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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10148号 判決 2013年2月07日

原告

エス・イー・エンジニアリング株式会社

訴訟代理人弁護士

高橋恭司

枩藤朋子

大村隆平

弁理士

足立勉

石原啓策

竹中謙史

被告

訴訟代理人弁護士

寒河江孝允

弁理士

保科敏夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告が求めた判決

特許庁が無効2010-800234号事件について平成24年3月28日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,被告の特許につき原告による無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,審判手続の手続違背の有無,進歩性(容易想到性)の有無,明確性要件違反の有無である。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「ロータリー式撹拌機用パドル及びオープン式発酵処理装置」とする発明に係る特許第3682195号の特許権者である(平成12年1月18日特許出願,登録日平成17年5月27日,登録時の請求項の数は3)。

これに対し,原告は,平成22年12月16日,請求項1ないし3に係る特許につき無効審判請求をしたところ(無効2010-800234号),特許庁は,平成23年8月3日,「特許第3682195号の請求項1~3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(第1次審決)をした。そこで,被告は,第1次審決の取消しを求める訴えを提起するとともに(平成23年(行ケ)第10285号),同年10月31日,請求項1ないし3の特許請求の範囲の記載の各一部を改める訂正審判請求を行ったところ,平成24年1月10日,第1次審決は特許法181条2項に基づいて取り消された。

その後の審判において上記訂正審判請求と同趣旨の訂正請求がされたものとみなされ(平成23年法律第63号特許法等一部改正法による改正前の特許法134条の3第5項,本件訂正),特許庁は,平成24年3月28日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下,「審決」とはこの審決を指す。)をし,その謄本は同年4月5日に原告に送達された。

2  本件発明の要旨

本件発明は,有機質廃物を発酵処理するオープン式発酵処理装置及び同装置に用いるロータリー式撹拌機用パドルに関する発明で,本件訂正後の請求項1ないし3の特許請求の範囲は以下のとおりである(下線を付した部分が訂正部分である)。

【請求項1(本件発明1)】

「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する長尺広幅の面域の長さ方向の1側に長尺壁を設け,その他側は長尺壁のない長尺開放側面として成る大容積のオープン式発酵槽を構成すると共に,該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レール上と該長尺開放側面側の面域上を転動走行する車輪を配設されて具備すると共に堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を横設した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設け,更に該ロータリー式撹拌機は,該台車の幅方向に水平に延びる回転軸と,該回転軸の周面に且つその軸方向に配設された多数本の長杆の先端に板状の掬い上げ部材を具備するパドルとから成るオープン式発酵処理装置において,

前記ロータリー式撹拌機用のパドルであって,長杆の先端に,2枚の板状の掬い上げ部材を前後に且つ前後方向に対し傾斜させて配置し,その前側の傾斜板の外面は斜め1側前方を向き,その後側の傾斜板の外面は斜め1側後方を向くように配向せしめて配設したことを特徴とするパドル。」

【請求項2(本件発明2)】

「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する長尺広幅の面域の長さ方向の1側に長尺壁を設け,その他側は長尺壁のない長尺開放側面として成る大容積のオープン式発酵槽を構成すると共に,該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レール上と該長尺開放側面側の面域上を転動走行する車輪を配設されて具備すると共に堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を横設した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設け,更に該ロータリー式撹拌機は,該台車の幅方向に水平に延びる回転軸と,該回転軸の周面に且つその軸方向に配設された多数本の長杆の先端に板状の掬い上げ部材を具備するパドルとから成るオープン式発酵処理装置において,

これらのパドルのうち,該オープン式発酵槽の該長尺開放側面側に位置する該回転軸の外端から少なくとも1本乃至数本のパドルは,該長杆の先端に,前後一対の板状の掬い上げ部材が夫々台車の走行方向に対し斜めに交叉し且つ内側に向けられて配設された請求項1に記載のパドルから成り,その他の残る各パドルは,長杵の先端に,該台車の走行方向に対し直交して板状の掬い上げ部材を取り付けた通常のパドルから成ることを特徴とし,しかもまた,次のX及びYの各特徴をさらに備えるオープン式発酵処理装置。

X 大容積のオープン式発酵槽は,日を改めて投入する有機質廃物について,少なくとも複数日にわたるものをすでに投入したものとは別の空いた領域に計時的に投入することができるだけの面域を備えること。

Y 前記ロータリー式撹拌機及び前記長尺壁は,前記有機質廃物の堆積高さを高温発酵を確保することができるだけの高さ構成を備えること。」

(以下,同請求項前段のオープン式発酵処理装置を「前提オープン式発酵処理装置」ということがある。)

【請求項3(本件発明3)】

「請求項2に記載のオープン式発酵処理装置において,該ロータリー式撹拌機の該回転軸の中間域部に配設された通常のパドルのうち,所定の間隔を存して配設された複数本を,請求項1に記載のパドルに代えたことを特徴とするオープン式発酵処理装置。」

3  原告が主張する無効理由(無効理由4,5は撤回された。)

(1)  無効理由1

本件発明1ないし3は,本件出願前に日本国内で譲渡されたAエンジニアリング(株)製の本件混合機(「                 」所在の堆肥センターに,Bエンジニアリングサービス(株)が納入した混合機)に係る発明と実質的に同一であるから,新規性(特許法29条1項1号)を欠く。または,本件発明1ないし3は,本件混合機に係る発明に基づいて,本件出願当時,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,進歩性を欠く。

(2)  無効理由2

本件発明1は,下記甲第44号証に記載された発明に基づいて,本件出願当時,当業者が容易に発明することができたものであるから,進歩性を欠く。

【甲第44号証】特開平7-222966号公報

(3)  無効理由3

本件発明2,3は,本件出願前に日本国内で譲渡されたAエンジニアリング(株)製オープン式発酵処理装置KS7-12型に係る発明(KS7-12発明)に基づいて,本件出願当時,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,進歩性を欠く。

(4)  無効理由6

本件発明1の特許請求の範囲にいう「長杆」の前後の方向は観念できないから,「前後に」,「前後方向に対し傾斜させて」,「前側」,「斜め1側前方を向き」,「その後ろ側」,「斜め1側後方を向く」との部分が不明確である。また,「長杆」の形状は不明であり,「先端に・・・2枚の板状の部材を・・・配置」との部分も,長杆と板状部材をどのように組み合わせるか不明確である。そして,「板」は直方体であるところ,どの面を「外面」とするのか不明確である。

