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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10129号 判決 2012年10月17日

原告

カヤバ工業株式会社

訴訟代理人弁護士

松本司

井上裕史

被告

株式会社データ・テック

訴訟代理人弁護士

伊藤真

平井佑希

弁理士

鈴木正剛

栗下清治

藤掛宗則

主文

特許庁が無効2011-800136号事件について,平成24年2月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告が求めた判決

主文同旨

第2事案の概要

本件は,原告からの無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,手続違背の有無並びに請求項9及び15に係る発明の進歩性(容易想到性)の有無である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件特許

被告は,発明の名称を「移動体の操作傾向解析方法,運行管理システム及びその構成装置,記録媒体」とする発明に係る特許第3229297号の特許権者である(平成11年10月12日特許出願,優先日平成10年10月12日,登録日平成13年9月7日,登録時の請求項の数は20)。

(2)  本件無効審判請求までの経緯

平成14年5月20日,本件特許につき特許異議の申立てがされたので,同年10月25日,被告は請求項の数を16に減らす等の訂正請求をし,特許庁は平成15年1月21日に本件特許を維持する旨の決定をした。

原告は,平成23年1月28日,新規性欠如,進歩性欠如を理由に,上記訂正後の請求項9,15の発明に係る特許につき無効審判を請求したが(無効2011-800013号),同年7月11日,特許庁から請求不成立審決を受け,その後,知的財産高等裁判所に出訴したが(平成23年(行ケ)第10265号),平成24年4月9日,請求棄却判決を受け,同判決は確定した。

(3)  本件無効審判請求

原告は,平成23年8月4日,上記(2)の無効審判請求の無効理由における主引用例とは異なる主引用例に基づき,新規性,進歩性欠如を理由に,上記訂正後の請求項9,15の発明に係る特許につき本件無効審判を請求した(無効2011-800136号)。これに対し,被告は,同年9月16日,請求項9,11,15の特許請求の範囲の記載の一部及び明細書の発明の詳細な説明の一部を改める本件訂正請求をし,他方,原告は,平成23年12月26日,別の主引用例に基づく新規性欠如,進歩性欠如の無効理由を追加する本件手続補正をした。特許庁は,平成24年2月17日,本件手続補正を許可せずに審理を終結し,同月27日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし(以下,「審決」というときにはこの審決を指す。),その謄本は同年3月8日,原告に送達された。

(4)  侵害訴訟

被告は,原告に対し,本件特許権の侵害を理由とする差止請求,損害賠償請求等を求める訴訟を提起し,第一審の東京地裁(平成22年(ワ)第40331号)は,平成23年11月30日,請求項9,15の発明は,後記甲第3号証記載の発明に後記甲第1,2号証記載の周知技術を適用することで,本件優先日当時,当業者において容易に発明することができたもので,進歩性を欠き当該特許は特許無効審判により無効とすべきものであるなどと判示して,被告の請求を全部棄却した。現在,知財高裁にその控訴審が係属中である(平成23年(ネ)第10087号)。

2  訂正発明の要旨

本件発明は,運行データの管理システム等に関する発明で,本件訂正後の請求項9,15の特許請求の範囲は以下のとおりである(下線を付した部分が訂正部分である。)。

【請求項9(訂正発明1)】

「移動体の挙動を検出するセンサ部と,前記挙動を特定挙動と判定して当該特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集するための収集条件に従って前記センサ部で検出された当該移動体の挙動において前記特定挙動の発生の有無を判定し,前記移動体の操作傾向の解析が可能となるように,前記特定挙動の発生に応じて前記収集条件に適合する挙動に関わる情報を所定の記録媒体に記録する記録手段とを有し,前記記録媒体は,前記移動体の識別情報,前記移動体の操作者の識別情報,前記移動体の挙動環境の少なくとも1つに従って分類される分類毎に作成されたカード状記録媒体であり,このカード状記録媒体に少なくとも前記収集条件が設定されている,データレコーダ。」

【請求項15(訂正発明2)】

「移動体の挙動を特定挙動と判定して当該特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集するための収集条件を所定の記録媒体に設定する処理,前記設定された収集条件に適合する挙動に関わる情報が記録された前記記録媒体からその記録情報を読み出す処理,読み出した情報から当該移動体の操作傾向を解析する処理をコンピュータ装置に実行させるためのディジタル情報が記録された,コンピュータ読取可能な記録媒体。」

3  審判で主張された無効理由

(1)  審判請求書で主張された無効理由のうち無効理由1ないし3は,下記甲第1号証に記載の甲1発明との同一(無効理由1),下記甲第2号証に記載の甲2発明との同一(無効理由2),甲2発明に甲1発明を適用することによる進歩性欠如(無効理由3)であったが,審決はこれらを理由がないとし,原告も審決のこの判断を争わない。

【甲第1号証】実願平3-26831号(実開平4-123472号)のマイクロフィルム

【甲第2号証】特開平6-223249号公報

審判請求書で主張された無効理由4は次のとおりである。

(2)  無効理由4

請求項9,15の発明は,本件優先日当時,下記甲第3号証に記載の甲3発明に甲1発明を適用することで,当業者において容易に発明することができたから,進歩性を欠く。

【甲第3号証】特開昭62-144295号公報

4  本件手続補正によって追加された無効理由

(1)  無効理由5

訂正発明2は,本件優先日前に日本国内で頒布された刊行物である下記甲第4号証に記載された発明(甲4発明)と同一であるから,新規性を欠く。

【甲第4号証】特開平10-24784号公報

(2)  無効理由6

訂正発明1,2は,本件優先日前に日本国内で頒布された刊行物である下記甲第5号証に記載された発明(甲5発明)と同一であるから,新規性を欠く。

【甲第5号証】特開平10-177663号公報

(3)  無効理由7

訂正発明1,2は,本件優先日当時,甲4発明に甲1発明又は周知技術を適用することで,当業者において容易に発明することができたから,進歩性を欠く。

(4)  無効理由8

訂正発明1,2は,本件優先日当時,甲5発明に甲1発明又は周知技術を適用することで,当業者において容易に発明することができたから,進歩性を欠く。

5  審決の理由の要点

(1)  本件手続補正について

「(本件手続)補正後の請求の理由は,甲第4号証及び甲第5号証を新たに引用して,甲第4号証に基づく新規性欠如,甲第5号証に基づく新規性欠如,甲第4号証を主引用例とする進歩性欠如,甲第5号証を主引用例とする進歩性欠如などを主張するものであり,訂正請求によって追加的に必要となった事項を限度として,請求の理由を変更するものとは認められない。」

