成形物を乾燥固形化させるために行われるものである。
すなわち,引用例1に記載の発明は,熱プレス成形機を用いて熱プレスにより乾海苔を成形するものではない。
また,引用例1には,乾燥固形化された可食容器は,凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間から取り出された後,積み重ねることが可能であると記載されているにすぎず,1つずつの可食容器の製造方法が記載されているのであり,積層された可食容器の製造方法についての記載はない。
ウ 以上によれば,引用例1に記載の発明は,次のとおり認定されるべきである。
「海苔を素材とした可食容器の製法であって,常法により調製された大きな乾海苔を,所定形状に打ち抜き,プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持した後,加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与し,プランジャーからはみ出た柔軟性の付与された乾海苔の周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形し,成形状態を維持したまま,凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,前記成形物を加熱して乾燥固定化し,凹形リテーナー及びプランジャーを上昇させた後,プランジャーを下降させて,可食容器を取り出す,可食容器の製造方法」
(3) 本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤りについて
ア 本件審決は,本件補正発明と引用発明とが,「シート状の乾海苔を含むシート体」を打ち抜く工程及び「打ち抜かれた乾海苔を含むシート体」を成形する成形工程を有する点でいずれも共通する旨を説示する。
しかしながら,引用例1に記載の発明の素材である「常法により調製された大きな乾海苔」は,それ以外の構成要素(合紙や厚紙)を含まないから,シート状の乾海苔「を含むシート体」との上位概念で共通するということはできない。
イ 本件審決は,本件補正発明と引用発明とが,「可食容器が複数積層されたセット」の製造方法である点で共通する旨を説示する。
しかしながら,前記のとおり,引用例1に記載のものは,あくまでも1つの可食容器であり,「可食器が複数積層されたセット」ではない。
ウ 本件審決は,本件補正発明と引用発明とが,「熱プレス成形機」を備える点,「熱プレス成形機を用いて熱プレスを行い,打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を成形する成形工程」を備える点及び「熱プレス成形機から,成形された打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を取り出し,可食容器を形成する取出し工程」を備える点でいずれも共通する旨を説示する。
しかしながら,前記のとおり,引用例1に記載の発明は,熱プレス成形機を用いて熱プレスにより乾海苔を成形するものではない。
また,本件補正発明における「可食容器セットを形成する,押出し工程」では,可食容器セットは,熱プレス成形機から押し出されるのであって,人手や外部の別の装置等によって取り出されるものではない。
エ 以上のとおり,本件審決は,本件補正発明と引用例1に記載の発明との一致点の認定を次の下線部において誤るものであり,これに伴って相違点1及び2の認定も誤るものである。
「シート状の乾海苔を熱プレスすることにより成形された可食容器が,複数積層された可食容器セットの製造方法であって,シート状の乾海苔を含むシート体を所定の形状に打ち抜く工程と,熱プレス成形機を用いて,熱プレスを行い,打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を成形する成形工程と,熱プレス成形機から,成形された打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を取り出し,可食容器を形成する取出し工程と,を含む可食容器セットの製造方法。」
(4) 相違点1に係る判断の誤りについて
ア 本件審決は,相違点1の判断に当たり,引用例1及び2に記載の各発明が,いずれも食品を収容するための容器であって,シート状の素材から複数積層された容器を製造する方法である点で共通している旨を認定している。
しかしながら,引用例1に記載の発明は,前記のとおり,1つずつの可食容器の製造方法であって,複数積層された容器の製造方法ではないのに対し,引用例2に記載の発明は,食品を収容するための複数積層されたアルミ箔製容器の製造方法であって,海苔を素材とした可食容器の製造方法ではない。そして,食品を収容するための容器は,通常,非可食性の材質からなるものであって,海苔のような可食性材質からなる容器を想起し得ないばかりか,アルミ箔と海苔とでは,それ以外にもあらゆる特性が相違している。
したがって,引用例1及び2に記載の各発明は,技術分野が異なり,シート状の素材から複数積層された容器を製造する方法としての共通点もない。また,引用例1には,可食性の海苔を素材とする引用例1に記載の発明に,非可食性のアルミ箔を素材とする引用例2に記載の発明を適用することについての記載も示唆もない。
イ 本件審決は,相違点1の判断に当たり,乾海苔についても効率的に切断するため複数枚重ねてから切断することが普通に行われているように,シート状の素材を効率よく加工するために1枚ずつではなく複数枚重ねて加工を行うことが技術常識である旨を認定している。
しかしながら,紙質材,アルミニウム箔又はプラスチックフィルムとは異なり,シート状の乾海苔は,折り曲げる等の変形により,切れたり粉状になったりしやすいという特性を有しているため(本件明細書【0002】),成形等の切断以外の加工,特に成形加工において乾海苔を複数枚重ねて加工することや,シート状の乾海苔を複数枚重ねて熱プレスにより成形加工することは,技術常識とはいえず,当業者が想到することが困難である。
ウ 本件審決は,容器を形成させるとの目的の下に,シート状の素材の破損を防止し,成形形状を保持させるために,素材の積層体の上下面に紙材を配置させ,かつ,最下部に打ち抜き仕切紙を位置させた上で打ち抜きや成形を行うことが引用例2等に記載の周知技術であるから,乾海苔の破損を防止する等のために積層体の上下面に合紙を配置しその最下部に厚紙を配置することを,当業者が容易に想到し得たとする。
しかしながら,本件補正発明がシート状の乾海苔の間に合紙を挟むこととしたのは,シート状の乾海苔は,折り曲げる等の変形により,切れたり粉状になったりしやすいことから(本件明細書【0002】),シート状の乾海苔が相互に接触することによって生じる切れ(破損)や粉(カス)の発生の抑制,相互の絡み合い防止,剥離性の向上及び湿気を持った場合における2枚取りを防止するためである(同【0010】)。
他方,引用例2に記載の発明は,平板アルミ箔が単に積層されているだけではプレス成形時にアルミ箔が破損しやすいために合紙を挟み,さらに,均一な成形容器を得,また,アルミ箔の破れを生じ難くするために,アルミ箔と合紙との間に含まれている空気を抜き,アルミ箔の艶面と合紙の表面(平滑面)とを密着させるものである(引用例2【0012】【0018】【0025】)。
したがって,当業者は,引用例2の記載から,表面がアルミ箔よりも粗く,摩擦係数が大きい乾海苔において生じる技術的課題を解決するために,シート状の乾海苔の間に合紙を挟むことを想到し得ない。
また,甲4及び5には,積層体の最下部に厚紙を配置して成形を行うことの記載があるが,これらは,いずれも合成樹脂フィルム製の容器の製造について記載したものであって,乾海苔とは材質及び特性が異なるから,これらに記載の技術は,乾海苔を加工して形成される可食容器の製造における周知技術ではない。
よって,乾海苔の破損を防止し,成形形状を保持するために引用例2,甲4及び5に記載された技術を適用することはできない。
さらに,引用例2に記載の仕切紙は,打ち抜きたがねによる打ち抜きをスムーズにするためのものであるし,成形時には,積層アルミ箔の上下を反転させて仕切紙を最下部にする一方,最上面にアルミ箔の消し面が露出するようにしている(引用例2【0024】【0026】【0034】【0035】)。他方,本件補正発明は,シート状の乾海苔と合紙との積層体を打ち抜く際には,最下部にのみ厚紙を配置しており,打ち抜きをスムーズにすることを意図していないし,成形時に積層体の上下の位置関係を維持しており,最下部の厚紙は,高温の成形面に直接接触することによる焦げ防止及び保形機能を果たすものとされており,最上面には合紙が来るために成形時に乾海苔が露出することはない(本件明細書【0012】【0034】)。
このように,引用例2に記載の仕切紙は,本件補正発明の厚紙とは使用目的及び作用効果が異なる。
エ 以上のとおり,引用例2に記載の発明は,非可食性のアルミ箔であり,それ以外にもあらゆる特性が乾海苔とは相違している。また,引用例1及び2には,いずれも,乾海苔の容器の製造方法とアルミ箔の容器の製造方法とを組み合わせることについての記載も示唆もない。ことに,引用例2には,アルミ箔の間に合紙を挟むことにより,アルミ箔の破損を防止し,又は1つずつ容器を取り出しやすくすることができるという記載はない。
したがって,シート状の乾海苔を素材とした可食容器を効率的に製造することを考えたとしても,1枚ずつの乾海苔を成形する引用例1に記載の発明に,非可食性であり,材質及び特性が全く異なるアルミ箔製の容器の製造方法である引用例2に記載の発明を適用することは,困難であり,これに反する本件審決の判断は,誤りである。