本件発明2では,いずれを正回転とし,いずれを逆回転とするか不明確であるから,本件発明2の特許請求の範囲にいう「正,逆回転自在」との部分は不明確である。また,「該長杆の先端に,前後一対の」との部分も,いずれの方向を前とし,後ろとするか不明確である。そして,「該台車の走行方向に対し直交して」との部分も,板状の掬い上げ部材のいずれの面と台車の走行方向を直交させるか不明確であるし,撹拌動作中に板状の掬い上げ部材と台車の走行方向を直交させることはできない。

本件発明3の特許請求の範囲の「該ロータリー式撹拌機」,「該回転軸」にいう「該」の意味が不明確であるし,「ロータリー式撹拌機」,「回転軸」,「通常のパドル」の部分も,具体的な構成が特定されておらず,不明確である。

4  審決の理由の要点

(1)  無効理由1についての判断(17,18頁)

「本件混合機は平成12年2月11日に据付が行われたので,これが公知になったのは,早くともこの日以降である。そして,本件出願日は平成12年1月18日であるので,本件混合機は,本件発明の特許出願前に公知であるとすることはできない。このため,本件混合機が本願出願前に公知であることを前提とする無効理由1は,採用することができない。」

「以上のとおりであるので,本件発明1~3は,本件混合機に係る発明であるか,それに基づいて当業者が容易に発明をすることができたとすることはできない。」

(2)  無効理由2についての判断

【甲第44号証に記載された甲44発明】(10頁)

「生ゴミ処理装置の処理槽内に設けられた,生ゴミの撹拌・移動機構であり,正逆回転可能に設定された回転部と,これに固定された撹拌部と案内部からなり,棒状の撹拌部の先端に設置された案内部は,回転部の正回転時に生ゴミを撹拌・移動させる正回転時案内部と,逆回転時に同様の作用をする逆回転時案内部とが,V字状をなすように形成された生ゴミの撹拌・移動機構。」

【本件発明1と甲44発明の一致点】(18頁)

「撹拌機用のパドルであって,長杆の先端に,2枚の板状の部材を前後に且つ前後方向に対し傾斜させて配置し,その前側の傾斜板の外面は斜め1側前方を向き,その後側の傾斜板の外面は斜め1側後方を向くように配向せしめて配設したことを特徴とするパドル。」である点

【本件発明1と甲44発明の相違点】(18頁)

甲44発明に係るパドルは,生ゴミ処理装置の処理槽内に設けられたものであるのに対し,本件発明1のパドルは,前提オープン式発酵処理装置,すなわち「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する長尺広幅の面域の長さ方向の1側に長尺壁を設け,その他側は長尺壁のない長尺開放側面として成る大容積のオープン式発酵槽を構成すると共に,該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レール上と該長尺開放側面側の面域上を転動走行する車輪を配設されて具備すると共に堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を横設した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設け,更に該ロータリー式撹拌機は,該台車の幅方向に水平に延びる回転軸と,該回転軸の周面に且つその軸方向に配設された多数本の長杆の先端に板状の掬い上げ部材を具備するパドルとから成るオープン式発酵処理装置」で使用する点

【相違点に係る構成の容易想到性判断】(19頁)

「そこで,生ゴミ処理装置の処理槽内に設けられた甲44発明に係るパドルを,前提オープン式発酵処理装置に転用することが容易かを検討する。

これに関し,たしかに,甲44発明におけるV字状の撹拌部材は処理槽内の処理剤と生ゴミ混合物を撹拌しつつ移動させる機能を有する。この点で,本件訂正発明1において採用するパドルとは類似した機能を有する。

しかし,生ゴミ処理装置における撹拌部材とオープン式発酵処理装置におけるパドルとは,その作用が異なる。

すなわち,生ゴミ処理装置においては,密閉した処理槽内で処理剤と生ゴミの混合物を,単に撹拌・移動させるにとどまる。これは,甲44発明に係るパドルは,棒状をなす撹拌部と V字状をなす案内部の作用により,生ゴミ混合物を,処理槽内の中央部にある粗砕刃により粗砕するために,撹拌しつつ移動させていることから明らかである・・・。

これに対し,オープン式発酵処理装置におけるパドルは,半ば開放された処理槽内で被処理物を掬い上げて放り投げるという撹拌・混合を行う。これにより,オープン式発酵処理装置においては,堆積物が外側に拡散して堆積物の堆積高さが減少し,良好で安定的な発酵状態を維持することができないという課題を解決することができる。

このため,甲44発明に係る生ゴミ処理装置において使用するパドルを,前提オープン式発酵処理装置に転用することについて,その動機をみいだすことができないので,前提オープン式発酵処理装置は甲44発明と同様に好気性発酵処理を行う発酵装置である点で共通するとしても,当該転用は当業者が容易に想到するものとはいえない。」

「以上のとおりであるので,本件発明1が甲第44発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとすることはできない。」

(3)  無効理由3についての判断

【本件発明2とKS7-12発明の一致点】

「前提オープン式発酵処理装置である点」

【本件発明2とKS7-12発明の相違点】

・相違点(i)

本件発明2では,配設されるパドルについて,「これらのパドルのうち,該オープン式発酵槽の該長尺開放側面側に位置する該回転軸の外端から少なくとも1本乃至数本のパドルは,該長杆の先端に,前後一対の板状の掬い上げ部材が夫々台車の走行方向に対し斜めに交叉し且つ内側に向けられて配設された請求項1に記載のパドルから成り,その他の残る各パドルは,長杆の先端に,該台車の走行方向に対し直交して板状の掬い上げ部材を取り付けた通常のパドルから成ること」との特徴事項を有するのに対し,KS7-12発明では,この点について具体的に明らかではない点。

・相違点(ii)

本件発明2では,オープン式発酵槽について,「大容積のオープン式発酵槽は,日を改めて投入する有機質廃物について,少なくとも複数日にわたるものをすでに投入したものとは別の空いた領域に経時的に投入することができるだけの面域を備えること」との特徴事項を有するが,KS7-12発明では,この点について明らかでない点

・相違点(iii)

本件発明2では,ロータリー式撹拌機及び長尺壁の高さにつき,「ロータリー式撹拌機及び前記長尺壁は,前記有機質廃物の堆積高さを高温発酵を確保するに足るだけの高さ構成を備えること」と限定するが,KS7-12発明では,この点が明らかでない点

【本件発明2とKS7-12発明の相違点に係る構成の容易想到性判断】(20,21頁)

「相違点(i)に関し,KS7-12に対して『長杆の先端に,前後一対の板状の掬い上げ部材が夫々台車の走行方向に対し斜めに交叉し且つ内側に向けられて配設された』パドルを採用することの容易性について検討する。