(2)  無効理由4について

審決は次のとおり甲3発明を認定し,訂正発明1,2との一致点,相違点を認定し,容易想到性を否定した。

【甲3発明】

「スピードの出し過ぎや急発進・急制動を判定して,車輌を利用するドライバーの運転状態を管理する車輌運転管理システムであって,車輌に搭載された運転データ記録装置2と,運転データ記憶部1aとドライバーの識別コードが書き込まれた識別データ記憶部1bとを有し,運転データ記録装置2によって運転データが書込まれるICカード1と,給油所等に設置される磁気テープ読取式データ処理装置4と,管理事務所に設置される管理データ処理装置3から構成され,運転データ記録装置2には車速を検出する検出部5が接続され,運転データ記録装置2の演算部20は,安全スピード判定手段13,スピード変化率算出手段11,粗雑運転判定手段12等を備え,車速データが基準スピードを超えるか否かを判定するとともに,車速データから算出された速度変化率と予め設定された基準変化率を比較して急速発進及び急制動を判定し,これらの運転データがICカード1に書き込まれて管理データ処理装置3側で読み出しを行うことができるようにし,管理データ処理装置3の演算部30は,安全スピード運転評価手段33,粗雑運転評価手段32等を備え,安全スピード判定手段13で判定された基準スピード以上のスピードを出した回数をカウントしてポイントを算出するとともに,粗雑運転判定手段12で判定された急速発進及び急制動の回数をカウントしてポイントを算出し,さらに,ドライバーがガソリンスタンドで給油するときは,給油所にある磁気テープ読取式データ処理装置4にICカード1から識別コードを読取らせ,給油量等のデータと一体化して記録させ,磁気テープ読取式データ処理装置4で処理したデータがドライバーの識別コードに基づいて管理データ処理装置3で統合的にデータ処理される車輌運転管理システム。」

【甲3発明と訂正発明1の一致点】

「移動体の挙動を検出するセンサ部と,前記センサ部で検出された当該移動体の挙動において特定挙動の発生の有無を判定し,前記移動体の操作傾向の解析が可能となるように,前記特定挙動の発生に応じて挙動に関わる情報を所定の記録媒体に記録する記録手段とを有し,前記記録媒体は,前記移動体の識別情報,前記移動体の操作者の識別情報,前記移動体の挙動環境の少なくとも1つに従って分類される分類毎に作成されたカード状記録媒体であるデータレコーダ。」

【甲3発明と訂正発明1の相違点】

「訂正発明1は,特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集するための収集条件に適合する挙動の情報をカード状記録媒体に記録するものであり,かつ,該収集条件が該カード状記録媒体に設定されているのに対して,甲3発明は,そのようなものでない点。」

【甲3発明と訂正発明1の相違点に係る構成の容易想到性判断(19,20頁)】

「上記相違点について検討すると,特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集してカード状記録媒体に記録すること及び該収集条件を該カード状記録媒体に設定することは,甲第1号証及び甲第2号証のいずれにも記載されていない。

したがって,訂正発明1は,甲第1号証ないし甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

・・・原告は,甲第4号証及び甲第6号証の1ないし甲第6号証の5を提出し,『発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分』収集することは周知技術であるとしているが,甲第4号証に記載されたものは,車両の整備(メンテナンス)を行うために必要な情報を得るものであるし,甲第6号証の1ないし甲第6号証の5に記載されたものは,事故ないし強い衝撃が外部から加わったときの事後解析のためにデータを記録するものであるから,いずれも,移動体の操作傾向の解析が可能となるように,特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を収集するものとはいえない。」

【甲3発明と訂正発明2の一致点】

「移動体の挙動を特定挙動と判定して当該挙動に関わる情報が記録された記録媒体からその記録情報を読み出す処理,読み出した情報から当該移動体の操作傾向を解析する処理をコンピュータ装置に実行させるためのディジタル情報が記録された,コンピュータ読取可能な記録媒体。」

【甲3発明と訂正発明2の相違点】

「訂正発明2は,特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集するための収集条件を記録媒体に設定する処理をコンピュータ装置に実行させるものであるのに対して,甲3発明は,そのようなものでない点。」

【甲3発明と訂正発明2の相違点に係る構成の容易想到性判断(20,21頁)】

「上記相違点について検討すると,特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集して記録媒体に記録すること及び該収集条件を該記録媒体に設定することは,甲第1号証及び甲第2号証のいずれにも記載されていない。

したがって,訂正発明2は,甲第1号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。」

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(手続違背)

原告が無効審判請求をした時点で主張していた無効理由に係る引用例には,被告が本件訂正で盛り込んだ構成要件が記載されていないところ,原告はかかる構成要件に対応する引用例,すなわち甲第4,第5号証を追加して提出したものである。そうすると,無効理由を補充する本件手続補正が,被告の本件訂正によって無効審判請求の理由を補正をする必要が生じた場合(特許法131条の2第2項1号)になされたものであることは明らかである。

原告は,被告の訂正請求を奇貨として,当初から不備があった審判請求書の内容を補正しようとしたものではないし,被告による本件訂正前に本件訂正に応じた無効理由を主張するのは困難で,「当該補正に係る請求の理由を審判請求時の請求書に記載しなかったことにつき合理的な理由」がある。

また,本件手続補正による無効理由の補充を許しても,さらに主張,立証がされるものではなく,審理を遅延させるおそれは存しない。なお,権利者の訂正請求に対しては,既に提出している主引用例に対して副引用例を追加するという対応だけでなく,状況に応じて主引用例を追加,変更する取扱いが許されてしかるべきである。かかる取扱いが許されなければ,将来の訂正請求に備えて不必要な引用例を多数提出しなければならず,かえって審理の遅延を来すからである。しかも,原告が新たな主引用例として提出した甲第5号証は,前記の別件の無効審判請求(無効2011-800013号)で引用された文献であって,被告がその内容をよく知っているものにすぎない。

加えて,被告は,特許庁の審判体が本件手続補正に係る無効理由について口頭審理で審理するのであれば,同意する旨を述べていた。

そうすると,審判長は,本件手続補正が特許法131条の2第2項各号の各要件を満たし,同条の趣旨を逸脱するような事情がない限り,これを許可すべきであったところ,本件手続補正が「当該補正に係る請求の理由を審判請求時の請求書に記載しなかったことにつき合理的な理由があり,被請求人が当該補正に同意した」にもかかわらず,本件手続補正を不許可としたのであって,原告の無効審判を受ける権利を著しく損なうもので,審決には手続違背の瑕疵がある。

なお,審判長は本件訂正につき原告の意見を一切徴求することなく,進歩性欠如の無効理由に理由がない旨の暫定的な意見を表明した事務連絡をしたのであって,その判断に偏頗な点がある。

2  取消事由2(周知技術の認定判断の誤り及び訂正発明1,2と甲3発明の相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り)

(1)  甲第4号証(特開平10-24784号公報)に記載されている技術的事項(周知技術)の技術的課題は,車両のコンディションの異常を把握,分析するだけでなく,運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)の傾向を把握し,安全運転が実行できるようにした車両,車両カルテシステムを提供する点にある。

甲第4号証において,ブレーキの踏み込み量及びその頻度から運転者の急ブレーキをかける癖(傾向)を認識したり(段落【0032】),最大横加速度の量及びその頻度から運転者の急ハンドルの傾向を認識したりすること(段落【0040】)は,運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向を把握することと同じであり,段落【0004】にいう「運転に係る要因による異常または異常に近い状況」は装置の異常のみを意味せず,運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向をも含むものである。