オ 本件審決は,本件補正発明の作用効果が格別顕著ではない旨を説示する。
しかしながら,引用例2,甲4及び5に記載の発明で用いられているものは,本件補正発明における乾海苔とは材質及び特性が全く異なる素材であり,しかも,製造工程における積層体の構成も,本件補正発明の積層体とは異なるし,引用例3に記載の発明は,1枚ずつのオブラートのシートを成形するものであって,積層体からなる容器セットを製造するものではない。
また,引用例1に記載の発明の作用効果は,湿気により柔軟性が生じるという乾海苔の特性を利用して1枚ずつ成形することにより,乾海苔特有の色沢,香味及び呈味を損なうことなく可食容器を得られるというものである。
したがって,引用例1に記載の発明に上記のその他の文献を適用すること自体,容易に想到し得ることではなく,まして,これらの文献の記載から,本件補正発明の作用効果を予測することはできない。
カ 以上のとおり,当業者は,引用例1に記載の発明に基づいて本件補正発明の相違点1に係る構成を容易に想到することができなかったものであって,本件審決は,この点についての判断を誤るものである。
(5) 相違点2に係る判断の誤りについて
ア 本件審決は,引用例2に記載の発明では杵状押棒を下降させて積層アルミ箔を成形した後,積層アルミ箔容器を押し出すことについて明記されていないが,第1の型部材が円筒形形状であるから,上から取り出すことは考えにくく,積層アルミ箔の1単位を成形後,引き続き,別の積層アルミ箔の1単位に対して繰り返し成形することを想定したものであるといえることから,成形された積層アルミ箔を成形装置から押し出して積層アルミ箔容器を形成するのが,通常の製造工程における態様といえるとする。
しかしながら,引用例2の記載によれば,破損せずに成形された積層アルミ箔容器は,取り出されることになっているものと解される(【0035】)ところ,何らかの手段によって筒形形状の第1の型部材の上又は下から取り出すことは,可能である。したがって,引用例2に記載された積層アルミ箔容器の製造工程では,成形された積層アルミ箔を成形装置から取り出すのであって,押し出すのではない。
よって,引用例2に記載された発明から,成形された積層アルミ箔を成形装置から押し出して積層アルミ箔容器を形成するのが通常の製造工程における態様であるとはいえない。
イ 本件審決は,熱プレスを行う熱プレス成形機として,引用発明の装置に代えて,積層体の成形に適し,かつ,生産効率を追求して,積層体1単位を繰り返し成形することも可能な成形機を用いることを考えて,本件補正発明の成形機を採用し,成形された積層体を押し出して容器セットを形成することについては,引用例2に記載された発明を参照して,さらに,下方に設けられた雌型の成形面を加熱させて熱プレスを行うことについては,引用例3に記載された発明を参照して,当業者が容易に設計し得たとする。
しかしながら,引用例1に記載の発明は,熱プレス成形を行うものではない。また,引用例2に記載の発明において,成形された積層アルミ箔は,成形装置から取り出すのであって押し出すのではないから,引用例2に記載の発明から,成形された積層体を押し出して容器セットを形成することを想到することもできない。さらに,引用例3に記載の成形装置は,1枚ずつのオブラートのシートを,安価な装置で簡単に効率よく不良品を出さずに食品容器に成形するため,下型の外周面に下型の内方を均一に加熱する帯状加熱体を敷設したものである(引用例3【0012】)のに対し,本件補正発明は,積層体の最上部の海苔に焦げが生ずることを抑制するために,下方の雌型のみを加熱させて熱プレスを行うものであるから,前者から後者を想到することはできない。
ウ 加えて,前記のとおり,引用例1に記載の発明に係る技術分野において,引用例2,甲4及び5に記載された技術を周知技術として適用することはできない。
エ 以上のとおり,当業者は,引用例1に記載の発明に基づいて本件補正発明の相違点2に係る構成を容易に想到することができなかったものであって,本件審決は,この点についての判断を誤るものである。
〔被告の主張〕
(1) 本件補正発明の認定の誤りについて
ア 本件補正発明は,その特許請求の範囲に記載された工程「からなる」可食容器セットの製造方法ではなく,当該工程「を含む」可食容器セットの製造方法であるから,そこに記載の工程以外の工程を含むことを排除していない。
イ 本件出願時の明細書(甲6,7)の記載(【0002】~【0008】)によれば,本願発明は,引用例1に記載の発明では水蒸気によって海苔が湿り気を有するため相互に付着してしまうという問題を解決し,乾海苔を整形するために水蒸気を接触させて柔軟性を付与しても相互に付着せず,複数枚の乾海苔を同時に整形することを可能としたものと解釈することが自然である。そして,上記明細書に接した当業者が,乾海苔を素材とした可食容器セットの製造方法を実施しようとした際に,折り曲げる等の変形により所定の形状とすることができないという従来からの課題に遭遇した場合に,これを解決するため,当該明細書に記載された,乾海苔に水蒸気を接触させて柔軟性を付与することを採用したとしても,本願発明及び本件補正発明は,これを排除するものではないといえる。また,一次乾燥された乾海苔は,8ないし12重量%程度の水分含量を有し,二次乾燥された乾海苔であれば3ないし5重量%程度の水分含量を有するものであるところ(乙1),これらの水分含量によって乾海苔の成形しやすさが異なることは,明白であるから,本件補正発明を実施するに際して,当該水分含量に応じて水蒸気を付与し又は付与しないとすることは,本件明細書及び本件出願日当時の技術常識から当然に予測可能であり,本件補正発明は,この両者を包含したものといえる。
ウ よって,本件補正発明は,乾海苔に水蒸気を接触させて柔軟性を付与して成形することを排除したものではない。
(2) 引用発明の認定の誤りについて
ア 水蒸気によって柔軟性を付与して乾海苔の成形を行うことについて,引用例1の特許請求の範囲には,「柔軟性付与工程」の後に「一対のリテーナーによる食器形状挟持成形工程」が記載されているところ,引用例1の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,後者の工程は,「プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形する」工程であると認められる。してみると,原告主張に係る引用例1に記載の発明は,「柔軟性付与工程」と「一対のリテーナーによる食器形状挟持成形工程」との順番を誤るものであるばかりか,当該順番には技術的意味がない。
また,引用例1の特許請求の範囲の記載中の「成形状態を維持したまま加熱して固形化する」ことについて,引用例1の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,これは,「成形状態を維持したまま,凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,乾海苔を加熱して可食容器形状としたこと」と認められる。してみると,引用発明は,原告主張のように加熱した水蒸気によって柔軟性を付与することにより乾海苔の可食容器形状への成形を行い,その後,これにより得られた成形物を加熱により乾燥固形化するものではなく,むしろ,成形の最終工程として「加熱」があり,「加熱」により成形を完成させるものであるといえる。
したがって,引用発明について「凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,乾海苔を加熱して可食容器形状とし」と認定した本件審決に誤りはない。
イ 引用例1には,複数の同形の可食容器を製造し,得られた可食容器を積み重ね,積層された状態とすることについての記載があるから,引用発明について,凹形リテーナー及びプランジャーを上昇させた後,プランジャーを下降させて,可食容器を取り出して,その「得られた可食容器を積み重ねる,積層された可食容器の製造方法」と認定した本件審決に誤りはない。
(3) 本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤りについて
ア 「乾海苔を含むシート体」についてみると,引用発明及び本件補正発明は,いずれも加工の対象としてシート状の乾海苔を用いている点において共通するから,両者を比較した際に,加工の対象として用いている乾海苔を中心に表現し,「シート状の乾海苔を含むシート体」及び「打ち抜かれた乾海苔を含むシート体」として共通点を認定した本件審決に誤りはない。
イ 「可食容器が複数積層されたセット」についてみると,前記のとおり,引用例1には,可食容器を製造し,得られた可食容器を複数積み重ねることによって積層された可食容器とすることや,積層された複数の可食容器を密閉容器に充填し得ることが記載されているから,引用発明が,本件補正発明の「可食容器セット」とは,「可食容器が複数積層されたセット」である点で共通するとした本件審決に誤りはない。
ウ 「熱プレス」についてみると,引用例1には,乾海苔の中央部を凸形リテーナーとプランジャーで,また周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーで挟持して可食容器形状にし,その成形状態を維持したまま加熱することが記載されているから,引用発明は,乾海苔が可食容器形状となる程度に,凸形リテーナーとプランジャー及び凹形リテーナーで乾海苔を押さえつけた状態とし,その状態で加熱するものであって,これは,「熱プレス」をしたものといえる。したがって,本件補正発明と引用発明とが「熱プレス成形機」を用いて成形する点及び「熱プレス成形機を用いて熱プレスを行」う成形工程である点で共通するとした本件審決に誤りはない。