ア 課題の周知性

KS7-12発明には,使用するパドルを従来の長杆の先端に板状の掬い上げ部材を具備するパドルに替えて他のものを設置することについて,具体的な示唆はない。

しかし,一般に,オープン式発酵処理装置は,堆積された有機質廃物の発酵処理を促進するために撹拌を行うにつれ,堆積物の開放端面側が外側に拡散し,堆積物の高さが減少してしまうという課題を有することは,本件出願前に周知のことである・・・。

イ 解決手段の周知性

また,オープン式発酵処理装置で水平に設けられた回転軸に固定された回転パドルによる撹拌力が,当該パドルの回転方向ばかりでなく回転軸方向にも作用するように,撹拌面を被処理材料に対して斜めにする技術は,本件出願前に周知の技術である。・・・

ウ 容易想到性

(ア) オープン式発酵処理装置により有機質廃物の発酵を行う際には,堆積物の外側への拡散を防ぐことは,上記アに示されるように周知の技術課題である。このため,KS7-12発明は,その構造から見てオープン式の発酵処理装置であるので,具体的な明示はないものの,KS7-12発明に接した当業者であれば,該発明が該周知の課題を有することを認識することは明らかである。

また,当該課題を解決する手段として,撹拌力が回転方向ばかりでなく回転軸方向にも作用するように撹拌面を斜めにする技術は,上記イに示されるように本件特許出願前に周知である。

このため,KS7-12の有する課題を解決するために,撹拌部材の撹拌面を斜めにする技術を採用することは容易であるといえる。

(イ) そこで,さらに,斜めの撹拌面を持つ撹拌部材として,甲44発明におけるV字状の撹拌部材を採用することが,当業者に適宜なしうることであるといえるかの検討が必要となる。

しかし,この点に関しては,本件発明1についての無効理由2において検討したように,甲44発明における撹拌部材をオープン式発酵処理装置であるKS7-12に転用することは,その動機がない以上,当業者が容易に想到しうるところとはいえない。」

「以上のとおりであるので,相違点(ii)及び(iii)について検討するまでもなく,相違点(i)の特徴事項を採用することが当業者に容易であるといえないので,本件発明2は,甲第44発明及び周知技術を考慮したとしても,KS7-12発明に基づいて当業者が容易になしえたものではない。」

【本件発明3とKS7-12発明の相違点に係る容易想到性判断】(22頁)

「本件発明3は,本件発明2に対し,オープン式発酵槽の該長尺開放側面側に位置する該回転軸の外端から少なくとも1本乃至数本のパドルに加え,さらに,回転軸の中間域部に配設された通常のパドルのうち,所定の間隔を存して配設された複数本を, 本件発明1に係るパドルに替えることを特徴事項とするものである。

しかし,本件発明2の進歩性判断で検討したとおり,本件発明2は,KS7-12発明に基づいて当業者が容易になしえたものではないので,本件発明3も当業者が容易になしえたものではない。」

(4)  無効理由6についての判断(22~24頁)

ア 本件発明1について

「本件訂正における訂正事項1により,本件発明1に係る『パドル』は,オープン式発酵処理装置におけるロータリー式撹拌機用のパドルであることが明確になった。このため,その『長杆』の前後方向を特定することができることとなった。

したがって,訂正された請求項1の記載は明確である。」

イ 本件発明2について

「(2) 本件明細書の記載事項

(ア) 『その各パドル5bは,図15,16に示すように,・・・長杆5b1の先端に,台車6の走行方向に対して直交して長矩形の板状の掬い上げ部材5c溶接などにより取り付けて構成したものである。』(特許公報第2頁33~36行)

(イ) 『台車6が往動走行するとき,正回転するロータリー式撹拌機5′の回転軸5aは,図11(a)に示すように,矢示のように正回転し,これに伴いパドル5a′は正回転し,従って,該回転軸5aの軸方向に対し所定角度内側に向いて傾斜した前側の傾斜板から成る先端の掬い上げ部材5c1は,その前方に堆積する堆積物Tの長尺開放側面側の外端堆積部に当接し,斜め内側に向けてこれを掬い上げる。かくして,従来のような堆積物Tの外端が外側に拡散することが防止される。

次に,台車6が反転し復動走行する場合は,図11(b)に示すように,ロータリー式撹拌機5′の回転軸5aは,矢示のように逆回転し,・・・』(同第6頁20~27行)

(ウ) 図11を参照すると,パドル5a′の作用方向が台車が往動走行する場合(a)と復動する場合(b)に分けて描かれており,台車往動の際の回転が正転であり,台車の進行方向が前方であることを確認することができる。

(エ) 図15,図16を参照すると,回転軸に対してパドルが垂直下向きの位置において,パドルの構成要素が図示されていることを確認することができる。

(3)  審決の判断

(i) 明確性違反事由ア(判決注:『正,逆回転自在のロータリー式撹拌機』の記載の明確性要件違反)は,上記(2)の記載事項(イ)(ウ)より明確である。

すなわち,ロータリー式撹拌機の回転方向は,同(イ)によれば台車が往動走行する際の回転方向であり,これは図11(a)に矢印で示されている。このため,不明確であるとする原告の主張は採用できない。

(ii) 明確性違反事由イ(判決注:『該長杵の先端に,前後一対の掬い上げ部材』の記載の明確性要件違反)は,上記(2)の記載事項(イ)(ウ)より明確である。

すなわち,同(イ)によれば,回転軸が正回転する際の掬い上げ部材5c1は前方に堆積する堆積物を掬い上げるのであるから,図11(a)を合わせ見れば,正回転時の台車走行方向が前方であることが理解できる。このため,パドルに対する前後の方向は,同(イ)(ウ)の記載から明らかである。

(iii) 明確性違反事由ウ(判決注:『該台車の走行方向に対し直交して板状の掬い上げ部材を取り付けた』の記載の明確性要件違反)は,上記(2)の記載事項(ア)(エ)より明確である。

請求項2における『該台車の走行方向に対し直交して板状の掬い上げ部材を取付けた』という特定事項は,その表現ぶりから,板状の掬い上げ部材の取り付け態様を規定する記載である。

そして,その具体的な内容は,上記(2)の記載事項(ア)に示されている。これによれば,図15,図16に示す状態,すなわちパドルが撹拌軸に対して垂直下向きの状態において,台車の走行方向と直交して板状の掬い上げ部材を取り付けるとされている。この場合には,台車と掬い上げ部材とが直交することは明らかである。

これに対し,原告は,パドルが回転軸に対して斜め上方,或いは斜め下方を向いている状態を想定して,その場合には台車と掬い上げ部材は直交しないので,当該特定事項は不明確である旨を主張する。これは,当該特定事項を,回転軸の回転を通じての掬い上げ部材と台車走行方向の直交を規定すると解釈するものである。