しかも,訂正発明1,2では,運転傾向の解析をモニタ等の表示に基づいて人間が行うのに対し,甲第4号証においては,閾値を超えた挙動が検出されても,横加速度,場所情報,ハンドル操作情報等から,原因がブレーキの異常等にあるか否かが判定され,運転者に交通事故に繋がり得る操作傾向がないと解析される場合があるのであって,甲第4号証の方が訂正発明1,2よりも進化している。

そうすると,甲第4号証記載の周知技術が「車両の整備(メンテナンス)を行うために必要な情報を得るものであるし,・・・移動体の操作傾向の解析が可能となるように,特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を収集するものとはいえない。」との審決の認定判断は誤りである。

(2)  甲第6号証の1ないし5(特開平5-150314号公報,特開平5-258144号公報,特開平6-4733号公報,特開平6-300773号公報,特開平10-63905号公報)の装置が収集するデータは交通事故等に係るデータであるが,後記(3)のとおり,かかるデータと訂正発明1,2にいう「特定挙動に関わる情報」とは実質的に同じで区別することができない。また,後記(3)のとおり,車両の挙動等に係るデータを収集,記録するデータ収集装置の技術分野において,特定挙動又は交通事故の「発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分」収集することは当業者に一般的な技術的事項(周知技術)である。

そうすると,甲第6号証の1ないし5記載の周知技術が「事故ないし強い衝撃が外部から加わったときの事後解析のためにデータを記録するものであるから,・・・移動体の操作傾向の解析が可能となるように,特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を収集するものとはいえない。」との審決の認定判断は誤りである。

(3)  訂正発明1,2の「特定挙動」も,甲第5号証(特開平10-177663号公報)の「事故信号」も,一定の閾値を設定し,加速度等のデータが所定の閾値を超えた場合にこれらの発生を検出する構成を有しているのであって,検出手法が同一である。また,いずれにあっても検出対象は同一(車両の挙動)である。そうすると,訂正発明1,2の「特定挙動」ないし「操作傾向」と甲第5号証の「事故」ないし「事故を発生させる挙動」とを区別することはできない。

交通事故時の挙動の事後的解析においても,交通事故に繋がり得る操作傾向の解析においても,「発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分」収集する点には変わりはなく,訂正発明1,2の「特定挙動に関わる情報」と甲第5号証の「事故発生の挙動に関わる情報(運行状態データ)」とを区別することはできない。

そうすると,甲第5号証記載の周知技術のとおり,車両の挙動等に係るデータを収集,記録するデータ収集装置に関する技術分野では,「発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分」収集する構成が当業者に一般的なものであること(周知技術)は明らかである。

(4)  甲3発明と甲1発明とは,技術的課題及び速度等の閾値を設定して検出を行う点が訂正発明1,2と共通である。訂正発明1,2にいう「特定挙動」に相当する車両の挙動や,かかる車両の挙動を検出するための閾値をカード状記録媒体に記録する技術が開示されている甲1発明を甲3発明する上で障害は一切ない。

甲第2号証の段落【0047】にも照らせば,閾値等のパラメーターをカード状記録媒体に記録するという技術的事項が,データ収集装置の技術分野において適宜採用可能な技術的事項であることが明らかである。

したがって,甲3発明に甲1発明と甲第4,第5,第6の1ないし5号証に記載された周知技術を適用すれば,本件優先日当時,当業者において訂正発明1,2と甲3発明の相違点に係る構成に容易に想到できたというべきであり,これと異なる審決の判断は誤りである。

第4取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1に対し

本件訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするもので,訂正の前後で発明の同一性に変動はない。本件訂正前の無効審判請求時に不必要な引用例は,本件訂正後にも必要がないはずである。現に原告が追加提出した甲第5号証は,別件の無効審判請求事件で引用された文献であり,甲第4号証も,本件訂正に係る「発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集する」等の技術的事項とは無関係の「操作傾向の解析」の主張のために引用された文献にすぎない。

本件手続補正は,被告がした本件訂正を奇貨として,審理を遅延させるためにされたものにすぎず,許されるべきではない。

しかも,本件訂正に係る技術的事項とは無関係の主引用例の追加を許せば,審理に長時間を要し,これを遅延させることは明らかである。かかる事態は,事件の迅速な解決と紛争の一回的解決の要請の調和という特許法131条の2の立法趣旨に反する。

なお,訂正請求を認める場合に無効審判請求人の意見を求めることは法律上要求されていない。また,審決は周知技術として甲第4号証の技術的意義を実質的に斟酌しているし,甲第5号証は決着済みの別件無効審判請求で主引用例とされた文献であって,改めて主引用例として取り上げる必要がない。

2  取消事由2に対し

(1)  収集される情報(データ)の内容や,収集の目的等を捨象して,甲第4号証の装置が(交通事故の)発生前後の車両の挙動に関わる情報を所定時間収集するものであるか否かを論じてみても,無意味である。

甲第4号証の段落【0004】で「異常または異常に近い状況」をコンピュータによって把握して安全運転が実行できるようにするとされているのは,ドライバーから伝えられる不確実な情報は当てにならず,車両に異常が生じた場合でも,ドライバーが異常に気が付かない限り,車両はそのまま走行して安全性の点で課題があるからである(段落【0003】参照)。したがって,車両のメインテナンスの要否ないしその緊急性を客観的に判断できるようにするために,甲第4号証ではかかる状況把握が可能とされているのであって,「運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)の傾向」の把握が技術的課題とされているわけではない。

段落【0032】で「異常または異常に近い状況」に相当するのはブレーキ自体の効きが甘いという情報,すなわち車両のメインテナンスが必要となる装置の異常だけであって,車両の装置の異常は訂正発明1,2にいう「特定挙動」に当たらない。同段落には「運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)の傾向」を「異常または異常に近い状況」と判定する構成は記載されていないし,甲第4号証の他の記載部分にもかかる構成は記載されていない。したがって,甲第4号証には,「運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)の傾向」をコンピューターによって把握できるようにするデータを収集する条件やこの条件を設定する構成が記載されていない。

また,甲第4号証の装置は交通事故発生前後の状況を記録するものではなく,「特定挙動」又は交通事故の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集しているものではない。

仮に甲第4号証に記載された技術的事項が訂正発明1,2よりも進化しているのであれば,当業者が甲第4号証に基づいて進化していない訂正発明1,2に想到する動機付けはない。

したがって,審決がした甲第4号証記載の周知技術の認定判断に誤りはない。

(2)  甲第6号証の1ないし5の装置で収集されるデータは交通事故等に関するデータである一方,訂正発明1,2で収集されるデータは運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向を把握するために利用される情報(データ)であって,必ずしも交通事故の発生を前提としない。そうすると,甲第6号証の1ないし5と訂正発明1,2との間では,収集されるデータの利用目的が異なり,収集されるデータは実質的に同一でない。また,特定挙動又は交通事故の「発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分」収集することは当業者に一般的な技術的事項ではない。

(3)  甲第5号証の装置のドライブレコーダ機能は,訂正発明1,2の「特定挙動」とは異なって,交通事故の発生を前提としており,しかも事故信号が入力された時点前後の運行データをRAM7の記憶容量分だけ記憶する。したがって,甲第5号証の装置は,交通事故の発生前後の車両の挙動に関わる情報を所定時間分収集するものではない。