エ 「取出し工程」についてみると,本件補正発明は,可食容器セットが熱プレス成形機から押し出されて取り出されるものである一方,引用例1にも,引用発明が「熱プレス成形機から,成形された打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を取り出し,可食容器を形成する取出し工程」を有している旨の記載があるから,両者が熱プレス成形機からの「取出し工程」を有している点で共通するとした本件審決に誤りはない。
オ したがって,本件審決による本件補正発明と引用発明との一致点の認定に誤りはなく,これに伴って,相違点の認定にも誤りはない。
(4) 相違点1に係る判断の誤りについて
ア 引用例2及び甲4の記載によれば,弁当箱などに各種食品を収納したり,チョコレートなどを個別包装するための小型容器として,グラシン紙などの紙質材,アルミニウム箔又はプラスチックフィルムからなる容器であって,薄い平板状の素材(シート状の素材)から製造され,複数の同形の小型容器を複数製造し積層された状態で流通されていたものは,本件出願日前からよく知られていたものであり,これらの容器は,食卓で用いられるものとは別の「食品を収容するための小型容器」として一般に普通に認識され,用いられていたものである。そして,引用発明は,海苔というシート状の素材から製造された容器であって,複数の同形の可食容器を製造し,得られた可食容器を積み重ね,積層された状態として製造されるものである。そして,引用発明と引用例2に記載の発明とは,本件審決が認定するとおり,食品を収容するための容器であって,シート状の素材から同形の容器を複数製造し積層されたものを製造する点で共通するものである。
イ 家庭において乾海苔を複数枚重ねて切断することは,普通に行われていたことであるし,産業上も,効率性を考えて複数枚を積層して切断することは,本件出願日前によく行われていたことである(乙3)。そして,シート状の素材において,効率よく加工するために複数枚重ねて加工を行うことは,技術常識である(引用例2,甲4,乙2)。
ウ 引用例2には,シート状の素材であるアルミ箔を積層してプレス成形する際,アルミ箔の破損のおそれがあることが記載されており,そこで引用されている乙3及び4にも,アルミ箔間に薄葉紙からなる介装紙を介在させてもよく,これによってアルミ箔が保護されて損傷を防止し得るとともに適度のクッション性を持たせることができる旨の記載がある。さらに,乙5には,シート状の素材であるアルミニウム箔から同形の容器を複数製造し積層したアルミケースについて,各アルミケースを1つずつ取り出しやすくするため,アルミ箔間に合紙を入れることが記載されている。
したがって,引用発明において,素材がシート状であるとの利点を生かして効率的に加工するために,シート状の素材の加工方法としてよく行われている複数枚重ねて加工する方法を採用し,その際,シート状素材が破損しないように,また,容器を1つずつ取り出しやすくするために,シート状の乾海苔の間に乾海苔の性質に応じた合紙を挟み,複数枚のシート状の乾海苔と複数枚の合紙とを積層させ,その積層体を所定形状に打ち抜き,打ち抜いた積層体を熱プレスすることで複数積層された容器セットとすることは,引用例2に記載された発明を参照して,当業者が容易に想到し得たことである。
エ 引用例2,甲4及び5には,シート状の素材の破損を防止し,あるいは成形形状を保持させる目的のために,シート状の素材の性質に合わせて,積層体の上下面に紙材を1枚又は数枚配置させて打ち抜きや成形を行うことが記載されているから,これらの課題及びその解決手段は,本件出願日前には周知の技術であったといえる。したがって,引用発明のシート状の素材である乾海苔から同形複数の容器を製造する方法において,乾海苔をシート状の素材として複数積層して打ち抜き,成形して複数積層された容器を製造する方法を採用する際に,シート状の素材が破れることを防止し,熱プレスの際の焦げを防止し,更には成形後に成形加工の状態を保つ,などの成形の際の様々な課題を解決するために,乾海苔の性質に応じて,適切な紙質材を配置することを考えて,積層体の上下面に合紙を配置するとともに最下面に厚紙を配置することは,上記周知の解決方法を適用して,当業者が容易に設計し得たことである。
また,引用例2の記載からは,直接押圧する型部材が樹脂型であることから,最上面のアルミ箔の損傷が生じることが少ないため,合紙がなくてもアルミ箔の損傷が少ないことを読み取ることができるから,直接押圧する型部材が樹脂型以外のものであり,損傷が想定される場合には,最上面に合紙がある方が好ましいことは,明らかである。
オ 本件補正発明の「生産性,品質性,取扱性に優れた可食容器セット及びその製造方法を得ることができる」との効果は,引用例2に記載のシート状の素材から容器を製造する方法から,当業者が予測し得たものであるし,シート状素材である乾海苔の性質については引用例1に記載のとおりであるから,乾海苔に必要に応じて柔軟性を付与したり,この乾海苔の性質に応じて,適切な紙質材を合紙としてシート状の素材の間に挟んだり,更に上下面に合紙を,最下部には厚紙を配置することにより,乾海苔からなる品質性がよく,取扱性の優れた容器を製造できるとの効果も,引用例2の記載や周知の技術から当業者が予測し得た程度のものである。
カ よって,相違点1を当業者が容易に想到できたとする本件審決の判断に誤りはない。
(5) 相違点2に係る判断の誤りについて
ア 「雌型」,「雄型」及び「押え型」を備えるプレス成形機(引用例2)を用いてシート状の素材を加工して容器を成形するに当たり,乙2及び6には,容器成形後には容器が下方に押し出されること,雄金型の上昇に伴う成形容器の連れ出しを確実に解消し,雄金型の下方に離脱させること及びアルミ箔製容器を成形し,容器を下部に押し出す動作を繰り返すことでアルミ箔容器を次々と形成することが記載されている。
したがって,引用例2に記載されたプレス装置を用いた製造工程について,成形された積層アルミ箔を成形装置から押し出して積層アルミ箔容器を形成するのが,通常の製造工程における態様であるとした本件審決に誤りはない。
イ 引用発明並びに引用例2,甲4及び5に記載された発明は,いずれも食品を収容するための容器であって,シート状の素材から同形の容器を複数製造し積層されたものを製造する点で共通し,前記のとおり,「食品を収容するための小型容器」は,本件出願日前からよく知られていた。
したがって,引用発明において効率的に製造することを考え,シート状の乾海苔から可食容器を形成した後,これを積み重ねて可食容器セットとすることに代えて,引用例2に記載された発明及び周知技術を適用し,シート状の乾海苔の間に合紙を挟んで,複数枚のシート状の乾海苔と複数枚の合紙とを積層させ,更にその積層体の上下面に合紙を配置するとともにその最下部に厚紙を配置して積層した積層体とし,この積層体を所定形状に打ち抜き,打ち抜いた積層体に熱プレスを行うことで可食容器セットを形成させることは,当業者が容易に想到し得たことであると判断した本件審決に誤りはない。
ウ 引用発明は,前記のとおり,熱プレスを行い,また,可食容器を複数製造し,積層したものである点で本件補正発明と共通するほか,引用例2に記載の発明においては,前記のとおり,その構造からみて,成形された積層アルミ容器が成形装置から押し出されるのが通常の製造工程における態様といえる。
そして,引用例3には,食品類を受け入れて食品類とともに食べることもできる,オブラートで作られた食品容器を成形する方法であって,シート状の素材であるオブラートを成形する成形装置として,下型,下型に対応したラム及びラムとともに下型の上方に設けられた上型から構成され,かつ,下型の外周面に下型の内方を均一に加熱する帯状加熱体を敷設した成形装置が記載されているところ,そこには,本件補正発明の「雌型」に相当する下型の凹陥分にオブラートのシートを落とし込み,下型を加熱することによりオブラートを最終的形状に固定化させて食品容器を成形することが記載されている。また,「雌型」,「雄型」及び「押え型」からなるプレス装置において,雌型に加熱手段を設けることは,よく知られた構成である(本件補正明細書【0027】,乙7,8)。
したがって,上記のようなプレス装置を用い,下方に設けられた雌型成形面を加熱させて熱プレスを行うことは,当業者が容易に想到し得たことである。
エ 前記のとおり,シート状の素材が破れることを防止し,熱プレスの際の焦げを防止し,更に成形後に成形加工の状態を保つなどの成形の際の様々な課題を解決するために,乾海苔の性質に応じて,適切な紙質材を配置することを考え,積層体の上下面に合紙を配置するとともに最下面に厚紙を配置することは,当業者が容易に設計し得たことと判断すべきである。
2 取消事由2(本願発明の容易想到性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,本願発明について,引用例1ないし3に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとする。
しかしながら,前記1〔原告の主張〕に記載したところによれば,本件審決の判断には誤りがある。
〔被告の主張〕