しかし,当該特定事項の技術的意味が明らかとなるように,具体的な態様が記載事項(ア)(エ)に開示されているのだから,該開示された態様又はそれに準じた態様により,当該特定事項を理解すべきである。あえて当該特定事項が実現できない態様を想定し,これをもって本件特許発明が不明確であるとすることは,正当な解釈であるとすることはできない。」

ウ 本件発明3について

「本件訂正における訂正事項3により,本件発明3は,請求項2に係る発明に従属する発明であることが明らかになった。このため,『該』の意味するところが明らかになり,訂正された請求項3の記載は明確である。」

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(手続違背)

特許庁は被告に対し,平成23年12月7日,訂正後の請求項1,2の発明は甲44発明又はKS7-12発明に基づいて当業者が容易に発明できたもので進歩性がない旨を通知した(訂正拒絶理由通知)。

他方で,前記のとおり,被告は訂正審判請求におけるのと同趣旨の訂正請求をしたとみなされるところ,原告訴訟代理人は,平成24年2月24日,特許庁の担当審判官に対し,上記訂正請求の審理状況を問い合わせた。すると,担当審判官は,原告訴訟代理人に対し,「審理については間もなく終結する予定であり,原告が弁駁書を提出する必要はない。」旨回答したので,原告は,上記拒絶理由通知がされた事実にかんがみ,原告に対し反論の機会を付与する必要はなく,特許庁が訂正請求を認め,原告に不利な判断をするはずはないものと信頼した。

ところが,審決は,原告に対し反論の機会を付与せずに(不意打ち),原告の上記信頼を裏切って訂正を認め,原告の無効審判請求を不成立としたもので,手続違背の違法がある。

2  取消事由2(請求項2の訂正要件の充足判断の誤り)

「経時的」な有機質廃物の投入は,発酵槽の面域を概念的に複数の領域に区切ることによって可能になるが,発酵槽の面域を概念的に複数の領域に区切るのであれば,上記の複数の領域を,同じ1日の中で時間を異にして利用するか(「経時的」に),異なる日に利用するか(「日を改めて」)は単なる使用方法の問題にすぎず,発酵槽の客観的構造に何ら変化をもたらさない。そうすると,従前の請求項2の「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する長尺広幅の面域」に関し,さらに「X 大容積のオープン式発酵槽は,日を改めて投入する有機質廃物について,少なくとも複数日にわたるものをすでに投入したものとは別の空いた領域に経時的に投入することができるだけの面域を備えること。」との特徴(特定事項X)を備えることが必要である旨(審決にいう訂正事項2)改める本件訂正は,特許請求の範囲を減縮するものではない。

したがって,「訂正事項2の訂正内容は,『オープン式発酵処理装置』について,『長尺広幅な面域』における長尺広幅の程度を特定し,『ロータリー式撹拌機及び長尺壁』の高さを特定するものである。このため,訂正事項2は特許請求の範囲の減縮を目的としたものである。」との審決の判断は誤りである。

3  取消事由3(公知時期の認定の誤り,無効理由1関係)

Bエンジニアリングサービス(株)からの平成22年6月28日付け調査嘱託書回答書(甲31)には,平成12年1月14日に現地で本件混合機の据え付けを確認した旨の記載があるから(2頁),本件出願(平成12年1月18日)以前にAエンジニアリング(株)から不開示義務を負わないBエンジニアリングサービス(株)に本件混合機が譲渡され,公然実施されたものである。

しかるに,審決は,上記回答書に添付の施工管理記録は納品前の社内検査の記録にすぎず,本件出願前に本件混合機が公知になったとはいえないと判断したが,かかる判断は誤りである。

4  取消事由4(本件発明1と甲44発明の相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り,無効理由2関係)

(1)  本件明細書には,「掬い上げ部材」が被処理物(有機質廃物)を掬い上げて放り投げる作用を有する旨は記載されていないし,「掬い上げ部材」は台車の進行方向前方に堆積した被処理物の表面を上から下に削り取って,被処理物を後方に押し出す作用を有するにすぎず,後方へ放り投げる作用を有しない。被処理物が慣性力に沿って後方に放り投げられる状況が生じたとしても,台車を覆うカバー(19)によって後方への移動が妨げられるはずである。被処理物の表面部分が崩れることにより,「掬い上げ部材」がたまたまこれを掬い上げることがあるとしても,かかる現象は本件発明1の撹拌機が目的とする撹拌作用ではない。したがって,「オープン式発酵処理装置におけるパドル(「掬い上げ部材」の誤り)は,半ば開放された処理槽内で被処理物を掬い上げて放り投げるという撹拌・混合を行う。」との審決の認定(19頁)は誤りである。

甲44発明の「パドル」と本件発明1の「掬い上げ部材」とは,台車の進行方向前方に堆積した被処理物の表面を上から下に削り取って,被処理物を後方に押し出す作用を有する点で共通する。したがって,甲44発明の「生ゴミ処理装置における撹拌部材と(本件発明1にいう)オープン式発酵処理装置におけるパドル(『掬い上げ部材』の誤り)とは,その作用が異なる。」との審決の判断(19頁)も誤りである。

(2)  甲44発明は「有機質廃物」である生ゴミを撹拌,発酵処理する装置に関するもの,本件発明1の前提オープン式発酵処理装置は有機質廃物を撹拌,発酵処理する装置であって,技術分野が共通であるし,いずれも撹拌,混合の際に被処理物(有機質廃物)を所望の方向に移動させる点で技術的課題が共通である。

撹拌面を進行方向(回転軸に対して鉛直な方向)に対して斜めに構成し,回転するパドル(本件発明1にいう「掬い上げ部材」)による撹拌力を回転軸方向にも作用するようにすることは,当業者の常套手段にすぎない(甲44~52参照)。

また,正逆回転時のいずれでも回転軸方向に撹拌力が作用するよう,撹拌部を断面V字状にすることも,当業者の周知技術にすぎない(甲44~49参照)。

甲44発明の「撹拌部材」と本件発明1の「掬い上げ部材」とはその形状が同一であるところ,当業者が,本件発明1の前提オープン式発酵処理装置に上記周知技術に係る甲44発明の「撹拌部材」を転用することを容易に想到することができることは明らかであって,本件発明1は単なる寄せ集めにすぎない。

したがって,本件発明1と甲44発明の相違点に係る構成の容易想到性を否定した審決の判断は誤りであるし,同様に動機付けが欠けることを根拠に本件発明2,3と甲44発明の相違点に係る構成の容易想到性を否定した審決の判断は誤りである。

5  取消事由5(本件発明2,3とKS7-12発明の相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り,無効理由3関係)

前記4のとおり,甲第44号証の「撹拌部材」の構成は当業者の周知技術にすぎないから,当業者においてKS7-12発明のオープン式発酵処理装置に転用することは容易である。