(4)  訂正発明1,2において,「閾値」ではなく「収集条件」と特定されているのは,停止すべき位置で完全に停止しなかったこと等の,時系列的にデータ(情報)を取得することでしか判明しない車両の運転操作の把握を可能とする点にあり,この点に訂正発明1,2で「特定挙動」の発生前後の挙動に関わる情報を収集する独自の技術的意義がある。

(5)ア  副引用例や周知技術の適用に障害がなかったり,技術面において相違がない構成が公知のものであったりしたとしても,動機付けが存在しなければ,当該周知技術等の構成を当業者が主引用例に適用して相違点に係る構成に想到することはできない。したがって,原告がいかに甲3発明と訂正発明1,2の技術的課題の共通性等を主張したとしても,甲第3号証には甲1発明等を適用して訂正発明1,2に至る動機付けがないから,当業者において訂正発明1,2との相違点に係る構成に容易に想到することはできない。

すなわち,甲3発明は,スピードの出し過ぎ等の管理を運転者の自覚に任せるのではなく,運転操作の内容を客観的に把握するのに有効な,スピードの出し過ぎ,急発進・急制動の有無,回数を,所定の基準値によって自動判定する装置の提供を技術的課題としており,運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向一般の把握を技術的課題としていない。また,甲第3号証には,所定の基準値を超えた車両の挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集する構成が記載も示唆もされていない。したがって,甲第3号証には,所定の基準値を超えた車両の挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集するための収集条件をICカードに設定(記録)する構成や,収集条件をICカードに設定する処理をコンピュータ装置に実行させる構成や,収集条件に適合する車両の挙動に係る情報をICカードに記録する構成は記載も示唆もされていない。そうすると,甲第3号証に接した当業者が仮に所定の基準値を超えた車両の挙動を訂正発明1,2にいう「特定挙動」に想到すると解することができたとしても,本件優先日当時,「特定挙動」の発生前後の車両の挙動に関わる情報を所定時間分収集し,かかる情報を所定時間分収集するための収集条件をICカードに設定し,収集条件に適合する車両の挙動の情報をICカードに記録することで,運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向を把握する訂正発明1,2に想到する動機付けがない。

イ  甲第1号証には,加速,減速の程度を分類するランクを設け,車両の加速度,減速度を各ランクに分類し,各ランクに当たる回数を数える(カウントする)とともに,最大の加減速ランク又はこれに近いランクの加減速を検出する手段を設ける等して,車両の加減速の履歴情報(運行情報データ)を収集,記録し,車両の運転状況を把握できるようにすることが記載されているが,甲第1号証に記載された甲1発明は,道路の状況に左右されないで運転者の運転状況を把握するのに有効な,車両の運行データを収集するに止まり,訂正発明1,2と異なって,運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向一般の把握を技術的課題としていない。甲1発明において最大の加減速ランク又はそれに近いランクの加減速を検出するのは,加速及び減速の程度を分類するための1サイクルの終わり(終期)を判定するためであって,加減速の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集するためではない。

また,甲第2号証には,交通事故等の異常事態の発生を検出するべく,エンジン温度等につき閾値を設定し,この閾値を超えたときに車両の挙動に関するデータを記録する構成が記載されているが,収集,記録したデータを運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向を把握するために利用することは記載も示唆もされていない。RAMカード20に記録される「警告しきい値」も,運転時に警告を発するためのものにすぎず,この「警告しきい値」を超えた場合にその前後の所定時間分の車両のデータをRAMカード20に記録すること,あるいは「警告しきい値」を含む所定の閾値を超えた場合にその前後の所定時間分の車両のデータをRAMカード20に記録することは記載も示唆もされていない。

そうすると,甲3発明に甲1,2発明を適用しても,あるいはさらに甲第4,第5,第6号証の1ないし5記載の周知技術を適用しても,訂正発明1,2にいう「特定挙動」の発生前後の車両の挙動に関わる情報を所定時間分収集するための収集条件をICメモリカード(RAMカード)に設定し,この収集条件に適合する車両の挙動の情報をICメモリカードに記録することにより,運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向を把握できるようにする構成を想起する動機付けがないから,当業者において上記構成に想到することは困難であるというべきである。

ウ  ところが,原告は,甲第4,第5,第6号証の1ないし5に記載された各技術的事項と訂正発明1,2との関係について主張するのみで,審決がした訂正発明1,2と甲3発明の相違点に係る構成の容易想到性についての審決の判断を違法と断ずべき具体的理由,すなわち各文献に記載された技術的事項,周知技術をどのような目的,動機で,どのように組み合わせるかについて,明確な主張をしていない。加えて,原告は,甲2発明に係る事故等に係るデータと訂正発明1,2にいう特定挙動に関わる情報とが実質的に同一であるとする具体的な理由や,閾値をいずれのメモリに記録させるかの点で技術的に相違しないとする具体的な理由を主張しておらず,失当である。

(6)  結局,訂正発明1,2の容易想到性を否定した審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(手続違背)について

原告は本件手続補正によって新たな主引用例を追加しようとしたものであったところ,この手続補正に伴い,被告に必要な反論をさせるなど,さらに審理を尽くす必要があることは明らかであるから,本件において,迅速な審理のため,本件手続補正を不許可とした審判長の決定及びこれを維持した審決の判断に裁量を逸脱した違法,不当な点があったとまではいえない。

よって,審決に手続違背の違法はなく,原告が主張する取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(周知技術の認定判断の誤り及び訂正発明1,2と甲3発明の相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り)について

(1)  訂正発明1の容易想到性判断について

ア 審決は,甲3発明と訂正発明1の相違点は,「訂正発明1は,特定挙動の発生前後の挙動に関わる情報を所定時間分収集するための収集条件に適合する挙動の情報をカード状記録媒体に記録するものであり,かつ,該収集条件が該カード状記録媒体に設定されているのに対して,甲3発明は,そのようなものでない点。」であると認定したが,審決の説示に従えば,訂正発明1,2の特許請求の範囲にいう「特定挙動」とは,急発進時の車両の挙動等の,「事故につながるおそれのある危険な操作に伴う車両の挙動」を意味するものであり(審決18頁参照),訂正明細書(甲12)の段落【0030】,【0034】,【0050】及び図2,3等によれば,訂正発明1,2における「事故につながるおそれのある危険な操作」がされたか否かの判定は,例えばセンサ部から得られる角速度等のデータが所定の閾値を超えるか否かによってなされるものと認められる。また,訂正発明1,2の特許請求の範囲にいう「収集条件」とは,「特定挙動」発生前後の挙動に関わる移動体(車両)の情報を所定時間収集するための条件をいうが,訂正明細書の段落【0011】ないし【0021】,【0030】ないし【0035】,【0043】,【0048】ないし【0070】及び図面2,3,5によれば,具体的には,例えば,加速度等の閾値ないし閾値の組合せ,あるいはさらにGPSデータ等の限定を加えたものが上記「収集条件」に当たるものと認められる。