前記1〔被告の主張〕に記載したところによれば,本願発明に関する本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(審判における手続違背)について
〔原告の主張〕
本件審決は,引用例2の【0026】【0027】【0033】ないし【0035】を引用して,そこに記載の「仕切紙」と本件補正発明の「厚紙」との対比判断をしている。
しかしながら,本件拒絶査定は,引用例2の【0024】を引用して,そこに記載の「厚紙」と本願発明の「厚紙」との対比判断をしており,「仕切紙」については何ら議論をしていない。
このように,引用例2からの引用記載の変更は,引用される実質的内容が異なり,かつ,異なる観点からの議論を導出していることから,引用発明(引用例2に記載の発明)が異なるものに変更されていることになる。これは,拒絶査定とは異なる拒絶の理由を発見した場合に相当するものであり,拒絶理由を通知して,出願人に対して意見書提出の機会を与えなければならないが(特許法159条2項で準用する同法50条本文),そのような手続はされなかった。
よって,本件審決の審判手続には,特許法所定の手続を怠った瑕疵がある。
〔被告の主張〕
本件拒絶査定が引用する平成21年5月25日付け拒絶理由通知は,「厚紙」について規定した請求項について,引用例1,3及び乙9を主たる引用例として,特許法29条2項に基づいて拒絶理由としており,本件審決は,新たな技術文献を引用したり異なる引用文献を引用したものではなく,拒絶理由や拒絶査定において拒絶すべき理由としたものから逸脱したものではない。
また,本件補正発明の積層体の最下部に厚紙を配置することについて,審査官は,上記拒絶理由において,引用例2の「厚紙」に言及しながら「仕切紙」には言及しなかったのに対し,本件審決は,引用例2の「仕切紙」について言及した上で本件補正発明の容易想到性を肯定している。しかしながら,上記「仕切紙」は,引用例2に記載された発明の重要な構成要素であって,格別の困難なく本件補正発明の「厚紙」と比較対比が可能なものであるから,本件審決が引用例2の「仕切紙」に言及したことは,出願人である原告にとっていわゆる不意打ちになるとまでいえないことは,明らかである。
よって,本件審決に手続違背の違法はない。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 本件補正発明の認定の誤りについて
ア 本件明細書の記載について
本件補正発明は,前記第2の2(1)に記載のとおりであり,本願発明は,前記第2の2(2)に記載のとおりであるところ,本件明細書には,本件補正発明及び本願発明についておおむね次の記載がある。
(ア) 本発明は,特に,生産性,品質性及び取扱性に優れた可食容器セット及びその製造方法に関するものである(【0001】)。
(イ) 従来から,種々の可食容器が提案されているが,ライスペーパー,オブラート又は乾海苔等のようにあらかじめシート状に形成された食材を可食容器に成形することは,折り曲げる等の変形により,シート状食材が切れ,あるいは粉状になり,容器として所定の形状とすることができなかった。特に,乾海苔は,海苔自体に特有の食感と風味等があり,可食容器としては好適な素材であるが,可食容器として所定の形状にすることができなかった(【0002】)。引用例1は,このような課題を解決するために,乾海苔に水蒸気を接触させて柔軟性を付与した後,一対のリテーナに挟持して所定の容器形状に成形し,その成形物をその成形状態を維持したまま加熱して固形化する,海苔を素材とした可食容器の製造方法を提案している(【0003】)。しかしながら,引用例1に記載の方法は,いったん,乾海苔に水蒸気を接触させているため,複数枚の乾海苔を同時に成形しようとすると,海苔が湿り気を有し,相互に付着してしまうという問題がある。このことは,シート状食材1枚ごとに成形作業を行わなければならないことを意味し,いたって生産性が悪いものである(【0004】)。また,成形された可食容器は,積み重ねた状態で包装容器に収納されることになるが,搬送等において積み重ねたシート状食材が相互に接触して,切れあるいはカス(食材の粉)が多量に出るという品質上の問題があったほか,積み重ねたシート状食材に切れ等が生じた場合や,包装容器の密閉が完全ではなく,成形された可食容器が湿気を有する場合には,シート状食材相互の絡み合いにより,剥離性が悪く,いわゆる2枚取りという課題もあった(【0005】)。
(ウ) 本発明は,前記技術的課題を解決するためにされたものであり,生産性,品質性及び取扱性に優れた可食容器セット及びその製造方法を提供することを目的とする(【0006】)。上記目的を達成するためにされた本件補正発明の製造方法(【0007】【0009】)は,シート状の乾海苔の間に合紙が挟まれているため,打ち抜き時等において,シート状の乾海苔の切れや食材の粉(カス)等を極力抑制できる。しかも,複数枚のシート状の乾海苔と複数枚の合紙と厚紙を積層し,1度に熱プレスで成形しているため,可食容器セットを効率的に生産することができる。特に,最下部に可食容器と同一形状の厚紙が配置されているため,熱プレスする際に,可食容器を一定の形状に保持することができ,また,成形後の可食容器形状の崩れを防止できる(【0008】)。可食容器の間に合紙を挟むことにより,シート状の可食容器相互が接触することによって生じる可食容器の切れ又は食材の粉(カス)の発生を抑制できるほか,当該カスは,合紙内に溜まるため,包装容器内に散らばることがない。また,合紙により,可食容器が相互に絡み合うことがなく,剥離性が向上し,特に可食容器が湿気を持った場合に,いわゆる2枚取りを防止できる(【0010】)。このように,可食容器セットの最上部に位置する可食容器の上に合紙が配置され,かつ,最下部に位置する可食容器の下に合紙が配置されているため,この可食容器セットが複数組重ね合わせられた場合にも,可食容器相互が接触することによって生じる食材の粉(カス)の発生を抑制できる。また,最下部に位置する可食容器の下面に配置された合紙の下面に,可食容器と同一形状の厚紙が配置されているため,立体的にされた可食容器の側面が倒れ,平面的形状に戻るのを抑制することができる(【0012】)。
(エ) 最下部に厚紙,その上に合紙及び乾海苔を交互に10枚ずつ積み重ね,最上部に合紙を積層した積層体を,打ちたがねを用いて波状かつ全体が円形形状に切断する(【0026】)。
(オ) 次の熱プレス工程では,アルミ箔容器の製造に用いられている周知の熱プレス成形機を用いるが,これは,雌型,これに対応した雄型及び雄型とともに雌型の上方に設けられる押え型から構成されている(【0027】)。雌型は,円筒形状で,上部に円筒内部に向かって傾斜するテーパ面を有するとともに,当該テーパ面から円筒内部の内周面に向かって波形溝をなす凹凸が多数設けられており,その成形面を所定温度に加熱するヒータ等の加熱手段が設けられている(【0028】)。雄型は,先端にテーパ面が形成されるとともに,当該テーパ面を含む外周面に,雌型の円筒内部の内周面の波形溝に対応する凹凸が設けられている。さらに,押え型は,上記雄型が上下動できるように貫通孔が形成されるとともに,下部に雌型のテーパ面の波形溝に対応する凹凸を有するテーパ面を有している(【0029】)。本発明の熱プレス工程では,まず,雌型のリング内のテーパ面上に積層体を載置し,押え型を雄型とともに下し,そのテーパ面の凹凸と雌型のテーパ面の凹凸との噛み合いによって,積層体を仮止めする(【0030】)。次に,雄型のみを下し,雌型の円筒内部に押し込んで積層体をカップ状に絞り込み,その状態で所定時間保持し,保形性を確保する。この際,雌型は,その円筒内部がヒータ等の加熱手段によって加熱されているため,効率よく積層体を容器形状に成形することができる。また,積層体が波状かつ円形形状に打ち抜かれたものであるため,その側壁の上端部は,波形状に形成される(【0031】)。なお,乾海苔が高温の成形面に直接接触すると焦げが生じることから,積層体の最下部には厚紙を配置している。この厚紙は,熱プレス直後の乾海苔の波形状が伸びて展開しやすい(側面が倒れやすい)ため,これを防止する保形機能も有している(【0034】)。
(カ) その後,雄型とともに押え型を上げ,さらに,別の積層体に対して同様の工程を繰り返すことによって,順次,可食容器セットが下方に押し出されることになる(【0035】)。
(キ) 本発明は,平面視が円形をなし,側壁の上端部が波形状をなす可食容器セットに限定されるものではなく,平面視が長方形や正方形などの角型やハート型など任意のものとできる(【0037】)。
イ 本件補正発明について
以上によれば,本件補正発明は,折り曲げた場合に切れ又はカスが発生するために乾海苔を可食容器とすることができず,また,引用例1に記載の先行技術では,海苔が湿り気を有し,相互に付着してしまうために1枚ずつしか製造することができないばかりか,成形された可食容器を積み重ねて収納すると,相互接触により切れ又はカスが発生し,あるいは切れ又は湿気による可食容器相互の絡み合いにより剥離性が悪くなり,2枚取りが生じるといった課題を解決するために,乾海苔の最上部,最下部及び乾海苔の間に合紙を配置し,更に最下部に厚紙を配置して形成した積層体を熱プレス機で容器形状に成形し,次いで別の積層体に対して同様の工程を繰り返すことによって,順次,成形された可食容器セットを下方に押し出すという製造方法を採用したものであって,これにより,生産性,品質性及び取扱性に優れた可食容器セットを得るという作用効果を有するものであるといえる。