なお,有機質廃物の発酵自体はおがくず等の水分調整剤を加えることによって直ちに開始し,KS7-12発明の装置でも発酵は起きているし,発酵を促すために何度も撹拌するのは,底部に堆積した被処理物も発酵させるためにすぎない。また,発酵の観点からすれば,1m程度も被処理物を堆積させれば十分であるし,処理槽(発酵槽)の規模の違いをいう被告の主張には,合理的な説明がない。

したがって,かかる転用の動機付けが欠けるとして,本件発明2,3とKS7-12発明の相違点に係る構成の容易想到性を否定した審決の判断は誤りである。

6  取消事由6(明確性要件違反の判断の誤り,無効理由6関係)

(1)  本件発明2について

本件図面の図11では,台車の進行方向に被処理物を押し出すように,回転軸が回転することが図示されているが,かかる態様では,「掬い上げ部材」は台車の進行方向前方にある被処理物を進行方向に掬い上げる作用しか有せず,前方の被処理物が減少しないため,前方の被処理物が障害になって台車が進行できなくなることは明らかである。そうすると,上記図11に記載された構成では作用効果を奏することはできないから,特許請求の範囲にいう「正,逆回転」の意義も,「該長杵の・・・前後」の意義も明らかでなく,これに反する審決の判断は誤りである。

本件図面の図15,16からは「通常のパドル」が回転軸に対して垂直下向きに取り付けられているかどうかは明らかでなく,特許請求の範囲にいう「該台車の走行方向に対し直交して板状の掬い上げ部材を取り付けた」の意義は明確でないから,これに反する審決の判断は誤りである。

(2)  本件発明1について

前記(1)のとおり,本件図面の図11に記載された構成では作用効果を奏することはできないから,「長杵」の前後方向を特定することはできず,特許請求の範囲にいう「前後に」,「前後方向に対し傾斜させて」,「前側」,「斜め1側前方を向き」,「その後ろ側」,「斜め1側後方を向く」との部分や,「該長杵の先端に,・・・掬い上げ部材を前後に且つ前後方向に傾斜させて配置し,」との部分は不明確である。そうすると,これに反する審決の判断は誤りである。

また,「長杵」の前後方向を特定しても,どの面を「外面」とするか明確にならないから,これに反する審決の判断は誤りである。

第4取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1に対し

審判体は,原告が提出した口頭審理陳述要領書(甲61)に基づいて判断しており,その判断内容に照らしても,原告の反論の機会が付与されず不意打ちとなったとはいえない。すなわち,原告が主張し,審決が判断した無効理由に関しては,いずれについても原告が被告の主張に対して既に反論しており,原告に反論の機会が保障されなかったとはいえない。

2  取消事由2に対し

本件訂正で請求項2に導入した特定事項Xは,本件明細書の段落【0008】,【0018】,【0022】などの記載を要約したものであり,訂正前の用語,表現の中に潜在的に包含されているから,特許請求の範囲の減縮に当たる上,本件訂正前の「有機質廃物を経時的に投入・・・大容積のオープン式発酵槽」の意味内容を明瞭ならしめるものである。したがって,本件訂正には訂正要件違反は存しない。

3  取消事由3に対し

平成22年6月28日付け調査嘱託書回答書(甲31)の回答内容は,「平成12年1月14日に現場で据え付け状況確認した施工管理記録・・・がありましたので,現地納入は平成12年1月であったと思います。」というもので,極めて第三者的,曖昧なものにすぎない。また,上記回答書は,10年が経過した平成22年6月に,工事と関係しない法務・審査室長が作成したもので,平成12年2月ごろの第三者の現場でされた事実関係を回答者がどのように確認したか明らかにされていない。

上記回答書に添付の混合機据付測定表は,納入者であるAエンジニアリング(株)桶川工場で納品前の仮組み検査を実施した結果を記載したものであって,据付け現場である堆肥センターで行った結果を記載したものではない。なお,本件混合機の据付け工事が開始されたのは,平成12年2月9日であって,本件出願の後であるし,据付け後の同年5月8日にT字形の爪を有する「掬い上げ部材」を三角爪のものに交換した。

そうすると,上記回答書の回答内容は採用できず,審決がした本件混合機が公知となった時期の認定に誤りはない。なお,本件混合機は,本件発明1,2の実施品ではない。

4  取消事由4に対し

(1)  本件発明1の掬い上げ部材(5c1,5c2)は,例えば1.5mほどの長さがある長杵(5b1)の先端に取り付けられているから,掬い上げ部材(5c1,5c2)によって掬い上げられた被処理物が遠心力で後方に放り投げられることは明らかである。したがって,本件発明1の「オープン式発酵処理装置におけるパドルは,半ば開放された処理槽内で被処理物を掬い上げて放り投げるという撹拌・混合を行う。」との審決の認定(19頁)は誤りでない。

(2)  本件発明1の掬い上げ部材は,被処理物を単に撹拌,移動させるにとどまる甲44発明のパドルと異なって,被処理物を掬い上げて放り投げる作用を有するのであって,両者には作用の相違がある。また,甲44発明では,密閉した処理槽内で被処理物を撹拌,混合するのに対し,本件発明1では,半ば開放された処理槽内で被処理物を撹拌,混合する点が異なるのであって,甲44発明においては,被処理物の拡散という技術的課題が存しない。加えて,甲44発明では,棒状の撹拌部とV字状の案内部の双方が被処理物に接触するが,甲1発明では,掬い上げ部材が主として被処理物に接触し,長杵(5b1)は被処理物に接触しない。

そうすると,甲44発明の撹拌部材を甲1発明のオープン式発酵処理装置に転用する動機付けは存しないのであって,この旨の審決の判断は誤りでない。

5  取消事由5に対し

KS7-12発明の装置は被処理物の発酵処理に先立つ混合を行うだけで(前処理),発酵処理を行うことを目的としていない一方,本件発明2,3のオープン式発酵処理装置は発酵処理を行うことを目的としており,装置の目的が異なるし,被処理物の撹拌の回数,処理槽の規模等が異なる。このため,甲44発明とは異なって,本件発明2,3のオープン式発酵処理装置は,大容積の発酵槽の面域が何日にもわたる処理に適合し,開放側から部分的に撹拌,混合処理することとされており(特定事項X),発酵槽の長尺壁及び撹拌機が高温発酵にたえ得る高さを有するものとなっている(特定事項Y)。

したがって,審決が説示するとおり,甲44発明の撹拌部材をKS7-12発明に転用する動機付けは存せず,当業者がKS7-12発明と本件発明2,3の相違点に係る構成に想到することは容易でない。