なお,被告は,訂正発明1,2で「特定挙動」の発生前後の挙動に関わる情報を収集する独自の技術的意義は,時系列的に情報を取得することでしか判明しない車両の運転操作の把握にあるなどと主張するが,訂正明細書の段落【0050】には,「(d)所定のしきい値以上の角速度,加速度,速度等が発生したとき」が「特定挙動」の発生を判断するタイミングの1つとして掲げられており,例えば1つだけの物理量が所定の閾値を超えた場合に「特定挙動」が発生したと判定される構成が考慮外とされているわけではない。

イ 原告が副引用例として引用する甲第1号証(実願平3-26831号(実開平4-123472号)のマイクロフィルム)は,車両の加速及び減速の履歴情報を有するデータを収集する車両運行データ収集装置に関する発明(考案)に係る文献であるところ,訂正発明1にいう「特定挙動」すなわち「事故につながるおそれのある危険な操作に伴う車両の挙動」の発生前後の車両の挙動に関する情報の収集に関して,次のとおりの記載がある。

・【実用新案登録請求の範囲,請求項1】

「車両の加速及び減速の履歴情報を有する車両運行データを記録媒体に記録して収集する車両運行データ収集装置において,予め定めた加減速ランクの各々に対応した複数の回数記録エリアを有する記録媒体と,車両の加減速を予め定めた複数の加減速ランクデータの一つに変換する変換手段と,車両の停車を検出する停車検出手段と,最大ランク又はこれに近いランクの急減速を検出する急減速検出手段と,減速の開始から車速が連続して所定値低下したことを検出する車速低下検出手段と,車両の走行開始又は前回サイクルの終了から前記停車検出手段,前記急減速検出手段又は前記車速低下検出手段による検出までを1サイクルとし,該1サイクルの間に前記変換手段によって変換した加減速ランクデータの内の最大の加減速ランクを検出する最大加減速ランク検出手段と,該最大加減速ランク検出手段により検出した最大加減速ランクに対応する前記記録媒体の回数記録エリアのデータをインクリメントする書込手段とを備えることを特徴とする車両運行データ収集装置。」

・段落【0005】

「このように,収集される車両運行データは車両が走行する道路の状況によって大きく左右され,一般道路を多く走行した場合には高ランクの加速の頻度が多くなり,高速道路を多く走行した場合には低ランクの加速の頻度が多くなる。従って,高ランクの加速が多い走行を行った車両の運転者が,高速道路を多く走行し,低ランクの多い走行をした車両の運転者の運転よりも,経済運転や安全運転をしていないと判断するのは適当でなく,この装置によって収集したデータはあまり有効に利用できるとは言い難い。」

・段落【0006】

「よって本考案は,上述した従来の問題点に鑑み,道路状況に左右されないで,運転者の運転状況を把握するのに有効な,加減速の履歴情報を含む車両運行データを収集することのできる車両運行データ収集装置を提供することを課題としている。」

・段落【0010】

「以下,本考案の実施例を図面に基づいて説明する。第2図は急加速及び急減速の履歴情報の他に,時々刻々変化する車速データ,走行距離などを含む車両運行データを収集するように構成された本考案による車両運行データ収集装置の一実施例を示す。」

・段落【0011】

「・・・車両運行データ収集装置は,車両のトランスミッションに図示しない連結手段によって連結され,車両の走行に伴って車速に応じた周波数の走行信号を発生する走行センサ1と,この走行センサ11からの走行信号をサンプリングして入力するマイクロコンピュータ(CPU)2と,実時間を表す時刻情報を発生するカレンダ及び時計3と,記録媒体としてのICメモリカード4が挿抜されるカードコネクタ5とを有する。」

・段落【0013】

「上記ICメモリカード4には,・・・カードを識別するためのカードIDを書き込むためのカードIDエリア41と,後述する運行データ解析装置によって書き込まれる各種の設定データDsを格納する設定データエリア42と,収集した車速や走行距離データを書き込むための運行データエリア43と,オプションデータエリア44とが形成されている。設定データエリア42には,・・・ランク1乃至8の加速ランクデータ(m/秒2)とランク1乃至8の減速ランクデータ(m/秒2)とが格納されている。」

・段落【0015】

「一方,CPU2内のRAMには,・・・設定データDsの格納エリア22a,・・・などが形成されている。設定データ格納エリア22aには,・・・1乃至8の加速ランクデータと1乃至8の減速ランクデータとがICメモリカード4から読み込まれて格納される。」

・段落【0017】

「CPU2が行う他の仕事は,所定時間毎に走行信号に基づいて加速,減速を演算により求め,予め定めた条件下で成立する1サイクル中の最大の加速,減速がどのランクに当てはまるかを上記加速ランクデータ及び減速ランクデータに基づいて決定し,・・・」

・段落【0049】

「以上説明したように本考案によれば,停車毎の他,最大ランク又はこれに近いランクの急減速の検出や,減速の開始から車側の連続した所定値の低下の検出毎に,それまでの1サイクルの最大加減速ランクをインクリメントしているので,道路状況に左右されないで,運転者の運転状況を把握するのに有効な,加減速の履歴情報を含む車両運行データを収集することのできる。」

そうすると,甲第1号証の車両運行データ収集装置は,運転者の操作(運転)傾向を把握するために車両の加速及び減速を分類(ランク分け)する基準となる加速ランクデータ及び減速ランクデータを,装置に挿入,接続されたICメモリカードに記録し,かつICメモリカードから読み込んだ加速ランクデータ及び減速ランクデータをCPUのRAMに格納して,上記分類に用いる構成を有するものである。

そして,甲第1号証に記載された甲1発明も,甲3発明と同じく,運転者の操作(運転)傾向を把握,分析するために車両の挙動に関する情報を収集,記録する装置に関するもので,技術分野が共通する。当該発明によって解決しようとする技術的課題も,甲1発明が運転者の操作(運転)傾向をより適切に把握するべく,「道路状況に左右されないで,運転者の運転状況を把握するのに有効な,加減速の履歴情報を含む車両運行データを収集することのできる車両運行データ収集装置を提供すること」にあるのに対し,甲3発明は「スピードの出し過ぎや急発進・急制動の有無乃至その回数を予め設定された基準値を基に自動判定し,また走行距離を用途別(私用,公用,通勤等)に区分して把握してドライバーの運転管理データを得るシステムを提供する」(2頁)こと等にあって,運転者の操作(運転)傾向を分析する上でより有用,効果的な情報を収集,記録するための手段を提供するためのものである点で重なり合うものである。そうすると,運転者の操作(運転)傾向を把握,分析するために車両の挙動に関する情報を収集,記録する装置の技術分野の当業者にとっては,甲1発明を甲3発明に適用する動機付けがあると解して差し支えない。