ウ 本件明細書は,前記ア(イ)に記載のとおり,引用例1(特開昭61-274667号公報)を先行技術としているところ,引用例1には,おおむね次の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲(1)「乾海苔に,加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与した後,該乾海苔を一対のリテーナーに挟持して所定の食器形状に成形し,この成形物をその成形状態を維持したまま加熱して固形化することを特徴とする海苔を素材とした可食容器の製法。」
(イ) 本発明は,海苔を素材とした可食容器の製法に関するものである。
(ウ) 従来から種々の可食容器があるが,海苔は,簡単に容器の形状になし得るものではなく,可食容器の素材としては利用し難い。本発明の目的は,特有の食感,風味等を有する海苔を素材として可食容器を製造する方法を提供し,海苔の利用方法を拡大することにある。本発明は,前記特許請求の範囲(1)に記載の方法によって,前記の目的を達成したものである。
(エ) 本発明においては,乾海苔として,常法により調整された大きな乾海苔を所定形状に打ち抜いて用いる。
(オ) 凸形リテーナー上に乾海苔を載置した後,凹形リテーナーを下降させずにプランジャーのみを下降させてプランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持し,この状態において,加熱した水蒸気を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に流通させて乾海苔の周辺部のみに接触させて,柔軟性を付与する。
(カ) 次いで,凹形リテーナーを下降させ,プランジャーからはみ出た柔軟性の付与された乾海苔の周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形する。
(キ) しかる後,前記成形により得られた成形物を,その成形状態を維持したまま,すなわち凸形リテーナー及びプランジャーを下降状態に維持したまま加熱すると,当該成形物が乾燥固形化されて各種形状の可食容器が得られる。加熱(火入れ)は,例えば,凸形リテーナーをその内部から適宜の手段で加熱することにより行うことができる。
(ク) 前記加熱の終了後,凹形リテーナー及びプランジャーを上昇させ,可食容器をリテーナー間に位置させた状態において,例えば乾燥空気を可食容器に接触させて冷却かつ更に乾燥し,しかる後,プランジャーを下降させて乾燥固形化された可食容器を取り出すのが好ましい。
(ケ) こうして得られた可食容器は,リテーナーの凹凸形状に応じて任意の形状を呈するが,可食容器がその底部から口部に向けて広がるようにテーパを付した形態に成形してあれば,第12図に示すように積み重ねることが可能である。
(コ) 本発明の海苔を素材とした可食容器の製法は,湿気により柔軟性が生じるという乾海苔の特性を巧みに利用して,乾海苔特有の色沢,香味及び呈味を損なうことなく,カップ状等の任意形状の可食容器を得ることができるという効果を奏するものである。また,本発明により得られた可食容器は,その使用に際して食品を盛り付けることにより食事の雰囲気をより楽しませ,盛り付けた食品の食感,呈味及び香気と,乾海苔の食感,呈味及び香気とを相乗作用させて嗜好性を高めることができるため,可食容器としての価値が極めて高いものである。
エ 引用例1の特許出願に係る発明について
以上によれば,引用例1の特許出願に係る発明は,乾海苔を可食容器の形状にすることが困難であるという課題を解決するため,乾海苔の一部に加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与した後に,リテーナーの間に挟持して所定の可食容器形状に成形し,その状態を維持したままこれを加熱し乾燥固形化して可食容器を製造するという方法を採用し,これにより乾海苔の風味等を損なうことなく,任意形状の乾海苔からなる可食容器を得るという作用効果を有するものである。
オ 本件補正発明の認定について
(ア) 本件補正発明について,本件審決は,乾海苔に加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与することを排除するものではないとするのに対し,原告は,乾海苔に水蒸気を接触させない,いわゆる「乾式」で成形するものであると主張する。
(イ) そこで検討すると,前記ウ及びエに記載のとおり,引用例1の特許出願に係る発明は,乾海苔を可食容器の形状にすることが困難であるという課題を解決するものであるが,当該課題は,常法により調整された乾海苔をそのまま容器の形状に成形するために折り曲げると,折り曲げた箇所で切れが生じるために,可食容器の形状にすることが困難であるということと理解することができる。そして,引用例1の特許出願に係る発明は,上記課題を解決するため,乾海苔の一部に加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与した後に成形するという方法を採用したものであるが,このうち加熱した水蒸気を接触させることで乾海苔に柔軟性を付与することは,折り曲げた箇所での切れの発生を防止し,乾海苔の成形を容易にする上で有効な手段であるといえる。
他方,本件補正発明は,上記課題に加えて,引用例1の特許出願に係る発明が新たに生じさせた,海苔が湿り気を有し,相互に付着してしまうために1枚ずつしか製造することができないという課題を解決するため,乾海苔の最上部,最下部及び乾海苔の間に合紙を配置し,更に最下部に厚紙を配置して形成した積層体を熱プレス機で容器形状に成形するという方法を採用したものである。
そして,本件補正発明の方法によれば,引用例1の特許出願に係る発明の課題及び当該発明により新たに生じた課題の双方をいずれも解決できるのであるから,本件補正発明の実施に当たって,引用例1の特許出願に係る発明が採用した,加熱した水蒸気を接触させることで乾海苔に柔軟性を付与するという乾海苔の成形を容易にする上で有効な手段を採用することを排除する理由に乏しい。むしろ,上記手段が有効であることに鑑みると,本件明細書に接した当業者は,例えば本件明細書(前記ア(キ)。【0037】)にも記載がある平面視が長方形や正方形などの角型やハート型など任意の実施形態の可食容器セットの成形を容易にする上で,本件補正発明の方法に加えて,加熱した水蒸気を接触させることで乾海苔に柔軟性を付与するという手段を併用して実施することを容易に想起すると認められるところ,本件補正発明の特許請求の範囲の記載には,そこに記載の各工程を実施するに当たって乾海苔に加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与する手段を排除していると認めるに足りる記載はなく,本件明細書にも同趣旨の記載がない以上,上記併用による実施は,本件補正発明の特許請求の範囲の記載に包含されるものである。
(ウ) この点について,原告は,本件補正発明の特許請求の範囲の記載には,乾海苔に加熱した水蒸気を接触させて柔軟性を付与する工程が記載されておらず,そこに記載の各工程は,個々に独立し,互いに有機的に連続していることから,当該工程を挿入する余地がないと主張する。
しかしながら,前記(イ)に説示のとおり,本件補正発明の特許請求の範囲には,加熱した水蒸気を乾海苔に接触させることで柔軟性を付与する手段を排除していると認めるに足りる記載はなく,また,本件補正発明の各工程が個々に独立していることと上記手段を併用することとは無関係であるばかりか,本件明細書の記載によっても,本件補正発明の各工程が有機的に連続していることから,上記併用ができないと解するべき根拠は見当たらない。
また,原告は,本件補正発明が引用例1の特許出願に係る発明によって生じた課題を解決するものであって,本件明細書には,「水蒸気」等の用語が明示されていないから,乾いた状態の乾海苔,合紙及び厚紙からなる積層体を成形するものと解釈するのが自然であると主張する。
しかしながら,前記(イ)に説示のとおり,本件補正発明が上記課題を解決できる以上,本件明細書に「水蒸気」等の用語が明示されていないからといって,引用例1の特許出願に係る発明が乾海苔に柔軟性を付与するために採用した有効な手段を本件補正発明に併用することを排除する理由に乏しいことに変わりはない。
よって,原告の上記主張は,いずれも採用できない。
カ 小括
以上によれば,本件補正発明について,加熱した水蒸気を乾海苔に接触させることで柔軟性を付与することを排除するものではないとした本件審決の認定に,誤りはないというべきである。
(2) 引用発明の認定の誤りについて
ア 引用例1に記載の各工程について
引用例1には,おおむね前記(1)ウのとおりの記載があるところ,当該記載によれば,そこに記載の発明は,次の工程を含むものである。
工程①:常法により調整された大きな乾海苔を,所定形状に打ち抜く工程(前記(1)ウ(エ))
工程②:乾海苔を凸形リテーナー上に載置する工程(前記(1)ウ(オ))
工程③:プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持する工程(前記(1)ウ(オ))
工程④:工程③の位置関係を維持したまま,加熱した水蒸気を乾海苔に接触させて柔軟性を付与する工程(前記(1)ウ(オ))
工程⑤:プランジャーからはみでた乾海苔の周辺部(すなわち,柔軟性を付与された部分)を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形する工程(前記(1)ウ(カ))