6  取消事由6に対し

本件発明1,2の掬い上げ部材を含むパドルは,被処理物(堆積物)を掬い上げて,台車の後方へ放り投げて撹拌する作用を有するものであって,当業者であれば,進行方向前方にある被処理物を掬い上げるように掻き出し,台車の後方へ放り投げる場合の回転方向が「正回転」であると理解する。したがって,審決が説示するとおり,正回転時の台車の走行方向が「前方」である。

他方,当業者であれば,往動時の「正回転」とは反対の回転方向が「逆回転」,すなわち復動時の回転方向であると理解する。

したがって,本件発明1,2の特許請求の範囲の記載は明確であり,審決に明確性要件違反の判断の誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(手続違背)について

第1次審決は請求項1,3の特許請求の範囲の記載に明確性要件違反があり(無効理由6),請求項2の発明はKS7-12発明に基づいて当業者が容易に発明することができたもので進歩性がない(無効理由3)として,請求項1ないし3に係る特許を無効とする判断をしたが,審決は原告が主張する無効理由はいずれも理由がないとして請求を不成立とした。

この審決に至るまでの経緯として,審判長は,起案日・平成23年12月7日で,訂正審判請求に対し特許法165条に基づき訂正拒絶理由通知書を作成し,同月12日被告に発送した(乙13)。その理由は,訂正後の本件発明1ないし3は当業者が容易に想到し得たものであるから独立特許要件を欠く,というものであった。この通知書は原告も写しを入手していたが,原告訴訟代理人弁護士枩藤朋子が,平成24年2月24日,審判長に本件無効審判請求の進行を電話で問い合わせたところ,審判長からは訂正審判請求については訂正請求があったものとみなして審理をしているとの応答があり,弁駁書提出を求める予定を聴くと,その予定がなく審理は近々終結予定である,との応答であった(甲64)。同年3月12日ころ,無効審判請求の審理終結通知があり(甲67,乙15),その後された審決は,前記のとおり,訂正を認め無効審判請求を成り立たない,とするものであった。本件においては,特許を無効とした第1次審決が,取消訴訟提起後の訂正審判請求がされたことにより取り消され,訂正審判請求が訂正請求とみなされた経緯にあるから,無効審判請求の主たる攻防は,実質的には,訂正が認められるか否か,そして認められるとして訂正後の発明の容易推考性の有無に移行していたことは明らかであり,これらの点について請求人(原告)の意見を十分に聴取した上で審決に至る必要があったといわなければならない。

しかるに,訂正拒絶理由が通知されたのに請求人(原告)の意見を聴かないままに審判が終結し審決が出される予定であることを審判長から聴いたとすれば,審判合議体は請求人である原告に不利な審決をする予定ではないとの見通しを立てた,との請求人である原告の主張は当然のものということができる。すなわち,原告が,訂正要件を満たさないか訂正後の発明が容易想到であるとの理由で再度特許を無効にする審決が出されると見込んだのは自然な発想である。無効審判請求においては特許権者及び請求人の主張が尽くされ意見を述べる機会が与えられなければならず,その機会が得られなかった場合には,適正な手続が行われなかったものとして審判手続は違法と評価されるが,上記の経緯で請求人(原告)に弁駁の機会を与えなかった本件ではその違法があったといわなければならない。審決では訂正前の発明に関する請求人(原告)主張の無効理由を踏まえて判断がされているが,訂正請求があったときには(本件ではみなし訂正請求),請求人(原告)に,訂正後の発明に関して従前の無効理由の主張を構成し直すよう促し,その際にも請求人(原告)に訂正についての弁駁をする機会を与える必要があったのに,本件審判ではこの手続を踏まなかった点にも手続の不備がある。

このように本件審判には上記の違法があるが,本件訴訟において,訂正要件の有無及び各無効理由についての当事者双方の主張が十分にされているので,進んでこれらについて判断を加えることとする。

2  取消事由2(請求項2の訂正要件の充足判断の誤り)について

請求項2(本件発明2)についての本件訂正は,訂正前の特許請求の範囲の末尾の「を特徴とするオープン式発酵処理装置。」との記載を,さらに特定事項X,Yを具備する「オープン式発酵処理装置。」との記載に改めるものであるところ,従前は「長尺広幅の面域」としか特定されていなかったのを,この「面域」が「日を改めて投入する有機質廃物について,少なくとも複数日にわたるものをすでに投入したものとは別の空いた領域に経時的に投入することができるだけの」との要件(特定事項X)を充たす規模であることとし,かつ従前は「長尺壁」等としか特定されておらず,高さについて格別特定されていなかったのを,この「長尺壁」,「ロータリー式撹拌機」が「有機質廃物の堆積高さを高温発酵を確保するに足るだけの高さ構成を備えること」(特定事項Y)とするものである。

そうすると,「面域」が「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する」もので,したがって「面域」がかかる処理に適した規模を有することが本件訂正前から含意されているとしても,本件訂正は「面域」の形状,規模を,「長尺広幅」との構成以上に,特定事項Xに係る規模に明示的に限定するものであるし,「長尺壁」,「ロータリー式撹拌機」の高さを特定事項Yに係る高さに明示的に限定するものであるということができる。

したがって,請求項2に係る本件訂正(訂正事項2)は特許請求の範囲の減縮に当たり,訂正要件を充足するとの審決の判断に誤りはない。

原告は,「面域」の複数の領域を「経時的に」利用するか,「日を改めて」利用するかは単なる使用方法の問題にすぎないなどと主張するが,前記のとおり,特定事項X,Yは発明の構成を従前より特定しているといい得るから,訂正要件の非充足をいう原告の主張を採用することはできない。

よって,原告が主張する取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(公知時期の認定の誤り,無効理由1関係)について

審決は,Bエンジニアリングサービス(株)作成の平成22年6月28日付け調査嘱託書回答書(甲31)に添付の平成12年1月14日付け「混合機据付測定表 No.3,4」(施工管理記録)は納品前にAエンジニアリング(株)社内で行った検査の記録であり,本件混合機の納入は平成12年2月11日以降であると認定した。

C作成の陳述書(乙8,12の1)によれば,本件混合機の製造業者であるAエンジニアリング(株)は,平成12年1月14日に同社の桶川工場内で本件混合機を仮組みして検査し,上記「混合機据付測定表 No.3,4」を作成したが,これは仮組検査にとどまり,設置の完了は同年2月に至ってからであることが認められる。甲第31号証の回答書中には,「平成12年1月14日に現場で据付状況を確認した施工管理記録・・・がありましたので,現地納入は平成12年1月であったと思います。」との記載があるが,この記載には,上記「混合機据付測定表 No.3,4」が納入先である明野村の堆肥センターでの本件混合機の据付状況に係るものである具体的な裏付けがないから,この記載をもって,本件混合機についての本件出願前の実施の根拠とすることはできない。