補足するに,甲第3号証の2頁左下欄10ないし14行に「この発明は,車輌を利用するドライバーの運転状態を管理するシステムに係り,特に安全スピード及び粗雑運転を判別し,走行距離を用途(時間帯)別に区分して把握することのできる車輌運転管理システムに関する。」と記載されているのに対応して,訂正明細書の段落【0004】ないし【0007】に当該発明によって解決すべき技術課題が,交通事故等の発生を未然に防止するべく,交通事故の発生率が高い箇所での車両の操作傾向を適切に把握することができる移動体の操作傾向解析技術の提供にある旨が記載されているから,甲3発明と訂正発明1とは粗雑運転を検出,防止する手段として運転者による車両の操作傾向に関わる情報を効果的に収集,記録しようとする点でその技術的課題が共通するものであって,当業者であれば,甲3発明に甲1発明を適用して,訂正発明1に至ろうとする動機を抱くものである。

ウ(ア) ところで,甲第4号証(特開平10-24784号公報)は,運転に係る要因による異常又は異常に近い状況をコンピュータによって把握するための装置を備えた車両等の発明に関する文献であるところ,そこにおける請求項4の記載は,「内部に設置されたセンサから得られる運転状況に関する情報を監視し,前記運転に係る要因において異常の状況または異常に近い状況が発生したときこの発生した時間帯よりも前後に広げた時間帯における前記監視された運転状況に関する情報と走行環境に関する情報とを記憶手段または記録手段に蓄積するコンピュータを備えたことを特徴とする車両。」というものである。そうすると,甲第4号証では,車両の挙動に関する情報を収集,記録する装置において,運転に係る要因による異常又は異常に近い状況が発生した時点の前後の所定時間分の車両の挙動に関する情報を収集,記録する技術的事項が開示されていることが明らかである。

被告は,甲第4号証では運転者の交通事故につながり得る操作(運転)の傾向の把握が技術的課題とされているわけではないとか,「異常または異常に近い状況」に相当するのは装置の異常だけである等と主張する。確かに,甲第4号証の段落【0004】には,「本発明の目的は,上記課題を解決すべく,自動車等の車両において,ドライバーの知識にたよることなく,常に運転に係る要因による異常または異常に近い状況をコンピュータによって把握して安全運転が実行できるようにした車両及び車両カルテシステムを提供することになる。また本発明の他の目的は,自動車等の車両の運転に係る要因の異常もしくは異常の前触れとなる情報を正しくドライバーまたは整備技術者に伝え,緊急度に応じて車両のメインテナンスを実行して常に安全運転が保たれるようにした車両及び車両カルテシステム並びに車両メインテナンス方法を提供することにある。また本発明の他の目的は,携帯型情報端末装置を用いて自動車等の車両に係るメンテナンス情報を早期に得られるようにして緊急度に応じて車両のメインテナンスを容易に実行できるようにして常に安全運転が保たれるようにした車両及び車両カルテシステムを提供することにある。」との記載があるし,段落【0005】には「上記目的を達成するために,本発明は,内部に設置されたセンサから得られる運転状況に関する情報を監視し,前記運転に係る要因(ハンドル,ブレーキ,アクセル,エンジン自体等)において異常の状況または異常に近い状況が発生したとき少なくとも前記監視された運転状況に関する情報を記憶手段または記録手段に蓄積するコンピュータを備えたことを特徴とする自動車等の車両である。また本発明は,内部に設置されたセンサから得られる運転状況に関する情報を監視し,前記運転に係る要因(ハンドル,ブレーキ,アクセル,エンジン自体等)において異常の状況または異常に近い状況が発生したとき少なくとも前記監視された運転状況に関する情報と走行環境に関する情報とを記憶手段または記録手段に蓄積するコンピュータを備えたことを特徴とする自動車等の車両である。また本発明は,内部に設置されたセンサから得られる運転状況に関する情報を監視し,前記運転に係る要因において異常の状況または異常に近い状況が発生したときこの発生した時間帯よりも前後に広げた時間帯における前記監視された運転状況に関する情報を記憶手段または記録手段に蓄積するコンピュータを備えたことを特徴とする自動車等の車両である。」との記載があるから,甲第4号証のコンピュータは車両の装置の異常の検出を第一の目的としているものである。

しかしながら,甲第4号証に記載された技術的事項が,一定の契機を基準時にして,その前後の車両の挙動に係る情報を収集,記録するというものであること自体は上記記載によっても否定されるものではなく,かかる技術的事項を周知技術として甲第4号証から認定することに支障があるわけではない(また,甲第4号証の段落【0032】には,車両の装置の異常とは無関係に,運転者の操作を分析して,警告情報を表示することが記載されているから,運転者の操作に係る情報の収集等が全く埒外とされているわけでもない。)。

そして,甲第4号証の装置は,車両内部に設置されたセンサから得られた運転に関する情報,すなわちハンドル,ブレーキ,アクセル,エンジン等の情報から運転に係る要因による異常又は異常に近い状況の発生の有無を判定するが,これは具体的には,例えば,横加速度,ハンドルの向き,アクセルやブレーキの量等の組合せから,通常の運転時では合理的でない情報の組合せが生じているか否かによって判定するものである(段落【0005】,【0015】,図2)。

(イ) 甲第5号証(特開平10-177663号公報)は,2つの異なる周期で車両の運航状態データを収集し,通常時には低い頻度(サンプリングレート)で,事故信号を検出した異常時は高い頻度で上記運航状態データをそれぞれ記録するデータ収集装置に関する発明に係る文献であるところ,段落【0006】には,「本発明に係るデータ収集装置は,移動体の所望の運航状態データを第1の周期でサンプリングして出力する手段と,この運航状態データを一時的に記憶保持するバッファメモリ手段と,取り外し可能な外部メモリ手段と,事故信号を検出しないときはデータロギング手段によってサンプリングされた運航状態データのうち第1の周期よりも遅い第2の周期でサンプリングされたデータを,外部メモリ手段に記憶させ,事故信号を検出したときはバッファメモリ手段に記憶保持されているデータを外部メモリ手段に記憶させる制御手段とを備えている。このように構成することにより本発明に係るデータ収集装置は,通常時には第2の周期で収集した運航状態データを外部メモリ等に記録し,事故発生時には第2の周期よりも速い第1の周期で収集した運航状態データを記録することができる。」との記載が,段落【0033】には,「ステップ101で事故信号を検出するとステップ108に移行し,RAM7に記録されているデータを補助記憶部8とメモリカード3とに転送してデータ収集を終了する。このとき,事故信号を検出してからもさらにサンプリングを継続することにより事故後のデータを記録することもできる。」との記載がそれぞれある。ここで,甲第5号証にいう「運航状態データ」は,「移動体の稼働状況(例えば,タクシーにおける待機,回送,賃送や,トラックにおける荷役状況等)および運航状況(例えば,速度,変速段,制動信号,操舵信号,エンジン回転数,加速度信号,ヨーレート,温度,車載重量等)を示すデータ信号のことであ」るから(段落【0010】),甲第5号証においては,交通事故の発生前後(より正確には「事故信号」の発生前後)の所定時間分の速度等の車両の挙動に関する情報を収集,記録する技術的事項が開示されているということができる。

そして,甲第5号証の段落【0022】には,エアバッグ作動信号を手掛かりとして「事故信号」を検出するが,加速度信号やエンジンの回転数,ブレーキ信号を手掛かりに用いてもよい旨が記載されているから,加速度等に閾値を設け,この閾値を超えた時点の前後の車両の挙動に関する情報を収集,記録する技術的事項が開示されていると評価することが可能である。