工程⑥:工程⑤の位置関係を維持したまま,凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,乾海苔を加熱して乾燥固形化し,可食容器形状とする工程(前記(1)ウ(キ))
工程⑦:凹形リテーナー及びプランジャーを上昇させた後,プランジャーを下降させて,可食容器を取り出す工程(前記(1)ウ(ク))
工程⑧:得られた可食容器を積み重ねる工程(前記(1)ウ(ケ))
イ 引用発明の認定について
(ア) 本件審決が認定した引用発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるところ,当該引用発明には,引用例1に記載の前記各工程のうち,工程①に引き続いて工程④が記載され,次に「プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持しつつ」とした上で,工程⑤以下が順次記載されており,工程②及び③が明示されていない。
もっとも,工程②は,乾海苔を成形装置で加工する際に必ず行われる自明のことであるばかりか,この点は,本件補正発明との間の相違点となるものではない。
また,工程③は,工程④と相俟って,加熱した水蒸気を乾海苔に接触させる具体的態様を明らかにするものである。しかるところ,引用例1に記載の発明の技術的思想は,加熱した水蒸気を乾海苔に接触させることで柔軟性を付与した後に可食容器を熱プレスにより成形するというものであって,引用例1に記載の発明と本件補正発明との対比に当たって,当該接触が可食容器の成形前にされることを特定すれば足り,その具体的態様を特定する必要はない。そして,本件審決は,「プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持しつつ」とした上で,工程⑤以下を順次認定することで,乾海苔の成形に当たってその中央部がプランジャーと凸形リテーナーとの間に挟持されており,可食容器の成形前に乾海苔に柔軟性が付与されていることを明らかにしている。
したがって,本件審決が工程②及び③を明示せずに引用発明を認定したことに,誤りはなく,また,本件審決による引用発明の認定は,引用例1に記載の発明のその余の工程を踏まえたものであるから,誤りはないというべきである。
(イ) この点について,原告は,引用例1に記載の発明の工程⑤で可食容器形状が成形されており,工程⑥が当該成形物を乾燥固定化するものであって,熱プレスにより乾海苔を成形するものではないと主張する。
しかしながら,引用例1に記載の発明においては,乾海苔は,工程④で柔軟性を付与されているため,工程⑤で凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持されただけでは可食容器の成形が完了しているとはいえず,当該乾海苔をリテーナーの間に挟持した上で凸形リテーナーをその内部から加熱し,乾海苔を加熱して乾燥固形化することで初めて可食容器形状とする成形が完了するものというべきであって,工程⑥は,これらのリテーナー及びプランジャーからなる熱プレス成形機を用いて,熱プレスにより柔軟性を付与された乾海苔を成形する工程であるというべきである。したがって,工程⑤及び⑥について,「プランジャーからはみでた乾海苔の周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形し,成形状態を維持したまま,凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,乾海苔を加熱して可食容器形状と」するものとした本件審決の認定に誤りはない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(ウ) 原告は,引用例1には1つずつの可食容器の製造方法が記載されているのであり,積層された可食容器の製造方法についての記載はないと主張する。
しかしながら,引用例1には,前記(1)ウ(ケ)に記載のとおり,引用例1の特許出願に係る発明により成形された可食容器を積み重ねて積層すること及びその図が記載されている。したがって,本件補正発明との対比に当たり,本件審決が,引用例1には,「得られた可食容器を積み重ねる」ことで「積層された可食容器の製法」という発明が記載されていると認定することに何ら妨げはなく,それが引用例1の特許出願に係る発明には含まれないとしても,そのことにより本件審決による当該認定が誤りとなるものではない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
ウ 小括
以上によれば,本件補正発明と対比するものとして,そこに記載の発明を,前記第2の3(2)アに記載の引用発明として認定した本件審決に誤りはない。
(3) 本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤りについて
ア 「打ち抜く工程」について
(ア) 本件補正発明は,「シート状の乾海苔と合紙と厚紙とからなる積層体を所定の形状に打ち抜く工程」を備えており,当該「積層体」は,「シート状の乾海苔を含むシート体」ということができる。他方,引用発明は,「常法により調製された大きな乾海苔を,所定形状に打ち抜」く工程を備えており,当該「大きな乾海苔」は,それ自体,シート状であって,乾海苔を含むことに疑いはないから,これを「シート状の乾海苔を含むシート体」として把握することに誤りはない。
したがって,上記「積層体」と「大きな乾海苔」とは,「シート状の乾海苔を含むシート体」である点で一致するものであるから,本件補正発明と引用発明とでは,「シート状の乾海苔を含むシート体を所定の形状に打ち抜く工程」を備えている点で一致するものであるといえる。
(イ) この点について,原告は,引用発明の「大きな乾海苔」が合紙及び厚紙を含まないから,これと本件補正発明の「積層体」とが「シート状の乾海苔を含むシート体」である点で一致するとした本件審決には誤りがあると主張する。
しかしながら,前記(ア)に説示のとおり,「大きな乾海苔」を「シート状の乾海苔を含むシート体」として把握することに誤りはないばかりか,本件審決は,原告が指摘する点について,相違点1の中で「本件補正発明では,「シート状の乾海苔と合紙と厚紙とからなる積層体」,「打ち抜かれた積層体」であるのに対し,引用発明では,「常法により調製された大きな乾海苔」,「乾海苔を,所定形状に打ち抜き」形成されたものである点」として認定している。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
イ 「成形工程」について
本件補正発明は,「熱プレス成形機を用いて,…熱プレスを行い,前記シート状の乾海苔と合紙と厚紙とを成形する成形工程」を備えている。他方,引用発明は,「プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持しつつプランジャーからはみでた乾海苔の周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形し,成形状態を維持したまま,凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,乾海苔を加熱して可食容器形状」とするものであるが,前記(2)イ(イ)に説示のとおり,引用例1に記載の発明においては,乾海苔は,工程④で柔軟性を付与されているため,工程⑤で凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持されただけでは可食容器の成形が完了しているとはいえず,凸形リテーナーをその内部から加熱し,乾海苔を加熱して乾燥固定化することで初めて可食容器形状とする成形が完了するものというべきであって,工程⑥は,これらのリテーナー及びプランジャーからなる熱プレス成形機を用いて,熱プレスにより柔軟性を付与された乾海苔を成形するものであるというべきである。
したがって,本件補正発明と引用発明とは,いずれも,「熱プレス成形機を用いて,熱プレスを行い,打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を成形する成形工程」を備える点で一致するものというべきである。
ウ 「取出し工程」について
(ア) 本件補正発明は,「熱プレス成形機から,成形されたシート状の乾海苔と合紙と厚紙とを押出し,可食容器セットを形成する,押出し工程」を備えている。他方,引用発明は,「凹形リテーナー及びプランジャーを上昇させた後,プランジャーを下降させて,可食容器を取り出」す工程を備えており,本件補正発明と引用発明とは,「熱プレス成形機から,成形された打ち抜かれた乾海苔を含むシート体を取り出し,可食容器を形成する取出し工程」を備える点で一致するものというべきである。
(イ) この点について,原告は,本件補正発明では熱プレス成形機から押し出されるのであって,引用発明とは一致しないと主張する。
しかしながら,本件審決は,原告が指摘する点を相違点2として認定しているから,原告の上記主張は,理由がないものとして採用できない。
エ 「可食容器が,複数積層された可食容器セット」について
本件補正発明は,「シート状の乾海苔を熱プレスすることにより成形された可食容器が,複数積層された可食容器セットの製造方法」である一方,引用発明は,「(工程①ないし⑦により)得られた可食容器を積み重ねる,積層された可食容器の製造方法」であるから,両者は,「シート状の乾海苔を熱プレスすることにより成形された可食容器が,複数積層された可食容器セットの製造方法」である点で一致するものといえる。