また,審決が認定するとおり,週間工程表(甲56の2)では平成12年2月11日以降の混合機等の据付作業(事前準備等を含まない)が予定され,現場作業日報(甲55の1~7)も同月2日以降の作業につき記載されている。被告が審判で提出する請求書等(甲55の8~10,56の1,3)も平成12年2月以降の据付け作業に関係しており,これらは本件出願後に本件混合機が納入された旨の審決の認定を裏付ける。

したがって,本件混合機の公知時期(公然実施がされた時期)の認定の誤りをいう原告の取消事由3は理由がなく,原告の無効理由1は失当である。

4  取消事由4(本件発明1と甲44発明の相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り,無効理由2関係)について

甲第44号証は,生ゴミを発酵,分解処理する処理槽内に,粗砕刃を中央部に備えた回転軸を設けるとともに,同回転軸に突き出した撹拌部を設けた生ごみ処理装置の発明に関する文献であるが(特許請求の範囲),例えば下記図1のように,処理槽は密閉された構造を有することが予定されており,上面及び長尺側面(一側面)に壁等を設けず,密閉(閉鎖)しない本件発明1のオープン式発酵槽とは形状が大きく異なる。

【甲44の図1】

file_2.jpgこのため,甲44発明では,開放側側面側に堆積物が拡散しやすくなるとともに開放側の堆積物の高さが低くなる等のオープン式発酵槽に特有の技術的課題(本件明細書(乙9の1)の段落【0002】参照)は存せず,往動時も復動時も内側に向かって堆積物(被処理物)を掬い上げて,内側が外側に比して高くなるよう,被処理物を堆積させるための構成を採用する動機付けがない。

しかも,甲第44号証には,例えば大量の畜糞等の有機質廃物を発酵処理する用途に装置を用いることは記載も示唆もなく,むしろ段落【0024】に「一回に投入される生ごみの量は平均700gから100g程度であり」との記載がある点にかんがみると,甲44発明の生ごみ処理装置は大量の有機質廃物の発酵処理に用いることは想定されていないというべきである。

そうすると,撹拌部(37)の先端に,回転軸(35)の正回転時に混合物を粗砕刃(36)側すなわち中心側に移動させるための案内部(38a)を設けるとともに,回転軸(35)の逆回転時に混合物を粗砕刃(36)側に移動させるための案内部(38b)を設ける構成が甲第44号証に記載されているとしても(段落【0006】,【0007】,【0013】,【0021】,【0030】),甲44発明と本件発明1とでは処理槽ないし発酵槽の形状や規模が大きく異なり,これに伴って技術的課題も相違するから,本件出願当時,当業者において甲44発明に基づいて本件発明1との相違点に係る構成に想到することは容易でなかったというべきである。

そして,本件発明1の「掬い上げ部材(5c)」は,前記のオープン式発酵処理装置に特有の技術的課題を解決するため,堆積物(被処理物)の外端部を常に内側に向かって掬い上げ,外側への被処理物の拡散を防止する機能を有するところ(本件明細書の段落【0009】,【0010】,【0013】,【0014】,【0028】),甲44発明の案内部(38)等がかかる機能を有することを認めるに足りる証拠は存しないから,審決が説示するように(19頁),撹拌・混合に用いる部材の機能の点からみても,当業者において甲44発明に基づいて本件発明1との相違点に係る構成に想到することは容易でなかったというべきである。

この点,原告は,甲44発明に周知技術を適用すれば,本件出願当時,当業者において本件発明1との相違点に係る構成に想到することは容易であった旨を主張するが,原告が提出する甲第45ないし第52号証(特開平8-276170号公報,特開平8-47680号公報,特開平10-5729号公報,特開平10-290970号公報,特開平11-47724号公報,実公昭63-26179号公報,米国特許第5001894号明細書,米国特許第4360065号明細書)には,回転軸から突き出した棒状ないし杵状の部材(撹拌部,パドル等)の先端に,「前後に且つ前後方向に対し傾斜させて配置し,その前側の傾斜板の外面は斜め1側前方を向き,その後側の傾斜板の外面は斜め1側後方を向くように配向せしめて配設した」「2枚の板状の掬い上げ部材」(5c)の組合せ,すなわち断面形状がV字状となる部材を設ける構成は記載されていない。甲第45ないし第49号証に記載されているのは,棒状ないし杵状の部材を介さずに,回転軸自体に断面形状がV字状となる部材を設ける構成であって,上記「掬い上げ部材(5c)」の組合せと同様に中央に向かって被処理物を移動させる機能があるとはいっても,上記「掬い上げ部材(5c)」の組合せとは形状が異なり,上記機能の共通性から,回転軸から突き出した棒状ないし杵状の部材の先端に断面形状がV字状となる部材を設ける構成に直ちに想到できるものではない。また,甲第50ないし第52号証にはそもそも断面形状がV字状となる部材が記載されていない。そして,甲第44号証と同様に,甲第45ないし第52号証においても,開放側側面側に堆積物が拡散しやすくなるとともに開放側の堆積物の高さが低くなる等のオープン式発酵槽に特有の技術的課題は記載も示唆もない。したがって,甲第45ないし第52号証から認定できる本件出願当時の周知技術ないし技術的事項を勘案したとしても,当業者において甲44発明と本件発明1との相違点に係る構成に想到することは容易でなかったというべきである。

したがって,本件発明1の容易想到性を否定した審決の判断は誤りがなく,原告が主張する取消事由4は理由がない。

5  取消事由5(本件発明2,3とKS7-12発明の相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り,無効理由3関係)について

前記4のとおり,甲第44号証の処理槽は本件発明1のオープン式発酵槽(本件発明2,3も同様)とは形状も規模も大きく異なるし,かかる相違に基づく技術的課題も異なるものである。

また,甲第45ないし第49号証の厨芥処理機等も,甲第44号証の生ごみ処理機と同様に,本件発明2,3のオープン式発酵槽とは形状も規模も大きく異なる。

そして,甲第50号証の横軸型混練機は農土と薬剤等を混練するためのもので(1頁),発酵処理まで予定しているとはいえないし,混練胴(1)も両端から中央に向かって下り勾配になる形状で,密閉式か上面のみが開放された形状のものが想定されており,本件発明2,3のオープン式発酵槽とは形状も規模も大きく異なる。

甲第51,第52号証でも,同書証に記載された compost turner 等を,本件発明2,3のような上面及び一側面が開放されたオープン式発酵槽に用いるか否かが明らかでない。