(ウ) 甲第6号証の1(特開平5-150314号公報)は,車両内に複数の加速度センサと撮影装置を設け,衝突時の状況を撮影する車載用撮影装置の発明に係る文献であるが(特許請求の範囲,段落【0001】),段落【0014】には「各撮影装置は,車両の走行中常時車両の前後左右方向の被写体を連続して撮影し,その撮影情報をそれぞれ記録装置に出力する。記録装置は,撮影装置から出力される撮影情報を記録媒体にエンドレス状に記録し,所定量撮影情報が記録されると,前に記録されている撮影情報を順次消去しながら新しい撮影情報を記録していく。」との記載が,段落【0015】には「加速度センサは,車両の前後方向と左右方向の加速度を常時検出して,加速度センサの検出出力が所定レベル以上になると,それを検知した制御手段は,車両が衝突や追突などの交通事故が発生したものと判断し,その時点から所定時間経過すると,記録装置の記録動作を停止させる。」との記載がある。そうすると,甲第6号証の1では,加速度センサの検出出力に閾値を設け,この閾値を超えた時点(交通事故の発生と判定される。)の前後の所定時間分の車両の挙動を撮影する技術的事項が開示されているということができる。

(エ) 甲第6号証の2(特開平5-258144号公報)は,速度等の車両運行情報を収集,記録するデジタル運行記録装置に関する発明に係る文献であるところ,特許請求の範囲(請求項1)には,「・・・前記速度計測手段が発生する速度生データを衝撃が加わった時刻前後の所定時間の間前記事故解析データ領域に書き込む速度生データ書込手段と,車両に衝撃が加わった時刻を前記事故解析データ領域に書き込む衝撃発生時刻書込手段と,車両に衝撃が加わった時刻の前後所定回数,ブレーキ操作された時刻を前記事故解析データ領域に書き込む制動時刻書込手段とを備えることを特徴とするデジタル運行記録装置。」との記載が,段落【0007】には「本発明は,・・・交通事故の発生直前から直後の正確な車両の走行状況を記録することができるデジタル運行記録装置を提供することを目的としている。」との記載が,段落【0010】には「このようにして記録媒体13には,速度圧縮データや所定時間の間の速度生データだけでなく,車両に衝撃が加わった時刻,衝撃が加わった時刻の前後所定回数のブレーキ操作の時刻もそれぞれ記録されるようになるので,この記録を解析することにより,車両に衝撃が加わった時刻を事故発生時刻と見なして,その前後の速度やブレーキ操作の様子を知ることができる。」との記録がそれぞれある。そうすると,甲第6号証の2では,車両に衝撃が加わった時点を交通事故発生時点と見なして,この時点の前後の所定時間分の速度等の車両の挙動に係る情報を収集,記録する技術的事項が開示されているということができる。

なお,段落【0012】には,「CPU11には,インタフェース(I/F)12を介して,・・・図示しない衝撃センサが事故などの際に車両に加わるような所定値より大きな衝撃に応じて発生する衝撃信号・・・が入力される。」との記載があるから,上記における車両に衝撃が加わり,CPUによって交通事故が発生したとみなされる事象の有無は,具体的には,例えば所定の閾値を有する衝撃センサが発する信号の有無によって判定されるものである。

(オ) 甲第6号証の3(特開平6-4733号公報)は,車両事故を解析するのに有効なデータを収集するための車両事故解析用データ収集装置に関する発明に係る文献であるところ,上記データの収集,記録に関し,次のとおりの記載がある。

・請求項1

「自車両と検知物体との距離を検出し距離信号を出力する車間距離検出手段と,自車両の車速を検出し車速信号を出力する車速検出手段と,前記車間距離検出手段及び車速検出手段からの距離信号及び車速信号に基づいて追突の危険性が生じる程接近したと判断して警報信号を出力する接近警報判断手段と,車両に設けられ加速度を検出して加速度信号を出力する加速度検出手段と,書き替え可能な記憶手段と,前記加速度検出手段が発生する加速度信号に基づいて衝突を検出して衝突信号を発生する衝突検出手段と,前記接近警報判断手段による警報信号の発生から第1の一定時間の間と,前記衝突検出手段による衝突信号の発生から第2の一定時間の間に,前記車速信号,加速度信号を取り込んで得たデータを前記記憶手段に書き込む書き込み手段とを備えることを特徴とする車両事故解析用データ収集装置。」

・段落【0007】

「本発明は,・・・事故前後のデータを収集し,事故解析を容易に行うことができるようにした車両事故解析用データ収集装置を提供することを目的としている。」

・段落【0011】

「上記構成により,自車両と検知物体との距離を検出し距離信号aを出力する車間距離検出手段11及び自車両の車速を検出し車速信号bを出力する車速検出手段12からの信号a,bに基づいて,接近警報判断手段13が追突の危険性が生じる程接近したと判断して警報信号cを出力する。車両に設けられた加速度検出手段15が,加速度を検出して加速度信号dを出力する。加速度検出手段が発生する加速度信号dに基づいて,衝突検出手段19が衝突を検出して衝突信号hを発生する。

接近警報判断手段13による警報信号cの発生から第1の一定時間の間と,衝突検出手段19による衝突信号hの発生から第2の一定時間の間に書き込み手段16cが,車速信号b,加速度信号dを取り込んで得たデータを記憶手段16bに書き込む。」

そうすると,甲第6号証の3では,この衝突信号hが発せられた時点を衝突時点とみなしてその前後の所定時間分の車両の挙動に係る情報を収集,記録する技術的事項が開示されているということができる。なお,甲第6号証の3では,自車両と他の車両等の検知物体との間の距離及び速度をもとに追突の危険性を判定し,警報信号cを発生するが,この警報信号cの発生時点に車両の挙動に係る情報の記録が開始される構成が採用されている。

ここで,段落【0015】には「15は車両の前後左右4カ所に設けた加速度(G)検出手段であり,これは加速度(G)を検出し加速度信号を出力する。」との記載,段落【0016】には「19はコンパレータによって構成され得る衝突検出手段であり,これは加速度検出手段15が発生する加速度信号dを入力して±0.4Gに相当する大きさの加速度信号dに応じて衝突信号hを発生する。」との記載がそれぞれあるから,車両に衝撃が加わり,CPUによって交通事故が発生したとみなされる事象の有無は,車両に設けられた加速度検出手段が発する加速度信号(加速度の大きさ)が所定の閾値を超えるか否かによって判定されるものである。

そして,甲第6号証の4(特開平6-300773号公報)は,交通事故データ記録装置等に関する発明に係る文献であり,甲第6号証の5(特開平10-63905号公報)はドライビングレコーダに関する文献であるところ,これらの文献でも交通事故発生時点ないし衝突等による衝撃発生時点の前後にわたって所定時間分の車両の挙動に係る情報を収集,記録する技術的事項が開示されており,また,これらにおいても車両に設けられた加速度センサーによる検出値が所定の閾値を超えたか否かによって,上記交通事故発生等の有無を判定する構成が採用されているものである。