オ 本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定について
本件審決が認定した本件補正発明と引用発明の一致点は,前記第2の3(2)イに記載のとおりであるが,以上のとおり,これらの発明は,当該一致点に記載のとおりの点で一致するものと認められるから,本件審決による当該一致点の認定に誤りはなく,これに伴い,本件審決による相違点1及び2の認定にも誤りは認められない。
(4) 相違点1に係る判断の誤りについて
ア 引用例2,甲4及び5の記載について
(ア) 引用例2は,「積層アルミ箔及びその製造方法」という名称の発明に関する公開特許公報(特開平10-101083号公報)である。
引用例2には,各種の食品を収容するためのアルミ箔製容器を成形するための積層アルミ箔の製造方法(【0001】)であって,平板アルミ箔を単に積層しただけではプレス成形時に平板アルミ箔層がずれてアルミ箔が破損するおそれがあることから,これを防止するため(【0012】【0013】),アルミ箔の間に合紙を重ね合わせたものを複合アルミ箔として積層し,1単位ごとに仕切紙を介在させ(【0024】【図4】),仕切紙を最上面として,アルミ箔製容器の形状に合わせて所定の形状に打ち抜き(【請求項3】【0026】【0027】【図5】),当該仕切紙及びこれと隣接する合紙にクッションの役目を果たさせてアルミ箔を保護させるため,当該仕切紙を最下部として,これを中空の円筒形状で波形状の溝が設けられた第1の型部材(雌型)の成形面に載置し(【0007】【0008】【0033】~【0035】【図8】【図12】),その上部から,第1の型部材の中空部分に挿入される杵状押棒(雌型に対応する雄型)及び杵状押棒がその中央部を貫通する円錐体(押え型)を下降させ,積層アルミ箔をプレスして容器の襞を形成し,その後,杵状押棒のみをさらに下降させることによって,アルミ箔製容器が複数枚重なった状態の積層アルミ箔容器を成形する(【請求項4】【0009】【0010】【0034】)方法が記載されている。
(イ) 甲4は,「合成樹脂フイルム製容器の成形装置及びその成形方法」という名称の発明に係る公開特許公報(特開平9-314400号公報)であるが,そこには,合成樹脂フィルムを多数枚積層して合成樹脂フィルム製の食品収納用の小型容器を加圧・加温して成形するに当たり,多数枚積層した平判状の合成樹脂フィルムの最上面及び/又は最下面に紙質材を添合し,更に合成樹脂フィルムの間に紙質材を挿入することで成形面を保護し,製品の保形性を維持する方法が記載されている。
また,甲5は,「抗菌性フィルムケースおよびその製造方法」という名称の発明に係る公開特許公報(特開2003-312626号公報)であるが,そこには,プラスチックフィルムが複数枚積層された積層体を,雄型及び雌型の間に挟んで加圧加熱成形する食品又は医薬品を包装する抗菌性フィルムケースの製造方法であって,成形時の保形性を向上させるため,当該積層体の下に更に紙製シートを積層させる方法が記載されている。
(ウ) 以上のとおり,引用例2,甲4及び5の記載によれば,シート状の素材が積層された食品等を収容する小型容器セットを製造するに当たり,当該容器を保護し,あるいはその保形性を維持するために加圧又は加熱される面(最上面及び最下面を含む。)に紙質材を添付し,かつ,素材の間に紙質材を挿入した積層体を設けた上で加圧又は加熱することは,本件出願日当時の当該技術分野における当業者に周知であったものと認められる。
なお,シート状の素材を効率よく加工するために,これを複数枚重ねて加工を行うことは,上記周知技術の前提にもなっていることに照らすと,本件出願日当時における上記技術分野の当業者の技術常識であるといえる。
イ 本件補正発明の相違点1に係る構成の容易想到性について
(ア) 引用発明と本件補正発明とは,いずれも,シート状の乾海苔を熱プレスすることにより成形された可食容器が複数積層された可食容器セットの製造方法であって,シート状の素材が積層された食品等を収容する小型容器セットを製造するという同じ技術分野に属するものである。
(イ) 引用発明は,可食容器を1つずつ成形した後に,プランジャーを下降させて,可食容器を取り出し,得られた可食容器を積み重ねることで積層された可食容器セットを製造するというものである(前記(1)ウ(ケ))から,引用例1に接した当業者は,引用発明の効率が悪く,これを改良する余地があることを当然認識するものというべきである。他方,前記ア(ウ)に説示のとおり,シート状の素材を効率よく加工するために,これを複数枚重ねて加工を行うことは,本件出願日当時の当業者の技術常識であるといえるから,引用例1に接した当業者は,引用発明の効率を改善するため,シート状の素材である乾海苔を複数枚重ねて加工を行うことについて動機付けを有するといえる。
そして,引用発明は,シート状の素材が積層された食品等を収容する小型容器セットを製造する方法であるところ,容器の形状に成形するために折り曲げると切れが生じるという性質を有する乾海苔を素材とするものである。他方,前記ア(ウ)に
説示のとおり,シート状の素材が積層された食品等を収容する小型容器セットを製造するに当たり,当該容器を保護し,あるいはその保形性を維持するために加圧又は加熱される面(最上面及び最下面を含む。)に紙質材を添付し,かつ,素材の間に紙質材を挿入した積層体を設けた上で加圧又は加熱することは,本件出願日当時の当該技術分野における当業者に周知であったものと認められるから,引用例1に接した当業者は,上記動機付けに従って乾海苔を複数枚重ねて加工を行うに当たり,容器の素材である乾海苔を保護し,併せてその保形性を維持するため,引用発明に当該周知技術を組み合わせることについても動機付けを有したものといえる。
(ウ) したがって,引用例1に接した当業者は,引用発明に前記周知致技術を組み合わせることを容易に想到することができたものと認められる。
ウ 原告の主張について
(ア) 原告は,引用発明が海苔を素材とした可食容器の製造方法であるのに対して,引用例2,甲4及び5に記載の発明が,非可食性の材質からなるものであって技術分野が異なり,両者を組み合わせることが困難であるばかりか,引用発明と引用例2に記載の発明とでは素材の間に挟まれる合紙や仕切紙等の使用目的や作用効果が異なると主張する。
しかしながら,引用発明と引用例2,甲4及び5に記載の技術とでは,いずれもシート状の素材が積層された食品等を収容する小型容器セットを製造する方法である点で共通しており,その素材の形状,加工方法及び使用用途が一致するものであるから,技術分野が同一であるというべきであって,その素材が可食性のものであるか非可食性のものであるかによって技術分野が異なるとはいえないし,当該素材の相違によって,直ちに引用発明を他の発明と組み合わせることが阻害されるものでもない。
また,引用例2,甲4及び5に記載の周知技術は,いずれも,シート状の素材からなる容器を保護し,あるいはその保形性を維持することを目的としているところ,容器の素材が乾海苔であってもこれらの目的が妥当することに変わりはないから,引用発明とその他の発明とでは素材の間に挟まれる合紙や仕切紙等の使用目的や作用効果が異なるとはいえない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(イ) 原告は,乾海苔が他のシート状の素材とは異なり,切れたり粉状になったりしやすいという特性を有しているため,複数枚重ねて成形加工をすることが技術常識とはいえないと主張する。
しかしながら,前記ア(ウ)に説示のとおり,シート状の素材を効率よく加工するために,これを複数枚重ねて加工を行うことは,それ自体技術常識であり,原告主張に係る乾海苔の上記性質は,むしろ,前記イ(イ)に説示のとおり,シート状の素材を保護するために用いられる当該技術分野における周知技術の適用を動機付けるものと位置付けることができるというべきである。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(ウ) 原告は,いわゆる「湿式」であり可食容器を1枚ずつ製造する引用発明からいわゆる「乾式」であり複数枚の可食容器を製造できる本件補正発明の作用効果を予測することができず,また,引用例2,甲4及び5に記載の発明が本件補正発明とは素材及びその性質を異にしているから,これらの文献から本件補正発明の作用効果を予測できないと主張する。
しかしながら,前記(1)カに説示のとおり,本件補正発明は,加熱した水蒸気を接触させることで乾海苔に柔軟性を付与することを排除するものとは認められないし,仮に,原告が主張するように,本件補正発明が水蒸気を接触させて乾海苔に柔軟性を付与する方法を排除するものであったとしても,そのことは,乾海苔からなる積層された可食容器セットを製造するに当たり,その効率を改善するため,乾海苔を複数枚重ねて加工することとし,併せて容器となる素材である乾海苔を保護するため,引用例2,甲4及び5に記載の周知技術を組み合わせることを何ら阻害するものではない。
また,引用発明と引用例2,甲4及び5に記載の周知技術とで技術分野が同一であることは,前記(ア)に説示のとおりである。そして,本件補正発明は,引用発明よりも可食容器セット製造の効率を向上させるものであるが,シート状の素材を効率よく加工するために,これを複数枚重ねて加工を行うことは,それ自体技術常識であるから,本件補正発明の作用効果は,引用発明並びに引用例2,甲4及び5に記載の周知技術から当業者が予測可能なものであって,格別顕著なものではない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