加えて,前記4のとおり,甲第45ないし第52号証には,回転軸から突き出した棒状ないし杵状の部材の先端に断面形状がV字状となる部材(本件発明2,3にいう「掬い上げ部材(5c)」の組合せ)を設ける構成は記載されていない。

したがって,KS7-12発明の装置の撹拌部材を,回転軸から突き出した棒状ないし杵状の部材の先端に断面形状がV字状となる部材の構成に改める動機付けがないし,甲第44ないし第52号証に記載の周知技術ないし技術的事項を適用することは当業者にとって容易でない。そうすると,KS7-12発明に原告が提出する甲第44ないし第52号証に記載の周知技術ないし技術的事項を適用することにより,当業者において本件発明2,3とKS7-12発明の相違点(i)に係る構成に想到することが容易であったとはいえず,これと同趣旨の審決の判断に誤りはない。

結局,原告が主張する取消事由5は理由がない。

6  取消事由6(明確性要件違反の判断の誤り,無効理由6関係)について

(1)  本件発明2について

本件発明2の特許請求の範囲では,撹拌機のパドルの一部に設けられた「前後一対」の「掬い上げ部材」につき,「夫々台車の走行方向に対し斜めに交叉し且つ内側に向けられて配設された」と特定されているところ,これは一対を成す「掬い上げ部材」のそれぞれが台車の前及び後の方向に対して設けられ,台車の走行方向に対して斜めに,かつ「内側」に向けて設けられていることを示すものであるから,この限りでその技術的意義は明確である。

また,本件明細書の段落【0008】には「該ロータリー式撹拌機5は,正,逆回転自在の可逆モータ7により,台車6の往動走行時には正転方向に回転し,台車6の復動走行時には逆転回転せしめられる。」との記載があるし,オープン式発酵槽の長尺壁背面側から見た図である図10には,左(開放側から見たときには右)から右(開放側から見たときには左)に向かって台車(6)が進む方向が往動方向であり,右から左に向かって台車が進む方向が復動方向である旨が図示されているから,発明の詳細な説明や図面の記載にも照らせば,「前」は例えば台車が往動方向に走行するときに向かう方向,すなわち開放側から見て右から左の方向であり,「後」はその反対の方向であることが明らかである。そして,発明の詳細な説明や図面の記載にも照らせば(段落【0010】,図11にも同趣旨の記載がある。),上記段落のとおり,台車が往動方向に走行するときにパドルが回転する方向が「正転方向」であり,その反対の方向が「逆転方向」であることが明らかである(図11から実施例における回転方向を特定することもできる。)。さらに,段落【0009】には,「これを,その前後にV字状に配設された板状の掬い上げ部材5c1及び5c2をその夫々の傾斜板の外面が内側を向くように,即ち,オープン式発酵槽1の長尺開放側面2とは反対の方向,換言すれば,その長尺壁1aの方向を向くように配向せしめた状態で該回転軸5aに取り付けた。」との記載があるし,図6,7には一対の「掬い上げ部材」の重なり合う部分,すなわちV字の折れ曲がる部分が開放側から長尺壁側に向かう方向になるようにされている状況が図示されているから,発明の詳細な説明や図面の記載にも照らせば,上記の方向が「内側」方向であり,これと反対の方向が「外側」方向であることも明らかである。

他方,本件発明2の特許請求の範囲にいう断面形状がV字状の一対の「掬い上げ部材」を取り付けていない残りの「通常のパドル」が,「長杵の先端に,該台車の走行方向に対し直交して板状の掬い上げ部材を取り付け」るという発明特定事項は,文字どおり「通常のパドル」の「長杵の先端」に台車の走行方向に対して直交する方向になるように,「板状の掬い上げ部材」を設けるという技術的事項を意味し,その技術的意義は明らかである。そうすると,特許請求の範囲の記載自体に照らしても,かかる「通常のパドル」に関する記載事項が不明確であるとはいえないし,本件図面の図7等を勘案しても結論は異ならない。

したがって,本件発明2の特許請求の範囲の記載に原告が主張する不明確な点は存せず,この旨をいう審決の判断に誤りはない。

この点,原告は,本件発明2の「掬い上げ部材」は台車の進行方向前方にある被処理物を進行方向に掬い上げる作用しか有しないなどと主張するが,本件明細書及び図面にかような作用しか有しないことを裏付ける記載はなく,かえって上記「掬い上げ部材」は台車の往動走行時においても復動走行時においても前方の堆積物(被処理物)を内側(開放側から長尺壁に向かう方向)かつ後方に向けて掬い上げる作用を有するから(本件明細書の段落【0009】,【0028】),原告の上記主張は採用できない。また,原告は,本件発明2の「通常のパドル」が回転軸に対して垂直下向きに取り付けられているかどうか明らかでないなどと主張するが,本件図面の図15,16に照らせば,「通常のパドル」が回転軸に対して垂直下向きに取り付けられていることは明らかである。

(2)  本件発明1について

本件発明1の特許請求の範囲では,断面形状がV字状を成す一対(2枚)の板状の掬い上げ部材の組合せにつき,「長杆の先端に,・・・前後に且つ前後方向に対し傾斜させて配置し,その前側の傾斜板の外面は斜め1側前方を向き,その後側の傾斜板の外面は斜め1側後方を向くように配向せしめて配設した」とされているところ,発明の詳細な説明や図面の記載にも照らせば,本件発明2と同様に,「前」,「後」の方向は明らかである。また,「掬い上げ部材」が厚さを有し,正確には直方体に当たることを考慮しても,本件図面の図1ないし7,11にも照らせば,「掬い上げ部材」の「外面」が,「掬い上げ部材」に接続されている長杵(ないしパドル)から「掬い上げ部材」を見たときに,外側の面,すなわち長杵が接続されている面(内側の面)とは反対の面を指すことは明らかであって,本件発明1の特許請求の範囲の記載は明確であるということができる。

他方,本件発明2におけるのと同様に,本件発明1においても,「掬い上げ部材」が台車の進行方向前方にある被処理物を進行方向に掬い上げる作用しか有しないなどとする原告の主張を採用することはできない。

したがって,本件発明1の明確性要件違反の有無についての審決の判断に誤りはない。

(3)  本件発明3について

前記(1),(2)と同様に,本件発明3につき明確性要件違反はないとした審決の判断にも誤りはない。

(4)  小括

以上によれば,審決がした明確性要件違反の有無についての判断の誤りをいう原告主張の取消事由6は理由がない。

7  取消事由についての結論

以上のとおり,取消事由2ないし6において原告が主張する点はいずれも理由がない。そうすると,本件において前記1のとおり審判手続に違法があるが,この違法は審決の結論に影響を及ぼすものではないことになる。

第6結論

以上によれば,原告が主張する取消事由は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

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