(カ) 前記(イ)ないし(オ)を総合すれば,交通事故の発生前後の所定時間にわたって車両の挙動に係る情報を収集,記録すること,車両に設けられた加速度センサーが検出する加速度が所定の閾値を超えるか否かやエアバッグ作動信号の有無に代えて,車両の加速度等が所定の閾値を超えたか否かによって交通事故が発生したか否かを判定する程度の事柄は,本件優先日当時における車両の挙動に係る情報を収集,記録する装置の技術分野の当業者の周知技術にすぎないということができる。

そして,訂正発明1,2にいう「特定挙動」は前記のとおり「事故につながるおそれのある危険な操作に伴う車両の挙動」であって交通事故の発生を前提とするものではない(交通事故が発生しない場合も含む)が,訂正明細書の段落【0030】,【0034】,【0050】,図2,3等の記載によれば,訂正発明1,2にあっても,例えばセンサ部から得られる角速度等のデータが所定の閾値を超えたか否かによって「特定挙動」の有無が判定されるから,装置の機能の面に着目すれば,訂正発明1,2において「特定挙動」発生前後の所定時間分の情報を収集,記録する構成は,上記周知技術において「交通事故」発生前後の所定時間分の情報を収集,記録する構成と実質的に異なるものではないということができる。

加えて,上記周知技術と甲3発明とは,属する技術分野が共通し,前者を後者に適用するに当たって特段障害はないから,本件優先日当時,かかる適用を行うことにより,当業者が訂正発明1,2にいう「特定挙動」の発生前後の所定時間分の車両の挙動に係る情報を収集,記録する構成に想到することは容易であるということができる。

さらに,甲第4号証にも,車両内部のセンサから得られた横加速度等の情報から,運転に係る要因による異常又は異常に近い状況の発生の有無を認定し,かかる状況の発生前後の所定時間分の車両の挙動に関する情報を収集,記録する技術的事項が開示されているところ(前記(ア)),上記と同様に装置の機能面の共通性に着目すれば,上記の結論に至ることが可能である。

エ 以上によれば,甲3発明に,「特定挙動」の発生前後の車両の挙動に係る情報を収集する条件を記録媒体に記録,設定する甲1発明と,「特定挙動」に相当する一定の契機(交通事故等)の発生前後所定時間分の車両の挙動に係る情報収集をする甲第4,第5,第6号証の1ないし6記載の周知技術を適用することにより,本件優先日当時,当業者において,審決が認定した甲3発明と訂正発明1の相違点に係る構成(「特定挙動」発生前後の車両の挙動に係る情報を所定時間分収集するための収集条件に適合する挙動の情報を記録媒体に記録,設定する構成)に容易に想到することができたというべきであり,これに反する審決の判断は誤りである。

オ そして,審決がした甲3発明と訂正発明1の一致点の認定については当事者双方は特段の主張をしていないから,結局,訂正発明1は進歩性を欠くものというべきである。原告が主張する無効理由4は訂正発明1に関して理由があり,これに反する審決の判断は誤りである。

(2)  訂正発明2の容易想到性判断について

ア 甲第2号証(特開平6-223249号公報)は,自動車の操作に関するイベント(事象)を記録する自動車レーダシステムに関する発明に係る文献であるところ,車両の挙動に係る情報の収集条件の設定処理に関し,次のとおりの記載がある。

・段落【0008】

「本発明の良好な実施例は特に自動車レーダシステムと組み合わせて使用され,自動車機能,操作状態,環境などに関する選択可能の情報を記録する,着脱自在かつ外部読み出し可能の不揮発性固体メモリのイベント記録装置(ERA:データ格納カード)を提供する。このERA(イベント記録装置)は特に,事故分析に有効な情報を記録することができる。」

・段落【0018】

「図2は,本発明の実施例のERAシステムのより詳細なブロック図である。RAMカード20は,インターフェイスレセプタクル21を介してマイクロコントローラ22に接続される・・・」

・段落【0043】

「RAMカード20は取り外し可能であり,・・・」

・段落【0047】

「本発明のこの態様はまた,自動車の操作指標をドライバーの意向に合わせて『特別化』あるいは『個人化』するのにも用いられる。例えば,量販車あるいはバスなどのドライバーはRAMカード20を用いて,所望の前方間隔,警告しきい値,自動車の電子制御システムを介してセットされるその他のパラメータに関する各自の意向を車両に組み込むことができる。」

イ そうすると,甲第2号証には,自動車用イベント(事象)記録装置(ERA)において,コンピュータ装置及び着脱可能なRAMカード(20)を用いて,前方間隔,警告閾値や,自動車の電子制御システムを介してセットされるその他のパラメータを設定する発明すなわちRAMカードに記録されているパラメータを変更し,変更されたパラメータをRAMカードに再度記録し,その後変更されたパラメータをERAに適用する発明(甲2発明)が記載されているということができる。

ここで,甲2発明は,車両の挙動に関する情報を収集,記録する装置に関するもので,甲3発明と技術分野が共通する。そして,コンピュータ装置に処理を実行させて,着脱可能なRAMカード等の記録媒体に記録されているパラメータを変更し,変更されたパラメータをRAMカードに再度記録し,その後変更されたパラメータを上記収集・記録装置に適用する程度の事柄であれば,甲2発明の技術的課題である事故分析に有用な情報を記録するブラックボックス的機能を有する,車両の挙動に係る情報の記録装置(甲第2号証の段落【0001】~【0007】)とは不可分のものではなく,甲第1ないし3号証に接した当業者であれば,「スピードの出し過ぎや急発進・急制動の有無乃至その回数を予め設定された基準値を基に自動判定し,また走行距離を用途別(私用,公用,通勤等)に区分して把握してドライバーの運転管理データを得るシステムを提供する」こと等を技術的課題とする甲3発明に,甲2発明を適用する動機付けがあると解して差し支えない。

ウ したがって,甲3発明に甲1発明,甲2発明と甲第4,第5,第6号証の1ないし6記載の周知技術(前記(1)ウ(カ))を適用することにより,本件優先日当時,当業者において,審決が認定した甲3発明と訂正発明2の相違点に係る構成に容易に想到することができたというべきであり,これに反する審決の判断は誤りである。そして,審決がした甲3発明と訂正発明2の一致点の認定については当事者双方は特段の主張をしていないから,結局,訂正発明2は進歩性を欠くものというべきである。原告が主張する無効理由4は訂正発明2に関しても理由があり,これに反する審決の判断は誤りである。なお,無効理由4には甲第2号証が引用例として明示的に挙げられていないが,審決は,原告が審判請求で証拠として挙げたのに応じて,甲第2号証も引用例として取り上げており(20,21頁),本件訴訟で,当事者双方ともにこの審決判断を前提にして,審決の判断の誤りの有無を主張しているので,上記のように甲第2号証も引用例(副引用例)に加えて訂正発明2の上記相違点に係る判断に至ることができるというべきである。

第6結論

以上によれば,原告が主張する取消事由1は理由がないが,取消事由2は理由があるから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

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