エ 小括
以上のとおり,引用例1に接した当業者は,引用発明の効率が悪いことから,その効率を改善するため,シート状の素材である乾海苔を複数枚重ねて加工を行うことについて動機付けを有するところ,引用発明が折り曲げると切れが生じるという性質を有する乾海苔を素材とするものであることから,当該動機付けに従って当該加工を行うに当たり,容器となる素材である乾海苔を保護し,併せて容器の保形性を維持するため,シート状の素材が積層された食品等を収容する小型容器セットを製造する方法に関する技術分野において用いられる周知技術を組み合わせることについても動機付けを有するものといえる。
したがって,当業者は,引用発明及び周知技術に基づき,引用発明における工程①(打ち抜く工程)の前に,「シート状の乾海苔とシート状の乾海苔の間に合紙を挟んで,複数枚のシート状の乾海苔と複数枚の合紙とを積層し,更にその積層体の上下面に合紙を配置すると共にその最下部に厚紙を配置して積層する工程」を採用し,もって本件補正発明の相違点1に係る構成を採用することを容易に想到することができたものというべきである。
よって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(5) 相違点2に係る判断の誤りについて
ア 本件補正発明の相違点2に係る構成の容易想到性について
(ア) 前記(4)イ(ア)及び(イ)に説示のとおり,引用発明と本件補正発明とは,いずれも,シート状の乾海苔を熱プレスすることにより成形された可食容器が,複数積層された可食容器セットの製造方法であって,シート状の素材が積層された食品等を収容する小型容器セットを製造するという同じ技術分野に属するものであるほか,引用例1に接した当業者は,引用発明の効率を改善するため,シート状の素材である乾海苔を複数枚重ねて加工を行うことについて動機付けを有するといえる。
(イ) 引用例2は,引用発明と技術分野を同じくするところ,そこには,前記(4)ア(ア)に記載のとおり,シート状の素材を複数枚重ねて加工を行うための成形装置として,雌型(第1の型部材)と,雌型に対応した雄型(杵状押棒)と,雄型とともに雌型の上方に設けられる押え型(円錐体)とから構成されるものが記載されている。
また,前記(4)エに説示のとおり,当業者は,本件補正発明の相違点1に係る構成を容易に想到することができたものと認められる。
したがって,引用例1及び2に接した当業者は,引用発明の「凸形リテーナー」,「凹形リテーナー」及び「プランジャー」を有し,「凸形リテーナーをその内部から加熱する」装置に代えて,「雌型と,雌型に対応した雄型と,前記雄型と共に雌型の上方に設けられる押え型とから構成され,かつ前記雌型の成形面が加熱された熱プレス成形機」を採用し,併せて,引用発明の「プランジャーと凸形リテーナーとの間に乾海苔の中央部を挟持しつつプランジャーからはみでた乾海苔の周辺部を凸形リテーナーと凹形リテーナーとの間に挟持して乾海苔を所定の可食容器形状に成形し,成形状態を維持したまま,凸形リテーナーをその内部から加熱することにより,乾海苔を加熱して可食容器形状」とする工程に代えて,本件補正発明の「熱プレス成形機を用いて,前記打ち抜かれた積層体における前記厚紙を前記雌型の成形面に接触させ,前記打ち抜かれた積層体における上面の合紙を前記雄型に接触させ熱プレスを行い,前記シート状の乾海苔と合紙と厚紙とを成形する成形工程」を採用することを,容易に想到することができたものと認められる。
(ウ) 引用例2に記載の成形装置は,前記(4)ア(ア)に記載のとおり,積層アルミ箔を載置する第1の型部材(雌型)が中空の円筒形状であり,第1の型部材の中空部分に挿入される杵状押棒(雄型)及び杵状押棒がその中央部を貫通する円錐体(押え型)を下降させ,積層アルミ箔をプレスして容器の襞を形成し,その後,杵状押棒のみをさらに下降させることによって,アルミ箔製容器が複数枚重なった状態の積層アルミ箔容器を成形するものである。そして,第1の型部材が中空であり,杵状押棒が当該中空部分に挿入されるものとして円錐体の中央部を貫通している以上,このようにして成形された積層アルミ箔容器は,杵状押棒を引き続き下降させることによって,第1の型部材の下側から押し出すことで上記成形装置から得られるものと理解するのが自然である。
(したがって,引用例1及び2に接した当業者は,引用発明の「凹形リテーナー及びプランジャーを上昇させた後,プランジャーを下降させて,可食容器を取り出」す工程に代えて,本件補正発明の「熱プレス成形機から,成形されたシート状の乾海苔と合紙と厚紙とを押出し,可食容器セットを形成する,押出し工程」を採用することを,容易に想到することができたものと認められる。
イ 原告の主張について
(ア) 原告は,引用例2に記載の成形装置から積層アルミ箔容器が何らかの手段によって取り出されるものであって,押し出されるものではないと主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,それ自体引用例2の記載に基づくものではないばかりか,引用例2には,第1の型部材の下側から押し出す以外の方法で積層アルミ箔容器を取り出すための機械的要素が存在することをうかがわせるような記載も見当たらないから,前記ア(ウ)のとおり,積層アルミ箔容器は,第1の型部材の下側から押し出すことで成形装置から得られるものと理解するのが自然である。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(イ) 原告は,引用例3を参照することによって下方の雌型のみを加熱させて熱プレスを行うという本件補正発明の構成を想到することができないと主張する。
しかしながら,前記(2)イ(イ)に説示のとおり,引用発明には,リテーナー及びプランジャーからなる熱プレス成形機が開示されており,前記(1)ウ(キ)に記載のとおり,当該熱プレス成形機は,例えば,下方に位置する凸形リテーナーをその内部から適宜の手段で加熱することにより熱プレスを行うことができるものであるから,引用例3を参照するまでもなく,引用例1及び2に接した当業者は,下方の雌型のみを加熱させて熱プレスを行うという構成を容易に想到することができたものというべきである。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
ウ 小括
以上のとおり,引用例1に接した当業者は,引用発明の効率が悪いことから,その効率を改善するため,シート状の素材である乾海苔を複数枚重ねて加工を行うことについて動機付けを有するところ,引用発明とシート状の素材が積層された食品等を収容する小型容器セットを製造する方法という同一の技術分野に属する引用例2には,シート状の素材を複数枚重ねて加工を行うための成形装置が記載されており,かつ,本件補正発明の相違点1に係る構成が容易に想到することができるものであることから,引用発明に基づき,引用例2の記載を参酌することで,引用発明における熱プレス成形機に代えて引用例2に記載の成形装置の形状を備える熱プレス成形機を採用し,これにより可食容器を成形する工程を実施することとするほか,成形された可食容器セットを取り出す工程に代えて当該熱プレス機から押し出す工程を採用することで,本件補正発明の相違点2に係る構成を採用することを容易に想到することができたものというべきである。
よって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本願発明の容易想到性に係る判断の誤り)について
本件補正発明は,前記1(4)エ及び(5)ウに説示のとおり,引用発明,引用例2の記載及び周知技術に基づき,当業者が容易に想到することができたものであり,独立特許要件を満たさないものであるところ,本件補正発明は,前記第2の2(2)に記載の本願発明の構成を全て含み,更に他の構成を付加したものであるから,本願発明も,当業者が容易に想到することができたものというべきである。
よって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(審判における手続違背)について
(1) 原告は,本件拒絶査定では,引用例2に記載の「仕切紙」について議論していなかったにもかかわらず,本件審決では「仕切紙」と本件補正発明の「厚紙」との対比判断をしており,これは拒絶査定とは異なる拒絶の理由を発見した場合に相当するから,拒絶理由を通知すべきであったのに,それがされなかったとして,本件審決の審判手続には手続上の違法があると主張する。
(2) そこで検討すると,本件拒絶査定(甲11)では,引用例2に記載の「仕切紙」に関する言及はないところ,本件審決は,相違点1に係る判断に当たって,引用例2には,打ち抜きの際には最上面に仕切紙を配置させ,打ち抜きたがねによる打ち抜きをスムーズにすること及び成形時においても最下部に打ち抜き仕切紙を位置させて保護すること(【0026】【0027】【0033】【0035】)が記載されていると説示している。
しかしながら,本件審決の上記説示は,それに引き続く甲4及び5に関する説示等にかんがみれば,仕切紙に関する上記技術が本件出願日前の周知技術であることを認定する趣旨でされたものであるにすぎず,本件拒絶査定に記載されていない拒絶理由を新たに付加したものではないことが明らかである。
(3) したがって,原告の前記主張は,前提を誤るものであって採用できない。
4 結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)